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ゴトウ・ユニット _ WE555 を改良した世界に並ぶ物のないドライバーユニットだそうだけど…
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/963.html
投稿者 中川隆 日時 2019 年 6 月 10 日 20:03:14: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: ソニー SS-R10 _ 史上最高の静電型スピーカーだったんだけど… 投稿者 中川隆 日時 2019 年 5 月 24 日 07:31:54)


ゴトウ・ユニット _ WE555 を改良した世界に並ぶ物のないドライバーユニットだそうだけど…


GOTO UNIT - YouTube 動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E3%82%B4%E3%83%88%E3%82%A6+%E3%83%A6%E3%83%8B%E3%83%83%E3%83%88&sp=mAEB
https://www.youtube.com/results?search_query=GOTO+UNIT


メーカーのスピーカー設計の技術者に、好きな様にスピーカーを作って良いと言うと、大概、ホーン型 3Way を作り始めると言う話を聞いたことが有りますが、ホーン型には独自の魅力が有るようです。

トランジェント特性を考えると、ダイレクトラジエーターに比べホーン型が断然有利で、色々な情報を整理すると、生の音を志向した場合にはホーン型の選択という意見が多いようです。正しい設計のホーン型スピーカーは、高音域が だら下がり になり、且つドライバーと言えども分割振動が発生する事から、受け持てる周波数の範囲は狭く、正統派のホーンでシステムを組む場合は、高城重躬氏のように GOTO ユニットの 4way か 5way を選択せざるを得ないという事になります。


※高城 重躬氏は、日本のオーディオ黎明期をリードしたアマチュア研究家。
GOTOユニットの後藤氏の協力のもと、最高峰のユニットを真空管 OTLアンプのマルチウェイで駆動し、高忠実な再生を行った。糸ドライブ方式の先駆者としても有名。タンノイを愛した、作家の五味康祐 氏との論戦は有名。

GOTO ユニットは、 WE555 を代表とする WE のユニットを基に、吉村氏・後藤氏の技術で改良を加え、世界に並ぶ物のない最高レベルのドライバーユニットを世に出している。

その場合、低音用としてはコンクリートホーンか、軽量のコーン紙と強力な磁石を伴ったウーファー(アルテックか GOTO のウーファーを選択)の使用が必須。

ドライバーとアンプの間に抵抗が入るとトランジェント特性が損なわれることから、マルチアンプでドライブせざるを得ないと言う化け物の様な装置になると言う事で、いくら財力が有って購入出来たとしても、一生かかっても、まともな音を出すのは難しいかもしれません。

上記の様な装置は、小生のオーディオ信条には 全く反しますが 、シッカリと 調整された GOTO の装置の音を一度は聴いてみたいとの思いはあります。生の音を志向すると、とんでもない深みにはまりそうです。
http://www.aafc.jp/Essay/2016/Turedure/20160907Turedure-02.pdf

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有限会社ゴトウ・ユニット
〒242-0005 神奈川県大和市西鶴間8丁目7−
TEL 046-274-7293


後藤精弥記念館 音楽夢工房
http://www.ne.jp/asahi/otoyume/home/index.html

GOTO UNIT ブログ
http://gotounit.blog.fc2.com/

製品 – GOTO UNIT
http://goto-unit.jp/%e8%a3%bd%e5%93%81/

GENON-GOTO PRODUCTS
http://coisosystem.net/goto-products%20price/index.html

GOTO UNIT WEBカタログ 
http://gotounit.blog.fc2.com/imgs/20180720QbVY33uM

オーディオアート ゴトウユニット販売
http://goto-unit.jp/

エレックス ゴトウユニット販売
http://www.elex.ne.jp/index6.html


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オーディオの足跡

GOTO UNIT スピーカーシステム一覧
https://audio-heritage.jp/GOTOUNIT/unit/index.html
https://audio-heritage.jp/GOTOUNIT/index.html


ヤフオク! -「ゴトウユニット」(スピーカー) - 新品・中古品の落札相場、落札価格
https://auctions.yahoo.co.jp/closedsearch/closedsearch/%E3%82%B4%E3%83%88%E3%82%A6%E3%83%A6%E3%83%8B%E3%83%83%E3%83%88/23812/


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後藤精弥氏について
http://www.ne.jp/asahi/otoyume/home/gotouseita.html

(有)ゴトウユニットの工房にて(右が後藤精弥氏)

〜 後藤精弥讃 〜

加藤敏久

後藤精弥・・・それは日本を代表するスピーカー技術者の名だ。
そして、間違いなく日本のオーディオの歴史を牽引した一人である。

生涯、純粋に、軽くて堅い振動板と強力な磁気回路というスピーカーの理想を追求し続け、 ついにこれ以上はないというドライバーを造り上げた本物の技術者だ。

この地球上で、膜状に成形可能な最も軽い元素、原子番号4番のベリリウム。
 このベリリウムをダイヤフラム(振動板)に使う。
 そして、磁気飽和の限界まで磁化させたアルニコ磁石を、ダイヤフラムが破壊される限界まで積み上げる。
 ボイスコイルを埋める隙間は狭いほどよく、そのわずかな隙間に驚異的な指先の器用さでボイスコイルを埋め込むのだ。

こうして、世界最高能率120db/wのドライバーを実現したのだ。

出る音は、トランジェント(過渡特性)の高さで他のスピーカーを圧倒する。
 一聴すれば誰にでもわかる違いである。
 音源に記録された電気信号をストレートに、羽毛のように軽々と音波に変える。
 真にスピーカーの存在を忘れさせる再生能力だ。

今や、ヨーロッパ、ロシア、アメリカ大陸、東南アジア、台湾、中国など、世界中のオーディオファンが、ゴトウユニットの音の卓越性を認識し、自己のシステムに取り入れ始めている。

スピーカーのドライバーユニット部門で世界を席巻できるのは、ゴトウユニットをおいて他にはないと断言できる。
 なぜなら、上述のとおり、原理的にこの地球における物理的な限界を極めたスピーカーだからだ。

<後藤精弥氏プロフィール>

(文責 加藤敏久)

新潟県出身

昭和17年東京の電気会社に就職。

  終戦後は、電球作りからスタート。集魚灯、クリスマス電球など手作り多数。

  指先の器用さは天性のもので、他社が投げ出した作業や修理を難なくやってのけた。

  この時代のさまざまなものづくりの経験が、後のドライバー作りに生かされた。

  映画セリフ用のダイナミックマイクロフォン、選挙用の拡声器と肩掛け用ハンドマイク、
 電車の車内アナウンス用拡声器の製作と、映画館のスピーカーの修理が、
 スピーカー技術の原点となった。

昭和32年頃、高城重躬(たかじょうしげみ)氏と出会う。

 日本電気のドライバーユニット555M(ウェスタン型振動板)の修理を頼まれたのが
 きっかけだった。

 高城氏は日本初のレコード評をしたオーディオ研究家で、
 既に大型装置を自作のアンプで鳴らしていた。
 高城氏の友人でお茶の水女子大学の物理学教授だった亀谷俊司氏とも知り合う。

  この二人は当時トゥイーターに楕円の紙製スピーカーを使っていた。
 このトゥイーターから何とかならないか手を付け始めた。
 亀谷氏が米国グッドイヤー社の商品名マイラーという素材を手に入れ、
 それを使ってみた。結果は上々。後藤氏はもっぱらこれをFRPと称した。
 日本で最初にコンプレッションユニットにFRPを使用したのが後藤氏である。
 このときから、高音はホーン型に変わった。

  当時は映画館全盛時代。
 ほとんどの映画館でWE555ドライバーが使用され、修理の仕事に追われた。
 このWEを模して中音ドライバーが作られた。
 この後、磁束密度を上げるパーメンジュール材との出会い、低音ホーンへの工夫と、
 高城氏との二人三脚の歩みが続く。そして、世の中はステレオ時代に入っていく。

昭和32年吉村氏とともにYL音響(現在エール音響)を創立。

昭和40年独立し、FRPエッジをうたい文句に、ドライバー製作に入った。

  高城氏録音の虫の音の再生をきっかけに、ダイヤフラムをチタンに変えた
 トゥイータ16TT誕生。それから中高音もチタン化。

昭和45年頃からスピーカーの修理を頼まれたのがきっかけで画家の岡鹿之助氏に出合い、弟子入り。
 後藤氏は小さい頃から絵を描くのが趣味だった。

昭和51年、ダイヤフラムのベリリウム化に着手。

  中音用のダイヤフラムまでベリリウム化に成功した時、
 音楽の友社「ステレオ」誌「今月の2000文字」に掲載された高城氏の文章を紹介する。

音楽の友社「ステレオ」誌「今月の2000文字」より


「・・・中音用のダイヤフラムがベリリウム化された。昨年から後藤精弥さんが取り組んでこられたものが完成、最初の品が私のところに運ばれた。中音用なのに高域まで実に素直にのび、分解能も非常によい。まず左方のシステムだけを取り換え、右方と聴き比べることにした。ベリリウムの方がずっとおとなしくてしかも切れ味が鋭く、左方から右方に切り換えると音が賑やかでどぎつく感じられる。これだったら文句なしにベリリウムに軍配があげられる。それですぐに右方も取り換えた。それにしてもこれだけ大きく変わるとは考えもしなかった。私のスピーカーシステムでこれまでの一番の大きな変革は19年前に3ウェイから4ウェイにした時であるが、今回の変わりようはこれに次ぐものといえる。10年程前に中高音用や高音用がチタンからベリリウムになった時も、目覚しい改善ではあった。しかも今回の中音用はそれを遥かに上回る程の前進であり、改めて中音の重要性を思い知らされた。

ベリリウムがなぜこれだけ音質に大きな影響をもたらすのか、これまでのチタンと材質の特性の違いを調べてみた。特性表からも分かるように、チタンの比重(密度)4.54に対し、ベリリウムは1.84、従ってダイヤフラムの厚さが同一なら重量はチタンの0.4倍しかない。しかし重量だけからすればマグネシウムの方が有利だ。ところがダイヤフラムの音響材料としての評価は、弾性係数(ヤング率)を比重で割った値で決められている。計算してみるとベリリウムは28000÷1.84=15217、チタンは11000÷4.54=2423となり、何とベリリウムはチタンの6.28倍、マグネシウムの5.88倍になる。それと音の一秒間の伝播速度もチタンやマグネシウムの2倍以上だ。これらの要素だけで音響材料としての音質の優劣が断定できるとは思わないにしても、今回の変わりようからすると成程とうなずける。

もっともベリリウムがいくら優れた特性を持っていても、これを使ってダイヤフラムを作るのは至難なこと。まず薄いシートの入手が容易でない。高音用ともなると非常に軽いダイヤフラムが必要で、薄いシートが不可欠だ。しかしメーカー成型の限度が20ミクロンまで、シートなら15ミクロンまで可能とのこと。そこで後藤さんはシートで貰い、無事成型、高音用に使用しているそうだ。私が以前に使っていたチタンの高音用は6ミクロンだったのに、2倍半もの厚いベリリウムの方がなぜよいのか、その理由は前述の通りである。中高音用は厚さ25ミクロン、今回の中音用は35ミクロンだが、このシートからドーム状に成型することがこれまた大変な仕事らしい。さらにこれにアルミリボンをエッジワイズしたボイスコイルを取り付けなければならない。この巻く技術も非常に難しい。こういった困難を克服して中音から上がすべてベリリウムになったのは、彼のこれまでのノウハウの積重ねと名人芸の賜物といってよいと思う。もっとも、ベリリウムも真空蒸着法を採用すれば大量生産も可能だし、既に市販品も出ている。しかしこれと薄板を加工したものとでは全く別物であることはいうまでもない。・・・」

(左 後藤精弥氏  右 高城重躬氏)

平成4年、NHKを通して北海道苫小牧市新冠町にレコード館設立の話。
 スピーカーシステムは後藤氏が設計しゴトウユニットで構成。
 平成9年竣工。低音ドライバーはSG146LD。
http://www.ne.jp/asahi/otoyume/home/gotouseita.html


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ゴトウユニットは、1965年に創業し、ハイエンドホーンスピーカーのメーカーとして国内外のお客様からご支持を頂いております。原音再生を実現するためのスピーカーに要求される条件に、ゴトウユニットは応えて参りました。お客様に最高の品質でお届けするため、受注生産方式とし、初期不良を防ぐため入念なエイジングを行って出荷しています。

極限に迫る低歪み率

 剛性が高く軽量な振動板を開発し、振動板周囲に歪みを軽減するFRPエッジを世界に先駆けて導入しました。

瞬時なドライブを実現する強力磁気回路

 磁気回路には、高磁率のアルニコ5DGマグネットならびに高透磁率の鉄材を使用し、磁気ギャップ部分には磁気飽和点の高いパーメンジュールを採用しています。(一部製品を除く)

厳選されたホーン形状

 ダイヤフラムの振動を能率よく、あまさず空間に放射するホーン形状にハイパーボリックホーンを採用しています。カットオフ周波数に近い所からホーンロードがかかり高域の抜けも良いのが特徴です。

ゴトウユニットが培った技術により、過渡特性に優れ、能率が高く、平坦な周波数特性で指向特性の良いホーンスピーカーをラインナップしています。また、ゴトウユニットの性能、特長を最大限発揮すべく、パワーアンプ、ラインアンプ、チャンネルデバイダー、LCネットワーク等もご提供しています。
http://goto-unit.jp/%e3%82%b4%e3%83%88%e3%82%a6%e3%83%a6%e3%83%8b%e3%83%83%e3%83%88/

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ゴトウユニット販売 オーディオアート
http://goto-unit.jp/


オーディオアートは、ゴトウユニットを国内外に販売し、音楽を愛するハイエンドユーザーの原音再生実現に向けて活動しています。

厳選された素材で実現された強力な磁気回路は、独自のFRPエッジによるハイレスポンスなトランジェント動作をダイヤフラムに実現させました。バイオリンの弦が奏でるビブラートの美しさや、金管楽器の突き刺さるような音は、ゴトウユニットならではの臨場感に浸れます。音楽と芸術を愛する創業者の故後藤精弥が成し遂げたホーンスピーカーを、これからもゴトウユニットが皆様のご愛顧に応えて参ります。

 ゴトウユニットは、故高城重躬氏を始めオーディオ評論家諸先生やオーディオおよび音楽愛好家の方々に支えられて参りました。(写真は、高城重躬氏の低音コンクリートホーン)

ホーン形状はいろいろありますが、ゴトウユニットは、丸形ストレートホーンが原音再生に最適なものとして推奨します。中低音タイプにおいては、ダブルスロートタイプがあり全長の短縮と、より音のスピード感に向上が認められます。

ダイヤフラムは、ジュラルミンとチタンを使用していますが、軽量化のため、極限まで薄く加工しています。

ウーファーは、ホーンタイプに対応したコーン紙をオプションで用意しています。

ヨーロッパのハイエンドユーザーには、ホーンスピーカーのレジェンドとして信頼されています。巨大なホーンによるパイプオルガンの再生は圧巻です。

オーディオアートは、ヨーロッパ、北米、アジアの現地の代理店と提携してゴトウユニットの販売サービスを行う海外総代理店です。海外からの日本オーディオ製品(ホーンスピーカー)のメンテナンスのご相談にも対応しています。

オーディオアート第一試聴室(オールベリリウム)12畳

東大阪市高井田元町2-28-19
Tel 06-6743-7743 Fax 06-6743-7720
email : kawakta@amitechs.co.jp

ご試聴いただけます。ご連絡ください。ご予約は、できましたらメールでお願いいたします。

オーディオアート第二試聴室(オールチタン)8畳

4ウェイマルチアンプシステム(オールA級パワーアンプ)のフロントスピーカーによる6.0.4配置の110インチスクリーン、ドルビーATMOSホームシアターをご堪能いただけます。
サブウーファーの帯域を38cmダブルのウーファーが受け持ち、その低域の自然な臨場感は映画館以上に映画に埋没します。

東京試聴室もございます。是非ご連絡ください。
http://goto-unit.jp/

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オーディオ専門店エレックスはゴトウユニット取扱店です。
http://www.elex.ne.jp/index6.html


電話でのご予約・お問い合わせは
TEL.:0284-64-7346  FAX: 0284-64-7347

〒326-0837足利市西新井町3495-2
営業時間AM10:30〜PM8:30


オンリーワンの音 世界を魅了するゴトウユニットの世界

GOTO UNIT ゴトウユニットと聞いてピンと来る方は、おそらくオーディオを趣味としている方の中でも相当なベテランの方、あるいは相当な上級者の方なのではないでしょうか。

ゴトウユニットSG188BLトゥイーターこのGOTOUNIT ゴトウユニットは、元々はYL音響時代からの流れをもち、1965年に後藤氏によって設立されたブランドになり、今では国内に留まらず海外のハイエンドオーディオマニアの間でも話題となる、伝説的なホーンシステムを主体とした超高級スピーカーブランドとなります。

設立当初より常に良いスピーカーとは何かを追求し続け、ひたすら前向きに研究し続けた音が多くのファンを生み出し、そこに秘められる膨大な理論がゴトウユニットの音に現れているのです。

ゴトウユニットの考える良いスピーカーの条件とは、

●過渡特性が優れていること
●能率が高い事
●平坦な特性である事
●指向性が良い事

以上この4点になります。

そのラッパのように見える独特の形状のホーンシステムは、普段巷に溢れているスピーカーに慣れ親しんだ目には、かなり奇妙にさえ映ります。

しかしそれは振動版の音を余さず空間に放出するためであり、そしてそこから流れてくる音楽は、音の違いを敏感に感じる感性をお持ちの方なら、静寂と躍動感溢れる音に魅了され、その生々しい音の虜になることでしょう。

そのような音が国内に留まらず、ゴトウユニットが海外のオーディオマニアにも高く評価される要因なのかもしれません。

ゴトウユニットは基本的にフロントプレッシャー型のユニットであるため、JBLやアルテック、TADなどのようなバックプレッシャー型のユニットのように広帯域再生には向かないため、どうしても3ウェイ〜5ウェイのマルチシステムで構成するようになります。

しかしそれはある意味ユニット本来の得意とする帯域を十分に鳴らしきれる事でもあります。

そのためゴトウユニットでオールホーンシステムを組む場合、しかもローエンドまでオールホーンシステムで考えた場合、その規模からリスニングルーム全体を根本的に見直すこともあります。

しかしご使用中のシステムのハイレンジだけゴトウユニットに変換するというのであれば、既存のシステムに簡単に付加させて使用することももちろん可能です。

ハイレンジだけゴトウユニットへの変更であっても、その流れ出る音のローエンドの表情まで一変する効果は十分に実感できるはずです。


ゴトウユニットは、残念ながら一般的なオーディオマニアの方なら誰にでもお勧めできる製品ではありません。

ある程度知識と経験も必要とし、音に敏感な耳の肥えたかなりの上級者向けの製品となります。

ゴトウユニットの高音質を十分引き出そうとする場合、どうしても知識や経験又は技術やノウハウなども必要になりますが、もしあなたが音と音楽をこよなく愛し、その追求に余念がない方にはとてもお勧めできる超高級スピーカーブランドといえるでしょう。

既存のシステムでは満足できないハイエンドユーザー向けの製品群ですが、世界中探してもこれしかないというシステムを構築できるその音楽再生の世界は、一度でもその音を聞いたらもう後戻りは出来なくなる、そんな魅力を兼ね備えたブランドなのです。

しかし一般的に非常に敷居の高く感じるGOTOUNITゴトウユニットですが、そのコンセプトを引き継ぎながらも一般的な使い方が出来るフルレンジもラインナップされており、もちろんGOTOUNITゴトウユニットの名に恥じないパフォーマンスを見せます。

コンパクトなリファレンスシステムとして、またメインシステムとは趣向を変えたサブシステムとして、アイディア次第でその可能性も無限大です。

小型ユニットであっても、世界に唯一のシステムを生み出すことが出来る事がGOTOUNITゴトウユニットの魅力かもしれません。

オールホーンシステムではちょっとと躊躇してしまうマニアの方にこそ、そのアイディアを生かしたシステム構築にお勧めできるユニットといえるでしょう。


※GOTOUNIT製品に関しましては、輸出入禁止項目に該当する項目が含まれますので、海外からのご注文及び持ち出しご希望の場合はお取引を控えさせていただきますので、日本国内でのご使用をお願いいたします。


information お知らせ

ゴトウユニットを使用したシステムアップを、ご予算に合わせてご提案いたしております。
ご質問お見積りなどお気軽にご相談ください。
またゴトウユニットの下取り、買い取り、委託販売も常時受け付けております。
詳しくはメール又はお電話でお問合せくださいませ。お知らせ
http://www.elex.ne.jp/index6.html


