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参考資料4 _ マリアによる福音書
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/375.html
投稿者 中川隆 日時 2010 年 7 月 23 日 00:20:36: 3bF/xW6Ehzs4I
 

(回答先: イエスが殺された本当の理由 投稿者 中川隆 日時 2010 年 7 月 17 日 23:32:33)


『マリヤによる福音書』 『ベルリン写本』より



■1.第一の啓示

 ペトロを始めとする使徒たちに対して、救い主が啓示を行う(しかし、冒頭の6頁が欠損しており、その具体的な内容は不明)。

「人の子」があなた方の内部にいること、法制定者のようなやり方で法を与えてはならないこと、王国の福音を広く宣べ伝えるべきであることが告げられる。

___________


(欠落)
それで物質は解消されようとしているのでしょうか、それともそうではないのでしょうか。


救い主が言った、

「いかなる本性も、いかなるつくり物も、いかなる被造物も、存在しているのは彼らの互いの内に共に組み合わせられてであり、それら個々のものそれ自体が再び解消されようとしているのは、それらの根へとである。

なぜなら物質の本性が解消し果てるはその本性のもの、それだけへとだからである。

自らの内に聞く耳のある者には聞かせよ。」

ペトロが彼に言った、


「あなたはすべてのことを私たちに告げて下さいました。

もう一つのことを私たちに言って下さい。

世の罪とは何ですか」。

救い主(イエス)が言った、

「罪というのは存在しない。

本性を真似たこと、例えば姦淫をあなたがたが行うと、これが罪と呼ばれるが、存在するのはその罪を犯す人、つまりあなたがたなのである。

このゆえにこそ、つまりその本性の根のところへと本性を立て直そうとして、あなたがたの領域のいかなる本性のもののところへも、善そのものが来たのである。」

彼(イエス)はさらにそれに付け加えて言った、

「このゆえにこそ、あなたがたは病気になって死ぬのである。

なぜならあなたがたは自分をあざむく者を愛するからである。

理解する人には理解させよ。


その物質は一つの苦しみを生み出した。

その苦しみは似たものを持たないものであり、本性に反するものから生まれて来たのである。

そうなると、物体全体の中に不安定さが生じるものである。

このゆえにこそ、私はあなたがたに

『あなたがたは従順なものであれ』

と言ったのである。

そして、あなたがた従順でないものは、本性のさまざまな面に直面して、従順なものであれ。

自分の中に聞くための耳がある者には聞かせよ。」

祝された方(イエス)はこれを言ってから、彼は彼ら皆に言葉を送った、次のことを言って、

「平和があなたがたにあるように。

私の平和を自分たちのために獲得しなさい。

護りなさい。

何者にもあなたがたを惑わさせるな。

その者が『ここにいる』とか『そこにいる』というようなことを言っても。

人の子がいるのはあなたがたの内部なのだから。

あなたがたは彼の後について行きなさい。

彼を求める人々は見いだすであろう。

「あなたがたは行って、王国の福音を宣べなさい。

私があなたがたのために指図したこと、それをこえて何かを課するようなことをしてはならない。

法制定者のやり方で法を与えるようなことはするな。

あなたがたがその法の内にあって、支配されるようなことにならないために。」


_______________

_______________

■2.使徒たちが動揺し、マリヤが彼らを励ます

 救い主の言葉を聞いて、使徒たちは動揺する。

「人の子の王国の福音を宣べるために異邦人のところへ行くといっても、われわれはどのようにすればよいのか」。すると(マグダラの)マリヤが立ち上がり、次のように言って使徒たちを励ます。

「泣かないで下さい。悲しんだり、疑ったりしないで下さい。というのも、彼の恵みがしっかりとあなた方と共にあり、あなた方を護ってくれるのですから」。

 これに対してペトロは、「姉妹よ、救い主が他の女性たちにまさってあなたを愛したことを、私たちは知っています。あなたの思い起こす救い主の言葉を、私たちに話して下さい。あなたが知っていて私たちの知らない、私たちが聞いたこともないそれらの言葉を」と要請する。


___________


・・・・・・・・・・・・・彼(イエス)はこれらのことを言った後、去って行った。


 すると彼らは悲しみ、大いに泣いた、

「人の子の王国の福音を宣べるために異邦人のところに行くといっても、われわれはどのようにすればいいのか。

もし彼らがあの方を容赦しなかったとすれば、このわれわれを容赦することなどどうしてありえよう」

と言って。・・・・・・・・

・・・・・・・・・・そのとき、マリアが立って、彼ら皆に言葉を送った。

彼女は自分の兄弟たちに言った、

「泣かないで下さい。悲しんだり、疑ったりしないで下さい。

というのも彼の恵みが今後もしっかりとあなたがたと共にあり、あなたがたを護ってくれるのですから。

それよりもむしろ、彼の偉大さを讃えるべきです、彼が私たちを準備し、私たちを『人間』として下さったのですから。」


マリアはこれらのことを言って、彼らの心を善い方の方に向けた。

そして彼らは救い主の言葉について議論し始めた。・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・ペトロがマリヤに言った、


「姉妹よ、救い主が他の女性たちにまさってあなたを愛したことを、私たちは知っています。

あなたの思い起こす救い主の言葉を私たちに話して下さい、あなたが知っていて私たちの知らない、私たちが聞いたこともないそれらの言葉を。」


 マリアが答えた。 彼女は

「あなたがたに隠されていること、それを私はあなたがたに告げましょう」

と言った。・・・・・・・


__________________
__________________

■3.第二の啓示


 ペトロの求めに応じ、マリヤは、彼女が救い主から示された教えの内容を語り始める(しかしここでも、テキストに4頁の欠損があり、正確な内容は不明)。

 可視的な世界は、以下の七つの「権威」(アルコーン)たちによって支配されている。

  第一の権威 闇

  第二の権威 欲望

  第三の権威 無知

  第四の権威 死ぬほどの妬み

  第五の権威 肉の王国

  第六の権威 肉の愚かな知恵

  第七の権威 怒っている人の知恵


 七つの天を通り抜け、プレーローマ界に帰昇しようとする魂に対して、権威たちは尋問を行う。魂は、救い主から教えられたとおりの言葉を語ることにより、彼らに打ち勝ってゆく。


