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ICRPの実像に迫る@ 「被曝の世紀 第17章 引き裂かれた家」 キャサリン・コーフィールド
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/164.html
投稿者 宮島鹿おやじ 日時 2011 年 7 月 11 日 07:57:24: NqHa.4ewCUAIk
 

ICRPの実像に迫る@ 「被曝の世紀 第17章 引き裂かれた家」 キャサリン・コーフィールド より

若干古い本ですが、我々の現状に対して、示唆的な書物をみつけたので、その一部を抜粋し投稿します。

なお、以下の動画、書き起こしとあわせて参照していただければ幸甚です。

岩上さんによる沢田昭二先生のインタビュー
http://www.asyura2.com/11/genpatu12/msg/895.html

名古屋大学 沢田昭二名誉教授 IWJインタビュー全文聞き起こし 〜国民必読 原子力問題の必修科目〜
http://www.asyura2.com/11/genpatu13/msg/406.html


『被曝の世紀』キャサリン・コーフィールド著 朝日新聞社 1990年

ISBN4−02−256227−7


以下 抜粋

第17章 引き裂かれた家
 原子力産業がある国はどこも、少なくとも一つは原子力規制のための機関を持っている。アメリカにおいては、少なくとも一六の連邦機関と、二〇の議会委員会、そしてもちろん五〇の州が放射線防護の何らかの面で責任をもっている。国連には放射線被曝に関係ある機関が少なくとも四つある。国連放射線影響科学委員会(UNSCEAR)、世界保健機関(WHO)、国際原子力機関(IAEA)、そして国連環境計画(UNEP)である。それに、科学や医学の学会、大学の研究所、政府資金を受けている研究所、産業界の諸団体もある。これら諸団体はいっしょになって、支持者が放射線防護社会と呼び、批判者は原子力体制と呼ぶものができている。
 この放射線防護社会の中心にいるのが国際放射線防護委員会(ICRP)である。これは特異な団体で、法的な力はないが、国際的に権威をもっていることはほとんど誰も疑わない。この委員会は私的な科学団体で、放射線安全について医師や科学者に指針を与えるため一九二八年に設立された。ICRPは各国政府から独立しており、その委員が権威をもっているので、各国は信頼できる放射線防護の基準が必要になるとICRPに頼ることになる。ICRPの勧告は、事実上、世界中のすべての国によって、ほんのわずかな変更をしただけでその国の基準として採用されている。ただしアメリカだけは、ICRPと同様の性格をもち、委員も重複しているアメリカ放射線防護審議会(NCRP)の意見にも注意を向けている。
 放射線防護に関する諸団体の中で、ICRPだけが技術的な判断とともに政治的な判断も行っている−さまざまな異なった放射線の被曝のリスクの定義をするだけでなく、どれだけのリスクなら受け入れることができるかも決めているのだ。第二次世界大戦前までは、ICRPの委員は自分たち自身と、職業上の同僚たちを代表してリスク受け入れを決めていた。だが、現在では、工場労働者や一般の人々に対する基準も勧告しているので、ICRPはその存在さえ知らないような何百万人という人々を代表してリスクを受け入れていることになる(数年前、一万分の一の確率で早く死んでしまうことのリスクをどう評価するかを検討する部会を設置しようという動きがあった。この部会は、放射線治療の開拓者でICRPとNCRPのために長期間貢献した故ジョアチーノ・フェイラの名誉をたたえてフェイラ部会という名になるはずだった。だが、フェイラの友人がこの案に抗議したために設置計画そのものが撤回された)。
 ICRPは絶対的な安全を目標にしてはいない。それはすべての放射線被曝をなくしてしまうことを必要とし、「原子力技術は失うにはあまりにも重要すぎる」というICRPの基本的な考え方と矛盾するからである。ICRPの基準は被曝によるリスクと放射線利用の利益とのバランスをとることを狙っている。だが、リスクと利益が人々の間に公平に分けられることはまずないのである。
 かつてのマンハッタン計画の保健部長でICRP委員だったロバート・ストーンは、一九五八年にこのような状況が論理的ではないことに気づいていた。だが、他にとるべき方法はないと結論した。「多分、事実を全部明らかに示して、その上で多くの人々が自分の引き受けるリスク、例えば最大許容線量について自分で意思表示するべきなのだろう」と彼は書いている。しかし、続けて「そのようなやり方が可能だと私は思わない。現状では、提示されるべき『事実』の信頼性について我々はまだ検討中なのだから」と書いた。今日でさえローリストン・テイラーは、「ICRPは被曝とそれに伴うリスクの表を積み上げるだけで、どの程度のリスクなら受け入れるかは一般の人々、または選挙で選ばれた代表に決めてもらう、というわけにはいかない」という。「なぜなら、我々は情報を持っていないのだ。年間五レムとか一〇レムで何が起きるかを我々は示すことができない。我々が知っているのは、(この放射線レベルでは)障害がでたという証拠を見つけることができな
いということだけなのだ」と語った。
 ICRP自身は研究を行わない。その勧告は既存のデータの評価と委員の専門的知識に基づいている。各一五人からなる四つの常設の専門委員会があり、各専門委員長には主委員会の委員がなって、技術的な詳細な報告書をつくる。この報告書が主委員会で承認されると『ICRP紀要』として発表される。これらの報告書は各国政府によって尊重される。というのも、主委員会の一三人の委員と、四専門委員会の多くの専門委員は、各国政府の放射線安全のアドバイザーでもあるからだ。例えば、ジョン・ダンスターはつい最近引退するまで、ICRPの委員であると同時に、イギリス放射線防護委員会の委員長であり、ICRPの提案をイギリスの立場から評価する任務を政府から与えられていた。ダンスター自身が「この仕事にはある程度近親相姦的なところがある」と評していた。

