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幽玄の世界 _ モナリザは何故書き換えられたのか?
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/199.html
投稿者 中川隆 日時 2011 年 10 月 21 日 23:30:26: 3bF/xW6Ehzs4I
 

イエスが言った。

この世は橋である。 渡って行きなさい。
しかしそこに棲家を建ててはならない。


イエスが言った。
過ぎ去り行く者となりなさい。

Leonardo Da Vinci - Muovesi L'Amante
http://www.youtube.com/watch?v=ehF-Jiyi2GE
http://www.youtube.com/watch?v=QdB3Sil1CWQ&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=XUEKuhSIQTA


canzone di Leonardo (Жизнь Леонардо Да Винчи)
http://www.youtube.com/watch?v=3Y2G-XKkspM&feature=watch_response


Music of Leonard da Vinci ダ・ヴィンチの音楽〜アントネッロ
http://www.youtube.com/watch?v=kgEF5dEt3Rc

Leonardo da Vinci music
http://www.youtube.com/watch?v=8BxwsKtRdFs&feature=related

Leonardo: The music of Da Vinci

http://www.youtube.com/watch?v=JX3X_TQf2sA&feature=related

Leonardo Da Vinci - Obras-
http://www.youtube.com/watch?v=_hVYzORhgko&feature=related


ダ・ヴィンチ素描集
http://www.nicovideo.jp/watch/sm2684981

1.レオナルド・ダ・ビンチの生涯(1972)


監督: レナート・カステラーニ
音楽: ロマン・ヴラド
出演: フィリップ・ルロワ オッタヴィア・ピッコロ ジャンピエロ・アルベルティーニ

http://www.amazon.co.jp/%E3%83%80%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%81-%E3%83%9F%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%81%AA%E7%94%9F%E6%B6%AF-DVD-BOX-%E3%83%AC%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%8B/dp/B000BKJL9A

レオナルド・ダ・ビンチの生涯 ; 第一話
http://www.youtube.com/watch?v=NQNa0f8rY_I
http://www.youtube.com/watch?v=t7gkus23YQA&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=qz04lc8mkJI


レオナルド・ダ・ビンチの生涯 ; 第二話
http://www.youtube.com/watch?v=8ZIBe1xLWx4
http://www.youtube.com/watch?v=5F_4nqM4OcM
http://www.youtube.com/watch?v=Wz50g7pTnAs


レオナルド・ダ・ビンチの生涯 ; 第三話
http://www.youtube.com/watch?v=aeD0ja8o_E8


レオナルド・ダ・ビンチの生涯 ; 第四話
http://www.youtube.com/watch?v=dz25rJDG9Fw
http://www.youtube.com/watch?v=jB4LDXkfDDo
http://www.youtube.com/watch?v=b32Eixyv6do


レオナルド・ダ・ビンチの生涯 ; 第五話
http://www.youtube.com/watch?v=SIOw7Ver2uM

レオナルド・ダ・ヴィンチ vol.1
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11517993
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11518111
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11518175
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11518260
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11518298
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11518417
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11518496


レオナルド・ダ・ヴィンチ vol.2
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11530209
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11530335
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11530380
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11530428
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11530535


レオナルド・ダ・ヴィンチ vol.3
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11541240
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11541339
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11541407
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11541747
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11541546


レオナルド・ダ・ヴィンチ vol.4
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11551866
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11551964
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11552157
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11552253
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11541546


レオナルド・ダ・ヴィンチ vol.5
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11562693
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11562818
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11562916
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11563000
http://www.nicovideo.jp/watch/sm11563116


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   @゙!         |::              !::        ノ


レオナルド・ダ・ヴィンチ―神々の復活
メレシコーフスキイ (著), 米川 正夫 (翻訳)

http://www.amazon.co.jp/%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%80%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%81%E2%80%95%E7%A5%9E%E3%80%85%E3%81%AE%E5%BE%A9%E6%B4%BB%E3%80%88%E4%B8%8A%E3%80%89-%E3%83%A1%E3%83%AC%E3%82%B7%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%82%A4/dp/4309200915
http://www.bookoffonline.co.jp/old/0015277635


ダ・ヴィンチ物語
メレシコフスキー (著), 山田 美明 (翻訳), 松永 りえ (翻訳)

「天才」「異端者」「錬金術師」……。 ルネサンスの同時代人から様々なレッテルで形容された、孤高の天才芸術家レオナルド・ダ・ヴィンチ。

チェーザレ•ボルジア、マキャヴェッリ、ミケランジェロ……。 ルネサンスの偉人たちが、レオナルドの運命と交錯する! イタリア史を代表する数々の偉人たちに翻弄され続けるレオナルドの人生。繰り返される権力抗争、途切れることのない戦乱。
戦乱渦巻く激動のイタリアを彷徨い続けるレオナルドの人生。やがて再びフィレンツェの地を踏んだレオナルドは、そこで運命の女性と出会う。 天才芸術家を放浪の果てに待ち受けるものとは?

http://www.amazon.co.jp/%E3%83%80%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%81%E7%89%A9%E8%AA%9E-%E4%B8%8A-%E3%83%A1%E3%83%AC%E3%82%B7%E3%82%B3%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC/dp/4754220625/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1310089748&sr=1-2

http://www.amazon.co.jp/%E3%83%80%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%81%E7%89%A9%E8%AA%9E-%E4%B8%8B-%E3%83%A1%E3%83%AC%E3%82%B7%E3%82%B3%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC/dp/4754220633/ref=sr_1_3?s=books&ie=UTF8&qid=1310089748&sr=1-3


メレシコーフスキイは凄い。まるで見てきたように中世のことを書く。モナリザとダヴィンチの愛まで、見事に描かれてて、タイムスリップした気分だった。どこまで史実に基づいてるんだろう・・・・。


宗教感、芸術感、ルネッサンス期の政治・・・・


ラファエロとかミケランジェロとかのビッグネーム(?)が、ダヴィンチの敵としていきいきと活躍。

「マキャヴェリ」も当時は、変人扱いだったのね。中世って、ルネッサンスってこんな世界だったのかあ。美しかったり、残酷だったり。

http://laughlaughl.blog65.fc2.com/blog-entry-1884.html


Leonardo da Vinci: Mona Lisa e La Dama con l'Ermellino
http://www.youtube.com/watch?v=1Tsm9UFTNpU&feature=related


「白貂を抱く貴婦人」(1485〜90) ポーランド、チャルトリスキー美術館収蔵
            

この美しい絵を見た時、私は「奇跡」だと思った・・

その場からしばらく離れることが出来なかった・・

何度も何度も、角度を変えて、あるいは至近距離から遠方からと、様々な見方をした・・

目の中にこの絵を焼き付けておきたかった・・

そして、この絵を見ることが出来たことに心からの感謝と幸福を感じた・・

このように、上品で優雅な美しい絵に、これまで私は出会ったことがない・・

http://romamayumi.exblog.jp/tags/%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%80%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%81/


レオナルド・ダ・ヴィンチの「白貂を抱く貴婦人」は、昨年秋にNHKで特集したりしていてチェチリア・ガッレラーニの名前は大変印象的にインプットされていました。 ミラノの宮廷詩人ベルナルド・ベッリンチョーニという詩人が、この絵に捧げたソネットがあり、また、チェチリア自身がマントヴァ公妃イザベラ・デステと交わした書状の中で、レオナルドが描いた自身の肖像について触れた部分があるのだそうです。

もともとチェチリアは、ミラノの高名な家系の出身で、「花のように美しい」と称えられただけでなく、イタリア語で詩を読み、ラテン語で演説を奮ったという知性に富み、高度な教養を持った女性としてミラの宮廷に仕え、ミラノ公ルドヴィコ・イル・モーロの愛人となったそうです。

NHKは、その肖像画のモデルをしている間に二人の間に心の交流があり、肖像画が完成し終わった後、ダ・ヴィンチは、自分を非道に生家から追い出した継母を引き取ってやった、ということになるのです。それは、ミラノ公の愛を失って宮廷から追い出されるチェチリアに掛けられぬ思いを継母を引き取ることで慰めた・・・

http://www.geocities.jp/nemonchi2004/kanran020208.htm

ダ・ヴィンチが初めてチェチーリア・ガッレラーニに出会ったのは1484年だった。ミラノにあるルドヴィーコ・スフォルツァの居城スフォルツェスコ城に互いに滞在していたときのことで、当時まだ17歳の若く美しかったチェチーリアはルドヴィーコの愛妾で、楽器を演奏したり詩を書いたりする日々を送っていたのである。

この絵画でチェチーリアが胸に抱いているシロテン(オコジョが冬毛で白い被毛になったもの)が持つ意味について複数の解釈が可能である。シロテンはその毛皮が有力貴族や王族の衣装としても珍重されることから、所有者が上流階級であることを示唆し、その美しい毛皮が汚れるくらいならば死を選ぶとして清浄を意味するエンブレムともなっている。またシロテンは、1488年にアーミン勲章(Order of the Ermine)を受勲したルドヴィーコ個人を表す私的意匠 (en:personal device) でもあった。このようにシロテンは意図的に複数の役割を与えられており、さらにシロテンはギリシア語で「galay」で、これはチェチーリアの姓である「Gallerani」との語呂合わせである。

ダ・ヴィンチが描いた他の肖像画と同様に、この作品もひねられた三角形の構図で構成されている。チェチーリアが左側へ振り返った瞬間をとらえており、これはダ・ヴィンチが躍動感を表現するために終生もちいた手法である。モデルが斜め向きに描かれている肖像画は、ダヴィンチが発展させた数多くの絵画技法のひとつといえる。ルドヴィーコの宮廷詩人ベルナルド・ベリンオーニ (en:Bernardo Bellincioni) は、チェチーリアが誰かに話しかけられ、聞き入っているかのようだと表現した。

この作品はダ・ヴィンチが人体の構造を表現することに熟練していたことを示す絵画でもあり、特にチェチーリアの手指は非常に精緻に描かれている。爪、関節のしわ、さらには曲げた指の腱の輪郭までを描いている。ダ・ヴィンチは自身が描く肖像画を完璧なものにするために人物と動物の習作を数多く行っていた。


『ミラノの貴婦人の肖像』ルーヴル美術館(パリ), 1490年-1496年


『白貂を抱く貴婦人』は、ポーランドのアダム・カジミェシュ・チャルトリスキ公爵と、彼の公妃でチャルトリスキ美術館を創設したイザベラ・チャルトリスカとの長男として産まれたアダム・イエジィ・チャルトリスキが1798年に購入し、1800年にはポーランドのプワヴィにあったチャルトリスキ家コレクションに加えられた。絵画の右上隅には「LA BELE FERIONIERE. LEONARD D'AWINCI. (女性の肖像画、レオナルド・ダ・ヴィンチ)」という文字がある。これは、この絵画がポーランドに運ばれた直後に修復家が記入したものと考えられており、背景が黒く塗りつぶされる前に書き加えられたものである。

この絵画には所有者の記録といった来歴が残っておらず、ダ・ヴィンチの作品かどうかそれまで確認されたことはなかった。しかしアダム・イエジィは、この絵画がダ・ヴィンチのものであることを確信していた。ダ・ヴィンチの作品であるルーヴル美術館所蔵の『ミラノの貴婦人の肖像』はこの作品と非常によく似ており、アダム・イエジィは二枚の絵画のモデルが同一人物だと考えたのである。

X線や顕微鏡を用いた解析調査で、薄く描かれた下絵に滲み止めのチャコールが使用されていることが判明した。この技法はダ・ヴィンチが師であったヴェロッキオの工房で習得したものである。絵画表面に残っているダ・ヴィンチの指紋は、自身の繊細な筆遣いの跡をやわらげ、ぼかしたものにするために指も使ってこの作品を描いたことを示している。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E8%B2%82%E3%82%92%E6%8A%B1%E3%81%8F%E8%B2%B4%E5%A9%A6%E4%BA%BA

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2. モナリザは何故書き換えられたのか?

モナリザの背景と色
http://www.youtube.com/watch?v=TgQ6BHloees&feature=related

モナリザ 眉と色の復元
http://www.youtube.com/watch?v=8ySVmIRduP8&playnext=1&list=PL4DED2BB64AC6428D

モナリザ 場所 三次元CG
http://www.youtube.com/watch?v=jzi2v21Ilbc&feature=related

アイルワースのモナ・リザ(Isleworth Mona Lisa)
http://www.youtube.com/watch?v=BGt-7eFJbtE


−−レオナルド・ダ・ヴィンチは、ミケランジェロやラファエロとならび称される巨匠であり、いろいろな意味でルネッサンスを代表する人物といいうるであろうが、この画は彼がフィレンツェの富豪フランチェスコ・デル・ジョコンドの依頼をうけて、その妻エリザベッタを描いたものといわれる。「モナ・リザ」とは「わがエリザベス」という意味である。

イタリア人ポッジの調査によると、エリザベッタはフィレンツェのアントニオ・マリア・ディ・ノルド・ゲラルディニの娘で、この絵が描かれたのは、一五〇三年から足かけ四年ほどの間、彼女が二十四から二十七くらいの時だという。板に油絵具で描かれ、画面の大きさは七十七センチに五十五センチであるが、このような小品に、四年という歳月をついやして、しかもなお未完成であったというのは、おどろくべきことである。
かくも長期にわたって、モデルに同一の表情をとらせるのはほとんど不可能であるが、レオナルドはその問題を多少とも解決しようとして、アトリエに楽人、道化師らをまねき、エリザベッタの気もちをまぎらそうとつとめたという。

ところで、問題のなぞめいた表情であるが、この口もとがいくらかひきつったような特異な微笑は、ギリシアや東洋の古い彫刻にみられる、いわゆるアルカイック・スマイル(古拙的微笑)と共通したものがある。なぜこのような微笑があらわれたかについては、解釈がさまざまである。一説によれば、エリザベッタは当時子供を失ったばかりだったので、その悲嘆がおのずとあらわれたものであろうという。微笑の原因を画家自身に帰し、彼の人間観察の深さが、この複雑な表情をもたらしたのだ、とする説の方が有名なのは、いうまでもない。

レオナルドは、フランスのフランソワ一世にまねかれたとき、この画を持参したが、王はこれを四千エキュで買いあげ、フォンテンブローの城にかざったという。以後数百年の時の流れをへて保存され、現在ルーヴル博物館に陳列されているのであるが、たびたび洗浄をうけ、光沢ニスをかけられたりしたので、画面全体がこまかいひびを生じ、細部は洗い落とされてうすれてしまった。それにもかかわらず、というより、それゆえにますます、モナ・リザの微笑はふかみをたたえ、人間や芸術についてのなぞを問いかけてくるように思われるという。


  阿部知二他編『西洋故事物語』


−−すると、モンナ・リーザはまるで音楽で眠りを誘われて、静寂のために現実から隔てられたかのように、画家の意志以外すべてのものに何のかかわりもない、澄みわたった顔つきをしながら、神秘に充ちた微笑をもって、ひたと真正面に彼を見つめるのであった。それはちょうど静かで透明な、とはいえ深い水のような微笑であった。どんなに視線を凝らして、ためつすがめつ眺めても、底の見えない微笑、つまり、レオナルド自身の微笑と同じものであった。

 この時ジョヴァンニには、レオナルドとモンナ・リーザとが、互いに相反射しながら無限に深くなっていく、二つの鏡のように感じられた。

  メレシコーフスキイ 『レオナルド・ダ・ヴィンチ −神々の復活−』

http://homepage1.nifty.com/ckasa/mp/davinci20.html


−−「モナリザ」は、以前からレオナルドの倒錯した性的関心を表わす例だと言われてきた。一歩進んで、この作品はレオナルドの独創的な自画像だとする説もあった。そして最近、二人の研究者、アメリカのベル研究所のリリアン・シュワーツと、ロンドンのモーズレー病院のディグビー・クエステッド博士、がそれぞれ別々に、その説が正しいことを実証した。信じられない話だが、二人は高度なコンピューター「合成」技術を用いて、モナリザの顔が画家自身の鏡像であることを、疑問の余地なく立証したのである。現在トリノにあるレオナルドの老年期の自画像を「モナリザ」と重ね合わせたところ、顔面の主要な線、唇、鼻の頭、眉、目、がすべて完全に一致したのだ。

多くの人が、「モナリザ」をレオナルドの女性的側面の表われであり、他人には決して見せることのなかった抑圧されたアニマだと捉えている。しかし、この作品はむしろ、自画像を巧妙に偽装して最高傑作に仕立てるという、レオナルドの嗜好を示しているのではないか。また、レオナルドの男色趣味を示す証拠としては、彼が描いた春画も重要視されている。

「性的興奮状態にある両性具有者たち」を描いた一連のスケッチは、ヴィクトリア女王の時代に盗難にあい、最近ようやくウィンザー城の女王のコレクションに戻された(ヴィクトリア女王はスケッチの盗難を喜んだと伝えられる)。この絵には、レオナルドの両性具有者に対する執着が明白に表われており、その執着はあまりにも容易に、彼の病的で倒錯的でさえある性的欲望、そして彼の最も有名な自画像「モナリザ」にも見られる両性具有への強い興味に由来するものとされる。


  L・ピクネット+C・プリンス『トリノ聖骸布の謎』


レオナルドがフランスのアンボワーズで生涯を閉じた時、最後まで手元に残しておいた絵が、「モナリザ」、「聖アンナと聖母子」、「洗礼者ヨハネ」の3枚だといわれている。そして、この3枚の絵の人物ともに、両性具有者の謎の微笑をたたえているのである。
http://homepage1.nifty.com/ckasa/mp/davinci08.html

500歳「モナリザ」、健康に不安? 絵の状態調査へ

 パリのルーブル美術館は、所蔵するレオナルド・ダビンチの名作「モナリザ」の保存状態に「いくらか心配な点」が認められたとして、本格的な科学調査を始める。看板作品だけに、一般公開を続けながらの「健康診断」となる。

 16世紀初めに描かれたモナリザは、ほほ笑み続けて500年。同美術館によると、絵が描かれたポプラの薄い板(77センチ×53センチ)の変形が進んでいることが確認された。

