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イギリス人は美味しい材料でわざと不味く作る
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/768.html
投稿者 中川隆 日時 2017 年 10 月 09 日 18:26:21: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: アメリカ人には食べ物の味がわからない 投稿者 中川隆 日時 2017 年 10 月 09 日 16:27:27)


Question : jattype2a4039さん 2011/1/20 21:25:47

アメリカ人やイギリス人は味覚音痴なのでしょうか?

アメリカ人は日本の和牛のように旨味があってやわらかい肉を好まず、 靴底みたいな噛みきれないパサパサのゴムのような肉を好むみたいですね。

「アメリカ料理」「イギリス料理」なんて聞いたことありませんし。

アングロサクソン系の人間って舌が発達してないのでしょうかね〜?


Answer : chuchuchu1232さん 2011/1/22 18:38:29

いろいろな国を訪れましたが、アメリカ人だけがパサパサのゴムのような肉を好むわけではないです。堅い肉を出されることは結構ありましたよ。それだけで味覚音痴と判断してしまうのはちょっと乱暴かもしれません。

確かにアメリカ人やイギリス人は食に関して興味がない人が多いと思います。

日本在住のアメリカ人が「アメリカ人はグルメではないです」と言い切ってました。

まずアメリカ人ですが、おいしいものを食べる、いろいろな種類の物を食べる、という感じではありません。栄養はサプリメントに任せて食事はおなかが膨れればそれでOKという感じです。

朝食はシリアルとオレンジジュースと果物、という変わりばえのしない食事を毎日続けられる人種です。

また、夕食もポテトチップスとジュースだけで済ますことも日常的です。

夕食はソーセージを焼きましょう、って本当にソーセージだけしか焼きませんでした。何本も食べさせられました。


アメリカ人ファミリーを日本のファミレスに連れて行ったら、フライドポテトとカルピスのみ注文して、それでは足りなかったみたいで再びフライドポテトを注文してました。また、ベビーフードのような缶詰の食べ物をそのまま温めてそれだけを食べる、ということもあります。

日本人が食事作りに時間をかけてるということが理解できないようです。


次にイギリスですが、これまた、貧弱で変化に乏しい食生活です。

たとえば、ポテトが好きか聞かれて好きというと、毎朝、茹でたポテトに塩をかけたものが出てきました。

いくらポテトが好きでも同じものばかりしかも調理法まで同じとなれば飽きてきますよね。せめて、ポテトサラダ、フライドポテト、ベークドポテト、スープの具などいろいろ調理法を変えてくれればいいのですが・・・

生野菜サラダでもドレッシングが数種類あれば楽しめますが、まずい大味のドレッシング一種類しか置いてなくて、それが毎日出てきました。

日本人と味覚が違うからという理由だけでは味覚音痴とは言えませんが、いろいろな国の人達の食生活と比べると、やはり食事はまずい、食に関心がない、という結論になると思います。


アメリカ料理で思い浮かぶのもはハンバーガー、ホットドッグ、ピザ、ジャンバラヤなどです。 日本人でも好んで食べる人が多いものばかりですよね。

イギリス料理はローストビーフ、フィッシュアンドチップス、ミートパイあたりがうかびますね。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1054105975

Question : kabongo10さん 2007/4/28 18:41:18

イギリス人は味音痴ですか?それともおいしいものを食べることに
そもそも興味がないんですか?


Answer : onlytheyoungunderstandさん 2007/4/28 19:58:33

というより日本人よりはるかに質素な気がします。
メイン料理も缶詰や冷凍食品で済ますことが多いようです。

朝食:トーストにスクランブルエッグを乗せたもの
昼食:中身がチーズだけのサンドイッチにリンゴがひとつの弁当
夕食:スパゲティや魚料理、冷凍食品のおかず

こんな印象です。


Answer 2 : xxxabout_mexxxさん 2007/4/28 18:48:34

>それともおいしいものを食べることにそもそも興味がないんですか?


私もそう思います。
食に対して日本ほど興味がないんだと思いますよ。

食卓ではクタクタと煮込まれた野菜に味はグレービーソースがすべてにかかった料理を食べますし

食事の内容より誰と食べるか?のほうが重要な気がします。

子供たちのお弁当を見てもわかりますね。
サンドウィッチにバナナ、チョコバーと毎日同じが普通ですし。

日本ほど、テレビをつければどっかのチャンネルで食に対するグルメ番組がやっているというのは確かに異様かもしれませんが、それほど日本人は食に対する興味やこだわりが高いのだと思います。

Answer 3 : jeshioriさん 2007/4/29 00:37:54

環境の違いが大きいと思う。イギリスは表土が少なくその下は石。
冬に食べられる食物といえば、肉とジャガイモ、たまねぎくらい。

フランスは南の方から野菜など豊富に取り寄せることが出来るけれど
イギリスは土地が痩せていたから味覚も発達しなかった。
あと、宗教もプロテスタントが多い。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1211443532


2010-11-22 イギリスの食事はなぜ不味いか調べてみた


世界三大「美食の国」、皆さんはご存知ですか?

