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これさえ理解できれば「一切のワクチ予防接種は不必要」と解る。本当の免疫理論!?
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投稿者 寅蔵 日時 2010 年 4 月 20 日 06:25:24: 8X/teMCB5Xc.E

これさえ理解できれば「一切のワクチ予防接種は不必要」と解る。本当の免疫理論!?

「本当の免疫」力に似ているが全く異質な「偽の免疫」力をつくる予防接種

病気ーーウイルス発見ーーー即、予防接種(ワクチン) という図式が現代の医療産業の土台となっているようだ。

特に最近では世界的に騒動を起こしたインフルエンザや近々の話題である子宮頚ガンで勧められている「ワクチン接種」であるだろう。

「劇薬指定」という有害物を含んだ「ワクチン」が本当に病気を予防できるのか(免疫ができるのか)?

免疫というと「病気にかからない」と同じ様な意味に使われているとして、
では現代医学の言うところの「予防接種が病気を予防し得る」が本当なのかどうかを考えてみる必要がある。

「病気にかからない」という事は単純に言って良いことである。
だから「予防接種は良いこと、必要なんだ」という話しはとても受け入れやすい。

では、その「予防接種」は安全なのかどうか?
と調べてみれば、「ワクチンは劇薬」なのだ。

決して安全な物ではない。身体にとっては有害であり異物なのだ。

それでも、「病気を予防する」「病気を予防できる」という大義名分があるため、その有害性の方は陰に隠れがちである。

有害なのに病気を予防できる?

ここが問題のポイントだ。

なぜ有害物質を体内に入れると病気にかからなくなるのだろうか?
それは一面では事実なのだ。

ただそれは「短期的事実」であって、「長期的事実」では無いのだ。
病気を予防できるのに永遠性はないということである。

病気を予防できるとしても長期性は無い。

これは予防接種(ワクチン)の本質であるとして、ではなぜ「短期的であっても病気にかからなくなる」という事はどういう事なのか?

これが判らないとこれからもずっと予防接種というものは無くならないだろう。
なぜなら「短期的でも予防できる」というメリットが有害というデメリットを抑えてしまうからだ。

そのためにはどうしても病気というものの正体を知らなければ説明できない。
それを理解できれば本当の予防とは何か?予防接種の短期的効果の裏にある偽の免疫が判るというものだ。

そこでまず人類がまず感染症で一番目に上げるとすれば天然痘だろう。人類が医学史上で最高度の勝利を唱っている「種痘予防効果」についてその真相を知ればよい。あとのいかなる感染症も同質なものだから個別に詳細な研究なども不必要なくらいだ。


WHOが「天然痘撲滅宣言」を「種痘の予防効果である」としており、世界中がそれを信じて来たわけで誰もそれに異論を唱えることは無かった。
いや、あったとしてもかき消されてきたのだろうが。

近年になって天然痘ばかりかほとんどの感染症の統計調査をみると、予防接種や治療薬に関係なくそれらは「自然に猛威をふるい、自然に減少していった」という驚くような事実が判った。

つまり、医学上の予防や治療のせいではなく、感染症は自然現象したというものである。
天然痘さえも「医学上の勝利」では無かったというのだ!

しかし、これはまた別の事として、医療で人為的に行う予防効果としての予防接種がまったく効果が無いとする前に、「短期的にでも効果がある」とする事で「免疫と予防接種の関係」を考えた方が分かり易いと思う。


その概要を岡田茂吉が昭和11年に書いてあった論文を参照してみる。
もちろん、人体の自然は誰彼が言うからとかいう様な固定されたものではない、たとえばホメオパシーの出版本を読んでみれば同様な事が書いてある。

つまり天然痘を予防接種で予防するという事は真の免疫ではなく、「一時的に病気にかからないようにする」ことで「後々には多種多様な病気を発症させることになる」のである。

ひとつの病気を抑えることで万病を造りだしてしまうのである。
ホメオパシーではこれを分かり易く解いているので、「予防接種トンデモ論」や「予防接種は果たして有効か?」等の本を熟読されるとよい。

予防接種と免疫抗体の意味でこう言うような意味が書いてある。勝手に語句を変えているが簡単にすると以下の様になるだろう。

「現代医学の予防接種が免疫力をつくると称しているのは、体内に『抗体』をつくる事にある。しかしその『抗体』は自然にできたものではない、不自然にわざわざ作り上げたものであるからその不自然抗体自体が自身のもつ免疫システムを混乱させるだけだ。
真の健康体には本来は抗体が無くなるというのである。
予防接種というのは、病気という解放のシステムをかく乱すると供に「抑圧」の方向に体質を作り上げるものだ。
ゆえにいつまでも抑圧された体質は一種の汚れた土壌の様な状態で存続する。
この土壌汚染状態の体質は各種の悪性の症状を伴った病気を作り出すことになる。
したがって抗体即免疫ではなく、一時的抑圧で偽の免疫がその正体だ。偽りの免疫が人間本来の免疫力を抑圧しているのだから、『病気にもかかれないほどの重度の病的体質を作り出す』これが予防接種の本質的な【効果】なのだ」

  詳しくは本書を読むとして、結論としては次ぎに紹介する岡田の論と同質なのだ。
それは当たり前のこと、人間の身体の真実は誰それがという主張ではなく、自然現象の解明を進めれば到達点は同じということだから。

しかし、ここでは独自の療法をもって病気の原理と治療を教えていた岡田茂吉の初期の頃の論文を紹介した。
ただ、岡田は宗教家であったために、即宗教迷信とされてしまうだろうが、この「治療法」は抜きにしてみても、その病気の解明論はなかなか現代でも捨てがたいものがあるだろう。

もちろん、すべてを肯定する必要はない、先ずは疑問を念頭において検討する事が一番だろう。
物事の真偽は「先ずは徹底的に否定し尽くして、それでもなお残るものが真実となる」という。

昭和11年(1936年)執筆
ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー
種痘による免疫の不完全


『明日の医術・新日本医術としての岡田式療病法』昭和11(1936)年5月15日発行

 現在、あらゆる疾患の原因を探究する時、それのほとんどが、一種の水膿の溜結である。

さればこれが頸部の周囲及び延髄、又は肩凹(けんおう)部に溜結すれば、風邪、神経衰弱、脳疾患、眼病、耳鼻咽喉病等の原因となり、胸部のそれは、呼吸器病を起し、その他胃腸、肝、腎、胆、中風、神経痛、リョウマチ等、実に、あらゆる疾患の原因となるのであって、医学は、この膿毒を、先天性黴毒と診断するのであるが、これは全く誤である。
吾人の識る所によれば、これは実に、意外な原因から来ているのである。


 それは、人間は生来、人により多少の差別はあるが、先天的にある種の毒素を保有して、出生するのである。それが即ち、麻疹、百日咳、疫痢、天然痘等である。しかるに、麻疹や百日咳の毒素は、種痘のごとき確定免疫法は無い為に、病気発生に依って、各々その毒素を自然排泄さるゝのであるが、独り天然痘のみは、種痘によって、毒素の排泄を確実に、停止せらるゝのである。

即ち、停止さるゝのであって、排除されたのでない事を、充分認識しなければならない。この事は未だ医学上、発見されていない事である。

 今日までの医学は、種痘によって、天然痘が発生しないから、これによって免疫され得たと安心しているのであるが、ここに大誤謬が伏在する。


 この天然痘毒素は、種痘によって、解消したのではなく実は、種痘によって、病気の発生を停止されたまでゝある。

病気発生の停止は、毒素の消滅ではない。

単に、排除作用の停止であるから、排除作用を停止せられたる天然痘毒素の行方は、いかなる方面に、いかなる状態を以て残存し、又、これがいかに活動し、影響しつゝあるかという事である。

医学はこれを知らず、又、知ろうともしないのである。


 種痘に因って、発病を停止せられたという事は、実は、発病の力を失った事であって、
発病の力を失ったという事は、毒素排除の勢いが、挫折したという事で、
軟性毒素に変化したのである。

いわば、陽性から陰性化したのである。

そうして、潜行的に、体内各方面に流動し、たまたま弱体部を選んでは、溜結するのである。

この膿結が、あらゆる病原なのであって、進んで結核となり、なお進んで、癌腫ともなるのである。

今日、医学が進んだと言いながら、病患者が益々増加し、又、児童弱体者の驚くべき増加、国民の体格の低下等、学理によっても解せられざる、不可思議な現象は全く、この陰性化した、天然痘毒素の跳躍が主な原因である事である。


 故に種痘に依って、天然痘発生を防止した事は、実に第一工作であって、
その恐るべき陰性化した毒素を全く解滅する、第二工作がなければ、意義を成さないのである。


随って、この第二工作が発見された暁、種痘なるものは初めて、人類救済の恩恵者としての価値が有る訳である。

故に、実は世人は、唯一の天然痘を防止したによって、百の病患を与えられた結果になるのであって、まことに恐るべき事なのである。

 しかるに、喜ぶべし、我岡田式治療は、この第二工作たる、陰性化毒素の解消を、完全に遂行せられ得るのである。故に、これによって初めて、種痘の真価は発揮されるのであるから、理想的健康たり得るのである。

 種痘実施以来、泰西においては、肺結核の激増を来したそうである。我国にあっても、近来肺結核と近眼の激増は、主にこれが原因である。特に、小学生に多いのは、入学するや、頭脳の使用によって、天然痘の陰化膿が、延髄付近に溜結の結果、血液の脳への送流を妨げられ視神経が営養不足を来し、視力薄弱となるからである。

ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

以上かなり古い論説だが、昭和20年代になってから書かれている論説の基礎となっているものなので本質的には何十年経ても変わらないだろう。


極々簡単に説明すると、

人間の病気とは「体内の汚染毒素の浄化作用」である。
その「浄化作用に伴う苦痛症状」を医学は「病気」と称した。

浄化作用は「主」であり、苦痛症状はそれに伴う「従」である。
医学は「従である苦痛症状を緩和停止すれば病気は治る」と勘違いした。
したがって今日までの「苦痛緩和を主体とする対症療法」が医学の本質である。


