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日航ジャンボ123便 JAL123便が自衛隊の核ミサイルを後部に受けたのは駿河湾の沼津市「らららサンビーチ」付近である。
http://www.asyura2.com/11/lunchbreak51/msg/868.html
投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 15 日 08:22:43: aijn0aOFbw4jc
 

(回答先: 日航ジャンボ123便 伊豆「らららサンビーチ」の方向を向いているのが、静岡清水のエスパルスドリームプラザ大観覧車である。 投稿者 愉快通快 日時 2012 年 2 月 14 日 18:47:32)

伊豆「らららサンビーチ」付近
から見た「亀島」と、

JAL123便の残骸の形が
極めて相似で一致する。

これは、伊豆「らららサンビーチ」付近で自衛隊の核ミサイルがJAL123便に対し行使されたことを示す状況である。(基本的にJAL123便事件はソ連と自衛隊の合作である。)

http://img.asyura2.com/us/bigdata/up1/source/7370.jpg
http://img.asyura2.com/us/bigdata/up1/source/7364.jpg
JAL123便が核ミサイルを後部に受けたのは駿河湾の沼津市らららサンビーチ付近である。

相模湾でソ連軍機Tu-95ベアにより尾翼を損傷し、駿河湾で再度攻撃を受けたということになる。
・新聞記事の縮刷版で確認できますが、翌年1986年に駿河湾でオレンジ色残骸が上がり、記事になっていました。

・JAL123便CVRでは、18:30頃からコックピットの会話が、もうろうとした状態になっている。18:30頃に、らららサンビーチ付近で核ミサイルに遭遇していると見られる。

・JAL123便乗客複数名の遺書が、いずれも、みみずの這ったような、文字で書かれている。これは、核による意識障害が出ている状況である。

・JAL123便CVRでは、18:30分28秒に、火災警報音が一度鳴り、すぐに止まっている。18:30頃に、らららサンビーチ付近で核ミサイルに遭遇していると見られる。

・当方聞き込み取材で松崎周辺にいたタクシー運転手から18:30前後にどこどこが光った(夕暮れ前に光ったのだから尋常ではない)旨の証言をいただいている。この地域では、かなり多くの人がそれを目撃しているそうである。

・現場の平沢海水浴場は、その後、砂を全て入れ替え、「らららサンビーチ」としてリニューアルオープンしている。外地の砂を多量に持ってきて入れ替えということは、ローカルな浜では特異。

・JAL123便の捜査に入ったアメリカ運輸安全委員会のジムバーネット氏「こんなことを二度と起こさせまい」(アメリカ側の責任者がこのように述べています。)
http://img.asyura2.com/us/bigdata/up1/source/7173.jpg

・「らららサンビーチ」の、名前の由来は、もちろんアメリカ民謡の「森のくまさん」である。くまさんと言えば、ソ連軍機Tu-95ベアである。




(アメリカの飛行機ボーイング747−SRジャンボが)

ある日、森の中、くまさんに、出会った。

(ソ連軍機Tu-95ベア) 

花咲く(伊豆は花も森も多い)森の道、くまさんに出会った。

〜中略〜

らららららららららららららららら(らららサンビーチ)
 

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コメント
 
01. 2014年7月25日 21:51:58 : RLaeLd5pOA
元記事」zeraniumuのブログ「JAL123便の真実(御巣鷹山墜落事故)」


   日本ですでに核兵器が製造されているという情報があります。
   長野県の某所で密かに稼動する核施設でプルトニウムが取り出され、岩手県にある表向きは民間施設の軍需工場で原水爆を製造し(コバルト)、日本近海の孤島にある貯蔵施設に隠されているそうです。しかもその原材料であるウラン精鉱(イエローケーキ)は北朝鮮から入っています。その島の周辺では、近年魚の大量死といった不審な出来事が続いたため調査したところ、自然界に通常存在している値の実に600倍に相当する放射能が検出されました。現在は民間人が立ち入り禁止になっており、近づくことさえできません。

   日本は本来、非核三原則によって核兵器の保有、開発、持ち込みを禁止していますが、それに対する法的な拘束力もありません。日本の場合、アメリカの核の傘で守られることになっていますが、アメリカが日本を守る保障などどこにもありません。ですから「日本の国土と日本人を守るためにやむを得ず、核を自前で装備するしかない」と考えるのは、ある意味自然な成り行きかもしれません。何しろ日本には技術力もあるし、お金もあります。密かに製造して持っていても何の不思議もないのです。そうした情報は、意外と身近なところにありました。