1.中国

誰もがお馴染み中華料理。四川料理や広東料理なんかは有名ですね。

2.フランス

これまた料理のイメージが強く、美的意識に長けてそうなお国、フランス。味や高級感の認知度からも納得です。

3.トルコ

あまり知らない人もいるのではないでしょうか。トルコ。美食三大国に数えられることは知っていたのですが、トルコ料理店というものにお目にかかったことがなく、少し調べてみることに。。。


トルコというのは、アジアとヨーロッパの中間に位置し、首都イスタンブールではボスポラス海峡をはさんで西がヨーロッパ、東がアジアという面白い地理環境になっているため、トルコにはヨーロッパ的要素とアジア的要素の2つが融合した独自の文化が築かれています。

料理とてその例外ではなく、小麦粉で作ったナンや、羊肉が多いこと、ヨーグルト・ナッツを使用する点は中央アジアの食文化ですし、オリーブオイルを多用する点は地中海沿岸地域に見られる食文化です。こういった東西の多様な食材や調理法が組み合わさっているところがトルコ料理の特徴らしいです。


といってもイメージがあまりつかめないので今度都心に出かけたときにでも食べてみることにします。池袋にあるトルコ料理レストラン DENIZに。


とまあ、そんな美味かつ豊富な種類の料理が確立された国がある一方で、「料理が不味い」と世界的に認知されている国があります。

その国の名は、イギリス。

よくネットで「吐きそうになった」「美味しい材料でわざと不味く作る」「イギリス料理(笑)」等と散々な言われようのイギリス君。

この不味さに定評のあるイギリス料理をちょっと調べてみようと思います。

私のようにイギリス料理の知識ゼロ人間からすれば、少し信じられないんですよね。

イギリスって恵まれてないわけじゃないじゃん。経済的にも文化的にもヨーロッパの中で遅れを取っているとは思えないし、美食国のフランスの近くだし、島国だし。漁業とか盛んそうじゃん。日本と同じ島国なんだから。OSUSHI や SASHIMI的な something の一つや二つすぐに生み出せそうじゃん!

とかいった風に感じたので、早速ググってみることに。


Wikipediaより。


 イギリス料理にはフランス料理やイタリア料理と比べると、料理の種類が少なく、なおかつ、世界的に「不味い料理」というイメージが定着してしまっており、当のイギリス人たちでさえ食事の不味さをジョークとして自虐的に口にするほどである。

大体において、「○○国の料理は不味い」といっても、その国の食習慣に外国人が馴染めないだけであり、その国の人にとっては美味しい料理であるという場合が多い。しかし「イギリス料理が不味い」というのは、そのような事とは意味合いが本質的に異なる。イギリス料理が不味いのは、イギリス人自身が認める所なのである。

また、なぜこれほどにまで不味いと言われるのかというと、

野菜は本来の食感がわからなくなるほど茹でる、
油で食材が黒くなるまで揚げる

などといった、イギリスでよく行われる、食材本来の味を残さないほど加熱する調理法が他国人には好まれないからである。

しかも食べる人の好みに応じて塩や酢などで味付けされることを前提としているため、調理の段階で味付けらしい味付けはされないことも多く、不慣れな旅行者は味のない料理に困惑することになる。

結果としてイギリス料理で美味しく食べられるものは、せいぜいローストビーフやステーキ程度という評判が定着してしまった。


この他に調べた中で信憑性のありそうな理由をまとめてみました。


理由1.地理的に農業に向かない。

国の文化を調べるなら、地理・歴史から。

イギリスは北緯50〜60°に位置し、加えて東部では降水量も少なく乾燥しています。イギリス農業の3分の2は羊・牛などの畜産物、3分の1が小麦・大麦・ジャガイモなどの穀物。

地中海付近の温暖な地域に比べると、獲れる作物の量や種類が劣るのでしょうね。

ただし、自国で栽培できないなら他国から輸入すればいいだけのこと。一時期は大英帝国とまで呼ばれたイギリスがそれでも食の快楽を追求しなかった理由があります。

理由2.宗教的に禁欲主義。

イギリスの宗教といえばイギリス正教会ですが、プロテスタントに分類されます。プロテスタントは質素倹約をモットーとしており、食欲に対しての快楽を求めない傾向があります。

個人的に一番説得力が高いと思うのがこれです。同じプロテスタントであるオランダやドイツも食事が不味いことで有名ですし、逆にカトリックを信仰しているラテン系の民族はみな美食国です。フランス然り、イタリア然り、スペイン然り。またカトリックの人々は食だけでなく、性に対しておおらかで美意識なども高そうですね。ファッションモデルもフランス・イタリアが多いですし、これら全てカトリックの特徴に起因していると思います。

あと、こんなものも

理由3.アングロサクソン人だから。

ヒトの舌には食べ物の味を感じる味蕾(みらい)と呼ばれるセンサーがあり、味蕾の数が多いほど様々な味覚の認知できます。アングロサクソン人はこの味蕾の数が少なく、人種的に味盲だそうです。

理由4.調理法

まあ、何を述べようと最終的に行きつくのはここですね。
1〜3は料理が不味い理由というよりは、イギリスの食文化が洗練されなかった理由です。
不味さの直接的理由は、やはり食材の調理法にアリ!


