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昭和天皇の発言記録 ホイットニー文書 マッカーサーの腹心 1978年に機密解除 (nueq lab)
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/782.html
投稿者 五月晴郎 日時 2013 年 11 月 08 日 13:57:01: ulZUCBWYQe7Lk
 

http://nueq.exblog.jp/20875307/

=転載開始=

ホイットニー文書

この文書は、昭和天皇ヒロヒトが占領軍司令部に対し表明した見解の要約が全編にわたり記された、「極秘」扱いの、英文三頁以上にわたるメモランダムである。1946年4月から6月の間に、東京駐在の国務省員によって作成され、マッカーサーの腹心であったコートニー・ホイットニーの私物として保管された後、1970年代前半にヴァージニア州ノーフォークのマッカーサー記念館に寄贈され、1978年に機密解除されている。


出典元:全共闘会議
http://zenkyoto68.tripod.com/CourtneyWhitney1.htm


           ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆


ホイットニー文書
【以下がヒロヒトの発言記録(1946・4〜6)】

二、三週間前に占領が長く続くべきであるとの希望を述べた根拠を説明したい。日本人の心には未だ封建制の残滓が多く残っており、それを眼こそぎにするには長い時間がかかるだろうと感じている。

日本人は全体として、自己の民主化に必要な教育に欠けており、さらに真の宗教心にも欠けており、そのため一方の極端から他方の極端へと揺れやすい。日本人の封建的特徴の一つは、進んで人に従おうとする性格にあり、日本人はアメリカ人のように自分で考える訓練を受けていない。

徳川政権は、民は指導者に従うべきであり、そのため忠誠心以外はいかなる道理も与えられてはならない、という論理のうえに築かれていた。かくして、平均的な日本人は、自分で考えることにおいて昔からの障害に直面している。かなり闇雲に従うという本能によって、現在、日本人はアメリカ的な考えを受け容れようと熱心に努力しているが、例えば労働者の状況を見れば、彼らは自分本位に権利ばかりに注意を集中し、本分と義務について考えていない。

この理由は、ある程度、長年の日本人の思考と態度における氏族性に求められる。日本人が藩に分割されていた時代は、完全には終っていない。平均的日本人は、自分の親戚はその利益を追求すべき友人とみなし、他の人間はその利益を考慮するに値しない敵と考えている。

日本人の間には宗教心が欠如している。私は神道を宗教とは考えていない。それは儀式に過ぎず、合衆国では甚だ過大評価されてきたと考えている。しかし、たいていの神道信者は超保守的で、彼らと、神道と超国家主義を同一視していた復員兵とその他の者は、しっかりと結びつく傾向を持っているので、依然として危険な面がある。政府は、信教の自由に関する命令を厳守する立場にあり、現在彼らを取り締まる手段を持っていないために、こうした状況は危険だ。神道を奉じる分子とその同調者は反米的なので警戒を要すると考えている。

以上のようなことから、私は今は日本人のもつ美点を述べている場合ではなく、むしろその欠点を考える時だと感じている。

私は、マッカーサー元帥と元帥の行っていることにたいへん大きな感銘を受けている。また、対日理事会におけるアメリカの態度にとても感謝し、それが安定効果を持つと感じている。

しかし、私は今、この国の労働状況をかなり憂慮している。日本の労働者は、物事を真似する事において、義務を等閑にして自分の権利を利己的に追求しやすく 、米国のストライキから有害な影響を受けるので、米国の炭坑ストが速やかに解決するよう希望している。

自分の治世に与えられた名前 ―昭和、啓発された平和― も今となっては皮肉なように思えるが、自分はその名称を保持することを望み、真に「煌く平和」の治世となるのを確実にするまでは、生き長らえたいと切に願っている。

私は鈴木(貫太郎)提督の被った損失に心を痛めている。鈴木は、降伏準備のための内閣を率いるよう私が命じたのであり、海軍の恩給ばかりでなく、それは理解できるにしても、文官としての恩給までも失った。彼は侍従長を長く勤め、そして降伏準備の任務をよくこなした。彼の提督という階級と戦時の首相という地位が追放に該当するのは当然としても、彼は、皇室に仕えていた地位の恩給の受け取りも現在停止されている。私は、鈴木提督個人のためだけでなく、このような価値剥奪が日本人に理解されず、占領軍の利益にも日本自身の利益にもならない反米感情をつくり出すという理由から、不安を募らせている。


           ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

出典元の全共闘のHPには、

  日本の歴史上これ程卑劣な証言をした男がいただろうか?

