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あなたのストーリーを、あなたの人生をきかせてください 雑談・Story板になりました
http://www.asyura2.com/12/idletalk40/msg/726.html
投稿者 管理人さん 日時 2014 年 3 月 01 日 14:37:23: Master
 

http://storys.jp/ がおもしろかったので阿修羅でも板を作って見ました。

あなたのストーリーをきかせてください。

初めての方は★阿修羅♪掲示板へ初めて投稿する方法をご覧ください。
http://www.asyura2.com/bbsup/nametoroku.html

↓下にあるコメント欄ならだれでも今すぐコメントできます。
そのうち誰かがまとめてくれる事でしょう。

バイト先のいいところ、
実は今の会社のいいところ、
今までに一番苦労したこと、
母親に言いたかったこと、
結婚のきっかけ、
家族への愚痴?感謝!
あのとき言えなかったこと、
お金について
女について
男について
一番悲しかったこと、
一番うれしかったとき、
一番貧乏だったとき、
成功する心構えはこれだ!とか。

思い出して教えてください。誰かの役に立つかも。  

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コメント
 
01. 管理人さん 2014年3月01日 14:49:12 : Master

学生生活

受験

就活
働く
病気
結婚
家族
別れ


02. avis 2014年7月04日 01:11:32 : oR76XbNWKDnA6 : aoorTBTHOE
 
 
はじめまして。
 
作文をいくつか書いてみようと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
 
 
先日、千住真理子さんの演奏を初めてライブで聴きました。
 
ハンガリー国立フィル  小林研一郎指揮
チャイコフスキー  ヴァイオリン協奏曲   /  『悲愴』
 
新装したフェスティバルホールの響き具合を愉しみに赴いた演奏会。
弦の繊細な息遣いが、吐息にいたるまで耳に届く至福の時でした。
 
父の好みをうけ、幼い頃、お気に入りだったチャイコフスキー。
いまでは、もう、すっかり食傷気味となってしまいました。
それでも、頬の濡れるのは抑えられない『悲愴』
 
 
ささくれだった心を音色だけでゆさぶってみせる。
 
いまさらながら、音楽の力を思い知らされます。
 
 
それにしても…。
 
なにが人の心をゆらすのか。
 
考えはするのですけれど、答えのでたことがありません。
その問いのまわりをめぐりながら、書いてみたいと思います。
 
 
 

03. avis 2014年7月04日 01:22:12 : oR76XbNWKDnA6 : aoorTBTHOE
  
  
  
子どもは、大人の想像以上に大変な思いをして生きている――。
幼い頃をふりかえると、つくづくそう感じます。
  
自分の力ではどうにもならぬ途方もない世界と、なんとか折り合いをつけて日々歩まねばなりません。
「休んでいいんだよ」とか「自分をほめてあげて」とか「ありのままで」などと、誰も言ってくれませんから、
不協和音の鳴り響くなか、幼い私も、ひたすら前進するしかありませんでした。
  
その先に走り続ける20代があり、もう、そのあたりにくると、何のために、どこへ向かっているのか、
ほとんどわからぬまま、ただ、ひた走るために走っていました。
  
  
  
会社の行き帰りは受信機をオフにします。どんな音も色も匂いも感触すら、神経の弦を震わせぬよう。
早い時刻の家路はときに喜ばしいものでしたが、大抵は残業で困憊した人々の群れの流れのままに
ただただ帰巣するだけの道行き―― 記憶の飛んでいることが多かったです。
  

その日も、ほとんど色も音もない帰路でした。
電車が自宅の最寄り駅に着き、吐きだされる人々に紛れ、改札口へ吸い込まれてゆくときでした。
中央の改札口へホームの左右から人々が押しよせ、規則正しく揺れる背と背の間にみえたのです。
  
なんとも懐かしい瞳でした。
どこかもの哀しく憂いをたたえる眼差しは、確かにあの女性のものでした。
一瞬のうちに、ある想い出が、苦みと切なさをないまぜにした幼年期の記憶とともに蘇りました。
  
  
  
小学生の頃の記憶には、どうにもほろ苦いものが多いのです。
なにかするたびに外界と齟齬をきたし、違和感に苛まれるのは、半径3メートル以内の世界すら
うまくコントロールできなかったせいのように思います。

  
駅でみかけたその女性は、同じ地区に住むふたつ年下の秦野百合ちゃんのお母さんでした。
百合ちゃんと私は、さほど親しくなく、たぶん、百合ちゃんと親しい子は、いなかったと思います。
  
 
秋の運動会になるときまって、地区対抗のリレーがありました。
子どもたちは6名ひとチームで走ります。各学年から1名ずつ、1年生から6年生までの6名のチーム。
子どもの少ない地域でしたので、私の地区では、チームがひとつ、かろうじてできました。
  
小学3年生の私。百合ちゃんは1年生でした。この地区では、1年生は百合ちゃんしかおらず、
その後、毎年、彼女はリレーに出場することになります。
そして、それは、私たちの地区のチームは、決して勝てないことを意味していました。
百合ちゃんは、致命的に走るのが遅かったのです。
例によって子どもは残酷ですから、勝てない理由を本人に聞えよがしに言い放つ子が必ずいました。

  
  
それにしても、百合ちゃんは何をするのも遅い子でした。
食べるのも話すのも、なにかしら遅れがちで、子どもたちは、彼女をなんとなく受け入れはするものの、
積極的に近づく者はおりませんでした。
  
その頃、級長や班長など、ていのいいお世話係をよくあてがわれ、教師や父兄と子どもたちとの間を
行ったり来たりしていました。
近所の子らも、クラスメートも、どういうわけか今ひとつ好きになれなかった私には、居場所としても、
最適な役まわりであったのかもしれません。
  
そんな私が百合ちゃんのお世話をする際、どうしても戸惑いを感じるのは、動作の鈍さ以上に、
彼女の美しさにありました。
雪の白い肌、憂いのある瞳、小さな鼻と口、ばら色の頬、それらがとても愛らしくおさまっているのです。
小さな百合のつぼみは、いつか美しく咲き誇るにちがいない、そう幼い私にも想像のつくほどでした。
  
幼い頃、美しすぎるもの、愛らしすぎるものをなにかひどく苦しめたくなる衝動を覚える時期がありました。
高学年にもなると消えましたので、たぶん、幼年期特有のものだったかと思います。

  
百合ちゃんを苦しめることなど、さすがにありませんでしたが、彼女を前にすると、言いようのない感情と
対峙しなければなりませんでした。心に生じているものが何か、その頃はよくわからないものですから、
終始、自らの心の動きより目を逸らし、黙々と彼女の手助けをしていました。
  
心の中が妙なありさまですから、皆が百合ちゃんの走りようの遅いのをおもしろおかしく揶揄していても、
なんとはなしに同調できないでいました。
芋虫が地を這うような走り方を呆然とみつめながら、走るのが苦手な子どもに、これほど滑稽なことを
させるお仕着せの「リレー」そのものが、うすら忌々しく、どうかすると不愉快になってくるのでした。
  
  
そんなある日、百合ちゃんの誕生日会に招待されたのです。
正直なところ、困惑しました。お世話をすることはあっても、親しく話した覚えはなく、学年も違う、
そもそも「おともだち」ですらないのです。
  
母になにかプレゼントを持たされ、よそゆきのワンピースを身にまとい、緊張した面持ちで向かいました。
招かれたのは、私と、さらに上の学年の「おねえさん」ふたり、あわせて3人でした。
  
客間に通されると、見たことのない調度品が迎えてくれました。どれもどっしりとして、端々で渦を巻いた
飾りの多い、西洋風の家具なのです。機能一辺倒なものしかない自分の家と、空気ごと違っています。
渦巻きは照明器具にまでおよび、くるくるくるくる、どこまでも、うねっているのです。
果てしない渦に巻きこまれそうになりながら、なかば眩暈を感じつつ、そこかしこを眺めまわしていました。
  
そうして待っていると、静かに扉があき、伏し目がちの百合ちゃんが入ってきました。
私たちは、たぶん、お祝いの言葉を口にしたかと思います。
それでも唐草の巻きつづけるその部屋は、たちどころに『眠り姫』の森よろしく静寂に満たされてゆきます。
誰も何を話したらよいのかわからないのです。

  
しばらくして、百合ちゃんのお母さんがトレーにティーカップとポットを何客かのせ、入ってこられました。
座った席からその女性をみあげれば、肉厚の薄く彫りの深い小さな顔の背景に、うねるシャンデリアが
ひかえる―― その光景は、やはり、日本ではありませんでした。
  
ただ、百合ちゃんの美しい母親、秦野さんの登場で、子どもたちは妙な緊張のほどけていくのを感じたかと
思います。かしこまる子どもたちへ向けられた彼女の柔和な笑みと、そして、ようやく沈黙から解放される
安堵のせいでした。
  
それぞれに差しだされたのは、「紅茶」でした。しかし幼い私には、それが何なのか、よくわからないのです。
たしか両親だけが飲んでいたことをおぼろげに思いだしますが、器はかなり違います。