 ICRPは選り抜かれた団体で、延べで五〇人未満の科学者(それはすべて男性)が第二次世界大戦以来活動してきた。その半分以上は少なくとも一〇年以上委員をつとめた。現在の委員長を含む五人は二〇年以上も委員をしている。もし、専門委員会での期間も含めるなら、戦後の委員の三分の二が一〇年以上その地位にいたことになる。現在は名誉委員になっているローリストン・テイラーは、一九二八年の創設時から委員をしている。ICRPは任期がなくていつまでも続けられるのだ。メンバーは主委員会が任命するが、たいていは専門委員の一人が任命される。国際放射線医学会議(ICR)は、放射線医学関係の学会の連合体で、この後援によってICRPができた。この会議はICRPのメンバー新任に拒否権をもっているが、一度も行使したことはない。現在の委員会メンバーはアメリカ人三人、イギリス人二人、そして、アルゼンチン、フランス、西ドイツ、中国、ポーランド、イタリア、日本、ソ連から各一人となっている。
 ロンドン南郊の王立マースデン病院の敷地内にある小さな古びた木造の離れ屋が、ICRP本部の建物である。この国際的に強力な団体の職員は科学秘書とタイピストだけだ。国際的な政府間組織、例えば国際原子力機関(IAEA)や国連の世界保健機関(WHO)、それに国際放射線防護協会などの科学関係団体が、ICRPに年間一五万ドルを与える。委員会メンバーを雇用している組織(アメリカではまずオークリッジ国立研究所とか、イギリスでは医学研究評議会といったところが中心だが)は研究費や旅費を出したり、運営上の支援などの形で援助している。科学秘書として二三年間働いて一九八五年に引退したデービッド・ソービーは、ICRPが得ているそのような援助は年間で少なくとも一五〇〇万ドル相当になると見ている。
 原子力研究で世界の主要な資金源となっているのは、アメリカのエネルギー省(DOE)である。これは解散したAECの仕事を引き継いでいる。DOEは核兵器の設計、製造、実験の責任を負っている。四〇近い研究所を持ち、職員は六万人を超える。これらの研究所予算だけで一〇〇億ドルに達する。研究所の運営は専門単科大学や総合大学が当たる。例えばカリフォルニア大学はカリフォルニア州のローレンス・リバモア研究所と、ニューメキシコ州のロスアラモス研究所の二兵器研究所運営のためにDOEから毎年一〇億ドル以上をもらっており、さらに、ローレンス・バークレー研究所とその他小さな原子力研究所三ヵ所の運営費として一億三三〇〇万ドルを受け取っている。一九八五年、DOEは放射線の健康と環境への影響の研究のために一億四〇〇〇万ドルを使った。「この国で放射線防護を研究している人で、DOEから資金を一度ももらっていないという人はほとんどいない」と環境保護局の放射線基準部長リチャードーガイモンドは言う。
 トーマス・マンクーゾやジョン・ゴフマンのようにDOEと衝突した放射線研究者は、再び連邦政府から研究を依頼されたり、連邦資金に頼っている研究所で働くことはまずできない。意見を異にする人に対するこの不寛容さのために、かなりの数の経験ある科学者が、一種の科学的流刑状態に置かれ、一般的な見解に対する強い反対論を流刑地で形成していく。雑誌『サイエンス・アンド・パブリック・ポリシー』に出たある記事は、原子力体制を批判した後で懲戒処分を受けたり、攻撃されたり、研究資金を失った一〇力国三〇人以上の科学者の名をあげている。一〇カ国にはアメリカ以外にインド、日本、イギリス、ソ連などがある。批判者の一部は原子力と無関係な研究所に職を見つけ、ある人は大学教授として地位を保ち、ごく一部は引退している。だが、全員が適切な研究費を得るのがむずかしいと感じ、いくつかの例では政府管理のデータを得ることすらむずかしいという。
 「もし、自分の仕事に気をつけて、研究成果をどうでもよい雑誌に発表し、沈黙を守っていれば、もっとうまくいくでしょう」というのは、カナダの尼僧で統計生物学者であり、現在の放射線防護基準を強く批判しているロザリー・パーテル博士だ。批判や異なった見解を公表することが、意見を異にする人々にできる最も挑発的なことなのだろう。NCRPやICRPの権威は、科学者社会のコンセンサスを代表していると主張していることから生じているので、公然とした論争はそれらの立場を弱めることになる。大多数の見解と異なる意見の人々がいるということ自体が、科学が不十分であることの証拠だと彼らは考えがちだ。ダブリンのトリニティー大学の計量生物学者ロバート・ブラッキス博士は、「全く自動的なんです。ICRPを批判したら、『まじめな』科学者ではないというレッテルを貼りつけるのです」という。
 一九七一年、当時のICRP副委員長だったボー・リンデルは、悲痛な思いを述べたといっていいような手紙を同僚委員に送り、ICRPに対する批判にどう答えるべきかを論じた。


