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http://www.asyura2.com/10/test19/msg/787.html
投稿者 SOBA 日時 2010 年 8 月 12 日 16:50:27: LVbi13XrOLj/s
 

広島、長崎大量虐殺実使用を含め、世界中で行われた核実験(核爆発)を世界地図上に視覚化した映像作品、必見です。
http://soba.txt-nifty.com/zatudan/2010/08/t-b102.html


 マスコミが「平和祈念式」を「平和記念式」と誤記して報道している事についても後ろの方でまとめておきました

 まず、Twitterのご紹介。

haihain2 ぜひ観てほしいので再投稿。世界中で行われた核実験を世界地図上に視覚化した映像作品です。作者は箱根ラリック美術館の学芸員でもある橋本公さん。http://www.ctbto.org/specials/1945-1998-by-isao-hashimoto/

↑↓上記リンク先です。

"1945-1998" by Isao Hashimoto

http://www.ctbto.org/specials/1945-1998-by-isao-hashimoto/

 ぜひ、リンク先で映像を見て下さい。

(クリックで拡大します)
194519981_21、右上に1945年の数字、その左となりに7月、初めて原爆が爆発した年月日です。星条旗の右に「0」とありますが、光の点が消えるのと前後して1発目を表すように「1」と変わります。

194519983_22、1945年8月6日、広島です。

1945199843、星条旗の右「1」はこの後すぐに「2」に変わります。14万人の市民が無差別虐殺されました。戦時国際法違反です(ハーグ陸戦条約、非戦闘員無差別殺害の禁止違反)。U.S. Massacre 140000 PEOPLE in NAGASAKI. IT'S VIOLATION of Hague Convention.

1945199854、1945年8月9日、長崎です。

1945199865、星条旗の右「2」はこの後すぐに「3」に変わります。7万4千人の市民が無差別虐殺されました。U.S. Massacre 74000 PEOPLE in NAGASAKI. IT'S VIOLATION of Hague Convention.

1945199876、1962年11月です。前月の10月15日から13日間はキューバ危機と言われた頃です。核ミサイルを積んだソ連の船がキューバを目指し、米国のケネディ大統領は力ずくでそれを阻止する姿勢を見せ一色触発であわや核戦争かと言われた時期です。映像ではピッピッの時刻を刻む音の合間にポーポーと核爆弾爆発の効果音が使われていますが、この頃は盛んに音が鳴りまくります。恐ろしいくらいに音が続きます。このキャプチャ画像ではソ連200発、米国295発、英国22発、フランス6発、計523発と表示されています。

1945199887、1979年8月です。12月24日にはソ連がアフガニスタンに軍事介入し一挙に緊張が高まった頃です。新冷戦時代と言われるようです。核爆発の数は1531発になっています。

1945199898、1998年、2053発で終わっています。画像ではそれまでの核爆発をあらわすように沢山の光が表示されています。

※末尾に、8月6日菅総理の「広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式あいさつ」と各紙社説やコラムを採録しておきました。さすがに官邸発表の挨拶には「平和祈念式」と正確に表示されていましたが、他の大手新聞社では「平和記念式」と誤記されているのがあり驚きました。広島で14万人、長崎で7万4千人の市民(非戦闘員)が一瞬のうちに無差別虐殺されているのに平和祈念式ではなく何が平和記念式なのか。片や平和を祈る、強く念ずる祈念、片や記念写真の記念。さり気なくマスゴミが歩調を合わせているような感じもあるので、これも一つの洗脳マスコミ・スクラム?

 広島現地もちょっと何だかなぁな所がありますね。平和記念公園、広島平和記念資料館、広島平和記念資料館本館です。さすがに次のは記念は使えず国立広島原爆死没者追悼平和祈念館になっています。

 参考で同じく酷い戦禍を被った沖縄を調べてみました。すべて「祈念」になっています。沖縄戦跡国定公園内にあるのは沖縄平和祈念公園、沖縄県平和祈念資料館、平和祈念堂でした。意識の差がこうした表現に出ているのでしょう。

(クリックすると拡大)
Photo1、広島平和記念資料館

Photo_22、さすがに、こちらは「記念」は使えず、国立広島原爆死没者追悼平和祈念館となってます。

 
 次に、沖縄です。

Photo_33、沖縄県平和祈念資料館

Photo_44、沖縄平和祈念

Photo_55、沖縄戦跡国定公園内にあるのは平和祈念公園

 
 以下、Twitterです。

 
一本の鉛筆
http://www.youtube.com/watch?v=zAYfXb3FnNU&fmt=18

 
 ソプラノ歌手丹藤まさみさんの一本の鉛筆です。(元々美空ひばりの歌をカヴァー、ひばりが最初に歌ってから34年後の2008年広島にて)


 以下、資料として採録。最初に菅総理のあいさつで官邸HPから。その後で、各紙社説やコラムを採録。官邸発表の挨拶には「平和祈念式」と正確に表示されていますが、他の大手新聞社では「平和記念式」と誤記されているのがあり驚きです。広島で14万人、長崎で7万4千人の市民(非戦闘員)が一瞬のうちに無差別虐殺されているのに何が平和記念式なのか。

 一番酷かったのは8月6日付け読売の挨拶全文紹介記事。下記有るようにテキストは官邸から配布されるはずで、間違える事自体おかしな話しですが、読売の紹介記事では本文では「平和祈念式」と正確に書いているのに表題の方で「平和記念式」と書いています。IBタイムズも酷かった。表題では書いていないのですが、記事の最初の所で――「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」平和記念式典が開かれ――なんてやってます。わざわざ言葉を繰り返して間違えています。沖縄タイムズの6日付け社説は正確に「平和祈念式」ですがコラムの大弦小弦では「平和記念式」。京都新聞の6日付けでは正確に「平和祈念式」ですが、同じ6日付けコラム凡語では短いコラム中で3個も「平和記念式」とやってます。朝日は6日付けで「平和記念式」と間違えるも10日付け社説では「平和祈念式」と書いています。あとは推して知るべしでもう滅茶苦茶、今の新聞社と言うのは校正係が居ないのかも知れないですね。

 
広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式あいさつ【官邸】
http://www.kantei.go.jp/jp/kan/statement/201008/06aisatu.html

 広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式に当たり、原子爆弾の犠牲となられた方々の御霊に対し、謹んで哀悼の誠を捧げます。
そして今なお被爆の後遺症に苦しまれている方々に、心からお見舞いを申し上げます。
 核兵器の惨禍を、人類は二度と繰り返してはなりません。唯一の戦争被爆国である我が国は、「核兵器のない世界」の実現に向けて先頭に立って行動する道義的責任を有していると確信します。私は、様々な機会をとらえ、核兵器保有国を始めとする各国首脳に、核軍縮・不拡散の重要性を訴えてまいります。また、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向け、日本国憲法を遵守し、非核三原則を堅持することを誓います。

 昨年四月のオバマ大統領のプラハ演説を契機に、核軍縮・不拡散に向けた動きが活発化してきています。
 こうした中、本日の式典には、潘基文国連事務総長、さらにはルース駐日米国大使を始め七十か国を超える国の代表の方々が出席されています。心より歓迎いたします。日本国民の、二度と核による被害をもたらさないで欲しいという思いを受けとめていただくよう祈念いたします。

 核兵器廃絶を訴えるNGOである「平和市長会議」に加盟する都市は、広島や長崎を筆頭に、世界で四千を超えています。こうしたNGOや市民を母体とする活動は、世界的な核軍縮の気運を高めていく上で、重要な役割を果たしています。
 五月の核兵器不拡散条約運用検討会議の際には、百人近くの被爆者の方々がニューヨークに赴き、会場や街頭で、核兵器被害の悲惨さを訴え、秋葉広島市長も現地で尽力されました。この会議が最終文書採択という成果を収めた背景には、こうした被爆者の方々とそれを支援するNGOや市民の方々の貢献がありました。
 今後は、被爆者の方々が例えば「非核特使」として日本を代表して、様々な国際的な場面で、核兵器使用の悲惨さや非人道性、平和の大切さを世界に発信していただけるようにしたいと考えています。
 政府としても、将来を見据えた具体的な核軍縮・不拡散の措置を積極的に提案し、国際社会の合意形成に貢献していく決意です。

