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アホの考えを変えようとしたり、反論したり、話し合おうとしたりするのはすべて無意味で無駄
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/805.html
投稿者 中川隆 日時 2018 年 2 月 13 日 10:45:01: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: 自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間 投稿者 中川隆 日時 2014 年 8 月 21 日 23:59:19)


反対者をいちいち説得するより、賛同者を増やす方が効率的
https://www.bllackz.net/blackasia/content/20180213T0221090900.html


100%好意的な評価を受けることは絶対にない

人は誰でも意見を持ったり、何らかの意思表示をした瞬間に、期せずして批判の渦に巻き込まれる。

人は生きている限り、他人の批判から逃れることができない。自分が持った意見は、必ず正反対の意見を持つ人たちから激しく責められる。

自分自身が考えたことは、必ず妨害され、野次られ、敵視され、けなされる。何かすれば、敵対者からは必ず責任を追及され、いかに馬鹿げたことをしたのかと責められ、どうしようもないと軽蔑される。

私たちは、何かしたらそれで責められ、何もしなければ何もできないと責められる。真面目でいると面白味がないと嘲笑され、不良がかると社会不適合者だと吐き捨てられる。


結論から言うと、最も合理的かつ効率的なのは、反対者や批判者は、あっさりと「切り捨てる」ことなのである。

私たちは世の中を支配できない。そうであれば、私たちがしなければならない唯一のことは、「常に批判する人間はいる」と認め、その人たちを切り捨ててしまうことである。

相手を変えようとしたり、反論したり、話し合おうとしたりするのは無駄だ。切り捨てて関わらない。自分の人生に関与させない。説得しない。教えない。


なぜ、それがいいのか。理由は簡単だ。反対者や批判者の意見を変えさせるよりも、賛同者を増やした方が「効率が良く合理的」だからだ。

反対者の意見を変えさせるのは苦労する。結果的に無駄な努力になるかもしれない。無駄ではないかもしれないが、かなり面倒な仕事になる。

この忙しい現代社会で、なぜいちいち反対者や批判者のために、効率の悪いことに取り組まなければならないのか。ひとりの反対者を転向させるより、賛同してくれる人を見つける方が効率的なのだから、それを選択すべきだ。

「どうでもいい人間は切り捨てる」

「批判者を転向させるより賛同者を見つける」

日本人は今まで自分に反対する人たちの意見や、自分たちに対する批判には過剰に反応し過ぎてしまっている。無意味な配慮も横行している。

基本的に、優しすぎるのだ。

だから「どうでもいい人間は切り捨てる」という効率的な生き方ができない。しかし、そろそろこのあたりを変える必要が出てきている。

日本人はもっと我が道を往って幸せをつかんでもいいはずだ。
 

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コメント
 
1. 中川隆[-13854] koaQ7Jey 2018年7月28日 07:27:56 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-17344]

世の中では何をしても嫌われる、世の中の人間の 9割 はどうしようもないアホ

「誰にも嫌われないこと」を重視して生きるのは危険なこと


アメリカ人はイスラム教徒に嫌われる。イスラム教徒はキリスト教徒に嫌われる。キリスト教徒は共産主義者に嫌われる。共産主義者は資本主義者に嫌われる。富裕層は貧困層に嫌われる。貧困層は富裕層に嫌われる。

テロリストは全世界に嫌われる。しかし、助けに来たアメリカ軍は、他国に介入したとして嫌われる。

軍人は平和主義者に殺人鬼と罵られて嫌われる。平和主義者は夢想家だと言われて現実主義者に嫌われる。現実主義者は宗教心がないと宗教家から嫌われる。保守派は左翼に嫌われる。愛国者はグローバリストに嫌われる。

ありとあらゆる国で、国民は隣の国の人間を嫌う。国民は国民で、何重にも割れて互いに相手を嫌い合う。考えてみれば、なかなか悲惨な世界だが、これが人間社会の実態でもある。

つまり、私たちは何をどうしても、他人に嫌われる運命にある。ただ道ばたに立っているだけでも嫌われてしまう。どんな生き方をしても、何を言っても言わなくても、他人に嫌われない生き方はない。

私たちは存在してるだけで誰かに一方的に嫌われる。どんなに品行方正であっても、どんなに愛すべき存在であっても無駄だ。この世で嫌われない人間はどこにもいない。

この世の中は、何もしても嫌われるのが現実だ

嫌われないことを考えて生きるのは立派に見える。しかし、それは基本的に報われることはない。誰にも嫌われないで生きるのは不可能だからだ。

別に無理して嫌われる必要はないが、何をしても嫌われるのが現実なのだから、そんなものを重視して生きると100%失敗してしまう。

他人に媚びても、結果的には何も得られない。媚びることが嫌われるからだ。他人に同調しても、それが自分の本意でないのであれば自分で自分を壊してしまう。

嫌われたくないために他人に謝罪なんかしてしまうと、足元を見られて「もっと謝罪しろ、賠償しろ、誠意を見せろ」と恐喝されることもある。

誰でも人間関係を円滑にしたいと思う。しかし、嫌われたくないと思うが故に自分が折れると、自分の立場を悪くするだけである。自分で自分の首を絞めることになる。

何らかの意見を言えば必ず嫌われる。どんな意見でも、その意見と対立する意見が必ずあるからだ。逆に意見を持たなければ持たないで嫌われる。意見を持たない人間は愚かだと思われ、愚かな人間は本能的に嫌われるからだ。

立場を築くと必ず嫌われる。どんな立場でも、その立場を嫌っている人が必ずいるからだ。立場を築かない人も嫌われる。立場も築けないほど実力のない人間だと思われるからだ。

若いと若いがゆえに嫌われる。歳を取れば歳であるがゆえに嫌われる。男であれば男だから嫌われる。女であれば女だから嫌われる。

目立つと目立つというだけで嫌われる。嫌われないように目立たない生き方をしても、その生き方自体が姑息だと言われて嫌われる。

何をしても嫌われるのだ。そんな社会で私たちが生きるためには、誰もが最後に同じところへ落ち着いていく。

それは「嫌われることを恐れない」ということだ。


何をどう言っても、他人に理解されないのが現実

「嫌われることを恐れない」と言っても、誰かの悪口や罵詈雑言を恐れずに言い回ってもいいというわけではない。わざわざ他人に嫌われることを進んでする必要はない。

私たちは自分が心地良く生きるために、ある程度の常識や良識を持って生きなければならない。

しかし常識や良識を持って生きたとしても、嫌われることは最初から受け入れておく必要がある。どんなに常識や良識を持っても、それを持っているが故に嫌われるのだ。

分かってもらおうと思ってはいけない。徒労に終わる。相手は説得されることを望んでいないからだ。理解してくれる人もいるかもしれないが、理解してくれない人もいる。

理解してくれない人は、それがいかに理路整然とした正論であっても絶対に耳を傾けない。

なぜ分かってくれないのかと、隔靴掻痒の気持ちになることもあるかもしれない。しかし、世の中は何をどうやっても交われない人間が存在するのは誰も否定できない事実だ。

自分とはまったく逆の世界観を持つ人も多い。同じ人間であっても、同じ言葉を話していても、そこに横たわる溝は限りなく深い。

だから、自分を嫌い、何を言っても理解してくれない人がいるからと言って、落ち込む必要もなければ激怒する必要もない。

また、そういった人たちにひどく嫌われているからと言って、それを気に病む必要もない。媚びる必要もなければ、理解してもらう必要もない。

大人になればなるほど、意見を持てば持つほど、地位が上がれば上がるほど、有名になればなるほど、反対するために反対している人たちと山ほど遭遇することになる。

つまり、私たちは何をやっても批判され、何を言っても反対され、行いや生き方や主張が正しくても必ず反対者に嫌われるということだ。


嫌われるということ自体は、誰もが経験すること

「誰にも嫌われないこと」を重視して生きるのが危険なのは、それが確実に失敗するのが分かっているからだ。

嫌われる度合いは発言内容な信条や性格によって違う。しかし、どんな性格でも、どんな発言でも、誰かに嫌われることだけは間違いない。

だから、嫌われること自体は別に気にする必要はない。

職場でも、家庭でも、友人関係の中でも、世間の中でも、自分を嫌う人は必ず生まれ、自分の敵が必ず生まれる。私たちはそれに慣れなければならないのだ。

現代のような高度情報化時代になると、多くの人がインターネットで自分を嫌う人を発見することも多い。自分が「受け付けない」と思う人を発見すると同じく、相手もこちらを「受け付けない」と考える。

しかし、それほど気に病む必要はない。それは個人的な問題のように見えるが、本当のことを言えば誰もが経験する普遍的な問題であるからだ。

嫌われるということ自体は誰もが経験することであり、個人的な経験ではないのだ。

気持ちが収まらないかもしれない。潔癖な人であればあるほど、自分が誤解されたり、嫌われたりすることに苦悩する。人間関係の悩みで自殺する人もいれば鬱病になる人もいる。それほど苦しみ抜いたということなのだ。

しかし、マザー・テレサのような聖女さえも批判の対象になるのだから、聖人でも何でもない私たちが、誰かの怒りを買わない方がむしろどうかしている。

だから、誰かに嫌われて気に病むのは無駄だ。私たちが生きている世界は、誰かが誰かを嫌い、批判し、嫌悪し、恨み、排斥し、衝突する世界なのだ。それが現実だ。

そうであれば、逆にこうした世界に早く慣れておく必要がある。特に日本人であれば尚更だ。なぜなら、日本人は日本人であるというだけで、中国・韓国・北朝鮮のような反日国家の人間に嫌われるからである。

嫌われて何か問題でもあるのだろうか。何もない。相手を嫌うことに問題はあるのだろうか。何もない。相手と断絶することに問題はあるのだろうか。もちろん、何もない。


全般的に、蛇は嫌われる。中には蛇を愛する人がいて、この生き物がいかに愛すべき存在なのかを主張したとしても、やはり多くの人は蛇を嫌う。
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2018/01/20180115T1809470900.html  


▲△▽▼

価値感を共有しない国家、集団、人間と分かり合えると思ったら大間違いだ

2017年3月に入って、中国が事実上の制裁を韓国に課すようになっている。なぜか。韓国が高高度ミサイル防衛システム「THAAD(サード)」を配備しようとしているからだ。

これはミサイル攻撃に対する防衛システムなのだが、これが配備されると北朝鮮のミサイルどころか中国のミサイルまでもが防衛されることになる。

中国は以前より韓国にTHAADミサイルの配備は絶対に認めないと通告していたのだが、韓国はアメリカには早く配備しろと命令されていた。

結局、コウモリ外交のツケで板挟みになった韓国は、アメリカの命令の方に従うことに決めたのだが、それは中国を蹴ることでもあった。だから、中国は激怒して韓国を追い込んでいるのである。

中国のやり方は傲慢だが、日本は韓国に対する扱いはこの中国に学ぶ必要がある。韓国のような、すぐに裏切り、約束を守らず、価値感を共有しない国家は、中国のように有無を言わさない「制裁」や「報復」によって関係を断ち切らないといけないのである。

韓国は反日を繰り広げている。あちこちに「嫌がらせ像」を立てて日本を嘲笑している。このように価値感を共有しない韓国に対しては、日本こそが中国のように報復で返さなければならないのである。岸田文雄外相はすぐにそれをすべきだ。


「価値観を共有しない」とは、このようなことだ

価値感を共有しない国家、集団、人間と分かり合えると思ったら大間違いだ。絶対にそれはない。結果的には関係はうまくいかない。無理に一緒になっても、常に同床異夢であり、呉越同舟である。

この事実を認識するのは重要だ。

人間関係の軋轢や問題は、そのほとんどが「価値観を共有するかしないか」だ。相手が同じ価値観を持っていないと、どんなに長い時間一緒にいても必ず破綻が待っている。

自分の譲れない部分で価値観を共有していないと、一緒にいられない。個人でも、グループでも、民族でも、国家でも、重要な部分で価値観が共有されいないと必ず関係は壊れる。

「価値観を共有しない」とは、具体的にどのようなケースが考えられるのか。日本人の一般的な性格を元に考えれば、いくつもの例が挙げられる。

たとえば、日本人は自立心が高い。生活でも経済問題でも、その多くは他人に迷惑をかけず、自分で何とかしようと努力するし、困難にも耐える人が多い。

そうすると、依存心が強く、何でもかんでも他人を利用しようと考える民族とは「価値観を共有しない」と言える。

日本人は黙々と「すべきこと」をする。他人がどうであれ、自分のやることはしっかりとやる人が多い。ある意味、これも自立心の高さから生まれている。

そうすると、すべきことをせず他人に期待し、裏切られると恨んだり非難するような民族とは「価値観を共有しない」と言える。日本人には合わないのだ。

日本人は、それぞれ他人には他人の考え方があることを理解する。他人と意見が違ったり、思想が違ったりしても、できる限り相手を許容する人が多い。

そうすると、相手も自分と同じ考えだと思い「違う」と分かると裏切られたと思って頭ごなしに批判してくるような民族とは「価値観を共有しない」と言える。

日本人は、すぐに目の見えるような成果がでないことでも、長い目で取り組み、少しずつ効果を生み出せるように努力する。他人が見ていなくても責任を持って取り組む人が多い。

そうすると、すぐ目に見える成果をあげようと行動し、効果が出ないと分かると、さっさと見捨てて顧みないような民族とは「価値観を共有しない」と言える。

日本人は、見栄や虚栄心よりも身の丈に合った生活や考え方を好む。うわべを飾り、外観を取り繕い、他人に良く思われようと過剰な努力をしたところで、内面が伴っていないと意味がないと考える人が多い。

そうすると、整形手術でも嘘でも詐欺でも騙しでも何でもいいからうわべだけを飾ろうとするような民族とは「価値観を共有しない」と言える。


日本と「価値観を共有しない」民族が存在する

日本人は、個人的な約束から公的な約束まで、たとえ自分が損をかぶることになっても、責任を持とうとする人が多い。いったん約束したことはきちんと果たそうと考える。

そうすると、自分の都合によって約束を守らなかったり、前に言ったことを翻したり、約束などした覚えはないと言い張るような韓国人のような民族とは「価値観を共有しない」と言える。

日本人は、物事を徹底して取り組み、綿密さや正確さをできる限り保障しようとする人が多い。また、そうやって物事に取り組むことに誇りを感じている。

そうすると、物事には適当に取り組み、問題が出たら責任を他者に押しつけ、それでいて最初は「何でもできる」と根拠もなく言うような韓国人のような民族とは「価値観を共有しない」と言える。

日本人は、信頼されることや信用されることをモットーとして取り組み、そのために地道な努力をする人が多い。信頼を得るには長い時間がかかる。しかし、その時間は無駄だとは思わない。

そうすると、金のためなら、嘘でも裏切りでも詐欺でもゆすりたかりでも何でもするような韓国人のような民族とは「価値観を共有しない」と言える。

日本人は、事実関係が間違っていると謝罪し、同じ間違いが起きないように物事を改善しようと考える人が多い。自分の感情よりも、事実を優先する。

そうすると、都合が悪くなると泣き叫び、ごまかし、逆切れし、被害者を装ったりするような韓国人のような民族とは「価値観を共有しない」と言える。

日本人は、他人に対する思いやりや、恩義を忘れない。また、思いやりには思いやりを返し、恩義には報いようと努力しようとする人が多い。

そうすると、思いやりを見せる相手は弱い人間だと考えたり、恩を受けたことをなかったことにし、恩を仇で返すような韓国人のような民族とは「価値観を共有しない」と言える。


関係を断たなければ、問題はますます深刻になる

もちろん、個人間や民族間で、すべての価値観が完全に一致しているというのはあり得ない。

人間はひとりひとり違っており、民族もそれぞれ違っている。文化も違えば、人種も違えば、宗教も習慣も何もかも違う。だから、完全一致を目指すとすべてがうまくいかなくなる。

しかし、根本的な部分で、ある程度の価値観の共有が為されていないと、最初からうまくいかないというのも事実である。

あまりにも価値観が違っていると、どこかで妥協したとしても、他のほとんどの部分が対立してしまって、次から次へと問題が発生していく。

無理に一緒になっても、関係は必ず破綻してしまう。ただ破綻するだけではない。互いに最も不幸な形で関係が破綻するのである。常に同床異夢であり、呉越同舟というのは、そういう意味だ。

したがって、「価値観を共有していない」「今後も共有できる見込みがない」と分かれば、互いに深入りすべきではなく、関係は断絶するか、もしくは必要最小限の関わりにとどめておくしかない。

「価値観を共有していない」というのは、共に生きるのに適していないということだ。生きている世界が違っているのだ。その上、相手が憎悪を向けてくるのであれば、関係は断絶すべきであり、関わるべきではない。

「誰とでも仲良く」というのは幼稚園か小学生低学年の標語であり、それは現実的ではない。うまくいかない関係は、いずれ壊れる。悪化する可能性のあるものは、いずれ悪化する。