浄化作用を行うのは人体生命力である。
したがって、人体の生命力を弱めると浄化作用も停止する。

その停止抑圧の主役が多種多様の毒物である。
これを「薬」と称した。

これで言えば予防接種の効果も理解できる。
要は人間の生命力を毒を用いて弱化させるのである。

病気は毒素の浄化作用、その毒素を出さないように「一時的に」抑圧する。
外に出さないで内に押し込める。

あらゆるワクチン効果がそれなのである。
だから無害なものでは効かないはずだ。

効くということは「毒で生命力を弱らせる」という意味だから。
ワクチンが劇薬指定の意味である。


ただし効くというのは本当の免疫ではない。
免疫とは体内の毒素が無くなってしまうことだからだ。

先にある毒素にまた毒素を足して一時的でも抑圧するだけだ。
だから、その抑圧された毒素は依然として残っている。

それが自分の代で精算するか、または子孫にまで残して精算するかの違いがあるだけだ。
産まれながらに先祖伝来の毒素があると自分が産まれてからだけの分の浄化作用ではない。

代々蓄積されて奥底に押し込められていた天然痘毒素の浄化作用はかなりきついわけだ。
それが嫌だからと言ってまた押し込めてしまうのが予防と言われる種痘というものだった。

当然、その抑圧期間が過ぎれば各種の病気としてまた表面に現れる。

自分一代限りでの精算できれば自己責任で良いだろうが、子孫に遺伝相続という形になると産まれてまだ幼い子供でも浄化を引き受けたり、ある程度成長してから浄化される。

「身に覚えがないのに」とか思われる病気(浄化)にこの事が含まれるだろう。

どんな種類のウイルスや細菌が病源とされているが、これは主ではない。
むしろ浄化の援助役とう働きである。

源は体内毒素であるから、真の免疫とはウイルスも細菌も働く必要のない体内環境の確率というわけだろう。

もちろん、心と身体は密接不離の関係だから、精神的な方も重視する必要があるだろうが物質的にみれば血液の汚濁であり、細胞内毒素の有無であろう。

結論として、
いかなる感染症も本来は自身の体内浄化作用という清浄化への道程なのであるから、これを真に予防するのは体内清浄化につきるだろう。

また、いかなる感染症予防のワクチン接種も一時的抑圧でしかない(偽の免疫である)ので、いずれ再発もしくはもっと悪性の多種多様な病気となって浄化される事になる。


まさに「病気にもかかれないほど」弱体化させることが一時逃れの偽免疫力というものである。

最近見つけたワクチン関連参考レポート  _〜山のあなたの空遠く幸い住むと人のいう〜様ブログより
 子宮頚がん  人体実験
http://blue.ap.teacup.com/97096856/3456.html
http://blue.ap.teacup.com/97096856/3460.html

http://blue.ap.teacup.com/97096856/945.html
http://blue.ap.teacup.com/97096856/3463.html

このようにいかなるワクチンであっても、もちろん今後開発されるであろう新型ワクチンであっても、まったく同じ考え方で作られるのであるから、○○病とか言うように区別する必要はない、原理は同じだ。
その都度いちいちワクチンの毒性内容を調べる必要もない。
だいいち、予防接種そのものが本当の免疫学から言うと「ナンセンス」なのだから。

 

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コメント
 
01. 2010年4月20日 06:27:03: LToe0qE7Po
題名ヘマしましたね。
これさえ理解できれば「一切の予防接種は不必要」と解る。本当の免疫理論!?
「ワクチ」がよけい。

02. 2010年4月20日 06:54:35: LToe0qE7Po
岡田の医学論は昭和20年代にかなり読みやすい文体にして発表されたものがあるが、「わざわざ」古い文献を参考にした意味は、人類はこの日本にもホメオパシーの様に西欧にもかなり以前から「真実を明かされていた」のである。
この事を考えると人類がその「真実にたどり着くまでどれだけ長期間かかるものか」という事を知って貰いたいからである。
次ぎも昭和11年の岡田の著述論

ーーーーーーーーーーーー
結核撲滅の大方策と健康日本の建設

『健康』1号、昭和11(1936)年6月15日発行

 東京市衛生課が、去る昭和九年から二ケ年に亙(わた)って大々的調査を行った。その結果によると東京市内の小学生七十二万に対し、結核感染児童は実に二十七万人、三十八パーセントに当るという事である。これを知って誰か驚かない者があろうか。そうして何故にかくも恐るべき結核児童が激増するかというその真因が、医学上不明であるというその点が又懼(おそ)るべき事である。
 最近、某紙掲載になる――長谷川如是閑氏の「片輪の文明」という論文があったが、その中にこういう事が書いてある。以下その論文、

『私はある結核専門家から――
 我国に結核患者が非常に多く――しかも数字に現われているのはむしろ顕著なものだけで、実際の患者数は恐らく驚くべき高率であろう。元来気候その他の自然条件においても、家屋その他の社会条件においても、欧州の文明国に比べてそう悪いとは思えないのに、こうも結核の多い理由が、科学的に充分研究されていないために、専門家の間にも往々精神的に病気を克服するという――擬似宗教のそれに似た考えを抱くものがだんだん殖える。専門家以外の立場から、我国に結核患者の多い理由について何か考えるところはないかという質問をうけた。
 専門家の研究の及ばぬ事を、素人が考える余地もないが、私は平常そうした現象を片輪の文明という事で説明している』

 右のごとく、如是閑氏のこの論文は、頗(すこぶ)る面白いと思うと共に、専門家である医家が、いかに困憊(こんばい)して悲鳴を挙げているかという事が如実に表われている。
 科学の分野において、特に進歩したという医学の実際が、右のごとくであるというのは誰しも不可解と思うであろうが、実は大いにその原因としての誤謬が伏在して居る事である。それは何かというと、その根本が末梢的分析研究にのみ固執しているという事である。
 私はいう、結核激増の原因と治療法の発見は、現在の科学のみでは絶対解決が出来ない事である。
 しかるに――私はこの大問題に対(むか)って、その根本原因の発見と、その解決策に成功した事を発表したいのである。まず、結核初期患者を診査する時、その微熱の発生所とも言うべき場所を見出すであろう。
それは淋巴腺及び頸部の付根、即ち肺尖の上表部に数個のグリグリを発見する。その部所を指頭で圧する時、必ず痛みがあるがこれは膿の溜結である。そうしてそれに軽重のある事は勿論であって、それは悪性ほど高熱とより痛みとがある事によってよく判別出来得るのである。


 しからば、この膿はいかなる原因によって作為され溜結されたかという――それを識る事が根本である。これに対し、第一に挙ぐべきは彼の種痘である。
人間が生れながらにして保有する天然痘毒素は、天然痘発病によって排泄せられるのである。
それが種痘によって病気発生を停止せられるのであって決して免疫されたのではない。

即ちその毒素は排泄すべき力を失ったまでで、言わば毒素は陰性化して体内に残存するのである。


第二に挙ぐべきは肉食と薬剤の余毒である。
輓近(ばんきん)――急激なる欧化主義の結果、肉食と牛乳飲用による血液の汚濁に気が付かない事である。又、薬剤の服用及び注射は副作用に依って血液を汚濁させる事である。即ち、ある病気を治癒する以上に健康上不利な薬毒の害を残すのである。

 前述のごとき、天然痘の陰性化毒素と肉食薬剤による毒素とそれらが相集まって、淋巴腺及び肺尖部上表に溜結するのである。

 元来日本人は西洋人に比して、肉体の浄化力は非常に旺盛である事である。それは西洋人より天賦的に優秀であるからである。西洋人が獣肉多食をしても害が少いという事は浄化力が少い為である。西洋人は肩が凝らないというのもそれが為である。

 種痘と肉食と薬剤の毒素は、父母からその子供に遺伝するのは当然である。
しかもそれに気が付かない結果は、又してもその児童へその毒素を増加する方法を執るから堪らない。滔々(とうとう)として弱体児童増加の勢いは停止する事を知らないのである。

 しかしながら淋巴腺と肺尖部の膿結は、医家も承知しているであろうが、それを解消する方法が発見されないのである――と言って、今更種痘を罷(や)める事は出来ない――又、肉食牛乳を全然廃止する事も不可能であろう。

 しかるに私が創成した「岡田式指圧療法」によれば、・・・・
(中略ここでは療法の宣伝をする目的ではないので)


諸彦(しょげん)
男性が手紙などで人々に呼びかけるときに用いる言葉。みなさん。諸賢。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

本来の栄養食とは野菜穀物食にある、なぜかというと「土に近いものほど精気が強い」からだと岡田は言う。人間は食べ物を通して「精気を取り入れる」のだ。
しかし「食べるという楽しみから言うと少々の肉食を禁じるものではない」とも言う。
牛乳にしても今の食文化ではいろいろな加工された「美味しいもの」として食する程度なら許容されると私は思う。程度の問題だろう。
しかし、「健康のために牛乳を」と言って毎日飲む気は全然無い。
なんでも健康のためなどと食を考えがちだが、「この地上生活で楽しむ柱のひとつが食である」とすると、あまり栄養など考えなくても「季節に準じた美味しい自然なものを味わう」こと。「子供を作ろう」と思って「夫婦の真具合」をする男女はいない。
食も小難しく考える必要がないのだが、近年はいろんな添加物という不純物が混じっているのでただ美味しいだけではそれは当てはまらないが。
病気の究極も「楽しみ」なのかも知れない。
「究極的」かも知れないが「身の潔白」を最終目的にするという大いなる覚りだが、まあ自分自身そこまではとても・・・
しかし古来日本の神道は「みそぎはらい」が主ではないのかな?

