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西洋の達人が悟れない理由
http://www.asyura2.com/09/cult7/msg/608.html
投稿者 中川隆 日時 2010 年 7 月 15 日 21:42:45: 3bF/xW6Ehzs4I
 

(回答先: 独占インタビュー 元弟子が語るイエス教団「治療」の実態!! 投稿者 中川隆 日時 2010 年 7 月 11 日 23:15:00)


フルトヴェングラー、ドンジョバンニ序曲
http://www.youtube.com/watch?v=82uRFtU6JgA

芸術というものは、「切れ目」があるもの。
音はつながっていても、その流れの中に明確な「切れ目」がある。

だって、そもそも芸術作品というものは、創作する人間に神の言葉が降り降りたから、永遠に残る作品になったわけでしょ?

その瞬間は、人間の発想の「流れ」は、切れますよ。

逆に言うと、だら〜とつながっている「流れ」を持つ作品は、たとえ音に切れ目があっても、人間の思考の範疇にあるわけ。

以前にマルグリット・デュラスの「インディア・ソング」を考えた際に触れましたが、「最適化とまり」の作品と言えるわけ。そんな作品は、「夜明け」に到達できないnormalな量産品ですよ。


最適化の作業を超えた神の声。

そんな瞬間には、時間の流れが止まってしまうもの。

だから、「切れ目」が発生することになる。

音がつながっていても、「流れ」が切れるわけ。


もちろん、音楽作品において、そんな「切れ目」があれば、音が一端切れることもありますし、音楽の音色の変化となるケースもありますし、テンポが変わるパターンもある。音楽の表情の変化には色々なパターンがあるもの。

しかし、音楽を聞いていて「ああ!この箇所で、単に音が変化したのではなく、世界が変わったなぁ・・・」と思うこともあるでしょ?

表現された「世界の切れ目」は、現実的には、音楽の流れにおいても切れ目となる。だから、音楽の切れ目に注目すれば、表現された「世界の変化」あるいは、その作品に現れた創造者の声も、見えてくる。

日頃から創造的な日々を送っていれば、そんな「切れ目」に対する反応が鋭くなるわけですし、ルーティーンな日々を送っていれば、明確な切れ目があっても、見過ごしてしまう。


今回取り上げるのは、音楽映画「フルトヴェングラー その生涯の秘密」と言うもの。
芸術的な映画と言うより、記録映画に近い映画です。

この映画を元に、フルトヴェングラーという人を考えて見たいと思っているわけ。

フルトヴェングラーと言う人は、第2次大戦を挟んでベルリン・フィルの指揮者だった人でした。

1954年にお亡くなりになっています。没後50年以上経っているのに、今でも崇拝者はいたりしますよね?

フルトヴェングラーは当代随一の大指揮者であったとともに、作曲も、しました。

第2次大戦という困難な時代に、よりにもよって、ベルリン・フィルの指揮者だったため、ナチとの関係が色々と指摘されることになる。

その映画でも、そんなシーンが出てきます。

ナチとの関係は、後で考えてみます。
とりあえず、ここで考えてみるのは、切れ目の問題です。


実は、このDVDの解説が、結構面白い。
日本の音楽関係者さんが解説をなさっておられるようですが・・・

「切れ目」への反応が・・・何と言うか・・・うーん・・・と言わざるを得ないもの。

実は、このDVDの終わりの方に、第2次大戦の終結前にフルトヴェングラーがワーグナーの「マイスタージンガー」の前奏曲を指揮するシーンがあります。

フルトヴェングラーとオーケストラはコンサート会場(と言っても体育館かな?)で演奏している。そこにはナチのカギ十字の旗が掛かっている。軍需工場の慰問の意味もあるのかな?

そして映画では聴衆が映っているわけです。フルトヴェングラーとオーケストラの演奏シーンがあって、聴衆が真剣に聞いている映像が流れて、そしてまた演奏シーンがあって、そして、聴衆のシーン・・・と繰り返される。

映っている聴衆は、実に、真剣な、表情。

DVDの解説では、「スゴイ演奏だ!だから、聴衆がこんなにも真剣に聞いている!」なんて書かれていますが、読んだ私はその言葉にビックリ。

映像を見れば疑問に思うはずですが、フルトヴェングラーとオーケストラによる演奏シーンと、真剣に聞く聴衆のシーンって、同時に収録したものなの?

聴衆のシーンは別撮りじゃないの?
そして、後で編集したのでは?

同時収録の聴衆もいるでしょうが、全部が全部同時収録なの?

映っている聴衆に当たっている光の具合って、実際のコンサート会場ではありえない場合がある。

それに聴衆と演奏家が一緒に映っているシーンがほとんどない。聴衆の映像に、音楽が流れるだけ。

それに、フルトヴェングラーのコンサートなのに、それに特に正装している服装ではないのに、まあ、映っている聴衆の周囲がスカスカで、一人しか映っていない場合もある。

安い席なら、もっと聴衆を詰め込むでしょ?ただでさえ希望者が多いんだから・・・


真剣な表情で音楽に聞き入っている聴衆の姿って・・・まあ、演技のプロなら当然ですよ。

そもそも当時のドイツは純然たる独裁国家。そのイベントを収録した映像に映っている人物が、まるっきりのカタギと言うわけには行かないでしょ?

それこそ今だったら、北朝鮮政府が映した映像で映っている「一般国民」が、どんな素性の「一般国民」なのか?ちょっと考えればわかるはず。

それに当然のこととして、当時のカメラは巨大なもの。ゴダールの「勝手にしやがれ」のように手持ちカメラでの撮影と言うわけにはいかない。自分の目の前にそんな巨大なカメラがあったら、落ち着いて演奏を聞くどころではないでしょ?

そして、当然のこととして、相当の光を当てないと、当時の感度の低いフィルムには収められませんよ。映っている「聴衆」にも、相当の光が当たっていたはず。それに、当時の政治体制を考えれば、聴衆だって「ミスは許されない」状態。こりゃ、「真剣」にもなりますよ。命が掛かっているもん。


「一般の聴衆が、こんなに真剣な表情で!」
・・・なんて・・・素直ないい子だねぇ・・・


何も私はその「解説」を失笑しているわけではありませんヨ。

シーンの切れ目に対する反応の鈍さについて考えているだけです。

演奏シーンがあって、聴衆のシーンへと続く・・・

その「切れ目」に何があり、どんな意図があったのか?

日頃から創造的なことをやっている人だったら、そんな切れ目を見逃すはずはないんですね。

逆に言うとルーティーンな日々を送っている人は、そのような「切れ目」に反応することは難しいんでしょう。


これはしょうがない。日本の音楽現場と言うものは創造現場とは距離があるんでしょうね。

創造的な瞬間、人間の思考が途切れる絶対的な瞬間・・・

そんな瞬間とは無縁なんでしょう。申し分のない立派な市民と言えるんでしょうが、芸術家とは言えませんね。

まあ、その「解説」は切れ目への反応の鈍さの実例。逆に、切れ目への反応の鋭さの実例というと、実は、このDVDで典型的な箇所があります。

映画に登場しているドイツの音楽研究者さんがフルトヴェングラーが演奏したバッハのブランデンブルク協奏曲の第5番について考えている箇所。その演奏が持つ切れ目がすばらしい。

フルトヴェングラー指揮による、バッハのブランデンブルク協奏曲・・・そんな組み合わせの方に、21世紀に生きる我々は失笑してしまう・・・そんなものでは?

フルトヴェングラーが活動していた時代から、バッハの演奏スタイルは大きく変わってしまいましたからね。

実際に、この演奏でもチェンバロではなくピアノが鳴り響く。現代的と言うか、古いというか・・・

しかし、これがまたビックリするくらいに面白い。

単に、古楽器による演奏に馴れた我々の耳に、逆に新鮮に響く、と言うものではなく、音楽の「切れ目」が生きている。

音楽の切れ目から、神からの霊感そのものが、鮮やかに浮かび上がる。

「ああ!ここでバッハに、神から霊感があったんだなぁ・・・」って、誰だってわかるのでは?

私はその「切れ目」の部分で、魂が身体からスーと抜けて行く感じがしたくらい。

演奏スタイルが古いとか正統的とかの議論よりも、創作者に降り降りた神の言葉を再現することの方が重要でしょ?

フルトヴェングラーの演奏を聞いていると、その切れ目から、まさに「神の言葉」が聞こえてくる。

創造的な音楽は、音楽の流れの中に、たまたま切れ目があるのではなく、切れ目をつなぐために、メロディーがある、むしろそっちのスタイルに近いもの。

それこそフルトヴェングラー指揮の有名なバイロイトでのベートーヴェンの第9交響曲の演奏ですが、あの「歓喜に寄す」のメロディーが、「入ってくる」その切れ目のすばらしさ・・・

それは誰だって認めるでしょ?全体が問題ではなく、切れ目が問題と言えるのでは?

神は切れ目に宿るわけ。


切れ目への鋭い反応。そしてそれを再現する技量。

フルトヴェングラーが、確かに、当代随一の指揮者であったのも、よくわかりますよ。

さて、前にも書きましたが、このフルトヴェングラーは、ナチとの関係が色々と指摘されたりします。

多くの芸術家がドイツを後にしたのに、ドイツ国内に留まった。

もちろん、彼もナチに対して抗議の声を上げたのだけど、どうも「あいまい」な態度。
あるいは、このDVDに登場する画家のココシュカの言い方をすると、「とまどう」態度。

駆け出しの演奏家ならいざ知らず、指揮者としては当代随一の人だったんだから、生活の問題はないはず。心情的にはナチにシンパシーを持っていたのでは?

そんな指摘が、ナチの蛮行が本格化する前から、フルトヴェングラーに寄せられていたわけ。

それに対し、

「音楽は政治とは関係ない!」

「私はドイツ音楽に忠誠を誓っているのであって、ナチに忠誠を誓っているのではないんだ!」

「ドイツ音楽を守るためにも、ドイツに残る。」


彼はそのような発言をしたわけ。

「芸術と政治は関係ない!」という主張は、別の言い方をすると、「政治と芸術の間には切れ目がある。」と言う主張とも言えるでしょう。

その主張はともかく、もっと明確な態度でもよかっただろうし、取ることもできたのでは?

政治と関係ないと積極的に思うのなら、政治的な場所から切れて、積極的に距離を置けばいいだけ。

ただ、その動乱の時代の当事者でない部外者が、もっともらしくコメントしても意味がない。

ただ、ナチとの関係が「あいまい」であったとは言えるでしょう。

だって、他の多くの音楽家は、もっと明確な態度で臨んだわけですし、そのような断固とした態度をフルトヴェングラーに勧めた人も大勢いた。

つまりフルトヴェングラーには他の選択肢を知っていて、その選択の可能性もあったわけ。

いっそのこと、ナチに忠誠を誓っても、それは個人の政治信条の問題。

ナチに反対して、さっさと亡命して、他の国から「ナチからの解放」を呼びかけるのも、立派な態度。

フルトヴェングラーは、「あいまい」なんですね。

しかし、フルトヴェングラーの「あいまいさ」って、ナチとの関係だけではない。

音楽家にとって、もっと重要な問題においても、実にあいまい。

音楽家であることはいいとして、演奏家なのか?作曲家なのか?

その問題と真摯に向き合ったりはしない。

「ボクは本当は作曲家なんだ!」なんて言うのはいいとして、実際に作曲をするわけではない。作曲する時間があっても、何とかして逃げ出そうとする。

第1次大戦において、それこそ若いフルトヴェングラーは率先して兵役に付こうとしたらしい・・・

せっかく、徴兵検査で不合格になったのに・・・志願するなんて・・・

愛するドイツのため・・・は、いいとして、そのドイツの芸術を発展させることの方が、創作活動をする者の重要な仕事でしょ?

「ベートーヴェンやブラームスを産んだ祖国を守る!」なんてお題目はいいとして、だったら、なおのこと自分が作曲することでベートーヴェンやブラームス以上の作品を残した方が祖国ドイツにとっても価値があるのでは?


フルトヴェングラーは、作曲の時間ができると、何かに首を突っ込んで、その作曲できる時間をつぶしてしまう。そんなことの繰り返し。

その点は、ナチとの「あいまい」な関係で非難された作曲家のR.シュトラウスとは全然違っている。

シュトラウスは、要は自分が作曲できて、自分の作品が上演されれば、それでいい・・・と、割り切っている。

ナチに対しても、いつの時代にも存在する、単なる「よくある障害物」くらいの認識。

気に入らないヤツらだけど、明確には敵にする必要はない・・・それよりも、アイツらを、うまく使ってやれ!

シュトラウスはナチとはあいまいであっても、音楽活動に対しては、実に明確なんですね。

シュトラウスが取ったこのような態度は、分野は違っていますが、ロケット開発のフォン・ブラウンとも共通しています。


自分が本当にやりたいことがわかっているものの発想。これこそが天才というものですよ。


それに対しフルトヴェングラーは、「あいまい」な態度ということでは首尾一貫している。

ナチともあいまい。作曲活動もあいまい。

あるいは、フルトヴェングラーのライヴァル関係であったトスカニーニとの関係もあいまい。

トスカニーニを嫌いなら嫌いでいいわけですが、「敵にしたくない!」「嫌われたくない!」あるいは、「嫌ってはいけない!」なんて心情が見えてくる。

いつだって誰に対してだって判断保留の状態。

トスカニーニにして見れば、フルトヴェングラーは、
指揮者としては偉大。
政治的には無能。

友人とはいえない。


と明確。トスカニーニだって他の指揮者についての評価や関係についてウジウジ考えているヒマなんてありませんよ。どうせ共演するわけでもないし・・・割り切って前に進むしかないでしょ?

フルトヴェングラーの行動なり発言を読んでいると、
「で、アンタ・・・いったいどうしたいの?」
なんて思ってしまう。

フルトヴェングラーに対するトスカニーニなり、F.ブッシュの怒りも、そのあたりなのでは?

もちろん、「芸術と政治は関係ない!」という正論は正論。

現実は、そんなものじゃないけど・・・

しかし、「芸術は政治とは関係ない」と言う理屈はいいとして、そうなると、芸術作品に対する理解ってどうなるの?

そう思いませんか?

だって、ナチの活動なんて、共感できないのはいいとして、考える価値のあるものですよ。

たとえば、ナチの活動を見ながら、「愛を断念することによって、世界の支配をもくろむ」アルベリヒを連想しなかったのかな?

復讐だけがそのアイデンティティとなったハーゲンを連想しないのかな?

好人物であるがゆえに利用されたグンターと、ヒンデンブルク大統領の相似性を考えなかったのかな?

というか、悪企みの「弾除け」にされた好人物グンターの役回りを、フルトヴェングラーはどう思ったのだろう?

ヒンデンブルク大統領とは別に、この役回りを見事に演じた人が、まさに、いたわけでしょ?

フルトヴェングラーはグンターのことを「自分の背景で悪企みが進行しているのに気がつかないなんて・・・バッカだなぁ・・・コイツ!」なんて思ったのかな?

ナチは自分たちのことをジークフリートに例えていたのでしょうが、むしろアルベリヒやハーゲンにそっくりですよ。

そして、最後のカタストロフも、オペラのまま。

ヒトラーと初めて会って話をしたフルトヴェングラーは、ヒトラーのことを「取るに足らない人物」と評したそう。

そんな単純な見解って、人に対する洞察力が、いちじるしく劣ると言うことでしょ?

だって、その直前に、フルトヴェングラーは、ジークフリート・ワーグナーの未亡人でありバイロイトでの覇権を目指すヴィニフレート・ワーグナーと衝突しました。

ヴィニフレートは音楽について、明確な知識もない人間なのに、指揮者に色々と指図して、フルトヴェングラーは「もう、やっとれんわいっ!」とブチ切れたわけ。

バイロイトの主人として、バイロイトを盛り立てる・・・その意欲は意欲としていいのですが、音楽面でフルトヴェングラーに指図してもしょうがないでしょ?


しかし、コンプレックスの強い人間ほど、そんな無用な指図をやりたがるもの。

それだけ自分を実態以上に「大きく」みせようとするわけ。

そして自分自身から逃避したいわけ。

そんなヴィニフレードとの衝突の後で、ヒトラーと会談して、ヒトラーとヴィニフレートとのメンタル的な共通性を感じなかったのかな?


芸術の分野も、政治の分野も、その主体は人間でしょ?

その間には明確な「切れ目」なんて無いんですね。

芸術作品に登場する人物の心理を理解できても、実際の人間のキャラクターはまったく理解できないって、やっぱりヘン。

実際の人間も、オペラなどでの描かれている人間も、似たキャラクターの場合って多いものでしょ?


この点について、実に笑える話があります。

第2次大戦の終結の後、ナチとの関係を理由に裁判にかけられるフルトヴェングラー。

その証人として、とあるオペラ歌手が出てきたそう。

そのオペラ歌手は、フルトヴェングラーとナチとの関係について、ウソ八百ならべて、フルトヴェングラーを陥れようとしたらしい・・・

しかし、そのオペラ歌手には、フルトヴェングラーとの間に過去に個人的な「いさかい」があり、その個人的な感情で、フルトヴェングラーに嫌がらせをしたんだそう。

それは「マイスタージンガー」のベックメッサーの役をやりたくて応募したけど、フルトヴェングラーがその歌手を採用しなかったので、その「恨み」を持っていて、それを裁判という場違いな場でぶつけたわけ。

いやぁ!ベックメッサーになれなかった歌手の、見事なベックメッサー振り。

芸術作品を理解するのに、最良の資料は、自分たちの目の前にあるものなんですね。

あるいは、教養人とされるフルトヴェングラーですが、ヒトラー,ゲッペルス,ゲーリングのナチの3巨頭のキャラを、フランス革命のロベルピエール,マラー,ダントンの3巨頭とのキャラとの関連で、見るようなことはなかったのかな?

禁欲主義者,マスコミ対応,享楽家と、組み合わせもちょうど合っている。

教養人フルトヴェングラーの教養って何だろう?


書かれた楽譜なり、本での記述は理解していても、実際の人間を洞察するのには、何もできない。

フルトヴェングラーって「ブンカジン」だなぁ・・・と思ってしまう。

まあ、そんな実際の人間に対する洞察力が著しく劣っていても、演奏家としては何とかなるんでしょう。

それこそブルッックナーのような作品を演奏するのだったら、それでもいいのかも?

しかし、そんな人が、作曲などの新しい作品を作ることができるの?

ゼロから創作することができるの?

現実を見る目がそんなにない状態から、ゼロから創作するインスピレーションなんて、沸き起こって来るの?

フルトヴェングラーは、楽譜から「神の言葉」を読む取る能力はすばらしいけど、神の言葉を直接聞ける人間なのかな?

R.シュトラウスが要領よく立ち回ったのは、それだけ「人を見る目」があったからでしょ?

逆に言うと、そんな目がないとオペラなんて書けませんよ。

フルトヴェングラーが言う「時間がなくて、作曲できない・・・」は、理由としてポピュラーですが、作曲なんて基本的にはアタマの中でやるものでしょ?

電車で移動している最中にもできるじゃないの?

あるいは、アルキメデスのようにお風呂に入った時にすばらしいアイデアなんて浮かばなかったの?

そのようなアイデアをしっかりコンポーズするには、まとまった時間も必要でしょうが、アタマの中でラフスケッチくらいはできますよ。

それなのに、どうして20年以上も作曲に手をつけないの?


それって、「どうしても曲にまとめ上げたい!」という霊感やアイデアがなかったからでしょ?

だって、目の前にいる実際の人間に対する洞察力が、これだけ劣る人なんだから、霊感なんて来ませんよ。

もし霊感があったら、とりあえずは、小さな作品からでも、作曲するでしょ?

まずは小さい規模の作品を制作しながら、自分自身の本当の霊感なり、作品にする問題点を自覚できるわけでしょ?

その後、大規模な作品に進んでいけばいいじゃないの?

作曲活動それ自体が、そして自分が作った「小さな作品」それ自体が、自分自身がやりたい作曲活動の方向性を教えてくれることがあるわけ。

いきなり大規模な作品を制作って、ヘンですよ。


彼の作曲した作品ですが・・・

DVDの映像では、カイルベルトとバレンボイムが、肯定的な評価をしています。

しかし、どうしてコメントがカイルベルトとバレンボイムによるものなの?
実は、この映画には、もっと適役が登場しています。
それは、テオドール・アドルノ。


シェーンベルクに作曲を習い、マーラー以降のドイツ音楽について一家言以上のものを持つフランクフルト学派の哲学者アドルノが、フルトヴェングラーが作曲した音楽を、「理詰め」で絶賛すれば、この私などは「ははぁ!わかりました!わかりました!もうわかったから勘弁してよ!」って泣きを入れますよ。


ところがアドルノは、フルトヴェングラーの指揮を絶賛しても、作曲した作品には何も語らない。

当然のこととして、この映画を制作した人は、アドルノに対して、作曲家としてのフルトヴェングラーについて聞いたはずです。

カイルベルトやバレンボイムにも聞いたくらいなんですから、当然でしょ?

アドルノは、まあ、その話題を避けたんでしょうね。

ウソは言えないし、故人を冒涜するようなことはしたくないし・・・

まあ、アドルノが言いたくないレヴェルの作品というわけなんでしょう。

技術的な問題はともかく、「どうしてもこれを表現したい!」という気持ちが入っていないと、それ以前の問題ですよ。

彼の作曲した音楽からは「どうしてもこれを表現したい!」「これだけでもわかってほしい!」という強い意志が感じ取れない。

しかし、彼の「指揮した」演奏を聞いて、「どうしてもこれを表現したい!」という強い意志が聞きとれない人はいないでしょう?


そして、演奏には、明確な「切れ目」もある。

その切れ目が、人間の発想から、神の発想への「切れ目」となっている。

そして、その「切れ目」を通ることによって、音楽の高みが、「より」高みへと通じ、深みが「より」深みへとなっていく。

彼が指揮した音楽が作り出す「切れ目」を、彼と一緒にくぐることによって、我々聞き手も「より」深淵へと、到達できる。


『ここで作曲者に神の言葉が降り降りたんだ!』

って、フルトヴェングラーの指揮した音楽からは明確にわかる。

彼は演奏家としては、あいまいさからは無縁。


彼としては、演奏している時だけが、自分になれた・・・というより、完全なオコチャマになれた・・・のでは?

それ以外の時は、周囲に配慮しすぎですよ。


完全なオコチャマになり、幼児のように心を虚しくしているので、まさに天国の門は開かれる。


「オレは本当は指揮者ではなく作曲家なんだ!」

「本当は指揮などをしている場合じゃないんだ!」

「作曲をしないと行けない!」


と思っているので、指揮そのものは一期一会になる。フルトヴェングラーにしてみれば指揮は禁忌のものなんですね。


禁忌のものだからこそ、なおのこと惹かれるって、人間誰しもそんなもの。

おまけにそっちの才能は人並み外れているんだし・・・やってはいけないものだからこそ、火事場のバカ力も出たりする。

だからますますやっていて楽しい。

火事場のバカ力なので、精神的に落ち着くと、周囲に配慮した「いい子」になってしまう。

自分に自信がない人は人から誉められることを渇望するもの。

それだけ自分自身が本当にしたいことがわからないので、人からの評価に依存してしまうわけ。

しかし、「いい子」では、逆に神の言葉は聞けないでしょ?

だって、「心を虚しくしている」幼児は、決して「いい子」ではないでしょ?

「いい子」って、それだけ外面的なことにこだわっているということ。人の評価に依存しているということ。それだけ神からは遠いわけ。


フルトヴェングラーの父親は、なんとアドルフという名前らしい・・・考古学の教授をなさっておられました。

そのアドルフさんは、息子の才能を認め、サポートした・・・のはいいとして、息子の意見を聞いたの?フランクな会話があったの?

どうも、そのアドルフさんは厳格な人だったらしい。
厳格と言っても様々なヴァリエーションがあります。
自分に厳しいというパターンから、問答無用で強圧的というパターンまで。

息子のウィルヘルム・フルトヴェングラーが極端なまでに「いい子」でいようとしたことからみて、まあ、問答無用の父親のパターンでしょうね。

そうなると、一般的に子供は抑圧的になってしまう。

自分で自分を抑圧するようになるわけ。まさに「いい子」でいなきゃ!って強迫的に思ってしまう。

彼も、自分の父親アドルフの問題を真剣に考えればいいのでしょうが、どうもそこから逃げている。

父親アドルフの問題から逃げていれば、総統アドルフの問題を考えることからも逃げるようになりますよ。だから眼前にどんな事件があっても、鈍い反応しか示せない。

自分が一番よく知っている人物の問題から逃避する人は、眼前にある具体的な人物や事例から考えることを逃避してしまうものなんですね。

それこそ、フェミニズム運動をなさっておられる女性たちは、自分の父親の問題については絶対に言及しないものでしょ?

一番よく知っている男性の問題を考えなくて、男女の問題云々もないじゃないの?


同じように、フルトヴェングラーは、一番よく知っている人間の問題から逃避して、具体的な現実の人間の問題から次々と逃避しだす。

そして、最後には指揮台に追い込まれ、もう逃げようがないとなると、爆発してトランス状態になり火事場のバカ力が出る・・・


普段は逃げ回っている作曲家フルトヴェングラーなり、人間フルトヴェングラーも、指揮台に上るという「切れ目」を経ると、「あいまいさ」から解き放たれ、神懸かりとなって、神の言葉が聞けてしまう。

指揮台に上るという「切れ目」を経ることによって、「切れ目」を作り出すことができる芸術家になる。

指揮台に上る前は、アドルフから逃げ、アドルフの言葉を聞く状態。

指揮台に上ったら、神の言葉が聞こえる。


そういう意味で、作曲から逃げ出すこと自体が、神懸かり的な演奏をするエネルギーになる。

しかし、そんな彼は、本当に、「作曲をしなくてはならない。」という状況になったら、どこに逃げるんだろう?

フルトヴェングラーにとっては、演奏は、仕事でもなく使命でもなく、いわば治療とか療法に近いもの。しかし、だからこそ、彼にとっては必然でもある。作曲では彼は救済されないわけ。

個人的なことですが、私が彼の演奏のレコードを聞いたのはシューベルトの長いハ長調の交響曲の録音。オケはベルリン・フィル。

その演奏を聞いて、まずは最初のホルンにビックリしたものです。

「これが20年後に、パリのオーケストラよりもラヴェルらしいラヴェルがやれると自慢されてしまうオケの姿なのか?」

最初もビックリですが、第1楽章の最後の部分にもビックリ。

オケのメンバーが、気が狂ったように演奏しているのがよくわかる。


オーケストラのメンバーや聴衆に「感動」を与えられる指揮者は結構いるでしょうが、オーケストラのメンバーや聴衆を「発狂」させるのは、ハンパじゃありませんよ。
とてもじゃないけど、人間業ではできないこと。


そして、そのシューベルトの演奏を聞いていると、この演奏家が、死に場所を探して暴走していることがスグにわかる。

彼は逃げて、逃げて、死に場所を探して暴走し、その暴走がオーケストラや聴衆に伝わる・・・


死に場所を探すエネルギーが、演奏のエネルギーになり、生きるエネルギーになる・・・って、矛盾しているようですが、まあ、芸術・・・特にドイツ芸術って、そんな傾向があったりするでしょ?


ドイツ精神主義なんて言葉もありますが、フルトヴェングラーの音楽を聞いていると、そんな主義主張よりも、彼岸にあこがれる心情の方が強いのでは?

しかし、彼岸に憧れ続ける心情が何をもたらすか?

そんな一期一会の絶妙な均衡が、彼の音楽をかけがえのないものにしている・・・

演奏専従だったら、演奏だってルーティーンなものになってしまって、一期一会にはならないわけですからね。

この点は、他の演奏家にはないこと。彼は演奏家になりきれなかったから、偉大な演奏家になった・・・

あるいは、職業としての演奏家としては不十分であったために、一期一会の演奏は達成できた。

相変わらずの、反語的な言い回しですが、偉大な表現者って、反語的な存在なんですね。
http://magacine03.hp.infoseek.co.jp/new/07-11/07-11-01.htm

「作曲家としてのフルトヴェングラー」

彼は、ある意味において、実に面白い人物。

私ごときが指揮者としての彼の能力を語ることはできるわけがない。

天才の発想なんて読めませんよ。

しかし、指揮台に上がっていない彼の、普段の行動なり作曲家としての彼のスタイルは、意外なほどに「読みやすい」もの。

よく、彼の行動を評して

「どうしてナチに対してあいまいであったのか?」とか

「どうして大した才能もないのに、作曲家であることにこだわったのか?

そもそも大作曲家の作品に親しんでいる彼なんだから、自分の作品のデキについてわからないわけがなかろう?」


どうしてなんだろう?そんな疑問が提示されたりするものでしょ?


ナチや自分の作品の価値についても、ちょっとでも自分で判断すれば、結論を出すことは難しくはない。

しかし、世の中には判断することから逃避するような人間もいたりするもの。

フルトヴェングラーがその典型だとすると、彼の行動も、簡単に理解できてしまう。

判断を間違ったのではなく、判断することから逃避する人間のタイプなんですね。


以前にエルフリーデ・イェリネクさん原作の「ピアニスト」と言う作品を考えた際に、抑圧と言う言葉を多く用いました。

表現者としては、「自分がやりたいこと」、あるいは「表現者として人々に伝えたいことは何だろうか?」その問題意識が重要でしょ?


自分自身を抑圧すると、そのようなことを考えることから逃避するようになってしまう。

そんな人は、「何を伝えるのか?」と言う問題から逃避して、「どうやって伝えるのか?」と言う問題にすり替えてしまうんですね。

自分がどうしてもやりたいこと、あるいは自分がどうしても伝えたいこと・・・それはいわばWHATの問題。

どうやって伝えるのかの問題は、いわばHOWの問題。

自分自身に抑圧を課す、それなりに知性のある人間は、自分自身のWHATの問題から逃避して、あらゆることをHOWの問題にしてしまう。

なまじっか、それなりに知識があり、HOWの問題について語ることができるので、WHATの問題から逃避していることが、自分でも気が付かない。

自分からの逃避と言う状態においても、それなりに洗練されてしまうわけ。

さて、フルトヴェングラーの逃避の問題ですが、この映画で実に典型的なシーンが出てきます。

青年時代のフルトヴェングラーが、家庭教師と一緒にイタリアのフィレンツェに旅行をした。ミケランジェロの作品に圧倒的な印象を受けた青年フルトヴェングラーは、その場から離れ、一人でその印象を楽譜にしたためていたらしい・・・

映画においても、その「圧倒的な印象から逃げて・・・」なんて言われちゃっています。

もうこの頃から、逃避傾向があるわけです。

と言っても、皆さんは思うかもしれません。

「せっかく、ミケランジェロの彫刻からすばらしい印象を受けたのだから、それを音楽作品にまとめようとするのは、作曲家志望の青年としては当然のことではないのか?」

その感想は、ある意味において、正しいでしょう。

しかし、圧倒的な印象を受けたのなら、それをその場で楽譜に残す必要はないんですね。

だって、圧倒的な印象だったら、いつまで経っても忘れませんよ。何もその場で音楽作品にする必要なんてない。むしろ、アタマの中で寝かせておいて、その印象が充実してくるようにした方が、適切な方法。アタマの中でその時の印象と別の機会での体験を組み合わせたり、他の経験と共通性を考えたり、当然のこととして、その表現方法だって色々と考えられる。

素材をどう広げるのか?
あるいはまとめるのか?
どのようにコンポーズするのか?

それを考えるのが作曲家でしょ?

その時点で音楽にして楽譜に書いてしまうと、もう考えなくてもよくなってしまう。


ただ、アタマの中での試行錯誤は、結構シンドイもの。常に考えなくてはならないわけですから、精神的に負担になるんですね。

それこそ、コンピュターのメモリーで常にアクセスできる状態のようなもの。
引き出しやすいけど、電力は常に使う状態なのでスウィッチは切れない。

それに比べて、ハードディスクに保存すると、保存性はよくなるけど、アクセスは出来にくい。だから加工は難しい。これが紙にプリントアウトしてしまうと、もういじれない。

しかし、だからこそ精神的にはラクと言える。


フルトヴェングラーだって、本当に作品を作れる人間だったら、そんな強い印象を受けたのなら、スグに楽譜にまとめることなんてしないはず。

スグに楽譜にメモしなくてはならないのは、むしろ小ネタの方。

だってちょっとしたネタだったら、それこそスグにメモならないと忘れちゃうでしょ?


「あの部分の切り返しのところは、このような方法にしよう!」とか、「ちょっとしたエピソードとして、こんなネタを挟もう!」なんて、ちょっとしたアイデアも、作品を作る上では必要ですよ。

そんな小ネタだったら忘れないようにメモらないとね。

よく「引き出し」なんて言い方がありますが、そんな小ネタもやっぱり必要なもの。
それこそ引き出しにしまっておかないと。

しかし、自分にとって最重要な問題、いわば大ネタは、忘れるわけがないから、メモる必要もない。

スグにまとめちゃうということは、アタマの中で寝かして試行錯誤し続ける精神的な負担に耐え切れない心の弱さを表しているものなんですね。

ミケランジェロからの印象を、さっさと楽譜にまとめてしまう態度では、「強い」作品にはならないわけ。

こんなことを書くと、いまだに現存するフルトヴェングラーの崇拝者の方はご立腹なさるでしょうが、今ここで私が考えているのは、作曲家としてのフルトヴェングラーであって、指揮者としてのフルトヴェングラーではありません。


指揮者としては、あれほど圧倒的な音楽を作れるのに、どうして作曲家としては「いい子」、あるいは規格品とまりなの?と言うか、それこそ、作曲なんて止めてしまって指揮者専業でも何も問題ないはず。

作曲をすること自体を楽しむことができる人間だったら、それこそミケランジェロから受けた強い印象をアタマの中で色々といじって、長く検討して行くものでしょ?

スグに作品にまとめるって、「イヤなことは、早く忘れたい!」「つらいことから、早く逃げ出したい!」そんな心情が、無意識的にあるということ。

自己への抑圧と言うものは、そのような自己からの逃避というスタイルになることが多いんですね。自分自身のWHATから逃避するわけ。

自分が何をしたいのか?

何を人に伝えたいのか?

それについて考えないようになってしまう。

そのような傾向は、強圧的な父親の元で育ったアダルトチルドレンに典型的なもの。

問答無用の環境だったので、自分がしたいことを抑圧するようになるわけ。

実は、フルトヴェングラーの行動も、抑圧的なアダルトチルドレンの習性がわかっていると、簡単に予想できてしまう。

発想が常に減点法。人から嫌われてはいけない。よい子でいないといけない。もちろん、親に迷惑が掛かってはいけない。

そんなことを常に考えている。減点を意識しているので、自分で判断できない。

彼の場合は、それが特に深刻で、共依存状態にある。

「共依存」とは、相手に依存「させる関係」に依存すると言うもの。

「共依存」と言う考え方は、夫婦間でドメスティック・ヴァイオレンスに陥ったり、あるいは若い人たちがボランティアに入れ込むようになる心理を説明する際におなじみのものです。

あるいは、「ウチの子はいつまでも経っても甘えんぼうで・・・ずっと、ワタシがついていないとダメだわ!」なんて言うバカ親の心理もこれですよね。

あるいは、もっと深刻だとストーカーの心理もこれです。ストーカーは「オレにはアイツが必要だ!」と自分で『認識』しているのではなく、「アイツにはオレが必要だ!」と勝手に『認定』しているわけ。

自分自身の精神状況の自覚ではなく、相手の幸福のスタイルを勝手に認定しているわけ。だからタチが悪い。当人としては善意で相手に付きまとっている。だから周囲が何を言ってもダメ。

バカ親の心理もそうですが、基本的にはアダルトチルドレンに典型的な症状です。

それだけ、自分自身が何をしたいのか?自分でもわかっていない。

そしてわかろうとしないし、自分から逃避しようとする。精神的に自立していない。だから他者との関係性に依存せざるを得ない。

こんな心理を持っていたら、たとえナチスに共感がなくても、ドイツから離れられませんよ。だって、共依存症状にある人にしてみれば、ナチス支配下のドイツなんて天国ですよ。

だって、自分を頼ってくる人がいっぱいいるわけですからね。

つまり自分の役割について自分で考えなくてもいいわけ。

簡単に自己逃避できるわけでしょ?

何もフルトヴェングラーの人格に対し攻撃しようなんて思っているわけではありませんよ。芸術家なんて、その作品がすべてですよ。

それこそ画家のカラヴァッジョや作曲家のジェズアルドや劇作家カルデロンのように人殺しまで居るのがアーティストの業界。

たかがアダルトチルドレンくらい・・・まだまだ甘いよ。いや!「あいまい」ですよ。


前回でフルトヴェングラーは首尾一貫して「あいまい」という点を書きました。

「あいまい」であると言うことについては、実に「あいまい」ではないわけ。

この点は、彼の作曲した音楽にも明確に見えてくるでしょ?

彼の交響曲第2番はCDになっていて、まさしく彼の演奏で聞くことができます。
これが、また、「あいまい」な音楽。

何も、時代に合わせてモダンな12音技法でないとダメとか、ショスタコーヴィッチばりのポストモダンな引用技法が展開されていないといけないとか・・・そう言うことを申し上げているわけではありません。

「これだけはどうしてもわかってほしい!」とか、

「消しようがないほどに明確な音響イメージがあって、それを表現したい!」

なんて強い意志なり、覚悟がある音楽なの?

と言うことなんですね。

自己表現が目的と言うより、自己弁護の音楽。

えーとぉ・・・ボクはこんな事情があって・・・

色々と面倒なことがあったから、作曲できなくて・・・

まあ、ちゃんと作曲もやっているでしょ?

サボっているわけじゃあないよ。


そんな弁解がましい表情が延々と続く音楽。


音響的にはフランクやショーソンの交響曲のような感じで、ブルックナーの交響曲から「聞いたことがある」音響が出てくる。なんともまぁ・・・

フルトヴェングラーが作曲した作品は聞き手に真摯な緊張を要求する・・・
そんな音楽なんだから、だからオマエはその価値や内容がわからないんだよ!
そうとも言えるでしょうが・・・

どんな小難しい音楽でも、後世まで残る作品には「これっ!」という瞬間があって、その決定的な瞬間から、全体の理解もだんだんと深まっていくモノ。

ところが、フルトヴェングラーの交響曲には、「これっ!」と言う「切れ目」がない。

これは楽章の切れ目云々ではなく、音楽の流れに切れ目がないため、神の言葉が降り降りた瞬間が出てこないんですね。

演奏においてなら、「切れ目」の大家と言えるフルトヴェングラーなのに、作曲した作品には「切れ目」がない。

つまり神の言葉ではなく、人間の言葉が支配している「音楽」といえるわけ。


自分の存在証明ではなく、自分の正当性の証明に近い。

しかし、正当性を証明しようとするほど、芸術家としての存在証明から遠くなる。

なぜなら人間の言葉で正当性を証明するほど、神の言葉から遠くなるもの。

幼児のように、心を虚しくして、神の言葉を受け入れたときに、芸術家としての存在証明になる・・・芸術作品とはそんなものでしょ?

神の言葉を伝えるのが、芸術家の使命でしょ?

天才は自分の正当性などと言った弁解のための仕事などはしないもの。

弁解が通用しない世界・・・それが修羅場でしょ?

フルトヴェングラーにとって指揮台こそが、その修羅場。

だから指揮においては、弁解のための仕事はせずに、神の言葉を直接聞くことができて、それを伝えることができる。

しかし、作曲をしている時には、精神的に余裕があって、修羅場ではない・・・だから弁解ばかり。


フルトヴェングラーが作曲した作品は、実に人間的な音楽とも言えますが、逆に言うと人間とまり。

あるいは、まさしく最適化止まり。これでは作曲していても、面白くないでしょう。

たしかに、25年以上も作曲から遠ざかることを、事実上選択するわけですよ。


しかし、作曲の才能がなくても、創作の霊感が訪れなくても、何も問題はないはずでしょ?

当代随一の指揮者と言う称号があるんだから、それでいいんじゃないの?

そもそも、フルトヴェングラーさんよ!アンタは作曲が好きなの?

そんな根本的な疑問をもってしまう。

作曲を好きなのに才能がないのか?

そもそも好きでないのに、自分を押し殺して作曲したのか?

「ボクは本当は作曲家なんだ!」と言うのはいいとして、25年以上も作曲から遠ざかり、やっと作曲したら、自己弁護に終始。使命感を持って作曲している人がやることではありませんし、そんな音楽ではありませんよ。

逆に言うと、特に才能があるわけでもないし、使命感があるわけでもないし、好きでもないし、実際の作曲活動はしないのに、どうして「ボクは本当は作曲家なんだ!」なんて言うの?

フルトヴェングラーは、子供の頃から音楽の才能を発揮して、周囲から、「将来は偉大な作曲家に!」なんて言われたそう。これはDVDに出てきます。

家族も、その才能に惜しみない援助を与え、教育の機会を与えた・・・


そう言う点では、「作曲家」フルトヴェングラーは実に恵まれている。

作曲家になるに当たって、こんなに周囲から物心両面からのサポートを受けることなんて滅多にありませんよ。

一般的には、「ボクは作曲家になりたいんだ!」なんて言おうとしたら、「何を、夢みたいなことを言っているんだ!カタギの仕事をしろ!」と言われるのがオチ。

しかし、少年フルトヴェングラーは家族から励まされる環境。

それこそ、父親との間にこんなシーンがあったのでは?

少年フルトヴェングラーと、父親アドルフが、冬の夜に空を見上げる。



「おい!ウィルヘルム!
北の空にひときわ大きく輝く星があるだろう!
あの星はドイツ作曲家の星だ!
バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、ワーグナー、ブルックナー・・・

オマエも将来、あの星になるんだ!」



「父さん!わかったよ!
ボクはドイツ音楽の星になるんだ!ボクはやるよ!」
・ ・・拳を握りしめ、瞳から炎がメラメラと・・・このシーンのBGMは当然・・・


輝くドイツ音楽の星。それもバッハやベートーヴェンやワーグナーなどに並ぶ地位に。

「さあ!これが、ドイツ音楽作曲家養成ギブスだ!」

「これをつけて親子一緒にガンバロウ!」

そんな感じで言われちゃったら、子供の頃はともかく、実際に作曲するにあたってはプレッシャーになるんじゃないの?

しかし、フルトヴェングラーが音楽活動を始めた頃は、その星々につながる意志を持っていたのは明白。

彼が1906年の指揮者としてのデビューで取り上げた曲は、後に交響曲第1番の第1楽章となった自作の「ラルゴ ロ短調」と、ブルックナーの第9交響曲の組み合わせでした。

ブルックナー最後の未完の交響曲なんて・・・デビューの曲目にしては荷が重いだろう・・・と思うのは誰でもでしょうが、この「組み合わせ」・・・あるいは、以前書いた言い方でモンタージュは、簡単にその意図が読めますよね?


それはこれ。

「ブルックナーが完成させられなかったドイツ音楽の系譜を、このボクが完成させるんだ!」

まあ、その心意気や良し!・・・なんですが・・・

系譜につながることは結果であって、目的ではないでしょ?

それこそブルックナーだって、先輩作曲家ベートーヴェンを尊敬していたでしょうが、その列につながるために作曲をしたわけではないでしょ?

自分自身の霊感を永遠に残すために作曲したわけでしょ?

曲のまとめ方などに当たって、当然のこととして先輩の方法を参考にする・・・
だから、結果としてドイツ音楽の作曲家の系譜になる。

そんなものでしょ?

まずは、自分がどうしても表現したいものは何なのか?
その自問自答の方が先でしょ?

しかし、フルトヴェングラーは、ドイツ音楽の作曲家の系譜が強く意識されてしまっているので、

「ボクもそのレヴェルでないと行けない!」
「巨匠たちの名誉を汚さぬように!」
「あんな音楽を書かなきゃ!」

なんて強迫的に思ってしまう。いわば、形から入る状態。

形から入っているので、フルトヴェングラーが作曲した作品って、交響曲とかの立派なジャンルばかりですよね?

そして長さも結構ある。まさに立派な外観をもっている。

しかし、外観はいいとして、中身はどうなの?

そもそも芸術作品にとってジャンルとか外観は、二の次でしょ?

マーラーの交響曲が、交響曲なのか?歌曲でしかないのか?そんなことを議論する人もいますが、それ以前に中身の問題が重要でしょ?

マーラーの音楽は中身で勝負できる。
しかし、フルトヴェングラーの作品の中身っていったい何?

逆に言うと、中身で勝負できないから、ますます外観にこだわらざるをえない。

それでは自分なりの作曲なんてできないでしょ?

作曲家フルトヴェングラーは伝統的な芸術の系譜を意識するあまり、芸術の伝統の系譜からは外れてしまった。

「伝統的な芸術の系譜」と「芸術の伝統の系譜」なんて、言葉としては似ていますが、中身は全然違うモノ。

それこそベートーヴェンだって、彼自身は「伝統的な芸術の系譜」ではなく、「芸術の伝統の系譜」の一員と言えるでしょ?

まあ、作曲の才能が「全く」ないのなら、まだ、「しょうがない」で済みますが、フルトヴェングラーの場合は、最初は神童扱いだったわけですし、周囲からのサポートを受け期待もされた。

作曲から逃げる理由がないわけ。

しかし、逃げる理由がないからこそ、懸命になって逃げざるをえない。


そもそも、やっぱり作曲家という存在は、音楽家の中では最高位でしょ?

だからこそ、作曲家であることをあきらめることは、序列的に下に安住することを意味しますよね?

「父さん!ボクは作曲なんてしたくはないんだ!指揮の方が好きなんだ!」

なんて言っても、心の中にいる父親がこう言うでしょう。


「どうしてオマエは、そんなに自分に甘いんだ!

自分は才能が無いなんて言葉は、努力放棄の言い訳に過ぎない!バカモノ!」

そして「北の空を見よ!ひときわ輝く星がオマエの目指すべきドイツ音楽の星だ!」

とお説教の声。

そんな父親の言葉が心の中で響いてしまう。
だから周囲には「ボクは本当は作曲家なんだ!」と、言い訳をしなくてはいけない。

フルトヴェングラーはなまじ指揮者なんだから、タチが悪い。
彼がピアニストとかヴァイオリニストだったら、作曲活動にも、距離を取りやすい。
作曲をしなくても、誰も不思議に思わない。

しかし、指揮なんて、そもそもが作曲家の仕事の一部だったわけでしょ?

しかし、才能はないし・・・それだけでなく、ドイツ音楽の星としての要求される「基準」もある。あのレヴェルの曲を書かないといけない!

これでは、自分なりに作曲するなんてことはできないわけ。

さあ!どうする?

と言うことで、作曲しなくてもいいように、余計なことに首を突っ込むわけ。

「あそこに困っている人がいるから・・・」
「ボクが助けないとダメだ!」
「あの人たちを助けられるのはボクだけ・・・」

と言うことで、ますます共依存症状が進行することになる。


そもそも指揮者フルトヴェングラーが作品に向き合う際には、「作曲された音楽が作曲される前の状態まで考え、それを再構成する」のがフルトヴェングラー。

そんな発想は、まあ、私には実に親近感がある。だからそんな態度を、フルトヴェングラーの「作品」に適用しているだけです。

創作者の発想を読みながら演奏したフルトヴェングラー自身の発想を、この私が読んでいるだけです。

重要なことは作品を評価することではなく、その前の霊感を考えることでしょ?


逆に、ナチスは「芸術家にとって作品などは、どうでもいい!人格が問題なんだ!」と言ったそう。

その人格と言ってもナチスに対する忠誠となるんでしょう。人格で作品を否定するなんて、それこそがナチスですよ。

しかし、その人格重視のナチスがワーグナーを賞賛ってのも、また矛盾なんですが。


そもそもアーティストなんてオコチャマなのがデフォルト。

その瞬間に充足し、次には、その充足を破壊していく・・・

「わあ!これって、おもしろいなぁ!」それがすべて。

そんなオコチャマこそが芸術家のメンタリティ。

逆に言うと、フルトヴェングラーは、アダルトチルドレンだけあって、ある意味オトナ。この面でもあいまい。

あまりに周囲に配慮しすぎ。発想が減点法。
別の言い方をすると、「いい子」。

彼の行動も、作曲した作品も、まさに「いい子」がやりそうなものですよ。

自己の確立していないアダルトチルドレンは、往々にして権威主義。

その価値を自分自身で説明することができないので、人々が「権威ある」と認めるものに乗っかろうとするわけ。

実は、このような点で、フルトヴェングラーとゲッペルスは、腹の底では共感しあっていたようです。

フルトヴェングラーは何か相談事があると、まずゲッペルスを訪ねたようです。ゲッペルスもフルトヴェングラーのことは、気にかけていたそう。いわばカウンターパートナーの間柄。

フルトヴェングラーもゲッペルスも、「何を言うのか?」と言うWHATの問題よりも、「どう伝えるのか?」つまりHOWの問題の大家ですよね?

それに、権威ある思想に乗りかかって自己を表現するスタイルも共通。
序列思考が強く、族長的な存在に盲目的に従おうとする。

彼らは、いわば隷従することが好きなタイプ。
以前に取り上げたエルフリーデ・イェリネクさんの「ピアニスト」を考えた際に用いた言い方をすると、「犬」のタイプ。

ゲッペルスに対して、
「アナタはヒトラーの犬じゃないか?」なんて言っても、「ああ!そうだよ!何か文句でもあるかい?」なんて言われるだけでしょ?

ゲッペルスは、ヒトラーに最後まで付き従いましたよね?

その点ではゲーリングやヒムラーよりも忠犬。たぶん、ゲッペルスの父親も強圧的な人だったのでは?

同じように、フルトヴェングラーに対して「アンタはベートーヴェンの犬じゃないか?」なんて言ったらフルトヴェングラーはどう答えるのでしょうか?

やっぱりゲッペルスと同じじゃないの?「ああ!そうだよ!何か文句でもあるかい?」

ゲッペルスは、信念を持って、アドルフに隷従していたわけ。フルトヴェングラーも深層心理的にアドルフに隷従していたわけですが、彼の場合はアドルフと言っても、ヒトラーではありませんが。

ベート−ヴェンの犬なんて言葉はともかく、フルトヴェングラーはそれでいいと思っていたでしょう。立派なベートーヴェンの音楽を人々に伝えるのが、自分の使命だ!

そう考えることは、立派なこと。
しかし、作曲家志望だったら、そんな崇め奉るだけではダメでしょ?

立派な権威としてベートーヴェンを見るのではなく、すばらしい業績を残した先輩として見る必要もあるのでは?

第2次大戦が終結した後で、フルトヴェングラーはR.シュトラウスを訪ねた。

R.シュトラウスは、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の楽譜を見ながら、「ファゴットの使い方がすばらしいねぇ!」と言ったそう。

こんな言葉から、R.シュトラウスは、ワーグナーをすばらしい業績を上げた先輩と見ていることがわかりますよね?

作品を受けてのリアクションにおいて、意味ある細部を指摘できるのは、全体がわかっている証拠。そして自分自身についてもわかっているからできること。

シュトラウスとしては同じ作曲家仲間として、ワーグナーの作品を参考にする・・・そんな態度が見えてくるわけ。

他の人の作品を見るにあたっても、普段からの自分の問題意識が反映されることになる。だから具体的な細部の各論を中心に見ることになる。

「自分だったら、どうするのか?」

「今、自分は、ちょっと壁にぶち当たっているけど、この人はどんな解決をしたんだろう?」

そんな発想が常に存在しているわけ。


フルトヴェングラーの場合は、尊敬すべき先輩というより、ひれ伏さざるを得ない権威としてベートーヴェンやワーグナーを見ているのでは?
あるいは、規範として見ている。そうとも言えるでしょう。

つまり作曲家としての問題意識がない状態で、他の作曲家の作品を見ている。

そのような見方は、指揮者としては問題なくても、作曲家としては問題でしょ?

規範として見るような発想は、「それ以外を認めない」と言うことになり、ある意味、自分で考えることから逃避できる。

これはエルフリーデ・イェリネクさんの「ピアニスト」でのエリカもそうでした。音楽を聞く際においても、ベートーヴェンを規範としてみたり、あるいは演奏家としてのフルトヴェングラーを規範として見ることは、聞き手の自己逃避の一種なんですね。

規範を重視と言うか、形から入る・・・いわば、「形と中身の乖離」となると、ブラームスがいます。

フルトヴェングラーも、そのような観点において、ブラームスを同類と認識していた面もあるようです。

しかし、ブラームスは、中身と形式の乖離の問題はありますが、逆に言うと中身がある。しかし、フルトヴェングラーの作品には中身があるの?

乖離云々以前に中身がないのでは?

伝えたいと思う中身と、伝えるに際し用いた形式の間に乖離があると言うより、彼が伝えたいという中身って何?

抑圧状況に陥ると、まさにその問題を自問自答することから逃避するようになってしまう。

以前取り上げたギリシャのテオ・アンゲロプロス監督の「ユリシーズの瞳」の冒頭に掲げられたプラトンの言葉は

「魂でさえ、自らを知るために、魂を覗き込む。」と言うもの。

「魂を覗き込む」ことから逃避している人間が、創造なんてできるわけがない。

そのようなアンゲロプロスの問題意識が、あの作品にあったわけですし、そのもっとも典型的な実例が作曲家フルトヴェングラーなのでは?

自分自身を見つめることができる人だからこそ、自分の魂を覗き込むことができる人だからこそ、そんな人には「世界の声」「神の声」が集まってくる。

つまり自分自身の魂の声を聞くことによって、結果的に世界の声が聞ける。
ユングの言う「元型」に近いものが見えるわけ。

自分から逃避している人には、世界の声も降り降りてこない・・・
だから、結局は「世界の声」も表現できない

フルトヴェングラーは「他人の魂は覗きこめるけど、自分の魂は覗きこめない。」

これでは創作なんてできませんよ。

「ベートーヴェンの気持ちが理解できるのはオレだけ!
ブルックナーの創造性が理解できるのは自分だけ!」

そう思うのはいいとして、じゃあ、自分自身の気持ちや創造性をどのように理解していたの?

自らの魂の中にあるWHATから逃避していくので、どんどんと「どのように伝えるのか?」というHOWの問題に逃げ込んでしまうわけ。

しかし、「何を伝えるのか?」という問題意識から逃避してしまっているので、作曲することで作品を制作しても「じゃあ、結果として伝わったのか?」と聞かれると返答ができない。だって受け手は何をわかればいいの?

そもそも伝えたいものが、自分でもわかっていないから、結局は伝わらない。

本来なら、「この点は誤解されたけど、最重要なこの点は伝わったようだから、まあ、とりあえずよしとしようか・・・」なんて考えることができるはずですよね?

あるいは伝わらなくても「まっ、そもそもアイツにはどうせわからないよ!」なんて言えるでしょ?

それは、自分が伝えたいWHATがわかっているからできること。

しかし、そのWHATが自分でもわかっていなくて、発想が加点法ではなく減点法なんだから、そのようには考えられない。

結果的に思うような結果が得られないので、そんな抑圧傾向の人は、「上手く行かない理由」「減点の原因となったもの」としての犯人を捜すようになるわけ。

それに抑圧傾向の人は、日頃から発想が加点法ではなく減点法なので、減点への反応はそれなりに鋭いものがある。だからスグに逆上する傾向が強い。

「アイツのせいで、ダメだったんだ!」

あるいは

「あの施設がないせいで、上手く行かなかったんだ!」
「これが足りないせいで、失敗した!」
「政治が悪い!時代が悪い!」

そんな言葉を聞かされると、「じゃあ、何をわかればいいの?」「そもそもアンタは何をしたいの?」と思ってしまうものでしょ?

アンゲロプロス監督の描くギリシャの人たちもそんな感じでしたよね?

というか、そもそも当時のドイツがそんな感じでしょ?

あるいは実に顕著に見られるのが、韓国人の発言ですよね?
韓国人の発言は、自分で自分を抑圧しているものの典型なんですね。

日本人の我々としては、韓国人の言動を聞いても「で、アンタたちは結局は何をしたいの?何を言いたいの?」そう思うことって多いでしょ?

あるいは、上記の言い訳と犯人探しのスタイルは、音楽関係者の発言にも典型的に見られるでしょ?

「どう伝えるのか?」の問題に拘ることは、「何を伝えるのか?」という問題からの逃避のケースが多いわけ。

「何を伝えるのか?」が自分でも明確ではないので、そんな人はコミュニケーション能力がヘタ。だからコミュニケーションが対等の会話ではなく、命令と服従の上下関係しかなくなってしまう。

だから常に「どっちが上か?下か?」という序列を基に考えるようになる。

韓国人がまさにそうですし、いわゆる音楽批評の世界でもおなじみの文言でしょ?

本来なら表現と言うものは、対象となるもの、と言うか、表現したいWHATに、「どこから光を当てるのか?」そして「どのような視点から表現するのか?」そのような問題が重要でしょ?

しかし、抑圧が進んでしまうと、個々の多彩な思考を理解する意欲もなくなるので、「どっちが上か?下か?」の序列問題ですべて解決しようとするわけ。

ベストワンとか、最高傑作などの文言が登場してしまう。表現におけるWHATが消失してしまうわけ。そして減点部分だけに目が行って、反論されると逆上。

他人による様々な表現を通じて自分自身の問題を考えていく・・・表現を受けても、そんな発想にならないわけ。

他者の作品から自分自身を逆照射することはできない。むしろ様々な作品を順番にならべて、「どっちが上か?下か?」と決定してオシマイとなる。

他者の順番だけの問題にしてしまうことは、要は自己逃避なんですね。


以前に、イェリネクさんの「ピアニスト」という作品を考えるに当たって、演奏家という存在と精神的抑圧の強い相関関係について考えて見ました。特に中間領域の演奏家からは抑圧された精神が明確に見えて取れることが多い。

人々に伝えたいものが明確に自覚できているのなら、何も演奏というスタイルではなくても、作曲という手段で伝えてもいいわけですし、素人的でも文章を書いたり、美術作品を制作すると言う方法だってあるでしょ?

