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木田貴常さん、読者諸兄へ:「歴史的事実」と「歴史観」について(ホロコースト観を含む)
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投稿者 バルセロナより愛を込めて 日時 2005 年 2 月 22 日 23:58:17: SO0fHq1bYvRzo

木田貴常さん、読者諸兄へ:「歴史的事実」と「歴史観」について(ホロコースト観を含む)


【この投稿の内容でいえば、本来なら論議板に貼るべきものでしょうが、ホロコーストに関連するやり取りの中から出てきたものですので、こちらに貼らせていただきます。】


私の今までの「ホロコースト問題」に関する投稿には具体的な事実の検証が全く無いではないか、という疑問は、恐らくどなたもがお持ちだろうと思います。もちろん私とて、きちんと論陣を張る場合に、一つ一つの「事実」の検証を踏まえての論証が必要なことくらいは百も承知していますし、やれと言われれば、専門的に研究してきた人々の成果を引用することならいくらでもできるわけですが、どうして私が今現在あえてそれをしないでいるのか、この点について、私には、阿修羅に来訪するすべての人に明らかにしておく責任があります。

これは同時に、単にホロコースト問題のみならず、「歴史的事実」および「歴史観」そのものを再検討し再構築することに関する、私からの意見提示でもあります。例によって長々とした文章ですが、筋を通すためにはいたしかたありません。ご容赦を。


●「木を見て森を見ず」「群盲象を撫でる」と言います。これらの諺の心は、決して物事の細部、一つ一つの事実の検証を不要とする主張ではありません。ただその厳密な事実の検証が、どのような全体の構図の中で行われているのか、その構図自体に誤りは無いのか、という疑問と不断に一体となったもので無いのなら、無意味なばかりかその検証の価値をも失わせる愚行である、というのが真の心ではないか、と思います。

歴史から学ぶに際して、個々の「事実」の検証は通常、我々には極めて困難であり、どうしてもそれを専門に長年かけて追及している研究者の分析・研究の成果に頼らざるを得なくなります。「物証、記録」の実物を我々自身が手にとって調べることは難しく、たとえそれが可能でも科学的な分析手段を持たない身ではどうにもなりません。公表されている記録と記録、それが作成された状況や、他の科学的で合理的な判断との比較検討を通して見落とされている点を発見することはあり得ますが、これとて一朝一夕でできるような作業ではないでしょう。

では歴史の「全体の構図」は、というとこれも単純にはいきません。物理的な3次元空間と時間に、物と価値の流れと変化、人間の利害や意図や幻想まで加わって複雑怪奇にからみ合い、過去から現在への様々な物事の流れが網の目のようにつながり、それだけを独立させて取り扱えるような事項など一つとして存在しません。さらにそれを研究し解釈する者もまた利害関係や意図や幻想を持った人間です。その部分は愚か、全体像を捕らえることも決して容易なことでは無いようです。

ところで、人々の共通の認識という土台を必要とする社会や国家においては、教育や宗教、啓蒙活動などを通して一つの「歴史観」が子供のうちから各人に植えつけられることになります。教科書や参考書にはその「歴史観」に沿わせて細部の事柄の情報が組み込まれ、学ぶ者はそれを「歴史的事実」として繰り返して覚えこみ、それを通してその「歴史観」の枠組みが脳に埋め込まれていき、それなりの「全体の構図」が各人の意識の中に形作られます。これが私の言う「受験勉強」です。いったんこの「歴史観」が作られますと、各人の脳はその枠組みに適合する情報のみを受け入れ、それに合わない事柄は偽物として自動的に排除されます。

この排除が意図的・組織的に行われることもありえます。例えば第2次大戦前に日本の考古学者たちは1万年以上前の地層に突き当たると「無駄だから」という理由で発掘を中止し、旧石器時代の遺跡発掘の可能性を封じていた、と言われます。こうして彼らは「起源は2千6百年」の『歴史観(=神話)』作りに加担していたわけでしょう。