 政府は、被爆により苦しんでおられる方々に、これまで保健、医療及び福祉にわたる総合的な援護策を講じてまいりました。
 長く続いてきた原爆症認定集団訴訟については、昨年八月に終結に関する確認書を交わしました。この確認書に基づき、控訴の取下げや基金の創設などを行っています。
 一方、原爆症の認定を待っておられる方々に関しては、一日でも早く認定すべく最善を尽くしたいと思います。さらに、法律改正による原爆症認定制度の見直しについて検討を進めてまいります。
 また、母親の胎内で被爆された方々やご家族のご要望を踏まえ、こうした方々への支援体制も強化します。

 結びに、犠牲となられた方々の御冥福と、被爆された方々並びに御遺族の皆様の今後の御多幸を心からお祈りし、併せて参列者並びに広島市民の皆様の御健勝を祈念申し上げ、私のあいさつといたします。

 平成二十二年八月六日
内閣総理大臣 菅直人

 
長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典あいさつ【官邸】
http://www.kantei.go.jp/jp/kan/statement/201008/09aisatu.html

 長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に当たり、原子爆弾の犠牲となられた方々の御霊に対し、謹んで哀悼の誠を捧げます。
 そして今なお被爆の後遺症に苦しまれている方々に、心よりお見舞いを申し上げます。

 核兵器の惨禍を、人類は二度と繰り返してはなりません。唯一の戦争被爆国である我が国は、「核兵器のない世界」の実現に向けて先頭に立って行動する道義的責任を有していると確信します。私は、様々な機会をとらえ、核兵器保有国を始めとする各国首脳に、核軍縮・核不拡散の重要性を訴えてまいります。そして、将来を見据えた具体的な措置を積極的に提案し、国際社会の合意形成に貢献していく決意です。また、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向け、日本国憲法を遵守し、非核三原則を堅持することを誓います。

 昨年四月のオバマ大統領のプラハ演説を契機に、核軍縮・核不拡散に向けた動きが活発化してきています。
 こうした中、本日の式典には、三十か国を超える国の代表の方々が出席されています。心より歓迎をいたします。日本国民の、二度と核による被害をもたらさないでほしいという思いを受けとめていただくよう祈念いたします。また、焦土の中から立ち上がり、国際色豊かな観光都市・平和都市となった長崎の姿をご覧になってください。

 核兵器廃絶を訴えるNGOである「平和市長会議」に加盟する都市は、長崎や広島を先頭に、世界で四千を超えています。こうしたNGOや市民を母体とする動きは、世界的な核軍縮の気運を高めていく上で、重要な役割を果たしています。
 五月の核兵器不拡散条約運用検討会議の際には、被爆者を始め百人近くの方々がニューヨークに赴き、会場や街頭で、核兵器被害の悲惨さを訴えられたと承知をいたしております。この会議が最終文書採択という成果を収めた背景にも、こうした被爆者の方々とそれを支援するNGOや市民の方々の貢献がありました。
 今後は、被爆者の方々が例えば「非核特使」として日本を代表して、様々な国際的な場面で、核兵器使用の悲惨さや非人道性、平和の大切さを世界に発信していただけるようにしたいと考えております。
 長崎市では、市民が「平和案内人」として被爆の跡を修学旅行生にガイドする活動などが展開されています。若い世代が被爆者の声を聴き、その思いを受け継ぐ取組もあります。
 核軍縮・核不拡散に向けた教育活動を世界に広げるため、長崎・広島の両市や国連と連携し、被爆者の体験談を英語等外国語に翻訳し、各国に紹介する取組を進めたいと考えております。

 政府は、被爆により苦しんでおられる方々に、これまで保健、医療及び福祉にわたる総合的な援護策を講じてまいりました。
 長く続いてきた原爆症認定集団訴訟については、昨年八月に終結に関する確認書を交わしました。この確認書に基づき、控訴の取下げや基金の創設などを行っています。
 一方、原爆症の認定を待っておられる方々に関しては、一日でも早く認定すべく最善を尽くしたいと思います。さらに、法律改正による原爆症認定制度の見直しについて検討を進めてまいります。
 また、母親の胎内で被爆された方々やご家族のご要望を踏まえ、こうした方々への支援体制も強化いたします。

 最後に、私自身のことを、一言触れさせていただきます。私が大学で物理学を専攻した際、原爆開発にも関わったアインシュタイン博士や日本の湯川博士が、核廃絶を呼びかけた「パグウォッシュ会議」のことを知りました。人類の幸福に役立つはずの科学が、人類の生存を脅かす核兵器を生み出したという矛盾です。この会議の活動を学び、自分もこの矛盾を解決したいという思いが、政治を志す私の一つのきっかけになりました。この初心を忘れずに世界から核兵器をなくすその努力を、全力を挙げて取り組んでまいりたいと思っております。

 結びに、犠牲となられた方々の御冥福と、被爆された方々並びに御遺族の皆様の今後の御多幸を心からお祈りし、併せて参列者並びに長崎市民の皆様の御健勝を祈念申し上げ、私のあいさつといたします。

 平成二十二年八月九日
内閣総理大臣 菅直人

 
平和記念式典での菅首相あいさつ全文【読売】
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100806-OYT1T00602.htm

 広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式に当たり、原子爆弾の犠牲となられた方々の御霊に対し、謹んで哀悼の誠を捧げます。

 そして今なお被爆の後遺症に苦しまれている方々に、心からお見舞いを申し上げます。

 核兵器の惨禍を、人類は二度と繰り返してはなりません。唯一の戦争被爆国である我が国は、「核兵器のない世界」の実現に向けて先頭に立って行動する道義的責任を有していると確信します。私は、様々な機会をとらえ、核兵器保有国を始めとする各国首脳に、核軍縮・不拡散の重要性を訴えてまいります。また、核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて、日本国憲法を遵守(じゅんしゅ)し、非核三原則を堅持することを誓います。

 昨年4月のオバマ大統領のプラハ演説を契機に、核軍縮・不拡散に向けた動きが活発化してきています。

 こうした中、本日の式典には、潘基文国連事務総長、さらにはルース駐日米国大使を始め70か国を超える国の代表の方々が出席されています。心より歓迎いたします。日本国民の、二度と核による被害をもたらさないで欲しいという思いを受けとめていただくよう祈念をいたします。

 核兵器廃絶を訴えるNGOである「平和市長会議」に加盟する都市は、広島や長崎を筆頭に、世界で4000を超えています。こうしたNGOや市民を母体とする活動は、世界的な核軍縮の機運を高めていく上で、重要な役割を果たしています。

 5月の核兵器不拡散条約運用検討会議の際には、100人近くの被爆者の方々がニューヨークに赴き、会場や街頭で、核兵器被害の悲惨さを訴え、秋葉広島市長も現地で尽力をされました。この会議が最終文書採択という成果を収めた背景には、こうした被爆者の方々とそれを支援するNGOや市民の方々の貢献がありました。

 今後は、被爆者の方々が例えば「非核特使」として日本を代表して、様々な国際的な場面で、核兵器使用の悲惨さや非人道性、平和の大切さを世界に発信していただけるようにいたしたいと考えています。

 政府としても、将来を見据えた具体的な核軍縮・不拡散の措置を積極的に提案し、国際社会の合意形成に貢献していく決意であります。

 政府は、被爆により苦しんでおられる方々に、これまで保健、医療及び福祉にわたる総合的な援護策を講じてまいりました。

 長く続いてきた原爆症認定集団訴訟については、昨年8月に終結に関する確認書を交わしました。この確認書に基づき、控訴の取り下げや基金の創設などを行っております。

 一方、原爆症の認定を待っておられる方々に関しては、一日でも早く認定すべく最善を尽くしたいと思っております。さらに、法律改正による原爆症認定制度の見直しについて検討を進めてまいります。