伝えたいこと、やりたいことが自覚できないがゆえに、権威あるものに隷従し、HOWの問題だけに逃避する。

そして上手く行かなくなると犯人さがし。

抑圧的な人間はそんな行動をするものです。

ナチスがそうですし、韓国人もそんなパターンですし、音楽批評もそんなパターンでしょ?いわば抑圧状況の典型なんですね。

ナチスが台頭する背景として、ドイツ全体のそんな精神状況もあったわけ。ナチスはいいところを突いているんですね。

その抑圧的な状況の中での知的エリートがゲッペルスであり、フルトヴェングラーなのでは?

フルトヴェングラーだって、自分自身の抑圧を客体化することができれば、それを作品にすることもできたでしょう。それこそイェリネクさんが小説としてまとめあげたように。あるいは、共依存症状によるストーカー行為だって、それを客体化できれば、ベルリオーズのように交響曲にできる。

しかし彼は抑圧された人間そのものとして生きた。

「自分は何をしたいのか?」と言う問題から逃避しているので、自分の目の前の状況が判断できない。

常に『いい子』願望があって、人から否定されることを極端に怖がる。

「いい子」って、要は減点法でしょ?

いい子が成し得た成果って、歴史上ないでしょ?


フルトヴェングラーに関する本などを読んでいると、私などは忸怩たる思いに陥ってしまいます。

「どうしてゲシュタボの連中はフルトヴェングラーを追い込まなかったのだろう?」

「私に任してくれたら1年以内に必ず自殺させることができるのに・・・」

まあ、ゲシュタボも真正面からは追い込んだようですが、フルトヴェングラーのような共依存症状の人間に、真正面からプレッシャーを掛けて、困難な状況を作っても、むしろ「生きる張合い」になるだけ。

それこそ人助けがいっぱいできるわけだから、喜んでそっちに逃避してしまう。
ストーカーに対して、正面から力による解決を図ってもますます善意を持ってストーキングするだけでしょ?

「こんな困難な状況の中でアイツを救ってやれるのはオレだけ!」そのように、より強く思い込むだけ。そして当人の『善意』が、より熱くなるだけ。

まあ、ゲシュタボも所詮はドイツ人なんでしょうね。素朴で人がいいよ。

人を精神的に追い込むことに関しては、むしろフランス人の方が上でしょう。あるいはロシア人とか・・・

まあ、ゲシュタボがフランス人の著作から拷問のノウハウを学ぶ必要があったのもよくわかりますよ。

フルトヴェングラーを追い込むのは実に簡単なんですね。

彼のような頭がよくて、プライドがある人は言葉で追い込めるから、追い込むのもラク。

オバカさんのように逆上することもできないのだから、あっという間に追い込めますよ

たとえば作品を委嘱すれば、それでOK。

「ドイツ音楽の栄光を表現する立派な交響曲を作曲してくれ!」

「時間は十分に上げるから・・・」

「キミは本当は、それをしたかったんだろう?」

なんて言えば、自分で勝手に追い込まれていきますよ。

何と言っても作曲は自分自身と真摯に向き合わないとできないことでしょ?

フルトヴェングラーはそれが出来ない人なんですからね。

もし、それこそ交響曲第2番のような作品が出てきたとしたら、

「ふんっ、なにこれ?」

「アンタは、本当にこれをドイツ音楽の栄光だと思ってるの?」

「へぇ・・・これがドイツ音楽の栄光の成れの果てなんだねぇ・・・」

なんて薄目を開けて鼻の先で笑えば済む話。

あるいは、「アナタのおかげで、アウシュビッツで多くのユダヤ人を殺すことができました!ありがとう!」

なんて感謝してみなさいな。アウシュビッツの写真などを一枚一枚見せながらね。

そして、最後に決めセリフ。

「君の父上もさぞよろこんでいるだろうよ!」。

もうこうなると、ドイツ芸術の守護者としての彼のアイデンティティが崩壊して、あっという間にドッカーンですよ。まあ、1週間以内でことが終了するでしょうね。

あるいは、前回言及した「ニーベルングの指環」のグンターのバカぶりを、描写してもいいわけでしょ?

「グンターってバカだよな!
だって、こんなこともわからないだからさっ。
君もそう思うだろ?グンター君!」

といって、指で額でもつついて上げればどうなるかな?

いずれにせよ、1週間あれば十分ですよ。

相手の一番弱いところはどこなのか?

そこを瞬時に見つけ出し、そこをチクチクとニヤニヤと突いていく楽しみをドイツ人はわかっていないねぇ・・・

「いい子」と言う存在は、一番追い込みやすいもの。

結局は、「人から自分はどう見られるのか?」という面にこだわってしまって、自分自身が本当にしたいことが自分でもわかっていないわけ。と言うか、そこから逃避している。

前も書きましたが、そんな精神状況では、作曲はできませんよ。

それこそR.シュトラウスはナチとの関係で、戦争終結後になってモメましたが、シュトラウス自身は実に明確。

自分がやりたいことが自分でもわかっている。

ナチから頼まれると、ナチの役職には就いたり、あるいは手紙にも「ハイル!ヒトラー!」なんて平気で書いたりしていますが、彼自身はナチに対して協力的ではない。

というか、戦争が終結する直前に、負傷した人たちがシュトラウスの山荘に逃げてきたそう。

そんな命からがら逃げてきた人たちに対しシュトラウスは、

「おい!アンタたち、作曲のジャマだから出て行ってくれよ!」

なんて言ったそう。そんな対応をナチから怒られたシュトラウスは、

「いやぁ・・・オレが戦争を始めたわけじゃないんだから・・・そんなこと知るかよ!」

なんて言ったらしい。

いやぁ・・・外道だねぇ・・・

シュトラウスの発想は、ナチを支持するしない以前に、人間的に外れていますよね?

まあ、「猫」的と言えるのかも?「アンタはアンタ、ワタシはワタシ」の精神。

しかし、そんなシュトラウスだからこそ、あの混じり気なしのオーボエ協奏曲が書けるわけでしょ?

傲岸不遜で周囲の人間の犠牲を踏み越えて、自分の創作を推し進めるR.シュトラウスと、人助けに逃げ込んで、自分では創作しないフルトヴェングラーの関係は、ルキノ・ヴィスコンティ監督の「ルードヴィッヒ」におけるリヒャルト・ワーグナーとルードヴィッヒの関係と同じ。


ルードヴィッヒだって、芸術家をサポートして喜んでいるよりも、ヘタはヘタなりにオペラの台本でも書けばいいじゃないの?

彼も、「立派な作品でないといけない!」なんて思っていたのでしょうね。
だからとりあえず手をつけてみると言うことができない。しかし、だからこそ、自分を表現することができず、ますます自分から逃避してしまう。

ルードヴィッヒもフルトヴェングラーもプライドが高い人ですが、逆に言うと、腰を曲げても実現したいものがないと言うことでしょ?

その点、リヒャルトは、手段を選ばず、周囲のことなどお構いなしに、どんどんと創作活動。

フルトヴェングラーだったら逆立ちしても出来ませんよ。

共依存症状のフルトヴェングラーだったら、シュトラウスのような事態になったら、喜んで人助けしますよ。

他者から依存される関係に依存する、この共依存状態では、自分単独で作曲することなんて出来ませんよ。しかし、この症状は、作曲には不適でも、演奏にはフィットしていますよね?

「アイツにはオレが必要なんだ!」「アイツのことを理解できるのはオレだけ!」なんて勝手に思ってストーキングするのは大迷惑ですが、「ブルックナーにはオレが必要なんだ!」「ベートーヴェンのことを理解できるのは、このオレだけ!」
そう思うくらいの思い込みはいいのでは?

それが演奏することの使命感につながるわけでしょ?

そんな使命感があるのなら、本来なら、指揮者専業で行けばよかったのでしょうが、そんな判断から逃げるのが抑圧的なアダルトチルドレン。

だから自分が何をしたいのかわからずに、他者との関係性に依存するようになる。

こんな態度ではプロの演奏家というか、職業としての演奏家としては失格ですよ。

しかし、逆に言うと、それくらいの「思い込み」がないと、芸術的な演奏にはならないでしょ?

そんな依存があるがゆえに、他人である作曲家との緊密な関係が築けたともいえるんでしょうね。

抑圧が創造性につながった稀有な例と言えるのかも?

抑圧も極限まで進行し、ブレークスルーを経ることによって、ある種、突き抜けた境地になってしまう。

この点は、フルトヴェングラーだけでなく、ゲッペルスもそのパターンなのでは?
自己を徹底的に抑圧することによって、自己解放を実現する。
それが、フルトヴェングラーにとっての演奏。

それは幸運な成果なの?

確かにその「成果」を、聴衆である我々は楽しむことができた。

しかし、それって、まさにホフマンスタールの言う「私のこの苦しみから甘い汁を、吸おうとしたっただめだよ!」そのものでしょ?

もしかしたら、フルトヴェングラーは、そのセリフの意味を、R.シュトラウス以上にわかっていたのかも?

しかし、「だったら、それを作品にしなよ!」ってやっぱり思ってしまうのは無理なことなのかな?
http://magacine03.hp.infoseek.co.jp/new/07-11/07-11-08.htm


 

  拍手はせず、拍手一覧を見る

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01. 2010年7月15日 23:46:29: MiKEdq2F3Q

29 July 1951 Bayreuth Fes. Orc. The last rehearsal & Live(EMI=Legge)
Beethoven:Sym.No.9

29 July 1951 Bayreuth Fes. Orc. Concert Live(Bavarian Radio)
Beethoven:Sym.No.9

●7月29日 ベートーヴェン/合唱 バイロイト祝祭o バイロイト音楽祭最終リハーサル&実況 EMI収録 EMI所蔵
LP/PR: EMI(GB)ALP1286-7(55/11)Pathe(F)FALP381-2(55/12)WALP(G)1286-7('55)

●7月29日 ベートーヴェン/合唱 バイロイト祝祭o バイロイト音楽祭実況 バイエルン放送収録 バイエルン放送所蔵

▼shin-pが最初に聞いたバイロイト合唱のブライトクランク盤LPは音質が芳しくなかったが、CDになってからは若干こもりぎみながらも比較的明瞭なサウンドで聴くことができるようになった−と思っていた。

ところが2000年になってコレクターの方に各国初出盤LPを聞かせていただいてから考え方は大きく変わった。英独仏初出盤のなかでは仏パテFALP381-2(55/12)がもっとも明瞭なサウンドを聞かせ、終演後の拍手もドイツの聴衆らしく整然とした印象。ついで英盤。

独盤は音がこもり気味で、日本初出盤に近いクオリティ。終演後の拍手もなぜか日独盤は共通して唐突なテープ編集がなされている。英仏盤も含めてEMI系のLP/CDは全て拍手の編集があるという説もある。

原盤マトリクスは同じながら各国で別テープを使用しているようだ。00/07レコ芸相談室によると演奏前の足音入りテープは現在日本にしか存在しないという。また2000年東芝全集盤でも61年当時英EMIから送られてきたテープを使用してリマスターしているという。

MythosNR5009(03/05)は初出盤ALP1286-7(55/11)を板おこしした話題のCD-R。

足音入りの部分は演奏部分に比べて音が明瞭、マイクの位置もステージ際と思われ、聴衆ノイズの少ない演奏部分とは別のマイク位置による収録と思われる。

さらに、もしこの足音部分のみバイエルン放送テープを使ったとすれば、同局が収録した他の音源と比べて51年録音としては明瞭すぎ、出所については疑問が残る。

足音や終演後の拍手のみならず詳細に聞けば、残響が不自然にとぎれ、いたるところでテープ編集されているのがわかる。

この演奏は同年のカラヤン「ワルキューレ3幕」と共にEMIのレッグが収録。

これだけの記念碑的大演奏会だけにリハーサルからテープは回っていると考えるのが順当だろう。

英ART盤の解説によれば

「終演後、レッグがWFの控室を訪れ『良い演奏だったが、今まで以上にすばらしい演奏とは言えなかった』と実演の感想を述べた」

ことが書かれている。オルセンによれば、実況録音はバイエルン放送が生中継し、テープも所蔵しているという。

EMIが現在「バイロイト盤」として発売している最終リハーサルを中心としたテープおよびバイエルン放送が本番の実況を録音したテープの2種の録音の存在が推定された。

2007年7月ついに日本WFセンターが、バイエルン放送のテープを使った真正実況を頒布。これの録音状態は、51年放送録音としては標準的なもの。

EMI盤は3楽章をはじめとして若干の実況を含んだ「最終リハーサル」を中心とした編集版である可能性がさらに強まった。

さらに、EMI盤とセンター盤の同じ演奏部分の収録状況の違いから、真正実況もEMIとバイエルン放送の2つの音源があり、51年バイロイトに関しては計3種テープの存在が07年時点で推定される。日本協会が8月頒布で1954年バイロイトのオリジナル音源盤を発表しており、さらに、謎は解かれつつある。

クナの神々をデッカが収録しているが、音質ではEMIはデッカに及ばなかった−という世評。ただ、初出盤などを聞くにつけ、もっといい音で残されている期待もある。

演奏については、唯一「コーダの決めが録音のせいかあやふやな感じで終わっている」といった趣旨の演奏評も多いが、この切れたような終わりかたこそshin-pはこの曲にふさわしいと思える。

至る所で編集がされていたとしてもこの演奏の偉大さは変わらない。
http://www.kit.hi-ho.ne.jp/shin-p/

▼日本WFセンターから51年バイロイト真正実況が頒布された。

まず、音質だが、翌年2月の独協会ウィーン盤には劣るが、1ヵ月後のザルツブルクorfeo盤よりは良好。高域は明快だが、低域が弱く、終始管楽器が強いなどのバランスと持続的に聞こえるノイズに若干の問題がある。

バイエルン放送はワンポイントマイクを使ったのだろうか、EMIが収録した「最終リハーサル」と思われる録音に比べて、強奏部で楽器の分離が悪く、個々の楽器の音色に劣る。それでも、これは他のCDと比較した場合の問題点で、鑑賞自体に大きな支障はない。

さらに、EMIの「足音」部分とセンター盤の一楽章冒頭はどうしても同じセッションのものとは思えず、レッグがこのバイロイト盤発売に際して試聴したとされる、54年バイロイトの良好音源もどこかに存在するという思いを強くした。

演奏は、冒頭からEMI盤とは全く別物だとわかる。

部分的にEMIが使った演奏が顔を出す個所もあるのだろうが、1,2回の試聴ではよくわからない。

全体的に多少荒れた印象もあるが、これは録音のせいだと思われ、整然としたEMIとは違ってライブらしい熱気が感じられる。

1楽章の前半部に大きな咳払いがあるが、その他は聴衆ノイズが少なく、良好にこの記念碑的真正実況が聞けるのはありがたい。

バイロイト盤の白眉は、歓喜の主題が低弦で静かに演奏されはじめる部分にあるとshin-pは信じているが、残念なことにセンター盤はその直前の「間」にテープの継ぎ目があり、低弦の出だしが切れている。演奏前後の拍手などはカットされているが、楽章間の聴衆ノイズが収録されており臨場感は満点だ。

やっと、「真正実況」が聴ける歓びが大きいのは間違いない。

しかし、全曲を通して聴いた感動は、EMI盤の方が大きい。

生演奏は、録音された瞬間に「アーカイブ」という別物に変わってしまうのだ。

何度も繰り返し再生され、なおも愛好家を増やしつつあるEMIバイロイト盤の「レコード芸術」としての歴史に、残念ながらセンター盤「真正実況盤」は敵わないように思う。

あれほどまでに聴きたいと思いつづけてきた「真正実況」だが、「今まで以上に優れたものではなかった」というレッグの実演に対する評価が、大きな実感としてshin-pの胸にのしかかった−(07/07/19)
http://www.kit.hi-ho.ne.jp/shin-p/

フルトベングラーの「第9」、別の音源見つかる

 1951年のドイツ・バイロイト音楽祭でフルトベングラーが指揮したベートーベンの「交響曲第9番」(EMI)はクラシックの伝説的名盤といわれる。

ところで最近、この同じ演奏を、バイエルン放送が録音した音源が見つかった。

状態は良く、演奏の細部が明確に聞きとれる。

すると、こんな推論が浮上した。

「伝説的名盤」は、本番の録音にリハーサルなどを取り込んで大胆に編集したものなのではないか――。

 ライブ録音は、うわさを聞いたチェロ奏者カルテンボルンが06年にバイエルン放送に照会し、後日、資料室で見つかった。放送記録も残り、箱に録音技師の名前もあった。同年10月に同放送関係者や音楽家らが試聴審査し、「51年のバイロイト」と判断したという。

 しかし、この「バイエルン版」は、EMI盤と様々に違っていた。

例えば第3楽章冒頭はバイオリンの出が早い。

終楽章でコーラスが「vor Gott」と歌う部分に激しい音量変化がない。聴衆のせきも、第1楽章から明確に聞こえた。


 カルテンボルンと親交がある、日本の「フルトヴェングラー・センター」の中村政行会長も、現地の審査会に参加した。中村会長は

「EMI盤は聴衆ノイズを消すため、一部をリハーサルと差し替えたのではないか。様々に『化粧』を施したことになるが、スタジオ録音が中心だった当時ならありうることだ」

と語る。

 「センター」の顧問で、半世紀にわたりフルトベングラーの音源を聴いてきた檜山浩介さんは比較の上で、こう語る。

 「EMI盤は、全体の4分の3が編集したものではないか。

当時の流儀からして、ライブ録音以外に音源を使うならリハーサルだろう。

バイエルン版は、EMI盤では破綻(はたん)がある合唱の出来がよく、終楽章の最後の凝縮感もすごい。戦後の新時代に向けたフルトベングラーの思いが伝わる」

 EMI盤には、実は以前から「一部が編集されているのでは」と想像を巡らすファンがいた。

ただ、古い録音に詳しい音楽評論家の山崎浩太郎さんは言う。

「編集が加わったものだとしても、EMI盤の芸術的価値は下がらない。
優劣を論じず、虚心に聴き比べ、フルトベングラーの神格化を避けて、多面的に音楽を楽しむことが重要だ」

http://takenoko-ent.blog.so-net.ne.jp/2007-09-27-2


ベートーベンの第9のCDといえばフルトヴェングラーのバイロイト盤にとどめをさす。

戦後、再開されたバイロイト音楽祭1951年の初日、7月29日の公演のライブ録音。

もちろんモノラル録音だ。のちに録音のいいステレオ盤がたくさん発売されたが、レコード芸術などの評論家や読者を対象とした雑誌のアンケート調査でもいつもこれが1位になっていた。僕自身、録音のいいステレオ盤をいろいろ聞いていたが、このフルトヴェングラー盤に出会って第9の神髄に触れることができた。

 有名な録音だけにいろいろ憶測が言われてきた。詳しくはあとで述べるが、この録音は 英EMIによって録音された。レコード化を目的としていたかは、実際のところわからない。

EMIはウイーンフィルやフィルハーモニアオーケストラを使ってスタジオ録音を始めていた。SP時代をのぞくと、レコード化を目的としたライブの録音は他には知らない。この年(1951年)カラヤン指揮のワーグナーの楽劇を録音するため、EMIは録音チームを送った。ついでにフルトヴェングラーの第9を録音してみようという話になったのだろうか。

公演は29日1回だけだったらしいが、現地のラジオ局(バイエルン放送協会)も録音してラジオで放送されたらしい。それで放送局にEMIとは別の録音テープがあるのではないかといううわさが以前からあった。

 そのうわさされていたバイエルン放送局所蔵の録音テープが出てきて、2007年に日本フルトヴェングラーセンターがCD化し会員向けに頒布された。大げさかもしれないがファンにとっては衝撃的なニュースだった。

 案内されてきたCDは会費込で6000円した。あまり高すぎるため、聴きたかったが、買わなかった。そうしたらその年(2007年)の12月にORFEOから通常販売され入手できた。
(ORFEO C754081B、写真)

 この録音の発掘は当然、かなりの話題になった。2007年9月号のレコード芸術に感想記事が寄せられている。フルトヴェングラーセンター会長中村政行、フルトヴェングラー研究家桧山浩介、そして音楽学者(評論家)金子建志の3人。まだORFEO盤は発売されていないので、センター盤を聴いてでの感想ということになる。

 いままでEMI盤で言われてきたのはゲネプロ(総練習)をメインに使用し、本番のテープも一部使用した、という説(テープを編集した跡がある)。

ほぼこれは当たっていると思う。バイエルン放送局のテープは咳ばらいなどの聴衆のオーディエンスノイズがはっきり聞き取れる。部分的にEMI盤と同一と思われる個所もあるらしいが、あきらかに別録音という印象を受けた。

 中村、桧山両氏はバイエルン放送局盤を29日の本番だと指摘。演奏の完成度もEMIより高いという意見を述べられているが、金子氏はまったく逆の意見だ。

その根拠は、演奏の仕上がりの完成度はEMI盤の方が高くバイエルン放送局盤は楽器のバランスやアンサンブルの点で最終し上がりの前の状態で完成度が低いと指摘している。金子氏の指摘はスコアを使用して詳細を極めている。

ぼくはスコアは持っておらず、金子氏の指摘についての確認は出来ないが、バイエルン放送局盤の演奏にEMIより完成度が低いという印象は持てなかった。金子氏の指摘で判るのは、終楽章のソロトロンボーンの箇所と、ピッコロ、トランペットが突出しているところ。ピッコロとトランペットの箇所は、マイクアレンジの差かもしれないが、仮に、EMI盤が本番として、フルトヴェングラーが修正した、という説は、十分考えられる。しかし、咳などの聴衆のノイズについては、オーケストラの楽員もしくはコーラスの団員が発したものではないか、という説は無理があると思う。第一楽章初めのあたりの咳はマイクに近く、オーケストラ団員というのはわかるが、マイクから遠い会場ノイズがあちこちに散見できるからだ。

 金子氏がバイエルン放送局盤をゲネプロと指摘する根拠がほかにもある。第3楽章のまえにソリストが入場する足音が聞かれる個所のことだ。(ORFEO盤はここのところはカットされていてる。)本番ならソリストが入場すれば拍手がおこるはずと指摘している。

これはたしかにそのとおりだと思うが、一方でゲネプロならソリストの入場は第4楽章のまえでいいのではないかとも思うが。バイエルン放送局盤は第3楽章が終ってすぐ第4楽章が始まっているので、たとえゲネプロであっても本番と同様に演奏したい、というフルトヴェングラーの要望があったのではと、憶測もできる。


 EMI盤の憶測がいくつか明らかになった。

第4楽章中間あたり、”vor Gott"と合唱がフォルテで歌い、声を長く伸ばす、有名な箇所があるが、最後、瞬間的に合唱、トランペットのレベル(音量)が上がる。

これは、レコード制作時にわざとレベルを上げて、演出したのではないかという疑問だ。

バイエルン放送局盤はそのような音量の変化はない。

したがって作られたものだと判った。

さらに、その"vor Gott"のあと、長大なゲネラルパウゼ(総休止)がある。これが異常に長い。それも疑問がもたれた。

しかしバイエルン放送局盤も同様に長く、この点については特に元テープを触ってないということがわかった。


 僕自身、どうにもわからない点がある。それは最後のつめの箇所。フルトヴェングラーの第9の最後のところは、猛烈なクレッシェンドをかけて終わる。

フルトヴェングラーの第9の録音はかなりあって、ほとんどCDで聴くことができ、この終結のところはどれもうまくいっているが、このEMI盤はオケが混乱して終わっている。

まったく縦の線がそろっていない。誰が聴いてもこれはわかる。

バイエルン放送局盤はこの箇所がうまくいっていて問題ない。レコード化にあたってなぜバイエルン放送局盤を採用しなかったのか。結局、新たな疑問が生じた。

 バイエルン放送局盤はバイエルン放送局が録音したと言われている。関係者の証言もあるみたいだ。

しかし、僕はこれはEMIが収録したものだと思う。理由はいろいろあるが、それまでバイロイトでのコンサートの録音の経験はなかったはずで、マイクのセッティングに手間がかかり、本番、ゲネプロの収録までにいろいろ試行錯誤(マイクテスト)しているはずで、別々にしているとは考えにくい。それと、マイクアレンジや音質は別、という意見があるが、ぼくが聴いた限りでは、「同じマイクアレンジ」だと思う。たしかに、先に書いたピッコロやトランペットのバランスの問題はあるが全体の音の印象はEMI盤と同じ、という印象だ。根拠はもう一つ。当時のラジオ放送局にこれだけバランスのいい録音が出来る技術は持ってなかったという点だ。

フルトヴェングラーは1954年にもバイロイトで同じ第9を公演していて、この方は間違いなくバイエルン放送協会が録音したテープが残されている。それはCDで聴くことができる。かなりバランスの悪い録音で、はっきりいって鑑賞に耐えられるような代物でなく、3年後という技術の進歩も考えても、バイエルン放送局盤がバイエルン放送局の技術で録音されたとは考えられない。ほかのケースを例に出してもいい、51年、52年、53年のウイーン、51年のザルツブルグ、54年のルツエルン、バイロイトなど、いずれも放送局の録音での第9が残されて聴くことができるが、いずれも録音のクオリティは51年のバイロイト盤には遠く及ばない。

 僕の解釈、ゲネプロと本番をEMIが収録した。おそらく、録音権でEMIとバイエルン放送協会とのあいだに争いがあったのではないかと思う。

録音はEMIが収録し、本番かゲネプロのどちらかのテープをEMIがバイエルン側に提供する。放送は1回限りで、コピーテープを他の放送局に提供しない、という契約をしたのではないかと思う。

コピーテープはスエーデンにあるらしいが、放送時に局が録音したのではないかと思う。今回のバイエルン放送協会で発見されたテープには、「たとえ部分的にでも、放送することは禁止」と書かれているという。一度放送した後で記述されたとおもわれ、EMIとの契約を意味しているのではないだろうか。

 1970年代後半から80年ころにかけて、放送局が所蔵していた音源からの流出と思われる、コンサートライブのレコードがチェトラ、BWS(ブルーノワルターソサエティ)、メロドラムといったレーベルから大量に発売された。フルトヴェングラーのライブもたくさん出てきた。それ以降も、放送局所蔵の録音テープの発掘が続けられて、散発的に発売されていた。それらのなかに、今回のバイロイトの録音テープは発売されなかった。つまり、バイエルン放送局で厳重に管理され、再放送はもちろんコピーテープも作られなかったということだ。

 このEMIの録音についていくつかヒントを与えたい。1999年に歴史的録音を発掘してCDを発売しているテスタメントからオットー・クレンペラーの第9のライブ録音が発売された。1957年11月15日の公演の録音。放送局が録音したのならよくあるケースだが、録音はEMIがした。当然、録音のクオリティは高い。クレンペラーの第9はこの演奏会に前後して、まったく同じメンバーでセッション録音された。レコードとして発売されたのはもちろんセッション録音の方。ライブの方は99年にテスタメントが発売するまで録音の存在さえ知られていなかった。似たケースがほかにもある。53年8月ザルツブルグでシュワルツコップフのヴォルフリサイタルがおこなわれた。ピアノはフルトヴェングラー。シュワルツコップの夫でEMIで力を持っていたウオルター・レッグが私的に聴くために、このコンサートの録音を指示した。結果的には選曲してEMIからレコード化されたが、珍しいケースだと思う。いままであえて名前を出さなかったが、バイロイトのフルトヴェングラーの録音やクレンペラーの第9の録音はレッグの指示だと思う。

 EMIはフルトヴェングラーのベートーベンの交響曲をウイーンフィルで順次録音していた。1954年フルトヴェングラーが亡くなって、2番、8番、9番は録音されなかった。9番がセッション録音がされていたら、51年のバイロイトの録音はクレンペラーのケースのようにお蔵入りになっていたと思う。

 えらい長いブログになってしまったが、EMI盤とバイエルン放送局盤の比較だが、バイエルン放送局盤の方が演奏がいいと思う。全体が有機的に連続しており、EMI盤のような編集の痕もなく自然。それに録音は明らかにバイエルン放送局盤に軍配が上がる。EMI盤のLPの海外、国内の初期盤、後の盤(70年代)とも比較したがバイエルン放送局盤の方が音質がいい。同じ収録なのになんで差があるのか謎である。バイエルン放送局の別録音の根拠になるが、どうしてもそれは信じられない。

 1点だけ問題がある。第4楽章はじめ有名な歓喜の主題がチェロで静かに始まるところ、有名な箇所だがEMI盤はほとんど聞き取れないほどのピアニッシモで開始されるが、バイエルン放送局盤はラジオ放送のためそのままでは聞こえないので、音量を上げている。金子氏が指摘している通りでここでノイズレベルが上がる。再発売の際にはここはもとのダイナミックスに修正してほしい。感興をそぐ。
http://blogs.yahoo.co.jp/zen32510/60907627.html

第二次世界大戦後、6年を経てようやく再開されることとなったバイロイト音楽祭のオープニングを飾ったこの歴史的な演奏は、そのライヴ録音と記されたEMI盤によって、これまで半世紀以上に渡り、音楽好きの人々の間で広く鑑賞されてきたのですが、今回登場するバイエルン放送音源は、同じ日のライヴという記載条件ながら、なぜかそれとは異なる演奏となっているのです。

 おそらくどちらかがゲネプロ録音で、どちらかが本番録音ということにでもなるのでしょうが、当時の演奏に関わった人の明確な証言が得られない以上は、どのような意見も推測の域を出ないというのが実際のところでしょうか。

 ただはっきりしているのは、終楽章コーダのアンサンブルはEMI音源が崩壊しているのに対し、バイエルン放送音源では何とか持ちこたえていたり、第3楽章のヴァイオリンの出が違ったり、トランペットやトロンボーンのバランスが大きく異なるなど、演奏そのものの差異が認められる部分が多いにも関わらず、部分的には両者が完全に一致するところも存在するということです。

 この事実は、どちらかが2種のテープの継ぎはぎをしたということを示すことにほかならないため、1955年に商品として発売されたEMI盤が、「より良い状態にするための編集」というレコード会社がよく採用する方法論を反映したものであるという仮説が有力とも思われます(ブルックナー8番の例も)。

しかし、明確な証拠が無い以上はやはり断定は難しいところですし、しかもバイエルン放送のテープの箱には、「放送に使用することは禁止」という文言も記載されているということなので、さらに事情はややこしくなります。
http://luke.jugem.cc/?eid=675

ベートーヴェン
交響曲第9番 ニ短調 作品125「合唱」
エリーザベト・シュヴァルツコップ(ソプラノ)
エリーザベト・ヘンゲン(アルト)
ハンス・ホップ(テノール)
オットー・エーデルマン(バス)
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮バイロイト祝祭管弦楽団、同合唱団
録音:1951年7月29日、バイロイト
EMI(輸入盤 7243 5 66953 2 0)

 この録音を聴いたのは大学に入ってからだったと思います。最も印象的だったのは第4楽章の終結部でした。威風堂々と奏でられてきたこの曲は、最後の最後で歓喜の絶頂に達します。フルトヴェングラーはそこで猛烈なアップテンポでオーケストラを煽り、信じがたいほどの狂騒の中で曲を終わらせます。そのわずか数分のできごとに私は呆気にとられたものでした。これが私の「第九」体験のひとつです。その後、「第九」を聴くときには、最後の最後でフルトヴェングラー的な極度の高揚感を求める癖がしばらくついてしまいました。

 もちろん、そのような癖があっても、現実がそれを矯正しました。もはや世の中にフルトヴェングラーのような指揮をできる指揮者も、それを受け入れるオーケストラもなかったためです。

 考えてみれば、EMIはよくもまあこのような録音を発売したものです。フルトヴェングラーという巨人の名前がクレジットされていなければ、おそらくはとてつもない珍盤とされていた可能性があります。フルトヴェングラーが狂ったように指揮棒を振り回し、テンポを上げていくものですから、オーケストラはついていくのがやっとです。そのすさまじさに圧倒されるものの、演奏はハチャメチャに聞こえます。それどころか、きちんと最後の音まで辿り着いていないように思えました。

 それだけではありません。第4楽章で合唱が「vor Gott」と叫ぶと、それが延々と続きます。フェルマータがついているとはいえ、一体どこまで伸ばすのか、と思うくらい伸ばします。しかも、その最後でクレッシェンドしているではないですか。絶叫の上に絶叫であります。そして、それからの長い長い沈黙。大まじめにやっているのですごい迫力があります。

 これを何度も聴いていくと「第九」とはこう演奏すべき曲なのだと思ってしまうのです。「ライブ録音」と明記してあることも手伝って、一頃まで私がライブにこうした極端とも言える激しさを求めるようになってしまったのは、この録音の影響だったのかもしれません。その後にクレンペラー盤やジュリーニ盤などを聴くに至って私の偏向的な聴き方は緩和され、現在に至っています。

 しかし、フルトヴェングラーの音楽が持つ生命力は半端ではありません。


今年2007年になって大きな動きがありました。フルトヴェングラー・センターから会員向けにバイロイトの「第九」が発売されたのです。それも、編集がない、正真正銘のライブ盤だとか。

フルトヴェングラー・センター(会員向けCD WFHC-013)

 何と、1951年7月29日のテープがバイエルン放送局の倉庫に眠っていたのですね。それが21世紀になって発掘されたわけですが、この「センター盤」が出現したことで、EMI盤が当時のプロデューサー、ウォルター・レッグによる編集を経て作られたことがほぼ明らかになりました。

 例えば、EMI盤にあった「vor Gott」のクレッシェンドは「センター盤」にはありません。というより、「センター盤」は全体的に音楽の流れがとても自然です。つぎはぎをされたらとてもこのように自然な流れにならないでしょう。

 気になったのは第4楽章の終結部です。もしかすると普通のテンポになっていないかと興味津々で聴いたのですが、猛烈なスピードで畳みかけるのは一緒ですが、音はよく揃っていて「ハチャメチャ」な感じは全くしません。見事に最後の音に着地しています。

 こうなるとますます奇妙です。レッグはわざわざハチャメチャな方を編集材料に選んだことになります。また、「vor Gott」にクレッシェンドをつけて強力に厚化粧をしています。ライブ盤と銘打って発売するからにはこれくらいのことをしておいた方がインパクトがあると考えたのでしょうか。実際に多くのファンに強烈な印象を与え続けたわけですから、レッグの目論見は完全に成功したと言えます。

 「ここがこのように違う」という指摘はいくつもできるでしょうし、おそらく専門家や好事家の間でその一覧表でも作られているに違いありません。しかし、こうしたことは枝葉末節なのかもしれません。全体としてみればこの「センター盤」もレッグ編集のEMI盤もフルトヴェングラーの演奏を充分に伝えています。

 いずれにせよ、死後50年も経過している指揮者の録音が今も話題になり続けていることは興味深いです。ベスト盤を選定することに意味がないと考える私ですが、フルトヴェングラーはベートーヴェンに真剣に取り組むその姿勢が最も顕著に音に現れている指揮者の一人であるとは思っています。復刻盤が出たらまた買ってしまうことでしょう。古いモノラル録音であるのに。
http://www.kapelle.jp/classic/9th_symphony/beethoven.html

もう一つのフルトヴェングラー/バイロイト「第9」を聴いて

昨年暮れにオルフェオから出たフルトヴェングラー指揮バイロイト祝祭管の別テイク(バイエルン放送)のベートーヴェン「第9」をようやく聴きました。

朝日新聞にセンセーショナルな記事が出たこともあり、おそらく昨年のクラシック音楽界でも最大の話題となったCDの一つでしょう。私もずっと気にはなっていました。

要するに、あの不滅の名盤と言われている1951年のバイロイトの「第9」ライヴ(EMI)が、実はゲネプロの録音ないしはゲネプロと本番の継ぎはぎの編集によるものであって、今回の別テイクこそが、世に出なかった本物のバイロイトの本番の演奏ではないかという疑惑が出されていたわけです。

その後、金子建志さんが「レコード芸術」誌で詳細な分析を行い、むしろ今回出た録音の方がゲネプロなのではないかという意見を出されていたのも印象的でした。


そして、ようやく聴いてみた私の直観的感想を言えば、やはり金子さんと同じく、今回のオルフェオ盤はゲネプロの演奏ではないかという気がします。第1楽章の最初の方で咳が聴こえたりする臨場感はあるものの、やはり全体的に、演奏そのもののテンションがEMI盤に比べると若干低いというか、どことなく模索的な印象を受けます(特に第1楽章の前半)。とはいうものの、それはほんのわずかの差であって、オルフェオ盤においてもフルトヴェングラーならではの呪縛的な世界が展開していることは間違いなく、気がつけばのめりこむように聴き、久しぶりに出会うフルトヴェングラーの「第9」に興奮している自分がいました。録音状態も、フルトヴェングラーのものとしては最良の部類。第3楽章の弦の表情など生々しい感激があります。

今回のバイロイトのもう一つの「第9」を聴いて、私はフルトヴェングラーの演奏に宿されている、一種の「憑依」という特性について改めて考えさせられました。

つまり、オルフェオ盤・EMI盤のどちらにせよ、なぜこんなにゲネプロでも燃えまくってしまうのか。

それはおそらく、ゲネプロであろうが本番であろうが、ついつい

「降りてきてしまう」「とりつかれてしまう」要素をフルトヴェングラーの棒が持っていたからなのではないでしょうか。

以前、ベルリン・フィルの首席コントラバス奏者だった頃のライナー・ツェペリッツにインタヴューしたときに、フルトヴェングラーのことについて聞いてみたことがあります。「一体フルトヴェングラーとは何だったのか? 今のベルリン・フィルにフルトヴェングラー時代の響きは残っているのか?」という質問をしたのです。彼はフルトヴェングラー時代を知る最古参のベルリン・フィル楽団員の一人でしたから。

それに対するツェペリッツの答えはこうでした。

「う〜ん…フルトヴェングラーの響きは、少しだけ、残っていると思うね」

「それはどんなときに感じるのですか?」

ツェペリッツは目を閉じて、右手をスローモーションのように動かしながら答えました。

「今でもときどき、ベルリン・フィル全体が、微妙に動いて…揺れる瞬間がある。あれは――フルトヴェングラーなんだ」


指揮者が意図的に誘導して動かすのでもない、オーケストラ全体が、集合的無意識のように、不思議な揺れ方をする、その瞬間がフルトヴェングラーだ、とツェペリッツは言いたかったんだと思います。

我々はそれを作曲家の霊が憑依したように(まるで今音楽が生まれたばかりであるかのように)感じるのかもしれません。

もちろん、今回のオルフェオ盤にも、それは充分に感じられました。聴く者すべてを狂わせてしまうような、あの暗い魔力はフルトヴェングラーならでは。ファンならぜひとも聴いておくべき1枚でしょう。
http://linden.weblogs.jp/blog/2008/01/9-d41c.html



02. 2010年7月16日 23:31:38: MiKEdq2F3Q

Furtwaengler conducts Beethoven 9th Sym finale 1942
http://www.youtube.com/watch?v=R7y08vr4ulI&feature=related

フルトヴェングラー年代順資料室
http://www.kit.hi-ho.ne.jp/shin-p/

ヴィルヘルム・フルトヴェングラーのCD
http://homepage1.nifty.com/classicalcd/FurtwanglerCD/index.htm

フルトヴェングラー鑑賞記
http://www.geocities.co.jp/MusicHall/5362/

フルトヴェングラー鑑賞室
http://wadadaiki.com/furtwanglerweb/index.html

フルトヴェングラーのディスク音質比較スレ 
http://jfk.2ch.net/test/read.cgi/classical/1261821554/l50

フルトヴェングラー 22
http://jfk.2ch.net/test/read.cgi/classical/1260164598/l50


03. 2010年7月30日 22:57:32: MiKEdq2F3Q

2. アーノルド・シェーンベルク モーゼとアロン (1954年 初演)


新・ウィーン楽派の元締めと言えるアーノルド・シェーンベルクが台本を書き、作曲もしたオペラ「モーゼとアロン」です。

第2幕までは1932年に完成させ、第3幕は結局は未完に終わった作品。

このオペラをご存知のない方でも、旧約聖書にあるモーゼとアロンの兄弟の軋轢の話は、ご存知でしょう。

この「モーゼとアロン」というオペラを、「理解者と協力者の乖離」という観点からみることは、「アラベラ」よりも、はるかに容易ですよね?

何と言っても、アロンはモーゼの言葉を理解していない。

しかし、モーゼが受けた神からの言葉を広めるのに当たって最大の協力者である・・それくらいは、簡単に読めること。

自分のことや言っている中身を理解していないアロンに頼らないといけないモーゼは、それゆえに苦悩する。

シュトラウスとホフマンスタールの「アラベラ」が、洗練された外観を持ちながら、内容的には悲痛な心情を含んでいる。

いや、悲痛な面を持っているのはホフマンスタールの台本だけかな?

それに対し、シェーンベルクの「モーゼとアロン」は、シリアスな外観を持っていますが、ギャグ満載の爆笑オペラなんですね。

20世紀のオペラで、これほど笑える作品って、他にあるのかしら?

オペラ「モーゼとアロン」ですが、基本的なストーリーは旧約聖書のモーゼとアロンのエピソードによっています。

簡単にまとめると、下記のとおり。


1. モーゼが神から言葉を受ける。

2. その言葉を自分で直接民衆に伝えようと思っても、うまく伝えることができない。

3. だから、言葉を上手に伝える能力を持っている、モーゼの兄のアロンと一緒に活動することになる。

4. アロンは見事にモーゼの言葉を語る。

5. 民衆は、モーゼよりアロンの方を絶賛し、「これぞ!奇跡だ!」

6. 民衆より絶賛を受けたアロンは、「その気」になって、どんどんと民衆を喜ばせる方向に、言葉を変えて行ってしまう。

7. モーゼは「まっ、とりあえずアロンに任せておくか・・・」と、引っ込んでしまう。

8. 民衆の期待に応えたアロンは、乱痴気騒ぎの大集会。

9. こうなると、本来のモーゼの言葉は、どこかに行ってしまう。

10. ここでモーゼが乗り込んできて、

「こらぁ!ええ加減にせんかい!」
「ワシの言葉を忠実に伝えろよ!」


11. アロンは、

「だってぇ・・・だってぇ・・・そもそもアンタが、民衆から離れすぎているのがいけないんじゃないか!」

と反論。


12. モーゼは

「じゃかぁしいんじゃ!最後にはワシの方が勝つんじゃ!」


基本的なあらすじは、こんなところ。
いやぁ・・・笑える。

モーゼにとっては、アロンは重要な協力者。
しかし、理解者とは言えない。
だから、どうしても、このような齟齬が起こってしまう。


さて、このオペラ「モーゼとアロン」の台本を書き、作曲をしたシェーンベルクは、基本的には作曲家。

作曲家にとって、親類とも言える身近な存在で、重要な協力者と言えるけど・・・残念なことに、理解者とは、とても言えない存在って、何?

それは演奏家でしょ?

作曲家が作曲した作品を、実際に音にし、多くの人に聞いてもらうに当たって、演奏を本職とする演奏家の協力は、現実的には、不可欠。

しかし、演奏家は、その作品の本当の意味がわからないので、どうしても民衆の好みに合わせてしまう。

おまけに音楽家の中でマジョリティーなのは演奏家の側であって作曲家ではない。

演奏家は自分たちの常識が、音楽界の常識と思ってしまうわけ。

それに演奏家は直接聴衆と接するので、「結果」が出やすい。

それに、演奏家と作曲家ではどちらが、「実際的な力」を持っているのか?

それについては言うまでもないことでしょ?

音楽界の常識は、往々にして演奏家の常識であって、作曲家の常識ではないわけ。

演奏家と作曲家が分業して以来、音楽史においては、そんな作曲家と演奏家のぶつかり合いって、よく出てきますよね?

まあ、批評家のような存在は、作曲家にとっては、そもそも理解者でも協力者でもなく単なるオジャマ虫なんだから、扱いがラク。

しかし、演奏家は、作曲家にとって必要な協力者であっても、理解者ではない・・・だからこそ扱いが難しいわけ。

作曲家も演奏家も、本来は、同じ音楽の神を父とする兄弟同士なんだから、最初は一緒に行動するけど、方向性の違いから、やがては諍いとなってしまう。

あらまあ!なんとコミカルな悲劇だこと!!

この「モーゼとアロン」というオペラにおいて、モーゼを作曲家、アロンを演奏家としてみると、ツボを押さえたギャグ満載のオペラになるわけ。

基本的には、こんな調子。


1. 作曲家が神から霊感を受ける。

2. 作曲家は自分では自分の曲をうまく演奏できない。

3. と言うことで、演奏が本職の演奏家が登場。とりあえず一緒に活動することになる。

4. 演奏家は見事に演奏する。

5. 見事な「演奏」に民衆は感激!

「感動した!これぞ奇跡だ!」


6. 民衆から絶賛されて「その気」になった演奏家は、もともとの作品にどんどんと手を入れ、ますます民衆を喜ばせる方向に向かってしまう。

7. 作曲家は、

「まっ、とりあえず演奏家に任せておくか・・・」

と、引っ込んで、新たな作曲活動。


8. 民衆の絶賛を浴びた演奏家は、大規模な演奏会を主催して、ますます民衆を喜ばせる。

9. そうなると、もともとの作曲家の意図が完全にどこかに行ってしまう。

10. とんでもない状態になっていることに気が付いた作曲家は、演奏家の元に乗り込んできて、

「こらっ!ええ加減にせんかい!

ものには限度というものがあるんじゃ!

楽譜に忠実に演奏しろよ!」


11. 作曲家の立腹に対し、演奏家は

「そもそもアンタの作品が民衆の理解からかけ離れすぎているのが悪いんじゃないか!」

と反論。


12. 演奏家からの反論を受けながら、

「最後に業績が残るのは作曲家の方なんじゃ!」

と締める。

私個人は作曲家でも演奏家でもありませんが、まあ、上記のようなやり取りって、音楽創造の現場では、ありがちなことではないの?

逆に、そんなぶつかり合いもない状態だったら、創造現場とは言えないでしょ?

オペラに限らず作品の解釈に当たっては、一義的ではないでしょう。

受け手の様々な解釈も許容される・・・原理的にはそのとおり。

しかし、ここまでツボを押さえているのだから、作曲をした・・・と言うか台本を書いたシェーンベルクが、モーゼ=作曲家、アロン=演奏家 という役割を考えなかったわけがないでしょ?


そもそも、シェーンベルクはウィーンに生まれたユダヤ人ですが、もともとはユダヤ教徒ではありませんでした。

もともとはキリスト教徒だったわけ。

だからユダヤ教徒歴よりも作曲家歴の方が長いわけ。

シェーンベルクは、まずは、作曲家なんですね。

もちろん、このオペラには、旧約聖書におけるユダヤ人の信仰の問題もあるでしょう。

ユダヤ人のアイデンティティの問題だってないわけがない。

音楽創造現場の問題とユダヤ人の信仰の問題のどっちがメインのテーマなのかは別として、モーゼとアロンというユダヤの有名人が出てくるんだから、信仰の問題がないわけがない。

しかし、ユダヤの問題をメインに扱った作品と考えるには、かなり無理がある。

この「モーゼとアロン」というオペラは、どうして、その歌詞がドイツ語なの?

ウィーン生まれのシェーンベルクにしてみれば、ドイツ語はいわば母国語。

自分の考えをまとめたり、歌詞を一番書きやすい言語。
だからドイツ語でオペラの歌詞を書いた。それはそうでしょう。

しかし、ユダヤ人の信仰の問題を主に扱うのなら、どうせならヘブライ語にした方がいいでしょ?

ドイツ語で台本を書いて、後でヘブライ語に翻訳して、それに音楽をつける・・・

この流れでオペラを作っていけば、たとえヘブライ語が母国語でなくても、台本を書き作曲もできるでしょ?

どうせドイツ語のままだって、演奏頻度が高くなるわけではないでしょ?

そもそもユダヤ人の問題を扱うに当たって、ドイツ語なんて、一番微妙な言語でしょ?

むしろドイツ語だけはやめておく・・・そう考えるのが自然じゃないの?

何と言っても、台本を書き始めた1930年代は、ナチスの台頭などがあったわけですからね。

ドイツにおけるユダヤ人差別って、身に染みていた頃でしょ?

あるいは、どうせなら、ドイツ語ではなく、英語にする方法だってあるわけですしね。

シェーンベルクは後にアメリカに亡命したわけですから、後になってオペラの歌詞を英語に変更するくらいわけがないでしょう。

最初の構想はともかく、ドイツ語のままで台本を書き、作曲を進め、後で修正もせずに、そのまま初演を行うということは、明らかにヘンなんですね。

初演は1954年で、シェーンベルクはもうお亡くなりになっていましたが、初演までは結構時間もあったわけですし、翻訳作業は人に任せることもできるでしょ?

翻訳作業を協力してくれる人はいっぱいいますよ。

よりにもよって、第2次大戦直後に、苦難に満ちたユダヤ人のドラマをドイツ語で歌い上げられても、それこそがお笑いですよ。

せめて、英語ヴァージョンを別に用意して、ドイツ語以外でも歌えるようにしておくのがマトモでしょ?

だから、ユダヤの信仰の問題や苦難に満ちたユダヤ人の問題は、決して、このオペラ「モーゼとアロン」のメインのテーマではないわけ。

しかし、この「モーゼとアロン」というオペラが、「理解者と協力者の乖離」という一般論、孤高の人と大衆迎合の人との対立、超越的な存在と、現世的な存在の対比。あるいは、音楽創造の現場における「作曲家と演奏家の対立」というテーマから見れば、ドイツ語の歌詞で何の問題もない。

まさにドイツオペラのおなじみの伝統的なテーマであり、「モーゼとアロン」はその変奏に過ぎないわけ。

シェーンベルクは台本を書きながら、

「あのヤロー!よくもあの時はオレの作品をムチャクチャに演奏しやがったな!」

と特定の演奏家なり、演奏のシーンを思い出して台本を書いていたのでは?

まあ、台本を書きながら、アタマから湯気が出ているのが簡単に想像できますよ。

アロンの歌詞に付けられた多彩な音楽表情には、自分が作曲した作品を演奏される際に、心ならずも「付けられてしまった」トンチンカンな音楽表情が具体的に反映しているのでは?

それこそ作曲しながら、

「あの時は、よくも・・・よくも・・・オレの曲に余計な表情をつけて・・・」

と、髪を掻き毟りながら作曲していたのでは?これはちょっと想像できないけど・・・

まあ、演奏において、多少はトンチンカンな表情もしょうがないところもあるけど、やっぱり限度があるでしょ?

しかし、民衆から絶賛を浴びて「巨匠」の気分になっている演奏家は、どんどんと暴走して行くばかり。

しかし、民衆の趣味に合っているがゆえに、ますます民衆から絶賛を浴びる。

そうして大規模な演奏会へ!

第2幕の有名な黄金の子牛のシーンおいて、70人の長老たち語る言葉があります。

「人々は至福の境地だが、奇跡が示したのは、酩酊や恍惚がなんたるかということだ。

変わらぬものはいない。皆が高められている、感動せぬものはいない、皆が感動している。

人間の徳が再び力強く目覚めた・・・」


このセリフって、コンサートと言うか演奏家を絶賛する批評の言葉そのものでしょ?

皆さんだって、上記のような批評の文章を読んだことがあるでしょ?

まったく、ツボを押さえまくり。ギャグ満載ですよ。

まあ、延々と饗宴が続く黄金の子牛のシーンって、ザルツブルグ・フェスティヴァルのようなものをイメージしているのでは?

だからこそ、モーゼつまり作曲家が、アロンつまり演奏家に「オマエなんて、所詮は、民衆の側じゃないか!」なんて言い渡す。

気持ちが入ったギャグだねぇ・・・

まあ、オペラにおけるモーゼの持っている石版を楽譜にして、アロンが持っている杖を、指揮棒にする・・・そのように演出しても、何の違和感もないでしょ?

シェーンベルクも恨み骨髄だねぇ・・・こりゃ、確かに、晩年でないと発表できませんよ。


これほどわかりやすいメタファーなんだから、本来なら誰でもわかるはずなのに・・・


私個人はそんなことを書いてある解説を見たことがありません。

まあ、作曲家の方々なら、簡単にわかるんでしょうが、おおっぴらには言えないのかな?

まさに諸般の事情というか大人の事情があるんでしょうね。

ちなみに上記の歌詞は、作曲家でもあるピエール・ブーレーズが指揮したCDから取っています。

そのCDに添付されている解説書で

「アナタはご自身を、モーゼだと思う?アロンだと思う?」

なんて質問しているインタビューがあります。

いやぁ・・・エゲツナイ。

ブーレーズは、当然のこととして、お茶を濁したような回答。

「つーか・・・よりにもよって、このオレに、そんなこと聞くなよ!」

と思ったのでしょうね。

シェーンベルクだけでなくブーレーズだって怒っちゃうよ。

もちろん、この作品において、シェーンベルクが単純に、「演奏家への恨み」をオペラにしたわけではないでしょう。

自分が神からの霊感を受けて作曲した作品をメチャクチャに演奏する演奏家に向かって、

「勝手にオレの曲に手を入れるなよ!ええ加減にせんかい!このタコ!」

と、心の中で怒鳴っているシェーンベルクに対して、

「タコはオマエだろう!」

そんな言葉も言う人もいるんじゃないの?

たとえばシュテファン・ゲオルゲやライオネル・マリア・リルケ。

ゲオルゲやリルケが、神からの霊感を受けて文学作品にしたのに、それに勝手に音楽をつけたのは、いったい誰?

後から付けられた音楽が、詩人の意に沿ったものなの?

と言うか、リルケなんて挿絵すらいやがりましたよね?

自分の詩に音楽を付けるなんて絶対に容認しないと思うけどなぁ・・・

まあ、デーメルのような三流詩人に音楽を付けるのはともかく、ゲオルゲのような一流の詩に勝手に音楽をつけてはダメでしょ?

音楽を付けた分だけ、「広まりやすい」とは言えますが、それが本当に詩の本質を伝えることに役に立っているの?

そうなんですね!

シェーンベルクは作曲家として、演奏家が勝手につけてしまう不適切な音楽表情に抗議する側、つまりモーゼのような立場であるとともに、作曲に当たって題材とした文学作品の作者から、抗議される側、つまりアロンでもあるわけ。

「ああ!オレもタコだったんだぁ〜!」

これは色々な意味でそのとおり。

しかし、まさにアロンのように、

「だってぇ、だってぇ・・・こうすると、みんなにわかってもらいやすいしぃ・・・みんなも喜んでくれているしぃ・・・」

と言わざるを得ない。

しかし、本当に民衆にわかってもらえるの?

民衆との間に、共通の認識・・・いわゆる「理解」と言う次元に到達できたの?

表現において、発し手が想定しているとおりに、受け手が理解する・・・そんなことは実にレアケース。

神から霊感を受けて文章を書いて、それに音楽をつけると、最初の霊感からズレてしまう。

それを演奏したら、演奏家の理解によって、ますますズレてしまう。

それを一般聴衆がどう聞くの?

もう、とんでもない伝言ゲーム状態。

最初に創作者が受けた神の言葉はどこに行ってしまったの?

最初の意図が伝わらないのなら、表現っていったい何?

「おお!言葉よ、言葉、私に欠けているのはおまえなのだ!」

第2幕最後にあるモーゼの有名なセリフです。


この場合の「欠けている言葉」は、狭義で言うと、まさに演奏能力となる。

もう少し一般化すると表現能力というか伝達能力になるわけ。

しかし、そのセリフの前の部分

「想像を超える神よ!
語ることはできない意味あまたなる想念よ!」

と言う言葉と組み合わせてみると、別の面も見えてくる。

言葉が欠けているのではなく、言葉によって生み出される関係性が欠けている・・・そう言えるわけ。

言葉、あるいは表現によって、発し手と受け手で認識を共有できる。

その共有化された認識がモーゼには欠けていて、アロンには備わっている。
いや!

備わっているというより、アロンはそもそも民衆の側なんだから、「見ているもの」も、民衆と共通している。

しかし、モーゼは民衆と見ているものが元から違っているわけ。


言葉そのものは同じでも、その意味するところが違っている。

だから、言語によって関係性が生み出されることはない。

そのような意味で、この「モーゼとアロン」の台本を書き、作曲をした1874年にウィーンに生まれたユダヤ人のシェーンベルクは、言語表現に懐疑のまなざしを向けた「チャンドス卿の手紙」の作者・・・1874年にウィーンに生まれたユダヤ系のホフマンスタールと全く共通しているわけ。

そして、その共通性は、

「語りえぬことについては、沈黙しなくてはならない。」

と言う命題を持つ「論理哲学論考」の作者である哲学者ウィットゲンシュタインと全く共通しています。

「語りえぬことについては、沈黙しなくてはならない。」

と言うウィトゲンシュタインの言葉と、

「想像を超える神よ!語ることはできない意味あまたなる想念よ!」

というシェーンベルクの言葉って・・・笑っちゃうほどよく似ている。


ウィットゲンシュタインは、1889年にウィーンで産まれたユダヤ人。
ちなみに、彼の父親はプロテスタント。母親はカトリックです。

シェーンベルクは前に書いたようにユダヤ人なのに、当初はカトリックで後にプロテスタントに改宗、その後になって、今度はユダヤ教に改宗。

それにホフマンスタールが、ユダヤ系なのにカトリックだったことも・・・ご存知でしょ?

そのようなマイノリティは、コミュニケーションに対する無条件の信頼が、もともとないわけ。表現によって、自分の意図が人々に理解され、関係性が広がっていく・・・とは単純に考えない。

もちろん、このようなことは言語の向こうにある心理を読もうとした1856年のウィーンに生まれたユダヤ人フロイトにも見られることでしょ?

言語によって関係性、あるいは相互理解が生み出されないという点においては、

「もし、ライオンが言葉を話せても、言っていることは我々にはわからないだろう。」

というウィットゲンシュタインの「言葉」が見事に語っています。

真に創造的な領域では、人の言葉ではなく、神の言葉が支配する。

だから表現によって、民衆との間に新たなる関係性が生み出されることはない。

じゃあ、どうして表現するの?

