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釈迦の言葉
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投稿者 富山誠 日時 2013 年 1 月 22 日 09:08:54: .ZiyFiDl12hyQ
 

(回答先: 釈迦の本当の教え 投稿者 富山誠 日時 2013 年 1 月 20 日 07:31:26)

@ ブッダの悟りについて


ブッダによれば、その悟りの内容は「縁起」(ものごとは縁って起きるということ)でした。

すなわち、人間の悲苦にはそれを生じさせている原因や条件があり、その原因や条件をなくせば人間は悲苦から解放される、と

いうものでした。

_____________________________


かようにわたしは聞いた。

ある時、世尊は、ウルヴェーラーのネーランジャラー河のほとり、菩提樹のもとにあって、初めて正覚を成じたもうた。

そこで、世尊は、ひとたび結跏趺坐したまま、七日のあいだ、解脱のたのしみをうけつつ座しておられた。

そして、七日を過ぎてのち、世尊は、その定座よりたち、夜の後分のころ、つぎのように、順次にまた逆次に、よく縁起の法を

思いめぐらした。

「これがあれば、これがある。
これが生ずれば、これが生ずる。
これがなければ、これがない。
これが滅すれば、これが滅する。

すなわち、無明によって行がある。

行によって識がある。
識によって名色がある。
名色によって六入がある。
六入によって触がある、
触によって受がある。
受によって愛がある。
愛によって取がある。
取によって有がある。
有によって生がある。
生によって老死・憂・悲・苦・悩・絶望がある。

この苦の集積のおこりは、かくのごとくである。

また、あますところなく、無明を滅しつくすことによって行が滅する。
行がなくなれば識がなくなる。
識がなくなれば名色がなくなる。
名色がなくなれば六入がなくなる。
六入がなくなれば触がなくなる。
触がなくなれば受がなくなる。
受がなくなれば愛が無くなる。
愛がなくなれば取がなくなる。
取がなくなれば有がなくなる。
有がなくなれば生がなくなる。
生がなくなれば老死・憂・悲・苦・悩・絶望がなくなる。


この苦の集積の滅尽は、かくのごとくである」と。

(ウダーナ 3、増谷文雄訳『仏教の根本経典』大蔵出版、25〜26頁)

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A 信仰について

ブッダは、人間の悲苦にはそれを成立させている原因や条件があり、その原因や条件を知り取り除くことが、悲苦からの解放を

もたらすと考えた(縁起の思想)ために、神秘的な力に寄りすがる信仰などは、これを捨てよ、と説きました。

_______________________________

ヴァッカリやバドラーヴダやアーラヴィ・ゴータマが信仰を捨て去ったように、そのように汝もまた信仰を捨て去れ。
そなたは死の領域(死王が支配する世界=悲苦にさいなまれる煩悩の世界)の彼岸にいたる(超克する)であろう。
ピンギヤよ。
(スッタニパータ 1146、中村元訳『ブッダのことば』岩波書店)


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B 世界について


ブッダは、人間苦を成立せしめる原因となり条件となっているものに対する無明(無知)を克服すること(知)こそが救いの道

であると考えた(縁起の思想)ため、形而上学的見解(空想的ことがら)については、それは知ではないとして認めませんでし

た。

そのため、人間にとって有意義な「一切」とは、人間の知の及ぶ世界と内察できる心だけであり、それ以外の「一切」を説こう

とすると、根拠がないので単なる言葉だけに終わるであろうと説きました。


_______________________


比丘たちよ、わたしは「一切」について話そうと思う。

よく聞きなさい。「一切」とは、比丘たちよ、いったい何であろうか。

それは、

眼と眼に見えるもの、
耳と耳に聞こえるもの、
鼻と鼻ににおうもの、
舌と舌に味わわれるもの、
身体と身体に接触されるもの、
心と心の作用、

のことです。これが「一切」と呼ばれるものです。

誰かがこの「一切」を否定し、これとは別の「一切」を説こう、と主張するとき、
それは結局、言葉だけに終わらざるを得ないだろう。

さらに彼を問い詰めると、その主張を説明できず、病に倒れてしまうかも知れません。

何故か。
何故なら、彼の主張が彼の知識領域を越えているからです。

(サンユッタ・ニカーヤ 33.1.3)