 また、母親の胎内で被爆された方々やご家族のご要望を踏まえ、こうした方々への支援体制も強化します。

 結びに、犠牲となられた方々のご冥福と、被爆された方々並びにご遺族の皆様の今後のご多幸を心からお祈りし、併せて参列者並びに広島市民の皆様のご健勝を祈念申し上げ、私のあいさつといたします。

 平成22年8月6日 内閣総理大臣 菅直人
(2010年8月6日14時13分  読売新聞)

 
菅首相非核三原則を堅持「核抑止力はわが国に必要」【IBタイムズ】
http://jp.ibtimes.com/article/biznews/100806/58630.html
2010年08月06日 17:20更新

首相官邸で記者会見する菅直人首相。2010年7月30日(ロイター)

 広島は6日、65回目の「原爆の日」を迎えた。

 広島市では「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」平和記念式典が開かれ、菅直人首相はあいさつで「わが国は唯一の戦争被爆国である『核兵器のない世界』の実現に向けて先頭に立って行動する道義的責任を有している」と表明。

 その後広島市内で記者会見し、秋葉忠利市長が平和記念式典での平和宣言で米国の「核の傘」からの離脱を日本政府に呼び掛けたことについて菅首相は「広島
や長崎の惨禍を二度と繰り返してはならないという核軍縮への強い思いをこめておっしゃったと思っております。そうした思いは共通なところがある。しかし、
国際社会では、核兵器をはじめとする大量破壊兵器の拡散の現実もある訳でありまして、そういった引き続き不確実な要素が存在する中では、核抑止力というも
いうものはわが国にとって引き続き必要だと考えます」と述べ核抑止力は日本にとって引き続き必要との認識を示した。

 菅首相は非核三原則について、「私の内閣でも堅持する方針に変わりはない」と述べました。

 菅首相は世界各地で核兵器使用の悲惨さや平和のメッセージを伝えるため、被爆した人たちに「非核特使」をお願いしたいと発言し、被爆者支援については、「法律改正による原爆症認定制度の見直しについて検討を進める」と前向きな姿勢を示した。

 
菅首相が広島で会見「核抑止力は引き続き必要」【読売】
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100806-OYT1T00489.htm

記者の質問に答える菅首相=大久保忠司撮影

 菅首相は6日午前、広島市内のホテルで記者会見し、同市の秋葉忠利市長が平和宣言で「核の傘」からの離脱を求めたことについて、「国際社会では核戦力を含む大規模な軍事力が存在し、大量破壊兵器の拡散という現実もある。不透明・不確実な要素が存在する中では、核抑止力はわが国にとって引き続き必要だ」と述べ、否定的な考えを示した。

 11月の来日が予定されるオバマ米大統領の広島、長崎両市への訪問については、「大統領自身が『訪問は非常に意義深い』と発言されている。私も実現すれば大変意義深いと思う」と訪問への期待を示した。仙谷官房長官は6日午前の記者会見で、「大統領が来られる時にどのくらいの日程を取ることができるのか。(訪問を求める)広島市の要望も含め、話し合いをしなければいけない」と語った。

 仙谷氏は秋葉市長が非核三原則の法制化を求めたことについては、「原則を堅持する方針に変わりはない。わが国の重要な政策として内外に十分周知徹底されており、改めて法制化する必要はない」と述べた。
(2010年8月6日11時49分  読売新聞)

 

 以下、各紙社説など。

[広島・原爆の日]核廃絶のうねり世界へ【沖縄タイムズ】
http://www.okinawatimes.co.jp/article/2010-08-06_8907/

2010年8月6日 09時41分

 1945年8月6日午前8時15分。一発の原子爆弾によって広島は破壊し尽くされ、この日この時刻を境に、世界はおぞましい核時代に突入した。

 あれから65年。広島はきょう、原爆の日を迎える。

 広島市で開かれる原爆死没者慰霊式・平和祈念式にはルース駐日米大使ら米英仏の代表のほか、国連の潘基文事務総長も出席する。

 これまで広島市の出席要請に応じることがなかった米国などの主要核保有国が、今回初めて、式典に出席することになったのはなぜか。

 オバマ米大統領は2009年4月のプラハ演説で「核兵器を使用したことがある唯一の核保有国として、米国には行動する道義的責任がある」と強い決意を示し、「核兵器のない世界」を提唱した。

 米国がオバマ大統領の下で核廃絶へ方向転換したのは、核拡散と核テロの脅威が高まり、冷戦時代の核抑止論では対応できない不安定な状況が生まれているからだ。

 米国民の中には、戦争の早期終結と米兵の犠牲軽減のため原爆投下はやむを得なかった、との見方がまだ根強い。核の信奉者も依然として少なくない。そのような中で、ルース駐日米大使が出席すれば、核廃絶に向けたオバマ政権の本気度を強く印象づけることになるだろう。

 主要な核保有国の代表が、国連事務総長とともに、被爆地で「核兵器のない世界」の実現を誓うことは、大きな意味がある。核廃絶に向けたうねりを後戻りさせてはならない。

 核軍縮の流れを核廃絶につなげていくため国際社会が取り組むべき課題は多い。

 今なお後遺症に苦しみ続けている被爆者の声に耳を傾け、核のほんとうのおそろしさを知ることは、核廃絶に向けた取り組みの出発点である。

 核拡散防止条約(NPT)に基づく核不拡散体制は、イスラエル、インド、パキスタン、イラン、北朝鮮などの核保有、核開発によって土台から揺さぶられており、早急な立て直しが求められている。

 米国の核廃絶の主張が説得力を持つためには、「例外国家」の核保有を黙認する二重基準をなくすことだ。

 米国や同盟国が核攻撃を受けない限り先に核を使わないという「先制不使用」政策も、オバマ政権の本気度を試す試金石になるだろう。

 だが、「核の傘」にこだわる日本政府の中には、先制不使用政策に否定的な声が強いという。被爆国として恥ずかしい話だ。

 「核の傘」に頼る安全保障政策と、非核三原則の国是は、厳密に言えば矛盾する。

 政府はこれまで、その矛盾を隠蔽(いんぺい)し、「核密約」に基づいて核艦船の寄港などを黙認しつつ、国民に向かっては非核三原則を強調してきた。

 核密約の実態が暴露されたことで、非核三原則の中の「持ち込ませず」を改め、非核二原則か非核2・5原則に改めるべきだとの声が出始めている。核廃絶の動きに逆行する議論ではなく、非核三原則の法制化をこそ目指すべきだ。

 
[大弦小弦]

2010年8月6日 09時12分

 熱戦が続く美ら島沖縄総体は今日で10日目を迎える。かんかん照りに突然のスコール、不安定な天候が続くが、培ってきた力を存分に発揮できているだろうか

▼思えばお天道様には開会式から泣かされてきた。式直前は、雨具が役に立たないほど強い風雨に見舞われた。遠雷を聞きながら、ずぶぬれのまま10分近く待たされた空手演武の皆さんが体調を崩さなかったか、今も気にかかる

▼被爆65年の今日は、広島にとって歴史的な一日となる。ルース駐日米大使や英仏の代表、国連の潘基文事務総長が初めて平和記念式典に出席する予定で、核廃絶へ国際機運が高まる中、主要な核保有国が広島に集う意味は大きい

▼平和宣言で秋葉忠利市長は、被爆者の願いを初めて広島弁を使って読み上げ、日本政府には米国の「核の傘」からの離脱と非核三原則の法制化を求めるという

▼「核の傘」の下にある同盟国が核攻撃を受けたとき、報復の義務を米国が本当に果たすか疑問は残るが、唯一の被爆国として核使用に賛成はできないだろう。何より傘の下にいては、原爆の悲惨な歴史を世界に伝え、核廃絶を訴える力を弱める恐れがある

▼やまない雨がないように、対立する国々にも和解の日は来ると思いたい。不安と不信の傘より、黒い雨を降らせないための対話が必要なはずだ。(平良秀明)

 
「原爆忌」/「核なき世界」実現の先頭に 非核三原則の法制化図れ【琉球新報】
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-165938-storytopic-11.html

