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自ら招く日本人の「思考・言論・発想の封じ込め」   (uedam.com)
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/778.html
投稿者 五月晴郎 日時 2013 年 9 月 29 日 17:44:47: ulZUCBWYQe7Lk
 

http://8706.teacup.com/uedam/bbs/12364

=転載開始=

(略)

しちろーさんのツイッターから。https://twitter.com/shichirom

 * 「Shichiro Miyashita ?@shichirom 8時間
 国民の価値観をコントロールできる日本の仕組みって恐ろしいよね。安倍さんがUnder Controlと自信をもって言えるのは、実は汚染水じゃなくて世間の空気や情報統制だろう。高度成長期やバブル期にはこういう日本の短所は目立たなかったし、消滅したと勘違いしてた。」


 うまい!!
 まったくその通りでしょう。

 安倍首相が気にするのは、世論の動きだけです。
 福島の事故原発がどういう状況にあるかは、彼の想定外。つまり、どうでもいい。
 だから、世論さえ、封じ込め戦略がキープできれば、彼には、権力は安泰です。いかに師匠の小泉元首相が「即時脱原発」を公言し始めたとしても。

 で、日本人の言論封じ込め、ですが、わざわざ政府が戦略を打ち出さなくても、律令理性人は勝手に自分でやります。

 おのできたさんのツイッターから、原発ではなく、リニア・バージョン。https://twitter.com/onodekita

 * 「あっこのパパ ?@ken6375 12時間
 @onodekita @tareuyaya 山梨あたりじゃリニアを批判したら非国民扱い。品川から甲府まで、15分かけて乗り換え、リニアに15分乗車、市街地の中心までバスで40分。こんなアクセスで人が動くと考える方がおかしい。南アルプスをぶち抜くトンネルお手並み拝見。」


 日本人の場合、常に、こうなります。
 政府の方針に異を唱えるものは、存在してはならない、と。これを表現するのが、「非国民」

 ゆえに、日本人は、本当は誰も自分の意見を持っているのに、世間的には、世論は一つしかない、という結果になります。「非国民」と呼ばれることを恐れて。

 この意味で、3.11事故は、うまくできているではありませんか。
 誰もが「非国民」になるのを恐れることで、放射能が日本全国に散布され、その結果、静かに「正国民」が消えて行きます。
 見事な、世界史の狡知、です。
 世界史を動かす歴史理性は、今、律令理性国家が消えていく時代にあることを是認した、と。

 「私たちは、喜んで原発を推進することで、自分たちが静かに消えていくことを選んだ」というのが、アベノミクスでした。
 経済最優先、すなわち、その他のことは無視することで日本人のホロコーストのすすめ。

 律令理性人は、この事態を甘受します。

 そして、律令理性論は、こうなることの第一原因は、日本人の理性が自分自身の中に根拠を持たないからである、と主張しています。

=転載終了=

/////////////////////

http://www.uedam.com/rituryo.html
「律令理性論」

=転載開始=

不比等の時代と、現在の類似性
投稿者:ウエダ 投稿日:2013年 2月19日(火)15時56分58秒

こんにちは、皆さん、植田です。

 不比等戦略の現在性、です。
 いかに現在の日本国の状況が、不比等の時代のそれに似ているか。

 というと、まさに戦後日本の「対米従属」がそれです。
 藤原不比等の時代の課題は、唐帝国からの倭国の自立・独立でした。
 今は、現代のローマ帝国たるアメリカ合衆国帝国からの日本国の自立・独立です。

 問題は、今もまた不比等の戦略をリピートすることで、それが達成できるか? です。
 このように問題を設定すると、必要になるのが、不比等の時代の状況の説明と、不比等の対策の説明です。

 そこは省略して、私の結論はこうです。
 ノー。
 リピートはできない。

 2つの理由があります。
 1 不比等戦略は、倭国に一つの政治権力を確立することでした。大和朝廷です。天皇国家の誕生。
 2 面白いことに、唐帝国は、日本国が誕生すると列島から手を引きました。ゆえに、日本人は、以後、外敵の侵略を心配する必要がなくなりました。すなわち、国際状況が現代と7〜8世紀の極東では、まったく違います。

 ちなみに、民間の歴史学者の小林惠子さんによれば、唐帝国は8世紀の日本(日本史の年表的には、奈良時代)にも盛んに干渉してきました。それが終わったのは、桓武天皇による平安京の遷都からです。
 平安時代以後、日本国は、中華帝国からの侵略に怯えることなく、自立を享受することができました。時には、元寇のような事件もありましたが、日本史的には、突発の事件でした。

 というわけで、状況は似ていますが、私たちの自立戦略は、不比等戦略をリピートとはなりません。
 ではどうするか?

 安倍首相は、憲法の見直し、と主張しています。
 これは良いことです。
 では、103条ある条文の、どこを、どう、いじるのか?

 その際、最も重要なことは、日本国をいかなる自立国とするか、という国家の姿を明確にすることです。
 憲法改正後の日本が、またもや律令理性の国家であるならば、私は、憲法改正には反対です。 アメリカ占領軍という自然理性が起草した以上の憲法が、律令理性に作れるはずがないから、です。

 したがって、日本人が自然理性人であれば、どんどん変えましょう、となります。
 そのときは、日本国民がすでに死人であるかのように、放射能の海の中に放置して平気でいる政府というのは、存在しなくなるでしょう。



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今では、問題は、1ではなく、2
投稿者:ウエダ 投稿日:2013年 2月19日(火)10時02分40秒

おはようございます、皆さん、植田です。

 不比等戦略の話題の続きですが、昨日、不比等の意図を2つに分けて書いてみました。
 で、今では、1のほうは終わっている、と言えます。
 政治勢力としての藤原氏は、今では、日本国の政治を動かすほどの勢力ではない、ということです。

 では、彼らの影響力はいつ終わったのか、となりますが、直近でこの血脈から首相になったのは近衛文麿。そして、この文麿の娘の息子の細川もりひろ・首相。

 血脈的には、このように現代でも不比等の子孫が活躍していますが、日本史的には、藤原氏の全盛期は平安時代でした。
 以後は、武士の時代となり、明治維新となりました。
 最後の武家政権となった薩長政権(明治政府)が終わると(山県有朋が死んだのは、1922年)、以後、戦前の昭和の時代は軍部と官僚。戦後は、官僚の天下となりました。

 明治以後の官僚は、血脈ではなく、学閥です。東大閥です。
 東大卒の官僚は、明治政府が武士の世が終わったことから、藩閥政治ならないようにと、藩閥に中立な官僚を育成するために登場してきましたが、今度は、霞ヶ関の中で東大卒の学閥が形成されました。(宮沢内閣の時代に、大蔵省のキャリア官僚に占める東大卒が多すぎることが世論で話題になりました。)

 そこで、今や、不比等戦略とは、藤原不比等の発掘の問題ではなく、今に続く「和製・律令体制」をどうするか、という問題です。
 和製・律令体制とは、官僚主導と、それに従順に従う「お上」信者の日本人のことです。合わせて、官民とも律令理性人、と。この体制を良し、とする限り、官であれ、民であれ、どちらも律令理性人です。両方がいて、和製・律令体制が成り立ちます。

 さて、今は、3.11以後の時代です。
 事故から間もなく2年目です。あと3週間です。
 事故後も原発推進の姿勢を崩さず、福島事故原発の放射能を閉じ込めるどころか、瓦礫焼却の全国展開を推進する「お上」を、なおも、律令の民は信仰するか、というのが、目下の私の関心の焦点です。
 どこまで政策的に引き起こされた病気・死を、律令の民、すなわち日本人は受け入れるか?