 美術館の責任者はAFP通信に「湿度の変化に敏感な作品だとは分かっていたが、表面が凸状に反る度合いが一様でなくなってきた」と説明している。深刻さは「過小評価も誇張も慎むべき程度」という。仏美術館修復研究センターが板の状態を分析し、湿度や温度の変化にどこまで耐えられるかを探る。

 モナリザ本来の展示室である「国の部屋」は01年4月から改修準備に入っており、作品は現在、他作品と一緒に「ロザの部屋」で展示中。05年春にも改修工事が終われば、改めて200平方メートルの個室を与えられる。今回の科学調査の結果は、新たな展示ケースの空調などに生かされる。

http://homepage1.nifty.com/ckasa/mp/davinci21.html

−−1913年12月12日、盗難されて行方不明になっていた名画『モナリザ』が発見され、無事ルーブル美術館に戻されました。

レオナルド・ダ・ビンチ(1452-1519)の名作『モナリザ』が盗難されたのは1911年8月22日のことです。観覧に来た人が気付いて美術館の係員に通報しますが、最初は「スタジオにでも行ってるんでしょう」などという対応。本当に無くなっていることが分かって大騒ぎになるまでかなりの時間がかかりました。

国宝級の盗難とあって、大規模な捜査線が引かれましたが、これで思わぬとばっちりを受けた人物がいます。詩人のギヨーム・アポリネールです。彼は友人がルーブル美術館からしばしば小品を盗んで売りさばいていたことが分かり、共犯ではないかと疑われて逮捕され、モナリザのことについて厳重な取り調べを受けました。

その当の友人はまんまと逃げており、アポリネールも小品盗難とは無関係だったのですが、彼が逮捕されている間に、恋人の画家マリー・ローランサンの母親が「そんな人とは別れなさい」と言い出し、ローランサン本人もアポリネールに対して熱が冷めていたため、これが二人の破局につながっていきます。

『モナリザ』が発見されたのはフィレンツェでした。犯人はイタリア出身の木工大工で、ルーブル美術館の絵画の保護ガラスをはめる工事をしていた男でした。彼は「フランスに奪われたイタリアの宝をイタリアに連れ戻したのだ」と供述しました。

しかし実際問題として『モナリザ』はフランスが奪取したものではありません。レオナルドの弟子が、レオナルドの修行の地であるフランスの国王に贈ったものです。また、犯人逮捕後事件の背景も分かりました。『モナリザ』を盗ませておいて、その間に偽物をコレクターに売りつけようというグループがこの大工をそそのかしたものでした。しかし彼自身は分け前をもらっていなかったため、金に困って古美術商の所に持ち込み、これが犯人逮捕につながりました。

『モナリザ』の作者はレオナルド・ダ・ビンチはフィレンツェの近郊ビンチ村で1452年4月15日に生まれました。若い頃からその美術的才能を認められ、 1472年には画家組合に加入。1481年には大作「東方の三博士」の制作を始めますが、この作品は翌年ミラノに移動したため未完成のままになってしまいます。レオナルドはミラノのロドビコ・スフォルザの許に18年間滞在、ここで彼は美術だけではなく科学の研究も深く行います。
1499年フランスのルイ12世がミラノを攻略、ここがフランス領になってしまうと、レオナルドはミラノを去りいくつかの都市を経て1503年またフィレンツェに戻りました。『モナリザ』が制作されたのはこの頃で、1503年頃から1505年頃にかけて制作されています。ただしレオナルドはこの作品にかなり入れ込んでいて、この後何度も何度もこの絵に修正を加えているようです。

この『モナリザ』の制作が一段落した頃、彼はフランスの招きでミラノに移動、ここで晩年のほとんどを過ごすことになります。彼が亡くなったのは1519年5月2日フランスのアンボワーズ近郊クルーでした。

レオナルド・レオナルドはしばしば最後の万能人と呼ばれ、彼の業績は非常に広い分野にわたっています。以前全日空の飛行機の尾翼に描かれていた人力飛行機は彼が熱心に実験したものですが、彼はこれを使って崖から飛び降りて大けがをしたこともあります。

『モナリザ』は木の板に油絵で描かれています。このためこの絵の保存には湿度調整に非常に気を使います。この作品はルーブルから滅多に出ることはありません。海外に出たのはわずか2回で、1回が1963年アメリカ、もう1回が1974年4月20日日本の東京国立博物館です。

『モナリザ』のモデルに関しては、定説がありません。フィレンツェの有力者フランチェスコ・デル・ジョコンドの妻エリザベッタという説、ナポリのイサベラ・グアランダという説、などなど多くの説があります。中にはこれは女装したレオナルド自身ではないか、などという説まであります。

  「レオナルド・ダ・ヴィンチ」HPより
http://homepage1.nifty.com/ckasa/mp/davinci29.html

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3. 狂った常識 _ レオナルド・ダ・ヴィンチは本当に同性愛者?

 レオナルド・ダ・ヴィンチ(18)、ミケランジェロ(17)をはじめとするルネサンスの芸術家たちの多くが同性愛であることは、いまや秘密でも何でもない。もっともそのことを有名にしたのは、ヴィンケルマン(21)が『古代美術史』においてプラトニック・ラブ論をギリシア・ローマ・ルネサンスに初めてあてはめたからだった。

http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1137.html


レオナルドは1452年4月15日、イタリアのトスカーナにあるヴィンチ村で生まれた。生家は現存する。ヴィンチ家は13世紀より続くヴィンチ村では名の通った血筋で、父セル・ピエーロ・ダ・ヴィンチ (Ser Piero da Vinci) は公証人を務め、家は裕福であった。
母カテリーナ (Caterina) は農民あるいは木こりの娘といわれ、詳細は分かっていないが、ヴィンチ家に頻繁に出入りしていたとされる。父とカテリーナに婚姻関係は無い。しかし、「セル・ピエーロ・ダ・ヴィンチ」という名前が与えられたことと、祖父アントーニオの日記に生まれた様子が詳細に記載されていることから、私生児とはいえレオナルドが望まれない子供であった可能性は低い。カテリーナはレオナルド出産の数ヵ月後にアントーニオ・ディ・ピエーロ・デル・ヴァッカ・ダ・ヴィンチに嫁いでいる。父セル・ピエーロも同時期にフィレンツェ出身のアルビエーラと結婚した。

幼少期のレオナルドは、原因は不明だが正当な教育を受けず、自然とともに暮らしていた。当時から左手で鏡文字を書いたと言われるが、これは彼が読み書きの教育を受けなかったためともされる。この時期に、自由奔放な性格だったと言われる叔父から影響を受けたと指摘されている。彼の文字の癖は、父の公証人という仕事を継ぐことに大きな障害となった(当時、私生児は公証人になれないという規定があったため父の仕事を継げなかったという説もある)。

確証には欠けるが、レオナルドは14から16歳の間にフィレンツェへ移ったとされる。画家見習いとしてヴェッロッキョの工房に弟子入りし、ボッティチェッリらと共に学んだ。

• フィレンツェ時代の1476年、当時有名な男娼だった17歳のヤコポ・サルタレッリ (Jacopo Saltarelli) にモデルを打診したことから、同性愛者として匿名で告発された(当時のキリスト教社会では、宗教的謬見から同性間の性交渉が犯罪視されていたからである)。他の3人の若い男性とともに同性愛者として容疑がかけられたが、証拠不十分で放免されている。しかし以後、レオナルドと3人の男性はフィレンツェの夜の士官(ルネサンス期の風紀取締り役のようなもの)から監視を受けた[2]。当時は若者の間では同性愛は非常に進んだ考え方とされており、レオナルドがさほど特異な性的嗜好を持っていたとは言いにくい。しかし時代が下り、知名度が上がるに連れ、スキャンダル性を演出する逸話として時代背景を無視して盛んに語られるようになった。特に日本ではレオナルドは天才の代名詞として語られる一方で、その芸術については殆ど語られることが無いためこの傾向が顕著である。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%80%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%81


レオナルドは、生涯独身だったことはたしかなようです。

1476年、有名な男娼だった17歳のヤコポ・サルタレリにモデルとして連絡を取ったところ、同性愛者だとして匿名で告発されました。また、3人の若い男性とともに同性愛者として容疑がかけられましたが、証拠不十分で放免されています。

そして、レオナルドは美少年の弟子を採用していました。

しかし、ブラウンが「ダ・ヴィンチ・コード」の中で断定しているように、レオナルドが同性愛者だったという絶対的な証拠は存在していません。

http://www.marre.jp/davinci/faq/davinci3.html


Q: レオナルド・ダ・ヴィンチは同性愛者だと思っていたのですけど、スフォルツァ家のイル・モーロの愛人だったチェチーリアに思いを寄せていたということも聞きます。昔の芸術家ですので、安易には語れないと思いますけど、てっきり純然たる同性愛者だと思っていました。一般的にはどう言われているのでしょうか?


A: 真面目な研究では、普通の意味の純然たる同性愛者ではないというのが常識です。

レオナルド・ダ・ヴィンチは、生前から毀誉褒貶の激しい人で、彼を妬んで、おとしいれるために、同性愛者だと
告訴したり、デマを飛ばすものがいたのは、確かですが。

また結婚はしませんでしたが、女遊びしたり、恋愛したりは人並み以上に、してたようです。

ただ、同性愛的傾向が皆無かと言うと、プラトニックな女子同性愛者ということが想定されるそうです。

モナリザが女装した自画像と言う説にもつながりますが、レオナルド・ダ・ヴィンチは、男性とは、能力才能を通じた評価と交際しかできなかったのに対し、女性だけの場では無邪気な女子のように振舞ったと言われ、女性好きの女性的性格と分析する学者もいます。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q129112542

レオナルド・ダ・ビンチに隠し子? 2000.08.21
Web posted at: 2:55 PM JST (0555 GMT) ローマ(AP)

 イタリア・ルネッサンス期の芸術家、レオナルド・ダ・ビンチには、17歳の時に息子が生まれていたとする説を、地元の学者が発表し、論議を呼んでいる。 「レオナルドは同性愛者だった」というのが通説になっているだけに、子供がいたことが確かならば、従来のレオナルド像は覆されることになる。

「隠し子」説を主張しているのは、レオナルドの出身地フィレンツェにあるイデアル博物館の、アレッサンドロ・ヴェッツォーシ館長。

 1479年、ボローニャの王子がフィレンツェの名士ロレンツォ・デ・メディチに送った手紙の中に、フィレンツェの「レオナルド・ダ・ビンチ」なる人物が、「パウロ」という当時10才の息子を、「悪い仲間」から遠ざけるため、ボローニャに送ったと記述したくだりがあるという。

「人口わずか1000人の村で、メディチ家などの名家と親しかったレオナルドといえば、他に考えられない」と、同館長は主張する。パウロが生まれたとき、レオナルドは17歳だった計算になるという。

 同館長は、「もちろん、一件の文書だけで、100%決めつけるわけにはいかない」と語るが、一方で、レオナルドが子供と遊ぶ女性たちを描いたスケッチや、他の手紙などからも、「レオナルドは父親となった経験があるはず」と推測する。
 これまでの研究では、レオナルドに子孫はいないとされている。同性愛者だったと生前から噂され、1476年には異常性行為で裁判にかけられた記録もある。

http://zog-usa.tripod.com/reonald.htm

レオナルドはゲイといわれており、他の方もおっしゃっておられますが若い美少年の弟子がいたことも事実です。

ただ彼は男性だけが好きだったというわけではなく、バイセクシャル、つまり男性も女性も恋愛対象だったようです。実際に彼が娼婦と関係をもったという記述も残されています。

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この前テレビでやっていましたが、実際は秘密結婚していたという説が出てきています。出入りしていた城の姫と恋に落ち子供までいましたが許されざる恋のため、ホモというカモフラージュをしたという説です。


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少年〜青年を側に置いておく事自体は、普通のことで、必ずしも男色とは、限らないとも思いますが。

明智小五郎と小林少年のように、ない関係もあると思います。


例えば、結婚前の女子が、現代のOLさんのようにオフィスで働ける世の中でなかったわけで、そうなると、端正な若者を、側に置きたかった。っていうのも、性的興味抜きでも、アリかな。と思う。

テンプル騎士団とかも男だけの世界です。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1024017680


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4.『モナリザ』の謎? _ 狂った常識は専門家の目をも曇らせる

「モナリザ」のモデルはレオナルドと同性愛関係にあった弟子?

名画「モナリザ」のモデルは男性=レオナルドと同性愛関係にあった弟子? 

(時事通信)イタリアのルネサンス期の巨匠、レオナルド・ダビンチ作の名画「モナリザ」のモデルは男性で、そのモデルとレオナルドはおそらく同性愛の関係にあった−。同国文化遺産委員会のビンチェティ委員長が2日、記者会見して新説を披露した。(記者会見するビンチェティ委員長)

同委員長によると、モデルとみられるのはレオナルドの女性的な徒弟の通称サライ、本名ジャン・ジャコモ・カプロッティ。レオナルドに25年間も従い、巨匠のモナリザの制作に主要なインスピレーションを与えたという。同委員長は2人は同性愛の関係にあったのではないかと推定している。

同委員長は、サライは「洗礼者ヨハネ」などレオナルドの数点の絵画のモデルになっているが、それらに描かれた人物の顔とモナリザのそれを比較すると、鼻および口の特徴が極めて似ていると語った。

同委員長はさらに、モナリザの肖像を詳細に調べた結果、目の中に小さく書かれた「L」と「S」の文字を発見したが、これはレオナルドとサライの頭文字で、サライがモデルであることを示すものだと強調した。


モナリザを所蔵している仏パリ(Paris)のルーブル美術館(Louvre Museum)の専門家らは、この発表に対し即座に異を唱えた。

 ルーブル美術館では2004年に「実験室で可能だと思われるあらゆる検査」を行った上、09年にも再度検査したが、「文字や数字などは一切見つからなかった」と断言している。AFPの取材に対しルーブル側は、「長い年月が経って、板に描かれた絵の表面に無数の細かな亀裂が現れている。そうした亀裂の様々な形が時に行き過ぎな解釈を招く」と回答した。

http://www.gaylife.co.jp/?p=1557


一方、真実は:

モナリザ モデル論議に決着


ドイツのハイデルベルク大学図書館は15日までに、レオナルド・ダビンチの傑作、「モナリザ」のモデルは伊フィレンツェの富豪、ジョコンドの妻だと結論付けた。モデルをめぐってはこれまで、同妻説が有力だったが、人妻ではなく未亡人という説や、若い未婚の女性説、レオナルド本人説など諸説が飛び交っていた。

しかし、ドイツ通信(DPA)などによれば、レオナルドの知人だったフィレンツェの役人、アゴスティノ・ベスプッチが1503年10月、当時の書籍の余白部分に、「ジョコンドの妻の肖像画など計3つの絵画をレオナルドが作製中」などと書き込んでいるのを図書館が発見した。

http://blogs.yahoo.co.jp/sonosono159/48627999.html


パリ――フランス美術館修復センター(C2RMF)は26日、イタリアの巨匠、レオナルド・ダ・ビンチが16世紀に描いた肖像画「モナリザ」について、カナダ国立研究所(NRC)の3次元スキャナー技術を用いた調査を実施し、モデルとなった女性は出産直後であった可能性が高いなどの結果を発表した。

NRCの科学者は、特殊な赤外線と3次元スキャナー技術を用いて、これまで未解明だった「モナリザ」のキャンバス板の状態や絵の具の層の厚さなどについて調査した。

C2RMFのモティン学芸員は、この調査で「モナリザ」が着ているドレスに、薄く透明なガーゼ状のベールがかかっていることが初めて分かった、と述べた。これは当時、妊娠中か出産直後の女性特有の服装であることから、この絵のモデルとされるフィレンツェの富豪、フランチェスコ・デル・ジョコンドの妻、リザ・ゲラルディーニが、次男を出産した記念にこの絵が描かれた可能性が高まり、制作時期を1503年前後に絞り込む手掛かりとなったという。

また、「モナリザ」は髪をたらしているように見えるが、実際にはボンネットを被っていたことも分かった。

「モナリザ」の保存状態については、絵が描かれているポプラの板は温度変化の影響を受けやすいが、今のまま管理、維持できれば、劣化の危険性はないという。また、絵の上部に確認された12センチ大の割れ目は、最初の額ぶちから外された時にできたとされ、18世紀中ごろに修復されて、状態は安定しているという。細かい亀裂からは、塗り重ねられた絵の具の層がキャンバス板から浮き上がっていないことも判明した。

しかし、レオナルドが用いた、色を微妙にぼかして薄く描く「スフマート技法」の詳細については、独特の技術であり、今後も解明の余地が残るという。(CNN)

http://www.mypress.jp/v2_writers/yumeno9/story/?story_id=1499027

 『モナ・リザ』の左右のまなざしは若干ずれており、右目が正面を向いているのに対して左目はやや左を向いている。また、モナ・リザをX線にかけたところ、レオナルドは、最初に描いた「まなざし」の上に少なくとも一回以上異なった「まなざし」を上塗りしたことが分かっています。

 『モナ・リザ』に描かれている女性には眉毛が書かれていないことがよく指摘され、眉毛は修復の際に消えてしまったという説や、ダヴィンチは元から眉毛を書いておらず、それゆえに絵が未完成であるという主張などが論じられてきました。しかし2007年にフランスの技術者、パスカル・コットによる高解像度カメラの分析によって眉の跡が確認されました。コットは、モナリザの目の周囲に亀裂があることから、修復やクリーニングの際に眉毛やまつげを一緒に拭き取ってしまったと推測しています。

http://yamaguchi-masumi.blogspot.com/2011/05/blog-post_28.html

 『モナ・リザ』の背景のみを取り出して、左右を入れかえて並べると、一つの風景が現れるそうです。この背景には、曲がりくねった道と遠くに見える橋以外、人間の痕跡がありません。広大な景観や、氷山が描かれていることから、アルプスの風景を描いたともいわれますが、どうやらレオナルドの理想の世界が描かれているようです。
また、ラファエロ・サンティによる『モナ・リザ』の模写には、人物の左右に柱が描かれていることから、『モナ・リザ』の両端は切り取られているとする説もあります。
ぼやけた輪郭、優雅な造形、明暗の劇的な変化、全体の落ち着いた雰囲気を含めてレオナルドの「型」であり、これらの特徴はそのままその後の肖像画のプロトタイプともなりました。

また右側の景色に対して左側の景色は明らかに低いことから、背景は後に追加されたものとも考えられています。http://yamaguchi-masumi.blogspot.com/2011/05/4.html

 ナポレオンの浴室に飾っているときに出来たと思われる傷やしみが段々明確になって来ました。 解析の結果、レオナルドが描いた眉毛とまつげの痕跡が浮かびあがってきました。

 現在の「モナ・リザの微笑」は、レオナルド自身による描き直しと、修復の結果によるもので、当初は、現在よりもはっきりとした笑顔だった事が判明しました。

 下書きの線まで明らかになった結果、モナ・リザの“ある指”は、未完成であることが判明しました。

復元の結果、『モナ・リザ』の両側には、500年前の当時は描かれていた立派な柱が出現しましたということです。

http://yamaguchi-masumi.blogspot.com/2011/05/blog-post_22.html

解析の結果、レオナルドが描いた眉毛とまつげの痕跡が浮かびあがってきました!