日本は八方美人になってあちこちに良い顔をしても仕方がない。「価値観を共有していない」と悟った国とは関係を断たなければ、問題はますます深刻になっていく。

価値観を共有していない相手とは戦略敵に関係を断つというのは、問題を複雑化させないために、とても大切なことだ。

今後、韓国のように価値観を共有していない相手と関係を断てるかどうかで日本の命運が決まる。

日本は、韓国の反日で凄まじく迷惑を受けている。民族の尊厳を貶されていると言っても過言ではない。それならば、なぜ政治家は躊躇しているのか。日本も中国を見習って、さっさと韓国に報復すべきなのだ。

そして、最終的には韓国と一切の関係を断つべきだ。国交断絶と非韓三原則こそが、正しい韓国との付き合い方である。


最終的には韓国と一切の関係を断つべきだ。価値感を共有しない国に遠慮は要らない。国交断絶と非韓三原則こそが、正しい韓国との付き合い方である。
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2015/05/20150527T1321560900.html



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反日国家との関係はマネージなどできないので断交が正しい

「一見、良いことを言っているように見えて、実は裏には別の意図がある」というのは、中国・韓国・北朝鮮のような反日国家が常に使う手口である。

たとえば、「平和を守れ、平和は素晴らしい」というのは、とても美しい言葉だ。人は誰でも平和でいたいし、協調したいと思っている。誰も他人と衝突しながら生きたくない。

しかし、それを反日国家が日本に強要したとしたらどうだろうか。日本の防衛力をゼロにするために「平和を守れ」と諭しているのだから、言うがままに反日国家を信じていると、あっさりと侵略される。

「平和を守る」というのは美しい言葉であり、理想だ。しかし、現実には暴力国家・独裁国家・詐欺国家が日本のまわりに存在するのだから、きれい事など聞いている場合ではない。

反日国家が、あの手この手で日本を侵略しようとするのが現実社会のリアルな姿なのである。

日本の侵略にはいろいろあるのだが、その中のひとつの大きな手法が捏造ファンタジーの歴史プロパガンダを日本に押しつけて「謝罪しろ、賠償しろ、金を出せ」と恫喝したり、「平和を守れ」と叫んで武装解除させる方法だ。

日本はやりたい放題されている。


建前の美しい言葉は、警戒心を解くための手口

「信じ合うのは美しい」というのは間違いない。しかし、簡単に中国・韓国・北朝鮮のような国を信じてしまったら、日本は騙されて終わりだ。

韓国を見ればいい。国と国の約束すら守れない史上最悪の詐欺国家である。

だから、普通の常識を持った日本人であれば、他国を信じたいと思っても、それは「お花畑の理想論だ」と一定の警戒心を持って生きている。

この「警戒心」こそが反日国家にとって、最も邪魔なものだ。だから、反日国家はこのように言う。

「友好関係は美しいのに、日本人は他人を疑って生きている。間違っている。我々を信じなさい」

そうやって彼らは自分を信じさせて、守りもしない合意を結んで金を毟り取っていく。現に、日本は日韓合意で10億円を毟られて合意も反故にされている。

韓国の方は国内で好き放題しているのに、「友好関係は美しい。協力し合うべきだ」と都合の良い建前や理想を日本に押しつけているのは日本をカモにするための手法でしかない。

悪人ほど美辞麗句や理想を語りたがる。その理由は明らかだ。それは、要するに相手から「疑う心」を奪い取るためのテクニックなのである。

どこかのインチキ宗教の教祖も、美辞麗句を語って自分を信じさせている。もちろんそうやって自分を信じさせて、信者の財産を根こそぎ奪うためだ。

建前や美辞麗句を押しつける人間というのは、本当のところを言えば、非常に危険なタイプの人間であることも多い。

問題は、日本人はこの手の手法に弱いということだ。

日本政府も、中国・韓国・北朝鮮から「友好しろ」と押しつけられると友好し、「友好のためには謝罪しろ」と迫られると謝罪し、「謝罪するなら賠償しろ」と凄まれて賠償してきた。

日本政府がそうなら、日本人個人もまた「きれい事」に弱い。赤ん坊の手をひねるように簡単に騙される。日本人は友好を好み、弱者を守りたいという美しい気質があるので、そこを見透かされている。


自分が弱者になりすまして「弱者を守れ」と叫ぶ

生活保護にしてもそうだ。やむにやまれぬ事情で生活が困窮して生活保護を受けている人もいる反面、わざと働かないで生活保護を不正受給をするクズのような人間もいる。

本当に困った人にとって、生活保護は一縷の望みであるにも関わらず、それを不正受給する一部のクズのために生活保護というシステムは崩壊の危機に瀕している。

こうした生活保護に寄生する悪人どもは、自分が弱者になりすまして「弱者を守れ」と叫ぶ。

よくよく考えれば、本当の弱者というのは、自分が弱者であることを恥じてそれを隠そうとする。間違えても「自分は社会的弱者だが、世間は自分を守れ」と叫ばない。

そんなことを叫んで社会運動している暇があるのなら、一日でも早く仕事を見つけてまっとうに暮らせるように努力する。あるいは、心情的に、世間に迷惑をかけないように慎ましく目立たないようにする。

しかし、弱者を装ってタカリをする人間は逆だ。

「弱者を守れ」と声高に叫び、「弱者の人権を保護しろ」と役所の職員を恐喝し、もっと金をよこせと声を荒げて要求する。弱者という立場にあぐらをかいて、「保護しないのは差別だ」とわめいて、上から目線で高飛車に金を要求する。

「弱者を守る」というのは、当たり前のことであり、これは誰も否定することができない。だから、弱者を装っている悪人は、ことさらに建前や理想を他人に語って金を奪い取る。

「人を信じろ」「弱者を守れ」という正論は、悪人の手にかかるとそれ事態が相手から金を毟るための「ワナ」となる。それは、正論を無理やり相手に押しつけて、自分の都合の良いように相手を動かす手法に過ぎない。

宗教ビジネス、弱者ビジネス、人権ビジネスというのは、こうした「理想の押しつけ」「善意の押しつけ」によって成り立っている。

それを国単位でやっているのは韓国である。この国はありとあらゆる問題にケチをつけて自分が被害者だと言い張り、事あるごとに「謝罪しろ、賠償しろ」とわめき、合意を結んでも平気で破る。


悪人が善人に見え、善人が悪人に見える理由

「友好関係は美しい」という人と、「騙されるな。友好関係は破棄しろ」という人がいたら、どうしても「友好関係は美しい」というメッセージを発した人の方に好感が集まる。

「友好関係は美しい」と言っている人は、一見すると悪人に見えない。

悪人どころか善人のように見える。たとえ、友好関係を結んでから「友好を壊したくなければ謝罪しろ、賠償しろ」という邪悪な魂胆があったとしても人格者に見える。

逆に「騙されるな。友好関係は破棄しろ」と言っている人は、邪悪で心が狭い人のように見える。

たとえ反日国家の友好に裏があると分かっていて、日本を守りたいと思うがゆえの発言であっても、そのメッセージからはどうしても偏狭な悪人のような印象に見える。

悪人の方が善人に見えてしまうというのは、別に不思議なことではない。悪人は信用されなければ商売にならないから、必要以上に信用されるために外見を飾り、言葉を飾るからだ。

たとえそれが嘘でも、そのように振る舞っていれば人々が騙されることを悪人は知っている。

だから内面が真っ黒な人間ほど、外見を飾って飾って飾りまくる。美辞麗句を語り、善意を声高に要求する。そんな人間こそが危険なのである。

もう日本人は分かったはずだ。

「平和を守れ」も「友好関係は美しい」も、邪悪な人間や国家が言うと、そこには裏があるのだ。「騙した方と騙された方では、騙される方が悪い」とうそぶく国民や国家が美辞麗句を言うのはワナなのである。

美辞麗句に騙されてはならない。

中国・韓国・北朝鮮は反日国家であり、すでに日本の敵国と化している。歴史は捏造し、何の約束も守らない。ただ、日本を責め立て、日本を貶め、日本を崩壊させようとしている。

特に韓国は許せないほど卑劣だ。そうであれば、日本人はもう韓国と関わるべきではないというのは誰でも分かる。反日国家との関係はマネージなどできない。

相手にして騙されるくらいなら、完全に関係を断ち切ってしまうのが正しい。そして、それは政府だけに突きつけるのではなく、日本人ひとりひとりが肝に銘じるべきなのだ。個人も「非韓三原則」をすべきなのである。


相手にして騙されるくらいなら、完全に関係を断ち切ってしまうのが正しい。そして、それは政府だけに突きつけるのではなく、日本人ひとりひとりが肝に銘じるべきなのだ。個人も「非韓三原則」をすべきなのである。
http://darkness-tiga.blogspot.jp/2017/12/20171229T1755460900.html


▲△▽▼

許すと現実から抜け出せる

さて、先日は、今の伝統だとか常識だとか。
そんなものは時の権力者が適当に作っただけ。
伝統でもなんでもないですよ。

そんな話を載せますた。

世の中にあるこうすべき。
こう生きるべき。
こういう人が素晴らしい。これがまっとうな大人。

そんな常識は、時の権力者が広めた単なる物語。

例えば、家畜を見る

狭い牛舎に押し込められて
モーモー鳴いてる牛さん達。

はたから見ると可哀そうに。。そう思うのですが。
せまい満員電車に押し込められて通勤する人たち。

なぜか人間になると、それが常識的でまっとうな生き方になってます。

って、あんた!それは単なる奴隷でしょ!

多くの人は完全に洗脳されて
自分や他人を取り締まって生きてます。

日本に広がる不寛容社会。

今から100年後。

2017年当時は、どうも不倫だとか不謹慎発言だとか。
お互いにネットで叩き合うのが流行ってたらしい。
バカな社会だったんだなぁ。

そう笑う時が来るでしょう。


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こう生きるのが正しい生き方。
あなたが学校で習った道徳。
常識。

ワタスが最近、思うのは、

例えばワタスの知り合いに、いつも人に優しく
自分を犠牲にしてまで人に尽くさなきゃならない。
そういう観念に凝り固まった人がいますた。

ワタスも以前はそういう正義感で色々活動をしてたこともあるんですが

でも、そういう正義をかざして生きてると、なんだか生きづらいんですね。

正義とか声高に言う人を見ると、
むしろ、普通の人より社会の不平不満を口にして生きてる。

あいつは卑怯だ。
あいつには常識がない、モラルがない。
あいつは許せない。
この社会は最低だ。

いつも不平不満を言ってる。

で、むしろ、そういう観念=洗脳を手放すと、そんな毎日、愚痴ばかり言わないで生きられるのでは?
もっと楽になれるのでは?

そう思ったりするのですた。

宗教もそう。

宗教を信じるあまり、結局のところ人を攻撃するようになる。
幸せになるべくして宗教をやっているのに、なぜか元々の目的は忘れ去られ戦争をやるようになる。
宗教が殺し合いの道具になってる。

実は歴史的に見て一番殺し合いをやってるのは宗教で、
そして今の不寛容社会に日本を見ると

なにか日本全体が変な宗教に入ってるように思えるのです。

バシャールさんや他のスピ系の人たちが言う「許す」「手放す」。

許すと楽になれる。
現実が溶け始める。

それはワタスは本当だと思います。

他人を許す。それは大事なことです。

でも、人からイヤーなことを言われたら、
そういう嫌な人を許す必要があるでしょうか。

聖人君子じゃあるまいし。
人ばっかり許してると、自分が苦しくなっていきます。

まずは、そういうイヤーな気分になってる自分を許す。
そしてイヤーなことを言う人とは金輪際会わない。
良い人ぶらない。

そうやって自分の中にくすぶってる思いを開放する。
許す。

こうあらねばならない。正義であらねば。優しくあらねば。
そういう○○であらねば。
それをやめてみる。

自分の内側と外側は違うことのようで元々同じものです。

だから自分が自由に生きるようになると、むしろ他人に腹が立たなくなるし
やさしくなれる。

不寛容社会は自分を取り締まってる人が多いからです。

自分をまず許す。ユルユルして解放する。

この世界は許せない、認めない。
そっちをずーっとやってるとどんどん苦しくなる。

で逆に、許す方。
認める方に行くとどんどん楽になる。

肯定の言葉が増えて良い出来事が寄ってくる。
現実が変わり始める。
バシャールさんなどは現実が溶け始めると表現してますが。

ワタスはそれは本当だと思ってます
https://golden-tamatama.com/blog-entry-yurusu-nukedasu.html



▲△▽▼



日本人は、人間関係を壊してはいけないという刷り込みが強い 2013-01-04

日本で不文律のように言われていることがある。それは


「人間関係は維持しなければならない」

「どんな人間関係でも、それを壊すと自分が困る」


というものだ。日本人は農耕民族なので、協調性も非常に重要視されており、どうしようもない人間とも嫌々付き合わなければならないとも言われている。


「世の中、誰もが好きな人間とだけ付き合って生きていけるほど甘くない。ときには嫌な人間とも付き合わなければならないのだ。我慢しなければならない」


日本人は昔は「村」の人間関係から逃れられず、今は「職場」の人間関係から逃れられない。だから、自分の我を出すのは非常に嫌われ、子供の頃から「我慢」と


「孤独な人間には価値がない」


と徹底的に刷り込まれていく。日本人は、


「人間関係を壊してはいけない」


という刷り込みが、極度に強い社会なのだ。

金を失い、時間を失い、平常心も失ってしまう

嫌われたら「村八分」される。村八分されたら生きていけない。だから、日本人は仲間はずれにされたり、孤独にされるのを非常に恐れており、孤独にも恐怖を感じる人も多い。はた目から見ると、人間関係の強迫観念にとらわれているかのようにも見える。社会がそれを強制している。だから、日本人は、仲間はずれにされないように他人に合わせるようになり、主張することもできず、何でも流されるように受け入れてしまう。

夜の街、歓楽街、欲望の街、売春地帯では、これが致命傷になる。手練手管に長けた女性や、自由奔放でまったく他人のことを考えない女性に、とことん振り回されるのである。

相手に不満があっても、流されるように受け入れ、そのために、どんどん金を失い、時間を失い、平常心も失ってしまう。そうなってしまっても、相手を切れず、利用され、カモにされ、踏み台にされる。

怒ったり、たしなめると、


「本当はあなたを愛してる」

「次からはきちんとする」


と答えて反省するが、しばらく経つとまたもや同じことを繰り返す。こういった女性は、他の男とトラブルを起こし、社会的なルールを守らず、金銭トラブルを起こし続けるのである。それでも、切れずに、ずるずると付き合って行く。人間関係で、「流されている」典型的な例である。

売春地帯では、日本人が束になっても敵わないほど奸知に長けた恐ろしい女性もいて、セックスをエサに男を破滅させる光景を山ほど見る。売春地帯で男が飛び降り自殺したり、自棄になって女性を殺害したりする事件が多発している。時には最悪の事件を起こす男もいる。日本人に多いのは


「ずっと貢がされる」

「断り切れなくて金を毟られる」

「次々とタカられる」


というものである。


詐欺で逮捕されたタイ女性。外国人を手玉に取って騙すような女性は、どこにでもいる。


流される人間関係が致命傷になってしまう

フィリピンでも、タイでも、ずるずると金を毟り取られる一方の男が山ほどいて、すべて奪われたら大使館前に「捨てられる」ような男もいる。すべて毟り取られて乱射事件を起こす男もいる。

なぜ、そうなるまで関わってしまうのか。ここに、人間関係で我慢し、村八分を恐れ、人間関係を切ることができない日本人の「刷り込み」を見ることができる。日本社会が日本人に強要している「刷り込み」とは、


「我を殺して協調性を重視する」


ことと


「ノーと言って人間関係を壊してはいけない」


というものだ。日本人の多くは子供の頃からそれを「刷り込まれている」ので、まったく意識していないが、だから危険なのである。過度に協調性を意識すると、それを良いことに、ずるずると利用され、タカられ、毟り取られていく。

東南アジアで女性ひとりと知り合ったら、その女性の友人や家族や親戚が次から次へと出てきて、当たり前のように、毎日のようにタカられる。

日本人は、それに強烈な不満を感じても、決してそれを口に出さず、ただ耐えて耐えて耐え抜いて、タカられるがままになる。それに何とも思わないで溶け込める人間ならいいのだが、最後に爆発して事件を起こすのであれば、最初から人間関係は遠慮なく切り捨てるほうがいい。日本から一歩出ると、むしろ「人間関係の切り捨て」ができるようにならないと、どうしようもなくなってしまう。特に、アンダーグラウンドではそうだ。流される人間関係が致命傷になってしまうのである。