このようにして作り上げられた頭脳は、その「歴史観」と矛盾しない、あるいはそれをますます打ち固める性質を持った出来事や情報、見解などに対して、極めて簡単にマインドコントロールを受けやすいものとなります。いってみれば、我々は誰でも大人になるまでに「教育」という名の集団洗脳を受けてきているわけです。

これが現在および未来の我々自身にとってさほど重大な危機をもたらさないのなら、大した問題は無いでしょう。どのみち人間は幻想や思い込みなしでは生きていけない動物なのでしょうから。しかしこれが危機と破滅に我々を導きかねないものであるなら、何としてもその「洗脳状態」にある我々の脳をそこから解放していかねばなりません。ではそのような判断と洗脳を解く鍵はあるのか。私は、それは「現在の世界に対する危機感」しかない、と思います。いま現在生きる我々自身にとって歴史認識こそ最重要の課題です。

私がことあるごとに9・11を引き合いに出すのは、これが現在に最も近い「大規模集団マインドコントロール」の実例だからです。(私にとっては3・11ですがここでは申しません。)私はこれを「リトマス紙」として用います。あの事件に対して、少なくとも「イスラム・テロにしてはおかしな話だ」「どうも当局やマスコミの言うことは信用できん」と表明しない人が語る「歴史」には信用が置けないわけです。

それはその人の論のディーテイルではなく全体の構図に対する不信感です。もし9・11を根本的に疑うなら同時に今までそれにしがみついてきた「歴史の全体の構図」そのものをも疑わなければ矛盾になる、ということに気付いているからこそ、9・11への疑念を持てない、持っても表明できない。そんな人の「各論」がどれほど詳細を極め厳密な検証がなされていようと(その研究自体の努力と個々の成果は尊重します)、それで結局は何を言いたいのだ!ということになります。

自ら構築することの極めて困難な「歴史の全体の構図」でも、逆に、「現在の世界に対する危機感」をきっかけに今まで与えられてきた「歴史観」を見直し作り直していく作業の中から、徐々に明らかにされうるものである、と考えます。


●私事になるのですが、実例として自らを晒し者にしておきましょう。

私も以前はホロコーストの存在を疑いませんでした。発表される死者の数が減ったとか「人間石鹸」が話題に上らなくなったとかを、どこかから聞きかじり「はて、奇妙な?」と感じても、それでアウシュビッツを疑う気にはなりませんでした。しかしそれがパレスチナ人に対する虐殺や破壊や残虐行為とどう繋がるのかどうにも説明がつかず、要するに、ユダヤ人というのはホロコースト被害者であったことを武器にして資金を集め今度は加害者となって誰にも文句を言わせない、その程度のさもしい根性のやつらだったのだ、と考えることで自分で自分を納得させていました。

そのような見方が崩れたのは2001年9月11日がきっかけです。そんな馬鹿な!大勢の人間がこんなに簡単に誤魔化されてしまうのか! どんな脳ミソしとるんだ? ひょっとするとひょっとして、今までもこんなペテンの歴史だったのか? 自分が今まで信じてきた「歴史」は正しかったのか? 誰かに脳ミソをいじくられていたのではないか? 「奇妙な」と思っても植えつけられた『歴史観=神話』に合うように恣意的な解釈をして無理やり納得してきただけではなかったのか?

もっとも実際には、ここまではっきりと「正史」に対する疑念が形になるまでにはその後2年くらいかかりました。しかし、一つ一つを取り出して「本当は何だ?」と問おうにも情報があまりにも少ない。私が自分の部屋にインターネットを引いたのが、イラク戦争がなし崩しの「アメリカ勝利」に終わって数ヶ月たった、わずかに1年半ちょっと前のことです。私の本格的な勉強のし直しはそこから始まりました。


●私がバルセロナにやってきた理由の中に、オーウェルの「カタロニア賛歌」のイメージが頭に焼きついていたこともあります。我々が学校教育や様々な啓蒙書の類で身に着けた「自由と独裁」「民主主義と全体主義」の対決構造、という現代史の枠組みの中で、「全体主義vs自由・民主の闘いであった第2次世界大戦」の前哨戦としてのスペイン内戦、そして「独裁に対する自由を求める人民の戦い」のシンボルとしてのバルセロナ、これがこの街に対するあこがれとなっていたことに間違いはありません。