イギリス料理の調理法の基本は「焼く」「ゆでる」。

その「ゆでる」が尋常ではなく、野菜を30分〜1時間ほどゆで続けるらしいです。

野菜の味の成分は全て煮汁に流れ、その煮汁は全部流しに捨てられます。

わざわざ長い時間をかけ味や栄養分を台無しにしてくれるこの調理法がイギリスでは徹底されていたのです。(もっとも今はそんなことないらしいのですが…)

このようなステップを経てできた料理が食卓に並べられるのですが、もちろん下味があるわけありません。

あるのはシナシナとした食感のみ。これを普通に食べても美味しいわけがなく、イギリス人たちはどうしているのかというと、同じく食卓に置かれてある調味料を使って自分の裁量で味付けするのです。

イギリスでは料理人は食事を作ることが仕事であり、それをどんな味付けで食べるかは食す側の責任だという考え方が根付いているのです。

だからこそ、イギリスでは変に味が残らないように、野菜を長時間ゆでたりするんでしょうね。

こうして色々調べてみると、そりゃ不味くもなるわ!と思わざるをえませんね。
ちなみに今ではだいぶ改善されたらしく、美味しい店も段々ふえてきているそうです。

で、書いている途中にふと疑問が。

イギリスといえば紅茶が有名でお菓子類も美味だとききますが、それはいったい何故なんでしょう??もし機会があれば調べてみます。
http://d.hatena.ne.jp/elru/20101122/1290433197


 

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コメント
 
1. 中川隆[-5506] koaQ7Jey 2018年3月23日 15:03:10 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8612]

2017-03-08
ヴィクトリア朝庶民の暮らし
http://peoplesstorm.hatenablog.com/entry/2017/03/08/210218


1.はじめに

一般的に優雅で安泰のイメージが持たれる─『シャーロック・ホームズ』や漫画の『エマ』などがいい例である─ヴィクトリア朝イギリス(19世紀-20世紀初頭)であるが、その実庶民の暮らしは過酷そのものであった。我々はどうしてもメイドや執事、そして貴族などの華やかなイメージを持ってしまうが、その裏腹に食品偽装は横行し、産業革命によって花開いた近代的労働は殺人的領域まで達していた。本稿ではヴィクトリア朝イギリスにおける庶民の暮らしにスポットライトを当て、簡潔に解説していきたい。

2.横行した食品偽装について

食品を保護する法律などがなかった当時、食品偽装は大変大規模に行われていた。代表的なのがコーヒーや紅茶などであるが、その他の食品の偽装も盛んであり、高い安全な商品を買えない労働者は常に食品から有害物質を摂取する危険性にさらされていた。

a.コーヒー

コーヒーにおける食品偽装の大半はチコリーによるものであった。我々の身近ではコカ・コーラ社の爽健美茶に含まれている。つまり、コレ自体は有害なものではなかったが、多くの店で「コーヒー」として売られている製品のうち、本物のコーヒー豆は1/2以下であり、また混ぜ者入りの表記はなされていなかった。中には炒った小麦が混入されている場合もあった。

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(チコリー入りのコーヒー)

b.紅茶

イギリスが誇る紅茶にも不正が行われていた。多くがグラファイト、プルシアンブルー色の顔料、ウコン粉、およびチャイナ粘土であって着色されており、これらは人体に有害なものもあった。「着色に使われる物質はしばしば高度に有毒であって、多くの場合にシナ人が使っているものよりもより反対すべきであるし有害である。」*1また、「紅茶」自体が。お茶の葉からできているのではなく身近で手に入る雑草などの場合さえあった。

c.黒砂糖

砂糖は多くの製品がダニ、カビの胞子、石、砂で汚染されていた。穀物の粉が混入されている製品もあり、これはかさ増しのためであった。

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(砂糖中のダニ)

d.野菜

大半の野菜が銅で汚染されていた。「(検査した野菜のうち)27標品は多かれ少なかれ銅が沁み込んでいた」*2。加えてこれらの銅汚染は深刻なものもあった。これらの銅は野菜を新鮮で「いい色」にするために使われていた。

e.砂糖菓子

多くの菓子が有害な金属による無機顔料で着色されていた。多く使われていた色は黄色、ピンクと緋色を含む赤、褐色、紫、青色、および緑色であった。加えて、砂糖のかさ増しのために硫酸カルシウムが広く用いられていた。

f.ビール

ビールの不正の多くは水を加える水増しであった。この処理のために風味がビールから損なわれる事となるが、それを隠すために粗悪な砂糖(粗糖)を混入している例が多かった。この処理でビールの度数は約半分となっていた。

g.たばこ

タバコの不正はタバコ以外の葉を混ぜることで行われていた。また、嗅ぎたばこの場合は鉛を加えている場合もあった。鉛の混入は非常に悪質かつ広範囲で行われており、鉛中毒を発症する場合さえあった。

3.過酷な労働環境

労働者階級は閉鎖的で堅固な社会構造のように見えるものの、独自の排他的な世界を構築していた。これらの試みの意味は一部は、現実世界の過酷さからの脱出であり、一部は工業都市の匿名コミュニティを作り出すものだった。究極的には、教育と民主主義の発展、生活水準の向上、労働条件、住居、食べ物や服装によって、労働者階級は社会の参加者になったが、ほとんどの期間[1820 -1920]彼らは政府が高らかに謳う「公的生活」から除外されていた。

a.ストリートセラー

ストリートセラーは路上で何かを売る人たちを指した言葉である。1800年代後半には、おそらく約30,000人のストリートセラーがロンドンにいて、それぞれが手押し車やカートから商品を売っていた。売っているものはカキ、ウナギ、エンドウ豆のスープ、揚げた魚、パイとプリン、ピクルス、ジンジャーブレッド、焼き芋、クランチ、咳止め、アイス、ビール、ココア、ペパーミント水だけでなく、衣類、中古の楽器、本、生きている鳥などでさえあった。破損した金属、ボトル、骨や水切り、壊れたろうそく、シルバースプーンなどの「台所用品」などの廃棄物を購入する業者も存在した。