自分のためにならない人間関係は、容赦なく切る

裏社会(アンダーグラウンド)は、常に表社会とは、逆のルールが作用している。

愛は表社会では正しい感情。
愛は裏社会では間違った感情。

信じることは表社会では正しい感情。
信じることは裏社会では危険な感情。

疑うことは表社会では嫌悪されること。
疑うことは裏社会では重要なこと。

何もかもが、表社会と裏社会ではそっくりそのままひっくり返っていて、表社会のルールで裏社会を泳ぐと、たちまちのうちにカモにされてしまう。

特に日本人は、自分の我を出すのは非常に嫌われ、子供の頃から「我慢」と「孤独な人間には価値がない」と徹底的に刷り込まれているので、世界中どこでもカモだ。カモにされても、気がつかないほどだ。

そこから逃れるには、


自分のためにならない人間関係は「容赦なく切り捨てる」

「ノーと言う」

「付き合えないと言えるようにする」


べきなのである。あなたのためにならない人間関係は、長く生きていると必ず出てくる。単に、群れるための人間関係、流されてできてしまった人間関係、我慢しているだけの人間関係、自分をダメにしてしまう人間関係、破滅が目に見えるだけの人間関係……。

そんな人間関係を強いる人間が、必ずあなたの目の前に現れる。特に海外では「友達」を押し売りする男と、「愛」を押し売りする女が、高確率で現れる。そのときに、人間関係を切れるかどうかが命運を分ける。悲劇を避けるためには、一刻も早く、日本社会特有の「刷り込み」から脱して、「悪い人間関係を切る」経験を積まなければならない。

大切にしなければならない縁と、容赦なく切らなければならない縁を見極めて、切るべきものは早めに切るべきだ。


重荷になっている人間関係に囚われてはならない。日本社会特有の「刷り込み」から脱して、悪い人間関係を切る。
http://www.bllackz.net/blackasia/content/20130105T0000060900.html


2. 中川隆[-13349] koaQ7Jey 2018年10月20日 05:36:28 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-19384] 報告

自分を苦しめる人間関係から脱却するために最初に考えるべきこととは?
https://blackasia.net/?p=9867

人間関係に苦しむ人は多い。人間関係に苦しむ人が最もすべきことは、苦しい人間関係を何とか改善することだろうか。そうではないと私は信じている。それよりも、もっと効果的で合理的な方法がある。

それは、「自立できる経済力を持つこと」である。

なぜか。どの組織、どの人間関係にも依存しないだけの自立できる経済力があれば、自分に合わない人間を、簡単にかつ明快に断ち切ることができるからである。自立できているのに、自分にとって有害な人間と一緒にいる理由はどこにもない。

自立できる経済力があれば、自分にとって知的な刺激を受ける人、一緒にいて心地良い人、共に楽しめる人だけを残して、どうでもいい人間は切ることができる。人間関係を「改善」するのではなく、「取捨選択」することができる。

合理的だと思わないだろうか。

そう考えれば、自立できる経済力を持つというのは、なかなか深遠なテーマであることに気づくはずだ。経済的な豊かさは、実はしがらみを切るためのツールでもあるからだ。(鈴木傾城)

自分の価値を認めない人のために時間を使うな

すべての人間は分かり合えると思ったら大間違いだ。

人はそれぞれ信じるものが違い、主義主張が違い、文化が違い、習慣が違い、生き方が違い、目的も違う。ありとあらゆるものが違うのに、すべての人と分かり合えるはずだと思うのは、それこそどうかしていると言っても過言ではない。

「何をどうしても分かり合えない人がいる」

これが現実なのである。ただ、すべての人と分かりあえなくても問題ない。互いに節度ある関係を保つことができるのであれば、それで世の中は回るからだ。

しかし、節度ある関係すらも築けず、自分にとって害でしかない人間も世の中にいる。それも莫大な数で存在する。何をどうしても好きになれない人間や、うまく関係を築けない人間は避けられない。

本当のことを言えば、好きになれない人間と一緒にいるような選択はすべきではない。好きになれない人間と長期に渡って継続的に関わるのは合理的ではない。避けなければならない。

親兄弟や親族とうまくいかないという人は多い。その場合はどうすればいいのか。私なら近くにいない。疎遠になる。関わらない。避ける。物理的に接触を避けて、自分自身の人生や生き方を最優先する。

関係が切れないのであれば、関係を限りなく疎遠にしておけばいい。親兄弟であっても、自分にとって心地良い関係を保つことができないというのであれば、なぜ緊密な関係を持つ必要があるのか。

自分の価値を認めない人のために、貴重な時間を使うべきではない。

「自立できるだけの経済力」はここで生きてくる。自立するというのは「自分が好きでない人のために時間を使わない」ことなのである。

意外にドライな合理的精神を持っている

幸せな人間関係で自分の環境を固めたいのであれば、一緒にいて心地良い人との関係を良くして、そうでない関係は清算する作業を繰り返すのが理に適っている。

自分を理解してくれない人や自分にとって有害な人と関係を改善することではない。「人類みな兄弟」ではない。不必要な関係は切らなければならないし、もし切れないのであれば疎遠にしていく必要がある。

農家は育てている農作物に栄養を与え、雑草を引き抜いて実りを得る。雑草も大切だと言って一緒に雑草を育てていては重要な農作物が枯れる。農作物を成長させるためには、雑草を引き抜いて取り去る作業は欠かせない。

人間関係も同じで、自分にとって実りにならないばかりか有害ですらもあるような人間関係は引き抜いて取り去る作業をして当然だ。

分かり合えない人との関係を何とかしようと思うのは、まさに雑草を育てているのと同じなのである。そんな労力があるのであれば、大切な人間関係の方に時間を使う方がよほど役に立つ。

しばしば壊れ、しばしば改善しなければならず、しばしば自分に害を為す人間関係をどうにかするのは困難な仕事だ。それよりも、最初から心地良く、お互いに尊重できて、自分を向上させる人間関係を増やした方が絶対にいい。

扱いにくい人間と関わるべきではない。取引もすべきではない。扱いにくい人間は遠ざけることによって自分の大切な時間を守ることができる。

人生の中で素晴らしい人間関係に囲まれている人は、意識的にも無意識にもそうしている。その人は大勢の人をふるい落とした結果だ。彼らは付き合う人を慎重に選んでいるのである。

素晴らしい人間関係に囲まれているというのは、意外にドライな合理的精神を持っている人であると私は見ている。ドライに人間関係を取捨選択しているから、よけいな人間関係に煩わされないで幸せな人間関係だけでまわりを固められる。

幸せな人間関係でまわりを固められるというのは、「人間関係の取捨選択」がきちんとできている証拠なのだ。雑草を引き抜いて、大切な存在に水を差している。

そして、彼らはそれができる経済的な余裕も持っている。自立できているから、雑草が引き抜ける。経済的に自立できていなければ、雑草を引き抜く力がない。

地獄のようなインド売春地帯を描写した小説『コルカタ売春地帯』はこちらから

問題は、切らなければならない関係が放置されること

極度に悪化した親子の関係、暴力が絡むようなパートナーとの関係に苦しむ人もいる。血縁的、法的な結びつきがある場合、人間関係は簡単に切れない。しかし、切れないからと言って自分に害を為すのを放置しておくのは良いことではない。

切らなければならない関係は、意図的に切らなければならない。

いろんなしがらみで切れないのであれば、関係を疎遠にしていかなければいけない。相手が自分に害を為すことができないように「一定の距離」を置いて、関係を限りなくゼロに薄めていかなければならない。

多くの場合、自立できる経済力があればそれが実現できる。

経済的に自立できていれば、関係を切ることも、疎遠にすることも、それほど難しいことではなくなる。経済力を背景にして、新天地を求めて旅立つことが可能になる。

だから、注力すべきは壊れた関係の中でサバイバルすることではなく、着実に自立できる経済力を身につけることとだ。

すべてはそこに行き着く。

人間関係は切ってもいいのだと分かっていれば楽になれる。それができる経済的な余力があれば、さらに楽になる。実際に「何をどうしても分かり合えない人」を切ったら、もっと楽になれる。

人間関係に苦しんでいる人は「切ること」をより重視してもいい。そして、経済的に自立できるのであれば、その決断は実現化できることに気づくべきだ。

社会の底辺で多くの荒んだ人たちを見てきたが、彼らの問題はひどい人間関係にがんじがらめにされていたということだけでなく、そこから抜け出すための経済的な余裕がなかったことにも私は気付いている。

自立するだけの経済力を手に入れるというのは、それを実現できている人にとっては別に大したことではないように思うのだが、そこに至っていない人にとっては、大変なことでもある。

しかし、大変だからと投げ出してはいけないものでもある。自立するだけの経済力は、破滅的な人間関係から脱却するための武器にもある。武器は持っておくべきだ。(written by 鈴木傾城)

農家は育てている農作物に栄養を与え、雑草を引き抜いて実りを得る。雑草も大切だと言って一緒に雑草を育てていては重要な農作物が枯れる。農作物を成長させるためには、雑草を引き抜いて取り去る作業は欠かせない。人間関係も同じで、自分にとって実りにならないばかりか有害ですらもあるような人間関係は引き抜いて取り去る作業をして当然だ。

3. 中川隆[-13500] koaQ7Jey 2018年11月07日 14:53:56 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-20248] 報告


自分と合わない人と関係改善の努力するよりも、もっと良い方法がある
https://blackasia.net/?p=10033

柔軟な人は、頑固な人と合わない。約束をきちんと守る人は、約束と守れない人とは合わない。優しさを基本にして生きている人は、他人に冷酷な人とは合わない。人間は、いろんな部分で他人と合わない面を持つ。

だから、人間関係は常にトラブルに満ち溢れている。人間関係のトラブルを経験したことのない人は、この世にいないのは断言できる。

性格も、年齢も、職業も、性別も、教育も、国籍も、文化も、宗教も、主義も、それが違うと常に対立と衝突と反目が生まれる。必ず何かが起きるのだ。

そうなったとき、いったいどうすればいいのか。

誤解を解いて互いに分かり合えるように話し合うのは基本だ。しかし、話し合って議論をしても、性格や感覚や信念が違っている場合は、結局のところ相互理解は非常に難しい。

そもそも、あまりにも違っていると、話し合うことすらも難しいのだ。そのため、あまりに個人個人の性格や信念が違っていると、もはや何もしなくても人間は分離していくことになる。

意図してもしなくても、自然にそうなる。分離する。(鈴木傾城)

「自分と世界観が違う」と思った人間に対して

分かり合おうと努力するのは基本だが、根本的に合わない人というのは存在する。

「自分と世界観が違う」と思った人間に対しては、相手を変えようとしたり、自分が変わろうとしたりしないで、静かに関係を切る方向で考えるしかない。結局、最後にはそこに行き着く。

合わない人といつまでも苦闘する必要性はまったくない。どのみち、そうなるのだから、それが自然なのだ。

実は「合わない人」と離れるのは、それほど悪いことではない。

自分の人生で常に関わっていけるのは150人が限度だとイギリスの人類学者、進化生物学者であるロビン・ダンバー氏は「ダンバー数」で提唱した。

人生に密接に関わることができる人の数というのは、せいぜい150人だった。それ以上の人間と関わったところで、人間関係が希薄になって関係を保てない。

全人類はすでに74億人を超えているが、その中でたった150人しか強い人間関係を築けない。だとしたら、「合わない人と苦闘する」というのがいかに「時間に無駄」なのか分かる。

合わない人と苦闘するような実りのないようなことをするより、むしろ合う人を150人見つけた方が合理的だと思わないだろうか。

仮にその150人を探そうと思って、1年に3人をがんばって見つける計画を立てたとする。気の合う人を1年で3人見つけるというのは、大変なことだ。それをクリアしても、150人に到達するには、なんと50年もかかる。

そうであれば、なおさら「合わない人と苦闘する」ような時間はないと分かるはずだ。人間は合わない人間とは意図しなくても切れるのだが、自分に合う人を探すためには時間も必要なので、意図的に合わない人間を切る必要もある。

それは、誰もが進んでやってみたいと思うべきもの

カナダの小説家、モンゴメリは小説『赤毛のアン』で「心の奥底を打ち明けられる本当の仲間。いままでずっと、そういう友達に巡り会うことを夢見てきたの」と主人公の少女に語らせている。

「気の合う人を150人見つける」というライフプランは、別に苦痛と忍耐にまみれたものではない。むしろ、誰もが進んでやってみたいと思うべきものでもある。

しかし、それを実現するためには時間が重要になってくるので、どうしても削らなければならない人間関係が出てくる。誰を削るのか。もちろん、努力してもうまくいかない人間関係を切るしかない。

(1)うまくいかない人間関係を切る。
(2)新しい自分に合う人間関係を探す。
(3)自分に合う人間関係を保つ。

人生は短いのだから、合わない人を切って合う人を自分のまわりに残すことの方が、合わない人と苦闘するよりもストレスがないというのは少し考えただけでも分かるはずだ。

努力する方向性を間違えてはいけないのだ。自分と合わない人と合うように努力する方向よりも、自分と合う人を見つける努力する方向の方が報われる。

どんなに努力しても報われず、違和感や異質感を感じて引っ掛かるのであれば、それ以上望むべきではない。

人間関係というのは、自分の一方的な思いで動くわけではないので、相手が自分の思う通りに変身してくれると思うのは子供の無邪気な想像と同じだ。

自分の性格や考え方を他人に変えられたくないのと同様に、他人もまた誰かに変えられたくないと思っている。

そんな中で、関係がうまくいかないのであれば、関係をフェードアウトさせて、自分の気の合う人を探す「冒険」に出た方が生産的なのである。

関係を断つというのは、失う方ばかりに焦点がいってマイナスの目で見られることが多いが、そんなことはない。新しい冒険のために身軽になるというプラスの側面もある。

あなたに合う人が、世界のどこかで待っている

合わない関係を静かに終わらせるというのは、もうひとつプラスの面がある。「合わない人を断ち切る」というのは、皮肉なことに共存共栄になるのだ。なぜなら、互いに没交渉になれば争いが起きないからである。

衝突というのは、相手がそこにいるから発生する。関係が断ち切れたら衝突もない。

うまくいかなくなった関係も、長い歳月が問題を氷解させて和解になることもある。仲違いして離れ離れになった親子も、数十年後に静かによりを戻すケースもある。

一緒にいれば殺人事件が起きていた可能性もあるような憎悪剥き出しの人間関係だったとしても、数十年も経てば怒りも憎しみも薄らいでいることもある。

合わない人間とは離れ、関わりをなくすことによって、また関係が築けることもある。関わりを消すことによって、逆にうまくいくきっかけがつかめることもある。

だから、「うまくいかないものを切る」というのは、何かを解決する上でも重要なことである。

自分自身の人間関係も、あるいは世界中で起きている民族闘争も、ありとあらゆる対立は、互いに完全に相手を断ち切ることによって逆に致命的な破滅を避けることが可能になる。

それをしないで、一方的に関わろうとすればするほど問題は激しくこじれて行き、最後には破壊的な事態に陥っていくことになる。

「合わない相手を断ち切る」という合理的な方法論は、もっと取り入れられて然るべきだと言える。

それは、とてもシンプルな方法論だ。

切った相手には、その相手に合う別の相手がいる。自分には自分に合う別の相手がいる。だから、合わない相手を切るというのは、互いに共存共栄することでもある。

私たちには、自分に合う人が世界のどこかで必ず待っている。それを探しに行くのは、悪い話ではない。

人間関係も断捨離が必要だ。人間関係を断捨離をすることによって私たちは時間と精神の余裕を作り、そこに合う人を埋めていくことで人生を豊かにすることができる。「切る」というのは大切なことなのである。(written by 鈴木傾城)

自分自身の人間関係も、あるいは世界中で起きている民族闘争も、ありとあらゆる対立は、互いに完全に相手を断ち切ることによって逆に致命的な破滅を避けることが可能になる。

4. 中川隆[-13762] koaQ7Jey 2018年12月10日 23:29:20 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-21916] 報告

数学や物理学が理解できないアホを矯正するにはこうするしか方法は無い:


中国:イスラムは治療不能の腫瘍で毒薬と宣言!/フランス:寛容だから制御不能?連日ジハード!! 2018年09月11日
https://ameblo.jp/evening--primrose/entry-12403994348.html


当たり前のように欧州でジハードが頻発していますがテロではないでそうで、殺されて抗議するナショナリストのデモや主張がナチスと呼ばれ弾圧されるのに、ムスリム移民による犯罪はよく精神疾患と呼ばれているようです。


ということは、中国政府の言うことは正しいということになりますね。びっくり


四角02

イスラムは治療不能の腫瘍で毒薬である

China declares Islam an ‘incurable tumour’ and a ‘poisonous medicine’

By VOICE OF EUROPE 5 September 2018


中国はイスラムを大きくなる問題と捉え国内のウイグルムスリムへの行動を強めています。

国連やアメリカの職員によるとこれまでに約100万人が収容キャンプに入れられたと見ています。


収容者によると、キャンプではムスリムはイスラムを拒絶するように強要され毎日共産党の歌を習わされているとのことです。キャンプでは豚肉とアルコールを強要されるとの報告もあります。