2010年8月6日

 広島はきょう原爆投下から65年の「原爆の日」を迎える。政府は核廃絶の先頭に立ち「核なき世界」の実現に尽くすべきである。
 「『リトルボーイ』の火の玉に800メートル以内で被爆した人々は、内臓が煮えたぎって蒸発し、1秒の何分の1かのうちに煙を出す黒こげの塊になった」(「原子爆弾の誕生」)
 切れ端になってしまった生地が残っている。赤い飾りボタンとホックから、辛うじて女性が着ていたブラウスと分かる。
 写真家石内都さんが、被爆した人々の遺品を撮った連作の一つ。佐喜眞美術館で開催中だ。原爆投下直後に降った「黒い雨」が染みついた服は、あの日の悲劇を静かに物語る。

■核廃絶へ高まる機運
 核兵器廃絶への期待が高まっている。広島で開催される平和記念式典には、米国のルース駐日大使や潘基文(パンギムン)国連事務総長らが初めて出席する。ほかの核保有国も英国とフランスが初めて出席するほか、ロシアやパキスタン代表も参列する。
 この機運は、米国のオバマ大統領が昨年4月にプラハで行った「核兵器のない世界に向けた具体的な措置を取る」と宣言して以来の動きだ。
 ことし4月、米国とロシアは新たな核軍縮条約に調印し、配備する戦略核弾頭数を、最低水準にまで減らすことに合意した。
 5月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議は、10年ぶりに最終文書が採択され、初めて核兵器禁止条約に言及した。
 このように核兵器廃絶の機運が高まっているにもかかわらず、日本政府の取り組みは不十分だ。
 例えば、NPT再検討会議でニューヨークを訪れた被爆者の大部分が日本政府の取り組みに不満を表明した。唯一の被爆国として核廃絶運動のリーダーシップを期待されているが、再検討会議で十分な存在感を示せなかった。
 それどころか核廃絶の流れに逆行するような動きもある。
 菅直人首相の私的諮問機関「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」が、米国による「核の傘」を評価しているのだ。首相に提出する報告書案は「地域全体の安定を維持するためにも重要」「究極的な目標である核廃絶の理念と必ずしも矛盾しない」と主張している。
 民主党政権は「核廃絶の先頭に立つ」と明言したはずだが、これでは自公政権時代の有識者懇談会報告と変わらない。
 懇談会はまた、国是とも言える非核三原則について「一方的に米国の手を縛ることだけを事前に原則として決めておくことは、必ずしも賢明ではない」とし、事実上、三原則のうち「持ち込ませず」を見直すよう求めている。
 かつて有事の際に日本へ核兵器を持ち込める日米密約を結んだが、三原則見直しで堂々と核兵器の持ち込みを目論(もくろ)む。由々しき事態だ。

■「核の傘」認める矛盾
 被爆国の日本が核兵器の廃絶を求めながら、足元では米国の核に依存する“矛盾”をいつまで続けるつもりなのか。「核の傘」からの離脱を図り、その上で国際社会に対して核兵器禁止条約締結の音頭を取り、国内では非核三原則を法制化するよう政府に求めたい。
 被爆者救済も急ぎたい。広島市が主張するように、「黒い雨」を浴びた人を被爆者に準じて救済する範囲の拡大や、高齢化した被爆者へのきめ細かな援護策が必要だ。
 ことしはアジア・太平洋戦争の終結から65年。国内外でそれぞれ節目の取り組みが行われている。
 大阪大空襲を経験した作家小田実さんはかつて「戦争で殺されるのは市民」であり「えらい人は自分の手で戦争をするようなことはありません。結局、小さな人間の私たちを駆り出して戦争をさせる」と指摘したことがある。
 軍事技術の向上は、大規模爆撃をはじめ、あらゆる火器を組み合わせた地上戦、そして核兵器開発を可能にした。
 その結果、東京大空襲のような無差別都市空襲、一般人を巻き込んだ沖縄戦、そして広島、長崎の原爆投下へとつながった。
 現在でも世界中で戦争は続いている。暴力と報復の負の連鎖を直ちに止めなければならない。決して核兵器を使用させてはならない。
 8月6日は、国際社会が核廃絶を誓う日としたい。

 
原爆忌に考える 太い声で語りんさい【東京新聞】
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2010080602000030.html

2010年8月6日

 いつもと同じ暑い夏、いつもと違った顔ぶれが、初めてここに並びます。ヒロシマの祈り、太い声で伝えますけん、みなさん、よう聞いてくれんさい。

 チラシの言葉が、目について離れません。

 「大事なことはただ一つ。必ず太い声で読まんさいよ」。原爆投下直後の広島を舞台にした「少年口伝隊(くでんたい)一九四五」のチラシです。

 ことし四月に亡くなった井上ひさしさんが二年前、東京・新国立劇場の若い研修生のために書き下ろした約一時間の朗読劇。先月初め市民有志の手によって、広島で初めて上演されました。
 ◆朗読者が頼りなの

 一九四五年のあの日、爆心地に近い中国新聞社では、百十三人の社員と社屋、そして輪転機を失います。しかし、「新聞社が新聞をよう出させんいうんは、いかにも不細工な話ですけえ」と、若い女性社員一人、国民学校六年の少年三人で「口伝隊」を組織します。

 少年たちはメガホンを片手に廃虚を駆け回り、市役所や軍管区からの情報を読み上げます。

 実在のモデルがありました。社史「中国新聞八十年史」には、四人の名前が残っています。時節柄、大本営発表を伝える役目もありました。だが、そこは井上作品です。それだけには終わらせません。被爆の惨状は詳細を極め、少年たちの心理描写はこまやかです。チラシの言葉は、女性社員が少年たちに教えた口伝隊の心得でした。

 広島初演のプロデューサーを務めた富永芳美さん(60)は、鳥取県生まれ。嫁ぎ先の広島で約三十年暮らしています。五年前、一人娘に勧められ、広島原爆死没者追悼平和祈念館の朗読ボランティアに応募したのが、被爆者との交流を深めるきっかけでした。

 そんな富永さんでさえ、長年気おくれを感じてきたそうです。「広島生まれでも、被爆二世でもないあなたが、どうして体験記の朗読なんか」と、被爆者に言われたこともありました。

 迷いを解いてくれたのも、尊敬する女性被爆者のひと言でした。

 「わたしたちはいつかいなくなる。あとは朗読者が頼りなの」

 「第三者として、被爆者と若い世代を結ぶ中継点になりましょう」。富永さんは、その時心に決めました。

 さらに背中を押したのが、昨年夏の井上さんの講演でした。

 「広島で口伝隊をやってほしい」という呼び掛けに、「あたし、やる」と手を挙げました。あとさきのことは考えず。
 ◆それを語るすべもなく

 広島で原爆ものは当たらない。そんなジンクスを乗り越えて、四回の公演はすべて満席、猛げいこのかいあって、地元のスタッフ、素人役者をかき集めて作った芝居は成功でした。

 富永さんは、大きな声で言葉を伝えた少年たちに自身の姿を重ねつつ、終幕近い地読みのせりふをかみしめました。

 「亡くなった人たちはたくさんのことを知っています。でも、それを語るすべもなく、ゆっくりと揺れています」

 原爆がすべてを灰にした直後、「このときから、漢字の広島は、カタカナのヒロシマになった」と、地読みは語ります。

 そのヒロシマは、過渡期を迎えているようです。六十五回目の盛夏、被爆者は年老いて、記憶の風化が進んでいます。

 オバマ米大統領が昨年四月のプラハ演説で「核兵器を使用した唯一の核保有国として、合衆国には行動する道義的責任があります」と原爆投下の責任を受け入れました。きょうの平和記念式典には、国連の潘基文事務総長、米国のルース駐日大使のみならず、核兵器を保有する英・仏の代表も、初めて顔をそろえます。

 しかし一方で、パキスタン、インド、北朝鮮へと核は拡散し、平和利用の名のもとの原子力ビジネスも拡散の危険と常に裏腹です。いつにも増して、正しく、強い言葉の力、伝える力が必要です。

 大統領の言葉を引き出したのも、新しい平和の言葉と行動を引き出すことができるのも、ヒロシマの死者と生者が語り続ける膨大な言葉の堆積(たいせき)があるからです。
 ◆われら少年口伝隊