 古い真理のラベルを貼っていない声明や考え方に直面させられた時、我々はまるで機械じかけの人形や、攻撃行動を誘発する刺激を受けた昆虫のように反応している。そういう反応をせずに、それに好奇心を持ったり、十分吟味するという態度をとってはいけないのだろうか。アメリカや世界中のニュース・メディアには、ささいなことから始まり、スターングラスとかゴフマン、タンブリンといった人たちによって執拗に続けられている論争の記録が山ほどある。だが、ICRPの記録にはこれらの人々の名はほとんど出てこない。我々は非常に知識人ぶって、どちらかというとばかげた方法で対応してきた。非常に高い所からこれを見下して笑っていられる我々とはいったい何者なのだろうか。外部の人にとって我々は、強い力を持って自分たちの守りを固め、吟味や批判を寄せつけないマフィアのように見える。


 ローリストンーテイラーは、NCRPとICRPの創設者であり、最も長期間の委員として、放射線防護の体制側の主要擁護者となり、批判者に対して最も痛烈な逆批判者となった。彼は批判者たちを、「かつての同僚から拒否された一にぎりのエセ科学者」「少数の飢えた山師」「元科学者」と呼んで切り捨てた。テイラーはまた、ロンドン大学の名誉物理学教授のジョセフ・ロートブラットを、「放射線を個人的な使命、反戦の使命、何のことやらわからないことの道具にしているめそめそした連中の仲間……」と評した。権威あるBEIR委員会の前委員長でピッツバーグ大学の疫学教授のエドワード・ラドフォードはICRPよりも放射線リスクを高く見積もっているが、そのラドフォードについても「放射線防護社会の人間ではない」と一刀両断にしている。
 批判者たちは経済的には不利だったが、自分たちの見方を広める上では有利なこともあった。災厄の予言とか、高い地位の人々の愚行を非難することは、安全についての公的機関の保証よりも注目されやすい。テイラーは批判者たちを「恐怖の売人」と呼び、彼らが持つこのような力について、放射線防護の体制側が感じている不満をこう表現した。「半ダースほどの連中が、広く世に認められ客観的な仕事をしている残りの全部の人々よりも、この国のマスコミの注意をより強く引きつけることができるというのは、悲劇的なことだ」と。テイラーはさらに言う。「ゴフマンやタンブリン、ブロス(放射線防護基準を公然と批判しているアーウィン・ブロス博士)は、つまらない非難や主張を続けることを許されていることによって、納税者に数百万ドルの負担をかけているに違いない」。アメリカの物理学者で核施設のコンサルタントをしているラルフ・ラップは、少数の批判者の声をマスコミが増幅していると、マスコミを非難した。彼は私に語った。「マスコミには絶望する。例えば、ジョン・ゴフマン博士やカール・モーガン博士だが、彼らが資格を持ってないとは私は言わないが、粗っぽい科学者だとは言える。常軌を逸しているのだ。マスコミは彼らが科学者社会の五〇パーセントを代表しているかのように伝えるが、そうじゃない。自分たちを代表しているだけだ」
 ラップは、放射線をめぐる論争の両側に立ったことがあるという変わった経験をしている。一九四九年、クロスロード実験のことを書いたデービッド・プラドリーの日記「避難場所なし」に反撃して、『避難は必要か』という本をラップは出版していた。後に一九五〇年代と六〇年代には原子力体制側をむち打つ役をした。『第五福竜丸の航海』など、彼の多くの本や新聞記事は、電離放射線全般やとくにフォールアウトについて一般の人々に不安の念を抱かせる役を大きく果たした。彼は私にこう言った。「しばらくの間は、AECでは私が最大の公衆の敵だった。