キャンプは当初ウイグルムスリムの過激派と戦うために作られましたが、今では長いひげも再教育キャンプ送りとなる場合があります。


共産党の公共ラジオはこう言っています。


再教育のために選ばれた公民はイデオロギー的な病気に感染している。彼らは宗教的過激主義と暴力テロイデオロギーに感染しているので、患者として病院に入院して治療を受けなければいけない。


宗教的過激主義イデオロギーは毒薬の一種で人々の心を混乱させる。宗教的過激主義を根絶しなければ、暴力テロ事件が不治の悪性腫瘍のように成長し広がってしまう。

このようにWeChatを通してウイグルに昨年伝えられました。


国連の委員会で中国代表はそのような再教育センターは無いと言っています。


ジョージタウン大学の中国史教授James Millward氏によると、「宗教的信仰は病状と見られる」とのことです。

中国政府は今思想を治療する再教育キャンプを“病院”と呼んでいます。

過激主義の病原菌を殺す殲滅医療処置をすべてのウイグル人に対して行いたいのです。

ラジオはこう言っています。


いかなる犯罪も行っていないが過激思想を吹き込まれた一定の人たちがいる。彼らは既に病気に感染している。病気の症状がはっきりと表れる危険が常にあり、それは公共に深刻な危害を与えるだろう。

だから、彼らは脳内からウイルスを取り除き正常な精神にするために、再教育病院に入院しなければならない。

波線END


一方、中国とは違う国、例えば寛容なフランスはイスラムテロが当たり前となってきています。


四角02


9/9深夜にパリでテロ(当局によるとテロではないとのこと)がありました。日本語メディアではパキスタン出身と見られる男が通行人7人を襲ったということでしたが、Mailonlineなどではもっと詳しく報じています。容疑者は30代と見られ、アフガニスタン人子供難民のID書類を持っているとして、そもそも偽造身分証でパリにいる難民のようです。

イギリス人が襲撃された付近は、英国への密入国を企てるアフガニスタン人の偽装難民たちが野宿するユーロスターの駅に近いそうです。ペタンク(pétanque)のプレイヤーらが断続的な通り魔事件のある時点で鉄のボールを犯人の頭に4回あてて武器を放棄させようとしましたが出来ませんでした。このナイフ攻撃で危険な状態にいる人もいますが現在のところ死者はいません。


ついでに紹介すると、そのアフガニスタン偽造難民たちが密入国を狙う英国ですが、9/8にはロンドンの北150マイルにあるBarnsleyで女が1人逮捕されました。このヒジャブを被った女は30cmのナイフを振り回して通行人たちを追いかけまわしうち1人に怪我をさせました。彼女は「Kill, kill, kill」と叫んでいたそうです。(クリップ記事はこちら)


またフランスにもどって、

9/10の朝もテロがありました。郵便配達の人が何者かに喉を刺され、その後容疑者は別の人を襲撃しようとして失敗しています。


同じく9/10の朝、リヨンの空港で男がテロで逮捕されました。

男は高速道路を違う方向に走り警察に止められてもすり抜けて空港に行きました。警官の射撃の中を潜り抜け、通行人を車でなぎ倒そうとしましたが成功しませんでした。

男の車はターミナルビルのガラスドアに衝突して止まり空港警備に捕まりました。

警察からの情報では、逮捕時に「アラー・アクバル」と叫び、「神に遣わされた」と言ったそうです。(クリップ記事はこちら)


Terrorist attack Lyon airport France - YouTube 動画
https://www.youtube.com/watch?v=WrPyKtoK0YU

このほかにフランスで最近起きた事件は次のようなものです。

8/23、36歳の男が母と妹をナイフで死傷させ警官に射殺されています。2016年からテロリストリストに載っている精神疾患だそうです。

この事件の数日前にはPerigueuxでアフガニスタン難民申請者が4人をナイフで襲撃して逮捕されました。

6/17にはフランス南部の町で「アラー・アクバル」と叫ぶ女がスーパーマーケットでカッターナイフを振り回して2人に怪我をさせました。


フランスでは過激主義者やISによるジハーディストのテロ(当局は精神疾患とするケースが多い)が続いていて、2015年のシャルリー・エブド襲撃事件から240人以上がイスラム過激主義者の犠牲になっています。


四角02


男尊女卑で7世紀の価値観を21世紀に持ち込み自分達の集団以外を見下し、特別扱いをゴリ押ししながらテロも量産するこの集団、治安維持そして国民を守るために国家としてどう向き合い対処するのか、外野からの中国批判だけでは何も解決しないし無責任だと思います。

※中国政府は当局の監督下にないものはキリスト教でも締め付けを強化していますが、テロと密接な関係がある対イスラムの方が厳しいようです。
https://ameblo.jp/evening--primrose/entry-12403994348.html


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「職業訓練だ」中国、新疆ウイグルの収容施設を合法化
2018年10月12日 14時54分
https://www.epochtimes.jp/2018/10/36955.html

2017年4月、施設内で「再教育」を受ける収容者たち(新疆ウイグル自治区司法当局の微信アカウントより)
https://img.epochtimes.jp/i/2018/10/11/t_pvpblpl6nyinj9wxes9d.jpg


新疆ウイグル自治区人民代表大会常務委員会は9日、「極端化を除去する条例」の改正案を発表した。改正案では、ウイグル人を収容する施設を「職業訓練センター」と位置づけた。新疆では、中国共産党政府が建設した隔離施設に100万人以上が拘束されていると報じられ、国際的な批判が相次いでいる。今回の改正案は批判をかわす狙いがあるとみられる。

改正案には、国の反テロ法や宗教法に基づき「過激な宗教思想、分離主義を取り除き、市民の正常な生産活動と生活、言論を保つ」と記した。

ウイグル人の生活習慣も制限された。民族衣装「ブルカ」とベールを着用する者、ヒゲをはやす者、そして子どもに国の教育を受けさせない者は「極端分子」と見なされ、「法に基づいて」施設で思想改造を受けると、定められた。

同条例は2017年に定められたが、9日に可決した改正案で、収容施設の役割は職業訓練センターであるという内容が新たに追加された。具体的に「職業訓練もかねる教育を施す。収容者は国の公用語を勉強し、思想教育、心理と行動の矯正を受けることによって、極端化を除去する」という。

海外のウイグル組織や人権団体によると、当局の「過激派、分離主義、テロリズムと闘う」の名目で、100万もの市民が収容施設に拘束されているという。

ラジオフリー・アジア(RFA)は10月6日、収容施設で働く警備員にインタビューした。そこでは、収容者たちは「なぜ自分が再教育を受けなければならないのか」と問い詰め、思想改造を受けているという。また、施設内には監視カメラが設置され、収容者同士が会話することや、行動が、厳しく制限されている。

この警備員は、収容者の割合に関して「女性が20%、70歳以上が10〜20%、15〜18歳が5〜10%」と答えた。3度の食事はごはん茶碗に半分ほど盛ったものが出るが、自殺できないように椀はプラスチック製。「彼らは食事がハラール・フードであるかどうかを聞くことは許されない。すべての申し出は政治警察が受け付ける」と述べた。

新疆の収容施設を衛星写真で分析するカナダ在住の中国人留学生ショーン・ジャン氏によると、収容施設と考えられる建物はこれまで60以上見つかっており、それぞれ監視塔、作業所、限られた出入口、高いフェンスと電気柵が設けられ、刑務所の構造と似ていると指摘している。

7月、収容施設で働いていたウイグル族の女性は、カザフスタンの裁判所での証言で「中国当局は再教育施設だと主張しているが、その内容は山奥にある刑務所」と暴露した。


▲△▽▼

【中国の民族浄化】ウイグル人男性は収監、残った女性は漢族と強制婚姻…”尖閣上陸”で起こりうる生き地獄 2018/8/28
https://this.kiji.is/407098240993477729


こんにちは、中国人漫画家の孫向文です。

先日、中国共産党による、罪のないウィグル人の強制収容について報道がありました。詳しくは以下の記事に書きました。


今日は、この事態がさらに深刻化していることをお知らせします。

8月14日、ロイター通信の報道よると、中国全土の警察は2016年から、携帯電話をスキャンして、通信記録と個人情報を全部ハードディスクに保存するような検閲機器を大量に購入しました。実際にその機器は、新疆ウィグル自治区に使用されています。ウィグル自治区に住む外国人を含む、すべての人間が自宅から出たら、街角にたくさんの警察が厳戒し、通行人に対して上記の機器で携帯電話のスキャンを義務化しています。

https://www.rfa.org/mandarin/yataibaodao/renquanfazhi/hj-08172018103739.html

また、アメリカのWSJの報道より、ウィグル人を収容するような建造物(収容所)をさらに建設していることを、米国の人工衛星が捉えました。


WSJが釈放されたウィグル人の親族を取材したところ、釈放された人はまもなく死亡、もしくは監獄の中で死亡したケースも多く、監獄内では非人道的な拷問を行っていたことが想像できます。監獄の中では、ウィグル人を改宗させるように「この世に神様がいない」と思い込ませたり、酒と豚を入った料理を無理やり食べさせる拷問がされているようです。

中国共産党の目的は、ウィグル人をいわば”中国共産党教”に改宗させること。失敗したら闇で処刑がなされるのです。この事態は1950年のウィグル大虐殺以来の、最大規模の「民族浄化」とみられます。

■ウイグル男性は収監、女性は漢族と婚姻!? 背後にはあの政策の弊害が…

この映像は「東トルキスタンを語ろう」(Talk East Turkestan)というウィグル人の人権を守る反共産党のグループのフェイスブックの公式アカウントが発布したものです。中国共産党はウィグル人の女性を漢族の男性と無理やり結婚させ、その結婚式でウィグル人の親族に中華人民共和国の国歌を無理やり歌わせる動画です。

https://www.facebook.com/TalkEastTurkestan/videos/2059752307619210/

また、台湾英語新聞では、「家族を助けるために漢族の男性と結婚したウィグル人の女性」の報道もありました。

https://www.taiwannews.com.tw/en/news/3442256

動画は短いですが、簡単に会話を訳すると

司会「出会ってから、どれくらい付き合いましたか?」
新郎「2ヶ月です」
(新婦は終始、悲しい顔つき)

要はウィグル人女性の家族が収容所に監禁されており、彼女は家族を釈放する条件として、漢族の男性と結婚するように中国政府に婚姻を迫られたと考えられます。

ウィグル自治区に強制収容される人の大多数は若い男性と報道されていましたが、これは若いウィグル人の未婚男性を監禁し、残った若いウィグル人の未婚女性を漢族の未婚男性と強制結婚させる、中国共産党による実質的な民族浄化なのです。

このような事態の背景には、漢族の一方的な事情があります。かつて、中国の一人っ子政策(※現在は廃止されている)により、男尊女卑の思想から男児を望む家庭が多く存在しました。中国政府は胎児の性別を診断する医療行為が違法であっても、密かに胎児の性別を診断して、女児と分かったら人工中絶する病院が絶えませんでした。

結果として男児ばかりが出生し、中国全土の男女性別比例のバランスが崩れました。そして、未婚の漢族男性がたくさんいるため、中国の少子高齢化を懸念し、その惨状を打開するために、ウィグル自治区の民族浄化を解決する一石二鳥の国策を図ったというわけです。

■尖閣上陸の向こう側で起こる生き地獄、通州事件が教える中国人の恐るべき気質

日本人にとっては、決して対岸の火事ではないでしょう。中国の反日デモのプラカードや、反日掲示板の書き込みによく見られる、身の毛もよだつ言葉が有ります。

「我々は日本に復讐するのだ、釣魚島(尖閣諸島)を奪還して、人民解放軍が日本に上陸したら、日本人の男と三十路以上の女性を全員殺す。若い女とヤらせるか、結婚させろ」、「我々が狙うのは日本の土地だ、日本人はいらない」と捲し立てる輩が多いのです。

また、「我々は台湾統一を目指す、狙うのは台湾の土地だ。台湾人はいらない」と書き込みもあり、こちらも日本への主張とスタンスはほぼ同じです。

これは空論やフィクションのようにみえますが、歴史的な実例があります。通州事件や満州開拓団が引き揚げる時に日本人男性は中国人に殺され、若い女性は強姦される地獄がありました。そのため、当時の若い日本人女性はあえてスカートではなくズボンを穿き、男装をしました。現在は、チベット民族、ウィグル民族に対して現在進行形の民族浄化です。
(なお、満州引き揚げ時に日本人を襲ったのは中国人だけではなく、ソ連の人たちや朝鮮人などがいたことも追記しておきます)

中国共産党だけではなく、同じく漢族政権の国民党の蒋介石政権も台湾に上陸時に、原住民の民族を浄化して、漢族の移民を送り込む手段を取りました。このような歴史を常に繰り返す中国に、周辺国は危機感を持たないといけません。

現在の日本はチベットとウィグルに関する報道では、中国政府の「忖度」をするような自主規制をしています。日本人にとって、決して対岸の火事ではないこの事態に備えるために、移民政策に対して様々なリスクを想定することや、外国人の受け入れの拡大によるデメリットに関しても、おざなりにすることなく真剣に考えなければなりません。

中国共産党にとって、先進国や敵の弱みにつけ込んで侵略しようとすることは、当たり前の常套手段なのです。

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Uighurs living in Turkey shout slogans as they hold a poster of Chinese Vice President Xi Jinping as they stage a demonstration outside a hotel where Jinping is staying in Ankara, Turkey, Tuesday, Feb. 21, 2012 . Xi, who is expected to become president of the world's most populous nation next year, is scheduled to hold talks with Turkish leaders Tuesday and oversee the signing of cooperation agreements with Turkey. (AP Photo/Burhan Ozbilici)

https://this.kiji.is/407098240993477729

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ウィグル自治区はまるで“ナチスの収容所”日本メディアが報じない中国の白色テロ
  孫向文  2018/7/10
https://vpoint.jp/column/116063.html
こんにちは、マンガ家の孫向文です。

●中国の「白色テロ」の実態

 国家権力が行う“テロ行為”は「白色テロ」と呼ばれています。例えば、かつて毛沢東が発動した文化大革命のような大虐殺や、ナチス・ドイツが行ったユダヤ人への大虐殺(ホロコースト)がそれに当たります。

 現在、白色テロは、中国の新疆ウィグル自治区で進行中です。
 米紙ワシントン・ポストの報道によると、中国政府は2016年から現在に至るまで、10万人超のウィグル人を労働再教育センターに強制収容してます。また、アメリカのRFA(ラジオ・フリー・アジア)の報道によると、その労働再教育センターとは、刑務所より劣悪な場所とされ、狭い部屋に50人くらいのウィグル人をすし詰めで収容して、1人当たりのスペースは僅か2平方メートル。全員同時に寝ることは無理なので、囚人たちは順番で寝るというのだから驚きです。また、長時間日差しに当たらないため、悪臭、皮膚病が蔓延していると言われています。

●エイズ感染者を牢屋に同居!?

 さらに深刻な状況は、わざとエイズ感染者を監獄に入れ、ウィルスを蔓延させて死なせるというのです! 重症のエイズ患者の口から蛆(うじ)が湧いてくるような、まさしくグロテスクな映画そのものの状況です。

 ここで、一番問題なのは、収容されてるウィグル人達には、具体的に罪はなく、中国政府は「テロ対策のため」という大雑把な理由で収容を正当化しているのです。つまり単なる中国共産党による“民族浄化”策の一環であり、これはまさしく「現代版のナチス収容所」と言えるでしょう。その現代版のヒトラーこそ、習近平国家主席です。まさにこの状況はナチス収容所より非人道的で残虐な状況です。

 新疆ウィグル自治区で起きている強制収容の事件には、まだまだたくさんの関連報道があります。

●米政府は本気で人権問題を理由に経済制裁を実施

 6月28日のワシントン・ポストの報道によると、アメリカで“国際宗教自由”担当特別大使に任命されたサム・ブラウンバック(Sam Brownback)カンザス州知事によれば、新疆ウィグル自治区でウィグル人を強制収容する任務を執行する中国共産党幹部たちのアメリカで開設した銀行口座と不動産、証券などの資産をすべて凍結するような議案を議会に提出しました。もし可決されれば、アメリカ史上初の、中国の人権問題で中国共産党幹部に経済的制裁を実施するという快挙になります。

 以前の民主党オバマ政権は当時、劉暁波氏の釈放を求め、中国共産党による人権弾圧を非難したが、口ばかりの外交辞令で、実現することは一度もありませんでした。これに対して、トランプ大統領がリードする共和党政権は美辞麗句ばかりを並べるリベラルな民主党政権より、強い実行力のある政権だということです。

●「フェイクニュース」作ってまでで善人面をする中国政府

 この強制収容の問題に関して、私のウィグル人の友人が、中国の「フェイクニュース」を見つけ出し暴いたのです。

 4月21日、ウィグル自治区の機関メディア『新疆日報』は、「中国政府は貧困のウィグル人家庭に、米などの食材を送り込んで、また壊れた家具や家電の修繕に無料サービスをしました」と報じたのですが、実はこのニュース、当局がそのウィグル人一家の大黒柱である夫を強制収容したことで、家庭が経済的破綻状態に追い込まれたもので、追い込んだ張本人である中国政府が「善人面」をしてウィグル人家庭を助けたという“美談”に仕立て上げた“マッチポンプ”式のプロパガンダに過ぎないのです。

 しかも、米などの食材はウィグル族ではなく、漢族の食文化です。これは「ウィグル人が我ら漢族の偉大なる食文化を取り入れて、幸せになった」という同化政策のプロパガンダの意味を含んでおり、以前からずっとやっているというのです。

●鳥型ドローンで人民の生活を監視!?