   私の父はかつて科学技術庁に勤めていました。
   その父は、秀才だった従兄を呼び寄せて入庁させ、ある時期一緒に働いていたことがあります。その従兄の妹と私は歳が近かったこともあり、よく連絡を取り合っていたのですが、ある時、彼女がこんな話をしました。
  「兄さんは行き先も言わないで出張することが多いんだけど、おじさん(私の父)もそうだったの?」
   私の父は会計畑だったこともあり、出張することはあまりなかったのですが、技術畑の従兄は何かの開発に携わっていたようで、繰り返し出張していました。彼の妹は、ひょっとしたら核兵器じゃないかと疑っていたようです。もしそうであれば、従兄が仕事の内容を家族にも一切話さなかったのは当然です。出張先も言わなかったようで、真実は今もって闇の中です。ただしある時、私が従兄に「日本で核兵器は製造できないの?」と尋ねると、従兄はこう答えました。
   「できないも何も、アメリカだろうとフランスだろうと、日本の技術がないと核兵器は製造できないよ。日本がその気になれば二ヶ月で製造できる。」

   核兵器を積んだミサイルを飛ばすためには、ICチップにせよ半導体にせよ、日本製の部品が必要なのです。アメリカの対テロ戦争にも使用されているステルス機にも使われる、レーダーに捉えにくい塗料は日本でしかできないし、小松製作所が特許を持っているパワーショベルやブルドーザーは発射台などの施設を作る際に不可欠なものです。ちなみに可動式の発射台に使われる、1メートル当たり80トンの荷重に耐えられるレールは、日本でしか作れません。あとはプルトニウムですが、その入手も難しいことではありません。一番難しいのは、核兵器を製造することよりも、その事実を隠すことなのです。そして事実、日本は核兵器を製造し、その事実を隠すために過去に何度も大きな犠牲をはらってきました。


  JAL123便の真実

   核兵器に使うプルトニウムが、長野県にある極秘の核施設で取り出されているという話を聞いて、私にはピンとくるものがありました。それは1985年8月に起きた、JAL123便の墜落事故との関連です。この墜落事故は実は、金属疲労による事故ではなく、自衛隊と米軍による戦闘の結果でした。

   一連の事件を目撃した地元の人々が、何度も入山して航空機の残骸を拾い集め、25年以上にわたって調査を続けた結果、見つかったのは123便の機体だけではなく、米海兵隊所属のプロペラ機RC-130の着陸装置、地対空ミサイル・レッドアイの弾頭部分、黒い塗装で偽装した米空軍所属F-106の機体破片など、膨大な量の残骸だったのです。

   JAL-123便が撃ち落された主な理由は、アメリカが誘導した円高に反対していた関西財界の大物4人を暗殺するためでした。1985年8月、アメリカは日本に対して「円高にしてほしい」と申し入れましたが、関西財界の大物4人が強く反対し、再度の話し合いでも物別れに終わりました。しかしこの事件には、実はほかにも理由がありました。実は、123便は「核」を積んでいたというのです。国内で製造した核を積んで大阪に運び、大阪港からどこかへ積み出す予定であったというのです。

   アメリカは、日本が密かに核兵器を製造していることを疑っており、その証拠を押さえたいと内偵していたところ、JAL123便で運ばれるという情報をキャッチし、現物を押さえるために黒い塗料で偽装した所属不明機でJAL機を付け狙いました。日本にしてみれば、アメリカを出し抜こうとして核兵器を秘密裡に製造していたので、現物を押さえられると非常に困ります。そこで機体もろとも海中に沈めてしまおうということになり、海上で米軍機に撃墜されるように仕向けたのでした。

   しかし、JAL機の機長は思いのほか優秀な人でした。
   日本政府は、JAL機側には積み荷の中身を伝えておらず、ただ「貴重なものである」ということで、ベテランのパイロットの搭乗を要求しました。そこで自衛隊出身であり、飛行技術に長けた腕利きのパイロットである「高濱雅巳操縦士」をその任に就かせました。彼は戦闘訓練を積んでいるので、米軍によって尾翼が破壊された時点で、すでに人為的攻撃であることに気づいたようです。すぐさま、高度1000メートル以下の超低空飛行へと切り替えました。この高度ならレーダーに捉えられないからです。ただしそのために、以後、123便は管制レーダーからは消えてしまい、周辺の航空管制官はJAL機を助けたくとも、その機影を追うことさえできなくなりました。ですから異常発生後の正確なルートは、今もってわかりません。