              /  / _
            . /   ノ /   `丶      _ .. ,
           / /   /  ′      ` ¨´   /
          /     /    、    ヽ    ノ/
         ′    /     /`ミ、/ヘ、  ´ /
       /       {      /       | '.   /
        /l       /  i   /   ,、    |ハ  !
      ; l     l  | /,. '"     /ヽ.l_, |
      ||   ′i|   l  ,ニ、    /}、/ } |
      |     {   !   lィ、_ ノ    /イノ!イ  ;
      |、 !  、 ヽ  l 代 ソ     じ' ハ/
      l Y|  i \   | l ::::::    ' :::/  }
       ; ノ!|   ゝ-‐`ー .l、ゝ   r ァ /  /
      〃 リ /    ヽl >  _ ィ'}ヽ  /
     /  / /      マ!|   // ハ /
     / ,  ,′       i }l !  // / l
    / /   !       リ l l // /   |
    / /    |  i      ヽl ∨/ /  |
   ノ /     : l       ヽ./  }   l
  ( イ       l l        {   /   |
   ヽ!       ‖       、 : /   |
    人       l        ヽV      |
   ん、ヽ.     |          }     )

C 無常と恒常について


ブッダは、世界については、すべては無常で変滅し恒常不変なものはない(諸行無常)と理解しており、例外はいっさい認めま

せんでした。

___________________________


かようにわたしは聞いた。

ある時、世尊は、サーヴァッティーのジェータ林なる給孤独の園の精舎にあられた。

その時、一人の比丘が、世尊のいますところにいたり、世尊を拝して、もうして言った。

「大徳よ、この世のものにて、定恒永住にして、変易せざるものがあろうか。」

「比丘よ、この世には、定恒永住にして、変易せざるものは、少しもない。」

そして、世尊は、すこしばかりの土を爪の上にのせて、かの比丘に示して言った。

「比丘よ、たったこれだけのものといえども、定恒永住にして、変易せざるものは、この世には
存しないのである。」

(サンユッタ・ニカーヤ 22:97)


かようにわたしは聞いた。

ある時、世尊は、サーヴァッティーのジェータ林なる給孤独の園の精舎にあられた。

その時、一人の比丘が、世尊のいますところにいたり、世尊を拝して、もうして言った。

「大徳よ、世間、世間と称せられるが、一体どのような意味において世間と称せられるのであろうか。」

「比丘よ、破壊するがゆえに世間と称せられるのである。

比丘よ、眼は破壊する。鼻は破壊する。舌は破壊する。身は破壊する。意は破壊する。

また、それらの触(感官)を縁として生ずるところの感受は、楽なるものも、苦なるものも、あるいは非楽非苦なるものも、す

べて破壊するのである。

比丘よ、このように、すべてが破壊し遷流するがゆえに、世間と称せられるのである。」

(サンユッタ・ニカーヤ 35:82)


アーナンダよ、やめよ。悲しむな、泣くな。

アーナンダよ、わたしはかつて説いたではなかったか。

すべて愛し親しめる者も、ついに生き別れ、死に別れ、
死してはその境界を異にしなければならぬ、と。

アーナンダよ、一切は壊れるものであって、
ひとたび生じたるものがいつまでも存することが、どうしてありえようか。

(ディッガ・ニカーヤ 16)