 「必ず太い声で…」と、もう一つ、井上さんは口伝隊の面々に、こんな戒めも遺(のこ)しています。少年たちの相談役として登場する“哲学じいたん”の言葉です。

 「声の大きか方へ、太か号令の方へ、よう考えもせずになびいてしまうくせが、人間にはあっとってじゃ。太か号令は、そのときは耳にうつくしゅう聞こえるけえね。このような現実をつくってしもうたんは、そのくせのせいかもわからん」

 少年口伝隊は、わたしたち自身です。

 
筆洗

2010年8月7日

 世界最大の核兵器保有国の大統領が「核なき世界」の実現を訴える。だが、世界で唯一の原爆使用国としての責任までは口にしても、使用自体が間違いだったとは認めない▼一方、世界で唯一の原爆被害国は当然、ずっと前から「核なき世界」の実現を訴えている。だが、同時に、世界で唯一の原爆使用国を同盟国と頼んでおり、その核兵器の傘の下にいる▼世界で唯一の原爆使用国の大統領が「核なき世界」を言えば、世界で唯一の原爆被害国は歓迎する。だが、世界で唯一の原爆使用国に対し、使用自体が間違いだったと認めるようには求めない…▼昨日の広島平和記念式典。初の米国大使出席に関し「前進だ」という評価も、「なぜ謝らぬ」という不満もあっただろう。だが、その両方が同時に存在する、いわば、矛盾した感懐を抱いた人も多かったのではないか▼だとしても不思議はない。そもそも核兵器をめぐり「唯一の原爆被害国」日本も、「唯一の原爆使用国」米国も、そして両国の関係自体も、多くのやっかいな矛盾に支配されているのだから▼昨日、広島市長は「核の傘」離脱を求め、首相は即座にそれを拒否した。確かに、どの矛盾であれ解消は容易ではない。だが、それを言い訳に無力感に陥っては「核なき世界」は遠のく。小さくても歩みを進めるほかない。たとえ、当面は矛盾と道連れだとしても。

 
筆洗

2010年8月8日

 長崎の爆心地近くの兵器工場で、原爆の閃光(せんこう)を浴びた十四歳の少女がいた。同級生の多くが非業の死を遂げる中、倒壊した工場からはい出て奇跡的に生還する。兄の要請を受け、離れて暮らす家族や親類に回覧する「新聞」に、妹は気の進まないまま体験記を寄せた▼被爆からまだ二カ月ほどの時期だ。原爆症の治療で入院中だった石田(現姓・柳川)雅子さんは、便せんに小さな字でぎっしりと生々しい記憶をよみがえらせた。兄が付けた愛情溢(あふ)れる記事のタイトルは『雅子斃(たお)れず』▼貴重な被爆体験記は出版が決まるが、米軍の検閲当局から発禁処分になる。悲惨な情景描写や「悪魔の如(ごと)き原子爆弾」などの表現が反米感情をあおり、社会の安寧秩序を乱すという理由だった▼検閲が緩和された一九四九年二月、出版にこぎつけた。事後検閲で本が回収されないように、米軍を刺激しそうな表現を書き換えたり、削除したりしたという▼今月出版された「長崎・そのときの被爆少女〜六五年目の『雅子斃れず』」(横手一彦編著)は、家族新聞に掲載された最初の手記を六十五年ぶりに再録した▼核兵器をこの世界からなくすために、書き残した手記が役立つのなら、微力でもその力の一端になりたいと雅子さんは願う。<花愛し新緑めでて今日までも原爆に負けず生きしいのちよ>(柳川雅子)。あすは長崎の原爆忌。

 
きょう平和記念式典/核廃絶進める新たな礎に【河北新報】
http://www.kahoku.co.jp/shasetsu/2010/08/20100806s01.htm

 「核兵器のない世界」に向けて、その取り組みを着実に前進させる。米国をはじめ核保有国の、そして国連の、そんな力強い決意の表れと受け止めたい。
 きょう、被爆から65年を迎え広島で開かれる平和記念式典。原爆を投下した米国の代表として駐日大使のルース氏が初めて参列する。米国同様、広島市からの招待に背を向けてきた英仏の代表も。潘基文氏は国連事務総長として初めて式典に臨み核廃絶の必要性を訴える。
 米国代表らが、原爆死没者の霊を慰め恒久平和を祈念する日の被爆地に立つ。核をめぐる世界の状況が一変したことを肌で感じる「歴史的な8月6日」(秋葉忠利広島市長)である。
 この核廃絶機運の高まりを、国際社会と協調してどう行動に結び付けていくのか。「非核」を国是とする「唯一の被爆国」に、そうした問いが発せられていることも忘れてはならない。
 式典にはロシアが11年連続で参列する。2年前に初出席し今回は欠席する中国を含め、五つの核保有国の代表がそろう日も近いのではないか。
 特筆すべきは、やはり米大使の参列である。去年春、プラハで「核なき世界」を提唱したオバマ大統領の強い意向といえよう。世界に向け核軍縮・核不拡散で指導的役割を果たす決意をあらためて示すためである。
 ただ、参列の目的を米国務省は「第2次世界大戦のすべての犠牲者に敬意を表するため」と説明する。国内では太平洋戦争を終わらせるため原爆投下は正当だったとする意見が今も根強い。謝罪の言葉はないだろう。
 そうだとしても、ルース氏には被爆者から体験を直接聞き、非戦闘員であるおびただしい市民の命を奪った人道上の罪を追及する声にも耳を傾け、大統領に伝えてほしい。
 オバマ氏は被爆地訪問に意欲を見せてきた。それをどんな形で実現させるか。核廃絶の新たな扉を開くためにも、大使の式典出席が持つ意味は大きい。
 潘氏はきのう、人類最後の被爆地にしなければならない長崎を訪れ、その決意も込め「(核兵器が)二度と使われないようにする唯一の道は、すべてを廃絶することだ」と強調した。
 来日前には「被爆者が生存中に核廃絶ができるよう、目標期限をもって行動しなければならない」と語った。広島で、より明確なメッセージを世界の指導者に送ってもらいたい。
 米ロが新しい戦略兵器削減条約に調印したのをはじめ、核軍縮に進展が見られる。一方で北朝鮮やイランは核開発をやめず、核拡散防止条約(NPT)体制は揺らいでいる。
 日本は「非核」を訴えながら、米国の「核の傘」の下にあるという矛盾を抱える。核廃絶で「リーダーシップを発揮する」(菅直人首相)と言ってみても、この議論を深めないままで核軍縮・核不拡散に向け国際社会を動かせるものかどうか。
 「非核」とは何か。政府も、われわれ一人一人も、その真価が問われていることを深く自覚し、これから何をなすべきかに思いを巡らしたい。