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ゴトウユニット GOTO UNIT TWEETER
http://www.elex.ne.jp/index10.html

音楽のスケール感や空気感を伸びやかに表現するのが、ゴトウユニットの高音域トゥイーターです。

ゴトウユニットのシステムの高音域を受け持つだけではなく、お使いのスピーカーシステムのトゥイーターとしてご利用いただいても、システムのグレードを引き上げてしまうほどの実力があります。

音楽のスケール感や空気感を決定付けるともいわれる重要な帯域を受け持つトゥイーターには、振動板に軽量高剛性に優れたチタニウムをゴトウユニット独自の技術で形成した物を使用し、また硬くて音速がさらに早いといわれるベリリウム振動板を使用した仕様も用意しております。

お使いになる様々な環境にあわせ、スペックの異なる様々な仕様のトゥイーターをラインナップしております

小型で使いやすいSG-06もラインナップに加わりました。


高音用(High)

SG-16TT SG-160 SG-160BL

SG-188BL SG-06 SG-06F

エレックス オリジナル アルミ削り出しドライバー トゥイーター台


ゴトウユニットTWEETERの概要

ゴトウユニットのSG-I6TTは、最高音域を受け持つドライヴァーユニットで、 振動版はチタニウムを成形し、 またFRPエッジを採用、 125パイアル二コリングマグネットの磁気ギャップにパーメンジュールを使用した強力な磁気回路により、 ダンピングのよさと低歪みを実現しております。

更に磁気回路の磁石を130パイに大型化、 強力にしたものがSG-160です。

高い分解能と浸透性により、 自然にそして豊かに音楽を楽しむことができます。

ゴトウユニットのSG-160BLには、 現在最も音速が速いとされているべリリウムを振動版に採用し、ゴトウユニット独自の方法で成形したダイヤフラムを採用、そのため更なる音質の向上に成功致しました。

これはオーディオ界の布石となる製品であると自負致しております。


表示されているすべての機種ともに、カットオフ3000HZのアルミ丸棒くり貫きS-3000ALホーンを標準装備しています。

ゴトウユニットの音質を気軽に楽しむために、使いやすいSG-06もラインナップしました。

小型で使いやすいユニットですので、ゴトウユニットのニュアンス試してみたいという方でも、お使いのシステムのプラストゥイーターとしてもご利用いただけます。

もちろんその実力はゴトウウニットの名に恥じません。

ゴトウユニットでは、製品の高品質を維持するため受注生産となります。
特注製品依頼、バージョンアップ、納期に関しましてはエレックスまでお問い合わせください。
http://www.elex.ne.jp/index10.html


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ゴトウユニットドライバー専用ホーン
http://www.elex.ne.jp/index11.html

ゴトウユニットドライバー専用ホーンです。

ストレートに伸びたその特徴的な外見を持つホーンは、ドライバーからの音を余すことなくストレートに放出しやすくするため生まれました。

そのためダイレクトでかつ繊細な音楽信号が、途中で損なわれなく大気中へと伝わるのです。

ゴトウユニットではお使いになるドライバーや環境にあわせ、様々なサイズのホーンをご用意しております。

S-150朝顔型 S-150B S-200B S-300B
S-600 S-800
http://www.elex.ne.jp/index11.html


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ゴトウユニット AMPLIFIER/チャンネルデバイダー
http://www.elex.ne.jp/index12.html

ゴトウユニットといえば、その特徴的な形状と魅力的な音質を持つホーンシステムやドライバーなどで有名ですが、そんな究極のホーンシステムというスピーカーばかりがゴトウユニットのラインナップというわけではありません。

ゴトウユニットブランドのアンプやチャンネルデバイダーもその一つで、もちろんゴトウユニットを思う存分鳴らすために開発された製品群ですが、既存の一般的なスピーカーを繋いで鳴らすことも十分可能です。

いきなりゴトウユニットのホーンシステムでは敷居が高すぎるとお考えの方も多いはずですが、でもゴトウユニットの世界とはどのような世界なのかと興味を持つ方も多いでしょう。

そのような時、ゴトウユニットというブランドを体感する一つの選択肢として、ゴトウユニットのアンプ、あるいはチャンネルデバイダーなどを試してみる価値があります。

パワーアンプはもちろん純A級動作のアンプですので、スペック的な表示出力は小さめですが、繊細さに欠けたガサツなパワー至上主義のアンプとは違い、純A級アンプ特有のその繊細な音を実感できるはずです。

ただ再生スピーカとしては低能率の穏やかな反応のスピーカシステムよりも、ある程度高能率タイプで高反応のスピーカーの方が望ましいのですが、繊細な音でシンプルなフルレンジシステムをバランスよく鳴らしたい方にも是非試していただきたいアンプです。


EPH-2002/ステレオラインプロセッサー

EPH-3001A/A級ステレオパワーアンプ
EPH-3002A/A級ステレオパワーアンプ

EPH-4002/2-4ウエイチャンネルディバイダー

http://www.elex.ne.jp/index12.html

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新品 ゴトーユニット GOTO(受注生産品)
オーディオ専門店エレックス USED 中古オーディオショッピングサイト
http://www.elex.ne.jp/ecshop/index.php?dispatch=categories.view&category_id=55

メーカーお取り寄せの新品です。

ゴトウユニットは全品受注生産ですので、ご注文確定後におおよそ納期お知らせいたします。

このメーカーの品物は、申し訳ございませんが日本国内のみ販売可能です。

国内でご注文後に海外への持ち出しも御遠慮ねがいます。

販売完了品に関しましては、販売済み製品一覧へ転載いたしますが、

生産完了や定価売価の変更にすぐ表記対応できない場合ございます事了承ください。

ゴトウユニット ホーン
ゴトウユニット トゥイーターユニット
ゴトウユニット 中高音ドライバーユニット

ゴトウユニット 中低音ドライバーユニット
ゴトウユニット 低音ウーファーユニット+フルレンジユニット
ゴトウユニット アンプ+チャンデバ+他
http://www.elex.ne.jp/ecshop/index.php?dispatch=categories.view&category_id=55


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ゴトウユニットが聴ける名曲喫茶

山梨 喫茶店 サウンドライフ ハーモニー
http://www.dourakuhouse.com/

〒405-0076 山梨県笛吹市一宮町竹原田1823 
Tel : 080-6733-5134


営業時間:15:00〜20:00までに入館ください。

定休日は毎週月曜日


アクセス
中央道一宮御坂インターを甲府方面へ約300m 白バイ訓練所前 交差点を左折し居酒屋だるまの目の前


地図
https://www.google.co.jp/maps/place/%E3%80%92405-0076+%E5%B1%B1%E6%A2%A8%E7%9C%8C%E7%AC%9B%E5%90%B9%E5%B8%82%E4%B8%80%E5%AE%AE%E7%94%BA%E7%AB%B9%E5%8E%9F%E7%94%B0%EF%BC%91%EF%BC%98%EF%BC%92%EF%BC%93/@35.6403382,138.6676332,17z/data=!3m1!4b1!4m5!3m4!1s0x601bfc57e4745a9f:0x3901162e0d1d1c6a!8m2!3d35.6403382!4d138.6698219?hl=ja


◎真空管と4チャンネルオールホーンシステム

サウンドライフ・ハーモニーのオーディオシステムは、ゴトウユニットのスピーカーをメインとした、4ウェイオールホーンスピーカー群を、真空管による4チャンネルアンプ群で駆動しています。

ホーンスピーカーの繊細でスピード感あふれる、また、真空管による柔らかく透きとおった音色は、きっとお客さまに満足していただけることでしょう。 また、音楽にかかせないのがコーヒーです。ハーモニーでは、日本創芸学園でのコーヒーコーディネーターの資格を取得し、特にトレサビリティーを重視したスペシャルティーコーヒーを、堀口コーヒー狛江店より 直接仕入れております。 そのコーヒーが持つ、本来の香りと味を余すところなく引き出した一杯は、心和むものがあります。名曲を聴きながら、また、オーディオ論議にと、満ち足りた時間をお過ごしください。


音響とオーディオ機器へのこだわり

クラシックやジャズを最高の音響でお楽しみください。

より繊細な音楽を奏でるため、スピーカー群はいかに高能率なユニットであるべきか。また、アンプ群はいかにノイズを抑えるかが、まず第一の課題であると考えます。 スピーカーに至っては、振動系を極力軽くする事と磁気回路を強力にする事で、如何なる情報にも遅延する事なく追従しなければなりません。また、増幅系に至っては余計な残留ノイズやジョンソンノイズ等の電気信号を付加する事なく、演奏者が奏でる音楽そしてホールの響き、即ち、レコードやCDに刻まれた情報だけを忠実に再生しなければなりません。この2つは非常に難しい問題ですが、必要不可欠な条件であり、音楽を聴く側の最低限のマナーであると考えるからです。

ゴトウユニットのホーンスピーカー群の能率は110dBを超える超高能率であり、音楽に欠かせない繊細さ・スピード 感、空気感を余すところなく表現してくれます。

また、このスピーカー群を駆動するアンプは当店オリジナルで、極めて残留ノイズの少ない高忠実度・ワイドレンジの真空管アンプ群です。

特にパワーアンプは直熱三極管をAクラスで稼働させ、回路構成・配線の引き回し等試行錯誤を繰り返した結果、直熱管特有の残留ノイズはホーン内部においても皆無の状態であり、正に増幅系を感じさせない静かなアンプ群です。音楽を邪魔しません。

ゴトウユニットのホーンスピーカー群との共演により、消え入るようなピアニッシモからホールを揺さぶるフォルテまで、驚くべきダイナミックレンジの広さと音楽に欠かせないディテールを忠実に再生してくれます。


◎オーディオ機器紹介

メインシステム


・スピーカー群

ゴトウユニット 

・中低音 SG-505TT + S150アサガオストレートホーン、
・中高音 SG-370 + S800ストレートホーン、
・高音  SG-16TT  
・低音  アルテック  515E*2 当店オリジナル 50Hz 2/3λ エクスポネンシャルホーン


・アンプ群

・6922SRPPイコライザー搭載ゼロゲインプリアンプVRは12接点ラダー式アッテネーター/ー6dBパッシブ式4チャンネルフィルター

・低音 デュアルカップリングMos FET A級17W×2/残留ノイズ0.06mV/16Ω抵抗負荷時

・中低音‐中音‐高音 セトロン300B シングルA級7.3W×2/残留ノイズ0.32mV/16Ω抵抗負荷時


・プレーヤー

・プラッター部7.8kgインナーグリップ式/オリエンタルモーター製ACサーボモーター/糸ドライブブレーヤー
・トーンアーム SME3012+デンオンDL‐103


サブシステム


・スピーカー
ダイヤトーン    P-610A  フルレンジ

・プリアンプ
6DJ8 EQ内蔵プリアンプ  出力3系列

・メインアンプ
6A3 または 300B A級シングルアンプ
・レコードプレーヤー及びCDプレーヤー


    
コーヒーへのこだわり

おいしいコーヒーとは、香り・味 ともにコーヒーの種類でそれがしっかり表現できるものと考えます。現在のコーヒー市場は、コーヒー豆の流通経路が曖昧なものが多く、輸出の過程で混ぜこぜになってしまうケースが 多分にあると判断します。 また、コーヒーの挽き方・立て方もその豆に適した方法が必要です。当店では特にコーヒー豆の流通経路(トレサビリティー)に 着目して ・どこの農園の豆・ までをしっかりと把握し、品質の安定したコーヒー豆を使用しています。 まずは飲んでみてください。暖かいとき・すこし冷めた時・もう少し冷めた時、一杯のコーヒーでも味・香りがこれほどに違うのかをきっと気づいていただけるでしょう。また、コーヒー豆によってこれほどまでにと思われるほどの違いがわかっていただけるで事しょう。


○飲み物紹介


・コーヒー 
タンザニア・コロンビア・ブラジル他  450円 二杯目250円

・その他
・コーラ
 ジンジャーエル他  300円
・コーヒー豆  200g/1050円
・保存用ビン150円

手作りの真空管アンプ、レコードプレーヤーなど、オーディオ機器の製造・販売・修理もいたします。

手作りの真空管やアンプも取り扱っております

当店では、自作派の方々によるアンプ群の視聴(切り替えボックスにより当店6A3あるいは300Bとの聴き比べ)も行っています。 腕に自慢のアンプを是非持ち込んでいただき、オーディオ論議に花を咲かせませんか? (試聴用切り替え対応スピーカーは ダイヤトーンP-610A)  また、自作を希望するお客さまへのシャーシ等の販売や製作にわたってのアドバイス(日曜日毎に当店内にて製作も可能)もいたします。 これから自分の手で世界に一台しかない貴重なアンプを作ってみたいとご希望の方は大歓迎いたします。 一緒にシビれてみませんか。なお、完成品をご希望のお客さまには、ご好評を頂いている事から、受注により真空管アンプあるいはFETアンプを製作致します。使用目的や将来へのグレードアップを含め、ご相談ください。

いづれもノイズの非常に少ない高忠実・ナチュラルアンプです。 その他、スピーカーボックスの製作や設計、スピーカーエッジの修理等も行います。


☆アンプの作製にあたっては、スピーカーの能率、聞かれる音量等、お客さま一人一人環境が異なります。この為一般的なアンプは、低い能率のスピーカーに合わせた設計を行う事が多く、能率の良いスピーカーを使う場合はプリアンプ、パワーアンプ共にボリュームを下げるだけ下げた状態となり、澄みきった延びのある音楽を楽しむことが難しいのが現状です。原因は過剰な増幅による、残留ノイズやジョンソンノイズの付加、そしてボリューム絞りによる音質劣化に他ありません。

当店では、このような状況を回避するため、お客さまの状況を十分お聞きし、無理のない設計により作製をさせていただく事としております。そのため、幾度となく確認を取らせていただくこともありますが、ご理解くださるようお願いいたします。
http://www.dourakuhouse.com/


 

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コメント
1. 中川隆[-9688] koaQ7Jey 2019年6月10日 20:06:58 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[2771] 報告

ホーンスピーカー

 「スピーカーはホーン型がよい」とは、金田氏の主張だけれど、私の場合、高城重躬氏の「音の遍歴」を読んだことでインプリンティングされてしまった部分がけっこうある。それゆえホーンといえばまずはオンケンと返って来そうな金田ファンの中にあって、私の頭に浮かぶのはゴトウユニットなのであった。

 長らく「かりそめの姿」と思いつつあまり値の張らない既製のスピーカーで過ごしてきたが、ここへきてようやくそのゴトウユニットに手を出してしまった。

といっても、しみったれ系のオーディオをやっておりますゆえ、そんなお金持ちが使うようなものをおいそれと買い込めるものではない。中古のしかもローコストモデルでとりあえず、ということで、一式まとめても現行の標準的ユニット1個分の値段にもならない投資だ。

はたして、このプアマンズ・ゴトウシステムの成否は?
http://web3.incl.ne.jp/tetsu/c7spSys/loudspeakers.html

ゴトウホーンシステム(ただし、ビンボー仕様…)
http://web3.incl.ne.jp/tetsu/c7spSys/gotoSys.html


ゴトウユニットがやって来た(^^)

 SG-37FRPとホーンS-400を手に入れた。30年前の製品である。

 SG-37FRPはゴトウユニットの中ではエントリーモデルだった。マグネットも小さく、同社のドライバーの中では能率も少し低め(といっても110dB/W/mもあるけれど)。比較的安価ではあったが、ゴトウユニットの名を冠して世に出しておくには性能に不足があったのか、それともゴトウを使おうというような人はみんなお金持ちなので、こうした性格のユニットには人気が集まらなかった、ということなのか、生産されていた期間はそう長くなかったと思う。

 ホーンのS-400も中止品だ。開口径30cm、カットオフが400Hz。現在では、ゴトウユニットの標準的なシステム構成は事実上4ウェイのみになってしまったが、そうなるとこのサイズのホーンは中途半端だということになるのだろう(当時の製品ラインアップではまだ3ウェイも想定されており、MJに出されていた広告には3ウェイのシステム構成例が載っていた)。

 現在このクラスの製品がラインアップにないということは、後藤精弥さんご自身がこれらを否定しているようにも受け取れて、あんまり嬉しくない。しかも、前オーナーはこれを1ヶ月ほど鳴らしてみただけで、後は死蔵していたのだという。よほど期待はずれの音だったのか?

 といった不安もなきにしもあらず、なのだけれど、なにしろ現行製品はみな高価だし、まあ入門用にはこれでもよかろう、とおっかなびっくり手を出した、という訳。

 フェイズプラグを囲んで丸穴が並んでいるのが判る。いかにも手作業でドリル加工されたふう。

 SG-37FRPだけではもちろん中〜中高域しか出ないので、これにウーファーとトゥイーターを足して3ウェイとする。

 トゥイーターはやはりゴトウの、SG-37とほぼ同時期の製品であるSG-17SAがほどなく手に入った。


 いささかくたびれていて少しメッキが浮いていたが、まあしょうがない。それより、ちょっと解せないことがある。マグネットに貼られたラベルにはSAとあるのだが、Sの後にAが付くやつはカットオフが少し高くなる小ぶりのホーンが付いているはずだ。しかしこのホーン、大きい。このラベルは正しいのか?また、再着磁歴ありということだったが、相当昔のことらしいのであまり意味はなさそう。ラベルの脇に「再着磁 BGM」なんていうシールが斜めに貼られていたのだが、シールのセンスがなんだかゴトウの仕事っぽくない。もしかして、BGMは会社名かな?

 それやこれやで、あまりきちんとした素性のユニットではなさそうなのだった。おまけに後で片方の音圧が少し小さいことが判明する。片側の減磁かと思ったが、ゴトウに修理を依頼したら振動板が交換されて戻ってきた。修理費用は意外とリーズナブル。

 疑念は持ちつつも、これで音圧も揃い、音色も使い込まれた側と差異は感じられず、一応ゴトウで看てもらったという安心感も得て、まずはメデタシメデタシ。

 これら中・高音のユニットおよびホーン、修理費をまとめても、現行の標準的なゴトウユニットの1本の値段よりまだ安い。かくも安価にゴトウユニットを味わおうという野望は、はたして実を結ぶのか?


ウーファーは?

 さて、ウーファーをどうするか。昔冷やかしで取り寄せたゴトウのカタログが手元にあるが、その最後の頁に載っている組み合わせ例のいちばんローコストなやつを見ると、SG-17SAとSG-37FRP+S-400ホーン、それに「良質の」30cmウーファー、という組み合わせが紹介されている。クロスは500Hzと5kHzとある。

 私の部屋ではスペースが苦しいので、もとよりあまり大きな箱は置けない。30cmのユニットとなると、比較的小さめの箱で使えるものでなければ難しい。JBL4311Aのウーファーだけ使う、という手も思いついたが、それ以外だと置ける箱とのバランスから20〜25cmが現実的だろう。

 高能率のホーンの中・高域と組み合わせるには、やはりできるだけ高能率であることが望ましいので、ナンタラスピークなどを筆頭とする能率が80dB台の最近の製品は端から候補になり得ない。マグネットもできればアルニコがいい。ゴトウの現行製品にSG-20WRというのがあるが、これなどはまさしく希望にぴったりの製品だ、値段以外は。さて、う〜、むぅ〜…

 と唸っていたところ、こんなの見っけ。

 今はなきDIATONEの20cmウーファー、PW-201である。なんと、デッドストックだ。アルニコマグネットで、インピーダンスは購入済みのゴトウユニット群と同じ16Ω。能率94dB/W/mは、この口径でこれ以上欲張るとウーファーじゃなくなる、といったところだろう。

 昔のスピーカー工作のムック本などにはよく載っていたユニットだが、写真から受ける印象はあまりパッとしなかった。上級機のPW-125と比べると、幅の狭いエッジとのっぺりしたコーン紙がなんだかあんまりやる気のない印象だったし、他社の現代的デザインのユニット群からすれば、このいかにも国営放送局用といった風情の姿形も垢抜けなく見えた。かつてのオーディオ少年たちが憧れた、というユニットではなかっただろう。

 しかし今こうして実物を手にしてみると、これは“いいもの感”が横溢している。当時現代的なデザインと見えた他社のユニットのほうが、今ではよほど古くさくて安っぽく見える。私の購入価格は2本で¥32,000だったが、後で本棚の隅の芸文ムック「D.I.Y.オーディオ」('82年発行)を見たら1本¥21,000となっていた。すごく得した気分♪(^^)。

 写真では判らなかったが、今回入手して初めてコーンがボウル状に湾曲していることを知った。パラボラカーブなのかどうかは不明だが、こうした形のコーンは特定の制限された帯域を再生する用途に使われることがある、とは古いスピーカー工作の本に書いてあったこと。


 カバーを外してみたところ。さすがは「局仕様」、マグネット周りはP-610よりずっと贅沢に作られている。


 moはなんとたったの12gだ。フォステクスの20cmフルレンジのmoを見てみたら、そっちのほうがまだ重いのだった。今ではなかなかこんなスペックのユニットはないだろう。う〜ん、キレのよい音が期待できそうではないか♪…というか、出るのか、低音?

