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〔独立〕の課題を提示した『岩波講座現代 第1』(1963年)の巻頭論文
http://www.asyura2.com/09/dispute30/msg/297.html
投稿者 仁王像 日時 2010 年 8 月 07 日 18:29:38: jdZgmZ21Prm8E
 

・日本国の対米完全独立は30年以上前に果たしていても何の不思議もないこと。「独立を忘れ去ったカナリア」であり続けて良いの…
 http://www.asyura2.com/09/dispute30/msg/289.html
 投稿者 仁王像 日時 2010 年 7 月 23 日 20:05:30: jdZgmZ21Prm8E

 (上の続き)
『岩波講座現代 第1』(1963年)の巻頭論文は歴史学者・上原専禄の「現代認識の問題性」であった。この中で日本の問題(課題・目的)が「独立」であることが一言提示されている。引用するのに困るくらいシンプルな提示である※。

(引用)
<大衆のとらえたなまの諸問題>P29
(1)生存の問題(平和と安全の問題)
(2)生活の問題
(3)自由と平等の問題
(4)進歩と繁栄の問題
 さらに以上の諸問題がそこに凝集された、深い次元の、アクチャルな問題として、次の問題があります。
(5)独立の問題
(引用おわり)

 時は戦後18年(サ講和条約後12年)、60年安保の直後でもある。60年安保では(70年安保も)日本の課題が「完全独立を果たすこと」が明確に掲げられていたという記憶は薄い。60年安保を総括した知識人(学者・思想家)が改めてこの課題を提起したのではないかと思う。つまりこの時点で日本は「真の独立」は果たしておらず、いわば「偽りの独立」の状態にあることを、大衆自身がなまの実感として把握していることをこの学者に代表される知識人たちはしっかりと現状認識していたのである。

 爾来この課題は高く掲げられてくるべきものであったが、なぜか途切れてしまった(筆者の記憶では)。これらの課題は知識人階級である学者・思想家・言論人が担い、国民に奉仕していくべきものと考える。寺島実郎ぐらいが米軍基地の在り方を根本的に見直すぐらいの議論をしているが、明確に「日本の完全独立」を課題に挙げているという印象はない(彼は戦略思考のできる数少ない人間の一人と思う)。

 途切れた原因はやはり地政学という牙を抜かれ戦略思考(無名氏が指摘するトップダウン思考でもよい)という思考法そのものを排除し思考の枠組みに自ら制限してきてしまったのが大きな要因ではないかと思われるのである。

 また、(1)〜(4)の問題(課題)を解決していく環(幹)が(5)であるという捉え方もしている。今、読み返してみてこの部分の記憶はなかったが、日本国が抱える課題はこのような構造を持っているということは筆者も指摘してきた(暗黙の裡に当然と思っていたことを改めて言葉にしたに過ぎない)。
 阿修羅(政治板)の記事に飽き飽きしていたのは、このような環から出発する議論がほとんどなく、「ボトムアップ思考」ばかりに満ち満ちているからと言い換えてもよいことに気づかされた。


(一例として、ボトムアップ思考法で一つ一つ消去していくと小沢一郎というワル(悪党)が残ってくるのかもしれない)

 こちらは日本に必要な人材を(上から)作っていこうという発想である。このような思考法はいけないという掟はない。評価は是々非々で行えばよい。
 さらに歩を進めれば、戦略家集団がよるべとする日本発の思想(家)を要するのかもしれない。裏のあるハンチントンでも日本文明を世界八大文明の一角に位置づけているのである。世界に日本思想ありと印象づけるそれである。
 この思想を世界に押しつけるのではない。日本思想ありと世界に印象付け、同時に世界のどこかの小さい国や海洋国家が、たとえば日本思想を尊重しそれを自主的に取り入れることもあり得るそれである。

 ※くどいようだが、ここでも独立は「課題(目的)」であって、「手段」という扱いは一切していない。「独立」という語には人類が血と汗であがなってきた成果物が凝縮されている格調の高い響きを持つ。これを肌で感じられるようでなければいけない。これを「手段」などと波長の低い概念に貶(おとし)めてはならない。
 この論文は40pほどの抑制の利いた文章で、「独立の問題」という語は最後の10pぐらいに数えるほどしか登場しないが、強く印象づけられた。「ああ日本は未だ独立途上にあるんだ」という強い意識を吹き込まれた(筆者の外側からこの学者によってこの認識が「注入」されたのであった)
 
・日本人の特殊な心性が、今後の「世界設計」にかかわっては行けないものか?
 http://www.asyura2.com/08/dispute28/msg/590.html
 投稿者 仁王像 日時 2009 年 1 月 03 日 21:06:39: jdZgmZ21Prm8E

・「日本文明」は、世界の八大文明の中に分類される
 http://www.asyura2.com/07/dispute25/msg/678.html
 投稿者 仁王像 日時 2007 年 6 月 13 日 21:29:37: jdZgmZ21Prm8E

・国家経営の「制度設計」が必要−雨宮処凛『”生きづらさ”…』を読んで
 http://www.asyura2.com/09/dispute29/msg/216.html
 投稿者 仁王像 日時 2009 年 3 月 19 日 20:08:26: jdZgmZ21Prm8E  

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コメント
 
01. 仁王像 2010年8月08日 18:47:59: jdZgmZ21Prm8E: zqw7Lv8Ckk
その昔の労組歌(青年部)のフレーズを思い出した。
 ♪独立の願い、石も叫びー
 ♪民族の誇り知る我らー

 そうだ、独立の願いを石も叫んでいたという認識がしっかりした時代もあったのだ。
 「民族の誇り」はやはりこれでなくてはいけない。「国民の誇り」ではなにかふ抜けて気合いが入らない。「民族」と「国民」では語感が違う。前者には同胞間の絆が感じられるが後者には希薄である。その絆はやはり民族のアイディンティティというものだろう。

 ついでに「てっちゃんまんころ」の歌というのもあった。鉄鋼労働者は定年満期でコロリと死ぬ、という意味の労組歌であった。


02. 2010年8月11日 18:28:16: zqw7Lv8Ckk
(もうワンフレーズ思いだした)
 ♪屈辱の怒り草も震(ふる)うー

 そうだ。大多数の日本人が屈辱の怒りを共有した時代もあったのだ。
 今はどうなのだろうか。60年の安保体制にはいささかの変わりもないがー。

 なんらかの理由で(阿修羅の)日本人が腑抜けになった(させられた)というほかはない。 (仁)


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