2010年08月06日金曜日

 
原爆の日  被爆地での誓い、行動に【京都新聞】
http://www.kyoto-np.co.jp/info/syasetsu/20100807.html

 原爆投下から65年、広島市で営まれた「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」は、節目の年にふさわしい記念すべき内容になった。
 被爆地の要請に応え、国連の潘基文(バンキムン)事務総長や、原爆を投下した米国を代表してルース駐日大使、核保有国のイギリス、フランス代表が初参列した。
 過去最多74カ国の代表が5万5千人の被爆者や遺族と、犠牲者を悼んだ意味は大きい。核兵器廃絶の誓いを新たに連帯し、行動を起こす機にしたい。
 秋葉忠利市長は平和宣言で被爆者の苦しみを広島弁で述べた。被爆体験の発信が世界に届き、国連や米国の行動でうねりとなったとした。
 オバマ米大統領が「核なき世界」実現を訴えた昨年春以降、核をめぐる国際潮流は変わり始めた。国連安全保障理事会の「核不拡散決議採択」や、米とロシアの核軍縮条約調印、「核拡散防止条約(NPT)再検討会議」など新しい動きが相次いだ。
 しかし、再検討会議は核廃絶の具体的日程は示せなかった。核を取り巻く世界情勢は複雑化し、困難な道のりを思い知らされた1年でもあった。
 平和宣言はこんな時こそ「日本政府の出番」とし、非核三原則の法制化と「核の傘」からの離脱を政府に迫った。唯一の被爆国でありながら、国際社会で核廃絶の先頭に立てずにいる政府への歯がゆさの表れともいえよう。
 菅直人首相は、憲法の順守と非核三原則の堅持を誓った。被爆地での言葉は重く、必ず守らなければならない。
 法改正による原爆症認定制度の見直しも約束した。2年前の認定基準緩和後も申請却下が相次ぎ、被爆者の国への不信は増している。平均年齢76・3歳と被爆者の高齢化は進む。首相は速やかに救済を実行してほしい。
 潘事務総長は式典で自らの戦争体験を紹介し、核抑止力でなく「核廃絶こそ平和実現の唯一の道」とした。10年後の核廃絶を目指す広島市を支持し、被爆者の存命中に核ゼロを達成させる意思と道筋をあらためて提示した。
 一方、菅首相は式典後、「核抑止力は必要」と述べるなど、被爆地との思いの隔たりを浮き彫りにした。非核化への強い決意を掲げる被爆地や国連に対し、意欲と迫力に欠けはしないか。
 菅政権は最近、NPT非加盟国のインドと原子力協定締結を模索するなど、核不拡散に関する考え方がとらえにくい。核廃絶に向けて主体的に取り組む姿勢をもっと示すべきだろう。
 ルース駐日米大使は式典参加の理由を「第2次世界大戦の全犠牲者への敬意」とし、原爆投下への謝罪はなかった。しかし、核廃絶を願う被爆地の気迫を感じたはずだ。出席を国内外の世論喚起に終わらせることなく、率直な印象をオバマ大統領に伝え、大統領の初訪問に向けた布石としてほしい。

[京都新聞 2010年08月07日掲載]

 
被爆アオギリ2世【凡語】

 幹も枝も葉も青々として、たくましい。真夏の日差しにもたじろがず大空に背筋を伸ばす。ノートルダム学院小(京都市左京区)の中庭で育つ2本のアオギリの故郷は広島だ▼8年前、児童らが広島市の平和記念資料館を訪れた際に贈られた被爆アオギリ2世の苗木1本を植樹した。枯れかけたので、その後もう1本植えた。今では2本とも、校舎の2階を越すほどの背丈に成長した▼「戦争はくるしくてさみしいけれど 平和はちがう うれしくて毎日が楽しい」。苗木を植樹した当時の児童が広島平和学習の感想文を書き残している。行田隆一教頭は「アオギリのように子どもらも元気に育ってほしい」と話す▼1945年8月、爆心地に近い旧広島逓信局の中庭で被爆したアオギリは爆風で幹が焼きえぐられたが、奇跡的に息を吹き返した。73年に平和記念公園内に移植され、傍らで2世も芽吹いた。何という生命力の強さだろう▼その種子や苗木を市民グループなどが国内外の1千カ所以上に贈り続けてきた。米国やイタリア、ドミニカなど海外でも2世が育っている。各地にまかれた種が大樹に育ち、平和と命の大切さを人々に伝える▼被爆から65年。今なお膨大な数の核弾頭が人類を脅かす。きょう広島で開かれる平和記念式典には潘基文(バンキムン)国連事務総長や、米国など核保有国の代表も参加する。会場近くに植わる被爆アオギリとも対面してほしい。

[京都新聞 2010年08月06日掲載]

 
2010年8月6日(金)付

原爆投下65年―連帯し核廃絶のゴールへ【朝日】
http://www.asahi.com/paper/editorial20100806.html

 新しい風が吹いてきた。

 今日、広島市である平和記念式にルース駐日米大使が出席する。

 原子爆弾を投下した当事国の大使の出席は初めてだ。核保有国の英、仏臨時代理大使も初めて顔をそろえる。

 来日中の国連の潘基文(パン・ギムン)事務総長も、昨日長崎を訪れた後、広島の式典に歴代事務総長として初めて出席する。

 広島市は12年前から核保有国に式典への招待状を送りつづけてきた。やっと小さな実を結んだ。

■オバマ氏の広島訪問を

 昨年4月、オバマ米大統領がプラハで「核兵器のない世界」に向けて行動すると表明した。核軍縮・核不拡散の機運はこれまでになく高まっている。

 これを核兵器廃絶の動きへと結びつけなければならない。

 広島にはオバマ大統領に手紙を送りつづけている被爆者がいる。

 元広島平和記念資料館長の高橋昭博さんは昨年1月、就任まもない大統領への手紙につづった。「ぜひ広島にお越しください。新たな時代の始まりとなります」。ブッシュ前政権では核軍縮の歩みが途絶えた。その方針転換を期待してのことだった。

 プラハ演説のあと、オバマ氏は主要国首脳会議(G8)の核声明、米核戦略の見直し、米ロ核軍縮条約の署名、初の核保安サミットの開催と、次々に手を打った。動きを知るたびに高橋さんは手紙を書いた。すでに計4通。

 「被爆者が願っているのは核軍縮ではありません。核兵器絶対否定であり、核兵器廃絶です」

 65年前のこの日、旧制中学の2年だった高橋さんは爆心地から1.4キロの校庭で被爆した。後頭部や背中、両手、両足など全身の3分の1以上に大やけどを負った。ガラス片が指先に突き刺さり、変形して生えつづけた「黒いつめ」は資料館に展示されている。

 オバマ氏の広島訪問を望むのは、「核兵器を使用したあとに何が起きたのか。自分の目で見てほしい。そうすれば、核廃絶に向けてさらに一歩進む」と信じるからだ。

 平均年齢76歳、全国に約22万人いる被爆者に共通した思いだろう。

 多くの命が一瞬に消えた地にオバマ氏が立てば、「核なき世界」に向けてこの上なく強いメッセージとなる。

■理想と現実の接点

 もっとも、オバマ氏が核兵器のない世界を唱えるのは被爆者と同じ動機からではないだろう。

 9・11同時テロのあと、核テロへの恐れが高まった。テロリストに核が渡る危険性が、安全保障上の大きな課題となってきた。「核がテロリストに渡れば核抑止論が働かない。核を廃絶した方が安全だ」というわけだ。「核兵器は絶対悪」という被爆者の人道上からの叫びとは、大きく隔たっている。

 「それでもゴールが同じなら連帯していい」。被爆者で元長崎大学長の土山秀夫さんは、そう断言する。

 そのために「感性と論理の訴えが必要だ」と説く。被爆者の証言は核廃絶の必要性を人々の感性に呼び覚ます。それだけでは十分でない。冷厳な国際政治の場で核廃絶の必要性を論理的に説得できなければならない。

 核廃絶という被爆国の理想論と、核抑止という保有国の現実論が交わることはこれまでなかった。日本が米国の「核の傘」の下にある現実もある。核戦略という極めて政治的な問題に、被爆者をはじめとした市民社会の意思が反映されることはなかった。限りない平行線とも見えた理想論と現実論に小さいながらも接点が生まれつつある。

 ルース大使の式典出席はそれを象徴する。ただ、米国務省は「第2次大戦のすべての犠牲者への敬意を表明するため」と説明する。いまも原爆投下を正当化する考えが根強い米国の世論に配慮せざるをえないのだ。

■核兵器禁止条約の準備

 これをひと夏の交錯で終わらせてはならない。

 そのためには核兵器廃絶のプロセスを練り上げ、現実の政策へとつなぐ。そして、ねばり強い外交交渉で核保有国への包囲網をつくっていくことだ。

 たとえば、5月の核不拡散条約(NPT)再検討会議の最終文書は「核兵器禁止条約」構想に初めて言及した。化学兵器と生物兵器には禁止条約があり、廃絶に向けて進んでいる。核兵器でも、というアイデアだ。

 カナダの元軍縮大使で、国際NGO「中堅国家構想」名誉議長のダグラス・ロウチさんはこの言及を「国際的な議論の俎上(そじょう)に上がった」と評価し、「国際交渉の準備を」と呼びかける。

 モデルとなる条約案は1997年、核戦争防止国際医師会議などのNGOが発表している。米など核保有国は消極的な態度をとってきた。ところが、核をめぐる状況が劇的に変わったいま、核廃絶の実現に欠かせないこの条約への関心が高まっている。交渉の準備に必要な条件を整えていきたい。