現在の「モナ・リザの微笑」は、レオナルド自身による描き直しと、修復の結果によるもので、当初は、現在よりもはっきりとした笑顔だった事が判明しました!

復元の結果、『モナ・リザ』の両側に、500年前の当時は描かれていた立派な柱が出現しました!

下書きの線まで明らかになった結果、モナ・リザの“ある指”に関しては、未完成であることが判明しました!

http://davinci-japan.com/monnalisa/index.html


近年行われた赤外線と3D技術による調査で、これまで解析できなかった絵の具の層が解析されました。この調査により、『モナ・リザ』のドレスが薄い透明のガーゼ布によって覆われていることが判明しました。16世紀前半のイタリアでは妊婦や出産したばかりの女性がガーゼのドレスを着ていたことから、ジョコンドの妻リーサが次男を出産した直後だとする説が新たに考えられました。

 『モナ・リザ』の服装は喪服(葬式の時に着る服)のような物で、背景にその人が誰であるかを示す暗示も無く、髪型にも薄いヴェールがかけられており、特定の個人を示す暗示がほとんど得られません。さらに、何度もX線解析をした結果、現在の絵の下には少なくとも3種類の『モナ・リザ』が隠れていることがわかっています。

http://contest2007.thinkquest.jp/tqj2007/90375/davinch.html

レオナルド・ダ・ヴィンチが、モナリザを描いている時、ラファエロが制作途中の絵を見て感動し、レオナルドの絵をマネして素描を描き残しています。そのラファエロが描いた素描が下の絵です。

ラファエロは、乙女チックな素描を描きましたね。レオナルドの女性と手の大きさから比較すると、顔がやけに大きいです。(少女マンガのようです〜〜。)それにラファエロの描く女性は、若々しさを感じます。服装も異なってます。

背景に注目しましょう。背景には若干、建物が描かれてます。そして、女性の後ろ左右には、柱が描かれています。

一方、レオナルドは、背景は自然を描いています。建造物は橋です。そして、女性の後ろ左右には、柱がありません。あるのは、柱の台座部分が少し見える程度です。

レオナルドの柱について補足しますが、ナポレオンの時代に、絵の端部分が切り取られたから無くなった・・・という説がありました。しかし実際は、切り取られた痕跡はないそうです。また、最初は柱がかかれていて、後で上から塗りつぶした・・・という痕跡もありません。つまり、最初からレオナルドは台座部分だけで柱は描いていないということです。

しかし、ラファエロの素描には、はっきりと柱が描かれています。

他にも結構違っている箇所がみられますが、レオナルドの絵を元にした素描であるはずなのに、

・・・何故こんなに違うのでしょうか?

http://blogs.yahoo.co.jp/sonosono159/48821447.html
http://www.geocities.jp/sonosono159/mokuji.htm


レオナルド派による3枚のモナリザ


制作年数及び画家名は、はっきりとしたことは判りません。ただ、どの絵も15〜16世紀頃のものだとはキャンバスや絵の具などから鑑定されているようです。これらの絵はレオナルド自身が描いたものではなく、レオナルド派(レオナルドの弟子達)による絵でしょう。


最初の1枚は、『アイルワース版モナリザ』スイス・個人所有

上はカラー画像です。ただし、画像処理の際に両端がカットされているようです。本当は、ラファエロの素描のように、左右に柱が描かれています。白黒になりますが、柱が描かれているアイルワース版モナリザが下の画像です。

2005年に、日テレでビートたけしがアイルワース版モナリザを紹介していたそうです。現在、スイスの地下金庫で保管されているそうです。


2枚目は、『ポートランド版モナリザ』
米北東端メーン州ポートランドのポートランド美術館が、所蔵しています。

情報元は朝日コムです。以下、2006年の記事を抜粋しています。 

http://www.asahi.com/culture/entertainment/news/TKY200606190393.html


「モナリザ」の模写か、習作か なぞの絵画公開 2006年06月19日


 米北東端メーン州ポートランドのポートランド美術館が、所蔵の油絵「ラ・ジョコンダ」の展示を始めている。レオナルド・ダビンチの「モナリザ」と構図がそっくりで、1510年以前の作品とされる。1503〜07年作とされるモナリザの完成後間もない模写か、レオナルド自身による制作過程の習作ではないかと言われるが、作者はわかっていない。映画「ダ・ヴィンチ・コード」の公開とあいまって、そのなぞが美術ファンを引きつけている。

 ラ・ジョコンダは、モナリザの別名。美術館のキャリー・ハスレット学芸員によると、作品は縦64センチ、横54センチ。モナリザに比べて幅が1センチ長く、縦は13センチ短い。モナリザはポプラ材だが、こちらはキャンバスに描かれている。

 構図、背景ともそっくりで、腕の組み方も同じだが、モナリザが両手ののったひじかけまで描かれているのに対し、ジョコンダは右手の下が切れている。頭の上の空間も少なく、全体としてモナリザをアップにしたような印象がある。体の角度も微妙に違う。

 モナリザにはいくつもの模写があることが知られているが、この作品はハーバード大による絵の具などの精密な解析の結果、1510年以前に描かれたものだとされる。モナリザの制作時期と重なる上、モナリザの神秘的な微笑が見られないことから、模写ではなく制作過程の習作ではないかという説がある。....


やはり、このポートランド版のモナリザにも、ラファエロと同様の柱が描かれています。

3枚目は、『ウォルターズ版モナリザ』

米メリーランド州のボルチモアにあるウォルターズ美術館所蔵。

http://www.wikipediaondvd.com/nav/art/a/b/l.html


制作年数はおよそですが、16世紀には描かれているようです。この絵にも、ラファエロと同様の柱が描かれていますね。

しかし・・・レオナルド・ダ・ヴィンチの真作『モナリザ』には、柱は台座部分しか描かれていないのです。

ラファエロの素描に柱が描かれていた理由として考えられるのは、次の2点です。

@ラファエロが、即興してアレンジを加えて描いた。

Aレオナルドがその時ラファエロに見せた絵は、ラファエロの素描に近い形の絵だった。

 つまりその絵は、ジョコンド婦人の肖像画として確かに描いていたが、我々が目にしている『モナリザ』とは、別の絵ということ。

つまりその絵は、ジョコンド婦人の肖像画として確かに描いていたが、我々が目にしている『モナリザ』とは、別の絵ということ。

ラファエロの素描、そして3枚のヴァリエーション作品。これらを見ると、当初レオナルドの絵には柱が描かれていたとしか思えません。

http://blogs.yahoo.co.jp/sonosono159/48889348.html


@レオナルド・ダ・ヴィンチは、ジョコンド婦人の肖像画を1503年当初は描いていた。

 その肖像画には、両端に2本の柱が描かれていた。
 肖像画の絵を見て感動したラファエロは、素描に描きとめた。もちろん柱も描く。
 アイルワース・ポートランド・ウォルターズにある『モナリザ』のヴァリエーションは、その当時のジョコンド婦人の肖像画をもと弟子が描いたものである。

A数年後、レオナルドは元のジョコンド婦人の肖像画とは別の女性の絵を描き始める。
 その絵こそが、現在我々がルーブル美術館で目にしている、通称『モナリザ』。
 レオナルドは、『モナリザ』の絵では、最初から両端の柱を描いていない。しかし柱の台座は残している。

 女性の容姿、ポーズは、以前のものとさほど変わっていない。違いは、柱と左右の変わった背景にある。

 『モナリザ』の謎は、まず、柱と背景にあるということである。

http://blogs.yahoo.co.jp/sonosono159/49257328.html

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5. 永遠のモナ・リザ

一人のモナ・リザ、無限のモナ・リザ


 ダ・ヴィンチと言えば「モナ・リザ」というのが普通の相場なので、このページでは「モナ・リザ」にも触れておきます。

 モデルを誰とするかにより、「ラ・ジョコンダ La Gioconda」とも呼ばれますが、正体は不明であり、一種のマリア画と同じように象徴的な人物像と考えた方がよいでしょう。ダ・ヴィンチが52歳の時に描き始め、死の床についた67歳まで筆を入れていた作品です。実際筆を入れていたのは1510年頃と推測されています。彼が死んだのはフランスで、現在はルーブル美術館所蔵です。彼が死ぬときまで手元にあったのはあと2枚で、「聖アンナと聖母子」と「聖ヨハネ」です。



「イザベラ・デステの肖像」

1500年頃
紙・銀筆・木炭 赤チョーク・黄パステル
63×46cm 「モナ・リザ」
1504-1519

板に油彩77cm×53cm
これは真筆の「モナ・リザ」

  「アラゴンのイザベラの肖像」

油彩
資料がモノクロで
色彩は不明


 モナ」は「夫人」(貴婦人の敬称)、「リザ」は「エリザベッタ」の愛称です。フィレンツェ市民のフランチェスコ・デ・バルトロメオ・ディ・ザノービ・デル・ジョコンドの3番目の妻であったリザは、ジュリアーノ・デ・メディチ公の愛人でもあったと言われており、レオナルド自身もメディチ公の依頼によると述べています。これは「レオナルド・ダ・ヴィンチ伝」を書いたジョルジョ・バザーリのジョコンド夫人説に基づいています。一方、芸術の庇護者であり、モードの権威でもあったマントヴァ公妃イザベラ・デステ Isabella D'este という説については、ダ・ヴィンチの真作かどうかという真贋の問題を残しながらも、説得力のある絵があるためにこれも捨てがたいものがあります。この2枚のイザベラ像は「モナ・リザ」とプロポーションが一致しています。また「アラゴンのイザベラの肖像」はスイスで私蔵されているとのことで、詳細はわかりませんが、容姿や胸の谷間など微妙に異なりますが、背景も含めてほぼ同じ絵柄と言わざるを得ません。だけど、本物かどうか?他にも弟子の一人とか、ダ・ヴィンチ自身であるとか、もういいかげんにしてくれーと言いたくなるほどです。


 ミラノ州立文書館にはダ・ヴィンチの弟子であり、助手であり、モデルであり、愛人でさえあったろうジャン・ジャコモ・カプロッティ、通称サライ(「小悪魔」の意)の遺言検認文書が保管されています。1525年にミラノで殺された時のサライの所有物一覧が記載されている文書なのですが、ここにダ・ヴィンチから渡った絵のタイトルも含まれています。その一枚に「ラ・ジョコンダ」という絵があるそうです。このことからすると、元々のモデルはジョコンド婦人であったろうと推察されます。あとで絵が描かれた時期について述べますが、1504年頃婦人は25歳で、生まれて間もない子どもの病死という不幸に見舞われています。

 このページではこれ以上モデルについて詮索するつもりはありません。(※モデルの確定については2008年3月追記。ページ末参照)なぜなら、冒頭で述べたように、特定のモデルの肖像ではないからです。ダ・ヴィンチはあるモデルを描きながら、しだいに自分の心象風景に逆らうことができない誘惑に駆られていったのだと思います。だから、ダ・ヴィンチ自身に似てくるのは当たり前のことなのです。世界は自分の身体を基底にして認識されるのものなのですから。この絵のいろんな不思議について見ていきながら、ダ・ヴィンチが何を描こうとしていたのか考えてみます。

不思議.....1.....顔

 人によっては不気味と見える微笑も横顔から見ると、愛情のこもった微笑であることがよくわかります。下の「モナ・リザ Monna Lisa(部分)」(182KB)はクリックするとアニメーションで立体視できますから、横顔で確認してみてください。確かに微笑んでいることがわかります。ところが、これは左側から見た横顔であって、右側から見たらどうかとなると、少々話は異なってきます。なぜなら、唇の左端は上に上がっていても、右の唇の端は水平に描かれているからです。普通こんな口をすれば、嫌な微笑になるはずですが、それをダ・ヴィンチは感じさせないように描いています。この不思議は後で解けます。


「モナ・リザ」部分の立体視
1504-1519 77cm×53cm 板に油彩


 不気味に見えたりする正体は眉毛がないことによるというのがあります。もともとは薄い眉毛が描かれていましたが、時の経過とともに消失していったと言われています。まだかすかに見えていますよね。当時は美人は眉毛がないか、あるいは薄いことが必須の条件だったようで、平安美人が眉を剃って描いていたのと同じことでしょう。時代により美人顔は変遷するわけですから、微笑むモナリザはとても魅力的な美人として描かれたことに間違いないだろうとは思えますね。

 顔全体について言えば、なにやら顔だけ貼り付けたような下手なアイコラ画像のように思ったことはないでしょうか。顔が身体に比較して小さいのです。顔だけ奥に引いているように見えながら、顔が浮いているような感じです。人体の内も外も知り尽くしたダ・ヴィンチがなぜこんなことをしたのか、まったく不思議です。これが不気味に見えるひとつのわけだと思います。

 顔の右半分と左半分を分離してみました。何か違いを感じますか?顔の左側はほぼ水平位置から、右側はすこし上からの視点で描いているのがわかるでしょうか。これが微笑みの左右差になって表れているのかもしれません。微笑んで上がった口角も上から見れば水平に近く見えますから。実はこの視点の違いは顔だけではなく、身体全体に及び、背景にまで達しています(背景については後で述べます)。どうもわからないという人はとにかく最後まで読み進めてください。しだいに見えてくると思います。


 右目と左目にも不均衡が見られます。右目はこちらをじっと見つめていますが、左眼はすこし外されています。人の顔や目がアンバランスなのはそれほど不思議なことではありません。よくよく観察すれば、たいていの人にみられることです。画家が人を描いてもよくあることです。しかし、そこはダ・ヴィンチ。この完成度の高い絵のなかで、こういうことをするのは何か意味があるはずです。顔の中で目は口よりものをよく語ります。このじっと見つめる目と、そっと視線を外している目が、この絵を見る者を捕らえるのです。ここまで見てくると、「モナ・リザ」がだれかの肖像を描いたものではないことが明らかです。いろんな部品を統一的に組み立てて描いているのです。この絵にまるで不自然さを感じないという人がいたら、そのほうが不自然です。

 顔の描き方にはスフマートという技法が用いられています。輪郭で絵を描くのではなく、空気遠近法や色彩・光などによって認識されるような表現です。ダ・ヴィンチはこちらの方こそが絵画の本質と考えていたようです。ボッティチェリ Sandro Botticelli (1444 or 45−1510) のように輪郭で描かない。マンガで顔を描くのに個性を描き分けるとき、眼や口などは重要な要素になりますが、ダ・ヴィンチはそういう特徴が現れるところをぼかして描いています。他の画家が描いた肖像画と見比べると、彫刻されたかのような感じがなく、柔らかな印象を与えています。つまりこれは個性をはぎ取る作業だと考えていいのではないかと思います。だからこそマリア画のような普遍的な女性像になり得たのでしょう。ここに肖像画ではないというひとつの証明があります。



73×53cm  ポプラ板に油絵 表面にニス
パリ・ルーブル美術館

不思議.....2.....風景


 この絵画が人により不気味な感じを抱かせるのにはもうひとつの理由があります。言うまでもなく、それは背景です。肖像画の背景に風景を入れるのはネーデルランド絵画からの影響だと言われていますが、普通はのどかな風景が使われるにもかかわらず、モナ・リザでは空気遠近法を用いた暗い色調の、幽玄の雰囲気を漂わせる峻厳たる山々が描かれるという不思議な絵です。当時の背景はこんなリアリズムではなく、形式的なものでした。同じ工房の先輩であったボッティチェリの「受胎告知」とダ・ヴィンチの「受胎告知」の背景を比較すれば一目瞭然です。これはボッティチェリほどにダ・ヴィンチが豪華王ことロレンツォ・デ・メディチに受け入れられなかった理由でもあります。ロレンツォはボッティチェリらお抱え絵師をヴァチカンへ派遣する一方で、ダ・ヴィンチはミラノへ派遣しましたが、画家ではなく音楽特使として送り込んでいるぐらいです。

 話が逸れましたが、空気遠近法とは遠くのものほどぼかして遠近を表現する技法です。しかも、モナ・リザを描く視点からではなく、別の視点から風景は描かれており、実際はモデルと風景がこんな角度で見えるはずがないという2番目の不思議。モナ・リザの右側の背景と左側の背景が連続しているように見えないという3番目の不思議(3番目については後に触れます)。2番目と3番目の不思議にいたっては、絵画教室なら叱られそうな絵です。「最後の晩餐」で説明したようなイエスのこめかみだけにひとつの消失点をもつ透視図法ではなく、同じ消失点を持たない非現実的な描き方をしているわけです。背景にここまで意匠を凝らすということ自体、この絵が肖像画ではないことの証です。