アンタが言うように語らないのが本来の姿じゃないの?

どうせ語ってもわかってくれないんだし・・・

まったくもって、おっしゃるとおりなんですが・・・

それがわかっていながら作品を作る、いや!わかっているからこそ、作品を作るわけ。

目の前の人よりも、自分が知らない人に宛てて、作品という形で自分の認識を伝えようとする。

語りえぬものだからこそ、語る必要があるわけでしょ?

これは別の言い方をすると、受け手が理解できないものだからこそ、作品にする必要があるとも言えますよね?

このことは作品を作る際には、難しく、わかりにくく書くという問題ではないわけ。

何を語るのか?(=WHAT)と言う点において語りえぬものであって、どう語るのか?(=HOW)の問題ではないわけ。

わかりやすく語っていても、語りたい中身そのものが受け手に受け入れられない、というか、多くの人には見えないもの。

しかし、だからこそ、語る必要がある。

受け手が見えないとわかっているものを、何とかして語ろうとするわけ。

しかし、だからこそ、ますます閉塞する。

そして、自分が直面しているそんな閉塞を打破する協力者がほしい。

しかし、協力者であっても理解者ではないので、そんな協力者との共同作業によって、結局は、傷つき、ますます閉塞してしまう。

そのような点でモーゼも、シェーンベルクも、ホフマンスタールも、そして映画「ソフィーの選択」におけるソフィーやネイサンも、そして映画「ウィットゲンシュタイン」におけるウィットゲンシュタインもまったく同じ。

いやぁ!苦笑いせずにはいられない。

「モーゼとアロン」というオペラは、古代のユダヤが舞台と言うより、まさに当時のウィーンの芸術創造現場を、そしてその閉塞感を反映しているわけ。
ああ!ウィーンって街は、何て閉塞が似合う街なんだろう!


そのように見てみると「モーゼとアロン」は実に笑えるオペラでしょ?

このような気持ちが入ったギャグって、笑うだけでは済まないけど。

まあ、このような悲痛で自虐的なギャグは、ユダヤ的なギャグの典型ですよね?

そう言う意味では、この「モーゼとアロン」というオペラは、まさにユダヤ的なオペラと言っていいのかも?

http://magacine03.hp.infoseek.co.jp/new/07-09/07-09-27.htm


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3. リヒャルト・ワーグナー「ワルキューレ」


芸術家とは、神から出でた存在であり、神からの霊感を一般の人間に伝え、後生に残すのがその使命。

逆に言うと、ドラマにおいて、神からの言葉を伝えている存在は、芸術家としての自分自身を描いているケースが多いわけ。

しかし、神からの言葉を語るがゆえに、一般の人間には理解されない。

それゆえに、神からの言葉を受けたものは、一般社会の中で孤立し、苦悩することになる。

孤立の中で、自分の理解者を必死で探したり、神からの言葉を伝えようと、自分の協力者を得ようとして無理をして、その無理によってますます孤立してしまう。

結局は、その苦悩がますます深くなる。

しかし、一般社会からの孤立ゆえに、神からの霊感は、特定の人や集団を相手とする直接的な語りではなく、客観的な作品として結実することになる。

さて、そんな流れを持つオペラ(正式には舞台祭典劇)の「ワルキューレ」を考えて見ましょう。


題材としては、ゲルマン神話を元にしているわけですが、そのテーマとしては、芸術家としての意識という点から見ると、実に理解しやすいわけ。

このオペラの主要人物であるジークムントのキャラクターなり、ドラマにおける役割・・・それがまさに芸術家の姿そのままなんですね。


さて、そのジークムントは、神々の長であるヴォータンの血を引いている。
つまり、神から出でし存在。

そして、そのヴォータンからの使命を果たすべく、行動することになる。
つまり、神からの言葉を実現させる存在。

しかし、ヴォータンからの使命を実現させようとするがゆえに、周囲と諍いが起こる。

つまり、神からの言葉を実現させようとすると、周囲の一般人とモメることになる。

ジークムントは、自分と同じように神から出でし存在であるジークリンデに入れ込む。

つまり、芸術家は同類同士だと実に理解が早い。

一番困った時に、ヴォータンからの剣ノートゥングが現れる。

つまり、芸術家が真に苦悩した時こそ、神からの霊感が訪れる。

ジークムントとジークリンデとの結びつきに対し、一般人のフンディングがジャマをする。

つまり、芸術家同士の結びつきには、一般人からの妨害がつきもの。

結局は、ジークムントは、一般人であるフンディングにやられてしまう。

つまり、芸術家は、一般人には、この世では勝つことができない。

しかし、ジークムントとジークリンデは、ジークフリートを残すことになる。
つまり、芸術家が死んでも、その後まで作品は残ることになる。

そのジークフリートには、ヴォータンの娘であるブリュンヒルデが助ける。

つまり、芸術家による作品は、芸術的なルーツを持つ同類のサポートによって、世界に出て行くことになる。

ジークフリートによって、この世界が浄化される。

つまり、芸術家の作品によって、世界が堕落することを防ぐことになり、まさに神の意思が実現される。


と、まあ、芸術家の苦悩と成果と言う視点で見ると、実にツボを押さえた設定になっている。

作者であるワーグナーが、自分自身の苦悩なり、芸術家としての意識や役割を踏まえた上で、台本を書いたのがよくわかる。


神からの言葉を語るがゆえに、この一般社会からは理解されないとなると、以前にシェーンベルクのオペラ「モーゼとアロン」を考えております。

シェーンベルクは、神からの言葉を直接的に聞くモーゼに自分自身を重ねている。

しかし、一般社会に神の言葉を伝えるためには、神の言葉を直接的に聞くことができない一般人であるアロンを協力者にしなければならない。

この「モーゼとアロン」というオペラの場合は、台本を制作した作曲家のシェーンベルクにしてみれば、モーゼ=作曲者,アロン=演奏家 の役割を負っていることはすぐにわかること。

神からの言葉を直接聞くものは、その言葉を多くの人たちに伝えなければならないという使命感と、対象とする一般人の理解力の低さの間の齟齬で苦悩する。

そんな苦悩は、歴史を紐解けば、いくらでも出てきますよ。

それこそ、キリストだって、まさにそのパターン。

あるいは、画家のゴッホとかミケランジェロとか、レンブラントとか・・・ほとんどがそのパターンでしょ?逆に言うと、一般人と上手に付き合うことができたルーベンスが、芸術家の立ち位置の理想形として、ウィーダの「フランダースの犬」に出てくることになる。

それだけレアケースというわけ。


芸術家は、神からの言葉を聞くがゆえに、一般人から迫害され、殺される。

しかし、その言葉は後世まで残ることになる。

神からの言葉に執りつかれた人間は、本当の意味での自由意思はない。

神からの言葉は、当人にとって圧倒的な存在であるがゆえに、それ以外の存在が霞んでしまう。

だから、遮二無二行動して、どうしても一般人とのやり取りがうまく行かない。


それこそ、この「ワルキューレ」の中のジークムントのセリフを取り上げてみましょう。

「♪・・・私は人に会う限り、何度でも飽きずに、友を求めたり、女を得ようとしたのですが、私はただ追放されるばかりでした。

何か不吉なものが私の上にありました。

私が正しいと考えるものが、他人には悪いことのように思われたのです。

私には悪いと思えることを、ほかの人は好んでしたのでした。

どこへ行っても反目の中に落とされ、私の行く先々で怒りに襲われたのです・・・♪」 
 

この言葉を、そのままゴッホの伝記に入れても、何も違和感がないでしょ?

あるいは、ベートーヴェンでもOK。

ミケランジェロでも、基本的には、OKでしょうが、まあ、ミケランジェロは「女を得よう」とはしなかったでしょうね。しかし、彼もトラブルを巻き起こしてばかりでしょ?

しかし、それでも作品は残る。

自分の死後も残るものを作る・・・それが芸術家の使命。

神よりも、一般人を向いていたら、神の言葉はもう降りてこない。

神は嫉み深いもの。

一般社会から疎外された極限の状態にこそ、ノートゥングが現れ、作品のキーとなる霊感が訪れる。

しかし、その神の言葉ゆえに、この社会では生きることができない。

結局は、神からの言葉をまとめた作品を制作する創作者だけでなく、その作品を守ろうとした人間までが迫害されてしまう。

まるで、ブリュンヒルデが炎に幽閉されたように。

しかし、そんな幽閉された芸術家を解き放つのも、神からの言葉をまとめあげた作品。

芸術の歴史とは、見方を変えると、まさにこんな感じになっているものでしょ?
http://magacine03.hp.infoseek.co.jp/new/07-12/10-04-26.html


04. 2010年7月31日 09:36:52: MiKEdq2F3Q

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4. アンドレイ・タルコフスキー


アンドレイ・ タルコフスキーは、ヴォルガ川近郊のザブラジェで1932年4月4日、アルセニー・タルコフスキーとマリア・イワノヴナ・ヴィシニャコーワの息子として生まれた。

父は詩人で、その詩作によって後年にはかなりの名声を獲得することになる。

両親はモスクワの文学大学に学ぶ。

タルコフスキーが生まれた村は、もはや存在しない。

ダムがその地域に建設されて、人工湖の水底に眠っているのだ。

しかし、タルコフスキーが子ども時代を過ごした場所とそのイメージは、彼に消えることのない影響を及ぼし、作品に深甚な影響を残すこととなった。

一家がモスクワ郊外に引っ越した1935年には、父母の間の関係にひずみが見えはじめ、やがて、2人の離婚と、父の出奔を招くことになった。

アンドレイは、母、祖母、及び妹の家族構成、つまり男手のない家庭で成長した。

1939年に彼はモスクワの学校に入学したが、後に戦時中の疎開でヴォルガ河畔の親類の元に移った。

戦争の勃発で、父は兵役に志願、負傷して片脚をなくすことになる。

一家は、1943年にモスクワに戻った。

そこで、タルコフスキーの母は、印刷所の校正係として働いた。

戦時の年月は、少年の心に2つの大きな懸念が重くのしかかる日々であった。

死なずにすむだろうか? そして父は前線から無事に帰ってくるのだろうか? 

しかしながら、アルセニー・タルコフスキーがやっと戻ったとき、赤い星の勲章で顕彰されていたが、彼が家族の元に戻ることはなかった。


息子が芸術分野の仕事を見つけることを、タルコフスキーの母は一貫して望んでいた。

芸術の価値に対する彼女の信念は、彼が正式に授けられた教育に反映されている。

音楽学校、後には、美術学校に学んだタルコフスキーは、自分の映画監督の仕事はこうした訓練がなければ到底考えられないと、後年になって述懐している。

1951年から、彼は東洋言語大学で学んでいる。

これらの勉学は、しかしながら、スポーツによる負傷によって終わりを告げ、タルコフスキーは、シベリアへの地質調査団に加わり、そこでほぼ1年の間滞在し、ドローイングとスケッチのシリーズを製作した。

1954年に、この旅から戻った時、彼は、モスクワ映画学校 ( VGIK )に首尾よく合格し、ミハイル・ロンムの元で学ぶことになる。


タルコフスキーの商業映画第1作『僕の村は戦場だった』 (1962年)は、きわめて見通しの悪い状況で生まれた作品であった。

この映画は、E・アバロフ監督で撮影が開始されていたが、撮影されたシークェンスの質が不良なので中止されたプロジェクトだった。

後に、やはり映画を救済しようという決定がなされて、タルコフスキーがその完成の責任を負った。

こんな状況であのような情緒的なインパクトをもつ作品を創造できたという事実は、映画監督としての彼の力量とヴィジョンの強さを証言するものである。

彼のものでない素材が混ざっているにもかかわらず、このフィルムは彼の子供といってもいいだろう。そして、彼のスタイルの紛れもない刻印を帯びている。

大人に早くならざるをえなかった幼い少年、最後には戦争によって殺された少年の運命を描いている。

タルコフスキーは、自身の子ども時代とイワンの子ども時代との見かけの平行関係を否定して、両者の共通点は年齢と戦争という状況にすぎないと述べている。

映画は、ヴェネチア映画祭で金獅子賞を受賞し、タルコフスキーの国際的な名声を一気に確立させた。


『鏡』 ( 1974ー75年)は、自伝的な要素を強くもち、親密な幻視の強度を有している。

伝えられるところでは、映画には実話でないエピソードが全くない。

それゆえに、『鏡』はタルコフスキーの最も個人的な作品であり、特にロシアでは、(その主観主義のために)厳しい批判にさらされることになった。

しかしながら、幼年期を描出するその驚異的な手法と、子どもの、魔法のような世界観は、タルコフスキーの全作品に横溢する暗示的な技法を理解する鍵を我々に提供している。

http://homepage.mac.com/satokk/petergreen.html

@僕の村は戦場だった

http://www.youtube.com/watch?v=OkzTfa6_9nQ
http://www.youtube.com/watch?v=RBhA5vkxW4k&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=raeSygQ6Gvw&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=BJ80Mh-G5is&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=FER7x80Vz9A&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=kFwsh6YJJdA&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=qarrhSAWXq8&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=-nGkfGYTxMk&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=dTamjSg8qUI&feature=related

http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000ECY5LO/ref=pd_lpo_k2_dp_sr_1?pf_rd_p=466449256&pf_rd_s=lpo-top-stripe&pf_rd_t=201&pf_rd_i=B00005G0YV&pf_rd_m=AN1VRQENFRJN5&pf_rd_r=0J9MPDJD7EKD9T6K8SX6

噂には聞いていましたが、これほどまでの傑作とは思いませんでした。すばらしい映画でした。

タルコフスキーならではの詩的な映像と、独ソ戦争の悲劇を現実的にとらえた対照的な映像が見事にコラボレートして、一歩間違うとおとぎ話のような陶酔感の中で迎える衝撃的なラストにうなってしまいました。


一人の半裸の少年が森にたたずんでいます。

蝶が舞い、その蝶を視線が追いかけるとカメラが蝶の視線のごとくふわっと舞い上がります。

ショットは変わって少年の前に一人の母親らしき女性。

うれしそうに駆け寄る少年。

次の瞬間、ぼろ小屋で飛び起きる少年。

実はこの少年はソ連側からドイツに潜入して情報を探るゲリラ兵なのです。ショッキングなオープニングに一気に引き込まれます。


湿地の中を必死で駆け抜けてソ連領に舞い戻ったところから本編が始まります。


戦場の場面がリアルに生々しく語られる現実と、少年が夢見るときにみる平和な頃の詩情あふれる映像の対比が実に効果的で、本当に美しい。

湿地の中を進む場面で水面に映る照明弾の光の動きの中で船をこいでいくショット、

少年が夢の中でみる母親が井戸の外で倒れたところに降りかかる井戸水のショット、

あるいは少年が愛らしい少女とリンゴを積んだトラックに乗っていく中で、リンゴが道にこぼれだし、馬が拾い食いするショット

などタルコフスキーならではのファンタジックな映像もふんだんに盛り込まれています。

すでに両親の行方もわからない少年イワンの親代わりは戦場の3人の兵士たちだった。そして、冒頭のゲリラ斥候を終えたイワンにその兵士は幼年学校へ行くように勧める。

しかし、それに反対し、再度斥候にでる。無事ソ連領に送り届けた兵士たち、しかしまもなく戦争は終結。

ドイツの収容所を制圧した兵士たちがそこでみたのはドイツ軍が捕まえたソ連からの斥候たちの処刑のリストファイルだった、そしてそこにはイワンの名が・・・・


処刑される寸前に見たであろうイワンの幻想は愛くるしい少女と一緒に浜辺を駆け抜ける場面でした。

タルコフスキーならではの映像美の世界とサスペンス色あふれるストーリー展開、そして悲劇的なラストに見せる切ない現実への警告。完成度の高い見事な作品でした。
http://d.hatena.ne.jp/kurawan/20100510


19 :無名画座@リバイバル上映中:2006/02/25(土) 18:52:48 ID:nrY8uN4r

原作は「イワンの少年時代」というタイトルですよね。

でも何だか皮肉な題だなあ。少年時代を少年のまま過ごすことも叶わず、
戦争によって踏みにじられ、大人にならざるをえなかったイワン。

回想シーンがあどけない笑顔を浮かべてたのに、現実のシーンでは微笑を忘れた
一切感情を押し殺した表情をしてたのが余計に哀しい。

25 :無名画座@リバイバル上映中:2006/03/09(木) 10:25:13 ID:za8+WElc
もし、記憶違いなら悪いけど少年のお母さんが腋毛生やしてたような・・・

26 :無名画座@リバイバル上映中:2006/03/09(木) 14:54:33 ID:pWzQBXUM
おっ、いいところに目をつけましたね。なかなか目ざといですな。
あのお母さんはどうも色っぽすぎていかんです、ハイ。



28 :無名画座@リバイバル上映中:2006/03/09(木) 21:33:09 ID:BSZv+BGP
いや、ほんとに。
少年の回想シーンとは思えないほど肉感的ですね。


『鏡』を観ててもそう思うんですが、

どうもタルコフスキーにとって母親というのは
そういう肉感的な存在としてイメージされるみたいです。

29 :無名画座@リバイバル上映中:2006/03/10(金) 21:02:41 ID:G7Eo1+60

母親役はイリーナ・タルコフスカヤ。

30 :無名画座@リバイバル上映中:2006/03/11(土) 13:38:57 ID:UEITlvEh

おそらくイリーナ・タルコフスカヤさんは監督の最初の奥さんではないかと。
(同姓同名でなければ、イリーナという奥さんがいたはず)

38 :無名画座@リバイバル上映中:2006/05/12(金) 17:13:15 ID:9534X0Wy
浜辺で母が手を振って立ち去ろうとするところ恐いぐらい。

48 :無名画座@リバイバル上映中:2006/09/03(日) 23:38:29 ID:VbWH5bGO
ラストの水はすごかった
http://mimizun.com/log/2ch/kinema/1139048950/

_______________

A アンドレイ・タルコフスキー 鏡 (ЗЕРКАЛО) 制作 75年 ソ連

http://www.youtube.com/watch?v=Ka6hX8OJrEs&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=Ox10yhzcfAI&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=s380-CKcsgs&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=QW2XI4qhDDU&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=_bw19Bh_fRw&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=0EEbDorbPDE&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=bLBIPnkeo84&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=S_o289djWXI&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=iv_OyCfGLqQ&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=ONX7TeIUQHE&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=--6OR08C3Ek&feature=related


http://www.amazon.co.jp/gp/product/B0002B575A/ref=pd_lpo_k2_dp_sr_1?pf_rd_p=466449256&pf_rd_s=lpo-top-stripe&pf_rd_t=201&pf_rd_i=B00005G0Z2&pf_rd_m=AN1VRQENFRJN5&pf_rd_r=1S6BEJVRJMZZGGXRREH0


「魂の映像詩人〜タルコフスキー」

「僕のみる夢は、いつも同じだ。

僕が40数年前に生れた祖父の家、それが必ず再現される。懐かしい場所だ。

そして白いテーブル・クロスの食卓がある。

家に入ろうとして入れない・・・、そんな夢を何度か見た。

薄汚れた丸太の壁やよく閉まらない扉などを見て、夢だなと思うことがある。

そういう時には妙に物悲しく、目覚めたくないと思ったりする。

時に何事か起きて、あの家も、周囲の林も夢に見なくなる

夢に現れないと、僕は淋しくなる。夢を待ち焦がれるようになる。

夢の中で僕は子供にかえり、幸せを感じるのだ。まだ若いからだろうか?」


『鏡』は、タルコフスキーの作品のなかで最も難解な作品かもしれない。

なぜなら、この作品に貫かれているのは監督の内省的な自伝的要素の強い作品になっているからだ。自分の内面を見つめることさえ難しいのに、人の内面に入るのは困難なことである。

物語は父と別れた母への思いと、同じように妻と子供たちと別れてしまった『私』の回想と夢で綴られる。

母が印刷工場で誤植かもしれないと大騒ぎした日に、同僚のエリザヴェータから身勝手だと責められる。

そして、主人公も妻から「あなたは自信過剰よ。自分が存在するだけで、家族は幸せになると思っている」と母に似たような非難をされる。

自己の存在があっての世界。自己の存在があっての他者。

そうした人と人の繋がりの感情の襞が、この作品では鏡を通して語られる。

作品の冒頭近く、風に揺らぐ草原の中を通りすがりの医者が母に語りかける。

「・・・ごらんなさい。自然も素晴らしい。草も木も感じたり、認識したり、理解するのです。・・・

われわれは走り回り、くだらんおしゃべりをする。自分の中にある自然を信じないからですよ。

世俗のことばかり忙しくて・・・」と。

内なる自然、それは『神』と同義語ではなかろうか。

人間としての良心。善悪や恥に対する認識。

『惑星ソラリス』でもそれらは同じように語られる。そして、スナウトに「人間に必要なのは鏡だ」と語らせている。

自己を見つめるための『鏡』、
自己の内面を時間と空間を飛び越えて映し出す『鏡』。

鏡に映った自己は虚像ではあっても、その内面の多くを物語ってくれる。そして、それは実像なのである。


スターリン政権下、誤植は命とりだったのである。

そのため奔走した母。それを攻める同僚。
観ているものには理不尽さを感じないではいられない。

それは、時代のゆがみの現れ、タルコフスキーのソ連政権に対する不信感の現われだったにちがいない。


ともあれ、この作品は言葉で表し難い。それは冒頭述べたとおりである。

しかし、タルコフスキー特有の映像。この映像を見ているだけで至福のひと時を感じてしまう。

また、感情の奥襞を言葉のやり取りでさらけ出していく手法はベルイマンを、夢のシーン、特に母がベッドから浮き上がるシーンや家の壁が崩れ落ちるシーンにはブニュエルの影響が認められる。


そして、作品の随所に現れる『水』と『火』のイメージは、次作 『ストーカー』を経て『ノスタルジア』で頂点に達する。

≪父の詩≫

「私は予感を信じない 

前兆を認めない 

中傷も毒も恐れない 

この世に死は存在しないのだ 

すべては不死だ 

すべては不滅で17歳でも70歳でも死を恐れる必要はない 

ただ現実と光あるのみ 

この世に闇もなく、死もない 

我々はみな海辺に出る 

不滅の海の広がり
 
我々は力をあわせて綱を引く
 
家というものも永遠だ 

私は好きなときに呼び戻し 

その時代に生き 家を建てる・・・

それゆえに今 我々は妻や子と祖父や孫と一つテーブルにいる 

もし私が手を挙げれば 未来もここに現れる 

光も永久に残るだろう
 
過ぎ去った日々を私は肩に積み重ねて 深い時の森を抜けてきた 

私は自らこの世紀を選ぶ・・・」


鏡《ストーリー》


私の夢に現われる母・マリア。

それは、40数年前に私が生まれた祖父の家。

うっそうと茂る立木に囲まれた家の前で、母・マリア(マルガリータ・テレホワ)はいつものようにもの思いに耽つていた。

一面の草原にたたずむ彼女に行きずりの医者が声をかけるが、彼女は相手にしない。


母は、たらいに水を入れ髪を洗っている。
鏡に映った、水にしたたる母の長い髪が揺れている。


息子≪私の少年時代≫・イグナートが家の中にいると、外では干し草置場が火事だと母が知らせに来た。

1935年のことだった。その年、父は家を出ていった。

私は突然の母からの電話で夢から覚め、エリザヴェータが死んだ事を知らされた。
彼女は、母がセルポフカ印刷所で働いていた頃の同僚だった。

私は母に、母の夢をみていたことを知らせる。

両親と同様、私も妻ナタリアと別れた。

妻は、私が自信過剰で人と折り合いが悪いと非難し、息子イグナートも渡さないと頑張っている。

妻のもとにいるイグナートのことは、同じような境遇にあった自らの幼い日を思い出させる。

赤毛の、唇がいつも乾いて荒れていた初恋の女の子のこと。

同級生達と受けた軍事教練のこと。それは戦争と、そして戦後の苦難の時代でもあった。

そして、哀れだった母のこと。

大戦中、疎開先のユリヴェツにいた時、母に連れられて遠方の祖父の知人を訪ねて、宝石を売りに行き、肩身のせまい想いをした時のことなど、彼にとって脳裏に鮮かに焼きついている幼い頃のことが思い出される。


母の負担になったかもしれない自分の少年の日々のことを思うと、私の胸は疾く。

イグナートが同じ境遇をたどっているのかも知れないと思うと、さらに私を苦しめる…


そして、夕暮時、母が遠くで見守るなか、広い草原を子供たちが年老いた母につれられて歩いて行く。
http://acusco.cocolog-nifty.com/higurasi/2008/07/post_20eb.html


アンドレイ・タルコフスキー・インタヴュー


―1985年3月、ストックホルム― 『鏡』に関して


Q. 『鏡』であなたはご自身の生い立ちを提示されました。どのような鏡をあなたは使われたのですか。


その鏡は、スタンダールの鏡のように、道中をたどる鏡ですか。それとも、その中に自分自身を発見し、それまで知らなかった自分自身について何かを学ぶことになった鏡ですか。

言い換えますと、この作品はリアリスティックな作品ですか、それとも、主観的な自動創造なのですか。あるいはもしかすると、壊れた鏡の破片を集めて、映画的なイメージの枠内に収めて、完全な総体を構成する試みなのでしょうか。


映画というものは、部分を集めて一個の総体にする可能性をいつも創造してくれます。

映画は結局、モザイクのように、切り離されたショットから構成されています。

色彩とテクスチャーの異なる個々の断片で構成されています。

ですから、断片の一つ一つはそれ自体では、無意味かもしれません。またそう見えることでしょう。

しかしその総体の中に収まると、断片が絶対に必要なエレメントになるのです。

個々の断片はその総体の枠内でしか存在しません。だから映画は、私にとって最終的な結果を見る目で考えぬかれていない、いかなる断片もフィルムに存在しない、存在し得ないという意味で、重要なのです。

個々の断片のひとつひとつは、まったき総体によって共通の意味にいわば彩色されているのです。

言い換えると、断片は自立した象徴として機能せず、ある独自の、唯一無二の世界の一部としてだけ存在するのです。

そういうわけで、『鏡』はある意味で私の理論的な映画観に最も近いものです。


ご質問は、どのような種類の鏡なのか、でしたね。

ええ、まず第一に、この映画は創作されたエピソードをまったく含まない私自身の脚本に基づいています。

エピソードのすべてが実際に私の家族の歴史のものです。そのすべてです。例外はありません。

唯一創作されたエピソードは、ナレーター、作者の病気です。

作者はスクリーンに映りません。


ところで、この非常に興味深いエピソードは、作者の精神的な危機、彼の魂の状態を伝えるために、必要だったのです。


ひょっとすると、彼は命に関わる病気なのです。

ひょっとするとそれが映画を作り上げるさまざまな回想を生み出す理由なのです。
死ぬ間際に人生の最も重要な瞬間の数々を思い出す人のようにです。

ですから、これは作者が自分の記憶に加えた単純な暴力ではありませんー私は私が欲するものだけを覚えているのですーそんなものではありません、これらは臨終の時の男の回想なのです。

自分の思い出すエピソードを良心の秤にかけているのです。

このように、唯一創作されたエピソードは、他の完全に真実である回想に必要な先行条件になったのです。


この種の創造、このように自分自身の世界を創造することがこの真実かどうか、そうお訊ねなのですね。

ええ、もちろん真実ですが、私の記憶に反射したものとしての真実です。

例えば、撮影に使われた私の子ども時代の家を考えてみましょう。

映画であなたが目にする家です。あれはセットです。

つまり、あの家は昔、私の家が建っていた全く同じ場所にもう一度建てられたのです。

あそこに残っていたものは、基礎すらなかった、かつてそこにあった穴ひとつでした。

まさにその場所に家がもう一度建てられたのです。写真から再建したのです。

これは私にはきわめて大切なことでした。

私が何らかの自然主義者になりたかったからではありません。

そうではなく、映画の内実に対する私の個人的な姿勢の総体がそれにかかっていたからです。

もし家が別物に見えたなら、それは私にとって個人的なドラマになったことでしょう。

もちろんこの場所で樹木はずいぶん生い茂りました。すべてが生え放題で、ずいぶん切り倒さねばなりませんでした。

しかし、私がママをあそこに連れて行くと、ママはいくつかのシークェンスに出ていますから、彼女はあの風景にひどく心を動かされたので、私は正しい印象が創造されたのだとすぐに分かりました。


こう思うでしょうね。なぜまた、過去を念入りに再構築することが必要だったのか、と。

それもまた、ただの過去でなく、私が覚えていること、そしてそれを私がどのように覚えているか、それを再現することが必要だったのか。

私は、いわば、内的で主観的な記憶のために特定の形式を探求しようとしたのではありません。

私は昔のままにすべてを復元しようと努めました。

つまり、私の記憶に固定されたものを文字どおり繰り返そうと努めました。
その結果は非常に不思議なものでした。私には何とも奇妙な経験でした。

観客の興味を引くために、関心を引きつけるために、観客に何かを説明するために、構成されたり創作されたエピソードは何ひとつない映画を私は作りました。


エピソードのすべてが、まさしく私の家族に関する、私の生い立ちの、私の人生の回想だったのです。

そして、それが実は非常にプライベートな物語であるという事実にもかかわらずーもしかすると、まさにそのためにー私は後でたくさんの手紙を受け取りました。

映画を見た人たちは「どうやってあなたは私の人生で起きたことが分かったのか」と訊いてきたのです。

これは非常に重要です、ある内的な意味で、非常に重要です。

これはどういう意味なのでしょう。

これは、道徳的で精神的な意味で非常に重要な事実であると私は言いたいのです。

なぜなら誰かが自分の真実の感情を芸術作品で表出するなら、それは他者にとって秘密のままであることはありえないからです。

もし監督や作家が嘘をついているなら、ものごとを人工的に作り上げているなら、彼の作品は完全に-

Q. 「洗練の極み」


そう。イタリアでは、cervellotico, troppo cervellotico と言う。

「人工的に、よく工夫されている」という意味です。

そんな仕事は誰の心も動かさない。

だから、作家と聴衆の間の相互理解は、それがなければ芸術作品は存在しないのですが、創造する者が誠実であるときにのみ可能なのです。

しかし誠実な作家が自動的に傑出した作品を生むという意味ではないですよ。

能力と才能が基本的な予備条件なのは確かです。

ただし、芸術家の誠実さが欠けていたら、真の芸術的創造は不可能です。

本当のことを言えば、何らかの内的な真実を言えば、必ず理解が得られると私は信じています。

お分かりになりますか。提示された問題がきわめて複雑でも、イメージのシークェンスが、作品の形式構造がきわめて複雑でも、創造者にとって根本的な問題はいつも誠実さなのです。

構造の点で、『鏡』は私の映画で全般的にもっとも複雑なものです?構造としてです。

個々に考えられた断片としてではなく、まさしく一つの構造としてです。
そのドラマツルギーはなみはずれて複雑で、内転したものです。


Q. 夢や追憶の構造に似ていますね。結局これは普通の省察ではありませんね。


ええ、これは普通の省察ではありません。そこには、そういう込み入ったものがたくさんあります。

自分でもよく理解できないものもあります。

例えば、母に出演してもらうというのが私にはとても重要でした

映画にイグナーツ少年が座っているエピソードがあります-イグナーツじゃない-何て名前だったけ?

 作者の息子、彼がだれもいない父親の部屋で座っている。これは現在です、今現在です。

この少年は語り手の息子です。その少年は作者の息子と、少年時代の作者自身の両方を演じています。

で、彼がそこにいるとき、ドアベルが鳴ります。

彼がドアを開けると、女の人が入って来て、「あら、家を間違えたようね」と言います。

家を間違えたのです。これが私の母です。

で、彼女はドアを開けるこの少年の祖母です。

しかしなぜ彼女は彼が孫だと分からないのでしょう。なぜ孫は祖母が分からないのでしょう。


さっぱり分かりません。つまり?

第一にこれはプロットで、台本で説明されていません。

第二に、私にもこれは明確でないのです。

Q. 人生のすべてが理解出来るわけでも、明確なわけでもありません。


そうですね、私にとって、それは?どう言えばいいのかな?

さまざまな感情の絆と折り合いをつけることなのです。

私にとって、母の顔を見ることがきわめて大切なことでした。

この映画は結局彼女についての物語なのです。

彼女は玄関を不安げに、何かおずおずと、入って来ます。

ドストエフスキーの流儀で、マルメラードフの流儀でね。
それから彼女は孫に言う。

「家を間違えたようね」

あなたはこの心理状態を想像出来ますか。

私にとって、このような状況に落ちた母を目にすることが大切だったのです。

混乱した時の、気後れした時の、恥ずかしがっている母の顔を見ることが重要だったのです。

しかしちゃんとしたサブプロットを作るには遅すぎると私は分かっていました。

なぜ孫を認知できないのか、明らかにしてくれるように脚本を書くにはすでに手後れでした。

目が悪かったからとか何とか、ね。それを説明するのは非常に簡単なことだったでしょう。

しかし私は自分に言い聞かせました。

何もでっちあげないぞ。


母にドアを開けさせて、家に入り、息子[原文のママ]を認知できないようにしよう。

少年は彼女がだれか分からない。

この状態で彼女は外に出てドアを閉めることになります。

それは、私にとりわけ身近な人間の魂の状態です。

何か不如意の状態。精神的に縛られた状態です。

これを目にすることが私には大切だったのです。

一種、辱められた状態の人間の肖像です。

おとしめられたという感じです。


これを、彼女の若き日のシーンと並べてみると、そうすると、このエピソードは私に別のエピソードを想起させます。

つまり、若いころにイヤリングを売りにあの医者のところに行きます。

彼女は雨の中で立っています。何か説明しています、何かについて話しています、なぜ雨の中でなのでしょう。何のためなのでしょう。

もしかすると、このような謎が何もなければずっと良いのでしょうね。

しかし全く説明のない、理解不可能なこのようなエピソードがいくつかあります。
で、私たちにはその意味を探る手がかりがないのです。


例えば、人々はこう言うでしょう。

「向こうに座っていて、少年にプーシキンがチャーダーエフにあてた書簡を読むように言うこの年配の女性はだれなのか?」

この女性はだれなのでしょう? アフマートワか??

だれもがそう言います。彼女は実際アフマートワに少し似ています。

横顔が同じなので、彼女を思い出させるのです。

あの女性を演じたのは、タマーラ・オゴロードゥニコワです。私たちの製作マネージャーです。

実際すでに『ルブリョフ』の製作マネージャーでもありました。

彼女は私たちの大の友だちで、彼女の姿は私の映画のほぼすべてに映っています。
彼女は私にとって護符のようなものでした。

この女性がアフマートワだと私は思いませんでした。

私にとって、彼女はある種の文化的な伝統の継続を表象する「彼方」からの人物でした。

彼女はこの少年を何としても、そうした文化的な伝統と結び付けようと努力しています。

文化的な伝統を、まだ若く、今この時代に生きている人間と結び付けようと努力しています。

これはとても大切なことです。

簡潔に言うと?それは、ある種の傾向、ある種の文化的な根っこなのです。

ここに家があります。

ここには、そこに住んでいる男がいます。作者です。

そしてここには、この雰囲気に、こうした文化的な根っこに影響を受ける彼の息子がいます。

結局、この女性がだれであるのかは、明確に指示されてはいません。

なぜアフマートワなのでしょう? 

ちょっと衒いすぎです。この女性はアフマートワではありません。

簡単に言うと、この女性はまさしく、時の、切れた糸を繕うのです。

シェークスピアの『ハムレット』の場合と同じです。

彼女はそれを文化的、精神的な意味で回復させるのです。

それというのは、近代と過去の時代との絆です。プーシキンの時代と、です。

もしかするともっと後の時代と、かもしれませんーそれは重要ではありません。

私がこの映画で獲得した非常に重要な、きわめて重要な経験は、私にとって同様に観客にとってもこの映画が重要であると判明したことでした。

私たちの家族だけの物語であって、それ以外ではありえないということはどうでもいいことです。

この経験のおかげで私は多くのことが見えるようになり理解したのでした。

この映画は、監督としての、こういってもいいなら芸術家としての私と、私の仕事が奉仕する人々との間に絆があるということを証したのでした。

そのためにこの映画は私にとってとても重要だと分かったのです。

なぜなら、私がそれを理解したとき、私が大衆のために映画を作っていないと誰も私に不服をならすことができないからです。

まあ後になってもいろいろな人がぐずぐず言いましたがね。

しかしそれ以来、私はそういう不服を自分に申し立てることができなくなりました。

芸術と実人生ーロシアの伝統


Q. あなたとご家族の人生はリアリズムが典型的に必要とするものに従って形成されていません。
あまり典型的な家族とは言えません。
おっしゃったように、観客は自分の人生が反映された映像をそこに見いだしたのですが。
あなたのご家族、あなたの家、最も身近な家族はあなたに何を与えてきたのでしょうか。
そして後になって、何があなたの芸術的で文化的な霊感の源になったのでしょうか。
この質問をするのは、ポーランドの観客はロシアの芸術家の生い立ちや背景を何も知らないからです。これは大きな特徴です。一方、西側の芸術家はしばしば生い立ちしか知らされていません。


それは正確ですが、不正確でもあります。ある意味で、正しいと言えば正しいし、正しくないと言えば正しくないですね。

生い立ちを何も知らないという意味で、ロシアの芸術家に関するあなたのご意見は正しくありません。もちろん、現代の芸術家と比較するなら、もしかすると正しいのでしょう。

しかし、私は自分自身と現在の芸術家との比較を考えたことは一度もありません。

私はいつも、19世紀の芸術家と自分が結びついていると感じてきました。

例えば、トルストイ、ドストエフスキー、この流れの作家たち、チェーホフ、ツルゲーネフ、レールモントフ、やブーニンを挙げるなら、彼らの生がどれほど唯一無二のものであり、彼らの作品が人生と、彼らの運命とどれほど密接に結びついていたかがお分かりになるでしょう。

もちろん、私が述べたことは、私が自分をソ連の60年、70年、80年代の、いわば、文化の流れから完全に除外しているという意味ではありません。そうではありません。

しかし私は革命後に突然巨大なギャップが出来たという意見には、原則的に反対です。

この深い溝は、ロシア文化の発達に新段階をもたらすために、意図的に創造されたものです。

しかし私は文化が真空状態で発達できるとは信じません。

貴重な植物を移植しようと努力することは出来ます。

その根を掘り起こして植え替えるのです。

しかし、枯れてしまうでしょう。何も生長しないでしょう。

だから、転換期の作家は自分の運命を非常に悲劇的に経験したのです。

革命前に作家活動をはじめて、その後も仕事を続けた作家たちです。

アレクセイ・トルストイ、ゴーリキー、マヤコフスキー、ブローク。
文字どおりのドラマでした。ブーニンも-。

これは何もかもがもう恐ろしいドラマです。アフマートワも-。他にどんな人がいたか、神のみぞ知るです。悲劇です。ツヴェターエワ-。何も得るものはなかった。

移植は不可能だった。移植はすべきではなかったのです。

文化にこんな恐ろしい実験をするのを許すべきではなかったのです。

こういう生体解剖は、精神を幽閉してしまうので、人体に暴行を加えるよりもさらに酷いことなのです。


プラトーノフを例に取りましょう。

彼は、言うなれば、ロシアにおけるソ連期の発達時代に完全に帰属しています。
また彼は典型的なロシアの作家です。

彼の人生もまた典型的なもので、彼の作品にくっきりと反映しています。
だからあなたのご意見は全面的に正しいと言うことは出来ません。

このような文脈で私のことを言うならば、古典ロシア文化と私との絆は私にとって非常に大切です。

この文化は当然連綿と続いて、今日に至っています。古典ロシア文化が死んだと私は思いません。

私は、人生と作品を通じてーもしかすると無意識のうちにーロシアの過去と未来の間をつなぐこの絆を現実化しようと試みる芸術家のひとりでした。

この絆をなくすことは私にとって致命的でしょう。それなしに私は生き続けることは出来ないでしょう。

過去を未来と結びつけるのはいつも芸術家なのです。

芸術家は或る瞬間に生きているだけではありません。

芸術家は媒体なのです、いわば、過去から未来への渡し守なのです。


ここで私の家族について何が言えるでしょうか。

父は詩人です。

彼は革命が起きたときまだ小さな子どもでした。

革命前に彼が大人であったと言うことは実際出来ません。それは全く正確ではありません。

彼はソ連時代に成長しました。1906年生まれですから、1917年の革命時には11歳でした。

まだ未熟な子どもです。しかし彼は文化的伝統をよく知っていました、教養がありました。

ブリューソフ文学研究所を卒業し、多くの、主導的ロシア詩人のほぼ全員を知っていました。

言うまでもなく、彼をロシアの詩の伝統から切り離して想像することは出来ません。

ブローク、アフマートワ、マンデリシュターム、パステルナーク、ザボロツキーの系譜から切り離して想像することは出来ません。

これは私にとってとても重要な事でした。或る意味で私はこのすべてを父から受け継いだのです。


私を育てたのは、私の両親、特に母です。

なぜなら父は私が3歳の時に母の元を去ったからです。

そういうわけで、私は実は母に育てられたのです。

詩人として父が私にどのように影響したのか、はっきりとしたことを言うのは難しいでしょう。

もっと生物学的な意味で、無意識のレベルで、私に影響しました。

もっとも私はフロイトの信奉者ではありませんが。フロイトにはちっとも感心しません。

ユングも又私の趣味ではありません。

フロイトは俗悪な唯物論者です。切り口が違うだけで、パブロフと同じです。

彼の理論は人間の心理を説明するひとつの可能な唯物論的異稿にすぎません。


父は私に何ら影響しなかった、内的な影響力を持たなかったと思います。

何もかもが概ね母のおかげによっています。

私が自分自身を見いだすのを助けてくれたのは母です。

映画でも私たちの生活状態がとても厳しかった、とても困難であったことがはっきりと分かります。

そういう時代でもありました。

まさにその時に、母は独り残されたのです。

私は3歳、妹は1歳半、母は私たちをずっと育ててくれました。

再婚もせず、いつも私たちと一緒にいました。

母は2度と結婚しなかった。

彼女は夫を、私の父を、一生愛していました。

彼女は並外れた女性でした。実際聖女でした。

最初母は生活に対して全く準備が出来ていなかった、全くです。

そして、この無防備な女性をとりまく全世界が崩壊したのです。

つまり、まず第一に2人の子連れだというのに手に職が何もなかったのです。

私の両親はブリューソフ文学研究所で勉強をしていましたが、そのとき母は妹を妊娠しました。

それで母は免状を何も持っていないのです。

教育を受けた女性として準備する時間が全くなかった。

彼女は文学で自分の才能を試しました。

私は彼女の文章をいくつか見たことがあります。

彼女を襲ったあのカタストロフィが起きなければ、母は全然違った形で自己実現が出来たでしょうね。

だから本当に家に資産がまったくなかったのです。

母は印刷所の校正の仕事をしました。そこで最後まで働いていました。

つまり、戦後も、ずっとです、退職するまでです。

どうやって母がやりくりできたのか、どうやってがんばり抜いたのか、どうやって身体がもったのか、私にはまったく理解できません-分かりません。

どうやって私たちに教育を受けさせることができたのでしょうか。

私はモスクワの美術造形学校を出ましたが、そのためには金がかかる。
どこからその金を捻出したのでしょうか。

私は音楽学校も出ましたし、先生からレッスンも受けましたが、それも母が払ってくれました。

Q. それは戦前ですね?

戦前と戦中と戦後です。

誰もが音楽家になるものだと思っていましたが、私はなりたくなかった。

とにかく、どうしてこんなことが可能だったのか、私には理解できません。

まあ、こう言う人もいるでしょう、何か財産があったんだ、教育のある一家の子どもだから、当たり前でしょう。

ーしかし、ここには当たり前のことは何もなかった。

私たちは文字どおり裸足で歩いていましたからね。

夏には全然靴を履かなかった。靴がなかったんです。

冬になると私はフェルトのブーツを履きました。

それで、母が外出しなければならないときには-私たちは-貧乏なんてもんじゃなかった。

赤貧でもまだ言い表せない。

まったく分かりません、母は-分かりません。

母がいなければ、私はこんなふうにはならなかったでしょう、言うまでもないことですが。

私が今あるのはすべて、母のお陰なのです。


そのために、母は私に非常に強い影響を及ぼしましたー影響という言葉でも足りないー世界のすべてが私にとって母と結びついているのです。

ただし、私は、母が生きているときには、そのことに本当には気づかなかった。

母が死んでから、母の死後に、私は突然そのことに気づいたのです。

それに、あの映画を作っているときでも、もちろん当時母はまだ生きていましたー私は映画のテーマを十分には理解していなかった。

私は自分自身を語る映画を作っていると思っていました。

自分の幼年時代、少年時代、青年時代を書いたオデッサ時代のトルストイのように。

映画を撮り終えたとき、この映画が私ではなく、母についての映画だと分かりました。

これはー私の見方から言うとー本来の理念よりもこのようにして相当高貴な精神のものになりました。この理念をかくも完璧に高貴なものにした変化は、映画の製作中に生じました。

つまり、映画は私と共に始まりました。

私があれらの回想の、いわば、眼なのですから。

しかしそれから、まったく異なることが生じました。

この映画に携わる期間が長くなるほど、この映画が何をテーマとするのか、私にははっきりしてきたのです。

Q. 映画館を出たとき、私はこの映画が一編の詩として作られたのだと思いました。
つまり、映画では不可能なものに思えたのですー親密な抒情的な独白であると。

そうかもしれません、私には分かりません。

私は当時形式について何も考えていませんでした。特別なものを考案するつもりはなかったのです。

私が追求していたのは、記憶における復活です。

いや正確に言うと、記憶ではなく、スクリーンに私にとって重要であるものたちが復活することでした。

一般に、最も重要なことはこの道をたどるということで、例えば、自分の想い出を構築するアラン・レネの道をたどることではなかった。

あるいは、現代文学から例を引くなら、ロブーグリエの道を採ることでなかった。
ロシアの芸術家にとって芸術創造の非常に重要な側面は、必ずしも、より美しいものを創造することではなく、道徳的な責任感であったのです。
http://homepage.mac.com/satokk/selfcriticism/illg.html


オルガ・スルコワ:タルコフスキー・インタビュー


映画を撮るとき、私は俳優と出来るだけ話をしないようにする。

俳優自身が自分の個々のシーンを全体との流れでやろうとするのに、私は強く抵抗します。

時には、直前のシーン、あるいはその直後のシーンとの関連でも、ダメです。

例を挙げましょう。

『鏡』の最初のシーンで、主演女優がフェンスに腰を下ろして夫を待ちながら煙草を吸うシーンでも、主役を演じたマルガリータ・テレホワが脚本の細部を知らないことを私は望みました。

つまり、夫が最後のシーンで帰ってくるのか、永久に去ってしまったのか、彼女は知らなかったのです。

彼女が演じている女性がかつて、人生の未来の出来事を何も知らずに、存在していたのと同じ様態で、彼女にもその瞬間に存在していてほしいという思惑があって、なされたのでした。

もし女優が主役の亭主が二度と帰ってこないと知っていたら、状況の絶望ぶりを演技で前もって表出させていたことは間違いありません。

あるレヴェルで、たとえ潜在意識でなしたとはいえ、私たちはそれを察知したことでしょう。

これから起きることを自分が知っていることを、それに対する自分の態度を露わにしたことでしょう。

そういう細部の知識は大きなスクリーンでは確かに隠しようがないからです。

この場面では、そういう細部を未熟なかたちでばらさないことが絶対に肝要でした。

だから、実生活で経験するのとまさに同じやり方でこの瞬間を経験することがテレホワには必要だったのです。

彼女はこのように、希望をいだき、不信に陥り、また希望を取り戻すのです。

「解決のマニュアル」に触れることはありません。


与えられた状況という枠組みの中でーこの場合、枠組みは夫の帰りを待つことにあるのですがー彼女は自分自身の個人的な生の何か秘密の一片によって生きざるをえなくなった。

幸運なことに私はそれについて何も知りませんがね。


映画芸術で最も重要なことは、俳優がその俳優に完璧に自然なやり方である状況を表出することです。

つまり、その俳優の肉体的な、心理的な、情緒的なそして知的な性格に照応した様態で、ある状況を表出することです。俳優がどのようにその状況を表出するかは、私とはまるっきり無関係です。

別の言い方をしましょう、私には俳優に何か特定のかたちを強制する権利はありません。結局、私たちは皆、自分の完全に独自のやり方で同じ状況を経験しているのです。この例外的な表出力こそ、比類ないものであり、映画俳優の最も重要な側面なのです。


俳優を正しい状態に置くために、監督は自分の内面でこの状態を明確に感知できなければなりません。このようにしてのみ、当面のシーンの正確な調子を見つけだすことが出来るのです。

例えば、よく知らない家に入って、前もってリハーサルしておいたシーンを撮影するのは不可能です。知らない人たちの住居になっている馴染みのない家は、私のキャストに何も意思疎通することが出来ないのは、言うまでもありません。

人間の経験可能で正確な状態こそ、映画の個々の特定のシーンで目指すべき核心的でかつ完全に具体的な目標なのです…テイクの雰囲気を決定する魂の状態、監督が俳優に伝えたいと思う主なイントネーション、これこそ大切なのです。

俳優はもちろん、自分自身の方法を持っていなければいけません。

例えば、すでに触れたように、マルガリータ・テレホワは脚本の全体像を知らなかった。

彼女は自分自身の断片化された部分を演じただけでした。

出来事の帰結や自分自身の役のコンテクストを私が明かすつもりがないと探り当てたとき、彼女はひどく困惑しました…

まさしく、このようにして彼女が直観的に演じられた部分のモザイクを生み出し、それを後に私が全体像にまとめ上げたのです。
http://homepage.mac.com/satokk/surkowa.html

アンドレイ・タルコフスキー 鏡

使われた音楽 バッハ「ヨハネ受難曲」
使われた意図 語ることによる受難


さて、今回取り上げる作品は前回に引き続きソ連の映画作家アンドレイ・タルコフスキー監督作品。

今回は「鏡」です。何でもタルコフスキー監督の中で一番「難解」な作品なんだそう。ただでさえ、「難解」と定評のある監督さんなのに・・・その中でも一番難解って・・・

この「鏡」という作品の最後のシーンで、バッハの「ヨハネ受難曲」が使われています。

実はマタイ受難曲も使われています。

タルコフスキー監督がマタイ受難曲を使った作品としては、彼にとっての最後の作品である「サクリファイス」や「ストーカー」もあり、これらについては以前に取り上げております。彼にとっても、色々と思い入れがあるんでしょうね。

しかし、この「鏡」では、マタイではなく、ヨハネ受難曲の方が目立つ使い方。だって最後のシーンでヨハネ受難曲が使われるわけですので、否応なしに注目することになる。

では何故に、この「鏡」ではタルコフスキー監督は、作品の最後という重要なシーンにおいて、お気に入りの「マタイ」ではなく、「ヨハネ」を使ったのでしょうか?


ちなみに、ここでこの「鏡」という作品のあらすじを・・・
と、行きたいところですが、ストーリーも何もあったものではありません。ダテに「タルコフスキーの中で一番に難解。」というレッテルを貼られているわけではないんですね。

タルコフスキーの記憶の中から様々なシーンが浮かび上がってくる・・・そのような構成です。


映画の中の様々なシーンの中で、作品の最後のシーンは、キリストの受難のイメージが特に顕著ですよね?

ご丁寧に十字架までかかっている。

おまけに主人公の母親(ご丁寧にマリーアという名前)が、2人の子供の手をつないで歩く。

映画での2人の子供は主人公とその妹のようです。


しかし、このとき観客はマリアとキリストとパプテスマのヨハネの組み合わせを連想します。

パプテスマのヨハネとイエス・キリストは親戚にあたります。

ヨハネのお母さんのエリザベツはイエスのお母さんのマリアと親戚で、お互いの妊娠中も一緒に暮らしていた間柄。よくいう言い方ですと、「生まれる前からの友達」ってヤツです。

だからマリアさんにしてみても、「親戚のヨハネちゃん」くらいの感じなんでしょう。

このマリアとキリストとパプテスマのヨハネの関係は、作品中ではレオナルド・ダ・ヴィンチの聖母子の絵で予告されています。

将来において、わが子に降りかかる受難をわかっているマリアが、赤子のキリストを抱きしめようとするシーンを描いた有名な絵です。

そこにはパプテスマのヨハネも描かれています。絵画を使うことによってラストシーンを予告し説明しているわけです。


あるいは、雪の中で主人公の少年に小鳥がとまるシーン。

このようなシーンは、キリストがヨハネから洗礼を受けた際に、鳩がキリストにとまったエピソードを思い出しますよね?

タルコフスキー監督の映画「鏡」において、母親マリアが自分の子供の手をつないで歩くラストシーンは、まさに「キリストとマリア」の「鏡」になっているわけです。


この「鏡」という作品は、実に多くの「鏡」となっている。

作品中では、主人公とその父親の間の共通性を強調しています。

主人公とその父親は「鏡」を挟んで向かい合っている状態。

似た容姿の妻。

本人は同じように芸術家。

同じように妻とは不和。

あるいは、レオナルド・ダ・ヴィンチだって、タルコフスキーにしてみれば、芸術家同士という「鏡」をはさんだ状態。いわば、同族意識ですね。

また、ダ・ヴィンチとタルコフスキーも母親の愛への渇望を共通して持っているといえるのでは?

そして、「始めに言葉ありき」の福音書のヨハネに対する同族意識もあるようです。

芸術家として「語る」こと。

そして「受難」。


「語ること」からの受難は、何も、ソ連の問題だけではありません。
いかなる政治体制でも起こっていることです。
だって本当の問題は為政者ではなく大衆なんですから。

それこそ、旧約聖書の時代から、「語った」人は、受難になったでしょ?

にもかかわらず芸術家は「語らないといけない。」存在である。つまり受難は不可避なんですね。


「語る」ことの難しさで、政治に関わることは、最初の方のシーンで出てきます。
主人公の母親が、「検閲に引っかかりそうな言葉を削除しそこなったかも?」と大慌てするシーンですね。


しかし、誰でもわかるシーンは映画の冒頭。

催眠術によって治った吃音者が「私は話すことができます!!」と喜ぶ冒頭。

そのシーンからは、「困難の中」から話すことの喜び・・・つまり芸術家として表現することの喜びが感じられますよね。


しかし、冒頭は「表現する喜び」ですが、ラストは受難のシーン。

「初めに言葉ありき。」のヨハネであり、芸術家肌のヨハネ。

この福音書のヨハネも、タルコフスキーにしてみれば、芸術家同士の同族と言えるわけです。


ヨハネ受難曲の流れる中、十字架を背景にマリアに手を引かれ進んでいく。
2000年前のキリストの受難も、タルコフスキーの受難の鏡といえそうです。

この「鏡」という作品。タルコフスキー監督の様々な自画像が展開されている作品といえそうです。

つまり様々な「鏡」に彩られているわけですね。タルコフスキー監督個人の「鏡」であるとともに、芸術家全般の「鏡」となっているわけです。


「語る」芸術家は「受難」は避けることができない。

神の意思は本人とは無関係にやってくる。


映画の中で数多く登場する草原の草が揺れるシーン・・・これは神がやってくる意味でしょう。


映画における主人公の父親は、神を意味している。

父親に抱かれること、それは神に召し上げられること。

これこそが芸術家誕生の瞬間であり、受難の始まりとなる。


小屋の炎上、原子爆弾、文化大革命、そしてマタイ受難曲の「そのとき大地が割れて・・・」というフレーズ・・・現在の世俗的安定の崩壊のイメージが顕著です。


だからこそ世界には芸術家の聖なるものが必要であり、芸術家は「語らなければならない」。


しかし、それは芸術家の受難につながっていくわけです。

「初めに言葉ありき」のヨハネで終了するこの映画、そのラストのシーンは「言葉ありき」ということで、最初のシーンの「私は話すことができます!」のシーンに回帰して行く・・・

芸術家の受難はかくも終わりなきものと言えそうです。
http://magacine03.hp.infoseek.co.jp/old/04-06/04-06-29.htm


05. 2010年8月05日 22:02:26: MiKEdq2F3Q

Bアンドレイ・ルブリョフ 1967年/モスフィルム製作


http://www.youtube.com/watch?v=7-Pd9kKoY0A
http://www.youtube.com/watch?v=3l5ndBAmDaw&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=mgV3bbaHOeU&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=u_UxScT-l94&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=DHUQErOCOFw&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=daMCJke4ak4&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=aV_0NI3d0HQ&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=5IdltwQDPCM&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=zGx9S4izrdM&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=_c46DsKafpc&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=bvMn8W6jMBg&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=6hP53z291Ko&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=1om6CxEMOr0&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=gn5kE1bFCr0&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=z1PSyFc8PJI&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=jjM76hai5jc&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=YItpqVCasdw&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=OskK6ul2o8s&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=tbcX0XzsHW4&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=PoySsc1XhYk&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=bFsBgvuTJRw&feature=related

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アンドレイ・ルブリョフはキリスト教のあり方に疑問を持ちます。

先輩画家からは、愚かな人間たちなどどうでもいいじゃないか、画は神のために描くものだと諭されます。

先輩画家は、愚かな人間たちの上にはもうすぐ最後の審判が下るぞと言います。

しかし、アンドレイ・ルブリョフは先輩画家の言葉に納得ができないのです。

アンドレイ・ルブリョフはモスクワ大公から依頼された修道院の壁画「最後の審判」を描くことができません。


そんなある晩、アンドレイ・ルブリョフは異教徒の祭りに迷い込みます。


すでにキリスト教化していたロシアでは、アニミズム信仰を持つ人びとが異教徒と呼ばれて、教化の対象になっていました。

森の奥から響くざわめきを聞きつけたアンドレイ・ルブリョフは好奇心に勝てずにひとりで奥へ奥へと進んでいきます。

裸の女たちが松明を持って川に飛び込んでいました。

アンドレイ・ルブリョフは異教徒の祭りを垣間見ます。

小屋の中では、ひとりの女がはしごをのぼっては飛び降りてを繰り返しています。

女が飛ぶごとに着物がはだけて女の裸体がちらつきます。

アンドレイ・ルブリョフがそんな光景に見とれていると、男たちに「黒い悪魔がいたぞ」とつかまって小屋の中にひきずりこまれて縛られてしまいます。


アンドレイ・ルブリョフは、

「何をする、やめてくれ、お前たちは、最後の審判が恐ろしくないのか」

などと口にします。

小屋の中にはアンドレイ・ルブリョフと女が残りました。

翌朝、アンドレイ・ルブリョフはうしろめたそうな顔をして村をあとにしました。
全裸の女がうるんだ瞳でアンドレイ・ルブリョフのうしろ姿を見送ります。

異教の女マルファとの会話

マルファ
なぜあなたは頭を下にしたいの?
気分がもっと悪くなるのに。
なぜあなたは天の火でわたしたちを脅すの? (ルブリョフが「最後の審判」を口にしたことへの反感)


ルブリョフ
裸になって君たちがしようとしていることは罪なのだ。


マルファ
何の罪ですって?
今夜は愛しあうための夜なの。
愛しあうのは罪なの?