しかしそのようなとらえ方は本当に正しかったのか? いま実際に「自由」と「民主主義」の名の下に重大なペテンと大虐殺が展開されているではないか! そして世界がそれに成すすべも無く引きずられているではないか! 何か重大なことが見逃されてはいなかったのか? その自分の歴史観に対する見直しの過程で出会ったのが阿修羅でした。

私は現在、20世紀の「自由vs独裁」「民主主義vs全体主義」「共産主義vs資本主義」等々の構図を根本から疑い、個々の「歴史的事実」と今まで「正史」から無視されてきた記録を比較・検討しながら認識の組み建て直しをやっている最中です。そのうちスペイン近代史と現代カトリック史の一部については現時点でまとめてみたことをすでに文章化し公表しています。

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http://www.asyura2.com/0406/bd37/msg/286.html
投稿者 バルセロナより愛を込めて 日時 2004 年 10 月 01 日 09:35:49:
スペインは米国の謀略テロ被害者第1号だった:メイン号事件から9.11へ

http://www.asyura2.com/0406/bd37/msg/541.html
投稿者 バルセロナより愛を込めて 日時 2004 年 10 月 20 日 08:04:45
「スペイン内戦」の幻想と傷と癒し

http://www.asyura2.com/0401/war48/msg/134.html
日時 2004 年 2 月 18 日 23:26:28:
イベリア半島「百鬼昼行図」 その7:オプス・デイはカトリック内の「ユダヤ勢力」の代理人か?

『真相の深層』誌 2004年 第3号 
聖なるマフィア――オプス・デイの素顔を暴く (童子丸 開)
第1部 スペイン現代史の不整合面 
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もちろん私が延々と阿修羅誌面に送り続けている3・11に関する報告も、すべてこういった「歴史の全体の構図」そのものの見直し作業の一環なのです。(お断りしておきますが、ホロコースト問題のみならず、私の作業の一つを否定しようとするならば、上記の作業全体を否定してかかる覚悟でお臨みください。すべては一体のものです。)

そして言うまでも無く、「ファシズムvs自由の闘い」の延長線上に必然的に「ホロコースト」が立ちはだかってます。私が木村愛二さんや他のレヴィジオニストたちの情報に出会うまでには、私の中のアウシュビッツはすでに崩れていたのです。では本当はどうだったのかは見当がつきませんでしたが、それまでの歴史観の構図とともにホロコースト観も「仕切り直し」状態になっていたことに間違いありません。

延々と私自身のことを引き合いに出してきましたが、私は「現代の大嘘」に気付いたことがきっかけで様々な「過去の大嘘」にたどり着きました。逆に「過去の大嘘」から「現在の大嘘」に眼を向けた人もいるかもしれません。どっちにしても、現在に対する意識が鍵になるはずです。


●ところで、湾岸戦争、9・11などの出来事の衝撃は、どうやら2種類の人間を次々と生み出すようです。一つには今までの「歴史観」を根本から疑い歴史と現代をとらえ直そうとする人、他方ではそれに固執しますます堅固にする人です。そして、残念ながら全体としては後者が多数派のようです。

後者の中には「左派」「右派」などの派閥があり、いずれもそれぞれの立場から「自由vs独裁」「民主主義vs全体主義(あるいは共産主義、帝国主義、等々)」といった対決を唱え、そのどれもが自分を「抑圧を受ける人々の味方」と称して他を敵と見なすわけですが、中にはもはや何かに取り付かれた「信者」としか言いようが無いほどその「信念」を凝り固めた人も大勢います。私に言わせればどれも皆同じ掌の上でタコ踊りを踊っているだけなのですが、私は欧州でイヤというほどその実態を見せ付けられています。こういった「歴史観」の狂信者が「右」も「左」もことごとく「ホロコースト信者」であるのは当然のことです。

