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満州事変は、日本の一方的な侵略だったのか?
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/409.html
投稿者 西岡昌紀 日時 2010 年 9 月 21 日 04:06:11: of0poCGGoydL.
 


(転載、転送を歓迎します)


http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1586868222&owner_id=6445842

満州事変(1931年)は、何故起きたのでしょうか?


今日、この事変は、世界恐慌で経済が行き詰まった日本が、その経済的行き詰まりを打開する為に行なった「侵略行為」として語られる事が多いと思はれます。

私自身、そう思ひ込んで居ましたが、真実は、本当に、そんな単純な物だったのでしょうか?

物事には、前史が有ります。1931年9月18日の柳条湖事件だけを取り上げて見れば、その様に思はれても仕方の無い面は確かに有ります。しかし、今日、その前史が何故これほど語られないのか?中国で、反日デモが広がる中で、満州事変の前史を振り返る事は、無意味ではないに違い有りません。

   * * * * * * * * * *

そもそも、満州は、歴史的には、漢民族(中国人)の土地ではありませんでした。

皆さんは、中学や高校の世界史で、歴史地図と言ふ物を見た事が有ると思ひます。もし、家に歴史地図が有ったら、是非見て下さい。殷や周の時代から、隋、唐、宋の時代でも、満州が漢民族の王朝によって支配された事は一度も有りません。満州に在ったのは、常に漢民族以外の民族の国家ばかりで、高句麗、渤海、切丹、元(モンゴル)、清、など、中国人(漢民族)がこの地域を支配、統治した時代は、20世紀以前には無かった事を、先ずは、思ひ出さなければなりません。

満州が、中国人(漢民族)の支配に入ったのは、1911年の辛亥革命以後の事です。つまり、北海道が日本の領土に成ったのよりずっと新しい事なのですが、その辛亥革命後、満州が中国人の支配に置かれた経緯には、大きな問題が有ったのです。

辛亥革命(1911年)は、満州族の王朝であった清を中国人(漢民族)達が打倒し、中華民国を建国した革命でした。満州族による漢民族(中国人)支配に対して中国人が不満を抱き、新しい国家を打ち立てた事自体は理解出来ます。しかし、問題は、その過程で、中国人(漢民族)の土地ではなかった満州までもが、中国人の支配を受ける様に成ってしまった事でした。即ち、漢民族(中国人)が、満州族(清)の支配に反抗して立ち上がった事自体は正当であったにせよ、その漢民族が、今度は、満州族を逆支配し、中国人の土地ではなかった満州までをも支配する様に成った事が、新しい摩擦を引き起こして居たのです。


辛亥革命後、満州を支配したのは、日露戦争中日本のスパイであった馬族の頭目、張作霖でした。辛亥革命後、打倒された清の領土は分裂状態に陥り、中華民国と言ふ新国家の全国統治は名ばかりでしたが、そんな分裂状態の中でも、国民党は満州を新国家の領土であると主張して居ました。例えて言へば、アフガニスタンで、カブール周辺しか支配して居ないカルザイ政権が、建前ではアフガニスタン北部も統治して居るとしながら、実際には全く統治して居ないのと同じです。南京で誕生した新国家中華民国の政府は、満州を実効支配した事は一度も無く、満州は、辛亥革命後、名目上は中華民国の一部と成りましたが、その中華民国政府は何ら満州を統治しておらず、実際には、地方軍閥である張作霖とその息子張学良が、満州を私物化し、君臨して居たのです。

その張作霖とその息子張学良は、満州に軍政を敷き、満州の住民を苦しめて居ました。特に、彼らは軍票の乱発によって満州をインフレに陥らせ、このインフレは、現地の住民を過酷な状態に置いて居ました。今の北朝鮮の様な親子による支配と経済破綻に加えて、満州の治安は悪化し、例えば万宝山事件と言ふ満州に移住した朝鮮人が現地人の襲撃を受けて虐殺される様な事件も発生して居たのです。