ルブリョフ
こんなふうに人を縛り上げるのは愛なのか?


マルファ
あなたが他の修道士をよぶかもしれないからよ。
あなたの忠実さをわたしたちが受け入れることを強制しようとする人たちよ。
あなたは恐怖の中で生きることが容易なことだと思っているの?


ルブリョフ
君は恐怖のなかで生きている、なぜなら君が知っているのは愛ではなくて獣欲なのだ。
魂のない肉欲、しかし愛は兄弟愛のようであるべきだ。

マルファ
すべての愛は同じではないの?
ただの愛なのよ。


マルファはルブリョフに近づきキスをする。
 
http://foonenbo.asablo.jp/blog/2010/03/21/4962351


アンドレイ・ルブリョフの代表作とされるばかりでなく、ゾートフによれば 「中世ロシア・ルネサンス美術の最高傑作である」 とされるイコン画、『三位一体 (トローイツア)』 を見ると、そこには 輝くような平和な光と、透明感あふれる 慈愛の気分が満ちている。

それは 彼よりも 1世紀前のイタリアの画家・ジョットーが パドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂や アッシジのサン・フランチェスコ聖堂に描いた、心を洗うような清澄な壁画を髣髴とさせよう。

それなのに、映画の中のルブリョフは、なぜこんなに暗いのだろうか。

 「フェオファン 1405年」 で描かれるエピソードは、ノヴゴロドのスパース・プロブラジェーニエ聖堂の フレスコ画を描いた画家、フェオファン・グレーク (1350頃-1410頃) の助手を ルブリョフが勤めた、という史実にもとづいている。

フェオファンとは 名前が示すように もともとギリシア人 (グレーク) であり、本来はテオファネスという。 ジョットーにとっての師・チマブエにも相当するフェオファンは、コンスタンチノープル (現在のイスタンブール) からロシアにやって来て、ビザンチン絵画の技法をロシアに伝えた。

ルブリョフは 彼の壁画制作に協力しながら、写実的であるよりは象徴的な その方法を身につけ、さらに それをロシア化する。

 その天上の世界のような 清らかで純粋な感覚表現によって、ルブリョフは中世ロシア最高の画家と讃えられるようになるのであるが、映画の このエピソードは まだルブリョフがフェオファンの助手となる前を描いている。


 ルブリョフの競争相手でもあった修道士 キリールが フェオファンのアトリエを訪ねる場面がある。

彼が モスクワの街を歩いていくと、その背後で 「おれは無実だ!」 と叫ぶ男が 無理やり断頭台に かけられようとしている。

その騒ぎを家の中で聞いたフェオファンは、

「やめなさい、一体いつまでその男をいじめるつもりだ。
あんたたちも 彼に劣らず罪人なのに、裁くとは恥知らずだ」 

と、窓から叫ぶ。

映画全体のストーリーとは関係のない、こうした場面を挿入するというのが、この映画全体の手法であって、この場面ひとつでも 当時のソ連支配層 (スターリニストたち) の禁忌にふれただろうことは 容易に想像できる。

 さて、フェオファンは職業的な画家であったから 宗教に対して自由であったが、ルブリョフは修道士としての画家であったから、画家である以前に 宗教的な倫理に従わねばならない。 タルコフスキーは そこに 屈折した魂の軌跡を想像して、そうした彼の苦悩を この映画の根幹にすえた。


 次のエピソード 「アンドレイの苦悩 1406年」 において、民衆とは いかなるものかについて、ルブリョフとフェオファンに議論をさせるのである。

フェオファンは、「人間は忘れっぽい動物だ。 過去の失敗を忘れて悪行をくり返している。 進歩なんてものは全然ない。 イエスが再臨しても、また磔 (はりつけ) にするだろう」 と言う。

 ルブリョフの脳裏をよぎるのは、十字架を背負い 押しつぶされそうになりながら ゴルゴタの丘を登っていく イエスのイメージである。

ユダヤの民衆にも 弟子にも裏切られて、雪のロシアで磔刑につくイエスの映像は、ルブリョフの晴朗な 『三位一体』 のイコン画と比べて、いかにも沈鬱である。

民衆は 「みんな同じ愚かな仲間なんだ。 悪は至る所にある。 わずかな金で裏切る人間もいる。 大衆は災難続きだ。 それでも彼らは黙々と働いている。 不平も言わず、十字架を背負って歩いているんだ。 イエスは死を選んだ。 それは人の世の残酷と不正を教えるためだ」 とルブリョフは言う。

 そして映画は 「襲来 1408年」 のエピソードで、モスクワ大公兄弟の争いに乗じて攻め込んだタタール軍による、ウラジーミルの襲撃と殺戮を描く。

後にゲルツェンの流刑地となる ウラジーミルの町である。

"タタール" とは、中国では韃靼人と呼ばれた モンゴル系の遊牧民で、彼らは 14、15世紀にたびたびロシアを攻撃し 支配した。 このタタール族に蹂躙された時代を、ロシア史では "タタールのくびき" と呼ぶ。

ウラジーミルの町は焼かれ、大公と市民が たてこもるウスペンスキー大聖堂も破壊されて、暴行と殺戮が行われる。

 その時、犯されそうになった白痴の娘を助けるために、ルブリョフは斧で一人の兵士を殺めてしまう。
しかも その兵士はタタールではなく、タタールと結んだ大公の弟軍のロシア人同胞、キリスト教徒だった。



 戦のあと、廃墟のようになったウスペンスキー聖堂で、亡霊として現れたフェオファンに ルブリョフは言う。

「私は決心した、私は絵を捨てる」 と。

なぜ、との問いに、人を、ロシア人を殺めたからだ と答える。

フェオファンは

「悪は 人間の形でこの世に現れる。
だから 悪を倒すための人殺しもあるさ。
神は許して下さるだろう。
だが 己を許すな。 罰しながら生きるのだ。
すべきことは、聖書にあるとおりだ。

"善をなすことを覚えよ、真実を探せ。
悩むものを救え、孤児にやさしくせよ。

そうすれば、お前の罪は軽くなるだろう。
罪に汚れたその身も、雪のように潔白となろう" と書いてある」

と言って、自分に厳しくなりすぎないよう 求める。

しかしルブリョフは きかず、「許しを乞うために、無言の行に入る。 これからは 一切口をきかない」 と答える。 その無言の行の実践を描くのが、映画の次のエピソード 「沈黙 1412年」 である。

 この寓意は何だろうか?

私には、戦争中の林達夫 (1893-1984) の "沈黙" が思い出されるのである。

国家が 太平洋戦争の総力戦へと突き進むにつれて、かつての社会主義者はおろか、自由主義者でさえも大政翼賛会に身をゆだねて、"神国日本" が "鬼畜米英" を倒すのだと 戦争を謳歌するとき、正気のある人間だったら、沈黙するほかはない。

当時、林達夫がマイナーな雑誌の片隅にわずかに書き残した文章は、こう語っている。


 こうして私は、時代に対して 完全に真正面からの関心を喪失してしまった。

私には、時代に対する発言の大部分が、正直なところ 空語、空語、空語! としてしか感受出来ないのである。

私は たいがいの言葉が、それが美しく立派であればあるほど、信じられなくなっている。

余りに見え透いているのだ。 私は、そんなものこそ有害無益な "造言蜚語" だと、心の底では確信している。 救いは絶対に そんな美辞麗句からは来ないと断言してよい。  (「歴史の暮方」)


 友人だとばかり思っていた学者や知識人が、軍国主義になだれ込んでいく。
数年後に戦争に負ければ、たちまち手のひらを返して "平和主義者" になる連中なのだが。

 私は あまりにペシミスティックなことばかり 語ったかもしれない。 だが、正直のところ、哲学者ならば、プラトンのように ユートピアを書くか、ボエティウスのように 『哲学の慰め』 を書くかする外には手がないような時代のさ中にあって、威勢のよいお祭りに、山車の片棒かつぎなどに乗り出す気などは 一向に起こらぬ。 絶壁の上の死の舞踊に参加する暇があったなら、私ならば エピクロスの小さな園を せっせと耕すことに努めるであろう。 これは現実逃避ではなくして 生活権確保への 行動第一歩なのである。  (「新スコラ時代」)


 戦争中、彼は庭造りに精をだしたが、言論人としては 全く沈黙した。
それが本当の 知識人の良心というものだ。
戦争中の日本の建築家たちが どのような発言をし、どのような図面を書いたかは、今度の藤森照信の 『丹下健三』 に詳しく書かれている。

文化人たちが 良心を裏切って権力に迎合する そうした状況は、帝政ロシアの時代にもあった。
そして、革命後のスターリン・ロシアの時代には一層、そうであった。
タルコフスキーは、それを中世におけるイコン画家の行為によせて、シンボリックに描いたのである。

この映画には、中世の時代に見せかけながら、ソ連の窒息しそうな社会体制に対する批判が 至るところに込められている。
そう、これこそ ゲルツェンの仲間の歴史家・グラノフスキーの方法だったである。


 ルブリョフはフェオファンに問う、

「こんな時代が 一体いつまで続くんだ?」 と。

フェオファンは、「分からん、永遠にだろう」 と答える。

ロシアの暗黒の中世も、近世の帝政時代も、そして近代のソ連邦の時代も、さらにまた 我々が生きる現代も、歴史は永遠に繰り返し続ける。

歴史家グラノフスキーは モスクワ大学公開講座で、暗い中世を論じながら、それを 19世紀の帝政ロシアと重ね合わせて、黙示的にツァーリズムを批判した。

タルコフスキーは 『アンドレイ・ルブリョフ』 において、中世ロシアと帝政ロシアと、さらに 20世紀のソヴィエト・ロシアとを重ね合わせて描いたのである。


 この映画が ソ連で上映禁止になり、5年もの長きにわたって お蔵入りしたのは 当然のことであったと言える。 言論を抑圧する側を 最も刺激したのは、おそらく冒頭の 「プロローグ」 であったろう。

これもまた 本編の筋とは何の脈絡もなく挿入されている 幻想的なエピソードである。


 川に面した とある古い聖堂に、追手の追撃を逃れてきた男が着くと、すでに用意されていた熱気球に乗って、聖堂の屋上から 空中に飛翔するのである。

驚愕した人々が見守る中で、何者とも知れぬ "飛ぶ男" は、「俺は飛んだ、俺は飛んでいるぞ」 と歓喜の叫び声をあげる。

しかしそれも束の間、まもなく気球は破れ、男は地面に墜落して崩れ去るのである。


 人は 抑圧の現実世界を脱して、自由の世界へ飛翔しようと夢見る。

しかし 現実の絆や権力による束縛は強く、自由は容易に得られない。

たちまちのうちに 包囲網にからめとられ、沈黙させられてしまう。

事実 タルコフスキーは、この映画をつくったことによって、その後の 5年間を沈黙させられたのである。

ソ連では 映画はすべて官製であったから、当局の許可がなければ映画を撮ることはできない。

フルシチョフによるスターリン批判 (1956年) があっても、強固な体制は簡単には変わらない。 "飛ぶ男" のシーンは、タルコフスキーによる "内面の叫び" のような 体制批判だったろう。


ロシアは デカブリストの乱以来、絶えず改革運動がつぶされて 抑圧の重みに押しつぶされてきたから、ロシアの文学、芸術には 常に悲劇性がつきまとう。

ロシア文学に登場する人物たちには、というより ロシアの芸術家たちには、しばしば 人類の苦悩を一身に背負っているような趣がある。

トルストイもそうであったし、ドストエフスキーも、画家のイワーノフもそうであり、そしてタルコフスキーもまた その最後の作品となった 『サクリファイス』 において、そうであったように見える。


 ところで、『アンドレイ・ルブリョフ』 の飛翔シーンの舞台となった聖堂は、落合東朗の 『タルコフスキーとルブリョフ』 (1994年、論創社刊) にも書いてないのだが、ウラジーミル郊外の ボゴリューボヴォにある、「ネルリ河畔のポクロフ聖堂」 (1165年) である。

初期ロシア建築の傑作と うたわれている珠玉の聖堂だが、さらにまた不思議なことには、『ロシア建築案内』 にも この聖堂は紹介されていない。

 このネルリ河は雨季に増水して、聖堂の敷地は小さな島のようになる。
水面に姿を映す白亜の聖堂は、小規模ながら凛とした気品をたたえている。
きっとタルコフスキーは、ロシアの古典建築の中でも、とりわけこの聖堂が好きだったのだろう。
映画では "飛ぶ男" から見た、聖堂の高い位置の壁面彫刻も写されている。

 しかしながら、この映画で誰もが一番感動するのは、最後のエピソードであろう。 そのタイトルは 「鐘 (コロコル)」 という! 

あの日、映画を見ていて、このタイトルが出てきた時、私は思わず ゲルツェンの 「鐘 (コロコル)」 誌 を連想したのである。

 モスクワ大公は 新しい聖堂のために、鐘造りの職人を さがさせた。
ところが 疫病によって職人の親方たちは 皆死んでしまっていた。
しかし 鋳物師の息子だった少年・ボリースカは、自分は父親から 鐘造りの秘密を教わっている、と嘘をついて、鐘造りの責任者の地位を獲得する。

嘘がばれたら どうしよう という恐怖心と戦いながら、彼は必死で鋳型に使う 特上質の粘土を探し、大勢の職人たちに采配を振るって鋳型を造り、十分な量の銅と銀を用意させ、ついに火をいれて流し込む。

 奇妙なことに、このエピソードでは 少年・ボリースカが主人公であって、ルブリョフは脇に退いてしまう。 無言の行を続けているルブリョフは、時々傍らから 気遣わしげに ボリースの悪戦苦闘を見守っているだけだ。

 ようやく 鐘は ひび割れもせずに できあがり、鋳型をはずすと、大公や外国の使節たちが訪れ、その衆目の前で鐘を吊り上げて、初めて鳴らしてみせる時が来る。 この大鐘を吊り上げるには 巨大な足場を組み、四方八方にロープを張って、大群衆が力をあわせて引く。

しかし外国の賓客は、「聖母マリアに誓って言うが、この鐘は鳴らんよ。 これは鐘などと言えるものではない」 とつぶやく。

 誰もが 不安の気持で注視する中、撞木を振って打ち当てると、鐘は 堂々たる音を立てて、みごとに鳴るのである。 激しい緊張感が破れるとともに 感極まった少年は、野に倒れこんで泣きじゃくる。

その時ルブリョフが現れて、父親のように少年を抱え起こし、初めて沈黙を破って、「泣くな」 と言う。

 ボリースカは 「父さんは 秘密を教えてくれなかった。 ひどい親さ」 と言いながら 泣き続ける。

ルブリョフは、

「立派にできたじゃないか。 何を泣くんだ、祝うべき日だぞ。 さあ、もういい、元気を出せ。 もう泣くな、私と一緒に行こう。 私もまた絵を描く。 お前は鐘を造れ」

と声をかけ続ける。 画家、アンドレイ・ルブリョフの復活である。

 ここで不意に画面はカラーとなり、「エピローグ」 として、ルブリョフが描いた イコン画のディテールを なめるように映し出していく。


 こうして映画を見終わった時、私は、この監督は必ずや ソ連から亡命するだろう と直感した。

これほど批判精神に満ち、自由への希求を持ち続ける芸術家が、いつまでもソ連にとどまっていられるわけもない、と思ったのである。 タルコフスキーは、まさに映画上の ゲルツェンだと思われた。

 たとえば、この最後の 鐘のエピソードが いかに感動的であろうと、映画全体の筋から言って、いかにも唐突である。

アンドレイ・ルブリョフの生涯を描く上で、不可欠のエピソードであったとは、とうてい思えない。

タルコフスキーがこのエピソードを 強引に最終章にいれたのは、鐘を鳴らせたかったのではないか。

ノヴゴロドの "自由の鐘" を。 ゲルツェンが ノヴゴロドの鐘を鳴らせようと 「コロコル」 誌を発行したように、タルコフスキーは鐘を鳴らし、民衆 (ナロード) をして、空を飛ばせたかったのではないだろうか。

 また、この映画を あらためてDVDで見て、私は思う。

そもそも タルコフスキーは アンドレイ・ルブリョフという 一芸術家の生涯を描きたかったのだろうか?

ゾートフが言う "ロシアの真の芸術的天才のシンボル" であるところの ルブリョフの生涯を?

彼は公式には そのように語っている。
しかし、それにしては ルブリョフの芸術家としての主張や創作過程は ほとんど描かれていない。

映画の最後にルブリョフの作品群が、突然カラーになって映し出されるのも、とってつけた感じがしないであろうか?

 タルコフスキーが描こうとしたのは、なによりも、人間の尊厳や 言論の自由を圧殺する ソ連の体制への批判だったのではないか。

ゲルツェンが 生涯をかけて帝政ロシアを批判し、人間の自由と尊厳を回復しようとしたように。

それだからこそ、この映画は当局によって 上映禁止にされたのである。


 タルコフスキーがソ連を出たのは、私の予想よりもずっと遅かった。

それは、私がこの映画を見た 8年後の 1982年で、イタリアで 『ノスタルジア』 を撮るためだった。

ゴスキノ (国家映画委員会) による攻撃のせいで、「20余年間 ソヴィエトの映画界にいて、およそ 17年のあいだ 絶望的な失業状態にあった」 というのは、まさに流刑中の建築家 ヴィトベルクのような思いであったろう。

『ノスタルジア』 を撮り終わったあとも 彼はロシアには帰らず、1984年に事実上の亡命宣言をする。

 もしも タルコフスキーが その 2年後、54歳の若さで死ぬ というようなことがなければ、1991年のソ連崩壊にも立会い、祖国に戻ることが あったかもしれない。

しかし ゲルツェンと同じように、窒息状態のロシアを去ったあと、ロシアの大地への大いなる愛を抱きながらも、彼は 2度と再び祖国の土を踏むことは なかったのである。

 しかし、ロシアに いたたまれなくなって ヨーロッパに亡命していながら、ヨーロッパにもまた絶望せざるをえなかった心情がまた、ゲルツェンとタルコフスキーに共通であろう。

亡命宣言の後、二人とも 2度とロシアの地を踏むことはなかったが、しかし ヨーロッパに安住の地を見出したわけではなかった。 彼らの心は たえず祖国 ロシアに向けられていた と言っていい。

 中国の文学者・巴金 (1904-2005) は "文化大革命" 時に批判され 暗黒の時代を生きたが、その間 ただひたすら ゲルツェンの 『過去と思索』 を読み、訳しながら耐えたという。

ソ連で、映画を作ることを妨げられて 長い不遇の時を過ごしていた タルコフスキーもまた 『過去と思索』 を読み、国家によって作品の実現を妨げられた ヴィトベルクの生涯に 自己を重ね合わせていたのではないだろうか。 それが 『アンドレイ・ルブリョフ』 の構想のもとになったのではあるまいか、と思われてならないのである。
http://www.asahi-net.or.jp/~wu3t-kmy/4_rublyov/rublyov.htm


06. 2010年8月06日 23:21:43: MiKEdq2F3Q
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惑星ソラリス 1972年


http://www.youtube.com/watch?v=FkGEOZ02Db0
http://www.youtube.com/watch?v=P1ATdxtEkzU&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=GYozMk5qhf4&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=jgp25TMEFFA&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=KjFXmbEm32k&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=fEX2X9JFrsY&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=QgT8mBBzm0w&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=9AMbRYji3Kw&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=Z_3P2-I4HK8&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=roGPZso4wlc&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=11Sx7Vfj_Yw&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=nyOJar5zsrc&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=xI6mb5nPh-c&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=I4raHpDdav0&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=VpA5w8qkkWU&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=IJvjuwdoQ04&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=8Fjom7ODYMA&feature=related


http://www.amazon.co.jp/%E6%83%91%E6%98%9F%E3%82%BD%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%82%B9-DVD-%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC/dp/B00006RTTR/ref=pd_sim_d_1


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ノスタルジア 1983年


http://www.youtube.com/watch?v=IU1gNassY04
http://www.youtube.com/watch?v=KrmsCdaZb7Y&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=Qvwei4WvMDM&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=Z5CZhY4S8Nk&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=0uXHCiueZ2w&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=739uYeCImyA&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=kyc9w8tYmM0&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=g5BSEaHnbJg&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=Mv1dZKIFEgY&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=8eRKKgDiQLM&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=hS0M0YZd9G4&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=kLZB8PDYaZU&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=JWNVhaATCKI&feature=related


http://www.amazon.co.jp/%E3%83%8E%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%82%A2-DVD-%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC/dp/B00006S25R

サンガルガノ大聖堂の廃墟
http://www.lit.kyushu-u.ac.jp/~adachi/sangalgano.htm


07. 2010年8月07日 19:22:12: MiKEdq2F3Q

アンドレイ・タルコフスキー・インタヴュー

『アンドレイ・ルブリョフ』に関して

私は、アンドレイ・ルブリョフ、15世紀の偉大なロシアの画家の映画を作りたいのです。

私は、創造者の人格と彼が生きた時代との関連に興味があります。生まれ持った感受性のおかげで、画家は自分の生きる時代のもっとも深い意味を理解し、この意味を全き形で提示することができます。この映画は歴史映画でも伝記映画でもありません。

私は画家の芸術的な成熟の過程と、彼の才能を分析する過程に、すっかり魅了されています。

アンドレイ・ルブリョフの作品は、ロシアのルネサンスの頂点を記録しています。
ルブリョフは私たちの文化史でもっとも傑出した人物のひとりです。
彼の人生と芸術はけたはずれに豊かな素材を含んでいます。

台本づくりに着手する前に、私たちは歴史資料とスケッチを研究しました。
もっぱら、映画で見せることができないのは何かを決定するためにです。
たとえば、私たちは時代様式に、つまり、衣装や風景や言語に、限られた興味しか持っていません。

映画での出来事が実際に15世紀に生じているなと思わせようとして、歴史的な細部にこだわると、観客の関心がそれてしまいます。

時代臭さのない室内装飾、時代臭さのない(しかし適切な!)衣装、風景、現代の言葉ーこうしたことすべてが、もっとも重要なことだけを表現する助けになるでしょう。

映画はいくつかのエピソードで成立しますが、直接論理的に関連づけされてはいません。

しかし、すべてのエピソードは共通の思考の流れで内的に関連することになります。

挿話が年代順に並べられるかどうかはまだ分かりません。

私たちは、エピソードのドラマツルギーが三位一体の壮大なイコンを創造する理念を生み出す頃のルブリョフの人格の進化を内的に暗示するものと首尾一貫させたいと願っています。

それと同時に、正典的な制限とその型どおりの論理と形式を伴った伝統的なドラマツルギーを避けたいと思っています。

それらは、典型的な障害で、生の十全さと複雑さを表現するのを不可能にするものです。(中略)


芸術家を題材にした映画は時々こんなようになってしまいます。

つまり、主人公が何らかの出来事を目撃する、そして観客は彼が熟慮に沈むのを見守る、最後に彼は自分の思いを作品に表現する。

私たちの映画でルブリョフがイコンを描く場面はありません。

彼は人生を生きていくだけです。

エピソードのすべてに登場するわけでもありません。

映画の最後の部分、そこだけはカラーで撮影するつもりですが、そこはルブリョフのイコン画に捧げられます。

イコンしか映しません。

ドキュメンタリーのように、細かいところまで、きちんと見せるつもりです。

イコン画が映されるたびに、同じ音楽のテーマが流れます。
そのイコンの理念が現れる時代に対応するルブリョフの生の局面で鳴り響いたテーマです。

映画のこのような構造は、その目標から必然的に導き出されます。

つまり、人間性の弁証法を提示して、彼の精神の生を検証したいと思うのです。


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 このインタヴューは、『アンドレイ・ルブリョフ』製作の初期の段階でなされた。

 若々しく、新たな理念に燃える監督の姿が鮮やかに映されている。

たぶん、この時期に、自分のこのような試みが多くの反発と猛烈な批判を生み出すとは思っていなかっただろう。

撮影は困難を極め、同志コンチャロフスキーとの反目、そして決別が待っている。
追いつめられた彼は命を削るような撮影を決行して、農民に文字通り殺されそうになる。

映画は完成しても5年間上映禁止になる。

無断でフランスの映画会社が出品したカンヌで国際批評家大賞を受け、そのためにソ連国内で立場はますます追い詰められる。

 しかし、そこから出会いも生まれた。

『アンドレイ・ルブリョフ』を見たクラウディオ・アバドは感激して、後に自分の指揮するムソルグスキー『ボリス・ゴドノフ』の演出を依頼し、実りある友情が始まったのだった。
http://homepage.mac.com/satokk/selfcriticism/rublov.html


Tarkovsky on Tarkovsky 『アンドレイ・ルブリョフ』


映画の最も重要な慣例のひとつは、映画のイメージは私たちが見聞きする実際の、自然の、生きた形態でのみ体現できるということだ。

私たちが提示するものは自然主義的でなければならない。

私が自然主義と言うとき、実在の不愉快な側面に執着するという否定的な意味ではなく、映画的なイメージの感覚知覚におけるその役割という意味だ。

スクリーンに描かれた夢は、生そのものの自然の形態と同じように明確に目に見える要素で構成されていなければならない。

映画はルブリョフに関するものです。

…しかし私たちにとって映画の真実の精神的なヒーローは、ボリスカです。

映画の狙いは、非常に困難な時代から出現する伝染性の、狂熱のエネルギーを示すことです。
つまり、そういうエネルギーがボリスカのなかで目覚めて、燃えさかり、鐘鋳造につながるのです。
http://homepage.mac.com/satokk/selfcriticism/selfcomment.html

アンドレイ・タルコフスキー
『アンドレイ・ルブリョフ』を語る


美は、植物が種子から生長するように、悲嘆から育つ


私たちは『アンドレイの受難』と題された脚本をアンドレイ・コンチャロフスキーと書いています。

偉大なロシアの画家アンドレイ・ルブリョフの人生をあつかった映画です。

友人のなかには、戦争でめちゃめちゃにされた子ども時代の映画、どう見たって現代的な映画から、「時代物」、ロシアの中世にどうやって移ることができるのか分からないって言ってます。


別に変なところはないでしょう。

主題テーマが、利用される叙述の形式を支配するだけのことです。

素材は15世紀から引っ張ってきますが、現在の問題を語るつもりです。

私は、芸術家とその時代、当時の民衆との絆に興味があります。

私は芸術の力に関する自分の見解を述べてみたいと思います。


ルブリョフは彼の作品において人間性の偉大な理想を称えています。

友愛の理念、人間の連帯が映画で最も重要なものになるでしょう。
真に偉大な芸術は時とともにますます貴重になります。

どれほど多くの人の思い、感情、希望が何世紀にわたってルブリョフの絵に染みこんでいったことか、そうに違いありません! 

私はスクリーンにそういう希望を伝えたいと思います。


映画は15のノヴェッラ:小話で構成されます。

アクションはルブリョフ、ダニル・チェルニー、キリルの3人の人物をめぐって集中します。

詩的な構造は全編にわたって保持されますが、叙述の連鎖を数回断ち切ることになります。

長年、映画は劇場のドラマツルギーに依存してきましたが、今や映画芸術は詩に近づいてきています。私には、詩における探求と近代映画の探求に非常に密接な関係が見えます。

私は、アレゴリー、隠喩、直喩を用いるのを好みます。

私は、不可能に思えるものが向かい合う状況が好きです。

認識からすり抜けるように思える複数のテーマを対峙させることは、私の内部に、イメージにあふれた最も深い思念を揺り動かします。

ますます多くの映画が詩的イメージに基づいて作られようとしています。

新作で私は古典的ロシア詩の比喩体系を具体的に利用するつもりです。(1963年)


映画のアイデアは「僕の村は戦場だった:イワンの少年時代」をやっている頃にすでにあった。


自分のアイデアじゃないと認めますね。

あるときモスクワ郊外の森を散策していたんだ、私とコンチャロフスキーと映画俳優のヴァジル・リヴァーノフでね...

ちょうどそのときにリヴァーノフが3人でルブリョフの脚本を書こうと提案した。
彼はぜひ主役をやりたいと。

でも、いろいろあってリヴァーノフは脚本書きに参加できなかった。
一方私たちのほうはすっかり虜になったその企画をあきらめることはできなくなった。

私たちはずいぶんすんなりと仕事を進めた。

1年後(もう少し後か)台本の異稿が3つ出来上がっていた。

私たちはもう一度見直しをして、時代考証のさまざまなソースを恐ろしくたくさん研究しなければならなかった。

少なくとも、旧来の出来合いの考え方を捨てることができるためにね。


台本の最終ヴァージョンにかかっているときに私たちはまだどこかしっくりこない部分があると感じていた。

でも出来上がったとき私は台本が成功作であると感じることが出来た。

それから良い映画が作れると感じたから、成功なんだね。

脚本家として私は経験が浅かった。

『ルブリョフ』の前に私は2作しか仕事をしていなかった。

すべてに満足したわけではなかったが、一貫性、首尾の統一の印象はそれが良い作品だと示唆していた。

私がつくろうとしているまさにそのたぐいの映画にうってつけの脚本だから立派な仕事だというわけだ。

俳優、ロケ地、カメラマンの貢献をあてにしているけど、この脚本は私たちの仕事を最後まで導いてくれる主導テーマを含んでいる。

当然、シーンを追加しますよ、省くシーンもあるだろうし、ただ土台はしっかり出来上がりました。


「この映画で私が何を言いたいのか」という質問に答えるなら、おおまかなことしか言えません

芸術と民衆との絆について直接何か述べるつもりはありません。

これはまあ、明らかでしょう。

脚本に明確に出ていると私は思います。

私は、自然の美を探り、美というものは、種子から植物が生長するように、悲劇から、災厄から育つことを観客に気づいてもらいたいとは願っています。

私の映画は美しい、族長的な古いロシアをめぐる物語にはならないでしょう。

私の願いは、輝かしく驚異に満ちた芸術が隷属、無知、文盲の悪夢の「続き」として出現することがどのようにして可能であったのかを示すことです。

私はこうした相互依存の関係を見つけだし、この芸術の誕生を跡づけたいと思います。

こういう条件が満たされたときはじめて私はこの映画が成功作だと思えるでしょう。


ここでオマール・ハイヤームの絵に触れておきましょう。

ご存じですか、薔薇の木があって、その根元に虫が何匹も食らいついているという絵を? 

しかし、死からのみ、不死は生まれるのです。

不死を理解するときに、私たちは死を理解するでしょう。

絡み合った白と黒とでも言いましょうか

そういう周期性を、生を理解する客観的で弁証法的様式と、例示の様態と共に、この映画を形作る基礎にするつもりです。

私たちはカメラマンのヴァディム・ユーソフとロケ地を選びました。
彼とは『イワンの少年時代』で既に仕事をしています。

脚本の仕事が続いている頃、ユーソフは別の映画作りに参加しました。

映画の歴史的な側面から、たくさんの人が必要な大きなシーンが求められ、そのために少なからぬ困難が生じることを忘れてはいけないでしょう。

例えば、クリコヴォ平原の戦いは省くことが出来ません。

ロシアがはじめて外国からの侵略者に対する道徳的な優越を悟る象徴になっているのですから。

ロシアが形成されるこの時代はディミトリー・ドンスキーの勝利抜きでは考えられません。

実現するのは面倒でしょうが、とにかく絶対に欠かせないエピソードです。
それは、(ロシアの王子が片棒を担いだもので、裏切りと腐敗の個人的な象徴となった)タタール人のウラジミール襲撃や、新しい鐘の鋳造のエピソードが欠かせないのと同じです。

これらのシーンはどれも小規模な解決が許されません。
こみ入った準備が必要です。(1965年)

伝記映画? 

違います、このフィルムは誰かの伝記を飾るエピソードが銀幕に再現されることはありませんから、伝記映画のジャンルに入りません。

ルブリョフの生涯を再構築することが私の意図だったのではなく、既に触れたように、私は主に人間に興味があるのです。

また過去の時代の雰囲気に興味があるのです。

しかし、だからといって時代劇になるわけじゃありません。

私の意見では、歴史的正確さは出来事を歴史的に再構築するという意味ではありません。

私たちが示したいことにとって重要なのは、それが真実味を帯びたあらゆる特性を保持すべきだということです。

俗に言う「時代もの」はしばしば、あまりに装飾過多で芝居がかっています。

異国趣味をすべて排除することも私の意識的な決定です。

エキゾチシズムは過去のものなら何でも凄いなと驚かせてそれでよしとする所まで来てしまいました。過去を含めて、すべてを通常の展望に収めて眺めるように努力しましょう![ノ]


ソロニーツィンに関して、私はただただ運が良かった。

最初、私はこの役を有名な俳優に任せることはできないと分かっていただけでした。

悪魔に憑かれたような一念が目に見えるような、強い表現力のある顔でなければならないと私は悟りました。

ソロニーツィンは、打ってつけの肉体的な外観であるだけでなく、複雑な心理過程の偉大な解釈ができる人物です。(1969年)

主役の俳優は映画に一度も出たことがない人物でなければならかった。

誰もが自分なりのルブリョフ像をもっているのだから、他の役を思い出させる人を使うことは出来ない。そういうわけで、それまで端役しかやったことのないスヴェルドロヴスクの劇場の俳優を選んだのです。

ソロニーツィンは、月刊「イスクーストヴォ・キノ」に載った脚本を読んで、モスフィルムまで自前ではるばるやって来て、自分以上にルブリョフをやれる者はいないと宣言したのです。

スクリーンテストをして、実際、はまり役だと私も納得しました。


『アンドレイ・ルブリョフ』をカットした者はいません。私以外にはね。

自分でいくつかカットをしました。

第1版で映画は3時間20分でした。第2版は3時間15分。

私は最終版を3時間6分まで短縮しました。

最後の版がベストで、もっとも成功していると私は確信しています。

長すぎるシーンをカットしただけです。
観客はそれらがないことにも気づきません。

カットは主題を変えてもないし、私たちにとってこの映画で重要であるものを変えてもいません。

言い換えると、意味のないひどく長いシーンを省いたのです。

観客に心理的なショックを引き起こすために野蛮なシーンをいくつか短縮しました。

ただの不愉快な印象を引き起こすためではありません。

それでは私たちの意図が台無しになります。

長いディスカッションの間カットするように忠告してくれた友人と同僚みんなの判断は、結局正しかったのです。

それを理解するのにしばらく時間が必要でしたがね。

最初私は、彼らが私の創造的個我を抑圧しようとしているのではないかと思いました。

後になって、私はこの最終版が私の要求以上の成果を挙げていることを理解しました。

だから映画が現在の長さに短縮されたのを全然後悔していません。[ノ]

画家のように色彩のハーモニーに敏感でない限り、日常生活で色彩に注目することはない。

例えば、私にとって映画のリアリティは白黒の階調に存在しています。

しかし『ルブリョフ』で私たちは生とリアリティを一方では芸術と関連づけ、もう一方でその絵と関連づけなければならなかった。

最後の色彩のシークェンスとモノクロフィルムの間の、このような関連は、私たちにとってルブリョフの芸術と彼の生の相互依存を表出する方策でした。

言い換えると、一方で、日常生活が合理的に現実的に提示され、他方でー彼の生を因習的な芸術で総括をして、次の段階で、その論理的な継続が来る。

アンドレイ・ルブリョフの壮麗なイコンをそんな短い時間で示すのは無理です。
だから私たちは選び抜いた細部を呈示し、観客を細部の断片の連続から、ルブリョフの至高の創造である、あの名高い「三位一体」のフルショットまで導いて、彼の仕事の全体像の印象を創造しようと努めました。

私たちは色彩のドラマツルギーのようなもので観客をこの作品まで導き、印象主義的な流れを創造し、観客が断片から総体へと移動するように願いました。

色彩のフィナーレは、およそ250メートルのフィルムを占めますが、観客に休息を与えるために必要だったのです。

モノクロームの最後のシーンが終わるとすぐに観客が映画館を出ていってほしくなかった。

観客は、ルブリョフの生から自らを引き離し、省察する時間を与えられるべきなのです。

私たちの狙いは、色彩を眺めながら私たちがつけた音楽に耳を傾けることで、観客が映画の全体から一般的な性質の結論をいくつか引きだして、心の中でその主要な道筋を選り分けることができるということです。

手短に言うと、観客に本をすぐに手放してほしくないんです。

もし『ルブリョフ』が「鐘」のエピソードでそのまま終わっていたら失敗作になっていただろうと思います。何としても観客を映画館にとどめる必要があったのです。

彼がどれほど偉大であったかを示すために、芸術家の生の継続のようなものを、付け加える必要がありました。

彼はそれらすべての経験を、最悪の経験を生き抜いたという事実をです。

そして、そうした体験からはじめて、彼の作品の色彩は得られたのだということをです。


こうした思いのすべてを観客に伝える必要がありました。

フィルムが雨にうたれる馬のイメージで終わることを指摘したいと思います。

私にとって馬は生命と同義であるので、象徴的なイメージなのです。馬を見ていると、私は生命そのものの本質にじかに触れているという感じがします。

もしかすると馬がとても美しい、人に優しい動物であるからなのでしょう。

それに馬はロシアの風景の特徴といってもいいでしょうから。

『ルブリョフ』には馬の出るシーンが数多くあります。

気球で空を飛ぼうとして人が死ぬ冒頭のシーンを思い出してください。

一頭の悲しげな馬は沈黙の目撃者なのです。

最後のシーンの馬の存在は、生命そのものがルブリョフの芸術のすべての源泉であったという意味なのです。(1969年10月)

原作者の特権を行使して私たちはアンドレイが沈黙の行に入るように決めました。

しかしそれは私たちが彼に同意するという意味ではありません。

それどころか、その後のエピソードで私たちは観客にアンドレイの沈黙が無意味であるということを納得させようとします。

その後の事件に直面すると、それは無駄なのです。

私たちの主人公は芸術家として何も出来ないのです。

彼は参加することが出来ないのです。

彼の沈黙は私たちにとって非常に幅広い、抽象的な、ほぼ象徴的な意味を持っていました。

アンドレイが沈黙しているエピソードで、映画の意味にとって根元的な重要性を帯びた出来事が生じます。

狂った村娘の登場人物がありますね、ブラゼナーヤです。

彼女は突然タタール人と一緒に行ってしまいます。

タタール人のひとりが好きになり、彼と一緒に行ってしまう。

狂った者だけが侵略者に輝かしく喜ばしいものを見いだすことができます。

彼女の狂気によって私たちは状況の馬鹿さかげんを強調したかった。

正気の人間ならあんなことはしないですよ。

しかしアンドレイは何か行動を起こすべきだったし、彼の責任ある立場に対するこの攻撃を許すべきではない。

なぜなら昔のロシアではブラゼナーヤは神聖な者と見なされました。

ブラゼナーヤ、ユロージヴィを侮辱することは当時大きな罪だと思われていましたから。

ところが彼は何も反応しない。

彼は誓いを守り、一言もことばを発さない。

アンドレイは他者のために立ち上がりもしなければ自分を守ることも出来ない。

ローラン・ブイコフの演じる旅芸人は、自分を警備隊に売ったのはアンドレイだと思う。

なぜなら彼が踊りながら貴族をからかった浮薄で批判的な歌を歌うのを眺める群衆の中にアンドレイがいるのを見たからです。

長い年月が経って、鞭打たれ多くの苦難を経験した流刑から帰ってきて、旅芸人は人々の面前でルブリョフを裏切りの罪で訴えます。

ルブリョフは身の潔白を証明できません。

彼は最後まで無言です。

彼は聖三位一体大寺院の壁画を描くように召喚されます。

彼はそれでも無言のままです。

彼は自分に引きこもり、自分の才能を埋もれさせて、狂人のように生きます。
何もかもが狂っている。

ルブリョフは正常な人間が行動するように行動しない。

祖国を愛する誇り高い市民が当然なすべき事をやらない。

自らの信念の力によって、鐘づくりに賭けた確信と情熱によって、ボリースカだけがアンドレイを沈黙から呼び覚まします。

強靭さ、人間の愛すべき創造力、忍耐力、そして自らの運命に対する信頼がルブリョフを罪深い誓いを破らせるように強制します。(1967年2月1日)
http://homepage.mac.com/satokk/selfcriticism/rublov2.html

“西洋の達人が悟れない理由2” に続く


08. 2011年2月12日 12:18:24: MiKEdq2F3Q

惑星ソラリス(1972年)
 
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2202085
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2202659
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2203283

http://www.nicovideo.jp/watch/sm2203722
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2204067
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2204763

http://www.nicovideo.jp/watch/sm2205261
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2205752
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2206278

http://www.nicovideo.jp/watch/sm2206783


____________

鏡(1975年)

http://www.nicovideo.jp/watch/sm9863922
http://www.nicovideo.jp/watch/sm9863976
http://www.nicovideo.jp/watch/sm9864040

http://www.nicovideo.jp/watch/sm9864127
http://www.nicovideo.jp/watch/sm9864211
http://www.nicovideo.jp/watch/sm9864281


_____________

ストーカー(1979年) 

http://www.nicovideo.jp/watch/sm1840924
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1841131
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1841280

http://www.nicovideo.jp/watch/sm1841507
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1841694
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1841884

http://www.nicovideo.jp/watch/sm1842217
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1842368


_____


ノスタルジア(1983年)

http://www.nicovideo.jp/watch/sm9864730
http://www.nicovideo.jp/watch/sm9864786
http://www.nicovideo.jp/watch/sm9864867

http://www.nicovideo.jp/watch/sm9864910
http://www.nicovideo.jp/watch/sm9864936
http://www.nicovideo.jp/watch/sm9864961


_______


サクリファイス(1986年)

http://www.nicovideo.jp/watch/sm2026762
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2025583
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2025880

http://www.nicovideo.jp/watch/sm2026086
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2026399
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2027422

http://www.nicovideo.jp/watch/sm2029092
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2031292


09. 中川隆 2011年4月10日 23:00:08: 3bF/xW6Ehzs4I : MiKEdq2F3Q


フルトヴェングラーは過大評価だよね?

1 :名無しの笛の踊り:2010/02/28(日) 17:59:08 ID:NBZERu3V

悪い指揮者ではないが、崇められすぎだ
カラヤンやショルティ、アバドラのほうがいい指揮者だろう

9 :名無しの笛の踊り:2010/03/03(水) 00:12:20 ID:vkIoeWU4

知らん奴はホントにほっとけばいいと思う。
そして或る日突然目覚めてそれまでの無知の日々を激しく後悔すると...

ざまあwである(笑)

11 :名無しの笛の踊り:2010/03/03(水) 00:23:27 ID:vtxcfQiE

昔は過大評価だったが今は正当評価だと思うぞ
「過大評価だよね?」などということすら憚られた時代があったから。
そして過大評価だと言えるようになって久しい今こんな旬過ぎたネタ持ってくるあたりがしょーもない。

ざっと言えばフルトヴェングラーは20世紀の形而上学の崩壊期における最後の徒花。

奇もてらうがあらゆる音に意味付けしたがる。そういうのが好きな人もいる。
意味付けから脱却して美しければいいとしたのがカラヤンで、美しさって甘ったるいことじゃないだろ、もっとはきはきしろよ、ってな感じのアバド。

美しさの基準は時代によって異なるからなんとも言えない。


31 :名無しの笛の踊り:2010/04/24(土) 22:39:49 ID:pWYw84Tg

フルトヴェングラーが解らない=音楽が解らない
だったよな、昔…


58 :名無しの笛の踊り:2010/05/20(木) 21:40:31 ID:jy5Ed3Vo

フルトヴェングラーのベートーヴェンこそ人類の至宝と崇めて未発表の録音を血眼で捜索していた時代が懐かしいです


78 :名無しの笛の踊り:2010/06/10(木) 00:40:06 ID:r7iCCYP7

フルヴェンは我儘な指揮者だった。
初めてVPOに客演したとき、「もっとはっきりと振ってもらわなければ分かりません」と言われて
怒って帰ってしまったというエピソードが残っている。

売り出し中のカラヤンという若手指揮者を潰しにかかったという点でフルヴェンは肝っ玉の小さな奴だった。 ナチに協力して指揮活動を停止された時期、BPOを救ったチェルビダッケにも嫉妬したものな。 そんなだからロクな死に方をしなかったんだ。


93 :寝言:2010/08/18(水) 04:56:45 ID:U9paKfnL

フルベンは、モーツァルトとかバッハの演奏がとてつもなく下手くそ
比較的ブラームスが上手い
あと合唱曲も苦手だったらしい。
ミサソレの依頼があったが「振れない」と正直に断ったそうだ。
謙虚だね。


95 :sage:2010/08/18(水) 22:26:43 ID:NFdD7+Wt
だからマタイの依頼も返事保留したのか。


96 :名無しの笛の踊り:2010/08/18(水) 22:32:20 ID:clgjjKYV
>>93
新潮文庫版「音と言葉」の訳者芳賀檀の訳者解説によると、
芳賀はフルトヴェングラー指揮の「ミサ・ソレムニス」を現地で実際に聴いて、
生涯忘れがたい感銘を受けた、と書いているが・・・


97 :名無しの笛の踊り:2010/08/18(水) 22:39:33 ID:2j9ZjaJ/
まあ偽物には間違いないがカラヤンよりは分を弁えてたようだな。


110 :名無しの笛の踊り:2010/09/23(木) 03:07:16 ID:DhL9JogD

29 July 1951 Bayreuth Fes. Orc. The last rehearsal & Live(EMI=Legge)
Beethoven:Sym.No.9

そろそろこの演奏の神格化は考えた方が良い。
第一楽章のテンポは断じてベートーベンが想定したものではないし、
第三楽章も遅すぎ。音については時代を考えれば十分であり、
些細な向上が毎回製作者の金づるになっているだけ。
上級者向けにはぜひ備えたい演奏だが、初心者に勧められる演奏ではない。

ベートーベンの第九を元にしたフルトヴェングラーによる自由なファンタジーであり、興行としてのお祭り、祭典として歴史の証言である。

こういう表現もありだし、これはこれで素晴らしい名演である。
第九をここまで想像力により、原曲を改編し、聴き栄えのある形に仕上げたフルトヴェングラーの力量は大したものである。

しかしベートーベンの設定はもっとテンポが速いのである。
勿論作曲者の意図だけが唯一ではないことも事実である。
フルトヴェングラーがベートーベンを上回る天才と信じる方には、このバイロイトが唯一最高の演奏となろう。その気持ちも解らぬではない。

ベートーベンの残された楽譜を忠実に再現するだけという制約を課していては、フルトヴェングラーの時代の指揮者では不可能だった早いテンポによるベートーベンの感動的な再現が その後記録された。

その指揮者は フルトヴェングラーがいずれは自分を抜いていく才能と看破し、抜かれる前に潰してやろうと嫉妬心を燃やし、徹底的に活動を妨害したヘルベルト・フォン・カラヤンである。

カラヤンの記録では1968年のDVDにより 最高の結実を見ることができる。
そしてカラヤンは見事にフルトヴェングラーを抜き去ったのはご存知の通りである


111 :名無しの笛の踊り:2010/09/23(木) 22:28:12 ID:14fKkTfj

カラヤンの才能に嫉妬し、カラヤン潰しに奔走したフルヴェンはじつに見苦しい音楽家だった

実力も人気もかなわないとこういう醜い行動に出るフルヴェンは最低な指揮者
こんなのを神格化した日本の評論家はクソ、その批評を鵜呑みにしてディスクを買いあさった側もアホ


280 名前:名無しの笛の踊り 投稿日:2010/09/23(木) 12:33:39 ID:ufzijpbj

なんでフルヴェンは第九のゴーダをいつもあのやたら早いテンポにしたのか?
初期はいいとしても晩年に至るまでずっとやってたね。

282 名前:名無しの笛の踊り 投稿日:2010/09/23(木) 14:27:03 ID:jBaClGoi
>>280
コーダで加速すると、一回聴くだけなら非常に興奮した演奏ができる。 しかし、レコードでその演奏を何回か聴いていくと興ざめするんだよな。

レコードが一定程度普及したときの演奏のあり方に、フルベンは最後まで答えをだせなかったな。当時としては偉大な指揮者だったとは思うが。

聴衆が「来るぞ、来るぞ」と期待してたから?


112 :名無しの笛の踊り:2010/09/24(金) 02:07:18 ID:JDM8LXv0

フルトヴェングラーも若い内から称賛されてた天才型指揮者だからカラヤンの台頭には穏やかではいられなかっんじゃないか。2人共初期のナチスの思想に共感してたし(まあ当時のドイツ人の大半はそうだけど) 演奏スタイルは違うけどどちらも典型的なドイツ系のナルシストだよね

才能も自信もあるけど意外とめめしい。


113 :中川隆:2010/09/24(金) 22:53:54 ID:HkFA5snx

カラヤンは誰が見ても三流なのに人気だけあるのが気に入らなかったんだろ。

カラヤンはアルメニア系ギリシャ人でゲルマン人の血は入っていない。
だからカラヤンがゲルマン音楽をやるとムード音楽になるのさ。

115 :名無しの笛の踊り:2010/09/24(金) 23:04:08 ID:0F0ijqR8

フルヴェンが当時だから通用した(ただし欧州だけで)指揮者、アメリカでは受け入れられなかった
今ではあのような演奏スタイルは支持されない、ようするに時代遅れ
常に先を見ていたカラヤンに嫉妬したのもそのためだ


116 :中川隆:2010/09/24(金) 23:49:33 ID:HkFA5snx

アメリカ人には音楽は理解できないだけさ。

アメリカに亡命したバルトーク、ブルーノワルター、アドルフ・ブッシュすべて駄目になった。

そもそもマーラーやメンゲルベルクよりトスカニーニを選んだアメリカ人って。


118 :名無しの笛の踊り:2010/09/25(土) 02:29:16 ID:Swf5Rqyj

http://www.muzieklijstjes.nl/100conductors.htm

カラヤンが1位だな。
フルベンも3位か、意外と高評価だな。

119 :名無しの笛の踊り:2010/09/25(土) 09:18:07 ID:w7HuGZqG

カラヤン、トスカニーニ、フルヴェンか
まあ順当だな、と思ったら2位(バルビローリ)が予想外でした

120 :名無しの笛の踊り:2010/09/25(土) 09:48:21 ID:7CoEbseq
>>117
アメリカ人は、過去の栄光にすがり、惰性で仕事する奴より、日夜努力する改革者が好きなのさ。
>>119
普通ならその3人だろう、順番は異論があってもかまわない
と思うがな。


121 :中川隆:2010/09/25(土) 10:30:52 ID:qoJ7IzLk

アメリカ人に音楽がわからない理由

この「聖」と「毒」が一緒に存在する世界・・・


このようなワーグナーの世界は、ある意味において、ヨーロッパの精神世界そのものと言えるでしょう。
この「ダンサー・イン・ザ・ダーク」と同じラース・フォン・トリアー監督の「キングダム」という作品の冒頭のモノローグは
「この魑魅魍魎の渦巻く沼地の上に建てられた、近代科学の粋を集めた病院」
という言葉でしたが、この言葉はヨーロッパの精神の比喩そのものでしょ?

「神」による「聖」なるもの、それに対する「毒」、あるいは「近代科学」・・・

すべてあってこそヨーロッパと言えるのだとフォン・トリアー監督は考えているようですね。

この「ダンサー・イン・ザ・ダーク」の冒頭の、全く光のない劇場に弦楽器とホルンによって立ち上ってくる音響は、ワーグナーの引用であり、この映画が「聖なるもの」と「毒々しいもの」を含んだ「ヨーロッパの精神」をテーマにした作品であることを聴き手?に印象つけるわけです。

しかし、この「ダンサー・イン・ザ・ダーク」に舞台はアメリカですよね?
つまり、この作品の設定は、「アメリカの中のヨーロッパ人」そして「アメリカ文化?の中のヨーロッパ精神」になっているわけです。

ヨーロッパには「聖」と「毒」がある。 では、アメリカ精神には何があるの?
それは「正義」と「悪」ですね。

アメリカにはこの世を越えた「聖」はなくても、この世の規範である「正義」はあるでしょ?

自らを蝕む「毒」はない代わりに、他者を裁く「悪」がある。

この「ダンサー・イン・ザ・ダーク」では、そのようなヨーロッパの「聖」と「毒」が明確に描かれています。

「聖」なるものの代表例は言うまでもなく、教会です。 この「ダンサー・イン・ザ・ダーク」では不思議なくらいに教会が出てこない。 死刑のシーンにつきものの、聖職者(牧師とか神父)がいないでしょ?


映画における普通の死刑のシーンでは、刑の執行される前に聖職者と会話するシーンがつきものです。 一番感動するシーンですからね。では、どうしてないの?
この「ダンサー・イン・ザ・ダーク」では、このような「聖」を思い起こすような人物は注意深く避けられているわけです。 キリスト教関係でいうと、セルマが刑務所のダクトから聞こえる賛美歌と、囚人の部屋にある1枚のキリストの肖像くらいです。

ダクトから聞こえる賛美歌・・・この賛美歌は一体どこから聞こえるのでしょうか?

他の人には聞こえない賛美歌・・・セルマの心にしか聞こえない音楽・・・

これはヨーロッパから聞こえる・・・と言えるでしょう。 勿論、物理的には無理ですが、心では聴こえているわけ。
つまり賛美歌を喜んで聴くセルマにもかかわらず、死刑において神父の立会いもない・・・

これくらいアメリカには「聖」から距離がある・・・とフォン・トリアー監督は言っているわけです。


では、ヨーロッパの「毒」とは?

それはまさにこの「ダンサー・イン・ザ・ダーク」では、遺伝性の病気として示されているわけです。

「遺伝することがわかっているのに、何故に子供を作ったのか?」という疑問は、

「毒に満ちて閉塞感の漂うヨーロッパ文化を伝承することに、価値や意味があるのか?」

という、監督のフォン・トリアーの自問でもあるわけです。

毒に満ちた文化を伝承することによって、その「毒」も伝承される。 その価値と覚悟・・・

ヨーロッパの持っている出口のない状況と、未来一杯のアメリカ。
シリアスなヨーロッパの表現と、能天気なミュージカル仕立てのアメリカ風表現。

精神主義のヨーロッパと、商業主義から抜け出せないアメリカ家族。
約束を守るヨーロッパ人と、約束を無視するアメリカ家族。

例の事件のあった家族の庭に星条旗がはためいているのは偶然ではないわけ。 あの家族がアメリカ人の典型だ!とフォン・トリアー監督は言っているわけです。

あるいは、あの家における知性の欠落は、本棚を見ればスグわかるようになっています。 何かの全集ものがキレイに並んでいるんですね。 本棚の本がズラーと並んでいて、外見上もキレイなのは、本を読んでいない証拠。

フォン・トリアー監督がアメリカの単純さに距離を置く人であることは明白ですね。 まあ、「あんなに単純で生きられたらラクだろうなぁ・・・」と思っているのかな?

http://movie.geocities.jp/capelladelcardinale/old/03-12/03-12-16.htm

まあ、アメリカ人にフルトヴェングラーが理解できる訳ないわな(嘲笑い)。

126 :名無しの笛の踊り:2010/09/25(土) 23:31:08 ID:u3q9lZsw

いまどき、フルヴェンを崇拝してる輩なんていないだろ?
昔はイカサマ評論家に騙されて、LPを買いあさった単細胞がいたけどCD時代になってからは耳が肥えてきたリスナーが増えたんだから あんな時代遅れの駄演盤を買う奴なんているわけねえよな


285 名前:名無しの笛の踊り 投稿日:2010/09/25(土) 13:58:27 ID:QKA/pZAT

フルヴェン聞いてる自分が好きなんだ、おれ。

127 :中川隆:2010/09/25(土) 23:43:53 ID:qoJ7IzLk

演奏がどうこう言う前に、音そのものがカラヤンなんかとは比較にならないよ。


128 :名無しの笛の踊り:2010/09/26(日) 06:14:42 ID:XLcQnO3j

確かに比較にならんな
フルヴェンは異常に芝居がかった演奏をするし、表現するのがちっぽけな人間的感情だけ
はっきり言って、曲を矮小化させてると思う。気持ち悪いし


129 :中川隆:2010/09/26(日) 09:50:01 ID:EBOV+P7W

芝居がからない演奏 = ムード音楽

132 :名無しの笛の踊り:2010/10/02(土) 02:31:10 ID:HM57NYyB

何度も聞くと鬱陶しい。
本人もそれわかってたみたいだし。

133 :名無しの笛の踊り:2010/10/02(土) 03:24:30 ID:OrFxSTLH

俺はシューマンの4番がフルヴェンの最高傑作と信じて疑わん!


