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手近なユートピア 誰でもベーシック・インカムをもらえるとしたら?  BI批判投稿者
http://www.asyura2.com/09/dispute30/msg/844.html
投稿者 グッキー 日時 2013 年 5 月 31 日 14:19:46: Cbr3d6O9vj7Mc
 

手近なユートピア
誰でもベーシック・インカムをもらえるとしたら?
http://www.diplo.jp/articles13/1305uneutopie.html
モナ・ショレ
(ジャーナリスト)

訳:ア山章子

 これまでとは別の生き方を選ぶこと、別の人間関係を作り出すことは、この危機の時代に問題外に思われるかもしれない。しかし、その実行が今ほど必要とされることはない。ヨーロッパで、ラテンアメリカで、そしてアジアで、無条件の給付金支給というアイデアが歩みを進めている。[フランス語版編集部]


 人は働くものである。仕事をするから報酬を受け取れるのだ。こうした論理は人々の心の中にしっかりと根ざしているので、ベーシック・インカム[所得保障制度の一種で、すべての国民に政府が最低限の生活に必要な一定の金額を無条件で支給する。日本では支給額は月に一人当たり5〜10万円で議論されることが多い。――訳注]の導入、つまり各自にその人の働きに関係なく、月々生活するのに必要な金額が国から支給されることは、常軌を逸したことのように思われるかもしれない。われわれは、いまだに乾燥して不毛の自然から額に汗して生活の糧を手に入れなくてはならないと信じて疑わない。ところが事実は全く違うのだ。


 奨学金・育児休暇・退職年金・育児手当・失業手当・フランス間歇就労芸能者給付制度(注1)・生活保護。いずれの手当も共通しているのは、給付と労働との関係を切り離している、ということだ。こうした措置はいずれも不十分だし批判もされているが、ベーシック・インカムが《もうそこまできている》ユートピアであることを示している。ドイツでは、国民の所得のうち労働から直接に得ている割合は41%にすぎないとダニエル・ヘーニーとエンノ・シュミットが彼らの映画『ベーシック・インカム』(2008)の中で指摘している(注2)。フランスにおいては、2005年には、国民の所得の30%は他人の所得からの再分配に依存していた(国からの種々の手当)。すなわち、「あらゆる種類のイデオロギー的な批判にもかかわらず、また福祉国家(新自由主義者たちから嘲弄されているような)の崩壊にもかかわらず、強制的な税金徴収による国家負担制度はミッテラン、シラク、さらにサルコジ大統領のもとで強化された(注3)」。人々を貧窮から救うために、その方針をさらに前進させることはそれほど困難というわけではないだろう。


 ベーシック・インカムの最初の論理的帰結は、失業問題が無くなることである。失業問題は社会問題であり、同時に個人の困窮の原因でもある。失業がなくなれば、第一歩として、完全雇用の追求という公的目標に関わる経費の節約が可能になるだろう。さらに、企業に対して雇用を促すような施策は行われなくなるだろう。こうした施策のための社会保険料の免除・軽減政策といった費用は1992年の19億ユーロから2008年の300億ユーロに増加していることを記憶にとどめておこう(注4)。あるいはまた、韓国の大宇グループは1998年に3500万ユーロの補助金を受け取りロレーヌ地方に3カ所の工場を建設したにもかかわらず、2002年に工場を閉鎖して1千名を解雇している。一方、ベーシック・インカムは全ての人に無条件で与えられる。すなわち、貧乏人にも金持ちにも与えられるのだが、金持ちは税金でこれを返すことになる。社会保障受給者の不正受給監視に関わる行政上の職務を全て廃止することで節約が実現可能だ。こうした職務は人に屈辱を与え、干渉的で道徳を振りかざすために、評判が良くなかった(注5)。


 しかし、ベーシック・インカムとは正確にはどんなものなのかもっと明確にしておこう。1960年代、ジェームス・トービン(彼は金融取引に課税する案の提唱者でもある)(注6)から自由主義経済学者ミルトン・フリードマン(注7)にいたるまでの毛色の様々な経済学者によって推奨された措置であり、世間を当惑させることになった。この言葉の指している意味が、使う人によって異なるという状況は今も変わっていない。フランスでは、クリスチーヌ・ブタン(キリスト教民主党)が推奨したベーシック・インカムは、イブ・コシェ(環境保護主義者)や《ユートピア運動》(緑の党や左翼党を横断する運動団体)が擁護するベーシック・インカムと同じではないのだ。


 ベーシック・インカムの給付金額がかなり少額の場合、人は働かないですませることは出来ない。そのために自由主義者が唱えるベーシック・インカムは企業に対する補助金のような役割を果たし、社会保障撤廃の一環をなすことになる。これがフリードマンの説く《負の所得税》である。これに対して左翼の側の考えでは、これは生活するに十分な金額でなくてはならない。この《十分な》という言葉の定義が厄介な問題であることは想像出来るだろう。そして、公共サービスや社会保障(年金、失業保険や健康保険)、さらにはいくつかの住民保護などがその代わり無くなるとは想定されていない。他の福祉手当も同様だ。ベーシック・インカムは誰にも平等に、いくつかの別の指標に基づいて与えられるのだ。すなわち、個人個人に対して毎月、生まれた時から死ぬまで給付されるのであって(未成年は成人よりも少ない額を受け取る)、世帯ごとにではない。どんな条件もつかないし、代償も要求されない。労働による収入があってもなくても、受給できるのである。


 こうして、人々はそれぞれ人生において自分がやりたいと思う事をすることが可能になる。すなわち、働き続けてもよいし、つつましやかな生活水準で満足しながら自分の時間を大事にしてもよい、あるいはこの二つを相互に行うこともじぶんで選べるのである。無職の期間ももう心配する必要はない。なぜなら、給料をもらうことだけが収入を得る道ではなくなるからだ。保障された給付金だけで暮らすことを選んだ人は、自分が本当に熱中できる仕事そして/または社会のためになると思うことに完全に打ち込むことができる。一人でやっても、複数でもかまわない。