病気とは禊ぎ払い

しかし現代人はきついなあ・・・
かなりきつい。大掃除で耐えられないほど溜め込んでしまたこの身体、どうにか穏やかにお掃除を・・と願わずには居られない。
もちろん願う相手は自己に内在する神、即ち自然良能力であり、本物の免疫力であるのだが。


03. 2010年4月20日 07:12:36: LToe0qE7Po
前のコメントの参考に
http://blue.ap.teacup.com/97096856/3463.html


岡田の時代は病気の主役は結核であった。
今はそれが癌に置き換わった。どちらが悪性であるかは論も要らないだろう。
本来の医学目的はその学理に従って行う実践医療が「病気の質を軽くすると供に減少させる」ことである。
究極的には「医療」という言葉も必要ないくらい軽い病気で済むような社会をつくることにある。本当の健康社会では元気で長生きして自然死を迎える。
それが本当の「医学の進歩」である。
だから医学の進歩は自身の消滅が底辺に隠されている様なものだ。
ここで言う岡田式療法ももちろんその例にもれない。いずれはあらゆる療法も必要なくなるほど人体は浄化され、時々軽い風邪くらいで済む様な身体になる。
これが世界中にいまある医学、医療、民間療法などに言える。

究極に向かって行けば行くほど、そのあらゆる療法はバトンタッチすることになるのだろう。
バトンは他から自へ。
自ら備わった免疫力でほとんど他の援助は必要なくなる・・・主役は自分の自然良能力。

そこへ行くまでの過程としてはまだまだその様な状態にはなっていない。
自身の免疫力だけでは大変なほど身体はまだ清浄化していないと思うからだ。
「他からの援助」として、「主役を邪魔しない自然療法」は必要だろう。
「対症療法ではなく根本療法を」
それに沿ったものは各種あるだろうから自分に合ったものを探し当てるという意志が必要だ。
意志はいずれ現実化するからだ。

次のコメント覧には古い時代に書かれた岡田の医学論を。
当時は「結核の時代」だった。現代の「癌時代」に当てはめたり、各種の感染症時代に当てはめたり・・して。人体の仕組みの根本はいつまでも同じなのだから。



04. 2010年4月20日 07:26:50: LToe0qE7Po

以下は岡田茂吉の初期に書かれた医学論
当時は感染症の主役とされていたのは大きい方の細菌であり、まだ現代の様に小さな主役ウイルスの出番は少なかったようだ。
しかし細菌は病源菌とされ、ウイルスも病源とされる意味は同様なのだろう。

細菌は直接的に細胞を破壊、ウイルスは間接的に細胞破壊。
ではその破壊される細胞とは?
免疫システムは体内汚染(血液汚染が出発点)された場合、全体ではなく、一部局部の細胞に汚染を集中させて全体を守る。その汚染された細胞毒を破壊して体外に排泄させる浄化作用が起こる。
その際に援助する役目が細菌やウイルスの働きである。
要は免疫システムの中に組み込まれている。
「感染」とは「誘因」であり、外の自然界と内の自然界がしっかりと結びついている一種のコラボ、協力態勢が仕組まれているのだ。

人類と微生物の関係は共生にあり。微生物は人体の浄化作用を助けてくれる。浄化作用が必要なくなれば自然消滅するし活動を止めるだけのことだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

結核撲滅の大方策と健康日本の建設  後半部
『健康』1号、昭和11(1936)年6月15日発行

    体内殺菌の根本的研究

 西洋医学における、病気の原因はそのほとんどが黴菌作用であるとしている。故に病気を治す事は、体内に活躍している黴菌を殺滅する事であり――又――病気に罹らないという事は、病菌に侵されない事、もしくは侵されても発病しないという事である。

 しかるに体内に繁殖し、病患を起しつゝある病菌を死滅させる事は到底不可能である。よしんば試験管内では成功しても、それが人体で奏効するとはいえない。

試験管と人体内との異りは、試験管内に菌培養の条件は具備していてもそれは単に物質のみである。しかし、人体には生物としての精霊がある。この点未だ科学では認識して居ないのである。故に科学者は、患部の組識を破壊しない程度で病菌を死滅させようと――それのみの研究に没頭しているのであるが、これらは全然錯誤である。
向後(こうご)何百年努力するといえども効果の無い事はまことに明かである。それはいかなる理由に基くのであるか――それを詳説してみよう。

 そもそも黴菌が血管又は組織に侵入して発病するという事は、その病菌の生命を保持し得る菌の栄養分が、血液に在るからである。もしその養分が無いとすれば病菌は餓死するより外はないのである。

しからば何故に病菌を生活さすべき要素を血液が保有しているかと言う事であるが、それは血液に混入している不純物その物であって、それは汚濁した血液のそれである。

故に血液の浄不浄こそは病菌その物が、死滅するか又は繁殖するかのそのいずれかである。

即ち浄血程抗毒素即ち殺菌力があるので、それはその血液中に病菌を生育すべき養素即ち不純物が無いからである。


 この理によって、不純血液の中にのみ旺盛な生活力を有(も)つ黴菌を死滅させようとする事は無理である。
しかし、たとえ組織を破壊しないで黴菌死滅に成功し得たとしても、不純血液の保有者である限り第二第三の病菌繁殖の危険がある事は勿論である。
又、何億かの病菌全部を殺滅しなくては意義を成さないが、それは恐らく不可能であろう。何となれば病菌は患部とは限らず身体全部の血液中に散生しつゝあるからである。


 しかしながら今日までの実験に徴して必ず成功する方法がここに在る。その方法とは何か、それは病菌を餓死させる事である。
餓死させるとは、菌に栄養の一滴も与えない事である。菌の栄養とは血液中の汚素であるからその汚素を消滅せしむる方法――それより外に徹底した殺菌法は無い訳である。

 この方法こそ、全然組織破壊の憂いなく根本的である。それは身体全部の殺菌が行われると共に、いかなる種類の菌でも殺滅し得る事で、私が創成した「浄血療病法」である。
  (中略  療法の宣伝となる様な箇所はここでは主題でないからです)

以上ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

何かの療法でなくても自身の清浄化作用だけでもできるのですがその援助的療法は自分で厳選する必要があります。
ここでは岡田式だけ唯一とは思いませんので。


05. 2010年4月20日 07:42:26: LToe0qE7Po
わざわざ古い方の岡田の医学論を捜して転記します。
「わざわざ」の意味は前に書いたとおりです。


予防接種の原点とも言えるか「種痘」による「免疫獲得」の解明論
これは現代のあらゆる予防接種にも通じ、本当の免疫力とは何かの基礎理論とも言えるでしょう。
免疫ーーーー疫病(伝染病を主体とされた)から逃れる 
とすると、なぜ疫病にひとはかかるのか?を知ることです。

ーーーーーーーーーーーーーーーー
種痘による免疫の不完全

『明日の医術・新日本医術としての岡田式療病法』昭和11(1936)年5月15日発行

 現在、あらゆる疾患の原因を探究する時、それのほとんどが、一種の水膿の溜結である。

さればこれが頸部の周囲及び延髄、又は肩凹(けんおう)部に溜結すれば、風邪、神経衰弱、脳疾患、眼病、耳鼻咽喉病等の原因となり、胸部のそれは、呼吸器病を起し、その他胃腸、肝、腎、胆、中風、神経痛、リョウマチ等、実に、あらゆる疾患の原因となるのであって、医学は、この膿毒を、先天性黴毒と診断するのであるが、これは全く誤である。
吾人の識る所によれば、これは実に、意外な原因から来ているのである。


 それは、人間は生来、人により多少の差別はあるが、先天的にある種の毒素を保有して、出生するのである。それが即ち、麻疹、百日咳、疫痢、天然痘等である。しかるに、麻疹や百日咳の毒素は、種痘のごとき確定免疫法は無い為に、病気発生に依って、各々その毒素を自然排泄さるゝのであるが、独り天然痘のみは、種痘によって、毒素の排泄を確実に、停止せらるゝのである。

即ち、停止さるゝのであって、排除されたのでない事を、充分認識しなければならない。この事は未だ医学上、発見されていない事である。


 今日までの医学は、種痘によって、天然痘が発生しないから、これによって免疫され得たと安心しているのであるが、ここに大誤謬が伏在する。


 この天然痘毒素は、種痘によって、解消したのではなく実は、種痘によって、病気の発生を停止されたまでゝある。

病気発生の停止は、毒素の消滅ではない。

単に、排除作用の停止であるから、排除作用を停止せられたる天然痘毒素の行方は、いかなる方面に、いかなる状態を以て残存し、又、これがいかに活動し、影響しつゝあるかという事である。

医学はこれを知らず、又、知ろうともしないのである。


 種痘に因って、発病を停止せられたという事は、実は、発病の力を失った事であって、
発病の力を失ったという事は、毒素排除の勢いが、挫折したという事で、
軟性毒素に変化したのである。

いわば、陽性から陰性化したのである。

そうして、潜行的に、体内各方面に流動し、たまたま弱体部を選んでは、溜結するのである。

この膿結が、あらゆる病原なのであって、進んで結核となり、なお進んで、癌腫ともなるのである。

今日、医学が進んだと言いながら、病患者が益々増加し、又、児童弱体者の驚くべき増加、国民の体格の低下等、学理によっても解せられざる、不可思議な現象は全く、この陰性化した、天然痘毒素の跳躍が主な原因である事である。


 故に種痘に依って、天然痘発生を防止した事は、実に第一工作であって、
その恐るべき陰性化した毒素を全く解滅する、第二工作がなければ、意義を成さないのである。


随って、この第二工作が発見された暁、種痘なるものは初めて、人類救済の恩恵者としての価値が有る訳である。

故に、実は世人は、唯一の天然痘を防止したによって、百の病患を与えられた結果になるのであって、まことに恐るべき事なのである。

 しかるに、喜ぶべし、我岡田式治療は、  (中略ーー療法の宣伝はあえて控え、病理の根本だけ)

 種痘実施以来、泰西においては、肺結核の激増を来したそうである。我国にあっても、近来肺結核と近眼の激増は、主にこれが原因である。特に、小学生に多いのは、入学するや、頭脳の使用によって、天然痘の陰化膿が、延髄付近に溜結の結果、血液の脳への送流を妨げられ視神経が営養不足を来し、視力薄弱となるからである。

ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー

結論。
体内毒素の多少が免疫力であり抵抗力に現れる。
その体内毒素を排泄するのが伝染病であり各種の病気である。
よって
真の免疫力とは時には病気さえも自ら引き起こすのである。

病気によってまた真の免疫力、抵抗力が付くからである。


06. 2010年4月21日 00:41:23: pppadCNMu2
意識と病気の関係(1)

うつ←癌←完全主義思考→うつ→癌


07. 2010年4月21日 09:08:50: PsyhUeN02c
別に岡田説でなくても良いのです。ホメオパシーでも千島、松下論でも、ガストン・ネサーンのソマチッド論でも・・・・

根本は必ず一致するところに到達します。個々の論でも100パーセントを確信する必要はありません。どこを取りいれどこを捨てるかは総合的に検証する必要があります。

ここでは岡田の医学論をまた持ち出して、予防接種というものの本質を探りその結論を出すための資料として役立てる材料に。

どうしても昔の病気疾患の上位は結核でした。これも感染症され、途中自然減少して行ったと報じられていたのですが、最近ではまた復活の兆しとされ「たけし」が盛んにCMでやっているところです。

昭和18年当時、まだ軍国主義真っ盛りの統制時代、これを発表すればすぐ検閲にて発禁と、かなり厳しい時代でした。そして民主国家となったいま、こういう発言を何かの治療や健康法などを背景にして発表すれば、今度は医師法や薬事法などの違反として当局に目をつけられる事が未だに残っている、いわゆる医療統制時代はまだ終わっていないようです。

その当時の時代の背景を感じながらこの昭和18年の感染症の代表格であった結核とその予防接種の関連について、「今後何百年経とうと結核を予防する注射など出来るはずがない」と断言しています。

これは結核のみならず、インフルエンザであろうが、その他すべての感染症に対する予防接種(ワクチン)に対する未来預言であると思います。

医学がほとんどの病気に関連するウイルスを発見し始めてから、すべて病源をウイルスや細菌に持ってきた事がまず医学の迷妄の道を「まっしぐら」かけ始めた事になるでしょう。

医学医療において最後の審判とは「自らの選択」にあります。自然を選ぶか、反自然を選ぶか、ただその違いです。誰も他から審判を下すわけでもありません。
自分で選ぶ方向でしかないのです。
そのための選択肢が用意されていないと選びようがないので、こういう既成医学に真っ向から反対の医学論を提示したわけです。

何か宗教組織への勧誘などというこざかしい考えは毛頭ありません。私自身が既に宗教組織卒業生だからです。ゆえに治療用などについてはなるべく省いてあります。

ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー
注射療法に就て

『結核の正体』昭和18(1943)年11月23日発行

 最近、ツベルクリン注射による陰性者に対し、B・C・Gなる注射をすれば非常な好結果を挙げるといい、当局は一般的に施行する事になったという事である。そうしてこの注射は陽性者には効果なく、陰性者に限り効果あるといい、効力期間は一ケ年としてある。

 再三述べたごとく、結核は最も旺盛なる浄化作用であるから、その発病を防ぐという事は浄化停止に対し、最も強力なる性能のものでなくてはならないから、そのようなものは他に悪影響を及ぼす事はもちろんである。

従って、このような異物を一ケ年毎に注射するにおいては、いかに体位が低下するかは想像し得らるるであろう。

さきに中野療養所技師隈部英雄氏がいうところの、虚弱者は結核に罹らないというその原理を無意識的に応用して虚弱者たらしめ、結核不発者にするという訳であるから、広く一般的に実行するとすれば、その結果は知るべきである。
しかも当局の方針は、国民学校卒業程度が最も適当な年齢としてあるから、その前途を想う時、私は慄然たらざるを得ないのである。

 またB・C・Gの注射が、陽性者には効果なく、陰性者のみに限るという事は、いかにしても納得が出来兼ねるのである。いかなる医術といえども、真に効果あるものとすれば、発病者、非発病者のいずれに対しても同様の効果がなければならないはずである。
それについて近来予防医学という言葉があるが、これらも同様である。

何となれば、治病実績を挙げ得る医術にして初めて予防の力もある訳である。しかるに、治病は困難であるが、予防は可能であるというような論理は成立たないではないかと思う。

 そうしてB・C・G注射は、医学上の解釈によれば、B・C・Gワクチンとは、フランスのカルメット、ゲラン両氏が、一九○四年牛型結核菌(牛に結核を起こさせるもので、人間のものとは違う)の一種に、極めて毒力の弱い菌種を発見したのに始まり、これを人体に接種しても絶対に危険がないばかりか、未感染者に免疫性を付与する事を証明し、それの培養ワクチン化に成功したのを、我国においても十余年前から研究され、ついに成功したというのである。
従って、この注射の価値は、それまで結核も免疫可能として死菌ワクチンまたは極少量の結核菌の接種などが試みられたが、いずれも無効か、あるいは反って危険を生ずるので不成功に終ったのである。しかるにB・C・G注射は極弱性の結核菌であるため、緩徐(かんじょ)的に抗毒素が作られるというので、危険がないという訳である。

 ゆえに、さきに述べたごとく、種痘だけでさえ体力低下、人口低減、結核増加等の悪影響をこうむりつつあるに対し、今またB・C・Gの注射を行うにおいては、右の悪影響に更に拍車をかけるという訳になるであろう。

 またこういう事も考えなくてはならない。B・C・Gの注射液は弱性ではあるが、死菌ではなく生菌である。ゆえに人によっては免疫力発生が生菌の繁殖力に負ける場合がないとはいえまい。その場合もちろん結核発病者となるから危険がないとは言い切れないであろう。聞く所によればドイツ及び日本においても、B・C・G注射を受けた後、結核発病者が発生したという事は稀ではないという事である。これについて昭和十八年九月一日発行朝日新聞紙上に左のごとき記事があった。

結核の予防
◇結核予防に努力せられている厚生省は昨年春所属の官吏や所属団体の職員をしてB・C・Gワクチンの改良研究に当らせこれに成功したとして「免疫効果百パーセント、なんらの副作用なし」というような宣伝をしておられるが、今もなお間違いなきものと承知すべきものでしょうか。

◇B・C・G注射のためその局部に潰瘍を生じ、それが長期にわたりなおらないので、某中学校では体操や教練に参加不能の生徒が六十名も出たばかりでなく、肺結核や肋膜炎を誘発したものもあるとの事実を、その中学校の教諭、しかも衛生係の方が言明したとのことを聞いていますが、その後の経過はいかがですか。それとも学校当局の言明が誤りでしょうか。

◇B・C・Gの注射を奨励し、集団的(学校、工場)に施行することは事実上強制になるからというので、前文相は中止を命じたとのことですが、厚生省当局はいかなる御方針ですか。吾々医師会員はハッキリ承っておきたい。同時に注射に関与した医師の被害者に対する責任はどうなるのでしょうか。有毒生菌を法律上の根拠なくして人体に接種するがごときことは種痘法の精神から見ても出来ないことと思いますがいかがでしょうか。

◇一部の学者間では「ツベルクリン」反応の陰性の者は結核に感染していないからこれにB・C・Gを注射すれば結核の発病を半減するとか死亡率を減ずるとかいいますが、私は科学的根拠に誤りがあると思います。既に現実に被害者が相当数出ています。もしそれ多数を助けるために少数の犠性も止むなし、といわれるならば、それには自ら適用すべき事柄があり人間医学の上ではかかることは法律の条文を云々するまでもなくゆるされないことと思います。

◇結核予防対策は国家にとって極めて重大喫緊事(きっきんじ)です。私達医師も全力をあげて万全を期さねばなりませんがゆえに以上申し上げた次第です。お互いに医師として科学的立場を失わず虚心坦懐にこの問題を反省したいと思います(一東京都医師会員寄)

 右によって判断を下す時、こういう結果となろう。すなわち同注射によって大多数は虚弱者になり、その余の少数者は結核発病者になるという事である。

 次に、セワランチンなる新薬が、近来結核に卓効ありとして一の流行を見んとしているが、これらもB・C・Gのごとく虚弱者たらしむる以外の何物でもない事をいえば足りよう。

 帰するところ、結核を真に治癒すべき方法も薬剤もいまだ無いという事を、世人は充分認識すればいいのである。

今日まで現われた結核特効薬なるものは、恐らく何百何千種にも上ったであろうが、真に効果のあったものは一もないという事は、医家においても証明しているところである。

ゆえに私は思う。結核の特効薬を発見せんとする研究ほど、およそ無意味なものは他にないであろう事を!
ーーーーーーー以上ーーーーーーーーーーーーーーーーー


08. 2010年4月21日 09:34:46: PsyhUeN02c
どの論も100パーセント信じる必要はありませんし、事実そうなのかどうかもこれから検証して行くべきものでしょう。

感染症と予防接種関連についてですが、その先は医学の根本に迫る「反逆の医学」とでも言えるかも? 古今東西そういうものはたくさんあったのでしょうが、ほとんどかき消され(本当に消されてしまった人も居るらしい、ほとんどは隠蔽されたようだ)てしまっていたものです。
それが現在において続々と表に出され始めた様です。これは岡田医学論だけではありません。他にもたくさんあります「反逆の医学論」です。

これは人類の総意で行われているのでしょう。
いやそんな事は微塵もない!というのは我々の表面意識だけの世界。裏側にある深層意識の世界では多数者がそれに同意したという様な気配で現実が変化してきています。

世界中を巻き込んで大パニックを想定して行ったパンデミック宣言が不発に終わってほっとしている現在ですが、しかしこれはある程度人為的工作の臭いもするので「当たり前の感じ」と思っています。
むしろ、自然界との調和が必要とされる人類が今後起こるかも知れない本物のパンデミック?大感染時代(に見えるだろうが、本質は個々の問題でしかない)に備える心の準備として、その時に想定される「現代医療から用意されるであろう予防接種」について「反医学的選択肢の材料」のひとつとして参考になれば。