134 :名無しの笛の踊り:2010/10/02(土) 06:37:26 ID:MX7WlJNi

俺のCDの棚にはそう言えばフルトヴェングラーのCDは少ないな。 ベートーベンの第9バイロイト、その他2〜3枚程度

人生は短いから、音の良い演奏で色々な曲や演奏を聞きたいとなると避けがちになる

135 :愛撫 先:2010/10/02(土) 07:38:01 ID:jUW+8RAO

不思議なのは、古楽器演奏や演奏法によるベートーヴェンが主流になってもフルトヴェングラーのベートーヴェンを第一とする人があまりに多い。 評論家もリスナーも。

トスカニーニだって楽譜に手を入れてるし、フルトヴェングラーはいわずもがな。 古楽器演奏や演奏法の是非はともかくとして、これを基準にするとフルトヴェングラーは演歌になってしまう。

粘るところはとことん粘り、盛り上げる部分はオケが崩壊しても突っ走る。 自分も中2のころは、「第5」の復帰演奏を毎日聴いてたが今聴くと…
「今、フルトヴェングラーの解釈をするとオケの団員からバカにされる。 今や誰も出来ないコトを(時代が違うとはいえ)やっていたフルトヴェングラーに価値を見出しているにだろう」 と思う。


136 :中川隆:2010/10/02(土) 08:44:27 ID:hSQXWzjT

ブルーノワルターもヨーロッパ時代は
粘るところはとことん粘り、盛り上げる部分はオケが崩壊しても突っ走る
だった。 メンゲルベルクも同じ様なもんだし。 これが19世紀の標準スタイル。

137 :名無しの笛の踊り:2010/10/02(土) 09:09:05 ID:b/j4ReU6

フルベンは、一回目聴くといい演奏と思うこともあるのだが、何回も聴くと本当に鼻についてしまう。

聴衆が聴きに来る曲をほとんどレコード等で聴いたことがない時代ならこの演奏方法は価値があったのだが、今となっては明らかに時代遅れとなっている。
実演では偉大な指揮者として考えるけど、正しいレコードの残し方は死ぬまで分からなかったのではないか。1954年に無くなったが、ステレオ時代まで生きていたら、おそらく評価が急落したと思う。


138 :名無しの笛の踊り:2010/10/02(土) 10:12:11 ID:z4+7UHYM
>>136
>これが19世紀の標準スタイル

19世紀って・・・せいぜい世紀末に彼らが幼少期、青年期を過ごしたってだけじゃん。
100年間もあれば演奏様式も技術も楽器の性能も変わるだろうし、ベートーヴェンからマーラーまで録音なんか残ってないのに、よくそういう見てきたような嘘をつけるね。


139 :名無しの笛の踊り:2010/10/02(土) 10:42:36 ID:bnuyrT5v

後期ロマン派スタイルだわな
それに最後のロマン派リヒャルトの演奏はまったく違うわけだし、フルヴェン流が演奏の主流だったのってほんの一瞬だったと思う


140 :中川隆:2010/10/02(土) 10:47:05 ID:hSQXWzjT

少年時代の音楽教育でその後のスタイルがすべて決まるもんだろ。
インテンポは20世紀のスタイルだよ。

楽器で進歩したのはピアノだけだろ。 19世紀のオーケストラはノンヴィブラートのポルタメント奏法

それに合った指揮をしてただけだろ。

フルヴェン流 = テンポが遅い

ヨーロッパ時代のワルターもリヒャルトシュトラウスもシューリヒトもテンポが極端に速く、演奏が軽い。

これがヨーロッパ標準


142 :中川隆:2010/10/02(土) 11:23:42 ID:hSQXWzjT

20世紀最高の指揮者はワインガルトナーだというのが昔の常識だったみたいですね。


本物の貴族
テンポが極端に速く、演奏が軽い
ノンヴィブラート・ポルタメント奏法の奥義を極めた天才


143 :名無しの笛の踊り:2010/10/02(土) 11:27:12 ID:bnuyrT5v

>フルヴェン流 = テンポが遅い
すげえ、こんなの初めて知った


144 :中川隆:2010/10/02(土) 11:50:26 ID:hSQXWzjT

こういうことさ

演奏法の点から言えば、ワーグナー以前とワーグナー以後、さらに、第二次世界大戦以降から現代の3つの大きな流れがある。

現代のオーケストラの演奏は、ニュース原稿を読むアナウンサーのようなもので、標準的ではあるが、非常に特徴に乏しいものである。

この他、今世紀前半の録音には、十九世紀後半以降に出現した、「ロマンティックなスタイル」を聴くことができる。

アムステルダム・コンセルトヘボー管弦楽団の指揮者であったヴィレム・メンゲルベルクや、マーラーの作品を数多く指揮したオスカー・フリートなどはその典型的な例といえるだろう。 ここでいう「ロマンティック」は、後期ロマン派の音楽家たちが好んで用いたという意味で、現代の通常の意味とはニュアンスが違うのでご注意いただきたい。 フレーズに応じたテンポの変化や強弱記号の強調、弦楽器のポルタメントや激しいヴィヴラートなどがその代表的な特徴である。

また、ベートーベンなどの音楽に文学的な解釈をあてはめて、表現を加えていくという手法が好んで用いられたのもこうしたロマンティック・スタイルとの関連性が高い。 これらの表現法の確立は、ワーグナーの存在なしでは考えられなかっただろう。 ワーグナーは、その作品で文学と音楽の融合を試みたのみならず、指揮者としても、ベートーベン解釈などにおいて当時の音楽界に大きな影響を及ぼした。 ワーグナーは近代演奏史の大きな分岐点である。

第3のスタイルは、ワーグナー出現以前のスタイルで、最近のオリジナル楽器オーケストラやライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団などに代表されるような古いスタイルである。

ノン・ヴィヴラート奏法、音符の音価の強調、すなわち、長い音符は本来よりわずかに長く、短い音符は本来よりやや短く演奏する処理や、長い音符の後ろの方で音量が強くなる後置型アクセントなどはその代表的な特徴である。
おそらく十九世紀中頃までは、世界中のすべての指揮者とオーケストラが多かれ少なかれこのスタイルに従っていたのではないかと思われる。 シャルク、ワインガルトナーに認められる意味不明なアクセントなどは、その名残りではないかと考えられるが、現代の我々が聴くと、音楽の文脈とまったく関係のない、形式的で余計な表現として受け止められるのだ。

本来、こうした古い演奏体系には、音楽の構造と結びついた明確な規則があった。

しかし、ロマンティック・スタイルの出現、その反動のノイエ・ザッハリヒカイト、さらに、現代のより洗練された演奏スタイルが普及していく過程で、古い演奏スタイルの必然性は失われ、現代の我々にはまったく理解不可能な単に形式的なものへと変化していったのではないかと思われる。

つまり、ブラームスやブルックナーが初演された状況などにおける古い演奏体系と現代の演奏体系の間には、missing link(失われた関連性)があり、シャルクやワインガルトナーの録音は、途切れてしまった鎖をつなぎあわせる重要な手がかりといえるのではないだろうか?
 
今世紀前半の指揮者たちの演奏を聴くためには、この3つのスタイルをきちんと聴き分ける知識と能力が必要とされるのではないだろうか。

http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Kouen/7792/weingartner.html


146 :名無しの笛の踊り:2010/10/02(土) 12:03:30 ID:Dz7Mu4tB

他人のサイトの意見を鵜呑みにして「こういうことさ」って恥ずかしくないの?


147 :中川隆:2010/10/02(土) 12:22:48 ID:hSQXWzjT

これは常識だからね。

ワーグナー出現以前のスタイルというのはカペー四重奏団の演奏そのものだろ。
フルヴェンはロマンティックスタイルの代表

ノンヴィブラート・ポルタメント奏法に戻るのはもう不可能だから、フルヴェンを否定したら未来は無いのさ。

148 :中川隆:2010/10/02(土) 12:33:50 ID:hSQXWzjT

もうこんな演奏は無理だもんね

カペーSQの演奏を特徴付けるのはノン・ヴィブラートとポルタメントである。
カペーSQの演奏は、同世代或は先輩格の四重奏団―ロゼーSQ、クリングラーSQ、ボヘミアSQらと、これらの点で共通する。

そして、第1次世界大戦を境に勃興し、カペーSQの後塵を拝してゐた四重奏団― レナーSQ、ブッシュSQ、ブダペストSQの各団体がヴィブラート・トーンを基調とするのと、大きな相違点を持つ。

しかも、カペーのポルタメントは旧式で、時代を感じる。 ポルタメントを甘くかける印象の強いレナーも、カペーとは世代が違ふことが聴きとれる。 ここで、最も藝術的なポルタメントを使用したクライスラーの特徴を例に挙げることで、ポルタメントの様式における相違点を検証したい。

クライスラーの奥義は3点ある。第1に、必ずしも音の跳躍―即ち運指法の都合―でポルタメントを使はない。 云ひ換へれば、指使ひを変へないでも弾けるパッセージであらうとも、感興の為にポルタメントを使用する。


第2に、音から音への移行過程は最初が緩やかで、最後になるほど速く行なはれる。

第3に、フレーズの変わり目が同じ音のままの場合、敢てポジションを変へて音色を変へる。 この際に同一音の連続にも関わらず、ポルタメントが入ることになる。

このクライスラーの特徴は、ティボー、エルマンそしてレナーにも概ね当て嵌まる。

これに反してカペーはポルタメントの使用箇所に運指の都合が見られ、何よりも移行過程の速度が均一である。カペーの左手による表現はロゼーやマルトーと云つた旧派と同じ音楽様式に根付いてゐるのだ。

http://www.h6.dion.ne.jp/~socrates/capet.html


19世紀後半から20世紀前半の名ヴァイオリニストと言われた人達の語録を辿ると、「ヴィブラートは必要不可欠なものだ」的な発言が急に増えているように思われます。その人々の多くは現在復刻盤で聴くことができます。

例:クライスラー、ティボー、イザイ、フーベルマン、ジンバリスト、サラサーテ、ヨアヒム、フレッシュ(順不同)

上記の人は、全て僕の聴いたことのある人ですが、皆、大きなヴィブラートとポルタメントを多用しています。

※なお、ポルタメントは専ら上昇音形に用いられるのが普通でした。下降音形に用いるのは“下品”とされていたようです。ここがパールマンとは違うところ。
そして、彼らの多くは音程も揺れ動くようなヴィブラートです

「ああいうヴィブラートはクライスラーが始めたことで、ロゼーのような人は用いていなかった。クライスラーが若い頃にウィーン国立歌劇場管のオーディションに落ちたのは、そのためである。云々」という文章を読んだことがあります。

http://pseudo-poseidonios.net/okuzashiki/15_review_7.htm

ビブラートは、1830年代の特徴からは遙かに隔たったもので、それは欧米のオーケストラでは1930年代までは一般的ではなかったのです。

しかし驚くべきことに、演奏者も聴衆も、それ以前の偉大な作曲家たちが誰一人として期待も想像もしなかったオーケストラの音に、全面的に慣れ親しんでしまったようです。

ベルリオーズやシューマン、ブラームスやワーグナー、ブルックナーやマーラー、シェーンベルクやベルクがその傑作を書いた時、オーケストラの音は ただ一種類だけが存在していました:暖かく、表現力豊かで、ピュアな音色。 私たちが慣れてしまったグラマーなビブラートのない音。

20世紀になって新しく加わったのは、全ての音符に、どんな短いものであっても絶えずビブラートをかけるというアイデアです。 フリッツ・クライスラーが、カフェの音楽家やハンガリーやジプシーのバイオリン弾きのスタイルを取り入れて、グラマーなビブラートを始めたように思われます。

1900年以降、偉大なソリストとオーケストラが、最初は前の世紀からのピュアな音色で演奏しており、そして今日私たちが知っているものに徐々に変化していくのを聴くことができます。 しかし、ごく徐々になのです。高潔なドイツや大きなアメリカの団体の大部分は、30年代になるまで手を染めませんでした。

ベルリン・フィルは1935年まではっきりしたビブラートの録音は出てきませんし、
ウィーン・フィルは1940年までありません。

ですから、20世紀前半のバイオリン協奏曲の録音を聴くと、ソリストはビブラートを使っていますが、ドイツの最高のオーケストラはピュアな音色で演奏しています。当時はそれが普通だったのだと思われます。

http://www.kanzaki.com/norrington/roger-nyt200302.html

151 :名無しの笛の踊り:2010/10/02(土) 14:09:02 ID:lXJZscod
>>136,>>140
で、結局「標準」って何だ?

152 :中川隆:2010/10/02(土) 15:01:23 ID:hSQXWzjT


1.本来のヨーロッパ標準
ノンヴィブラート・ポルタメント奏法の甘味で純粋・透明な音色
インテンポ、テンポは極端に速く、演奏が軽い
ワインガルトナーとカペーSQがそのとう尾を飾った。

2.ロマンティック・スタイル
テンポの極端な変化やダイナミックレンジの広さ、弦楽器のポルタメントや激しいヴィヴラート
テンパニの強打、金管楽器の強調
音楽の文学的な解釈、ドラマチックな盛り上げ
フルヴェンとメンゲルベルクが代表

3.現代的演奏
ムード音楽と変わらない
カラヤンが代表


153 :名無しの笛の踊り:2010/10/02(土) 15:07:20 ID:ydGg4Bll

そういえば何かの文献にワインガルトナーの演奏はアンチ・ビューロー
ということが書いてあった。

(ビューローの面前で「カルメン」指揮した際に逆鱗に触れたエエピソードあり)

154 :名無しの笛の踊り:2010/10/02(土) 15:14:03 ID:bnuyrT5v

>>136ではヨーロッパ時代のワルターをメンゲルベルクと同じスタイルだとし
>>141ではシューリヒトやRシュトラウスと並べてる。矛盾してるぞ
他にも突っ込みどころがありすぎる。かわいそうな人だ


156 :中川隆:2010/10/02(土) 15:23:46 ID:hSQXWzjT

20世紀初めは本来のヨーロッパ標準とロマンティック・スタイが共存していただけさ。

1930年代のウイーンフィルは本来のヨーロッパ標準に近かったから、ワルターのウイーン録音はヨーロッパ標準

ウイーンフィル以外のオーケストラは自由に振れたからロマンティック・スタイル

になった。

シューリヒトやRシュトラウスはヨーロッパ標準の指揮者に近いが、ポルタメント奏法が無くなった時代だからインテンポの所だけ標準に近い。


157 :名無しの笛の踊り:2010/10/02(土) 15:28:43 ID:HM57NYyB
>>152
ムード音楽の指揮者ってあとどの辺の人?

158 :中川隆:2010/10/02(土) 15:30:31 ID:hSQXWzjT

バーンスタイン

159 :名無しの笛の踊り:2010/10/02(土) 15:44:24 ID:HM57NYyB

たったそんだけ?
じゃ別にそんな大きな勢力じゃないじゃん。

160 :中川隆:2010/10/02(土) 15:57:48 ID:hSQXWzjT

オーケストラが全部ムード音楽専用オケになったという事。 今、フルヴェンが生まれてきても、もうああいう演奏はできないもんね。

161 :名無しの笛の踊り:2010/10/02(土) 16:08:06 ID:HM57NYyB

わかった、君が最近の音楽を聞いてないことはわかった。 だって聞くに値しないだろうからね。

162 :名無しの笛の踊り:2010/10/02(土) 20:39:49 ID:lXJZscod

実証も反証もしようがないから言ったもんがちだな

163 :中川隆:2010/10/02(土) 21:58:14 ID:hSQXWzjT

20世紀初頭と19世紀中頃はそんなに変わっていない。

20世紀初頭の状況はSP録音の歴史から推測できる。

従って、19世紀中頃の演奏スタイルはノンヴィブラート・ポルタメント奏法しか考えられない。

当時は早いテンポで小さい音で上品で甘い音で演奏していたんだ。

だから、フルヴェンの前にフルヴェンは無く、フルヴェンの後にフルヴェンは居ないというのは厳然たる事実だね。


165 :名無しの笛の踊り:2010/10/03(日) 09:04:04 ID:DGWEGJvm
>>160
なぜムード音楽専用オケばかりになったの?
なぜフルヴェンが今指揮してもああいう演奏できないの?
大指揮者なんだから出来るに決まってるだろ?
メンゲルベルクの第9のエンディングは「ドラマチックな盛り上げ」なの?
音楽になんで文学的解釈が必要なの?


167 :中川隆:2010/10/03(日) 09:23:17 ID:trtEv+0L

(なぜフルヴェンが今指揮してもああいう演奏できないの?)


昔はレコード会社自体がフルヴェンに輪を掛けたアレだったからできたのさ:

ベートーヴェン 交響曲第9番 ニ短調 作品125「合唱」
フルトヴェングラー指揮バイロイト祝祭管弦楽団、同合唱団

フルトヴェングラー・センターから会員向けにバイロイトの「第九」が発売された。

それも、編集がない、正真正銘のライブ盤だとか。

この「センター盤」が出現したことで、EMI盤が当時のプロデューサー、ウォルター・レッグによる編集を経て作られたことがほぼ明らかになりました。


 例えば、EMI盤にあった「vor Gott」のクレッシェンドは「センター盤」にはありません。

というより、「センター盤」は全体的に音楽の流れがとても自然です。
つぎはぎをされたらとてもこのように自然な流れにならないでしょう。

 気になったのは第4楽章の終結部です。もしかすると普通のテンポになっていないかと興味津々で聴いたのですが、猛烈なスピードで畳みかけるのは一緒ですが、音はよく揃っていて「ハチャメチャ」な感じは全くしません。 見事に最後の音に着地しています。

 こうなるとますます奇妙です。レッグはわざわざハチャメチャな方を編集材料に選んだことになります。

また、「vor Gott」にクレッシェンドをつけて強力に厚化粧をしています。
ライブ盤と銘打って発売するからにはこれくらいのことをしておいた方がインパクトがあると考えたのでしょうか。

実際に多くのファンに強烈な印象を与え続けたわけですから、レッグの目論見は完全に成功したと言えます。

http://www.kapelle.jp/classic/9th_symphony/beethoven.html


「EMI盤は、全体の4分の3が編集したものではないか。 EMI盤の憶測がいくつか明らかになった。

第4楽章中間あたり、”vor Gott"と合唱がフォルテで歌い、声を長く伸ばす、有名な箇所があるが、最後、瞬間的に合唱、トランペットのレベル(音量)が上がる。

これは、レコード制作時にわざとレベルを上げて、演出したのではないかという疑問だ。

バイエルン放送局盤はそのような音量の変化はない。 したがって作られたものだと判った。


______

要するに、楽員もレコード会社も聴衆も全員狂ってないとああいう演奏はできない:

何度も繰り返し再生され、なおも愛好家を増やしつつあるEMIバイロイト盤の「レコード芸術」としての歴史に、残念ながらセンター盤「真正実況盤」は敵わないように思う。

あれほどまでに聴きたいと思いつづけてきた「真正実況」だが、「今まで以上に優れたものではなかった」というレッグの実演に対する評価が、大きな実感としてshin-pの胸にのしかかった−(07/07/19)

http://www.kit.hi-ho.ne.jp/shin-p/comp03.htm


169 :名無しの笛の踊り:2010/10/03(日) 11:16:41 ID:mm5Di51H

いまだにムード音楽なんて引き合いに出す爺がいるのか

170 :中川隆:2010/10/03(日) 12:31:39 ID:trtEv+0L

カラヤンやバーンスタイン、ショルティ、クライバーの時代はムード音楽の全盛期だったから、彼らもその真似をしたのさ:


その場に快適な雰囲気をかもし出してくれる音楽、あるいは快適な雰囲気そのもののような音楽を、かつてムード音楽と呼んでいた。
太平洋戦争がおこなわれていた時代からアメリカで開発され、戦後の40年代後半から50年代なかばにかけて、完成の頂点を迎えた、おそらくもっとも贅沢な音楽が、ムード音楽だった。

日本では軽く扱われたが、もっとも豊かでしかも若かった時代のアメリカで、多くの天才的な才能と経費そして時間を惜しみなく注ぎ込んで、ムード音楽のLPが大量に作り出された。


1965年ごろから“ムード音楽”という言葉がもてはやされ、色々なオーケストラが出てきた。

マント・ヴァーニ、ポール・モーリア、レイモン・ルフェーブル、
パーシ・フェイス、ボストン・ポップス、アンドレ・プレヴィン、
カーメン・キャバレロ、カラベリ、ニニ・ロッソ、サム・テーラー、シル・オースティン等など。

http://kouji-trumpet.hp.infoseek.co.jp/moodmusic.htm


上にベルリンフィルやNYフィルも加えて欲しかった。


172 :名無しの笛の踊り:2010/10/03(日) 13:28:32 ID:trtEv+0L

(音楽になんで文学的解釈が必要なの?)
フルヴェンが表現したかったのはこういうのだから:

            ̄~^ヽ、;ヽ;;;;ヽ;:ヽ
           '~" ̄ヽヽ;i;;;i;;;;i;;;;i   
              ノ:ノ::ノ;/;;;;;i;;i   あ…ん? ああ…あああ…いや? いや? ダメぇ!
        __,,,,,,,,,,,___/:/;/:/;;i::ノ/
  /^~"´ ̄-‐‐‐'''"´/:/;ノ;;;;ノ://
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;;;/~":、---、___/´ ,,i:'''  ::   ヽ. ヽ.`'''"´  /´    :::..,/        .:::ヽ
;;;;;'''''^~~~~^'''''/ー-  ';、 :::    `  ヽ`''ー-,,,i_    -‐''"          ::::::::;i、,
;;;、;;;`''ー-,,,,,,,,,,,,,,_,,,,,、_   ''       ',::::    `'ー            .:::::::::;/:: ヽ、
;;;ヽ、ー、;;ー-、,,,,,,,、-‐''"    .;´ ̄`,   ',::::,,,,、-    _、           ''~     ''ー
:::::ー、ヽ、,,''ー-ヽ.''''",.,;' "^' 'ー-‐'' . _、-'''''"´    "       ヽ     ::
:::ヽ、`''ー-、ー-、'ヽ"、i;.     ヽ /"     .::..   '::,,:ヽ.     i     :::::
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  ヽ


173 :名無しの笛の踊り:2010/10/03(日) 13:37:55 ID:7sTH8MA/
>>170
ムード音楽っていうけどさバッハの管弦楽組曲やモーツァルトのディベルティメントなんかも目的は似たようなもんだよ

それに19世紀にはコンサートオケというのはむしろ少数派でオケといえばウィーンやドレスデンのように本来はオペラが本職、そしてほとんどのオペラは芸術鑑賞と言うより社交の一環だよ

その点はどう考えるんだ?

174 :中川隆:2010/10/03(日) 14:03:07 ID:trtEv+0L


1.本来のヨーロッパ標準
貴族や大金持ち向けのサロン音楽から生まれたもの


2. ロマンティック・スタイル
インテリの中産階級を対象として生まれたもの。


3.ムード音楽
レコードを買える一般大衆向け


要するに、レコード文化と共に生まれたのがムード音楽やカラヤンの演奏

177 :名無しの笛の踊り:2010/10/03(日) 17:26:48 ID:VcxWNf3D

ID:trtEv+0Lって他所のリンク貼り付けてるばかりだな
受け売りばっかで自分の意見がないなら邪魔だから止めてくれ

178 :中川隆:2010/10/03(日) 17:36:54 ID:trtEv+0L

真実は既に知られているけど、君達がそれを知らないというだけの事さ。

179 :名無しの笛の踊り:2010/10/03(日) 17:49:36 ID:iIY0Bhgl
>>173
なかなか鋭い突っ込みだね。

>>174
その3つのカテゴリーだと、トスカニーニはどこに分類されるんだ。
毎週一千万人が聴取するラジオ放送をやっていたから、1や2でないことは明白だが。

180 :中川隆:2010/10/03(日) 18:06:20 ID:trtEv+0L

トスカニーニもインテリの中産階級が対象だからロマンティック・スタイル
ロマンティック・スタイル というのは別に演奏がロマン的という意味ではなく、伝統を否定する演奏様式なら該当する。

181 :179:2010/10/03(日) 18:29:55 ID:iIY0Bhgl
>>180
回答サンクス
なるほどね。
まあそれなら3つの分類も有りかなと思った。

182 :名無しの笛の踊り:2010/10/03(日) 18:56:29 ID:7Aw9y7+s

せっかくだからオペラ指揮についてもどうぞ
ここまでクラシック最重要ジャンルの話がまったくでないので

183 :中川隆:2010/10/03(日) 19:22:12 ID:trtEv+0L

ポッペアの戴冠が理解できたる天才と理解できないアホ


天才は
ヤーコプス&コンチェルト・ヴォカーレ、ボルス、ロランス、他(1990 ステレオ)(3CD)
http://www.hmv.co.jp/product/detail/3891140


アホは
ガーディナー&EBS、マクネアー、オッター、他 輸入盤 〔C
http://store.shopping.yahoo.co.jp/hmv/790492.html


天才のヤーコプスはロマンティック・スタイル

アホのガーディナーはヨーロッパ標準


ネロを悪役としているのがヨーロッパ標準のアホ演奏

モンテヴェルディが表現したかったのはこれだからね:

醴雛翩|||III;(i.'.:' .                           、.:.、'.''゙(}I}}}||IIIi゙(.( :.'.、' ' 、'.:、'.'.(.(i゚(}}}}|tq,
醴醴雛即lI゙(.'.、                    .、...:.x.(iicsij:,;、'.::‘(i゚(}}|||ロIl,( :.'.、    . `` '' .(i゙(Il}}][q,
醴醴靈瓰II,(:.:、                  . . . `' `_).''''ミ!}|||Ijj,'。:.(.(}I}||||IIi>.'.、          .'.?ミ(}照|g,、
醴醴醴翩|IIi>:                   . ' . ' ` 'テi;  :゙(}蹤|I,(.'.?.(}I}||||I;(、'..          . ' :‘(浴}}}}諭gg_、
醴醴醴雛||II,( :. .                       、゙(li:ョ涸阨[|Ili.'.:.'.ミII}}|||Ii;、.          .、:::: (i゙(I浴||||謳薑
醴醴醴雛|||I)).:: .                       . .(ii.i}浴屈[}}'、'.':: (.(II}||||I,(. .         . `.'.、.(0IIII||||醴‡゚゙
醴醴醴靈詬I;(i:.:、                      . .('゙(}}}}}笏'゙'... . .'.:ii゙(I}|||回>.           .'.、.(,(II||朋醴「...
醴醴醴醴齟|IIi'。::. .                       . `' `'゙'.'` .  、'.:.(.(泪屈Iiン. .       .、::.'_(.(II泪讃置
醴醴醴醴鑿||II,(>:、..                              丶.'_(i゙(I泪窗||Ii:、..    .、.:.'_(.(.(,(II屈醴歡

ネロが大人になる為の自立の闘いを描いているだけなのに、アホは勧善懲悪の話にしてしまうんだ。

救いようがない馬鹿。

それからこれがムード音楽


・モンテヴェルディ:『ポッペアの戴冠』 セーナ・ユリナッチ(S ポッペア)
 ゲルハルト・シュトルツェ(T ネローネ)
 ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)ウィーン国立歌劇場管弦楽団

 録音:1963年4月1日,ウィーン国立歌劇場(ライヴ)

http://artist.cdjournal.com/d/lincoronazione-di-poppea/1398040114


幾らなんでも趣味が悪すぎる(という話を聞いた)。
アホのヨーロッパ標準スタイルの方がまだまし。


186 :名無しの笛の踊り:2010/10/03(日) 19:58:05 ID:DGWEGJvm

ムード歌謡最高!

187 :名無しの笛の踊り:2010/10/03(日) 21:15:37 ID:YiwaLXSO
>>185
カラヤンはな、アンタみたいなコピペジジイなんかが太刀打ちできる相手じゃないんだよ。てか、いいCD持ってるじゃないか?
それ売ってくれよ。 もう廃盤なんだよな。


188 :中川隆:2010/10/03(日) 21:27:45 ID:trtEv+0L

確かにカラヤンを誉めてた大指揮者もいたね:

クレンペラー「悪くないぞぉ、カラヤン。みんなが言ってる程悪くないぞ。」


189 :名無しの笛の踊り:2010/10/03(日) 23:40:36 ID:7sTH8MA/
>>180
>ロマンティック・スタイル というのは別に演奏がロマン的という意味ではなく、伝統を否定する演奏様式なら該当する。

>>152 >>2.ロマンティック・スタイル
>
>テンポの極端な変化やダイナミックレンジの広さ、弦楽器のポルタメントや激しいヴィヴラート
>テンパニの強打、金管楽器の強調
>
>音楽の文学的な解釈、ドラマチックな盛り上げ
これ、どう折り合いつけるの?


190 :中川隆:2010/10/03(日) 23:47:35 ID:trtEv+0L

トスカニーニはティンパニを強打してるし、ドイツの伝統を無視してドイツ音楽を演奏してるからね。

ムラヴィンスキーも金管を強奏してるし、低弦のバランスが異常だし、
チャイコフスキーみたいにドイツ音楽を演奏してるからロマンティック・スタイル

カルロスクライバーはカラヤンのファンだし、カッコ付けてるだけだからムード音楽


191 :中川隆:2010/10/04(月) 00:13:04 ID:aJwK12JL

ここにアホ・カラヤンファンが居るから教えといてやるけど、

カラヤンの凄さは stax の静電型ヘッドフォン(最上級機)で聴かないと絶対にわからない。

カラヤンは聴覚能力が異常に発達していたから、凡人とは音の聞こえ方が全然違うのさ。

超高音が練り絹の様にレガートで繋がっていくのを再現できる装置でないと、カラヤンの意図は再現できない。

ここのアホファンにはカラヤンの本当の凄さはわからないのさ。


まあ、これ買ってからカラヤンの評価しようね:

SR-007A 定価 210,000円(税込)
STAXイヤースピーカーのフラグシップ機。

コンデンサタイプらしからぬ量感たっぷりの低域、滑らかな中域、
繊細無比の高域をお楽しみください。
http://www.airy.co.jp/sub_stax.htm


194 :名無しの笛の踊り:2010/10/04(月) 10:28:16 ID:isR28n0L

売れないメーカーの必死の宣伝か。。。
こんなの使ったら難聴になるのにな。
あ、そうか、難聴の爺さん向けの宣伝だったか。
でもなんだか哀れで同情を誘うぜ。 ま、がんばれや。


195 :中川隆:2010/10/04(月) 11:18:55 ID:aJwK12JL

良く知ってんね(感心)
俺は stax を使ってて耳痛くなったからカラヤンを聴くの止めたのさ。

カラヤンは確かに凄いんだけど、それは音楽としての凄さではなく、
音そのものの生理的な快感なんだよね。


197 :名無しの笛の踊り:2010/10/04(月) 12:42:06 ID:omalygRl
>>196
生理的な快感を起こせる指揮者ってすごいよな。
aJwK12JLとは親友になれそうだ。

198 :名無しの笛の踊り:2010/10/04(月) 13:02:02 ID:UGA8ddCn
カラヤンの凄さはスピーカーでは再現できないのか、ヘッドホンて嫌いなんだよね。

199 :中川隆:2010/10/04(月) 13:29:07 ID:aJwK12JL

Quad ESL57 か ESL63プロにチェロかゴールドムントの超高級アンプを使えば Stax に近くはなるみたいだけど。

ESLは振動板が3年で劣化するし、交換に何十万円もかかる。
100万円以下のアンプではいい音にならない


安いのもあるけど振動板が劣化してるとあの音にならない:

QUAD ESL57(3ペアー在庫あり、金、黒、ベージュ)ペアー¥18万
QUAD ESL63(3ペアー在庫あり、茶、黒)ペアー¥25万

QUAD ESL63PRO ペアー¥28万


ESLは全て整備済み。
http://homepage2.nifty.com/soundpoint55/newpage3.html

サウンドボックス
ESL57  22+II  ESL63の復刻・再生品 新発売
http://www.soundbox.co.jp/quad.htm


5 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2001/06/24(日) 13:01
チェロはオーディオスィート、パレット、パフォーマンスが圧倒的に良くて、他はそれ程でもないと思う。アンコールシリーズは日本では売れたけど、音は今三。

61 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2001/08/08(水) 22:47
>>60
チェロはアンコールはそんなに良く無いよ。
スィートとは較べものにならないと思う。
どうせ買うなら、スィートだ。今ならヴィオラオーディオでアップグレードも出来る。
中古で見掛けたら即ゲットだね。

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:03/04/07 12:20 ID:8J/ZIr7M
リモコンは使えないが、スィートの音は今でも最高だろ。
アンコールは駄目だが。

39 :AI ◆4wBVGeQHPA :03/04/26 00:41 ID:???
>>38
何度も言っているけど、チェロの場合スィート以外のプリはダメだよ。
チェロの神髄はスィートを聴いて語ってね。

http://mimizun.com/log/2ch/pav/1049683747/


201 :名無しの笛の踊り:2010/10/04(月) 14:30:58 ID:K1SYU52Q
>>190
どっかのパートかセクションを強調し、ドイツ人でなければロマンティック・スタイルということになるね。
(インテンポかどうかは実は関係なく)
ちなみにモントゥーとかビーチャムはどれに属するのかな?

202 :中川隆:2010/10/04(月) 14:58:41 ID:aJwK12JL

モントゥーはブラームスが好きでドイツの伝統を尊重したからヨーロッパ標準 だろ。

ビーチャムやバルビローリも中庸だからたぶんヨーロッパ標準。

要するに、まともな人間はヨーロッパ標準
パラノイアや異常性格者はロマンティック・スタイル

になるのさ。


愛の音楽家 ブルーノ・ワルターがロマンティック・スタイルだった理由も説明しとくね:

レブレヒトの「巨匠神話」(文藝春秋)によれば、ブルーノ・ワルターは大変な偽善者で、性格の悪さは天下一品だったらしいです。本から抜き書きいたしますと、驚くべきことに次のような言葉がでてきます。


「ワルターは、卑劣で意地悪な利己主義だった」(アンナ・マーラー)

「昔から貪欲な豚で、考えるだけで気分が悪くなる」(シェーンベルク)

「感傷的なばか」(トスカニーニ)

「ワルターは偽善者だった」(レブレヒト)

「ブルーノ・ワルターは、すばらしい指揮者がすばらしい人間でなくてもいいという、生きた証拠であった。」

http://www.kapelle.jp/classic/archive/archive9904_b.html


205 :名無しの笛の踊り:2010/10/04(月) 17:44:22 ID:PCv3/VKg

ワルターがいくら性格悪くてもかまわない。 あの美しい音楽がすべて。
おれだってかなり性格悪いし頭も悪い。

206 :名無しの笛の踊り:2010/10/05(火) 00:35:26 ID:/NFwZQZF

じゃあどうして一銭にもならない当時病気だった宇野との文通を何年も続けたんだ?

207 :名無しの笛の踊り:2010/10/05(火) 06:59:24 ID:w+UWmkQM

ワルターはナチスに迫害されたり娘を事件で失ったりしてるんだから多少は性格悪くても仕方ない。
まあそれならアンチェルルはどうなんだとかいろいろ言えるけど、何も経験してない

俺らが言うことじゃないな。


208 :中川隆:2010/10/05(火) 09:26:50 ID:zX2qjY6K

みんなから非難されている若き日のブルーノ・ワルターの行動はすべて、女狂いから来てるんだよ。
歳取って落ち着いてからまともになったんだ。


210 :名無しの笛の踊り:2010/10/05(火) 12:00:07 ID:DmqQ66xE

だけどフルちゃんのおねだり病は異常なくらいだったらしいね。
それにニキシュの後釜がほぼワルターだったのに裏であちこちに手を廻してフルちゃんがベルリン・フィルを手に入れたんだよね。 ま、もしワルターだったとしても戦争始まったらその立場を追われるけどね。

それはともかくフルちゃんて、とても人間的。 音楽はあまり好きじゃないけどね。


211 :名無しの笛の踊り:2010/10/06(水) 22:27:53 ID:c2UQR4cG

ワルターが非難されてたのは戦後ヨーロッパで困窮してたなじみのユダヤ人のオケ団員を援助しるのを渋ったり。巨匠にふさわしい社会的振る舞いをしなかったから、ようするにせこくて小市民だったからではないか。


215 :名無しの笛の踊り:2010/10/13(水) 12:23:18 ID:ja608Fsz

試しにワーグナーの「神々の黄昏」から聴いてみた。
うーむ、どうも音楽が物々しいやらおどろおどろしいやらで、魔物か何かが出てきそうな雰囲気である。

じゃあ「ジークフリート牧歌」ならマイホーム的なホンワカ・ムードでいいんじゃないかと思ったが、これも何か深刻な家族会議ふうで、ときどきオヤジが激昂したりしていたたまれない。

「タンホイザー」も妙に壮大だったり興奮のルツボ状態だったりして、どうも暑苦しい。気を取り直してR.シュトラウスに向かったが、こちらも事情は五十歩百歩どころか、何か新興宗教みたいに神がかって鬱陶しい。

いやはや困った演奏である。なにせ鳴っている音のすべてが、いつもいわくありげなので、音楽を聴こうと思っても門前払い、あるいは置いてけぼりのような気分にさせられたり、「おうおう盛り上がってるな」とか「悩んでるな」とかいうように、ほとんど他人の不幸(?)を喜ぶようなギャラリー気分になってしまう。
でもしばらく付き合っていると、フルトヴェングラーの狙いが読めてくる。
おそらくそれは、聴き手を感動の方程式にはめ込むことである。

だからこんなに情でがんじがらめの音楽をやるのである。

しかしそれにしたって、そうしたフルトヴェングラーの術にハマるには、現在の聴き手にとって、かなり意識的、または自己催眠的にマインド・コントロールする努力が必要だろう。ましてやこちとら筋金入りのスレっからし。残念ながらそんなウブな純朴さはとうになくしてしまった。

セピア色に変色した昔の写真を見つめて、遠き日の感動をなぞるのもときにはいいかもしれない。でもそれはあくまで過去の出来事であり、いつまでも後生大事にするものではない。なんらかの「追憶」はあっても、そこに「今」を聴くことの面白さは見出せないのだから。

だからこの演奏は、ある時期には一定の影響を及ぼしたかもしれないが、「終わっている」としか言いようがない。

218 :名無しの笛の踊り:2010/10/13(水) 15:54:23 ID:jUv7npsN

ベートーベンやバッハもある時期には一定の影響を及ぼしたかもしれないが、「終わっている」としか言いようがないんじゃないの。


219 :名無しの笛の踊り:2010/10/13(水) 18:52:26 ID:TSsYnk+W

それレコ芸再発欄の石原立教の評だろ
まるまる載せるなら引用元書いておけよ

220 :名無しの笛の踊り:2010/10/14(木) 21:04:15 ID:dlVQLDJJ

主観的すぎて何書いててもはあ、あなたにとってはそうなんですかって感想しか出てこない文章だよね


>>215

221 :名無しの笛の踊り:2010/10/16(土) 08:46:57 ID:JwiL3ntH

信者にとっては絶賛以外は全部「バカの私見」だからなw

222 :名無しの笛の踊り:2010/10/16(土) 09:56:00 ID:a4fptUoV
>>221
確かにそうだね。
でも、フルベンを否定する奴を批判する奴こそ、きちんと論理性が通った文章を書けないのが現実なんだが。だから頭ごなしの否定文しか書けない。

223 :名無しの笛の踊り:2010/10/16(土) 16:18:19 ID:JwiL3ntH

否定はしてないだろ。あんな音質じゃ良し悪しの断定はできないというだけ。

224 :名無しの笛の踊り:2010/10/16(土) 17:16:27 ID:Tu3y5P5p
>>215
レコ芸にもこういうまともな評論が載るんだね。 なんか見なおした。
だけど、好きな人にはたまらないんだからお互い、いがみ合わないで棲み分けするしかない。


225 :名無しの笛の踊り:2010/10/16(土) 17:36:40 ID:CedQe6JL

フルトヴェングラーは歌謡界で言えば美空ひばりみたいな存在なんだよ
俺もフルトヴェングラー崇拝者の1人だけど、カラヤンだって初期のDGやコロンビア録音にはいいものも多い。彼の実演もいい思い出。 何でもかんでも対立軸で議論したがるのも短絡的で困り者。

でもショルティやアバドはどうだろう。フルトヴェングラーより優れていると言えるかね?

単なる好き嫌いと混同するなよ


226 :名無しの笛の踊り:2010/10/16(土) 17:50:27 ID:rD2Fcyv3

一つのスタイルを極めたってことではフルヴェンは確かに偉大だったと思うなぁ
ただ、別のスタイルを極めたカラヤン、トスカニーニやロッシーニ復活に功あったアバドも同じように偉大な音楽家

問題は彼のスタイル以外認めず、別な方法論を採った演奏家を「内容空虚」「ムード音楽」とかいうことだと思う


227 :中川隆:2010/10/16(土) 18:11:56 ID:04+WnRvX

トスカニーニは狂人の音楽

228 :名無しの笛の踊り:2010/10/16(土) 18:28:52 ID:a4fptUoV
>>227
トスカニーニは、偉大な開拓者だと思うがな。確かにある意味狂人だが、その手の批判は、茨の道をいく人間の宿命。

229 :中川隆:2010/10/16(土) 19:00:52 ID:04+WnRvX

フルトヴェンは意志薄弱のダメ男、というより男じゃない。
ほんとに情けない男だったみたいだね。 天才だけど。

詳しくは

フルトヴェングラー その生涯の秘密
http://movie.geocities.jp/capelladelcardinale/new/07-11/07-11-01.htm
http://movie.geocities.jp/capelladelcardinale/new/07-11/07-11-08.htm


230 :中川隆:2010/10/16(土) 19:20:00 ID:04+WnRvX

オケメンバーにとっては、リハーサルで失敗したとき、激怒してかんしゃくを爆発させる激情型のトスカニーニの激しい叱責より、ワルターに

「私の指揮が足らず君に失敗があった。 指揮者として申し訳ない」

と言われて涙を滲ませられると、失敗した楽団員にとってはそちらの方(トスカニーニの叱責よりワルターの涙の方)が辛かったという逸話も伝わっています


フルトヴェングラーはあまりそういった逸話がなく、良くも悪くも、フルトヴェングラーは音楽の神に自らの全身全霊を捧げており、「音楽以外はどうでもいい」という感じのする、ひたすら音楽を追求し、あまり人間的な部分を感じさせない求道者的指揮者です。

フルトヴェングラーの家がドイツの富裕な名門であることも音楽以外に気を払わない彼の求道的スタンスに関係しているのかもしれません。

http://nekodayo.livedoor.biz/archives/840652.html


本当はフルトヴェンは他人とは意志の疎通が全然できなかっただけなんだけどね。

236 :名無しの笛の踊り:2010/10/16(土) 23:23:12 ID:Mi20l35J
>>230
× 「音楽以外はどうでもいい」
○ 「音楽と女以外はどうでもいい」

231 :名無しの笛の踊り:2010/10/16(土) 19:29:26 ID:033ETuRF

フルヴェンとかトスカニーニまたはカラヤン・クラスになるといくら嫌いでも否定は難しい。 時代をリードしてきてきた大巨匠達だからね。


232 :名無しの笛の踊り:2010/10/16(土) 19:50:52 ID:JIp9hOWC

どの指揮者が好きでも嫌いでもいいが、人格と演奏を結びつけて罵倒するのは愚かなことだ。

指揮者でも作曲家でも、人格の良し悪しと作品や演奏の良し悪しは別だからな。
ワーグナーなんか嘘つき・尊大・自己中心で、身近にいたらとんでもなく厭な奴だろうけど、幸いなことに離れた立場でいられるので、作品を楽しめるわけだ。
フルトヴェングラーが偶像化されるのは下らないことだが、人格をあげつらって演奏が良くないというのもこれまた愚かなことだ。


233 :中川隆:2010/10/16(土) 20:07:47 ID:04+WnRvX

まともな人間は大指揮者にはなれないという話なんだけどね。

245 :名無しの笛の踊り:2011/01/08(土) 08:59:20 ID:jJu19gDs

やはり少し過大評価を受けているね。
確かに、偉大な指揮者の1人であるという点では違いないけど、まあネットが普及したおかげで、評価が少しずつ適正な位置に移動しようとしているけど、まだまだ実力と比べて高すぎる。

246 :名無しの笛の踊り:2011/01/09(日) 02:10:42 ID:eiNs6h1H
>>1
評価の仕方が悪い。
馬場さんのプロレスを想い起こすがいい。
技術的には大したことが無いし、技の切れも無い。

何も良いところがないようだが、感動する人には感動させた。
ゆったりと動いて、不器用に大きく振り被って、ガァっー!!と決めた。

フルトヴェングラーの音楽そのものではないか?
感じることのできる者だけが感じられるのだ。
感じられないものがとやかく言うことではない。


247 :名無しの笛の踊り:2011/01/09(日) 10:52:12 ID:w0+S9HjN
>>246
まあ、ある意味その通りと思うよ。
でも古便オタや批評家って、カラヤンやトスカニーニを散々叩きまくったじゃない。
その辺が話をややこしくしていると思うが。

248 :名無しの笛の踊り:2011/01/09(日) 11:00:58 ID:ot841RyZ

バカだなぁおまいら
ベートーベンをどう演奏しなけりゃならんかを知っていた唯一の指揮者だぞ
馬場もプロレスをどう見せなきゃならんかは弁えてたがな

249 :名無しの笛の踊り:2011/01/09(日) 13:29:51 ID:9gQRyXPu
>>247
その通りと思うなら、もう16文突っ込んで考えるんだ!
カラとかトスカとかは、デストロイヤーとかブッチャーとかドリー & テリーなんだよ!!
別の国ではヒーローでも、馬場さんの国では悪役なんだっ!!!

250 :名無しの笛の踊り:2011/01/10(月) 18:24:27 ID:E3cCL/fG
>>247
>でも古便オタや批評家って、カラヤンやトスカニーニを散々叩きまくったじゃない。
???
当時の批評家の推薦版にやたらカラヤンが多かったよ。

ほとんどカラヤン盤だったね。レコード芸術とか何とか読んだことないの?
トスカニーニやフルトヴェングラーは過去の人扱いだったよ。

http://toki.2ch.net/test/read.cgi/classical/1267347548

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            |  / / /|| ゙ヽ、 __ ,. -'"    ` ーr┬ '′
          | / / | ヽ、               | /

神霊はVirtuosoに宿る 1 _ カペー弦楽四重奏団  

http://www.hmv.co.jp/search/index.asp?adv=1&keyword=Capet+Q&genre=700


Quatuor Capet - Lucien Capet
http://www.youtube.com/watch?v=Tk8c7RWig3I

Capet Quartet performing 'Rasumovsky No. 1'
http://www.youtube.com/watch?v=XTM0S3Yd0VA

Beethoven op 131, mvts 5, 6 & 7 - Capet String Quartet
http://www.youtube.com/watch?v=UUjyejJur9k

Quator Capet Mozart Dissonance C Major 1st mvt
http://www.youtube.com/watch?v=dQqKVaCT_Tk

Franck - Piano Quintet in F minor (M.7) - Movt I (Part 2) - Marcel Ciampi and Capet Quartet
http://www.youtube.com/watch?v=CjfOjkTU338

Franck - Piano Quintet in F minor (M.7) - Movt II - Marcel Ciampi and Capet Quartet
http://www.youtube.com/watch?v=174hsQaj2_o

Franck - Piano Quintet in F minor (M.7) - Movt III - Marcel Ciampi and Capet Quartet
http://www.youtube.com/watch?v=e4mx-13HX4s&feature=fvst

Capet String Quartet - Ravel SQ in F - 1. Allegro moderato
http://www.youtube.com/watch?v=M1d4N60d6Oc

Maurice Ravel: Quartet in F 1/1 - Quatuor Capet (1928)
http://www.youtube.com/watch?v=WaVJcavMIE0

Capet String Quartet - Ravel SQ in F - 2. Assez vif - Tres rhythme
http://www.youtube.com/watch?v=C9mp6LxUTKA

Maurice Ravel - String Quartet in F 2/2 Quatuor Capet
http://www.youtube.com/watch?v=4kXoIfA9Q5U&feature=related

Maurice Ravel - String Quartet in F (3/3 - 4/1) Quatuor Capet
http://www.youtube.com/watch?v=abvsmO-edOc

カペー弦楽四重奏団の素晴らしさについては、既に語り尽くされてをり、ここで改めて申し上げることは、実は何もない。ましてディスコグラフィーなど全12曲の録音しかないのだから、作ること自体意味がない。だから、これは私なりのカペーSQへのオマージュであつて、それ以上の何物でもないのだ。

 弦楽四重奏団の在り方は大きく分けて2つに分類出来る。
一つはカペー、レナー、ブッシュ、ウィーン・コンツェルトハウスなどの第1ヴァイオリン主導型。

これに対してブダペスト、バリリ、スメタナ、ボロディン、アルバン・ベルクなどはアンサンブル重視型と云へる。

後者の第1ヴァイオリン奏者が弱いと云ふのではない。突出してゐないのである。
前者の場合、魅力の殆どが第1ヴァイオリン奏者の藝術性にあり、四重奏団の性格を決定してゐる。

しかし、近年はアンサンブル重視の団体が殆どであり、特に合奏能力の向上は目覚ましく、4つの楽器が見事に融合し、調和を保つた演奏でなければ、弦楽四重奏団として一流と見なされない。実のところ、第1ヴァイオリン主導型の団体は絶滅したと云つても過言ではないのだ。従つて、カペーSQなどの演奏を現在の耳で聴くと、アンサンブルに埋没しない自在な節回しがあり、却つて新鮮である。しかし、反面、団体としての均衡を欠く嫌ひはある。

カペーSQにおいて、ヴィオラ奏者には余り魅力を感じない。チェロ奏者も無難と云ふ程度だ。一方、第2ヴァイオリンのエウィットが傑出してゐる。カペーとの対話も互角に行なはれ、実に達者である。大概、第2ヴァイオリンの聴き映えがしない団体の多い中、カペーSQを聴く喜びはヴァイオリン2挺の銀糸のやうな気品ある絡み合ひにある。とは云へ、各奏者はカペーの音楽に見事に収斂され、ひとつの藝術として完成してゐるので、荒を探すのは止そう。

 品格があり聡明な演奏をすると一般的に思はれ勝ちなカペー弦楽四重奏団だが、同時期に活躍した四重奏団の録音を聴くと、意外な点に気が付く。

カペーSQの演奏を特徴付けるのはノン・ヴィブラートとポルタメントである。

カペーSQの演奏は、同世代或は先輩格の四重奏団―ロゼーSQ、クリングラーSQ、ボヘミアSQらと、これらの点で共通する。そして、第1次世界大戦を境に勃興し、カペーSQの後塵を拝してゐた四重奏団―レナーSQ、ブッシュSQ、ブダペストSQの各団体がヴィブラート・トーンを基調とするのと、大きな相違点を持つ。

しかも、カペーのポルタメントは旧式で、時代を感じる。ポルタメントを甘くかける印象の強いレナーも、カペーとは世代が違ふことが聴きとれる。ここで、最も藝術的なポルタメントを使用したクライスラーの特徴を例に挙げることで、ポルタメントの様式における相違点を検証したい。

クライスラーの奥義は3点ある。第1に、必ずしも音の跳躍―即ち運指法の都合―でポルタメントを使はない。云ひ換へれば、指使ひを変へないでも弾けるパッセージであらうとも、感興の為にポルタメントを使用する。第2に、音から音への移行過程は最初が緩やかで、最後になるほど速く行なはれる。第3に、フレーズの変わり目が同じ音のままの場合、敢てポジションを変へて音色を変へる。この際に同一音の連続にも関わらず、ポルタメントが入ることになる。

このクライスラーの特徴は、ティボー、エルマンそしてレナーにも概ね当て嵌まる。これに反してカペーはポルタメントの使用箇所に運指の都合が見られ、何よりも移行過程の速度が均一である。カペーの左手による表現はロゼーやマルトーと云つた旧派と同じ音楽様式に根付いてゐるのだ。


 しかし、電気録音初期に登場したカペーSQの録音が、旧派の名団体のみならず当時最大の人気を誇つたレナーSQの株を奪ひ尽くした理由は、偏にボウイングの妙技による。

1910年以前に記録されたヴァイオリニストの録音を聴くと、弓を押し当てた寸詰まりの音、頻繁な弓の返しが聴かれ、時代を感じさせる。ところが、カペーのボウイングからは、響きが澄み渡るやうに程よく力が抜けてをり、だからといつて空気を含んだ浮ついた音にはなつてゐない。凛と張つたアーティキュレーションは大言壮語を避け、ボウイング・スラーを用ゐることでしなやかなリズムを生み出した。

『運弓のテクニック』なる著作を残したカペーは、エネスクやティボーと並ぶボウイングの大家である。彼らの共通点はパルラント奏法と云ふ朗読調のボウイングを会得してゐることにある。多かれ少なかれ、あらゆるヴァイオリニストは歌ふことに心を砕くが、歌はフレーズを描くために強い呼吸を必要とし、リズムの躍動を糧とする。だから、ためらひや沈思や侘び寂びを表現するには必ずしも適当ではない。これらの表現は、繊細な呼吸、慎ましい抑揚、語るやうに送られる運弓法によつて初めて可能になるのだ。カペーが本格的に独奏者としての活動に乗り出さず、室内楽に没頭したことは同時期のヴァイオリニストにとつては幸運なことであつたらう。出来ることならカペーにはベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタの録音を残して欲しかつた。

 カペーSQはノン・ヴィブラートとポルタメントを演奏様式とする旧派の一面も持つが、ボウイングに革新的な表現力を持たせたカペーの元に一致団結した名四重奏団である。演奏は、清明で飄々としてゐるが、高潔で峻厳な孤高の世界を呈してゐる。それは丁度雪舟の山水画にも比せられよう。


Biography & History of Quartet

 ルイ=リュシアン・カペーは、1873年1月8日パリの貧しい家に生まれた。15歳の時、パリ音楽院に入学、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第14番を初演したといふピエール・モーラン教授に師事した。1893年に満場一致の1等賞にて卒業すると、直ちに四重奏団を結成して活動を開始した。ラムルーに見出され、コンセール・ラムルー管弦楽団のコンサート・マスターを勤める。

1903年、ベートーヴェンの協奏曲で大成功を収め、独奏者としても名を馳せた。1904年には、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の全曲連続演奏会を行ひ大反響となつた。欧州各国への演奏旅行は絶賛を博したが、1911年にボンで開催されたベートーヴェン音楽祭にはフランス代表で参加した。1907年よりパリ音楽院の室内楽科教授、1924年からはヴァイオリン科の教授も勤めた。1923年以降毎年ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の全曲演奏を行なつた。1928年12月18日パリで急逝した。医師の誤診による為といふ。作曲も手掛け、作品に弦楽四重奏曲やヴァイオリン・ソナタなどがある。

 カペーを除く四重奏団員の変遷は次の通りで、括弧内は順に第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロである。

第1次(1893〜99、ジロン、アンリ・カサドシュ、カルカネード)、

第2次(1903〜10、アンドレ・トゥーレ、アンリ・カサドシュ、ルイ・アッセルマン)、

第3次(1910〜14、モーリス・エウィット、アンリ・カサドシュ、マルセル・カサドシュ)、

第4次(1919〜28、モーリス・エウィット、アンリ・ブノア、カミーユ・ドゥロベール)。


Discography

1 1928/6/12? Columbia Debussy String Quartet g-moll,Op.10
2 1928/6/14-15 Columbia Beethoven String Quartet No.7 F-dur,Op.59-1"Rasumowsky"
3 1928/6/15-19 Columbia Ravel String Quartet F-dur
4 1928/6/19-21 Columbia Schubert String Quartet No.14 d-moll,D.810"Der Tod und das Mädchen"
5 1928/6/21-22 Columbia Beethoven String Quartet No.10 Es-dur,Op.74"Harfe"
6 1928/10/3 Columbia Schumann String Quartet No.1 a-moll,Op.41-1
7 1928/10/? Columbia Haydn String Quartet D-dur,Op.64-5"Lerchen"
8 1928/10/? Columbia Beethoven String Quartet No.5 A-dur,Op.18-5
9 1928/10/5-8 Columbia Beethoven String Quartet No.14 cis-moll,Op.131
10 1928/10/8-10 Columbia Beethoven String Quartet No.15 a-moll,Op.132
11 1928/10/11 Columbia Mozart String Quartet No.19 C-dur,K.465"Dissonanzen"
12 1928/10/20? Columbia Franck Piano Quintet f-moll with Marcel Ciampi(p)


カペー弦楽四重奏団の録音は上記12曲しかない。録音は1928年の6月と10月のみで、同年12月にはカペーが急逝して仕舞つた。まさに一期一会の記録なのである。録音情報に不備が多く、テイク数が確認出来なかつたが、恐らく取り直しなしの一発録音であらう。音程の狂ひや弓の乱れなどが聴き取れるし、何よりもライヴ録音のやうな感興とむらがあるからだ。

 カペーSQを語るのにベートーヴェンから始めなくては申し訳が立たない。それも後期2作品から始めるのが礼儀といふものだらう。

古来より、第15番はカペーSQの最高傑作とされてをり、現在に至るまでこの演奏を超えたものは一切ないと断言出来る。分けても第3楽章、ベートーヴェンが「病から癒えた者の神性への聖なる感謝の歌」と書き添へた曲を、カペーSQのやうに神妙に演奏したものを知らない。ノン・ヴィブラートによる響きの神々しさは如何ばかりであらう。

感謝の歌では飛翔する精神が弧を描く 。第2ヴァイオリンのエウィットが奏でる憧れに、カペーの清らかなトリルが応へ、スタッカートの軽妙洒脱な戯れが福音を語る。音楽が静かに下つて行くパッセージで、音色が侘び寂びを加へて行く様は至藝と云ひたい。

好敵手ブッシュSQも相当の演奏をしてゐるが、カペーSQに比べれば青二才だ。第1楽章では、哀切極まりない音楽を感傷に貶めず、一篇の叙事詩のやうな風格を持たせてゐる。真一文字に悲劇に対峙するカペーのソロが印象的な第4楽章。緊張の糸が持続する天晴な合奏を聴かせる終楽章。何れも極上の名演。