________________

・・・・・・・・そして彼女は彼らにこれらの言葉を話し始めた。

「私は」

と彼女は言った、

「私は一つの幻の内に主を見ました。

そして私は彼に言いました、


「主よ、あなたを私は今日、一つの幻の内に見ました。」


彼は答えて私に言われました、

「あなたは祝されたものだ、私を見ていても動じないから。

というのは叡知のあるその場所に宝があるのである。」

私は彼に言いました、

「主よ、幻を見る人がそれを見ているのは、魂か霊か、どちらを通してなのですか。」


救い主は答えて言われました、

「彼が見るのは、魂を通してでもなければ、霊を通してでもなく、それら二つの真ん中にある叡知、幻を見るものはその叡知であり、その叡知こそが・・・・・・・


(このあと欠落)

・・・・・・・・・を。


そして欲望が言った、

「私はお前が降るところを見たことがないのに、今お前が昇るところを見ている。

お前は私に属しているのに、どうして私を騙すのか。」


 魂が答えて欲望に言った、


「私はあなたを見た。

あなたは私を見たこともないし、私を知覚したこともない。

私はあなたにとって着物のようであったのだが、あなたは私を知らなかった。」


これらのことを言った後、魂は大いに喜びつつ、去って行った。

 それから魂は第三の権威、無知と呼ばれるもののところに来た。

その権威が魂を尋問した、


「お前が行こうとしているのはどこへなのか。

お前は悪の内に支配されてきた。

お前は支配されてきた。裁くな。」


と魂に言って。そこで、魂が言った、


「あなたが私を裁くのはなぜなのか、私は裁いたりしたことなどないのに。

私は支配したことがないのに、私は支配されてきた。

私は知られなかったが、私の方は、地のものであれ、天のものであれ、すべてものが解消しつつあるときに、それらのものを知っていた。」


・・・・・・・・・・・魂は第三の権威にうち勝ったとき、上の方に去って行った。


そして第四の権威を見た。

それは七つの姿をしていた。

第一の姿は闇であり、第二のは欲望、第三のは無知、第四のは死ぬほどの妬みであり、第五のは肉の王国であり、第六のは肉の愚かな知恵であり、第七のは怒っている人の知恵である。

これらが怒りのもとにある七つの権威なのである。

彼らが魂に

「人殺しよ、お前が来るのはどこからなのか。

それとも場所にうち勝った者よ、お前が行こうとしているのはどこへなのか」


と尋問すると、魂は答えて言った、


「私を支配するものは殺された。

私を取り囲むものはうち負かされた。

そして私の欲望は終りを遂げた。

また無知は死んだ。

世にあって、私が解き放たれたのは世からであり、また範型の内にあって私が解き放たれたのは天的な範型からであり、一時的な忘却の束縛からである。

今から私が沈黙の内に獲ようとしているのは、時間の、時機の、そして永久の安息である。」


マリアは以上のことを言ったとき、黙り込んだ。

救い主が彼女と語ったのはここまでだったからである。・・・・・・・・・・


_________________
_________________

■4.使徒たちの論争

 マリヤの言葉を聞いた使徒たちは、その教えを受け入れるべきかどうかについて、次のような論争を行う。

 アンドレアス「彼女が言ったことに関して、あなた方が思うことを言ってくれ。救い主がこれらのことを言ったとは、私は信じない。これらの教えは異質な考えのように思われるから。」

 ペトロ「救い主がわれわれに隠れて、一人の女性と、しかも公開でではなく語ったりしたのだろうか。将来、われわれ自身が輪になって、皆で彼女の言うことを聴くことにはならないだろうか。救い主が彼女を選んだというのは、われわれ以上になのか。」

 マリヤ「ペトロよ、それではあなたが考えていることは何ですか。私が言ったことは、私が心の中で考え出したことであり、救い主について私が嘘をついていると考えているのだとすれば。」

 レビ「ペトロよ、あなたはいつも怒る人だ。今、私があなたを見ていると、あなたがマリヤと格闘しているのは、まるで敵対者たちのやり方のようだ。救い主が彼女を認めたのに、彼女を拒否するとは、あなた自身は一体何者なのか。

確かに救い主は彼女をしっかりと知っていて、それゆえにわれわれよりも彼女を愛したのだ。むしろわれわれは恥じ入るべきであり、救い主がわれわれに命じたやり方で、福音を宣べるべきである。」

 レビの言葉を聞いた使徒たちは、あらためて決心し、福音の宣教を開始した。


_______________

・・・・・・ すると、アンドレアスが答えて兄弟たちに言った、

「彼女が言ったことに、そのことに関してあなたがたの言いたいと思うことを言ってくれ。

救い主がこれらのことを言ったとは、この私は信じない。

これらの教えは異質な考えのように思われるから。」


ペトロが答えて、これらの事柄について話した。

彼は救い主について彼らに尋ねた、


「まさかと思うが、彼がわれわれに隠れて一人の女性と、しかも公開でではなく語ったりしたのだろうか。

将来は、われわれは自身が輪になって、皆、彼女の言うことを聴くことにならないだろうか。

救い主が彼女を選んだというのは、われわれ以上なのか。」


・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・そのとき、マリヤは泣いて、ペトロに言った、


「私の兄弟ペトロよ、それではあなたが考えておられることは何ですか。

私が考えたことは、私の心の中で私一人で考え出したことと、あるいは私が救い主について嘘をついていると考えておられるのですか。」


レビが答えて、ペトロに言った、


「ペトロよ、いつもあなたは怒る人だ。

今私があなたを見ていると、あなたがこの女性に対して格闘しているのは敵対者たちのやり方でだ。

もし、救い主が彼女をふさわしいものとしたのなら、彼女を拒否しているからには、あなた自身は一体何者なのか。

確かに救い主は彼女をしっかりと知っていて、このゆえにわれわれよりも彼女を愛したのだ。

むしろ、われわれは恥じ入るべきであり、完全なる人間を着て、彼がわれわれに命じたそのやり方で、自分のために完全なる人間を生み出すべきであり、福音を宣べるべきである。