それに加えて、日本にとって重大だったのは、この張作霖・張学良親子の支配下で、日本が清と結んで居た条約が守られなく成り、日本が経営権を持って居た南満州鉄道について、条約で約束されて居た平行線建設の禁止が守られなく成った事でした。張学良は、イギリス資本を導入して南満州鉄道と競合する鉄道を建設し、これによって日本は、日露戦争後、条約で権利を保障されて居た南満州鉄道の経営悪化と言ふ問題に直面して居ました。

その上、張学良は、満州の住民に反日運動を扇動し、満州に在住する日本人は、南満州鉄道の経営悪化のみならず、治安の悪化による危険にさらされる状況に追ひ込まれて居たのです。

つまり、辛亥革命後、満州は、責任ある国家の統治下に無く、そこを支配して居ると主張する中華民国政府は、現実には何ら現地の治安にも条約の継続にも責任を果たして居ませんでした。まさに、当時のアフガニスタンだった訳で、責任有る政府は無く、ただ軍人親子が暴政を続ける真空地帯と化して居たのです。


こうした状況を一気に解決したのが、満州事変だったのです。


確かに、南満州鉄道を自分で爆破してそれを理由に満州を一気に占領したやり方は問題です。しかし、この満州占領の結果、暴君であった張学良は満州から追放され、現地では治安の回復とインフレの終息が実現しました。

その結果、満州事変後の満州に、中国から多くの中国人が流入した事は、その方法はともかく、満州事変が、満州に治安と経済的安定を実現した事の証明と言って間違い有りません。

更に、満州事変後、建国された満州国は、1945年に終焉を迎えるまでの短期間に、戦後の日本の経済成長を彷彿とさせる様な経済発展を遂げ、満州の民生を向上させて居ます。

柳条湖事件だけを取れば、確かに、「侵略」と言はれて仕方の無い面が有った事を私は否定しません。しかし、アメリカがイラク戦争を開始した際の経緯と比較しても分かる通り、この程度の謀略は、国際政治の中で何度も繰り返されて来た事です。そして、結果に注目するなら、アメリカのイラク統治等とは較べ物に成らない治安と経済発展が、満州では実現されて居ます。

こうした事を総合的に考える時、そもそも歴史的に中国人の土地ではなかった満州に居座った張作霖・張学良親子の支配を排除して満州を満州族の手に戻し、日本の影響下に在ったとは言へ、満州族中心の国家を建設して、治安の回復と急速な経済発展を実現した満州事変を、ただ単に「侵略」呼ぶ事は、本当に正しい事なのでしょうか?


皆さんの御意見をお聞かせ下さい。

平成22年9月21日(火)

                西岡昌紀

(この日記に対する中国の方たちの御意見、御批判を歓迎します。)

(関連するミクシイ日記)
     ↓
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1585932427&owner_id=6445842

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柳条湖事件から79年、北京などで反日デモ
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1347110&media_id=88

柳条湖事件から79年、北京などで反日デモ
(日テレNEWS24 - 09月19日 02:23)


 沖縄・尖閣諸島沖で起きた中国漁船衝突事件で日中関係が悪化する中、満州事変の発端となった柳条湖事件から79年を迎えた18日、中国では北京など各地で反日デモが起きた。
 抗議活動は北京や上海、瀋陽や深センなど各地で起きた。北京の日本大使館には、反日活動家やインターネットでの呼びかけに応じた若者らが集まった。日本大使館前を排除されたデモ隊は、市内をデモ行進した。約50人が約2時間、デモを続けたが、多くの市民は遠巻きに眺め、デモ隊の人数も増えなかった。再び日本大使館に近づこうとしたデモ隊は警察に阻止され、その後、デモは解散した。各地で警察はデモの拡大は許さず、力で押さえ込み、大きな混乱はなかった。また、18日の国営テレビなど主要メディアはデモを報じていない。政府の指示とみられる。
 中国政府が恐れるのは、デモがコントロールできなくなり、何かのきっかけで格差や腐敗といった国内問題と結びつき、怒りの矛先が自らに向くことだ。衝突事件をめぐり、中国政府は今後も強硬姿勢を貫くとみられるが、その足元では社会の安定維持とのバランスで苦慮している。
 ★深センの「セン」は土へんに「川」