 対人地雷やクラスター爆弾の禁止条約が成立したのは、いくつかの国の国会議員がNGOと連帯して政府に働きかけたことが大きかった。核兵器でもこの経験を生かしたい。

 核被害の実態を原点に、政府だけでなく専門家や自治体、NGO、さらには市民によるネットワークを築く。同じ志を持つ国と連帯する。

 唯一の被爆国である日本は、その先頭に立たなければならない。

 
2010年8月10日(火)付

廃絶への道―核依存症から抜け出そう【朝日】
http://www.asahi.com/paper/editorial20100810.html#Edit1

 65年目の夏、広島、長崎で平和祈念式典が開かれた。菅直人首相は長崎で、「核のない世界」に向けて具体的措置を提案し、国際社会での合意形成に貢献する決意を示した。どう成果に結びつけるかが、今後の課題だ。

 とりわけ重要なのは、安全保障政策における核兵器の役割を縮小させる外交である。冷戦思考を引きずり、核抑止への依存が強いままでは、核廃絶へ近づきようがない。

 広島市長は平和宣言で、「核の傘」からの離脱を促した。直後の記者会見でこの点を問われた首相は、日本にとって核抑止力は引き続き必要との考えを示した。すぐに「核の傘」から離脱することは現実には困難である。その意味では首相の言う通りだ。

 だが、核依存を続けるばかりでは、「核の傘に入ったまま核廃絶を言う日本は矛盾している」との指摘への反論さえ、むずかしい。日本、そして世界の核依存を減らしていく外交を積極的に展開してこそ、非核日本の道理を強く世界にアピールできる。

 着手すべきことはいくつもある。

 通常戦力や生物・化学兵器への報復には核を使わず、相手の核使用抑止に限定する方針の表明を「唯一の目的」宣言という。米国は4月に発表した核戦略見直し(NPR)で、この宣言への条件を整備していく考えを示した。

 その議論を深めていく格好の舞台となる非核国家グループが、日本の音頭取りで、9月に始動する。新たな核軍縮・不拡散政策を前進させるための有志連合だ。日豪独など米国の同盟国も入っている。

 その際、軍備管理を安全保障政策の柱にすることが大事だ。核兵器の役割低下が通常戦力の軍拡競争を招いては困る。核依存症から抜け出すとともに軍備管理を進める。そんな構想と具体策の推進が外交の鍵となるだろう。

 核実験した北朝鮮は大きな懸念材料だが、追い詰められた体制が、核による脅しだけで戦争を思いとどまるかどうか。不透明な部分が残る。「核の傘」をはずせないにしても、外交と通常戦力による対応をうまく組み合わせる努力が欠かせない。

 米国はNPRで、核不拡散条約(NPT)を順守する非核国に対して核攻撃しないと明言した。いわゆる、「消極的安全保証」だ。これを核保有国の間で広めていくことも、核依存を減らす方法である。

 中国は核の先制不使用を表明しているが、軍備増強を続けていることもあって、信頼を得ていない。ここは米中が協力して、「消極的安全保証」について共同声明を出すなり、国連安保理決議を検討するなりしてはどうか。

 日本からそうした動きを促すのも、首相の言葉が国際的な信頼を得ていく力になるだろう。

 
2010年8月6日(金)付【天声人語】

 手元にある石内都さんの写真集『ひろしま』(集英社)に忘れがたい1枚がある。即死だったのだろう、遺骨も見つからなかった女生徒の上着だ。ぼろぼろになって橋にひっかかっていたそうだ。縫いつけた名前が、生きた証しのようにはっきり読み取れる▼母親が和服を仕立て直した服だという。13歳だったから存命なら78歳になる。人生の盛夏から実りの秋を過ぎ、静かな小春の日々だろうか。断ち切られた幾多の人生を弔い、祈る、きょう広島原爆の日である▼悲願の核廃絶には新しい風が吹きつつある。米国のオバマ大統領は去年、核を使用した自国の道義的責任を語り、「核なき世界」を訴えた。それを機に、涸(か)れていた核軍縮の泉がわき出し、川となって流れ始めた▼さらなる水流となるのだろうか、広島での平和記念式にルース駐日米大使が出席する。65年をへて初めての大使出席になる。とはいえ米国では今なお、原爆投下を正当化する考えが常識だ。政権にとって楽な決断ではなかっただろう▼大使の出席には米国内の反応を見る「瀬踏み」の意味もあろう。大統領の被爆地訪問をぜひ実現させてもらいたい。スウェーデンの故パルメ首相を思い出す。かつて広島を訪ね、「核戦争は抽象的な概念になりがちだが、初めてそれが残虐な現実だと肌で知った」と衝撃を語っていた▼13歳の体からはがれて爆風にちぎれた服に、おとしめられた人間の姿に、何を思うか聡明(そうめい)な大統領に聞いてみたい。正当化しえない「絶対悪」だという認識を、核大国に伝えるためにも。

 
余録:60年代初め、トルーマン元米大統領のドキュメンタリー番組で…【毎日 余録】
http://mainichi.jp/select/opinion/yoroku/news/20100806ddm001070057000c.html

 60年代初め、トルーマン元米大統領のドキュメンタリー番組で原爆投下をめぐる当人のインタビューを広島で撮影する企画が持ち上がった。作家のマール・ミラーはその話を提案した時の様子を書いている▲「トルーマンが神経質そうにまばたきするのはこのときが初めてだった。しばらく沈黙した後の…… 言葉に私は驚いた」。元大統領はこういったのだ。「お望みなら日本に行こう。けど、やつらにおべんちゃらをいうつもりはないからね」(R・タカキ著「アメリカはなぜ日本に原爆を投下したのか」草思社)▲汚い言葉での感情的反発は、いつも原爆問題で身構えていた彼の動揺を示した。内輪では子供らの犠牲への心痛を語ったトルーマンだが、公には原爆投下は戦争終結のためで、少しも後悔していないと繰り返していた。国家や大統領は過ちをなしえないというわけだ▲今なお原爆投下の肯定論が世論の6割を占める米国である。そのルース駐日大使をはじめ英国、フランスという核保有国の臨時代理大使も初参列して行われるきょうの広島・平和記念式典だ。とくに米国の場合、将来のオバマ大統領の被爆地訪問の瀬踏みといわれる▲思い起こすのはオバマ大統領の「核のない世界」演説でふれた唯一の核使用国の「道義的責任」という言葉だ。それを託された大使がきょうは被爆者と核兵器廃絶の祈りを共にする。65年前の原爆投下で生まれた人類史の裂け目が今ようやく埋まり始めたと思いたい▲どんな国家も、集団も、動かすのは過ちを犯しやすい人間だ。人が考えるどんな大義であっても生み出してはならぬ地獄図を知る広島・長崎だ。
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毎日新聞 2010年8月6日 東京朝刊

 
原爆忌 核軍縮の潮流を確かなものに(8月6日付・読売社説)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20100805-OYT1T01121.htm