救い主が言ったことを越えて、他の定めや他の法を置いたりすることなく」。


かれらは告げるため、また宣べるために行き始めた。・・・・・・・・


http://homepage.mac.com/iihatobu/work/Gnostic.html
http://library666.seesaa.net/article/29804099.html
http://gnosticthinking.nobody.jp/gnosismyth017.html  

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コメント
 
01. 2010年8月15日 13:52:20: ZtrUlkNCdw

The Gospel According to Mary

Chapter 4

...Will matter then be destroyed or not?

22) The Saviour said, All nature, all formations, all creatures exist in and with one another, and they will be resolved again into their own roots.

23) For the nature of matter is resolved into the roots of its own nature alone.

24) He who has ears to hear, let him hear.

25) Peter said to him, Since you have explained everything to us, tell us this also: What is the sin of the world?

26) The Saviour said There is no sin, but it is you who make sin when you do the things that are like the nature of adultery, which is called sin.

27) That is why the Good came into your midst, to the essence of every nature in order to restore it to its root.

28) Then He continued and said, That is why you become sick and die, for you are deprived of the one who can heal you.

29) He who has a mind to understand, let him understand.

30) Matter gave birth to a passion that has no equal, which proceeded from something contrary to nature. Then there arises a disturbance in its whole body.

31) That is why I said to you, Be of good courage, and if you are discouraged be encouraged in the presence of the different forms of nature.

32) He who has ears to hear, let him hear.

33) When the Blessed One had said this, He greeted them all,saying, Peace be with you. Receive my peace unto yourselves.

34) Beware that no one lead you astray saying Lo here or lo there! For the Son of Man is within you.

35) Follow after Him!

36) Those who seek Him will find Him.

37) Go then and preach the gospel of the Kingdom.

38) Do not lay down any rules beyond what I appointed you, and do not give a law like the lawgiver lest you be constrained by it.

39) When He said this He departed.

Chapter 5

1) But they were grieved. They wept greatly, saying, How shall we go to the Gentiles and preach the gospel of the Kingdom of the Son of Man? If they did not spare Him, how will they spare us?

2) Then Mary stood up, greeted them all, and said to her brethren, Do not weep and do not grieve nor be irresolute, for His grace will be entirely with you and will protect you.

3) But rather, let us praise His greatness, for He has prepared us and made us into Men.

4) When Mary said this, she turned their hearts to the Good, and they began to discuss the words of the Saviour.

5) Peter said to Mary, Sister we know that the Saviour loved you more than the rest of woman.

6) Tell us the words of the Saviour which you remember which you know, but we do not, nor have we heard them.

7) Mary answered and said, What is hidden from you I will proclaim to you.

8) And she began to speak to them these words: I, she said, I saw the Lord in a vision and I said to Him, Lord I saw you today in a vision. He answered and said to me,

9) Blessed are you that you did not waver at the sight of Me. For where the mind is there is the treasure.

10) I said to Him, Lord, how does he who sees the vision see it, through the soul or through the spirit?

11) The Saviour answered and said, He does not see through the soul nor through the spirit, but the mind that is between the two that is what sees the vision and it is [...]

(pp.11-14 missing)

Chapter 8:

...it.

10) And desire said, I did not see you descending, but now I see you ascending. Why do you lie since you belong to me?

11) The soul answered and said, I saw you. You did not see me nor recognise me. I served you as a garment and you did not know me.

12) When it said this, it (the soul) went away rejoicing greatly.

13) Again it came to the third power, which is called ignorance.

14) The power questioned the soul, saying, Where are you going? In wickedness are you bound. But you are bound; do not judge!

15) And the soul said, Why do you judge me, although I have not judged?

16) I was bound, though I have not bound.

17) I was not recognised. But I have recognised that the All is being dissolved, both the earthly things and the heavenly.

18) When the soul had overcome the third power, it went upwards and saw the fourth power, which took seven forms.

19) The first form is darkness, the second desire, the third ignorance, the fourth is the excitement of death, the fifth is the kingdom of the flesh, the sixth is the foolish wisdom of flesh, the seventh is the wrathful wisdom. These are the seven powers of wrath.

20) They asked the soul, Whence do you come slayer of men, or where are you going, conqueror of space?

21) The soul answered and said, What binds me has been slain, and what turns me about has been overcome,

22) and my desire has been ended, and ignorance has died.

23) In a aeon I was released from a world, and in a Type from a type, and from the fetter of oblivion which is transient.

24) From this time on will I attain to the rest of the time, of the season, of the aeon, in silence.

Chapter 9

1) When Mary had said this, she fell silent, since it was to this point that the Saviour had spoken with her.

2) But Andrew answered and said to the brethren, Say what you wish to say about what she has said. I at least do not believe that the Savior said this. For certainly these teachings are strange ideas.

3) Peter answered and spoke concerning these same things.

4) He questioned them about the Saviour: Did He really speak privately with a woman and not openly to us? Are we to turn about and all listen to her? Did He prefer her to us?

5) Then Mary wept and said to Peter, My brother Peter, what do you think? Do you think that I have thought this up myself in my heart, or that I am lying about the Saviour?

6) Levi answered and said to Peter, Peter you have always been hot tempered.

7) Now I see you contending against the woman like the adversaries.

8) But if the Saviour made her worthy, who are you indeed to reject her? Surely the Saviour knows her very well.