 ツイッターを拝見していると、ちらほらと発病者や突然死者が出てきたことが報告されていますが、まだ律令体制の維持派にとっては、無視できる規模です。
 発病したり、近親者で突然死した人がいる人には、一人でもそうなれば、それだけで大変なことですが、社会体制、政治体制の全体から見れば、人権思想がない律令理性社会にあっては、無視されます。

 これを、いかに、たった一人でも、放射能のせいで発病し、死ぬ人が出ることは見逃さない、という政治構造に持っていくか、です。
 そうでないと、放射能に関する限り、日本国民種が消えていきます。種族としての「日本人」なるものが、なくなります。
 チェルノブイリが福島で繰り返されるとすれば。



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不比等戦略とは何か
投稿者:ウエダ 投稿日:2013年 2月18日(月)17時17分27秒

こんにちは、皆さん、植田です。

 不比等の話題を書いたおかげで、律令理性論です。

 私の構想の中では、「不比等戦略」は、律令理性論の大きな部分を占めます。
 倭国を日本国にし、この日本国の政治体制を律令体制にしたのが不比等戦略です。

 倭国を中国風の律令国家にする試みは、聖徳太子から始まりましたが(冠位十二階、憲法、等々)、完成したのは藤原不比等の大宝律令です。701年。
 ちなみに、持統天皇が死んだのは、翌年です。その時点では、まだ平城京遷都もなく、『日本書紀』も完成していませんでした。倭国が日本国になるには、これらは不可欠の要因でした。

 不比等戦略とは何か。
 これは、不比等の意図と、具体的業績に分けることが出来ます。
 業績のほうは、今、上に書いたようなことがあります。

 そこで、不比等の意図は何だったか、と行きましょう。
 梅原猛、上山春平氏たちは、彼らが発掘するまで日本史の闇の中に隠れていた藤原不比等を日本史の前面に引き出すことに全力を費やした観があります。そこまで巧妙に不比等は、自分の業績と存在を隠したのでした。それゆえに、藤原氏は日本史における一大勢力となりました。
 現代史では、明治政府の最初の太政大臣の三条実美、昭和天皇の側近だった首相・近衛文麿まで。

 こんな具合に、藤原不比等の意図の一つは、藤原氏を天皇家に絡みつけること。植物の「藤」のように。これは、『日本書紀』によれば、不比等の父親・鎌足の天智天皇への接近から始まります。(天皇がまだ皇子だったときの、「けまり」での出会い)。
 いかに絡みついたか?
 新京都学派が見事にこれを「日本書紀」の神代紀の中に読み取りました。
 かの「天孫降臨」は、藤原氏の祖先神なくしてはありえませんでした。

 藤原氏を日本国の一大勢力とすること。これを不比等の意図、その1とします。
 新京都学派が不比等発掘に際して、焦点を置いたのはここです。

 不比等の意図は、もう一つあります。
 こちらは、上山春平氏が注目した側面ですが、国家構築のデザイン・メーカーです。
 上山氏は、不比等の役割をプラトンの『国家/共和国』を例にして、説明しました。
 しかし、上山氏の説明は、もっぱら、国内の統治上の側面でした。

 私が注目したいのは、倭国を唐帝国から独立・自立させる、という側面です。
 当時の日本列島には、海外から渡来した部族が乱立していました。倭国には、統一権力がありませんでした。
 ゆえに、唐帝国からの独立・自立は、列島内に一つの中心となるべき権力を確立することでもありました。
 これが不比等の意図、その2です。

 1と2の意図を現実のものとしたのが、「アマテラス神話」の創作です。
 列島内に居住する人々は、生まれたときから、すでに日本人である、というフィクションが「アマテラス神話」です。特に、皇族は絶対に国内産でなくてはなりませんでした。

 以上、簡単な「不比等戦略」の説明でした。
 現在の日本国の官僚主導は、その結果です。

 古代の慣習が現在に続いているのは、何も祖先崇拝の信仰だけではありません。政治体制もそうです。そして、これらは一体のものです。



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藤原不比等から持統天皇に重心が移っても、不比等戦略の内容は変わらない
投稿者:ウエダ 投稿日:2013年 2月18日(月)14時36分20秒

 こんにちは、皆さん、植田です。

 気を取り直して、藤原不比等の話題の続きです。

 里中さんが漫画で、新京都学派が特定した不比等に代わる新しい律令体制・構築者を発掘したとのことです。その人は、持統天皇だった、と。

 で、律令体制の構築者が持統天皇だったとして、私が命名した「不比等戦略」の内容が変わるか、ですが、これは変わりません。不比等と持統天皇は、コンビでした。絶妙なコンビです。

 この絶妙さを、映画監督で、小説『覇王・不比等』を書いた黒須紀一郎氏が、二人はセックスをした、と設定しました。場所は、吉野。
 状況は、天武天皇が死んだ直後。
 天武天皇の奥さんだったウノノサララは、自分が天皇に即位することを決心します。自分の孫の軽皇子(草壁皇子の息子。草壁は天武とウノノササラの子)を天皇にするためでした。それまでのつなぎ(持統、という名前がこれを表示しています)としての即位です。
 そう決心すると、ウノノササラは不比等を呼び寄せ、言います。「私は女を捨てることにした。そこで、そちに、女としての最後の行為の相手を命じる」と。

 まあ、小説の中での話です。
 そういうことがあったかもしれないし、ウソかもしれません。
 重要なことは、両人は、利害が一致していたことです。
 だから、不比等戦略に持統天皇が深く関わっていたことは、不思議ではありません

 里中さんは、漫画で『聖徳太子』を描いています。
 全4巻。私は、第1巻を読みましたが、それでやめました。それ以上、読む必要なし、と判断したからでした。
 『天上の虹』のことは知りませんが、不比等戦略の内容について、再考を迫られることはないだろう、と予想しています。

 古代史は、思想問題と、事実問題に区別できます。
 思想問題は、新京都学派によって、ほぼ出つくしたと私は考えています。
 ただ、梅原猛、上山春平の両氏は、日本史の黒幕・不比等を発掘するのに忙しく、唐帝国から自立するための不比等戦略の側面をあまり重視しませんでした。当時は、地球上のどこにも「ネーション・ステート」はありませんでしたから、国家の構築といっても、不比等がモデルに出来たのは、唐の律令体制です。
 これをいかに和風にするか、というのが、不比等の腕の見せ所でした。
 中華帝国の皇帝→倭国の天皇。
 ここが、和風・律令体制の真骨頂です。元祖・「芥川変換」です。

 以上、やはりさきほど書いたものと内容が変わってしまいました。
 これはこれだけにしておきます。



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ツイッターに不比等の話題がありました
投稿者:ウエダ 投稿日:2013年 2月18日(月)13時49分26秒


 こんにちは、皆さん、植田です。

 いま、一つ話題を書いたのですが、消えてしまいました。
 ティーカップの投稿規則の何かに違反したようです。
 で、今一度。

 話題は、藤原不比等。
 世に倦む日々氏のツイッターのつぶやきにありました。https://twitter.com/yoniumuhibi

 * 「世に倦む日日?@yoniumuhibi

 承前)少し前の古代史は、日本史上比類のないスターリン的な大型政治家である不比等がすべてのシステムを作ったという梅原史観だったけれど、今は、傑出した指導者である持統がすべてを作ったという里中史観に。古代史の世界はいいね。官僚(T大K大)の専有物にならず、民間の独創的な想像力が入る。」

* 「世に倦む日日?@yoniumuhibi

 里中満智子の「天上の虹」読まなきゃ。コミック買うわけにいかないし、置く場所もないから、TSUTAYAで宅配レンタルか。 梅原猛の後、80-90年代はもっぱら不比等中心史観の説明だったけれど、最近は持統中心史観に。ジェンダーの時代だ。」


 また消えると、せっかくの作業が無駄になるので、とりあえず、これだけでアップします。
 さきほどは、ここからけっこうな量を書いたのですが、残念です

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日本の政治が官僚主導になることの秘密


投稿者:ウエダ 投稿日:2013年 2月17日(日)22時28分38秒


 こんばんは、皆さん、植田です。

 日本が今もいかに律令体制の国であるか。
 この点から、3.11直後、放射能の安全基準が一瞬にして、変更されたのはなぜか、といきましょう。

 まず、小出裕章氏の昨年6月26日の講演から。場所は、函館。

 「現在、福島県の広い部分や宮城県、茨城県の一部は、本来ならば、放射線管理区域に指定し、普通の人は立ち入り禁止にしなければならないエリアとなっている。
 日本政府は、福島原発の事故前より20倍も高い、年間20ミリシーベルトに基準を引き上げて、この地域の人たちを見殺しにした。」
 http://assabu.exblog.jp/17696034/


  この日本政府による安全基準のあっという間の変更は、法はなんのために存在するか? という疑問を提起します。

 この疑問の答えを、儒教の根源を祖先崇拝の信仰と関連づけることで解明した加地伸行氏が明快に述べています。

 答え。
 「欧米近代国家の、個人の人権や契約を守る自分たちのための法という意識に対して、儒教文化圏においては、自分たちのものではなくて、政権が秩序を守るための法という意識なのである。」『現代中国学』中公新書p.41

 「中国はじめ、朝鮮半島・日本という東北アジアでは、法律を早くから制定し、その法律に基づいて国家運営をしてきたし、今も運営している。その意味では、古くから法治国家なのである。ただ欧米近代国家と法治の意味が異なるまでである。
 また、日本の場合、欧米近代国家流法治となっているように見えるものの、内容的には、国民一般の法意識は、依然として伝統的なものである。」p.43

「われわれ日本人の法治は、《お上に対しておとなしく服従する擬似欧米流法治》にすぎない。」p.44

 だから、東大法学部が日本国の政治を支配する、という形になっています。
  このことの典型的な実例。
  1970年代、日本経済がアメリカ市場に殴りこみ(日本経済の経常収支の慢性的黒字)をかけたとき、アメリカ政府の経済担当者たちは、大蔵省の官僚が経済学部ではなく、法学部卒であることに驚きました。