 収容所以外でも、中国政府はハイテク機器を使って、ウィグル人の暮らしをすべて監視しています。香港メディアの『南華早報』の報道によると、新疆ウィグル自治区に「監視カメラを搭載してる、鳥を模倣したドローン」を沢山飛ばしたり、市民の日常生活監視の実験を行っています。そのハイテクな鳥型ドローンは鳥のように鳴いたり、羽ばたきをしたり、さらに本物の鳥と一緒に飛ばせて、鳥自身も隣に一緒に飛んでるヤツは「ドローン」であることを気づかないくらい本物そっくりの「鳥ロボット」だということです。

 さらに、このドローンを開発する会社の社名も判明しました。「海康威視」(HIKVISION)という監視カメラなどの設備を生産する中国の民間企業でした。同社は2017年に新疆ウィグル自治区の監視のために、中国政府と5件の契約を取りかわし、さらに18億5000万人民元(約307億円)もの資金を獲得しました。内容は全部「国家安全」という名目です。もし、この鳥型監視ロボットが普及したら、中国全土に飛ばして、電信柱に固定された監視カメラでは映らない、「死角」なしで、中国国民の生活を徹底的に監視することになります。

 僕が調べたところ、日本の京都大学にも「海康威視」(HIKVISION)の監視カメラを導入しました。もしかして、中国政府はこの企業を通じて、京都大学の人々を監視してるかもしれません。

■HikvisionがIHS Markit*の2017年報告で首位を維持
https://www.sankeibiz.jp/business/news/170622/prl1706221641119-n1.htm
(SankeiBizホームページ2018/6/22)


 公式ホームページを見てみると、すでに世界中に触手を伸ばしてるようです。

※IHK Markitとは
 2016年6月、米大手調査会社IHSと英金融情報会社マークイットが合併してできた巨大情報調査会社

●中国による日本の土地浸透を日本国民に周知徹底を

 欧米メディアはこの数カ月の間に新疆ウィグル自治区で行われている強制収容について、数多く報道してきましたが、日本のマスメディアはほとんど報道しません、また同時にチベットで起きている焼身自殺など、人権弾圧の事件をほとんど報道しません。

 まるで日本のマスメディアは、中国共産党を「忖度」してるように思えてなりません。現実、尖閣諸島や沖縄、北海道への中国政府による静かな政治浸透が進行しています。これら日本の土地が、将来はチベットやウィグルのような惨状になる可能性だって無きにしも非ずです。今こそ、日本国民に中国共産党の脅威を周知徹底して知らせなければなりません。
https://vpoint.jp/column/116063.html


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ウイグル「絶望」収容所──中国共産党のウイグル人大量収監が始まった
China's Secret Education Camp
2018年2月16日 水谷尚子(中国現代史研究者)
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/02/post-9547.php


古都カシュガルでも公安当局の取り締まりは強まる一方 Kevin Frayer/GETTY IMAGES


<著名ウイグル人学者が突然自宅から消えた――中国共産党が新疆各地でウイグル人を強制収容所に収監している>

著名なウイグル人イスラーム学者で、『クルアーン』のウイグル語訳者として名を知られる82歳のムハンマド・サリヒ師が17年12月中旬、中国新疆ウイグル自治区の区都ウルムチの自宅から突然何者かに連行された。サリヒ師は中国共産党の強制収容施設に収監され、約40日後の18年1月24日に死亡した。

サリヒ師は36年、南新疆のアトシュ市に生まれ、長く中国政府のシンクタンクである中国社会科学院に所属。87年からは新疆イスラーム学院の学長も務めた。『ウイグル語・アラビア語大辞典』をはじめ多くの著作もある。イスラーム学の大家として、新疆ムスリム社会で崇敬されていたため、その知らせはテュルク系ムスリムに深い悲しみと衝撃をもたらした。

サリヒ師と共に作家の娘と娘婿、さらに2人の孫も連行されたが、一家が今どこに収容されているのか依然不明だ。この事件に憤慨した国外のウイグル人諸団体は、直後に各国の中国大使館に対して抗議デモを行った。かくも高齢な老学者がなぜ、「思想改造のための強制収容施設」に収監されたのか。

新疆ウイグル自治区では今、中国の主体民族である漢人以外の人々が、社会的地位も収入も一切関係なく、何の罪もなくして強制収容施設に収監されているとの報告が数多く寄せられている。ターゲットの大部分がウイグル人だ。

ウイグル人の10人に1人は拘束されているとの説もあるほど、多数の人々が「行方不明」になっている。アメリカの短波ラジオ放送「ラジオ・フリー・アジア(RFA)」によれば、総人口約360万人のうち90%をウイグル人が占める南部カシュガル地区で、ウイグル人口の約4%に当たる約12万人が拘束されているという。

要注意人物の「点数表」

連行は強引で、職場から突然警官に「頭に黒い布をかぶせられて」連れ去られたとのケースも報告されている。収容所は、かつてウイグル語教育を行っていた学校の校舎などを転用。一部屋に何十人もが寝泊まりし、衛生状況も劣悪で既に多くの死者を出しているとの告発もある。

在日ウイグル人も例外ではない。日本に留学したり、日本の会社に勤務していたりしたウイグル人で、昨年夏に新疆へ一時帰郷し、日本に戻ってこられなかった人々が筆者の知る限り複数存在する。

彼らは帰郷した後、地元警察にパスポートを没収され、強制収容施設に連行されているらしい。収監者の親族は、身内が施設内でひどい扱いをされないよう気を使ってメディアや外国人に接触しようとせず、また親族自身も詳細を把握していない。

「もうこの半年、両親や兄弟と1本の電話も繋がらない」と嘆くウイグル人に、筆者は何人も会った。

強制収容所に関する情報は16年末あたりから現れ始めた。RFAウイグル語部門が本格的に取り上げたのが、17年8月初旬。以後、関連報道は急激に増え、現在に至るまで数日に1回の割合で取り上げられている。


流出した「点数表」の写真 (c)RFA


https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/02/post-9547_2.php


突然拘束され死亡したサリヒ師 (c)RFA


昨年夏頃、ウルムチの河北西路居住区から、ウイグル人の中から要注意人物を抽出するための点数表が流出した。点数は100点で、(1)ウイグル人である (2)イスラームの礼拝をしている (3)宗教知識がある (4)(当局が要注意とする中東など)26カ国に行ったことがある (5)外国に身内がいる (6)外国留学した子供がいる......といった項目に該当すれば10点ずつ減点され、点数が低ければ要注意人物、つまり収容所送り対象者となる。

新疆では自治区の成立から現在まで、ウイグル人による反政府蜂起が頻発してきた。それでも、民族浄化を目的とすると言っても過言ではない、強制収容所をつくるという国際人権規約に反する行為を一国の政府が行うのは異常事態である。そしてこの収容所建設と、習近平(シー・チンピン)国家主席の経済圏構想「一帯一路」政策は大いに関係があると筆者は考えている。

胡錦濤(フー・チンタオ)主席時代の10年に第1次中央新疆工作会議が開かれ、新疆での「西部大開発」と経済活性化が目標とされた。しかし、結果としてその政策は新疆に住む漢人とウイグル人の格差を広げ、ウイグル人亡命者を増大させただけだった。その後、習が国家主席に就任した翌年の14年5月に第2次中央新疆工作会議が開催され、同11月から習は一帯一路政策を各地で本格的に提唱し始めた。

かつて日本が提唱した「大東亜共栄圏」の拡大版とも言える経済圏構想の実現には、中国からユーラシア大陸の出入り口となる新疆の安定化が必須だ。90年代から最近にかけてウイグル人反政府主義者が行ってきた公安当局や党幹部を狙った自爆攻撃などに、共産党は業を煮やしていた。反政府運動を効率的に弾圧し一帯一路を粛々と推進するため、以前のチベット自治区党委員会書記でチベット弾圧に積極的に荷担した陳全国(チェン・チュエングオ)が、16年8月から新疆ウイグル自治区党委員会書記に着任した。

スクープ記者による告発

RFAは96年に米議会が出資して首都ワシントンで設立された。言論の自由が保障されているとは言い難いアジアの地域に情報提供し、民主化・自由化を促すことを目的としている。

ウイグル語放送部門スタッフの中でも、ショフレット・ウォシュルは、ずば抜けて取材力のある記者で、片っ端から新疆に電話をかけ、中国語とウイグル語を駆使して繋がった相手から情報を入手する手法で情報を取り、スクープを連発してきた。

17年12月6日放送の記事によれば、新疆の公安当局は微信(WeChat)などのソーシャルメディアで国外留学中のウイグル人に連絡を取り、「帰国しなければ母親を強制収容所に送る」などと脅迫している。以下はトルコ在住のウイグル人留学生に対する、公安当局の脅しの一部だ。

「私は収容所の者だ。母親が大切ならこのアカウントを追加せよ」「トルコで暮らし、留学しているウイグル人の家族や親戚を収容所に収監し、強制的に『再教育』するようにとの上層機関からの命令がある」「おまえがトルコ留学中だから、母親がおまえの代わりに『再教育』をされる」「トルコ国内にいる全てのウイグル人家族が、代償を支払うことになる」


8か月も収容所で拘束されたオムルベク・アリ(上)は体重が40キロも減った(下) (c)RFA


これだけの人々が拘束されていたら、当然ながら産業や経済は崩壊していく。17年10月18日放送の記事では、南新疆ホタン市で大勢の商人が収容所送りとなったため、市内最大のバザールで店の3割が閉鎖され、顧客も半分程度に落ち込んでいる状況が紹介された。

同じく南新疆カシュガルのベシケリム村では、2000万平方メートルのブドウ畑のブドウが腐り始め、村民の暮らしを直撃しているという。取引をするウイグル人商人のほとんどが収容所送りとなり、買い手がなくて市場に出回らなくなったためだ。一方で、「商売敵がいなくなって、取引がうまくいっている」と語る漢人商人のインタビューも紹介された。

キリスト教徒にも魔の手

新疆では今「2つの顔を持つ不逞分子らを一掃する運動」が行われている。共産党幹部という顔と、実は民族主義者らを心の中で支持している顔という二面性を持つ者の意味であろう。この運動により、新疆各地の共産党幹部クラスも容赦なく収容所に送られているようだ。

17年12月21日放送の記事によれば、南新疆コルラ市のある地域の党書記を務めたこともあり、「民族団結模範」として表彰されたこともあるというナマン・バウドゥン(おそらく仮名)は、健康状態があまりに悪いため収容所に連行はされなかった。しかし、かつて「(党の)宣伝活動模範」として当局に表彰された妻のパティグリ・ダウット(彼女もこの10年で3回も手術を受けており、健康状態はよくない)は17年10月9日に拘束され、今も消息不明だ。

一旦はバウドゥンも収容施設に入れられる手続きのため警察署に行かされた。その際、「500人ほどが非常に広い会議室に並んでいた」と、彼は証言する。コルラには強制収容施設が4カ所あり、1500人以上が「再教育」を受けている。警察署で人の「仕分け」がなされ、脅迫や拷問を含む取り調べを受けて、その結果によって収容所に行くか、拘置所や刑務所に入れられるかが決まると、バウドゥンは語った。

彼は警察署で検査のために過ごした3日間のうちに、コルラの住民であるムタリプ・アブドゥウェリという25歳の青年が、鉄製の椅子に縛られ、手錠をかけられ手から血を流した状態で取り調べを受けているのを目撃した。こうした証言が命懸けであることは言うまでもない。


18年1月23日放送の記事で、カザフスタンのアルマトイから取材に応じたオムルベク・アリは、カザフ人とウイグル人の両親の間に生まれ、カザフ国籍を持つ人物だ。多言語に通じることから、カザフスタンの旅行会社に勤務していた。

アリは新疆東部ピチャンにある両親宅に突然現れた警察官に黒い布を頭にかぶせられて身柄を拘束され、どこかへ連行された。その際指紋や血液も採取され、警察の「仕分け」の結果、危険分子として「カラマイ市技術研修センター」の名の看板が掛かる収容所に送られた。カザフスタン外交官たちの働き掛けで、8カ月後にようやく「一切の訴えを起こさない」ことを条件に釈放されたが、収容所内の環境は劣悪で出所したときには体重が40キロも減少。帰国と同時に入院した。

アリは、現段階で収容所を体験した唯一の生還者だ。彼によれば、少なくとも収容所には約1000人が収容され、8割がウイグル人で2割がカザフ人だった。被収容者の年齢層は16歳から老人までと幅広い。農民から「2つの顔を持つ不逞分子」とされる公務員まで、1つの部屋に20人以上がすし詰め状態で寝泊まりしていた。

コミュニケーションは全て中国語で行うよう強要され、毎朝7時に点呼集合と中国国旗掲揚があり、国家と共産党に忠誠を誓うスローガンを叫ばされる。収容所側は、共産党の政策の素晴らしさを学ぶ政治学習や、愛国主義の講義を強要。プロパガンダ歌謡を中国語で正しく歌い、共産党への忠誠と感謝を述べるスローガンを大声で斉唱しなくては食事をもらえない。警察から最短でも1年の学習を厳命されており、彼の滞在中、誰一人として「卒業」した者はいなかった。

拘束されているのは、ウイグル人などのテュルク系ムスリムだけではないようだ。収容所には新疆のキリスト教徒が少なからず収監されたとの証言もある。

漢人でプロテスタントのキリスト教徒である張海濤(チャン・ハイタオ)は、16年に「国家政権転覆扇動罪」で有期刑19年の判決を受け、新疆中部シャヤール県の監獄で服役している。彼はネットの中で共産党の新疆政策とウイグル人弾圧を批判していた。妻子はキリスト教諸団体の尽力で、アメリカに政治亡命した。声を上げ、異議を唱えるキリスト教徒にも、政府は厳しい姿勢を取っている。

ウイグル人をはじめとする「良心の囚人」の命を担保に、一帯一路構想は進んでいる。

<本誌2018年2月20日号[最新号]掲載>

5. 中川隆[-12146] koaQ7Jey 2019年2月15日 09:23:47 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22240] 報告

批判者や敵対者を転向させるよりも効率が良く成功率も高い方法とは?