 それというのも、ベーシック・インカムは、この計画自身が作り出すかもしれない自由な人間関係を当て込んでいるのである。2004年、ルーヴァン・カトリック大学(ベルギー)の二人の研究者が、ベーシック・インカムのもたらす効果を調べようとして、クイズ番組《Win For Life》(フランスの番組《Tac o Tac TV人生の勝者》と似ているベルギーの番組で、クイズの勝者に終生月給を払う)の勝者に関心を寄せている。しかし、エッセイストのバティスト・ミロンドはこれに対して、比較される二つのケースにはかなりの違いがあると指摘し、二人の研究者の結論にやや懐疑的な見方をしている。「ベーシック・インカムの受益者は、周囲にも他のベーシック・インカムの受領者がいるわけだが、クイズの勝者の方は全く孤立している。ところで、自由な時間を他の人のために使える人々がたくさんいれば、自由時間の価値は増大するだろう(注8)」。このように、ベーシック・インカムは大多数の人々にとって仕事との関係・時間との関係・消費生活・他人との人間関係などを同時に変化させるだろう。賃金労働を選んだ人も同様だ。彼らも影響を受けるであろうからだ。もっとも、新たな社会参加のあり方を後押しもするのは確実だろう。さもなくば、ある種の後退を促す恐れもある。とりわけ女性たちが家庭に閉じこもってしまう可能性があるのだ。

1972年のアメリカ合衆国の民主党の公約から今日のドイツまで


 第二次世界大戦後、進歩主義者たちによるベーシック・インカムの考え方が登場したのはアメリカにおいてだった。1968年、ジョン=ケネス・ガルブレイス、ポール・サミュエルソンや1200名の経済専門家とともにこの趣旨の呼びかけの主導者となったトービンは、1972年の大統領選挙の際、民主党候補ジョージ・マクガヴァンの顧問をつとめ、マクガヴァンの政策方針の中に所得保障の計画を導入した。しかしリチャード・ニクソンに大敗し、この計画は葬り去られた。


 再び日の目を見たのはヨーロッパでのことで、まず1980年のオランダにおいてであった(注9)。ベルギーでは、1984年創設の研究者と組合運動家のグループ、経済学者で哲学者のフィリップ・ヴァン・パレースを囲む《シャルル・フーリエ協会》がある。ルーヴァン・カトリック大学で1986年に行われた討論会でベーシック・インカム・欧州ネットワーク(BIEN)が誕生し、2004年には世界的な団体(ベーシック・インカム世界ネットワーク)になる。創設者の一人、ギー・スタンディングは、国際労働機関(ILO)のエコノミストで、2011年インドでベーシック・インカムプロジェクトに参加した。


 ドイツでは、スザンヌ・ヴィストが率いるキャンペーンのおかげで、この数年、特に活発な議論がなされている。彼女はドイツの北部に住んでいるが、その前まではキャンピングカーに12年間住んでいた。それは自由が欲しかったからでもあるが、家賃を節約するためだった。幼稚園助手として働き、苦労してなんとか生計を立てていた。ある税制改革によって彼女の家族手当が課税所得と見なされるようになったことが彼女を激怒させた。彼女はドイツ語圏スイスにおける《ベーシック・インカム・ネットワーク》Grundeinkommenの創始者であるヘーニーとシュミットに出会って彼らの考え方に共鳴した。


 彼女は市民の請願運動を起こして大成功し、2010年には連邦議会で審議されるまでに至った。活動の過程でヘーニーとシュミットの映画『ベーシック・インカム』の大々的上映を必ず行っている。

フランスにおける学生と労働者の運動


 フランスにおいてベーシック・インカムの主張は、1994年エドゥアール・バラデュール内閣の社会統合契約(CIP)(注10)の計画に対する学生たちの反対運動の際に具体化した。この際、パリで《最適生活基本金のための行動グループ(Cargo)》が結成され、まもなく《反失業連帯行動(AC!)》に統合された。


 ベーシック・インカムの主張は、1997年から1998年にかけての失業者の運動の際に再び登場した。同時期、哲学者で環境保護運動家のアンドレ・ゴルツがこの主張に賛同した(注11)。この理念はアルテル・モンディアリスムの運動の形成過程においてもその反映がうかがわれる(注12)。アラン・カイエ(注13)は《社会科学における反功利主義運動(Mauss)》の創始者だが、彼もまた支持に加わっている。


 最後に、一部の間歇就労芸能者給付制度の受給者たちは、彼らの還付金制度に対して 2003年から始まった攻撃に直面して、この制度の維持を図るばかりではなく、社会全体へのこの制度の拡大を目指して闘い始めた。その目標は休業期間と労働期間の定期的な繰り返しを正常化させることである。労働期間は休業期間を滋養にして成り立つのだ、と彼らは強調する。労働は休業期間なしには存在し得ないものなのだ。社会党員でパリ4区の区長クリストフ・ジラールは、彼の考えとこの運動の考え方とが大変近いため、2011年の党の集会の前日に、万人共通のベーシック・インカムの段階的導入を訴えた(注14)。


 以前、1988年ロカール内閣の時代、就職促進最低所得保障制度(RMI)の成立にあたり、結局最終的に可決された法案には大したものは残されなかったのだが、社会がその構成員に対して、生活の糧を得る手段を与える義務を負うという考え方が、法案をめぐる議会の論争を支配していた。一部の左翼は、法案説明者ジャン=ミシェル・ベロルジをはじめ、同法案について《社会同化への努力》に条件付けをしていることを批判していた。彼らはいぶかっていた。お金の支給が審査委員会の議を経て打ち切られることがあったり、支給には代償が要求されたりするような場合、これを「権利」と呼ぶことができるのだろうか?(注15)左翼が言いたいのは失業者たちのデモのむき出しのスローガンの趣旨と同じである。すなわち「暮らせる金を!」ということだ。いかなる貧困にも脅かされない社会ならば、各人がふさわしい人生を送る権利を持てるはずなのだ。


 しかし、急進的左翼の内部では、ベーシック・インカムは満場一致の賛同を得るにはほど遠い状態である。ベーシック・インカムの支持者の幅が非常に広いので、疑わしい連中と組むことになるのではないかという恐れを彼らに抱かせる。そのうえ、ベーシック・インカムは反資本主義左翼が通常抱く考え方とは多くの点で異なる。彼らの心情的抵抗感を慮ると,ベーシック・インカムというアイデアを彼らはおそらく容易には認められないだろう。たとえ認めることがあったとしてもその実施は全ての問題を解決するにはほど遠いだろう。もっとも、ベーシック・インカムの主唱者たちも、そんなことは主張していないのであるが。


 ベーシック・インカムの狙いはまずなによりも、先進国でも途上国でも、皆に生存に必要な最低限の金を与えることである。この考え方の支持者は途上国にもいる。一般的には、途上国においては経済活動を活発化させる効果があると考えられている。また先進国では経済活動を少々減速させるだろうと予想されているが、そのことが環境保護活動家の関心をそそる理由となっている。西欧諸国では、人々は失業・不安定な生活・劣悪な住宅・生活の困窮などから逃れることが出来るだろうし、サラリーマンの中には仕事からくる肉体的、精神的ストレスから解放されるものもいるだろう。