9) That is why He loved her more than us. Rather let us be ashamed and put on the perfect Man, and separate as He commanded us and preach the gospel, not laying down any other rule or other law beyond what the Saviour said.

10) And when they heard this they began to go forth to proclaim and to preach.


http://esotericathesixth.tripod.com/esotericathesixth/Gnostic.GospelofMary.htm


2. 中川隆[-13350] koaQ7Jey 2018年10月25日 00:19:07 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-19498] 報告

†マリア福音書†(全文)
https://blogs.yahoo.co.jp/magtaranomaria/41773702.html

※青字は、、管理者加筆。

「物質はいずれ解消するのですか、それとも、そうではないのですか。」

救い主は答えた。
「あらゆる本性、形づくられた総てのもの、あらゆる被造物はお互いが納びつき、内包し合って存在しているのであり、それらは全て、そのものの根源へと解消されていく。物質の本性は、その本性の根源に解消される。聞く耳のある者は聞きなさい。」

※霊は霊に、塵は塵へとかえる、。
その、本来の姿に、全てのものは帰結する、。


ペトロが彼に言った。
「貴方は私たちに、全ての事を説明して下さいました。もうーつ、教えて下さい。この世の罪とは何でしょうか。」

救い主は答えた。
「罪といったものは存在しない。しかし、姦淫などの行為に染まる時、貴方がたは罪を創り出す。罪と呼ばれるのは、それを犯す貴方がたなのだ。その為、善なるものが貴方がたの中に、あらゆる本性のもとにやってきたのだ。その根源へと回帰させる為に。」
彼は更に続けた。
「だから、貴方がたは 病気になって、死んでいく。[自分を欺く]もの[を愛する]故に。心のある者は理解しなさい。」

※神様が創造された原初の人には本来、原罪はなかった、。
生きている人が神様の御心に背くことを選ぶ時、、
人は、罪を作り出すことになる、。

そのため、イエス様の贖いにより、人の助け手として、
神様は、人に聖霊を与えられた、。

人が、強い意志で神様に従うことを選び取り続けるならば、
聖霊の助けにより、人は本来の罪がない人と同じように、
罪を犯さないで、清い生き方をすることが出来るようになった。
人本来の、、性善なるものとしての根源へと、回帰させるべく、。

「物質は、姿かたちを持たない熱情を生み出した。この熱情は本性に反するものから生じ、全身に不安定さをもたらす。それ故に、私は貴方がたに言ったのだ。正しい勇気を持ちなさい、と。そしてもし、おじけづいたなら、本性のさまざまな姿かたちを前にして、勇気を持ちなさい。聞く耳のある者は聞きなさい。」

※姿かたちを持たない熱情、、は
人の持つ欲心、我欲のようなもの、、。

人の本性とは、霊であり、
霊に反するものは、、肉の想い、、欲心、。

人の本性のさまざまな姿かたちとは、、
隣人愛、親子愛、兄弟愛、など、、人の持つ愛を具象化したもの、、
その姿が、本来の人の姿だと思い起こすように、しなさい、。


祝福された人はそう言うと、彼らみなに言葉をかけて、こう言った。
「平和が貴方がたと共にあるように。私の平和を受け入れなさい。
『見よ、ここだ』とか『見よ、あそこだ』と言う者たちに、惑わされてはならない。
人の子は貴方がたの内にある。その後に従いなさい。求める者は見い出すだろう。行って、王国の福音を宣ベ伝えなさい。
私が貴方がたに示した以上の事を、いかなる形であれ、押しつけるような事をしてはならない。律法者のようなやり方で、規則を設けてはならない。さもないと、貴方がたが制約に縛られる事になるだろう。」
彼はそう言うと、彼らの元を去った。

イエス様は、、人と共におられ、、
人の心に寄り添われるお方です。
救いを求め続けなさい、。平安を求め続けなさい、。

どうしたらよいのか、、
自分の内なる心、、魂に、尋ね求めなさい、。
魂は、、父さまやイエス様に、、繋がる事ができるもの、、。

救いは、、自ら求めるものに与えられる、。
魂の声、、良心の声に、、心静かに、聞き従いなさい、。


弟子たちは悲しみに打ちひしがれ、泣き崩れて言った
「異邦人の処に行って、人の子の王国の福音を宣ベ伝えるといっても、どうすれば良いのだろう。あの方を許さなかった彼らが。私たちを見逃す筈がない。」

マリアは立ち上がって、彼らみなに挨拶し弟子たちにこう言った。
「泣いたり、嘆いたり、疑いを抱いたりしてはいけません。あの方の祝福はあなたがたとともにあり、今も守って下さっているのですから、むしろ、あの方の偉大さを称えましょう。何故ならあの方に準備して頂いたお蔭で、私たちは真の人間になれたのですから。」

※真の人間、、原罪が無いとみなされた人、、。
原初の罪がない人と同じように、、みなされた人、。


マリアはそう言って、彼らの心を善なるものに向けさせた。そして彼らは[救い主]の言葉について話し合いを始めた。

※善なるものは完全善なるお方、、
父なる神様とイエス様、、。


ペトロがマリアに言った。
「姉妹よ、救い主が他のどの女よりも貴方を愛した事を、私たちは知っています。
貴方の覚えている救い主の言葉を、私たちに話して欲しい。貴方が知っていて私たちが知らない、私たちの聞いていない言葉を。」