やはり一方的情報だけでは選びようがありませんから。選択の自由の前提条件として「大本営」側と「非国民」側というような・・お互い反してこそ意義があるというものです。


では、岡田が戦後になってより読みやすく書いた論説より
(岡田は宗教家ゆえ少し宗教臭い面はお許しください。)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

現代医学で病気は治るか

昭和25(1950)年4月20日発行

 右のような、標題は大胆を通り越して気狂と思われるかも知れないが、最後まで、この所説を読むにおいて、何人といえども異存を唱える事は出来まい。近来医学の進歩によって、若干寿命が延びたといって喜んでいるが、それらは一時的であって、将来は逆効果になる時が来るのは知れきった事で、これは予言しても決して誤りはないのである。それらについて以下詳説してみよう。


 まずその前提として確実なる証拠をお目にかけよう。  (中略)

 医学では病気の治らない事と、ある期間寿齢が延びるという事と密接な関係がある事を気付かないので、この根本をしん医学からの解釈を加えてみよう。

 吾らが常にいうごとく、病気とは人間保有毒素の排除作用の苦痛を名付けたものである事を知らない医学は、苦痛を悪い意味に解し、それを緩和させるのを可とする。

その手段とした唯一のものが薬剤である。もちろん薬剤の本質は毒物で、それによって毒素排泄の力を弱らしめて苦痛を緩和させる。それを病気治癒の方法と錯覚するのである。

 従って、せっかく排除されようとする毒素を押えて、一時的苦痛緩和を図るのが医療の使命と思うのだからいかに誤っているかである。

ゆえに本当を言えば医療とは苦痛緩和法であって治病方法ではないのである。

標題のごとく「医学では病気は治らない」というのは、この文を熟読玩味すれば明らかに判るはずである。

この理によって医学の進歩とは苦痛緩和術の進歩で、言い換えれば、毒素排除を延す方法の進歩である。

事実余病や再発や慢性の原因はそのためであるから、医学と反対に毒素排除を促進させ、体内を清浄化する方法こそ、真の医術であり、真の健康者を作る手段である。
もちろん伝染病菌にも感染されない完全健康者となる以上、消毒も全然必要がなく、現代人通有の黴菌恐怖症などは消滅するのである。

そうして毒素とはもちろん薬毒が主なるものであるから一言にして言えば病気を治そうとする手段そのものが病気を作る結果となるのである。


 事実、現代人が罹病するや直ちに医療を求めるのは常識である。ところが前述のごとく医療は薬毒その他の方法で苦痛緩和手段を繰返えす結果、浄化は延期し、ついに半健康者となるのである。そうしてこの半健康者はいかなる経路をたどるかを説明してみよう。


 ここで、一つの重要なる事を書かねばならない。さきに述べたごとき、毒素排除作用発生は何がためかというと、
健康であるからで、
健康者程新陳代謝が旺盛のため、吾らが言う浄化作用が起りやすいのである。

特に伝染病は最も旺盛なる浄化作用であるから、年少者に多いにみても明らかである。
また結核の青少年に多い事も同様の理である。

ところが、医学の病理はこれと反対であるから、伝染病や結核は抵抗力が弱いためとする。もしそうであるとすれば、老年期になる程抵抗力が弱るから、伝染病や結核に犯されやすい事になる。また結核が長年月にわたるのは浄化発生を極力抑圧し引延ばすからである。


 右の理を考える時、現代医学が進歩する程真健康者は漸減し、半健康者が増加するのは当然である。

半健康者とは青年にして老人のごとき中間性体質となるから、浄化力が微弱である以上、罹病の機会が減少する。

たまたま発生しても、浄化停止によって一時緩和する。何よりも、近年労働者の労働力低減を看過する訳にはゆかない。
近来文明国における労働者が、疲れやすいため労働を嫌い、時間の短縮を強調する事や、農民までも労働持久力が低減した事等も一般が気がつかないだけで、実は体力減退のためである。
なるほど、文化が向上し労働者の幸福を思い、労働尊重の意味もあるが、その奥に右の点の潜んでいる事も見逃し難い事実ではある。

 特に言いたい事は、近来、予防接種の問題である。
前述のごとく、伝染病は浄化力旺盛のためであるから、予防接種するや浄化力微弱となり、発病の機会が減少するというのを錯覚した訳である。

ところが、無毒である真健康者ならもちろん病気発生はないが、こういう健康者は現在皆無といってもいい程で、一般人は毒素保有の半健康人であるから、浄化発生すなわち病気に罹りやすいがまた一時的緩和もする。

もちろん発病するや、医療は極力浄化停止を行うが、浄化力は反撥する結果摩擦を生ずる。
その摩擦が強烈である程衰弱を増し死の転機を招く。

例えば肺炎の場合がそうである。元来、肺炎とは、猛烈なる浄化であるから、その治療剤を使用する場合、医家はこの薬なら速かに治るか、さもなければ死ぬかのどっちかだという。
それは強烈なる浄化に対するに強烈なる薬毒でなければならないからである。

この理は幼児にも当はまる。幼児の死亡率の多いのは幼児は最も浄化旺盛である。それを停止する薬剤も普通薬でも幼児には強烈となるから、摩擦し死亡するという訳である。


 以上のごとく、一々事実の説明によって大体は理解されたであろう。
とすれば、半健康人が漸次殖える以上、発病の機会が減少する事と、発病の場合も浄化微弱であるから、薬毒による強烈な摩擦を生じない訳で、一まず死を免れるというのが、近来寿命の延びた真の原因である。

しかしながらこの半健康人は長命は出来ない。何となれば老年期に入るや多量の保有毒素が老衰を早めるからで、彼の動脈硬化症も脳溢血も萎縮腎もこのためである。右は事実が示している。近年平均年齢が延長したに関わらず、最長は変らないのである。すなわち依然として八十歳以上は従来通りを統計が示している。これによってみても、真の健康増進による寿齢延長でない事が知らるるのである。


 最後に言うべき事は、しん療法の真価は、罹病の場合浄化停止とは反対に浄化促進させ毒素を極力排除させるのである。  (中略)

ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー


09. 2010年4月21日 09:53:50: PsyhUeN02c
40年前の国会証言(衆議院特別委員会・・・厚生省、文部省(科学技術庁)国立癌研などの幹部を含めて行われた。合計4回の主題となったのは「反医学論」とも言えるもの)で証言参考人に喚ばれた松下博士の理論は既に千島理論として知られていたものです。
ゆえに世に言われる千島、松下理論と言われる様ですが、その元祖的存在である千島喜久男博士は岡田茂吉の医学論を読んで賛同しているところがあると記述していました。
もちろん、岡田茂吉没後の事でその残した論文を読んでの話です。

岡田は宗教、千島は医学博士  宗教と科学の一致するところは
「自然現象をそのまま見ることのできる眼力」とでも言えるでしょう。

宗教も科学もそれが出来ない所は「眼力不足」つまり未熟な成長途中とでも言いますか、同類なのです。現代医学がどちらなのかは各自の判断ですが。

ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

千島博士の岡田茂吉の医学論を認める論説

ーーーーーーーーーー以下引用ーーーーーーー

@@@@の医学革新論   医博 千島喜久男

@@、岡田茂吉氏はその著「天国の福音」の中で健康こそが幸福と平和の基本であることを強調し、医学の最後の目的は人々を無病者たらしめることであるが、現代医学はこの真の目的と背反する方向に進みつつあるとして氏の独創的な現代医学批判を公にしている。そこで私は氏の革新的な医学論を紹介し、それに対する私の生物学・医学的な裏づけや私見を述べてみたい。


 病気の原因については岡田氏は体内にある毒素が体外へ排泄されようとしてまず体の一定部位に集まってくる。
天然痘ならば皮下に集まり、発疹を生じ、結核ならリンパ腺に集まり凝結して腫脹する。
また一般には精神を集中する場所に集積する。
氏はこれを第一の浄化作用と呼ぶ。集まり凝結した毒素は次第に固結し次いで自然排除作用で液体化し、そのため発汗、発熱、咳、痰、鼻汁その他によって毒素を体外へ排泄しようとする。これを第二の浄化作用と呼ぶ。

自然治癒にまかせておけばよいのを、現代医学は薬を用いて対症療法を行なってこの自然の浄化作用を抑えるが、薬毒の蓄積によって病を一層重くする結果となる。

元来、病気は大自然即ち@@に背むいたために起る浄化作用の現われであるから、何が反自然であるかを探求し、発見することが根本的解決であると説かれている。

 氏の主張の大本は、私が一昨年著した現代医学・生物学の変革≠ニ大変共通点が多いので、私は深い共感を覚える。

病気の原因が体内に蓄積している種々な毒素が一定身体部位に集まり凝結するというのは、私見によれば、血液が神経の刺戟に応じて体の一定部位へ集中し、そこに炎症病巣を形成し、そこに腫瘍(ガン腫、肉腫、リンパ腺腫等等)その他凡ての急性または慢性の炎症組織を形成する。

固結というのはガンその他の腫瘍に見られるが、肺炎でも腸炎でも肝炎でも凡て炎症と名づけられる病巣には血液が集まり、紅、腫、熱、痛の四大特徴と機能の障害が起る。
凡て病的な血液と血球の凝結が原因であるから氏の直観的・宗教的な病因論は生物学・医学的にも立派に裏づけできる。
更に凝結・団結した病巣たとえばガン腫では腫瘍の内部から細胞が死滅し崩壊して、愈々有毒な毒素を形成し、それが血液やリンパ液によって全身に拡まる。
毒素を無害とし、膿や糞尿その他の排泄物と共に体外へ排泄しようとするが、体の衰弱と、毒素の増加とがそれを上まわるとき、遂には死に至る。

 生体には自然治癒の良能が備わっているが、不自然な生活の程度と持続期間があまりに大きく長いとき、有毒物質の排除即ち浄化作用が完全に行なわれないので、病によって倒れることになる。

 医薬偏重の現代医学が薬毒の蓄積によって却って医者や薬が造る人工的な病気即ち医薬病を沢山造っている。薬禍の問題は最近漸く世人の注目するところとなってきたが、岡田氏は既に十数年前からこのことを予言している。