*
 

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コメント
 
01. usamon 2010年10月07日 04:41:07: xcyx6nfOyt6go : tkAzLseScQ
自衛のためのものだったと思えます。

http://www.youtube.com/watch?v=8orQ-V1dR1w

http://www.youtube.com/watch?v=O5638UaXJ_k&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=-iAsoSajenM&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=lYXGvx9ncLU

食われながらも、アジア諸国を産んだわけですね。

日本は白人国に食われましたが、その腹の中ではまだ生きており、ここから自力で出るのか、アジア諸国が引っ張り出してくれるのか。


02. 2010年11月27日 23:33:46: fhqMEypoT6
遼寧省は漢、唐、明時代から支配下にありました。
吉林省南部も漢、唐代から支配されてました。
ここを支配しなければ朝鮮半島とつながりませんので。
特に唐の時代には遼寧のみならず、黒龍江省の大半は支配下に置かれました。
地理的に漢族が入植するのは必然的であると言えるでしょう。
満州族というのは満州でも絶対的な少数派であり、北海道のアイヌ人のようなものです。
満州を満州族の手に戻し、というのは人口面から考えて、
北海道をアイヌ人の手に戻し、というようなものです。
あまり現実的なものではありません。
満州には満州族の他にエベンキ、エベン、オロチなどの住人がいます。
中国人の土地か満州人の土地か、という理論が成り立つなら、
例えば華南や雲南なども元々はベトナム人やタイ人、ビルマ人の土地であり、
彼らは南下して、チャム人やモン人にとって変わった訳です。
元々ナニ民族の土地かという事を言い出せば、北方領土だって日本人の土地でも
ロシア人の土地でもなく、アリュートなどの先住民の土地なんです。
こんな事を言い出したら、トルコ人はモンゴルに、イギリス人はドイツに帰らなくてならなくなってくるでしょう?キリがなくなってしまいます。
そうではなくて、今中国政府がどんな統治をしているのか、
地元住民を圧迫するような人権侵害がないかが重要なんです。
チベットでもウイグルでもパレスチナでも地元住民と共存しようと言う態度が見られない事が問題なんです。

03. 2013年7月20日 16:37:18 : f9WdyZuW9Q
いろいろレトリックを弄して、史実をあれこれ、いかにも自分に都合よく捻じ曲げているが、張作霖父子が例え野望に充ちた軍閥だろうが、それを勝手に殺害し、清国の廃帝溥儀を担ぎ出して捏造した、いわゆる「満州国」なる傀儡植民地を正当化出来る、なんの根拠もない!

ならばそれ以前の、遼東半島の租借やら、第一次大戦直後のドサクサまぎれの、対中21か条の要求と称する、一方的な対中利権工作やら、「帝国の国境線は満蒙にあり」と豪語していた、石原莞爾らの露骨な野心は一体どう説明するのだ!



04. 2013年10月15日 00:52:29 : vuKhz7tYYM
まず一点、侵略戦争かどうかはこの場合、軍を進めた関東軍の意図によって判断されるべきもので、治安が回復したとか、住民の流入があったとかの結果論で判断されるべきもので、はありません。また、当時の満州で反日運動があったという記述と、満州国が親日的であったという事柄は互いに相反するので、満州国が傀儡国家であったという事実に疑いを挟む余地は一切ありません。それから、冒頭の満州が中国の一部ではないという記述は、議論の余地があるにせよ、日本の一部ではないことが明白である以上、全く空虚な主張ですね。
歴史に色々な見方があっても仕方ありません。が、論理的に破綻している理論をもって過去の過ちを正当化しようとする行為は知性ある人に恥を曝すだけです。そういった意味で自分は一部の保守系の政治家、また評論家などが大嫌いです。彼らこそが国益を損ねていると思うので。ちなみに私の母親は戦争中満州で苦労したとか…。満州で一儲けした岸先生のお孫さんには想像しかねるでしょうが。

05. 2013年11月22日 20:16:33 : oIjRF9fAyw
「私の任期中に必ずや満州を ごっそり丸ごと手に入れて御覧に入れましょう」

石原莞爾はこう豪語して 関東軍の作戦主任参謀に赴任した事は 有名な話

さらに現在の価値で百万以上に相当する支度金を出してまで 満州に移住する人間を集めた事実

ほとんどタダ同然で現地の中国人から土地を接収し 追い出した事実

世界中の誰でもが どう贔屓目に見たって 立派な立派な侵略である
勝手に移流民を送り込んでおいて その居留民を保護するなどと言う口実で
関東軍を展開させ、自作自演のテロ行為をでっち上げ それに乗じて満州全土を制圧
これが侵略でないなら、いったい何が侵略だと言うのだ 馬鹿ウヨ諸君?