花の模様に金箔と唐草をほどこしたカップ、華奢な持ち手は予想を裏切らず、しっかり渦を巻いていました。
ティーカップの近くに、すこし小ぶりの陶器のポットがふたつ――。
きっと私は、すがるような視線を秦野さんに向けたのだと思います。
彼女は私の当惑をみてとると、包みこむようにして、紅茶の飲み方を教えてくれました。
  
シュガーポットから白い花びらに似た砂糖をつまみ、ミルクをそそぎいれ、スプーンを手にとるところまで、
ゆっくりとやってみせてくれたのです。
彼女の美しい仕草にみとれるほどに、見知らぬ飲み物をまえに、こわばっていたものが、とけてゆきました。
  
ふと、隣に目をやると、百合ちゃんが静かに小さな唇をカップの端にそえていました。
いつもの彼女ではありません。落ちついた淑女のような雰囲気すら、かもしだしていました。
みようみまねで私も、おずおずと渦巻きの持ち手に指を入れ、思いきってキャメル色の泉に口をつけます。
えもいわれぬ香りと甘み。この世にこれほど素敵な飲み物があったとは……。
すっかり心を奪われていました。
  
慎重にカップをソーサーに戻し、ためいきをつきながら顔をあげると、秦野さんの眼差しとあいました。
ずっと私の様子をご覧になっていたようで、嬉しそうに頷きながら人なつこい笑みをおくってこられました。
そうやって、あまりよく知らない大人から、アイコンタクトをうけるのも、うまれて初めてでした。

  
紅茶のことで胸をいっぱいにしていると、年上の「おねえさん」たちが、「百合ちゃん、おめでとう!」
そういって、プレゼントをさしだしていました。あわてて私も、もってきたプレゼントをとりだしました。
百合ちゃんは、嬉しいのか困っているのか、よくわからないような面差しになっています。
わずかに身をよじりながら、口をもごもごさせていて、いつもの百合ちゃんに戻っていました。
  
「百合、どういうの?」 
秦野さんがうながすと、一瞬、制するように百合ちゃんの瞳が母親をみかえすのです。
わかってる、というふうに。そんな百合ちゃんは初めてでした。
けれど、すぐに小さな顔をあからめ、やっとのことで、かぼそい声音をたてるのです。

  
「……あり…が…と……」
  
初めて聴いた気がしました。
そんなはずはありません。寡黙な彼女でも、これまで、なにかしら口にしたはず。
ただ、彼女の声に、これほど耳をそばだてたことはなかったのです。
ふいに、しずくの落ちて響くような、そんな声でした。

  
そのあとは、もう何も覚えていません。静かな、とても静かな誕生日会であったということだけです。
印象に残っているのは、極上の飲み物と美しい母親、そして、どうにも居心地の悪そうな子どもたちが、
百合ちゃんもいれて4人。
  
母親の用意した誕生日会に一番とまどっていたのは、百合ちゃん本人であった気がします。
ときおり私たちにむける、彼女のすまなそうで切なげな眼差しが、すべてを物語っていたように思います。
  
なにより、それらの様子を愛おしげにみつめていた美しい人が、私たちそのものを
大そう喜んでいたということ――。
  

 
  
駅でみかけた秦野さんの瞳にスイッチを入れられた受信機は、思い出したようにせわしく動きはじめ、
家に帰りつくまで、これらの光景をひといきに、くりひろげみせてくれました。
 
帰宅して、いつになく、くっきりとした声をあげてみたのです。
「ただいま。さっき、駅で、秦野さんに出会ったの。なんだか、懐かしい――」
  
寝室から身づくろいをしながら、あわただしくやってくる母は、怪訝そうに私をみやると
「なに言ってるの。今から、その秦野さんのお通夜へ行くところよ――昨夜、亡くなられたらしくて――」
そう言い残し、足早に玄関へ向かう黒っぽい背をぼんやり見送りました。
  
もう何年ものあいだ、秦野さんを思いだすような余裕は、その頃の私にはありませんでした。
紅茶をいれることすら忘れ去った日々を送っていました。
それでも、あの瞳は、確かに彼女のものです。
  
  
  
小学校を卒業したあと、私は離れた中学校へ進んだため、百合ちゃんと母親に出会うことは、
ついにありませんでした。
美しい親子のことも、彼女らとの想い出も、心に映すことのない十数年の日々。
駅に現れた秦野さんこそ、私のことを思いだしてくださったようにしかとれない、そんなできごとでした。
  
しかし、そのことをもって、魂についても、死生観についても、たちどまって考えることなく、
もちろん、自らを省みることもなく、再び私は忙しさにまぎれてゆきます。
  
稀有な機会を無にしたことを悔やむのは、その後、何年もたってからでした。
  
  
  
  


04. avis 2014年7月11日 02:27:38 : oR76XbNWKDnA6 : QFn434kX6o




「紅茶」で思い出したことがあります。


ヨーロッパの映画やドキュメンタリーで、人々が、
紅茶にビスケットをひたすシーンに、ときどきでくわします。
そのたびに、なにかしら、ご飯をお味噌汁にひたすような、
なんとも子どもじみた所作に思えたものです。

特に、年配の方々が、ビスケットを思い思いにひたしては、
お口に運ばれるのをまのあたりにしてしまうと、
食べやすいよう、柔らかくしておられるのだ、などと
「余計なお世話」な解釈をしておりました。


それが、名うてのプレイボーイが、さっとワインにひたし、
恋人の口にあてがうのを目撃した日には(…映画で)
俄然、…こ、これは!……私もやってみなければ……
と、さっそく――。

そうして、ようやくわかりました。
なぜ、欧州産のビスケットが異様に乾燥していて硬いのか。
お茶にひたして食べるのを念頭においたものなのですね。
そうとは知らず、ずっと、カリカリ、噛んでおりました。
ヨーロッパ人らの味覚を訝しく思いながら。

いまでは、紅茶にもカフェオレにも、すすんでひたすように。
平凡なビスケットも、実に美味になります。
ぜひ、お試しあれ。
(注意 : ひたすタイミングによっては、麩(ふ)と化したものが
 カップ内を浮遊したり沈澱するはめに。くれぐれも
 よい子はマネをしないよう…)


こうした思い込みで完結している事項が、まだまだ、
ほかにもあるかと思うと、眩暈がしそうです。


思い込みや拘りによって、知らず自らを縛っていること。
解けるまで縛られていたことにすら気づかないとしたら――。


「無条件の愛情」
この概念に拘泥していた頃の話をしてみたいと思います。





05. avis 2014年7月11日 02:33:38 : oR76XbNWKDnA6 : QFn434kX6o




以前、ある博士に、かなり込み入ったことを相談する機会がありました。
ちょうど、大切な人について、私がこんなふうに言い表すと、博士は即座に返されたのです。

「彼は―― 大そう、心根の美しい人で、どんなときも、無条件の愛情をそそいでくれました――」

「ありえない。無条件の愛情は神しか持ちえない。どんな人間も無条件に人を愛することなどできないのです」

ひとことも返すことができませんでした。
急に、ひどく恥ずかしくなり、私は、その続きを話せなくなりました。
博士にうながされ、なんとか継いだものの、もう、どのように話しても、うわすべりになるばかりでした。
それほど、「無条件の愛情」は、その頃の私にとって、心のよりどころであったのです。


それから何年か立ち、私は恋をしていました。
6歳も年下の人で、仕事上のつきあいが、あるときから猛烈なアプローチに変わり、いつのまにか、
すっかり私もその気になっていました。


もうすぐボストンの大学から、その人が帰ってくる頃でした。
日米を行き来する研究者でした。平凡な私には、もったいない「属性」の人。
結婚を前提につきあいたいといわれたときは、―― ああ、これで両親に喜んでもらえる――
そう安堵してしまうほど、それまでの私は、喜ばれない人とばかりつきあっていたように思います。


冬の休日に、凍てつく京都をひとり散策していても、なにやら、愉快な気分に満たされるのです。
恋をしている時とは、皆、そういったものでしょう。

家路につくまえに、京都駅に隣接するデパートの紳士物売り場に立ちよりました。
探していたのは、冬物の靴下でした。
ボストンは寒くて―― という彼のひとことで、なにか温かいものを贈りたくなったのです。

―― なんでもないときのプレゼントって………嬉しくない?