 また最近は正しい食物や農薬のおそれのない自然農法の普及に努めていることも一般から注目されている。

岡田氏は結核菌は自然発生するものであると勇敢にも唱えている。
これはバクテリアに感染しなくとも、体の生活力が弱まれば自然に発生するものであり、腐敗菌は有機物の腐敗によって自然に発生するものである≠ニいう私の実験的な研究によって裏づけできる。

これはブラバッキー夫人や桜沢如一氏の直観的なパスツール説否定論にも通ずる。岡田氏は病気の治療に化学的薬物の応用や外科手術の濫用は自然治癒を害するものだからこれを止め、いわゆるご@@による治療を強調している。

最近国の内外に於て従来の西洋医学の物質偏重による行詰りを反省し、精神の重要性を説くものが次第に多くなりつつある。ソビエトの神経主義医学(ネルビイズム)、セリエのストレス学説、フロイドの精神分析、アメリカの精神身体医学、フランスのレーリー学説など何れも東洋古代医学の気血の調和(気=精神と血=肉体との調和)が、健康の根本要素であり、気血の不調和が病気の原因であるという説への歩みよりを見せている。この外にウーヘレンや、ブラバッキーの神癒の医学やクリスチャン・サイエンスの精神医学(神癒の医学)など何れも大自然の摂理、神の掟てに従い、精神の安定の必要性、宗教的信念が健康を守り、病気を快癒せしめるために驚くべき働きのあることが理解されてきた。これは現代医学に最も欠けた精神面についての警告である。

@@@@@が、地上天国を実現しようと努め、正しい科学への理解を深め、それと@@との融合を図り、民衆の現世に於ける倖せを実現しようとしている点は、これからの@@の在り方への一つの示唆を示すものといえよう。

@@@@(昭和40年1月11日発行)

ーーーーーーーーーーーー引用終わりーーーーーーーーーー


10. 2010年4月21日 09:56:21: pppadCNMu2
広義の関係性や経済の問題である

1、何かしなければならないと思うか、何もしなくていいと思うか、何かしたいか、何もしたくないか

2、自分の言うとおりにするべきと思うか、そのままでいいと思うか、相手がいいと思うようにしたいか、関わりたくないか

3、受け入れられるように権威づけをしたいか、誰の何を守るためにどんな法律がほしいのか

4、誰のお金でやるのか、何に対してどのくらいの値段をつけるのか



11. 2010年4月22日 07:24:41: YG3XdRivAE
A病気にかからない身体にする

B病気にもかかれない身体にする

この違いが判れば予防接種の意味も判ったことになります。

本来病気とは体内の汚染を少なくするために起こる自然浄化作用です。
汚染とは本来あってはならないもの。つまり、汚物、毒素、異物等というものです。

免疫力とは体外からそういうものが入らない様に監視するとともに、入ってきた汚物、毒素、異物等を排泄する力のことです。

ゆえに病気にかからない身体と言うのは、そういう汚染毒素などが少ない身体という意味です。体内にある汚染物の質や量によって起こる浄化作用なのですから、その異物毒素が無くなれば、少なくなれば当然その浄化作用も起こる必要がないわけです。
浄化作用を病気を呼んだわけですから、病気にかからない身体というのは体内汚染度が低いという意味です。病気にかかる必要がないから「かからない」のです。

「病気にもかかれない身体にする」というのは似ているようでまったく正反対の状態なのです。
たしかに今病気にかかっていないとしても、それは「かかれない身体」となっているのです。それはなぜか?というと。

本来浄化作用とは自身の生命力(自然良能力)が体内毒素を排泄させるために起こしているわけですから、その生命力の強弱によって浄化力、つまり病気の発生力が左右されてしまうわけです。

病気とは体内汚物毒素の排泄作用、排毒作用ですから、これを弱めて排毒を止める、毒素を固める、抑圧する、内向させる・・・事で病気が起こらなくなるわけです。

しかし、それは見かけ上だけで一時的な健康状態にしか過ぎません。その体質は毒素、異物などが体内に溜まったまま動かない(固まった)状態なのです。

しかし、それを排泄する力がわくほど生命力(浄化力)が少ない状態というわけです。
本来の健康とは逆の体質になっているわけですが、毒素の排泄する力がまだわいてこない状態というわけです。
そのままその人の人生で固まりきっているとしたら良いのでしょうが、いつかまた生命力が浄化作用を引き起こすのが普通です。
もしくは次世代に引き継がれて子孫の誰かがそれを引き受けることになります。

自分は真っ新なゼロ状態の身体をもらって産まれてきたかどうか?
自分の子孫に真っ新な状態で引き継ぎが行われるかどうか?

親と子の関係は身体を異にした連続線上にあるようなものです。
幼い子供が病気にかかった場合、産まれてから思い当たる事と、そうでない事があると思います。
この幼い子供が精神的原因だけで病気になるのか?などと考えることも多いでしょうが、自分と親、自分と子の関係を考えてみると、ずっと繋がった生態系の様にあるのでしょう。

病気にかからない身体とは体内汚染が少ない状態。

病気にかかれない身体というのは体内汚染が高いのだけど、その排泄力が弱体化している状態。

この違いを判ると「予防接種の作り出す免疫」と「自然の作り出す免疫」が「似て非なるもの」である事が判るでしょう。

要するに予防接種とは体内にとって異物である毒素を入れて、生命力を弱体化させてしまう偽免疫状態を作り出すことなのです。
体内に異物毒素はあるのだけど、それを押し込めることで一時的な安定状態を作り出すことです。

しかし、毒素は以前としてあり、予防接種に含まれている毒素まで追加されて体内汚染度はかえって上がっている状態です。

一時的な抑えつけですから、本来は「病気にかかるべき状態」であるものを「病気にもかかれない程【病的な身体】にしてしまう」わけです。

これで自然の免疫と反自然の免疫の違いがまったく正反対であることが判るでしょう。

自然の免疫は体内汚染の現象によってつくられるのです。
したがって「かかるべき時はかかってしまうこと」が本当の免疫を得られるわけです。

その事の例として麻疹などに見られる「自然感染者は生涯の免疫を得る」のに反して「人工的免疫(予防接種)」は大人になってからかかる人が多い・・のです。

出すべき遺伝的毒素の排泄作用としての麻疹などは、一度排泄されると二度とかからない種類のものですから、子供ころかかった方が軽く済む様に自然にそうなっています。

しかし、それを予防接種等で偽免疫で抑圧させると大人になってから浄化させられるのです。しかもずっと重度の症状になってです。


たった一巻のお経も拡げると何百巻
個々の感染症についての予防接種との関連を突き詰めると、たった一巻にまとまります。

自然の浄化作用の一形態としての感染症は自然にそった対応で生涯免疫ができる。かかるべき時にかかる事が健康になれることなのだ。

予防接種というものは偽の免疫力を一時的に作り出すだけのこと。
しかも、異物毒素を入れることでもっと身体の状態を悪質化させて、次の病気を作り出す。

これだけ判っていれば、今後どの様な感染症が現れて、その予防接種や治療薬が現れても原理原則からはずれていたら直ぐ判断できます。

これは民間療法でも同様です。


12. 2010年4月22日 07:37:17: YG3XdRivAE
小難しい事は要らないのですが、細かく論理的に知りたい方は自分で検索すればネット上にたくさん出ています。
予防接種は毒をもって毒を制するそのもの。
だからこれに論理もくそもないのですが、現代人はあたまが良すぎるのでしょう。
なにかと学理だの論理だと言いたがるので、しょうがなく紹介したわけです。

病気は毒出し。予防接種は毒入れて毒増やし、本質は「病気予約接種」
これだけ判ればあとは要らないのですけどね。


13. 2010年4月22日 09:41:24: YG3XdRivAE
微生物の役割(ど素人の主張)

ド素人が玄人に教える時代?(笑い)
(まとめると一巻、拡げると八百巻・・嘘八百ではありませんよ。)

微生物の役割が判ればいいんです。
ただそれだけ。

体内にある汚物、異物、毒素などを分解掃除するお役目。
血液の汚濁状態を清浄化するお役目。

ウイルスも細菌も姿形は異なって、しかも大小、種類も多種多様という様に存在していますが、存在理由はただひとつ。

それは体内の汚染を掃除するお役目。
ウイルスや細菌が毒の源でなく、自分の体内に既にある毒素が源なのです。

だから、ウイルスや細菌は毒素と反応しているのであって、無毒なところでは存在できないし少ないところでは活動もできない。

それを消毒などと称して毒を入れているのが薬という毒。

微生物は毒と供にありです。
主人公の毒素が隠されて、お供の微生物だけを悪もの扱いにしているわけです。
汚れた部屋のゴミを掃除して「ゴミ出しをしているおばさん」を捕まえて、ゴミの方には目を向けないで、おばさんを非難している。

ウイルスや細菌が永久に体内で繁殖できない理由(わけ)
それは毒素の種類に応じて対応する微生物だからです。
その毒素がある箇所(集まっている部位)でしか活動しない、出来ないのです。

そうして微生物の役割(毒素の分解、毒素の集中した細胞などを標的にして分解)が終われば自然に活動は終わり消えて行く。

実に単純な自然現象なのですが、毒素の種類、個々の人間によって様々な症状が出ますから、それは人によっては決して楽なものでもない事も多い。

その苦しみに負けてしまうのと、その先の恐怖不安ですね。
このまま悪くなる一方で死んでしまうのではないか・・・・・・・・・
死の恐怖感は人類共通の根源的なものでしょう。アタマで理解していてもイザという時にはやはり感情が反応しますから。