これが自衛だなどとほざくなら ナチスドイツもナポレオンも皆すべて自衛になってしまう

<侵略とは、自衛の名目から始められるのは 世界の歴史の常識である>

そして関東軍が展開した理由は 邦人の保護など口実であった証拠は
ソ連が参戦して侵攻してきた時、邦人を見捨てて真っ先に逃げ出した事実である
そのせいで満州の居留民たちが どんな悲惨な目に合った事か

私の母方の伯父は 満州の居留民であった 命からがら引き上げてきた壮絶な話を
子供の頃から何度も聞かされたものである
馬鹿ウヨがどんなに妄言吐こうが、絶対にあれは誰が見ても 「侵略」 である
そして太平洋戦争300万人の犠牲の 戦争への道の始まりである 原点である。


06. 2013年12月12日 09:14:44 : GzMLPKAsec
  「満州国とは」の問題を、スポーツの面からみよう。第10回極東オリンピック(昭和9年、於マニラ)の参加国を巡る協議が、前年マニラで開かれた。日本委員が満洲匡の参加を要求した時、中国委員は「どこにそんな国があるのか!」と反論した。地図を広げて、日本委員が満洲の場所を指し示すと、中国委員は「そこは中国じゃあないか!」と一笑した、というのは有名な話である。昭和2年に東京で開催された「東方会議」の結論は、「満州には中国も主権あるが、我が国にも権利ある」だったが、中国人の認識は大方前記のようなものだった。以下に、関連論文の一部を抜粋する。

  「次いで満す国体育協会が目指したのは1934年にマニラで開催される第10回極東大会への参加であった。1932年12月満洲匡i体育協会は林田理事を日本へ派遣し、12月10日の全日本陸上競技連盟の定時代議員会で次回極東大会への満洲匡jの参加を要求した。日本陸上競技連盟はこれに対して「極東大会に満洲匡!の参加申込ありたる場合は本連盟は極力この実現を援助すjとの決議を行った28 1933年5月3司、満洲国体育協会鄭孝膏会長から極東大会参加の希望が大日本体育協会に寄せられた。大日本体育協会は満洲国体育協会にフィリピンの極東大会準備委員会へ申込状を出すよう勧める一方、自らも同委員会に対して満洲国の招待を要求した。6月6日、極東大会準備委員会はこの件を極東体育協会の;憲法第3条に基づき日中比三国の投票に問うことを決めた300 フィリピンは満洲国の参加に賛成したが、中華全国体育協進会は6月30日の常務董事会で、満洲国の加入に反対、もし加入が認められれば極東体育協会から退会することを議決した。憲法第3条は新会員の加入には全会員の賛成が必要であると規定していたため、これで事実上満洲国参加の道は閉ざされてしまった」(出所:京都大学文学部研究紀要、「極東大会と満州国建国」高嶋、航)


07. 2013年12月21日 00:49:50 : furHTSXT22
>6
時系列がメチャメチャじゃないですか
昭和9年も1933年も関東軍が自作自演までして満州国を建国したあとじゃないですか

08. 遠いアジアから 2013年12月26日 22:00:49 : 4n0YiaQG5.lak : FtsauSiazU
 当時の日本人の戦略がよく分かりました。要するに立派な作戦だったんですよね。東京裁判で捻じ曲げられてしまってはいるけれど、真実が語られ始めている事は確かだと思います。
 柳条湖事件後のことだと思うのですが、知り合いのおじいちゃんに
「じいちゃんは戦争行ったことあるのか?」
と訪ねたところ
「満州の頃はよかった〜。明るいうちはお店がにぎやかだったな〜。夜はあぶないんだけどよ…」
と言う返事を聞いた事があります。
わたしにはそのじいちゃんの顔に{侵略」と言う深刻な表情を見つける事はできませんでした。侵略だったら日本人の性格上そんな話をしませんよね?
 私達日本人の血が捻じ曲げられようとしています。捻じ曲げられたことによって、私達の子孫は右も左も関係なく阻害されるかもしれない。ホロコーストの再来だってあり得る事に今の私達が気付かなければ、取り返しのつかないことになります。右だ左だ等と批判する以前の問題だと思うのは私だけなのでしょうか…。