そう自分に訊ね、ひとり、笑みをかみころします。
なんとも、こういう時期の心象は、実に…………………愚かです。

機能別に並んではいても、種類の多さに迷っていると、男性の店員が控えめに声をかけてきました。
温かくて、スニーカーにあうような、カジュアルでいて、上等な靴下がほしいことを
要領の得ない言いようで伝えると、

「かしこまりました」 
そう言って、手早く、いくつか素敵な靴下を目の前に並べてくれました。

―― どれも、いい感じ。みんな、ほしいな。ぜんぶ、買っちゃおうか。
いや待て。いくつも贈るのは、名実ともに「重い」から、負担にならないよう――。

などと、勝手にあれこれ巡らせながら、ひとつを手にとりました。
やわらかい肌触りと深い色合い、思わず気に入り、店員に目を向けると、

「それなら、いくつか他にもサイズや色違いがございますので、もってまいります」
そう言い添え、彼は足早にバックへ消えていきました。

とたんに、心を占めていた温かいものが、潮の引くように退いてゆくのです。
まもなく、もう一人の私が、こうつぶやきました。

―― だいじょうぶ?そんなもの、うれしそうに手にして……まだ、話してないじゃない、あのこと。

冷笑とともに吐かれたつぶやきは、私の胸をいっぺんに冷たくしました。

―― そんな…よくあることだし、ちゃんと話せば、きっと…………わかってくれるはず……。

そう言い返しても、心のありようは、脳内の冷却装置が作動し、拍車のかかるばかりです。

にわかにそわそわして、店員の消えたバックをみやりました。まだ、帰ってくる気配はありません。
逡巡するまもなく、踵を返し、売り場をあとにしていました。

―― 馬鹿みたい。ほんと、あなたのいうとおり。

立ち去りながら、もうひとりの私に同調していました。

まるで急ぎの用でもあるかのように、早足で駅構内をずんずん歩き、しまいには走り出して、
そのまま、発車間際の電車に飛び乗りました。
スピードをあげ、有無も言わさず夕闇をきりさく電車には、かえって、せいせいするほどでした。

―― 遠ざかるだけ遠ざかれ。不似合だ、私には。

車内をうつす窓に、貧相な自分をみとめ、心から思いました。

―― 買わなくてよかった、あんなもの。


自宅近くの駅に着くと、今度は自転車に乗り、家路を急ぎます。
日の暮れたとはいえ、様々に人々がそぞろ歩いたり、自転車を走らせたり、車がクラクションを鳴らしたり。
いつになく自転車をこぐ力は、ずいぶんと弱いのです。足が沈んで重いのです。理由は、わかっています。

のろのろ走るずっと先に、いつもなら簡単に突破できる遮断機の、ゆっくり降りるのが見えました。
踏切を前に速度をさらに緩め、2〜3台、縦に並んだ自転車のあとに続き、止まりました。
だらだら通り過ぎる電車をぼんやり、やりすごしていると、いきなり、腕をつかまれたのです。
驚いて、つかんだ人を目にし、思わず声をあげていました。

「さっちゃん、さっちゃんじゃない!」

「―― だれやったかなあ。おもいだせないんやけど―― だれやったかなあ――」

腕をつかんだまま、彼女は私をみあげ、困ったというふうに、そう繰り返します。

「ユリよ、ユリ。ほら、小学校で、一緒だった――」


私の顔の形から、なんとかして、遠い記憶を呼びさまそうとする彼女の瞳に、
すこしずつ灯がともりはじめました。

「ああ、ユリちゃん、そうや、ユリちゃんや!ユリちゃんやん!!やあ、ユリちゃんやん!!!」

さっちゃんは、はじけるように笑いだし、大喜びしたまま、まだ、私の腕をにぎっていました。

「さっちゃん、ほんとに、ひさしぶり―― どうしてるの?」

私も一気にうれしくなって訊ねました。さっちゃんは、それには応えず、

「ユリちゃんは、どうしてたん?元気やった?あ、がっこうの―― かえりか?」

最終の学校を卒業してから、もう10年は立っています。

「ああ、ちょっと、今日は、京都にいってたの」

「京都?えらい、また、とおいところ、いってたんやなあ。さむなかったか?」

さっちゃんと話がしたくて、私は、自転車から降りました。そうして、ふたり並んで、踏切を渡りました。

家路の通過点でしかないこの踏切を自転車をひいて渡るのは、ほんとうに久しぶりでした。
さっちゃんと並んで歩きはじめると、まるで小学生の頃、田園の続く長い道を一緒に歩いて帰った日に
連れ戻されるようでした。ひと足ごとに、胸がゆっくりと温まってゆきます。

隣でさっちゃんは、顔をくしゃくしゃにして笑い、体をゆらし、全身で会えたことを喜んでいるふうでした。
私も、うれしいのと、照れくさいのと、愉快なのとで、みるみる上機嫌になるのがわかりました。
なにか話そうとして、さっちゃんをみつめる私の瞳は、いつになく、ずいぶんと明るかったと思います。

けれど、私と目をあわせたとたん、さっちゃんは、こう言うのです。

「あ、ごめん。いそぐんやろ?よびとめて、わるかったなあ。行って。自転車にのって、はよ――」

不意に、なにかがこみあげ、うろたえました。目の奥が、かっと熱くなるのです。

「―― そしたら…そしたら、おさき」 

そう早口で応え、急いで自転車に乗りました。
目のまわりが、どんどん赤らみ、さっちゃんをまともにみることができません。
かまわずこぎはじめると、うしろから、昔のままの声が追ってきました。

「ユリちゃーーーん。また―― また、逢おな ―― きっと―― きっとやで―― 」

さっちゃんの声の最後のほうは、車のクラクションやら、ライトやらで、かき消されてゆきます。
背を丸めた私は、そのまま、思い切りペダルを踏みこみました。

京都よりひきずっていた傷心の足もとは、どこへやら、全力で、こいでいました。
おかげで、目からあふれるものは、次から次へと、後ろへ飛びすさってくれました。


小学校の頃、私は、さっちゃんのお世話係でした。
皆から、汚いと疎まれた彼女でしたが、もう、心根の美しさったらなかったです。
私は、さっちゃんが大好きでした。さっちゃんも、私のこと、すこしは、好きだったと思います。

無条件の愛情などありえない。そう、博士は言い放ちました。
確かにそうでしょう。人間の抱く愛情など、たかがしれています。

けれど、あの日、10数年ぶりに出逢えたさっちゃんがもろ手をあげ、私にさしだしてくれたのは、
無条件に近い愛情であったと思いたいです。


小学校を卒業したあと、私がどんな道をどんなふうに歩き、なにがあり、どうしたか――。
たったひとつのことすら、人に打ち明けるにも躊躇してしまうのに、さっちゃんに会うなり、
なにもかも、まるごと肯定された気がして、したたかに胸をつかれたように思います。

深みにはまり、うずくまる私をそうやって、一瞬にして、すくいあげてくれたのです。
そんな芸当、誰にできるでしょう。


ほどなく、私は、「あのこと」を彼に打ち明けました。すこし戸惑ってはいましたが、
気持ちは変わらないとのことでした。
なんとも、ありがたい申し出でしたのに、半年もすると、結局、私の気持ちは変わってしまい、
あっけなく終わりました。理由は、こうです。

彼の心根は………いまひとつ………………………………………美しくなかった………。

自分のことを棚におき、いったい、これは、なんと傲慢な判断基準でしょう。
けれど、しかたありません。心根の美しさ―― それは、心根のよろしくない私にとって、
ゆずれないことでした。


心根の美しい人は、無条件に近い愛情をなんなく生成してみせてくれます。
それをみようみまねで、私もこしらえ、かえそうとします。
うまくいかなくても、応えようと試みるのは、心根が美しくなくても、できます。


そんなふうに関係を育む、深淵な径路に惹かれていたのかもしれません。
そして、その道ゆきで、許されたかったのだと――。

あの頃、「無条件の愛情」に拘ったのは、艱難をしのぐほどに抱え込んだ葛藤のあまり、
どうにも自分を許すことができなくなっていたからだと、今なら、わかります。

その後、何年もかけて、ようやく、葛藤も、どこか遠くへ鳴りを潜めてゆきます。
すると、「無条件の…」などという大そうな言葉も、姿をみせなくなりました。


ただ、身勝手な物差しで人を裁いてきたこの者は、いまだに独り身です。

孤独、上等、であります。




06. avis 2014年7月18日 20:28:15 : oR76XbNWKDnA6 : QFn434kX6o



無条件に*近い*愛情

これなら博士にも叱られずに使えそうです。


無条件に近い愛情を注ぐ人として浮かぶのは
幸か不幸か、私の場合、母と妹です。
博士に話した人は、もう、この世におりません。


彼らは心根が美しいです。
(そう身内を表現するのは抵抗を感じますが)

その美しさゆえに、私の醜さを映しだす鏡であり
愛された記憶ゆえに、強くもなれます。



大切な人々。

いずれ、彼らを失います。



とても乗り越える自信はありません。







07. avis 2014年7月18日 21:06:58 : oR76XbNWKDnA6 : QFn434kX6o





喪失からの回復―― このテーマにとりくむ作品は、世にあふれています。
作品内で納得しても、そういった実話に接しても、いずれ自らの身に起きるものとしてとらえたとき、
受容はあっても回復などありえるのか、そう疑義をさしはさみたくなるのは、大切な人の死です。