マリアは答えた
「貴方がたに隠されている事を、私が貴方がたに明かしましょう。」
彼女はこれらの言葉を彼らに話りはじめた。

彼女は言った。
「私は、幻のうちに主を見ました。そして、あの方に言いました。『主よ、今日、私は幻のうちに貴方を見ました。』と」

「あの方は答えて、私に言いました。『貴方に、祝福があるように。貴方は私を見ても勧じなかった。叡智のあるところに、富もあるのだ。』」

「私は、あの方に言いました。『主よ、人は魂を通して幻を見るのでしょうか。それとも、霊を通して見るのでしょうか。』」

「救い主は答えて言いました。『人が(幻を)見るのは魂を通してでも、霊を通してでもない。その間にある叡智を通して幻を見ているのだ……。』」

※イエス様の本当の姿を、、視たマグダラのマリア、。
でも、神様は、、人間はだれひとり見たことのない、、
また見ることのできない、、お方のはずで、、。

ヤコブも、モーセも、、顔と顔を合わせて、と書いてあるけれど、
ヤコブの時は、多分、組み打ちをしたのは、
神様御自身ではなく御使いだし、、
モーセは、、顔が光っていた、ということからして、、
すでに、この世の人ではなかった可能性もある、。

80の老人が、、40日も断食して飲まず食わずしたら、、
普通は、、、常識的に考えて生きていることは出来ません、。

列王記 上
3:12 見よ、わたしはあなたの言葉に従って、今あなたに知恵に満ちた賢明な心を与える。あなたの先にも後にもあなたに並ぶ者はいない。
3:13 わたしはまた、あなたの求めなかったもの、富と栄光も与える。生涯にわたってあなたと肩を並べうる王は一人もいない。

叡智のあるところに、富もある、、の意味は、、
叡智、、は、智慧であり、、普通は、聖霊をさす、。

神様に智慧を求めたソロモン王は、、富も栄光も得た、。
幻を見るのも、聖霊の満たしによって、、人は、それを視る、。


「欲望が言った。『私は、お前が降りるのを見なかったが、今、お前が昇るのを見ている。お前は私に属していながら、何故、私を欺くのか』」

※人は肉を持つと、
生まれてくる前の霊であった時のことは忘れる、。

逆に、真の意味で、霊となる時、
肉体を捨てると同時に、執着、我をも棄て去る、。

執着が棄てられず、この世に留まると、
悪霊と呼ばれるものへと成り下がる、。


「魂は答えて言った。『私は貴方を見たが、貴方は私を見なかったし、私を知らなかった。
貴方にとって私はただの衣であり、それで貴方は私の事が判らなかったのだ。』」
「魂はそう言うと、歓喜のうちに去っていった。」

「魂は、第三の権力の処にやって来た。無知と呼ばれるその権力は、魂に尋ねた。
『どこに行くつもりだ。お前は、悪に支配されている。支配されているなら裁くな。』」

「魂は言った。『貴方は、何故、私を裁くのか、私は裁いていないというのに。私は支配されていたが支配した事はなかった。私は知られていなかったが、私は知っていた。地のものであれ、天のものであれ、いずれ消滅する全てを。』」

※魂は、、父なる神様の御霊を分け与えられたもの。

生きている間は、人が、その存在に気づかないうちは、、
霊に縛られ、肉欲に穢され、
身動きが取れない状態にある、。

でも、、魂は、その人の人生の全てを記録し、全てを知っている、。


「第三の権力を打ち負かすと、魂は上昇して行き、第四の権力に出会った。それは、七つの姿をしていた。

第ーの姿は闇、
第二の姿は欲望、
第三の姿は無知、
第四の姿は死の願望、
第五の姿は肉体の王国、
第六の姿は肉体の愚かな知恵、
第七の姿は怒る者の知恵。

これらが怒りの七つの権力である。」

「これらの権力が魂に尋ねた。『人類を滅ぼす者よ、お前はどこから来るのだ。そして王国の破壊者よ、どこに行こうとしているのか。』」
「魂は答えて言った。『私を支配していたものは殺され、私を取り囲んでいたものは滅ぼされた。私の欲望は消え去り、無知は死んだ。
ある世界のうちで、私は別の世界を通して、解き放たれた。そして像の内で、私は天の像を通して自由となった。忘却の束縛はー時的なもの。
これから私は、沈黙の中で、時の流れを通して、安息を得るのだ。』」

※聖書中では、このようなことが書かれている、。

旧約聖書続編 エズラ記ラテン語訳
7:80 その霊は安らぎの場所に落ち着くことができず、以後苦しみの中で常に嘆き悲しみながら、七つの道をさまよい歩くだろう。
7:81 第一の道は、人がいと高き方の律法を軽んじたゆえに備えられた道である。
7:82 第二の道は、生きるために良い悔い改めをもはや行うことができない道である。
7:83 第三の道では、いと高き方の契約に忠実であった人々に蓄えられた報いを見せつけられる。
7:84 第四の道では、終わりの時のために自分に用意されている懲らしめを思い浮かべる。
7:85 第五の道では、他の人々の住まいが天使たちによって守られて深い静けさに包まれているのを見せつけられる。
7:86 第六の道では、彼らの中のだれかが苦しみの中へと移って行くのを見る。
7:87 第七の道は、以上のどの道よりもつらい道である。この道では、いと高き者の栄光を見て、うろたえながら衰えてゆき、恥ずかしい思いをしてやつれ果て、恐ろしさのあまりしおれてしまう。彼らは生きていたときには、この方の前で罪を犯したのであり、終わりの時には、この方の前で裁かれるのである。

像の内で、私は天の像を通して自由となった、、の意味は、、
肉体の中で、天の像、、は、神様の子としての輝く姿、。

自分が、という我を棄て、、
自他の区別も棄て、、執着も捨てた状態、。


マリアはそう言うと、沈黙した。
救い主が彼女に語ったことは、これだけだったからだ。

アンデレが答えて、兄弟たちに言った。
「彼女が言った事をどう思うか、考えを聞かせて欲しい。だが私は、救い主がこんな事を語ったとは信じられない。これらの教えは、どう見てもおかしい」

ペト口も同調して、他の者たちに、救い主について尋ねた。
「あの方は本当に、私たちの知らないところで、彼女と個人的に話をしたのだろうか。私たちはみな、考えを改めて、彼女に向き合い、その言葉に耳を傾けるベきなのだろうか。あの方は私たちよりも、彼女を気に入っておられたのだろうか。」