私はオルソップ兄弟といっしょに物を書き始め、彼らと共著を書いたが、これは出版されなかった。ストロース提督(当時のAEC委員長)がつぶしたのだ。当時は私にとってとてもおもしろい時期だった。公衆の敵ナンバーワンになったら、その人に対して人々がいろんなことを始めるという意味で。でもいやなこともあった。収入がなくなるとか。AECが私を攻撃するので、コンサルタントの口がなくなった。相手がAECではどうしようもないのだ」。ラップの考え方は最後には多数派の考えに溶け込んでいったが、彼は「決して本当のAECのお気に入りになることはなかった。私の方が正しかつた方がはるかに多かったので、それが彼らの古傷を痛ませるので、決して許そうとはしないだろう」という。
 ラップが今なお心配しているのは、放射線研究を厚く取りまいている秘密である。とくに兵器となると秘密は一層厚くなる。「私はエネルギー省の健康影響の仕事をしている人たちを尊敬している。彼らは十分仕事をやったと思う。だがその一方で、彼らは兵器機関に属しており秘密に包まれている。その秘密はひどいものだ。私が生物学的なデータを(AECから)得たいと思うといつでもその秘密と闘わねばならない。私が欲しい報告は保健医学部のものなのだが、そこにはいつも兵器のことがちょっと混ざっていて、これは秘密指定されている、という」
 彼は秘密指定されていない情報に基づいて、最初の水爆についての記事を『サタデー・イブニング・ポスト』に書き、アイゼンハワー大統領の司法長官だったハーバート・ブラウネルが一九五二年末に彼の逮捕令状に署名した、というような経験を持っている。今日の批判者たちが同じような迫害を受けているとは彼は考えていない。「あのころは、彼ら(体制側)はそれができた。今日では私はずっと楽な場所にいる。当時は一人ぼっちだった」。今は多数派の見方と異なる批判者は比較的少数派というだけだと彼は指摘する。彼の意見によると、批判者たちは、大した科学者ではないから追放されるのであって、体制側の秩序にとって脅威となるからではない。「カール・モーガンは紳士だ。だが、常軌を逸した科学者だ。ゴフマンのリスク評価は全く奇妙だ。それに、フォールアウトについては彼が知らないこともあるのだ。マンクーゾは政治家だ。変わり者で労働組合の線にべったりだ」
「ICRPとその支持者は、自分たちに向けられた批判はすべて反核運動のための道具にすぎないと見ている」と言うのは、自然資源防衛評議会の科学スタッフであるトム・コクランだ。例えばローリストン・テイラーは、モーガン、ネーダー、フォンダたちをひとまとめにして、みんな原子力反対派だとしている。実際には、当局側のリスク評価を批判している科学者たちも、原子力や核兵器、放射線の危険性についてはさまざまな違った意見を持っている。ジョン・ゴフマンは核防衛戦略政策を支持している。カール・モーガンは現在の安全基準には非常に批判的ではあるが、原子力には反対ではない。「私も原子力の安全な開発に賛成だ。私は原子力産業がしばしば半面の真実しか語らなかったり、包み隠したりすることに憤慨しているのだ。原子炉というのはもっと安全につくることができたはずだ」とコクランは私に語った。批判者たちは疑念は持っていても、放射線の利用を完全にやめろとはいわないし、多くは自分自身が仕事でそれを扱っている。ゴフマンは「人生には放射線よりもはるかに危険なものがたくさんある。多くの人々は放射線が危険であると心配しすぎている」と言った。