 しかし、ベーシック・インカムは資本主義を打倒したりするものではない。《所得の上限》の計画を組み込もうとする者たちもいるが(注16)、そうしたとしても不平等を取り除くことにはならないだろう。大勢の人々が必ず批判するのはこの点についてである。例えば、リベラルな共産主義者クロード・ギヨンはベーシック・インカム・プログラムについてあまりにも小心すぎると評価し、ある著書の中で、「保障主義」であると言って揶揄している。しかし「最悪の状態やその持続をテコとして抵抗運動を行うこと」は自己に禁じているし、そして、人は腹が満たされている時に政治についてより適切に語るものだと認めてもいるのだが……(注17)。

個人への信頼を前提とする変革


 ベーシック・インカムは、不公平な秩序を覆して公正な秩序に変えるというよりもむしろヘーニーとシュミットの映画の副題にもあるように、《文化的衝動》を与えるものだ。これは利益優先の市場経済の枠外で行われる活動に対して承認・激励を与えるものとされる。その進み方は、だれにもその展開が予想出来ないようなものである。さらに、個人にその選択がゆだねられるのだから、個人を信用することが前提となる。確かに左翼たちは、エッセイストで自由主義者のニコラ・バヴェレの次のような強烈な議論には同調できないだろう。「最下層の者たちにとって自由な時間というのは、アルコール中毒・暴力の拡大・犯罪と同義なのだ(注18)」。だが一方、左翼が擁護する政治路線の急進性は、多くの場合《よき生活》に関する少々時代遅れな定義とセットになっているのだ。


 けれども、こうした論理の放棄こそが、スイス人活動家オリバー・シーゲルの心を捉えたのだ。彼は映画『ベーシック・インカム』のフランス語版の共同制作者である。《ロンゴ・マイ》はアルプ=ド=オート=プロヴァンスで1968年以降に設立された農業地域コミュニティーだが(注19)、それの元メンバーである彼は、現在から振り返って、「(彼や彼の仲間が)前衛的な革命家であり、Dデー[ノルマンディー上陸作成の決行日。さらに拡大して革命の決行日。――訳注]のための準備を整えてやっているこしゃくなエリートだという暗黙の前提があった」が、いまはそうとは認めていない。それとは正反対にベーシック・インカムは、「人々に何かを強制することがない。彼らになりかわってものを考えたり、イデオロギーを噛んで含めるようにして教えて、黙って従うように強いる必要もない」。社会の変化こそ全てだ(易しいことではないが)。「もし、人々が自分の本当にしたいことを真剣に考えなくてはならないとしたら、きっとみんな頭が痛くなったり、心臓や胃の具合が悪くなったりして、からだの代謝はすっかり調子が狂って しまうだろう。何十年もの間、自分なりに考えることもせず仕事ばかりしていたとしたら、まともでいられるわけがない。 だが本当に、ベーシック・インカムが成し遂げられたらどうなるか見たいものだ」。(注20)

働かざるもの、食うべからずなのか?――労働価値説から離れて


 ベーシック・インカムに向けられるもう一つの重要な批判的立場は、ベーシック・インカムが労働という規範的な価値を問題にしている点である。歴史的に、労働運動は賃労働システムの中で組織された。搾取に対する全ての抵抗手段を作り上げ、あらゆる権利(有給休暇から社会保障まで)を手に入れた。その結果、労働総同盟(CGT)がアミアン憲章(1906)(注21)のなかに、目標の一つとして《賃労働システムの消滅》を記載したことを、時には忘れるに到った……。それに、労働組合やそれに近い諸政党にとって、労働とは自己の誇りや自己実現のかけがえのない源泉なのだ。《市民を支援するために金融取引への課税を求めるアソシアシオン》(Attac) のメンバーである経済専門家ジャン=マリー・アリビによれば、労働とは「望むと望まざるとに関わらず」「社会統合の真の要因」をなしているものである。なぜなら労働とは、「完全な人間、つまり生産者で市民という資格」を個人に与えるものだからだ(注22)。


 しかし逆説的なことではあるが、ベーシック・インカムの一部の信奉者がこれを支持する動機としているのは、労働の擁護なのである。彼らはベーシック・インカムに職場の労働条件の改善手段を見いだしている。《労働の権利》は人権宣言の中に書かれている。しかし、ヘーニーとシュミットは映画の中でこう尋ねるのだ。「何かをしなくてはならないという権利なんて、あり得るのでしょうか?」 ベーシック・インカムがあれば、給与生活者たちは、望むなら給与生活者をやめることも可能だし、給与生活者に戻りたい失業者たちは再就職も可能だ。自分の生存がかかっていないという事実は、雇用主との交渉に際して今までよりずっと大きな力を与えるだろう。特につらい仕事に関しては。ヴァン・パレースとヤニック・ファンデルボルツは、ベーシック・インカムが「長期ストライキの場合(注23)」の切り札になると考えるよう勧めている……。


 しかし一方、他のベーシック・インカム推進者たち(とりわけミロンドやユートピア運動)は、特にこの衰退の時代における、賃労働システムに対する批判を明確に表明している。彼らは次のように主張している。ほとんどの仕事は、労働者に誇りも与えないし、全体の利益に奉仕しているという感覚ももたらさない。明確に逆の感覚を抱かせるとまでは言わないが。それにたとえそういう場合、つまり誇りや奉仕の感覚を得られる場合でも、科学技術の進歩と結びついた生産性の増大のせいで、いずれにせよ全員にふさわしいポストを提供することは不可能だろう。国の税負担制度の拡大によるベーシック・インカム導入の信奉者ベルナール・フリオは以下のような考え方に賛成している。すなわち、「公務員をクビにする仕事に携わっている女性視学官や、モンサント社(注24)のために不毛性の種子を作っている労働者になるぐらいなら、働かないほうがましだ」。彼は《栄光の三十年》[第二次世界大戦終了から1973年までの期間のこと――訳注]における完全雇用を「まやかし」と呼ぶ。人々はその時代に回帰したいと言っているのだが。「1960年代のいわゆる完全雇用というのは、男たちのための完全雇用だった、ということを決して忘れないでおこう」。(注25)。