不思議.....3.....絵の端の陰

 「モナ・リザ」の絵の両端には暗い陰が描かれています。いろんな印刷物が出回っていますから、陰がよくわからなかったり濃すぎたりしますので、確認する際には要注意です。上の画像もわかりずらいです。絵の両端には柱が描かれていて、ダ・ヴィンチが後に切り取ったとか、16世紀半ばに額縁に合わせるために切り取られたとか、詩人アポリネール Guillaume Apollinaire (1880-1918) を巻き込んだ1911年の盗難の際に切り取られたとかいう噂がありますが、馬鹿げた話だと思います。あのダ・ヴィンチが絵を台無しにするような間の抜けた柱をそんなところに描くはずがないです。しかしながら、当初は確かに柱が描かれていたのも事実のようです。実際絵を詳細に見ると、画面中央の両端に柱の脚がためらいがちに描かれているのがわかります。これは欄干の柱です。

 「モナ・リザ」は最初1503年3月から1505年5月の間にサンタ・マリア・ノベッラ教会 Santa Maria Novella (ジョットのページ参照) の「法王の間の回廊」で描かれたようです。フィレンツェ共和国から委託されたボルジア軍の監視スパイ役を終え、彼は法王の間で3年間暮らしました。この時、ラファエロ Raffaello Santi (1483-1520) がダ・ヴィンチを訪ね、模写したと言われている素描があります。それが右の絵です。

 1505年、フィレンツェ政府からヴェッキオ宮殿 Palazzo Vecchio の壁面を飾るよう、ミケランジェロとダ・ヴィンチの二人は依頼されました。ラファエロは22歳の時にこの下絵を見に行っています。たぶんこの時よりも少し遡る時期に「モナ・リザ」を見に行ったのでしょう。その時のダ・ヴィンチのアトリエは自由に出入りできたとも言われていますし。これを見た以後、彼の肖像画は変わることにもなりました。そして、この素描は模写という謂われがあるのを納得できるほどの類似です。

 この素描では確かに両端に柱が見えます。そして、この柱の特徴は、まさに「法王の間」の回廊の柱なのです。しかし、背景はまるで違います。このことから、ダ・ヴィンチはラファエロが訪ねたときにはまだ肖像画として描いていたということがわかります。いつのことははっきりしませんが、ダ・ヴィンチは変心し、肖像画としての「モナ・リザ」は捨てられ、心象としての「モナ・リザ」が生まれていったのではないでしょうか。そして、端が切り取られた理由は、絵を手にした何者かがこの柱の存在に納得がいかなかったからだと思うのです。


 前項で、3番目の不思議としてあげたモナ・リザの右側の背景と左側の背景が連続しているように見えないという不思議についてですが、これは顔の項で記したように、高さの視点が異なっているためです。これにはちゃんとしたわけがあります。上の右の絵を見て下さい。右側と左側を絵の縁で合わせたものです。欄干の水平位置で合わせましたが、離れているはずの風景がぴったりと合わさります。正確に言えば、すこしずれがありますが、柱の横にまだ切り取られた空間があったわけで、それを考えると寸分違うことなく合わさったはずです。画面中央が暗くなっているので、どこでくっついているかよくわかるでしょう。そして、これこそが柱の陰です。これは明らかに意図的な仕掛けです。

 ダ・ヴィンチはこの異次元の風景を描くことにより何かを表現したのに違いありません。そして、まだその謎は解かれていないのです。ただ、ここで構図として不自然な柱が描かれた理由がはっきりしたと言っていいでしょう。つまり、柱は左右の空間が連続していることを示す「しるべ」の役割を果たしているのです。逆説的に言えば、「モナ・リザ」が存在している空間はこの世の空間ではないことを示しています。柱は切り取ってはならないものだったのです。

 今私たちが見ている絵の両端の陰は柱の一部でも、柱の陰でもありません。それはダ・ヴィンチの現実と心象の境界を示す陰なのです。そして、ここにもう一枚の絵が現れることになります。

 この画像は切り取られた部分に相当するところを黒くして合成してみました。こうしてみると左右の視点の違いが一層はっきり見えると思います。「モナ・リザ」にはこうして隠されたもう1枚の絵があると思えます。そして、二人のモナ・リザが存在しているのです。その二人とは誰だ?......なんて聞かないでくださいね。だれでもないんです。そして、この二人は同時に一人なのです。あるいは無限の数なのです。なぜなら、絵は無限に展開されるパノラマになっているからです。ダ・ヴィンチは直径がどれほどあるか知れないその円環のごく一部を切り取って提示しているだけなのです。

円環構造の「モナ・リザ」

※yuの円環構造という考えは 2004年3月20日に日本テレビ系列の『レオナルド・ダ・ヴィンチの秘密』というスペシャル番組で取り上げられました。


不思議の完璧

 当時、肖像画ではモデルというものは地位がわかる服装を着、居ずまいをただして口元を引き締めているものです。ちょうど世の中に写真が現れた時にそうであったように。これに反して、モナ・リザはリラックスして微笑んでいるのです。これも明らかに肖像画ではない証です。ダ・ヴィンチが構想したダ・ヴィンチ版の十牛図の一葉であるかのように思えるのは yu だけでしょうか。禅思想を芸術的に表現した十牛図のことです。ダ・ヴィンチは手記にこんなことを記しています。一部省略しながら引用します。

 「人間は古人より小世界と呼ばれた。というのは、ちょうど人間が地水風火から構成されているとすれば、この大地の肉体も同様だからだ。人間は自分のうちに肉体の支柱で枠組みである骨を持っているとすれば、世界は大地の支柱である岩石を有する。

人間は自分のうちに血の池 - そこにある肺は呼吸するごとに膨張したり、収縮したりする - を持っているとすれば、大地の肉体はあの大洋を有するが、これはまた世界の呼吸によって6時間ごとに膨張したり、収縮したりする。

もし上述の血の池から人体中に分岐していく血管が出ているとすれば、同様に大洋は大地の肉体を限りない水脈で満たしている。」

 別に新しい考え方でもなんでもありませんが、ダ・ヴィンチは30体ほどの人体解剖を通じて人体を知り尽くしていたと言っていいでしょう。「モナ・リザ」は人間の表皮と喪服とおぼしき衣装で描かれていますが、そこに内在するものを表面に表れたものでなんとか表現しようとし、背景の風景から感じられる宇宙的なものと相まって、この世界に存在する普遍的なもの、そしてそのイメージを1枚の絵にしたのではないかと思えます。

 どこかのページにも記しましたけど、傑作のゆえんは不思議と完璧が出会っているところにやはりありそうです。

 完璧とは言いながらも、ダ・ヴィンチの作品は未完のものが多いのも事実です。この作品も例に漏れず、不備が何点か見られます。例えば、左手。特に人差し指は明らかに未完成です。悩みつづけたまま完成できなかったのでしょう。欄干や柱についても不備を指摘するむきもありますが、確かにそうかもしれません。実に存在がはっきりしないというか、ぼやけていると言うべきか。先にも記しましたが、筆にためらいを感じるのです。

ですが、これには上に述べてきたような理由があることを考慮すると、ダ・ヴィンチなりの理由があったのだと思えます。この欄干や柱は、まさにぼやけた存在として描かれるべきものだったのだということです。その証拠に右の柱は明らかにベールのごとく半透明であり、欄干の上縁周辺の風景もぼかして描かれています。これを未完とか不備とか言うこともできるでしょうが、これだけのものを描く人物が、こんなに広い範囲にわたってほったらかしにしておくなどとは考えられません。

 「モナ・リザ」は時代を先取りする様々な技法だけでなく、ベールの透明感や右手の描き方もダ・ヴィンチ会心の出来だと思います。彼を死ぬまで虜にしたこの絵は、人類芸術の頂点に立つひとつの作品だと言っても過言ではないでしょう。

「絵画こそ最高の芸術」という信念を持ったダ・ヴィンチが、それを証明するかのように描いた一枚です。十代の頃はわからなかった良さが今ではしみじみとわかるということは、年をとるのもいいもんだという気持ちにさせてくれます。「モナ・リザ」はちょっとした本棚がある家庭ならどこかのページにはさまっているはずで、家庭外でもいろんなところで目に触れます。知らぬ間に何百回と見てきただろうし、人の成長とともに絵画の見方を、絵画の面白さを教え続けてくれる作品だとも言えます。そんな経過があるからこそ「しみじみ」と楽しめるのかもしれません。でも、逆に10代の頃に素晴らしかったものが色あせてしまっているというのも寂しいものです。そう考えるとどっちもどっちかな。あー、しみじみして損した......(^^ゞ

http://pliocena.com/ticket/supper/monalisa.html


永遠のモナ・リザ

レオナルド・ダ・ビンチの絵の中には、必ず、「無限の彼方」の表現があります。それは、人物の背景にある、「風景」とそこに描かれた「空」です。「空」は等しく人間が無意識に感ずる「無限」感覚ですが、それ故なのか多くの場合、空の表現は、白雲が青空に浮かぶ、お約束の書き割り的な表現が多く、青空の彼方が無限に広がっているのを意識し、それを表現しようとしている絵はあまりありません。

「モナ・リザ」の絵を見て先ず感ずるのは、画面の空間に立つ「モナ・リザ」本人と、眺めている自分自身が、空間を共有している感覚です。自分の前方と「モナ・リザ」の前方との空間が同じ地平上にある感覚です。そこには絵からはみ出た空間と自分の空間が混ざり合って在るのです。その感覚のまま、背景の「風景」と「空」とを見ると、そこには「風景」の空間があり、さらにその奥に、無限の「空」(宇宙)の空間があるように感じられます。「モナ・リザ」の絵には、ありふれた絵の中の空間表現だけでなく、見る者の空間をも巻き込んでしまう魅力があるのです。

さらに、次のことを意識させられます。私の前に空間があるなら、私自身と、私の背後にも空間あることに気付かされます。そして、その空間が絵の背景の空と同じく、無限の広がりがあることをです。

さらに次のことを想像してしまいます。画面の奥の無限空間では、平行線は、一点に交わるのだろうか。それとも、平行なままか。反対に双曲線として離れるのか、また私の背後の空間はどうなのだろうか?、と。現代の宇宙論にもつながってくるのです。

さらに、写真のように、「モナ・リザ」の絵を横に繋げると、「風景」が連なって見えてきます。つまり、左右方向にも「無限の広がり」を表現しようとする、レオナルド・ダ・ビンチの意図が見て取れます。首を左右に振って眺めると、横方向の空間が、絵に描かれた空間より広がって見えることを試してみてください。
明らかにレオナルド・ダ・ビンチは、人間には「無限・永遠」を認識する感覚器官がある。と思っているようです。

http://blog.goo.ne.jp/oh3ho/e/6e258d37051696aae09eaab54d67faf3


絵画で、人間の「肌」を描く方法は二通りあります。

一つは、手のカタチを線で描いて、手の部分を肌色の絵の具で塗りつぶす方法です。老人の手にするためには、皺を多くしたり、色を少し黒くしたり、立体感をつけるためには陰を描き込みます。これは一般的に、絵画を描く方法であると教えられてきたものです。

もう一つは、レオナルド・ダ・ビンチが行う方法です。

皮膚には、毛穴や皺やがあって、細かくは細胞がある。究極には原子があってクオーク、超ひもがある。その無数に無限にある手の要素を、絵具で、一つ一つカンバスに描こうとする方法です。

レオナルド・ダ・ビンチ時代は、細胞やクオークの存在はありませんでしたが、物体を細かく見て行くと、多くの無限の要素で構成されているという感覚。つまり人間は生まれつき持っていて、特にレオナルド・ダ・ビンチはその感覚に優れている「無限・永遠」を認識する感覚で、その無限の要素を一つ一つ、絵具で描こうというのです。

わずかな絵具を、パレットから筆に取り、カンバスに何層にも重ねられた肌合いに、また薄く重ね塗りして行きます。一筆一筆で、少しづつ面積が増えて行きます。生物発生から何十億年もの結果の重なりが、今の肌合いを作っているかのように、一筆一筆の時間がそこ積み重なり、層を作っていきます。永遠の時を積み重ねるという「無限」でもあります。

この行為をサポートする仕組とは、無限を認識する感覚器官であり、そこからの情報を、意識と心にする脳の働きです。この意識は無意識に働いていて、レオナルドが肌を描こうと筆を取ると現れて来るのです。

無限を、一筆一筆で書き尽くそうという行為ですから、それは永遠に続きます。レオナルド・ダ・ビンチは「モナ・リザ」を死ぬまで、そばに置いて筆を加えていました。

絵の全体(多)を認識しながら、細部(多)の無限も認識する。ありのままの「無限」を意識しながら、「モナ・リザ」の肌合い(多)を描く、絵筆の一筆は「一」にあたります。そして描かれた「一」は、たちまち、「無限」(多)に取り込まれてしまいます。

このように、「無限」を瞬時に認識し持続させる感覚は、快感です。何時までも描き続けていたい…快感。正に仏教の解脱により開放される意識の「大楽」や「三昧」に相当します。だから、この楽しみを続けるために、レオナルド・ダ・ビンチは絵を完成させなかったのです。「無限」を描く行為ですから、永遠に完成できないと思っていたのです。

画家はこれだけの快楽を経験するのですから、「言語思考」を生業とする作家と比べ、生前は経済的に不遇であることが多い理由が分かってきます。「モナ・リザ」には、このように「無限」を楽しむための、沢山の仕掛けが隠れています。

http://blog.goo.ne.jp/oh3ho/e/129a5fae4ca04fa11bf77b363364b54b

モナ・リザの顔に「輪郭線」が無いことを考えてみましょう。

先回お話ししたように、「モナ・リザ」の顔の肌合い(マチエール)には、レオナルド・ダ・ビンチの「無限・永遠」が塗り重ねられています。そしてそれは、絵具を何層も塗り重ねマチエールを創ってゆく、血のにじむような努力などではなく、永遠に続けていたい快楽の長い時間なのですから、レオナルドには、表現を「輪郭線」で簡単に済ましてしまうなど、勿体なくて、出来なかったはずなのです。この行為を永遠に続けたいがために「スフマート」と呼ばれる、時間がかかる、ぼかし技法を編み出したのかも知れません。つまり、薄いベールがかかったように見える「スフマート」は、永遠に未完成を前提にしていることになります。

モナ・リザの表面の絵具を剥いでいけば、下書きとして線画のデッサンが現れ、顔の輪郭線が現われるかも知れません。だから、輪郭線があると言えばあるのですが、しかしそれは、まだ「モナ・リザ」という名称ではありません。

一方、喜多川歌麿や東洲斎写楽の浮世絵では、「輪郭線」がなければ、歌麿、写楽の絵では無くなってしまいます。浮世絵の原画では、一筆書きの「輪郭線」で顔が描かれます。レオナルド・ダ・ビンチが何度も何度も筆を走らせ塗り重ねたのとは、全く正反対です。

でも、その正反対の二つから、感動を受けるのは、何故なのでしょうか?

「モナ・リザ」を鑑賞する場合は、彼女の表情に惹かれます。さらに、皮膚の柔らかさ、きめ細かさなど、顔の肌合いがどうなっているのだろうかと、現実の生きた女性を目の前にしている鑑賞を我々はしてしまいます。レオナルドは、一筆一筆、絵具を何層も塗り重ねマチエールを創ってゆく、つまり「無限・永遠」の要素を一つ一つ、絵具で描き続けているので、鑑賞者がそのような鑑賞態度を取ることは想定できます。そう仕向ける仕掛けが、他にも「モナ・リザ」には沢山ありますが、つまり「モナ・リザ」の鑑賞とは、恋人や妻の顔、むしろ電車にたまたま乗り合わせた見知らぬ美人を、まじまじと見つめることと、あまり違いはありません。

一方、歌麿の美人画は、「輪郭線」で描かれているだけで、肌合いのマチエールはありませんから、同じく、まじまじと見つめるにしても、「モナ・リザ」の鑑賞とは違ってきます。 それは、「輪郭線」で浮かぶ美人のイメージに触発され、それに似た「記憶の美人」を求めて、鑑賞者は、頭脳や心の中を「旅」するということになります。 江戸時代の「プロマイド」として町民の娯楽であった浮世絵から、時を越え現代人にも感動が生まれるとすれば、「記憶の美人」を求める「旅」が、昔人も現代人も人間であれば等しく共有できる「DNAの記憶」へと誘われ、普遍的な魅力を感じてしまう、そんな能力が、浮世絵にはあるということになります。 そしてまた、この感動が生まれるためには、頭脳や心に積み重ねられている人間の「記憶」とは、「無限・永遠」のものであるということになります。 さらに、この「無限」感覚も、綴る言葉の間からこぼれてしまうものなので、「言語思考」ではなくて、「無限・永遠」を認識する感覚器官で感受しなければ、感動も生まれないことにもなります。

まとめると、「モナ・リザ」の鑑賞とは、人間外部の物体に向かう「無限・永遠」の探求とすれば、浮世絵の鑑賞とは、人間内部に向かう「無限の記憶」の探求になります。

また「モナ・リザ」には、人間内部への探求も用意されてあります。「モナ・リザの永遠の微笑」と呼ばれる、「表情」です。
人間には、幼児が描く拙い絵の「輪郭線」にも、それを顔と認識した瞬間に、頭脳や心の中から「似た顔の記憶」を探し出してしまう習性があります。つまり、「言語思考」が「顔」とラベリングして思考停止を命ずるまでは、微笑、つまり表情であれば総て「無限・永遠」ということなのです。だから、やさしい表情の絵にはやさしくなれるのです。

また、初めから「言語思考」に基づき、「イコン」として制作される絵画があります。「イコン」は、描かれたイメージ、例えばキリスト像に触発され、それに似た「記憶」を求めて、鑑賞者は、頭脳や心の中を「旅」するということになります。「記憶」には予め、キリストや神のイメージがインプットされていますから、「旅」はそのイメージに行き着きます。良きイメージを多く記憶していればそれだけ、感動が深くなります。つまり「幸福な人はより幸福になれる」。またその逆説である「善人なおもて往生を遂ぐ、況や悪人をや」の期待がそこにはあります。