09. 完ちゃん 2014年2月08日 02:12:48 : Wjs9.rfjbUl3M : Td2cuYk7Kc
石原莞爾は、満州事変について「しかしそれでも侵略であった」と述べています。侵略であることを否定していません。東條との確執の中で石原莞爾は「私には些細ながら思想があるが東條という人間には・・・・・・。」と述べています。
石原莞爾の思想とは、つまり「世界最終戦論」であり、「戦争の絶滅」こそが石原莞爾の理想でありました。石原莞爾は、最終戦争の後の世に、戦争を絶滅した平和の世界を実現すべく満州事変を立案・実行したのです。

10. 2014年2月27日 16:53:56 : oIjRF9fAyw
結果的にではあるが、日本が戦争への道を突き進んだ最大の原因が 満州事変の画策をした石原莞爾である
関東軍の暴走のキッカケを作った男であり、全ての元凶は満州事変から始まった
いや、厳密に言えば その前の張作霖爆殺からではあるが この時は関東軍の行動が出遅れ
満州制圧は未遂に終わっている

侵略を目的とした自作自演である事は、当の軍人達が認めている事実である

ただこの石原莞爾も 6年後の日支事変では戦果不拡大論を唱えており
さらに日米開戦にも猛反対して東條英機と対立し 結果、予備役に追放された事で
戦後、連合軍司令部から戦犯として裁かれなかった訳ではあるが
日本国民から見れば 最大の戦犯は むしろ東條英機よりも石原莞爾である


とにかく、たとえ それ以前に満州と漢民族にどんな経緯があったにせよ
現実に そこに暮らしていた人達を武力を背景に追い出し わざわざ日本人を入植させた事は
厳然たる事実なのであるからして、馬鹿ウヨどもがどんなに強弁しようとも
どんなに屁理屈捏ねようとも、「立派な侵略」 である事は疑いようの無い事実です。


11. 村正 2014年5月18日 22:12:48 : EUsXmyV2fuqdQ : ZUnQVwQFsc
満州事変の正当化は難しいかな、と率直に思う。しかし、あの時代の侵略行為を今の価値観でどうこう言っても仕方がない。中華民国に統治能力が無かったことは事実であり、自力救済出来ない国は、第二次世界大戦後の今でも大国の利害が一致した場合にしか救済されず、侵略された側は泣き寝入りが実態ではないか?だから全ての国には自衛権があり、国権の発動たる交戦権を憲法上放棄している日本にだって自衛権は有る、と解釈される。個人的には、侵略する方も身を守る術を持たぬ方も両方悪い。国家は侵略には抵抗し、侵略は割に合わないと思わせるだけの武装と外交努力を払うのが国際常識だ。だから国家は武装するのだ。

12. 2014年5月21日 18:26:34 : w3M1BHSquE
それにしても、ネットに巣食う馬鹿ウヨ連中は、「太平洋戦争」 という呼称を嫌い
「大東亜戦争」 と呼びたがる割には 戦争責任の話になると、日米の開戦直前にばかり
話を持って行こうとする ずる賢さ

外交が二進も三進も行かなくなった昭和16年にばかり話を持って行って
「ならばどうすれば良かったと言うのか」 と、開き直るのが典型的なウヨ論理
こんなどうしようもなくなった時期に 良策など出る訳が無い事は百も承知でだ

大東亜戦争と呼びたければ、この満州事変から始まる いわゆる15年戦争と言うものであり
その責任論の中心は、満州事変を画策した陸軍上層部に有るのは当然の事

柳条湖事件を画策した石原莞爾と板垣征四郎 上海事変を画策した田中隆吉
実行者本人が“侵略である”と認めているのだから暴露しているのだから
世界中の誰が見たって、「大東亜戦争」 は 侵略戦争以外の何ものでも無いのです。