世界は言うまでもなく、多種多様だ。いろんな人がいろんな考え方、生き方、ライフスタイル、文化、習慣を持ち、それぞれ自分のやり方に従って生きている。

当然、日本の中でも様々な考え方の人がいて、同じ日本人と言っても仔細に見るとひとりひとりまったく違う。比較的、画一的で似通っていると言われている日本人でも、個性は千差万別なのである。

地域によっても違う、性別によっても違う、職業によっても違う、資産額によっても違う、そして世代によっても違う。

現代の80代の日本人と20代の日本人は、使っている言葉さえも微妙に違っているし、互いに相手のよく使う言い回しや言葉が理解できないことすらもある。それは別に不思議なことでも何でもない。

1億2000万人の人口がいる国で、みんながみんな同じ考え方をしていると思う方がどうかしている。人は違っていて当然なのである。

「考え方や生き方が違う」というのは、人々がそれぞれ自分流の生き方や考え方を持っているということである。だから、中には自分にはまったく理解できない生き方や考え方をしている人と必ず遭遇するということでもある。

問題はここからだ。(鈴木傾城)

あなたも間違いなく批判される

互いの違いを認識し合うのは、とても意外な驚きがあったり、楽しかったりすることもある。しかし、それだけではない。中には衝突したり自分を激しく当惑させたり、怒らせたりするものもある。

人々には自分なりの考え方や生き方があって、どうしてもそれを変えることができないコアになる部分があるのだ。たとえば、宗教的なものや主義主張に関する事柄は、往々にしてそれを認めない人と激しい論争や対立を引き起こす。

しかし、そのような大仰なものだけではない。単に相手の性格のちょっとした点、相手の話し方や態度、相手のファッション、相手の趣味が合わないというだけでも、人は面白いほど対立し、反目し合うのだ。

これは何を意味しているのかというと、自分が何をしてもしなくても必ず自分を批判・攻撃してくる人間が一定数いるということなのである。

分かりやすいのは、個性がとんでもなく強い人や、主義主張が明確だったり先鋭だったりする人だ。このような人々は他人よりも目立つ分だけ、批判や攻撃を受けやすい。それを避けることは絶対にできない。

しかし、個性を消して主義主張をしなくても、それで他人からの批判や攻撃を避けられるかと言えばまったくそんなことはない。この世で批判・攻撃を受けない人はどこにもいない。

柔和で優しい人でも、慈愛に満ちた人でも、理性と知性を持った人でも、聖人君子のような生き方をしている人でも、ちょっとした材料で批判されるし攻撃される。

つまり、あなたも間違いなく誰かに批判され、攻撃されるということだ。

もちろん、批判や攻撃を受ける「度合い」はそれぞれ違う。ほとんどすべての人から批判・攻撃を受ける人もいるのだが、中にはそれほど批判や攻撃が目立たない人もいるのは間違いない。

しかし、他人からの批判や攻撃をゼロにすることなどできはしない。世の中はそれほど多種多様であり、千差万別であるということだ。

助けない、教えない、関わらない

世界は、私たちが想像する以上にたくさんの人間が存在している。そして人々の考え方や生き方は驚くほど幅がある。

だから、自分とはまったく逆の考え方を持っている人が存在しても不思議ではないし、自分の趣味や嗜好に批判的な人がいても何らおかしいことはない。

インターネットが普及し、SNSが定着するに従って、自分をさらけ出す人も増えているが、それと同時に自分に対する批判や攻撃や誹謗中傷に悩む人も爆発的に増えている。

しかし基本的に、私たちは別に批判者や敵対者のことは何ひとつ考える必要はない。その存在を気にする必要もなければ対処を考える必要すらもない。

私たちは、どんなに100%理解してもらおうとして相手を説得しても、必ず取りこぼしが生まれるからだ。反論しようが説得しようが無駄だ。説得されると、逆に憎悪する人間が次から次へと生まれてくる。

だから、常に効率と確率を重視して考える必要がある。

自分の個性や生き方を認めてくれない人や、自分を激しく攻撃・批判してくる人を説得したり、逆批判したり、論争したりするのは時には必要かもしれない。しかし、常に必要であるとは限らない。

なぜなら、それには課題なエネルギーと時間を消費して、しかも相手が理解してくれるよりも、むしろ逆に意固地にさせてより激しく憎しみを募らせる結果になることの方が大きいからである。

つまり、報われないことの方が多いし、自分の貴重な時間も無駄になる。関われば関わるほど泥沼になる。それよりも、敵対者はあっさりと切り捨て「助けない、教えない、関わらない」を徹底し、別の部分に力を入れた方がいい。

味方を探し、増やし、関係を強化する

批判者や敵対者とは分かりあえなくてもいい。敵対したままでもいい。嫌われてもいい。好かれる努力をしなくてもいい。見捨てていい。自分の貴重な時間を使って説得しなくてもいい。関わらなくてもいい。相手に合わせなくてもいい。相手を理解しなくてもいい。

あっさりと断ち切ればいい。それが最も効率的だ。

どのみち、あまりにも世界観も生き方も違いすぎて「話が通じない」のだから、分かってもらおうと思わなくてもいい。話が通じない上に自分の邪魔になるのであれば、関係を断ち切るのが最も合理的な対処方法である。

努力しなければならないのは、自分を理解してくれる人を探したり、増やしたり、関係を強化する方だ。間違えても批判者や敵対者を説得したり、転向させることではない。

「自分の味方を探し、増やし、関係を強化する」

この方が、批判者や敵対者を転向させるよりも効率が良く、成功率も高く、何よりもやり甲斐もあり、人生を充実する。批判者や敵対者に分かってもらおうとして泥沼に落ちる必要はない。私たちがしなければならないのは「取捨選択」なのである。

素晴らしい人に囲まれるためには、理解者と敵対者をふるいにかけることだ。理解者を増やし、敵対者を遠ざける。これは、とてもシンプルな話である。

しかし、「他人に嫌われたくない」「誰にも好かれたい」という気持ちがある人ほど、あるいは、律儀で、真面目で、責任感が強い人ほど、無意識に「批判者や敵対者に分かってもらえる方向」に努力してしまう。

それは、すぐに止めた方が良い。ここは何があっても間違ってはいけない。私たちがしなければならないのは、「自分の味方を探し、増やし、関係を強化する」ことだ。その方が効率的なのだから、この部分を全力で取り組む必要がある。(written by 鈴木傾城)
https://blackasia.net/?p=11452

6. 中川隆[-11339] koaQ7Jey 2019年9月18日 08:03:17 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1452] 報告
「認知の歪み」が諸悪の根源だった 医療少年院で精神科医が受けた衝撃 2019年9月18日
https://www.dailyshincho.jp/article/2019/09180700/?all=1


非行少年
本人の主義主張などとは関係なく、純粋にすべてが歪んで見える人たちが一定数存在している

 このところ、様々な事件やトラブルに関連して登場するキーワードが「認知の歪み」というものだ。

 もともとは心理学用語で、「レッテル貼り」「白か黒かの思考法」「拡大解釈、過小解釈」等々、さまざまなパターンがあるとされている。ごく大雑把に言ってしまえば、事実や現実を適切に解釈、受け止められない思考様式のことだと考えてもいいだろう。

 たとえば最近では、「親韓」「反韓」双方が、互いに「あっちの認知が歪んでいる」、と批判しているという見方が可能だろう。前者からすれば「反韓」の人たちは「いたずらに嫌韓感情を煽るとんでもない人たち」であり、「身の危険すら感じる」という主張をすることになる。後者からすれば、「親韓」の人たちは「現在の文政権の非道、危険に目をつぶる人たち」であり、「国益を考えていない」ということになる。双方とも、相手のことを「現実を正確に認識できていない」として、批判をしているという構図。つまり互いに「認知の歪み」がある、と考えている。簡単に言えば双方が「レッテル貼り」をしているとも言える。

 他に「認知の歪み」が話題になった最近の事例は、大雨で川が氾濫し、流域に取り残されてしまった人たちへの論評の際だ。

「大雨が降るってあれだけ警報が出ていたのになぜ川に遊びに行くの? 理解不能」

 そんな疑問から、彼らには「認知の歪み」があるのではないか、といった指摘がネット上では相次いだ。台風が来ることはわかっていたにもかかわらず、わざわざ子ども連れでバーベキューを楽しもうと考えるのは、常識的な判断とは言えない。つまり警報の意味をきちんと受け止めることができていない。ここにも一種の「歪み」が見られる。これは前述の「過小解釈」にあてはまるのかもしれない。

 ただ、ここに挙げたような例は、実際には「情報リテラシー」の問題だとも言えるだろう。情報を受け止めるところまではできているが、それぞれが抱えているイデオロギーや、あるいは思考のバイアス(「俺たちだけは大丈夫!」)によって、間違った処理をしている、ということだ。

 一方で、もっと深刻な「認知の歪み」も存在している。本人の主義主張などとは関係なく、純粋にすべてが歪んで見える人たちが一定数存在しているのだ。

 医療少年院に勤務した経験を持つ精神科医、宮口幸治氏の新著

『ケーキの切れない非行少年たち』
https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%81%AE%E5%88%87%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%84%E9%9D%9E%E8%A1%8C%E5%B0%91%E5%B9%B4%E3%81%9F%E3%81%A1-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E5%AE%AE%E5%8F%A3-%E5%B9%B8%E6%B2%BB/dp/4106108208/ref=as_li_ss_tl?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&keywords=%E9%9D%9E%E8%A1%8C%E5%B0%91%E5%B9%B4&qid=1568360596&sr=8-1&linkCode=sl1&tag=dshinchoweb-22&linkId=310d6548c356ee04b83e1b9ea3cf1627


には、衝撃的な事例が紹介されている(以下、引用はすべて同書より)。

 医療少年院に勤務してすぐ、宮口氏は少年院の中で最も手がかかっていた少年の診察を頼まれた。

「少年院で『手がかかる』というのは、学校で『手がかかる』というのとは次元が違います。その少年は社会で暴行・傷害事件を起こし入院してきました。少年院の中でも粗暴行為を何度も起こし、教官の指示にも従わず、保護室に何度も入れられている少年でした。

 ちょっとしたことでキレて机や椅子を投げ飛ばし、強化ガラスにヒビが入るほどでした。いったん部屋で暴れると非常ベルが鳴り、50人はいる職員全員がそこに駆け付け少年を押さえつけて制圧します。

 制圧された少年は、トイレしかない保護室に入れられ大人しくなるまで出てこられません。そういったことを週に2回くらい繰り返していた少年でした」

 そんな情報があったので、宮口氏は内心びくびくしながら診察にのぞんだ。ところが、実際に部屋に入ってきたのは、小柄で痩せていておとなしそうな表情の、無口な少年だった。質問にも「はい」「いいえ」くらいしか答えない。

 あまり会話が進まないので、宮口氏は診察中のルーチンとして行っていた「Rey複雑図形の模写」という課題をやらせてみた。下のような複雑な図形を見ながら、手元の紙に写すという課題である。認知症患者に使用したり、子どもの視覚認知の力や写す際の計画力などをみたりすることができるという。(図1)


図1
https://www.dailyshincho.jp/article/2019/09180700/?photo=2


 意外にも少年はすんなりと課題に一生懸命取り組んでくれた。

 が、そこで宮口氏は「生涯忘れ得ない衝撃的な体験」をすることになる。

 少年の写した絵は、下のようなものだったのだ。(図2)

図2(少年が描いたものを著者が再現)
https://www.dailyshincho.jp/article/2019/09180700/?photo=3

 宮口氏はこう解説する。

「これを見た時のショックはいまだに忘れられません。私の中でそれまでもっていた発達障害や知的障害のイメージがガラガラと崩れました。

 ある人に見せて感想をもらったことがあるのですが、彼は淡々と『写すのが苦手なのですね』と答えました。確かにそうかもしれませんが、そんな単純な問題ではないのです。

 このような絵を描いているのが、何人にも怪我を負わせるような凶悪犯罪を行ってきた少年であること、そしてReyの図の見本が歪んで見えているということは、“世の中のこと全てが歪んで見えている可能性がある”ということなのです。

 そして見る力がこれだけ弱いとおそらく聞く力もかなり弱くて、我々大人の言うことが殆ど聞き取れないか、聞き取れても歪んで聞こえている可能性があるのです。

 私は、“ひょっとしたら、これが彼の非行の原因になっているのではないか”と直感しました。同時に、彼がこれまで社会でどれだけ生きにくい生活をしてきたのか、容易に想像できました。つまり、これを何とかしないと彼の再非行は防げない、と思ったのです。

 私はすぐに少年院の幹部を含む教官たちにも絵を見せたのですが、皆とても驚いていました。ある幹部は『これならいくら説教しても無理だ。もう長く話すのは止めよう』と言ったほどでした。

 すぐに理解してくれたのはいいのですが、私が意外だったのは、ベテランの教官たちがどうしてこれまでこういった事実に気付かなかったのか、ということでした。

 気付かずに『不真面目だ』『やる気がない』と厳しい指導をしていたのか。だとしたら、余計に悪くなってしまうのです」


少年院には、認知力が弱く、「ケーキを等分に切る」ことすら出来ない非行少年が大勢いたが、問題の根深さは普通の学校でも同じなのだ。人口の十数%いるとされる「境界知能」の人々に焦点を当て、困っている彼らを学校・社会生活で困らないように導く超実践的なメソッドを公開する


 実際に、その後、宮口氏はこういう「歪み」を抱えた少年たちと数多く出会うことになる。

「もちろん、障害のある少年だからといっても犯罪行為は許されることではありません。しかし、本来は支援されないといけない障害をもった少年たちが、なぜこのような凶悪犯罪に手を染めることになったのかが問題なのです。

 これまで多くの非行少年たちと面接してきました。凶悪犯罪を行った少年に、何故そんなことを行ったのかと尋ねても、難し過ぎてその理由を答えられないという子がかなりいたのです。更生のためには、自分のやった非行としっかりと向き合うこと、被害者のことも考えて内省すること、自己洞察などが必要ですが、そもそもその力がないのです。

 つまり、『反省以前の問題』なのです。これでは被害者も浮かばれません」

 彼らに欠けているのは、見る力や写す力だけではない。次回では、さらにこうした「反省以前」の子どもたちの実態を見てみよう。
https://www.dailyshincho.jp/article/2019/09180700/?all=1

7. 中川隆[-11325] koaQ7Jey 2019年9月18日 08:49:35 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1466] 報告

「認知の歪み」が酷い人が日常的に体験している恐怖体験とは


【ホラー】 コワイ女 - YouTube 動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E3%80%90%E3%83%9B%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%80%91%E3%80%80%E3%82%B3%E3%83%AF%E3%82%A4%E5%A5%B3

8. 中川隆[-11315] koaQ7Jey 2019年9月18日 09:09:57 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1476] 報告

阿修羅掲示板でデマを垂れ流している「認知の歪み」が酷い投稿者は脳自体に障害が有るのですね:


「子どもの脳が危ない」 福島 章(上智大学教授)
 2001年 1月20日 に行われた講演より
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/tsuushin/tsuushin_01/pico_30.html

 

 私は、若い時から犯罪者、非行少年の鑑定をやってきました。簡易鑑定を300例、本鑑定を300から400例ぐらいやっています。MRI(核磁気共鳴映像法)やCTスキャン(コンピュータ断層撮影)で脳の形態を見ていますが、以前は、気脳写といって、脳の中に空気を入れて見るという方法でした。殺人のような重犯罪者、特に何人も殺したような例では、脳に異常があることが分かりました。


犯罪は増加しているか

 今、日本人全体の脳がおかしくなって、凶悪な犯罪、特に少年のそれが増えているというわけではありません。少年の犯罪検挙者数の推移をみると、戦後に大きな山があって生活型の非行、60年代前半に第2の山があり反抗型非行、粗暴な非行が中心です。豊かになった80年代に第3の山がきて、財産犯、万引きや自動車泥棒、これはスリルを楽しむためというので、遊び型非行と呼ばれます。

 90年代半ばには減りますが、ここ数年増大しています。これを第4の波として、警察、マスコミ、法務省が少年非行激増キャンペーンをしています。しかし、98年がピークで、そのあと減っています。ほとんどが窃盗のような小さい犯罪で、お巡りさんが増えたために、検挙者も増えたという側面も考えられます。

 少年による殺人事件数は、以前は年400件前後だったのが、70年代から100件以下です。昔は数が多くて、いちいち詳しく報道されなかったのです。97年に神戸の14歳の少年による連続小学生殺傷事件が起きて、大きな衝撃を与えましたが、その年は75人でした。マスコミが大きく、詳しく書くほど、似た犯罪が起きるので、翌年は150人に増えましたが、99年には111人まで下がりました。少年による殺人はここ3年やや増加していますが、激増というわけではありません。

 大人を含めた数では、60年ぐらいは年間3000件あったのが、世の中が豊かに落ち着いてくると、激減します。90年くらいが底を打った年で、最近少し増えています。しかし、日本の安全神話が崩壊したとか、「殺人列島」とマスコミが書く程ではありません。殺された人の年齢別数を見ると、69年では20代がかなり殺されていましたが、94年では、50代の方が若者より上です。今の子供は狂暴で、何をするか分からないと言っている世代の方が、若い時も今も殺されている数が多いのです。今の若者の方がむしろ全体としてはお互いに平和で、男女差も開いていません。


犯人の症例からみた形態異常

 最初は杉並の家族4人放火殺人事件です。幼児の教育をめぐってというささいな理由で家族4人を殺し、家を全焼させました。犯人は普段大人しくて内向的でした。MRIでは、脳が腫瘤によって裂け目ができていました。

 九州の妻子3人殺人事件の犯人は、最初会った時は、強いうつの状態でした。しばらくして会うと、軽い躁状態でした。MRIで、脳の形成期に起こった奇形が見られ、そのせいで、躁とうつが入れ替わる気分循環性障害になっていると診断しました。

 女子校生監禁コンクリート殺人事件の犯人では、主犯格の少年のMRIでは脳には穴があいていました。風景構成法という、風景画を書かせる心理テストをやらせると、要素をバラバラに描く構成放棄が見られました。

 連続殺人を犯した若い女性犯の例では、動機が薄弱で、衝動的な性格の境界人格障害であることが分りました。幼児期の重症のチックや、思春期危機などの病歴がありました。MRIでは、広範囲に神経細胞の脱落や、脳の皺が細かすぎるところなどが見られました。

 栃木県の幼女誘拐殺人犯は、形の上では異常はなかったものの、全体に脳が小さい、小脳症でした。

 前科もないのに急に強盗殺人で2人殺した若い女性犯は、くも膜のう胞や脳の萎縮が見られました。脳波を測ると、6サイクル陽性棘波というてんかんに似た異常がありました。


犯罪群別の有所見率の比較

所見 形態学的異常 脳波学的異常 いずれかの異常
あり なし 合計 あり なし 合計 あり なし 合計
重大殺人 15
(60%) 10
(40%) 25 21
(84%) 4
(16%) 25 23
(85%) 4
(15%) 27
その他 3(21%) 11
(79%) 14 6
(33%) 12
(67%) 18 7
(35%) 13
(65%) 20
合計 18 21 39 27 16 43 30 17 47
χ2 検定 p < 0.005 p < 0.001 p < 0.001