 そんなわけで、当然ながらローエンドはあまり欲張れない。スペック上は50Hzからとなっているが、特性曲線を見ると50Hzのあたりは200Hzのレベルから10dB近く落ちている。

 ちょいと裸でアンプに繋いでみた。ら、はて、全然低音なんか出ないぞ…なんだか8cmくらいのラジオのスピーカーのような鳴り方でないかい。いくら箱に入れていないといっても、これでウーファーになるのだろうか?

 と思ったが、コーンに耳を近づけてみると、これまで聞いたことがないような歯切れよい低音が聞こえるではないか。深々と包み込まれるような低域は想像で補うことにして、ここは量より質を期待しよう。

 エンクロージャーは、県内在住の木工趣味人の方にW450mm,H600mm,D300mmのオンケン型バスレフ箱を発注。合板製の安価なものだが、音に大きく影響しそうなバッフル板のみパインの集成材にしてもらった。

 PW-201の指定箱はけっこう大柄で、およそ90Lほどもある。私のこれは50Lくらいだが、このユニットを生き生き鳴らすための容量としては最小限度といったところだろう。が、私の今のオーディオ用スペースに置ける大きさとしてはこのあたりが限界に近い。いろいろと妥協せねばならないことはある。何が何でも低音ホーンを我がリスニングルームに、といった願望は今のところ持っていない。

 表面はワトコオイルで簡単に仕上げた。さっぱり醤油味、のつもり。木質に染み込んで硬化するので、表面をコーティングする重たい塗料を使うより、木の響きを生かせるのではないかと思う。あまり匂わなくなるまでけっこうかかったが、有機溶剤を使った塗料とは異なり、そんなに嫌な匂いではない。これを置いた部屋に戻ってくると、木工製品の香りがするのがちょっと心地よいくらい。


インスタントな置き台(^^;

 ウーファーの箱の上にゴトウユニットをただ置いたのでは転がって落ちてしまうので、それなりの台が必要だ。金田氏推奨はインライン配置。横から見て、各ユニットの振動板位置がそろっているのが望ましいが、低音ユニットと中音ユニットの位置を揃えるのはホーンが長くて無理だ。中高音ユニットをクロス周波数の1波長ぶん奥にずらして配置するのが次善の策だが、エンクロージャーの一番後ろに合わせても1波長分にならない。そういうときは「あまり気にせず」とも金田氏は書いているので助かる。

 凝った台の工作を考えてスケッチをあれこれ描いてみていたのだったが、エンクロージャーが仕上がっていよいよ音を出せるようになってくると、「早い!安い!旨い(?)」のアイディアが閃いた。さっそくホームセンターへ。

 買ってきました。テーマは「ノコギリは極力使うことなく、ドリルとねじ回しだけで作れる構造」ということで、MDFのボード、ウッドポール、三角柱。
 で、こうなった。


 なんだか○印良品か○販生活みたいな風情ではありますが、まあ私らしくはある、か…(^^;。

 MDFというのは初めて使ったが、なんだか紙みたいなもんですね。とりあえず硬いけれど、濡らすとほぐれてきそうだ。叩いてみても響きは良くないし、あまりお勧めできない感じ。

DC流クロスオーバーネットワーク

 マルチアンプシステムにするだけの用意はないので、まずはネットワーク式で。もちろんDC流に6dB/octだ。SG-37+S-400は、使おうと思えば500Hzからでも使えるようなのだが、どうやらそのあたりはPW-201のおいしい帯域らしい。それに、ウーファーのハイカットを低く取るとコイルが大きくなる。16Ωだとなおさらだ。ということで、クロスオーバー周波数は800〜900Hzと5kHzでいいだろう。

 設計した定数は下図のとおり。手持ちの双信V2Aの2.2uF、10uFと0.5mHのコイルを有効活用することを優先したため、中・高域はアッテネーターから先が14Ωほどになっている。

 ウーファーのローパスフィルターの3.3mHは、計算値だと2.7mHのほうが近い。しかし、今回のクロス周波数のあたりでは、PW-201のインピーダンスはもう20Ωを超えてしまっている。しかもカーブが右肩上がりになっており、若干大きめのLを入れておくのが吉と観た。

 このくらいのインダクタンスになると、空芯だと物量が必要になるのでけっこう高価だ。市販のコイルを探したが、見た中で最も安かったのが意外にも銅フォイル巻きのものだった。ちなみに、金田氏は帯状の導体に音楽信号を流すことに否定的だが、ここは金に糸目を付けることにして、ま〜いいや、と(^^;。

 いざ聞いてみたら、中高域は張り出し過ぎ、高域は思ったほど出ていない。しばらくの試行錯誤の結果がこれ。


 結果的にSG-37をずいぶんと抑えて使うことになってしまった。PW-201の高い方の帯域がやはり十分に減衰されないようで、SG-37の受け持ち帯域とかぶってしまうようだ。よりフラットさを求めるなら、むしろPW-201のインピーダンス補正を考えるべきかもしれないが、音にはよくなさそう。

 SG-17のほうは逆にもっと出すことに。かなり使い込まれていると思われるSG-17だが、やはり減磁もあるのかもしれない。

 それにしても、このSG-37の使い方はどうだろう。この帯域のパワーの99%以上をアッテネーターが喰っているという有様だ。う〜ん、勿体ないにもほどがある。
 とはいうものの、このおかげでS/N比が十分取れている訳でもある。我が300Bアンプ、そのままゴトウユニットに繋ぐと、たぶん回路の動作を支えているツェナーダイオード由来のものであろう「サー」というノイズが盛大に出てしまう。このネットワークを通した場合に比べ、音量が同じならS/Nは100倍も違うことになるわけだよな。なんてことだ…


ホーンの音

 実のところ、過大な期待はしていなかった。何しろ「あの」ゴトウユニットではあるものの、30年も前の旧製品だ。物量においてはCDM-1などよりはるかに贅沢だが、むしろ歪率など物理特性では現代のスピーカーに及ばないのではないかという不安があった。

 はたして、鳴らし始めの音は実に癖っぽかった。なにやら中高域が蓄音機のよう。音に鮮度が感じられない。独特の響きがつきまとい、細かなニュアンスが聞こえてこない。前オーナーがSG-37を1ヶ月でお蔵入りにした理由がこれだったか、と暗〜い気分に。

 しかし、幸い数日経つと癖が薄れてきた。30年もの間眠っていたユニットが本調子を取り戻すには、だいぶリハビリが必要だったようだ。

 さて、まともに鳴るようになってみれば、音の出方が全然違う!いや、これまで使っていたB&WのCDM-1と比べての話だけれど。

 私の聞き方というのは比較的小音量のほうだと思うが、高城重躬氏は雷鳴を再生して悦に入っていたようだし、金田氏にしてもかなりの大音量派らしい。それでなくてもホーンというとPAのイメージが強いから、ある程度大きな音を出さないと良さを発揮できないのではないか、という不安もないではなかった。が、そんなことは全くの杞憂だった。あまり音量を上げなくても、実にコントラスト鮮やかな、質量感のある音が出る。楽器の、振動している材質がよく感じられる音。小音量でも振動系が正確に動いている感じで、微細な音のニュアンスが損なわれない。意外にもコンデンサー型ヘッドフォンの音の出方に通じるものを感じる。そしてこの鳴り方の品のよさ。やはりPAのホーンとは訳が違うのだ。ゴトウユニットの最大入力はたったの5Wだし。それにしても、とうの昔にライン落ちしたローコストユニットでもこんななら、もっと上級のゴトウユニットはどれほどよいか…

 というわけで、むしろCDM-1の鈍さを思い知った次第。あれだって、近年の低能率なスピーカーの中ではけっこう鳴りのよいほうだと思っていたのだが、なるほど、こういう音を知ってしまえば今どきの低能率のスピーカーは、いくら歪みが少なく特性がコントロールされていたとしても、鈍くて聞いていられない、という主張があるのもうなずける。

 それぞれのユニットの位置がけっこう離れているにもかかわらず、音のまとまりが良好なのも意外だった。スピーカーの前1mの位置でも聴ける。クロスオーバーのカーブが緩やかなので、中域などは全部のユニットの音が重なっていることもあるだろう。が、HIGH・MIDを横に並べて試しで鳴らしたときにはかなり音源位置が離れていることによる不自然さを感じたことからすれば、やはりインライン配置の賜物だろうか。LOW-MID間は振動板位置を合わせられていないし、クロス周波数1波長ぶんのシフトというわけでもないが、特に違和感はない。きちんと合わせられればもっといいのかもしれないが。

 ウーファーはやはり安普請だけあってバランスが今一歩か。低域にピークが感じられたので、片側6個あるバスレフポートのうち3個をフィルター用のウレタンで塞いだら、まあまあ自然な感じになった。が、曲によってはまだまだ箱の音がする。このあたり、もう少し対策をしてみたい。しかし、このままでも曲がハマると実にイイ感じで鳴ってくれる。クラシックギターの胴鳴りなど、まことにリアルだ。ギターの胴は木の箱だから、構造・材質が似ているせいだろう。エレキベースは全然ダメ。

 ところでPW-201の反応の良さは、Lを通したのではだいぶスポイルされるような印象がある。思い切ってクロスを2kHzにして、2S-208よろしくPW-201はスルーで鳴らしてしまう、というのも面白いかも。けれどそれだとSG-37の受け持ち帯域は1オクターブ半くらいになってしまうのがなんだかなあ…。このあたり、マルチアンプにすれば解決してしまうんだが、と更なる欲が…

(そしてどんどんシステムが大掛かりになって、いつしか電源を入れるのも億劫になってしまっていることに気がつく、そして結局フルレンジ1発に戻る、とかいうオチだったり…いや、私の性格からすると十分あり得ることです(^^;。)


位置合わせ


 金田式推奨セッティングということで、振動板位置を揃えて設置した中音ユニットと高音ユニットだが、微調整して最適位置を見つけられたのかどうか判然としないまま時が経っていた。先人たちの言によれば、数ミリ移動しただけでも聴感には大きな変化がある、らしいのだが、私のところではユニットを前後に動かしてみても、そんなに変わって聞こえる感じはなかった。もちろん微妙に変わりはするのだが、「絶対にここでなければ」と断言できるほどの音楽表現力極大ポイント的な位置があるようには感じられなかったのだ。原因として考えられることといえば、

(1)もともと話が針小棒大である

(2)部屋の音響条件が悪くて違いが判り難い

(3)駄耳である


あたりが有力かと思われる。が、どれに該当するのか悩むよりも音楽を楽しんだほうがずっと有益な気がするので、とりあえず深く考えないことにしてせっせとレコードを聴く日々であった。

 ところが、あるとき気がついた。音を出しながら2組のスピーカーの間のちょっと手前で、かがんでスピーカーを少し見下ろすくらいの位置に私の頭が来たときに、何やら音が豊かになったように聞こえる。「あ?、ひょっとして…」

 これはつまり振動板位置から考えたら、トゥイーターは耳に近く、スコーカーは少し遠く、というふうになっている状態である。それなら、と、さっそく通常の聴取位置から見てそうなるように、トゥイーターを少し前に出し、スコーカーは奥に引っ込めてみた。突如高まる音の密度と立体感。「おおっ♪、コレだ!」

 なーんだ、なんのことはない、実はこれまで中高ユニットの位置について勝手な思い込みをしていたのだ。ダイアフラムが小さく軽量な高音ユニットは当然中音より音の立ち上がりが早いはず、よって高音ユニットの振動板位置が中音のそれよりは奥になった状態で音の位相が揃うに違いない、と。ちなみに、SG-17SAとSG-37FRPのマグネットのサイズは同一である。となれば、より振動系が軽いSG-17SAのほうが当然発音タイミングが早いだろう。そんな先入観があるものだから、位置の微調整と言っても、これまで高音ユニットを奥へやることしか試していなかったのだ。これじゃ見つかる訳がない(爆。


 写真の状態で最も音が朗々と聞こえるようになったわけだが、マグネットの位置で言えば、SG-37のほうが2cmほど奥になっている。マグネットのサイズは同一だから、それぞれのユニットの振動板があると考えられる位置を思えば、ずいぶんとスコーカーが引っ込んでいるような印象を受ける。

 これを納得するために、「振動板のすぐ近くでは空気がある程度“塊”になって動いていて、実際の“発音点”は振動板そのものよりは前のほう、だいたいフェイズプラグの先か、スロート入り口のあたりに出現する」という理屈を考えてみた。実際位置が揃っていると言えそうなのはそのあたりのように見える訳だが…ま、伝次郎先生の空気砲をイメージしながらそんなことを思ったが、たぶんウソでしょうね(^^;。コンプレッションドライバーの理論に詳しい方の教えを請いたいところです。

 さて、最適位置が見つかってみると、確かにそこから5mm(あえて3mmというのは控えて(^^;)ばかり前後しても音が貧相になるのが聞こえてしまう。カメラのピントを手動で合わせているような感覚。ピントの“山”は誰が聴いても判るくらい明瞭だ。ぴたり合ったときの気分の良さ。これも位相の整合性を保つ6dB/octクロスの賜物なのでしょうね、きっと。

 というわけで、上述の原因(1)〜(3)はすべて否定され(?)るとともに、音楽を聴くのが一層楽しくなったのでありました、メデタシ、メデタシ(^^)。

低音を整える


 既述のとおり、わが3ウェイシステムの低音には気になるピーク感がある。アコースティックギターでいうところのウルフトーンか。Q0の高いユニットを指定よりは小さいエンクロージャーに入れたことが一因であろう、との指摘を知人より頂いているが、うちのスペースではこれ以上大きい箱を置くのは無理。なんとかこのサイズで低音を手なづけたい。ユニットの方を交換するという手もあるが、PW-201はけっこう気に入っているので、できれば基本はこのままで。さて、そんなうまい方法があるものだろうか。

 当初考えていたのは、エンクロージャー内に平行面をなくすべく、適当に仕切り板のようなものを入れることである。となると、材料としてはある程度質量もあって、内部損失の大きいものがよさそうだ。コルクの板なんかいいのではないだろうか。

 というわけで、あれやこれやと凝った形状の仕切り板を考えること半年あまり。ところが、そろそろ実行に移そうか、という段になって突然大幅な方針変更をしてしまう、というのはドライバーの置き台のときのパターンだが、今回も期せずしてまたそうなってしまった(^^;。 安上がりで手っ取り早い、というまったく安直な理由から、実際に使うことになったのはこれである。


 「なつかしのおもちゃ」という表示のあるこれは、昔よく富山の薬売りが家々を回って置いていったあれ(という話に「うんうん」とうなずく人の年齢といえば…(^^;)、そう、紙風船。こんなものがまだ作られてるんだ、と思ったらやっぱり中国製だった。大・中・小の3個入りが10セットで800円(通販だからプラス送料のぶんもある)。これをエンクロージャー内に放り込んで、耳につく定在波の発生を抑えよう、という魂胆である。

 この方法は確か江川三郎氏(ご本人だったか周辺の誰かだったか忘れたが)あたりから広まった(というほどポピュラーでもない?)ものだったと思う。なにしろローコストで簡単。行動するより考えている時間のほうが大概遙かに長い私のような人間には、最も向いていると言えよう(爆。

 紙風船の材料の紙はパリパリ、カシャカシャと音がするので、材質的にはあまり好感触ではない。この音が楽音に絡んできたら嫌だが…もっとざっくりしっとりした質の紙を見つけて自分で紙風船を作れば理想的に思えるのではあるが、それは相当に気の長い話になるので、ここはまあうるさいことは言わないでともかく実験してみよう。


 エンクロージャー片側に、この紙風船を3セット、ということは都合9個を入れて底面からユニットの背あたりまで空間が埋まった(ちょっと写真が暗いですね…14本のネジによるバッフルの付け外しはたいへんメンドウなので、撮り直しは断念(^^;)。だいたいこんなもんでよかろう。

 しかし、なんといいますか、すごく違和感ある眺めではあるなあ…

 

 さあ、試聴。オー、いい感じではないですか!確かに効果あり。目論見どおり、エンクロージャー内の定在波はみごとに影を潜め、低音の動きがすっきり明快になったばかりか、中高音の透明度まで増した気がする。それでいて、低音そのものの量が減った感じはない。節度を保って弾む音、PW-201の美味しさがちゃんと出ている感じだ。心配していた紙風船の材質の音が聞こえてくるようなことは特にないようだ。

 というわけで、まずは成功。それも、対コスト比からすれば「大」を付けてもよいレベルだが、またも安直に済ませてしまったという引け目があるせいか、今ひとつ達成感があるようなないような…(^^;


ネットワーク小変更


 やっぱりいずれはマルチアンプ、と決め込んで、ネットワークにはあまり予算を配分しないという方針でやってきたが、いつまで経ってもマルチ化が実行される様子がないのはいかにも私らしいところではある(^^;。

 マルチ化はまだ当分先のことになりそうなので、ここいらで少しネットワークの能力向上を図ってみるかと、ウーファーのLPF3.3mHを銅フォイルの空芯コイルからコア入りのものに変更した。


 コア入りのコイルは音にコアのキャラクターが付く恐れがある、ということで空芯のものを選んでいたわけだが、このくらいのインダクタンスになると、空芯では巻かれている導体の長さもかなりのもので、DCRがけっこう大きくなる。当然音にも影響しないはずはない。これはコアがもたらすであろうキャラクターとはトレードオフであろうから、ひょっとしたら良質のコアを用いたコア入りコイルのほうが好結果を得ることができるかも、という可能性も否定できない。が、品質の良さそうなコアを使ったコイルというのは概して高価で、試してみるにも二の足を踏んでしまう。

 そこへ、こんなのが現れた。

 Jantzen Audio(「ヤンツェン」か「イェンツェン」と読むのだろうが、よく判りません)のトロイダルコア・コイルだ。デンマークの会社のようだが、このコイルについては販売店のサイトではポーランド製と表示されていた。

 どこにも角のないトロイダル。コアの断面もきれいな円形だ。何より魅力なのは、しみったれの私をして、音に確信を持てていない段階で手を出してみようかと思わせる程度に値段が手頃であることだ。見つけてから3日ほど熟考した末、「ポチっ」。

 これまで使っていた同じく3.3mHの銅フォイル空芯コイルと並べてみるとこのとおり。サイズはこのトロイダルコイルのほうがひとまわり小さく、持ってみても少し軽い。働きが同じなら、より重いもののほうが音がよさそうな気もするが、巻かれている導線の長さは銅フォイル空芯より明らかに短そうだ。公称のDCRは、フォイル空芯の0.66Ωに対し、トロイダルのほうは0.07Ωと、ほとんど1/10に過ぎない。若干軽くとも、このぶんのアドヴァンテージはないはずがないだろう。


 とはいえ何しろそもそも磁性体の周りに導線が延々這い回っているという代物ゆえ、期待は半分だけに控えておくことにして、さっそく入れ替えて聴いてみた。ら、いやいや、悪くないじゃないですか♪。低音の出方がよりスムーズになった、というより、むしろ中高域の明瞭さが増して音離れがよくなった感じだ。気になるコアの癖といったようなものは、私の駄耳には聞こえない。換えた直後こそ「これがコアの音か」と思えるような特徴が感じられるような気がしたから、空芯との音の違いというのは確かにあるのだが、それは違和感というのではなくて、しばらく聴いていたらもうこれが私にとって当たり前の音になってしまった。

 しかし、ネットワーク全体をちゃんとしっかりしたボード上に組んだほうがもっといいだろうな…と、ときどきは思っているんだけど、これもマルチ化同様思っているだけ(^^;。

http://web3.incl.ne.jp/tetsu/c7spSys/gotoSys.html

2. 中川隆[-9687] koaQ7Jey 2019年6月10日 20:08:01 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[2772] 報告

2010-10-11
オーディオ評論家(技術者?)について 高城重躬氏他
https://ameblo.jp/k-kichi/entry-10674041071.html