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D ブッダの教え(仏法)について


ブッダは、すべては無常であり永遠不変なものはないという理解にそって、自分自身の教え(法)でさえ、それを絶対視して執

着してはならないことを弟子たちに教えました。


___________________________


比丘たちよ、教え(法)というものは筏のようなものであることをなんじらに示そう。・・・

譬えば街道を歩いて行く人があって、途中で大水流を見たとしよう。

そしてこちらの岸は危険で恐ろしく、かなたの岸は安穏で恐ろしくないとしよう。

しかもこちらの岸からかなたの岸に行くのに渡舟もなく、また橋もないとしよう。

そのときその人は、草、木、枝、葉を集めて筏を組み、その筏に依って手足で努めて安全に彼方の岸に渡ったとしよう。

かれが渡り終わってかなたの岸に達したときに、次のように考えたとしよう。すなわち『この筏は実にわれを益することが多か

った。われはこの筏に依って手足で努めてかなたの岸に渡り終えた。さあ、わたくしはこの筏を頭に載せ、あるいは肩に担いで

、欲するがままに進もう』と。

なんじらはそれをどうおもうか?
そのひとがこのようにしたならば、その筏に対してなすべきことをしたのであろうか?

そうではありません、師よ。

・・・比丘たちよ、教え(法)とは筏のようなものであると知るとき、なんじらはたとえ善き教え(法)でも捨て去るべきであ

る。悪しきものならばなおさらのことである。
(マッジマ・ニカーヤ 22)


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         l    |        |ィ爪ハ`      ィ爪` |  jl |
         l     l        l弋_リ       弋リ |:l i:|リ
         |:   |:|    | 、、、         `¨ ハ| |:!
         |l   |:|     |        '  ``,小、 |l
         |!: :/ j:/|     l         __    人l: : :|!
         j/ / : |: :|   i  : ト、        ,.ィ仆 j : : |
            / ,仆: : 八{ : |: : |:l  >  __.. ィ个/从: : : |
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       / | : !: :|: :/.:r-弋: { ヽ     い: : /  /: :/|:〃
          |: : : :j :/ ̄ヽ ヾ  ̄ ̄ ̄`ヽ「\ ノ/ j/

E 拠り所について (自灯明・法灯明の教え)

ブッダは八十歳で死にましたが、死ぬ少し前に、師を失うことに心を痛めていたアーナンダやその他の弟子たちに対して、これ

からは、各自が自己と真理だけを拠り所として生きてゆけ、と説きました。

_________________________________________________


アーナンダよ、わたしはもはや老い衰え、老齢すでに八十となった。たとえばアーナンダよ、古き車が革ひもの助けによって行

くがごとく、そのごとくアーナンダよ、思うに、わたしの身体は、革ひもの助けによって、わずかに保っているに過ぎない・・

・。
それゆえ、アーナンダよ。なんじらは、これからは、自己を燈明とし、自己を拠り所として、他人を拠り所とせず、真理を燈明

とし、真理を拠り所として、他を拠り所とせず、生きていきなさい。
(ディッガ・ニカーヤ 16:2.25-2.26)


アーナンダよ。このようにして、修行僧は自己を灯明とし、自己をたよりとして、他人をたよりとせず、法を灯明とし、法をよ

りどころとして、他のものをよりどころとしないでいるのである。

アーナンダよ。今でも、また私の死後にでも、誰でも自己を灯明とし。自己をたよりとして、他人をたよりとせず、法を灯明と

し、法をよりどころとして、他のものをよりどころとしないでいる人々がいるならば、彼らは私の修行僧として最高の境地にあ

るであろう、−誰でも学ぼうと望む人々はー。
(二十六)(大パリニッバーナ経』二)

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F 死後の世界について

ブッダは、人間が死後も存在するかどうかというような人間の知識を超えることがらについては、それは独断にすぎず、無益な

ものであると考えて、沈黙を守りました。


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滅びてしまったその人は存在しないのでしょうか? あるいはまた常住であって、そこなわれないのでしょうか。世尊よ、どう

かそれをわたしに説明してください。あなたは真理をあるがままに知っておられるからです。

師は答えた。ウパシーヴァよ。滅びてしまった者には、それを測る基準がない。かれを、ああだ、こうだと論議する根拠がかれ

については存在しない。あらゆることがらがすっかり絶やされたとき、すべての論議は絶えるのである。
(スッタニパータ 1075〜1076)