 雑誌『サイエンス』の論説欄で、核化学者でAEC顧問をしているフィリップ・アベルソンは、批判者たちが直面している困難を認めてこう書いた。「体制側の知恵に対して異議を申し立てることで、彼はその対価を支払い、危険を背負い込むことになる。自分の専門職業活動からはずされる。強力な敵の怒りをかき立てる。報復が自分を越えて自分の属する研究所にまで及ばないかと心配する。おそらく、彼は影を恐れているのだろう。だが、ほとんどすべての研究所が連邦の資金に頼っている時、用心深さが沈黙することを指示しているように見える」
 追放されるのではないかという心理的な圧迫感はかなりのものである。「決して負けることのない官僚に音をあげてしまうだろう。なにを言っても、こちらが悪いことにしてしまう方法を彼らは見つけ出すのだ」と、ビクター・ギリンスキーはいう。こういう彼自身が、一九七五年から八四年まで、アメリカ政府原子力規制委員会(NRC)の委員で官僚の一人だった。「官僚制とは非常に強い機構だ。それと闘う人はいろいろ悩まされる。ふつうの人ならもう別なことをやろうということになる。闘い続けるには本当に不屈な意志が必要だ」。いく人かの批判者たちは、自分たちの方を正当化することで頭がいっぱいになってしまう。一部の人は追放されることに耐えるよりは羊の囲いの中に戻ることを選んだ。一方、個人攻撃や生計を失うことに冷静に耐えている人もある。これは、反逆者のレッテルを貼られるより前に大きな業績を上げた老科学者によく見られる。ジョセフ・ロートブラットとカール・モーガンはともに七九歳、アリスースチュワートは八一歳だ。
 アリスースチュワートは最もよく知られたICRP批判者だ。両親とも医師で、一九二〇年代にケンブリッジ大学に入った。当時ここで医学を学んだたった五人の女性のうちの一人だった。「私はそこで少数派とはどういうことかを学んだ」と彼女は言う。一九五八年に彼女はもう一度それを学んだ。子供のがんとX線との結びつきを述べた有名な論文を書いた時である。この論文の結論は、数十年間にわたって論争の的となった。この間、論争は次第に弱まっていって、今日では彼女の結論が広く受け入れられている。彼女のもっと新しい論文「マンクーゾのハンフォード研究及び自然放射線とがんの関係について」はまだ一般に受け入れられておらず、今後も受け入れられないかもしれない。しかし、自分が正しいことは時が証明してくれると彼女は信じている。彼女は「二〇年です。新しい考えが受け入れられるには一世代が必要です」と確信を持って語った。
 カールーモーガッは「保健物理の父」とよく呼ばれる。戦争中はマンハッタン計画のプルトニウム生産工場だったテネシー州のオークリッジで科学者や技術者を放射線から守る責任を負っていた。戦後もオークリッジで二九年間にわたり保健物理部長をつとめた。また、保健物理協会の創設メンバーの一人で初代会長だ。また、国際放射線防護協会も創設した。一九五九年以来のICRP委員である。ICRPの内部被曝委員会委員長を一四年間、NCRPの同じ委員会委員長を九年間つとめ、放射線の悪影響から我々を守ることを目的とした戦後の内部被曝制限の設定に、最も責任があった人物である。
 一九六四年、モーガンは、医学界がX線を無造作に扱っているとみて、これを厳しく批判し、多くの医療被曝は不必要であって受け入れることはできないと語った。一九七〇年代の半ば、放射線の最大許容線量を半分に引き下げるべきだと主張した。しばしばICRPの行動を批判した。現在では、モーガンはかつての同僚たちにとって「科学的最下層民」である。ICRPとNCRPで長い間同僚だったローリストン・テイラーは「モーガンは失うような評判を持っていない」と言う。デービッド・ソービーは「彼は今や別な道をとっている。私は彼が“気が違ったんだ”と思う」と述べた。テイラーはまた、モーガンがお金のためにそうなったのではと示唆し、「こんなこと(放射線障害訴訟)の専門家証人ともなると経済的に得るものも大きい。それが動機ということもありうる」という。そのテイラーは少なくとも一つの訴訟事件で専門家証人としてモーガンと対面したことがある。