家の向かいに、ピアノの先生が住んでおられました。
ピアノの普及率の右肩上がりの時代には、付近の子どもたちは皆、先生に習ったものです。
発表会のほかに冬になると、クリスマス会も催されました。背の高いクリスマスツリーに贈り物も用意され、
毎年、とても楽しみでした。そんなとき、ピアノのある部屋は、大きな窓から柔らかい光の燦々と入り、
手入れされた庭をみわたせる、ちょっとしたサロンのようでもありました。

先生には、私たち姉妹も、幼い頃からお世話になりました。
ご近所のよしみでしょう。発表会用に私たち姉妹に与えられる曲は、いつも、ほかの生徒より、少しばかり
聴きばえのするものであったそうです。ピアノをやめて随分たってから、母より聞きました。
先生が私たち姉妹を大切に思ってくださっていたということも、ずっとあとから知るところとなります。

幼い頃から親しんだとはいえ、親から与えられた稽古事には、ちょっとした苦痛もありました。
なんとなく面倒になる時期は、どんなことにもあるものです。途中で母に泣きついてやめた妹に比べ、
高校に入っても続ける私に、先生は、ある日、音大受験を打診してこられ、困惑した覚えがあります。


何事も要領のよい妹を横目にまごつくうちに、やめるきっかけを失い、いつのまにか奏でる悦楽を覚え、
そのまま、目的もなく、ひたすら自己満足と惰性風味の愉しみに、ひたり続けていたのでした。
とんでもないと驚く私に、大そう落胆なさったご様子で、自分のなにが先生をその気にさせていたのか、
しばらく顧みたほどでした。

それを機に、愉しみであったピアノから少しずつ遠ざかるようになり、大学の授業や試験に忙しくなると、
練習に時間をさけなくなり、やめることになりました。どんなふうに切りだしたか、もう思い出せませんが、
こうして先生と私は、表面上ごく普通の「ご近所の大人同士」になったのです。


大人になっても、たいてい、ご近所の方々は、子どもの頃の呼び名を口にしてくださるものです。
それが、ときに気恥ずかしく、ときに嬉しかったりするのも、よくあることかと思います。
先生にとって私は、ずっと「生徒」であり、向かいに住む「幼い子ども」であり、そしてなにより、

――「欠損をかかえる者」


たぶん、先生は私に、ご自分と同種のものを無意識に嗅ぎとっておられたように思います。
先生に対し、私もそのつもりで、ほかのご近所の方々とは、また違った気分をもっておりました。

実際、先生は、ふつうの大人たちと少し違っておられました。
世事に疎くていらっしゃるというか、微妙にずれておられるというか、ずっと少女のような面をおもちでした。
遠くにも近くにも、お身内の方以外に親しい方のいらっしゃる気配はなく、世俗的なおつきあいの
苦手な方でもあったように思います。


また先生は、ピアノの練習時に生徒を叱ることなど、ただの一度もありませんでした。
温かく、優しく、しとやか、それがずっと変わらぬ先生の印象でした。
ピアノ教室の合同発表会で、厳しい教師らをみかけると、「先生でよかった」と安堵しておきながら、一方で
「門下の生徒が今ひとつうまくならないわけだ」などと、生意気な見立てを子ども心に巡らせたものです。


そんな先生のかたわらに、いつも寄りそっておられたのが、もの静かで優しいご主人でした。
お似合いのおふたりは、ともに背が高く、若い頃は、街でも評判の美男美女のカップルであったそうです。
先生はいつまでもお美しかったですし、ご主人は今もハンサムでいらっしゃいます。

先生の家に、母と一緒にお呼ばれしたときのこと……。
応接間で先生をまじえ歓談していると、おもむろに扉がひらき、ご主人が、大きなトレーに紅茶やケーキを
いくつものせて入ってこられたのです。手慣れたものといったご様子でした。
今、90歳代の男性に、自然とそういった振る舞いのできる方は、たぶん、少ないかと思います。
ご主人がそのような方とはつゆ知らず、あまりの驚きで、母と私は思わず立ちあがったまま凍りつき、
一瞬、どうすればよいかわかりませんでした。

重そうなトレーを両手でかかえ、そろそろと入ってこられたご主人を先生は一瞥したとたん、片手で制して、
早口で、こうおっしゃったのです。

「まだ、はやいっ」 

衝撃的でした。
私たちは、完全に座るタイミングを逸したうえ、あっけにとられておりました。
ご主人は、「そうか、わるかった、わるかった」と照れ笑いを浮かべられ、私たちにも笑みを向けられると、
トレーをもったまま、エビのように背を丸め、すごすごと後ろへ退いていこうとされるのです。
家父長制の仕きたりを色濃く残した家庭で育った私は、もう、気が動転してしまい、
こう口走ってしまうほどでした。

「い….いま……いまっ!いただきたい…です」

唯一、先生のありのままとわがままを受けとめておられるのは、どうも、ご主人であったようです。
この日を境に、私の、ご主人に対する「評価」は、秘かにうなぎのぼりのごとく上昇をみせるのでした。

おふたりは、音楽のうえでも、深く結ばれておられました。
ご主人は、アメリカから何百万もするスピーカーを手に入れられ、しかも、幾度も買い替えられては、
そのたびに様々な機器や音色にあわせ、ご自分で材料と形を選定してラックを手作りなさり、
ときに部屋ごと改造して、僅差の調節を愉しむ、生粋のオーディオマニアでした。
それらでもって、「クラシック音楽」を朗々と鳴らされるのです。

そして、そのことを先生が私に愚痴としてこぼされる際、なんといったらいいか……こんなふうでした。

「―― そんなものばかりに……お金を費やすものだから……」

どうお応えしてよいかわからず、曖昧に微笑んでいると、

「あら、わたし、節約をしているの。ほら、お店のレジにかかっている、葉書があるでしょ。
あれをもって帰って、書いて送るの。……お皿とか、コップとか、けっこう、当たるのよ――」

愉しげにそうおっしゃって、ひかえめに微笑まれるのを目にすると、景品を当てるという行為が、
あたかも、大そう高貴なことのように感じ入ってしまうくらい、先生の品格は落ちないのでした。


ところで、ご近所の方々の動向は、口の端にのらずとも、なにかしら、うすうすとわかるものです。
たとえば、どなたかと「おつきあい」が始まると、車で送り迎えされることが少しずつ増え、いずれ、
ご近所の耳目にも触れるところとなります。
たまに、両親に会いたいなどと、猛者が現れると、そのまま、家族ぐるみでつきあうはめになります。
様々なバージョンで繰り返されても、当人らが口火をきるまでは、素知らぬふりをとおすのが、
ご近所の暗黙のルールであるはずですけれど――。

庭先で、先生に、過日のいただきもののお礼をひとしきり伝え、さて、洗濯の続きに戻ろうかと、
会釈をして離れようとすると、いきなり――

「そういえば、ユリちゃんたら、このごろ、ほんと……会うたびに、綺麗になっていくから……
もう、ほんとうに……。このところ、とくに…そう感じるの…」


「…え……ええ!?…そんなこと………ありませんよ……気のせいです…ほんとに……」

と、なんとかとぼけて苦笑するしかなく、だからといって、「もうすぐなの」とか「どうなの」などとは、
決しておっしゃらないので、ほんとうに何の話か互いにはっきりせず、意味深に微笑みあったまま、
毎回、立ち別れとなるのです。
そんなときの先生は、詮索など感じられず、私の身に起きていることへの祝福に満ちておられました。

交際の始まるたびに、そういった、意図のあるようなないような会話が先生との間で交わされるのです。
それは、しかし、いくたび繰り返そうと決して、「ユリちゃん、おめでとう!」にはならないのでした。
そして、それこそが、私の幸せであると、お互い暗黙のうちに了解しているのです。

先生は母に、「ほんとうに、ユリちゃんは、お幸せだわ…」と、ことあるごとに、しみじみと
おっしゃっていたようで、それはまた、母を静かに喜ばせてもおりました。


ある日、先生からお電話がありました。かなり、めずらしいことです。
ちょうど家には私しかおらず、母に伝えてほしいと前置きされ、話し始められた内容に、一瞬たじろぎました。
とりつくろうように私は、こういったときによく語られる、慰めにもならない安易な言葉を口にしていました。

「―― 医者のいうことなどあてになりませんよ。余命を宣告された方が、その後何年も元気に過ごされる
といったことは、多々ありますし――」

渦中におられる先生に届くとは、到底思えない上滑りな言いように、ほどなく嫌気がさし、途中から、
真に思うことを言ってみました。ただ、口をついてでる自らの言葉に煽られ、いつしか饒舌になっていました。
先生のお心にどんなふうに寄り添えばよいか、とても不安であったことを覚えています。

「―― 長さよりも……生きる…質の方が、大切だと、思います。最後をどんなふうに、お過ごしになりたいか、
どうすれば、心地よく過ごせるか……今こそ、思い存分、先生のご希望をおっしゃるべきです。
……それが結局……残される者にとっても、悔いの少ない……お別れに、つながる…気がします――」