注意しなければならないことは、一見するとそれとは逆に見える「裏-近代史観信者」とでもいうべき人々がいる事実です。英国などのスパイが組織したネオナチなどがその実例で、これは上の「近代史観」教の補完物に過ぎません。これと同様の例に、私が昨年以来お知らせし続けていますが、3・11に関してスペインでサパテロが組織した「イスラム・テロだった」教信者に対して、アスナールが主導して「謀略テロだった」教をつくりあげ、力をあわせて「9・11=3・11=イスラム・テロ」の神話をでっち上げている事実があります。彼らの共通の目的は、その背後にある利権と「新たな世界秩序」を作り上げようとする大掛かりで邪悪な意図の隠蔽です。私がほとんど孤立無援の状態でこのような情報を日本に送り続けているのは、このような「歴史観」のワナに気付いてもらいたいからです。

このような謀略と、「歴史観の再検討」つまり「歴史の全体の構図」そのものの見直しを進めようとする人たちの動きとを峻別しなければなりません。これにはそれぞれの人脈や金脈に関する研究の他にその微妙な差異をかぎ分ける「鼻」を持つことが必要でしょう。2重、3重に仕掛けられた狡猾なワナを見抜いて突破していかなければなりません。これは本当に自分のすべてをかけた闘いなのです。


●私が、まだ不十分かも知れませんが、一つ一つの事実に関する記述と検証を精一杯心がけていることは、今までの私の書いたものをお読みになればお分かりになることです。しかし、もしも対話する相手が上に述べたような「信者」つまり洗脳された頭脳を凝り固める一方の人間だとすれば、そのような相手に対して各論、つまり、森ではなく木を、象ではなく耳やしっぽを、それも結局は他人の言葉を使って議論し合った場合、延々と時間とエネルギーを消耗させられ、結局は単なる混乱に終わらされるだけでしょう。

個人的に悪意が有る無しの問題ではありません。これがこの「歴史観」自体にかけられた狡猾なワナなのです。このことは決してホロコーストに限りません。私はこちらのネット意見交換サイトで3・11に関して散々に同様の例を見ています。

だからこそ私はまず最初に、私の歴史(および世界と人間)に対する私自身のものの見方や考え方を提示しているわけです。「自分はこうなのだけど、アンタはどんなものの見方や考え方、歴史のとらえ方をする人なのですか?それで良いのですか?」と。「私は私の正体を明らかにする。で、アンタの正体は?」と。これが済まない限り、各論に入っても無意味なだけです。

こうやって私が正々堂々と自分を晒し者にして「自己紹介」をする以上は、相手にもそれに相当する「自己紹介」をする義務がある。これに応答できない人間は、単なる「無礼者」という以上に、何かこれに応えられないやましい理由を持っている、と判断せざるを得ません。私がある人々を「ホロコースト教信者」と、意図して罵る場合、以上に延々と述べてきたような背景があることをご理解ください。

私は、「本を出版してからものを言え」とまでは言いませんが、現在の世界に鋭い危機意識を持ち、従来の「歴史観」に少しでも疑問を持ち、自分が勉強し研究したことに関して筋道の通った責任の持てる長文の文章を、阿修羅なり他のサイトなりで常に公表しているような人がいるなら、現時点での意見や立場の相違に関わらず、議論と呼ぶ価値のある対話ができるのではないか、と考えています。結局、対話や議論は理屈が作るものではなく人間が作るものです。そのような対話・議論の中でなら、他人の研究成果を引用しつつも「歴史的事実」が少しずつでも論証されていけるのではないか、と考えます。


●私としては、今後も引き続き欧州からの現在進行形の「歴史的事実」の情報と、それをまとめた歴史認識の組み立て直しを文章化して発表し続けていくつもりでいます。それにはたぶんホロコーストに関連するものも含まれると思います。後は木田貴常さんを含む聡明な読者諸兄に判断していただければよい、と思っております。

以上です。今後ともよろしくお願いします。

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