マリアは涙を流しながら、ペトロに言った。
「兄弟ぺトロよ、貴方はどう思っているのですか。
私が自分で話を作りあげたか、救い主について嘘をついているとでも考えているのですか。」

レビが答えて、ペトロに言った。
「ペトロ、貴方はいつも腹を立てている。いまも、この女を敵の如くみなしで言い争っている。
救い主が彼女を相応しいと認めたなら、彼女を拒む貴方は、一体何者なのか。救い主は間違い無く、彼女を良く御存知だ。そこで私たちよりも彼女を愛されたのだ。」

「だから、私たちは己を恥じて、完璽な人間性を身に着け、そうなれるように努めるべきだ。主がお命じになられたように。救い主の言った事を超えて法や規則を定める事なく、福音を宣べ伝えるべきなのだ。」

レビが、こう言うと彼らは教えを宣べ伝えるために去っていった。

3. 中川隆[-13349] koaQ7Jey 2018年10月25日 00:22:15 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-19498] 報告

マリアによる福音書は、グノーシス主義の福音書の書簡の一つ。


登場人物のマリア(ミリアム又はマリハム)とは主イエスの御母マリアではなくマグダラのマリアと考えられています。それで「マグダラのマリアによる福音書」とも呼ばれています。初期キリスト教の『新約聖書』の外典としてその存在が知られていました。

†マリア福音書†(全文)


「物質はいずれ解消するのですか、それとも、そうではないのですか。」

救い主は答えた。
「あらゆる本性、形づくられた総てのもの、あらゆる被造物はお互いが納びつき、内包し合って存在しているのであり、それらは全て、そのものの根源へと解消されていく。物質の本性は、その本性の根源に解消される。聞く耳のある者は聞きなさい。」

ペトロが彼に言った。
「貴方は私たちに、全ての事を説明して下さいました。もうーつ、教えて下さい。この世の罪とは何でしょうか。」

救い主は答えた。
「罪といったものは存在しない。しかし、姦淫などの行為に染まる時、貴方がたは罪を創り出す。罪と呼ばれるのは、それを犯す貴方がたなのだ。その為、善なるものが貴方がたの中に、あらゆる本性のもとにやってきたのだ。その根源へと回帰させる為に。」

彼は更に続けた。
「だから、貴方がたは 病気になって、死んでいく。[自分を欺く]もの[を愛する]故に。心のある者は理解しなさい。」

「物質は、姿かたちを持たない熱情を生み出した。この熱情は本性に反するものから生じ、全身に不安定さをもたらす。それ故に、私は貴方がたに言ったのだ。正しい勇気を持ちなさい、と。そしてもし、おじけづいたなら、本性のさまざまな姿かたちを前にして、勇気を持ちなさい。聞く耳のある者は聞きなさい。」

祝福された人はそう言うと、彼らみなに言葉をかけて、こう言った。
「平和が貴方がたと共にあるように。私の平和を受け入れなさい。
『見よ、ここだ』とか『見よ、あそこだ』と言う者たちに、惑わされてはならない。
人の子は貴方がたの内にある。その後に従いなさい。求める者は見い出すだろう。行って、王国の福音を宣ベ伝えなさい。
私が貴方がたに示した以上の事を、いかなる形であれ、押しつけるような事をしてはならない。律法者のようなやり方で、規則を設けてはならない。さもないと、貴方がたが制約に縛られる事になるだろう。」
彼はそう言うと、彼らの元を去った。

弟子たちは悲しみに打ちひしがれ、泣き崩れて言った「異邦人の処に行って、人の子の王国の福音を宣ベ伝えるといっても、どうすれば良いのだろう。あの方を許さなかった彼らが。私たちを見逃す筈がない。」

マリアは立ち上がって、彼らみなに挨拶し弟子たちにこう言った。
「泣いたり、嘆いたり、疑いを抱いたりしてはいけません。あの方の祝福はあなたがたとともにあり、今も守って下さっているのですから、むしろ、あの方の偉大さを称えましょう。何故ならあの方に準備して頂いたお蔭で、私たちは真の人間になれたのですから。」

マリアはそう言って、彼らの心を善なるものに向けさせた。そして彼らは[救い主]の言葉について話し合いを始めた。

ペトロがマリアに言った。
「姉妹よ、救い主が他のどの女よりも貴方を愛した事を、私たちは知っています。
貴方の覚えている救い主の言葉を、私たちに話して欲しい。貴方が知っていて私たちが知らない、私たちの聞いていない言葉を。」

マリアは答えた
「貴方がたに隠されている事を、私が貴方がたに明かしましょう。」
彼女はこれらの言葉を彼らに話りはじめた。

彼女は言った。
「私は、幻のうちに主を見ました。そして、あの方に言いました。『主よ、今日、私は幻のうちに貴方を見ました。』と」

「あの方は答えて、私に言いました。『貴方に、祝福があるように。貴方は私を見ても勧じなかった。叡智のあるところに、富もあるのだ。』」
「私は、あの方に言いました。『主よ、人は魂を通して幻を見るのでしょうか。それとも、霊を通して見るのでしょうか。』」

「救い主は答えて言いました。『人が(幻を)見るのは魂を通してでも、霊を通してでもない。その間にある叡智を通して幻を見ているのだ……。』」

「欲望が言った。『私は、お前が降りるのを見なかったが、今、お前が昇るのを見ている。お前は私に属していながら、何故、私を欺くのか』」
「魂は答えて言った。『私は貴方を見たが、貴方は私を見なかったし、私を知らなかった。
貴方にとって私はただの衣であり、それで貴方は私の事が判らなかったのだ。』」
「魂はそう言うと、歓喜のうちに去っていった。」