 イタリア労働者のアウトノミア運動(注26)に触発された流れは、フランスではヤン・ムリエ=ブタン(注27)あるいはCargoの創始者ロラン・ギヨトーによって体現され、そこではカール・マルクスから取り入れた《一般的知性》(注28)の概念に基づいた労働賃金の批判的検証を支持している。マルクスは『経済学批判要綱』の中で、社会全体によって年月を重ね蓄積された知性が価値創造の核となる時代が来ることを予測していた。非物質的なものの経済の到来によって、そうした時代のまっただ中にわれわれがいることを、読者は認めることになるだろう。そして、その時以来、資本主義はしだいに攻撃的な寄生的性格を強めることになるだろう。すなわち、資本主義は、資本主義の外部で発達し人格と切り離せない能力を横取りするだけで、しかも人格のほうはというと能力を発揮するのに資本主義を必要とはしていないのだ。


 富の産出の大部分はそれゆえに、雇用の範囲外で行われるのだ。のんきなセミと勤勉なアリの姿のあいだに、ムリエ=ブタンは第3項、すなわちミツバチをおく。ミツバチの受粉作業は直接的な価値は作り出さないが、その働きがなければどんな作物も存在しない。これと同様に、人々は皆各々、最も取るに足りないような日常の活動によってであろうとも、世の中の経済に間接的に寄与しているのだ。

生きていることそれ自体への給付


 こうした議論は、デマゴーグがふりかざす偏見に満ちた表現、つまり《生活扶助を受けている人》は他人の働きで暮らしている役立たずの怠け者である、という言いぐさの無意味ぶりを思いおこさせるという利点がある。しかし、そのような議論に基づいてベーシック・インカムの正当化をすることは、アンドレ・ゴルツが良く見抜いていたように、罠におちいってしまう。すなわち、「そうすることによって、人は労働価値説(注30)や生産性第一主義の立場にとどまることになる」のだ。ところが「《生きていることそれ自体への給付》は、賃金を求めないし、支払いもしないという点にもっぱら意義があるのだ」。つまり、《生きていることそれ自体への給付》はむしろ「金に置き換えられない豊かさ」を作り出すことを可能にするはずなのだ(注29)。


 いずれにせよ、ベーシック・インカムの実施を理論上根拠づけるために、《一般的知性》に従う必要は全くない。ベーシック・インカムの最初の提唱者の一人で、英国出身のアメリカ人革命家トマス・ペイン(注30)は、彼の著書『土地配分の正義』(1796)の中で、土地の占有に対する正当な補償として、土地所有者に税金をかけ、それをベーシック・インカムにあてようと述べている。土地はもともと皆のものなのだから……。
ーーーーーーーーーーーーー

BI論者はあまりにも市場経済というものを知らない。
左翼の学者に有りがちな机上の空論に陥っている。

物価は需給で決まる。これが市場原理です。
賃金もまた需給で決まるのです。
最低賃金により賃金が保証されているなどと考える人は
あまりにも現実の市場を見ていない。

弱肉強食の自由市場では、企業は労働力の供給が多ければ
あらゆる手段、請負制やサービス残業など、を使って
賃金を引き下げようとする。

現在、賃金の下落を防いでいる力は労働のコスト=生活のランニングコスト、
つまり”食わなきゃ労働など出来ようが無い”という単純な原理なのです。

政府がBIで生活のコストを負担するなら、労働力供給超過の現在では、更なる
賃金の下落を招くのではないかと疑問です。
つまり月給20万円を貰っていた人たちが、10万円のBIを貰ってよかった!
と喜んでいたら、月給が10万円に下がっちゃったということに成りかねない。

更に生活の糧を、他者の労働の果実から継続的に貰って良いのかと
いう問題です。
この解決を社会奉仕だの理想主義に求めますが、利己主義が利他主義を
駆逐するという現実において、理想主義が機能するか疑問に思います。

財源についても、これだけBIが議論されてきて財源のはっきりした
一致が見出せません。
消費税を財源にすれば、経済の浮揚は見込めず、さらに逼塞した
経済が続くことに成ります。
累進課税の強化や富裕税はあらゆる手段で反対されるでしょう。

赤字国債の財源化は財政破綻だーという声に潰されるでしょう。

通貨発行益を使うのが現実的な方法ですが、通貨発行益は
生産余力が無くなれば使えません。恒常的な財源とは言えません。
しかも拝金狂信者たちが反対します。
しかし現在の経済危機を打開するには通貨発行益を使うしか
方法は無いでしょう。

「土地所有者に税金をかけ、それをベーシック・インカムにあてようと述べている。土地はもともと皆のものなのだから……。」

これはほぼ正しい
地球は誰のものか???
http://www.asyura2.com/09/dispute30/msg/789.html

しかし土地への課税はアダム・スミスの時代から、土地にかける税が
一番良い税だと言われたにも関わらず、マイホームへの課税強化だ
などという理由を付けられ阻止されてきました。
しかも地価下落という副作用もあります。
長期的課題でしょう。  

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コメント
 
01. 2013年5月31日 20:32:38 : q931E3NW4E
無理無く段階的に進歩して行くことが自然であり発展と云えるものです
まずは公共的とも言える社会全体を支える仕事を分業制にする必要性があり
その上で自由な資本的な仕事も生み出せば良いのです
同時にというか先にそちらも議論する方が良いでしょうね

「人間だから過ちやミスも起こす」と云いながらも
そこに文学化されたモラルや規制を宛てがい罪を被せて
人と云うものを上下に分ち
強者と弱者に仕立て上げて
強者は恩情に依って組織の人々を統制します
今の世の中の大概がそうした"やり方"です

自然であることに
そして人に過ちも正しさも在りません
そのような恩情など本来の自然観にはそもそも存在しません

存在しないもので人々が競い争い
分離や離別
そして差別と蔑視に意識を合わせる事にだけ夢中となり
人々は一向にまとまりを見せられないでいるのです

一度大衆に観念づけられた価値観を覆すのは難しいと思われていますが
それもまた上塗りされた核の観念を強化する為の付着化した観念です

現時点で保守的な立場に回る人々と対立せずに
そうした人々の疑問のすべてを吸い上げ
あらゆる不安を払拭出来る様に
多角的に議論を展開することが望まれるでしょう


02. 2013年6月01日 06:32:28 : TUPxsc98ho
ベーシックインカムいいことずくめででも何か違うと思っても直感で感じた結論がどうしてそうなったかとゆうことを把握できなかったのですが。投稿者様の分かりやすい解説に感謝します。

03. 2013年6月01日 21:55:49 : E9UOM1Hdfk
>財源についても、これだけBIが議論されてきて財源のはっきりした
一致が見出せません

国家レベルの経済には疎いもので、ベーシックインカム(以下BI)の財源と言われても所得税とか法人税とかしか思い浮かびません。
消費税は困ると一瞬思ったのですが、BIの金額も物価と連動させれば消費税も悪くないかなと思ったりもします。もちろん消費税がまともに使われているというのが前提です。

