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Re: クリスチャンへの質問
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投稿者 隣人 日時 2010 年 2 月 15 日 03:13:32: vTRc6NquZFvI6
 

(回答先: クリスチャンへの質問 投稿者 なぞの精神科医 日時 2010 年 2 月 09 日 01:11:17)

こんばんは。続きです。

3、サタンの問題

 Q:宇宙を創造した父なる神は、なぜサタンを創造し、そのまま放置しているのでしょうか?
   サタンも父なる神によって創造されたとすれば、その存在意義があるのでしょうか?

 A:神がサタンを創造したわけではありません。み使いの一人が神とは意見を異にし自らサタンとなりました。
   (サタンという語はヘブライ語で敵対者、敵、訴える者という意味があります)。
   そして神はこの厄介者を放置し続けるわけでもありません。創世記3章15〜17節では関係者の処分について述べ
   られていますが、そこではアダムの子孫から約束の胤が生まれ、その者が蛇であるサタンの頭を砕くことになって
   います。以来6000年ほどが経ちましたが、神と悪魔の対立点がどちらの力が強いかといった単純なものではなく
   人間を含めた倫理的な問題が関係しているからでしょう。サタンが何に敵対し、何を訴え続けているのか。創世記
   のエバとのやり取りやヨブ記の冒頭の記述からうかがい知ることができます。それは人間に対する神の支配権と
   神に対する人間の忠誠心といったものでしょう。
   そしてサタンの存在意義。一つには許されている期限内に自らの主張を証明させることでしょう。

 Q:なぜ聖書にサタンの性質や意義について詳しく書かれていないのでしょうか?

 A:聖書には分かり易くプロフィールのような形では記述されてはいませんが、「銀を求めるようにそれを尋ね、宝物を
   求めるようにそれを捜すなら」見つけられますよ。(箴言2章4節)

  「サタンに欺かれることのないためである。わたしたちは、彼の策略を知らないわけではない。」
                                                (コリント第二 2章11節 口語訳)


4、悪の問題
 
 Q:私は、人間は、生まれながら誰でも悪の衝動やさまざまな欲望、煩悩、弱点をもっていると思います。
   クリスチャンはそれをサタンや悪霊のせいにする傾向がありますが、私は、サタンのせいではなく、人間はそういう
   ふうにできているのではないかと考えています。悪の衝動は、サタンの働きだと考えますか?

 A:アダムは神から自分のしたことの言い開きを求められたとき、それをエバにせいにし、エバは蛇であるサタンのせい
   にしましたね。しかしヤコブは、人が罪に至る過程を次のように述べています。「むしろ、人はそれぞれ、自分自身の
   欲望に引かれ、唆されて、誘惑に陥るのです。そして、欲望ははらんで罪を生み、罪が熟して死を生みます。」(ヤコ
   ブ 1章14、15節)人が戦わなければならないのは、サタンの世の影響力に加えて自分自身の不完全さ、肉の弱さが
   当然あると思います。そして手ごわいのはこの肉の弱さのほうでしょう。使徒パウロ自身もそうした弱さが自分自身
   の中にもあることを明らかにしました。「それで、善をなそうと思う自分には、いつも悪が付きまとっているという法則
   に気づきます。「内なる人」としては神の律法を喜んでいますが、 わたしの五体にはもう一つの法則があって心の法
   則と戦い、わたしを、五体の内にある罪の法則のとりこにしているのが分かります。わたしはなんと惨めな人間なの
   でしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか。わたしたちの主イエス・キリストを通し
   て神に感謝いたします。このように、わたし自身は心では神の律法に仕えていますが、肉では罪の法則に仕えてい
   るのです。 」(ローマ 7章21-25節 )。
   古代、律法下のイスラエル人はそうした罪を贖うためには動物の犠牲をささげる必要がありました。しかしキリストが
   到来し、一度限りのご自身の犠牲をささげてからは動物の犠牲は必要ではなくなりました。クリスチャンはキリストの
   贖いに信仰を持つことにより罪の束縛といえるものから開放され清い良心を抱くことができるようにされています。
   とはいえ、肉の弱さを過大視する必要はありませんが、開き直ったり、甘んじる態度はよくないと思います。
    また、神は完全な方ですが完全主義者ではありません。罪を容認することはありませんが、人間の弱さをも思いや
   ることのできる方です。
   
   「主はわたしたちを罪に応じてあしらわれることなく、わたしたちの悪に従って報いられることもない。」(詩編103編10節)
   「主よ、あなたが罪をすべて心に留められるなら、主よ、誰が耐ええましょう。」(詩編130編3節)
 

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コメント
 
01. 2010年2月16日 02:54:12
仏教では、一切衆生は、自分の内にある、と、説きます。ですから、時代の、変遷又は、現象の、浅瀬に、関わらず、命の深さから、変わらない、真実を、説いてるんです、「が」・・知行合一となると、これは、いささか、難しいんです。今もって!ですが、「肉のおもい」での、苦しみは、30代に、苦しみました。

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