「魂は、第三の権力の処にやゥで来た。無知と呼ばれるその権力は、魂に尋ねた。
『どこに行くつもりだ。お前は、悪に支配されている。支配されているなら裁くな。』」

「魂は言った。『貴方は、何故、私を裁くのか、私は裁いていないというのに。私は支配されていたが支配した事はなかった。私は知られていなかったが、私は知っていた。地のものであれ、天のものであれ、いずれ消滅する全てを。』」

「第三の権力を打ち負かすと、魂は上昇して行き、第四の権力に出会った。それは、七つの姿をしていた。
第ーの姿は闇、第二の姿は欲望、第三の姿は無知、第四の姿は死の願望、第五の姿は肉体の王国、第六の姿は肉体の愚かな知恵、第七の姿は怒る者の知恵。
これらが怒りの七つの権力である。」

「これらの権力が魂に尋ねた。『人類を滅ぼす者よ、お前はどこから来るのだ。そして王国の破壊者よ、どこに行こうとしているのか。』」

「魂は答えて言った。『私を支配していたものは殺され、私を取り囲んでいたものは滅ぼされた。私の欲望は消え去り、無知は死んだ。
ある世界のうちで、私は別の世界を通して、解き放たれた。そして像の内で、私は天の像を通して自由となった。忘却の束縛はー時的なもの。
これから私は、沈黙の中で、時の流れを通して、安息を得るのだ。』」

マリアはそう言うと、沈黙した。
救い主が彼女に語ったことは、これだけだったからだ。

アンデレが答えて、兄弟たちに言った。
「彼女が言った事をどう思うか、考えを聞かせて欲しい。だが私は、救い主がこんな事を語ったとは信じられない。これらの教えは、どう見てもおかしい」

ペト口も同調して、他の者たちに、救い主について尋ねた。
「あの方は本当に、私たちの知らないところで、彼女と個人的に話をしたのだろうか。私たちはみな、考えを改めて、彼女に向き合い、その言葉に耳を傾けるベきなのだろうか。あの方は私たちよりも、彼女を気に入っておられたのだろうか。」

マリアは涙を流しながら、ペトロに言った。
「兄弟ぺトロよ、貴方はどう思っているのですか。
私が自分で話を作りあげたか、救い主について嘘をついているとでも考えているのですか。」

レビが答えて、ペトロに言った。
「ペトロ、貴方はいつも腹を立てている。いまも、この女を敵の如くみなしで言い争っている。
救い主が彼女を相応しいと認めたなら、彼女を拒む貴方は、一体何者なのか。救い主は間違い無く、彼女を良く御存知だ。そこで私たちよりも彼女を愛されたのだ。」

「だから、私たちは己を恥じて、完璽な人間性を身に着け、そうなれるように努めるべきだ。主がお命じになられたように。救い主の言った事を超えて法や規則を定める事なく、福音を宣べ伝えるべきなのだ。」

レビが、こう言うと彼らは教えを宣べ伝えるために去っていった。

★グノーシス主義について★

古代の宗教・思想の一つ。

物質と霊の二元論。グノーシスとは、古代ギリシア語で、認識・知識を意味する言葉。

知識によって真の神に到達出来るとしたもの。

代表的なグノーシス主義の宗教はマニ教や、カタリ派、ボゴミール派など。

グノーシス主義とは何であるかという学術的な定義は、紀元2世紀から3世紀頃のキリスト教グノーシス体系を「グノーシス主義(Gnostizismus)」と定義し、これを含めたより広い意味での秘教的知識の歴史的カテゴリーを「グノーシス」として定義した。

物質からなる肉体を悪とする結果、道徳に関して、2つの対極的な立場が現れた。一方では禁欲主義となって、他方では、非禁欲主義となって現れた。

前者は、マニ教に見られるように禁欲的な生き方を教え、後者は、霊は肉体とは別存在であるので、肉体において犯した罪悪の影響を受けないという論理の下に、不道徳を欲しいままにするというものです。

4世紀の神学者・アウグスチヌスが、キリストに回心する前に心惹かれたのは、前者の禁欲的な方であったと言われています。


★グノーシス主義について(下記ウィキペディアより抜粋カテゴリ:グノーシス主義)★

グノーシス主義において一般的に認められるものは、「反宇宙的
二元論(Anti-cosmic dualism)」と呼ばれる世界の把握の仕方、世界観である。反宇宙的二元論の「反宇宙的」とは、否定的な秩序が存在するこの世界を受け入れない、認めないという思想あるいは実存の立場である。

反宇宙論

グノーシス主義は、地上の生の悲惨さは、この宇宙が「悪の宇宙」であるが故と考えた。現象的に率直に、真摯に、迷妄や希望的観測を排して世界を眺めるとき、この宇宙はまさに「善の宇宙」などではなく「悪の宇宙」に他ならないと考えた。これがグノーシス主義の「反宇宙」論である。


二元論

宇宙が本来的に悪の宇宙であって、既存の諸宗教・思想の伝える神や神々が善であるというのは、誤謬であるとグノーシス主義では考えた。ここでは、「善」と「悪」の対立が二元論的に把握されている。善とされる神々も、彼らがこの悪である世界の原因であれば、実は悪の神、「偽の神」である。しかしその場合、どこかに「真の神」が存在し「真の世界」が存在するはずである。

悪の世界はまた「物質」で構成されており、それ故に物質は悪である。また物質で造られた肉体も悪である。物質に対し、「霊」あるいは「イデアー」こそは真の存在であり世界である。このように、善と悪、真の神と偽の神、また霊と肉体、イデアーと物質と云う「二元論」が、グノーシス主義の基本的な世界観であり、「反宇宙論」と合わさって、このような思想を、「反宇宙的二元論」と呼ぶ。

グノーシス主義の研究史を通じて、この思想の理解については2つの根本的に異なる立場が存在している。一方はグノーシス主義をキリスト教とは別個の、オリエントに起源を持つ「東方」の宗教であるとし、その非キリスト教的側面を強調する姿勢である。もう一方はグノーシス主義をキリスト教内部の異端、あるいはギリシャ哲学に影響を受けた宗教哲学の出発点としてキリスト教史のなかに位置づけようとする姿勢である。今日では、グノーシス主義をキリスト教とは別個の宗教思想であると考える立場が主流である。