ところで

>政府がBIで生活のコストを負担するなら、労働力供給超過の現在では、更なる
賃金の下落を招くのではないかと疑問です。

これは前提が間違っていると思います。BIが実施されれば労働力供給超過の状態は解消されます。
仕事を辞めても飢死はしないですみそうですから、くそ忌々しい仕事を死ぬまで我慢してしている人たちにとっては福音です。むしろ一般的に人の嫌がる仕事は待遇が上がるでしょう。

しかし

>つまり月給20万円を貰っていた人たちが、10万円のBIを貰ってよかった!
と喜んでいたら、月給が10万円に下がっちゃったということに成りかねない。

は、当然起こりうると思いますし、そうあるべき(公務員は絶対)でしょう。そうしないとインフレになるのでしょうね?多分。
そして原価(人件費)が下がるのですから物価は下がるでしょう。そうすると同じ20万円でも使いでははるかにあるでしょう。
給料だけ下げて、製品価格がそのままであったとしたら儲け過ぎでしょうから、儲けた分はしっかり(現在より高率に)納税していただきましょう。まあその前に競争相手の価格がさがればその会社は売れなくなりますから値下げは確実だと思います。

>更に生活の糧を、他者の労働の果実から継続的に貰って良いのかと
いう問題です。
>この解決を社会奉仕だの理想主義に求めますが、利己主義が利他主義を
駆逐するという現実において、理想主義が機能するか疑問に思います。

これも現在の経済での現実でしかなく、やってみなくてはわかりません。
いままでそういう暮らしをしたことがないでしょうから、想像できないかもしれませんが
、実現してみれば悪くないかもしれませんよ。街に活気が出るのは確実でしょう。
食って寝るもよし、報酬の安い好きな仕事をするもよし、儲けの多いつらい仕事をするも自由です。

心配しなくとも、今すぐにこの国が奴隷を開放(BIの実施)しようなどとするわけはありません。
われわれ奴隷の側がそんな否定的なことばかり言わずに、もっと自由に想像してみませんか?
嫌な仕事に縛られない生活がどういうものか。そういう社会でどういう暮らしができるか。今の奴隷生活が終わるのがそんなに嫌ですか?そうではないでしょう。
そうしたらやっと前向きに実現の可能性の検討に入れます。

とはいえ引用文中の

>「最下層の者たちにとって自由な時間というのは、アルコール中毒・暴力の拡大・犯罪と同義なのだ(注18)」

というのは少々気にかかりますが、これも前時代(BBI)の名残でしょうから、しばらくすれば大きな問題ではなくなるでしょう。


04. グッキー 2013年6月01日 23:01:57 : Cbr3d6O9vj7Mc : OIxNYWfJog
>>03
.
>国家レベルの経済には疎いもので、ベーシックインカム(以下BI)の財源と言われても所得税とか法人税とかしか思い浮かびません。

法人税は経済のグローバル化で値下げ圧力がかかっています。
累進所得税もその傾向が有ります。

>消費税は困ると一瞬思ったのですが、BIの金額も物価と連動させれば消費税も悪くないかなと思ったりもします。もちろん消費税がまともに使われているというのが前提です。

現在の経済の低迷は商品市場に置ける交換するマネーの不足に起因しています。
税を取って分配するという方法では、そのマネーを増やすということに成りません

>これは前提が間違っていると思います。BIが実施されれば労働力供給超過の状態は解消されます。
仕事を辞めても飢死はしないですみそうですから、くそ忌々しい仕事を死ぬまで我慢してしている人たちにとっては福音です。むしろ一般的に人の嫌がる仕事は待遇が上がるでしょう。

BIが実施され、人が働かなくなればインフレに成るだけです。
富の総量を増やさなければ人々は豊かに成りません。

>は、当然起こりうると思いますし、そうあるべき(公務員は絶対)でしょう。そうしないとインフレになるのでしょうね?多分。
そして原価(人件費)が下がるのですから物価は下がるでしょう。そうすると同じ20万円でも使いでははるかにあるでしょう。
給料だけ下げて、製品価格がそのままであったとしたら儲け過ぎでしょうから、儲けた分はしっかり(現在より高率に)納税していただきましょう。まあその前に競争相手の価格がさがればその会社は売れなくなりますから値下げは確実だと思います。

富の総量=生産物が増えなければ人々が豊かに成りえようが無いではないですか。
いったいBIの原資は誰が負担するのでしょう??
誰かが負担しなければBIは出来ないのです。
人件費が下がった分は、BIの原資を負担したもののところに行くのでは

>これも現在の経済での現実でしかなく、やってみなくてはわかりません。
いままでそういう暮らしをしたことがないでしょうから、想像できないかもしれませんが
、実現してみれば悪くないかもしれませんよ。街に活気が出るのは確実でしょう。
食って寝るもよし、報酬の安い好きな仕事をするもよし、儲けの多いつらい仕事をするも自由です。

人々が豊かに成るとは富の総量が増えるということです。
いったいBIのどんなメカニズムで富の総量が増えるのでしょう。


>心配しなくとも、今すぐにこの国が奴隷を開放(BIの実施)しようなどとするわけはありません。
われわれ奴隷の側がそんな否定的なことばかり言わずに、もっと自由に想像してみませんか?
嫌な仕事に縛られない生活がどういうものか。そういう社会でどういう暮らしができるか。今の奴隷生活が終わるのがそんなに嫌ですか?そうではないでしょう。
そうしたらやっと前向きに実現の可能性の検討に入れます。

中卒が金の卵と言われた時代を知りませんか
労働需給が需要超過なら、経営者より労働者の方が偉くなるのですww
経営者は労働者の福利に気を使わなければ成りません。

奴隷、奴隷と言ってないで、その奴隷状態を創り出している、
労働需給を改善することを考えることが必要だと思います。
働かないで食べていける人が増えれば、労働需給は改善しますが、
富の総量が増えるわけでは有りません。
人々に余裕が出来なければ、
利己主義が利他主義を駆逐するというモラルの頽廃が起きる気が
します。