では「モナ・リザの永遠の微笑」や「歌麿の美人画」は、「イコン」なのでしょうか。 「言語思考」や「科学思考」で、この二つを考えると、確かに「イコン」になってしまいます。これまでの多くの研究は、「イコン」とは言っていなくても、結論は「言語思考」で語られるのでそうなってしまうのです。しかし、レオナルドも歌麿も「イコン」を描いてはいません。空海が「言語思考」を用いて、「言語思考」からの脱出を考えたように、「言語思考」である「イコン」の手法を用いて、視覚の認識としての「絵画」を描いているのです。そして、その視覚とは、「無限」「有限」と言葉で表現される外にはみ出てあるものなのです。

http://blog.goo.ne.jp/oh3ho/e/93a2cadcfdfa00476a90443f08018af1
 

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コメント
 
01. 2012年2月05日 12:31:47 : MiKEdq2F3Q


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   ん、ヽ.     |          }     )


プラド美術館のモナリザ
http://cultura.elpais.com/cultura/2012/02/01/actualidad/1328094691_560118.html
http://yukiusadon.blog.so-net.ne.jp/2012-02-02-1


モナ・リザの最初期の模写がプラド美術館で発見される


 スペインのマドリードにあるプラド美術館は、フランスのルーブル美術館が所蔵する「モナ・リザ」の最も初期に描かれた模写を発見した。これは、レオナルドが存命中に、レオナルドの主要な2人の弟子、サライかメルツィによって描かれた可能性が高い。

 この模写の背景は一面に黒く塗られていたために、背景に風景が描かれている「モナ・リザ」とは明らかな相違があった。しかし、この背景は後年になって塗り加えられたもであることが判明し、先日プラド美術館の修復士によって除去作業が行われた。この背景は18世紀半ばごろに加えられたと考えられているが、その当時から「モナ・リザ」は傑作として世に知られていたため、どのような理由で追加されたかは不明ではあるが、他の背景の暗い背景の肖像画と統一をはかるためだったと推測することができる。

 スペインにいつこの作品がいつたどり着いたのかは定かではないが、すでにスペイン王室の1666年の肖像画リストには掲載されていた。

 黒の背景の上塗りが除去されると同時に、肖像画部分の汚れも洗浄されたため、今後もしばらく修復予定のないオリジナルの「モナ・リザ」と比べると、描かれた当時の新鮮な若い女性像へと蘇っている。服や背景などの詳細をより鮮明に確認することができる。

 16世紀から17世紀にかけて「モナ・リザ」には数多くの模写が描かれている。この作品も質の高い作品であることは認められていたものの、背景の黒が作品全体の質を低下させていたため注目されることはなく、プラド美術館のコレクションリストにも掲載されていなかった。近年までオーク材の板に描かれていたと考えられていたためフランドル地方の作品だとも考えられていたが、昨年の調査で当時イタリアで頻繁に使用されており、オリジナルの「モナ・リザ」にも使用されたクルミ材の板に描かれていることが判明した。

 サイズもオリジナルが77cm x 53cmであるのに対し、プラド美術館の模写は76cm x 57cmと類似している。さらに、リフレクトグラフィーによる調査では、両者の下書きの状態が非常に類似していることが判明している。ルーブル美術館とプラド美術館の両者によって、この模写はレオナルドと同世代に描かれた模写であることが認められた。

http://www.europe-museum.com/news_event/art_news/em1766


モナリザを巡る冒険 モナリザは本物か??


『モナリザ』がルーブル美術館から盗難にあったのは有名な話(1911年)なのだが、(その時に、良く出来た贋作にすり替えられたのではないか?という疑惑は、よく噂されるところだ=しかも御丁寧にガラスケースの中に入っているので、本物かどうか?判別不能 笑)モナリザの真作が複数存在するという話は初耳だった。

そう言われてみると、たしかにプラド美術館にはモナリザに良く似た作者不詳の模写が飾ってあったのを思い出した。


で、その時は、単純に”似てないな”と思った(笑)に過ぎなかったわけだけれども、モナリザが複数制作されていたという視点から捉えると、この”似ていない”という印象は、全く別の意味を帯びることになる。
よく考えると、この絵は下手じゃないにも関わらず、”似てない”のである。

ということは、つまり、この絵は、"別の「モナリザ」"を模写したものではないか?ということが考えられるのだった。

おそらく世界で一番有名な美術史家といわれるヴァザーリの『美術家列伝』には、モナリザについてこう書かれている そうだ。

「真珠色にあわく潤んだ目は、自然の輝きをたたえ、もっとも繊細で巧妙な技法によってはじめて描き得たものである。まつ毛はまた繊細きわまりない感覚なくしては、とうてい描き得ないものである。

眉毛はあくまで自然で、毛が肌から生じて、片方が濃く、片方がいくらか薄く、毛根によってさまざまに変化している様子が描かれているため、これ以上に自然であることは不可能である。」


でも、一目見ればわかるように、モナリザは真珠色の目はしていないし、”まつ毛も眉毛も無い。”(笑)

こちらで見てみてください!!!

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/6a/Mona_Lisa.jpg


ヴァザーリが書いている絵の説明は、あきらかに『別の絵』の説明だ。


このヴァザーリという美術史家はその権威があまりにも巨大なため、私達の目を曇らせているということがありそうだ。そもそも、この『美術家列伝』は、そうとう間違っているらしい。でも、美術史を勉強すると、あたかもそういう事実があったように教えられてしまうので、結局事実が歪められてしまうのではなかろうか?


歪められた事実を正すには、まず『一次情報』を知ることが何より大切である。


この場合、『一次情報』を知るとは、すなわち”絵を実際に見る”ことである。

ヴァザーリが書いている絵の説明は、あきらかに『別の絵』であることはわかった。では、その絵は何の絵だったのだろうか?


ひとつ考えられることは、この説明が
『チェチリア ガッレラーニの肖像』(別名”白貂を抱く貴婦人”)
http://antique.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/hakutenwodakufijins01.jpg
http://blogs.yahoo.co.jp/xrbpr193/6639804.html


を見た時の記述なのではないか?ということだ。
先ほどのヴァザーリの記述を良く読んでみよう。


「真珠色にあわく潤んだ目は、自然の輝きをたたえ、もっとも繊細で巧妙な技法によってはじめて描き得たものである。まつ毛はまた繊細きわまりない感覚なくしては、とうてい描き得ないものである。

眉毛はあくまで自然で、毛が肌から生じて、片方が濃く、片方がいくらか薄く、毛根によってさまざまに変化している様子が描かれているため、これ以上に自然であることは不可能である。」

まさにその通り。目に美しく素晴らしい傑作である。
この絵を素晴らしくないという人は余り多くないと思う。
しかし、モナリザは???という人が、実はすごく多いような気がしている。


僕が前から思っているのは、本当は『モナリザ』の評判というのは、誤って伝えられた誤解から生じていて、本当の評判は、こちらの『チェチリアガッレラーニの肖像』だったのではないか?ということなのだ。

そうすると、様々なことが納得できるような気がする。


が、しかし、『モナリザへの旅』で、複数のモナリザが制作されている可能性について知ると、別のモナリザこそが最高傑作と呼ばれていた可能性も、またあるかもしれないと思うようになった。

『モナリザへの旅』によると、真作が疑われている極めつけの3点は、

ニース版の『モナリザ』
ヴァーナン版の『モナリザ』
アイルワース版の『モナリザ』
http://www.geocities.jp/sonosono159/new-mona2.htm
http://www.youtube.com/watch?v=tLd93wZ5QBA&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=oqyzEwL1lQY&feature=related


であるらしい。これらの『モナリザ』の所有者達は、それぞれが、自分の『モナリザ』こそがレオナルドの真筆だと主張しているそうだ。


実際に、それがレオナルドの真筆なのか?あるいは違うのか?は、はっきりしていないのだが、少なくても、レオナルドと同時代に描かれたことは確かで、それが弟子、あるいは周辺にいた画家によって描かれた模写なのか?それとも、レオナルドが同時並行的に書き進めていたものかも明らかになっていない。


模写だとしても、前にも述べたように、レオナルドが『モナリザ』を複数描いている可能性については否定できない。

ラファエロによる『モナリザ』の模写
http://blogs.yahoo.co.jp/sonosono159/19332734.html
http://blogs.yahoo.co.jp/sonosono159/36294574.html
http://www.beniculturali.it/mibac/multimedia/MiBAC/minisiti/Liocorno/fortuna_3.html


も、いわゆる『モナリザ』には全然似ていない。そして、あのラファエロが、そんなに下手なわけはないことは、誰でも分ることだ。

やはり、レオナルドは、『モナリザ』を複数描いている。
ただ、それが現存するかどうか?は不明だ。


で、僕は直接この絵を見たことが無いので、断定は出来ないのだが、一般的には、本物の『モナリザ』よりも、これらの真作が疑われている『モナリザ』の方が美しいという人が多いとのことである。

とはいえ、もしも、これらの絵が、レオナルドの真筆、つまり、もう一つの『モナリザ』だったとしても、図版で見る限り、本物の『モナリザ』よりは美しいかもしれないが、例えば前述した『チェチリア ガッレラーニの肖像』より美しいか?といえば、NOと答えざるを得ないだろう。

話としては面白いが、この絵を”世紀の傑作”と呼ぶには、あまりにふつうなのである。あまりにふつうな絵が最高傑作と呼ばれることは、どう考えても無理がある。

それならば、ルーブルの『モナリザ』の方が、まだ分る。
この絵は、最高傑作かどうか?はともかくとして、たしかに何かがひっかかるのだ(図版で見るかぎりは)

では、『モナリザ』とは、本当な何なのだろうか??

http://guild3.exblog.jp/tags/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%81%E3%83%AA%E3%82%A2+%E3%82%AC%E3%83%83%E3%83%AC%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%8B%E3%81%AE%E8%82%96%E5%83%8F/


それでは、ここでもう一度じっくり『モナリザ』を見てもらいたい。
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/6a/Mona_Lisa.jpg


あなたは、これをどう感じるだろうか?


人が美を評価する時、主に2通りの評価方法があるといわれている。
すなわち、個人的な評価と、他人がどう評価するだろうか?という人気投票的な評価だ。

前者の個人的な評価では、とんでもないものを美だとする人も、まあ多少居るだろう。人の評価はそれぞれだからだ。

けれど、後者の人気投票的な評価が、自分達の予想と著しく外れることは、かなり少ないのではないだろうか?

たとえば、木村拓哉とかベッカムとかは、個人的な好き嫌いはともかくとして、人気投票で選べば、必ず上位にくるだろうことは自明なことだ。これは、必ずしも日本人だから選ぶということでもなく、世界の様々な国でやっても、どういうわけか、ほとんど同じみたいである。どうやら、私達の美意識には、かなり普遍的なものがありそうだ。


そういった本質を考えてから、再び『モナリザ』について評価してみてほしいのです。

これは、本当に、世界最高の名画なのか?と。
もし『モナリザ』が世界最高の名画だということを私達が知らなかったとして、人気投票で、この絵を1位に推す人が、果たしてどれくらい存在するだろうか??


どうですか??
あまり居ない、というか、ほとんど居ないとは思いませんか??
個人的な好き嫌いは別としてですよ、人気投票的に考えて。。


レンブラントは、自画像をしつこいくらい複数枚書いている。
これは彼がナルシストだったためではなく(笑)自画像がよく売れたためだと考えられている。

したがって同じような絵が何枚も存在するし、彼は工房の主催者だったので、弟子と共に制作しているから、それが真作なのか贋作なのか?の判断はとても難しい。


一時期、オランダの研究チームがレンブラントの真作か贋作か?を見分けるプロジェクトを実行したことがあるのだが、当時、大上段に真作や贋作を分けていたものだが、今やその根拠は揺らぎだし、再調査が行われているとのことである。科学を簡単に信用してはいけない。


これは、服のデザイナーが自分で服を縫っているわけではないにも関わらず、それがデザイナーの作品に帰属されるのとよく似ている問題なのだと思うのですね。
そんなこと科学的に判断出来ますか??
レンブラントの工房で作ったものはレンブラントなのです。
ただ、その中には傑作と駄作があり、駄作の方はブランドイメージを保つためにサインを入れなかったということはあるかもしれない。


レンブラント派によるレンブラント
http://www.eris.ais.ne.jp/~fralippo/daily/content/200312160001/

レオナルドも、いくつかの絵を複数枚描いている。例えば『受胎告知』や『岩窟の聖母』だ。

彼の場合は、沢山作って売るためというよりも、絵の制作過程の中に真理を見いだすために複数枚書いていて、その出来が良かったもの(あるいは、一番出来がよかったのは手元に残していた可能性もある)を顧客に提供していたのだと考えられる。つまり、同時並行的に、何枚か絵を描いていくという手法を彼はとっていたのではないか?ということですね。


で、これも前から思っていたのだが、正直な話、僕が見た時の『最後の晩餐』は、修復途中だったため、よくわからなかった。(今でもよくわからないみたいですが)


そして、前にも述べたとおり、『モナリザ』は防弾ガラスに覆われているためによく分らない。


このように、自分の目で実際に見て、レオナルドの最高傑作と呼ばれている二点が、よくわからなかったのだが、それでも、彼の絵がとてつもなくスゴいと思ったのは、ロンドンナショナルギャラリーにある

『聖アンナと聖母子』のカルトン(下絵)
http://www.nationalgallery.org.uk/cgi-bin/WebObjects.dll/CollectionPublisher.woa/wa/largeImage?workNumber=NG6337&collectionPublisherSection=work
http://antique.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/seiannatoseibosis02.jpg
http://blogs.yahoo.co.jp/sonosono159/18590566.html
http://ameblo.jp/mer-vin20/entry-10124589175.html

を見たためである。この絵は、ごく個人的な評価でいうと、今まで見た絵の中でもっとも素晴らしいと思った絵の一つなのだった。


どこがスゴいのか?というと、それは実際に見てもらうしかない(笑)のだが、それはそれとして、この絵、どう考えても、下絵にしては出来過ぎている。

油絵の制作の為の下絵にするならば、こんなに鉛白による細かい陰影やぼかしなど必要ないのだ。にも関わらず、この絵が、これほどまでに素晴らしく仕上がっている(とはいえ、レオナルドの他の作品に見られるように、この作品もまた細部は未完であるのだが)のは、この下絵があまりにも素晴らしくなってきてしまったので、注文を忘れて彼なりのやり方で仕上げてしまった為だと思う。そして、もちろん彼はこの作品は手放さなかった。


そして注文には別の『聖アンナと聖母子』で応えたのだと思う。そして、この油絵の『聖アンナと聖母子』は、もちろん素晴らしい絵画ではあるのだけれども
そこにはカルトンの『聖アンナと聖母子』にあった崇高な何か、神の領域に届こうとする何か、つまるところ、芸術を芸術たらしめんとしようとしている何かは、あらかた抜け落ちてしまっているように思えるのですね。


その何かは、真理なるものを制作し発見していく過程でしか獲得できないものなのではないか?そして、この場合、それは下絵の段階で獲得されてしまっているみたいなのです。


この『聖アンナと聖母子』のカルトンが、正当に評価されていない(モナリザや最後の晩餐なみの評価を受けていない)のは、それが『下絵』に見えることと、それが『未完成』に見えるからだと思われます。


これが、下絵なんだ、完成品じゃないんだ、という思い込みが、この絵を通常の絵としての評価対象から外してしまっているのでしょう。
しかし、この絵を真剣に見たことがある人ならば(正に僕がそうなのですが、絵の前に1時間近く居て、しつこく眺め続けました。そして、もしロンドンに住んでいたら、毎日眺めにくるだろうと思いました。ロンドンナショナルギャラリーは入場料無料なのです。)この絵が、彼の最高傑作であることは分ると思うのです。

僕は何の権威もないですし、絵の専門家でもありません。しかし、あえて言い切らせてもらいますが、レオナルドは、『聖アンナと聖母子』のカルトンをここで完成させています。

これ以上でもこれ以下でもなく、この時点でです。
ちゃんと見れば解ると思うのです。


レオナルドは、類いまれな好奇心と知識と技術があったために、ものごとを中途半端に終わらせている例が沢山あるのですが、この絵においては、中途半端に終わらせたわけでは無く、ここで筆を置くのが一番効果的だと判断したのだと思えるのです。

それほど、この絵は絵画として完璧なのです。


レオナルドは、優れた作品を作るのにおいて、”作品を完成させ過ぎないこと”の重要性を理解していた数少ない画家の一人なのだと思います。


完成させないで得られる効果よりも、完成させてしまうことで生じる不都合が上回るのであれば、そこで止める。これは芸術家にとっても、何の仕事をする人にとっても、ものすごく難しいことです。


そしてそれは、一般の人には、とても理解されにくいことなのですが、例えばヴェロニクブランキーノのスカートがとてつもなく美しいのは、完璧な素材のウールを使って完璧なカッティングとテクニックを使って制作していながら、細部を切りっぱなしのまま放っておく、という”未完成さ”を残している点にあるのですね。
”未完成”ゆえに最高に美しいのです。


これは、ものごとの”本質だ”と思います。


『聖アンナと聖母子』のカルトンにおいて、レオナルドはルネッサンス絵画における最高の構図(それは油絵の『聖アンナと聖母子』に見ることが出来ます)を完成させました。

さらに、『モナリザ』や『洗礼者ヨハネ』において達成されたとされている、スフマート(ぼかし)技術をも完璧に使いこなしています。

レオナルドの絵画を巡る試行錯誤とその到達は、疑いようも無く、『聖アンナと聖母子』のカルトンにおいて達成されていると思います。
それが達成されたからこそ、レオナルドはそこで筆を置いたのでしょう。


では、モナリザとは何でしょうか?

もちろん、『聖アンナと聖母子』のカルトンにおいて達成したスフマートの技術や構図を油絵において達成しようとしたもの、と、捉えることは可能です。

しかし、それは油絵の『聖アンナと聖母子』でも同じです。


では、なぜ、『モナリザ』だけがレオナルドの最高傑作と言われるのでしょうか??