 初演者であるモーラン直伝による第14番の演奏をカペーSQの頂点とする方は多いだらう。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の頂であるこの曲の神髄に迫ることは、19世紀においては不可能とされ、名曲かどうかも議論にされたやうな曲である。諦観、静謐、彼岸と云つた世界を音楽に持ち込み、未だに独特の位置を保持し続ける。

カペーの弾く冒頭を聴いて、精神が沈思しない者は立ち去るがよい。これから始まる儀式には参列出来まいから。この神韻縹渺としたパルラント・アーティキュレーションは空前絶後の至藝であり、変奏曲形式による第4楽章に至つては天衣無縫の奥義を示す。終楽章は一筆書きのやうな閃きに充ちた名演である。


第14番はブッシュSQが霊感あらたかな名演を成し遂げてゐる。ドイツ人の手堅さと熱情が渾然となった大伽藍のやうな楷書体の演奏で、フランス人カペーの力の抜け切つた草書体による絹糸のやうな演奏とは対照的である。全体に隙がなく立派なのはブッシュSQの方だ。しかし、断言しよう。藝格としてはカペーが一枚上手で、何人も及びの付かない美しい瞬間がある。


 第5番は清楚で若やいだ演奏であり、後期作品2曲に次いで仕上がりが良い。甘さと低徊さを排したストイックな歌が、青春の芳しい詩情をもたらす。繊細でさり気ない明暗の移ろひが取り分け美しい。この曲の表現として、これ以上適つたものはないだらう。

「ラズモフスキー」はヴィブラートを抑制したトーンと厳しいスフォルツァンドによつて大味になるのを避けてゐる。緊密なアンサンブルと内燃する力強さが素晴らしい。特に第3楽章のパルラント奏法による沈痛な趣が甚く心に残る。しかし、全体的に線が細く、音が軽く聴こえる嫌ひがある。「ハープ」は引き締まつた造形と柔らかなフレージングが魅力で、特に第1楽章の


清廉な味はひは絶品である。第2楽章は珍しく甘美で、時代を感じさせる。第3楽章と第4楽章はやや平凡な仕上がりだ。この曲にもっと豊かさを求める人は多いだらう。カペーSQの演奏は脂が少ない。


 ハイドンは天下一品の名演である。冒頭におけるカペーのボウイングには畏敬の念を禁じ得ない。ヴィブラートの誘惑を潔癖に遠ざけ、凛とした運弓で清明な音を創る。非常に個性的な奏法だが、繰り返し聴き、他の団体の演奏と比べて聴くと、カペーの凄さが諒解出来るだらう。第2楽章は細部の彫りが深く、神経が行き届いた名演である。終楽章の目にも止まらぬ軽快なアンサンブルに、上手ひなどといふのも烏滸がましい。この演奏に心躍らぬ者がゐれば、凡そ音楽には無縁の者であらう。

モーツァルトも立派な演奏であるが、カペーの特徴である毅然と張つたボウイングが後退してをり、柔和に歌ふことに主眼を置いた甘美な演奏である。カペーならではの高潔で気丈な演奏を期待したのだが、終楽章と第3楽章のトリオを除いては感銘が希薄であつた。しかし、カペーSQ以上の演奏を挙げることが困難なのも事実だ。


 シューベルトとシューマンは、ドイツ系の団体とは異なる厳しいアーティキュレーションと制御されたヴィブラートによる辛口の演奏である。シューベルトは尋常ならざぬ演奏で、仄暗く甘いロマンティシズムを期待してはならない。勿体振つた表情は皆無で、快速のテンポで畳み掛けるやうに捌いて行く。フレーズの最後で掛けられる常套的なルバートも一切ない。硬派だが、雑な演奏だと感じる方もゐるだらう。しかし、これは焦燥感に溢れた、絶望的な熱病を想起させる見事な解釈であると感じる。

録音される機会が少ないシューマンに関しては、カペーSQを越える演奏があるとは到底思へない。冒頭から喪失感が漂ひ、悲劇の回顧と夢想への逃避が綾なされてゐるが、軟弱な甘さはない。第2楽章は疾走するギャロップで、カペーの弓捌きが閃光のやうに輝く。他の演奏が聴けなくなつて仕舞ふ逸品である。第3楽章ではヴィブラートを抑制した渋い音と、音型の最高音になる前に始まるディミュヌエンドによつて、侘しい詩情が惻々と胸に迫る。終楽章は情熱的なアジタート、自在なアゴーギクと多彩なアーティキュレーションが素晴らしい。コーダ前のノン・ヴィブラートによるオルガン・トーンの神々しさは追随を許さない。


フランクでは、シャンピのピアノが独創性と詩情においてコルトーやフランソワに及ばないとは云へ、カペーSQの合奏はフランクの神髄に迫つた究極の演奏と云へる。冒頭の張り詰めたカペーのボウイングから厳しく屹立した音楽が刻み込まれる。ふと力が抜ける際の絶妙さは比類がない。終楽章コーダで循環主題が地の底から湧き上がる瞬間に見せるカペーの霊感には凄みがある。

 ドビュッシーは今もつて最高の演奏ではないか。カペーSQの演奏はドビュッシーが生きてゐた時代の空気を吸つた強みがある。よくあるやうに印象派の絵画を意識して、輪郭をぼかした演奏ではない。第1楽章は剛毅な芯が通い、アルカイックな趣に充ちた名演。陰影と抑揚が自在で瀟洒この上ない。第3楽章におけるノン・ヴィブラートの神聖な光沢は類例を見ない。月に捧げる音楽があるとすれば、凡そこのやうなものだらう。半ばでカペーが瞬間的に見せるエスプレッシーヴォは狂ほしい詩人の涙である。

ラヴェルも高次元の演奏である。第1楽章は時代がかつたポルタメントが冒頭から妖艶な息吹を掛けるが、次第に鬱屈した情念の絡み合ひとなり頂点を築く。躊躇ひ勝ちに始まる再現部は官能的な倦怠に充ちてゐる。アンサンブルの試金石のやうな第2楽章では緊張が漲つてゐる。第3楽章で織り成す不安気な綾も絶妙だ。神々しい原初的な響きで魅了するドビュッシー、近代人の憂鬱を感じさせるラヴェル、と両曲に対するカペーの読みは実に深い。全音階を主体とした楽曲であるドビュッシーでは音楽を解放させ、半音階を主体とした楽曲であるラヴェルでは音楽を緊縛する。実はこれとは逆の演奏が意外と多い。演奏効果の上がるラヴェルでは輝かしく豪奢に演奏され、ドビュッシーでは繊細なニュアンスを作らうとして軟弱に演奏される場合が殆どではないか。


カペー弦楽四重奏団の残した録音は全て神品であり、各々の曲の最も優れた演奏であると云つても過言ではない。

録音が貧しいことに頓着しない方なら皆そうおっしゃるだらう。しかし、それでは贔屓の引き倒しだ。カペーSQの最高の遺産は、何と云つてもベートーヴェンの後期四重奏曲であり、第1に第15番を、第2に第14番を推す。

そして、御家藝である近代フランスの作品に止めを刺す。第1にドビュッシーを、第2にラヴェルを推す。次いで、カペーの妙技を讃へる為にハイドンを加へておこう。更に比類なきシューマンも忘れてはならない。これ以上挙げることは全てを挙げることに繋がるから止すが、個人的にはシューベルトに愛顧を感じる。


 カペー弦楽四重奏団のCDは、国内では東芝EMI、新星堂から発売されてゐたが、Opus蔵から優れた復刻が出たので当分はこれを第一に推そう。海外では、Biddulphからマーストンによる良質な復刻が出てゐたが、現在では入手困難である。この他、Chaconneから出てゐた箱物が、実在感のある音質で、霞がかつた印象ばかりあるカペーSQの復刻から芯の強い音を聴かせてくれた。しかし、これも入手困難だ。

http://www.h6.dion.ne.jp/~socrates/capet.html

神霊はVirtuosoに宿る 2 _ バックハウス最後の演奏会


 バックハウス(pf) デッカ 1969年ライヴ 
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1890660


Wilhelm Backhaus play Schumann Des Abends - Warum?
http://www.youtube.com/watch?v=G6TticNoDOA&feature=fvwrel

Wilhelm Backhaus plays Schubert Impromptu in A flat Op. 142 No. 2
http://www.youtube.com/watch?v=rejfDi8RzlM


ヴィルヘルム・バックハウスの残した一連の録音は、かつて私も夢中になって聴いた時期があったのですが、ここ数年ほどは御無沙汰でした。

それが、先週リリースされたザルツブルグでの協奏曲ライヴを耳にして、何だか彼のCDを無性に聴いてみたくなりました。それでまずブラームスの第2協奏曲のスタジオ盤を聴き、昨日それについて書いたところですが、今日も引き続きベートーヴェンのソナタや協奏曲を中心に色々と聴いてみました。

そして、これら一連の録音のなかでも、ひときわ趣きの深い演奏として、聴いていて気持ちが強く揺さぶられたのが、この「バックハウス最後の演奏会」と題されたライヴ盤です。

このCDは1997年にリリースされたもので、1969年6月26日と28日の2日間に渡り、オーストリアのオシアッハにある修道院で開催されたバックハウスのピアノコンサートの演奏がライヴ収録されています。収録曲は以下の通りです。


@ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第21番「ワルトシュタイン」
Aシューベルト 楽興の時
Bモーツァルト ピアノ・ソナタ第11番「トルコ行進曲付き」
Cシューベルト 即興曲作品142の2

以上、6月26日のコンサートより


Dベートーヴェン ピアノ・ソナタ第18番(第3楽章まで)
Eシューマン 幻想小曲集「夕べに」と「なぜに?」
Fシューベルト 即興曲作品142の2

以上、6月28日のコンサートより

その28日のコンサートにおいてベートーヴェンのピアノ・ソナタ第18番を弾いている途中、バックハウスは心臓発作を起こしてしまい、演奏も第3楽章で中断を余儀なくされるのですが、控え室で休憩の後にステージに立ち帰り、終楽章の代わりにシューマンの幻想小曲集「夕べに」と「なぜに?」、そしてシューベルトの即興曲作品142の2を演奏してコンサートを終えたのでした。そして、その時の心臓発作がもとで、28日のコンサートから7日後の7月5日にバックハウスは永眠してしまいます。

おそらく誰が聴いても思うように、バックハウスのピアニズムには他のピアニストの誰とも似ていない、まさに独特のタッチの感触が有りますね。その理由として、彼はピアノを美しく鳴らそうという発想を優先しないから、ということがよく言われていて、私も多分そうだろうと思うのですが、いずれにしても彼のピアニズムというのは、特にベートーヴェンの「熱情」ソナタを頂点として、時に法外なまでの表出力をもって、恐ろしいまでの凄味を発する演奏を披歴します。しかし、敢えて彼のピアニズムに欠けている点を指摘するならば、それはおそらく、ある種の感覚的な美しさであって、これは美しく鳴らそうという発想を優先しない以上、必然的にそうなります。

だから聴き手も、そういう陶酔的な音色の美しさなどは、彼のピアニズムには過分に求めないで、その代わりもっと掛け替えのないものを求めるのですが、ともかく以上のようなスタンスでバックハウスのピアノに耳を傾ける聴き手は、おそらく本CDの上記EとFの演奏を聴いて、言い知れない感銘を覚えずにはいられないのではないでしょうか。というのも、上記EとFの演奏は恐ろしいまでに美しいからです。

それも、人工的に設計したところで表出するのが不可能ではないかというくらい、限りなくピュアで、透徹して、澄み切った美しさを湛えたピアノの響き、、、抜けるようなピアノの音色の透明感、、

これは作品にストイックに没入するというよりも、むしろピアニストとしての何か超然とした境地に一人佇むような、突き抜けた趣きがあり、およそ人間がこのようなピアノを奏でられるということに、聴いていて畏敬の念すら湧いてくる、そんな演奏です。

このCDに聴かれるバックハウスの「白鳥の歌」は、おそらく彼の命の最後の光芒が生み出した、聴き手に途轍もない感銘を呼び起す感動的名演であって、バックハウスのディスコグラフィにおいても特筆されるべき録音だと思うのですが、もう久しく廃盤の状態なのですね。本当にもったいないと思います。

http://clamemo.blog44.fc2.com/blog-entry-405.html

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オーディオファイルが求めているのは心の中に住む理想の女性


【天上の】Harbeth【歌声】

Harbeth Hifi speaker HL-Compact 7ES-3 (2台1組) HL-Compact 7ES-3 価格比較
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1 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/09/04(月) 00:25

 埼玉の喫茶店「じろばた」でハーベスのコンパクト7(アンプは上杉)を聴きました。
 実にさわやかで包み込まれるような音で、興味を持ったのですが関西で視聴可能なショップはありますか?
最近ハーベスの話を聞かないのですが7は現行機種なんでしょうか?

6 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :2000/09/13(水) 23:20

ハーベス最近見ないね。
つぶれたのか輸入がとだえているのか。

http://hifi.denpark.net/967994722.html


123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/29(土) 07:16:24 ID:gbNp/kwW

初代のHLコンパクトをショップできいたことがあります。
ほんとにいいセッティングでじっくりと。もう15年くらい前なのかな・・・
お金もないのにアポジー、K2、タンノイ、トーレンス、レビンソン、クレル、球アンプ、スチューダー・・・

雑誌でしか見たことがないものを半日かけて聞かせてもらった良い思い出があります。

100万とかのSPも聞きましたが、なぜか一番気に入ったのはHLコンパクトでした。
50年代のジャズボーカルもののレコードを聞きました。トーレンスのプレーヤーとアンプは・・・なんだったんだろう?

目の前に3Dのようにステージが出来上がり感動しました。 私の安システム PM-80、DP-7010、自作スワンでこんなホログラムのような立体感は聞いたことがなく・・・・

買うならこれが良いなと思いながらも、学生の私に手は出ませんでした。
現在生産品で当時のHLコンパクトに近い雰囲気のSP(ハーベスに限らず)ないでしょうか?


124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/29(土) 16:41:11 ID:C/CNK8uI

ハーベスにはないね残念ながら...。

126 :123:2007/09/30(日) 06:33:49 ID:jovtb4bj
>124
そうですか・・・ 現行品は初代とは別物って言うのは本当なんですね。
オーディオは一切やめていました。初代HLコンパクトで聞いた音が再現できず、中途半端な音を聞くとひどくガッカリしてしまったからです。 当時、ショップで聞いたシステムがあまりに高額だったため(SP以外で100万を軽く越えていました。)

とてもこんなシステムは組めないと諦めたのです。 部屋も6畳一間のアパートなんかではとてもあの豊かな音場は鳴らせないと・・・
ここにいる皆さんなら気持ちがわかっていただけるのではないかと思いますが、一度、すばらしい音を聞いてしまうと、もうそれ以下では満足できないんですよね。

だから中途半端なものを持つのはやめて、スッパリ、オーディオを忘れていました。 それから時は流れて、自分も家を持つ余裕ができ、HLコンパクトのことを思い出したというわけです。

でもそれはもう手に入らないようですね。綺麗な思い出としてとっておきます。

________

BBCモニターで有名なハーベス社のコンパクトスピーカーシステムです。響きが見事でドラムや、ギターアンプの空気感を生々しく表現します。音楽を本当に楽しく聴かせるスピーカーだと思います。未だに人気の衰えないのは、何よりこの楽しさによるのではないかと思います。最も濃厚な音がすると言われる初代(無印)HLコンパクトです。


出力音圧レベル 87dB。インピーダンス 8Ω。外形寸法 幅 273mm 高さ 525mm 奥行 287mm。本体重量    
1台 13kg。本体定価 ¥236,000。

最新HLコンパクト7ES3は、あの菅野沖彦氏が最近購入したことで、俄かに雑誌上でも話題になっています。HLコンパクトはウオーム&ウェルバランスの整ったサウンドで長時間、鳴らしても聴き疲れしない自然な音質で小さな音の克明な描写力に優れています。そのためクラシック向きのスピーカーと思われがちですが、レスポンスが非常に早く。メリハリのあるサウンドで、低音がリズミカルに再生されます。
実は私は本器でライブのジャズ、ブルーズ、ジャズを聴くのが好きでした。お薦めはHounddog tayler。箱を響かせながら鳴る姿は本当にギターアンプそのものでした。Taylerのきつく歪むブルーズをその場で浴びているようでした。


7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 11:57:53 ID:MzZVE+sQ

厳選木材を十分枯れさせた板を使えば、綺麗に箱を鳴らすことができると思いますがそれも簡単な事ではないでしょう。コストもかかります。 また温度湿度や個体差等のクオリティー・コントロール上も問題がのこります。

それが、箱を鳴らすスピーカーが昔に比べ減ってきた原因だと思います。 宣伝文句も都合に合わせ「忠実なトランスデューサー」を前面に「正確な音」を売り物に今までの「楽器のようなSP」はソースにない音が出ますが、それを「ノイズ」扱いしたり

初期のハーベスは薄い合板を使用し箱を鳴らしていますが適度にダンプしています。

この「適度のダンプ」がハーベスの命。私はHL-Compact、HL-5が傑作だと思っています。(多くの人に受け入れられるの意)
それ以前は鳴らしすぎで古いジャズ位は聞けたがロックやフュージョンは無理。
構造も前面バッフルがネジ止めに変更されTWもハードドームに。(アランの提案でしょうか?)

でも「適度のダンプ」は伝統の延長でした。
それ以降はアラン独自の「適度のダンプ」で低迷期を迎えた。

音だけに限ると、HL-CompactとHL-Compact7は全く共通点のない別物にしか聞こえません。


35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 16:39:52 ID:aYjXzOHm

HL-Compact7が悪いと言ってるわけじゃないよ。 普通のスピーカーだよ

皆が期待していた音と大きく違った。

何の理由で路線変更???
案の定売れなかった 初代の10分の1も売れてないだろう


36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 17:24:49 ID:yKnU0z8N

無印から7と使ってるけど、7もいいよ。
無印の方が味わい深く何にも変えられない魅力があるけど(癖強い)、聞けるジャンル結構限定されません?
7だとより幅広いジャンル聞けるようになるよ。

どっちがいいって言われてたら、個性豊かな無印、味わい弱まったけど幅広く聞ける7。


どっちもどっちで箱を鳴らして心地いいの両方変わらない。


38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 17:45:11 ID:aYjXzOHm

HL-Compactはある意味麻薬みたいなもの、長年こればっかり聴いてると他のスピーカーの音が味気なく感じてしまう恐れがある。

HL-Compact7よりもHL-K6のほうがHL-Compactとの共通点を感じられると思う。


39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/28(土) 19:13:43 ID:V5EJC0ER

どこのメーカーも、新型になるほど味が薄くなる。
変換器としては、それでよいけど、、。

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/20(木) 19:35:46 ID:D6QoF4jN

初代以外も良いとは思うんだが
いかんせん。 俺は初代コンパクトが好きだ。 この「好き」というのは 説明しにくいし どうしようもない。


132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/30(日) 14:50:04 ID:qZCPxzGj

現行品のES3 ってそんなにひどいの?

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/30(日) 16:53:23 ID:4aa8xlwQ

初代のイメージとはかけ離れているだけ
「悪い」とか「ひどい」ではなく、確実に性能的には優れているが...。

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/30(日) 18:28:04 ID:2LL6Zllr

古えのブリティッシュサウンドを期待すると裏切られるという意味でしょ。
ダドリー・ハーウッド引退後のHLコンパクトES以降レスポンスのよさという点では格段に進歩してきている。
そのぶんある種のノスタルジックな味わいは失われた。

267 名前: MONMON 投稿日: 01/11/04 01:12

私はそれなりに調整されたHLコンパクトとHL5、同時試聴したことがありますが、その時は「勝負あった」という感じでした。今考えれば、HL5の方が調整に面倒があるので その分の差が出たということもあるのでしょうが、HLコンパクトの方がずっと「濃い」音色でなっていました。

調整云々という問題を抜きにして今までに耳にした両者の音の体験だけを比較すればHLコンパクトの方が強烈でした。


8 名前: 名無しさん 投稿日: 2000/09/14(木) 01:12

昔は、フランスのAUDAXのユニットだった。

AUDAXがHarmanの傘下にはいって、Harbeth用のユニットを供給してくれなくなってから、ユニットの選択がかわったね。


100 名前: ちさと 投稿日: 2001/08/16(木) 17:27

ハ-べスはHLモニターが一番いいのさ。
2代目より初代設計者のが一番色艶があった。2代目も最初のころの製品は頑張ってるが、最近は魅力半減です。設計者として、独り立ちできなかったのだなあ。残念。

ショウの作品とハーウッドのとを聞き比べればよくわかるはずだが。

128 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 01/09/15 23:17

HL-Compactが生産中止になったのはツィーターが生産中止になったため
作りたくても作れなくなったから、

後継機のCompact7ではあの魅力的な中高域が変わってしまっていた、そのあたりからあの会社の名前は聞かなくなったな

子供のころ店で聞いた、ハーベスの異彩を放った美音に感激したときから、いつかは買ってやろうと思って、高校生でバイト代をためて買ったのが、HL−4でした。ですから、はじめに聞いたのは、Mk3以前のモデルだと思います。

私が特異体質なせいか、素晴らしい音からは、本当ににおいが感じられるんです。いや素晴らしくなくても、感じることがあるのですが、ハーベスを聞いて、初めてそのことに気づいたのでした。素晴らしく良い花の香り、それもちょっときつめのゆり系の花粉のにおいも混じった、薫風が、このスピーカーの音から初めて感じられた時は、正直びっくりしました。

ただ、他では全く感じられなかった経験だったので、感激するとともに、「これだ!」と、文句なく、心に決めていました。

http://audiofan.net/board/log/tree_224.htm

【艶やかな】Harbeth part9【美声】
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/pav/1289560957/l50

でも 本当に良い音を聞きたければ、ハーベスではなく、既に製作終了になった英国QUAD社のESL63を高級なアンプで鳴らすしかないですね。 QUAD ESL63の音はハーベスとは次元が全然違います。

ESL63 は残響3秒のロイアル・アルバートホールの二階正面席の音を再現する様に調整されています。

ESL63の音こそが本物のホールトーンなんですね:

64 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 01/10/19 10:25

元々ロックが好きで、そこからオーディオにのめり込んだ。
恥ずかしながら、生のオーケストラってずっと聴いたことがなかった。

生まれて初めてオーケストラを聴きに行って、最初の音が出たとたん、
「あっ、QUADの音だ」と思ってしまった・・・

http://ebi.2ch.net/pav/kako/1002/10025/1002527659.html

ESL-63がやって来てからというもの、 “ああ、何ていい音なんだろう…” と、聴き惚れる日々が続いていました。


ところが、やってきてまだ1ヵ月も経たない、ある梅雨の日のこと。窓側に置いた左側スピーカーがわずかにビビったと思った私は、慌ててすべてのオーディオ機器の電源を落としました。

あとは…、ESLをご存じのかたなら誰もがご想像のとおり。恐々電源を再投入してみると、見事な雨だれの音。ポタッ、ポタッ…なんて生やさしい雨漏りではありません。バラバラバラ、ダーッ…っと、雨だれでなければ、緩んだ太鼓の上に大量の小豆をぶちまけた音、とでも形容すればいいでしょうか。

大事なオートバイを盗られたわずか5日後に、同じくらい大事なスピーカーが壊れるなんて…。このダブルパンチは強烈でした。かなり落ち込みました。でも、“どうしよう…”という迷いはありませんでした。すぐにサウンドボックスさんに電話をした私は、症状を告げ、修理をお願いしました。

待つこと約1ヵ月半。ようやく修理の順番が回ってきたとの連絡があり、すぐに現物を発送しました。そしてわずか5日後に修理完了の連絡があり、発送から8日後の朝には、早くも修理完了品を受け取ることができました。待ち期間は少々長かったけれど、この迅速な対応には痛く感激しました。それに、部品代、工賃、送料を合わせて約7万円という価格も、安くはないにしても、十分に納得できます。

何度かの電話でのやりとりで、サウンドボックスさんに、使いこなしや使用上の注意事項などを親切に教えていただけたのも幸運でした。ESL-63との付き合いの短い私には、とても参考になりました。

「今回はとりあえず破損したエレメント1枚だけ交換しましたが、なにぶん古いロットなので、いつまた壊れるかわかりませんよ…」と言われました。でも、気に入ったモノに対して諦めの悪い私は、どこかでペアの片割れを安く手に入れて、今ある2本と合わせて3本でメンテナンスのローテーションを組もうか…などと考えています。

それはともかく、ESL-63が戻ってきてからは、再び、その音に聴き惚れる日々が続いています。ピアノの右手は相変わらずほれぼれするような鳴りかたをし、テノールの声も真迫モノです。クラシック系の楽器で唯一苦手なのは、実はバイオリンかもしれません。それなりに鳴りますが、とくに感銘的ではないといったレベルです。

http://www.europark.com/yoshi/audio.htm


サウンドポイント55 ESL63 中古品
http://homepage2.nifty.com/soundpoint55/newpage3.html

サウンドボックス ESL63の復刻・再生品 新発売
http://www.soundbox.co.jp/quad.htm

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          | / / | ヽ、               | /

女性の喘ぎ声を色っぽく鳴らせるスピーカー…


ジョセフオーディオ パルサー
(高域に独特な上品さがある)
妖精の歌声。

ヴィエンナアコ全般 
高域がやや抑え気味だが、その分優しく包まれるような柔らかいボーカルが
聞ける。 ソナスよりも、こっちの方がいい向きもあるかもしれない。

ソナス ミニマ
解像度が低いが、その分ボーカルが柔らかで聞きやすい。やや元気のある鳴り。
旧ガルネリはやや大人の魅力を醸し出す。

KEF Ref203/2
肉質間のあるどこか色っぽい鳴り。解像度は高い。
声質は若い。

JBL 4348+旧マッキン(真空管とか)
ボーカル帯域が分厚く、喉奥まで見通せるような独特な色気がある。
熟女声になる。

ディナ全般
どこかシルキーな歌声

ベーゼルドルファー
ピアノがいいが、ボーカルも上品でよい。


俺の好みだとロジャースが一番気持ちがいい。
次はハーベスかな。心地よさで言ったらね。
スペンドールは独特だけど一番英国らしい感じがするよ。
ちょっと暗くてうつむいた感じの音だよね。
そこがたまらない。要するにスペンドールが大好きということ。
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/pav/1241359028/


            ̄~^ヽ、;ヽ;;;;ヽ;:ヽ
           '~" ̄ヽヽ;i;;;i;;;;i;;;;i   
              ノ:ノ::ノ;/;;;;;i;;i   あ…ん? ああ…あああ…いや? いや? ダメぇ!
        __,,,,,,,,,,,___/:/;/:/;;i::ノ/
  /^~"´ ̄-‐‐‐'''"´/:/;ノ;;;;ノ://
 /::::::/:::::::_,,,、---‐‐'''`~,、-''/::/
/:::/:-‐''''"~~::::::::;;;;-、,,,,、-,,、-‐ヽ,,_                 _、-、_
;/;;'`"~、-''''''~^'''''ー-、_,,i:i、  ヽ`ヽ、;ヽ、,,,ノ.   /"´ ̄~''ヽ. ,.. ‐"`'ー-''`''-、
;;;/~":、---、___/´ ,,i:'''  ::   ヽ. ヽ.`'''"´  /´    :::..,/        .:::ヽ
;;;;;'''''^~~~~^'''''/ー-  ';、 :::    `  ヽ`''ー-,,,i_    -‐''"          ::::::::;i、,
;;;、;;;`''ー-,,,,,,,,,,,,,,_,,,,,、_   ''       ',::::    `'ー            .:::::::::;/:: ヽ、
;;;ヽ、ー、;;ー-、,,,,,,,、-‐''"    .;´ ̄`,   ',::::,,,,、-    _、           ''~     ''ー
:::::ー、ヽ、,,''ー-ヽ.''''",.,;' "^' 'ー-‐'' . _、-'''''"´    "       ヽ     ::
:::ヽ、`''ー-、ー-、'ヽ"、i;.     ヽ /"     .::..   '::,,:ヽ.     i     :::::
、::ヽ;;ヽ、:ー-、,,,,,、.ヽ ';''   ノノノ/;/      ..:: ::::  ヽ,,,ノ     ':::    :::
ヽ,,_::''‐、,,,,''ー-''ー-"''/~'"''"/:/::      ::、::: ::::..     ..:.::::::::"     :::::::::
  ヽ

僕ならこっちをお薦めしますが:


スピーカー : Quad ESL63
プリアンプ : Cello Audio Suite
パワーアンプ : Cello Performance 

http://soundartiwakura.jp/bbs/bbs/board.php?bo_table=cpreamp&wr_id=23
http://www.celloseattle.com/ctdocs/prodserve/amps/performance.html

サウンドポイント55
http://homepage2.nifty.com/soundpoint55/newpage3.html

サウンドボックス
http://www.soundbox.co.jp/quad.htm

サウンド アート
http://soundartiwakura.jp/main/

Audio Suiteはオトコを惑わす魔性の女。

あの音をほんの一瞬でも耳にしたら人生を完全に狂わされてしまいます。
ポッペアを歌う Sylvia McNair 、此の世のものとも思えない艶かしさ:

http://www.youtube.com/watch?v=ET7d49gT_Aw


モンテヴェルディ『ポッペアの戴冠』
ガーディナー&EBS、マクネアー、オッター、他
http://www.hmv.co.jp/product/detail/790492


            ,、-'''`'´ ̄ `フー- 、
          ,. ‐             ヽ
         ,.‐´               \
        /      ,l       \     ヽ
       /       l|, 、  、 |iヽ, ヽ \.   ヽ
       /     l  i ! | i  | |l'、ト ヽ iヽ ヽ  ',
       !     |  / | |. i  |.|| i.|ヽ |、 | ',   i  i
      !      ! / |,ャ、メ |i ト十i‐トi、! l  .i|  i
      ! i   ,.|!,.+‐'"| | | |i}  ' ュノェ|i,`i  l.| i
      l i l   l |/;:=ニ|i  l |   /rj:ヽ\ i  l i l
      | | |   ノ '/ iニ)ヽ,ヽ |!.   ' {::::::;、! 〉iー | | |
      | |i. |  !; 〈 !:::::::c!     'ー''(つ }i | i.| |
      | ! | |  ;: (つ`''"    、  //// /;:i | | !. |
       | i,  i. 、////      '     /,ノi,   i. |
       ! .|  | i 、,ゝ、     、─,    /   i |  |. i
       .! |  i |. | lヽ、      ̄   /  l  | i  | !
       ! |  i |i |l l| |`''‐ 、   , イ  |i | |i | i  |. !
       | |  i |i |i .| ノ    ` ''"  ヽ/l| l__,.、-|l l  ! i、
     ,. -'"゙ ゙̄'' ヽi |!l '           ,.--‐' |.i |i | |i ヽ
      /       ! l l ̄ `     、_        | /ノi i.!  |
     ,'          ! |              ,|/ |/i'   |
    i         ` l             .ノ  ノ ' ヽ、 |
    |        ノ     ,...      ヽ、;          ヽ-,
    .!         |::     :..゚..::       i:        ゙゙''i
     |       l::        ゙゙"       |:          |
   @゙!         |::              !::        ノ
Poppaea Sabina, 30年 - 65年


ただ、Sylvia McNairの声以外はあらゆる点で
ヤーコプス&コンチェルト・ヴォカーレ、ボルス、ロランス、他(1990 ステレオ)(3CD)
http://www.hmv.co.jp/product/detail/3891140

の方が良いですね:

Monteverdi - L'Incoronazione di Poppea

Libretto : Gian Francesco Busenello
Réalisation musicale René Jacobs
Poppea, Danielle Borst
Nerone, Guillemette Laurens
Ottavia, Jennifer Larmore
Ottone, Axel Köhler
Seneca, Michael Schopper
Drusilla, Lena Lootens
Nutrice, Dominique Visse
Arnalta, Christoph Homberger
Lucano, Guy de Mey
Amore, Martina Bovet

Monteverdi - L'Incoronazione di Poppea - E pur io torno qui - Act 1
http://www.youtube.com/watch?v=FuVRALBaCnY

Monteverdi - L'Incoronazione di Poppea - Amici, è giunta l'ora - Act 2
http://www.youtube.com/watch?v=ZDSBxzj7RRw

Monteverdi - L'Incoronazione di Poppea - Solitudine amata - Act 2
http://www.youtube.com/watch?v=-ODTX6V6IN8

Monteverdi - L'Incoronazione di Poppea - Signor, oggi rinasco ai primi fiori - Act 3
http://www.youtube.com/watch?v=BYvRZuEq7LU&feature=fvst


Monteverdi - L'Incoronazione di Poppea - Addio Roma, addio patria, amici addio - Act 3
http://www.youtube.com/watch?v=HTgbnJ20u2U

Monteverdi - L'Incoronazione di Poppea - Pur ti miro - Act 3
http://www.youtube.com/watch?v=Eay2LN8YLyY

Jennifer larmore "L'Incoronazione di Poppea" (Monteverdi)
http://www.youtube.com/watch?v=zJoykvY2sgs

___________

以下はJacobsの別演奏ですが、全曲揃っているので一応リンクを貼っておきます:

Monteverdi - L'Incoronazione di Poppea

Concerto Köln / René Jacobs. Schwetzinger Festspiele 1993 - Schumann, Croft, Kuhlmann, Peeters, Visse, Brooks, Ryam, Kanoh.

http://www.youtube.com/watch?v=L6h3eJkXH6I
http://www.youtube.com/watch?v=m6FJjl41fFM&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=yDy_7WcEVQ4&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=quuBtr3e0hQ&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=3dttzGgXM0o&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=LVUyeM2gy38&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=9Jn0ZsAkugE&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=_FHHIb3tZVM&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=zF2EIEZmydg&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=T7AazRo5zm4&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=3LgNa1KUz0k&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=MM4czAhBgKA&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=Z7lPQn5f3qI&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=-m5URMjvUNQ&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=Hsu7aGo1lYo&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=MjELh7iVOm8&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=fjSRmO53ksI&feature=related


10. 2011年4月21日 00:14:53: MiKEdq2F3Q

AXIOM80の家


居間のオーディオ装置はヴィンテージもの。

スピーカー:グッドマンAXIOM80、ARUが仕込まれた特注キャビネット入り。

プリアンプ:QUAD22
  
パワーアンプ:QUADII×2


(サウンドボックス扱い)
http://www.soundbox.co.jp/newcoming.html#SPEAKER

施主ご夫妻は当初スピーカーはTANNOY・III LZを購入されようとして、店を訪れました。ところがたまたま店においてあった、このグッドマンAXIOM80のスピーカーを耳にされて、奥様がそのAXIOM80の音に虜になってしまいました。奥様は店にご自分の聞き慣れたCDを何枚も持ち込まれ、長時間聴き込まれました。

奥様は

「このAXIOM80を聴いちゃうと他は聴けなくなるのよねえ・・・」

とのことで、、居間のスピーカーはこれにお決めになりました。


当初予定のスピーカー:TANNOY・III LZ(モニターレッド・イン・オリジナルキャビネット)はご主人の書斎に納まることになりました。

設計者・アドバイザーとしては、意外な展開に戸惑いましたが、これは何よりも奥様の高度な音楽感性がもたらした、然るべき結果といえましょう。

http://amo.web.infoseek.co.jp/axiom2.html
http://amo.web.infoseek.co.jp/axiom3.html

312 名前:KAN :2005/08/01(月) 21:38:56 ID:PXkQh5FZ

AXIOM80はスピーカーの進化とは何かを考えさせられる名器です。 アンプからの情報をすべて空気振動(音)に変えるようなすさまじいまでの情報量を持ち、鳴りっぷりと反応のよさでは類をみません。

ハイエンド愛好者が昔のSPは情報量がなどとおっしゃるが、AXIOM80のように演奏会場の雰囲気や演奏者の情熱や息吹きまで表現するSPはありません。

アンプはここまでの情報を送っていたのに他のSPはいかにフィルターをかけたように音を削っていたかがわかります。

http://hifi.denpark.net/1113488613.html


フルレンジ好きの人ならば、一度は憧れたであろう「GOODMANS AXIOM80」という英国製の特異なスピーカーが手元にございます。愛好者には古くは 故瀬川冬樹氏や是枝重治氏などが有名でしょう。私も数年前より80年代に発売された復刻版を数セット取り扱いました。旧タイプとは、コーン紙の形状や厚さが大きく異なっています。

旧タイプのコーン紙は、薄くて張りがあり、外周部分に折り返しを付けてコーン紙全体の強度を上げる構造でした。それに対して復刻版はポテッと厚めで、その外周部分は切りっ放しでありました。

カンチレバーも、旧タイプでは薄くしなやかなモノでしたが、厚めのものに変わっていました。旧タイプより耐入力が増している事から想像するとそれらと関係があるのかも知れません。復刻版は現在手元にはありませんが、オークションなどで手に入れることが出来る様です。価格は上がっていますが・・。

旧タイプも稀に目にしますが入手は絶望的かもしれません。


AXIOM80は、コーン紙が「フラフラ」して扱い難いと云う定説が昔からありました。アナログ時代には確かにレコードの反りなどの理由によりコーン紙が揺さぶられ、ボイスコイルが底打ちする可能性があり、狭帯域のシングルエンドの真空管アンプが有利でした。故瀬川冬樹氏は無帰還でトランス結合の「UX-45シングル」で鳴らしていたようです。能率が高く、2W程度の出力でも充分に楽しめました。

メーカー製の専用箱は私の知る限りは昔から存在せず、付属の図面を元に家具屋へ注文するか自作でした。通称「ヤマハ箱(ヤマハで製作されたもの)」も見たことが有ります。何れにしろ「専用 ARU」との組み合わせが一般的でした。

現在AXIOM80を駆動するアンプは「6BM8/ECL82 超3極菅接続」を私は使用しています。小型の出力トランスを持つエレキット製品の改造品です。見た目は非力なのですが、音の広がりや奥行き感などに優れ、安価で簡単に改造出来て、とても満足しています。

http://rmuk.exblog.jp/


先日、AXIOM80のスピーカーを復刻品からオリジナルに替えました。

オリジナルのコーン紙のよく動くのには驚きました。フッと息を吹きかけるとオリジナルはグッと動きます。それと比べると復刻品は同じようにしても動きません。

このよく動くコーン紙のおかげでよく弾み繊細で密度の高い音が聴けるのでしょうか

しかしながらこのスピーカーにその本来の能力を発揮させるのはかなり難しいらしく、まずエンクロージャーを選ぶのとアンプも選ぶ必要があるようです。僕は6RA8のシングル・アンプで鳴らしていますが、その相性には非常に満足しています。オリジナルのAXIOM80の箱の中に説明書が入っていて、その内容の一部にエンクロジャーの図面が3つが掲載されていましたが、実際はその図面どおりのモノを制作しても思うように鳴らないと聞きました。どうも低音がうまく出ないようです。僕のエンクロージャはその図面とは全く違う設計となっています。

これにツイターをつけるとまた別世界の音になるという話を聞いてモノは試しとつけてみました。上に2つ乗っているのがそのツイターですが両方を聴き比べてみて右側のツイターの方が音がやわらかく自然な感じをうけたのでそれを繋いでいます。そのツイターはドーム型ツイターですがメーカー名が分からないという代物ですがドイツ製という事は聞きました。ツイターを付け足した再生音は高域が広がり、不思議なことに低域も以前よりしっかりした印象を受けましたが、その分中域がすこし痩せたように思え、これも一長一短じゃないかと感じます。

http://blog.goo.ne.jp/kuiren/e/0456de7031bd22c3e17d4345bb6de382


原型は、軍用通信用のスピーカーで、ローカットした軍用通信を再生する為のスピーカーだったそうです。そう考えると、あの特徴的な高域も、煩い戦場で音が通る為の工夫。と理解できます。

戦後、それを民生に転用するときに家庭用エンクロージャーでシステム化したのが、Jordan氏で、そのときのパテントがARU。

というわけで、AXIOM80はJordan氏の設計ではありません。

民生で販売されたときから、限定特別記念モデル。のような位置づけのものだったそうです。たしかに、当時のカタログを見ても他の製品と比べてちと異端な設計です。

以上の話、ヒノオーディオがJordan氏を英国から招いた際に聞いた話とか。あまりにもAXIOM80が自分の設計と勘違いされているのでもう、面倒になって否定するのもやめてしまったとか。

そりゃ、自分がもっと良い物を作ってきているのに、自分の設計で無いものが、自分の最高傑作、見たいないわれ方をしたら面白く無いでしょうね。

http://members.aol.com/cycarpio/tips.htm


GoodmansとJordan-WattsとE.J.Jordanとその周辺 [AUDIO]


E.J.Jordan氏は有名なスピーカーデザイナーですが、日本ではあまりよく知られていないようです。個人的には、最後の伝説的スピーカービルダーではないかと思っているので、これを機会にまとめてみようと思います。

経歴は

GEC → Goodmans → JORDAN WATTS → E.J.Jordan Design /ALR JORDAN


GEC, Goodmansは巨大メーカーですが、JORDAN WATTSとE.J.Jordanは家内制手工業のような小さな会社です。ALR Jordanは、ドイツのALR社に名前を貸しているというようなところでしょう。小さい会社のほうが自由に作りたいものが作れたのでしょう。これは後述。

GEC在籍時代に、スピーカーの開発に携わります。多分、工業高校とか専門学校を出て、GECに就職したものと思われます。音楽好きな家族だったとのことなので、教育水準は高い家庭だったのでしょう。GECには当時としては非常に珍しい、先進的なメタルコーンスピーカーがありました。これをきっかけに、メタルコーン振動版スピーカーの音質に興味を持ったようです。(ちなみに、このGECのメタルコーンスピーカーはフルレンジとして使うには少々高域が不足しており、セレッションのHF1300型ツィータのGEC向けOEM版と組み合わせて同軸化されたバージョンがあります。)

その後、Goodmansに入社し、コーン型スピーカーの再生レンジの拡大についての研究に携わります。その成果がAxiette型8インチフルレンジスピーカー(AXIOMは10インチ以上に使われた名前)で、これは本当の意味で全帯域スピーカーと呼べる高性能のものであったようです。これは、GECのメタルコーンより、色付けの少ない音でしたが、Jordan氏には、メタルコーンの音にあった、活気/生命 のようなものがかけている点が、不満だったそうです。ですが、Jordan氏は、Goodmans在籍中には、メタルコーンのスピーカーの開発をすることは出来ませんでした。(Goodmansはメタルコーンのスピーカーを発売していないので、会社の方針だったのでしょう)

他の大きな実績として、Goodmans社のキャビネットに採用された音響抵抗ARUユニットや、(QUADとほぼ同時期に)ESL型スピーカーの開発等、多岐に及んでいます。ARUについては、Jordan氏の名前を含むパテントが4件残っています。

なお、発売当時、AXIOM80は戦前のスピーカーユニットの復刻版のような位置づけのもので、当時のGoodmans社のカタログをみても、値段、サイズ、仕様すべてをとって、かなり特殊な位置づけのスピーカーです。(戦時中は軍用通信のモニター用に使われていたという話もあるようです。声の帯域がよく通り、低域が出ない。というつくりとも一致します)


従って、AXIOM80はJordan氏の設計ではなく、ARUを用いたAXIOM80のシステム化がJordan氏の実績です。

(上記、TNT AudioのインタビューにもAXIOM80の話題は出てきません。また、数年前に秋葉原のヒノオーディオの招待で来日した時にも、日向野社長にそのように話したそうです。あまりにも誤解が広まっているので、訂正するのも面倒だとか。)


彼のGoodmansでの最後の仕事は、Goodmans MAXIMという小型スピーカーシステムの開発と言われています。2インチのウーファーと同じく2インチ程度のコーン型ツィータの組み合わせの超小型密閉箱。ユニット、キャビネットを別々に購入してユーザーがスピーカーシステムを作るのが常識だった時代に、初めて登場したシステム化済のスピーカーといわれている。また、これが、小型高性能スピーカーの先鞭をつけたともいわれています。

ちなみに、このMAXIMのツィータは非常に飛びやすかったそうです。アンプが真空管からトランジスタに切り替わった時期の製品だったことも関係しているのでしょう。私も海外、国内のオークションや販売店でチェックしたことがありますが、中古市場で売られているものの多くが、ツィータがオリジナルから交換されているか、ツィータ断線状態の但し書きがありました。

Web MasterはTwin MAXIMというスピーカーシステムを所有しています。これは、高分子系のドーム型ツィータと2インチ程度の高分子系ウーファーx2からなる小型密閉システムです。Tedの設計かどうかはわかりません。


1963 Jordan-Watts Ltd設立。

Goodmans社の同僚であるWatts氏と独立し、Jordan-Watts社を設立します。Watts氏は、営業畑の方だったようです。後にJordan氏が独立した後も、Jordan-Watts社を続けますが、数年前に、Wattsの逝去によって会社の歴史を閉じたそうです。

JW社で、Jordan氏は、かねてからの念願であった、金属振動板のスピーカーの開発に着手します。それが、MODULE UNIT(MODULARともいう)mk2です。以後、Jordan氏の開発したスピーカーユニットは、すべてメタルコーン系です。MODULE mk1は、紙コーン&丸型ケースのモデルだったようです。

同社のスピーカーユニットは、基本的にMODULAR一種類で、これを1個〜複数本エンクロージャーに組み込み、システム化したものを販売していました。また、DIY市場向けにユニット単体を積極的に販売していたようで、カタログには複数の推奨箱の図面が掲載されています。(中には、完成品として市販されなかった寸法比のモデルもあります。)

MODULEは個々のユニットに音響負荷を組み込むことにより、同一キャビネットに複数ユニットを使用するしても相互干渉が少ない点が特徴のひとつです。それが、MODULEの名前の所以でしょう。Jordan氏は、Goodmans在籍当時、AXIOM 80 4本を使用したバックローデッドホーンキャビネットの設計などをしており、Goodmans時代より、複数ユニットを使用したスピーカーシステムの研究もしていたようです。


1975年 E.J.Jordan設立

すでに、Jordan-Watts社から独立していたのか、別途会社を立ち上げていたのか…?

TNT Audioのインタビュー記事に出てくるJordan 50mm moduleというのは、後のJX53やJR6HDの原型になるユニットです。ブリティッシュ・テレコムで電話機のテスト用途にも使用されていたそうです。同社は、1995年に日本でE.J.Jordanのユニットが扱われるようになった時点で、フルレンジとして、JX53, JX62, JX92, ウーファーのJX125, JX150を販売していました、現在はJX53の後継モデルのJR6HDとJX92S(防磁タイプ)の2種類のみがラインナップされています。

ひとりの設計者が作ったスピーカーユニットを年代別に並べ、音を出してみると、なかなか面白いです。

私の手元には、前述のGEC同軸(これはJordan氏設計ではないが、影響を与えたものとして)、GoodmansのAXIETTE-8や、AXIOMシリーズの幾つか, JORDAN WATTS MODULAR, E.J.JORDAN JX53, 62, 92, 125があります。

時代の要求に合わせてなのか、新しい設計のものほど、高域方向にワイドレンジになっていくのがわかります。MODULARとJXを比べると、後者の方がベールが1〜2枚はがれたようなクリアな音がします。一方、中域の厚みや音の柔らかさはMODULARのほうが心地よい様に思います。どちらが優れているというのではなく、どちらが好きな音か、そのとき聴きたい音か?で、判断すると良いでしょう。

http://rasenkan.blog.so-net.ne.jp/2005-06-02


11. 中川隆 2011年4月21日 23:52:36: 3bF/xW6Ehzs4I : MiKEdq2F3Q

一番長く使ったスピーカはグッドマンのAXIOM-80でした。いろいろな動機が重なって私は1968年10月に最初の80を2本買ったのです。1987年までの20年間は自家用スピーカと言えばアクシオム-80でありました。 アンプ設計に手を染めた最大の理由はアクシオム-80を鳴らすためであったのです。そういう方は何人もおられるようです。今日、一家を成したアンプ設計家のその多くはこのスピーカになんらかの啓示を受けたものと拝察しております。

蛇足ながら20年ほど前に突如として現れた復刻板アクシオム-80はオリジナルとはフレームの材質、コーンの構造が全く異なっていてこれは似て非なるものでありましょう。

このスピーカには様々な顔があります。80の愛好者にはスコーンと抜けるリアルな音をもってこのスピーカの本領とみなす流派と、真綿で弦を擦るがごとき耽美的音調をその本質と見なす流派があります。私はその中間でありますがいずれにせよ人の様々な音への思いをすべて受け入れる深遠なる懐の深さがこのスピーカにはあります。

トランジスタアンプは不可と言う人もおられますが一概にそうでもありません。BBCモニタでありますが英国内での評価のほどは良く知りません。原設計は戦時中だと聞き及んでおります。ボイト、ラウザーとはかなり性格が異なるようで日本には1950年代半ばから入っています。

良く知られているように故瀬川冬樹氏は45シングルで鳴らされたこのスピーカを生涯理想の音とされておられたようです。このスピーカの設計者がその後作ったスピーカは多々ありますがそのどれもが一聴して柔らかな音を出しますから本来の方向はリアル派とは異なるのでしょう。低域共振点は20ヘルツ台で大変に低く、エッジ、ダンパのコンプライアンスが高い割には最大振幅に制限があるためにアナログ時代は極めて使いにくいユニットでした。ピックアップ系の共振が問題にならないデジタル時代の環境では大変使いやすくなっています。

いろいろな使い方がありますが一番無難なのは低域に別途大型ウーファを追加した2ウエイでありましょう。適切なウーファーの選択は困難ですが今日の水準でも十二分に満足できるレベルになります。150〜200Hzで繋げばよろしい。1本使用ARU箱の音と2本ARU箱や4本ARU箱とは全然音が異なります。

箱にユニットを取り付ける際には決して締め過ぎないことが肝要です。むろんフレームは大変頑丈ですからどんなに締め過ぎても変形することはありませんがバッフル面に軽くついている程度にする方が音がよろしいのです。

アンプも同様で、あまり締め付けトルクを与えない方が良い箇所は沢山あります。かつてアンプ研究家の辰口肇氏はウーファーのエッジ、ダンパーを糸吊りに変更した理由を精密秤に例えて説明しておられましたが正しく同感でそれは80にも言えることでありました。

長い音道をもつホーンスピーカでもそうかもしれませんが、アクシオム-80を使っていると空気の持つ一筋縄では行かないさまざまな性質に気付いて森羅万象の本質に思いを巡らすのです。 ことは空気に限りません。電流の流れ方もそうでしょう。常識的にはスピーカケーブルの抵抗値は低い方が良いのですがそうでもないことが多いことは皆さんもよく御承知のことと存じます。とくにこの80はその最たるものでしょう。ラウザーユニットとは異なってインピーダンス変動が大きく、常識が通用しないことは驚くべきものがあります。

単発使用では定電流駆動に近い特性のアンプがベストなのですが2発、4発ではそうではありません。近いうちに指定4発箱に入れたシステムをつくる予定ですがアンプは新たに作る必要があるでしょう。

ドイツの業務システムにはトーンゾイレ型という形式があります。もう撤去されましたが近くにある陸上競技場には長らくドイツテレフンケン社のメタルコーンをいくつも縦にならべた全高10m以上の柱のような全天候型スピーカがありました。あの「永田秀一」さんがJRC日本無線の音響部門の顧問をされておられた時に全国何ケ所かにテレフンケンのこのシステムが導入されました。

さてトーンゾイレ形式は昔RCA社にもあったようですが多数のスピーカを並列使用する際には一番合理的な方法でしょう。80を多数使用する時には普通はトーンゾイレタイプが思い浮かぶものです。でも今回はオリジナルの設計に従いました。2発指定箱の経験からいってもステレオイメージは劣ると思いますが音場再現性がすべてではありません。今はなぜか音場再現性が重視されすぎています。かく言う私も音場再生大好き人間ですが、心のどこかで手に取るように音源の位置が分かることはむしろ不自然ではないかと思うことがあります。実際の演奏会場では目をつぶって楽器の位置を当てることは困難ですから。

http://www.audio-maestro.com/ma2.html


初期はオリジナルですが、次からは復刻版になります。復刻版、は二度出ていますが、いずれも補修部品で復刻されています。

ただ、中期と後期ではコーン紙が大きく異なっています。

中期はオリジナルと同等ですが、後期は再生産品となります。

この点に注目すれば、初期と中期はそれ程変わらないと言えるのではないでしょうか。当方が入手したユニットは中期のようです。ユニットを仰向けにして上から息をふっと吹きかけるとコーン紙がぐっと下がり、レスポンスの良さが見て取れます。

それが、後期ユニットになる少し事情が違うようです。アンプの高出力対策でしょうか、カンチレバーの材質(ベークライト)が変更されているようです。

因みに、アキシオム80のコーン紙には、はじめからカンチレバーが付いていたようです。

1. 初期(1960年代)

オリジナル。お尻の形状とロゴマークに注目。

2. 中期(1970年代)

補修部品で復刻。オリジナルと同等のコーン紙を使用している。


3. 後期(1984)

オーディオ・ニックスにて復刻(約1000本)。補修部品を使用して復刻しているが、コーン紙は再生産品。

http://garrard301.exblog.jp/11138738/
http://mblog.excite.co.jp/user/garrard301/entry/detail/index.php?id=11138738&page=2


3 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :2001/07/24(火) 09:48

相当前の話だけど、AXIOM80を試聴した。バックロードホン付の箱にはいって、球アンプで駆動されていてとてもいい音を出していた。

石のアンプを使っていたので、繋ぎ変えてもらったらなんかすごい音になって買わなかった覚えがある。


4 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :2001/08/07(火) 17:43

80は有名だけど、実際ちゃんと聞く機会は少ない。秋葉のヒノで数年前なにげなく聞こえてきたのが80だったが、実に美音だった。衝動買いはしない方だが、買ってしまった。ヒノ独自のユニット調整も老師の経験の賜物か。私も1本やらせてもらった。

スピーカーには固有の音色があるわけだが、美しい音だと感心するものは少ない。80はその代表かと思う。別に真空管アンプでなければならないということもなく、金田電池アンプでもきちっと鳴る。AXIOM80を聞いている幸福 という接し方も十分にあろう。

5 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :2001/08/07(火) 17:45

ヒノはユートピアと組んで、“にせもの”をつくるからな。 気をつけろよ。
海外サイトで、エッジ付の珍品AXIOM80を見たことがある(藁


6 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :2001/08/07(火) 17:46
→ 4
AXIOM80がそんなに上等なスピーカーとも思わないが、せめて、もうちょっとまともなアンプを使ってくれ T-T

7 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :2001/08/07(火) 18:19

AXIOM80で変な音を聞いた方は変?なお店で聞いたんでしょう。私もそんな経験があります。

マトモに鳴らすと他の製品を聞けなくなる麻薬的ユニットです。
でも今中古市場に出回って物は大丈夫なんでしょうか?

復刻品はいまいちらしいですが。


8 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :2001/08/07(火) 18:46

AXIOM80を崇拝する人は、よく見かけるが、当時のGoodmansのカタログでAXIOM80より高級なユニットは数種類あって、それらの音を聞いたことのある人は少ないと思われる。


9 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :2001/08/07(火) 18:51

80は特殊なユニットだから高い安いは関係無いみたい。
グッドマンのなかでも奇抜な存在。

10 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :2001/08/07(火) 18:54

軍用通信用の民間転換需要です。軍用放送は低域をカットするので、AXIOMの構造で良かったのです。

11 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :2001/08/07(火) 20:01

そのくせfoが異常に低いのはどういう意味があったんだ?


12 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :2001/08/07(火) 22:52

>>8
80も今見れるものは殆んど復刻物です。コーンもダンパーも違います。75年頃が境だと思います。


>>11
ねらった物ではなく、結果的な物です。ですからLP時代は非常に使い辛かったです(ランブルフィルタ・サブソニックフィルタ必須です) CDの方が良いですね。

http://mimizun.com/2chlog/pav/ebi.2ch.net/pav/kako/995/995927167.html


39 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :2001/01/11(木) 23:31

300BシングルでAXIOM80鳴らしてます。このSPはシングルがベストだと思う。

以前50シングルで鳴らしていたけど高いほうに緊迫感があって良かった。

300Bの方が扱いやすいので替えたけど、未練あり。

http://mimizun.com/2chlog/pav/ebi.2ch.net/pav/kako/976/976377470.html

当方、axiom80について悪戦苦闘しています。

多分、axiom80の所有者は同じ悩みをお持ちだと推察いたします。それは、低域が出ないのでバランスの悪い、所謂ラジオの音であると言うことではないでしょうか。そして、その原因は、エンクロージャーにあると考えているのではないでしょうか。確かにエンクロージャーに由るところが大きいと思いますが、それだけでしょうか、私はむしろ駆動するアンプに原因があるのではと考え、当方所有のアンプで、比較してみました。

axiom80は、直熱三極管シングルでドライブするのが良い結果をもたらすと言った意見が多いようです。ただ、当方所有の2A3の直結アンプでは、ダンピングファクー(DF)が低いためか好結果が得られず、QUADの真空管アンプの方が良いように思えました。ただ、QUADは高出力^^;のため、出来ればシングルアンプのほうが精神上も良いと思っています。

http://garrard301.exblog.jp/11877365/

このスピーカーを持つ者はあまねく人生を過つ」とまで言われた往年の銘機であり、私にとっては忘れることの出来ないスピーカーである。 このスピーカーにさえ出会わなければ、おそらくここまでオーディオに深入りすることもなかっただろうし、ましてアンプの発売元になるなどと言う事は想像さえ出来なかった。

ともかく最初に見たときの強烈な印象は忘れることが出来ない。独特のフォルムに魅せられ「これはいい音がする」と直感し惚れ込んだのだった。

最近友人のG氏がその「AXIOM 80」を手に入れたそうである。このSPの反応の速さと来たら現代SPもかなわないだろう。ともかく何をいじっても音が変わるし底知れぬ可能性を感じさせ、それがまたマニアを虜にさせるのだ。

SPの魅力はともかくとして、G氏が私みたいな運命を辿らないことを願うのみである。今回のことは彼のために喜ぶべきかはたまた同情すべきか大いに迷うところなのだ。

http://www.allion.jp/blog/audio_roman/2002/07/10/52.html

グッドマンAxiom80ですか? 