>>。ヨ最下層の者たちにとって自由な時間というのは、アルコール中毒・暴力の拡大・犯罪と同義なのだ(注18)」

>というのは少々気にかかりますが、これも前時代(BBI)の名残でしょうから、しばらくすれば大きな問題ではなくなるでしょう。

これはそういう意見が有ると書いているだけでしょう。
私はそうなるとは思えません。


05. グッキー 2013年6月01日 23:25:52 : Cbr3d6O9vj7Mc : OIxNYWfJog
追記
人々が豊かに成るためには

富の総量を増やさなければ成らない。
労働需給を改善しなければ成らない。

という二つをBIは満たしているのかということです。

そしてBIは誰かが負担しなければ成らない。
その原資を企業や資本に求めれば、
企業や資本は賃金の切り下げにより
それを回収しようとするでしょう。


06. 2013年6月02日 01:49:58 : E9UOM1Hdfk
>>04

>BIが実施され、人が働かなくなればインフレに成るだけです。
富の総量を増やさなければ人々は豊かに成りません。

ここでいう「働く」とは賃労働という意味でしょうか、そうしたところで
皆が皆働かなるわけではないでしょう。マズローの言うところの
所属と愛の欲求(Social needs / Love and belonging)
承認(尊重)の欲求(Esteem)
自己実現の欲求(Self-actualization)
等によっても賃労働する人はいますよ。
物欲が旺盛な人もたくさん働くことでしょう。
商売する人も余程嫌な仕事でなければ廃業するとは思えません。

ところでなぜBIが始まるとインフレになるのですか?(これは否定しているわけではなく、不思議に思ったから聞いてみたいだけです。)
しかしたとえインフレ(お金がたくさん出回って物価も上がるという状態でしたか?)になったとしても支給額(物価連動と勝手に決めてます)が上がれば、生活に支障はないはずです。それとも国レベルの経済の観点でみると問題でもありますか?

>人々が豊かに成るとは富の総量が増えるということです。
いったいBIのどんなメカニズムで富の総量が増えるのでしょう。

富とはお金とか交換価値のあるものだけですか?豊かとはお金持ちになることですか?
金の延べ棒でも積めば幸せになれますか?残念ですが富というのがよくわかりません。

>働かないで食べていける人が増えれば、労働需給は改善しますが、富の総量が増えるわけでは有りません。

労働需給の改善については、意見の一致が得られ安心しました。
ところであなたのイメージでは働かないで食べるというのは、文字通りの意味のようですね。
いろんな可能性は思い浮かびませんか?そこから富は生まれませんか?
たとえば芸術とかは富ではないですか?売れてなんぼですか?
ボランティアなども反経済的行為ですか?富とは言えませんか?

>人々に余裕が出来なければ、利己主義が利他主義を駆逐するというモラルの頽廃が起きる気がします。

お金はぎりぎり(仮に一切働かない場合)でも少なくとも心の余裕はできるとおもうのですが、なぜ余裕ができないという仮定が登場するのでしょうか?


続いて

>>05

>その原資を企業や資本に求めれば、企業や資本は賃金の切り下げによりそれを回収しようとするでしょう。

もしそれで経済が回るのであれば、何も問題ないのではないでしょうか。
BIにより最低限の生活の保障はされているという前提ですから。
まさか強制労働や「負の所得」とまではいかないでしょう。


07. グッキー 2013年6月02日 04:07:47 : Cbr3d6O9vj7Mc : OIxNYWfJog
>>06.


>ここでいう「働く」とは賃労働という意味でしょうか、

働くとは生産するということです。生産しなければ富は増えません。

>ところでなぜBIが始まるとインフレになるのですか?(これは否定しているわけではなく、不思議に思ったから聞いてみたいだけです。)

生産を増やさずにマネーを増やせばインフレに成るだけです。
マネーを増やすこと(需要)により生産(働く)が増えることに
意味があるのです。

>しかしたとえインフレ(お金がたくさん出回って物価も上がるという状態でしたか?)になったとしても支給額(物価連動と勝手に決めてます)が上がれば、生活に支障はないはずです。それとも国レベルの経済の観点でみると問題でもありますか?

あくまで根本は富の生産が増えることが必要なのです。

>富とはお金とか交換価値のあるものだけですか?豊かとはお金持ちになることですか?
金の延べ棒でも積めば幸せになれますか?残念ですが富というのがよくわかりません。

富とは衣食住などに必要なものです。お金そのものに価値は有りません。
ゴールドもお金ー商品と替えられるから価値が有ると見做されるだけです(創られた価値)

>労働需給の改善については、意見の一致が得られ安心しました。
ところであなたのイメージでは働かないで食べるというのは、文字通りの意味のようですね。
いろんな可能性は思い浮かびませんか?そこから富は生まれませんか?
たとえば芸術とかは富ではないですか?売れてなんぼですか?
ボランティアなども反経済的行為ですか?富とは言えませんか?

つまり良いほうに向かうという理想主義でしょう。
これはちょっと信頼性が薄いです。
利己主義が利他主義を駆逐します。
生活への不安から開放されたら良くなるか
では何故、生活への不安が無い政治家、官僚、富裕者が腐敗するのか。
人の欲望には際限が無いからです。

>お金はぎりぎり(仮に一切働かない場合)でも少なくとも心の余裕はできるとおもうのですが、なぜ余裕ができないという仮定が登場するのでしょうか?

余裕が有っても欲望には際限が無いのに、余裕が無ければさらに人は
さらに人は利己主義に走ります。
富の総量を増やさなければ余裕は生まれません。


>もしそれで経済が回るのであれば、何も問題ないのではないでしょうか。
BIにより最低限の生活の保障はされているという前提ですから。
まさか強制労働や「負の所得」とまではいかないでしょう。

これではBIをしても何も豊かに成ったことには成りません。
20万の給料が10万に下がった。10万円は国から支給された。
豊かには成りません。失業しても10万円は貰えるという保証だけです。


08. グッキー 2013年6月02日 04:33:22 : Cbr3d6O9vj7Mc : OIxNYWfJog
BIには富の総量を増やすという発想が有りません。
富の総量が一定なら分配の問題です。
ゼロサムゲームに成ります。

俺の方によこせ、俺の方によこせと利害が錯綜し
解決困難です。
経済問題は富の総量を増やすことにより、分配するものを
多くしないと解決困難です


09. 2013年6月02日 06:16:47 : TUPxsc98ho
需要が増えて非正規社員が正規社員になり厚生福利も昔のようになるとゆうことを
BIには望めないとゆうことなら橋下徹さんのBI導入はとんでもないことですね。

10. 2013年6月02日 11:55:49 : E9UOM1Hdfk
>>07

>働くとは生産するということです。生産しなければ富は増えません。

なぜ生産がなくなると思われるのでしょうか
欲望に際限のない人達が多いのであれば、皆さんその欲望に応じて働くのでは?
BIとはあくまでもセーフティネットです。それだけで遊び暮らせるわけではありません。

>生産を増やさずにマネーを増やせばインフレに成るだけです。
マネーを増やすこと(需要)により生産(働く)が増えることに
意味があるのです。

ということは、原資はお金の印刷代だけという前提でしょうか?
>>05 では
>その原資を企業や資本に求めれば、企業や資本は賃金の切り下げによりそれを回収しようとするでしょう。
ということで企業や資本でもいけそうなムードでしたが。

>あくまで根本は富の生産が増えることが必要なのです。

>富とは衣食住などに必要なものです。お金そのものに価値は有りません。
ゴールドもお金ー商品と替えられるから価値が有ると見做されるだけです(創られた価値)

現在我が国において物やサービスで何か不足しているものがありますか。むしろ過剰では?