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(アイスを売るストリートセラー)

b.マッドラーク

「Mudlark」と呼ばれる人たちはテムズ川の汚泥の中から物品を回収し、売る仕事である。金品はもちろんそのまま売ることができたし、他の一見役に立たなそうなものも買い取る専門業者が存在した。より良いものを求めるために深いところまで足を踏み入れ溺死する者もいた。また、テムズ川は大変汚染されており、これも危険な職業であった。

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(Mudlarkを描いた絵)

c.ワークハウス(救貧院)

新救貧法発令から特にそうだが、救貧院は貧困者を収容するいわば「貧困層の収容所」であった。ここでは単純労働を主に収容者に課していたが、それらは花崗石を砕く、糸を紡ぎ続けるなどの「技能もいらない仕事」であって、収容者の自立には繋がらなかった。家族が救貧院に収容された場合、もう一度会う手段はなく、陸の孤島と化していた。職場の食事は、飢えから守るだけの程度のものしか出されなかった。衣服もときどき洗われる程度のものだった。子どもたちは何らかの初頭教育を受ける権利があったが、これはしばしば職場の看守によって無視された。

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(「棺のベッド(coffin bed)」で寝る救貧院の収容者たち。キリスト教圏であるイギリスでこのような棺で眠るという行為は、非キリスト教圏の我々が想像する以上に悪い意味があった。)

d.港湾労働

造船所やロンドンと北東部の新しい港湾では巨大な労働力が必要だったが、需要は予測できなかった。毎朝、数ペンスで1日の作業を行うために集まる男性達が見られた。需要が不規則なため、造船所が注文不足や苦しい天候によってたびたび閉鎖され、慈善団体もなかったため、労働は不規則でこれだけで食べていくのは不可能であった。

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(日雇い労働のために集まる労働者)

e.売春

多くの女性が売春をしていたのは驚くべきことではなかった。ロンドンのスラム街の通りには売春婦が住んでいた。売春を行う少女らは性感染症によって早死していった。大きな病院のいくつかは性病治療専門の病棟があったことからその規模が窺い知れる。しかし当時最も恐ろしい性感染症の梅毒の治療法は知られていなかった。W.T.ステッドが13歳の処女を簡単に路上で買えたという報告をしており、売春がいかに低年齢で、広範に行われていたかを物語っている。

f.児童労働

ヴィクトリア朝の「一家族」は子沢山であり(その分多くの子供が餓死や病死した。多産多死であったのだ。)、その分「要らない子」も数多く発生した。そんな彼らを「雇用」したのが児童労働であった。Climbing boyと呼ばれた子供の煙突掃除夫は、子供というサイズを活かして煙突に潜り込んだが、煙突から燻る煙で焼死・窒息死することも多くあった。Crossing-sweeperと呼ばれた子供の路上掃除夫は路上に溢れるゴミ、汚物を掃除する仕事であった。子供ゆえの小ささを活かして、鉱山の小さな洞穴でトロッコ引きをする子供らもいた。彼らはこれらの労働で貧しい家計を支えたが、児童故に得られるのは僅かな小銭であり、仕事によっては死亡率が大人の数倍にも登った。

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(業者に子供を売り渡す貧困家庭を描いた図)

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(鉱山でトロッコ引きをする少女)

g.社会保障

労働者が雇用を失ったとき、彼らは友好的な社会、労働組合、労働組合、地元の店主、その隣人や友人、牧畜業者、または貧困者の法律に基づく信用組合による補填があり、これは現在「社会保障」と呼ばれている唯一あった 。彼らが老後になったときや虚弱になったときには、先の信用組合は生活費の一部しかカバーしていなかったため、子供の助けがなければ生活していけなかった。政府の社会保障が事実上完全に欠如しているという事実は、今の我々から見たら理解不能であると思われる。

この他にも数多くの労働が存在したが、労働規制などない時代故にどれも過酷な労働であることは変わりなかった。搾取労働も盛んであり、女性を「お針子」として長時間拘束し、たった数ペンスの稼ぎだけで労働させるような「搾取工場(sweatshop)」が存在するなど、労働者の身分はいまと比べて著しく低かった。

4.ヴィクトリア朝の生活

a.家庭での食事

ヴィクトリア朝は英国の伝統の食事が破壊された時期であった。農村社会から切り離された労働者達は子供の頃から働き、料理を覚える暇など無く、かつ燃料が高騰していたのもあって凝った調理法はできず、単純な「茹でる」「焼く」程度しかできなかった。調味料の値段も高く、必然的に塩味だけの茹でたじゃがいもだけという料理が横行し、英国伝統の食事は労働者たちからは失われた。

b.医療・衛生

医療は19世紀に多く邁進したが、その恩恵に預かれるのは医者にかかることができ、その時間も有る中流階級以上のものだった。下流階級では多くの民間医療が残っており、「バターと蜘蛛を一緒に食べる」などの根拠不明な医療が行われていた。衛生状態も悪くジョン・スノウの調査によれば、下水道が流入したテムズ川下流の企業から水を購入した家庭が、下水道が流入してない上流にある会社の水を買う人より14倍も(コレラによる)死亡率が高いなど、汚染は深刻なレベルであり、一般庶民は食生活のみならずあらゆる面で危険に接していた。加えて1875年の公衆衛生法で衛生状態を改善する試みが試されたが、初期の段階で恩恵を受けれたのはやはり中流階級以上であった。

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(当時市販されていたランベス社の水の微生物を描いた図)

