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オウム真理教:松本智津夫死刑囚ら7人の死刑執行 ! オウム真理教とは ?
http://www.asyura2.com/10/nametoroku6/msg/10405.html
投稿者 青木吉太郎 日時 2018 年 7 月 07 日 21:53:42: jobfXtD4sqUBk kMKW2Itnkb6YWQ
 


オウム真理教:松本智津夫死刑囚ら7人の死刑執行 ! 

 オウム真理教とは ?

(www.asahi.com:2018年7月6日10時31分より抜粋・転載)

朝日デジタル・浦野直樹:

 法務省は、7月6日、1995年3月の地下鉄サリン事件など計13事件で27人を死なせたとして有罪が確定した、オウム真理教元代表の松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚(63)ら7人の教団元幹部の死刑を執行したと発表した。一連の事件では13人の元教団幹部の死刑が確定しており、執行は初めて。

 松本死刑囚の死刑は、東京拘置所で執行された。2006年に死刑が確定しており、12年を経ての執行となった。他に執行されたのは、東京拘置所の土谷正実(53歳)、遠藤誠一(58歳)、大阪拘置所の井上嘉浩(48歳)、新実智光(54歳)、広島拘置所の中川智正(55歳)、福岡拘置所の早川紀代秀(68歳)の各死刑囚である。

 刑事訴訟法は、「確定から6カ月以内」に、法務相が執行を命じなければならないとするが、共犯とされた、被告の裁判が続いている間は、執行を避ける傾向にある。松本死刑囚の判決確定後も、元信徒らの公判が、続いていたが、地下鉄事件などで、特別手配されながら、17年間逃亡した、高橋克也受刑者(60歳)=無期懲役=の判決が、2018年1月に確定し、すべての裁判が終了した。

執行の時期が、注目を集めていた。

 松本死刑囚は、熊本県出身。1984年に「オウム神仙の会」を立ち上げ、オウム真理教に改称して1989年に、東京都から宗教法人として認証された。確定判決によると、教団への批判を封じ込め、警察などによる、捜査を回避するため一連の事件を、元幹部らに指示した。

◆坂本弁護士事件で、3人殺害、松本サリン事件で、

7人殺害、地下鉄事件で、12人を殺害、信徒ら4人殺害 !

 確定判決によると、松本死刑囚らは、1989年11月の坂本弁護士事件で、3人、1994年6月の松本サリン事件で7人、地下鉄事件で、12人を殺害したほか、1989〜1994年に信徒ら3人、一般人1人を殺害し、1995年には、信徒の家族を拉致して麻酔薬の過剰投与などで死なせた。

松本死刑囚は、3件の殺人未遂、サリンプラント建設の殺人予備、自動小銃密造の武器等製造法違反の罪でも、有罪が確定した。

 松本死刑囚は、1995年5月に逮捕され、裁判は、1996年4月から東京地裁で始まった。弁護側は事件について「弟子の暴走」などと主張したが、2004年2月の一審判決は、「首謀者」と認定して死刑を言い渡した。松本死刑囚は、当初は、起訴内容を争う姿勢もみせたが、途中から、弁護団の接見に応じなくなり、事件の詳細を語ることはなかった。

公の場に姿を見せたのは、一審判決が最後となった。

 控訴審では、弁護団が精神鑑定の実施を求め、訴訟能力の有無が焦点となった。東京高裁が依頼した鑑定では、「訴訟能力を失っていない」との結論が出たが、弁護団は、「被告と意思疎通ができない」として、控訴趣意書の提出を拒否した。高裁は、2006年3月、公判を開かないまま、控訴棄却で裁判を打ち切り、2006年9月に最高裁が、弁護団の特別抗告を棄却し、死刑が確定した。

 松本死刑囚の家族は、2008年11月に再審を請求したが、2010年9月に最高裁で退けられた。

その後も請求を繰り返したが、いずれも認められなかった。(浦野直樹)