  天皇ヒロヒトのこの言い草には唖然、呆然とするしかない。
  それにしても、何という言い草か。
  自国民310万人の命を奪い、
  2000万人以上に上るアジアの人たちを殺した
  侵略戦争の最高責任者としての自覚がないばかりか、
  戦後に至って尚国民を売り渡し、形振りかまわぬ自己保身に終始している
  余りにもおぞましい姿がこの文書から読み取れる。
  このような男の影響下にあった者たちが、
  いまもあの戦争を侵略戦争ではないと言い張り、
  侵略殺人を正当化する暴言を吐き続けている破廉恥行為は当然と言えばいえる。
  家族を殺された者にとっては遣り切れない、許し難いことである。


と、感想を書いていますが、感想文の部分には同意するものの、総体的には同意しかねると云う立場です。
「 太平洋戦争は帝国陸軍 vs 天皇・海軍+アメリカの戦争だった! 」で書いたように、日本人の誰がどのように第2次世界大戦の回避措置を執ったとしても、より大きな網が幾重にも用意されてるので第2次世界大戦への参戦はいずれにしても不可避だったでしょう。 それは、現状においてTPPへの参加を回避することが不可能であることと実は相似象なのです( しかしそれでも、ひっくり返す方法は実はある! )。

昭和天皇ヒロヒト発言に戻ると、ここに書かれていることは、まさに今のニッポン人そのままでもあります。 70年を経て、まったく進化してないニッポン人。 どころか、より退化・退廃してるのが現状と云えるでしょう。


    あなたの思考・思念・感情のパーツはどこから来てますか?


そのパーツが、歪曲・捏造・虚偽・洗脳されたものであったなら?
当然、そこから組み立てられる思考・思念・感情は、
歪曲と欺瞞に満ちたものにならざるを得ません。

みなさん、自分の思考・思念・感情のパーツを一つづつ確認してみましょう!

キーワードは

    第一次情報にアクセスする。

です。
孫引き・10番煎じの論調をそのまま鵜呑みにしてる人物を多く見かけます。
ってより、ニッポン人のほとんどがそんな洗脳に麻痺されてしまっています。

そして昭和天皇が上記に述べてるように

    自分で考える

訓練をしましょう!

「 自分の頭で考える 」
これこそが、「 シオンの長老の議定書 」でも繰り返し警告されているように、アングロ・ユダヤ:ワンワールドが、「 ゴイム:非ユダヤ人=非支配者層 」に決して許してはならない行為なのです。
支配者が最も困ることなのです。
これを、みんなでどんどんやりましょう!!!


また、昭和天皇の発言の中で一番気になるのが

  @ 私は神道を宗教とは考えていない。それは儀式に過ぎず、

  A 〜 神道と超国家主義を同一視していた復員兵とその他の者は、
      依然として危険

   B 〜 政府は、信教の自由に関する命令を厳守する立場にあり、
    現在彼らを取り締まる手段を持っていないために、
    こうした状況は危険だ。

   C 〜 神道を奉じる分子とその同調者は反米的なので警戒を要すると考えている。


と云うくだり。
これは、本心なのか? それとも、GHQに対しての煙幕なのか?
本心であるなら 「 現人神 」 として奉られてきたご本尊だけは、その神道体系を頭から否定していたことになると云う、なんとも皮肉な状況が立ち上がってきます。
「 万世一系 」 なるものが大嘘であるのは当然として、天皇には血統と霊統があるとして来たその「 霊統 」すら否定する発言であり、日本列島のシャーマンとしての自覚がまるでなされてなかったということになります。
煙幕であるなら、それはGHQから質された「 神道 」なるものに関してのカモフラージュと云うことになるのでしょう。
GHQと神道と神社本庁の関係性については、

    初詣 二礼二拍手一拝のウソ
    http://nueq.exblog.jp/19766477/

を、参照して下さい。
A〜Cのくだりがこの部分と直結してきます。
昭和天皇は、警察の取調室で日常的に行われているような強制的自白+自白調書の強要の元にこの発言を行ったのか、或いは本心なのか?
今となっては闇のそのまた闇というところでしょう。
事情に詳しい方のコメント投稿をお待ちしています。


  ※ 8月21日 追記
  昨日UPした直後から気になってるのが、数行上に書いた 「 強制的自白 」。
  前文に

     この文書は、昭和天皇ヒロヒトが占領軍司令部に対し表明した見解の要約
     英文三頁以上にわたるメモランダムである。
     1946年4月から6月の間に、東京駐在の国務省員によって作成され、
     マッカーサーの腹心であったコートニー・ホイットニーの私物として保管された

  と、あるように、「 自白調書 」 として昭和天皇がサインしたものとは思われない。
  つまり、占領軍司令部がどのように内容を 「 編集 」 しようと、
  昭和天皇は預かり知らないということになる。
  日本人に関する分析は非常に素晴らしいが、
  これは昭和天皇とGHQの専門家の間で交わされた内容が
  昭和天皇の発言として要約されている可能性もある。
  「 要約 」 しない全文は何ページくらいあるのだろう?