尊者マールンキャプッタは人影のないところへ行って静思していたが、その心に次のような考えが起こった。

「これらの考え方を世尊は説かれず、捨て置かれ、無視されている。すわなち ---

世界は永遠であるとか、世界は永遠ではないとか、世界は有限であるとか、世界は無限であるか、魂と身体は同一なものである

とか、魂と身体は別個なものであるとか、人は死後存在するとか、人は死後存在しないとか・・・、

これらのさまざまな考え方を世尊はわたしに説かれなかった。世尊がわたしに説かれなかったということは、わたしにとって嬉

しいことではないし、わたしにとって容認できることでもない。だからわたしは世尊のところへ 参って、この意味を尋ねてみよ

う・・・。

もし世尊がわたしのために、これらのことを説かれないようなら、わたしは修学を放棄して世俗の生活に帰るとしよう。」(中

略)

「マールンキャプッタよ、わたしはおまえにそのようなことを教えてやるから、わたしのもとにきて修行せよ、と言ったことが

あるか。」

「師よ、そのようなことはありません。」

「マールンキャプッタよ、わたしはそのようなことを教えてやると言ったこともないのに、愚かにも、おまえはわたしがそのよ

うに説くことを要求し、そのように説くことをしないわたしを拒もうとしている。(中略)

マールンキャプッタよ、人間は死後も存在するという考え方があってはじめて人は修行生活が可能である、ということはない。

また人間は死後存在しないという考え方があってはじめて人は修行生活が可能である、ということもない。

マールンキャプッタよ、人間は死後も存在するという考え方があろうと、人間は死後存在しないいう考え方があろうと、まさに

、生老病死はあり、悲嘆苦憂悩はある。現実にそれらを
征服することをわたしは教えるのである。
(マッジマ・ニカーヤ 63)


ヴァッチャよ、[世界は常住かどうか、霊魂と身体とは一体であるかどうか、人は死後にもなお存するかどうか、などのような

種類の問い]に対する見解は、独断に陥っているものであり、見惑の林に迷い込み、見取の結縛にとらわれているのである。そ

れは、苦をともない、悩みをともない、破滅をともない、厭離、離欲、滅尽、寂静、智通、正覚、涅槃に役立たない。
(マッジマ・ニカーヤ 72)

弟子たちよ、『我(アートマン)』や『我がもの』などは、真実として捉えられるものではないのであるから、このようなもの

に立脚した教え、つまり、『我と世界は一つである』とか、『我は、死後、永遠不変に存続して生き続けるであろう』というよ

うな教えは、まったく愚かな教えであると言えないだろうか。」

「まったくその通りです、師よ。まったく愚かな教えであると言わねばなりませぬ。」
(マッジマ・ニカーヤ 22)

                           _  -一'´     `丶 -‐ 、,. -─_ァ、
                           /´  _      ,  ´    \´   }
                         /   /´    ̄ `ヽ             ヽ  /
                   _   -┴--y′         、 ハ           /
                  } ̄  ─- 、/         トヽムヘ、         V
                     ヽ         !            j´    ヽ        '
                    、      |          ,       ,ゝ、       ,
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                     | \ !   :   | ,ムへ,      イ ,ハ i\ l
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     i {                 /│   /    \ l \    |  l       ′ヘ
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    ,ハ  \ハ、   、     /   j/         ヽ   ヽ l  │       /  、
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G「宇宙即我」について

ブッダは、「世界(宇宙)と我はひとつである」などという主張は、実証できない空想的独断に
すぎないので、まったくおろかな見解である、と説きました。

___________________________________

弟子たちよ、『我(アートマン)』や『我がもの』などは、真実として捉えられるものではないのであるから、このようなもの

に立脚した教え、つまり、『我と世界は一つである』とか、『我は、死後、永遠不変に存続して生き続けるであろう』というよ

うな教えは、まったく愚かな教えであると言えないだろうか。」

「まったくその通りです、師よ。まったく愚かな教えであると言わねばなりませぬ。」
(マッジマ・ニカーヤ 22)
http://www.j-world.com/usr/sakura/buddhism/okawa.html