 広島はきょう6日、長崎は9日に65回目の原爆忌を迎える。被爆の惨禍が二度と繰り返されぬよう、平和への誓いを新たにする日だ。

 広島の平和記念式典には、ルース駐日米大使が、米国代表として初めて参列する。米国と同じく欠席を続けてきた英仏も、今年初めて出席する。

 国連事務総長の参列も今回が初めてとなる。潘基文事務総長が式典であいさつに立ち、核兵器なき世界の実現を訴える。

 被爆地から世界に向けた力強いメッセージとなることだろう。

 オバマ米大統領は昨年4月のプラハ演説で「米国は核兵器を使用した唯一の核保有国として、核兵器のない世界に向けて行動する道義的責任がある」と明言した。

 ルース大使の式典参加は、オバマ政権の核軍縮に向けた強い意思表示と見ることも出来る。

 日米両国は同盟の絆(きずな)で結ばれているが、広島、長崎への原爆投下をめぐる両国の認識には依然として隔たりがある。

 原爆使用により本土上陸作戦が回避され、数多くの米将兵の生命が救われたとする見方が米国では依然根強い。

 ルース大使が参列する理由について、「第2次大戦のすべての犠牲者に敬意を示すため」と米政府は説明している。原爆投下への謝罪が表明されるわけではない。

 しかし、大使の参列は、原爆投下をめぐる日米の溝を埋めていく上で意義深い一歩と言える。

 将来、オバマ大統領自身の被爆地訪問も期待されよう。

 今年4月には米露両国が新戦略兵器削減条約(新START)に署名するなど、核軍縮への潮流は確かなものとなりつつある。

 しかし、一方で北朝鮮は核開発を続けている。北朝鮮の核の脅威や中国の軍事大国化という現実を見れば、日本にとって米国の「核の傘」は不可欠だ。

 広島市の秋葉忠利市長が式典で行う平和宣言は、「核の傘」からの離脱や非核三原則の法制化を日本政府に求めるという。現実を踏まえた議論とは到底言い難い。

 米国の核抑止力を機能させるためには、非核三原則の「持ち込ませず」についても、核搭載艦船の寄港・通過などは認めることを検討すべきだろう。

 広島、長崎に原爆を投下されても、「核の傘」に頼らざるを得ない――。そうした深いジレンマの下で、核軍縮、核不拡散をどう世界に訴えていくか。日本に課せられた大きな課題である。
(2010年8月6日01時09分  読売新聞)

 
【主張】広島平和宣言 核の傘離脱は無謀な提言 (1/2ページ)【産経】
http://sankei.jp.msn.com/politics/local/100804/lcl1008040812001-n1.htm
2010.8.4 03:05
このニュースのトピックス:主張

 広島市の秋葉忠利市長は、原爆の日の6日に読み上げる平和宣言で、「(米国の)核の傘からの離脱」などを日本政府に求めることを明らかにした。緊迫する北東アジア情勢から目を背けた無謀な提言である。

 北朝鮮は弾道ミサイル発射や核実験を繰り返し、今年3月には、韓国哨戒艦撃沈事件を起こすなど危険な挑発行為を続けている。中国は日本に照準を合わせた中距離の核ミサイルを配備する一方、先月も東シナ海で対艦ミサイル攻撃などの実弾訓練を行った。

 これらの事実は、日本や韓国が依然、米国の核の傘を必要としていることを物語っている。

 民主党政権も最近、普天間問題などで在日米軍の抑止力を認める方向へと政策転換しつつある。広島平和宣言は、こうした流れにも逆行するものだ。

 宣言に盛り込まれる「非核三原則の法制化」も、非現実的な提案だ。核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませず」とする三原則は日本の国是とされてきたが、核搭載艦船の一時寄港・領海通過を事前協議の対象外とする暗黙の合意の存在が、3月の外務省の有識者委員会の報告で明らかにされた。

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 これは、冷戦下で米の核抑止力を有効に機能させるための「政治の知恵」だった。当時より核の脅威が増している今、むしろ、非核三原則を見直し、米の核持ち込みを寄港や領海通過などに限って公然と認める方法を探るべきだ。

 平和宣言は、核廃絶への原動力として、オバマ米大統領らの功績をたたえているという。オバマ大統領は昨年、チェコの首都プラハで「米国は核廃絶に向けて行動する道義的責任を有する」と表明したことなどが評価され、ノーベル平和賞を受賞した。

 だが、オバマ大統領は授賞式の演説で「平和は義務を必要とし、犠牲も伴う」と指摘し、平和を維持するための武力の必要性を強調した。オバマ氏はプラハの演説でも、「核兵器がある限り、いかなる敵であろうとこれを抑止する」とも言っている。

 秋葉市長がオバマ発言を正しく理解しているのか、疑問だ。

 6日の平和記念式典には、ルース駐日米大使をはじめ、英国やフランスなど核保有国の代表も出席する。世界中に誤ったメッセージを発しないためにも、秋葉市長に再考を求めたい。

 
広島・長崎の発信力生かし核軍縮加速を【日経】
http://www.nikkei.com/news/editorial/article/g=96958A96889DE3E0E1E3EAEBE5E2E2E4E2EAE0E2E3E28297EAE2E2E2;n=96948D819A938D96E38D8D8D8D8D
    2010/8/6付

 広島、長崎への原爆投下から65年の夏を迎えた。世界では今、核軍縮への機運が高まっている。唯一の被爆国である日本はこの流れを加速すべく、核兵器廃絶への誓いを新たにする日である。

 今年の広島の平和記念式典には、原爆を投下した核大国の米国、核兵器保有国の英国、フランスの代表が初めて参加する。米国の代表はルース駐日大使だ。長崎をまず訪問した国連の潘基文事務総長も、事務総長として初めて式典に参列する。

 米政府は駐日大使の参加を「第2次世界大戦のすべての犠牲者に敬意を表する」ためと説明する。被爆者への謝罪を期待する地元との認識のずれは大きいが、米国内ではなお、原爆投下が日本の降伏を促したとする意見も根強い。核廃絶に熱意を傾ける米オバマ政権が代表の出席を決断した意義は認めるべきだろう。

 オバマ大統領は昨年、「核兵器のない世界」の実現を唱え、ノーベル平和賞を受賞した。核軍縮への世界的な関心を盛り上げたことが、英仏の代表や国連事務総長らの式典参加を促したともいえる。

 潘事務総長も「核廃絶実現の必要性が差し迫っている。世界の関心を集めたい」と語る。広島や長崎の発信力を生かす好機である。オバマ大統領には、任期中の被爆地訪問をぜひ、実現してもらいたい。

 核軍縮をいかに主導していくか。日本の役割も問われる。

 核大国の米ロは4月、戦略核兵器を大幅に削減する新核軍縮条約を締結した。5月に開いた核拡散防止条約(NPT)の再検討会議では、核軍縮の推進などを盛り込んだ最終文書を10年ぶりに採択した。

 国際社会が結束し、核軍縮に取り組んでいこうという環境は整いつつある。大切なのは、具体的な成果を一つずつ重ねていくことだ。

 世界にはなお、2万個を超える核弾頭が存在する。米ロだけでなく、中国を含めた核保有国の核軍縮が欠かせない。米中が批准していない包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期発効も促すべきである。

 核拡散を食い止めるため、NPT体制の強化も課題となる。インドやパキスタンなど事実上の核保有国にNPT加盟を粘り強く説得していく外交努力も必要だ。北朝鮮やイランの核開発の阻止は論をまたない。

 日本が米国の「核の傘」に守られている現実からみても、核の抑止力を直ちに排するのは難しい。核廃絶の希求と重い現実。核軍縮を促し、この溝を一歩ずつ埋めていくことこそ、日本に課せられた義務である。

 
春秋

    2010/8/6付

 地上の獲物を探す鳥のように目を見開いていたはずだ。目印は「T」の一文字だった。広島の中心を貫く太田川。その分岐点にかかる相生橋は、三方から渡れるようにT字の形をしている。空の上からでも見つけやすい投下目標だった。

▼原爆が広島に落とされてから、きょうで65年になる。米軍の爆撃機「エノラ・ゲイ」の乗組員の心に、そのとき何が浮かんでいただろう。路地裏で遊ぶ子供たち。朝の家事に忙しいお母さん。職場に向かうお父さん……。そんな市民の暮らしの表情は封印し、「T」という無機的な記号に置き換えていたに違いない。

▼爆心が少しずれたためか、その相生橋は崩れ落ちなかった。架け直したいまも、同じT型で両岸と中州をつないでいる。橋を渡った平和記念公園での式典には、ルース米大使が米国代表として初参加する。国連の潘基文事務総長も、英仏など核保有国の代表も顔をそろえる。ヒロシマに世界から視線が集まる日だ。

▼オバマ米大統領が「核なき世界を」と訴えたのは昨年4月。ノーベル平和賞を受賞したのが昨年12月。大統領の人気が陰るにつれ、核廃絶への熱気が薄れてきたと感じるのは、気のせいではあるまい。原爆記念日を、カレンダーの上の記号にしてはならない。色あせた年中行事にしない責任が私たち日本人にある。


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