  この 「 ヒロヒト発言記録 」 は、まさにアメリカの主張と方針そのもの
  であるとも云える。


下記にホイットニー文書:英原文を貼り付けます。
出典元:全共闘会議
http://zenkyoto68.tripod.com/CourtneyWhitney1.htm


           ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆


The Text of the Memorandum
[Verbatim reproduction of the original English typescript]

He said that the Emperor wanted him to explain the basis for the latter's remark of a couple of weeks ago that he hoped the Occupation would not be too short. The Emperor felt that there were still many remnants of feudalism in the Japanese mind and that it would take a long time to eradicate them. He said the Japanese people as a whole were lacking in education which was necessary for their democratization and also that they were lacking in real religious feeling and were accordingly easy to sway from one extreme to the other. He said that one of the feudalistic traits was their willingness to be led and that they were not trained like Americans to think for themselves. He said the Tokugawa regime had been built on the theory that people should follow their leaders and should not be given any reason therefor except loyalty. Thus the average Japanese faced a traditional handicap in trying to think for himself. With his instinct to follow rather blindly, the Japanese were now eagerly endeavoring to adopt American ideas but, as witness the labor situation, they were selfishly concentrating their attention on their rights and not thinking about their duties and obligations. Part of the reason for this stems from the long-standing habit of clannishness in their thinking and attitudes. The days when the Japanese people were divided into clans are not really over. The average Japanese considers his relatives as friends whose interests he would pursue, and other people as enemies whose interests do not merit consideration.

He said the Emperor had talked a great deal lately about the lack of religious feeling among the Japanese. The Emperor did not consider Shinto a religion. It was merely a ceremony and he thought that it had been greatly over-rated in the United States. It still had some dangerous aspects, however, because most Shintoists were ultra-conservative and they and ex-soldiers and others who had identified Shintoism with ultra-nationalism had a tendency to cling together. This was dangerous now the Government was without any means of supervusing [sic] them because of its strict observance under orders of the freedom of religion. The Emperor thought that the Shinto elements and their fellow travelers would bear watching because they were anti-American.

The Emperor felt that this was no time to talk about whatever virtues the Japanese people possessed but rather to consider their faults. Some of theirfaults were indicated in the foregoing general outline of the Emperor's thoughts which had brought him to the conclusion that the Occupation should last for a long time.

He said that the Emperor was very greatly impressed with General MacArthur and what he was doing. I said that General MacArthur was one of our greatest Americans who in his devotion to American and Allied interests at the same time, as the Emperor knew, had the best interests of the Japanese people at heart. I said that we Americans believed that Allied objectives for Japan were in the best interests of the Japanese as well as the world at large and we looked forward to the development of a democratic and economically sound Japan which would respect the rights of other nations and become a cooperative member of the commonwealth of nations.

In response to an inquiry in regard to reparations, I said that General MacArthur is extremely anxious to have this question settled as soon as possible so that the Japanese industrialists could get down to work and produce goods needed for the purpose of paying for imports of food and for consumption in this country. I said that the General and his staff were doing everything they could to hasten the achievement of economic stability in Japan and I added some remarks in regard to the industry and thrift of the Japanese people and the need that they exert their best efforts for improvement of the economic situation.

He said the Emperor appreciated very much the American attitude taken in the Allied Council, and felt that it had a stabilizing effect. But he was nowconsiderably worried over the labor situation in this country and hoped that the coal strike in the United States would be settled soon because the Japanese laborers, in their imitative way and in their selfish seeking of their rights without regard to their obligations, were being adversely affected by the American coal strike.

He said the Emperor had remarked to him several times that the name given his reign--Showa or Enlightened Peace--now seemed to be a cynical one but that he wished to retain that designation and hoped that he would live long enough to insure that it would indeed be a reign of "Splendid Peace".

He said that the Emperor was distressed over the loss by Admiral Suzuki, whom he had named to head the Cabinet to prepare for the surrender, of not only his Naval pension, which was understandable, but also his pension as a civil official. He had been Lord Chamberlain to the Emperor for a number of years, had done his job well in laying preparations for the surrender and, while his rank as Admiral and wartime status as Prime Minister naturally subjected him to purge, he was not prevented from receiving his pension due him from his position in the Imperial Household. The Emperor was perturbed not only for the sake of Admiral Suzuki personally but also because such deprivations, which were not understood by the Japanese, created anti-American feelings which were not in the interests of the Occupation or of Japan itself.