過去のオーディオ評論をやっていた人の中で、もっとも私が高く評価している人は故人ですが高城重躬になります。高校の数学教師としての理論的な考え方と、幼少頃からクラッシックの専門教育を受けた経験を元に、黎明期のオーディオ界を牽引した偉人です。この時代、先駆者は居ない訳で、他人の真似事でなく、多くの先駆的な取組みを一介のアマチュアが実践したことは、驚愕的なことですらあります。数学者としての論理的背景と芸術家としての専門知識を高度に併せ持ち、原理原則に忠実で、それを自ら実践した姿が、多くの人々に共感を得たからだと考えます。天井据付の低音ホーンやストレートホーン、巨大な磁石とパーメンジュールという高磁束を得られる金属、チタンやベリリュームという振動板素材の採用、77極シンクロナスモーターによる糸ドライブターンテーブル、CD出現時も、その可能性の大きさにいち早く注目し、「諸君、脱帽したまえ。天才が現れた」とショパンを紹介したシューマンの言葉を引用し最大の賛辞を贈った先見の明、この人の功績を挙げれば本当にキリがありません。また高城氏が大金持ちでもなく、都立高校の教師という普通のサラリーマンと殆ど同じ収入条件という部分にも、大いに一般アマチュアを鼓舞した要素があったのではないかと思います。

この人が居なければ、オーディオ界はさぞツマラナイものになっていたのではないかと思います。高城氏の最も大きな成果は私はゴトウユニットの完成にあると思います。高城重躬氏とゴトウユニットの後藤精弥氏の合作と言っても良いこのスピーカーは何度も書きますが、世界に冠たる日本の誇るべき製品であるとさえ思います。ある意味、職人技による工芸品のようなものですが、その音質の素晴らしさは筆舌に尽くし難いものがあります。

高城重躬の対極に居たのが五味康祐で、この二人のバトルはオーディオ界を二分して一大論争を巻き起こしましたが、高城氏の考え方はオーディオ界の発展に貢献しましたが、五味氏の考え方はオーディオ界を破滅に導いたと私は評価しています。もっとも、現代のオーディオ零細メーカーの志向は五味氏のそれに近いものですが、結局は逃げでしかなく怪しげなオカルト商品が氾濫する下らないオーディオ界の一助となって、荒らしに荒らした挙句、自らは業を溜めに溜めて死んでいったのだから何と罪深いものかと思います。高城氏の考え方が、純粋にオーディオを技術として捉えたときに、現代でも立派に通用するのに対し、五味氏の考え方は古くて嘘臭く、正直、何の役にも立たないとさえ言えると思います。未だに五味氏に傾倒している人など居るのだろうか?仮にタンノイのオートグラフの愛好家はそうかも知れないけど、ノスタルジックや個人の好みならいざ知らず、これを最上の音のするスピーカーというなら私とは全く違った感性の持ち主だと思います。井の中の蛙というか、もう少し広い視野を持つべきでしょう。

高城氏が亡くなった後、使っていたゴトウユニットがオークションに出たのを見て驚きました。手書きでオーバーホールした日付やエッジを修正した日付の記述があり、高城氏が長期に渡り愛情を持って使い続けたのが分かりました。オークションで手に入れた人のブログで今でも確認出来ます。これはちょっと意外でした。高城氏の立場からすれば故障してもゴトウユニットの高価な製品もタダでもらっていたから、平気で無謀は実験をやれたり、あんな家ごと改造するような大掛かりなシステムが実現出来ていたと勝手に想像していたのですが、我々一般のユーザーと同じで故障すれば、修理して使っていたのだと改めて知ることになりました。まあ、知り合い価格ではあったかも知れませんが、何か高城氏の人間性を垣間見た気がしますね。これは「音の遍歴」等の著書から感じられる高城氏の人物像とも一致しており、こういう人間的に信頼できる部分においても高城重躬という評論家を評価している所存でもあります。

また、高城氏はレコード評論やCD評論は行っていたものの、殆どの場合においてメーカー製品の評価は自分の使用していた機器しか行っておらず、そういう意味で一般で言うメーカー製品の評論を生業にする普通のオーディオ評論家とは一線を画していたのも事実です。高城氏は都立高校の数学教諭という生業があり、オーディオ評論で生計を立てる必要がなかったことと、本当に自分が好きでオーディオをやっているだけで、メーカーの製品は自分が必要であれば購入はするが、また次に良い製品が出れば直ぐに買い換えるという方針であり、しかも比較的安価な国産メーカーの製品を使ったのは高城氏の良心であったと思います。まあ、実際にゴトウユニットで聴いた場合は、機器による音質差は僅かであり、本質的な部分さえシッカリしていれさえすれば、あとは音質の好みや使い勝手の範疇だったのではないかとも思います。

高城氏をオーディオ評論家と呼ぶのに抵抗がある人もいるのは事実ですが、自分の使用している機器を明確にし、自分の音質の好みや方針にブレが無く、万事平等に機器を評価して、さらに当時のマニアにおいて恐らく最高性能の機器を揃え、考え得る最高の条件での評価をしていた姿勢は、他のオーディオ評論家より余程立派であり、信頼のおけるものであったと思います。ただ、高城氏はゴトウユニットという究極のシステムまで行き着いてしまっていたため、それ以下の装置の評価を下すことを良しとしなかったのは、少し残念な気がします。まあ、ゴトウユニットは高価であったが、高城氏にとっては自分の求める中で最高のモノであり、その音質が得られるのであればお金には代えられないという絶対の評価をしているのだと考えます。高城氏にとっては、最もコストパフォーマンスの優れたスピーカーがゴトウユニットだったとも言えるかも知れませんが、これは仙人の領域で凡人はどうしても先立つものが頭を過ぎります。

今の時代に、高城氏と同じくらい強力な個性を出している人と言えば、DCアンプの金田明彦氏ですが、嫌いじゃないけど、その独裁者的な文章があまり好きではないというのは言えると思います。多くの人が同じ思いを描いているんじゃないかなあ。金田氏はアンプの回路発表ということを通じて、自らのオーディオ観を啓蒙していくというスタイルだが、時に、あまりにも暴論に近いような事を平然と記事にしている部分はどうかと思うこともあります。

ただ、マイクからテープレコーダーなどの録音機器の自作からレコードプレーヤーの回転系の制御、オンケンのスピーカーを終生使い続けている点など、一貫した思想があるのも事実で、多くのメーカー機器だけで固めたオーディオ評論家よりは、余程真面目で信頼が置けると思います。まあ、実際に金田氏に会った人の話では、製作記事にあるような偏屈者ではなく、もっと穏和で、完全にあれは読者を増やすための演出だという人もいます。

金田氏のシステムもオールホーン型のシステムですが、高城氏のゴトウユニットとは異なり、オンケンのドライバーとホーンを使い、低音はアルテック社のウーハーを片チャンネル4本使ったもので、システムのオリジナルは金田氏ではなく、田丸雅敏氏という人物だったと言われています。高城氏はアンプによる音質改善の限界を早くから認識し、究極のスピーカーを後藤精弥氏と一緒に開発して行きますが、金田明彦氏はスピーカーはオンケン製品に固定して、アンプによって音質の向上を目指して行きます。金田氏は以前より記事で強靭な音を出すためにはスピーカーユニットの強度が必要であり、強度が無いユニットからは力強い音は出ないと、暗にゴトウユニットを批判したような記述をしています。オンケンのユニットは小音量ならツイーターでも全帯域の信号を入れても異常音などしないとして評価しています。

オンケンのシステムは落ち着いた環境でジックリ聴いた事がないのですが、私個人的には、ゴトウユニットと比較してあまり良い音質のイメージは持っていません。無論、調整や周辺環境や機材そのものも違うので同一で比較するのはあまりに乱暴ですが・・・。昔、金田式アンプの製作に熱中した時に、生涯のスピーカーとしてオンケンのシステムを購入しようと思ったこともあったのですが、当時、もう一つの候補だった手作りに近いマイナーメーカーであるF社の平面スピーカーの方が、魅力的に聴こえてしまっていたこともあり、導入に踏み切れませんでした。いざ、社会人でボーナスが入ったときにはF社が秋葉原から見えなくなり、そして何度か試聴したオンケンのシステムの音質がどうしても馴染めず、また仕事が激務になってきたこともあり、小型で設置性も容易で、比較的音の好みに近かく、金属振動板という斬新さもあり、ボストンアコースティックのリンフィールド300Lを定価の6割引き近い価格で購入し、それから15年以上使い続けることになります。

この時の経験が、振動板位置や位相による音場の再現性といった部分への感心へとつながり、ラジオ技術誌上で話題になっていたユニウェーブの思想の影響も受け、その後、ホーンスピーカーから長い間、遠ざかる形となります。この時、聴いたオンケンの音が果たして本当のオンケンの音だったかと言えば少し自信はないのですが、その後、何度か聴いてきたオンケンのシステムの音質でも印象はあまり変わらないので、私には性が合わないということもあるのでしょう。この後の遍歴は今までのブログで書いた通りですが、あるところで聴いたゴトウユニットの音質に完全にノックアウトされ、自分の方向性が固まったように思います。オンケンの名誉のために申し添えておきますが、ツイーターのみを別のスピーカーに追加して聴いた時には、そのスピーカーの音質が劇的に改善されたため、素質は悪くないと思います。言葉で表現するのは難しいのですが、音が魅力的でないという在り来たりの表現しか出来ないのですが、逆にオンケンの音質が好きな人はこの無味無臭のサラリとした感触が、ホワイトキャンバスに聴こえ、音楽の持つ音質の全てを表現するのに余計な色付けがなく、最も好ましく聴こえるのではないのかとも思います。金田明彦氏は自分で録音した音源を再生することにも執念を燃やしていますのでそういう意味で行けば完全なるホワイトキャンバス系の音質が好みというのも分からないでもないです。

ただ、ちょっと最近疑問に思っていることもあり、金田氏が最近真空管をDCアンプに積極的に取り入れたりし、アンプについては音質的には完全なホワイトキャンバスを狙っているというよりは、多少なりとも音質の演出があるような部品選択になっているような気もします。穿った見方かも知れませんが、オンケンの無味無臭の蒸留水のような音色が、実際の楽器の美しさを表現し切らず、それを補う意味でアンプでの音質で個性を付けて演出しているようなことは有りはしないだろうかと・・・。ゴトウユニットについては、ある一定の基準以上なら好みの差はあるにせよ、アンプは逆に選ばないんですよね。こういってはなんだけど、ゴトウユニットは音色がともかく美しいんです。まあ、私など比較になるような次元での話ではないので、あくまで個人の感想程度の意見です。金田氏のオールホーンシステムを一度聴いてみたいなあ。そしたら、改宗ってこともあったりして。けれど、オンケンはホームページはあるものの、今はフルシステムは入手できないというか、希望者が何名か集まった時点でまとめて製作するようなシステムになっているようです。その点、ゴトウユニットは受注生産であっても、まだキチンと購入ができますからね。

ゴトウユニットとオンケンが出た以上、YL音響とエール音響についても触れない訳には行かないでしょう。実は、ゴトウユニットもオンケンもエール音響も元はYL音響から派生した会社で、元は同じです。YL音響の技術者たちが独立し起したのがゴトウユニットであり、オンケンであり、エール音響で、技術的な背景はどこも同じだと言えます。ただ、この中で、オンケンはフロントプレッシャー方式のドライバーではなく、バックプレッシャー型のドライバーを採用し一番近代的なユニットを作っておりました。ラジオ技術誌上での内外ドライバーユニットの測定において抜群の性能を示したことで知名度があがり、DCアンプの金田明彦氏のつかっているスピーカーとして評価を確立しました。ゴトウユニットは高城重躬氏との共同作業でともかく音質を第一義優先として実音との比較という過酷な試験と改良を繰り返し、チタン振動板、ベリリューム振動板、パーメンジュール磁極などマニアの度肝を抜くような発展を遂げました。その代償としてサウンド入力での耐入力が5Wしかなかったりと使い方を少しでも誤れば簡単に破損に至るデリケートさと、あまりに高額な価格も相俟って究極の装置としての名声を勝ち取りました。エール音響は地味ながら、ひたすらチタン振動板にコダワリ、ゴトウユニットのような極端な音質第一義主義に隔たることなく、実用での強度や仕上げとステンレスホーンなど拘り抜いた材質、ゴトウユニット等よりもマニアックな巨大な磁石やオールパーメンジュール磁極など、オーディオマニアのコダワリを金額無視で実現した化け物のようなユニットが特徴です。残念ながら、エール音響のシステムは試聴した経験がなく、音質評価は分かりません。YL音響はこれらの始祖にあたり、遠くはウエスタンエレクトリックの流れを引いており、社長の吉村貞男氏は元々NECの技術者だったと言われています。超マニア向けにユニットの製造と販売を行っており、本格的コンプレッションドライバーを使ったオールホーンシステムの全て(ユニット+ホーン)を市販していたのは後にも先にも先にもこのYL音響だけだと思います。ゴトウユニットの後藤精弥氏は父親がYL音響の下請けをしていた関係で、YL音響の振動板を作るなどの作業をしていました。吉村貞男氏は後藤精弥氏の感性と技術を高く買っており、勉強のために自費でヨーロッパのホールの音を聴かせに連れて行ったこともあったと言われています。エール音響の遠藤正男氏はYL音響の元工場長でYLのある意味正当な後継者と言えるかも知れません。ちなみにオーディオノートがYL音響の商標を引き継いでいますが、オーディオノートはその後、熱心なスピーカー製品の開発は行わず、今では銀を素材にしたオリジナルパーツを中心に作られた恐ろしいほど高価な真空管アンプの販売に力を入れており完全にこれらの路線からは外れてしまっております。オンケンの小泉永次郎氏は一説によるとゴトウユニットの後藤精弥氏の助手だったという話がありますが詳細は不明です。オンケンとエール音響は正式なホームページがあります。ちなみにエール音響のHPには1983年に吉村社長が亡くなった後に分裂したような記述がありますが、ゴトウユニットは1960年代からありますし、この記述は少しおかしな所があります。あくまで想像ですが、ゴトウユニットやオンケンなど各自のブランドが付いていましたが、実際の製作はYL音響が行っていたのではないかとも思われ、今でもエール音響は本家のオンケンが修理を受け付けないのに対し、代わりに修理などを行っているという話もあります。ちなみに、現在エール音響のユニットを作っているのはこの製作所でエール音響は設計のみとなるのだろうか?

オンケンは金田明彦氏、ゴトウユニットは高城重躬氏、エール音響は特定の人が居ないのでマイナーな部分もあるかも知れませんが、評論家で言えば金子英男氏がエール音響のユニットを使ったオールホーンシステムでした。ある人は、バイオリンの歴史的名器の一大産地だったイタリアのクレモナにちなみ、これらのユニットのことをクレモナユニットと命名していましたが、家内製手工業に近いこれらのユニットの特徴を良く現しているように思いますね。ホーンという理論に忠実だが音質を良くするようなアイディアや職人技に頼らなければならない部分はある意味一子相伝のような感じもして、何時までもこれらのユニットが入手できる環境であることを望まずには居られません。

オンケンやエールがあくまで製品として完成してから金田氏や金子氏が使い始めたのに対し、ゴトウユニットの高城氏は自らもユニットの改良に積極的に参画し、その音質評価やホーン形状の設計までを引き受けていたという部分においては、執念のようなのを感じずには居られません。それを形にすることに執念を燃やした後藤精弥氏の情熱にも頭が下がりますし、それはオンケンの小泉氏やエールの遠藤氏においても同じです。限られたユニットからマーラーの交響曲の全てを再現しようとアンプや演奏機器の開発を続ける金田氏も手法はともかく、凄いことには変わりありません。この人達は、自分の作品が有る訳で、それは言い訳のできないものであり、その確固たる自信には本当に敬服します。

まあ、このレベルに順位をつけることが野暮そのものなのですが、エール音響は聴いた事が無いので除外として、それ以外を得られた結果から判断して、そのアプローチの方向性の正しさや評価するとなると、私には高城重躬が一番なのではないかとやはり思いますね。金田氏のアンプも確かに魅力的な音がしますが、アンプにかける労力によっての音質改良とスピーカーを代えて得られる音質改良では遥かに後者の方が大きく、音質への支配力が圧倒的に高いことが分かります。また、最近発売になった金田氏自身によるDC録音のCDを買いましたが、お世辞を言えば非常に魅力的な音質だと思いますが、正直に印象を言えば独り善がりなCDだと正直思いましたね。私の聴覚が破壊されているのでそう聴こえるのかな?金田氏宅で聞かせてもらえばまた評価も違うかも知れませんが、客観的にヘッドホンで聴いてもみましたが、印象は変わりませんでした。あくまで結果ですので、いくら嘘の評価を自分にしても仕方ありませんので、私自身の感覚で評価するしか方法はありません。金田氏の音質が激変するという表記よりは、高城氏の音の遍歴の中の記述の方が余程、信憑性があるというのが正直な感想です。実際に金田式アンプを作り、金田式のDC録音を聴いて、そしてあるところで金田式アンプ駆動によるオンケンシステムで聴いての結果ですので、仮に私と違う結果となった人があるとすれば、その人はご自身の結論を信じるべきでしょう。ゴトウユニットを初めて使ったとき、私は高城氏が言っていた音質の向上というのをマザマザと実感してしまいましたので・・・。

音質が気に入らないスピーカーは散々アンプにこだわっても多少は改善されても、最終的にその傾向が消えることがなく、この音質に対する支配力は、やはりスピーカーを良くしない限り改良されるものではないという残酷な結果を迎えることになります。そのアンプに投入した費用をそのままスピーカーに投資すべきであり、スピーカーの良し悪しは最終的に耳で判断するべきでしょう。金田氏のオンケンのように高度に完成されたシステムとユニットを使っている場合においては、アンプによる音質改良もスピーカーのポテンシャルを引き出すという意味で重要な課題ですが、結局、マトモな性能を持つアンプで鳴らしてもちゃんと鳴らず、DCアンプのみでしか良い音が出ないとすれば、根本的に問題があるのはスピーカー側だと考えるべきではないかと言うのが私の考えです。無論、金田氏のシステムの音が悪いといっている訳ではなく、記事での内容を鵜呑みにすれば、毎回、劇的に音質が改良されるDCアンプにおいて、金田氏のオンケンシステムはDCアンプ以外ではマトモな音がしないという解釈になる訳で、このような記述に対するアンチテーゼのようなものとご理解頂ければと思います。

金田氏の悪口を言っているようにも見れますが、私は金田式アンプを使っていますし、ファンであり、その一貫した思考は物凄く評価しています。ただ、唯我独尊のような文章がちょっと嫌いなだけです。

改めて、高城重躬氏の「音の遍歴」を読むと今更ながら本当に勉強になります。究極のシステムの遍歴ですが、オーディオ初心者でも面白く読めると思います。健全なオーディオ生活を送る上での指針にもなると思いますので、「ステ○オサウ○ド」なんていうメーカーの提灯持ちの記事と広告だけで埋め尽くされている下らない雑誌を買うくらいなら、アマゾンなどで中古を探して是非読んでみて頂きたく思います。
https://ameblo.jp/k-kichi/entry-10674041071.html

3. 中川隆[-9686] koaQ7Jey 2019年6月10日 20:10:05 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[2773] 報告

オーディオ・マエストロ 2009年9月記
http://www.audio-maestro.com/luochi_sui_shii.html

マルチチャンネルシステムの進歩発達が1970年あたりで止まった。

世のオーディオシステムの主流からゴトーユニットやYLが外れ、マルチシステムに適したJBLユニット群もやがて廃れていきました。


高城氏のオールホーンシステムはデジタルチャンネルフィルタで、やっとその本来の性能が発揮できるでしょう。

五味康祐に例を取るとまだモノラルだった1950年代末頃の芸術新潮にこんな話がでています。

高城さんの指導でコンクリートホーンを作ったが低音が全然でない、部屋の片隅のホーンの近くに行くと盛大な低音が聞こえるが普段聴く位置では出ない、こんな阿呆な話があるか、と。

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高城重躬、藤田不二共著(オーディオは高城、LPは藤田)の「LP辞典」1953年)などをみると昭和28年にはアンプやスピーカなどほとんど今日と同じオーディオ環境が出来ていたことが見て取れます。特にスピーカはウエスタンやタンノイ、アルテック、JBL、ワ−フデール、グッドマン等、今日と何一つ変りません。


部品定価表は壮観です。ウエスタンに例を取ると下記の様になっています。


728B--12インチ---30W--4Ω--60〜10000--35.7ドル


756A--10インチ---20W--4Ω--60〜10000--38.55ドル


755A--8インチ---8W--4Ω--70〜13000--24.6ドル


713C--トゥイータドライバー--25W--4Ω--800〜15000--97.2ドル


KS-12027--ホーン--67.62ドル


702A-ネットワーク--97.46ドル


757A スピーカシステム  275.09ドル


JBLでは


D130--15インチ---25W--16Ω--50〜12000--70.4ドル


途中機種は省略


175DLH--トゥイータ--25W--16Ω--1200〜  --114ドル


N1200--ネットワーク--16Ω-33ドル


になっていてこれがすべてのメーカに渡って詳述されています。WEがJBLと比較して意外に安価なのが驚きです。


さて戦後マルチアンプという方式が登場してきました。LやCを使ってパワーアンプの出力信号を分離するのではなくパワーアンプに入る前に分けてしまう方法です。むろん戦前から知られていたやり方なのですが広く一般化されるのは第二次世界大戦の終結を待たねばならなかったのです。これは主としてアメリカで発達してきました。米マランツは1950年代にマルチチャンネルデバイダ-モデル3を発売していますし日本でも1960年代始めには「NF回路設計ブロック」社が製品化しました。これはGTソケットを利用したプラグイン型で周波数の変更はユニットの差し換え交換で行うものです。高名なオーディオ研究家、加藤秀夫氏などは1950年台半ばには自作オールホーンスピーカシステムをマルチアンプで駆動されていて来日したマッキントッシュ社のマッキントッシュ氏が驚嘆したことは有名な話であります。