 というわけで、擬似西洋法治学問で洗脳された明治以後の、東大法学部卒以外の日本人たちは、この国はすっかり西洋化されたもの、と思い込みました。
 それゆえに、この国の本当の姿が見えなくなってしまいました。
 いわば、大学の法学部で西洋法を学べば学ぶほど、日本の現実とかけ離れていくことになりました。

 以上、なぜ今も官僚主導なのか、の秘密です。
 「法治国家」の意味が、ズレている、というのがその秘密です。
 もちろん、霞ヶ関のキャリア官僚たちは、意図的にこのズレを利用しています。

 「日本は法治国家である」と口にすれば、国民は納得する、と。
 放射能の安全基準が、いきなり年1ミリシーベルトから20ミリシーベルトにはねあがっても。
 安全基準は、官僚が民を統治するためのものであり、民の健康と生命の安全を守るためのものでない、ということです。
 これが、律令理性が作り出す律令思想です。


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当事者意識と、二項関係
投稿者:ウエダ 投稿日:2013年 2月 6日(水)08時51分4秒

 おはようございます、皆さん、植田です。

ツィッターから。
 ヘルメス氏。https://twitter.com/HermesTrism

 * 「Hermes ?@HermesTrism

 日本人の当事者意識の無さは狂気。グローバル化が日本へ訪れていないからか、彼等に危機意識や当事者意識が全く見られない。グローバル化が日本へ侵入した前後とのギャップで彼等はグローバル化としてのパリ症候群を引き起こすのではないだろうか?」


 ここにある「パリ症候群」とは何なのか、私にはわかりませんが、日本人に当事者意識がない、というのは、そのパリで生活した森有正が答えを出しています。
 日本人の自己意識(文法で言うところの「一人称単数代名詞=私」)が、「二項関係」で規定されるためです。

 日本人は、常に、自分の目の前にいる人を「あなた/お前」と設定し、その人と、「あなたのあなた」という関係に入ります。「あなたのあなた」が私、です。こんな具合に自分という意識を規定をします。
 これが森が発見した日本人の自己意識の形成方法でした。

 この自己意識の形成方法では、当事者意識は出てきません。
 自己意識は、常に相手との関係の中にありますから、どちらが当事者なのか、常に、不明になります。
 これは、日常の家族や友人・知人、職場での人間の交際から、政治から、国際関係から、どの場面にも反映されます。日本人の自己意識がそのようにして形成されるのですから、当然です。場面・状況を選びません。一様にそうなります。

 したがって、戦後の日本人の対米従属(属国日本)の問題も、基本のところにこれがあります。
 一昨日、メガネのレンズを新しくするついでに、孫崎享氏の『戦後史の正体』を、書店に陳列してある状態で拝見したのですが、「二項関係」の問題には、まったく言及がありませんでした。そうなると、眼に見える出来事だけでの戦後史の分析は、まだ充分ではない、と言えます。

 日本人の自立問題は、根が深いです。
 不比等戦略の問題があり、
 人間としての精神構造の問題あり、です。
 そして、アメリカ側の極東・国際戦略あり。
 この問題を浮上させたのは、1853年のマシュー・ペリー提督によるアメリカ黒船艦隊の日本来航です。
 それ以来、日本人は「文明のクラッシュ」に突入しました。
 今も続いています。

 福島原発事故も、この一環です。
 これは、西洋文明を輸入し、コピーすることで発生した「魔法使いの弟子」問題です。

 その結果、今、日本人ホロコーストが発生しています。
 推進者たちにはその意図はないとしても。
 そこが放射能です。

 推進派には、そういうわけで当事者意識はなく、その結果、日本無責任体制となります。


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律令理性論ための用語集、というのはどうか
投稿者:ウエダ 投稿日:2013年 2月 5日(火)00時13分0秒

こんばんは、皆さん、植田です。

 律令理性とは何か?

 わかりやすい説明の文章をなんとか早く書きたいと思っているのですが、そのつど、頭の中で構想が膨らんでいき、収拾がつかなくなってしまいます。

 そこで、一つ、アイデアが閃きました。
 用語の解説集を先に作ってみよう、と。

 たとえば、

 「第一原因」
 「即自精神」
 「二項関係」
 「経験論」
 「無責任体制」
 「不比等戦略」
 「大宝律令」
 等々。

 いずれも律令理性論には不可欠の用語です。
 まずは、こういう用語をリストアップして、用語の説明をするところから始めたらどうか、と。
 これなら、やりやすいです。書きやすいです。

 「第一原因」であれば、ヘーゲルの『哲学史講義』のタレスのところが非常に参考になります。
 そんなふうに、用語からとっかかれば、意外と、スムースにはかどるかもしれません。

 律令理性論の構築に参考になった研究・業績に続いて、用語集です。


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ジャパン・プロブレム/日本問題とは、日本人がどうすることもできない集団主義のことである
投稿者:ウエダ 投稿日:2013年 2月 1日(金)13時43分8秒

こんにちは、皆さん、植田です。

 先月の29日に、律令理性論の構築にあたって、非常に参考になった研究業績をカウントしてみました。
 再掲してみます。

 「明治以降の年代順に。
 1 ラフカディオ・ハーンの『神国日本』。日本人の信仰は、祖先崇拝であることを指摘。
 2 丸山真男の論文「軍国主義者の精神形態」、「政事の構造」、等々。丸山は日本国の政治体制が無責任体制であることを解明。
 3 森有正の『著作集』。日本語の一人称主語が「二項関係」で規定されていることを解明。日本語が律令言語であることの、これ以上ない証拠となる。
 4 新京都学派。私は、梅原猛と上山春平の二人に特定しようと思います。これは、律令日本史の黒幕に藤原不比等がいることを解明。
 5 カルル・ウォルフレンの『日本権力構造の謎』。日本の政治権力が中空の構造になっていることを指摘。
 6 副島隆彦の『属国日本論』。戦後の日本がアメリカの属国であることを1990年代の時点で指摘。」


 で、あれからこの6つの項目を見ているうちに、共通項でくくれるものがあるなあ、と感じました。共通項というのは、今、普通に流通している日本語の中の用語で、それらを置き換えることが出来る項目がある、ということです。

 その普通の日本語とは、「集団主義」。
 律令理性とは、普通の日本語の用語で言えば、集団主義のことである、と言えます。
 もっとも、日本人は「主義」として「集団社会」を形成しているわけではありませんが。そうなるのは、ガリレオの言葉を借りれば、日本社会の過去からの「慣性力」であり、要するに、伝統です。

 それに対して、民主主義というのは、日本語の慣習の中では、「主義」の正しい用法です。英語の「デモクラシー」は、素直に日本語に直せば、「民主主義」ではなく、「民主政体」となるでしょうが、しかし、日本人がそれを「民主主義」と表記してきたのは、日本人の精神状態を正確に反映したものでした。デモクラシーは、確かに、日本人にとっては、現実のものとすべき「主義」でした。
 話が脱線しました。

 理性問題から見て、「ジャパン・プロブレム/日本問題」とは何か?
 といえば、今もなお、日本社会は、「集団」が社会構成上の基本単位になることです。
 この「集団」の問題に該当するのが、1、2、3、5です。

 4の新京都学派による藤原不比等の発掘は、その日本社会の諸集団が、天皇を頂点とする階層秩序(ピラミッド差別構造)になったことの原点の特定です。
 6の副島氏による「属国日本論」は、戦後の日本社会は、集団のトップに、つまり、天皇よりも上にアメリカ合衆国様を置いていることを明らかにしました。

 以上を整理すると、戦後の日本社会は、アメリカを頂点にする各種集団の階層差別構造になっている、ということになります。
 この階層差別構造の具体的な形は、いろいろな切り口があります。
 天皇と、その他すべての日本人、とか。
 天皇は蚊帳の外に出して、官僚を現世の頂点にして、その他のすべての日本人を「お上(=官僚=東大法学部卒)」信者にしてしまう官僚主導社会、とか。
 いずれも、律令体制の別名です。

 さて、以上のように過去・現在の日本社会の構造を押さえたなら、次の作業は、いかに私たちは「集団主義」から抜け出すか、です。
 抜け出すと決意した人にとっては、日本人の「集団」性は、「主義」によってそうしているのだ、というふうに見えます。

 で、現状が面白いのは、抜け出すことを、あえて意図せざるを得ない、という状況に立ち至ったことです。
 そうしないと、殺される、と。

 放射能・学校給食。
 汚染地への帰還については、国策で支援する。
 放射能汚染サカナの産地偽装。
 等々。

 いまや日本人は、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という集団主義のスローガン通りに行動すると、民族ホロコーストになってしまう事態に立ち至りました。

「放射能、みんなで無視すれば怖くない」。
 当たり前だろう。みんな死んでしまうのだから。

 死者に何を恐れるものがあろうか。経験主義の現代にあっては、閻魔大王は、おとぎ話でしかないのだから。
 死後、生前の行いの審判を受けることはないのだ。だから、生きている間に、やりたいほうだいやってもよろしい。

 と、経験論は告げました。
 果たして、それは真実か?