JOHN W. DOWER is Elting E. Morison Professor of History at the Massachusetts Institute of Technology and author of Embracing Defeat: Japan in the Wake of World War II
資料名
General Whitney to C-in-C, dated 24 April 1946
年月日
24 April 1946
資料番号
GHQ/SCA 民政局文書 GHQ/SCAP Records Government Section;Box No. 2225
所蔵
国立国会図書館
原所蔵
米国国立公文書館

           ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆


このホイットニー文書は、通りがけさんがコメントでご紹介いただいたものです。
素晴らしい資料のご紹介、ありがとうございます。

=転載終了=  

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コメント
 
01. 2013年11月08日 22:57:17 : UzyGjQajgA
極めてまっとうなご意見であると思います。(天皇陛下の言は)

何処に問題があるのか?

今も昔も政治的には天皇は「お飾り」にしか過ぎない。


02. 五月晴郎 2013年11月09日 23:39:12 : ulZUCBWYQe7Lk : HheoX6lPDE
>>1

生まれながら明治憲法の元首であった人ですから唯一人自由に思考出来る人だったのかしらん・・というのを差し引いても極めて怜悧ですよね。

或る程度の思考力のある人全てが自由に思考出来る環境であるや否や、これが鬼畜米英仏wと日本の違いではないでしょうか。


03. 五月晴郎 2013年11月09日 23:51:24 : ulZUCBWYQe7Lk : HheoX6lPDE
×生まれながら明治憲法の元首であった人ですから唯一人自由に思考出来る人だったのかしらん

○生まれながら明治憲法の元首であった人ですから(その時代に)唯一人自由に思考出来る人だったのかしらん

何故こんなことをわざわざ付け足して言うのかというと明治維新は江戸時代の人達によって成し遂げられたわけで、その人達は自由に思考出来たのでは?ということ、これが先ず一つ、あと、明治以降の薩長政府って・・の、この二つを言ってみたくてです。


04. 2013年11月30日 17:17:57 : oIjRF9fAyw
そもそも、明治維新からして 薩摩藩長州藩によってなされた事であり
朝廷自らがその力で日本国の支配権を取り戻した訳では無く、天皇など 薩長に担ぎ出されたに過ぎない

決して、君臨すれど統治せず という昔からの 朝廷による政治への距離感は 皇室の伝統とも言える
代々伝わる 「処世術」 と言えるのでしょう だから今日まで戦乱の世を渡ってこられたのです

比叡山を焼打ちし 女子供まで皆殺しにした あの織田信長でさえ、朝廷には手出ししなかった
政治に深く関わろうとしていたなら、間違い無く朝廷は 信長によって滅ぼされていた事だろう
いや、信長以前にも朝廷を滅ぼす存在は たびたび有った事だろう
戦国時代の頃の朝廷は 経済的にも悲惨なものだったと言う
京都御所はボロボロでも改修する金は無く、女官が秘かに夜鷹をして稼いでいたという

結局、「君臨すれど統治せず」 この処世術によって皇室は敗戦でも生き延びた訳です
本当に政治に深く関わっていたなら、財閥解体と同様 絶対にGHQは皇室を廃したはずです

ただし、天皇にだって戦争責任は大いに有ります
あの戦争を回避出来る”唯一の存在”が、天皇だった訳ですから 戦争を避けるべき責任は大きいものの
あの戦争は全て天皇が仕組んだものだ などと言う例の 「妄想カルト」 にも困ったもんです。


05. 2013年12月01日 21:06:16 : HheoX6lPDE
>>4

>本当に政治に深く関わっていたなら、財閥解体と同様 絶対にGHQは皇室を廃したはずです

うそはいけません。


(投稿者)


06. 2014年2月06日 16:56:13 : nNPddbW4SY

昭和天皇が日本を混乱なく降伏させ、武装解除する事が出来たと言うことは厳然た

る事実です。

戦争を始めるのは簡単だが止めるのはとても難しい。

イラクではフセインは降伏せず逃げましたね結局殺されましたが。

その後の混乱は現在も続いています。

降伏してどうなるなということなど、当時の日本では天皇以外は考えられなかった

でしょう。英明な支配者であったと言うべきでしょう。

今上陛下もその息子で、天皇になるべく育てられ、日本の良心とも言うべき立派な

方と思います。

皇祖皇統の代々の大御心を全く理解出来ない安倍のような者どもは爪の垢を煎じて

飲むべきでしょう。


07. 2014年2月06日 18:55:20 : hmqXSCJ6IA
そうだね。アメリカこそ英明な支配者だったということですね。

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