『聖アンナと聖母子』のカルトンにおいて、絵画による技術革新を達成した後に、『モナリザ』においてレオナルドが達成した革新とは何なのか??

http://guild3.exblog.jp/15768372/

ここで、もう一回、レオナルドが残した絵画における革新の達成について見ていきたいと思います。まず、

『受胎告知』1472-1475
http://art.pro.tok2.com/D/daVinci/v009.htm


です。この絵では、全てをレオナルドが描いたのでは無いとされているようですが、それでもレオナルドの真作とするに相応しい全体の構図、後景と全景の関係、”しぐさ”がもたらす不思議な緊張感、意味などが達成されてると思います。


次に『聖ヒエロニムス』1480-1482です。
http://www.shajisitu.or.tv/b2a1.htm


ここでは、”未完成”による荒々しい美しさと、”未完成”ゆえの、”題材の本質的な表現”が達成されているように思えます。


そして、

『チェチリア ガッレラーニの肖像』(別名”白貂を抱く貴婦人”)1490
http://antique.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/hakutenwodakufijins01.jpg


ここでは、肖像画(単独)における、最高の構図や色、表情、美などが達成されているようです。さらに、


『最後の晩餐』1495-1498
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/0/08/Leonardo_da_Vinci_%281452-1519%29_-_The_Last_Supper_%281495-1498%29.jpg

では、群像劇における最高の構図と、配置がもたらす意味、緊張感、劇場性、物語性、さらには、”低い位置から高い位置にある絵を見上げた時に、視覚的におかしくない構図”という、極端に高度な技術的達成があります。

この絵が、ぼろぼろでほとんど判別不能だったにも関わらず、レオナルドの最高傑作であると主張されている要因です。この時点で、おそらくレオナルドは、ルネッサンス絵画というものを完成させたと言っても、言い過ぎではないでしょう。しかし、完成させて、さらにその先の革新を成し遂げてしまうところが、天才レオナルドのスゴいところです。前にも書いたように、


『聖アンナと聖母子』のカルトン1499
http://www.nationalgallery.org.uk/cgi-bin/WebObjects.dll/CollectionPublisher.woa/wa/largeImage?workNumber=NG6337&collectionPublisherSection=work
http://antique.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/seiannatoseibosis02.jpg


において、レオナルドはルネッサンス絵画における最高の構図と、スフマート(ぼかし)技術を完成させています。

しぐさ、表情、ぼかし、構図、未完成さ。。
それは絵画の一つの到達点だったと思います。


最高の到達点にたどり着いたものは、ものごとを解体し、新たな芸術に向き合わざるを得ないようになります。

それは、ものごとを真剣に追い求める”真の芸術家”にとっての宿命なのだと思います。そして、


『モナリザ』1503-1506
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/6a/Mona_Lisa.jpg


があるのです。ここまで考えてきて、ようやくこの辺で話の全体がつかめてきたのではないか?と思うのです。そして、現在、僕はこう考えています。

ようするに、『モナリザ』は、いわゆる最高傑作ではないのではないか?
ということですね。けれど、それがあらぬ誤解を受け、最高傑作だと信じられるようになった。しかし、それが通常信じられているような最高傑作ではないが故に、様々な謎を呼び、憶測を呼び、解釈を呼び、そういう様々な事柄が、結果としてこの絵を世の中の”最高傑作”にしているのではないか?ということなのです。


私達は最高のものを最高だということに、いくらか抵抗があります。
最高のものは常に妬みや嫉妬や反抗を産みだすのです。それらによって、権威づけは否定されます。すなわち、それは『万人にとって最高のもの』では無くなってしまうようなのです。

つまり、最高の作品とは常に最高の作品とは成り得ないということです。
これが『評価』というものの一番本質的なことなのかもしれません。


けれど、”誰にとっても最高のものとも、そもそも思えないもの”が、『最高の作品』であると信じられたならば、むしろそれは妬みも嫉妬も産まず、『謎』を呼び、それが何故最高傑作なのか?どこが素晴らしいのか?一体全体何なのだ??という『好奇心』を産み出すのではないでしょうか。

そして、その、『これはいったい何なのだろう?という好奇心』こそが、レオナルドが残した『最高傑作』つまり『モナリザ』なのではなかろうか?
というのが、僕のたどり着いた仮説なのです。

おそらく、レオナルドは、絵画の最高の到達点の先に、『モナリザ』を置いています。そして、その絵を後生大事に離さなかったと言われています。
しかも、”ほんもの”は隠し、美術評論家には別の絵を見せているのです。

そして、手元の『モナリザ』には、様々な”仕掛け”を組み込んでいきます。

万能の芸術家、レオナルド、彼ならば、それくらいのことはやりかねないのではないでしょうか?

なぜならば、レオナルドが体現した”ルネッサンス”という活動は、人が、神の権威よりも、『ありのままを見たい知りたいという好奇心が引き起こした出来事』だったからなのです。

ここまで、”モナリザの謎”を巡って、思索の旅をしてきました。
それは、とても面白く、考えさせられ、わくわくするような楽しい旅だったと思います。

そして、その僕等が辿った”好奇心”こそが、レオナルドが達成した芸術の一つの頂点だったのかもしれない、と、今では思えるようになりました。

こう考えていくと、モナリザの微笑みが何を意味するのか?が変わって見えるかもしれません。

了text february2005
http://guild3.exblog.jp/15811280/


2. 2015年12月09日 12:56:27 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[183]


モナリザの下に3つの肖像画あった、モデルの真の姿か 2015.12.09

「モナリザ」をフランスの科学者が分析

(CNN) レオナルド・ダビンチの名画「モナリザ」を研究していたフランスの科学者が、モナリザの微笑の下に3つの肖像画が隠されていたことが分かったと発表した。

この研究を行ったのはフランスの科学者パスカル・コット氏。モナリザの下に描かれていた3つの肖像画のうち1つは、モナリザのモデルになったと言われる女性リザ・デル・ジョコンドの実際の姿と思われるという。

この女性は遠くに視線を向けていて、モナリザのような微笑は浮かべていない。コット氏はこれこそがジョコンドの真の姿だと確信したといい、この発見について「多くの神話を打ち砕き、ダビンチの名作に対する私たちの見方を一変させかねない」と位置付ける。

リザの別名はリザ・ゲラルディーニ。フィレンツェの商人の妻だった。

コット氏は多重スペクトルカメラでモナリザの表面に強い光を当てて反射を測定し、絵の具の層と層の間に描かれた内容を浮かび上がらせることに成功した。

美術史の専門家マーティン・ケンプ氏によると、モナリザも含めてダビンチの作品は、制作の過程で何度も手を入れているのが特徴だという。同氏はコット氏の説に疑問を投げかけながらも、研究に用いた技術は高く評価した。

BBCのドキュメンタリー番組を制作した美術史専門家のアンドルー・グレアムディクソン氏は、歴史を一変させる驚くべき発見だと評価している。
http://www.cnn.co.jp/showbiz/35074669.html?tag=top;subStory


3. 2015年12月10日 21:09:13 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[204]

モナリザの下に三つの肖像画? =仏科学者が主張―中国

時事通信 12月10日(木)16時38分配信

 【上海時事】レオナルド・ダビンチ(1452〜1519年)の名画「モナリザ」は3度描き直され、下に三つの女性の肖像画が隠されているとフランスの科学者が主張している。

 中国メディアなどが報じた。

 新説を発表したのはパスカル・コット氏。ダビンチ関連の展覧会のため訪中し、上海市で8日、自説を明らかにした。

 コット氏は絵画から反射した光で奥の画像を調べる技術を開発し、モナリザを分析。

その結果、一番下には女性の下絵、その上に髪飾りをした女性、3番目にモデルとされるイタリア中部フィレンツェの商人の妻リザ・デル・ジョコンドの肖像画が描かれ、その上に現在のモナリザがあると主張した。

下から2、3番目は肖像画として依頼されたものだが、現在のモナリザはダビンチが想像上の人物を描いたのではないかと考えている。

 一方、英BBC放送は「普通の下書きかもしれない」と懐疑的な専門家らの見方を伝えた。 


4. 2015年12月12日 12:40:00 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[232]

「モナ・リザ」の微笑みの謎がついに解明される!
ダ・ヴィンチが施した驚愕の錯視効果が明らかに!!
http://tocana.jp/2015/09/post_7279_entry.html
http://tocana.jp/2015/09/post_7279_entry_2.html


 研究者の間で「捉えきれない微笑(uncatchable smile)」と呼ばれるあのモナリザの魅惑的な微笑み。角度によって見え方が変わるあの微笑みが、偶然の産物か意図的なものなのかは、研究者の間でもしばしば議論されてきた問題だ。しかしここへきてついにこの謎が明らかになったという。

 8月5日付のイギリスのデイリーテレグラフ紙によると、あの微笑みは、ダ・ヴィンチが絵画的技術や錯視効果を駆使して“意図的”に描いたものであることが、シェフィールド・ハラム大学とサンダーランド大学研究者たちによって判明したという。

 この発見は、ダ・ヴィンチ自身がモナリザを描く以前に描いた「ラ・ベラ・プリンチペッサ」の口元にも同様の技法が駆使されていたことが判明したことに起因する。

画像は、

「Daily Mail」
http://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-3204079/Mystery-Mona-Lisa-s-smile-solved-Second-painting-shows-da-Vinci-created-optical-illusion-trick-viewers.html

より。


 モナリザは、正面から口元を注意深く見つめると、決して笑っているようには見えないが、視点を口元からほかの部分へ移したり、全体を眺めたりするようにすると途端に微笑が浮かび上がる。

 これは「スフマート」と呼ばれる絵画技術で、人間の視野に関する科学的な見解に基づいて考えられたものだ。巧妙にブレンドされた色で輪郭を微妙にぼかしていくことで、絵を見る視点によって形状が変化する効果があるのだ。

 ルネッサンス期の他の絵師たちもこの技術を使用していたが、ダ・ヴィンチほど上手に表現することができなかったと考えられている。その証拠として、モナリザとダ・ベラ・プリンチペッサと、同年代の他の絵師ピエロ・デルポライウォロによるポートレート画を比較してみよう。

 それぞれの絵にデジタル技術を利用して段階的にぶれを生じさせみる。ぶれがない状態では、3枚の絵のそれぞれの口元は笑っているとも笑っていないともとれるが、ダ・ヴィンチによる2枚はぶれが大きくなるにつれ微笑みは増すように見受けられる。一方、デルポライウォロのポートレートでは、ぶれが増すごとに微笑は消失していくように見える。

 ダ・ヴィンチがいかにスフマート技術に長けていたかがわかるだろう。しかも、口を隠した時には全体的な笑みの印象は消えるが、目を隠した時には笑みの印象が現れる錯視効果も確認されたのだ。

 天才ダ・ヴィンチだからこそこそ表現しきれたスフマート技法。またひとつ明らかになったモナリザの謎だが、モデルは誰なのか、絵に込められたメッセージは何なのかなど、まだまだミステリーは尽きない。今後どのような新発見があるのか、楽しみに待とう。
http://tocana.jp/2015/09/post_7279_entry.html
http://tocana.jp/2015/09/post_7279_entry_2.html


5. 中川隆[-6407] koaQ7Jey 2017年9月29日 08:25:48 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

「裸のモナリザ」 ダビンチ作の可能性 仏ルーブル美術館が調査
2017年9月29日 6:49 発信地:パリ/フランス
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レオナルド・ダビンチのアトリエで制作された裸婦画。「モナリザ」と同じ人物を描いたとみられている。仏シャンティイ・コンデ美術館所蔵。写真はLeemage提供。(c)leemage/PHOTO JOSSE


http://news.livedoor.com/article/image_detail/13678559/?img_id=14149167「裸のモナリザ」 ダビンチ作の可能性 仏ルーブル美術館が調査


【9月29日 AFP】巨匠レオナルド・ダビンチ(Leonardo da Vinci)の代表作「モナリザ(Mona Lisa)」に酷似した裸婦画を仏パリ(Paris)のルーブル美術館(Louvre Museum)が調査した結果、ダビンチ自身の手で描かれた可能性があることが分かった。調査に関わる専門家らが28日、AFPに明らかにした。

 この裸婦画は、ダビンチのアトリエで制作されたとされる大判の木炭画「モナバンナ(Monna Vanna)」。1862年からパリ近郊シャンティイ(Chantilly)にあるコンデ美術館(Conde Museum)のルネサンス芸術コレクションの一部として所蔵されている。

 モナリザを所蔵するルーブル美術館の専門家チームは1か月にわたり、この絵画を調査。コンデ美術館のキュレーターらはその結果を受け、木炭画の「少なくとも一部」はダビンチが描いたと考えている。

 その一人、マチュー・デルディク(Mathieu Deldicque)氏によると、木炭画は「ほぼ確実に、油絵の準備作業として描かれたもの」で、モナリザと深い関係があることは明らかだという。

 同氏によれば、木炭画の両手や胴はモナリザとほぼ一致する。また、2枚の絵は大きさもほぼ同一で、裸婦の周囲に小さな穴が開けられていることから、カンバスに裸婦を転写した可能性もあるという。

 ルーブル美術館の保存専門家、ブルノ・モタン(Bruno Mottin)氏は、木炭画の制作時期が15世紀と16世紀の境目前後で、1519年に死去したダビンチの存命期間と重なっていたことを確認。作品としての「質は非常に高い」と述べている。

 一方で、ダビンチが描いたという最終判断を下すかどうかについて「まだ慎重でなければならない」と指摘。「絵の上側、頭の近くにある線影は右利きの人物によるものだ。ダビンチは左手で描いていた」としている。

 調査の焦点は現在、木炭画が描かれたのが、1503年以降とされるモナリザの制作時期の前後どちらなのかに当てられている。裸のモナリザを描いた絵は世界に20点ほど残されているが、その大半で、制作時期の特定は難しいとの結論が出ている。(c)AFP/Fiachra GIBBONS
http://news.livedoor.com/article/detail/13678559/
http://www.afpbb.com/articles/-/3144797?cx_part=topstory&cx_position=4


6. 中川隆[-5764] koaQ7Jey 2017年12月08日 13:06:54 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

510億円のダビンチ絵画、UAEへ 現地美術館で公開か
2017.12.08 Fri posted at 11:13 JST

510億円で落札されたレオナルド・ダビンチの絵画「サルバトール・ムンディ」(世界の救世主)が美術館「ルーブル・アブダビ」で所蔵される

(CNN) 絵画としては史上最高額となる4億5030億ドル(約510億円)で落札されたイタリアの巨匠レオナルド・ダビンチの絵画「サルバトール・ムンディ」(世界の救世主)がアラブ首長国連邦(UAE)アブダビにある美術館「ルーブル・アブダビ」で所蔵されることがわかった。同美術館がツイッターで発表した。

同美術館が購入したのか、借り受けたのかについては明らかにしていない。

「サルバトール・ムンディ」は、イエス・キリストを描いた1500年ごろの作品。ダビンチの作品として現存する絵画は、この作品を含めて20枚に満たない。絵画は11月に米ニューヨークでクリスティーズのオークションに出品されていた。

落札した人物の身元は明らかになっていない。そのため、所有者は誰なのか観測が飛び交っている。

米紙ニューヨーク・タイムズによれば、落札主は、これまで主要な美術作品を購入したことがなかったサウジアラビアの王子だという。フランス紙によれば、美術館への貸し出しを希望する投資会社2社だという。

クリスティーズの広報担当はルーブル・アブダビに祝意を伝え、作品が一般公開されるのは喜ばしいと述べた。ルーブル・アブダビが落札に関係しているかどうかについては確認しなかった。

ルーブル・アブダビは今年11月に開館したばかり。600点におよぶ芸術作品が楽しめる常設展示に加えて、フランスからも300点に上る作品が貸し出される予定。

しかし、同美術館にとっては、サルバトール・ムンディが最大の呼び物となりそうだ。

____


『サルバトール・ムンディ』 (Salvator Mundi 世界の救世主の意) は、イタリアの美術家レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた油彩画。青いローブをまとったイエス・キリストの肖像画である。

1500年ごろフランスのルイ12世のために描かれたとみられる。後に、イギリスのチャールズ1世の手に渡ったが、1763年以降行方不明となる[1]。

1958年にオークションに出品されたが、複製とされてわずか45ポンドで落札された。2005年に美術商が1万ドル足らずで入手した後、修復の結果ダ・ヴィンチの真筆と証明される[2]。2011年にはロンドンのナショナル・ギャラリーで展示された。2013年にサザビーズのオークションでスイス人美術商に8000万ドル(約90億円)で落札された後、ロシア人富豪ドミトリー・リボロフレフが1億2750万ドル(約140億円)で買い取った(この買い取り額について、後にリボロフレフは詐欺として美術商を訴えている)。

2017年11月15日にクリスティーズのオークションにかけられ、手数料を含めて4億5031万2500ドル(当時のレートで約508億円)で落札された[4]。この額は、2015年に落札されたパブロ・ピカソの「アルジェの女たち バージョン0」の1億7940万ドル(約200億円)を抜き、これまでの美術品の落札価格として史上最高額となった
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%A0%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3


7. 中川隆[-13639] koaQ7Jey 2018年11月16日 20:01:36 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-20809] 報告

史上最高額のダビンチ絵画、8割は助手の筆か 英専門家
2018.08.08 Wed posted at 16:06 JST
https://www.cnn.co.jp/style/arts/35123749.html


レオナルド・ダビンチの名画「サルバトール・ムンディ」(世界の救世主)


史上最高額で落札されて話題になったイタリアの巨匠レオナルド・ダビンチの名画「サルバトール・ムンディ」(世界の救世主)は、作品の大半の部分をダビンチ本人ではなく助手が描いていた――英オックスフォード大学に籍を置く美術史家がこのほどそうした見解を明らかにした。