     ◇

 安倍晋三首相は、7月6日午前10時前、参院本会議に出席するため、首相官邸を出る際、記者団から、オウム真理教元代表の松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚らの、死刑執行について問われたが、無言だった。

◆確定判決が認定した松本死刑囚の犯罪事実(カッコ内は罪名)

@1989年2月 元信徒の田口修二さんを殺害(殺人)

A89年11月 坂本堤弁護士一家3人を殺害(殺人)

B93年11月〜94年12月 サリンプラント建設(殺人予備)

C94年5月 滝本太郎弁護士をサリンで襲撃(殺人未遂)

D94年6月 長野県松本市内でサリンを発散、住民7人を殺害(殺人、殺人未遂)

E94年6月〜95年3月 自動小銃を密造(武器等製造法違反)

F94年1月 元信徒の落田耕太郎さんを殺害(殺人、死体損壊)

G94年7月 元信徒の冨田俊男さんを殺害(同)

H94年12月 水野昇さんを猛毒のVXで襲撃(殺人未遂)

I94年12月 浜口忠仁さんをVXで殺害(殺人)

J95年1月 永岡弘行さんをVXで襲撃(殺人未遂)

K95年2月 仮谷清志さんを拉致監禁し、麻酔薬の過剰投与などで死なせた

(逮捕監禁致死、死体損壊)

L95年3月 東京の地下鉄車内でサリンを発散、12人を殺害(殺人、殺人未遂)

災害・交通情報

(参考資料)

オウム真理教とは ?

(ウイキペデリアより抜粋・転載)

青山総本部(東京・南青山、1994年、2015年4月解体)

オウム真理教(おうむしんりきょう)は、かつて存在した麻原彰晃を開祖とする新興宗教。日本で初めて化学兵器のサリンを使用し、無差別殺人を行ったテロ組織でもある。

○概説

教祖である麻原彰晃(本名:松本智津夫)はヒマラヤで最終解脱した日本で唯一の存在で空中浮揚もできる超能力者であり、その指示に従って修行をすれば誰でも超能力を身に付けることができるなどと言って若者を中心とする信者を多く獲得した。
マスメディアではオウム真理教出家者が理系の高学歴者ばかりで構成されていたかのようなイメージで報道されたが、多くの宗教団体にありがちなように、実際は社会で普通に生きてゆくことに疑問を感じたり社会に居場所をなくした人たちや、DV被害者、被虐待児、精神疾患、発達障害、パーソナリティ障害を持つものなども多く、こうした社会的弱者の構成員も多かった[5]。

教義的にはヒンドゥー教や仏教といった諸宗教に合わせ、ノストラダムスの予言などのオカルトもミックスした独特のものとなっていた。
当初はヨーガのサークルに過ぎなかったものの次第に常軌を逸した行動が見え始め、出家信者に全財産を布施させたり、麻原の頭髪や血、麻原の入った風呂の残り湯などの奇怪な商品を高価で販売するなどして、多額の金品を得て教団を拡大させた。
内部では懐疑的になって逃走を図った信者を拘束したり殺害するなどして、1988年から1994年の6年間に脱会の意向を示した信者が判明しているだけでも5名が殺害され、死者・行方不明者は30名以上に及び、恐怖政治で教祖への絶対服従を強いていた。
当初より奇抜、不審な行動が目立ったため、信者の親などで構成される「オウム真理教被害者の会」(のちに「オウム真理教家族の会」に改称)により、司法、行政、警察など関係官庁に対する訴えが繰り返されたが、取り上げられることなく、その結果、坂本堤弁護士一家殺害事件をはじめ松本サリン事件、地下鉄サリン事件などのテロを含む多くの反社会的活動(「オウム真理教事件」)を起こした[6][7]ほか、自動小銃や化学兵器、生物兵器、麻薬、爆弾類といった教団の兵器や違法薬物の生産を行っていた[2]。

1996年(平成8年)1月に宗教法人としての法人格を失ったが活動を継続。2000年(平成12年)2月には破産に伴い消滅した。同時に、新たな宗教団体アレフが設立され、教義や信者の一部が引き継がれた。アレフは後にAlephと改称され、また別の仏教哲学サークルひかりの輪が分派した。