「…そうよね。ユリちゃんもそう思う?そうよね。私もそうなの。病院なんて……病院なんて、行きたくないの。   
………絶対に、行きたくないの――」

そのあたりから、先生は、ほとんど無垢な思いのまま、語り始められ、気がつくと、1時間以上も
受話器をにぎりしめておりました。
まるで、友に話されるように、すっかり気を許され、様々な思い出を語っておられました。


不思議なのは、先生が気丈でいらっしゃるのか、そういうご気質なのか、それとも、私への遠慮が
おありであったのか、どんな話も、しめっぽくならないのです。
ご自分の死へ向かう話をなさっていても、どこか、つきぬけた明るさがありました。
それは、ずっと先生に感じていた少女の棲む場所からくるように思うのです。
そしてなにより、悔いのない人生を送ってこられた証しとも――。

しかし、先生はほどなく入院され、しばらくして、全く歩けない状態で戻ってこられました。
それからお亡くなりになるまでの2週間ほどは、ご家族やご親族の方々があしげく通われ、
穏やかなときを過ごされたように思います。


ただ、ご近所の方の来訪は、ご子息を通して、断っておられたようでした。
ご近所は皆、気分の優しい、思いやり深い方々のように思いますが、先生にとっては、
気心の知れるほどのおつきあいではなかったのでしょう。

そんなふうでしたから、私もそのまま傍観するだけでした。
今思うに、お願いすれば、もしかすると、お見舞いを許してくださったかもしれません。
けれど、ベッドに言葉もままならず、ふせっておられる先生を見舞うのはつらく、きっと、先生もお嫌であろう
―― そう自分に都合よく考えることにしました。

お戻りになってから1週間ほどした頃、先生の家のすぐそばの電信柱に、カラスらがとまっては、騒がしく
鳴き始めるようになりました。死への嗅覚の鋭い者どもです。いよいよその日の近づくのを思わされました。


心の準備をしました。夜になると、なるべく耳を澄ますようにしておりました。私なりの予感ゆえです。
いつものように未明になり、ベッドにもぐりこんで、すっと自らの気配を消していると、鳴りはじめました。
膝の鳴る音です。

美術館のような静かな場所に立つと、自分の膝で鳴るのをよく耳にします。
たとえば、気に入った絵の前に立ち止まって、しばらくすると、かすかに鳴るのです。
立ち止まったあと、わずかに膝の骨が、より良い状態に向けて、ひとりでに動くように思います。
これは、膝に微妙な変形のある者特有の症状でしょうか。
先生は、晩年、膝をずいぶん悪くなさっていました。

深夜、部屋で聴こえたその音は、間隔をおいて、4〜5回ほど鳴ると、静まってゆきました。
先生がいらっしゃったと感じました。

翌朝、ご主人がいらして、未明に亡くなられた先生との対面を許されました。
白いブラウスと黒いスカートに着替え、ご近所の方々と一緒におじゃましました。

通された部屋のベッドには、うすく目を閉じ、うっすら口をあけ、化粧をほどこされた、先生によく似た屍が
ただ、横たわるばかりでした。それはもう、ひとつも、先生ではないのです。
ご近所のなかには、声をあげて泣きだす方もおられ、ますます、気分の醒めていくのを感じました。


ご主人やお世話をなさったお身内の方の明るい言い草やご様子に、ふいに、涙ぐみそうになりましたが、
思い残すことはないといった風情で、気丈に振る舞っておられるご主人を前に、泣いてはならない気がして、
懸命にこらえました。


先生とご主人は、いつも、どこへいくのも、おふたりでした。
しばらく先生のお世話をなさったお身内の方いわく、おふたりが、それはもう、かたく結ばれているご様子には、
はたから見ても、やけるほどだったと、もらされるほどに――。

ご葬儀の翌日、家の前の道に、大きなトラックが止まりました。
クレーン車の立てるような大きな機械音がして、不思議に思い、カーテン越しに眺めておりました。
しばらくすると、先生の家より、はすかいになりながら、ゆっくりと、古びたピアノは運びだされ、
トラックの荷台に乗せられると、ほどなく出てゆきました。


あのピアノは…………分身……いや、先生そのもので、あったはず――。


人の、喪失への対処の方法に思いめぐらせる日々が、始まりました。



                              * 


先生と好きな花の話をしたときのこと…。

「―― 白い花なら、どんな花も好きです。白が…白が大好きですから――」

そう言いながら、先生は白いバラのよう、などと思い浮かべていたら、ぽつんと返されました。

「…菜の花……菜の花が好き。あのきいろの花が、いっせいに咲くのは、ほんとうに、うれしくなるの」

―― きいろ……。

肩すかしをくらった気分でした。

―― レモン色はよいけれど、あの黄色は…。黄色い蝶より白い蝶のほうが、儚くていい…、
    あの黄色は、重い。…白……、そう、白のほうが、きっと、先生にお似合いなのに……。

脈略のない考えがいく筋か流れ、そのまま、なぜか腑に落ちない記憶となっておりました。

お亡くなりになって数日ほどたった頃、近くの川に沿って、しばらく自転車を走らせていると、
一面に咲いた菜の花が風に揺れておりました。

五月の光に映え、萌える色に瞳を射られて初めて、菜の花を愛する先生のお気持ちに、
すこし、そえる気がしました。
「あの黄色」は、陽の色でした。
愉しげにお顔をほころばせていらっしゃるときのまぶしさと、風に一斉にゆれる陽の色の花は、
どこか、似ておりました。







08. avis 2014年7月25日 21:53:08 : oR76XbNWKDnA6 : 92WALQjOvE




「喪失からの回復」のつづきです。


折々に巡らせた断片として、テーマに直接関わらないことにも、言葉をさいてみました。
事実は、いたってシンプルで、にもかかわらず、真相は決してわからない――。
喪失のただなかにいらっしゃる方のお心は、傍観者である私などにわかろうはずもなく、
事実を前に、なにを思い巡らせたか、そのかけらを拾いあつめてみました。
話の向きは脱線気味ですが、よろしければ、おつきあいください。


回復と銘打ちながら、身も蓋もないですけれど、本人が望まなければ、
果たして回復する必要などあるのでしょうか。

喪失をかかえたまま、ずっと、たたずんでいては、いけませんか。
哀しみを胸に、立ちつくしたままでは、いけませんか。

そんなに前へ、進まねばならないものでしょうか。






09. avis 2014年7月25日 22:04:26 : oR76XbNWKDnA6 : 92WALQjOvE





めずらしく母は顔を曇らせていました。

「いくらなんでも……早すぎやしないかしら…」

―― それはそうなのだけれど…。

「どなたかの家に、もらわれていったんだろ」

お気楽な発言をする父。

―― 葬儀の翌日に出ていくピアノの行方を……持ち主は、知らされていたろうか。

誰もそれ以上追わず、我が家では結局、なんとなく、もらわれていったことになりました。
ご近所でも、ピアノが運び出されるのを目にした方は、きっと、息をのんだことと思います。

ただ、誰にもわからないのです。ご主人の心の中までは。
そして、知る必要もないのです。ご本人自らさしだされないかぎり。

                        *

わからないことは、わからないままに――。

以前なら、はっきりさせたことも、曖昧なまま放っておく、その効用を最近感じるようになりました。
わからぬままでよいという選択肢を手にすれば、とりあえず、気がかりから距離をおくことになります。
離れている間、自分にとってでなく、そのものにとって、よりよい所へ、よりよい形になって、
変化するやもしれません。

変化を待つあいだ、裁かない、思案しない、ましてや、触れない。

そんなの逃げだとばかり、果敢に向かっていた頃が、今となっては懐かしいです。
判断しかねることに立ち向かったとして、真の解決を得たか、はなはだ疑問なのです。

しばらく待てば、腑に落ちずとも、望む応えでなくとも、なにかしら見えてくるものを
自己の都合で、無理やり光のもとに引きずり出す行為の傲慢さ――。

過去のそんな自らのやりようを思い出すと、もう、ため息しかありません。

                        *

当初は、ご近所の誰もが、ご主人の喪失の深さを心配いたしました。
数日ほど、ご子息らが行き来され、それもほどなく絶えると、いよいよ、おひとりの生活が始まり、
陰に日向に極自然と、ご近所の方々が見守るようになりました。

皆で、ご主人をお支えできたら――。
そんな意識のもと、ご近所の方々はすぐに動きだしました。
ご主人も、進んで皆の好意を受けますといったご様子で、想像以上にうまく回り始めたのです。
意外であったのは、いつも先生の陰にひかえていらしたご主人の、すっきりとした明るさでした。

ちょっとしたことでも、ご自分から気安く助けを求める、そうお決めになったか、
我が家にも、あっさり、SOSの電話が入るようになりました。

庭仕事をしながら軽く会釈した父をつかまえ、ちょうどいいところに居たとばかり、
「部屋の床をはりかえてみたんです。僕ひとりで。どうです?見にきませんか」
と、生来の内弁慶(父)をなかば強引に招き入れなさったり――。