サルバトール・ムンディは、ルネサンス期の服装をまとったイエス・キリストを描いた作品。昨年11月に米ニューヨークで開かれたオークションで、絵画としては史上最高額の4億5030万ドル(現在のレートで約500億円)で落札されて注目を浴びていた。

ダビンチについて研究するオックスフォード大学のマシュー・ランドラス博士はこのほど電話インタビューに答え、サルバトール・ムンディについて、ダビンチの工房で助手を務めていた別の芸術家が作品の大部分を描いたとの見方を示した。ダビンチ本人が手掛けたのは事前のデザインとキリストの手や顔といった部分の仕上げのみで、作品全体の20〜30%にとどまるという。

ランドラス氏は残りの部分の制作スタイルを分析し、当時工房にいたベルナルディーノ・ルイーニという画家の特徴に最も近いと結論。「(サルバトール・ムンディは)ダビンチが工房の助手らの手を借りて描いた作品で、ベルナルディーノ・ルイーニの協力がとりわけ顕著だ」「ルイーニの他の作品を見れば、サルバトール・ムンディに極めて近い特徴が確実に見て取れる」と述べた。

Credit: Carl Court/Getty Images Europe/Getty Images
Credit: Carl Court/Getty Images Europe/Getty Images

ベルナルディーノ・ルイーニは北イタリアの画家で1480年ごろ生まれた。ダビンチの作風を取り入れ、キリスト教をテーマにした作品を主に描いたことで知られる。昨年ロンドンで行われたオークションでは、ルイーニ作の宗教画が17万3000ポンド(現在のレートで約2500万円)で落札された。

サルバトール・ムンディが描かれた当時は、画家が工房の助手らと協力して作品を制作することは一般的な慣習だった。現代人は作品が特定の画家に帰属するものと考えがちだが、「当時の伝統として、工房全体が制作に協力していた」とランドラス氏は説明した。
https://www.cnn.co.jp/style/arts/35123749.html

8. 中川隆[-12835] koaQ7Jey 2019年1月20日 22:20:05 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22225] 報告

モナリザの下に3つの肖像画あった、モデルの真の姿か
2015.12.09 Wed posted at 12:06 JST
https://www.cnn.co.jp/showbiz/35074669.html


「モナリザ」をフランスの科学者が分析


(CNN) レオナルド・ダビンチの名画「モナリザ」を研究していたフランスの科学者が、モナリザの微笑の下に3つの肖像画が隠されていたことが分かったと発表した。

この研究を行ったのはフランスの科学者パスカル・コット氏。モナリザの下に描かれていた3つの肖像画のうち1つは、モナリザのモデルになったと言われる女性リザ・デル・ジョコンドの実際の姿と思われるという。

この女性は遠くに視線を向けていて、モナリザのような微笑は浮かべていない。コット氏はこれこそがジョコンドの真の姿だと確信したといい、この発見について「多くの神話を打ち砕き、ダビンチの名作に対する私たちの見方を一変させかねない」と位置付ける。

リザの別名はリザ・ゲラルディーニ。フィレンツェの商人の妻だった。

コット氏は多重スペクトルカメラでモナリザの表面に強い光を当てて反射を測定し、絵の具の層と層の間に描かれた内容を浮かび上がらせることに成功した。

美術史の専門家マーティン・ケンプ氏によると、モナリザも含めてダビンチの作品は、制作の過程で何度も手を入れているのが特徴だという。同氏はコット氏の説に疑問を投げかけながらも、研究に用いた技術は高く評価した。

BBCのドキュメンタリー番組を制作した美術史専門家のアンドルー・グレアムディクソン氏は、歴史を一変させる驚くべき発見だと評価している。




9. 中川隆[-11648] koaQ7Jey 2019年3月07日 13:40:30 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[343] 報告

「裸のモナリザ」、ダビンチ本人の作品だった?
2019.03.07 Thu posted at 10:51 JST
https://www.cnn.co.jp/style/arts/35133822.html


巨匠レオナルド・ダビンチの名画「モナリザ」にそっくりな女性を描いた裸婦像は、ダビンチ本人の作品なのか――。フランスの研究チームが、その謎を解く手がかりとなる調査結果を明らかにした。

注目の作品は「モナ・ヴァンナ(『裸のモナリザ』の意味)」と呼ばれる木炭画で、フランス北部にあるコンデ美術館が所蔵する。これまでは、ダビンチの弟子が制作したものと思われていた。

しかしフランス美術館研究修復センターの専門家チームが詳しく調べた結果、作品はダビンチのスタジオで完成されたもので、ダビンチ本人の作品だった可能性があるとの結論を出した。

調査の結果、作品の大部分は左利きの画家が描いていたことが判明。ダビンチは左利きだったことから、ダビンチ説が濃厚になった。

さらに、ダビンチが好んだ輪郭をぼかして描く「スフマート」の技法が使われていることも分かり、作品は複製ではなかったと判断した。

コンデ美術館のキュレーター、マチュー・デルディク氏は、「大部分をレオナルドが描いた可能性が非常に強い」と述べ、「偉大な画家による非常に質の高い作品」と評価、「油絵の準備のための作品だったことはほぼ間違いない」と話している。

ただし専門家チームは、この作品がダビンチ本人の作品だと断定するには至っておらず、絶対的な確証を持つことはできないかもしれないとしている。

モナ・ヴァンナは今年6月、コンデ美術館がダビンチの没後500年を記念して開く特別展で展示される。

10. 中川隆[-10590] koaQ7Jey 2019年4月26日 07:06:51 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1483] 報告

レオナルド・ダ・ヴィンチ – 2019/3/29
Walter Isaacson (原著), ウォルター アイザックソン (著)

内容

人類の、自然の、宇宙の秘密を、いつも知りたかった。死者の顔の皮膚を切り取り、筋肉を研究したことであのえもいわれぬ「モナリザ」の微笑みを生み出した。「最後の晩餐」で試みたのは、単純な遠近法だけではない。彼の真髄を理解するには、「科学」が絶対に必要なのだ。没後五百年の歳月を経て、初めて明かされる制作意図。誰も知らなかったダ・ヴィンチのすべてがここに。

著者略歴 アイザックソン,ウォルター

1952年生まれ。ハーバード大学で歴史と文学の学位を取得。オックスフォード大学にて哲学、政治学、経済学の修士号を取得。米『TIME』誌編集長を経て、2001年にCNNのCEOに就任する。アスペン研究所CEOへと転じる一方、作家としてベンジャミン・フランクリンの評伝を出版。2004年に、スティーブ・ジョブズから直々に依頼され、ジョブズが亡くなった直後の2011年に刊行された『スティーブ・ジョブズ1・2』は、世界的な大ベストセラーとなる。現在、トゥレーン大学の歴史学教授


カスタマーレビュー

5つ星のうち1.0
はっきり言って、『駄作』! 2019年4月4日

「Leonardo da Vinci, Son of the Supreme Mother」に載っているようなレオナルドと錬金術との関係について、どのように研究しているか期待して見たが、まったく触れられてなくガッカリした。

 また、個々の作品についての説明は素人レベル、あるいは素人以下。「岩窟の聖母」に至っては酷い。なぜレオナルドがルーヴル版とロンドン版の2作品を描いたかについての著者の見解は間違いだ。まあ、それだけの眼力がなくても仕方ないとしても、他の説明がひどすぎる。

 15世紀のイタリアでは、「無原罪の御宿り」を信ずる教会・信徒たちのあいだで、マリアの原罪が神の聖化により消されたタイミングを巡って、激しい論争が交わされていた。一方は、母アンナがマリアを受胎する前に原罪は聖化されていたとする「受胎前派」で、もう一方は、母アンナの胎内で聖化されたとする「受胎後派」の争い。

 「岩窟の聖母」の発注者のミラノの「無原罪の御宿り信徒会」は、こてこての「受胎前派」。レオナルドはこの注文主のために、それまでに見られなかった独創的な「無原罪の御宿り」の構図や象徴を、ルーヴル版とロンドン版ともにちりばめています。それなのに、この本の著者は、「ただこの情景は、無原罪の宿りを直接的に表現していない。」と述べています。

レオナルドは、「岩窟の聖母」のルーヴル版、ロンドン版ともに、イエスとマリアは受胎前に原罪が聖化されており、ヨハネは受胎後に原罪が聖化されたことを、明確にはっきりと絵の中に描いています。それを読み取れない著者は絵画の解説書を書く資格はない。ひょとしたら、「無原罪の御宿り」の教義もちゃんと知らないんじゃないか。ローマ・カトリックだけの教義だから。

 はっきり言って『駄作』だ!アメリカ文化のレベルはこの程度なのか?
上下2200円×2、『誰も知らなかったダ・ヴィンチのすべてがここに』なんてよく言うよ。ダ・ヴィンチのこと、何もわかっていないじゃないか!こんな駄本を出版して、文藝春秋社は恥ずかしくないのか!?
https://www.amazon.co.jp/%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%80%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%81-%E4%B8%8A-Walter-Isaacson/dp/4163909990/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&crid=2KIWAUVHXWL0Q&keywords=%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%89+%E3%83%80+%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%81+%E6%9C%AC&qid=1556155769&s=gateway&sprefix=%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%89%2Caps%2C274&sr=8-1


▲△▽▼


レオナルド・ダ・ヴィンチ、7200ページの自筆ノートに見るその生涯
東嶋和子(科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師)
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/16042

レオナルド・ダ・ヴィンチが仏ロワール渓谷沿いのアンボワーズの邸宅で息を引き取ったのは、1519年5月2日。今からちょうど500年前のことである。67年と3週間足らずの生涯だった。

 500年を経てなお、レオナルドの名声は衰えるどころか、増すばかりだ。科学技術の進歩によって、その早過ぎた業績が再評価され続けている。

 500年前の傑物がいかにして歴史的な「天才」となったのか。遺された自筆ノート7200ページに基づいてレオナルドの生涯を描ききったのが、本書である。

独自に発掘された新事実は見当たらないが……

 著者は、世界的ベストセラー『スティーブ・ジョブズ』(2011年)を書いた米国の評伝作家ウォルター・アイザックソン。『TIME』誌の編集長を経て、ベンジャミン・フランクリンやアルバート・アインシュタインなど、「型破りな天才の伝記」を執筆してきた。

 そのアイザックソンが最も書きたかった人物が、このレオナルドのようだ。本書執筆の動機をアイザックソンは次のように語っている。

 「私が伝記作家として一貫して追い求めてきたテーマを、彼ほど体現する人物はいないからだ。芸術と科学、人文学と技術といった異なる領域を結びつける能力こそが、イノベーション、イマジネーション、そして非凡なひらめきのカギとなる」

 私自身、文科系出身の科学ジャーナリストとしての経験を通して、芸術と科学、人文学と技術という異分野の融合こそが新しいものを生む、と確信している。

 その意味で、レオナルド・ダ・ヴィンチの芸術と科学における多種多様な探究の足跡を、私なりに追いかけてきた。『モナリザ』や『最後の晩餐』、『岩窟の聖母』などの絵画作品は、フランスやイタリア、イギリスに赴いて鑑賞した。公開された手稿なども、イタリアや日本で目の当たりにしてきた。

 アイザックソン同様、最も心酔する天才の一人が、レオナルドなのだ。そういう一レオナルドファンからすると、本書には、独自に発掘された新事実は見当たらない。

 しかし、レオナルドの死から500年を経た現代だからこそ見えてくる彼の先進性と彼の人間臭さを誇張なく、みずみずしく描ききったという点において、比類なき評伝といえるだろう。

 7200枚の手稿を読み解き、現地に取材したアイザックソンの根気と執念、読者をぐいぐいと引っ張る筆力には、とにかく圧倒された。

 一方で、絵画作品の描写においては、繊細で的を射た筆遣いをしており、レオナルド同様、アイザックソンも芸術と科学、人文学と技術における幅広い見識にあふれる人物であるとわかる。


発表されなかった研究や実現しなかった構想を
手稿から丁寧にすくい上げる


『レオナルド・ダ・ヴィンチ 上』
(ウォルター アイザックソン 著、土方奈美 翻訳、文藝春秋)

 本書は上下2巻におよぶ大作であるが、その構成の巧みさと、豊富な色絵のおかげで、読み始めたら止まらない。ダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』を読んだときのようだ。もちろん、あちらはフィクションなので、サスペンスは当然だが。

 本書がむしろ『ダ・ヴィンチ・コード』以上に興奮するのは、レオナルドの生きた500年前のイタリアやフランスが眼前に生き生きと展開するのと同時に、現代の、新たに見出された絵画作品をめぐる真贋のストーリーや科学的発見が重層的に織り込まれることだ。

 『美しき姫君』と呼ばれる作品の鑑定をめぐる話は、「この天才と向き合う醍醐味の一つ」である紆余曲折の作業を紹介する。

 <シルバーマンが発掘した肖像画をめぐっては、探偵のような推理、先端テクノロジー、歴史探究、鑑定家の判断といった要素が入り混じる壮大なドラマが展開された。芸術と科学を織り交ぜた学際的探究は、レオナルドにふさわしい。彼なら人文学を愛する人々とテクノロジーを愛する人々の共同作業を心から応援したことだろう。>

 また、レオナルドが自ら人体や動物を解剖するなど、実験や観察を通して人体や自然、天体の法則を見出そうとしていたことはよく知られているが、いずれも研究成果として発表されることはなかった。

 本書では、発表されなかった研究や実現しなかった構想を手稿から丁寧にすくい上げ、レオナルドの死後、500年の間にわかってきた事実を紹介する。

 たとえば、2014年、オックスフォード大学の研究チームは、生きている人間の血液の複雑な流れを磁気共鳴映像法によってリアルタイムに観察し、「レオナルドが正しかったことを明確に証明した」。

 「われわれは生きている人間を使い、心臓収縮期に発生する渦に関するレオナルドの予測が正しかったこと、また大動脈基部におけるこうした渦の描写が驚くほど正確であったことを確認した」という。

 「解剖学者がレオナルドの主張が正しかったと気づくまでに、四五〇年もかかった」とアイザックソンが嘆息するように、レオナルドは解剖学、光学、幾何学、流体力学などにのめりこんだが、その探究の多くは、当時は日の目を見なかった。

 <この空想を現実に落とし込む能力の欠如は、レオナルドの大きな弱点と見なされてきた。しかし、真のビジョナリー(先見性のある人物)には、無理を承知で挑戦し、ときに失敗することもいとわない姿勢が欠かせない。イノベーションは現実歪曲フィールドから生まれる。レオナルドが思い描いたものの多くは、ときに数世紀の時間を要することもあったが、結局実現した。潜水用具、飛行装置、ヘリコプターは今、存在する。湿地の水はけには吸い上げポンプが使われている。レオナルドが運河を引こうとしたルートには、高速道路が走っている。空想はときとして新たな現実の糸口となる。>

「どこまでも純粋な好奇心」を持ち続けた

 そして、「その観察力を生かし、生涯をかけて知的好奇心の探究に没頭した人間の産物」が、『モナリザ』である。『モナリザ』一作で、レオナルドが「天才であった証としては十分だ」とアイザックソンは語る。

 <曲面に当たる光線、人間の顔の解剖、一定の面積・体積を持つ幾何学図形の変形、激しい水の流れ、地球と人体のアナロジーなど、ノート数千ページ分の探究を通じて、レオナルドは動きや感情の細やかな表現を学んでいった。>

 本書を読めば、レオナルドが生涯『モナリザ』を手許に置き、筆を入れ続けた理由が腑に落ちる。彼は、「人類の、自然の、宇宙の秘密をいつも知りたかった」。そして、自分のために『モナリザ』を描いていたのだと。

 <『モナリザ』という傑作を描くかたわら、多数の解剖に基づいて比類なき解剖図を制作し、川の流れを変える方法を考案し、地球から月への光の反射を説明し、まだ動いている豚の心臓を切開して心室の仕組みを解明し、楽器をデザインし、ショーを演出し、化石を使って聖書の大洪水を否定し、その大洪水を描いてみせた者はいない。レオナルドは天才だったが、それだけではなかった。万物を理解し、そこにおける人間の意義を確かめようとした、普遍的知性の体現者である。>

 序章の「絵も描けます」、そして結びの「キツツキの舌を描写せよ」は、レオナルドの生きた15世紀と現代とを結びつける、著者の思いのこもった章である。私は、「結び」を読んで、不覚にも涙した。

 現代を生きる私たち一人ひとりがレオナルドの生き方から何を学びとれるかを、著者は本書全体を通じて問いかける。レオナルドは、「社会のはみ出し者であることを、まるで意に介さな」かった。「どこまでも純粋な好奇心」を持ち続けた。

 もう一度、『モナリザ』の前に立ちたいと、本書を読んで切実に思った。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/16042

11. 中川隆[-10029] koaQ7Jey 2019年5月28日 19:16:50 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[2322] 報告

ダビンチ、ADHDだった? 研究者らが気性や習慣を分析
2019.05.28 Tue posted at 16:27 JST
https://www.cnn.co.jp/style/arts/35137559.html


記録に残るダビンチの行動パターンに、ADHDをうかがわせる特徴がみられるという


名画「モナリザ」の作者で、「万能の天才」と呼ばれたルネサンス期の巨匠レオナルド・ダビンチについて、注意欠陥多動性障害(ADHD)の症状を抱えていたとする研究結果が、このほど英国とイタリアの研究者によって発表された。

英ロンドン大キングス・カレッジと伊パビア大学で神経解剖学や行動科学を専攻する研究者らは、史料の中に見られるダビンチの同時代人の説明などを分析。時間の管理や集中力、物事を先延ばしにするといったダビンチ自身の問題がADHDに関連するとの結論を導き出した。

本人の気性や、あらゆる分野に飛び込んで才能を発揮する特異な側面も、ADHDと結びつけて説明できるという。とりわけ顕著なのは様々な仕事に次から次へと手を付ける傾向で、一度のめり込むと夜通し作業し続け、睡眠をほとんどとらなくなる点も明確な特徴だとしている。