臨床統計で有意差

 10年で50例ぐらいの症例が集まりました。重大犯罪の方が、脳の質的な異常、量的な異常、脳波の異常のケースが目立ちました。これを集計してみると、重大殺人犯は形の異常が60%、他の人は20%と明らかに有意差が出ました。脳波の方がもっとはっきり有意差が出ました。この結果、殺人、特に重大殺人を犯す人は、脳に形態学的な、あるいは脳波的な異常があるということを、97年ころから学会に発表し始めました。脳の異常を微細な脳気質性変化症候群、英文で略してMIBOCSと命名しました。これは、胎児期から乳児期の初期までの脳形成期に形成異常があったためであると考えられます。

 ハンマーで関節を叩いて反射を診る神経学的検査という方法もあり、昨年の佐賀のバスジャック犯の鑑定では、ハンマーで叩くと右の反射が昂進していることが分かりました。MRIでは異常がなかったのですが、脳波では陽性棘波が出たので、やはり脳に異常があるということが分かりました。

 18年前の金属バット殺人事件、30年前の同級生首切り殺人事件でも、脳の萎縮がみられます。情緒性欠如の人は脳の側脳室の拡大、つまり隙間が大きく、医療少年院に入る子の多くにこれがみられることは、73年ころにすでに分かっていました。


外国での研究結果

 外国ではレインという人が系統的にやっています。研究のために英国から南カリフォルニアへ移った人です。殺人者の脳では、人間的感情や道徳心をつかさどる前頭葉で糖代謝が低下しています。PETという同位元素で脳内の代謝を見ると、衝動殺人では、前頭葉では糖代謝低下、本能をつかさどるところでは昂進していました。計画殺人では代謝の変化は見られませんでした。また別の研究では、殺人者のうち社会的な剥奪、虐待があった家庭出身者には脳の異常が見られないという結果が出ています。

 殺人に限らず、人間の行動は、バイオ、サイコ、ソーシャル、つまり生物的、心理的、環境的、それらの関数として起こるのであって、総合して考えなければならないということで、私は多次元的な診断を提唱しています。


化学物質との関連

 脳の異常に、化学物質が影響したという例がありました。92年の市川の一家4人強殺事件で、犯人の少年は、胎児期に、母親が流産防止に飲んでいた多量の黄体ホルモンに曝されました。この黄体ホルモンには男性化作用があるため、脳が超男性脳になって、高い攻撃性を獲得したという鑑定を私は裁判所に出しました。人の脳は最初はみんな女性脳として発生し、男性はアンドロジェンの働きで男性脳になります。ここで屈折するために、攻撃性、暴力性、高い活動性などの特徴が出てきます。この少年は男性化ホルモンによってさらに屈折して、超男性脳になったのです。

 アメリカのライニッシュという人が、胎児期に合成黄体ホルモンに曝された子どもの攻撃性が、そうでない子の倍以上に増大していると発表しています。

 環境ホルモンでも、男性化ホルモンが働くと、攻撃性が高まり、キレる、凶悪な非行が増えると考えられます。しかし女性化ホルモンが働くと、優しい子どもになります。今の子どもが全体としては優しくなっているのは、そのせいかもしれません。

 子どもの脳は2歳まで発達し続けるので、この間にどんな物質に曝されるかが重要になります。ダイオキシンも母親の体内や母乳から転移して、脳の中に入ります。


ADHD

 注意欠陥多動性障害ADHDが社会問題になっています。80年にアメリカで診断基準DSMができて、その時は微細脳障害MBDと言っていました。集団不適合や学級崩壊、学習障害LDなどをもたらしますが、多くは成長するとグロウンアウトと言って、健常人になります。思春期になって行為障害CDになった人も、多くは健常人に、成長して一部が反社会的人格障害や精神病になります。アメリカでは80年に3%、94年は5%に増えています。五大湖周辺では10%にもなるといいます。ADHDは症候群なので、100ぐらいの病気からなっていると言われていて、化学物質もその原因の一つとして考えられます。


子どもたちの性格の変化

 総理府からの委託で、普通の子どもがどう変わって行くか、2つの中学校を79年から追っています。バームテストと言って、樹木を書かせて自己像を探るようなことをしています。全体的には優しく、おとなしくて想像力の豊かな子が増える一方、少数だが自閉的で空虚で、衝動的、キレやすい子とに、二極分化が進んでいます。後者の割合がだんだん多くなっています。

 新しい世代は、生まれてすぐから、大量のイメージ情報に曝されて、論理的より、イメージ的に、行動原理も現実的より快楽的になっています。このため、コンピュータのOSにあたるものが大人と全く違ったものになっています。自殺もおおむね減っていますが、86年の岡田有希子の自殺で増えたり、97年の神戸の事件で少年の殺人が増えたように、マスコミ情報の影響を受けやすくなっています。


【質疑応答】

Q ADHDの治療に薬を使うことへの先生のお考えは?

A ADHDでもなにが原因でなっているか綿密に調べる必要があります。リタリンという薬は効くけれども、症状を抑えるだけの薬で、他の心理的、社会的な総合的手当てが必要です。必要な一定の時期だけ飲ませるというのは一つのポリシーだと思うが、副作用については十分に検証されていません。しかし、日本ではもっと使ってもいいのでは。アメリカは逆に使い過ぎという気がします。


Q 子どもが17歳になる前にMRI検査を受けさせた方がいいか?

A MRI検査で異常のある人の大半は何の問題もなく過ごしているので、その人に異常があると知らせた方がいいかどうか。子どもの異常は保護者が一番よく分かるので、普通に可愛い子だったら、何もしなくていいでしょう。


Q シックハウスや化学物質過敏症と脳の障害との関係は?

A 専門外で分かりませんが、市川の4人殺しの少年は赤ちゃんの時から全身のアトピー性皮膚炎でした。


Q 脳のOSが変わってしまうと、文化が変わってしまうのか?

A 人類の歴史の中で環境変化は何度もあって、それに対応して生き延びてきました。ただ、新旧世代にギャップがあるのだから、感情的にならずに、互いに理解しあう努力は必要でしょう。脳の他にいくつかの因子が全部揃った時にしか事件は起こさないので、親が暖かく愛情をもって育てれば非行にはなりませんから、安心して下さい。もし私の本『子どもの脳が危ない』が、善良な方に不安を与えたとしたら、お詫びします。


Q 少年法改正の厳罰化をどう考えるか?

A 脳には問題がなく、普通にぐれて非行に走った子の方は予後が悪く、脳に欠陥のある「いきなり型」は成人になって予後がいいのです。脳の欠陥と思春期変動が重なった時に問題が起こるので、成熟すると普通の人に戻ります。厳罰化で犯罪が減るとは思えません。むしろ犯罪報道を今の10分の1にすれば、少年非行は半分になると思います。報道に触発される要素が大きいので、市民運動で報道自粛を働きかけていただけたらありがたいです。
http://www.ne.jp/asahi/kagaku/pico/tsuushin/tsuushin_01/pico_30.html

9. 中川隆[-11322] koaQ7Jey 2019年9月21日 16:38:44 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1476] 報告

グリホサートの影響で、自閉症、ADHD(注意欠陥多動性障害)など、子どもの体に異変が起きている

農薬「グリホサート」、世界は削減・禁止の流れなのに日本は緩和!?
ハーバービジネスオンライン 2019/09/21
http://www.msn.com/ja-jp/news/national/%e8%be%b2%e8%96%ac%e3%80%8c%e3%82%b0%e3%83%aa%e3%83%9b%e3%82%b5%e3%83%bc%e3%83%88%e3%80%8d%e3%80%81%e4%b8%96%e7%95%8c%e3%81%af%e5%89%8a%e6%b8%9b%e3%83%bb%e7%a6%81%e6%ad%a2%e3%81%ae%e6%b5%81%e3%82%8c%e3%81%aa%e3%81%ae%e3%81%ab%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%81%af%e7%b7%a9%e5%92%8c/ar-AAHBoR7?ocid=ientp#page=2


グリホサートは農薬「ラウンドアップ」の成分© FUSOSHA Publishing Inc. 提供 グリホサートは農薬「ラウンドアップ」の成分
世界各国が削減・禁止に動く中、日本は残留基準値を緩和

 昨年から今年にかけて、農民連食品分析センターが国内で販売されている小麦粉やパン、パスタなど小麦製品の農薬残留検査を行ったところ、そのほとんどから農薬の成分グリホサートが検出された。(参照:国内で販売される小麦製品の約7割からモンサントの除草剤「グリホサート」検出)

 国内産の小麦からは検出されていないことから輸入小麦に原因があると思われる。安全な農薬と考えられてきたグリホサートだが、2015年にWHOの専門機関(IARC 国際がん研究機関)によって発がん性物質に分類されて以降、世界各国はグリホサートの使用削減・禁止に動いている。そんな中で日本は何の対策もとらないばかりではなく、食品残留基準値を緩和しているのだ。

グリホサート生産量は2002年の約3倍に

 消費者にとってグリホサートは「除草剤耐性遺伝子組み換え作物」に使われる農薬「ラウンドアップ」の成分として知られている。日本では、1996年に遺伝子組み換え作物の輸入が解禁され、除草剤耐性大豆やナタネなど最初の遺伝子組み換え作物が食卓に上り始めた(食用の遺伝子組み換え作物は、消費者・生産者の反対が強いため、国内では栽培されていない)。

 それから20年が経過し、除草剤耐性大豆やナタネの栽培面積は拡大した。大豆の9割、ナタネのほとんどは遺伝子組み換えとなった。遺伝子組み換え作物の栽培拡大につれて、グリホサートの使用量も増大。2002年に5000万トンだった生産量は約3倍に増えている。

体内のグリホサート量増加は、食品からの摂取が原因!?

 除草剤耐性作物が増え、グリホサートの使用量が増えるにつれて、遺伝子組み換え作物の最大の生産国・消費国である米国では、健康への不安が高まっていった。

 特に、ハワイ州には4つの島(モロカイ島、マウイ島、オアフ島、カウアイ島)に1141もの遺伝子組み換え作物の屋外試験圃場がある。モンサントやデュポンパイオニア、シンジェンタなど、遺伝子組み換え化学会社の試験圃場が米国一多く存在する「遺伝子組み換えの島」なのだ。

 住宅地や学校など、生活の場の中に圃場があり、人々の住居や学校などと圃場の間には緩衝地帯もなく、フェンス1つで仕切られているような状態だ。1年中多量の農薬にさらされる住民たち、特に子どもたちへの健康への影響が懸念されている。

 グリホサートの使用量が増えたことで、実際に人が曝露する量は増えたのだろうか。

 カリフォルニア大学家庭医学と公衆衛生学のポール・ミルズ教授が1993〜1996年、2014〜2016年に、南カリフォルニアに住む50歳以上の高齢者の尿中のグリホサートを検査した。その結果、20年の間に尿中のグリホサート量は500〜1000%増加していたという(2017年「ジャーナルJAMA」より)。

 この増加が環境からの曝露によるものなのか、食品からの摂取によるものかは分かっていない。ミルズ教授は、食品からの摂取を疑っているという。

「子どもの体の異変はグリホサートの影響!?」と疑う母親たち

 グリホサートによる健康への懸念はハワイ州だけの問題ではない。「グリホサートの影響で、アレルギーや自閉症、ADHD(注意欠陥多動性障害)など、子どもの体に異変が起きている」と感じている米国の母親たちが、『Moms Across America』を結成。子どもの食事から遺伝子組み換え食品とグリホサートを除去するために、グリホサートの代替品を勧め、有機食材を選ぶ運動などを展開している。

 しかし、グリホサートが使われているのは遺伝子組み換え作物だけではなかった。1980年代から30年以上、小麦の収穫を容易にするために「乾燥」と呼ばれて収穫前に除草剤散布(プレハーベスト)が続けられてきた。その結果、小麦粉を使ったパンやパスタ、ピザなどからも残留農薬が検出されている。

「ラウンドアップは飲んでも牛乳と同じくらい安全」と開発企業

 ラウンドアップの安全性に関しては、2002年の段階ですでにレイチェル環境基金が「ラウンドアップは先天性奇形の増加に関係があり、神経発達障害が3倍に増える」という、2つの研究について紹介している。

 内でラウンドアップ(グリホサート)農薬を販売する日産化学工業は、この農薬について「急性毒性が低く、催奇性、奇形性、発がん性もなく、非常に安全性が高いことが国際的に認められている」と安全性を強調している。

 さらに、ラウンドアップの開発企業であり、遺伝子組み換え作物を推進してきたモンサント社はこれまで「ラウンドアップは飲んでも牛乳と同じくらい安全」と言ってきた。

 飲んでも安全な農薬があるとは思えないが、ラウンドアップの主成分であるグリホサートは米国環境省(EPA)によって「ヒトにガンを引き起こさない化学物質」に分類されているのが現状だ。

ラウンドアップに添加された補助成分が遺伝子を傷つける!?

 2000年頃には、イタリアの国立ガン研究所が「ラウンドアップに添加されている補助成分(不活性成分)が遺伝子を傷つける」と報告。その後不活性成分「非イオン系界面活性剤ポリオキシエチレンアミン(POEA)」が、グリホサートの3倍以上毒性が強いということがわかってきた。

 農薬にどのような不活性成分が使われているかは「企業秘密」であるとして、明らかにはされていない。しかし一部の研究者たちは、グリホサートとPOEAの混合物であるラウンドアップは「グリホサート単独の場合と比べて明らかに毒性が強い」として、「補助成分を含めたラウンドアップの安全性について当局は見直すべき」と主張している。

超低濃度でも先天性異常、脂肪肝を引き起こす!?

 アルゼンチンやパラグアイなどでは、2000年頃から大規模に遺伝子組み換え大豆が栽培されるようになった。小型飛行機でラウンドアップの空中散布が行われるようになると、周辺住民の間で小児がんや先天異常、皮膚障害などが増えてきた。

 ラウンドアップは「分解も早く催奇性がない」と言われてきたが、2010年にブエノスアイレス大学のアンドレス・カラスコ教授(医学部・分子胎生学研究所長)らが、「カエルや鶏の胚で実験した結果、極めて低い濃度であってもラウンドアップが先天異常を引き起こした」との研究結果を発表した。

 さらに、大豆栽培が盛んなアルゼンチン・チャコ州政府は「グリホサートと、小児がんや脳腫瘍、先天異常などの発生は関連がある」とするレポートを発表している。

 グリホサートは2015年にWHOの専門機関(IARC=国際がん研究機関)によって発がん性物質に分類された。2017年には、ロンドン大学の研究チームが「超低濃度のグリホサートでも、長期間摂取すれば脂肪肝を引き起こす」という研究結果を発表している。

 2019年8月、産科医の国際組織である国際産婦人科連合(FIGO)は「グリホサートはガンや神経発達障害、先天性欠損症との関連が疑われる。またメチル水銀同様、胎盤を通過する可能性があり、予防原則の立場から使用を避けるのは社会的責任である」として、グリホサートの使用禁止を勧告している。

世界で広がるグリホサート使用禁止

 20〜30年にわたって大量に使い続けてきたグリホサートは、パンやパスタだけではなく、水道水やワイン、ビールや蜂蜜など、さまざまな飲食料品から検出されている。米国では子どものワクチンからも検出されて、母親たちに衝撃を与えた。

 アジアではベトナム、スリランカがグリホサートの輸入を禁止、EUではオーストリアやドイツがグリホサートの全面禁止を決めた。フランスは2023年までに段階的に廃止する。チェコは2018年収穫前にグリホサート散布を禁止、デンマークもすべての作物の出芽後の散布を禁止している。イタリアは公共の場での使用を禁止、ベルギーやオランダは専門家以外への販売を禁止した。

 ブラジルは昨年、連邦裁判所が「連邦政府が毒性を再評価するまでグリホサートの使用を禁止する」と決定。その他の国や地域、自治体、学校などでも、グリホサートの使用禁止や削減に取り組み始めている。インターネットの署名サイト「アバーズ」は、グリホサート使用禁止を求める署名を実施、全世界から140万件もの署名が集まったという。

 それに比べて、日本政府は何の対策を取らないばかりか残留基準値を緩和、その使用量も増加している。日本の多くの環境NGOなどは「世界中で使われなくなったラウンドアップが日本に集まってくるのではないか」と恐れている。

10. 中川隆[-11010] koaQ7Jey 2019年10月06日 16:42:43 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[1815] 報告
2019年10月06日
「愚かな人は自分を高く評価する」法則発見者が語る「自信満々のバカを脱却する方法」
https://gigazine.net/news/20191006-we-are-all-confident-idiots/