「傷口に、うまく絆創膏が貼れないので、きてくれませんか」
そんな電話の気軽に入るようになろうとは、先生のご存命中、想像だにしませんでした。

「初物の西瓜、ひとつ、いかがですか」
インターフォンの声に、慌てて玄関にでると、大きな西瓜をかかえたご主人が、
破顔一笑して立っておられました。

「今から、ふかしたばかりの焼き芋、もっていきます」
その日の昼食は急きょ、サツマイモがメインに…。

実に屈託のない方であったのです。
ずっと、シャイでいらっしゃるとばかり思っておりましたので、さすがに、少々、戸惑いました。
それでも、そうやって気負わず、ご自分から胸襟を開かれるさまは清々しく、対する私たちも、
そういったできごとを日々愉しむようになりました。

長い間、子どもたちのピアノ曲とクラシックの音色以外、静かであった家に、介護の方、医師、ご友人、
そして、ご近所の方々と、出入りが盛んになり、みるまに陽気な雰囲気をたたえるに至るさまは、
もう、お見事としかいいようがありません。
およそ、長年連れ添った妻に先立たれた夫の哀しい末路、といったものとは、ほど遠いありようでした。
さすが「S街の星」―― お呼ばれの一件から、ご主人を秘かにそうお呼びしています――
感心ひとしきりです。


「家内の追悼コンサートをいたしますので、ぜひ、いらしてください」
ご葬儀から1ヶ月ほどして、ご主人よりお招きいただき、あらたまった気分で、
家人とともに、お邪魔したことがありました。

プログラムまで用意され、大きな液晶画面と極上の機器で、存分に愉しませてくださいました。
微笑んだ先生の大きめの写真も、さりげなく飾ってあります。
朗らかに先生の想い出を話され、先生のお好きであったピアノ曲も、いくつも流れました。
ご主人は何をどうなさっても、決してしめっぽくならず、先生がご自分の死について、
率直に打ち明けてくださったときと、よく似た印象を覚えました。

機転がきけば、ピアノのあった部屋に通された折にでも、今しがた気づいたふうを装い、
ピアノは…とお訊ねすれば、なにかしら、ヒントを得たかもしれません。
しかし、お邪魔している間、なにごとかをお訊ねするなど、思いもよりませんでした。

                        *

質問は、対話の内容を発展させたり、深めたりするのに大切なものです。
訊ねるといったことを私は、あまり、いたしません。
友にも恋人にも、家人ならなおさらそうで、ときおり、「そんなことも訊かないの!?」とあきれられます。
なぜ相手に訊ねないのか、人への興味が薄いのかしらと、真剣に悩んだこともありました。
問いかけの質は、対象への興味の深さに比例しますので、これはまずい性分だと感じています。

言い訳すると、観察眼と読”心”術(苦笑)なら、少々持ち合わせているつもりです。
そのうえで、相手が言いだすのをいつまでも待っている、そんな感じです。
相手が触れるまでは触れない―― 大切なことに対し、そういったスタンスを身につけてしまっているため、
それがもとで、大失敗することもありました。

お構いなしに核心をとことんついてくる友がいます。そういえば、彼女との会話が一番愉しいです。
痛みを伴う核心を突かれても、ちっとも嫌な気持ちにならないのは、そこに全く悪意はないといった
信頼のせいかもしれません。
むしろ、私すらあずかり知らぬ部位に、深く触れてくるのには、ときに快感すらありますから、
質問が本当にうまいのでしょう。

                        *

先生の追悼コンサート、その友を連れて行くべきでした。(三軒隣りに住む彼女も門下生でした)
困ったのは、ご主人と一緒に先生を偲ぼうにも、共通の想い出がないのです。
それがますます私を寡黙にさせていたとはいえ、せっかく目の前に、先生について語りたい方が、
新たな境地に踏み入ってられる方がいらっしゃるのに、これといって気の利いたことも言えず、
ひたすら、聴き役にまわるばかりでした。なんとも、もったいないことをいたしました。


ご主人の気丈で爽やかなご様子とは裏腹に、痛ましいほどの喪失感に苛まれておられはしないか、
気になることも、あるにはありました。
一切、クラシックが流れなくなったのです。

以前、ご主人が大音量でお聴きになるのを先生は苦になさり、ご近所迷惑と、よくこぼしておられました。
そのたびに、漏れ聴こえる音色を愉しませていただいていると、お応えしたものです。
むしろ、窓をあけ放って、思い切り流してほしいくらいだと。

実際、洗濯物を干しながら、いつも耳がとらえるのは、まず先生宅から流れるクラシックの音色でした。
たまに、ご主人みずから、「新しく手に入れたスピカ―の音をぜひに―」と招待くださることもありました。
重低音がいかに温かみをもって美しく響くか、高音の弱音をどこまでリアルに再現できるか、
バランスや調節のために苦心なさったことまで、さまざまに語ってくださるご主人の瞳は、
明るく澄みきって、もう、少年そのものでした。

米国製で最新の非常に高価なスピーカーです。
圧倒的な音の洗礼を受けたあと、帰宅して改めて聴く、我がコンポへの落胆といったら、もはや…。
比べるほうがどうかしています。

                        *

子どものピアノ練習から、お年寄りの三味線のお稽古まで、風にのって聴こえる音が好きです。

ピアノの練習になると、同じ曲がえんえん繰り返されるわけですけれど、毎回、つかえる箇所があって、
しまいに、応援したくなるのです。
仕事をしながら、耳だけ、その子のそばにいる感覚といったらよいでしょうか。
―― ほら、そう、もうすこし、力みとって、また、たがえるよ…ああ、また……よし、もう一回!
といった具合に、熱の入ることすらあります。
癇癪を起したように、焼け気味に弾き放ったあと、嫌気がさしたか、いったん静まることも。
しばらくの静寂のあと、やおら、アニメソングを叩き始め、すると、もう、水を得た魚のよう――。

稚魚の頃から、たてる音や声、窓をあけた折に、たまに木々の間にみえる遊ぶ姿しか知りません。
すこし前まで三輪車を乗りまわしていたと思ったら、もう大人びた口調でなにやら口答えらしい声を
耳にする日もあって、おかしいやら、切ないやらです。

三味線のお稽古は、夕方にかすかに届く音色の、なんとも風情があって気に入っていました。
そうやって音色を追い始めると、耳は待つようになります。流れくる音は、いつしか、とぎれ始め、
そのうち、待ちぼうけをくらい、ああ、お仕舞いになったか、と、音色の主の台所に立つ気配や、
庭に水をやる後姿をふいに思い浮かべることもありました。

すこし長いご不在でもあると、ご旅行かしら、それとも、おやめになったか…と巡らせたものです。
それでも、思い出したかのように、お稽古は再開され、いつのまにか、いくつも季節は移りすぎ、
ついに、聴こえなくなりました。
どこか遠くへ、旅立たれたのかもしれません。

                        *

先生宅から、音色が消えたわけではありませんでした。
クラシックは流れなくなり、代わりに、ジャズが聴こえてくるのです。
ジャズ―― どれほど遡っても、かかっていた記憶はみあたりません。

一時期、遠い街までライブを聴きに行かねばならなかったり、なかば聴くことを強いられたり、
不幸なことに、ジャズにはあまり良いイメージをもっておりませんでした。

―― ああ、ジャズか…。

あの立派なスピカ―より流れているかと思うと、やはり、近くで耳にしてみたいとは思うものの、
そんなことより、なぜ、クラシックでないのか、どうにも、そこへ視線が向かっていくのです。

先生のいらしたときは、ずっと、クラシックでした。
声楽曲をのぞいて、ありとあらゆるクラシック音楽が鳴っていたのです。

―― あのスピーカーは、いや機器のすべては、クラシックにあわせたものであったはず…。

詮索すまいと戒めはしても、どうしても、その理由は喪失にあると、安易に流されるのでした。
しゃれたジャズの音色は、以前にくらべて、音量はさらに大きく、そして、時間にしても、長い――
ほとんど絶えることなく、日がな聴こえておりました。
それは、たぶん、そばで、たしなめる方の、もう、いらっしゃらない以上に、なにかしら、
別の世界に身を沈め、忘我しようとなさっているかに思えるのでした。

「若い人の聴く曲が流れている」

よくわからない言いようですけれど、母も曲想の変わったことに気づいているふうでした。
それ以上、母は何も言いませんし、私も何もつづけません。

先生がいらっしゃらないので、うんぬん、といった話は、我が家の会話にのぼりませんでした。
むしろ、ご主人の、生への、暮らしへの、どこまでも前向きな姿勢に感嘆…といったことに終始しておりました。
たぶん、人の不幸は詮索したくない、しかも、親しかったご近所の哀しみを俎上にあげたくないというのが、
我が家の支配的な空気でありました。

しかし、私の心中は、全く違いました。
ピアノの運び出されるさまを目にして以来、喪失への対処の方法を観察している気になっておりました。
いずれ似た立場に立たされることとなる者にとり、ご主人の喪失は、他人ごとではありませんでした。
ただ、どうしても、下種の勘繰りの謗りは免れません。


