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菅野典雄著「美しい村に放射能が降った 〜飯舘村長・決断と覚悟の120日〜」が気付かせてくれた大切なこと。
http://www.asyura2.com/11/genpatu19/msg/479.html
投稿者 ジャック・どんどん 日時 2011 年 12 月 20 日 23:00:51: V/iHBd5bUIubc
 

(回答先: 『美しい村に放射能が降った』 菅野典夫:書評(Supersymmetry Brothersさんのブログ) 投稿者 ジャック・どんどん 日時 2011 年 12 月 20 日 21:47:08)

書名の「美しい村に放射能が降った」からは、牧歌的な美しい村、そう、タルコフスキー監督のソビエト映画「僕の村は戦場だった」に出てくる美しい村を思い出します。

ざまあみやがれいさんのブログで、8月に取り上げられておりました。知りませんでした。
菅野村長のお名前も間違っておりました。この上の投稿では、菅野典夫になっていました。申し訳ありません。
ざまあみやがれいさんが、熱く菅野村長の著書の感想を述べられています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65759211.html より転載

2011年08月21日20:52
菅野典雄著「美しい村に放射能が降った 〜飯舘村長・決断と覚悟の120日〜」が気付かせてくれた大切なこと。


飯舘村の村長・菅野典雄氏について僕らは一人ひとり何かしらのイメージを持っているだろう。恐らくそのイメージは「すごくよい」ものではない。村民を避難させずに政府と交渉を重ねるという愚鈍なイメージだったはずだ。少なくとも僕はそうだった。僕は恐ろしい過ちを犯していた。

私は、菅野典雄氏が著した「美しい村に放射能が降った 飯舘村長・決断と覚悟の120日」を読んだ。

泣いた。

間違いなくこの本は、泣かせる本だ。

菅野典雄氏は優れた作家だった。優れた村長なのかどうかは私にはわからない。村長の手腕に疑いを持っているのではなく、優れた村長かどうかは私が決めることではないと思っているから、わからないと私は思う。

ただ、菅野氏は優れた作家だと思った。そして優れた作家ならば、村民の気持ちをつかむために努力するだろうし、刺激的に村を経営するだろうと私は想像する。

私の感情が爆発したのは、次の箇所だった。

=====

「そして、本章からは今年、平成23年に入る。入るべきだが、正直なところあまり気が進まない。このまま書き進めれば、すぐに3月のあの出来事に至るだろう。そうなれば、私は嫌でも、第1章の続きを書かねばならない。今までに述べてきた、私の人生のすべてである、愛する飯舘村が崩壊に向かった経緯につい て。

だから、本当は、ここで筆を置きたい。(以下省略)」

※P124から引用

=====

これだけ読んだ皆さんには、いったいどこで泣けるのかわからないと思う。だけど読めばわかる。ここで泣いてしまう仕組みになっている。仕組みと言ってしま うと、なんだかテクニックめいたものになっているようで覚める方もいるかも知れないが、どうしてもここでぐっと心が掴まれてしまう。

なぜならば、上記の箇所は、124ページにあるからだ。124ページは、この本では丁度真ん中らへんにあたる。124ページまでの半分は、今年までの話だ。

124ページまで、読者は、飯舘村の歴史、とりわけ、飯舘村が菅野氏の手によってどのように変わってきたについて、読んできたことになる。つまり、僕らは、菅野氏の苦労や喜びを124ページ分、今年まで、追体験することになる。124ページまでの詳しい内容はここでは書かないが、明るく、楽しく、村民の様子が伝わってくるようになっている。

だからこの一行に胸を打たれる。

=====

だから、本当は、ここで筆を置きたい。

=====

本の導入の第1章は震災当日の話だった。震災当日、揺れを感じた時からしばらくまで描いたあと、その後、第2章から、飯舘村の歴史について述べられている。

その第2章のタイトルがこれだ。

=====

都会でも田舎でも、

どこの場所にも

長い歴史があるものだ。

======

菅野氏は、何も分かっていない私のような読者に対して、戦略的にタイトルを付けていると思う。間違いなく菅野氏は、都会に住む読者をターゲットにしてこの本を書いている。

=====

都会でも田舎でも

=====

都会に住む人々に、飯舘村の歴史について感じさせ、「飯舘村」という、メディアが報じつづけた特別な運命を背負った村が、3.11以前には、私たちが知っているありふれた都市や村とおなじように連綿と続いてきたと気付かせる。

私は、飯舘村を3,11以降のメディアが報じる文脈でしか知らなかった。つまり、3.11以前の飯舘村について知らなかった。知らなかっただけではなく、想像することをしなかった。想像していたとしても、それは想像ではなかった。

そういう私に、菅野氏は、戦略的に、飯舘村にもどこの村や都市と同じように長い歴史があるのですよ、と気付かせようとした。そしてそれは、僕という読者に対しては大成功を収めた。

実は私はこの第2章のタイトルを見たときに、すでに、菅野氏の強い気持ちを感じていた。正直に言うと、この時点ですでに泣いていたのだった。

この本の構成は大雑把に書くとこんな感じ。

【1】震災当日の生々しい描写

【2】震災直前までの、飯舘村村民たちとの頑張り。

【3】震災当日からの出来事。

きっちり要所要所で、菅野村長の強い気持ちを感じる箇所があり、村長の人生を追体験できるようになっている。おそらく、私が感極まった箇所は、菅野氏が強い気持ちで書いた箇所だ。

僕らには想像力が足りない。想像力を持っていないということではなく、想像力が足りないのだ。どんなに想像力があったとしても、やはり想像力が足りない、という壁を人間を持っているのだと思う。

だけど、僕らは想像力が足りないということに気付かないでいる時がある。想像できていると傲慢になっている時がある。

だけど、やっぱり想像力は足りていない。

私はこの本を手にとったとき「どれ見てみるか」「一応読んでおこうか」といった気分だった。全て想像して知っている気でいたのだ。

そして僕は何も知らなかった。

本当にこの本を読んでよかったと思った。この本を読まなければ、僕は飯舘村について永遠に「知っている」と思っていただろう。

恐らく、多くの人、ほとんどすべての人にとって、「知っていると思っていた自分が恥ずかしい」と思わせる本だと思う。そして、人間には想像する力があるが、いつもその想像力は必ず足りない、ということを気付かせてくれる本だ。

想像力は優しさだが、場合によっては暴力にもなる。

そして、想像力はいつでも必ずたりていない。

これを自覚して生きることが、他者に対して優しいということではないかと、私は今思っています。

=====

都会でも田舎でも、

どこの場所にも

長い歴史があるものだ。

======

この本に出会って、本当に助かったと思っています。

私は見事に復興した飯舘村をどうしても見たくなりました。

いかがでしたか。ご意見、ご感想、お叱りなど、なんでもお気軽にコメントにくださいまし  

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