>これではBIをしても何も豊かに成ったことには成りません。
20万の給料が10万に下がった。10万円は国から支給された。
豊かには成りません。失業しても10万円は貰えるという保証だけです。

結局は「豊か」とは単に金銭上のことと見做されているようですね。

ところで、
>失業しても10万円は貰えるという保証だけです。
というのはあまりにもつまらなそうに聞こえますが、
クビになったら収入ゼロになる VS クビになっても10万円は保証される。
を比べたらどっちがいいでしょうか?


11. グッキー 2013年6月02日 13:02:09 : Cbr3d6O9vj7Mc : OIxNYWfJog
>>10.

>なぜ生産がなくなると思われるのでしょうか
欲望に際限のない人達が多いのであれば、皆さんその欲望に応じて働くのでは?
BIとはあくまでもセーフティネットです。それだけで遊び暮らせるわけではありません。

生産が無くなるなんて言っていません。
生産しなければ富は増えないと言っているのです。

>ということは、原資はお金の印刷代だけという前提でしょうか?

通貨発行益を使う場合はそれだけですね。
現実的には銀行預金の数字が増えるだけ。
しかし通貨発行益は恒常的財源には成りません。
生産余力が無くなった時、通貨発行を刷ればインフレに成るだけです。
その時、すぐBIを止められるかといえば止められません。
もはやBIが経済に組み込まれているからです。

>ということで企業や資本でもいけそうなムードでしたが。

>あくまで根本は富の生産が増えることが必要なのです。

別に私はBIの原資を何にしろと言ってる分けでは有りません。
BI批判をしている分けですから。

>現在我が国において物やサービスで何か不足しているものがありますか。むしろ過剰では?

困っている人が消費が出来るようになれば当然、消費が増えます。
需要が増えれば生産を増やさなければ不足するに決まっているでは
ないですか。
現在、困っている人を助けるための政策が必要なんでしょう。

>結局は「豊か」とは単に金銭上のことと見做されているようですね。

そんなことは言っていません。お金の動きで説明しただけです。
物質的豊かさとは商品、サービスの総量が増えることです。

>というのはあまりにもつまらなそうに聞こえますが、
クビになったら収入ゼロになる VS クビになっても10万円は保証される。
を比べたらどっちがいいでしょうか?

単に社会保障を増やせということだけでは上手く行きません。
じゃその富を誰から持ってくるんだということに成ります。
誰からだという話に成った途端、俺嫌だ、俺嫌だとなるに
決まっています。
だから経済問題は富の総量を増やし、分配するものを多くしないと
解決困難なのです。


12. 2013年6月02日 13:28:22 : E9UOM1Hdfk
>>11

>生産が無くなるなんて言っていません。
生産しなければ富は増えないと言っているのです。

結果はそうなのでしょう?
皆が遊び暮らし、欲望の赴くままに奪い合いをするという前提を立てられているようですから。
その後のご意見もその前提で言っておられるようですから無意味な反論は止します。


13. グッキー 2013年6月02日 14:38:32 : Cbr3d6O9vj7Mc : OIxNYWfJog
>>12.

>結果はそうなのでしょう?
皆が遊び暮らし、欲望の赴くままに奪い合いをするという前提を立てられているようですから。
その後のご意見もその前提で言っておられるようですから無意味な反論は止します

そんな前提で言ってません。
文章をよく読まず、勝手に人の主張を造り、
反論のための反論はなにものも生み出しませんよ。

富の総量、つまり商品、サービスの生産量を増やさなければ
みんなが豊かに成れないし、利害の衝突により
上手く行かないだろうと言っているのです。


14. 2013年6月02日 16:26:18 : E9UOM1Hdfk
>>13

>そんな前提で言ってません。
文章をよく読まず、勝手に人の主張を造り、
反論のための反論はなにものも生み出しませんよ。

勝手に作ったわけではなく、
>富の総量、つまり商品、サービスの生産量を増やさなければ
という意味の言葉(念の為>>13のだけではありませんよ)から、BIでは富が増えないといわれてますよね?
私の読解力が余程悪くなければ、富が増えないのは誰も生産しなくなるということと同義であるということでしょう?

べつに捏造などしたつもりはありません。そちらこそ文章の意味を考えて読むようにされたほうが宜しいかと。


15. グッキー 2013年6月02日 17:39:55 : Cbr3d6O9vj7Mc : OIxNYWfJog
>>14.
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
勝手に作ったわけではなく、
>富の総量、つまり商品、サービスの生産量を増やさなければ
という意味の言葉(念の為>>13のだけではありませんよ)から、BIでは富が増えないといわれてますよね?
私の読解力が余程悪くなければ、富が増えないのは誰も生産しなくなるということと同義であるということでしょう
ーーーーーーーーーーーーーーー

生産量を増やすとは現在の生産量から増やすということですよ。

富が増えない=富が0になる、では有りませんよ
現在の生産量から増えない=誰も生産しなくなる、ではありません。
誰も生産しなくなるとは、現在の生産量が0に減るということです。

ついでに書いておけば
−−−−−−−−−−−
>あくまで根本は富の生産が増えることが必要なのです。

>富とは衣食住などに必要なものです。お金そのものに価値は有りません。
ゴールドもお金ー商品と替えられるから価値が有ると見做されるだけです(創られた価値)

現在我が国において物やサービスで何か不足しているものがありますか。むしろ過剰では?
−−−−−−−−−−

富の生産を増やす必要が有るということに対しての回答が
「不足しているものがあるか、むしろ過剰では?」

です。
あまりにも経済に対する知識が無い。

現在の生産、供給は、現在の需要に対してのものですよ。
買いたくても買えない人がたくさん居る。
将来不安が有るから買うのを我慢している人がたくさんいる。
だから経済対策が必要なんではないですか。

買いたくても買えない人が買えるようにしたら
将来不安が無くなり買えるようにしたら

当然、需要が増え、生産、供給を増やさなければ
不足するのは自明のことではないですか

私は買いたくても買えない人が買えるように成る
将来不安で買えない人が買えるようになる
ということを目指しているのです。
当然、生産、供給を増やさなければ買えません。

それともどこかの馬鹿な評論家のように、
現在は買いたいものが無いから売れないのだ
などと考えているのですか。
みんなが買いたいものが無いなら、
経済対策など要らず、BIも必要有りません


16. グッキー 2013年6月02日 17:51:20 : Cbr3d6O9vj7Mc : OIxNYWfJog
富の生産が増えない=現状維持

これの理解が

誰も生産しなくなる=0まで生産が減る

これが正常な文章読解力なのですか??