○教団の再武装化

「麻原彰晃#マハーヤーナとヴァジラヤーナ」も参照

1993年(平成5年)前後から再び麻原は教団武装化の「ヴァジラヤーナ」路線を再開[30]。武力を保有するため、オカムラ鉄工を乗っ取りAK-74の生産を試みたり(自動小銃密造事件)、NBC兵器の研究を行うなど教団の兵器の開発を進めた。1993年以降は麻原がオウム真理教放送等を除くメディアに登場することはなくなり、国家転覆を狙った凶悪犯罪の計画・実行に傾斜してゆく。

この中で土谷正実、中川智正、滝澤和義らの手によってサリンなど化学兵器の合成に成功。1993年より、これを利用した池田大作サリン襲撃未遂事件、滝本太郎弁護士サリン襲撃事件を起こし、敵対者の暗殺を試みた。さらに第7サティアンにおいてサリン70トンの大量生産を目指した(サリンプラント建設事件)。

また生物兵器の開発も再開し、遠藤誠一、上祐史浩らが炭疽菌を用いて亀戸異臭事件などを起こしたが、こちらは成功しなかった。

この頃には、アメリカから毒ガス攻撃を受けていると主張するようになり、車には空気清浄機を付け、ホテルでは大真面目に隙間に目張りをしていた。
ヘリコプターが通過する際には、毒ガスだと言って車に駆け込み退避するよう命じる有り様だった[5]。
中川智正によると、この被害妄想は1993年10月頃に第2サティアンの食物工場から二酸化硫黄を含む煙が出た事故を、毒ガス攻撃と思い込んだことから始まったという[39]。

○洗脳の強化

過激化とともに布施の強化が図られ、社会との軋轢が増すにつれ、教団内部に警察などのスパイが潜んでいるとしきりに説かれ、信者同士が互いに監視しあい、密告するよう求められるようになる。
麻原は信者に対して「教団の秘密を漏らした者は殺す」「家に逃げ帰ったら家族もろとも殺す」「警察に逃げても、警察を破壊してでも探し出して殺す」と脅迫していたという[40]。教団内の締め付けも強くなり、薬剤師リンチ殺人事件、男性現役信者リンチ殺人事件、逆さ吊り死亡事件などが発生した。

1994年からオウムでは違法薬物をつかったイニシエーションを次々と実行するようになり、LSDを使ったイニシエーションが在家信者に対しても盛んに行われた(LSDは麻原自身も試している)[41]。費用は100万円であったが、工面できない信者には大幅に割引され、5万円で受けた信者もいる[42]。
LSDを使った「キリストのイニシエーション」は出家信者の殆どに当たる約1200人と在家信者約200〜300人、LSDと覚醒剤を混ぜた「ルドラチャクリンのイニシエーション」は在家信者約1000人が受けた[43]。

また、林郁夫によって「ナルコ」という儀式が開発された。「ナルコ」は、チオペンタールという麻酔薬を使い、意識が朦朧としたところで麻原に対する忠誠心を聞き出すもので、麻原はしばしば挙動のおかしい信者を見つけると林にナルコの実施を命じた。
麻原は林に、信者達の行動を監視するよう命じ、信者が自分の仕事の内容を他の信者へ話すことすら禁じていた。[要出典]林郁夫はさらに「ニューナルコ」と呼ばれる薬物を併用した電気ショック療法を使い始め、字が書けなくなったり記憶がなくなっている信者が見つかっている。
他にも、村井秀夫によりPSIという奇妙な電極付きヘッドギアが発明され、教団の異質性を表すアイテムとなった。

洗脳は出家信者の子どもにも及び、PSIを装着させたり、LSDを飲ませたり、オウムの教義や陰謀史観に沿った教育をしたりしており、事件後に保護されたオウムの子どもたちが口を揃えて「ヒトラーは正しかった、今も生きている」などと語っている光景も目撃されている[44][43]。

 

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