 モーガンのかつての雇用者であるアメリカ政府は、彼に対する低い評価を、少なくとも一般の人人に対しては感染させることに成功した。アメリカ政府を相手どってジョンストンが起こした放射線障害損害賠償請求訴訟で、連邦判事のパトリック・ケリーは原告側専門家証人として出廷したモーガンに対する政府側の批判を認めたのだ。一九八四年の判決理由書の中でケリーは次のように書いた。「モーガン博士はおそらくかつては尊敬された科学者であり、残っている評価はどんなものでも維持しようとしている……当法廷は、彼が感傷的な人物であって、ただ『家に帰る』ことが、よりよい貢献となる人物であると判断する。モーガン博士の証言はこの法廷では信用が全く置けないものとして排除される」。ケリーは、テイラーはじめアメリカ政府側に立って出廷した専門家の方に信頼を置いた。彼はそれら専門家を「すばらしい」「卓越している」「全く効果的で、正直で信頼できる」「現実的で健全な」「感銘深い」「りっぱな」人々と呼んだ。
 モーガンを擁護する人もたくさんいる。しかし、彼らはみんな体制外の人だ。「私の意見では、彼は人間であり、最高級の科学者であり、聖人に近い」とジョン・ゴフマンはいう。カール・モーガンのかつての学生だったトム・コクランはこういう。「モーガンは、自分で計算できずに助けを求めている敗北者に手をさし延べていると考えている。他の人なら、うまくやって産業界を攻撃しながら、それから収入を得ることができるかもしれない。だが、カールは公明正大にやっている。彼の仕事の大部分は無報酬だ。もし、金が目的なら環境訴訟など絶対にかかわることはできない」
 モーガン自身は彼への批判の一部を大して気にしてはいない。彼は「ロリー・テイラーはまだ友人だと思っている」といい、「友だちの中にはいやなことをする者もいる」とつけ加えた。また、「そういう連中は、エネルギー省や原子力規制委員会、原子力産業に義務を負っているICRPとNCRPの側に立っている。意識的にせよ無意識にせよ、彼らは多分意図的にではなく、エネルギー省などの見方に染まっているのだ」と言う。モーガンは半分引退していて、「私はボスを喜ばす必要がない。自分の研究を、次の研究費増加のために途中で放棄する必要もないし、仕事にしがみつく必要も、賞の候補リストに名を挙げてもらう必要もない」という。
 モーガンたち批判者はICRPの構成をも批判する。ICRPは国際的な放射線学者グループによって設立されたのだから、医療放射線の利用者と密接なつながりがある。委員の約半数は医学博士である。物理学者が第二の大きなグループだ。生物学者や遺伝学者、環境医学や職業医学の専門家でICRPの仕事をしたのはほんの少数にすぎない。現在の構成は医師六人、物理学者六人、生物物理学者一人である。そのうちの一〇人は政府機関の職員で、一人は国連職員、残り二人は大学に籍がある。「ICRP委員の大部分は原子力体制側にかつて雇われていたり、現在もそうだったり、または原子力体制側とたくさんの契約を結んでいる人だ」とモーガンは言う。モーガン自身も三〇年間以上にわたってAECや、体制側の機関で働いていた。「かつてはICRPも有益であったが、一度として体制を攻撃しようとはしなかった。私が自分の人生を託せるような組織かどうか、私には定かではない」