17. 2013年6月02日 20:53:46 : E9UOM1Hdfk
>>16

もう終わりにするつもりでしたが、
その点(ゼロになる云々)はどうも私の誤りのようです。たぶん読解力が足りなかったのでしょう。
恥ずかしながら経済に対する知識がないのは、見てのとおりです。

言い方が悪かったかもしれませんが、私の言いたかったのは、なぜBIの実施により富が増えないと言いきれるのかということです。
私の言ってること(増えない事はない)って理想論でしょうか?

それはそうと、別に絡んでいるわけではなく(そう見えたとしたらごめんなさい)
ほかのところ、
http://www.asyura2.com/13/hasan80/msg/135.html
http://www.asyura2.com/09/dispute30/msg/846.html
で拝見したご意見があまりに真っ当なもので、
経済に詳しそうなあなたをBI派に転向できたらさぞ良い提言が得られるのではないかと思ったただけです。この度は私の力不足を実感しました。

最後に、長々とお付き合いいただきありがとうございました。

以上


18. グッキー 2013年6月02日 21:39:03 : Cbr3d6O9vj7Mc : OIxNYWfJog
>>09. TUPxsc98hoさん

>需要が増えて非正規社員が正規社員になり厚生福利も昔のようになるとゆうことを
BIには望めないとゆうことなら橋下徹さんのBI導入はとんでもないことですね。

BIがとんでもとは思いませんが、効果が薄いと思います。
期待した結果は得られない
その前に財源の問題で利害が衝突し実施できないでしょう

需給の法則
労働需要が供給より多ければ、労働者は王様、経営者は家来
労働需要が供給より少なければ経営者は王様、労働者は家来
で、あまりにも長く労働需要が少なすぎたので労働者は
奴隷になっちゃったということを、みんな理解できない。

戦後の経済成長期の日本では、中小零細企業から大企業まで
必死に労働者の確保に動いたものです。
受注は有る。もっと欲しいと頼まれる。しかし労働者が居ない。
中小零細企業など、労働者の確保が一番の問題だったのです。
大企業も下請企業に納品の安定と増加をお願いする立場だった。
だから協力企業組織を造り下請企業の囲い込みを図った。

当然、従業員には気を使います。腫れ物にさわるようです。
辞められたらたいへん困ります。
もちろん非正規よりは正規社員に成ってくれと頼みます。
給料はもちろん毎年上がります。
これで毎年、着実に需要が増え経済成長できたのです。

これが労働需要超過の時代の現実です。

だから労働需要を増やさなければ成らない。
個人消費が毎年、健全に増えていけば
生産ー雇用が増えます。
非自発的失業者が出ない水準まで雇用を増やさなければいけません。

個人消費は多すぎれば税で吸収し、少なすぎれば通貨発行益を配れば
コントロール可能です。

だから個人消費伸び率を不変数にして、それに基づいて経済を
運営しろ。
風呂の湯加減を丁度良くしろと言っているのです。


19. グッキー 2013年6月03日 06:10:36 : Cbr3d6O9vj7Mc : OIxNYWfJog
>>17

>その点(ゼロになる云々)はどうも私の誤りのようです。たぶん読解力が足りなかったのでしょう。
恥ずかしながら経済に対する知識がないのは、見てのとおりです。

ご理解頂けてありがとうございました。

>言い方が悪かったかもしれませんが、私の言いたかったのは、なぜBIの実施により富が増えないと言いきれるのかということです。
私の言ってること(増えない事はない)って理想論でしょうか?

これは財源によるのです。所得税や消費税、税で財源を創るなら
ゼロサムゲームですから、基本的に需要ー生産は伸びません。
通貨発行益を使えばニューマネーですから需要ー生産は増えます。

しかし通貨発行益というものは恒常的に出るものでは無く、
恒常的財源とするのは難しいものなのです。
通貨発行益が無くなれば税の徴収に切り替えるという方法も有りますが、
そんな器用なことが出来るかどうか。

私は経済対策としては定額給付金として、通貨発行益を財源とし
国民一人一人に100万円程度配るのが良いと思っています。
公正にもかない経済対策にもなります。
簡単に仕事などいくらでも有り、所得が毎年上がって行く
循環に戻せます。

そして理想主義を期待してBIを行って良いものかどうか
社会には公正という芯が無ければ、社会は頽廃して行きます。
富=商品、サービスは自然に湧き出るものではなく、人間の
労働の成果です。
その人の労働の果実を恒常的に生活の糧とすることは、公正に
反すると思います。
だから何らかの社会貢献を行わなければ成りませんが、それを
理想主義に期待して良いものかどうか

もしBIで遊んで暮らす人が増えると(私は少しくらいはいいじゃんと気に成りませんが)面白くないと思う人たちが多数出ると思います。
面白くないと思うと、自分も何らかの不公正な果実を味わおうと考えます。
これが利己主義が利他主義を駆逐するということなのです。

>で拝見したご意見があまりに真っ当なもので、

ありがとうございます

>最後に、長々とお付き合いいただきありがとうございました。

こちらこそありがとうございました。


20. 2013年6月04日 09:42:53 : e9xeV93vFQ

憲法で生存権を保障している限り、低(無)所得層への何らかの再分配が必要になる

そして過剰な生活保護や年金などよりも、簡素なBIの方が、行政コストや恣意性、不正を無くすことができるので合理的かつ効率的

最終的には、規制緩和等で生産力が高まっていけば、現在の生活保護以上の実質給付水準にすることも可能だろう


21. グッキー 2013年6月04日 13:13:28 : Cbr3d6O9vj7Mc : OIxNYWfJog
>>20

>最終的には、規制緩和等で生産力が高まっていけば、現在の生活保護以上の実質給付水準にすることも可能だろう

規制緩和で何で生産が高まるの??
需要が増えなければ生産は増えないよ。


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