西洋人にとっての閻魔大王は、長い間、モーゼでした。
 今では、それがキリストになっています。


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律令理性論は、以下の人たちの業績なしにはありえなかった
投稿者:ウエダ 投稿日:2013年 1月29日(火)13時29分10秒

こんにちは、皆さん、植田です。

 さて、律令理性論が完璧に完成したところで、まず、この理論から見て、大きな業績となるものをカウントしてみます。

 明治以降の年代順に。
 1 ラフカディオ・ハーンの『神国日本』。日本人の信仰は、祖先崇拝であることを指摘。
 2 丸山真男の論文「軍国主義者の精神形態」、「政事の構造」、等々。丸山は日本国の政治体制が無責任体制であることを解明。
 3 森有正の『著作集』。日本語の一人称主語が「二項関係」で規定されていることを解明。日本語が律令言語であることの、これ以上ない証拠となる。
 4 新京都学派。私は、梅原猛と上山春平の二人に特定しようと思います。これは、律令日本史の黒幕に藤原不比等がいることを解明。
 5 カルル・ウォルフレンの『日本権力構造の謎』。日本の政治権力が中空の構造になっていることを指摘。
 6 副島隆彦の『属国日本論』。戦後の日本がアメリカの属国であることを1990年代の時点で指摘。

 これらの重要な研究を踏まえて、私の律令理性論が完成しました。

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律令理性論の全体の構想が、浮上
投稿者:ウエダ 投稿日:2012年11月20日(火)19時11分31秒

こんばんは、皆さん、植田です。

 20時間前との表示があるので、昨日のつぶやきだと思いますが、福岡国際問題研究所さんのツイッターに、私の「藤原不比等」戦略の話題が出ていました。

 * 「福岡国際問題研究所?@fifa5963

 @yosioki10 @KenUrai @Munenori_N ロマンでなくもっと人工的です。かの藤原不比等が、天皇を祖先崇拝のカミにまつりあげ、太政官という官僚のトップに権力を握らせ権威と権力の分離を謀っています。典拠ですが本件は、梅原猛等の新京都学派と植田信氏による見解です。」
 https://twitter.com/fifa5963


 福岡さん、不比等戦略の話題を取り上げていただいて、ありがとうございます。
 内容に関しては、間違いはありません。
 典拠を問われたら、私がお答えしますので、こちらに振っていただいてもかまいません。

 で、そこから、律令理性論の説明文の概略像が浮かんできました。

 3部構成。
 1 理性とは何か? (律令理性、自然理性、聖霊理性とは何か?)
 2 律令体制としての日本国家。奈良時代から、3.11以後の今に至るまで。
 3 東電・福島原発事故は、律令理性人に「日本革命」を要請する。さもないと、日本民族のホロコーストになる。ゆえに、革命のシナリオ。
 こんな具合に、全体の構成が浮かんできました。

 1について。
 理性論を書く場合は、まずは律令理性とは何か、が主眼です。
 それを説明するためにも、自然理性、聖霊理性とは何か、の概略論が必要になりますが、やっと聖霊理性論に突入できたところでもあり、ここはタイムリーでした。

 2について。
 私は、3.11以前から、日本社会は律令理性体制から自然理性の体制に変わらねばならない、と主張してきました。
 今や、この主張に「放射能による死の予感」を覚える普通の日本人の皆さんが、共感できる土壌が形成されつつあります。
 これもまた、タイムリーです。
 原発事故は、日本社会がいかに普通の国民を無視する体制であるかを、普通の日本人に痛感させています。それが、律令体制です。3.11以前からの体制が、原発事故を受けて、いまや、その正体を誰の目にもまざまざと見えるように浮上してきました。律令理性論にとっては、良いことです。この意味では、原発事故は、律令理性論にとっての絶大な応援団となりました。

 もちろん、放射能に対しては、私たちの対策は、現在の人知の段階では、逃げるしかありません。
 だから、福島原発で毎日働いている人たちは、それだけで現代の神風特攻隊であり、スーパーマンです。自然理性の体制になったら、かれらはヒーローとして、公式に日本政府から感謝されるでしょう。

 3 日本社会が自然理性の体制になったら、日本はどうなるか?
私は、あえて言いましょう、石原慎太郎氏が、日本の再軍備を主張するのは正しい、と。ウェストファリア体制の現代の国際秩序にあっては、各主権国家がこの地上での最強の権力です。その「力」を裏付けるのが、武力です。

 その一方で、禁原発を即刻にせよ、です。
 他の原発所有国と異なり、日本列島は地震列島です。
 54基の原発は、日本の場合は、自爆装置になりました。このことがすでに4基の爆発で実証されました。

 このように具体的に、政策的項目を並べると、律令理性論がわかりやすくなるでしょう。
 続けると、たとえば、文部科学省の解体、廃止。各自治体に教育に関する最高の権限を与えよ。戦後の日本国民は、もう、文部科学省の官僚によって管理されるには、成熟しすぎた、と。
 あとは、各自治体のそれぞれが教育理念をめぐって競争です。
 ライバルは、東大ではなく、ハーバード大であり、オックスフォード大であり、パリ大、等々、です。国内だけの、ちまちました学問競争はもう止めです。

 司法をどうするか。といえば、いかに現在の「三位一体」の統治権力構造を、モンテスキューの理念に沿うものにするか?

 で、私が「教育理念」の点で、提案したいのは、そういう具体的な政策に先立って、律令理性人たる現在の日本人を、一刻も早く自然理性人にせよ、です。
 1980年代以降、一時的に「シュタイナー学校」のブームが起きましたが、律令体制の現状では、日本人に必要なのは、シュタイナー学校よりも、自然理性学校です。
 ちなみに、シュタイナー学校が目指しているのは、聖霊理性人です。たとえば現代ドイツ人(ヨーロッパ諸国)には、これは、絶対に必要です。なぜなら、彼らは、すでに自然理性人ですから。

 日本人の場合は、自然理性学校です。
 その意味は、日本人の意識を、まず、個人として自立させよ、です。具体的には、森有正が解明した「二項関係」から離脱せよ、と。
 等々。

 福岡さんのつぶやきを見て、以上のことが、ドッと出てきました。
 不比等戦略への言及、ありがとうございました。


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カビが生えた「明治天皇は誰だったか」ゲーム
投稿者:ウエダ 投稿日:2012年 8月 1日(水)12時22分54秒

 こんにちは、皆さん、植田です。

 竹原信一なる人物のつぶやきが目に留まりました。
 http://twitter.com/takeharasinichi
 いわく、

 * 「竹原信一?@takeharasinichi

 よく調教された羊にはその度合いに応じて狼のかぶりものを与えられる学歴社会。 立派な狼に見えても中身は権力に従順な羊、何も感じないし心の痛みも叫びも何もない。男たちは群れるのが好きだ。かぶりものを誇示する貧相な羊集団。」

 * 「竹原信一?@takeharasinichi

 一般市民は分かっていない。議員は役人組織を上に見ている。覚悟と能力が無いからだ。役人に裁量権を与えているのが自分達だというのが分かっていない。」

 * 「竹原信一?@takeharasinichi

 公教育の目的は調教である」


 以上、まったくその通り。
 それが律令理性人の行動様式です。
 ただし、私が疑問に思うのは、律令理性人の皆さんが、すなわち多くの日本人がそのことを自覚してやっているかどうか、です。
 むしろ、自分が何をやつているか知らずして、そのようにしている、というほうが事実に近いのではないか。

 選挙の時だけ、国民主権という言葉が頭に浮かんできても、実際に議員になってしまったら、日本国の律令体制に巻き込まれて、議員たちは考えます、「そうだよなあ。俺たちはどうせ次の選挙まで雇われているだけなのに対し、官僚・役人たちは終身雇用だもんな。どちらが自分の仕事に忠実なのか、これだけでわかるもんな。」

 自分で「国民主権」の憲法を作ったのでもない戦後日本人は、このような発想に墜落してしまいます。借り物の理念は、土着の理念に、負けます。不比等戦略の常勝です。その結果が、官僚主導は永遠に、です。

 もちろん、日本人が自然理性人になれば、簡単に終わる仕組みです。

 で、以上はその通りと思えるつぶやきですが、以下は、もうカビが生えています。

 * 「竹原信一?@takeharasinichi

 @Mimizuku7 百済出身の長州大内家の血筋、大室寅之助が明治天皇にすり替わった。伊藤博文が孝明天皇、睦仁親王を殺害して大室寅之助を据えた。だから明治憲法に「天皇は神聖にして侵すべからず」不敬罪を入れたのである。」


 このつぶやきのどこがカビか?
 といえば、事実問題と、統治思想(理念)の問題を区別していません。
 明治天皇が摩り替わった、というのは、事実問題です。実際にあったのかどうか?