13. 2014年12月01日 13:05:15 : hEuXa4jqhY
ホントここって馬鹿サヨが多いね。

当時の満州で反日テロが頻発してて、それで満州を占領せざるを得なかった事情は分からんかね?さらに共産主義の脅威。それに日露戦争で多大な犠牲を払って得た権益もあったって事くらいは知っといたら?
それとちゃんと投稿者の記事読めよ。


14. 2016年10月12日 16:58:05 : l1nV5WDRXE : GPK0DCqZZxU[3]

BLOGOS

記事 木走正水(きばしりまさみず)
2012年09月23日 16:47

大連市に決して反日デモが起こらない本当の理由
http://blogos.com/article/47183/(書き出し文抜粋)


今日は興味深い朝日新聞記事にちょっと補足してみたいと思います。

 23日付け朝日新聞記事から。

なぜ?「反日」見えぬ街・大連 ひらがな看板隠さず営業

 22日、中国遼寧省大連の市街地に、反日デモを警戒する武装警察隊や公安当局者の姿はなかった。

 人口約600万人の港湾都市では、日本政府が尖閣諸島を国有化して以来、一度も大規模な対日抗議行動が起きていない。

 街を歩くと、日本料理店は「やきとり」「つけ麺」など、ひらがな交じりの看板を中国の国旗「五星紅旗」やシートで隠すこともなく、赤ちょうちんを掲げている。日本車もほかの都市と違い、中国国旗をつけずに行き交う。

(後略)

http://www.asahi.com/international/update/0923/TKY201209220574
★どんなコンテンツをお探しですか?(Page Not Found)

<以下略>


15. 2016年10月12日 17:06:48 : l1nV5WDRXE : GPK0DCqZZxU[4]

>>01 動画を全部削除したのは凡そ左翼だろうから、本当に「自衛のためのものだった」と思いました。

>自衛のためのものだったと思えます。
http://www.youtube.com/watch?v=8orQ-V1dR1w
http://www.youtube.com/watch?v=O5638UaXJ_k&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=-iAsoSajenM&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=lYXGvx9ncLU



16. 政治平和主義者[1] kK2OoZW9mGGO5YtgjtI 2017年9月18日 16:08:24 : LZubx55GrQ : HomMA9AQOb8[1]
この理論だと、沖縄も日本人大和民族の土地じゃないよね?この理解でいい?

17. 2018年4月20日 13:30:38 : A4AvZivHZs : VNftEPmtM9w[312]
>そもそも、満州は、歴史的には、漢民族(中国人)の土地ではありませんでした。

↑ 馬鹿丸出しの 典型的なネトウヨ論法としか 言い様はない


もしも、北海道が 元来、日本人の土地ではなかったとされたら(本当はアイヌの土地だったが)
それを理由にソ連(ロシア)などが攻め込んで占領したら 侵略とは言えないとでも言うのかこの馬鹿投稿者は

沖縄だって本来は琉球王国と言う独立国家だったから、中国が攻め込んで占領してもこれまた侵略ではないと
言い張る事が許されるのかな?

※ たとえ 住んでいる住人が不在の家でも そこへ入り込んで物を盗めば 立派な泥棒である事に
 何ら変わりは無いというのは 人間として常識とも言える考え方だから ※

そこに住んでいた人間が なに人であろうとも、そこで生活を営んでいた人達を武力を背景に追い出し
自国の人間達を送り込んで 勝手に国家を作り上げたのだから 世界中の誰から見たって100%立派な
正真正銘の ≪侵略≫ である

これが侵略でないと言うのなら この世から 侵略と言う概念は消えて無くなってしまう それほど典型的な
「侵略の見本」 とも言える 行動ですから。


そして、国際社会は 42対1(1はもちろん日本のみ)という【圧倒的大差で】国際法違反の侵略と認定した
この事実は、未来永劫 覆せることは有り得ない歴史的事実である こんなものを侵略でないと言えるのは
脳味噌の足らない馬鹿ウヨ以外には 存在しないという事だ。


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