ホーンスピーカをマルチアンプで駆動することはまことに理にかなったことです。ホーンスピーカはホーンで適切な負荷が掛かった帯域以外はできるだけ急峻に遮断することが大事ですから正確な遮断特性が得られにくいLCネットワークは問題を生じやすいのです。


1960年代半ばにはこの方式は絶頂期を迎えました。各社からチャンネルデバイダーアンプが発売され普通のステレオ電蓄にも搭載されたことがあります。それに伴い理論的にもいろいろ研究が進みました。なかでも山根/山中(当時、東京工大機械工学科の学生だった山中文吉氏のこと)論争は有名です。伝達関数1という命題を巡っての論争でした。デバイダで分けられた信号をスピーカで再生し、もとの波形に戻るかどうかという論争です。むろんLCネットワークでもこの問題は発生するのですが、もともといい加減で杜撰なカーブのLC型では論争の対象にすらならない論題でした。伝達関数は一素子の6dB型では1になりますがそれ以外ではなかなか難しいことで、特にホーン型スピーカでは諸問題を円満に満たすことが困難で、結局そのことは決着をみなかったのです。


さてマルチチャンネルアンプの究極の形はトリオサプリーム1アンプに見ることができます。プリアンプとデバイダアンプ、それに3組のパワーアンプを組み込んだ3チャンネルマルチアンプでした。音はともかくとしても形は秀逸で瀬川冬樹デザインの最高傑作だと考えます。私はトリオの営業所でボザークスピーカと組み合わせた音しかしりません。厚手のビロードカーテンで吸音された環境で能率が低いボザークですから幾らマルチアンプとはいえ出力不足でした。低中高それぞれ30W20W10Wですから仕方がありません。これと相性が良いと思われるJBLはサンスイが輸入していました。これは1967年発売ですが理念としてはこの時点でほとんどいきなり終着点が示されていたわけです。思想的にこれがなぜ到達点なのかは別項の一体型マルチチャンネルアンプの試作の稿でお話したいと思います。


当時はトリオに限らずソニーにはプリメンアンプTA-1120を中心として大規模なマルチシステムがありましたし、山水電気にも管球機CA303、BA303、BA202を組み合わせた大掛かりなシステムがあったほどです。でも問題は各社ともチャネルフィルタにありました。


チャンネルデバイダは大きく二つに分類されます。パッシブ型とアクティブ型です。


増幅部を持たないパッシブ型にはCR型とLC型があります。CR型は抵抗とコンデンサーだけで構成するもので遮断カーブはふつう6dBで、12dBが限度です。インダクタを用いたLC型では12dBになります。それを使うためにはプリアンプはできる限り低インピーダンスで低負荷に耐える強力なものが必要です。またパワーアンプはできれば500KΩ以上の入力インピーダンスが必要でしょう。つまり半導体プリアンプと真空管パワーアンプの組み合わせが適するのです。


遮断カーブを急峻にするとスピーカのためには良い場合が多く、また不要な音がかぶりにくいので好まれるのですが遮断点付近で鋭いピークが出やすいので一筋縄ではいきません。ピーク発生は負帰還型などのアクティブ形式だけの現象と思われがちですがそうではありません。LC型でも発生するのです。


増幅素子を使ったアクティブ形はCR型と負帰還を利用したNF型にわかれますがそれぞれに増幅素子に真空管と半導体を使ったものがあります。


1 CR型


真空管回路CR型は出力インピーダンスが低く入力インピーダンスが高いカソードフォロア回路などでCR回路を駆動するのですがこれを2つ重ねれば12dBカーブが得られます。どうようにこれを半導体に置き換えれば半導体形CR型デバイダになります。


2 NF型


真空管カソードホロア回路の信号ループ内に2素子で構成されたCRを入れると12dBカーブで急峻な遮断特性が得られます。またこれにパッシブ回路でCR素子を追加すると18dBカーブが実現できるので真空管を使用したチャンネルフィルターは主にこの形式を持つものが多く、古くはラックスやオーディオリサーチなどから発売されていました。


またトランジスタ回路ではエミッタフォロア回路内にCRを挿入し同様に12dBカーブや18dBカーブを持たせていました。


こういう構成をNF型というのですが遮断点近辺でピークが出やすくまた12dBカーブでの最大減衰量は素子自体の利得で決まるので真空管回路では問題が出やすいものでした。


さてアキュフェーズ社は連綿とマルチアンプ思想を受け継いでいてPA機器メーカ以外ではほとんど唯一といってよいものです。近年に至ってすべてデジタル処理したフィルターアンプを発売しています。デジタルフィルタこそマルチチャンネルアンプの理想でしょう。いかなるデジタル嫌いの人間でもデバイダーアンプに限っていえばデジタルを拒絶することは出来ません。


そのことはデバイダアンプを作ってその実体を見れば理解できることなのです。アナログ回路にとってフィルター回路は困難を極めた鬼門であり遮断特性は無論のこと低雑音低歪み高音質というオーディオアンプに求められる性能を満足させることが大変難しいのです。特にシンプルイズベストという命題は絶対に実現不可能でありマルチチャンネルシステムの進歩発達が1970年あたりで止まったことが納得できます。世のオーディオシステムの主流からゴトーユニットやYLが外れ、マルチシステムに適したJBLユニット群もやがて廃れていきました。今のオーディオ文化は自力でシステムを作り上げる、あるいはどこかに依頼して自分の理想のシステムを作り上げることをすっかり忘れているようで、かろうじてWE趣味にその残照があるのみです。


高城氏のオールホーンシステムはデジタルチャンネルフィルタで、やっとその本来の性能が発揮できるでしょう。またYLの、超大型ドライバを用いた8m、10mホーンは時間遅延が自由に設定できるデジタルフィルタでないとその片鱗すら垣間見ることは不可能です。それらの性能が十分に発揮できる今日それに適したユニットがないとはまことに皮肉なことで先人達の不幸に思いを馳せずに居られません。たとえば五味康祐に例を取るとまだモノラルだった1950年代末頃の芸術新潮にこんな話がでています。高城さんの指導でコンクリートホーンを作ったが低音が全然でない、部屋の片隅のホーンの近くに行くと盛大な低音が聞こえるが普段聴く位置では出ない、こんな阿呆な話があるか、と。また私が30年以上前にはじめて小倉の菅野邸で音を聞かせていただいた時、10mホーンから低音がまったく出ていないのです。菅野さんのお話では低音ホーンだけ鳴らすと凄い音がするが555や597を鳴らすと消えてしまうとのことでした。次にお伺いした時4181ウーハにされていましたが、イスの近くに置かれた4181は素晴らしく朗々とした音を響かせていたものです。低音は近くで鳴らした方が良いとも仰っていました。普通どの装置でも低音は少し早めに鳴らした方が良く、とりわけ長い低音ホーンを使った装置では中高音を低音ホーンの長さ分遅らせることが大事なのです。10mホーンでは1/34秒ほど遅らせないといけません。これは伝達関数以前の問題であります。このことを実現するにはデジタルチャンネルデバイダの出現を待つ以外に方法はありませんでした。


デジタル方式の利点は時間遅延の自由度のほかにカミソリで切るがごとき急峻な遮断特性が得られることに尽きます。伝達関数のことは実際の音響空間ではほとんど意味をなさないことかもしれません。


50年のあいだにオーデイオ文化が変化変質していくことは仕方がないでしょう。小林秀雄の指摘通り極限まで便利になり意識せずとも良い音が手に入る時代になると失うものが多いのでしょう。大事な視点を見落としていてもそれなりの音はでるものです。そういう思いに至ったのは最近ハートレーユニットをマルチアンプで鳴らすようになったためです。これは今までなにをやっていたのかと思う素晴らしさで1970年代中頃にマークレビンソンがHQDシステム(ハートレー、クワード、デッカ)を完成させ、これを自社のフラグシップシステムとしていたことが痛切に理解できました。それと併用するLNC-2チャンネルデバイダもたいそう魅力がありました。いかにも理想主義者マークレビンソンです。でも特性はそれなりのものでしょう。


さて今どきのオーディオマニアの楽しみ方の一つにケーブル交換があります。確かに本質的な改善も期待できますが単に音のバランスを変えるために大枚を注ぎ込んでされる方も多くて、なんと無駄なことかと思うことが多いものです。アンプ交換もそうでしょう。低音不足や高域の過剰感を修正するためだけにアンプを変えるかたも多いのです。本質的な改善ではなく単に音のバランスを変えるためにアンプを交換することくらい馬鹿げたことはありません。マルチアンプシステムはセンスがよいオーディオフアンが取り組むもので、アンプ交換100万円、ケーブル交換10万円くらいの変化はボリウム一つで簡単に出来るのです。反面で音楽や理論が良く分からない初心者が不用意に取り組むと無残なことになるでしょう。ここ30年ほどはマルチアンプシステムは下火でありますが、それはネコも杓子もマルチアンプに走った過去の反動でしょうか。グラフィックイコライザの活用も最近一部で見直されていますが本当に良いものは皆無だと言うことを肝に銘ずるべきです。グラフィックイコライザの使用はパワーアンプにとって大きな負担になることもあるので乱用はいけません。でも個人的には、音質にダメージを与えることは明らかですがチェロ社のパレットには別の意味で魅力があります。


デジタルデバイダを使うことが前提ですが、オーディオ趣味に法外な出費が掛かるいまこそオーディオ趣味の本質を取り戻すために再びマルチチャンネルアンプシステムに取り組むことをお勧めするのです。小林秀雄いうところの「歴史を取り戻す」取り組みの一つであることは間違いありません。
http://www.audio-maestro.com/luochi_sui_shii.html

4. 中川隆[-9685] koaQ7Jey 2019年6月10日 20:10:52 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[2774] 報告

エソテリックの大間知社長のご意見に頷く。 2010年3月14日
http://ikki-ikki.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-680d.html


本日のミュージックバード「PCMジャズ喫茶」のゲストはエソテリックの代表取締役社長の大間知基彰さんでした。ご本人もかなりのオーディオ・マニアだそうです。

大間知さん、スピーカーはホーン一筋で、ゴトーユニットを使っていたそうです。この辺りはアキュフェーズの元社長の故春日二郎さんと同じですよね。その昔、ゴトーユニットは絶大な権威がありました。オーディオ評論家の故高城重躬さんが愛用していたことで有名ですよね。巨大な低音ホーンを天上に付けるのが流行ったりしました(笑)。で、アバンギャルドのスピーカーを輸入しているのはエソテリックです。ホーンスピーカー好きな大間知さんだからみたいです。寺島さんとはこのアバンギャルドのスピーカーを通して知り合いになったとのこと。

大間知さんはクラシックがお好きだそうで、ジャズはあまり聴かないとのことでした。まあ今回はクラシックも良しとすることになったみたいです。

大間知さんは最初オーディオから生のような音を出したいと思って奮闘したとか。生録を自分でやったりしたそうです。生録会に大型のテープデッキを持っていったこともあるそうで、これは tommy さんと同じですね(笑)。先日tommyさんが生録会のことをブログにUPしていましたよね。CDになってからは、CDは生とは別の独自のジャンルという時期があったそうですが、最近はやっぱい生に近い音を目指すようになったそうです。

オーディオ機器の音決めの大事なポイント(着眼点)3つ。

1.各楽器が明確な音色と質感でハーモニーを奏でる。
2.ステージ上の演奏者を実像としてとらえられる。
3.演奏家のパッションをどう感じられるか。
とのことでした。いや〜っ、なかなかこれは難しい要求ですよ。さすがは、高級オーディオ、エソテリックの社長さんです。

ジャズのリファレンス音源としても使っているというのが、ヘルゲ・リエン・トリオの『スパイラル・サークル』だそうで、《タイム・ファイブ》をかけました。この録音の良さは空気感がとらえられているところ。楽器のテクスチャーが大切だと言っていました。このCDはクラシック・ファンもよく聴いているらしいです。このCDは確かに良い音だと思います。

ここでアナログ(レコード)の音について興味深い発言がありました。

カートリッジ(針)を通して聴くとある種のハーモニクス成分がのってくるとのことで、これが音楽を美化するのに有効なのだとのことでした。でもこのレコードの音はマスターテープの音とは違うそうで、CDがマスターテープの音に近いんだそうです。CDをナチュラルな方向で良くするのがDSD(ダイレクト・ストリーム・デジタル)だとも言っていました。これには私も賛同できます。いや〜っ、さすがです。オカルト・オーディオとは一線を画するまともなことを言っていると思いましたよ。

オリジナル盤(レコード)の価値は、マスター・テープが劣化しないうちにレコード化した鮮度感と流通数が少ない希少感だと言っていました。これもごもっとも。マスター・テープさえ良ければ、LPモノ時代の録音は素晴らしいという話も。

ここでまたレコードの音について。

大間知さんは昔NHKへプレーヤーをたくさん納入したことがあるそうです。納入時には色々な試験をしたそうですが、周波数特性を測る時、16KHzなどの高音を録音したテストレコードを何度もかけてテストするんだそうで、10数回もかけると高音信号がどんどんなくなってしまうんだとか。なので、テストレコードを何枚も持っていったそうです。つまり何を意味するかと言えば、レコードに刻まれた高音は10回もかければ溝がつぶれてしまうということのようです。それでも音楽のレコードをかける場合は高音がなくなった感じがしないとのことで、上記のようにカートリッジでトレースするとある種のハーモニクス成分がのって、レコードから無くなった高音を補っているんだろうとのことでした。確かに良い音がすると言われる(特にMCカートリッジ)は高音に共振があったりします。私はこの話を聞いて、なるほどそれは理にかなっているんじゃないかと思いました。

1956年LPモノ時代に録音された『エラ&ルイ』のSACDモノ版は音が良いということで、「スタジオ録音でストレスのない解放感を出すのは難しいのだけれど、この録音は音のストレスがない。スッピンを聴いてみよう。ひっかかりが心にうったえかけるのを喜ぶ人もいるが、そうではないもの。」と言いつつ、《アラバマに星おちて》をかけました。かけた後で大間知さんは「エラとルイのパッションを変にいじっていない。二人の存在感が圧倒的。」と言っていました。確かにそういう音でした。私、この音には正直参りました。

次もテストに使うCDでミシェル・ペトルチアーニ・トリオ(俗に言う赤ペト盤)の《酒とバラの日々》をかけました。大間知さんは「素晴らしい録音と演奏。ストレートな音と響き。音に品位がある。フランス人のエスプリ。」と言っていました。確かにその通りだと思いました。

ここで岩浪さんがNYのヴィレッジ・ヴァンガードでペトルチアーニのライブを見た時の話をしました。抱かれてきて椅子に座ったペトルチアーニは、一旦ピアノに向かうと集中して我を忘れて弾き、感情が伝わってくるという話でした。それを聴いた寺島さんは「ペトルチアーニの奇異な感じがダメ。」と言っていました。高野 雲さんが「PCMジャズ喫茶」にゲスト出演した時にペトルチアーニをかけたら、「神格化されているからダメ。」とか言っていたんですが、根本は「ハンデを克服しての奇跡の演奏。」みたいなのがダメということのようです。結局音楽以外のことで好き/嫌い(笑)。

次はクラシックの話になります。

エソテリック(ティアック)でアバンギャルドのスピーカーを輸入しているというのは前述しましたが、タンノイもティアックで輸入しています。そうか、タンノイもホーン型スピーカーでした。タンノイ愛好者の私としてはここでまた大間知さんに親近感が湧いてしまいました(笑)。

大間知さんはオーディオ評論家の故五味康祐さんのところでタンノイ(オートグラフ)を聴いて感動し、この良さを世間に知らしめたいということで、タンノイを輸入するようになったとのことでした。五味さんからは音楽が大事でそれ(いい演奏)を聴かないとダメだと教えられたそうです。何枚も持っていてもしょうがなく、いい演奏が100枚あれば十分だと言っていたそうです。この話を聴いてちょっと耳が痛い私でした。なにしろ物欲に任せてたくさんCDやレコードを持っていますからね(笑)。

大間知さんは最近ソフト作りに熱心で、過去の遺産を掘り起こして音の良いCDを作っているそうです。マスター・テープが良くて素晴らしい演奏が残っている1960年代の英デッカ(DECCA)の高音質CD化をしているんだとか。で、英デッカのリマスタリングで 『二ーベリングの指輪』 を作ったそうです。CD14枚+DVD1枚。ブックレットを入れて¥58,000。1000部限定販売で1か月で完売。オーディオ店だけに置いて、ソフトの人にもオーディオ店に来てもらうようにしたんだとか。

このCDは音を良くするためにオーソドックスなことをやったそうです。マスター・テープの良いやつを使いたいからと、まずはデッカに要請。JVCのエンジニア根本さんを説得してスタジオにD/Aコンバータ、ルビジウムクロック、エソテリックのケーブルなどを持ち込んで、電源状態の良い日曜日にリマスタリングしたんだとか。寺島さんは「ジャズでもやってみたいのでお願いします。今度出す『ベスト・オブ・ジャズバー』でやりたい。」なんて言っていました(笑)。大間知さんは「考え方が合えば。」というような返事でした。

「CDは素材を良くするのもあるが、(マスタリング時の)伝送系をよくするのもある。」とのことでした。上記のリマスターCDは海外のエンジニアが驚いているんだそうですよ。

現在エソテリックは海外で売れているなんて話も。海外での日本製品の評価はデジタル機器に対して抜群に高いんだとか。

ここでそのCDをかけることに。
ショルティ指揮ウイーン・フィルハーモニー・オーケストラで《第3幕、神々の黄昏、ジークフリートの葬送行進曲》のオケの部分だけ。「エネルギッシュ、パッション、濃密感を聴いてほしい。」とのことでした。聴いた後で寺島さんも「素晴らしいですね。聴きやすい部分もある。」と言っていましたよ。この部分は確かに躍動的で迫力があり楽しく聴けました。

世界には「ワグネリアン」というワーグナーの熱狂的なファンがいて協会もあるんだそうですね。ワーグナーは麻薬的とも言われるんだそうです。岩浪さんからこの話が出ました。さすがは岩浪さんです。

最後はボーカルものオーディオ・チェックCD。シャーリー・ホーンの黒人特有の声の粘りをチェックするとのことでした。ここでいつもの寺島さんの黒人女性ボーカル嫌い話が出てきましたよ(笑)。このCDはハモニカとギターとか色々な楽器が出てくるので、そこもチェック・ポイントだそうです。寺島さんが好きな曲《ビューテイフル・ラブ》(アルバム・タイトルは不明)をかけました。大間知さんによるとストレスを感じないほぐれた音。確かにそういう音でした。

今回は大間知さんのまっとうなオーディオ話に頷きながら番組を聴いていました。
さすがはエソテリックの社長さん。
今68歳なんだそうですが、この方もやっぱり凄くお元気なのでありました。

http://ikki-ikki.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-680d.html

5. 中川隆[-9684] koaQ7Jey 2019年6月10日 20:13:49 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[2775] 報告

楽器としてのスピーカー 五味康祐
http://syokota888.ec-net.jp/to-u-kei-1-/number-12-item-musics-10-00-2018-09-20-/number-12-item-musics-10-b-table-of-contents-audio-culture-critic-2018-09-20-/number-12-item-musics-10-b-table-of-contents-speaker-as-instrument-gomi-kousuke-.html

カットオフ周波数などというもっともらしい理屈をきかされ、

低域を十全に再生するには口径のひろいコンクリートホーンが必要だ、

と有名な高城重躬先生のご高説を拝聴すると、これも試みねばなるまいと思い、

高城重躬先生ご設計になるコンクリートホーンをつくって先生製作のマルチアンプシステムで鳴らしたこともある。

(右の後藤ユニットはこの先生の推奨によるものだった。

ちなみに、のちにテレフンケンS8型を入手して両者を聴きくらべ、立腹のあまりコンクリートホーンを私はハンマーで叩き毀したノダ)