 明治天皇のすり替え問題は、孝明天皇の死の問題と結びついています。
 あまりに都合がいいときに死んだ孝明天皇。
 誰にとって都合がいいか?
 もちろん、開国に大反対だった孝明天皇がいなくなれば、せいせいと開国に転向出来る薩長です。そこで明治維新が起きて、明治天皇の時代となりました。
そこで、明治天皇とは誰だったか、という問題が出てくるわけですが、これは事実問題です。
 これは、歴史家たちの関心をそそるでしょうし、重要な問題です。ここにカビは、はえていません。

 カビが生えているのは、明治天皇が誰だったかによって、日本の統治方法に影響が出るかもしれない、という示唆。
 そんなことで、日本国の統治方法が影響を受けてたまるか、としましょう。
 実際、自然理性の社会になれば、そんなことはまったく関係なくなります。

 すなわち、明治天皇が誰だったか、という問題を統治問題と結びつける発想がカビが生えているところです。

 しかし、21世紀の日本人のほとんどが、まだこの言論パラダイムの中で動いています。
 不比等戦略よ、永遠なるかな、です。
 ハレルヤ、藤原不比等!!

=転載終了=

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http://www.uedam.com/rituteigi.html
「律令理性を定義する」

=転載開始=

律令理性を定義する、その3
投稿者:ウエダ 投稿日:2012年10月18日(木)15時13分22秒

こんにちは、皆さん、植田です。

 律令理性の定義、その3です。

 新井信介さんが、村田光平氏の「日本病」説を紹介してくれましたが、新井さんのホームページの最新の話題の見出しにこうあります。

 「村田光平さんが、「日本病」について話している。「まず隠蔽し、次に先送りにして、そして、責任を負わない。それを私は『日本病』と言っている」
 http://www.k2o.co.jp/blog2/2012/10/post-782.php


 ここを見て、定義その3。
 律令理性とは、主体になれない理性。だから、責任が取れないし、そもそも責任の主体者という意識が欠如。

 ここで、律令理性の定義を整理してみます。

 昨日書いたように、

 「1 律令理性とは、現実が直視できない理性。
 2 律令理性とは、人を個人にさせない理性。

  そして、3 律令理性とは、主体になれない理性。」

 このうち、3が核心です。
 律令理性とは、デカルトが開拓した近代西洋人の理性に対比する形で、私が案出したものですから、対比の核心は、彼らの自然理性の中核にあるのが「主体」ですから、その逆に、律令理性は、主体になれない、ということになります。
 この主体の問題を中核に据えると、1と2はここから派生する定義である、と言えるでしょう。

 だから、日本人の問題は、いつ、いかにして、個人として、主体になるか、です。
 律令理性では、どうしたって、対米従属からも、官僚従属からも、自立できません。
 基本が、主体ではないのですから、あまりにも当然のことです。
 その当たり前の結果として、常に「何々に」従属、という形になります。

 森有正の言う「二項関係」もここから出てきます。日本人の一人称主語の性格です。



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ヘルメス氏のつぶやきが面白い
投稿者:ウエダ 投稿日:2012年10月17日(水)18時42分26秒

こんばんは、皆さん、植田です。

 面白いツイッター・サイトを発見。
 ヘルメス氏。https://twitter.com/HermesTrism

 ヘルメスではなく、エルメスには、男性用のグッドな香水がありますね。
 私は自分ではつけませんが、人がその香水をそっと周囲に漂わせているのは好きです。

 で、この人のつぶやきです。ヘルメス・トリス・メギストス。古代エジプト文明の指導神。

 * 「Hermes ?@HermesTrism

 アジア人程フェラーリとサングラスが似合わない人種は居ない。」


 いや、時間の問題でしょう。
 律令理性人は、根性(精神構造)が基本的に奴隷状態ですから、ちょっと不自然になりますが、もうすぐ日本人も変わります。
 その前に、律令理性国家の日本の大崩壊がありますが。
 そんなに遠くありません、私は5年から10年くらいあたりと見ています。
 それだけ福島第一原発の4基は、放射能を放出してくれました。
 日本国を解体させずにはおかないでしょう。

 その後の日本に期待しましょう、皆さん。
 今は、じっとサバイバルのことだけを考えましょう。
 毎食のフードの選別との戦いです。


* 「Hermes ?@HermesTrism

 ヨーロッパの日本人に対する印象は、”常に集団移動”。アメリカのビジネスマンも同様。会議に呼んでも、なぜか日本人は一人で来ない。一人にならないまま家族の保護や友人達と集団で行動している為、メンタルが非常に幼くそれは芸術に対する趣味、嗜好のレベルの低さに現れている。」


 ベリー・グッド。
 日本人の集団行動は、ずっと前から言われていることですが、これも律令理性の定義になります。
 律令理性とは、人を「個人」にさせない理性である、としましょう。

 これで、律令理性の定義が2つできました。
 整理すると、
 1 律令理性とは、現実が直視できない理性。
 2 律令理性とは、人を個人にさせない理性。

 それぞれ、その理由を説明すると、長い物語になります。今は、定義だけにしておきます。


 * 「Hermes ?@HermesTrism

 日本、中国、韓国、台湾的な解法偏重試験では、頭の良さと言うより、勉強の”方法”がより重要となる。そういう面ではアジア圏のどの様な大学でも誰でも合格出来る様に解放されていると言える。」


 後半のところは、私には不明です。だからコメントはパス。(誰でも卒業できる、という意味でしょうか)
 前半がグッドです。
 前から思っているのですが、中国・韓国・日本の人たちの知は、基本的に、かつ根本的に儒教によって規定されています。これを離れて知を展開するのが、ほとんど不可能です。
 だから私は、日中の歴史理解とか、日韓の歴史理解など、1980年代頃からでしょうか、目にするようになりましたが、不可能だと思っています。
 これらの国の人々は、すべてが自然理性人にならなければ、対話など不可能です。

 だから、この3国の政府は、よくまあ「歴史を理解しあおう」なんて発想ができるのかと、こちらのほうに脅威を覚えます。
 そんなに簡単に人間の知の伝統が変えられるものか、と。

 ただし、マネー語は、万国共通です。
 マネーは、誰もが欲しがるもの。


 * 「Hermes ?@HermesTrism

 日本は見てて思うが、本当に資本主義を装った社会主義国であり、日本人のメンタリティーもまた社会主義。誰かが亡くなれば関係無い人々まで国民全体が騒ぎ、スポーツで誰かが金メダルを取れば日本全体がそのスポーツに嵌り、ノーベル賞を取れば関係の無い者まで含め国民全体が熱狂する。」


 このつぶやきは、日本人は集団行動人である、の一環です。
 集団行動人ですから、どうしてもそうなります。
 だから、日本人は、テレビ・コマーシャルとテレビ・プロパガンダで簡単に洗脳されます。
 放射能は安全だ、の魔法の笛で、集団として、まるごと、地獄に道連れとなりました。救いは、日本人がそのことに無自覚で、消えていくことです。「永遠のウソをついてくれ」「死ぬまでうそをついてくれ」と。それが現代の「ナミアミダブツ」です。
 「放射能は安全である」=「ナミアミダブツ」


 * 「Hermes ?@HermesTrism

 日本国外の報道では、日本はチェルノブイリの10倍以上の放射性物質に汚染される危険があり、東京は人が住めなくなると報道しているが、日本は恐らく何も報道していないのだろうな。」


 いや、これも、テレビ・電通帝国の報道から外に出れば、簡単に呪縛が解けます。
 しかし、東京圏の大半の人は、自分の身体の変調を通して、気がつくことになるでしょう。
 残念ながら、それだけ日本人は、学校教育を通して、自分の頭を使うことを放棄してきました。

 死ぬ直前に気がつくか、死んでも気がつかないか。
 これから、数年にかけて、ここがわかるようになりました。
 経験則のデータが得られます。


 * 「Hermes ?@HermesTrism

 中国ですら一部は儒教の酷さとそれが日本を破壊している原因だと言う事に気付いている。日本人は徹底した儒教信者。先輩後輩、目の上、目の下。権威と老人に意見しない等多くの有害思想を儒教が提供している。年齢に関わらず幼稚な餓鬼は何歳であれ幼稚な餓鬼。それは世界中どこでも変わらない。」


 ベリー・グッド。
 明治以来、西洋化の方針で生きてきたので、現代日本人は、自分がどれだけ儒教・仏教の思想で思考を形成しているか、まったく認識していません。
 これらに共通しているのは、人を「個人」にしない、という点です。

 仏教と個人、という問題は、もっと多くの言葉が必要です。
 仏教は、目指したポイントが儒教と違います。
 いや、元は同じだったのに、途中でズレた、といったほうがいいでしょう。

 このヘルメス氏、律令理性論から見ると、なかなかいいセンスをしています。
 ツイッター・リンクをシャッフルしましょう。



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Aさんからのメールがありました
投稿者:ウエダ 投稿日:2012年10月14日(日)12時36分4秒