グノーシス主義に関する初期のキリスト教文献、初期教会教父たちによる種々の異端反駁文書の中において、グノーシス主義はキリスト教内部の異端思想として扱われている。リヨンのエレナイオス、オリゲネス、エウセビオスなどがグノーシス主義を主要な対象として、正統信仰擁護の著作を残している。彼らの著作から、初期の聖書解釈やキリスト教神学の成立にグノーシス主義の影響が多大であること、そしておそらく彼らの時代には、グノーシス主義的なキリスト教文献は正統信仰の著作を量において上回っていたと考えられている。

ルネサンスの時代には、新プラトン主義と『ヘルメス文書』がヨーロッパで流行した。今日では『ヘルメス文書』に含まれるいくつかの著作はグノーシス主義のものであったことが明らかにされている。19世紀後半から20世紀半ばには、コプト語で書かれたグノーシス文献が相次いで公刊され、研究資料はだいぶ整えられた。
https://blogs.yahoo.co.jp/magtaranomaria/24529020.html

4. 中川隆[-12725] koaQ7Jey 2020年5月07日 13:40:44 : IC9sJkmouQ : MEtrMm16cm5xY0k=[16] 報告

2012年09月19日
キリストはマグダラのマリアと結婚していたかもしれない謎のテキストを発見
https://gigazine.net/news/20120919-jesus-married-mary-magdalene/

映画にもなった小説ダ・ヴィンチ・コードではイエス・キリストがマグダラのマリアと結婚していた、という描写が出てきますが、ハーバード大学のKaren Kingさんはイエス・キリストが「私の妻」と発言している文章が書かれたパピルスを発見ました。この文章は同時に「Mary(マリア)」についても言及しており、これはマグダラのマリアを指していると推測され、キリスト教徒たちに衝撃を与えています。

The Inside Story of a Controversial New Text About Jesus | History & Archaeology | Smithsonian Magazine

ムービーは以下から。



パピルスの破片はクレジットカードよりもさらに小さく、両面に黒いインクで文字が書かれていました。Kingさんによれば文書は古代エジプトの言語によるもので、初期のキリスト教文書の多くのものと同様に3世紀から4世紀の間に翻訳されたと考えられています。



パピルスには33語の言葉が不完全な14行の文章によって書かれているので、厳密に読み取るのは難しいとのこと。Kingさんはパピルスから以下の8つの文章を拾い集めました。

(1) “not [to] me. My mother gave to me li[fe] … ”(「私にではない。母は私に命を与えた……」)
(2) The disciples said to Jesus, “(弟子たちはイエスに言った、「)
(3) deny. Mary is worthy of it(そうではない。マリアはそれにふさわしい)
(4) ” Jesus said to them, “My wife(」イエスは彼らに言った、「私の妻は)
(5) she will be able to be my disciple(彼女は私の弟子となることができるだろう)
(6) Let wicked people swell up(邪悪な人々を増えさせています)
(7) As for me, I dwell with her in order to (私の場合、彼女と共に暮らしています)
(8) an image(一つのイメージ)

彼女の分析によると、(3)に書かれている「Mary(マリア)」は「おそらく」マグダラのマリアであり、イエスが弟子からマリアを守っている描写であると推測されています。そして(4)にある「My wife(妻)」と、そして(5)の「she(彼女)」は同じくマグダラのマリアを示しているとのこと。この文書は書物の1ページだった可能性もありますが、いずれにしてもこれは初めてにして唯一の、イエス・キリストが結婚していたことを描写する古代文書です。

Kingさんは2010年に手稿コレクターから「グノーシス派の福音書を手に入れたのですが、その中にイエスと彼の弟子、そしてマグダラのマリアについての文書が含まれていました。写真を送るので見てくれますか?」というメールを受けとったそうです。詳しい情報と写真を受け取った後もで彼女は偽物ではないか、と疑っていたそうですが、パピルス学で高名なニューヨーク大学のRoger Bagnallさんに写真を送ったところ、「信じていい。それは本物である」という返事をもらったとのこと。


By mzeecedric

しかし、Kingさんはこの破片が実際にイエス・キリストが結婚していた、ということの証拠だとは主張していません。彼女の分析によれば福音書はイエス・キリストの生涯(そして来世)を文書化したものであり、多くの福音書はイエスの磔の後、紀元2世紀にギリシャで書かれたと考えられています。そしてその2世紀ほど後に古代エジプト語に訳されたため、イエスの結婚の証拠としては不十分なのです。

この破片が明らかにしたことはもっと微妙で複雑なことです。パピルスからわかるように、初期のキリスト教徒たちは彼らに教えを説いたイエス・キリストを崇高で、知的であり、妻のあるものとして書いていました。しかもそれはただの妻でなはく、新訳聖書の中でもっとも言及された女性、マグダラのマリアの可能性があるのです。Kingさんによれば、この発見が提示する疑問とは「どうしてイエス・キリストが独身であるという文献だけが生き残ったのか?」ということ、そしてイエスがマグダラのマリアや、その他の女性と親密な関係にあったという文書は残っていないのか?ということです。これは単なる偶然なのか、それともキリスト教徒たちにとって独身こそが理想だったからなのか、明らかではありません。


By jaci XIII

なお、パピルスはまだインクを調べるなどの科学的試験を終えておらず、この発見の重要性は「このパピルスは本物である」という仮説の上に成り立っていることはKingさん自身も述べています。彼女は今後、スペクトル分析などの科学的試験を行った後、「The Gospel of Jesus’s Wife(イエスの妻の福音書)」という論文を発表する予定だそうです。

https://gigazine.net/news/20120919-jesus-married-mary-magdalene/

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