原則としては、スピーカーが優秀なら音はよく鳴るはずである。機種の異なるA、Bふたつのスピーカー・エンクロージャーがあって、Aは世評も高く優秀なら――当然、値段も高いが――Bに比して、すぐれたトーン・クォリティをもつと思うのが常識だ。解像能力で、あるいは高域(もしくは低域)の伸びのよさで、またプレゼンスでAはBにまさるはずなのである。

 でも実際は、そうは参らない。かけるレコードやテープによっては、優秀なはずのAよりむしろBが、音のまとまりよく、耳に快く響くことが現実にはある。レコードではなくアンプや、カートリッジを替えた場合も同様で、原則どおりにゆかぬ。そんな奇っ怪さ、物理特性を裏切る再生音というものの不思議さに呆然自失するところから、じつはオーディオの醍醐味――泥沼――がはじまると、私は思っている。人が音キチになるこれが発端だろうとおもう。

 私がスピーカーに血道をあげはじめたのは思えばずいぶん古いことだ。戦前、まだSP時代に、いわゆる電気蓄音器で音キチのスタートをきり、当時は最優秀といわれたウエスターン・エレクトリックや、ローラー、マグナボックスといった欧米のスピーカーを入手して、手製のキャビネットに納め、あるいは座敷いっぱいになる巨大なバッフル・ボードを自作して取り付けては、鳴らした。

 肝腎のソースが現在とは比較にならぬF特のわるい(ダイナミックレンジも狭い)レコードなのだから、よくなったところでタカは知れているようなものの、いささかでも改良して音がよくなるともう有頂天で、天下を取ったような気がしたものだ。

 2A3という当時はもっとも特性のいいと言われた真空管四本をつかった(ダブルプッシュ)のアンプで、ピックアップヘッド(カートリッジ)の磁石やゴムダンパーを替え、コイルを巻き替え、インピーダンスをあげるためのトランスなども特注した自家特製の装置で鳴らしていた。

 戦後、復員して日本へ帰ってみると、わが家は戦災で焼け野原になっており装置は跡形もない。以来、レコードを聴く心のゆとりがあるわけもなく、ひたすら食うものを求めて街をさまよった。ルンペンにもなった。

 ――それが、ふとしたことで或る人の知遇を得、その人の書斎でLPを聴かされた時は、こんなにもレコードの音はよくなっているのかと、息をのんで聴き入ったのを忘れない。昭和二十六年だった。なにひとつ私の身辺に心をなごませるものはなかった・戦後・――荒廃しきった私の内面にあった・焼跡・はこの時で終わった。私は人なみな生活を持ちたいと思い、自分もレコードを日常に聴ける人間になりたいと熱望した。

 定職にまずありつきたいとねがった。そういう意味で、私を立ち直らせてくれたのは思想でも、文学精神でもない。音である。いい音でレコードを聴きたいという願望だった。

 その人の紹介で、私は職に就くことができた。生まれてはじめて定収入というものを入手した。月収約九千円だった。当時の貨幣価値でも、これで妻と二人の間借り生活は苦しい。それでも自分で得た収入で生活できることにわれわれ夫婦は充実感をおぼえていた。

 ただし、当時LPはまだ輸入盤しかなく、それも一枚三千円で収入の三分の一である。とても買えない。もっぱらラジオの音楽番組をたのしんでいたが、安物のラジオだから音キチの私には不満である。せめてダイナミックスピーカーだけでも別に組んでキャビネットに納めれば見ちがえるほど音がよくなるのを私はむかしの経験で知っていた。

 たまたま、そのころパーマックスという六吋のスピーカーがラジオ店に出ているのを見つけた。二千八百円だった。われわれ夫婦の生活に二千八百円は無理な支出である。ひそかに質屋に通って生計を補ってくれる妻に、無理は言えない。

 といって、スピーカーはほしい。――そんな時、文学雑誌から短篇を書いてみないかと言われた。原稿料がもらえるのかとたずねたら出るという。ただし、掲載に価するできばえでなければならんぞ、と。

 それまで、自分好みなストーリーも何もない、散文詩のような小説ばかりを私は書いていた。言うまでもなく、まったく無名の文学青年だった。売文したくはなかったのだ。でも原稿料ではなくスピーカーが、この時の私はほしかった。

 私は書くことにした。掲載に価するもの――つまり「おもしろい小説」を生まれて初めて意図して、私は書きあげた。作品のプロットは、ドビュッシーの前奏曲第一集中の・西風の見たもの・からヒントを得たので、サブタイトルに・西風の見たものより・と書き添えたあたりに文学青年の私の名残がある。

 だがこれを見た編集長は、私が書く気になった理由を知っていたので、「・パーマックスがほしくて・と入れるのが本当じゃないか」と笑ったが、この短篇が、なんと芥川賞を受賞するという望外なことになり、おかげで私は文壇に出ることができた。かさねて言うが、この意味でも私を世に出してくれたのは、いい音で音楽を聴きたいという希いである。

 芥川賞を受けてからは、ようやく収入が多くなり、オーディオ部品にお金を注ぎこむことができるようになって、今日に至っているが、私の体験では、再生装置で最後にものを言うのはそのスピーカーシステムである。エンクロージャーである。

 身分不相応なまでに、私はさまざまなスピーカーを購入してきた。原稿の売れはじめた最初はグッドマンの十二吋だった。それから、久しくあこがれていたタンノイ・モニター15を買った。買った当座はすばらしいと思うが、いろいろレコードをかけるうちに、不満が生じる。そこで他のものを購入し、聴きくらべる。あとのがいいと思ったり、或るレコードの或る楽器の音色は前のがいいと思ったり……。

 泥沼に足を踏み入れたのだから心の安らぐことはないのが、この道の常なのはもう知りすぎているつもりでも、やっぱりうまく鳴れば狂喜するし、ちょっとでもわるいと飯も喉に通らぬほど憂鬱になる。

 どれくらい多くのスピーカーを私は買ったことだろう。思いつくままに名をあげても、

ワーフデール、
ステントゥリアン、
J・B・ランシング、
アルテック・ランシング、
テレフンケン、
フィリップス、
サバ、
後藤ユニット、
YL音響、
テクニクス、
コロムビア、
ヤマハ、
パイオニア、
ダイヤトーン、
エレクトロボイス、
ジョーダンワッツ、
EMI、
KEF、
ブラウン、etc.……


これらの機種を単体もしくはエンクロージャー(オリジナル)で購入したのはむろんだが、同じ機種にも製品のばらつきというのがあることを知って、よりよい音をもとめ

グッドマン Axiom 80 はつごう三個
タンノイ・モニター15を二個、
テレフンケン・オッパスを二個余分にもとめた。

わらってほしい、これでも私は満足できなかった男なのである。


 また、カットオフ周波数などというもっともらしい理屈をきかされ、

低域を十全に再生するには口径のひろいコンクリートホーンが必要だ、

と有名な高城重躬先生のご高説を拝聴すると、これも試みねばなるまいと思い、

高城重躬先生ご設計になるコンクリートホーンをつくって先生製作のマルチアンプシステムで鳴らしたこともある。

(右の後藤ユニットはこの先生の推奨によるものだった。

ちなみに、のちにテレフンケンS8型を入手して両者を聴きくらべ、立腹のあまりコンクリートホーンを私はハンマーで叩き毀したノダ)


 音というものは、いま私は断言できるのだが、たとえば一つのスピーカー・エンクロージャーの良否を識別するには、最低三年の歳月が必要である。ちょっと試聴したくらいで答は出るものではない。

 比較試聴してわかるのは、せいぜい二つのスピーカーの音色の差にすぎない。日ごろよく聴きこんだレコードを、それもまず十枚くらい(ピアノ曲、ヴァイオリン曲、それらの協奏曲およびコーラス、アリア、大編成のオーケストラ、チェンバー・オーケストラ、それに邦楽の三味線曲など)を、晴天、雨の日、深夜、朝、さまざまな湿度や寒暑の季節にわたって聴きくらべて、はじめて綜合的な良否は判別できるものだ。それぐらい、音色はさまざまな条件に左右される……物理特性だけで音楽美はつくり出されるものでないことを、三十余年、この道に血道をあげて私はさとった。

 つまり一機種の再生装置(とくにスピーカー・エンクロージャー)で、すべての曲の美しさやそのプレゼンス、生らしさを再現するのは無理であることを。マルチアンプのほうが単体で鳴らすよりアンプに無理がかからず、歪みの少ないのは自明の理である。2ウェイよりは4ウェイのほうが理論的にはいいにきまっているし、大口径のコンクリートホーンが出すのびやかな重低音は箱に納めたスピーカーからは絶対でてこない。そんなことはわかっている。


 だが、である。

 マルチアンプで4ウェイシステムをとったとき、トゥイーターとスコーカー、またウーファーの音色に微妙な差があって、どうかするとピアノ曲の低域はヤマハ、高域はスタインウェイのピアノを弾いているような違和感を、耳の敏感なリスナーなら感じるだろう。

 いかにピアノが生らしく響いても、ピアニストが右手、左手のピアノを弾いているがごときこの不自然さに平気でいられるためには、よほど鈍感な音楽への感受性が必要だ。そしてマルチアンプ・システムの場合――とくに自家製(トゥイーターはA社製、ウーファーはB社製といった)の場合、この違和感は不可避の現象となる。

 歪みなく鳴れば鳴るほど、現実に、すぐれたピアニストの生の演奏ではなくなっている。交響曲も同様で、NHK交響楽団とベルリン・フィルがごっちゃになって演奏するのだ。こんなバカなことがあろうか。どだい指揮者がいない。

 同じことはコンクリートホーンによる再生音にもいえる。

拙宅の場合にかぎらず、高名な高城重躬先生宅の音もそうだったが、虫のすだく声や消防車のサイレンは、まことに迫真的生々しさで聞こえるし、大オーケストラの強烈なffも歪みがない。この点は見事である。

しかし、声の発源体がイメージとしてあらわれてこない。音響だけあって楽器がないのだ。


 虫の声なら、リーン、リーンとどこからともなく聞こえるのが本当だろうし、風情もあろう。しかし、音楽はちがう。シューベルトの歌曲を聴くとき、アルトやバリトンの声は歌っている歌手はどこにもいないのだ。――ふつう、ステレオでぼくらが音楽を聴くとき、前方壁面――左右二基のスピーカーをすえた空間に、音源を彷彿する。ステージに立つ歌手の口もと、その表情や姿が美声とともにイメージとして浮き上がってくる。

 プレゼンスのいい再生音ほどそうなので、でもコンクリートホーンにはこのイメージがない。

声はすれど姿は見えず……幽霊である。オペラを好んで私は聴くが、幽霊の歌うフィガロなど真っ平だ。

コンクリートホーンを叩き毀した理由であった。


 素人考えで言うことだが、このイメージの欠如は「指向性」に関係があるように思われる。無指向性をなにかオーディオで重要なことのように宣伝するスピーカー・メーカーがいるが、私は信用しない。指向性がつよいと、たしかに音のサービスエリアは限られ、極言すれば、立体感を十分にともなう音を聴ける位置はリスニングルームのただ一点にとどまるだろう。

 その一点から少しでも左右にずれると、右(もしくは左)の音が強くなり歌手は左右どちらかのステージへ寄ってしまう。コンクリートホーン(マルチウェイ)で再生すればそういうことはないし、部屋のどこで聴いても音のかたちは変わらない。

 しかし、である。他人様にいっしょに聴いてもらうために私はレコードを鳴らすのではない。つねに音楽を鑑賞するのは私ひとりであり、一点しかないサービスエリアの、最適の位置に坐れば十分なのである。わが家はコンサートホールではないのだ。(他人様にほめてもらいたくて音のグレードアップをするつもりは毛頭、私にはありません。)

 かくて指向性の強さなどまったく私は意にしないで、スピーカーを選択することにしてきた。結果、いまわが家に残っているのはタンノイ・オートグラフと、テレフンケンS8型エンクロージャーである。他はことごとく知人に進呈したり、物置へほうりこんでしまっている。

 タンノイ(Guy R. Fountain Autograph )については、ステレオ雑誌などに紹介記事がでているので説明は略すが、家庭でぼくらがレコード音楽、FM放送を聴くにまず過不足ない――むしろ十分すぎる音域の広さ、プレゼンスの見事さ、音色の気品ある美しさを聴かせてくれるエンクロージャーである。

 とくにクラシック音楽に向いているし、その弦のユニゾンの厚みと繊細さを響かせる点では右に出るものがない。不満は、折返しホーン型なので、どうかすると音に「ホーン鳴き」の伴うことだろうか。

 したがって、ピアノの音がふくらみすぎて聞こえる。タッチが模糊とした感じになる。これだけは憾みだが、ほかは申し分がないし、とくに人声のリアルなフィーリングは特筆に価するだろう。たとえば「マタイ受難曲」や「メサイア」で合唱メンバーを背景にバス、テノール、アルト、ソプラノ、と独唱者が4人並んで歌うとき、拙宅ではオートグラフを約五メートル幅の壁の両側にすえてあるが、その壁面にハッキリ一人一人が並び立って、別々の位置で歌ってくれる。

 そんな独唱者の立像はあたかも眼前に居並んでくれるようで、どれほどボリュームを上げてもその身長は決して巨大にならないし、ステージにしっかり両足をふまえている感じが見える。この臨場感は実に快い。

 S8型は、トゥイーターだけ(左右二個ずつ)別のキャビネットに納められて部屋の両端に立てるようになっており、スコーカー(これも左右二個ずつ)は棺桶ほどの大きさの単体キャビネットの両側に、やや外向けに納められ、ウーファーはただ一個、同じキャビネットの内側で床へ下向けに取り付けてある。

 おもしろいことにそれも右寄りで、左は、黒田家の九曜の紋さながらな穴を開けてあるだけだ。これで十分すぎるステレオ感をもつ低音が鳴るのである。言うまでもないだろうが、この棺桶キャビネットの重さは、大の男ふたりが辛うじて持ち上げられるもので、音響学的にどんな根拠で設計されたのか知らないが、小林秀雄先生が拙宅でこのS8型を聴かれ、コンサートホールの一番よい席で「これは聴ける音だ」と感心された。

コンクリートホーンくそくらえの低音がこの棺桶から聞こえてくるのだから不思議である。

 要するに、さまざまなスピーカーをいじって私の痛感したことは、音楽を響かせるのは単体スピーカーのコーン紙ではなく、トゥイーターやウーファーでもなく、エンクロージャー全体であり、さらに言えばリスニングルームそのものということだった。部屋の音響条件が変われば同じスピーカーが別ものに聞こえることだってある。

 どこにスピーカーをすえるか、その位置をいろいろ移動させ、主に低音の鳴り方を考慮するのだが、ピタッとそれがツボにハマって、うまく低音の響いてくれた瞬間の快感は、これぞオーディオ狂の陶酔の最たるものだろうと思う。コンクリートホーンが低域に効果があることはわかりきっている。

 だが家屋をぶち抜き、あるいは新築してそんなものを誰もが建てるわけにはゆかんのだ。家庭の事情――経済事情?――のゆるす範囲内で、ぼくらは音楽を聴かねばならぬ。グレードアップをはからねばならぬ。その切なさ・無念さを誰だって胸に秘め、少しでも音をよくしようと苦心惨憺しているのが日本のオーディオ愛好家の姿ではないのか?

 私は、経済的に多少めぐまれた条件下にあり、めぐまれた条件をフルに活用してオーディオ装置をいじり、グレードアップを心掛けてきた。その私が、いま言えることは、いかに莫大な費用を投じ物理的条件を満たしても、測定器がどんな数値を出していてもどこかに生にはかなわぬ不満な音は生じるということだ。

 いつも私は思うのだが、大編成のオーケストラが響かせるff音のエネルギー――ベートーヴェンの交響曲にあっては、「現代のオーケストラの途方もない爆発力をもってしても色褪るほど、強大でなければならぬ」とフルトヴェングラーに言わせた「運命」のあのフォルティッシモのエネルギーが、スピーカーのコーンやジュラルミン振動でだせるわけはないのである。開口部二メートル余のコンクリートホーンだってしょせんは五十歩百歩なのだ。

 それなら、少々低音はこもりがちで、一万ヘルツあたりに粒子の荒さが感じられても、仕方のないことである。肝腎なのは唯物的な音ではなくて、音楽をぼくらは鑑賞することを忘れてはなるまい。現在のレコードに刻まれたトーン・クォリティは、また市販されるオーディオ部品の高級なものは、ほぼ、こうしたぼくらの要求を満たす程度には音質を保証してくれている。

 A機種が特別よくて、Bがわるいというようなことはまずない。したがって、あとは各人好みの音色で聴くこと、聴くための部品を選択することだ。

 カートリッジ、テープデッキ、アンプにもこれは言えるが、とりわけスピーカー・エンクロージャーが音色を決定づける大きな働きをなすと思えるので、本稿はスピーカーを主にまとめてみたまでである。

 四十年余の、わが音キチの人生をかえりみて、私は言う。再生装置で最も重要なのはスピーカーを選ぶことである。それをどんなシステムで鳴らすかである。それによって自ずとカートリッジやアンプ、チューナーは選択される。だが、どれほど装置に大金を投じようと、唯一絶対な装置というものはない。

 聴きこめばかならず不満はでてくるのである。

 ならば、グレードアップに無理をすることはあるまい。

コンクリートホーンなど、だまされても造ってはならぬ。

そんな閑があればいい音楽を、演奏を一度でも多く聴くことだ。自らを省みて、ラジオアンプに六吋のスピーカーをつなぎ、息をひそめて名曲を聴いた貧乏時代の私と、贅を尽したオーディオ装置をもついまと、どちらが真に純粋な音楽の聴き方をしているだろうかと思うのだ。

 装置を改良し、いい音で鳴ったときの喜びはたとえようもない。まさにオーディオ狂の醍醐味である。しかし、すぐれた音楽を聴くときの感動や悦びはそれにまさるものだ。音楽には神がいるが音には神はいない。

 決定的なこの違いをまず知らぬようで音質を改良して何になろう。そして神を見いだすことは、いまのきみの装置――FM受信からだって可能なのである。

 名曲を諸君、聴こうよ。
http://syokota888.ec-net.jp/to-u-kei-1-/number-12-item-musics-10-00-2018-09-20-/number-12-item-musics-10-b-table-of-contents-audio-culture-critic-2018-09-20-/number-12-item-musics-10-b-table-of-contents-speaker-as-instrument-gomi-kousuke-.html


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オーディオ巡礼(一)の一 五味康祐 1970年
https://blogs.yahoo.co.jp/jazz_hiroshi_classic/56212377.html

 岡画伯の装置は高城重躬氏の構成になるものだから,いっそ高城邸を訪ねればという意見が編集部であった。私は言った。高城氏のは,車でいえばプロトタイプのレース用マシンである。なるほどスピードは出るかも知れないが市販はされていない。

 トゥイーター一つにしても後藤ユニットやらの特別製,ウーファーも特製で(高城氏はこの”特別製”というのがお好きである)つまり一般ユーザーには手に入らない。


 本誌で”オーディオ巡礼”をはじめることになった。すでに多くの読者から小生の訪問を希望する申込を受けている。わりあい私は講演旅行や,取材で旅には出るほうなので,そんなおり,ふとその地方の愛好家の音を聴いてみたいと思うことが,これまでにもあった。しかし何日の何時に訪ねるとスケジュールを立てることが,どうにも私には出来ない。およそスケジュールにハマった行動というのが私は苦手で,けっきょく,むなしく其処を離れてしまう。せめて愛好家諸氏の電話連絡先でも編集部へしらせておいてもらえたらと思う。

 もう一つ,はじめにこれは言っておきたいが,けっして高級機種の音を聴こうとは思ってはいない(そういうことでなら日本に輸入された最高級のものは各パーツにわたって私は一応知っている)。私が聴きたいのはメーカーが公称する音ではない。その人の部屋で,創り出される音楽だ。同一メーカーの,同じアンプ,同じスピーカーを使っても各人の鳴らしている音はどこか皆ちがう。生活の場が違うように。ボリューム一つにしても,当人にとってはかけがえのない調整の一点というものがある。余人には多少ずれてもどうってことはないように聴こえるのに,当人には,その一点でなければ音楽は色あせてしまう。そういう一点を決定させるのはその人の教養だろう,生き方だろう。そんな,文学的表現がゆるされるならその人の人生の音を,私は聴きたい。

 よく,金にあかせてオーディオ誌上などで最高と推称されるパーツを揃え,カッコいい応接間に飾りつけて,ステレオはもうわかったような顔をしている成金趣味がいる。そんなのを見ると,私は横っ面をハリ倒したくなる。貴様に音の何が分るのかとおもう。こんなのは本でいえば,豪奢な全集ものを揃え,いわゆるツン読で,読みもしないたぐいだ。