「能力の低い人物は自分の能力を高く評価する」というダニング=クルーガー効果効果の産みの親の1人であるデイヴィッド・ダニング教授が、「我々は皆、自身のある馬鹿だ」と題して、人間が生来持つ「誤解・過信・バイアス」について語っています。

We Are All Confident Idiots - Pacific Standard
https://psmag.com/social-justice/confident-idiots-92793

アメリカの著名コメディアンであるジミー・キンメルの冠番組「ジミー・キンメル・ライブ!」には、一般人に対して「2014年発表の『GODZILLA ゴジラ』は1954年に東京で発生した『巨大トカゲ災害』の被害者を傷つける作品だと思いますか?」といった「ウソを含んだ質問」を行うコーナーがあります。質問された人は、質問内容にウソが含まれているにも関わらず、質問内容が全くの事実であり、さらにその事実を自分がよく知っていると回答することがあるそうです。


By Redrecords ©️

「ジミー・キンメル・ライブ!」はTV番組なので、多数の回答の中から最も面白い回答を選んで放映しているわけで、すべての回答者がウソの事実を知ったかぶりしているわけではありません。しかし、長年の研究により「自分の知らない物事に対して、よく知っているかのように振る舞う」ことは極端な事例ではないことが明らかになっています。研究によると、「成績の低い大学生」や「免許証を更新しに来る高齢者」などは、自分自身の能力を過大評価することがわかっています。

なぜ無能な人は「自分最高」と思うのかをムービーでわかりやすく解説 - GIGAZINE



2008年頃に生じたサブプライム住宅ローン危機に端を発する世界金融危機時に必要性が叫ばれ、アメリカ合衆国財務省が実施した「アメリカ人の経済的無知に関する調査」もダニング=クルーガー効果を裏付けています。調査時点から2年以内に破産した経験を持つ被験者800人に対する調査によると、お金やお金の流れに関する知識や判断力について被験者は平均して下位37%に位置していました。しかし、被験者の23%が「自分は最高レベルの知識を持っている」と自己評価しました。これは、2年以内に破産を経験していない対照群が「最高レベルの知識を持っている」と回答する割合(13%)に比べるとかなり高い数値です。

人間は生まれつき直観を持っていますが、直観による誤解はときに致命的な事故を引き起こし、自分の能力に対する過信につながります。行動経済学者のSendhil Mullainathanの研究によると、インドでは「乳児が下痢を起こすのは水を多く与えてしまっているからだ」という誤解がしばしばみられると判明しています。現実には、下痢を起こしている乳児は脱水症状の危険があるため、清潔な水を飲ませる必要があります。「水を多く与えているから、水を多く排せつする」というのは直観にかなっているように思えますが、このような誤解は早急に正す必要があるわけです。


By sianstock

しかし、誤解を正すための教育によって、「生来持っている誤解に自信を吹き込んでしまう」というケースもみられます。1つの例が、進化論に対する誤解です。幼い子どもに「トラが存在する理由」を尋ねると、子どもはしばしば「動物園にいるために生まれた」と回答します。この種の誤解は幼い子どもだけではありません。「なぜチーターは速く走れるのか?」と大人に対して質問すると、「獲物を多く捕らえられるように、速く走れるように進化した」と回答する人がいます。しかし、進化論を前提とした正答は、「より速く走ることができたチーターはより長生きして子孫を多く残すため、種は速くなる方向に進化する」というもので、進化論における進化はあくまで個体差と自然淘汰が生み出すものであって、各個体の選択や欲求により生まれるものではありません。

2014年にTony YatesとEdmund Marekがアメリカ・オクラホマ州の高校生536人に前述する進化論を講義して、「進化論の誤解を解く」という実験を行いました。被験者には授業前と授業後にクイズ形式のテストを受けてもらい、進化論に対する理解度が授業によって向上したのかを調査しました。

Is Oklahoma really OK? A regional study of the prevalence of biological evolution-related misconceptions held by introductory biology teachers - Semantic Scholar
https://www.semanticscholar.org/paper/Is-Oklahoma-really-OK-A-regional-study-of-the-of-by-Yates-Marek/62b0096658fafac9c9a8e377a0cc6c027e90728c



講義の結果、学生は「自分が進化論を理解している」と回答する割合が上昇したそうですが、問題は、それが必ずしも結果に結びつかなかったという事実です。一例を挙げると、「進化は有機体の特性をその生存期間中に変化させることはできない」という設問の答えは「正しい」ですが、「正しい」と回答した学生は講義の前後では17%から20%に上昇した一方で、「間違い」と回答した学生も16%から19%に上昇しました。結局、講義により「わからない」と回答した学生の数が減っただけであり、学生たちが理解を深めたとはいえないわけです。

もう1つの例が、「教習所で緊急時におけるドライビングテクニックを実地で教える授業を行うと、事故率が増える」というものです。例えば、雪道でのスリップに対処できるように訓練を行うと、受講者は「これで雪道でも大丈夫」という自信を持ちます。しかし、教えられた雪道でのドライビングテクニックは年を経るごとに失われていくのに対して、「雪道でも大丈夫」だという受講者の自信だけはいつまで経っても変わらないため、運転能力を過大評価しているドライバーは非常に多くなってしまいます。

「無能な人だけが自分を過大評価する」は間違い、本当は平均的な人でも自分を過大評価する - GIGAZINE


by Val Vesa

こういった問題に対処する最良の方法だと考えられているのが、「教師が生徒と対話を重ねながら、誤解と真実の間に存在するギャップをともに乗り越えていく」という、古代ギリシアを代表する哲学者ソクラテスが残した方法です。先述の進化論における例では、「チーターが『獲物を多く捕らえられるため、速く走れるように進化した』というのが正しいならば、チーターは『速く走れたほうが獲物が多く捕らえられる』と自覚して、速く走るという能力を子孫に残そうとしたのだろうか?」と疑問を提起しながら対話を重ねると、生徒を正しい思考に導くことができます。

各個人が持つ「信念」を利用して、説得力を高める方法も発見されています。Geoffrey CohenとDavid Shermanの調査によると、アメリカの一般的な保守層は、リベラル層に比べて「環境保護政策を支持しない」という傾向があります。しかし、保守層は思考や行動、現実などに「純潔・純度」に強い関心を持つ傾向があります。すなわち、保守層に「環境を保護しましょう」と訴えるよりも、「純度の高い地球を保持するために、環境破壊を抑えましょう」と訴えるほうが訴求力がはるかに強いわけです。同様にして、リベラル派に軍事費の増加を指示させたい場合には、「軍隊における昇進基準は平等だ」「軍隊に入隊することによって貧困を脱する人もいる」と説得すると効果が高まります。

The Psychology of Change: Self-Affirmation and Social Psychological Intervention | Annual Review of Psychology
https://www.annualreviews.org/doi/abs/10.1146/annurev-psych-010213-115137



しかし、本当の問題は「どうすれば自分の無知と誤信を自認することができるのか?」ということです。グループで仕事をしている際に行動経済学者が推奨する方法は、グループの中に「批判者」を置くという作戦です。批判者はグループの会議に疑問を提起して、批判をするという役割を担当します。批判によって、グループの参加者はいらだち、不快になる可能性が高まりますが、この方法によって通常よりも正しい意思決定ができることがわかっています。

自分ひとりでできる方法は、「自分自身の心の中に批判者を持つ」ことです。「自分がこういう結論を出しがちだが、もしかしたらその結論は間違っているかもしれない」「もしこの結論が間違っているとしたら、どう間違っているだろう?」と自問することです。心理学者のCharles Lordは「逆のことを考えろ」と唱えました。もし自分の決断が間違っていた場合の未来を想像して、その結論に至るまでの可能性について考えるというのも方法の1つです。そして最後に重要なのは、「他人に助言を求める」ということです。他人もまた何かに誤解を抱いているかもしれませんが、議論はしばしば思い違いを取り除いてくれます。
https://gigazine.net/news/20191006-we-are-all-confident-idiots/

11. 中川隆[-12570] koaQ7Jey 2020年5月29日 07:00:14 : PjE4U0HMCU : U1JSZVJ4QUd4ZDY=[4] 報告

相手を変えるより、自分を歓迎してくれるところに行く方がずっと早いし合理的
2020.05.29
https://blackasia.net/?p=833

「価値感」は外国と日本の文化的な違いだけでなく、日本人同士でも違いがいくらでもある。自分や相手が育ってきた時代や、育った場所や、育った環境や、親の性格で、ライフスタイルも考え方も、まるっきり違ってしまう。だから、同じ日本人でも年配の人と若者とは話す言葉も違えば、考え方も違う。(鈴木傾城)

価値観の相違は話し合っても直らない

日本人は最近になってやっと「価値感の相違」は埋められないことがあると理解するようになった。文化の違いや性格の違いは時には克服できないこともある。

たとえば、誰かが詐欺で騙された場合、日本人は「騙す方が悪い」と思うが、中には「騙される方が悪い」と被害に遭った側を嘲笑する民族や性格の人がいる。

日本人は「宗教を盲信して殺し合うのは無意味だ」と思うが、中には「自分の神が冒涜されたら死ぬまで戦う」と毅然と宣言する民族や性格の人がいる。

同じ日本人の中にも「日本が培ってきた伝統や文化が何よりも大切」と思う人もいれば「日本の伝統や文化は捨ててグローバル化を受け入れる方が大切」と思う人もいる。

経済的にも、「したいことを何もしないで金を貯めるより今を楽しむ方が大切」と思う人もいれば「したいことを何でもするよりもきちんと貯金する方が大切」と思う人もいる。

こうした「価値感の相違」で対立した場合、どんなに時間をかけて話し合っても無駄なことが多い。価値感はすでにその人の無意識のレベルにまで落とし込まれており、話し合ったくらいで変えられないのが普通だからだ。

まして相手に「変えろ」と言われたら、よけいに変えられない。反発や怒りが先にくる。

人間は自分が培った価値観を容易に変えられないし、それがアイデンティティに関わってくるものであれば、変えろと言った相手を暴力で封じ込めるというようなことすらも起きるのだ。

民族レベルで価値観の相違が深刻化すると、やがてそれは国家と国家・民族と民族の対立と衝突となって、何らかのきっかけで火が付いた瞬間に戦争という形になって暴力が吹き荒れる。

「それが駄目だ」という文化では育っていない

少しでも海外に出たことがある人は、その短い体験だけでも身に染みて学ぶのは、価値感が違うと「いくら話しても溝が埋まらない」ということだ。

言葉が通じていなかったとか、誤解されて納得されたというのではなく、しっかりと事実確認をしたにも関わらず、分かってくれない。

たとえば、カンボジアで現地の女性とホテルにいたとき、彼女は果物のゴミを平気で床に投げ捨てた。あるいは、バラック小屋に住んでいる貧しいカンボジア女性と一緒にいたとき、彼女たちは平気で床にツバを吐き捨てた。

インドでもゴミはどこでも捨てるのが普通だし、駅のホームで列車が来るのを待っている女性が、線路に向かってツバを吐く姿も珍しくない。

私が好きだったスリランカの女性リーパは、煙草を吸い終わると、それを浴槽に投げ捨てていた。シャワーを浴びるときは、もちろん吸い殻を捨てた浴槽を使う。(ブラックアジア:リーパ。ゲイランの街に立つ女の凶悪な目付きに惹かれた)

彼女たちにとってゴミは床に捨て、煙草は浴槽に捨て、ツバはどこでも好きに吐けるものだったのである。

煙草をところ構わず捨てるインドネシアの男も、食事中に口に入った骨の欠片をテーブルの下に吐き捨てる中国人も、ビニール袋を道路にポイ捨てするインド人も珍しくない。

それが良くないと言えば、私に配慮して恐らくその場では止めるだろうが、翌日には何事もなく煙草の吸い殻を捨て、口の中のものをテーブル脇に吐き捨てるだろう。

なぜなら、彼らは「それが駄目だという文化では育っていない」からだ。価値感が違っていて、彼らにとっては煙草の吸い殻を気軽に捨てられないことが変なのだ。

逆に日本人に、「ゴミをところ構わず捨ててもいい」「煙草の吸い殻も好きに捨てていい」「口の中のものも吐き捨てていい」と言っても、やらない人のほうが多いと思う。

なぜなら「それが駄目だという文化で育った」からだ。ゴミをところ構わず捨てる彼らの前では、それをしない私が異常なのである。

価値感の相違は、ありとあらゆる部分に存在する

ゴミに対する感覚は、無限の「違い」のうちのひとつである。「価値感」というのは、こうした細かいところでひとつひとつ違っている。

「価値感」は外国と日本の文化的な違いだけでなく、日本人同士でも違いがいくらでもある。

自分や相手が育ってきた時代や、育った場所や、育った環境や、親の性格で、ライフスタイルも考え方も、まるっきり違ってしまう。だから、同じ日本人でも年配の人と若者とは話す言葉も違えば、考え方も違う。

若者がいくら「今はこうだ」と言っても年配者は理解できないかもしれないし、逆に年配者がいくら「そんなことをしては駄目だ」と言っても若者には理解できない。

世代間の価値感のギャップは、年が10歳違えばまったく違うと言われている。好む音楽も、好むファッションも、別人種のように違ってしまっている。

タトゥーやマリファナに関しても、ある人がどれだけ嫌悪しようと、ある人は「それがクールだ」と真逆の価値感であるかもしれない。今後は、コロナ以前とコロナ以後で世代ギャップの常識が違ってしまうこともあるだろう。

こうした価値感の相違は、どれだけ話しても溝が埋まらない。理解どころか、お互いに相手への拒絶感の方が先に立って歩み寄れない。

スポーツが好きな人は、晴れた日に勉強している同級生が理解できない。目的があって勉強している人は、晴れているからと遊び呆けている同級生が理解できない。

自営業の人間は、人に使われて暮らしているサラリーマンが理解できないし、サラリーマンは生活が不安定な自営業の人間が理解できない。

男は女性が細かいことを気にするのが理解できないし、女性は男がすべてに大雑把なのが理解できない。価値感の相違は、ありとあらゆる部分に存在する。

もし自分の人生の重要な部分で相手と価値感が違えば、自分も相手もそれが譲れないのであれば、いくら時間をかけてもうまくいかない可能性の方が高い。

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自分の好きにやって理解されないほうが精神的に楽

価値感の違う相手を変えようと思っても変えられないことの方が多いし、無理に変えさせようとすると激しい対立や衝突を生む可能性もある。

それが相手によって大切な価値感である場合、それを変えさせるというのは相手のアイデンティティを崩壊させるも同然だからである。

だから、現実問題としては、「どうしても、価値感の違う人がいる」ことを受け入れるしかない。そうした人を変えられるとは思わないほうがいい。

イスラム原理主義の男に「女性の自由」をいくら説いても絶対に理解しないはずだ。逆に欧米の女性に「男尊女卑」を説いても絶対に理解しないはずだ。互いに「そんなものを理解するくらいなら死ぬ」と言い出すはずだ。

価値感の相違というのは、そういうものなのだ。だから、世の中のすべての人の価値感が理解できると思ってはいけないし、逆に自分の価値感がすべての人に受け入れてもらえると思ってもいけない。

絶対に受け入れられない価値感を持つ人が世の中にはいるし、逆に自分の価値感を絶対に受け入れてくれない人もいる。それが現実だ。

しかし、別に悩む必要はまったくない。今の価値感で特に日常生活に支障がない限りは、自分自身を変える必要はない。自分のやりたいようにすればいいし、自分が心地良いと思う考え方をすればいい。

相手がそれを受け入れてくれれば嬉しいことだし、受け入れてくれなければ、それはそれでいいと思うべきだ。

相手の価値感が納得できなければ去ればいいし、相手が自分の価値感を受け入れてくれなければ、受け入れてくれるところにいけばいい。そこに固執する理由はない。

自分の価値感が日常の社会的規範から逸脱していないのであれば、その範囲で自分が何をして、何を考えて、何を信じて、何を好きになってもいい。理解してくれない人に理解してもらう必要はない。

相互理解に向かって努力するのは、徒労に終わる確率が高いし、難関度が高い。相手を変えるのも自分を変えるのも難しいのだから、自分を歓迎してくれるところに行く方がずっと早いし合理的でもある。

自分の居場所を見つけて好きにやればいい。つまり、フランク・シナトラの如く、我が道(マイ・ウェイ)を行けばいいということだ。他人の価値感に合わせても無駄なのだから……。

最後にひとこと。

リーパはタバコ中毒で、浴槽にタバコの吸い殻を投げ入れて捨てていたが、私はやれやれと思いながら今でもリーパが懐かしいし、彼女に好感情を持ち続けている。彼女がとても好きだったし、今でも好きだ。価値感が違っても好きだという感情が価値感の違いを自然に克服していた。そういうこともある。

https://blackasia.net/?p=833

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