   その後の事故調査の状況から推察すると、羽田にも降りられず、横田基地にも降りられず、海上着床の望みも絶たれ、行くあてを失ったJAJ123便は、突如として現れた自衛隊機に誘導されて、長野方面に向かったようです。機長にしてみれば、「これで助かった」と思ったでしょう。ところが自衛隊機は、JAL123便を助ける気など、さらさらありませんでした。米軍にかぎつけられたことを知り、証拠品である「核」を消すために、追って来ている米軍機だけではなく、JAL123便の乗客もろとも、すべてを消し去ろうとしていたのです。

   自衛隊機は逃げまどうJAL123便を誘導し、秘密基地のある高天原(たかまがはら)まで誘い込み、待ち構えていた地上部隊のレッドアイで米軍機もろとも撃墜しました。こうしてJAL123便は、高天原山中にある御巣鷹山(おすたかやま)の尾根へと墜落したのです。そのやり方は徹底しています。JAL123便とそれを追っていた米軍機はもちろん、誘導した自衛隊機、それに諜報活動中であったNSA(米国家安全保障局)の偵察機、さらに異変を察知してついて来ていただけのロシア軍のスホーイまで、ことごとく撃ち落したのです。・・・。

   自衛隊は墜落後も徹底した証拠の隠滅を行いました。
   事故直後から「おかしい」と気づき、山に入って調査した人がいて、当日、山を縦走していた登山者らの目撃情報などを聞いて回り、その謀略の一端をつかんでいます。それによると、登山者らが墜落現場近くに入った午前2時ごろには、助けを求める人々の声が多数聞こえていたそうです。しかしながら現場は険しい斜面の場所でけもの道さえなく、なかなか近づくことができません。そのうちヘリコプターが飛んできて、何かを撒いたとたん、それまで聞こえていたうめき声や物音がピタッとやみ、あたり一帯に静寂が訪れたそうです。

   このヘリコプターの行動について、生存者を残さないために、現場にフッ化ホウ素を撒いたのではないかと、複数の専門家たちが分析しています。その後、事故を目撃した地元の有志たちが生存者を救うべく入山しようとすると、すでに自衛隊がバリケードを築いており、近づくことができなかったと証言しています。なぜ最も近くにいた地元住民より、自衛隊が先に現場に到着していたのか。それが事故ではなく撃ち落したものだということを、如実に物語っています。おそらくその時すでに、核兵器の残骸などの「証拠品」は回収され、闇に葬られたのでしょう。

   その事実を突き止めるべく、調査している人の話を聞きましたが、彼は今も狙われています。昨年も電磁波による攻撃を受け、車が大破したと話していました。街中を車で走っていると、急に「ドーン」という衝撃が走り、事故を起こしたわけでもないのに車が突然破壊されてしまったのだそうです。そうかと思うと、守ってくれる人もいて、「つけられているな」と気づくと、必ずと言っていいほどトラックが、自分の車とつけている車の間に割り込み、逃がしてくれるそうです。

   何が真実で、誰が見方で、敵が何者か、その実態は正確にはつかめませんが、大きな陰謀が存在することは確かのようです。ちなみに、JAL123便が墜落したのが8月で、その翌月の9月に、ニューヨークのプラザホテルで先進5カ国(G5)による合意がなされました。世に言う「プラザ合意」です。アメリカを救うべく、円高ドル安への国際協調が取り決められましたが、日本は想定される円高不況を乗り切るために、金融緩和へと動きました。つまり公定歩合を下げ、低金利政策を採用し、通貨供給量を大幅に増加させ、社会にお金がジャブジャブだぶつくようにして、景気後退を防ごうとしたのです。
   その結果、日本は狂乱のバブル景気へと突っ走ることになりました。



2. 真実の追求者[1] kF6OwILMkseLgY7S 2023年8月07日 18:26:50 : rTsnIcTAOk : NmhHSlZ2TmNkVTY=[1] 報告
<△24行くらい>
18:24 チャカIIが、123便を標的として、掠め衝撃波が襲いO2マスクが、
ドロップします。

18:25 舞い戻って来たチャカIIが、垂直尾翼に命中して、スコーク77を発信し、
東京管制が受信します。
(1万4千フィート)