 全集は欠けたっていいのである。中の一冊を読んで何を感じるか,それが君の生き方にどう関わりを持ったか,それを私は聴いてみたい。その人の血のかよった音を,聴きたい。

 重ねていうが,部品の良否は問うところではない。どんな装置だってかまわない。君の収入と,君のおかれた環境でえらばれた君の愛好するソリストの音楽を,君の部屋で聴きたいのだ。私はキカイの専門家ではないし,音楽家でもない。私自身,迷える羊だ。その体験で,ある程度,音の改良にサゼッションはできるだろう。しかしアンプの特性がどうの,混変調歪がどうのと専門的な診断は私に出来るわけがない。そういう専門家のもっともらしい見解に従って改良をやり,実は音のよくなったためしは私の場合,あまりなかった。大体,それでよくなるくらいなら,はじめっからメーカーはそのように作っているだろう(およそオーディオにくわしい専門家の頭脳を結集してメーカーは製品を造っている。それらを組合わせても,意のままに鳴らないのが音というやつである)。

 ディスクやテープを再生して音楽を聴く限り,そもそもナマそのままに鳴るわけがない。したがって再生音に,真の意味で良否があるわけがない。あるのは好きな音か,嫌いな音かだけだ。私はそう思っているから,好ましい音色を告げることは出来るが,改良に役立つ専門的知識を期待されて,訪問を望まれるなら,お互いに無駄なことも知っておいてほしいと思う。その上で,あなたの好きな演奏家のレコードを(いい音で鳴るレコードでもいいのだ)一緒に聴きたい。

 さて今回は,野口晴哉氏と岡鹿之助さんの装置を巡礼した。これには二つの理由があった。

 編集部では,第一回目だから,なるべくオーディオマニアの垂涎のまとであるような最高パーツの組合わせでどんなふうに鳴っているかを,聴いてみてくれという。できればグラビアに豪奢なそのリスニングルームの写真をでんと飾りたいと言う。阿呆な話だ。写真が音を出すわけではないぞ,と私は言ったが,「最高のパーツ」というこれには,弱い。

 野口氏は,私の知る限り日本で最もぜいたくな聴き方をしてこられた人である。昭和28年の初夏だったとおもうが,英国製の”アコースティカル・コーナーリボン・スピーカー”というのが,当時米オーディオ・フェアーに出品され,アルテック・ランシング820A(”A7”の前身)とともに最もすぐれた音質と評価されていた。私はそれにあこがれていたが,米ドルで七百ドル。当時は今とちがってオーディオ部品の輸入価格はドル千円の割合いになっていたから,つまり七十万円 ―無名作家には気のとおくなる値段だ。それが野口氏のところに購入されたと聞いて矢も楯もたまらず,訪問したことがある。

 野口さんとは無論それが初対面だったが,以前から,クレデンザでずいぶんSPを聴かれたという噂はきいていたし,昨日や今日のレコード愛好家でないことはわかっていたが,さて訪ねてみて驚いたことには,ステファン社のトルーソニック,アルテック・ランシング,タンノイ,ゼンセン,ワーフデール,当時めずらしかったジーメンスのスピーカーなどごろごろしている。たいがいの欧米製アンプもある。これはだいぶ私よりお熱いぞと思ったが,さてそんな数多のスピーカーとは別に,ひときは燦然たるコーナー・リボンが二階大広間の隅に ―金屏風のかどに据えられたあった。たしかリークのアンプ(ポイント・ワン)でバイナム指揮によるハイドンの交響曲97番を聴かせてもらった。オーケストラを聴くには繊細すぎる音色の感じがしたが,デッドな和室のためだろうとおもい,適度に残響のある天井の高い応接間で,しみじみ聴けたらなあと思ったのを忘れない。

 それはまぎれもなく正統派の,英国の伝統をひびかせる音だった。”正統派”という言い方はあいまいだが,リボン・トゥイーターの金粉をまき散らすような,それでいて粒子の一つ一つが輝きをもつその高音域の繊細な美しさは,ちょっと類がない。大体カートリッジやアンプは,ずいぶん改良され,機能に著しい進歩をみているが,スピーカーだけはコーンを(あるいはジュラルミン板を)振動させて音を出す方式は昔のままで,かわっていない。かけ出しのメーカーには,だからどうしても出せぬ音色というものがあるわけだ。かんたんにそれを私は伝統をもつひびきと呼ぶのだが,何にせよ”コーナーリボン”のかがやきは今も耳にのこっている。

 岡画伯の場合は,装置は高城重躬氏の構成になるものだから,いっそ高城邸を訪ねればという意見が編集部であった。私は言った。高城氏のは,車でいえばプロトタイプのレース用マシンである。なるほどスピードは出るかも知れないが市販はされていない。

 トゥイーター一つにしても後藤ユニットやらの特別製,ウーファーも特製で(高城氏はこの”特別製”というのがお好きである)つまり一般ユーザーには手に入らない。そんなものでどれほどいい音が鳴ろうと,高城氏のエリート意識は満足させられるだろうが余人に聴けないものなら,”巡礼”の対象にはなるまい,と。私の知りたいのは,ツーリング・カーの乗心地 ―もしくはそれを運転している人の,技術である。だれでも入手できてこそ,その音は論評の対象になる。

 その点,岡さんのは,ふつうに手に入るパーツで構成されており,私の印象に間違いなければ,それは高城氏の傑作のひとつだった。モノーラル時代だが,すでにマルチアンプシステムが採用され,高,中,低音ともスピーカーはワーフデール,ウーファーは底辺から天井へ向けてホーン型にまとめられたエンクロージァで,高城氏の創作である。その出す音のふくらみと,調和のとれたこころよい響きは,高城氏がどれほど音響学に造詣の深い人かを教えてくれた。私はこの岡邸の音をきいて,高城さんに心服し,以来ハイ・ファイを志向する若い編集者が相談にくると,「高城先生に作ってもらいなさいよ」とすすめた。何人かはそうして多忙な高城先生の厄介になった。むろん私もその一人だが,そういう意味で高城邸は当時,オーディオのメッカだったとおもう。

 ―以来十余年,いまでは欧米メーカーのパーツは容易に手にはいり,ことにスピーカー・エンクロージァはオリジナルで聴くことができる。そんな時代になっても岡画伯は,むかしのままで聴いていらっしゃるとつたえられていた。岡画伯のもとへ行けば,つまり音のふるさとがあるわけだ。さまざまな機種を購入し聴いてきた私のオーディオ遍歴で,もう一度,ふるさとの音へ帰れるのである。そう思うと,この”巡礼”をはじめる前に岡さん宅を訪ねておきたかった。何年ぶりかでお電話したら,「どうぞどうぞ」昔と変らぬ,人柄そのままな優しい声でうべなって下さった。日を約して私は訪ねていったわけだ。ちょうど,野口さんを訪問した翌日である―

 野口邸へは安岡章太郎が案内してくれた。門をはいると,玄関わきのギャレージに愛車のロールス・ロイス。野口さんに会うのはコーナー・リボン以来だから,十七年ぶりになる。しばらく当時の想い出ばなしをした。

 リスニング・ルームは四十畳に余る広さ。じつに天井が高い。これだけの広さに音を響かせるには当然,ふつうの家屋では考えられぬ高い天井を必要とする。そのため別棟で防音と遮音と室内残響を考慮した大屋根の御殿みたいなホールが建てられ,まだそれが工築中で写真に撮れないのが残念である。

 装置は,ジョボのプレーヤーをマランツ#7に接続し,ビクターのCF200のチャンネルフィルターを経てマッキントッシュMC275二台で,ホーンにおさめられたウェスターン・エレクトリックのスピーカー群を駆動するようになっている。EMT(930st)のプレーヤーをイコライザーからマランツ8Bに直結してウェストレックスを鳴らすものもある。ほかに,もう一つ,ウェスターン・エレクトリック594Aでモノーラルを聴けるようにもなっていた。このウェスターン594Aは今では古い映画館でトーキー用に使用していたのを,見つけ出す以外に入手の方法はない。この入手にどれほど腐心したかを野口さんは語られた。またEMTのプレーヤーはこの三月渡欧のおりに,私も一台購ってみたが,すでに各オーディオ誌で紹介済みのそのカートリッジの優秀性は,プレーヤーに内蔵されたイコライザーとの併用によりNAB,RIAAカーブへの偏差,ともにゼロという驚嘆すべきものである。

 でも,そんなことはどうでもいいのだ。私ははじめにペーター・リバーのヴァイオリンでヴィオッティの協奏曲を,ついでルビンシュタインのショパンを,ブリッテンのカリュー・リバー(?)を聴いた。

 ちっとも変らなかった。十七年前,ジーメンスやコーナーリボンできかせてもらった音色とクォリティそのものはかわっていない。私はそのことに感動した。高域がどうの,低音がどうのと言うのは些細なことだ。鳴っているのは野口晴哉というひとりの人の,強烈な個性が選択し抽き出している音である。つまり野口さんの個性が音楽として鳴っている。この十七年,われわれとは比較にならぬ装置への検討と改良と,尨大な出費をついやしてけっきょく,ただ一つの音色しか鳴らされないということは,考えれば驚くべきことだ。でもそれが芸術というものだろう。画家は,どんな絵具を使っても自分の色でしか絵は描くまい。同じピアノを弾きながらピアニストがかわれば別の音がひびく。演奏とはそういうものである。わかりきったことを,一番うとんじているのがオーディオ界ではなかろうか。アンプをかえて音が変ると騒ぎすぎはしないか。
https://blogs.yahoo.co.jp/jazz_hiroshi_classic/56212377.html


オーディオ巡礼(一)の二 五味康祐
https://blogs.yahoo.co.jp/jazz_hiroshi_classic/56212385.html

安っぽいヴァイオリンが,グワルネリやストラディバリの音を出しっこはないが,下手なヴァイオリニストはグワルネリを弾いたって安っぽい音しかきかせてくれやしない。逆にどんなヴァイオリンでも,それなりに妙音をひびかせたクライスラーの例もある。ツーリング・カーの運転技術と私が言うのはここなのだが,要するにその人がどんな機種を聴いているかではなく,どんな響かせ方を好むかで,極言すれば音楽的教養にとどまらずその人の性格,人生がわかるように思う。演奏でそれがわかるように。

 音とはそれほどコワイものだということを,野口さんの装置を聴きながら私はあらためて痛感し,感動した。すばらしい音楽だった。年下でこんなことを言うのは僭越だが,その老体を抱きしめてあげたいほど,一すじ,かなしいものが音のうしろで鳴っていたようにおもう。いい音楽をきくために,野口氏がこめられてきた第三者にうかがいようのない,ふかい情熱の放つ倍音とでも言ったらいいか。うつくしい音だった。四十畳にひびいているのはつまり野口晴哉という人の,全人生だ。そんなふうに私は聴いた。 ―あとで,別室で,何年ぶりにかクレデンザでエネスコの弾くショーソンの”ポエーム”を聴かせてもらったが,野口氏が多分これを聴かれた過去に重複して私は私の過去を,その中で聴いていたとおもう。音楽を聴くとはそういうものだろうと思う。

 岡画伯の場合は,高城さんと岡さんが響きの中で重複して私にはきこえた。岡画伯の部屋はアトリエだから,これ又うらやましいほど天井が高く,遮音も完全で,窓外を疾る車の騒音は入ってこない。

 十数年前の,そのアトリエのたたずまいをうろおぼえに私は憶えていた。高城氏の創られた音に初めて耳をかたむけたソファの位置も,おぼえていた。それにあの忘れようのないスピーカーエンクロージァ。

 しかし,鳴り出した音は,ちがった。ふるさとの音はなかった。当時はモノで今はステレオだからという違いではない。むかしはワーフデールで統一されていたが,今はスコーカーに三菱のダイヤトーン,トゥイーターは後藤ユニットに変っている。おそろしい変化である。後藤ユニットは,高域の性能でワーフデールを凌駕すると高城さんは判断されたに違いない。聴いた耳には,ティアックA6010のテープ・ヒスを強調するための性能としかきこえない。三菱のダイヤトーンは中音域のクォリティに定評がある。しかしワーフデールと後藤ユニットのあいだで鳴るその音は,周波数特性に於いてではなくハーモニィで,歪んでいた。ラヴェルのピアノ協奏曲が,三人の指揮者の棒による演奏にきこえた。ピアノもばらばらにきこえた。どうしてこんなことになったんだろう。あの高城さんがことさら親しい岡画伯の愛器を,どうしてこうも調和のない音に変えられたのだろう。むかしとそれは変らぬすばらしい美音をきかせてくれる部分はある,しかし全体のハーモニィが,乱れている。少なくとも優雅で気品のある岡画伯のアトリエにふさわしくない,残滓が,終尾のあとにのこる,そんな感じだ。

 むかしはそうではなかった。もっと透明で,馥郁たる香気と音に張りがあり,しかもあざやかだった。あの時聴いたバルトークのヴィオラ協奏曲のティンパニィの凄まじい迫真力,ミクロコスモスのピアノの美しさを,私は忘れない。どこへいったんだろう? こちらの耳が,悪いのか。

 ―おそらく私の耳のせいだろうとおもう。テープ・ヒスさえ消せば,以前とは又ことなった美しさを響かせるに違いないとおもう。高城さんほどの人が,さもなくてわざわざワーフデールを三菱や後藤ユニットに変えられるわけがない。かならず別な美点があるからに違いない。こちらはそういう方面にはシロウトだ。音はどうですかと岡さんにたずねられたら,私は,ヒスのことを言ったろう。しかし岡さんは,さほどヒスは気にせず聴いていらっしゃる,ご本人が満足されている限り,第三者が音の良否など断じてあげつらうべきでない,これは私の主義だ。相手がメーカーや専門家ならズケズケ私は文句を言う。だがそれが家庭に購入された限り,もう,人それぞれの聴き方がある,生き方に他人が口をはさめぬと同様,それを悪いとは断じて誰にも言えぬはずだ。第三者が口にできるのは,前にも言ったがその音を好きか嫌いかだけだろう。

 岡さんは満足していらっしゃる。音をはなれれば,それはもう頬笑ましい姿とさえ私には見えた。何のことはないのだ,私だってヒスは気にするが,少々のハムは気にならないそういう聴き方をしている。ハムが妨げる低音よりは音楽そのものに心を奪われる幸わせな聴き方が,私には出来る。同じことだろう。野口さんのところでエネスコを聴いていて,あの七十八回転の針音がちっとも気にならない,ヒスは気になってもクレデンザの針音は気にならない。人間とは勝手なものだ。だからあの,ふるさとの音をもとめる下心がなければ,岡画伯のアトリエでひびいている音を,私は別な聴き方で聴いたかも知れないとおもう。それを証拠に,同行した編集者は「いい音でした」と感心しているのだ。もっとも公平な,第三者のこれは評価だろう。私の耳がやっぱり,悪かったのだろう。

                       (1970年)


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【ジャズ・ヒロシの感想】

 五味康祐氏が書いた「オーディオ巡礼(一)」という記事は,ステレオサウンド第15号に掲載されたものである。

 ステレオサウンド社の企画により,五味氏が音楽愛好家宅を訪ねて,そのレポート記事を書いたものだが,内容からすると,2名の愛好家は何れも五味氏が以前お会いになり,その音を聴いたことがあるので,人選は五味氏によるものと思われるが,「編集部では,第一回目だから,なるべくオーディオマニアの垂涎のまとであるような最高パーツの組合わせでどんなふうに鳴っているかを,聴いてみてくれという。」ことからすると,編集部の人選だったが,偶然にも五味氏にとって旧知の間だったのかもしれない。

 このため,五味氏にとって,野口氏と岡氏の,それぞれ以前に聴いたことのある音との関連(比較)で記事が書かれている。

 野口氏については,以前の2階大広間と今回の四十畳とは同じ部屋なのかどうかわからないが,何れにせよ,人も羨むような条件のリスニング・ルームだし,増してウエスタンだけは手を出すなともいわれているパーツをはじめとする機器とあっては,確かに編集部のいう「オーディオマニアの垂涎のまと」であったことは,疑いようのないところだ。

 しかも,機器の構成が違っていた17年前と音色やクオリティそのものは,かわっていなかったと五味氏は感動しているが,五味氏の17年前の音の記憶にも凄いなぁと思う。

 「この十七年,われわれとは比較にならぬ装置への検討と改良と,尨大な出費をついやしてけっきょく,ただ一つの音色しか鳴らされないということは,考えれば驚くべきことだ。でもそれが芸術というものだろう。」と絶賛されているが,自分のような単なるオーディオ好きからすると,雲の上の出来事(「垂涎のまと」までにもならない)のように思える。

 その野口氏の音を聴いて,「要するにその人がどんな機種を聴いているかではなく,どんな響かせ方を好むかで,極言すれば音楽的教養にとどまらずその人の性格,人生がわかるように思う。演奏でそれがわかるように。

 音とはそれほどコワイものだということを,野口さんの装置を聴きながら私はあらためて痛感し,感動した。」とあるが,理屈上はそうなのだろうと納得できるが,実際,自分は様々な人の音を聴いてきたわけではないので,そのことを実感できないし,また,実感するのも難しいと思う。そこは五味康祐という男が,真剣に人生と向き合って生きてきたからこそ,得られた見識ではないかと思われる。

 また,「別室で,何年ぶりにかクレデンザでエネスコの弾くショーソンの”ポエーム”を聴かせてもらったが,野口氏が多分これを聴かれた過去に重複して私は私の過去を,その中で聴いていたとおもう。音楽を聴くとはそういうものだろうと思う。」と書かれているが,こういうところが五味氏独特の音楽観だと思う。

 岡氏のほうも,遮音も完全で,人も羨むような高天井のアトリエのリスニング・ルームであったが,これは十数年前と同じ部屋だったようだ。

 しかし,その数十年前の岡氏の音を「ふるさとの音」に例え,今回の巡礼では,「ふるさとの音」はなかったといっている。

 「ふるさとの音」で思い出したのは,クラシックの友人宅で,初めてスペンドールBCUを聴いたとき,実にいい音で鳴っていた記憶がある。そのスペンドールBCUの音は,自分の家の音よりもいいと思っていた。

 だがしかし,十数年後だったか?,再度,BCUを友人宅で聴いた時は,鮮度のない,モヤッとした音になっていたのには,驚いた。

 何が原因か分からないが,本人は,そのことを口にしなかったし,勿論,自分もいえなかった。

 多分,毎日のように聴いていると,その変化に気がつきにくいことなのだろうと思うが,ある意味,これもコワイことだ。

 自分のオーディオだって,手塩にかけて有頂天になっているかもしれないが,もしかすると,その変化に気がついていないのかもしれない。

 因みに,最近,彼の家でBCUを聴いたが,鳴らす部屋とプレーヤーやアンプが違っていたこともあってか,当時の音よりヴァイオリンがしなやかであった。やはりBCUは,一時代を画した名器だと思った。

 そんなこともあって,彼には,以前聴いたBCUの音について,こうだったと話すことができた。

 最後に,「あの,ふるさとの音をもとめる下心がなければ,岡画伯のアトリエでひびいている音を,私は別な聴き方で聴いたかも知れないとおもう。それを証拠に,同行した編集者は「いい音でした」と感心しているのだ。もっとも公平な,第三者のこれは評価だろう。私の耳がやっぱり,悪かったのだろう。」といっているが,五味氏の謙虚な気持ちと,岡氏への配慮だろうか。
https://blogs.yahoo.co.jp/jazz_hiroshi_classic/56212385.html

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オーディオマニアの喜び(一)五味康祐 1968年
https://blogs.yahoo.co.jp/jazz_hiroshi_classic/56197314.html

これまで私の体験したことが,オーディオに関心をもつ,若い人たちの参考になればとおもう ―

 私がはじめてステレオを聴いたのは十年前で,銀座の日本楽器店でテレフンケンS8型を購入した時である。百二十万円だった。プレーヤーはノイマン,カートリッジは同じくノイマンDST。SW・AM・FMの聴けるコンソール型で,べつに2トラックのテープレコーダーが附いていた。

 当時のことだから,無論,ステレオテープやディスクは海外品に俟たねばならない。さて聴いてみると,これが意外に音が悪い。というより,聴くに耐えない。そのくせレコードで放送されるのを聴けば ―むろん当時のFMでモノーラルだが ―わが家自慢の,高城重躬先生設計になるコンクリートホーンの音よりいいのである。私だけがそう思うのではなくて,誰に聴かせても問題にならないという。ホーンの開口部は約二メートル平方,ジムラン15インチのウーファー二個を,当時としては珍しいマルチアンプで鳴らしていた。スコーカーは同じく開口部約一メートルのホーン型で,トゥイーターにはワーフデールと,タンノイ・モニター15の高音部を併用した。アンプは高城先生に作ってもらった。