当時(昭和32年頃?)個性的なスピーカーの代表がAxiom80とLowtherでした。

LowtherはPM−6という指定箱入りで、Axiom80はやはり指定箱入りでしたが、音は全く正反対で、Lowtherはダブルコーンを強力な磁石で駆動する目の覚めるような歯切れの良い音で、Axiom80は弦とヴォーカル、特に女性の声ははまるで天国(?)から響いてくるように感じました。 Tannnoy VLZは貴婦人と称されたとおり優雅な音でした。

Axiom80はユニット単体1個の値段が当時¥26、500ーでとても手がでませんでしたが、代わりといっては失礼かもしれませんが、Wharfedale Suprer10RS/DDというスピーカーを一個買って(確か一個¥16,500−くらいでした)指定箱を自作して鳴らしました。これはAxiom80よりバランスのとれた音でした。

だからAxiom80は秋葉のテレオンの店頭で良く聴いたものです。弦とか女性ヴォーカルは天国的でしたが、協奏曲とか編成の大きなものは音が団子になってしまい駄目でした。よほどの熟練の手にかからないとバランスよく鳴らすことは難しいスピーカーです!

Axiom80の元は同じグッドマンのAxiom150ですが、コーンの造りが同じダブルコーン型で、Axiom150(後にAxiom300、400となる)のほうがバランスは良いです。

Axiom80の魅力はE、J、ジョーダンがユニットを設計した3点支持(コーンを支えるエッジが無い)によるもので、エッジが無いだけに鳴らすのが難しい、エッジというものがスピーカーにとってはいかに悪であるか、ということを証明しています。

http://s-seki.no-blog.jp/ombramaifu/2006/12/post_8a5b.html


Axiom80で有名な日野オーディオですが、問題が有るんですね:

ヒノオーディオ
http://www.hino-audio.co.jp/main_set.html

axiom80 x 2


axiom80についての否定的な意見の内、音楽によって得意不得意があるのは事実だけれど、キンキン耳障りな音を出すとか、低域が出ないとか、神経質で使いにくいと言った意見には、使い方の問題だと言いたい。けれど周波数特性がフラットとは言えず、音に色づけがある。本物の楽器は必ずしも金の粉をまぶした様な音を出さない。と言った意見には反論が出来ない。

神経質な機械かも知れないが、上手く鳴りだすと、艶やかで、鮮やかで、細いとか、ささくれだったとは感じない。

チェンバロやバイオリン、特にクレーメルのバイオリンをaxiom80で聞いてしまうと、他の正確なスピーカーを聴く気が無くなる。

他の点で自慢をする気はないけれど、友人に’弦はきれいでしょ。’と聴かせたのだけれど、あまり感心してくれない。その彼が日野オーディオでaxiom80の2連装を聴いて来て、大いに誉めるので聴いて来た。

驚いた、スケールが大きくて、分厚くて、音楽のジャンルによる弱みをを見せない。世の中で言われるaxiom80の欠点は全て解決されている。

まったく素晴らしいのだけれど、とてもaxiom80とは思えない。そう言えば、彼の大好きなATCにそっくりだ。

2連装の内、下のユニットにコイルを入れて、上を切っている。どこでどんなカーブにしているのかは、ここでは内緒にしておこう。単なるフルレンジ2連装では暴れてしまってまるでだめだったそうだ。お店では大分トライ&エラーを繰り返したようだ。

全く感心したけれど、あれでは折角axiom80を使う甲斐が無い。


金の粉をまぶしたチェンバロを聴けなくなってしまう。俺はこのまま、一発でいいや。

http://kawa.weblogs.jp/things/2007/12/axiom80x2.html


★★フルレンジユニットファンの広場★★


5 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :2001/05/30(水) 10:21

ステントリアンやジェンセン、グッドマン、ワ−フェデ−ル他色々有りますよ。
個人的にはAXIOM80が最高です。

8 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :2001/05/30(水) 10:46

>>5の中でAXIOM80は良いがそれ以外はゴミと思われ。
あ、ステントリアンは聞いたことないからわからんが。

80 名前:20代の若造 :2001/06/02(土) 03:53

 まじめな話、AXIOM80。俺自身はスキャンスピーク等の現代型ユニットを使っているが、AXIOM80にはぶっとんだ。

但し、まともに鳴らせているところは少ないと思われるので、店頭での判断はやめたほうがいいと思われ。

テレフンケンなどもいいらしいけど。

 フォスは悪くはないけど、長岡鉄男氏があそこまでフォスを使い続けた理由はいまひとつわからない。悪くはないけど、クラシック楽器の音の鳴り方をあまり知らないといった風に響く感じがある。


82 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :2001/06/02(土) 08:57

AXIOM80を店頭でまともな音で聞くことは最近では不可能でしょう。

善い状態の80の音を聞くとハマル人は他の物を受け付けなくなるでしょう。

逆に言えば今フルレンジにこだわるならあのレベルのもので無いと既製品のマルチウェイの勝ちではないでしょうか?


83 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :2001/06/02(土) 10:41
>>82
AXIOM80もスーパー・ツイーターで高域伸ばせば普通の音になるよ。


84 名前:40代のおじさん :2001/06/02(土) 14:43

No6 AXIOM80 グットマンズ 話題になっていますので便乗します。

15年程前に友人が秋葉原で購入し、箱を2度ほど作ってあげました。今も、だいぶ草臥れながらも現存している筈です。このユニットはかなりマニアックな造りをしています。

コ−ン紙を保持するエッジが無く、コ−ン紙前面のサブフレ−ムから3本のテンションア−ム(ダンパ−)でコ−ン紙を吊っています。また裏面のボイスコイル近くにもダンパ−が有ります。よって大振幅は無理で、この辺に若干低域の弱さと歪み感が顔を出します。

1度目は、大型の箱を作り、バスレフ、バスレフ(開口のみの奥ポ−ト無し)、後面開放とさんざんやりましたが、上手くいきませんでした。

2度目は逆転の発想で60L程の密閉箱に取り付けました。大成功です。ただし近距離でのリスニングが前提です。元々口径からして大きな部屋で朗々と響かせるユニットではないでしょう。試聴した感じは次の通りです。

まず音離れの良さです。この反応は比類のないものです。BETA8が切れ込む感じとすれば、このユニットは、はじける感じです。また2度目の箱にしてからは低域のキレも増し、量感も十分感じられます。

ジェンセンや755Eなどとは全く違った独特のHiFi的快感があります。>>82さんの言われているのはその通りでしょう。


尚、試聴はWE91タイプのWE300Bアンプでの話です。

どのアンプでも上手く鳴るような品物ではありません。極端に言えば、オ−ディオ機器と言うよりも精密機械と言うべき物体であり、梅雨時や冬季には機嫌が悪く、手に負えないじゃじゃ馬娘のようですがハマッテしまえば大恋愛となり、後はなにも見えなく聞こえなくなりそうです。


92 名前:20代の若造 :2001/06/03(日) 02:36
>>84
 詳細なレス、参考になります。私が聞いたときは、自作真空管アンプに、平面バッフルのようなもの(本人のお話では若干バックプレッシャーを与えるような構造になっているとのこと)でした。

低音の分解能は、優秀なスーパーウーハーとは別物で、不満がなくはないのですが、弦楽器の素晴らしい音、生き生きとして、しかも奏者の集中がだれでもわかるぐらいに強烈に伝わる音の深さには本当に驚嘆しました。

現代型ユニットでマルチ構成にしていますが、いずれは挑戦してみるつもりにしています。現代型ユニットも優秀な音であることは認めますが。

 フォス一発では、高音がどうしても緩く、いろいろ苦労をしたあげくにドームトゥイーターで2wayを組んだときは、フルレンジの限界のようなものを感じたものです。が、AXIOM80は、高音の緩さが少ないですね。

「古めかしい音」ではありません。無欲な音とは言えます。


94 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 :2001/06/03(日) 09:30

AXIOM80を超えるフルレンジを私は知りません。

高校生の時生意気に使っていた氏家氏(ミルキ−ラボ)のユニットはなかなかでしたが80に比べ何とも言えません。

80を超える様な物は今のオ−ディオ産業を考慮するとまずでないでしょう。

http://mimizun.com/2chlog/pav/ebi.2ch.net/pav/kako/991/991178100.html


463 名前:AC点火派 :01/11/15 09:06

AXIOM80ね、あれにハマルと厄介だ。(w
反応の速さは、他のスピーカーには真似できない、恐ろしいキカイ。

以前、道内の某ショップで、グッドマンオリジナルのツインキャビネットに収まったこれをみて、心がチジに乱れまくったことがある。

強力な磁気回路、繊細なカンチレバー設計で、あの音はこのスピーカーしか出せないと今でも思う。したがって神経質なこともこの上ない。

湿度はもちろん、例のARU使用が前提。

ストロークは短くないが、絶対にオーバーシュートさせるような聞き方は出来ない。ゆえに小編成クラシック専用がお薦め、別にこれでオケを聞いてもいいけれど、向いているとは・・・。

これは使いこなすというより、ユーザー側が逆に飼いならされるスピーカーだと思う。オールマイティではないので、2つ目のシステムに最高。いやいや断定はいけない。(w

これをメインにして、泥沼へ一直線。

もちろんオリジナル品に限ります。ラ技12月号の是枝氏のページをみると、ついにAXIOM80の片側4発システムが、稼動し始めたようです。誌面を見る限り予想を越えた出来のようで、高域不足もなく、夢見心地が続いているようです。
ディスコン品、ビンテージとの出会いは一期一会。 出会ってピンときたら、買うのがいちばん。人に相談してるうちに夢に終わってしまいます。出費という現実の痛みでくい止めない限りは。

小生、球とトランスでさんざん経験しました。(なんか小生、いい店員になれそうだなww)


466 名前:AC点火派 :01/11/15 12:32

ご理解いただけるとホントにうれしい。あの音は聴かなければ判らない。語る資格もあるわけがない。

そこまでAXIOM80に魅入られたのは、幸福なのか不幸なのか小生にもアドバイスは出来ないなあ。自分が信じる行動をとるしかないですね。

ヤブヘビですが、あの音はあのスピーカーにしか出せません。他のスピーカーであの音を追求するのは、そりゃ野暮というもの。

ただし、ベストコンディションのオリジナルAXIOM80と出会うのは奇跡に近いものがあります。


480 名前:AC点火派 :01/11/16 13:01

ARUは音響抵抗器のことです。上杉殿が見てきたのはシングル構成だと思うけど、エンクロージャー前面(バッフル)下部に、アコーディオン状のものがなかったですか。それがARUです。

振動板質量が小さくて、磁気回路(チコナルだっけ)が強力で、エッジレスのカンチレバー構造のため、コンプライアンスが極端に小さいんです。AXIOM80を何の工夫もせずに鳴らすと、全く低音が出ないんです。バスレフのような共鳴空気抜きも×。 空気制動をかけてやる必要があるんです。そのためにあるのがARU。


484 名前:7C5 :01/11/17 00:13

シュリロ貿易がGOODMANSのスピーカーを輸入していた頃A.R.U.は4種ありました。

AXIOM80の1個用のA.R.U.180,

2個用のA.R.U.280,

4個用のA.R.U.480と30cm,38cm用のA.R.U.172


がありました。壊れたのを見ると金網が何層にも入っていました。


AXIOM80は、使っているとベークのサスペンションが柔らかくなってきて良い音になりますが、長続きせず折れるかたわんでボイスコイルをこすることになります。低音は欲張らず、入れない方が良い音がします。難しいスピーカーで、万能ではありません。

P610Aが1200円の頃、AXIOM80は、28500円もしました。


563 名前:AC点火派 :01/11/26 10:17

ウーファー追加の件ですが、個人的には賛成しかねます。

AXIOM80の速度感(反応の早さ)にマッチするユニットなんて、そもそもこの世にないはずです。これはAx.80のよさを理解する人ほど、そう感じるはずです。レンジ追求であのジンジンするようなリアル感を損なわないこと、これが小生の考えるやり方です。ARU使用くらいがいいところだと思うんだけどなあ。

もちろん現代の感覚では、プアにしか聴こえませんでしょうが。ナローレンジのファンもまたいらっしゃいますよ。小生はナローもワイドもどちらも好きです。選択肢は多い方がイイ。

どれかに決めてしまうと、後から厄介です。(w


564 名前:上杉 :01/11/26 11:11

そうですね、AXIOM80に合うウーファーってどんなんだろと思ってたけど、在るわけないですか。取りあえず箱作って、ARU色々試してみて、それから考えます。

http://mimizun.com/2chlog/pav/ebi.2ch.net/pav/kako/1000/10009/1000980770.html


 ■名前 : 石井 (aishii@mac.com)

AXIOM80は一般的に言われるエッジが無く、ヒンジの様なもので振動板を支えたメカニカル2ウェイユニットです。

AXIOM80は今となって考えると、あの音色の気品の高さ、そういう音色の好みという点で評価するべきユニットでしょう。 現代的な課題である周波数特性や位相特性の高さから来る自然な音というのとはちょっと違います。 しかし、AXIOM80から出る音は生の音のある側面(特にヴァイオリン)は明らかに上手く表現し、そういう音の次元では今は較べるものの無いユニットである事も確かです。


 ■名前 : むーぱぱ

アキシオムは響きの美しい箱で大型密閉とか後面開放形とかバックロードだとか・・難しいらしいです。


 ■名前 : ビートチェイサー

AXIOM80やはり、大きな響きのいい箱でゆったりということになるのでしょうか..。
このユニットの達人を探せない限り手を出さない方がいいのかも..。


 ■名前 : KOBA
 
オーディオマニエストロの是枝重治さんにご相談されてはいかがでしょう
片チャンネル80 4発の装置をお使いですたしかビートチェイサーさんお使いの45シングルをそれ専用に開発されたとのことです

 

 ■名前 : ビートチエイサー


▼KOBAさん:)オーディオマニエストロの是枝重治さんにご相談されてはいかがでしょう)片チャンネル80 4発の装置をお使いです)


たしかビートチェイサーさんお使いの45シングルをそれ専用に)開発されたとのことですそれはそれは。きっとでかいSPなのでしょうね。

一発のARU付きの指定箱でさえ横幅45cm!!

周波数的にも2k辺りから徐々に音圧レベルが下がり400Hzでは8dBも下がるやや特殊なユニットのようです。

これが麻薬的な美しさに寄与しているのでしょうか。小さい箱希望の私としてはスコーカーとしてとも、思ったのですが繋げるウーハーがまたまた大変そうです。AXIOM80には2Wの45をウーハーには30WのEL34PPをと漠然と思ったのですが、サイトをいくら検索してもそんな使い方の80などあるはずも無く。まぁ、素人の夢(ほとんど妄想)ですから。(でも実現してくれるプロはいる..?)

 ■名前 : KOBA


アキシオム80は一芸に秀でているようですね。これでジャズとかロックを楽しんでいる方は)おられるのでしょうか?

何度かアキシオム80は聴いたことがあります。そういったジャンルには向いていないように思います。小編成の弦楽器等を楚々と鳴らすようなイメージを持っています

叩く音は苦手で、擦る音が得意なものといいますか。ご承知のとおりfoが20ヘルツといっても聴感上低域感は感じませんでした。JAZZに夢中な頃でしたので、80にはまったく関心が沸きませんでした


 ■名前 : むーぱぱ
 
イーディオのオヤジさんは以前アキシオム80を使っていたのですが、弦楽四重奏とかチェンバロとかはものすごく相性が良かったが、他はまったく聞けた物ではない。年取って枯れて引退したら、こいついじって暮らすというのも良いかなとのたまっていました(^^;;。自分もたまに鳴っているのを聞くといつも弦楽四重奏とかの、小編成クラシックでしたね。


 
 ■名前 : ビートチェイサー
 
AXIOM80ってアンサンブルのSPと似ていますか?ジャズはパシパシして実態感がありませんでしたが、バロックはゾクゾクする陰影感のある音であった記憶があります。

AXIOMで小さな箱に入れ、2kHz辺りで小型ウーハとクロスさせ、ジャズも聴けるようにする..やって見ようかな..。でもメインという野望、捨て難いな〜。(もちろん製作、測定関係は、ガレージスピーカ屋に委せますが。)

 

 ■名前 : むーぱぱ
 
これは止めた方が良いでしょう。スコーカーやツイーターの替わりになる代物ではありません。また、フルレンジはフルレンジとして味わうのが本道じゃないかと思います。

フルレンジにツイーターやウーファーを加えて2wayにしてしまうと言う事は、フルレンジとしての味わいを大いに減じさせてしまいます。

 ■名前 : ビートチエイサー
 
そうですか..色々とお話を頂いて、AXIOM80はフルレンジとして動作させ、それにウーファ、スーパーツイータを足して味付けしようかなと..。そういう手法のスピーカーもありますので、いいかなと思ったのですが。(確かアンドラがモレルのフルレンジを活かしたそういうスピーカーだったような。)AXIOM80とはフルレンジの味わいを追求してこそ存在価値のあるユニットと言う事なのかもしれませんね。


 
 ■名前 : etrt99


正月帰省で実家でゴロゴロしながらオーデイオ関係の書籍を読んでいたら、Axiom80の記述が有りましたので投稿します。文部省認定通信教育オーデイオ講座テキストの中に、有名なスピーカーの項目が有り、ウエスタンの555、RCAのLC−1A、クオードのESL、日本の16cmフルレンジ類と共に紹介されていました。以下原文のまま


このスピーカーは強い個性がありますから、それが好みに合う人にはたまらなく良いスピーカーであり、気に入らない人には我慢のならぬスピーカーですが、いずれにしても問題の多いスピーカーで、いわば音楽的な音がするとでもいいましょうか、9”半という変な寸法の本当のフリーエッジのダイナッミックコーンスピーカーです。

振動系はダブルコーンで、主コーンは完全にエッジがヨークから切り離されています。そこでコーンを保持するのは、前面からブリッジされたリングから出たベークライトのカンチレバーで、このスピーカー以外にこんな見事なフリーエッジのものは見受けられません。

エッジが切れているので、どうしてもコーンの後の音がその切れ目を通って前へ出てきますから、低音は不足がちです。それでも中音の盛り上がり、高音部の音の輝きなどには独特の味が有って、昔からアマチュアは一度はこれを使って見なければならないスピーカーです。 
                         以上                        


 ■名前 : ビートチエイサー
 
▼etrt99さん:)エッジが切れているので、どうしてもコーンの後の音がその切れ目)を通って前へ出てきますから、低音は不足がちです。

ということは、逆バックロードで後ろに放出された音圧を優しく受け止めて少しずつ絞ってあげた方が、エッジからの音漏れを少なく出来ると思ったのですが如何でしょう。バックロード、バスレフ、ましてや密閉など、それなりの負荷がユニットにかかり音漏れが大きくなりそれらの方式の意味が無いのかなと感じました。

指定箱がなぜARUなのか、なんとなくわかったような気がしました。スピーカ作った事もない人の戯れ言ですが、いずれにしても、やはり箱は大きくないと鳴らせないような気が..。自作派の方、コメント頂ければ幸いです。

 ■名前 : むーぱぱ

▼ビートチエイサーさん:)ということは、逆バックロードで後ろに放出された音圧を優しく受け止めて)少しずつ絞ってあげた方が、エッジからの音漏れを少なく出来ると思ったのですが意味無いと思います。受け止める(てのもおかしいですが)以前に漏れるわけですからね。


 ■名前 : KOBA

B&Wも似た原理ですね ただアキシオム80を逆BHで使っている例を知りません

人柱でいかがですか(笑)実は私の方もハセヒロさんに手持ちのAMPEXの20センチフルレンジ用にこの逆BHを特注しようと思っていたところです。珍しくて衝動買いしたユニットです。こういったものは無理して低域を稼がずに、ばっさりと低域はあきらめて(余分な音は出さずに)ユニットのいいところを聴いた方がユニットの個性を楽しめていいかと また出来たらレポートします

ところでこのAMPEXのテープレコーダー用の管球プリアンプをいじれば立派なフォノイコライザー付オーディオ用プリアンプとして使えるんですね。金色パネルの。音が何とも抜ける感じでよかったんですねえ。これもいつかは手に入れて使ってみるつもりですオーディオの夢は尽きませんね)スピーカ作った事もない人の戯れ言ですが、いずれにしても、やはり)箱は大きくないと鳴らせないような気が..。)


自作派の方、コメント頂ければ幸いです。昔のユニットですから箱は大きいものが指定されていたのではアキシオム80を小型箱に入れていたケースは寡聞にも知りませんヒノにも80用の箱が売っていました私も死ぬまでには一度は使ってみたいユニットです

 ■名前 : ビートチェイサー

▼KOBAさん:)http://www.spnet.ne.jp/~hasehiro/product/r-backlord.html)ただアキシオム80を逆BHで使っている例を知りません)人柱でいかがですか(笑)そうですね、トールボーイ式にすればコンパクトにAXIOM80が使えるかも知れないと、考え始めています。後ろに放射されたエッジからエア漏れして、へろへろになった低音を如何に効率よく使うかということになるのでしょうか。

1/3位の後面解放でのトールボーイでもいいかも、安定波対策が大変そうですが。しかしとんでもないこの周波数波形、1KHzから100Hzの間で8dBも音圧が下がるなんて、音漏れ起こしていると言われれば、確かにと思ってしまいます。周波数的にも難しいユニットであることがわかります。しかしエアー漏れ起こすユニットってユニットとしはもしかして不完全品?それが天才たる所以かも。

 ■名前 : KOBA


▼ビートチェイサーさん:)音漏れ起こしていると言われれば、確かにと思ってしまいます。)周波数的にも難しいユニットであることがわかります。)

しかしエアー漏れ起こすユニットってユニットとしはもしかして不完全品?)

それが天才たる所以かも。)

 特性的には不十分ながらオーディオファンを惹きつけてやまないサムシングがきっとあるのでしょう。しかし指定箱は変形6角形で箱内の定在波の問題をよく考えていますね。さすがはグッドマン博士、ジョーダン博士です

コーナーの角も取られていて現代の箱設計に通じるものも。温故知新ですね)これもGOODMANの指定箱なのでしょうか? しかし、でかい。)

http://simpletube.com/zboard/zboard.php?id=13&page=1&sn1=&divpage=1&sn=off&ss=on&sc=on&select_arrange=headnum&desc=asc&no=137

これは大きすぎますね。これだけでかくしても特に低域がよく聞こえるわけではないでしょう。

http://audiofan.net/board/log/tree_393.htm

2007年10月06日

傑作スピーカーAxiom80と出逢った夜

その夜は、駅から家に向かう道端には夜露の匂いが充満していて、僕は一軒の家の前に通りかかった時、玄関先に植えられているハーブ・ミントの葉片をむしり取って鼻先に持っていき淡い緑色の樹液が一瞬の間放つ冷たい芳香を夜露とともに吸い込んで高揚した胸を鎮めたものだった。低空には落ちた葉の代役を務めようとするかのように鮮やかな黄色い月が銀杏の梢に留まろうとしていた。僕の両手はすでに鬱血していて、帰りの混み合う電車の中でも片時も身辺から離さなかった2つの段ボール箱があった。歩を進めるたびに中のずしりと重い金属塊がケースに当る鈍いが高貴な音がして微かな胸騒ぎがしたものだった。

僕がまだ少年だった頃から永い年月の間憧憬の対象だった英国製のスピーカーAXIOM80を手にしたのは、そんな再び訪れようもない静謐で祝福された夜のことだった。

僕は、その夜は早々と書斎にこもり、逸る心に抵抗しながら如何にも英国風の楚々とした「GOODMANS」の文字が印刷された段ボール箱を開けると、中には貴重な古生代のアンモナイトの化石でも収めるかのように黒いざらついた麻布に大切に包まれたユニットが静かに居た。僕は、それをそっと取り出して熟した柿のような紅色に塗装されたマグネットや無骨なほど逞しい冬の海のような灰色のダイキャスト製フレームをそっと撫でてみたのだった。そして、3本のベークライト製のカンチレバーに支えられただけの蝙蝠の羽のような繊細なコーン紙にそっと息を吹きかけ敏感に反応するを確認しながら、奏でられるであろう夢の音に思いを馳せたものだった。

そうして、その輝かしい夜は、これから始まろうとするリストの前奏曲のように厳かな情熱を秘めて眠るのも忘れさせ時が過ぎていったのだった。

GOODMANS AXIOM80

その夜からもう二十数年が過ぎたはずですが、まるで昨日のことのように思い出されます。

夢が現実になった輝かしい夜として、僕のオーディオの旅の記憶の中に1里塚のように標されることになった特別な夜として。
今、AXIOM80は僕の眼前で17歳の女のように、存在そのものを勝ち誇るかの如く、時に清らかに、時に気まぐれに、時に自らの命を絶つほどに危うく儚く鳴っている。ピアノはどこまでも澄み切り、チェンバロは陽炎のように立ちのぼり、弦は冴え渡り、歌はまるで美の化身なのだ。これ以上を望むのは止そう。究極の美という真理にたいする冒涜なのだから。

それにしてもAXIOM80で聴くこのCDたちは夢のような美しさだなぁ・・・


Sept 10,2006 AXIOM80との旅

私が、神田万世橋の、とあるオーディオショップで、永い間憧れていたグッドマンのAXIOM80を手に入れたのが、今から凡そ20数年前の、年の瀬も押し詰まったある日のことでした。そのショップには、それまでにも何度か足を運び、ショールームに置かれた指定箱入りのAXIOM80を見て、いかにも英国製を思わせるそのいぶし銀のような姿に心が揺れ動いていたのです。

でも、その日は、エアータイト社製の真空管アンプで出力管が6CA7のものがAXIOM80をドライブしていて、今まで聴いたことも無いような俊敏で繊細でありながらとてもエレガントな音で鳴っていたのです。演奏されていたのは確か、ジャック・ルーシェ・トリオの「プレイ・バッハ」とムジカ・アンティグァ・ケルンのバッハ「トリオ・ソナタ」だったかと思いますが・・・

じっと佇んで聞き惚れている私を、そのショップのオヤジさんは無言で、ただ唇の端に笑みをうかべて見ていただけでした。気が付くと、背中を誰かに突かれるかのように衝動的に買ってしまっていたのです。

もちろんAXIOM80には、その日に至るまでにも、同じくらい永い年月の、出会いから神格化への私的ストーリーがあるのですが、とにかくAXIOM80でなければならない何かが私自身のなかに育まれてきたことは確かでした。

ともかく、買ったその夜は、AXIOM80の赤いマグネットやダイキャスト製のフレームをそっと撫で、3本のカンチレバーに支えられただけの繊細なコーン紙にそっと息を吹きかけ、敏感に反応するを確認し、出てくる音を想像しながら夜眠るのも忘れ幸福感に浸っていたものでした。しかし、その夜が、AXIOM80との永い彷徨の旅の始まりであろうとは、夢にも思わなかったものです。

Sept 11,2006 AXIOM80よ何処へ

今から凡そ20数年前の冬のある日、突き動かされるようにしてAXIOM80を購入してはみたものの、その日からというもの、この愛すべきヤツをどんな箱に収めようかと悩める日々が続いたものでした。確かにARU付指定箱の反応の早い低音は魅力的でしたし、箱そのものの持つギャラントな風格は捨てがたいものがありましたが、疑問も捨て切れなかったのです。それは、AXIOM80のエッジレス構造から考えてARU付指定箱の低域は本当にローエンドまで伸びているのだろうか、ということでした。

ちょうどその頃は、80年代の中ごろで、CDがLPを駆逐し始めた時代で、録音もほとんどデジタル方式となり、こと低域に関してはCDは優秀でかなり期待できると感じていました。それだけに、ARUは本当に低域再生に貢献しているのだろうか、という疑問をどうしても拭うことができなかったのですね。それからというもの、バスレフ方式、マルチダクト方式、後面開放型、平面バッフル型、と何枚も図面を起こしたものでしたが、どれも納得がいかなかったのです。

ただある日のこと、何気なく、全く裸のままのAXIOM80に2A3のアンプを繋いで、マット・デニスやキャロル・シンプソンを聴いてみたのですが、これが息を呑むくらい素晴らしかったのです。でも、もちろん大切なAXIOM80を裸のまま使い続けるなんて出来る訳がありませんし、低音は当然スリムすぎるわけですね。 しかし、この日のことが、更に悩みを増幅してしまい、遂にはAXIOM80を20年近くも押入れに仕舞い込むことになってしまったのです。

Sept 11,2006 中域専用AXIOM80なんて?!

そうなんです!私はAXIOM80を中音専用で使っているのです。

AXIOM80をミッドレンジで使うなんて「そんなの邪道だ!Axiom80を冒涜するにも甚だしい。」という批難が聞こえてきそうですが・・・

でも、これ20数年間彷徨った挙句の「苦渋の決断」・・・どこかの政治家がよくこんな言葉をね・・・だったのです。しかし、これがなかなかなのです。まさに、目から鱗のなんとやら!

しかもこの風体、どこかで見たことが・・・と気付いた人はかなり年期の入った上級者かもしれません。恐らく生を受けて半世紀は過ぎているでしょう・・・
そうなんです、このシステム、もとは某一流メーカーが70年代に発売したもので、「ASW」方式と言って中にスーパーウーハーが組み込まれていて、本体下部のスリットから超低域のみが放射されるのです。私はオリジナルのそのシステムの中音用ユニットだけをAXIOM80と取り換えた訳です。

しかも、写真を見れば判ると思いますが、バッフルから少し浮かして取り付けてあり、擬似後面開放型になっていて、極力バッフル面の影響を少なくしてあります。クロスオーバーは100HZと5000HZで高域はオリジナルより少し高い方にずらし、AXIOM80の持ち味を出来るだけ残してあります。まぁこのへんは、AXIOM80のいいところを残しながらも、上下に帯域を広げようという無謀な試みなので、これからも試行錯誤が必要でしょうね・・・

ただ、箱そのものは全くオリジナルに手を入れていません。

当初は少し改造するつもりでしたが中を開けてビックリ!
「昔の職人さんはいい仕事してますね!」と思わず叫んでしまいました。丁寧なしっかりした造りでとても手を入れる気にはなりませんでしたね。もっともオリジナルのままでも、とてもいい音で、日本のオーディオ全盛期が生み出した傑作スピーカの一つであることを、開発した技術者や職人さんたちの名誉のため付け加えておきます。

この愛称「やどかりシステム」は最近の低域のよく伸びたデジタル録音のCDにも充分応えてくれます。例えば、ヘルゲ・リエン・トリオ「スパイラル・サークル」の重低音の風圧です。また、ヴォーカルものの再生にもっともいい資質が顕れるようで、ダイアナ・クラールの歌もので名エンジニア、アル・シュミットが録音した数々のアルバムなど、とても素晴らしく聞かせてくれます。本当に、彼女の柔らかい潤いのある唇が開かれた瞬間の、唇が弾かれるかすかな音まで、このシステムは再生してくれます。


Sept 12,2006 AXIOM80にようやく安住の地が

AXIOM80をどんな箱に収めるか悩みぬいた空しい何年かが過ぎ、ふと立ち止まると、指定箱以外の箱に収めるなんて、AXIOM80に対する冒涜ではないかな、というもう一人の自分とのはざ間で、とうとう、AXIOM80を心の奥底深くに封印してしまうことになってしまいました。

そして、殆ど意識に上ってくることもなく20年近くが過ぎた2006年の早春のこと、何気なく見ていたネットオークションで、とあるリサイクルショップから、本当に昔懐かしいスピーカーが入札に掛けられているのが目に留まったのです。そのスピーカーは、1970年代に、ある一流電気メーカーが威信をかけて開発したもので、ASW方式というユニークな構造をもったもので、しかも当時としては非常に珍しいトールボーイタイプたったのです。価格も当時としてはかなり高額で、働き始めて間もない自分には高嶺の花だったものでした。その写真を見た瞬間「これはイケる!」と閃いたのですね。そして、競る人もなく、あっけなく落札し、数日後にはもう配達され、その日は開梱するのももどかしく、早速、真空管アンプを繋いで音出しをしたのでした。

試聴には音質テストにいつも使っているキース・ジャレット・トリオの「スタンダードVOL1、2」をかけてみることに・・・

低域の素晴らしさは、想像以上でしたね。38cmウーハーのメインシステムより更に1オクターブ下に音域が伸びたようにすら感じたほどでした。ただ、やはり中音用ユニットは、永年使われていなかったらしく、エッジが硬化していて、予定通りAXIOM80と交換することにしたわけです。

これが、我がAXIOM80に安住の地が見つかるまでの、甘酸っぱくも切ないストーリーと言うわけです。


Sept 14,2006 AXIOM80考(1)

私がAXIOM80に魅入られたのは何時頃のことなのだろうか、そして、それは何故なのだろうかと、ふと思うことがあります。遥か学生時代、どこかのオーディオショップで、指定箱入りの、そのいかにも英国製を思わせるいぶし銀のような音と風格に心を奪われた想い出はありますが、では、なぜタンノイではなかったのでしょうか。

それは、きっと他の多くのAXIOM80を溺愛する人たちに共通しているのではないかと思いますが、その限りなく俊敏でエレガントな音となりと、それを可能にしている極めてユニークな構造にあるのではないでしょうか。きっと、常に極めて純度の高い透明で明晰な音と、そして、何よりも自分自身の音を求めて止まない人たちなのでしょうね。

私がAXIOM80への想いを決定的にしたのは、「ラジオ技術」誌1983年2月号で是枝重治氏が「別格のフルレンジ」と題してAXIOM80についてこんな衝撃的な記事を書かれているのを目にしたからです。

「Axiom80の魅力とは、優秀なマルチウエイ・システムに匹敵する広帯域と低歪率、そして、フルレンジ特有の自然さに加え、筆舌に尽くしがたいデリケートな分解能を挙げたい。

ワイドレンジと自然さがこれほど高い次元で美しく融けあった例はない。
その隔絶した敏感さのゆえに、あらゆる不純物を極度に嫌う傾向がある。
ロマンにひたれる姿、形、音である。」

と、さらに愛聴盤に触れ

「リヒターの旧録音の「マタイ受難曲」では、例え1千万円を投じた装置でも、このように、血が噴き出るような凄絶な緊張感と、得もいわれぬような天国的な美しさが精緻にして極めて静謐な空間をともなって再現されることはないであろう。
いったい録音技術は進歩しているのだろうか、そしてスピーカーは本当に30年の間によくなったのであろうか。」


そして、是枝氏はAXIOM80に限ってはトランジスタ・アンプは不可で、入念に設計され、注意深く組みあげられた直熱管シングル・アンプこそ最適であるとされ、ご自身はWE300Bシングル・アンプでドライブされていました。この文を読んでからというもの、私のAXIOM80への想いは殆ど神格的高みにまで達してしまったようです。


Sept 13,2006 AXIOM80のこれから

AXIOM80が、我がささやかなリスニングルームに安住の地を見つけ、半年が過ぎようとしています。そして、ようやく20年間の空白を埋め合わせるかのように自己を語り始めつつあります。時に静かに、時に雄弁に、でも、決して聞き手に媚びを売ることなく。

AXIOM80とエレガントにヂュオを奏でているのは真空管2A3シングルのロフチン・アンプです。

3極管シングル・ロフチンアンプってこんなにも低域が伸びていたのですね、と認識を新たにさせてくれました。中域はよく出来たホーンスピーカーのように、ピアノは実体を伴って聞こえ、ヴォーカルは歌い手が眼前にホログラフのよう浮かび、高域はシンと静かで、艶やかで、古楽の弦楽合奏などは倍音の奔流に身も心も押し流されそうです。

この、静かでトランジェントのいい音となりは、若かりし頃の風薫る5月、京都の三千院を散策した後、心地よく疲れた体を癒すため立ち寄った下九条のジャズ喫茶「シアンクレール」で聴いたコルトレーンのバラード集でのエルヴィン・ジョーンズのハイハットを彷彿とさせてくれます。

こんな風に、我がAXIOM80はアナログ録音全盛期の50年代から70年代の情報量の多いLPの再生だけでなく、最近のデジタル録音の低域の優れたCDにも素晴らしい適応力を見せてくれています。古から、AXIOM80はよく出来た3極管シングルアンプでなければ鳴らすことは難しいというのが常識でしたね。

でも、私は「邪道」という非難を覚悟で、AXIOM80の低域と超高域を他に委ねることで、偶然にも新しい地平線を発見することが出来たようです。しかし、これは新たな、AXIOM80との旅の始まりかもしれませんね。

低域は大型送信管のVT4C(211)低電圧駆動ロフチン・アンプを組み、マルチアンプ駆動にしたらどうかな、金田式DCアンプで駆動したらどんな音を聞かせてくれるのかな(案外、常識に反して半導体アンプでもスピーカードライヴ能力の高い金田式アンプなら、気難しいAXIOM80も素晴らしい音を聞かせてくれかもしれませんね)など夢は広がります。でも、いったい何年かかることやら・・・


Sept 16,2006 AXIOM80考(2)

是枝氏は、「ラジオ技術」誌1983年2月号でAXIOM80は直熱管シングル・アンプこそ最適と書かれていました。私も、これには全く同感で異議をとなえるつもりはありません。

AXIOM80は20Hzとfoが低く、極めてコンプライアンスも高いため、トランスを介さないトランジスタアンプではレコードのソリなどの超低域でコーン紙が揺さ振られ、AXIOM80を傷めてしまう恐れがあります。
また、市販の半導体アンプではその商業的音創りからAXIOM80の個性を偏らせてしまうこともありえますね。

現に私も、極限までシンプルな3極管シングル・ロフチン・アンプで聞いているわけで、是枝氏の静謐な世界に僅かながらでも近づくことができたのではないかと・・・

空気が冷たく澄み始めた晩秋の夜更け、窓辺からヴァーモントの山々にかかるような月を見ながら聴くシェーンベルクの「浄夜」にはそんな静謐な世界が・・・


しかし、是枝氏がAXIOM80礼賛の文章を書かれて20年以上が過ぎ、今もこの文章にある真理の価値は衰えるものではありませんが、時代はデジタルが主流となり、こと再生系のメカニカルな部分、とくに低域に影響を及ぼす部分に関しては、非常に安定してきたものと言えます。

そして、私のミッド・レンジ専用としてのAXIOM80は、俊敏ではあるがローエンドまで伸びているとはいえない低域と、殆ど分割振動領域の悲鳴といってもいい超高域をなだらかに減衰させ、他のユニットに委ねることで、個性を温存しつつ欠点を排除することが出来たのではないかと思います。(自画自賛ですね)
そこから、今に生きるAXIOM80の地平線が見えてきたとも言えますね。

そこで、これからの新しい地平線を目指す旅の計画は、こんな風です。
果たして何年かかることやら・・・


 ☆低域はVT4C(211)低電圧駆動のロフチン・アンプ
    中高域は現用の2A3のロフチン・アンプのマルチアンプ駆動

 ☆金田式DCアンプによる駆動
    1、現用のバッテリードライブ・パワーアンプによる駆動
    2、バッテリードライブ・オールFETのプリ・メインによる駆動
    3、真空管式DCアンプによる駆動


この中で、私がもっとも期待しているのは、金田式アンプによるドライブで、たとえ半導体アンプであっても、ドライヴ能力の高い金田式アンプであれば、気難しいじゃじゃ馬AXIOM80もきっと静謐な音を聞かせてくれるものと・・・
真空管アンプのエレガントさの要因でありながら、僅かな音の曇りの原因でもあるトランスがない半導体アンプにも出番が回ってきたようです

http://blog.livedoor.jp/audio_romantic80/archives/cat_50020584.html
http://blog.livedoor.jp/audio_romantic80/archives/cat_50020591.html

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         ゙、 ', | |   | `l'"´    ゙、|  |i   | オーディオ オタクになるのね
         ヽ ヽ | |   レ'′      \ || /
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12. 中川隆 2011年4月23日 02:05:38: 3bF/xW6Ehzs4I : MiKEdq2F3Q

人気のあるAXIOM80は、音楽を聴いた時に特に弦が生々しく聴こえる名機中の名機ですがその理由は何処にあるのか他のスピーカーとの違いを見てみました。

大きく異なる点はエッジレスな所です。

今まで特性を測定して思うのは、エッジが無い状態で測定すると、コーンの表から出る音とエッジの無い隙間から出てくる音で低域などを打ち消し、中低域が10dbくらい下がり不自然な特性になるものです。

初めからエッジの無いAXIOM80が上記の特性になるのは左上の写真に理由があるのかもしれません。

写真左上はコーン表から見たコーンのフチ(TANNOYのように少し逆に折り返してある)が表フレームの奥に収まっており、ユニット正面から見る限りコーンのフチの隙間から奥は見えません。

写真中央は同じ所を裏から見たコーンのフチ、折り返してあるのが確認できます。これもフレームの奥にコーンが納まっております。どちらも他のスピーカーでは見る事の無い構造です。


Lowther VS AXIOM80 何処が違う。

Lowther PM6A & Goodmans AXIOM80



両者のコーン違いを比較してみました。

        PM6A    AXIOM80

コイル径     38mm    25mm

コーン径     156mm   202mm

Wコーン径    91mm    87mm


Lowtherのコーンの特徴はWコーンが大きい事です。上記のように、メインコーン156mmに対して91mmのWコーン、さらにWコーンの深さはメインコーンと同じだけあり、形状はストレートコーンです。

AXIOM80はコルゲーション付きのメインコーンに対しWコーンは形状がカーブドコーンになっている、コーンの深さはメインコーンの約2/3くらいです。


赤・・・PM6A
青・・・AXIOM80

上記のように中高域にかけてPM6Aの方が能率が良い。これはAXIOM80のコーンにあります、コーンのコルゲーションにより中高域を出にくくしているからです。またグラフ青の5kHz付近の谷はダブルコーン特有の物です。

http://ameblo.jp/sp3/theme3-10001426127.html


321 :あれま:2005/08/02(火) 01:15:19 ID:Bg6b7Anp

日野で、保守用のAXIOM80のコーン紙をフォステクス のフルレンジに付けたのが売っていましたが、なんとそれが、 AXIOM80と同じ音がするのです。

エッジが付いているので少し違うのですが、似たような音です。あれは、コーン紙の音だったのですね。

http://mimizun.com/log/2ch/pav/1113488613/


瀬川冬樹さんのリスニングルーム 1961年
http://blogs.yahoo.co.jp/yoko_yama888/8563807.html

この頃、名古屋の納屋橋にヤマハビルの中にオーディオ売り場があり此処で海外の最新のシステムを見ることが出来た。今も鮮明に覚えているのはGOODMAN AXIOM−80、301、ワーフデールスーパー12RS/DDだ、

特にマランツ#7は雑誌の写真でしかお目にかかったことのない超高級品も展示してあった、このアンプはデザインも素晴らしく音質も第一級の芸術的なアンプで何時かは手に入れたいと夢でも思ったが価格は当時で15万円はした記憶がある。オーディオマニアなら誰でも手元に置きたい芸術的な逸品ですが、この#7が発売されたのは1958年もう50年前になります。

瀬川冬樹氏こそGOODMAN AXIOM−80とマランツ#7を45アンプで鳴らされて こよなく愛された方でその魅力にハマッた一人ではないだろうか、

http://www.kit-ya.jp/etc/club/audio/y-009.html


45
http://www.osk.3web.ne.jp/~euvalve/gallery/45.html
http://www.single-ended.com/2A3/2A3single-J.htm

真空管コレクションと詳細
http://www.anc-tv.ne.jp/~suzuki3/korekusyon/sinkuukan_korekusyon.htm


瀬川冬樹氏はGoodman 社のAXIOM-80 スピーカーを初めて使ってみて、高域がキャンキャン鳴り、低域不足のどうしようもない音と、ユニットの創意溢れる外観とのギャップに困惑して

「こんな見事なユニットから悪い音が出るはずがない!」

と決意して、使いこなしに努力し、ついに芳醇な音を引き出すことに成功した、との話をオーディオ美談として聞きましたが、まるでそんな気分です。(笑)

 もっとも、瀬川冬樹氏の本業は工業デザイナーで、優れたプリアンプの設計者でもありましたが。

http://homepage.mac.com/jo_makoto/craft/fps/fps.htm

瀬川先生がAXIOM80のためにUX45のシングルアンプをつくられたことは知られている。
     *
暗中模索が続き、アンプは次第に姿を変えて、ついにUX45のシングルになって落着いた。NF(負饋還)アンプ全盛の時代に、電源には定電圧放電管という古めかしいアンプを作ったのだから、やれ時代錯誤だの懐古趣味だのと、おせっかいな人たちからはさんざんにけなされたが、あんなに柔らかで繊細で、ふっくらと澄明なAXIOM80の音を、わたしは他に知らない。この頃の音はいまでも友人達の語り草になっている。あれがAXIOM80のほうとうの音だと、私は信じている。
     *
ステレオサウンド 62号には、こう語られている。


「試みに裸特性のいい45をつかってシングルアンプを作って鳴らしてみたら、予想外の結果なんです。AXIOM80が生れ変ったように美しく鳴るんです。」


45のシングルアンプが、ここにも登場してくる。

瀬川先生の先の文章につづけて書かれている。
     *
誤解しないで頂きたいが、AXIOM80はUX45のシングルで鳴らすのが最高だなどと言おうとしているのではない。偶然持っていた古い真空管を使って組み立てたアンプが、たまたまよい音で鳴ったというだけの話である。
     *
出力管に UX45を使えば、それでシングルアンプを組めさえすれば、AXIOM80に最適のアンプができ上がるわけでないことはわかっている。

どんな回路にするのか、どういうコンストラクションにするのか、配線技術は......、

そういったことがらも有機的に絡んできてアンプの音は構成されている。

それでも45のシングルアンプ、いちど組んでみたい気にさせてくれる。

http://audioidentity.blog.so-net.ne.jp/2010-11-02

310 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/01(月) 11:34:38 ID:wZ+SKk5D

私は瀬川冬樹さんといえば、真っ先に「Goodmans:AXIOM80」を思い出すネ。
今、私もAXIOM80を3/6板の平面バッフルに取り付けて格闘している毎日。
アンプはUX45のシングル。


311 :彰篠宮 ◆HfAKisHiNo :2005/08/01(月) 17:42:23 ID:5oRrVtO8

瀬川冬樹さんは、確か45でしんみり聴きたい、とも仰られていたと記憶しております。
AXIOM80の箱を開封したときの記述、バッフルに取り付けて出した最初の音についての記述、懐かしく思い出されます。

312 :KAN:2005/08/01(月) 21:38:56 ID:PXkQh5FZ

AXIOM80はスピーカーの進化とは何かを考えさせられる名器です。
アンプからの情報をすべて空気振動(音)に変えるようなすさまじいまでの情報量を持ち、鳴りっぷりと反応のよさでは類をみません。

ハイエンド愛好者が昔のSPは情報量がなどとおっしゃるが、AXIOM80のように演奏会場の雰囲気や演奏者の情熱や息吹きまで表現するSPはありません。 アンプはここまでの情報を送っていたのに他のSPはいかにフィルターをかけたように音を削っていたかが
わかります。

315 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/02(火) 00:26:44 ID:cEavNXlg
>>312
オーディオニックスの箱入りでAXl0M8Oは聴いた亊がある。
312が書く程、良いスピーカではないな。
マーラーなど大編成のオケのソフトは、ダイナミックレンジが狭くて聴けない。

317 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/02(火) 00:49:16 ID:DOm1f1z7

AXl0M8Oでマーラーなど大編成のオケだってw

325 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/02(火) 15:27:38 ID:oyyC1BWH

315は極マトモな意見だよ

321 :あれま:2005/08/02(火) 01:15:19 ID:Bg6b7Anp

AXIOM80の新しいほうを使っていましたよ。大変綺麗な音のするSPでした。日野で、保守用のAXIOM80のコーン紙をフォステクス のフルレンジに付けたのが売っていましたが、なんとそれが、 AXIOM80と同じ音がするのです。

エッジが付いているので少し違うのですが、似たような音です。あれは、コーン紙の音だった
のですね。

AXIOM80は、大音量はダメだと言っているけれども、結構大きな音でも楽しめると思いますけどね。高音が綺麗でバランスが良くローサーよりずっと鳴らし易いと思いましたけどね。


322 :KAN:2005/08/02(火) 01:16:29 ID:i+JQVx2J

AXIOM80はアンプやソース、音楽までも選ぶSPです。
ツマランもの、相性のよくないものは、寄せ付けない汎用性の狭いSPなのですが、 つぼにはまったときはとんでもない表現力を見せ付けてくれます。
私の部屋でもその優秀性を認めながらもメインシステムとならない理由はそこにあります。 それがわかってる人だけが使えばいいのです。

324 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/02(火) 11:33:56 ID:Ry8ud+wi

↑世の中には色んな事を考え付く人がいるもんだ、
というか、日野の親爺良く遣るわwっていうべきか・・・

ホントかウソかは知らんが、Axiom80の紙をフォスターの「ガタイ」に付けるとは、ホンマモンならこわいもん観たさで一度聴いてみたいw


326 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/02(火) 18:46:56 ID:hSQ4LM94

AXlOM8Oは弦楽器単体の妖艶な響きは良いが、他はどうも・・・
とてもクセの強いユニット。 正しい再生には聴こえない。
付帯音やオーバーツュートが効果的な響きを生み出している楽器的なユニット。


327 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/02(火) 18:53:08 ID:qjBxhAB7

だから、用途は限られるって言ってるじゃん。
「正しい再生」なんて寝言言ってるような奴は使わなければいいだけの話(w

328 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/02(火) 19:19:49 ID:igGCP4R2

「アンプからの情報をすべて空気振動(音)に変えるようなすさまじいまでの情報量を持ち、」
全ての情報が出るのは正しい再生じゃないのか?
オレはそんなに正しい音には聴こえなかったから反論しただけだ。

330 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/02(火) 20:45:59 ID:Ry8ud+wi

再生中、コーン紙が前後に動いている様が目に見えて判るような音量、
まして、コーン紙が前に飛び出そうな勢いでフラフラしている。

そんな鳴らしかたをしたら最後、どんな音楽、どんな録音を聴いたってダメだと思うよ。 このAXIOM80ってスピーカーは。

332 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/02(火) 22:48:56 ID:DV/Jt+E3
>>330
そうそう。私もAXIOM80ユーザーですが、

リニアリティの良いのはコーン紙の振幅がごく小さい領域に限られますね。
それを超えると、高域にかなりの癖が乗ります。

それでは困るという人は、一発より、二発以上にするか、またはウーハーをつけるかが良いようですね。

ヒノでAXIOM80二発の片方をウーハーとして使用したものを聴きましたが、小音量時の繊細さをある程度保ちつつ、オケ物にも耐えられるダイナミックレンジを持っていると感じました。

自分はウーハーを付加することを検討中。


335 :332:2005/08/03(水) 02:08:44 ID:/mmkVNM0

AXIOM80はよくも悪くも楽器的な魅力(魔力?)に満ちたユニットだと思うのです。

夜中に音量を絞って、ニアフィールドで聴いたりすると、もうたまりません。
そういう個性を生かしつつ、多少の汎用性を持たせたい、というのがウーハーを付加したい理由なのです。


336 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/03(水) 11:23:53 ID:+544xzP+

唯、どのウーハーを以て下を捕うか、機種の選定でまた悩むよね。
私は以前、3D方式を試みて、3DウーハーとAXIOM80がバランスも音色も繋がらず、チグハグが纏らないまま失敗断念した覚えがある。軽いコーンを持っていて、乾いた音色のユニットである事が必須前提になるでしょうしね。

いつか機会があったら、私はウーハーと言うよりも、ウェスタン系の12吋程度のフィールド型フルレンジで下を補ってみようかななどとも考えているわけです。

でも、六畳和室、深夜、極控えめの音量で鳴らすローラ・ボベスコのディスコフィルフランス盤、

たまらない世界ですね。 瀬川さんが長い事小音量再生に徹っしていた理由の一端が解る気もしますな。


337 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/03(水) 23:07:29 ID:anJHhCn7

アルテックの、超軽量ウーハーはどうよ。 416だったっけ

338 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/03(水) 23:49:35 ID:eyYxdL6A
>>337
音色がだいぶ違うね。 インピタンスもちがうし。

339 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/04(木) 02:16:36 ID:ItBagMSx

そうか、、 良さそうだと、思ったんだが


342 :332:2005/08/05(金) 02:05:08 ID:7hkjfY4g

トーンキャラクターの合うウーハーはなかなかないでしょうね。
反応が速くて、かつ、美音というのはなかなかありませんから。
私は志が低いので、たまたま持っているJBLの2225Hを使ってとりあえずでっちあげようと思っています(マルチアンプ方式で)。

336さんが3D方式で体験されたことの二の舞になるかもしれませんw
ウェスタン系フィールド型ユニットというのはそれ自体に興味がありますが、なかなか試聴できませんね。でも探して聴いてみます。

343 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/05(金) 11:17:48 ID:QAxCrMWS
>>342
以前友人宅で耳にした、ジェンセンのD7というフィールド型フルレンジ、
これがバッチリ当てはまりそうな気がしているんですけどね。
これを小振りな平面バッフルにまうんとし、 340さんが仰るように「軽く効かして」使ったらいけそうだな。と、考えていた次第。

しかし、友人宅のD7もモノーラル使用、状態の良いD7をステレオでそろえることは至難の業でしょうね。

344 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/08(月) 22:04:24 ID:Y8K15bfE
確かにフィールド型ならいいかもしれない。
ただ、フルレンジならではのよさがなくなりはせんかな?

345 :332:2005/08/09(火) 19:08:53 ID:wMB5Vii5
>>344
やはり単一音源ならではのよさというのはありますよね。
このあたりはトレードオフだと思いますし、技術の進歩の一端はトレードオフ曲線の緩和だとも思うので、いろいろやってみて工夫するのが一番かと思うのです

いろいろやって、瀬川氏はAXIOM80一発+45を、是枝氏はAXIOM80
四発にそれぞれ行き着いた、ということなのかもしれませんね。

346 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/10(水) 17:07:05 ID:vcjyN8VS
>>344さま
確かに仰る通りですね。

「忠成らんと欲すれば孝成らず、孝成らんと欲すれば忠ならず」

中低域の厚味や御圧を得ようとするに、シングル再生時の麻薬的質感は後退する。

悩むところ、難しいところですね。
ソースに因って使い分け?二発、四発・・・・やんぬるかなです。

そんなこんなでウーハー追加に今一つ踏み切れぬまま、平面バッフル+45シングルで、十年一日シコシコやっている体たらく・・・汗;


347 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/11(木) 00:05:26 ID:7ZaRpuZ0
>>346
AXIOM80には、AXIOM80にしかない世界があるのに、なぜ、いじくって、別のものにしようとするのかわかりかねます。

私は、ベルエアーのWE300Bシングルにつないで鳴らすことが多いのですが、十分濃いバランスのいい元気の良い音だと思ってますので、不満はないです。

344は私ですが、AXIOM80は絶妙なバランスの上でこの個性的な鳴り方が成り立っていますので、それが崩れるほうが怖いのです。

アルテック系の大型SPなんかだと、よし、いったれーって感じで低音の補強を図ったりするのですが。 (今、それは進行中。しかし、部屋が…)


362 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/16(火) 13:56:07 ID:hYYYYuna

AXIOM80、ローサーPM6、ワーフデール、タンノイレッドモニター、
KEF303、スペンドールBC−U、ハーベスHL−5の流れで聴くと
イギリススピーカーの音の傾向の流れがわかるかも

364 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/17(水) 00:33:30 ID:geesyYZR

上記で一番重要な位置にあるのはKEFだ。
古き渋い音のブリティッシュSPと技術解析の現代SPの橋渡しをしたメーカー。

音楽性とバランスの両立したSPだ。
瀬川氏もKEFは絶賛してた。


365 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/17(水) 19:07:31 ID:dqy+YWb6

KEFはB&W 801Fとは違う傾向の音なんですか?

366 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/17(水) 21:46:20 ID:geesyYZR

まったく違います。
以前のブリティッシュSPはカチッとした辛口の音、現代のブリティッシュSPは大体において、甘口傾向。(タンノイもゴールドからは甘甘)。甘口なのは世界的な傾向です。
(瀬川さんがどこかで言ってたかな?)