おそらく反自然医学がこれほど進展してこれた原因というか原動力がこの「死への不安恐怖心」だったのかも知れません。

それに「一時停止的治療効果」が実際に効果あった。
最近は地球波動の変化で「一時的効果」の短縮が始まったようで、効果と害作用のバランスが傾いてきているようです。

実際そうならないと誰も医学が「反自然」などとは気づく機会もありませんね。

反自然科学が現代医学の基礎となって、それが進歩すれば最後に到達する場面は想像できるでしょう。


      我々人類は微生物によって生かされている。

微生物が害を及ぼすと思っている因子は、すべては自分自身の内にある源(毒素)を忘れ、他人(ひと)のせいにしてしまう責任逃れの現れである。

しかし科学の最先端とうたっている現代医学はそれさえも知らないのですから、やることなすことがまったく反自然となるのです。

100パーセントそれだとは言いませんが、かなりの率ですよ、医学では反自然方法が行われていることが。

ロバート・メンデルスン博士が「今の医学の90パーセントは不必要だ」と断言したのも無理はない、実践医療の賢者なら知り得るところだったのでしょう。
いや賢者愚者と言うよりも「現代医学は科学だ」という信仰から目が覚めると誰でも判ることなんですが。

だからノーベル賞受賞などのずば抜けて優秀な科学者でさえも「医学信仰」に呪縛されていると見えてこないのですね。気がつきもしない。
ハナから信じ切っている事が土台になっているんだから、判りようがないのです。

かえって、あまり優秀でないと言われる単純な思考の人が判るのかも知れません。
よけいな知識がないゆえに、意外と呪縛から解き放される。

まあ、この医学呪縛は人類の集合意識でわざわざ創りあげてこの世界でゲームするには必須の舞台のひとつだったんでしょうね。

人間が産まれてから死ぬまで病気もしない、ずっと元気で長持ちしている状態だったらほとんど「不幸」というシナリオが書けないでしょうから。

テレビ、映画等でシナリオ書いていますね、小説でしょ。そこにメリハリをつけるとしたらおきまりの「病気」や事故などの不幸が入らないと全然しまらないですよね。

白血病で恋人が若くして死んで行く・・・これほど泣かせる事無い、最愛の子供でもなんでもいいですが、重い病気に罹って苦しんで死んで行く・・・・その中でお互いの愛を感じたり、悲嘆の涙にと・・・このシナリオが書けるのは病気さまさまなんです。

だから長い間、人類はみずから病気の真相を知ったらいけないと云うような設定をしていたんでしょうね。
真実を知ったらそこでゲームオーバーですから。不幸の種が無くなると人生劇場も終演となるんですから。
しかし、どこかでそれに歯止めをかけないと「人類としての種が存続できない」所へ到達するだろう・・・という未来予測はあったんでしょう。

だから、どこかで「知るべき時期」を設定しておく、と同時期には医学の進歩もほぼ頂点に近づいているという様に。

なぜなら反自然の医学が進歩すればするほど病気が増え重度化するという事は判っているはずですからね。

「陰きわまれば陽に転ず」という言葉のように、「極まるところ」まで行かないと「気づけない」様にしておいたという集合意識でしょうか。

そんな事本当かどうか確かめられない?
そうです。もっと先に行ってからでないと説明など出来ませんが、私のへりくつ程度の感覚で書いています。

ということで、ここら辺で気がつかないと人類は遺伝子的にも存続の危機という臨界点に達しようとしているわけです。

ある意味、その大きな役割をしているのが各種の予防接種というのがド素人の主張です。


14. 2010年4月22日 10:56:59: hfQwM4ciIs
>まあ、この医学呪縛は人類の集合意識でわざわざ創りあげてこの世界でゲームするには必須の舞台のひとつだったんでしょうね。

たいへん面白いご指摘。
医学への恨みと劣等感を隠れた動機とする代替医療・民間療法の権威者というロールも、医学から害を被らぬよう自他を支援する個人というロールも、医師を含むさまざまな立場の人が演じている。


15. 2010年4月22日 21:16:10: 4KgJNqnYuM
悪乗りして「ウイルスの存在する理由(わけ)」

以下は個人的な妄想論ですので、ご理解を。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
細胞に目印をつけてから始めよう

  ド素人が考えたウイルス有用論 (妄想論と言う人もいるが)

身体の中の細胞すべてにウイルスが浸食しているわけではありません。

まず特定の細胞に侵入して、そこで増殖してから、さらに新たな細胞に侵入するという意味は、先ず特定した細胞の中身が問題です。

普通の状態の細胞にはウイルスは侵入しない、侵入できないのです。
特定の細胞だけに侵入してその細胞の情報を読み取り、同じ性質の細胞をめがけて侵入して拡散して行くわけです。

では特定した細胞とは何かというと、毒素の集まった細胞です。
ウイルスの目的は体内清掃夫のお手伝い役の様なものですから、毒素の排除に関わる体内免疫系のお手伝いをするわけです。

要らない細胞、あってはならない毒素のある細胞は体外へ排泄されなければ邪魔になります。
その様な毒素の集まった細胞は血液の滞りや循環を妨げて各機能を低下させています。ある程度集まった毒素が局部に集中して細胞毒が、例えば心臓や肝臓などの臓器の活動を邪魔をします。

毒素は臓器の周囲には集まりやすいので、その周囲の細胞は毒素が多いということになります。
それを生命力の行う浄化作用(免疫力)が毒素排除の活動を起こすわけです。
発熱は毒素を溶かして液状にして体外に運び出します。
出口はいろいろな形がありますが膿状や血液に混じったり、薄いのは水状として排毒されます。


ウイルスの手助けはまず対象となる細胞の性質を読み込んで目印をつけて、特定の細胞のみに侵入するわけです。
そして、細胞を内部から破壊するという手助けをしてやる。
破壊された毒素細胞が膿状となって移動しやすくなるわけです。

またウイルスが高熱に弱いという事は、「役目がおわったから退場する」という意味でしょう。

本来人間の持つ浄化装置は固まった濃縮毒素を溶かす事が第一歩です。
その為に局所に高熱を発するわけです。

一時的に局所細胞(毒素の集まっている箇所)に熱を集中させることで高熱となります、その際、周辺からの熱を集めることで減熱となります。
それが一時的に寒気(悪寒)がして、その後高熱が発生するという様な経験をすることがありますが、寒気は全体的に、高熱は局所となるわけです。

固結毒素の溶解が始まるとウイルスが内側から細胞破壊した毒素が溶かされる段階に入り、役目も終わりという事で退場するのです。

ウイルスが火付け役となって、火が燃えさかればもう必要ない事になります。
だからウイルスが盛んに活動しているのに、なぜそのまま繁殖拡大を続けないのかという疑問は、単なる高熱で消えるという意味だけではなく、「役割が終わったから」と見た方が主点でしょう。

ウイルスは体内から発生できる。
外からのみと見るのは間違いです。じつはずっとウイルスは体内にあるという見方をしていた医師もいたそうです。

しかし、実際はずっといると云うよりも潜在しているという方が正しいのでしょう。
物質科学ではエネルギーという物質的に発見されない次元の事は「無い」とされているので、それを証明できないのですが。

波動とか振動の世界がエネルギーという非顕在系の次元です。
すべては振動と波動であり、それは見える世界で起こるような波動共鳴現象が当然起こっているのだということです。

そしてそこは大調和の原則が働いている。
右に偏れば左に戻す。左に偏れば右に戻す・・というような振り子が大きく振れると基へ戻す力が働く原理の様に、人体内の世界も常に調和するというバランスが支配しているのです。


偏ってしまった原因は体内に溜まった毒素であるならば、自然のバランスはその毒素を排泄して元に戻そうとする為に働きます。

その毒素を集めた細胞を破壊するウイルスだとすれば、それは身体の調整作用と協調している、一種の共同作業でしょう。


ウイルスが必要なら出現して役目が終われば自然消滅するという事です。
だから、永遠に増殖することはないのであり、感染というよりも情報伝達の共鳴現象、因があれば伝播するというような誘因というものでしょう。

またそれでなくても自身の内から発生できるわけですから、調和維持として身体との共鳴現象だと思います。

これを鏡の法則とも言われています。
つまり自分の廻りに現れる人も現象もすべて内側にあるものの対象であると。


ウイルスはあくまで主役ではない、主役は自身の浄化力、調和活動なのですから、特定の細胞に合わせて活動するウイルスは、おそらく主人の要請があるからこそ、細胞に侵入できるのでしょう。

言ってみれば人体細胞の方から「お出でなさい」と鍵を開けて待っているような。
鍵をむりやり開けて侵入するのではなく、細胞の方から鍵をあけわたしているからこそ入り込めるのでしょう。

それは大目的に合致した共同行為、自然界に仕組まれたコラボレーションでしょう。

黴菌(病原菌と言われるもの)は直接的に細胞毒を分解する食毒作用。
白血球に含まれる毒性分を食べて増殖する。食菌作用ではない所がミソ。

ウイルスは自身では食毒出来ない、毒素を含んだ細胞破壊の役割。

どちらにしても身体の浄化作用の為に出現して活動するアリガタイお手伝いなのだ。

こうしてみると現代医学とはまったく逆の視点で同じものを見ているわけです。

その視点が違うと見える姿まで異なってしまう、活動までまったく正反対に見えてしまうものです。

免疫力の意味もそうです。
体内に異物毒素が多いと病気に罹りやすい、病気は浄化作用だからです。
それを免疫力が弱まっているから病気になると思うのが医学の視点。

浄化作用を起こす力がわいたから病気になれるというのが逆転の医学の視点。

問題は免疫力を上げて病気にかからないようにする。という意味の微妙な違いです。

体内に異物毒素を入れない、あったら排泄させる事が本当の免疫力を上げる事。
それが病気にかかる必要がないからです。

しかし、
体内に異物毒素を入れて、既にあったものまで排泄させない事を免疫力と言っているのが医学の視点。

これでは最終的には人類という種の滅亡へ向かうことです。
それは動物でよく見られる現象です。
人間はさすがに他の動物に較べて丈夫に出来ています。そこまで行くに時間がかかるのですが、いつかその臨界点を越えたときから下り坂を降りている事に気づくのでしょう。

予防接種が偽に免疫力をつくるという意味は、最終的には人類という種の終焉をめざしているということです。

人間から病気という解放装置を取り上げてしまったら、体内の毒素は溜まる一方です。
地球環境が悪化して人類が滅びるか、人類の体内環境が悪化して自ら滅びるか、まさか競争しているわけではないでしょうが・・・・・
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