こんにちは、皆さん、植田です。

 昨日、会員コーナーに書いた話題について、Aさんからメールがありました。
 こちらに転載させてもらいます。
 Aさん、よろしくお願いします。

 まず、私が書いた部分です。

 「律令理性を定義すれば、3.11以後を見れば明ら
かな通り、事実を直視できない精神、と定義できます。

 では、西洋人は、なぜ事実を直視できるのか?
 私は、西洋人が自然科学の立ち上げという事態に
帰結したように、事実とは何か、という問題に対して、
キリストを通して、長い訓練を経てきたからだ、と考え
ます。
 すなわち、キリストは人なのか、神なのか?」

 以上が、私が書いたところです。
 ここからAさんの素晴らしい日本史の解説が始まります。
 以下です。
 皆さん、じっくりと味読してください。


 「この事実を直視できない、とんでもない精神の淵源は、701年大宝律令のときからですが、
日本列島にすむ、一般住民に浸透したのは、国民教育が始まった明治になってからです。
(この部分は、今の人民中国による、「洗脳」と似ています)

 それでもまだ、明治のときは、「事実」を直視する精神が残っていましたが、日露戦争のあとにまず、戦争の実態を隠しだし、それでも、大陸への野心を拡大していくときに、天皇の位置づけを、より強い「現人神」にしていき、これに対する「思考」そのものを禁止し、日本人の事実無視 が、加速していきました。 そして、大本営発表です。

 本来、戦争に負けたのですから、その原因を追究するなかで、事実を直視する「思考」を喚起し、その主題は、「天皇」に向うはずですが、厳しい眼を向けるべき「天皇」とアマテラスについて、 戦後、日本国政府は、戦争の原因と、天皇の関与と責任を曖昧にしたまま、あえて放置します。

 そして、平和国家になったといって、日本国民には、官僚たちが敷いた経済発展路線の「枠組み」に埋没させ、そこでの思考は、ただただ、マネー中心になりました。
それが、占領国アメリカの思惑と一致し、日本国民は、「巨人・大鵬・卵焼き」のみです。
教育でも、この路線の中で、どの「枠組み」に入るか、ということのみに専心しました。

 今の日本には、憲法と議会制民主義で、国権の最高議決機関となっている「国会」よりも
上位に存在する、官僚たちが構成する「予定調和」機関が、存在します。

 彼らは、明治以来の旧華族と資本家家族、そして、官僚OBの利権(マネー)を護ることを
本義にしています。
この「予定調和」機関 が、シロアリの巣であり、これをどう切り崩すか?

 国家を「自分の蜜壷」と考える国民がいるうちは、どうしようもない。
そういう人間のみが、政治家になりたがり、また、そういう政治家を積極支援します。

 自公民のみならず、大阪の橋下も、大阪という縄張りでは、シロアリ退治しても、
国政(代表が、原発マフィア)を前にして、こちらの人間になりました。

 でも、まあ、 宇宙の摂理は「陰きわまれば、陽 転す」ですから、
 もう少しの辛抱と考えています。 それが、「ごまかし」が効かなくなる時。

 ただ、それが、放射能汚染の現実被害の顕現と一致なのが、
悲しすぎます。

 これは、大きな民族的な、天罰ということなのでしょうか。」


 以上です。
 Aさん、日本史の解説をありがとうございました。

 さて、3.11以後の日本の今の状況は、「天罰」か?
 私は、日本人に「試練」が与えられた、と見たいと思います。
 やはり、明治以来、先延ばしにしてきた日本の国家体制を、早く、今の時代にふさわしい「モダン」なものにせよ、という試練なのだと思います。

 伊藤博文は、その時代にすでに与えられたこの課題に取り組んだのですが、いかんせん、彼には、ほんのちょっとのイギリス留学での見聞と、律令理性の思想しかありませんでした。
 今の私たちには、西洋文明を吸収してきた150年の体験があります。
 ここを、これからどう生かすか、です。

 シロアリは、日本人が律令理性人である限りにおいて、そのポジションをキープできている、と私は見ています。
 だから、必死に、放射能の影響を隠しています。
 これから発生する放射能の実害が一般の日本人に周知されたら、律令体制が終わります。

=転載終了=  

  拍手はせず、拍手一覧を見る

コメント
 
01. 2013年9月30日 09:48:04 : y2D6eX286Q
http://www.uedam.com/sizenrisei.html

「自然理性論」

=転載開始=


自己利益の追求、続き
投稿者:ウエダ 投稿日:2012年12月19日(水)00時13分20秒

こんばんは、皆さん、植田です。

 各ツイッターを拝見していると、昨日の選挙の不正や、モジモジ氏の拘留の話題が多いです。
 私には、どちらも関心がありません。
 あしからず。

 それよりも、続きです。
 アングロ・アメリカン帝国は、なぜ自己利益の追求を正義と見なすか?
そこにはいかなる人間精神の秘密があるか?

ここのところの問題で、ヘーゲルの『歴史哲学』に出てくるヨーロッパ人による南アメリカと北アメリカ侵入の対比の説明を紹介しようと思ったのですが、さきほど『宗教哲学』を読んでいたら、古代ユダヤ人のカナン「占有」と、近代西洋人の「所有」の違いの説明が出てきました。
 これが面白いです。

 同じように、土地を所有するにしても、古代ユダヤ人がそうするのと、近代西洋人がそうするのとでは、思想に大きな違いがある、と。

 近代西洋人の所有の思想はこうです、

 「所有は個別的な個人のこの自由、すなわち人格性をその源泉とする。」『宗教哲学・中』岩波書店p.327

個人のこの自由、これを西洋人が獲得するのに、古代ギリシアで哲学が誕生してから、キリスト教を経て、2000年かかったのでした。この土台の上に、「自己利益の追求」の思想があります。これは、欲望の動因以上に、思想要因が大きいです。(ここの説明は、始めると、長くなります。)

 それに対して、古代ユダヤ人のカナンの土地の占有は、個人の自由の要因は皆無です。
 カナンの土地をユダヤ人の家族が占有するとき、

 「ここでは結びつける中間者、すなわち所有が脱落して、直接に占有が神の意志のうちに取り入れられる。」p.328

すなわち、古代ユダヤ人の土地所有の根拠は、土地の占有がそのままエホバの信仰の証(あかし)になるところにありました。

 「この占有とこの民族は同一であり、分離することはできない。神の民族はカナンを占有する。神はアブラハムと約束を結んだが、この占有はその約束の一面であり、経済的な特殊性のこの領域における肯定的な側面である。特殊的な占有と信頼・敬虔と、この両者は不可分である。
 これによって占有は1つの無限な、絶対的な正当づけを得る。この正当づけは神的な正当づけであるが、しかしこれは同時に律法的な法の形態を持ち、所有の形態を持たない。」p.327


このヘーゲルの説明から推理を進めれば、自己利益の追求とは、人格の成長を意味する、ということになります。
 いわば、ゲーテやヘーゲル時代のドイツで流行した「ビルドゥングス・ロマン」です。事業を展開することで富を蓄積することは、人格・教養の成長である、と。

 それにたいして、古代ユダヤ人の場合は、土地の占有は信仰の表明でした。
 この発想をちょっと代えると、ジョン・D・ロックフェラーの言葉になります。「富の蓄積は、信仰の証(あかし)。」初代ロックフェラーは、敬虔なキリスト教徒でした。

 さて、そうすると、日本人の所有観はいかなるものか?
東電の放射能に汚染されて、自分の田畑で農業ができなくなった人たちは、これからいかなる規模の賠償を要求するか?

その場合、日本政府がどちらの側に組するかで、裁判の結果は180度、異なるでしょう。
 現状はどうか、といえば、東電の敷地の外に出た放射能は、無主物という裁判所の判断です。
 どちらの味方か、明らかです。
 これが、律令体制です。


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「自己利益の追求」は善である、という思想の秘密
投稿者:ウエダ 投稿日:2012年12月18日(火)11時33分59秒

こんにちは、皆さん、植田です。

 きょうは変則的に自分の時間がとれるので、まずは、この時間に書きます。
 話題は、昨日の続きです。
 エコノミック・アニマルと、ホモ・エコノミクスの違い。

 きょうは昨日よりも、一歩踏み込んでみます。
 題して、「ホモ・エコノミクス」の概念の秘密です。

 エコノミック・アニマルのほうは、律令・経済体制の中で、残業時間に入っても、誰もが人の目を気にして、退社できない、というだけのものです。
 あるいは、長期休暇を取ることができない、と。
 なぜなら、日本の企業・会社もまた、日本人が構成する限りにおいて、「村」社会の秩序原理で動くから。
 本気にするもよし、ジョーダンでもよし。
 ここは今の話題の焦点ではない、ということで。
 というか、エコノミック・アニマルというのは、高度成長時代の物語でした。

 それよりも「ホモ・エコノミクス」という概念にある秘密、です。
 ここを解明してみましょう。

 ウィキペディアの説明がこうです。

 「経済人(けいざいじん)またはホモ・エコノミクス (homo economicus) とは、経済活動において利己的で(自己利益のみに従って)行動する完全に合理的な存在。実際の人間の行動を近似したモデル。」