この当時の「医療」による麻薬汚染もひどかったが、それについては下記の記事を参照のこと。


peoplesstorm.hatenablog.com

c.余暇

悪いことばかりを述べてきたヴィクトリア朝であるが、そんななかでも庶民に娯楽は存在した。オルガンライダーと呼ばれた人たちはオルガンによって路上で演奏し、チップを貰っていた。このようなストリート・ミュージシャンは数多くおり、写真も残されている。また、鉄道の発達は庶民でも気軽に遠出ができることを意味しており、比較的裕福な労働者は夏の間海に行って遊ぶなどの行為もできた。

しかし、多くの貧しい子供たちはおもちゃや余暇のためのお金はなかった。彼らは路地を除いて遊ぶ場所はなかったし、仕事をしなければならなかった。だけれども、貧しい子供たちは幾つか楽しいことができた。彼らは見つけられたものは何でも活用し、川で遊んだり、樹木やランプポストに登るなどの「お金の掛からない」遊びをしていたと考えられている。

f:id:VKsturm:20170308133417j:plain

(1870年代に撮影されたストリート・ミュージシャン)

5.終わりに

本記事ではヴィクトリア朝の庶民の生活を紹介したが、この他にも多く語らなければならないことがある。それらはまた別の記事で紹介したい。メイドや執事のイメージで語られるヴィクトリア朝であるが、このように庶民にとっては非常に厳しい時代でもあった。その辛い暮らしの一部でも紹介できたらならば幸いである。

この時代にもっと興味があるならば、下記に上げたWebサイトは無料で閲覧できるのでおすすめです。

参考文献

・ハッサル・アーサー・ヒル『食品の混ぜ物処理』

・BBC - Primary History - Victorian Britain

・Victorian Occupations: Life and Labor in the Victorian Period

・ヘンリー・メイヒュー『ヴィクトリア時代 ロンドン路地裏の生活誌〈上〉〈下〉』


*1:ハッサル・アーサー・ヒル『食品の混ぜ物処理』

*2:同上
http://peoplesstorm.hatenablog.com/entry/2017/03/08/210218


2017-04-18
イギリス料理はなぜ「まずい」のか─産業革命と二度の大戦から
http://peoplesstorm.hatenablog.com/entry/2017/04/18/212350

1.はじめに

イギリス料理=まずいというステレオタイプは日本において根強く有る。ツイッター、mixi、2ちゃんねる…あらゆるところで毎日のようにネタにされる。しかしなぜイギリス料理はまずいのだろうか。ここではイギリス料理がなぜまずいと言われるようになったかを簡単に論及していきたい。

2.産業革命以前の料理

14世紀に書かれたイギリス料理のレシピ集『The Forme of Cury』を見れば数多くの料理がいきいきと書かれているのに気づくはずだ。当時まだ貴重品だった砂糖も1/3の料理に使われるなど非常に豪華なメニューが載っている。加えてナツメグやクローブなどの香辛料もふんだんに使われているなど「先進的」なレシピも多数あった。また、イギリスには中世以前から続く豊かな食文化があった。800年頃に開発されたブラック・プディングは血を入れたソーセージで独特の味わいがある。13世紀年頃のパスティは牛肉や玉ねぎを入れたいわばパイで、具材から出るエキスの香ばしさとサクサクとした生地を楽しめる。スコッティーケーキはケーキという名前に反して、重量感のあるパンだが、中に色々な具材を入れることで多様な味を生み出している。シチューはどの国にも有る伝統料だがイギリスにも存在し、うさぎの肉を使い香辛料で臭みを消したスパイシーな料理方法が残されている。

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(伝統的パスティ)

このようにイギリス料理は決してネットで吹聴されるような「ただ茹でただけの野菜」を出すような貧相な食文化ではなく、気候故に取れる野菜は少ないものの、現地で入手できる様々な食材と輸入される希少な香辛料などを使って豊かな食文化を作り出していたのがわかる。

この食文化の拡充は18世紀まで順調に続く。17世紀の料理本『Cooks Guide』ではフランス料理の影響も垣間見え、フランス料理の命とも言える「ソース」のレシピをイギリス流にアレンジしたものが乗っている。18世紀になってもジェームス・ウッドフォードの『Diary of a Country Parson 』によれば、チキン煮や甘いケーキにブラン・マンジェ、アーティチョークを大いに食べ、加えて食後に果物を食べたという旨が乗っている。つまり確実にここまではイギリス料理は順調に発展を遂げていたことがわかる。この時期、伝統的料理にフランスなどの大陸に影響を受けた料理まで様々な料理が存在した。もちろん、庶民は新しい料理(特に香辛料を使ったものなど)は気軽に楽しめなかっただろう。彼らは身近にある素材で作れる中世以来の伝統的料理が主だったのは忘れてはならない。いくつかの旅行記に「イギリス料理はまずかった」という記載*1があるにしろ、この時点では順調に発達してしてきていたのだ。庶民の伝統的料理にも胡椒が使われるなどささやかな変化があっただろう。しかしこの図式が崩れるのが産業革命期、そうヴィクトリア朝である。

3.ヴィクトリア朝による料理の衰退

産業革命期はイギリス料理のその後を決定づけた。一体何が起こったのだろうか?