16. 2010年4月22日 21:46:17: B0KAq30QPM
>予防接種が偽に免疫力をつくるという意味は、最終的には人類という種の終焉をめざしているということです


狂犬病の予防注射の普及によって、犬という種の終焉をめざしているとは思えないし、かといってお金儲けだけが目的とも思えません。
たぶん、犬が可愛いとも思うし犬が怖いとも思っているから、何かをしたかったんじゃないかな。

盲導犬育成も何かありそう。

あっ、地震だ。


17. 2010年4月23日 07:42:30: nfSUqTeDio
  カゼは最大の恩恵

さて、この毒素の集溜(第一次浄化作用)と排泄(第二次浄化作用)を、現代医学
的に表現すると、いわゆる炎症病巣の出現である。すなわち“紅・熱・腫・痛”の
四大症状を伴う急性進行性炎症として、活発な代謝活動により集溜した毒素を融解
し、一気に体外に排泄する。これが第二次浄化作用で、いわば毒素の強制執行であ
る。

この場合、毒素の排出場所は、東洋医学的には大腸=肺=皮膚の三者が表裏陰陽の
関係になっている関係で、肺(上気道粘膜)からの場合は、いわゆるカゼとして、
発熱・発汗・咳・痰・鼻水などの姿で排泄される。
また腸粘膜の場合は腸炎(下痢)、皮膚ならば蕁麻疹や湿疹として排出される。
そして毒素の排泄が終われば、二、三日でケロリ。

したがってカゼ・下痢は実に有り難い安全弁であり、最も安全かつ迅速な毒素処理
法。まさに自然の恵みである。

したがって、これを止めることは愚の骨頂。薬毒の作用によりて生体のホメオスタ
ーシスを撹乱し、浄化力を弱めるだけ。その結果、毒素を次第に奥深く固めこむこ
とになる。圧力ナベの安全弁を作動させないわけだから、ついには爆発する。
この姿が細胞の自壊作用をともなう浄化作用――すなわち化膿性疾患であって、崩
壊した細胞は膿(白血球)として排泄、あるいは出血をともなう潰瘍性疾患の出現
となる。
この段階で二次的に細菌感染もありうるが、すでに述べたように、バクテリヤは本
来は自分の細胞や血球が崩壊して出現するもの。したがって二次的感染にしても体
内条件(体質)が悪いためであって、いわば大量の毒素を排出するために一時的に
外部から応援に来た病原体という清掃人スカベンジャーと考えたらよかろう。

ところが、人間の浅知恵――というより“病を敵”と考えるため、これを恐れて余
計なお節介をはじめた。薬づけである。
その最たるものが抗生物質だ。この抗生物質は、腸内生態系をメタメタに撹乱する
だけでなく、生体のホメオスターシスそのものに干渉する結果、第二次浄化作用が
発動されず、第一次浄化作用による毒素の固定化(退行性変性)だけが進行する。
要するに熟も出せないひ弱なからだになるわけだ。
これが動脈硬化などの組織の硬化(老化現象)を伴う慢性病にほかならない。

その最終的な浄化装置――全身の悪液質を防ぐ毒素のゴミ溜めがガンである。
ガンはワールブルグの項で話したように無酸素呼吸という変則呼吸によりて、かろ
うじて生命を維持するわけで、いうなれば虫の息き。
したがってまず熱がでない。もしガンで発熱すればしめたものだが‥‥‥‥。実際
、ガンの発熱療法もあるくらいである。

TITLE:食と生命その3
URL:http://homepage3.nifty.com/himaari/syoku3.htm


18. 2010年4月29日 06:49:30: r0qoKBBKOA
病原体は人体内で発生

これは非常によく解説されていますね。
TITLE:医学・薬迷信から目覚めよ!
DATE:2008/06/19 12:40
URL:http://www12.plala.or.jp/kusuri/page5-1.html

http://yuwa.cocolog-nifty.com/blog/files/byougen1.mp3
http://yuwa.cocolog-nifty.com/blog/files/byougen2.mp3
http://yuwa.cocolog-nifty.com/blog/files/byougen3.mp3
http://yuwa.cocolog-nifty.com/blog/files/byougen4.mp3
http://yuwa.cocolog-nifty.com/blog/files/byougen5.mp3
追記

まとめました
http://yuwa.cocolog-nifty.com/blog/files/byougen-0.mp3


19. 2010年5月01日 19:32:51: kDaHnvGvlc
現役の開業医に聞けば、かなりの確率で癌はストレスが主因と言う。
一夜にして出来ることもあるそうだ。ガイドラインにも書いてない。
コレステロールが低いと術後早期癌でも再発率が高い。
逆に高いと、ステージの進んだがんでも、再発リスクはほぼゼロ。『2008?癌学会』
医学の常識はころころ変わる。肉も卵も毎日食えそれが長生きの秘訣だと
NHK『ためして合点』で、先週放映。
何が真実で、そうでないのか、これはもう哲学の世界かもしれない『笑』


20. 2010年5月01日 19:50:17: kDaHnvGvlc
>19
第80回日本胃癌学会総会
2008年2月27日〜29日 横浜
金沢医科大学消化器科
>胃がんに関して

21. 2010年5月22日 09:46:36: 8Nb7lcIiX6
今度の口蹄疫騒動ですが、検証のよい材料になりそうですね。
動物と人間とはすこし異なるでしょうが、免疫と微生物の関係がよく分かりそうです。
獣医学といっても基本的には現代医学を柱としているでしょうから。
それはそうですね。薬の人体実験の前に動物実験しているわけで、人体実験のための言い訳に動物が同等扱いされているところは。

家畜の場合は飼料に何が使われていたか、また厩舎の環境など。
ひとの場合はもう少し複雑に精神的面が加わったりトラウマ的な要因もあったりして。
でもひとは動物よりもずっと丈夫に出来ているようで、その点動物は短時間で結果が出ることである程度参考になるでしょう。

今後の展開が楽しみです。口蹄疫騒動の顛末はいかに?


22. 2010年5月22日 16:06:47: v9RY1xNFFA
やぶ医者にかかればどんなちんけな病も大病に早代わりする。
世界を震撼させた病原性大腸菌157がはったり細菌だと我々が証明した。
偶然感染したので、うん血耐久試験を行なった。
十日目便器血まみれ状態となったため明治FOMで除菌した。
3日内服で完治する。
低脳内科開業クリ医は初期の下痢状態で強力下痢止めローペミンを投与し
患者を殺していた。要は医原性疾患だったのである。
http://zoome.jp/utaro/diary/1/

23. 2010年10月03日 11:53:46: GylRh4y3GQ
>これさえ理解できれば「一切のワクチ予防接種は不必要」と解る。本当の免疫理論!?

馬鹿じゃないの。
破傷風は土中などにいる「破傷風菌」が傷口から入って破傷風を起こす。
体内で発生することはないし、破傷風は一度感染しても免疫が出来ない。
破傷風の発症を抑える方法は、劇薬であろうが「破傷風ワクチン」を使うしか方法がない。

破傷風菌はあなたの家の庭にも沢山いますよ。
そしてちょっとした切り傷から侵入して、あなたに破傷風を発症させるのです。
そして発症してしまったら、破傷風に効く薬はありません。
対症療法で治るか、死ぬのを待つしかないのです。
例え、治っても後遺障害を残す確率が非常に高いのです。

それがいやだったら、最低でも「破傷風ワクチン」接種を受けることです。


24. 2010年12月03日 23:20:26: JvLf5TRXNA
>23

また千島信者ですから、何を言っても無駄ですよ・・・

しかし千島信者ってここには多いもんだなあ


25. 2011年3月11日 18:21:28: 3sDk7JH9HU
『風邪の効用』野口晴哉・・・ですか?

26. 2012年4月03日 20:08:58 : fPsH3Sf0Xk
あははとおもわず笑ってしまった。
コメントにだが・・

27. 2013年1月02日 08:16:45 : EcdQrNc5Ng
>>23
人を馬鹿呼ばわりしてはいけませんね。

ワクチンが効かないとはいってませんよね?
一時的な偽免疫という事です。
破傷風や狂犬病のように恐ろしい感染症ならば、
ワクチン接種という選択もあるでしょう。
ただ、日本では滅多に見られない訳で、
例えワクチンを射っても無駄になる可能性の方が遥かに高いです。
脅すような意見は頂けませんね。


28. 2013年3月29日 23:40:30 : M7DaJ0DhSA
人間に限らず地球上の生き物、動物が幼い状態ですぐ死に至るような病気や、子孫を産む前に病気にかかって命を落とすような致死的な病気がこの世に登場すると思いますか?

そんな致命的な病気のウイルス・細菌が登場したとしても、
宿主がすぐに病死し、間もなくウイルス・細菌も居場所を失ってしまう!
(はずだと思う。歴史は何時までもこれまで通りの事が通用するとは限らないけど、なかなか変わらない事も沢山あると思います。)


29. 2013年11月16日 13:25:54 : RQpv2rjbfs
昔は多くの文化人が結核で死んでいった、むしろ結核で早世しない作家のほうが珍しいぐらいだった。今ではツベルクリン検査とBCGのおかげで結核で死ぬ人は珍しい。

病因と治療法がはっきりしない間は素人、医者ともども言いたいことを主張するがそれも病因と治療法が確定するまでのつかの間だ。胃潰瘍、十二指腸潰瘍がピロリ菌のせいであることがわかるまで、潰瘍の原因はまことしやかにストレスであるとされており、病院で説教されて金を巻き上げられていたのだが嘘だった。それぞれの病気について完全な知識が得られていない間、患者はいい加減な説を聞かされるのを辛抱しなくてはならない。あやしげな薬も藁にもすがる気持ちで飲むしかないだろう。


30. 2013年12月23日 19:51:06 : GEDAI53Vy6
いまだに、「ツベルクリン検査とBCGのおかげで結核で死ぬ人は珍しい。」と信じているんですね。

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