        ´   . : : : : : : : : : : ,...  -―    ̄ ̄ ̄「
        . ´   . : : : : : : : : :   j´ iヽ   \  ヽ   :i
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           : : : :/ .:. :/ .:.:.:.:', ''''            .′:/ ,.:.
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1. 中川隆[-13429] koaQ7Jey 2018年11月04日 06:15:08 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-19957] 報告

(マッジマニカーヤ72、アングッターラニカーヤ34)


ヴァッチャは、さらに、尋ねて聞いた。

「世尊よ、では、執着を離れて解脱した者は、いずこにおもむいて生れるのであろうか。」

「ヴァッチャよ、おもむいて生まれるというのは、適当ではない。」

「では、どこにもおもむいては生まれぬというのであろうか。」

「ヴァッチャよ、おもむいて生まれぬというのも、適当ではない。」

「世尊よ、それでは、わたしはまったくわからなくなってしまった。以前に世尊と対座問答することによって、わたしの得た深い確信すらも、すっかり消えうせてしまった。」

すると世尊は、彼のために、このように説明せられた。

「ヴァッチャよ、なんじがまったく解らなくなったというのは、当然であろう。ヴァッチャよ、この教えは、はなはだ深く、知りがたく、すぐれて微妙であって、智慧あるもののみが知りうるところのものである。他の見解にしたがっている者や、他の行をしている者には、とうてい知られがたいものであろう。

だが、ヴァッチャよ、わたしはさらに、なんじのために説こう。いまわたしが、なんじに問うから、思いのままに答えるがよい。

ヴァッチャよ、もしなんじの前に、火が燃えているとしたならば、なんじは、火が燃えている、と知ることができるか。」

「むろんである。」

「では、ヴァッチャよ、この火は何によって燃えるのであるかと問われたならば、なんじは何と答えるか。」

「それは、この火は、薪があるから燃えるのだと、わたしは答える。」

「では、もしなんじの前で、その火が消えたならば、なんじは、火は消えた、と知ることができるか。」

「むろんである。」

「では、ヴァッチャよ、かの火はどこに行ってしまったかと問われたならば、なんじはいかに答えるか。」

「世尊よ、それは問いが適当ではない。かの火は、薪があったから燃えたのであり、薪が尽きたから消えたのである。」

そこで、世尊は、うなずいて、説いていった。

「ヴァッチャよ、まったくその通りである。そしてそれと同じように、かの色をもって人を示す者には、色が捨てられ、その根は断たれる時、その人はすでになく、また生ぜざるものとなるであろう。

その時、ヴァッチャよ、人は色より解脱したのである。・・・

そして、ヴァッチャよ、受についても、想についても、行についても、識についても、また同じである。」

(同上、増谷文雄訳)


ヴァッチャは、古代インド人の常識として当然のごとく、バラモン教・ヒンズー教・俗信の伝統にしたがって、執着を離れて解脱したものはどこか善いところ赴いて生まれると思い込んでいたのです。

そのために、ブッダにつまずいてしまったわけです。

ブッダの思想には、どこかに赴いて生まれる(赴いて生まれない)とか、よい世界に生まれ変わる(生まれ変わらない)とかいうような問いは、「いままで燃えていた火はどこに行ったのか」と問うことがまったく見当違いの問いであるように、まったく見当違いの問いだったからです。

ブッダは、比喩を用いて、火が消えるのはただ薪が燃え尽きたから消えたにすぎないのであって、火がどこか別の世界に赴いて行ったのではない、というのです。ヴァッチャは、これを聞いてブッダの意味するところを理解することができ、ブッダに帰依します。

ブッダは「人は悟って天国に帰る」などとは説きませんでした。
http://www.j-world.com/usr/sakura/replies/buddhism/buddhism20.html

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