まず産業革命期と同時に起きたエンクロージャー(囲い込み運動)*2である。この動きは大きく第一次と第二次に分けられる。特に第二次エンクロージャーは食糧増産のために行われたが、この結果イギリスの穀物生産量は増大した。一方農民は農地から追い払われて都市生活者となりこれらが工場労働者の母体となった。かつて農民は農地と隣接してある森林を使って様々な生産活動を行えた。例えばヨーロッパ全域で広く行われた共有地である森林に豚を放して豚に落ちているどんぐりなどを食わせて肥え太らせ、冬前に解体することで冬季の食料にするなどである。また、森林では野鳥などを捕まえることもできた。加えて農村に流れる川、または海からは魚介類を得ることもできただろう。エンクロージャーによって無理やり都市部に追い払われた農民はかつてのように無料で畜肉を手に入れるのが不可能になった。このため僅かな金銭しか得られない下層市民達は肉を食べるのは非常に稀な機会となってしまった。

産業革命はこのような農村から出てきた農民を工場労働者として働くことでなりたっていたが、前述したようにこのような市民は僅かな銭しか得られなかった。彼らが買えるのは低価格なじゃがいも、ストリートセラーが売る低価格の出し物であって、ここで伝統的な農村(=森林からの恵みを得られる)と密接して成り立っていた料理は崩壊した。例えばブラック・プディングなどはかつては自家製で各村で作られていたが、ヴィクトリア朝期には購入するしかなくなり、次第に市民は口にする機会が減ったことだろう。また、ヴィクトリア朝期には生きていくためには家庭全員で働く必要があった。彼らは十分な初等教育も受けぬまま、また今で言う「家庭科の知識」=料理の知識を得られぬまま育っていった。加えて当時薪の枯渇から燃料費は増大の一歩となっていた。このために調理方法も凝った方法はできずに、沸かした湯で短時間じゃがいもを茹でる、などのシンプルな料理方法にならざるを得なかった。このような結果として、産業革命の到来とともに中世以来の豊かなイギリス食文化は崩壊を迎えたのであった。

ここまでを約言するとエンクロージャーによって農村を負われた農民は都市の工場労働者となった。彼らは幼いうちから働く必要があったたために充分な料理の教養を得られなかった。加えて森林からの恵みを得られないことによる食糧費の増大は家計を圧迫し食材の品質や品数を低減させ、燃料費の増大は調理方法までシンプルなものにせざるを得なくなった。これらの事情からイギリス料理は我々がステレオタイプで知っているような「ただ茹でる」「ただ焼く」だけとなっていったのである。

このような「茹でるだけ・焼くだけ」の極地がネットで盛んに話題にされるウナギのゼリー寄せである。そもそも魚のゼラチンを利用したゼリー寄せは世界各国にあり、ことさらイギリスにおけるウナギのゼリー寄せだけをネタにするインターネットの動向はどうかと思うのだが、とにかくウナギのゼリー寄せはうなぎをただ茹でただけの料理であった。私見であるが、この料理は「意図的に固まらせた」というよりストリートセラーなどが道端でうなぎを茹でたのを売っている内に、冷えて勝手にうなぎとその煮汁がゼリーのように固まってしまったのが本当の例だと思われる。ストリートセラーが売る「ただ茹でた」「ただ焼いた」ものは他にも有り、牡蠣やじゃがいも、魚介類などを茹でたり焼いたりして売っていた。

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(ウナギのゼリー寄せ)

これらの事情の他にも食材の偽装も食文化の衰退に拍車をかけた。先述したブログに書いてあるように当時のイギリスは食品偽装のオンパレードであり、あらゆる食材が有害な化学物質、あるいは無害だが不衛生的な混ぜものに汚染されていた。これらの食材は低価格だったため、労働者が必然的に頼るようになりこれも料理の味の低下を齎したであろう。

これらのヴィクトリア朝期の食文化衰退は、中流階級までもを襲った。そもそもイギリスの上流階級はフランスなどの料理人を雇って、フランス流の料理を熱心に食べていたが、新興した中流階級も上流階級の真似事として料理人を雇ってその料理を食べるようになった。しかし中流階級が雇える使用人というのは労働者階級の出の貧しい少女や少年であって、今まで述べてきたように彼らは料理の教育を受けてこなかった。彼らが作れる料理というのは労働者階級の料理─ただ茹でる・ただ焼く─だけであって、結果として中流階級も我々から見たら貧しく・美味しくない料理を食べていたことになる。いずれにしろ、農民などの口伝でつたわってきた豊かなイギリス食文化はここで一度の崩壊を迎えることになった。

ここで疑問が浮かぶ方も多いのではないか。「なぜ産業革命をした国でイギリスだけが食文化の崩壊に至ったのでは」と。ここで、『エコノミスト』のコラムではこう答えている。「工業化の前に、彼はイギリスの料理はヨーロッパで最高だったと主張する。しかし、英国が工業化する最初の国であったため、冷蔵庫はまだ発明されていなかった。このように、英国人は現代の食料保存技術の恩恵を受けずに農場を去ることになったのだ。彼らは食材の策源から遠く離れて、缶詰の野菜、保存された肉、根野菜などに頼って、少なくともこれらを魅力的なものにするために揚げたのだった。技術によって新鮮な果物や野菜が利用可能になった後でさえ、英国人の口の中は軽くて脂っこい食事に設定されていた。」*3つまり、イギリスは産業革命が最初の国だったために発達した食料保存技術の恩恵を受けられずに、缶詰の野菜や干し肉などしか手に入れられなかったとしているのである。もし食品保存技術でより安価により質のいい食材がイギリスより遅れて産業革命が到達した各国で手に入ったのならば、その分だけ食文化の崩壊は避けられることになる。加えて、イギリスのように深刻な燃料不足が併発して起こっていなければ更に食文化崩壊の危険性は低くなるのである。「産業化の時代には、世界が持てるものと持たざるものにはっきりと分かれていた。工業化社会では食料供給の問題は解決された」*4というようにイギリスより後発に産業革命を迎えた国は食料供給の問題を解決していたのである。もっとも、個人的にはどの国も産業革命によって農村から切り離されたことで食文化の少なからぬ崩壊は訪れていると思われる。程度問題というわけである。