先生宅から流れるジャズ…。
主に弦や管楽器の音はしても、いつまでたっても、ピアノは後ろにひかえるばかりで、前にでてきません。
ピアノを避けておられるように感じ、あげくには、管の咆哮に近い音などを耳にしてしまうと、
それはもう、心の叫びにしか聴こえないといったありさまでした。

しかし、すべては、妄想の域をでません。
もし、ご主人の知るところとなれば、実に「余計なお世話」なのです。

流れる音色の様相とは裏腹に、ご主人はいたって明るく、我が家とも日に日に親しくなっていくさまは、
なんとも心地のよいものでした。

母の作る佃煮や惣菜はたびたび、ご主人の口にするところとなり、お返しを頂いて我らも舌鼓をうつ
といったことが、いく度も繰り返されました。ご主人からのSOSのお電話にも慣れましたし、
道で出会えば、もう、気心の知れた者同士のような仕草を交わすほどになりました。

ときに、ご主人のありさまに、きっと、先生がおそばで、いい加減になさいと、困り顔をなさっているのでは…、
といったハプニングも起きますが、どれもすぐに、笑い話になるようなものばかりで、
いよいよ愉快になってくるのです。


気がかりは、聴こえる音色のありよう―― という日々がつづきました。

秋になる頃には、聴きなれないジャズの旋律にも慣れ、純粋に曲として愉しむ自分がおりました。
もう、あれこれ、安っぽい詮索を繰り広げるのを耳も嫌がっていたのでしょう。

―― ジャズも……なかなか…いいな。

苦手だったジャンルに、まるで稚拙な感想の浮かぶまでになりました。
さらに凡庸な感覚ですけれど、ジャズは、夜の闇と、秋から冬にかけての気配に似合う気がします。
その季節が一番好きというのもありますけれど、人のつぶやきのようなジャズの音(ね)に、
なにかを交わしあっている気分になったり、わけもなく、上機嫌になることも…。


新しい年を迎えた頃でした。
かじかむ手で洗濯物を干していると、待っていた音が鳴り始めました。
ピアノの音です。もちろん、ジャズですけれども。
息を吹き返したように力強く、冷気に深々と澄みわたり――。
やっと流れ始めたピアノ音に、すっと居住まいを正さずにはおれませんでした。

それからは、ずっと、ピアノ主体のジャズが流れつづけました。
水音の跳ねるような、小気味いい音に、いつしか、好きになりかけておりました。

ほんとうは、ジャズがお好きであったのかもしれないなどと、邪推に走ることもありましたが、
新たに春を迎え、先生宅からの音色をとらえても、「いま、ジャズを聴いていらっしゃる」
ただ、ありのままに感じるよう変わってゆきました。


三月の終わり、春の息吹に生きものらは皆、ほっとし始める頃のこと…。

夕方、そろそろ洗濯物をとり入れなければと、外へでてみると、向かいの道で、
ご主人をかこみ、何人かご近所の方々が集まっておられました。

愉し気に談笑なさっているご様子に、何でしょうと私も笑顔で応えながら近づきました。
ちょうど、ご主人のすぐ隣が、遠慮の距離のように、ぽっかりとあいておりましたので、
年下の者の気安さで、すいっと脇に立ち、輪に加わりました。

どうも昨夜、ご主人は、階段で足をすべらされ、したたかに腰を打ってすりむいたのを
お隣が介抱したというのです。

「玄関をでて、ユリさんちに声をかけようとしたんだが、もう、雨戸は閉まっていて、
お隣に助けを求めたんですよ」

そう笑顔でおっしゃるので

「それは大変でした。もう大丈夫ですか。うちは皆、宵っ張りですから。今度はぜひ――」

すこし威勢よく返してみたりもしました。

そのうち、誰かが、ご主人の、おひとりで実によくやっていらっしゃるという話になり、
笑いさざめきながら、皆は口ぐちに、それぞれの言いようで、同調しておりました。
輪の中に、めずらしく、核心をつく例の友がいたので、嬉しくなって目配せをしようとした時でした。
ご主人をまっすぐ見ながら、彼女はこう言い放ったのです。いつもの屈託のない笑顔でした。

「それに、おひとりのほうが、お気楽でしょうし――」

彼女の声に重なるようにして、大型トラックが音をたてて、私たちの通りに入ってきました。
どれほど、その音に、助けられたことでしょう。
皆の注意は一瞬、そちらに逸れて、ご主人は笑顔のまま咳払いをなさり――。

すべては、ほんの1〜2秒のことでした。
空咳をなさりながら、すこし前かがみになられたせいか、私の耳に届いたのです。

「そんなわけないでしょ」

乾いた声は、ほとんど、咳払いの音にかきけされていました。

トラックは、なおも進んできて、そこどけ、そこどけといった威張りようで、
皆は、さあっと、道の両側へよりました。
そうして、なにごともなかったように、声をかけあい、互いに会釈しあうと、
そのまま、散り散りに、それぞれの家へ帰ってゆきます。

私も、ご主人に会釈しようと目で探しましたら、丸まった背中をみせ、
後ろ手にゆっくりと、ドアを閉めようとなさっているところでした。

なんともいえぬ気分になり、そそくさ、物干し台へ向かいました。
無心になって、いつもより慌ただしく洗濯物をとり入れていましたら、
薄ら冷たいものが頬をつたっておりました。


春もなかば、先生の去られてより、1年がたちました。
ご近所も我が家も、ご主人に対して、すっかり肩の力もぬけ、まるで、
何年来と、そうであったかのように、自然と互いに打ちとけあっておりました。
命日を祈る親族の方々の出入りがしばらくあり、また、いつもの日々に戻ってゆきます。

ちがったのは、流れる曲でした。
なんとも、ひかえめに、ずいぶん遠くのほうから流れてくるかのよう――。
かすかに聴こえる音色をじっと耳がひろいます。なつかしい響き。
交響曲でした。

まもなく、日をおいて、目を覚ましたように、鳴りはじめました。
ピアノの小品。
春にいっせいに咲く野の花に似て、可憐な調べにのり、
澄みきった水音は、思い思いに、空から降りてくるようでした。

水滴のしたたる響きを背に、いつしか、川沿いへ自転車を走らせていました。
風に揺れる菜の花に逢いに……。

                        *

それにしても、ピアノは、どこへいったのでしょう。

―― おそばへ…いった。

あの日、荼毘にふされ、今は、先生とともにあると。


えがいたものは、こんなふうです。



二度と昼の訪れぬ、遠い月の砂漠に
音をたてて、燃えさかるピアノ

老人は、ひとり立ちつくし
炎は、天を仰ぎつづけ――











10. 2014年7月28日 23:35:59 : F3ikmhw4S9
なんか良い感じ

11. avis 2014年7月29日 17:48:42 : oR76XbNWKDnA6 : 92WALQjOvE
 
ありがとうございます。
礫の飛んでこぬうちに、おいとまいたします。
もうしばらくおつきあいくださいな。
 

12. avis 2014年7月31日 05:25:29 : oR76XbNWKDnA6 : 92WALQjOvE



なにが人の心をゆらすのか――。
それは、この作文の羅列に、かろうじて1本通したつもりでいるテーマでした。
そのピースとして、幼い頃よりずっとそばで暮らした恩師の死と、その後をとりあげてみました。
近しい人々でありながら、ある種の冷静さをもってみつめることができると、たかをくくっていたからです。
描いて初めて、傍観者に徹することにより、自身の喪失から目を逸らしていたと気づかされました。
我ながら、なんとも……。


ここは言葉にするのをやめ、この曲にゆだねることにいたします。
音楽板でみつけました。投稿者の方のセンスに感謝いたします。

Simon & Garfunkel Scarborough Fair
http://www.youtube.com/watch?v=BYQaD2CAi9A






13. avis 2014年8月01日 04:12:06 : oR76XbNWKDnA6 : 92WALQjOvE




『サイモン&ガーファンクル』

このグループ名をはからずも口ずさんでしまったときの、甘酸っぱい感覚。
正直なところ、すこし、気恥ずかしくなります。

幼少期から思春期の初期まで、彼らは、私の心の半分くらいを占めておりました。
あと半分は、イタリアの某男優が…。(笑)

父が気に入ってかけていたのを耳にするほどに、たしか小学校2、3年生の頃より
好んで聴くようになったかと思います。

中学校に入り、仲よくなった新しい友に、クィーンの素晴らしさをことあるごとに、
こんこんと説かれるまで、その頃、子ども心に「音楽」として認めていたのは、
ほぼ、クラシックとサイモン&ガーファンクルだけでした。
つまり……音楽の嗜好において、鼻持ちならぬ小学生でした。