 一般の人々は、何が受け入れることができるリスクで何ができないかについて、自分たちなりの決め方を知っている。だがその結論は、決め方を知っていると思われている専門家の見方と矛盾することが多い。専門家から見ると一般の人たちは、もっと危険な遊びには文句を言わずに寛容でいながら、すでにかなり安全なある種の職業をもっと安全にしようと誤った主張をする傾向がある。特に、喫煙とか車の運転のように、放射線よりももっと危険だとほとんどの研究者が考えている行為を、一般の人たちはそれほど恐れず、放射線に関連したリスクの方をより恐れているように見える。ある保健物理学者によると、「一般の人々の不安は、今ある最善の量的リスク評価とずれている」のだ。

「我々の社会は放射線に対しては、他のほとんどすべての危険に対するよりも高度な防護基準を求めている」とジョン・ダンスターはいう。彼は、放射線に関する不安は、非常に誇張されて、不安とか病的恐怖にまでなっているとみる。例えばイギリス政府は最近、セラフィールド(かつてのウィンズケール)再処理施設から放出される放射能を減らすために五億ドル近いお金をかけた。この問題の担当大臣のウィリアム・ワルデグレーブによると、「多分、他のすべての環境対策にかけた費用よりも多額」である。この放射能減少措置の後でもなお、セラフィールドは世界で汚染が最もひどい再処理施設である。しかし、セラフィールドの親会社の前副社長ドナルド・アベリー博士は「これだけの費用をかければたくさんの病院が建てられ、間違いなくもっとたくさんの生命を救えたであろうと、私は疑問なく信じている」といった。イギリス放射線防護委員会(NRPB)の一九八五年一月の内部文書もこう書いている。「廃棄物処理事業が原因となって数件の死亡が出る集団は、同期間中に、おそらく一〇〇回の世代交代があり一〇〇億件の死亡を経験する集団なのである。個人に与える影響がこの程度なのだから、『我々は正気なのか、単にバカだったのか』と自問しなければならない」。アメリカ政府のリスク解析研究者の間には、一人・レムの被曝量低下のコストが1000ドルを超えてはならないという、非公式な決まりがある。ICRPのリスク評価を使うと一人のがん死亡を避けるには1000万ドルの費用がかかる。これと比べて、煙感知器を使って火災から一人の生命を救うには四万ドル、シートベルトで自動車事故の死者一人を減らす費用は三〇〇〇ドルと計算されている。
 アメリカーエネルギー省は一九八四年、心理学者で恐怖心理研究学会長のロバート・デュポンに、一般の人々の「原子力恐怖症」を克服する方法を見いだすことを八万五〇〇〇ドルで委託した。
 デュポンらは、世論の見方はマスコミの「恐怖をあおる」記事によってゆがめられており、マスコミは反原発イデオローグの影響を強く受けていると見ている。また、原子力問題をよく知って論理的に考える人は、喫煙や自動車の運転の方を原子力発電所よりも恐れるはずだと、彼らは主張した。雑誌『サイエンス85』でウィリアム・アルマンはこれら専門家の見方を次のように表現している。「端的に言えばこうなる。我々一般大衆は非合理的で情報をよく知らない。我々は確率を理解していないし、マスコミによって偏らされ、技術には原始的といえるような恐れを抱いている」