4.さらなる苦難─第一次世界大戦と第二次世界大戦

ヴィクトリア朝期に食文化の崩壊が始まったとは言え、徐々に労働者の地位や給与が増大してくるに従っていくらかの改善が見られるようになった。それは1845年に初版が刷られ、ベストセラーとして20世紀まで重版が重なった『Modern Cookery for Private Families』などでも伺える(もっともこの本が刷られた当時の労働者にはこのような本を読む技術も、買うお金もなかったのだが。この本が労働者階級に流行りだすのは20世紀にはいってからである。)。

20世紀に入ると、労働者の待遇も改善され、燃料費の増大も落ち着き、また食品保存技術の拡大で新鮮な野菜や肉や魚が簡単に手に入るようになっていった。これに伴って、多くの料理本が発売されるなど食文化の崩壊は一旦歯止めがかかったに見えた。

しかし、そんなイギリスを待っていたのは第一次世界大戦と第二次世界大戦であった。第一次世界大戦はドイツの食糧不足が有名だがイギリスも少なくない食糧不足に悩まされた。かつて食卓を彩っていた様々な野菜や果物、肉類などは姿を消して再び粗雑で簡単な料理─さながらヴィクトリア朝期のように─にならざるを得なかった。この苦難は第一次世界大戦終了後の戦間期には改善されるが、すぐに第二次世界大戦がやってくるのである。第二次世界大戦ではバナナ、タマネギ、チョコレートなどの食べ物は市場から消え、乾燥卵、乾燥ジャガイモ、クジラの肉、スパム(缶詰)、snoekと呼ばれる「嫌な」輸入魚などの珍しいものが食卓に現れた。バター、砂糖、卵、小麦粉は欠乏し、パイやケーキなどの英国料理は伝統的なレシピで作ることが難しくなった。結論として、この時期は我が国で太平洋戦争中に代用食材が流行ったように代用品が横行し、著しく料理のクオリティは下がることになった。この時期にイギリスに駐留したアメリカ兵などはイギリス料理はまずいと感じ、本国に帰ってそれを広めたであろう。現代的な「イギリス料理はまずい」というステレオタイプは根源的にはこの時代の料理から来ているのだと予想される。

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(WW2中イギリスで配給された缶詰の中でも最も有名なスパム缶)

結果的に、イギリス料理は何度も崩壊を迎えた。まずはじめにヴィクトリア朝期、次に第一次世界大戦、最後に第二次世界大戦である。この期間にイギリスを訪れた者たちが口にした料理は今の我々が偏見抜きに食べたとしてもまずかったに違いない。このときの風評が今になってもステレオタイプとして保存されているのである。

5.イギリス料理の再生と進展─第二次世界大戦終結後

第二次世界大戦後、しばらく経つとまた食文化は再生をし始めた。手に入らなかった新鮮な肉や魚、卵などは輸入品を取り入れたこともあって市場に流れ始め、イギリスは再び伝統的な料理を作れるようになった。それだけではない。世界中が流通網で密接に結ばれ、新たなイギリス料理も誕生し始めた。今までは自国で生産できなかった数々の野菜や魚などを利用した新しい料理である。もともと植民地を通じて得ていた多文化主義的料理も更に飛躍を遂げ、多くのバリエーションを生み出している。もはや我々が知る「まずい」とされるイギリス料理は過去のものとなりつつ有る。海外のフォーラムに寄せられたコメントを引用して言えば「(イギリス料理の)ステレオタイプを受け入れないでください。英国に行き、料理を自分で試してみてください。あなたは失望しませんよ」*5ということだ。食文化は常に発展する。逆風によって挫けようと時が経てば、また逆風が止めば、また回復・進展するのである。現代のイギリス料理の美味しさはまさにこれを物語っているのである。

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(現代的イギリス料理、「ホワイトハート」。各国から輸入される食材で構成されている。)

6.おわりに

ここではイギリス料理の簡単な歴史となぜ美味しくなくなったかを簡潔に論じた。産業革命期に衰退したイギリス食文化であるが、他国の食文化も産業革命期にどのようになったかは気になるところであるが、私は外国語の才がなく、ドイツ語やフランス語を理解できる方にぜひ研究してほしいところである。日本の食文化も戦後一旦崩壊しているので(そばなどがいい例である)、そこと比べてみるのも興味深いだろう。

この短い論考でぜひイギリス料理への偏見がなくなれば嬉しいところである。料理はアイデンティティであり、民族の誇りである。その誇りやアイデンティティをステレオタイプで雑に語って言いわけがない。みなさんもぜひイギリスに飛んで、または日本の専門料理店で現代の、または伝統的なイギリス料理を味わってみてください。


*1:『生活の歴史10 産業革命と民衆』にもそのような文が記載されている

*2:囲い込み運動とは農民の解放農地を取り上げ、そこに柵を立てて=囲い込みし、羊などを放すことである。第一次は地主によって行われたが、第二次は政府や議会主体で行われた。

*3:http://www.economist.com/blogs/freeexchange/2006/12/british_food

*4:フェリペ・フェルナンデス=アルメスト著『食べる人類誌』

*5:Why is British food often perceived to be terrible? - Quora
http://peoplesstorm.hatenablog.com/entry/2017/04/18/212350


2. 中川隆[-8664] koaQ7Jey 2019年9月13日 20:08:30 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[4121] 報告