104、105、303あたりのKEFは甘くも辛くもなく見事な中庸の音で音色も自然で美しい。
私は801あたりは作ったような甘口の聞きやすさを感じてしまうのです。


367 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/17(水) 23:49:39 ID:dqy+YWb6

B&W 801Fは1981年製ですから、105あたりと同じ時期で
ユニットも傾向が似たものを、使っていると思ったのですがKEFの方がカチッとしているんですね。

英国系はアンプを選びますね。
自分が行ける所では、まともに鳴らしてる所はないでしょうね。
ても聴けば潜在能力は、解かるかもしれません。

ローサーにAXIOM80にオートグラフにKEFか
課題がたくさん出来ました。


368 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/27(土) 09:00:41 ID:QvOA/Amw

インパルスレスポンス、周波数特性と共に出鱈目、オーバーシューティング気味の歪み感たっぷりという癖ばかりのユニットがAXIOM80。

悪貨は良貨を駆逐する。
自然さを自然さと分からないオーディオ家が多いって事だ。


369 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/27(土) 11:30:47 ID:e/OUW51i
>>368
バランスのいい、自然な音だけがオーディオの到達点ではないんだよ。
癖が強くても、生よりも酔わせてくれる機器はあるんだよ。

373 :名無しさん@お腹いっぱい。:2005/08/27(土) 13:30:56 ID:QvOA/Amw
>>369
生よりも酔わせる音なんて笑わせないでくれ(大藁

そんなの脚色以外の何者でもない。
はっきり言って化学調味料満載の味を喜ぶ味音痴と同じ次元。

http://mimizun.com/log/2ch/pav/1113488613/


__________


因みに、今、瀬川先生が愛した AXIOM−80 や マランツ#7を手に入れると こういう目に逢うと覚悟して下さい:


Goodmans AXIOM80復刻版の修理です・・・


依頼内容 : ・ビリツキが発生する

所見

ビリツキが発生する直接の原因はダンパーとボイスコイルの接合部の割れ(写真参照)が原因だったのですが、たぶんユニット前面がら大きな力が加わった様です。

また、よくよく確認すると接合部の割れだけではなく、ダンパーのベークライトが根元で折れていました。そしてユニット前面から力が加わった事を示すように、コーン紙の円錐の端で歪み(高低で約5mm)があり、ボイスコイルボビンにも小さなクラックがあり、結果ボイスコイルにギャップが出来てしまっています。

さすがにこの状態でまで壊れると、ボイスコイル・ボビン・ダンパー・コーン紙を一度分解して、ボイスコイルの巻き直し、ダンパーの修理(又はダンパーのみ交換)後、組み立てする必要があります。ただ、2本で使用している場合は、もう左右で音は合わなくなります。

分解修復の他にコーン部のASSY交換という選択肢もありましたが、どちらにしても修理費も高額になります。結局修理中止となりましたが、こういった固体が無理やり修理され、オークション等に出回るのです。

皆さん気をつけてくださいね。

修理・お問い合せは下記までご連絡下さい。

電話:08636-3-0808
メール:ootsuka@giga.ocn.ne.jp

http://vintage-audio.jp/?p=305


79年の1月以来、私はマランツ#7に恋をしていた。

マッキントッシュのC22にも恋をしたが、あることが切っ掛けで、マランツ#7の方に並々ならぬ愛情を覚えるようになったのだ。その「あること」とは?

それは学生時代に東京で、アルテックのA7をマランツ#7+マッキントッシュMC275で鳴らしている音を聴いて、プリとパワー・アンプに関して純正どおしの組み合わせよりも、私的には音楽を楽しく聴けた、という出来事である。

これが、マランツ#7にいたく惚れ込んだ最大の理由だ。

従って、我が家に、4344の中高域用にマッキントッシュのMC2102を導入した際に、マランツ#7をも導入したくなるのも道理である。

すると、ほどなくして、この小さな福島市では半ば奇跡的にマランツ#7(レプリカ)の委託販売品が、オーディオか○んに現れたのである。

財政的には火の車だが、音楽とオーディオを人生上のプライオリティにしている私にとって、それは幸運な出来事だったのである。

私はレプリカ(皆さんご存じとは思うが、マランツ社がつくったレプリカ)の#7の委託販売品か下取品が現れることを強く願った。

オリジナル至上主義者には敬遠されるレプリカ#7であるが、ボリュウム、整流器、コンデンサーに関してベストな状態のオリジナル#7は福島市では入手不可能と考えていた為、レプリカ#7に期待を馳せていた。

また、レプリカ#7ならマランツ社によるメンテナンスも容易であるということも、見逃せない。そして、オーディオか○んの社長が我が家にやってきて、マランツ#7を設置して、一緒に音の確認をしてもらった。

この時点では、MC2102とMC352との相性を見る為のテストだったのだ。
だが、レッド・ツェッペリンの「天国への階段」をかけたのっけから、良いのである。オーディオか○んの社長も驚いていた。

MC275との相性は経験済みだが、最新設計のMC2102との相性に関しては大きな不安を抱えていた。
しかし、それはいとも簡単に払拭されてしまったのである。

テストで暫く借りたのだが、もうどうにも手放せなくなり、資金繰りに頭を悩ませることになった。されど嬉しい悩みではある。

そして、支払いを済ませ、晴れて私のものになったマランツ#7。

その機能美溢れるパネル・フェイスを見ているだけで、79年1月以来の私の恋が成就したかのようで、感慨にふけってしまったのだ。


さて、肝心の音である。

サウンド・ステージが現代アンプに比べれば狭いのはやむなしとして、しかし、その狭さがジャズやロックに関して、適度な音像や音の密度感を高めるかのようで、本当に音楽が楽しいのだ。

また、真空管アンプだけあって、ボーカルものの表現力は秀逸である。
適度に劣るSNも見事に音楽に融和して、音楽を楽しく聴かせることに貢献している。

MC2102とMC352とのコンビネーションは抜群で、SN比至上主義者には「悪い音」になると思うが、私はSNよりも「音楽の楽しさ」を優先するので、何ら問題はない。

真空管の差し替えだけでも音がずいぶんと変わるので、良質のEC83を入手して試してみたい。
クラシックに関しては、サウンド・ステージが広い方が良いので、クラシックはC42にまかせることにした。

こうして贅沢な「プリ・アンプの併用」という長年の夢が叶ってしまったのである。
C42はバランス出力、#7はアンバラ出力の為、F25Vのスイッチの切り替えだけで、容易に使用するプリ・アンプの変更がなされるのである。このマランツ#7で聴いた、木住野佳子の「ハートスケイプ」は本当に素晴らしかった。

http://homepage3.nifty.com/penny-lane-12/homepage/myaudio10.html

marantz#7、その美しい音色は40年以上も人の心を虜にしている


しかし、コンデンサーなどの消耗部品がそのような長時間耐えられるわけでもなく、部品交換されるが、心ない業者によって鳴るだけの#7があるのも事実である。少しでもよい音の#7を聞いて本当に美しくそして素敵な#7を知ってもらいたいと思う


marantz #7 はじめてのマランツ#7の買い方


10001〜23000番台まで作られたマランツ#7 は40年近く経っているものもありコンデンサー、ボリュウーム、整流器などいろいろ手が加わっているものが出回っている。(何も変わっていない方が不思議だが)

中にはマランツと呼べないくらい音が変わっているものもあるので注意が必要である。次の3点は購入するときに最低限、見ておかなければならない点だと思います

1.ボリュームを確認する

マランツ#7に最初使われていたボリュームはクラロスタット製であるが途中ボリュームが日本製のコスモスに変更される。16000番〜17000番台で換わるようだが変更されたとたんに音が細くなりトランジスタっぽい音がしてマランツ#7らしさを失う。マランツ#7でシリアルを気にする人が多いがこの理由が主なものだろう。それに伴いセンターにあるプラスティックのツマミの色も茶色から黒に変わる

良い音のセブンを求めるなら最初に茶色のつまみを探すと良い、次にボリュームがクラロスタットBカーブであるか確認する。12時頃から急に音量が上がれば心配はないだろう


セレン整流器 2.天板をあけ、中身を見る

整流器がセレンであることを確認する。半導体に換わっているものも多いのでその場合手は出さない。

整流器が半導体に変わるとなぜか音がツルン?としてしまい魅力のない音に変わる場合が多い。80年頃出た#7キットみたいな音になる。
所有している予備の#7のセレンが昨年壊れて新しいのに換えた。セレンの色は製作時期で違うが桃色、水色、緑色、茶色などがある

3.カップリングコンデンサーを見る

ブラックビューティーが使われているなら問題はないが他のコンデンサーの場合は良く知っている人に相談するといい。そのほか何か新しい部品に換わっているかどうかはハンダを見て確認し、新しいハンダがあれば業者に説明を求める。

なかなかよい音のマランツ#7は見つからないがオリジナル・マランツの音を聴いてしまうとその美しい音の虜になる

マランツも大事に保管されていた物よりも大事に使われてきた物の方が壊れにくいようで、出来れば個人から譲り受けるのがベストかもしれない

レプリカ#7について


さて、レプリカ#7はどうだろう?
じつは初期のレプリカ#7を1年半くらい所有していた

感想を言うととても良くできていて2、30万で買えるプリと考えると大変にお買い得であると思う

欠点らしい欠点はないのだが、強いて言えば、大音量になると音が団子状態になる。しかし値段を考えると、とてもこの値段では手に入らない音質だと想う。真空管の差し替えだけでも音がずいぶん違うので良質のECC83で試してほしい


これはメーカーの保証外なのでやってはいけないがレプリカのカップリング・コンデンサーをブラック・ビューティに換えた人がいたが何の不満点も見つからないほど音が激変した。こうなるとセレンを付けてほしかったが、そこまではさすがに改造しなかった

下手なオリジナルのマランツ#7を購入するのだったらレプリカをお勧めする

http://more.main.jp/maramtz.html


#7を入手された際は、以下の事にご留意下さい。本来の#7らしさを壊す要因となります。


(1) バルブはTELEFUNKENの12AX7が6本使われていますが、V1・V2とV4・V5はマッチドクワッド(4本とも数値の一致した物)が条件です。また、他の2本もマッチドペアをお薦めします。


(2) ボリュームの耐久性が低く(一部にエボナイトが使われていますので)CLAROSTAT社製以外のものが多いので、イーベイなどで結構出品されていますのでビットされると良いでしょう。通常はNUO(未使用箱入り品)が$25〜40で落札されています。


(3) 線材も何故かWE(ウェスタンエレクトリック)製に変更されていますが、高音部がキンキンしてしまいます。

当時の線材は入手が困難ですので、GEの60〜70年代の22、20、18AWG単線ニクロム皮膜紙二重巻きでもオリジナルにかなり近い物となりますので、これに交換して下さい。音がまろやかになります。これもイーベイ、ヤフオクで入手可能です。当時の職人達には線材の長さが厳格に決められていたそうですので、これも是非守って下さい。


(4) コンデンサも3300μF25WDC(Black-Buety)以外では音質に影響します。

異常と思われるかもしれませんが、余りにも外装だけのまがい物が氾濫していますので、入手の際はお気を付け下さい。

なお、#7K(レプリカキット)は専門家でも細心の注意を払って持てる技術を総動員して組み立てても『ヤッパリ違う』とおっしゃいますので、オリジナルと聴き比べてからの購入をお勧めします。

私のKは多分80年に当時のマランツの職人の方に組み立てて頂きましたが、材料の違いで音質は別物となりましたので、単に飾りとして所有しています。

http://okwave.jp/qa2635491.html


1. マランツ#7(レプリカ)の使いこなし方


 マランツ#7の真空管は当初東欧製テレフンケン12AX7で鳴らしていましたが、細かなニュアンスとピントが気になり、オリジナルのテレフンケン12AX7に換えました。

 次に、フォノ部の12AX7は同じマランツ#7使いの熊本の高岡氏の意見を参考に、Mullardを使ってみたところ、伸びやかな高域と気品あふれる懐の深い鳴りっぷりがなかなか素晴らしく、しばらくV1-V3にはMullard,V4-V6にはテレフンケンを使用していました。

 ところが、CDを聴いていると、どうも妙にテンションの高い緊張したサウンドが気になり始め、試行錯誤の末、ライン段はV4,V5はテレフンケンのオリジナル、V6はMullardで組むと、低域から高域まで伸びやかでテンションもある程度は保たれ、何よりも、色気のある、喉の見えるボーカルと言いましょうか、本当に素敵な歌声を奏でるようになりました。フォノ部はV1,2にMullard、V3にテレフンケンを使うと、レコードもコクと奥行があって、しかもキレのあるサウンドになるようです。

 そして、たまたまWestern ElectricのLine trans(111C)を手に入れて試したところ、この音の質感の素晴らしさに驚き、これを使うことを前提に再度真空管選びをすることになってしまいました。

 レプリカ#7の場合、V6をテレフンケンにすると、少々高域が突っ張った感じになるのですが、WE 111Cを使うと妙なテンションが無くなり、音が見事に整理され、配置されます。そしてエネルギー感のある中低域がしっかりと支えてくれるようになり、V6にMullardを使うと音がしなやかにはなるのですが、どこか混沌としてしまう場合があり、見事に整理されたこの音を聴くと、やはりWEの実力はこういったところにあるのかと、感服させられます。

 この111Cを使った場合、CDでもレンジ感を狭めることなく、高域も比較的伸びやかであるところが、見事です。

 ちなみにマランツ#7の電源ケーブルですが、評判のAural Symphonics ML-Cubed Gen 2i(俗称、青蛇)は確かに素晴らしいのですが、少々テンションが高域にシフトし、全体に太めな腕っ節の強い音になってしまいます。

 その点、Camelot TECHNOLOGYのPM600は、陰影と言い、バランスと言い、つぼにはまった鳴り方をしてくれ、大変気に入っています。

なお、V1とV2はフォノ部のヘッドアンプ部で、チャンネルを別々に受け持っていますので、必ずペアで同じメーカーで特製の合ったものを刺して下さい。出来ればノイズの少ないものを選んで下さい。
V3は一本でLとRを受け持つ、フォノ出力部です。これはメーカーは問いません。

V4以下はラインアンプ部で、V4,V5はチャンネルを別々に受け持っていますから、やはりペアでメーカーも同じものにする方が良いと思います。V6はラインアンプ部出力で、一本でLとRを受け持っています。
けっこう熱くなりますので、ご注意下さい。

http://members.jcom.home.ne.jp/k.kusunoki/audio/howtouse.html


わたしのメインはプリに#7(0108??番台)にパワーにU-BROS24KでTANNOYを鳴らしています。

自慢げに取られると困りますが、私はマランツの球機種をメインに収集している者です。

#7シリーズのC、CR、PとT、TRそれにKと全種総12台。Cに関しては完全オリジナル動作品も4台所有しています。

球機で無いのは#33R(プリ)だけと云う状態です。

しかし、これらオリジナル部品のみで稼働している4台は全て在米時代に入手した物で、帰国後ヤフオクでウン十万で数点競り落としましたが1点も全てオリジナル部品での稼働品はありませんでした。

カップリングをバンブルビーから160Pとかセレンからダイオードに交換したもの、たかがスイッチと云われますが、何故かアルプス製だったりとか、性能に直接関係ありませんが、ツマミもプラスチック(オリジナル品はエボナイトです)のそっくり品とか etc・・・

完全オリジナル部品構成の#7を彼らに1度聴かせて、その音に違いを教えてあげたくなるような代物(有名なビンテージショップでも同じでした)ばかりが、この日本でははびこっていますので、入手時は心して検討する事です。

最近のヤフオクやイーベイでも粗悪品やCやPと偽ってレプリカのKをよく見かけます。余程信頼できる人(店ではありません)からの入手をお薦めします。

また、セレンやコンデンサ類はストック品を多数持っていなければ、一致する数値を求める事が出来ませんので結構購入後もメンテナンスや微調整が必要です。

老婆心ながら、#7を希望する方に知っておいて欲しいことですので・・・

http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2635491.html

1.マランツ#7の変遷


(1)略歴

・1959年、マランツ#7発売
・1965年、製造中止
・196?年、マランツ7T(Tr式)発売
・1979年、25周年記念としてマランツ#7のレプリカ、7k(キット)を発売
・199?年、再びレプリカの#7(完成品)を発売
・1997年、リミテッドバージョンの#7SEを発売

(2)マランツ7kについて

1979年、マランツは創業25年記念の一環として、名機の誉高い#7・#9をキットでほぼ完全に復刻、発売しました。(翌80年には、#8Bをキットにした 8Bkも発売)

当時既に#7は伝説の名機と化しており (当時で発売後約20年経過) 、一般のオーディオマニアが気軽に購入して使える代物ではありませんでした。そこへ「自分の手で名機の仕組みを確認しながら、新品が手に入る」ということで、この7kの販売は好評で、かなり高い価格設定 (定価20万円、参考までにLUXKIT A-3032管球プリアンプキットは当時定価88,000円) にも係わらず無事完売したようです。
ちなみに、MJライターの森川氏は13ページにも渡った詳細記事を執筆し、その文面からも御本人の興奮具合が伺えるほどです。

しかしながら、発売当時の人気とは裏腹に、その後の中古市場では、7kは#7にはまるで敵わないとの見方が一般的となりました。理由は、

 ・キットのため、完成品の出来・不出来の差が著しい。
 ・中古の完成品では、自分で組んで構造確認できるというキットならではのメリットが失われている。
 ・使用パーツの一部(C・R・ロータリーSW他)が、#7に対し大きく変更されている。
 ・発売後から年月が経ち、#7と7kの構造がほぼ同一ということを知らない人が増えてきた。


といったところでしょうか。

一方で、現時点での(#7に対する)7kの利点としては


 ・#7より新しい分、劣化を心配しないで済む。(とはいっても、7k自体もビンテージの範疇に入りつつあるが)

 ・オリジナルに拘らずに思う存分改造出来る。
 ・価格が圧倒的に安い。(半額以下?)

が挙げられます。

(3)#7(R)、#7SE

その後1990年代後半、空前の真空管アンプブームで#7の市場価格も上昇傾向。名門マランツは7k発売以来約20年ぶりに、再度の名機復刻、発売を企画しました。

今回の製品は#7、#8B、#9の完成品で、一般には#7レプリカ、#7Rなどと呼ばれています。

前回の7k発売のときと比較すると、使用部品のグレードも上がりオリジナルにもひけを取らないほどになりましたが、一方反響は今一つで、元々限定品だったはずのこれらの製品に、更に特別仕様と称したSEバージョン(#7SE)を設定して、最終出荷分はこの名称で出荷されています。

#7Rと#7SEには実質的な差は殆どないことと、#7オリジナルや7kとの区別がしやすい事から、本文内では#7レプリカとSEをひっくるめて#7(R)と呼称することにします。

7kで特記すべき相違点


(1)Rの変更

#7ではA&Bソリッド抵抗を使用しているのに対し、7kでは国産ソリッド抵抗を使用しています。

A&Bソリッドは各種抵抗の中でも比較的優秀な部類に属するのに対し、国産ソリッドは低コスト低品質の代表のような抵抗です。
大抵の方はこれによる音質面の違いを気にされますが、個人的にはむしろ信頼性の面で国産ソリッド採用には不安を感じます。

(2)Cの変更

#7ではSPRAGUEのBLACKBEAUTYを使用している箇所に、7kではPLESSEYのフィルムコンを採用しています。
ここも音質面ではよく話題となる箇所ですが、経年変化で絶縁低下したBLACKBEAUTYよりは遥かに信頼性があるといえます。


(3)真空管の変更

#7ではテレフンケンECC83だったのが、7kではGEの12AX7Aに変更されています。
森川氏の測定結果では、テレフンケン球を使用すると残留ノイズが入力換算で-120dBをクリアーするのに対し、付属のGE球では-110dBまでしか下がらなかったとのこと。

(ちなみに同じく森川氏の測定では、#7(R)のGD球では-100dBとか・・・)
氏ひとりの実験結果では正直、事例数としては少なすぎるのですが、真空管全盛期の頃から既に「テレフンケン球はローノイズ(※)」との定評があったので、ここは全面的に信頼することにいたします。
 
※ 真空管全盛期にテレフンケンやシーメンスのECC83がもてはやされていたのは、あくまで「ローノイズ」であったからで、「音が良い」等と言われ始めたのはごく最近のことです。

(4)VRの変更

#7ではCLAROSTAT(後期型はコスモス)製に対し、7kでは国産(バイオレット)の物が付いています。

(5)セレクタスイッチの変更

#7では米国CRL製のかなり大型の特注品が付いているのに対し、7kではアルプス特注の小型の物が付いています。

(6)ACアウトレット、ヒューズホルダ、パワースイッチ

何れも#7では米国製の物に対し、7kでは国産(SMK等)に変更されており、形状が若干変わっています。

(7)リアパネル記載事項

「#7」の記載が「7k」に、所在地もN.Y.→カリフォルニアに、シリアルNo.も7kでは頭に「F・・・」が付いて区別されます。

(8)テープEQ回路の配線違い

これも森川氏の指摘ですが、#7ではテープEQ回路付近の配線が本来の回路図と異なっているとのことです。
これに対し7kは、マニュアルどおりに組み立てると回路図どおりの配線となります。


3.#7を意識した7kの部品交換・組立方法

簡単に言えば、上記2.の全てを#7相当に変更すれば、ほぼ満足のいく#7レプリカ機となるはずです。

但し、オリジナルのロータリースイッチは入手困難ですし(注)、リアパネルのメーカー所在地の記載などは音質とは全く関係ない箇所なので、この2点まで改造してある7kはまず存在しないと思いますが・・・。
※ #7SE用のロータリースイッチは補修部品で入手可能かも知れません。7kの物よりはオリジナルに近いとのことです。


6.現在の#7、7k、#7R(レプリカ)の流通状況(2001年現在)

(1)#7

#7は、お金に糸目をつけなければ5台や10台位はいとも簡単に見つけろことが可能。価格は程度により、25万〜60万円の物が大半で、ごく一部のレア機(初期ロットや極上品)は100万近い場合もあり。


(2)7k

7kは、組立済中古品のみ入手可能で、未組立品の入手は非常に困難。
最近(2000年当時)、1台だけ未組立品が25万円で売りに出されていたが、たちまちの内に問い合わせが殺到して売り切れとなった。
中古では、15万〜25万円の値付けが多い(2000年現在。25万以上になると#7との逆転が生じるため)。

本体よりもむしろマニュアルの方が希少かも知れないが、これは地道に探せば入手不可ではない。

(3)#7R

数は減っているものの、最終バージョンの#7SE(スペシャルエディション)は箱入新品もまだ入手可能(2000年当時。さすがに2002年現在は入手が難しくなってきた)。メーカーの思惑以上に売れ残りがあったと思われる。
中古は、25万〜35万円の物が殆どだが、数はさほど多くない。また、新品時の定価が高めだったため、20万円台の中古の売れ行きは良い。

http://www.ict.ne.jp/~marantz7/audio/t_pri/7k_1.htm

1 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2001/01/18(木) 12:26

レプリカとオリジナルそんなに音が違うの?


2 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2001/02/25(日) 11:02

とてつもなく違います。
だからキットが出て、またまたレプリカが出る。プレミア付きで未だに販売される。


だけど音が良すぎる。きれいすぎる。
ある合唱の指揮者のお抱えオバアサンコーラスのマスターをM7でならしたら平均年齢が20歳も下がる若返り現象がありました。

ですから我が家ではいまのところ この魔法の鏡は休眠中です。
とにかくすごいアンプです。いいものほどバラツクし!


3 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2001/02/25(日) 11:33

>2さん
音が良すぎるのはオリジナル?レプリカ?

4 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2001/02/25(日) 12:42

そんなこと聞かないでよう。

オリジナル以外はジャンク。 アマチュアの作るプリアンプのレベルのそれです。

模写というのは絵の具を用意するだけでは出来ません。それと模写ができれば模写をする必要もありません。マランツ7はほっておいて新たなものが作れます。

5 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2001/02/25(日) 13:12

ほんと、オリジナル以外はジャンクなんですよ。

ただオリジナルもその性能を維持できる期間が そろそろ終わりを迎えていて。
今さら#7って感じなんです。

これまでの20年以上をオリジナル#7で過ごせてきた人は幸せだったでしょうね。

ちなみに音色的にもいい音でしたが#7がいいのはその性能でしたね。
ほんじゃ。

6 名前: 名無しさん@お腹いっぱい 投稿日: 2001/02/25(日) 13:20

球を交換すればレプリカでも結構いける。EQ部はよく言われるように
イイ音。でもフラットアンプ部は大した事無い。だからCD主体の人には向かない。

7 名前: 5 投稿日: 2001/02/25(日) 13:32

>6
いまCDの時代になってさえ、プリの出来がいいか悪いかでシステムの音を大きく左右しますよね。

つまりボリューム+フラットアンプだけなのに音は大きく変わる。
オリジナル#7ってどっちもしっかり作ってあったのですよ。
フラットアンプ部が大したことのないアンプなら使わない方が良いです。

8 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2001/02/25(日) 14:15

>レプリカとオリジナルそんなに音が違うの?

オリジナルのマランツ7は完全な動作状態の物が殆ど無いと思います

まず、カラーコードのコンデンサーの容量が抜けて音がボケているものを本当のオリジナルと勘違いしないように、

容量落ちのコンデンサーを交換し各部のメンテナンスをした物が下手な完全オリジナルよりいいと思う。

まずこの2001年に完全な状態で使えるオリジナル#7など無いはずです
オリジナル信者で無い限り(ぼけた音派)レプリカのほうが無難です


9 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2001/02/25(日) 14:28

>8
あんたの言う通りだ。オリジナルのスプレイグのオイルペ−パ−は日本では長くもたない。オシロかけると一発。 パワ−アンプの方はグッドオ−ル(TRW)のフィルムだから生きてるけど。

10 名前: 2 投稿日: 2001/02/25(日) 15:06

コンデンサーの容量ぬけと7オリジナルのすごさにすりかわらぬように。

もちろん抜けたのは故障の7.
大事に手入れしたオリジナル7のバラツキのあるなかで普通クラスの7と真空管を変えただけのレプリカでは比べもにならない。

しかし皆さんのおっしゃるとおりコンデンサーがすでに、は本当です。
しかしコンデンサーがイカレタのが多い事実とレプリカが自作レベルにとどまるのとはなんの関係もありません。このスレッドはオリジナル7とレプリカの音の違いから始まっています。

私は7の信奉者ではありません。しかし認めてはいます。
化粧の一流の美人です。だからお蔵いりなんです。
だけどレプリカが良いとはいえないから書き込みました。

しかしくだらんアンプばかりだからレプリカ7以上の他のプリはどれだといわれても返答に困るのでレプリカ7は悪くないということかな。

http://ebi.2ch.net/pav/kako/979/979788393.html


しかし、ハーベスHLコンパクト, Marantz #7, Quad ESL, Goodmans AXIOM80, 真空管

どれを取っても初期のモデルだけが傑作だったというのは問題ですね。


________________

何がいい音かわかる様になろう _ 原音再生なんか下らない


原音が美しくないのは常識. 原音再生はド素人の発想

原音再生とは何なのか? そもそも原音とは存在し得るのか?


とあるサイトで、ホールの場所によって音が変わるので、原音再生なんて幻想だという論に対して、それならホールの中央前列の音を原音と定義すれば良いと、原音再生派が強弁されておられた。 

原音再生派の幻想も、ここまでくると、私にはただの滑稽な喜劇である。 私自身は、同じホールでも、演奏の種類によって、異なる席を選ぶのを常にしている。 例えば、オーケストラであれば、ホールのほぼ中央よりやや後方。 室内楽ならほぼ中央よりやや前方。 ピアノであれば、中央は避けて、少し側方にずれる。 ピアノの反響版からの直射音は単調で、つまらなく聞こえるからである。 

このように席を選ばないと、心地よい音が得られないのである。 こんなことは、クラシック音楽聴きには常識なのだが、オーディオ評論家にはわかっていないらしい。 ホールの中央前列の音をオーディオ再生の目標にされたら、どんな音が聞こえるのであろうか? もちろん、そんなデリカシーの欠けた音を聞くのはごめんこうむりたい。

http://www.schumann.jp/audio/au02-16.html

> オーディオの究極の目的は「原音再生」にあると思いますが

勘違いです。往年のHifiというオーディオの錦の御旗がこのような通念を生んだものと思われますが、ソフト(CD、DVD)の録音技師もオーディオ・メーカーの技術者も、もはや大勢は再生音楽として「美しく」聞こえる方向に行っています。忠実な原音再生に取り組んでいる人が全然いないわけではないですが。

なぜなら、原音を忠実に録音・再生しても、リスナーの耳には必ずしも快く響かないからです。特に歌手の声は、ホールの共鳴を伴って美しく聞こえるので、間近で生の声を聞くと頭痛がしてきます。

そこで録音技師、オーディオ技師は、ユーザーの耳にどう聞こえるかを計算しながら録音し、再生装置を設計します。テレビやレコーダーの技師が現実の色の再現よりも、いわゆる「記憶色」の再現を重視するのと同じですね。

いまや、実際の音よりも「美しい」音を聴かせるソフトや機器がザラにあります。

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/4575340.html


印象に残ったシステム。

Goodmans AXIOM80一発


これは、某ハイエンドオーディオ店の店長さんの自宅システムで、(見た目は)平面バッフルに近いものでした。プリ、パワーともに真空管、そして赤ん坊用の棺のようなレコードプレイヤーがありました。

ヴェーグsqのベートーヴェン、ケイトブッシュのデビューアルバム、及びライブ盤に非常に感動しました。特にケイトブッシュには頭をハンマーでぶち抜かれるほどの衝撃を受けました。歌の女神が天から降りてくる幻覚を見ました。そして、ヴェーグsqの異様な深さは、音が出た瞬間にわかるほどのものでした。

生では、演奏家の凄さというのは、ほぼ音が出た瞬間にわかるものですが(音が出た瞬間にわかる凄さがその演奏家の力量の全てという意味ではないが)、それに近い体験でした。

特性的に劣るといわれるフルレンジ、真空管、レコードの組み合わせでなぜあれほど心に浸透する音が軽々と出るのか不思議です。私個人は、オーディオは徹底的に特性を追求すればよいと割り切った考えですが、追求しても意味のない特性があるのかもしれません。当たり前のことですが。

オールホーンシステム 〜 ハーツフィールド


はじめて聞くオールホーンシステム(ハーツフィールド)でしたが、最も印象に残ったのは、カザルスのベートーヴェンです(Philips; ホルショフスキーとやった1958年の録音)。 このCDは普通に聞くと録音がなんとも薄い音で、カザルスの音が針金のように聞こえます。

一言でいうと、音色の表現力が物凄いです。はっきり言って、このCDがこんな音で鳴るとは、完全に想像の範囲外の音でした。カザルスは凄い演奏家だと思っていましたが、このシステムで聞いたカザルスの凄さというのは言葉で表現するのは不可能です。迫力ではなく、音の表現力の幅です。

市販のハイエンドスピーカーには、クラシック向けと称する、小奇麗な音を出すしか能のないようなスピーカーがたくさんありますが、私の印象では、このホーンシステムこそクラシック向きです。バイオリン協奏曲を聞きましたが、バイオリンの音は、奏者の力量を裸にするようなシビアな(正確な)再生だと思いました。

本来、ホールの演奏では、奏者は裸になってしまうものです。以前から、(普通のシステムで)録音-再生という過程を経ると、なにか生でしか伝わらない音楽的な何かが欠落してしまうと感じていましたが、そういう欠落しやすい部分を再生する印象でした。また、ボーカル物を聞くと、歌手がマイクを通じて歌っているということが、はっきり伝わります。

さらに、どれを聞いても感じましたが、f(フォルテ)から、p(ピアノ)に変化したとき、pが本当にpらしく聞こえます。pになっても音が途切れず、浸透力がある感じです。


生とオーディオの感動


これは知り合いの楽器職人の方に聞いた話ですが、その職人さんの知人に尋常ならざるLPマニア兼オーディオマニアの方がいらっしゃるそうです。シゲティのLPを求めてヨーロッパにまで足を運ぶような方です。オーディオにかけた金額も1000万円を超えており、その職人さんはことあるごとに「うちの家で聞いてください」と誘われて困っていたというお話でした。

で、あるとき、そのマニアの方が職人さんの工房に訪れたらしいのです。そのときはちょうどヴァイオリニストが工房で楽器を試奏しているところでした。それを聞いたマニアの方が曰く、

「うわあー、ヴァイオリンって、こんな音がするんだ。初めて生で聞きました」

上に述べたハーツフィールドを聞く前は、正直言って、オーディオ再生で感動を求めるということに何か屈折したものを感じていました。 感覚的に言えば、オーディオで聞く音楽で別に感動はいらない、オーディオは既に世の中にいない歴史的演奏家の一端を「知る」ための手段にすぎないということです。

が、ハーツフィールドで、カザルスに非常に感動したのですが、絶対に実像のわからない過去の演奏家の、原寸大での「真実らしきもの」を追究し、結果として聞いていて、つまらない音になるぐらいだったら、多少の癖があろうとも、あるいは仮に実像より誇張されたものである可能性があっても、音楽的な感動を伴うシステムのほうがよほど価値があるという気がしました。

http://www.geocities.co.jp/MusicHall-Horn/3384/audio/favorite.html

_________

どうしたら いい音を体験できるか?

            ̄~^ヽ、;ヽ;;;;ヽ;:ヽ
           '~" ̄ヽヽ;i;;;i;;;;i;;;;i   
              ノ:ノ::ノ;/;;;;;i;;i   あ…ん? ああ…あああ…いや? いや? ダメぇ!
        __,,,,,,,,,,,___/:/;/:/;;i::ノ/
  /^~"´ ̄-‐‐‐'''"´/:/;ノ;;;;ノ://
 /::::::/:::::::_,,,、---‐‐'''`~,、-''/::/
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;/;;'`"~、-''''''~^'''''ー-、_,,i:i、  ヽ`ヽ、;ヽ、,,,ノ.   /"´ ̄~''ヽ. ,.. ‐"`'ー-''`''-、
;;;/~":、---、___/´ ,,i:'''  ::   ヽ. ヽ.`'''"´  /´    :::..,/        .:::ヽ
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音楽に魔法をかけよう 美しい天使の響きを手に入れよう


リバーブとディレイを駆使して作る極上のサウンド

昔から憧れた天使の響きを自分で作ることに成功!


貴方は、感じたことはありませんか?
ボーカルがはいっているCDを聴いていてたまに「シュワ〜ン」という余韻が残るのを....


私はこれを天使の響きと命名し、長い間憧れてきました。どうせ高価な機材を買わなきゃ手に入れられる訳がないと思っていました。しかし、今は昔とは違い高価な機材とスタジオでしか作れないサウンドが、PCを使えば近いものを得ることができます。

天使の響きの作り方!まさにミュージック・マジシャンの魔法と呼ぶにふさわしい術ですよ。

大きなポイントは、これでもかというくらい高音を強調してリバーブとディレイをかけることによって天使の響きを作ることが出来ます。まずは、天使の響きを体験してみてください。

http://metamor1.zouri.jp/musicmagician0.html

左図が天使の響きを得るための仕組みの概要を示したものです。

点線で囲まれた部分が従来の設定であると仮定します。具体的には天使の響き用にトラックをもう1つ追加して響きのみを発生させ、最後に従来の音と新たに作った響きの音をミックスすることで実現することが出来ます。原理はこういうことです。

さて、具体的な説明をする前にまずは、準備が必要です。以下のエフェクタが、貴方の音楽ソフトに含まれるか確認してください。ちなみにMetamor1はMMS(MusicStudioStandard)というシーケンサに付属のソフトを使っています。今時の音楽ソフトなら多分付属していると思います。ない場合は、揃えるしかありません。ご自分のソフトにあったプラグインがひょっとするとフリーで供給されているサイトがあるかも知れません。こりゃ買うしかないと揃えてしまうのも一つの方法ですが、一応調べてみたほうが良いと思います。無駄なお金はかけないほうが良いに決まっています。

 1)コンプレッサ
 2)イコライザ
 3)リバーブ
 4)3TAPディレイ


 前提条件としてエフェクタが付属しているシーケンサで実現するものとして説明します。録音したボーカルのトラックと、天使の響きを作るトラックを2つ用意します。上の2トラックを同時に再生することで天使の響きを持つボーカルを手に入れることができます。録音したボーカルのトラックは特に変更する必要はありません。では、天使のトラックのエフェクト設定を試して見ましょう。
ソースは、録音したボーカルと同じソースに設定します。


1)コンプレッサの設定

左図が、コンプレッサの設定例です。
 録音したボーカルのコンプレッサの設定と同じぐらいにします。
 従来側も、天使の響き側も基本的に同じ設定でかまいません。


2)イコライザ
 左図を一応、従来設定していたイコライザの設定とします。天使の響き側の設定はこの従来の設定に対して相対的にさらに高音をブースト、低音をカットした設定にします。この設定の加減で天使の響きの聴こえ具合が大きく変わります。要するに天使の響き側は高音だらけの設定にすればするほど良いわけです。設定例を示すと下図のようになります。


3)リバーブ
自分の好きなリバーブの設定を選びます。ここは、あまりいじらなくても従来用意されている規定の設定で構わないと思います。できれば、この設定例にあるような豊かなリバーブを得られるエフェクタを使うと天使の響きが一層引き立ちます。単純なリバーブを使う場合、とにかくHIGHパラメータだけは100%近くにして高音を強調した設定を心がけることです。単純なリバーブでも設定さえちゃんとすれば天使の響きを得られると思います。高音が強調されない場合は、残響というより原音を繰り返すような粒々感が感じられます。そう聴こえる場合は設定が悪いはずなのでもう一度設定を見直してみることです。


4)3TAPディレイ
 左図にディレイの設定を示しますが、ここが一番の勘所です。
Highは、100%近くにして高音が強調されるように設定することが1つ。
もう1つは、ドライレベルを50〜80%ぐらいに設定して粒々感ををなくしホワ〜ンという感じの余韻がでるように設定値を決めることです。

 もうご存知とは思いますが、各TAPのディレイタイムは、その曲の速度の4分音符、8分音符、16分音符と同期するように設定します。えっ、どうすれば良いか判らないって?

えーと、速度が、80(4分音符)の場合だと、4分音符に同期させたい場合は、60000÷80=750mSに設定します。8分音符ならその半分の375mSです。16分音符ならさらに半分の188mSに設定します。んっ、187.5mSじゃないとだめじゃないかって?

0.5mSの誤差など人間には感知できないからこれでいいですよ。貴方のディレイが小数点以下まで設定できるなら187.5mSにしてもいいです。でもPCではそこまで正確なカウントはできないかも?


【あとがき】
 さて、これで設定は全て完了です。天使の響きを体験できるよう期待しています。

 それから、注意事項をひとつ。この天使の響きは、「サシスセソ」の歌詞だけにのみ通用するということを理解しておいてください。例えば、「やさしさわすれない〜でって」の「さしさ」の部分で「シュワ〜ン」と響きますが、「ねがいをこめ〜た」とかでは響きません。

 天使の響きで貴方の音楽が少しレベルアップできたら良いですね。

http://metamor1.zouri.jp/magician1_6.html

実際のオーケストラから天使の響きを引き出せた指揮者は


戦前の ブルーノ・ワルター と 1978年ウィーンでのムラヴィンスキーだけでしたね。


1978年ウィーンのムラヴィンスキーは録音も含めて奇跡でした:


エフゲニー・ムラヴィンスキー(指揮)レニングラード・フィル

「ウィーンのムラヴィンスキー」(英EMI、LP)

1978年6月12・13日、ウィーン芸術週間でのウィーン・ムジークフェライン・ザール実況録音。

 ウェーバー;「オベロン」序曲
 シューベルト;交響曲第8番「未完成」
 ブラームス;交響曲第2番
 チャイコフスキー;交響曲第5番
 ショスタコーヴィッチ;交響曲第5番


1978年の6月、初めてのヨーロッパへの旅行の途中に訪れたウィーンの事は決して忘れないでしょう。

モスクワ経由での長旅で、フランクフルトの展示会を訪れた私は、会場で思いもかけずウィーンにある取引先になる工場を見学することとなりました。工場見学の後、ウィーン市内の本社に立ち寄った私は、経営陣から、昼食に招かれ、いつしか好きなクラシック音楽の話に話題が移りました。そして自分がどれ程クラシック音楽が好きで、あこがれのウィーンに思いもかけずくる事となって、どうしたら音楽会に行けるかを聞ききました。

音楽の話をずーと聴いていたオーナーが、それほど好きならば、ファミリーが年間予約している席を譲ってあげよう!と云ってくれたのです。自分はウィーンに生まれ育ったけど、現代では望むべきも無い、素晴らしい演奏会を昨晩経験したと、その余韻を大事にしたいと云って、楽友協会大ホールの今日の演奏会と明日の国立歌劇場のオペラの席を譲っていただいたのでした。

そんなに、素晴らしい昨晩のコンサートは何だったのですかと聞くと、レニングラードフィルがムラヴィンスキーに率いられて、列車でやってきたのだよ。巨匠がいなくなった今日、残って入り最後の一人かも知れぬと云われました。私は思わず、私も日本では73年の初来日からずーと欠かさず聴いていますと云いましたら、あの演奏を何回も聴いているとは素晴らしい、でも飛行機嫌いの巨匠が日本に行くとはと、いぶかしげに聞かれました。いいえ、シベリア鉄道と船を乗り継いで来てくれるのです、なんと素晴らしい事でしょうか。このような偶然は!

そして、その後、発売されたウィーンのムラヴィンスキーの実況録音盤が、ウィーンのホールの音を唯一忠実に伝えているのでした。

http://tannoy.exblog.jp/1737435/

シューベルト未完成 ブルーノ・ワルター

http://www.youtube.com/watch?v=kyY32OVwqYs&feature=fvwrel
http://www.youtube.com/watch?v=-snx_QsjIOE&feature=fvwrel
http://www.youtube.com/watch?v=pBJzWHnsNqo
http://www.youtube.com/watch?v=vneay2YZ1Pw
http://www.youtube.com/watch?v=UoSTdlDgoOY
http://www.youtube.com/watch?v=j-BjD6B9trA

BRUNO WALTER - 1936 - BRAHMS SYMPHONY 3 OP. 90

http://www.youtube.com/watch?v=ySEtmEh8XGQ
http://www.youtube.com/watch?v=ucGvtmrtckE&playnext=1&list=PLE0A1F82B01518D67
http://www.youtube.com/watch?v=VItIkpaxO38
http://www.youtube.com/watch?v=RiFale8Ol3w

horowitz plays brahms piano concerto #1
http://www.youtube.com/watch?v=WsoiJ-nlhP8&playnext=1&list=PL6A7FE9A11C1BE294
http://www.youtube.com/watch?v=dvBdiMfj83w&playnext=1&list=PL6A7FE9A11C1BE294
http://www.youtube.com/watch?v=FDvvCr4KQss
http://www.youtube.com/watch?v=Tnuf_nx51xI
http://www.youtube.com/watch?v=egWfN-aFv8k

BRUNO WALTER - 1936 - SYMPHONY 6 OP.68 "PASTORAL" – BEETHOVEN

http://www.youtube.com/watch?v=Pej39Z1oJCg&playnext=1&list=PLAB031CD957313B63
http://www.youtube.com/watch?v=qlTZ73O6J_Q
http://www.youtube.com/watch?v=oCQ9xV5URnk
http://www.youtube.com/watch?v=x7hsEASX04Y
http://www.youtube.com/watch?v=yYkMnjq0toE


Bruno Walter Requiem KV 626 by Mozart . "Requiem"

http://www.youtube.com/watch?v=LWvFPUiA4fk
http://www.youtube.com/watch?v=h9nfXpTSqss&playnext=1&list=PLC2E902312EF632FF
http://www.youtube.com/watch?v=BDXEvd5ml48&playnext=1&list=PLC2E902312EF632FF
http://www.youtube.com/watch?v=xB7KsB2y-ME
http://www.youtube.com/watch?v=-PDwMEqvXaQ&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=gdysoeI9sqg
http://www.youtube.com/watch?v=qraktCiyF18
http://www.youtube.com/watch?v=7-sLh6POKt4&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=h_fcgUnxJkc
http://www.youtube.com/watch?v=8XGJNWHZ0Xc&playnext=1&list=PLC2E902312EF632FF
http://www.youtube.com/watch?v=4jek5M_ynlo
http://www.youtube.com/watch?v=dpxcEYC3D_M&feature=fvwrel
http://www.youtube.com/watch?v=j7Syi_6d3ZU
http://www.youtube.com/watch?v=xuZ7ey3D-Sk

Walter conducts Mozart Symphony 41 'Jupiter'

http://www.youtube.com/watch?v=smpB4Qam4hs
http://www.youtube.com/watch?v=g0tQB9hTWGg


Bruno Walter Symphony G minor,KV 183 by Mozart 1.Movement

http://www.youtube.com/watch?v=DWcOvGhT6_0&feature=related

78rpm Walter conducts Mozart ''La Finta Giardiniera''

http://www.youtube.com/watch?v=mJNnfrIzN84

BRUNO WALTER - 1939 - MOZART PIANO CONCERTO NO 20 K 466 (PIANO & CONDUCTOR)

http://www.youtube.com/watch?v=1y_IsQ7fboU
http://www.youtube.com/watch?v=BXVkZHgd4Iw

Bruno Walter conducts Vorspiel: Die Walküre 1 Akt

http://www.youtube.com/watch?v=3_cITTOf5MI

Bruno Walter "Siegfried Idyll" Richard Wagner

http://www.youtube.com/watch?v=lDq_8civGw4&playnext=1&list=PLFA95FBB5F6411CC6
http://www.youtube.com/watch?v=rJXy8bfZ7JM&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=NcCM78oHHnA&playnext=1&list=PLFA95FBB5F6411CC6


Bruno Walter "Liebestod" Tristan & Isolde

http://www.youtube.com/watch?v=1NEVOoPL0H0&feature=fvst

BRUNO WALTER - 1937 - KAISER WALZER (Emperor waltz) JOHANN STRAUSS

http://www.youtube.com/watch?v=u5KuT4awWI0

Rosenkavalier Waltzes - R. Strauss - Bruno Walter

http://www.youtube.com/watch?v=xKurWW5lFtE


Walter: Das Lied von Der Erde

http://www.youtube.com/watch?v=FcO8JqkDLF8
http://www.youtube.com/watch?v=nDXDNjn24nY&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=PPRydlQTeLQ
http://www.youtube.com/watch?v=4GoIudAYFTw&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=g-XPsgQF7pA&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=Nedk_go0WOg&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=nLb1RJbeLpI&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=GhZ5O-YZfm4&feature=related

Walter: Mahler Symphony no. 9

http://www.youtube.com/watch?v=B4QVJVzcstY&feature=fvst
http://www.youtube.com/watch?v=oGz_mNvzoXs
http://www.youtube.com/watch?v=3dHwZJ4nKKw&feature=fvst
http://www.youtube.com/watch?v=69PRjg_HtVQ&feature=fvwrel
http://www.youtube.com/watch?v=pJDdrc-rvQA
http://www.youtube.com/watch?v=VNonm0O0cvA&feature=fvwrel
http://www.youtube.com/watch?v=pJDdrc-rvQA&feature=fvwrel



13. 中川隆 2011年4月23日 14:26:45: 3bF/xW6Ehzs4I : MiKEdq2F3Q

「ウィーンのムラヴィンスキー」


Carl Maria von Weber (1786-1826) Overture to "Oberon"
Leningrad Philharmonic Orchestra Jevgenij Mravinsky, 29.IV.1978

http://www.youtube.com/watch?v=EZFcVhM8Jv0


Symphony No. 8 in B minor, D 759 "Unfinished" by Franz Schubert (1797-1828)
Leningrad Philharmonic Orchestra Jevgenij Mravinsky, 30.IV.1978

http://www.youtube.com/watch?v=tB4Y4XCDqEU
http://www.youtube.com/watch?v=4m_5m-WO4JA


Symphony No. 2 in D Major, op. 73 by Johannes Brahms
Leningrad Philharmonic Orchestra Jevgenij Mravinsky, 29.IV.1978

http://www.youtube.com/watch?v=H9wa1u_wn0o
http://www.youtube.com/watch?v=z86445C232k
http://www.youtube.com/watch?v=RlcRVdSCDoQ
http://www.youtube.com/watch?v=rMgBqckYMFg

_____________

Beethoven: Symphony No.4 Mov.IV (Mravinsky)

http://www.youtube.com/watch?v=DG39ixkkx60
http://www.youtube.com/watch?v=EnCN-Et4t5M
http://www.youtube.com/watch?v=uqvdK6rUgt0&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=Qkv_F_--nrI&feature=related


Ludwig van Beethoven-Sinfonia nº 3, op. 55,
Orquestra Filarmónica de Leningrado / Maestro-Evgeni Mravinsky

http://www.youtube.com/watch?v=X1v46hSfdU4
http://www.youtube.com/watch?v=DzKKI8Tg9zk
http://www.youtube.com/watch?v=kmo7hakcklk
http://www.youtube.com/watch?v=7VRbZZLh-GA
http://www.youtube.com/watch?v=2hgxgmXqTSw&feature=related


Brahms: Symphony No.2 Mov.I (Mravinsky)

http://www.youtube.com/watch?v=JcwTljrOOf8
http://www.youtube.com/watch?v=RHuG8HtNJTE
http://www.youtube.com/watch?v=fFazWLCQCqM
http://www.youtube.com/watch?v=7MDAs_NHlRQ


MRAVINSKY--BRAHMS Symphonie 3
Leningrad Philharmonic Orchestra, dir Evgeny Mravinsky, 29-04-1978 LIVE

http://www.youtube.com/watch?v=RhufL4clBgs
http://www.youtube.com/watch?v=lkNcuQmFCXE
http://www.youtube.com/watch?v=xokztz210EY
http://www.youtube.com/watch?v=TPzc5ucKvfc

Brahms: Symphony No.4
Leningrad Philarmonic Orchestra Yevgeny Mravinsky 1973

http://www.youtube.com/watch?v=KF6XT6J87jo
http://www.youtube.com/watch?v=Jh-YITzzpZ8
http://www.youtube.com/watch?v=H0WFGui51Wo&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=SPfhx85pF7U&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=DyCBsPS7qOs&feature=related


Tchaikovsky: Symphony No.5
Live at the Great hall of Leningrad Philharmonia - 1973, Apr.

http://www.youtube.com/watch?v=yI3ifmdPPJE&playnext=1&list=PL03855A07538BC0A3
http://www.youtube.com/watch?v=_Fgvv_FYFsY&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=bxD6K3Jo4h8&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=jr1Y3KS5KNk&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=RLV5hKU114A&feature=related


evgeny mravinsky
tchaikovsky 5th symphony 1983

http://www.youtube.com/watch?v=VQhzfTwwMlU
http://www.youtube.com/watch?v=Hcy4IM65KUc&feature=related

Mravinsky: Tchaikovsky Symphony no. 6 "Pathétique"

Leningrad Philharmonic, Evgeny Mravinsky
Stereo recording, 1960.

http://www.youtube.com/watch?v=UcJzjB8bwqE&playnext=1&list=PLA125EC7B26EF3553
http://www.youtube.com/watch?v=6-LSwQyMrHw&playnext=1&list=PLA125EC7B26EF3553
http://www.youtube.com/watch?v=q1SayVIFmyg&playnext=1&list=PLA125EC7B26EF3553
http://www.youtube.com/watch?v=lioGWy9sETw
http://www.youtube.com/watch?v=x2tTfTVzD0M


Tchaikovsky: Nutcracker-Suite (Mravinsky)

http://www.youtube.com/watch?v=9K0N16w0yjA
http://www.youtube.com/watch?v=HIzwLsX_RtI&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=vnJCGT8QsLY&feature=related

EVGENY MRAVINSKY - FRANCESCA DA RIMINI - TCHAIKOV
LIVE RECORDING: Great Hall of the Leningrad Philharmonic, 19 march 1983.

http://www.youtube.com/watch?v=x2FLZsAL8fA
http://www.youtube.com/watch?v=lIDpdr_dRH4&feature=fvwrel


Tchaikovsky, Capriccio Italien, Op. 45.
Leningrad Philharmonic Orchestra, Evgeny Mravinsky, Conductor.
Rec, 23-02-1950. Leningrad.

http://www.youtube.com/watch?v=flA32aBSmeo


P. Tchaikovsky Serenade for string orchestra/E.Mravinsky
Leningrad Philharmonic Orchestra. Conducter: Yevgeny Mravinsky. 1949.

http://www.youtube.com/watch?v=frv3gch4kg4
http://www.youtube.com/watch?v=YVrVxPsP9vk
http://www.youtube.com/watch?v=QOUgxhhqFWw&feature=related

Sviatoslav Richter plays Tchaikovsky Piano Concerto No. 1
Leningrad Philharmonic Symphony Orchestra, Yevgeny Mravinsky, 1959.

http://www.youtube.com/watch?v=DRBjzVkpiQ4
http://www.youtube.com/watch?v=NzcWYVkflcU
http://www.youtube.com/watch?v=E91B7soYX_A
http://www.youtube.com/watch?v=8ntF8ZUnclM


Piano Concerto No. 1 in B flat Major, op.23 by Piotr Ilyich Tchaikovsky
Emil Gilels, piano
Leningrad Philharmonic Orchestra Jevgenij Mravinskij, 30.III.1971

http://www.youtube.com/watch?v=ttUE8CHN5U8
http://www.youtube.com/watch?v=sRBqVyZcJT0
http://www.youtube.com/watch?v=IaEpqaPCyhc


EVGENY MRAVINSKY--TANNHÄUSER-OVERTURE
Leningrad Philharmonic Orchestra, enr 1978,

http://www.youtube.com/watch?v=AYZzdsg6hSE&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=nn8kWu7H59E

Wagner, Lohengrin, Prelude act 3.
Leningrad Philharmonic Orchestra, dir Evgeny Mravinsky, enr 1965 LIVE

http://www.youtube.com/watch?v=1jkNDaO8fRM&feature=related


EVGENY MRAVINSKY--WAGNER-LOHENGRIN Prelude act 1
Evgeny Mravinsky, enr 1978 LIVE

http://www.youtube.com/watch?v=1uliSlmMQcI

Wagner: Die Walküre - Ride of the Valkyries - Mravinsky/LPO (1965Live)

http://www.youtube.com/watch?v=82HCLqVhB6E

EVGENY MRAVINSKY--WAGNER-DIE MEISTERSINGER VON NÜRNBERG
Leningrad Philharmonic Orchestra, enr 1982 LIVE

http://www.youtube.com/watch?v=1qLfxnEC0xI

EVGENY MRAVINSKY - PRELUDE UND LIEBESTOD - TRISTAN UND ISOLDE
Leningrad Philharmonic Orchestra, Evgeny Mravinsky Conductor, Rec 1978.

http://www.youtube.com/watch?v=3g3otuOZhuQ
http://www.youtube.com/watch?v=LDd1u-w13hE


Anton Bruckner, symphony No 7 in E major,
25 February 1967,Leningrad Philharmonic Orchestra, Evgeny Mravinsky,

http://www.youtube.com/watch?v=pZrvBok8ARE
http://www.youtube.com/watch?v=NSfW9fEATRM
http://www.youtube.com/watch?v=W8vi3tK_w54
http://www.youtube.com/watch?v=TBVbx959PX4
http://www.youtube.com/watch?v=oDGwSKb0J3Q
http://www.youtube.com/watch?v=MsjjrfG2h50
http://www.youtube.com/watch?v=pDgVYIyL-B8&feature=related


Symphony No. 8 in C minor by Anton Bruckner (1824-1896)
Leningrad Philharmonic Orchestra Jevgenij Mravinskij, 30.VI. 1959

http://www.youtube.com/watch?v=cI60KTZrbfs
http://www.youtube.com/watch?v=KhUAWXUHwA8
http://www.youtube.com/watch?v=QME9yhje4tc
http://www.youtube.com/watch?v=FkUgDpkUxrU


Symphony No. 9 in D minor by Anton Bruckner (1824-1896)
Leningrad Philharmonic Orchestra Jevgenij Mravinskij,30.I.1980

http://www.youtube.com/watch?v=qPhWKo__ruk
http://www.youtube.com/watch?v=0AdprHOGxbY
http://www.youtube.com/watch?v=AX-JKolWuH4


Sibelius: Symphony #7 in C Major, Op. 105

http://www.youtube.com/watch?v=yqMJA9kvyHI&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=0j8UsxvAZ_s&feature=fvwrel


Sibelius: Lemminkäissarjaan - Tuonelan joutsen - Mravinsky/LPO (1965Live)

http://www.youtube.com/watch?v=Uk9HNGH0XG4

Mravinsky, Glinka / Overture ''Ruslan and Lyudmila''

http://www.youtube.com/watch?v=GRPucWxV6Bo&feature=fvwrel


Evgeny Mravinsky conducts Anatoly Liadov: Baba Yaga op.56
date:11.03.1983

http://www.youtube.com/watch?v=fmpIiquC99g


Evgeny Mravinsky conducts Mussorgsky: Dawn on Moskwa River (Prelude to Khovantchina)
date:11.03.1983

http://www.youtube.com/watch?v=FMJCgL9GNFw

Yevgeni Mravinsky conducts Richard Strauss Ein Alpensinfonie
orch:Leningrad Philharmonic date:21.4.1960

http://www.youtube.com/watch?v=wfLeeNTPjeo&playnext=1&list=PLC5A564A7BCBFCF5D
http://www.youtube.com/watch?v=xqtkYD62Qxk&playnext=1&list=PL52BC37C81E0BFC11
http://www.youtube.com/watch?v=jyz5Y3eb4LY&playnext=1&list=PLC5A564A7BCBFCF5D
http://www.youtube.com/watch?v=8pvfyVS_V0k&playnext=1&list=PLC5A564A7BCBFCF5D
http://www.youtube.com/watch?v=8xazO_BUsoo&playnext=1&list=PL52BC37C81E0BFC11
http://www.youtube.com/watch?v=_HK9CVKw-lU&playnext=1&list=PL52BC37C81E0BFC11

Mravinsky conducts Bartok Music for String, Percussion & Celesta
Leningrad Philharmonic Orchestra
Recorded Live at Great Hall Moscow Philharmonic on 28 February 1965

http://www.youtube.com/watch?v=5TeIPkomTnw
http://www.youtube.com/watch?v=Gwu63ZLv80g&playnext=1&list=PL0149E1DE3402806D
http://www.youtube.com/watch?v=_qwfIqw8kdk&playnext=1&list=PL0149E1DE3402806D
http://www.youtube.com/watch?v=Xrlxy7Bs3us


Sabre dance - Yevgueni Mravinsky.wmv

http://www.youtube.com/watch?v=3HbunC5nqxo&feature=related


Prokofiev Mravinsky Romeo & Juliet

http://www.youtube.com/watch?v=pQAwic28DzI&playnext=1&list=PLE4E1E5913B7472AE

Evgeny Mravinsky conducts Scriabin Le Poéme de l'extase

http://www.youtube.com/watch?v=SPdUI2eylBA
http://www.youtube.com/watch?v=3e4SiM3rsHc


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