18:25:20 機長は社内無線で、先輩の
ディスパッチャーと、機体の操作性
に関して、助言を求めます。

18:26 スコーク77に気が付き、全日空機に220への速やかな上昇を求め、123便にコンタクトを求めます。

18:27 スコーク77で、123便から異常事態発生を受け直ちに、救援体制を整えます。

18:28 マヌーバが悪く操縦不能を連絡して、トランスポンダーをオフにさせ、
レーダースクリーン上から機体が、消えます。

こうして駿河湾を渡ろうとした機体を
引き戻しに成功して、伊豆半島の西海岸を北上します。

18:30 客室乗務員は、緊急降下する事を
乗客に放送しますが、機体は下がりません。 沼津市1万4千フィート

18:31 緊急降下したい連絡、
位置の通報するように促されます。
三島市1万5千フィート
駿河湾を焼津市に向かっていたJAL123便擬装機が、トランスポンダーをオンに
しますが、管制官は位置を尋ねて、レーダースクリーン上の機体とは違う事を知ります。
富士山大野路キャンプ場を通過
18:33 富士吉田市と富士山の間を抜けて
来る123便が目撃されます。

落合証言、富士山が窓から下方をスーと
流れて行くと言ってます。

18:34 南から西に向かって旋回を始める123便が、定期運行の機体に目撃されます。1万2千フィート

18:35 甲府市南を左旋回中に最高高度1万5千百フィートを記録し、仲間の管制官が、2次レーダーで123便の記録を取り始めます。

3. 真実の追求者[2] kF6OwILMkseLgY7S 2023年8月07日 18:42:59 : rTsnIcTAOk : NmhHSlZ2TmNkVTY=[2] 報告
焼津市、藤枝市、田子の浦を経由した擬装機は、後部の貨物室に塗られた赤みを帯びたオレンジのペイントがされており、目撃証拠用に低空飛行しますが、その金属的エンジン音さえ、軍用機だと判ります。

しかも大月市上空を直線飛行中に、トライスターに目撃され、機長は軍用機に見えたと証言してます。

横田空域は東京管制塔のレーダーには、
映りませんから、38分頃機影は消失します。

123便をリモートコントロールするべく
先回りする為、18:40には、横田基地を
5分周回し、18:45座間の東を抜けて、
上野村に5分で到達し、周回を始めてますが、トランスポンダーを入れませんでした。

一方123便は、18:40、1万3千フィートで、トランスポンダーをオンにして、
スコーク77を発信しますが、丁度運悪く
JAL123便の機影が消えた速報が流れました。

4. 真実の追求者[3] kF6OwILMkseLgY7S 2023年8月07日 18:54:54 : rTsnIcTAOk : NmhHSlZ2TmNkVTY=[3] 報告
出発機は、運行前に機長が外部点検をしますが、オレンジのペイントに就いて言及されず、飛行機マニアからも問題視されてません。

左側貨物室のペイントは、
最終的に低速標的機を命中させる
場所でした。

背面飛行に入りU字溝の手前で、垂直尾翼の残りを破壊した後、墜落地点にダイブして、北東から追って来たラクトに体当たりされ大爆発しますが、その衝撃で、機体は北西に向き、貨物室の爆風は水平尾翼を後方に500m吹き飛ばし、機体前部、中部は垂直落下して、尾根筋を駆け上がり、後部は123便針路を飛びスゲノ沢に滑り落ちました。

5. 真実の追求者[4] kF6OwILMkseLgY7S 2023年8月07日 19:06:43 : rTsnIcTAOk : NmhHSlZ2TmNkVTY=[4] 報告
大月市上空を飛ぶ飛行機の実体を探るべく管制官は、トライスター機長に尋ねます。良く観察する事になりました。

18:34ファントム機が、藤枝市で目撃された情報を123便にも、伝えさせますが、機長は垂直尾翼の破壊で起きた機体の歪みから発生したR-5ドアの硝子の皸より、抜ける客室内の与圧の現象を社内無線で報告しており、謀略側の目論見は崩れ去ります。

故に、苦しい圧力隔壁破壊と、必要な高度を主張させる事になります。

6. 真実の追求者[5] kF6OwILMkseLgY7S 2023年8月07日 19:22:07 : rTsnIcTAOk : NmhHSlZ2TmNkVTY=[5] 報告
詳しくは、御巣鷹山の悲劇のサイトを
御覧下さい。

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