「国民の誇り」か「嘲笑の的」か、英国の伝統料理20選
2019.09.13 Fri posted at 17:33 JST
https://www.cnn.co.jp/travel/35138177.html


低評価は誤解の産物? 英国の伝統料理の知られざる魅力に迫る/Suzanne Plunkett/CNN



(CNN) 英国料理が長い間冷やかしの対象になっているとすれば、それは調理法が悪いからではなく、誤解されているためだ。

例えば、われわれはソーセージをトード(ヒキガエル)と呼ぶし、(羊などの)内臓をグレイビーソースで覆い、ペストリーで包んだ料理を「プディング」と呼ぶ。また冗談ではなく、ウナギも食べる。

事情を知らない人は、どれも理解に苦しむだろう。しかし、それは英国料理が非常に特別な料理である理由の1つにすぎない。

そこで今回は、英国の伝統料理20品をご紹介する。


フル・イングリッシュ

英国の正式なフライパン料理を盛り付けるには、普通の皿では小さすぎる。

定番の卵とベーコンに加え、キドニー(腎臓)、フライドブレッド(油で揚げた薄切りパン)、豚の血を固めて作ったソーセージ(下のブラック・プディングを参照)、余ったじゃがいもと野菜を混ぜ合わせた炒め物をすべて盛り付けられるだけの大きな皿が必要だ。最後の炒め物はなぜか「バブル・アンド・スクイーク」という名で呼ばれている。

ヨークシャー・プディング

ヨークシャー・プディングは、デザートのプディングとは全くの別物だ。英国料理の95%がそうであるように、このプディングも卵、小麦粉、牛乳、油脂のみで作られている。


ブラック・プディング

名前はプディングだが、決してデザートではない。これは固めた豚の血にオーツ麦を混ぜ合わせたソーセージだ。

ブラック・プディングをおいしく食べるコツは、目を閉じて、何も考えず、息を止めて食べることだ。


トード・イン・ザ・ホール

作り方はヨークシャー・プディングと全く同じだが、こちらはソーセージが入っているため、味は3.7倍おいしい。


スポッテッド・ディック

砂糖、小麦粉、干しブドウに、羊の腰肉や腎臓の周りの生の脂肪を細かく刻んだものを混ぜて作ったデザートで、1970〜80年代に英国の学校で出されていた。カスタードソースをたっぷりかけて食べるのが伝統的な食べ方だ。


ウナギのゼリー寄せ

まず、今まで見た中で最も大きなナメクジを思い浮かべる。続いて、それを食べるところを想像してほしい。


パイ・アンド・マッシュ

タイプの違う生地で得体の知れない肉を挟んだパイ。横に添えられたマッシュポテトは、さながらパイに襲い掛かる津波のようだ。


シェパーズ・パイ

名前にパイと付いているが、パイではない。たっぷりの肉とグレイビーソースの上に分厚いマッシュポテトをのせて焼いた料理だ。


フィッシュ・フィンガーズ、チップス、ビーンズ

これは、細長く切った白身魚のフライ、オーブンで調理したフライドポテト、トマトソースで煮た豆の缶詰のことで、英国の一般の子どもは、16歳までにこの料理を4160回食べることになる。


スコッチ・エッグ

卵をソーセージで包んだ料理

ソーセージ・ロール

ソーセージを卵(や他のさまざまな食材で作ったペストリー)で包んだ料理

トライフル

プディングの上に別のプディングを重ね、その上にさらに別のプディングを重ね、全体にホイップクリームをかけたデザート


イートン・メス

英国貴族が病みつきになるほどおいしいデザートで、メレンゲ、クリーム、フルーツを混ぜて作る。


ステーキ・アンド・キドニー・プディング

巨大なペストリーの中に、ぶつ切りのステーキと羊の内臓のシチューを詰めて焼き上げた料理。


ライス・プディング

ライス・プディングは英国唯一の米料理で、米をミルクと砂糖で煮込んで作る。


ジャム・ローリー・ポーリー

細かく刻んだ脂の入った生地で作ったロールケーキで、中にはジャムがたっぷり入っている。


フィッシュ・アンド・チップス

ある古い新聞によると、英国民はフィッシュ・アンド・チップスを食べる権利を守るために帝国を築き、多くの国々を征服したのだという。

少なくとも、筆者は英国の植民地政策の目的はそこにあったと考えているが、いずれにせよ、もし衣を付けて揚げた魚のフライが脅威にさらされれば、われわれは再び世界を相手に戦争を始めるだろう。


スコーン

歴史上、おそらくいつかは明らかになるだろう。イングランド内戦(1642〜51年)が始まったのは、2人の愚か者がスコーンにジャムとクリームのどちらを先に塗るかで対立したのがきっかけだったということを。

今なお英国を二分するこの問題に比べれば、ブレグジット(英国のEU離脱)をめぐる論争など大した話ではないように思える。


クリスマス・プディング

クリスマス・プディングに飽きた人は、人生にも飽きていると言ったのは、18世紀に「文壇の大御所」と呼ばれたジョンソン博士ことサミュエル・ジョンソンだったか。しかし、博士は痛風にひどく苦しんだ。

紅茶

われわれは中国とインドから盗んだ茶葉を船で英国に持ち帰り、それを乾燥させて粉々にし、沸騰した湯の中に入れ、完成した物にミルクと砂糖を混ぜた。

今やわれわれ英国民は、どんな危機も紅茶さえいれれば解決できると思い込んでいる。
https://www.cnn.co.jp/travel/35138177.html

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