 そんな大仕掛けで聴くのと同じレコードを,FMで受信したら,テレフンケンの音質が数段すぐれた繊細さと,つやと,ふうわりした低音をひびかせる。あっ気にとられた。

 私は高城さんに,どうしてFMは音がいいのですかと尋ねた。NHKで,どんな悪いカートリッジでレコードを放送しているかを,当時私は知っていたからだ。しかし高城さんは確答されず,S8型でステレオを聴いてもらった時も黙ってられた。

 しかるにその後,”週刊朝日”の座談会で高城氏は「外国製ならいいとまだ思っている人がいる。或る小説家は百万円も出してテレフンケンを買いましたが,あの半分はキャビネット代ですね,飾り家具みたいなもの・・・・だいたいコンソール型で,いい音は鳴りませんよ」そんな意味のことを言われていた。

 たしかに,ステレオの音は悪いのだからお説の通りかも知れないが,しかし,FMで聴く限り,理想的なコンクリートホーンよりテレフンケンは音がいいのはどういうわけか。S8型は,トゥイーターが四個,スコーカー同じく四個,ウーファーは一個で,今でいう3D方式の変形だろうかとも思う。私はシロウトだから,もしかすればノイマンのカートリッジが悪いかとおもい,当時高城氏ご推薦のオルトフォンを接続してみた。やっぱり駄目であった。スピーカーが悪いのかとおもい,タンノイ二個を別のキャビネットに組んで鳴らしたが,駄目。ではアンプかと,リークのステレオ用に接続したが,やはり駄目。ステレオできこえるというだけで,到底,FMを受信した ―それをテープに録音した ―モノーラルの張りのある美しさ,輝きにも及ばない。私はあきらめ,以来S8型ではFMを聴くことだけに満足した。

 ところがその後,本誌でも述べたようにハンブルクでサバ(SABA)を買い,ロンドンへ渡ってデコラを聴いて驚倒し,タンノイのオートグラフと,テレフンケン・オッパス(OPUS)を買った。オートグラフをクワードで鳴らした時はじめて,ステレオ感なるものを味わったが,これは大事なことだ。今もってだがテレフンケンで満喫したあの,FMの輝くばかりな音の美しさを私は自分のものにしていない。

 FMで,ステレオが受信できるようになって,ずいぶん多くのチューナーを聴いている。はじめはサバで聴き,それからオッパスを聴き,クワードのチューナーをきき,ハーマンカードン1000,グルンディッヒRT50,トリオFX6A,ダイナコ,ラックスWZ30,ソニーST5000,マランツ10B・・・・ほぼ,各メーカーの製品で最高といわれるものを聴いている。OPUS以外はアンプに適不適もあろうかと考え,クワード,アコースティックUおよびTA,ナショナル・テクニクス10A,40A,デッカ・デコラセパレート,マランツ7Tおよび8B,ジムランSG520ならびにSE400S,マッキントッシュC22にMC275・・・・ほぼこれも各社の最高のアンプにそれぞれつないで聴いた。マランツのチューナーは三十八万円という,べらぼうな値段だが,さすがに,精巧で音質は群を抜いているようだ。ただし東京で聴くためには,受信周波数を変更せねばならず,私のはナショナルのオーディオ技術部がいじってくれたもので,「自信をもって直しました」というが,完璧かどうか分らない。10Bにはオシロスコープがついていて,そのセンターにチューニングのポイントを合わすようになっているが,アンプ温度の上昇につれて比奴,移動するからである。多少の移動は,不可避としても少々ひどい。それでも,ソニーの5000と比較すると低音域ののびといい,高音のつやといい問題にならないので,目下はマランツで聴いている。エンクロージァの問題もあろうが,アンプはマッキントッシュが合うように思う。

 ただ,プリの方は,どうかするとJBLのグラフィック・コントローラーにつないだほうが音にひろがりがあり,臨場感にまさるようだ。又おもしろいことにJBLのプリとメインできくより,プリをC22にしてメインだけをSE400Sにきりかえると,琴の合奏など一層ナマの音にちかくなる。

 これは読者諸君に知ってもらいたいのだが,だいたい,タンノイには石より真空管アンプが相性がよいと,一般に言われてきた。瀬川氏なども本誌上でこの点を力説している。瀬川君はタンノイを,どんなエンクロージァにおさめて聴いたんだろう。奈良に,マランツの球アンプを愛用しているNさんという,音にうるさい御仁がいる。N氏はアルテックで聴いている。が瀬川氏によればアルテックにもジムランは合わないそうだ。ところが拙宅のSE400Sを持参して,N氏のマランツ7型プリにつないだら低域ののびや,音の解像力は信じられぬくらいよくなった。拙宅で,7Tにつないだ時もそうだった。マランツのプリにはマランツのメインが一番いいはずと思っていたのが,必ずしもそうではなかったのである。

 むろんこれは,むしろスピーカー・エンクロージァに原因が(もしくは欠陥が)ある為かともおもう。私はけっしてジムランのSE400Sをマランツよりすぐれているとは言わない。石らしくない音のやわらかさと,低域の重厚なのびでは私の知る限り,アコースティックTAが最高だった。しかしTAにも不満があり,ダイナミックレンジに不足する。岡俊雄さん宅で,AR3で聴いたときは気にならなかったが,うちのオートグラフで他のアンプと聴き較べるとダイナミックスの迫力に欠けるのである。それに音の像が,ぼやける。この点ジムランは,分解能とダイナミズムで一頭地を抜いていた。瀬川君のお説の通りだった。だから一度瀬川家のスピーカーシステムで聴いてみないと,本当のジムランのよさは分からない。ただ,瀬川家の試聴室は六畳ぐらいだそうなので,そういう狭い部屋で音のかたちやプレゼンスを,真に識別できようとは ―大がかりなシステムであればあるほど ―私は疑問に思うのである。ジムランのパラゴンを六畳の部屋で聴いたことがあるが(マッキントッシュC22とMC275で)いやな音だった。

 私は,市販された限りにおいて,国産と輸入を問わず,いちおう名のある製品は聴いてきた。本誌あたりがとりあげるもので,聴いてないのはCMラボぐらいだろうか。マッテスはテレビ音響の試聴室で何度か聴かせてもらった。あの試聴室にはうちのと同じオートグラフが据えてあるが,耳を疑いたくなるほど悪い音で,部屋の条件が音質を左右するあんな悲惨な例は,パラゴン以来である。

 これは部屋のせいだろうと思う。われわれが知っている以上に,音は部屋がつくる。スピーカーやアンプではない。そして一つの部屋で,たとえばジムランのアンプにかえて音がわるくなれば,ジムランが悪いのだ。逆にジムランに代えてよくなったら,部屋の(又は音質の)諸条件にマッチしたそのジムランはいいとしかぼくらは言いようがないだろう。誤解をまねくかも知れないが,身銭を切って買い,自分の住んでいる部屋で聴いて,よくないパーツを客観的に(あるいは特性の上で)いいはずだなどと言ってみてもはじまるまい。イニシァティブは,聴くわれわれ自身にある。またタンノイやローサ―がそのエンクロージァにどれほど音質を左右されるかをぼくらは知っているが,今や部屋全体もあきらかに一個のエンクロージァと看做すべきだろう。おもしろいことに,あれほど音の悪かったテレフンケンS8型を,一個のスピーカーエンクロージャとみなして最近,マッキントッシュで鳴らしてみたが,その音のいいのに一驚した。どうかすればオートグラフより音にリアリティがある。高城氏は値段の半分は箱代だと言われたが,たしかにオートグラフだって箱代だけで六十万円はするのだ。いかに高城氏がスピーカーエンクロージャには(つまり音づくりについて)アマチュアだったかを知り,私は笑ってしまったが,音というのはそれぐらいコワイものだ。

 諸君が,スピーカーを,アンプやカートリッジを変えれば音がよくなると期待する気持は痛いほどわかる。私自身が,そうして一応かえられるだけのものは世評のよいものに変えてきた。その私が老婆心で言う。客観的に,およそ,最高のパーツなどはあり得ない。

 高城さんのお宅で自慢のホーンの音を幾度か私は聴いている。たしかに歪のない,スケールの大きな重低音をきくことが出来る。だが進呈するといわれたら私はことわるだろう。これは私一個の好みではなくて,奈良のN氏も同様の意見だった。「評判倒れで失望しました」N氏は試聴のあと,悲しそうにつぶやいた。高城先生を私は譏るつもりは毛頭ない。何処かにこれこそと唸るような素晴らしいステレオが鳴ってくれていることをわれわれは期待し,夢想してきた,その期待が高城家で裏切られたということだけの話である。

 では高城先生の音の,どこが気にくわなかったか?

 一言でいえば,音は鳴っているが楽器がない。その位置が明らかでない。人声をきくと一層これは明瞭で,たしかにソプラノを聴いても,バスをきいても倍音の余分な音をともなわずナチュラルな感じで鳴る。藤原義江氏の言葉ではないが,「トゥイーターとかいうやつは,シャ,シィ,シュ,シェ,ショとしか唄わん」ような悪声ではない。併し歌手がいない。高城家のあのリスニングルームで,どこからともなく空間いっぱいに,バリトンや,ソプラノのアリアがきこえているだけだ。声を出す人間 ―歌手の貌がない。姿がない。化け物である。これを私はと称する。
https://blogs.yahoo.co.jp/jazz_hiroshi_classic/56197314.html

オーディオマニアの喜び(二)五味康祐
https://blogs.yahoo.co.jp/jazz_hiroshi_classic/56197334.html


オーケストラも同様だった。各楽器群が,とりわけティンパニィが,凄まじい迫力をきかせるが,ティンパニィがうまく鳴れば交響曲を理解できうると思える人は仕合せである。それにティンパニィや大太鼓はオーケストラの当然後方上段に置かれている。うしろで轟かねばならないのに高城先生宅ではその位置不明で,突如として,いかにも皮を敲く音だけがとび出してくる。

 或る意味で,これは高城氏の責任ではなく,2トラックで立体感を出そうというステレオの致命的欠陥かもわからない。或いはマルチアンプシステムの,又はトランジスターアンプの欠陥かも。或る人の説では,スピーカーの指向性を排除しようとすればどうしてもそうなると言うことだった。つまり無指向性を企図すると楽器の定位はくずれるらしい。が,果してそれだけの理由で,正体不明の音になるのかどうか,シロウトの私には分からない。

 私自身は,今は音質そのものより音像に心ひかれる。本誌で今度特集しているマルチアンプシステムへの諸段階を,私も試聴してみた。たしかに,全域のスピーカーで鳴らすよりは,トゥイーター,スコーカーを加える方が音の歯切れはよくなった。交響曲でたとえると,部分的に,トゥイーターをつけた方が第一ヴァイオリンの音抜けはいい。ウーファーを加えた方が低弦の延びはいい。だがその代り,各楽器群はそれぞれ音の自己主張をやりだし,指揮者はいなくなってしまう。何のために指揮者はタクトを振るのか。ひっきょうは音の統一と,調和を欲するからだろう。音楽のハーモニィとはそういうものだろう。音楽を鑑賞するのに(ことにクラシックの場合)音の統一を失っては演奏とはいえまい。ピアノソナタでも同様で,3ウェイにしたら音質そのものは良くなろうが,極言すれば右手はスタインウェイを,左手はヤマハをたたいている。単体のスピーカーなら,音質は多少劣っても同じピアノを弾いている。

 くり返すが,そんな,或る部分の音の良さで再生装置が改良されたと思い込むのは,早計だと私は言いたいのである。ティンパニィがうまく鳴れば,ティンパニィのよくきこえるレコードばかりを集めたくなるのは人情だ。音楽鑑賞の本質から,それが,どれほど君自身を毒して行くかを言っておきたい。一応市販されるものの最高のチューナーや,アンプや,エンクロージァを買い揃え,いろいろ日数をかけて聴きくらべた私のこれは実感だ。マッキントッシュは確かにいい。その良さはジムランにもマランツにもクワードにも求められない。しかし同時に,それだけの良さに比肩する別な美点をジムランはもっている。マランツはもっている。クワードが更にはサンスイのAU777さえがもっている。あなたがサンスイをマッキントッシュにかえたところで,あなた自身が享受する音質向上は,音楽そのもの,曲そのものの感銘に較べればわずかなものだ。ステレオ雑誌の宣伝文や広告にまぎらわされてはならない。一応の水準で鳴っているなら,装置に金をかけるよりレコードを1枚でも多く買いたまえ,名曲を聴きたまえ。さんざん装置に金をかけた私が自分の愚かさを痛感して,これを言う。コンクリートホーンでオルガンの重低音やペダルの音がなまなましく聴こえれば嬉しくなって,オルガンばかり鳴らしたくなる。人に聴かせたくなる。あげくの果ては,台風で物干し台のこわれる音など録音して随喜する。高城先生への皮肉ではない。私自身が同じコンクリートホーンで,そういう音に狂喜したアホウさを体験したから言うのである。

 オーディオの世界は,アンプやスピーカーシステムをアテにして語られるべきものではない。生活するあなた自身が,日常生きているその場で論じるべきものだ。音色を支配するのはパーツではなく,あなたの生活だ。部屋だ。経済的余裕ができれば,広いリスニングルームを建てればよい。そこで初めて,その部屋にふさわしいパーツが見出されるであろう。

 オーディオマニアの喜びは,遂に,生活している場所にふさわしい音楽美をつくり出す所にある。コンクリートホーンでなければ低音が出ないなどとウソぶくやからは,度し難い偏執狂だ。私は断言するが,高城家のオールホーンの音より,私の家のタンノイオートグラフより,あなたの部屋の音楽がつまらないなどということは,絶対にあるわけがない。アンプは国産だろうと単体スピーカーであろうと,あなたがその装置で音楽を聴き込んでいる限り,他人のどんな装置よりもあなたには,大切なはずだ。その大切さがあなたの内面に音楽を生む。

                     
▲△▽▼


【ジャズ・ヒロシの感想】

 五味康祐氏が書いた「オーディオマニアの喜び」という記事は,ステレオサウンド第六号に掲載されたものである。

 五味氏がテレフンケンS8型を購入したのは,10年前というから,1958年のことになる。

 テレフンケンS8型を120万円を出して購入したと書かれているが,昭和33年のことだから,当時の金額としてはかなりのもの,高級品だったのだろう。

 五味氏の芥川賞受賞が,昭和28年のようだから,もうその頃は,人気作家として多額の印税が入っていたものと思われる。そうでないと,買えない代物だ。

 だから,最高級のアンプやSPなどゲットするという,オーディオ三昧の生活でもあったのだろう。

 しかし,オーディオは最高級のものを揃えたからといって,いい音を求めれば,これでいい,これで終わりということのない,きりのない世界で,それなりの悩みというか苦悩というか,音に対する不満が伴うという,正にオーディオ地獄だともいわれている。

 ここに書かれている五味氏のオーディオに関する内容は,そんな経験なくして言えないことを覗わせる。

 五味氏によれば,テレフンケンS8型の音は悪く,聴くに耐えないが,FM放送だけは,高城氏設計のコンクリートホーンより音がいいという。

 五味氏とはレベルが違うけれども,私が最初に国産としては高級の部類に属するコンポを揃えたときに,FM放送の方が音がいいと思った。

 しかも,チューナーはソニーのST5150という普及品で,アンテナはチューナーに付属するオマケ(とりあえず受信できる)のようなものだった。

 当時は,オーディオにズブのシロウトだったし,オーディオの友人からは,FMの帯域は,50Hz〜15,000Hzしかないから・・・・みたいにいわれたこともあって,FMの音についてどうこうといいにくかった気がしていた。

 これは私の推測だが,ⅬP再生の最大の要は,ハウリングにある。ハウリング・マージンという言葉があるが,盤を回さないで針をレコードの上に乗せ,アンプのボリュームを上げていき,ハウリングが起きないところまでが,そのマージンだというわけである。

 しかし,現実はリアルタイムに音を出しているわけだから,そのマージン内においてもその影響は少しはあるのではないかと思っている。

 したがって,ⅬP再生する限り,その影響から逃れるのは難しいが,その心配のないFM放送は,それだけクリアとなるので,音がいいと思われるのではないか。

 まして,テレフンケンS8型のようなコンソール型は,その点,全く不利となると思われる。

 しかしあの岩崎千明氏はパラゴンの上にマイクロのターンテーブルを載せていたようだが,このような例外もあるから,オーディオは難しい。

 FM放送のレンジが狭いといっても,長岡鉄男氏によれば,ⅬPで20K以上伸びているものは少なく,大抵は15Kあたりで下降しているといっているし,下だって50までとはいうけれど,20とか30あたりがフラットになる市販のSPだって殆どないんじゃなかろうか。だいいちそんな低音が出ていたら,家のどこかが振動してしょうがなくなるのではなかろうか。

 というわけで,5素子くらいの本格的FMアンテナと高級チューナーがあれば,ナマ放送は勿論のこと,レコード(今はデジタルか?)の放送でもいい音で聴けると思う。

 さて,「われわれが知っている以上に,音は部屋がつくる。スピーカーやアンプではない。」といっているが,これは私の経験上もそうだと思う。アバウトでいうと,半々(機器50%,部屋50%)じゃないかと思う。

 よくステレオサウンドで,菅野氏がオーディオ好きの家を訪問し何種類かのSPを聴いて,どのSPも家人の好みの音になっているというようなことを言っているが,部屋が同じならば,音は似てくるんじゃないかと邪推しているのだが・・・・

 ところで,記事にある高城重躬氏のコンクリートホーンのことだけど,もう30年くらい前のことだが,都立大附近を歩いていたら,偶然屋根の部分にそのホーンの外形のある家を見つけたことがあった。一般の人が見たら,なんじゃコリャ?となるでしょうね(笑)。

 ところで,音楽は好きだけど,オーディオには興味ないという向きもあろうかと思う。私もオーディオに目覚める前は,全く興味がなかった。

 その頃は,中高生の時で,近所のおじさんのステレオでクラシックに目覚め,我が家にもとねだりステレオを買ってもらった。バイトで稼いだ金でショルティ,ウイーン・フィルによるワグナーの楽劇「ジークフリート」を買った。しかし後年本格オーディオを聴いて分かったことだが,冒頭のティンパニィが奏する弱音のトレモロがおじさんのステレオでも我が家のステレオでも聴こえなかった。そういうプアなステレオでクラシックを聴いて,それなりに分かったと思ってるんだから,何ともいいようがありません。

 これは音がいい悪い以前の問題かもしれませんが,その頃はそれなりに音楽を楽しみ,音がどうのということは全く考えていなかった,意識していなかった。このままオーディオに興味を示さずに,音楽を聴いてきたとなれば,音楽を一人よがりの間違った理解で済ませてしまったかもしれない。

 まあ,あの頃はステレオといったって,ターゲットは多数派の昭和歌謡層で,クラシックを聴く層なんぞ意識していなかったのだろうし,まして造る方もクラシックの素養があったかどうか疑わしい(笑)。

 しかし,現代はそういうプアな音を聴かせる機器はないんだろうね。よくわかりませんが(笑)。

 まあ,人間の耳だって,出ている音なのに気がつかないということだってあるわけですから,どちらでもいいのかも知れません(笑)。

 さて,「音は鳴っているが楽器がない。」という話があるが,これはかなり高度なことなのかもしれない。

 昔はよく音像型と音場型というSPの分類をしていた。この分類によれば,それは前者なのかも知れないが,そういう問題ではないのかも知れない。

 声楽(声も楽器)でいうと,口から出る音だけが声ではなく,体全体で響いてくる音が声としての楽器であり,それとともに,そこで歌われているステージ感というようなものが感じられる(臨場感)のが理想だと思うのだが,オーディオ再生でそれが実現できているのかどうか,よくわからない。

 また,私がナマのオケで聴いた印象は,楽器の定位は分からなかった。定位というのは,オーディオに固有のことなのかも知れない。虫の音だって定位は分からない。それが分かれば,虫を捕まえることができるだろう。

 五味氏は「あなたがサンスイをマッキントッシュにかえたところで,あなた自身が享受する音質向上は,音楽そのもの,曲そのものの感銘に較べればわずかなものだ。」という件以下最後まで,自身のアホウさとその戒めを込め,読者に訴えている。

 その中で「オーディオマニアの喜びは,遂に,生活している場所にふさわしい音楽美をつくり出す所にある。」というのが,このエッセイのテーマへの回答だが,それには音響機器の使いこなしや音楽的素養が求められるのだろう。

 その努力の結果,音楽美が少しづつつくり出され,それは「他人のどんな装置よりも」自分自身にとって大切なものとなり,「その大切さがあなたの内面に」あらたな音楽の発見を生む,ということなのだろう。
https://blogs.yahoo.co.jp/jazz_hiroshi_classic/56197334.html

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