 「アダム・スミスが考え出した人間のモデルは、ジェレミ・ベンサム流の功利主義の思想を経由し、さらにはウィリアム・スタンレー・ジェヴォンズらの影響をうけて、物欲の充足を利己的に追求する人間という考え方をうみだした。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%8C%E6%B8%88%E4%BA%BA


 もちろん、この説明が間違っている、というわけではありません。
 しかし、哲学思想的に見ると、これでは「秘密」が説明されていません。

 いかなる人間の思想も、哲学的に見れば、人間の精神の表現です。精神のある状態の表現、です。
 秘密とは、この精神の状態を明らかにして、これと、「自己利益の追求」という欲望がいかに結合するか、です。
 すなわち、自己利益の追求という欲望の部分と、それを正義(経済学上の合理的仮説)とみなす精神状態の部分を切り離すこと、これが秘密を解明するということです。

 「ホモ・エコノミクス」の概念の定式化が始まるのは、アダム・スミスに先立つジョン・ロックです。
 ここのところを憲法学者の樋口陽一氏が見事に説明しました。

 「1689年権利章典は、《聖俗の貴族および庶民》の《古来の権利と自由の確認》という古色蒼然とした定式を採用しているのであるが、それを画期として始まろうとする近代立憲主義の論理を見事に体系化したのは、ロックだっだ。彼はみずから名誉革命の合理的説明を提供しようとするものであることを明記して世に問うた『市民政府論』(1690年)は、身分制的自由を論ずるのではなく、諸個人の不可譲の《property》(生命、自由、そして自分にproper[=固有]な労働力の所産であるからこそ不可譲とされる財産)から、すべてを説き起こしたのである。
 いってみれば、イギリスの憲法体験は、ロックの体系的・合理的な説明をなかだちとすることによってこそ、世界にひろがった。」『自由と国家』岩波新書p.43

 その通り。
 ゆえに、ジョン・D・ロックフェラーの信念も生まれてきたのでした。「神は私に金儲けの才能を与えてくれた」と。
 ロックフェラーのようなキャラクターが出現できたのは、ジョン・ロックの定義があったればこそでした。アングロ・アメリカン帝国の世界では、その定義は、今も効力を発揮しています。

 さて、私たちは、その定式化のどこが間違いか、といきましょう。
 ロックは、どこで間違えたのか、です。

 経済学の側面では、今では簡単に説明されます。
 ロックは、労働価値説の提唱者です。
 物に価値(価格)が発生するのは、その物を獲得・生産するために費やされた労働(量)である、と。
 それに対し、現代経済学の価格決定の定義は、一般的に、需要と供給の関係です。費やされた労働力の量ではなく、物の希少性です。
 消費者が欲しがる物(商品)が豊富にあれば、価格は下落し、逆なら、高騰する。
 市場に並んでいる商品の価格は、常に、この需要と供給の均衡点である、ということになります。

 というわけで、現代経済学の価格の決定論から見ると、ロックの労働価値説は成り立ちません。ロックは、産業革命の直前の人でした。

 しかし、アングロ・アメリカン帝国では、自己利益の追求は、その正しさを誰もが疑うことができない自明の原理です。
 なぜか?

ここの秘密をヘーゲルが説明しました。
 続く。



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啓蒙運動は、ヨーロッパ人の自然観・世界観をいかに変えたか
投稿者:ウエダ 投稿日:2012年11月12日(月)22時52分41秒

こんばんは、皆さん、植田です。

 プリンストン大のジェレミー教授によるネット講義のエッセイ課題の締め切りがあさっての午前8時なので、その準備をしていました。
 三択のうち、私が選んだ課題は、「どのように啓蒙はヨーロッパ人が世界と文化を見る方法を形作ったのか?」

 実に素晴らしい課題です。
 これを考えるだけで、「モダン世界」のことがわかります。

 もちろん、日本人が日本国内でこの課題に取り組むことも出来ますが、その場合は、「しょせん、私たちには関係のない、外国の出来事さ」という思いが、どうしても意識の根底にうづまいてしまいます。日本人であれば、どうしてもそうなります。

 一方、プリストン大の歴史学の講義を通すと、それが、現実と直結します。
 「それは、まさに、今の私たちを作った思想であり、今がそれだ」と。
 事実、ジェレミー教授が言うには、「私たちはすべて18世紀の啓蒙運動の子供である」。
 もちろん、私たち日本人にとっては、「彼ら」のセリフです。

 しかし、それにしても、実に面白いです。
 何が面白いかというと、話を始めると、長くなるので、1つだけにします。

 律令理性論を説明する文章には、どうしても、用語の説明がいります。
 律令理性。
 自然理性。
 聖霊理性。
 これらの用語の説明です。

 このうち、自然理性とは何か、を、啓蒙運動がズバリ、説明してくれることがわかりました。
 私がイメージしていた「自然理性」概念にぴったりでした。
 自然の認識も、理性の認識も。

 これ以上のことは、会員コーナーにて。

 で、本日の放射能、ツイッターの話題はありません。
 啓蒙思想の問題に浸っていたら、それらがどうでもよくなりました。
 どうせ日本人は、人口が激減するまで、変わるまい、です。
 何を、どうつぶやいても、無駄です。


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「歴史観」に体系性はあるか?
投稿者:ウエダ 投稿日:2012年10月20日(土)14時57分21秒

こんにちは、皆さん、植田です。

 ヘルメスさんのツイッターから。https://twitter.com/HermesTrism

 * 「Hermes ?@HermesTrism

 アメリカの大学生向け教科書と違い、ヨーロッパの一部もだが、日本の教科書はほとんどの知識が体系的に並べられていない。つまり、知識が単独で与えられそれらが有機的、体系的に生物や物理、数学、政治学、地質学、地政学等を含め繋げて提示されていない。アメリカもまだまだだが、日本は論外だ。」


 ツイッター・つぶやきに欠点があるとすれば、文字数が制限されているせいか、文章の意図がよくわかりかねることです。
 いま引用したつぶやきは、非常に重要なことを述べていると私には思えるのですが、しかし、いまいち、解読しかねます。

 そこで私なりに要約すると、日本語の大学のテキストは、体系的でない、と。
 これだけに要約してみましょう。
 このことに気がついたのは、ヘルメスさんの海外体験です。

 で、私は、今、プリンストン大学のジェレミー氏の「ワールド・ヒストリー」のネット講義を聞いているのですが、まだ3分1のところのでの感想では、その体系ぶりに大いに感心しました。

 歴史といえば、日本人には、普通は「年表」による出来事の年代順の羅列です。
 歴史の勉強とは、出来事と、その年を暗記することです。
 これで、たいていの若者たちは、歴史嫌いになります。

戦前は、違いました。
 戦前の場合は、皇国史観の押し付けでした。
 「万世一系」史観の強要でした。

 マッカーサーは、天皇の上に立つ最高司令官の権限をもって、日本人に歴史の教育を禁止しました。そんな史観を教えるから、日本人は「軍国主義者」になってしまったのだ、と。
 だから、直接の原因を指摘するとすれば、戦後の日本人の歴史観が単なる出来事の暗記になってしまったのは、マッカーサーの「してやったり」です。

 ここで疑問が出てきます。
 それでは、日本人は戦前に戻ればいいのか? そうすれば、日本人の歴史観にも再び「皇国史観」という体系性が取り戻せるから、と。

 私の考えでは、ノー、です。
 戦前の史観に戻るくらいなら、バカバカしい戦後のテキストのほうがましです。
 日本人は、歴史について、体系的な見方を持たないほうが良い、と。皇国史観によって、また不比等戦略の見方の囚人になるよりも。

 しかし、これでは、ヘルメス氏が警告するように、体系性をもって世界史を見ている現代の西洋人に対して、日本人は対抗できません。
 さて、どうするか?
ここが、私たちが考えるべき問題です。

 解答を探すのに、2つの方向があります。
 1 過去・現在はどうなっているか、との認識を得ること。この点では、日本人には、皇国史観しかありませんでした。1999年に西尾幹二氏が『国民の歴史』という大ヒットを飛ばしましたが、皇国史観の代用には成りえていません。

 2 これからどうすべきか?
 将来の歴史は、「ケセラセラ」とするか。
 それとも、私たちが将来のビジョンを投射して、そこに向けて私たちは前進するか。ジョン・レノンの「マインド・ゲーム」のように。

 それともう1つの方法は、他国の人たちが持つという体系性の、その内容はどうなっているか?を研究することです。
 たとえば、プリンストン大学が提供する「ワールド・ヒストリー」はいかなる体系性を持っているか?