研究者らはこのほか、ダビンチが左利きで、65歳のときに左大脳半球の脳卒中を患ったにもかかわらず言語能力を失わなかったことに言及。これらの事実から、通常とは逆に右大脳半球によって言語をつかさどっていた可能性があるとした。このような特徴を備えている人は、全人口の5%に満たないという。

ダビンチについては、失読症だったことを示唆する過去の研究もある。上記の研究者らは、「大脳半球の優位性が通常と異なり、左利きで、失読症。こうした特徴はADHDをはじめとする神経発達の障害をもつ子どもたちに広くみられるものだ」と指摘した。

英バース大学心理学部のグレアム・フェアチャイルド氏はCNNの取材に答え、今回の研究について「ADHDの人であっても信じがたいほどの才能に恵まれ、多くの業績を残すケースがあるということを示している」と述べた。またダビンチが生涯にわたって前出の問題を抱えていたとみられることから、ADHDについて子どもの時期のみに見られる症状だという誤った認識も改まる可能性があるとした。

一方で、ADHDがダビンチの仕事の妨げになったのではないかとする研究者らの指摘に対しては異議を唱え「おそらく、休むことを知らない活力や創造性はADHDに由来するものであり、それこそダビンチがあれほどの業績を極めて多彩な分野で残すことができた理由ではないか。中途半端で終わる仕事も多かったにせよ」と付け加えた。
https://www.cnn.co.jp/style/arts/35137559.html

12. 中川隆[-9252] koaQ7Jey 2019年7月06日 07:41:02 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[3431] 報告

レオナルド・ダ・ヴィンチ、7200ページの自筆ノートに見るその生涯
東嶋和子(科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師) 2019年4月26日
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/16042


 レオナルド・ダ・ヴィンチが仏ロワール渓谷沿いのアンボワーズの邸宅で息を引き取ったのは、1519年5月2日。今からちょうど500年前のことである。67年と3週間足らずの生涯だった。

 500年を経てなお、レオナルドの名声は衰えるどころか、増すばかりだ。科学技術の進歩によって、その早過ぎた業績が再評価され続けている。

 500年前の傑物がいかにして歴史的な「天才」となったのか。遺された自筆ノート7200ページに基づいてレオナルドの生涯を描ききったのが、本書である。


レオナルド・ダ・ヴィンチ – 2019/3/29
Walter Isaacson (原著)
https://www.amazon.co.jp/%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%80%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%81-%E4%B8%8A-Walter-Isaacson/dp/4163909990/ref=sr_1_1?qid=1562366241&refinements=p_27%3A%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%B6%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%BD%E3%83%B3&s=books&sr=1-1
https://www.amazon.co.jp/%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%80%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%81-%E4%B8%8B-Walter-Isaacson/dp/416391000X/ref=sr_1_2?qid=1562366241&refinements=p_27%3A%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%B6%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%BD%E3%83%B3&s=books&sr=1-2

独自に発掘された新事実は見当たらないが……

 著者は、世界的ベストセラー『スティーブ・ジョブズ』(2011年)を書いた米国の評伝作家ウォルター・アイザックソン。『TIME』誌の編集長を経て、ベンジャミン・フランクリンやアルバート・アインシュタインなど、「型破りな天才の伝記」を執筆してきた。

 そのアイザックソンが最も書きたかった人物が、このレオナルドのようだ。本書執筆の動機をアイザックソンは次のように語っている。

 「私が伝記作家として一貫して追い求めてきたテーマを、彼ほど体現する人物はいないからだ。芸術と科学、人文学と技術といった異なる領域を結びつける能力こそが、イノベーション、イマジネーション、そして非凡なひらめきのカギとなる」

 私自身、文科系出身の科学ジャーナリストとしての経験を通して、芸術と科学、人文学と技術という異分野の融合こそが新しいものを生む、と確信している。

 その意味で、レオナルド・ダ・ヴィンチの芸術と科学における多種多様な探究の足跡を、私なりに追いかけてきた。『モナリザ』や『最後の晩餐』、『岩窟の聖母』などの絵画作品は、フランスやイタリア、イギリスに赴いて鑑賞した。公開された手稿なども、イタリアや日本で目の当たりにしてきた。

 アイザックソン同様、最も心酔する天才の一人が、レオナルドなのだ。そういう一レオナルドファンからすると、本書には、独自に発掘された新事実は見当たらない。

 しかし、レオナルドの死から500年を経た現代だからこそ見えてくる彼の先進性と彼の人間臭さを誇張なく、みずみずしく描ききったという点において、比類なき評伝といえるだろう。

 7200枚の手稿を読み解き、現地に取材したアイザックソンの根気と執念、読者をぐいぐいと引っ張る筆力には、とにかく圧倒された。

 一方で、絵画作品の描写においては、繊細で的を射た筆遣いをしており、レオナルド同様、アイザックソンも芸術と科学、人文学と技術における幅広い見識にあふれる人物であるとわかる。

発表されなかった研究や実現しなかった構想を
手稿から丁寧にすくい上げる


『レオナルド・ダ・ヴィンチ 上』
(ウォルター アイザックソン 著、土方奈美 翻訳、文藝春秋)

 本書は上下2巻におよぶ大作であるが、その構成の巧みさと、豊富な色絵のおかげで、読み始めたら止まらない。ダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』を読んだときのようだ。もちろん、あちらはフィクションなので、サスペンスは当然だが。

 本書がむしろ『ダ・ヴィンチ・コード』以上に興奮するのは、レオナルドの生きた500年前のイタリアやフランスが眼前に生き生きと展開するのと同時に、現代の、新たに見出された絵画作品をめぐる真贋のストーリーや科学的発見が重層的に織り込まれることだ。

 『美しき姫君』と呼ばれる作品の鑑定をめぐる話は、「この天才と向き合う醍醐味の一つ」である紆余曲折の作業を紹介する。

 <シルバーマンが発掘した肖像画をめぐっては、探偵のような推理、先端テクノロジー、歴史探究、鑑定家の判断といった要素が入り混じる壮大なドラマが展開された。芸術と科学を織り交ぜた学際的探究は、レオナルドにふさわしい。彼なら人文学を愛する人々とテクノロジーを愛する人々の共同作業を心から応援したことだろう。>

 また、レオナルドが自ら人体や動物を解剖するなど、実験や観察を通して人体や自然、天体の法則を見出そうとしていたことはよく知られているが、いずれも研究成果として発表されることはなかった。

 本書では、発表されなかった研究や実現しなかった構想を手稿から丁寧にすくい上げ、レオナルドの死後、500年の間にわかってきた事実を紹介する。

 たとえば、2014年、オックスフォード大学の研究チームは、生きている人間の血液の複雑な流れを磁気共鳴映像法によってリアルタイムに観察し、「レオナルドが正しかったことを明確に証明した」。

 「われわれは生きている人間を使い、心臓収縮期に発生する渦に関するレオナルドの予測が正しかったこと、また大動脈基部におけるこうした渦の描写が驚くほど正確であったことを確認した」という。

 「解剖学者がレオナルドの主張が正しかったと気づくまでに、四五〇年もかかった」とアイザックソンが嘆息するように、レオナルドは解剖学、光学、幾何学、流体力学などにのめりこんだが、その探究の多くは、当時は日の目を見なかった。

 <この空想を現実に落とし込む能力の欠如は、レオナルドの大きな弱点と見なされてきた。しかし、真のビジョナリー(先見性のある人物)には、無理を承知で挑戦し、ときに失敗することもいとわない姿勢が欠かせない。イノベーションは現実歪曲フィールドから生まれる。レオナルドが思い描いたものの多くは、ときに数世紀の時間を要することもあったが、結局実現した。潜水用具、飛行装置、ヘリコプターは今、存在する。湿地の水はけには吸い上げポンプが使われている。レオナルドが運河を引こうとしたルートには、高速道路が走っている。空想はときとして新たな現実の糸口となる。>


「どこまでも純粋な好奇心」を持ち続けた

 そして、「その観察力を生かし、生涯をかけて知的好奇心の探究に没頭した人間の産物」が、『モナリザ』である。『モナリザ』一作で、レオナルドが「天才であった証としては十分だ」とアイザックソンは語る。

 <曲面に当たる光線、人間の顔の解剖、一定の面積・体積を持つ幾何学図形の変形、激しい水の流れ、地球と人体のアナロジーなど、ノート数千ページ分の探究を通じて、レオナルドは動きや感情の細やかな表現を学んでいった。>

 本書を読めば、レオナルドが生涯『モナリザ』を手許に置き、筆を入れ続けた理由が腑に落ちる。彼は、「人類の、自然の、宇宙の秘密をいつも知りたかった」。そして、自分のために『モナリザ』を描いていたのだと。

 <『モナリザ』という傑作を描くかたわら、多数の解剖に基づいて比類なき解剖図を制作し、川の流れを変える方法を考案し、地球から月への光の反射を説明し、まだ動いている豚の心臓を切開して心室の仕組みを解明し、楽器をデザインし、ショーを演出し、化石を使って聖書の大洪水を否定し、その大洪水を描いてみせた者はいない。レオナルドは天才だったが、それだけではなかった。万物を理解し、そこにおける人間の意義を確かめようとした、普遍的知性の体現者である。>

 序章の「絵も描けます」、そして結びの「キツツキの舌を描写せよ」は、レオナルドの生きた15世紀と現代とを結びつける、著者の思いのこもった章である。私は、「結び」を読んで、不覚にも涙した。

 現代を生きる私たち一人ひとりがレオナルドの生き方から何を学びとれるかを、著者は本書全体を通じて問いかける。レオナルドは、「社会のはみ出し者であることを、まるで意に介さな」かった。「どこまでも純粋な好奇心」を持ち続けた。

 もう一度、『モナリザ』の前に立ちたいと、本書を読んで切実に思った。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/16042

13. 中川隆[-13353] koaQ7Jey 2019年11月09日 15:59:26 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-455] 報告


同じイタリアの作曲家でもモンテヴェルディの音楽とヴェルディやプッチーニの音楽が天と地ほで違う理由


ミラノとは北イタリアの厳しく寒い、霧の土地です。
ナポリやローマの地中海に面した温暖明媚な都会でもなければ海辺の町でもない。
そこにある空気はイタリア的というよりゲルマニアに近い。
https://womanlife.co.jp/topics/k-2734

イタリアでは一般的にミラノ、フィレンツェ、ヴェネチアがあるゾーンを北イタリア、
ローマの辺りを中央、ローマから下、ナポリ、シチリアのゾーンを南イタリアと言います。
イタリアは、南北に長い国なので場所によって気候や風習が大きく違います。
建物の雰囲気も南北では大きく違います。
イタリア人の中でも、「彼は南の人だから」とか「北の人だから」と会話に出てくるほど性格に違いがあり、
その違いは日本でいう東京と大阪の違い以上に顕著です。

南イタリア人は、まさに日本人がイメージするイタリア人像です。笑うのが大好き、ふざけるのが大好きです。
 
イタリア人は、家族や友達のつながりが強いのですが、南の人は特に強いつながりを持ちます。
また、近隣住民とのつながりも強く、家族のように振る舞います。
初めて会った人でもまるで旧友のように話し始めます。
それは、観光客であっても話し始めたら抱きしめてくれて旧友のように接してくれます。

北イタリアの人は、イタリア人のイメージと違い神経質で心配性な人が多いです。
友達や家族のつながりを大切にしながらも、自分の時間や空間を大切にします。働き者でもあります。

旅行で人とのふれあいを期待するなら南イタリア、建築物や芸術を楽しむ旅行には北イタリアが良いかもしれませんね。
個人的に仕事・住居・ショッピングは、北イタリア、食・バカンスは南イタリア
ただし、南イタリアの女性だけの旅はいろいろ注意も必要。女性のご旅行の際は2人以上での旅行にしてみては?

文:Maki.C(イタリア在住音楽家/翻訳家)
http://www.ryugakupress.com/2016/02/26/italian-4/

14. 中川隆[-13369] koaQ7Jey 2019年11月09日 16:06:40 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[-471] 報告
イタリアの南北で分裂する!? 「イタリアの深刻な南北問題」
2018年2月メールマガジン
https://guideassociation.com/mailmagazine/post-4028/

Buon Giorno!
ボンジョルノ!
おはようございます!

フィレンツェ観光ガイドサービス&ブライダルフローレンス(海外挙式プランナー)
代表 片庭未芽(カタニワミメ)です。

2月後半に入りましたが、
イタリアはまだまだ寒い北風が吹く
寒い日が続いております。

なんと今週末は、
シベリアから寒波が入ってくるそうで、
フィレンツェでは滅多に降らない、雪の予報も。。。。!

さて、今日のメールマガジンのテーマは・・・・・

イタリアの南北で分裂する!? 
「イタリアの深刻な南北問題」

を取り上げてみました!

イタリアは日本と同じく、
南北に長い国土をしています。

日本と似ていて、周囲を地中海に囲まれています。
(日本は島国ですが、イタリアは半島です)

よくイタリア事情で耳にする
「南北問題」って聞いたことありますでしょうか?

簡単にいうと、

イタリアの北と南でかなりの
生活水準の格差があり
それが、分裂問題、または、人種差別

(地方差別というのが相応しいかもしれません)

にまで繋がっているのです。

特に、イタリアの本当の首都は
ローマですが・・・・

イタリアの経済の首都は
ミラノという、
北にあるイタリア経済を
支える大都市です。

ミラノに行くと、
イタリアンスーツをビシッと着て
ネクタイをしたビジネスマンが多く、
街も、とても綺麗。

特にファッション、モードの発祥地
と言われ、
ショッピング通りを歩いているだけで、
オシャレな「ミラノマダム」=セレブ
が闊歩しています。

(なんと釣れている犬まで
ヴィトンのリードをしていたり。。。。!!)

ミラノ、その近郊のトリノ、
自動車産業で有名なエミリアロマーニャ州などには、
イタリア全体を支えて行く
経済の街が集中しているのです。

ところが。。。。。

南イタリアを見てみましょう。

ローマは首都ではありますが、
経済としては

観光都市以外としては
特に際立ったものもなく、

街は、汚いし、盗難は多いし。。。。

さらにローマから南に行くと。。。

ナポリ、カラブリア、プーリア、シチリア。。。

ますます、「危険地区」とも言われる
ヤクザのアジトが多く存在する場所でもあります。

でも、外国人が考える

「陽気なイタリア人」
というイメージはまさに
南イタリアの人たちなのでは
ないでしょうか?

実は南イタリアでは
失業率が高く、
(働いていても、正式な契約ではなく、
全て、nero=黒い労働と言われて、
税金を払わない、日雇い労働)

物価は北イタリアよりも
安いのですが、
給料が安く、
(というか稼ぎがないので、生活もなかなか大変)

そのために、
若者は、南を拠点とする「ヤクザ」に
傾倒して行くので、
犯罪や薬物に染まって行く。。。

というのが南イタリアの状況なのです。。。。

結果、イタリアという国全体に何が起こるのかというと。。。

南イタリアの人は税金を払わないので、

(職が無いか、
Nero =税金無払いの職についているから)

結局、北イタリアの人が払っている高額な
税金は南にほとんどまわされる・・・・

= 北イタリアの労働者が重税に悩まされるが
それは、ほとんど、自分たちの街(北イタリア)には
反映されていない。

という悪循環が生まれるのです。。。。

実際、イタリアには、
LEGA NORD=北結束政党
というのが古くから存在し、
現在、かなり選挙では
有力だとも言われているのですが、
彼らのモットーは
「南北分裂」

「イタリアの北と南を分けよう!!」

そうすれば、

南イタリアに税金を回さずに、
北イタリア経済に恩恵をもたらすことができる
という目的を掲げているのです。。。

実際、北イタリア(特にミラノ)には、
南イタリアから移住した
住民が多いと言われます。

(南では、仕事がないので、
北に行って出稼ぎしているか、
そのまま、移住して、ミラノ生まれの子供達の世代が
今のミラノ人の中心となっている場合が多いのですが)

中でも、ミラノ言葉で
「sei proprio un mandarino」
「お前は、ミカンだね!」
という人を馬鹿にする言葉があります。

ミカン=南イタリアからくる果物:
南イタリア人のように、馬鹿だという意味

という、ひどい「人種差別と言っていい」
言葉があるくらいなのです。。。

やはり、ナポリ弁や、カラブリア弁を話していると
かなり学校でも馬鹿にされると言いますし。。。

ただ、イタリアは最近はもう、学校の中でも、
地方の差別というよりは、
外国人の生徒がかなり増えてきているので
そちらの差別の方がどうしても濃くはなっているようですが。。。

何年か前に、イタリア映画で
「benvenuto ai sud」=南へようこそ!

というお笑い系映画が流行りました。

北イタリアのエリートを目指していたサラリーマンが
突然、南イタリアに飛ばされるというストーリーで。。。

最初は、家族や周囲に、「死に別れ」当然のように見送られ、
防弾チョッキを着て、南に単身した主人公。

最初は、生活に慣れず、
南イタリアの方言も全く理解できず、
恐怖と不信感に悩まされ
1日も早くミラノへ帰りたいと
嘆きます。。。

ところが、徐々に、南イタリアの人々の
心の暖かさ、陽気さ、懐の深さ、
生活リズムのリラックス感

何よりも素晴らしい自然と美しい海、そして美味しい食事。。。など

に主人公は気がついていき、

結局は彼は南の素晴らしさを発見することになるという
ストーリーなのです。。。

イタリアというのは、
地方色がとても強い国だと思いますが、
それ全てを合わせて、
多種多様の民族が
昔から、混じり合い(古代ローマ帝国時代から)
お互いに共有し、影響しあい、発展してきた国です。

人って違うからこそ、「素晴らしい」と思いませんか?

イタリアという国の素晴らしさはそこにあると思います。

北から、南から「本当にイタリアという国は、行く街、
会う人、全然特徴が違う!」

だから何度訪れても興味深い国

:それがイタリアの良いところだと思っています。

来月の3月の選挙では、
このleganord レーガノルド :南北分裂を掲げている政党が
勝たないことを祈るばかりです。。。。
https://guideassociation.com/mailmagazine/post-4028/

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