 一般の人々は本当にそれほど非合理的だろうか。一般の人々の反応には専門家よりもより深い論理があると主張するリスク解析研究者もある。まず第一に、喫煙とか飛行機に乗るなど、自分が選べる行為に対しては、添加物入りの食品を食べるとか、核廃棄物からの放出物を吸い込むといったコントロールできないものと比べて、より高いリスクを受け入れるように見える。集団的、社会的リスクで人々が受け入れたがらないものの第二は、集団の中でリスクと、それに付随する利益が均等に分担されない類のものである。ローリストン・テイラーも「放射線に関して、リスクがあったとして、それを受ける人自身が、同時に利益も受けることでそのリスクが償われる唯一のものは、医療分野だけである」と認めている。がんのように激しい苦痛が長く続くものは、それが致命的であろうとなかろうとも非常に恐れ、それよりはむしろ墜落とか交通事故などの突然死の方がましと考える傾向がある。チェルノブイリ事故のすぐあと、マサチューセッツエ科大学のある教授が『ニューヨークータイムズ』紙で、「人々は変わった死に方のことを考えたがらない。このため、放射線のようなものがよけいに恐ろしいものに思えてくるのだ」と語っている。
 また、権威ある人がリスクについて語ったことの信頼性と、もしその権威が間違っていることがわかった場合の結果とに基づいて、人々はリスクを判断する。原子力官僚に対する人々の信頼感は、過去三〇年間ずっと低下し続けてきた。官僚が嘘をついてきたことが何度も明らかになったことが大きい。ローリストン・テイラーは「情報が隠されたり、歪められたりする時には、それもやむをえないと正当化できる政治的、経済的理由があると考えられる」と言った。まだ完全な情報が与えられていないと考えている人々にとって、そうした発言は何の意味ももたない。議論が分かれれば分かれるほど、そして、リスクの大きさがどの程度のものかが不確かなほど、人々は、「危険だという証拠がない」ということでは満足しなくなり、「安全である」という積極的な証明を求めるようになる。これは驚くには当たらない。とくに、どんなに確率が小さかろうと、いったん起きてしまえば世界中に被害を及ぼしたり、将来の世代にまで障害を与えるような事故については、このことがはっきりとしている。インドのポバールでは化学工場の事故でガスが漏れ、少なくとも二〇〇〇人が死亡し、数万人が重大な障害を受けた。一方、チェルノブイリ事故での即死者は三一人だった。人々は、高いリスクであっても比較的狭い地域に影響が限られる化学事故なら、世界全体に長期にわたって与える影響がわかっていないチェルノブイリ型の事故より、受け入れやすいように見える。「あるリスクが社会全体にどのような影響を及ぼすかを、我々が抱く不安の程度が明らかにしているのかもしれない」とアルマンは言っている。


 

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