私の感想は、疑うことなく、現時点における最高の「ワールド・クラス」の歴史観を提供している、となりました。テキストの題名にあるように、「WORLDS TOGETHER WORLDS APART」
 ヘーゲルの歴史哲学がフランス革命で終わったすれば、その後に出てくる「ワールド・ヒストリー」は、これしかないだろう、というものです。
 ただし、シュタイナーの「オカルト・ワールド・ヒストリー」は別です。これだけは、完全に別格です。(ちなみにオカルトをサイエンスと対置しているような、現状のオカルトに対するコモン・センスのところでは、真面目にオカルトを話題にすると、骨折り損になります。)

 で、ジェレミー氏の講義のなかから、体系性について、一点。
 西洋人が「知の体系性」を最初に打ち出したのは、ディドロ、ダランベールたちの「百科全書」の登場のとき。人間が認識し得るすべての領域の知識を1つの知の中に集めることを始めた。
 このことは、西洋人がついに全世界を西洋文明の支配下に置き始めた時点に一致する、と。

 なるほど、です。

 さて、そういう「ワールド・ヒストリー」を常識として持つ現代西洋人に対して、「年表」歴史観しかない戦後日本人が太刀打ちするには、どうしたらいいか?
これはもう最初から、負けが明白である、と。

 たとえば、たった今のTPPと、19世紀前半に中国(清王朝)で起きたアヘン戦争に到る西洋人の自由貿易(フリー・トレード)のどこが違うのか、と。もう200年前に起きていたではないか。
等々。

 戦後世代の歴史観の欠如は、深刻です。
 マッカーサーの言う「悪いが、日本人の魂を抜いておいたから」ですよ、これは。


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金子勝氏のツイッターから
投稿者:ウエダ 投稿日:2012年 7月26日(木)20時14分1秒

こんばんは、皆さん、植田です。

 金子勝氏のツイッターから。
 http://twitter.com/masaru_kaneko

 * 「金子勝?@masaru_kaneko 2012.7.26

 昨日、東電の電気料金を認可した。これで月末に資本注入が終われば、全て事故責任を国民負担に転嫁できる。政治家・官僚・財界のリーダーは責任を全く取らず。これからどんな政策決定をしても責任を取らなくていいから、何でもありになり日本が壊れます。」


 いや、日本が壊れるというより、律令理性国民の我慢大会です。
 どこまで律令の民は我慢できるか?
 その我慢度には、限界はないのか?

 だから推進派は、革命が起きるまでは、律令体制を続けます。
 体制の支配層にとって、こんなにおいしい体制はありません。
 原発事故など、まったく無視できるのが律令体制なんだぞ、と。負担はすべて国民に押し付ければいいのだから。優秀な国民は、どこまでも言いなりになってくれる、と。

 もちろん、律令体制は原発推進派が構築したものではありませんが、実にうまく、この体制の運用方法を心得ています。
 その秘訣は、国民の「お上信仰」を利用し尽くせ、です。
 このお上の頂点に君臨するのが、「東大」ブランドです。
 東大、という名前が出ると、戦後の学校教育卒の日本人だらけになった今の時代、誰もそれだけで黙ってしまいます。

 せいぜい、オノデキタ氏や早川由紀夫氏が、なんとか自由闊達につぶやいているくらいです。この人たちも東大卒なので、東大ブランドが水戸黄門の印籠のように作用しません。
 それと、すでにあの世に行ってしまった感のある東海アマ氏も「オラは死んでしまったダア」のポジションをうまく使っています、世俗的知恵者です。
 東大卒ではない圧倒的多数の日本人が、「東大ブランド」に沈黙しなくなるまでは、推進派の天国は続くでしょう。

 まあ、当分、そんな日は来ません。
 東大ブランドの没落は、推進派の没落よりも、時間がかかります。
 東大は放射能を出しませんから。

 その一方で、明るいのか、明るくないのか判断が出来ないニュース。

 * 「金子勝?@masaru_kaneko

 山口県知事選で飯田哲也候補が奮戦しており、少しずつですが、勝利の可能性が出てきたと報じられています。、「保守王国」山口で脱原発候補が勝利し、上関原発を差し止め、再エネによる地域分散型エネルギー革命が実践されればすれば、政治は大きく変わる。」


 私は、飯田氏についてまったく言及したことがありません。まったく知らない人です。
 だから、明るいニュースなのかどうか、まったくわかりません。
 この人が、民主党でないと、誰が言えるのか?
 すなわち、選挙中は「脱原発派」、当選後は「推進派」にコロッと変わらないと、誰が言えるか?

 今や、候補者の誰をも信頼できなくなった戦後日本のデモクラシー選挙です。
 それでも、選挙を通してしか、政治を変えることができません。
 官僚は選挙にはまったく作用されませんから。

 ちなみに、金子勝氏は嘆くだけの人です。
 「歎き節」が売りの学者さんです。
 時代の転換期には、こういう人も必要なのでしょう。
 もちろん、東大卒です。

 戦後の日本社会は、「東大卒でなければ、人にあらず」、の世界です。
 昭和天皇の「人間宣言」があったので、戦後の日本人には権威のシンボルとして、「東大」しかなくなった結果です。

 いや、私は、東大ブランドが悪い、と言ってるのではなく、今の日本人には、アイデンティティーを支える精神的支柱が、これしかなくなってしまった、ということです。
 なぜそうなるのか、といえば、日本人には、知と意識が一体になっているためです。

 これを逆に言えば、知と意識が分離できたとき、日本人の精神は、自立します。
 ちなみに、ヘーゲルの哲学は、意識の問題に特化された思想です。しかしそのことを論じるのに、知が必要となる、という関係です。
 つまり、人間の精神にとって、主体となるのは、知ではなく、意識である、ということです。

 あっ、自然理性の秘密を書いてしまった。


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リン・ハント教授のジョン・ロック論
投稿者:ウエダ 投稿日:2012年 7月16日(月)08時51分8秒

おはようございます、皆さん、植田です。

 今朝も話題を一つ。

 ここのところ、毎日ツイッターを見るのが私の大きな楽しみになっているのですが、昨晩は、少しばかりあまりのネガティブさを敬遠したくなりました。
 やれどこで人が死んだ、それ次は病人だ・・

 今の日本社会を見ていると、まるで「核戦争後の世界」です。
 放射能だらけで食べるものがない、
 児童は、放射能通学路に放射能校庭で、安心して通学できない、
 きのうはここで地震、きょうはあそこで地震、あしたは官邸直撃か、・・

 というわけで、気分を変えるために、9月から始まるネット・プリンストン大学・世界史講義に備えて、耳の練習をすることにしました。
 講師は、ジェレミー・エデルマン氏。すでにネットに講義コースの紹介が出ていました。過去の分だろうと思います。
 http://www.youtube.com/watch?v=lNP8w6b217I&feature=related

 この人の講義はこれからたっぷり聞くことになるので、今は敬遠して、UCLA・バークレーの歴史学講義を聞きました。
 この女性講師が熱弁を振るっています。プロフェッサー、リン・ハント。

 飛び飛びで拝見したのですが、6回目でフランス革命を論じています。
 15分ほど拝見したのですが、ベリー・グッドでした。

 次いで、2回目。
 啓蒙運動がテーマでした。
 デカルト、ガリレオ、ニュートンの意味。
 素晴らしい!!
 http://www.youtube.com/watch?v=1OqaLL_DMaU&feature=relmfu

 そして、ジョン・ロック。
 リン教授が言うには、「ヒーロー、ジョン・ロック」と。
 なるほど、英語語圏の人たちには、ロックは今もヒーローです。
 まあ、私が何度もこの掲示板で書いてきたことですが、立証されているなあ、と思った次第です。
 もちろん、ロックの思想の説明もしっかりありました。

 「ロックの著作で最も重要なものは何か。『政府市民二論』ではありません。人間の知性についてロックが書いた本、『エッセイ・コンサーニング・ヒューマン・アンダースタンデイング』です(人間知性論)。
 ロックは何を述べたか?
 人間は生まれたときは白紙。人間の知識は、生まれてから後で獲得され、形成される。すなわち、エデュケーション(教育)。両親がどうであるか、ではなく、教育によってのみ、人の知識は形成される。ロックはこのことを17世紀に述べました。以後、ロックの考えは英語語圏に普及しました。今もそうです。」


 はい、そうですね。
 ロックに関して、これまでに書いてきたことを訂正する必要はないな、と私は思いました。

 それにしても、対米従属がどうしたこうした、という日本語言論を聞かされた後にこういうアメリカ国内の言論を耳にすると、何と言いますか、ホッとします。
 この際、いっそのこと、日本も正式に合衆国の一つの州になりますか。
 そうすれば、日本も晴れて「ワールド・エンパイア」の一つになります。周辺国ではなく、その中の国に。

 なんてことを思うのですが、しかし、そうすると、何がアメリカ合衆国と日本国を区別するのか? と疑問が出てきます。
 日本人の大多数は、そのようには望まないでしょう。
 日本人が日本に固執するのは、歴史か?
 では、歴史とは何か?

 というわけで、プリンストン大学の歴史学を、一度、通して聞く必要がある、と考えたのでした。
 9月から始まります。

=転載終了=


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