ここ数日、彼らの曲に身をひたすうち、先生につながる淡い記憶を呼び覚まされました。





14. avis 2014年8月02日 00:57:35 : oR76XbNWKDnA6 : 92WALQjOvE






練習に飽きると、アニメソングを得意げに弾く―― 蒼い葉の木々の向こうの子どものことを笑えません。
かくいう私もそうでした。


例えば、甥や姪の習うピアノ教師の教え方を見聞きするにつけ、羨ましいような、だから、真の意味で
実力がつかないんだ…と、わかったふうなことを思ったりします。
耳触りのよい「はやり」の曲をいくつか聴かせて、生徒に選ばせ、練習をさせているようです。
ツェルニーはおろか、基礎練習のハノンすら使っていないのです。(やはり羨ましい)

かの地で何が流行っているか知りませんけれど、「なんだかな…」といった曲を弾く彼らの愛らしい姿が、
妹のメールに添付されていたり、受話器の向こうで、叩き鳴らしてくれるのを聴かされたり…。
溺愛する彼ら、なにをしようと胸をしめつけられるので、それはいいとして、問題の、その指導法は、
彼らの天賦の才能を磨滅させはしないかと、伯母バカな思案をお節介にもしてしまいます。
幼い音を耳にする限りでは、センスすら……なさそうですけれど。


先生は違いました。昔ながらの指導法といおうか、ごくオーソドックスなものでした。
とても優しい教え方でしたが、曲はあくまで先生がお選びになり、あがるまで相当な時間を課されました。
つまり、なかなか、あげていただけないのです。
ここまで仕上がったんだ、今度こそ…と意気込んで行っても、優しくダメ出しをなさり、またしても、
同じ曲を持ってかえるといったことが、えんえんと繰り返されました。

さすがに、飽きてくるのです。気持ちも、萎えてくるのです。
がっくり肩を落とし、先生宅のピアノ部屋をあとにすることが、いく度あったでしょう。
ときに、これだけやってもだめなのかと悔しくて、帰宅したとたん楽譜を放り投げることもありました。

お気に入りの曲は、あっというまにあがるのに、これはあまり…と敬遠する曲に限って、なかなかもって
次へ進むのを許してくださいませんでした。けっこう、先生は、確信犯であったかもしれません。

そんなある日、電車で行く遠い街の楽器店に、ひとりで赴き、楽譜を手にとれるようになった頃、
みつけました。素敵楽譜。素敵ピース。

『サイモン&ガーファンクル 〜ベスト・セレクション〜』 (題名はうろ覚えです)

彼らの作品のみを扱ったピアノ曲集。今はともかく、あの頃には、めずらしいものでした。
楽譜の棚を前に、「こ!…こんなものがあったとは」…小躍りしたのを覚えています。

大好きな彼らの作品をいくつもピアノ曲にアレンジされているのです。ページを繰る手がはやります。
さっとみた感じでは、どれも易しそうで、それはそれで、ちょっぴり、がっかりもしました。
つまり、簡単なアレンジでは、彼らの曲の再現にはならないからです。
どうしたって再現になどなりえませんけれど、心酔する者としては、歌う彼らのバックで、
今まさに奏でているといった、そんなライブ感、臨場感がほしいわけです。

それでも、希望の星を胸に抱くようにして、買い求めました。

帰宅して、いさんでピアノの前に座り、さわりを弾いてみると――
このアレンジ…あっさり、失敗してない?と思われる残念なピースもあり、彼らのバックで鳴らすという
夢のような夢は、急速にしぼんでゆきました。

ため息まじりにページを繰っては、さわりを弾き―― を繰り返して、ようやく、つきあたるのです。
こマシなアレンジに。

『明日に架ける橋』でした。

それはそうでしょう。
実際に彼らも、頼もしげなピアノの旋律に先導されて、歌いはじめるのですから。

「これいこ!」と、さっそく、練習開始です。

といっても、昼間に弾くわけにはいかないと身構えました。向かいに住む先生への遠慮からです。
与えられた曲の練習をさしおいて、そんな…つまり、「はやり」の「かるい」曲を弾くなんて、
先生の教授法を冒涜しているような気すらしてしまうのでした。

ずいぶん迷ったすえ、夜、雨戸を閉めてから、弱音にして、励んでみました。
あっというまに、彼らのバッグで弾けるくらいに(盛りすぎ)いや、妄想できるほどには上達しました。

ただ、自ら選んだ曲を弾く愉しさを知ってしまうと、何も知らずにいた頃の謙虚さを失うものです。

―― なぜ、いつまでも、与えられた曲で足踏みしてなきゃならないの?

そんな不遜な気分は、まもなく、堂々と、せりあがってくるのでした。

昼間でした。
わけもなく気が大きくなって、弱音ペダルをはずすと、思いきって、弾いてみたのです。
まさに、”陽”のめをみるとは、こういったことをさすのでしょう。
窓からさしこむ陽の光と、あふれる音色が交わり、えもいわず、実に祝祭的なのです。
野外コンサート会場で、勝手に彼らのバックで鍵盤を叩く、ステージの人になりきっていました。

気をよくした私は、それから、なんのためらいもなく、気がむけば、弾いてみるのです。
練習のあいまであるときもあれば、もう、その曲のみを奏でて、ご満悦になる日も。

先生は、滅多に外に出てこられませんし、窓をあけて耳でも澄まさない限り、聴こえないだろう
そう都合よく解釈しておりました。

ある日、先生宅で弾き終え、言葉少なに部屋をあとにしようとする私に、優しく声をかけられました。

「…ユリちゃん、ときどき、ユリちゃんちから、すてきな曲が聴こえるんだけれど、あれは――」

驚いてふりかえる私を、先生は、満面の笑みで、みつめ返してこられました。
かっと耳のあたりが熱くなるのを感じながら、うつむいて言葉をさがしていると、こうも、つづけられるのです。

「シゲルが、僕らの好きな曲が聴こえるというの。うまく弾けているって。かあさん、教えているの?って」

どう申し開きをしたか、もう、まったく、覚えていません。
たぶん、記憶を消し去りたくなるほど、恥ずかしかったのでしょう。

そして、先生が私の反乱にお気づきになった以上に、もっと重要な情報は、こうしてもたらされたのです。

―― シ…シゲルさんが!?

先生のご長男で、秘かに、「ガーファンクルの君」(…)とお呼びしている方であったのです。
とてもよく似ておられました。ガーファンクルと、シゲルさんの御容貌(おんかたち)は。
特に笑みなど、もう、瓜二つかとみまごうほどに…。
恋は盲目?いえいえ、恋をする対象にもなりえませんでした。

美しいだけでなく、もの静かで優しいシゲルさんは、私が小学生の頃には、関西屈指の大学へ
通っておられました。そうして、その大学で講義をなさるようになり、さらに米国の大学でも
講義をおもちになるような、そんな、ガーファンクルほどでなくとも、私にとっては、
日に日に雲の上の人となっていく方でした。

―― シゲルさんが、最初に聴いてくださっていた――。

これはもう、青天の霹靂、いえ、奇跡、いえ、恩寵としか言いようのない出来事でした。
なにせ、「ガーファンクルが、私のピアノに耳を傾けてくれていた!」
と、そのまま、意味としても十分に通じる、置き換えられる、しろものであったからです。

それから、S&Gのバックで弾くピアノ奏者という大役をさっさと降りると、偶然通りかかる
ガーファンクルを待っては、曲を捧げる、しがない小学6年生に戻っておりました。
優しい君は、ときおり、立ちどまって聴いてくださるものですから、
もう、蒼い「学童」にはたまりません。

ここで、S&Gファンの方のなかには、不服に思っておられる筋もありそうで、補足しておきます。
サイモンのことです。ポールのこと…。
彼は別格です。恋愛感情は、ついに湧きませんでしたが、彼あっての、S&G――
彼あっての、ガーファンクルであることは、おつむが幼くても、百も承知しておりました。
それだけに、注目が、たぶん、黄色い声の向かう先は、圧倒的にアートのほうであることに
少なからず、幼い胸を痛めていたことを明記しておきます。

アート・ガーファンクルいのち…。
しかし、ほどなく、潮時はやってきます。なにごとも、そうです。
強力なお方が、現れましたから。
その名は、フレディ・マーキュリー。

クイーン教の親友に最初はあらがっていた中学1年生の私でしたが、四六時中、彼女と行動を
ともにしはじめたものですから、宣教師のごとく、クィーンへの道を説かれ、正常な感覚は浸食され、
知らず洗脳され、あげく骨抜きにされ、気づけば、フレディ狂になり果てておりました。
フレディ・マーキュリー……魔物のような、いや、魔物そのものであったように思います。
彼の魔力にからめとられ、さまざまな事柄に対する、大切なモラルも、早々に崩壊していくのでした。

美しきガーファンクルの君は、スカボローへ向かう道の深い霧にまぎれ、記憶より遠のいてゆきます。
ちなみに、クイーン教の友は、イギリス狂でもありました。
元々、アメリカには興味をもてない子どもでしたので、ガーファンクルの淋しげな背を見送ると、
そのまま、フレディを通してイギリスへ視線を向けるのも、時間の問題でありました。
フレディとモンティ・パイソン……彼らにくすぐられながら励まされた10代前半でした。


これには、後日談があります。
ガーファンクル病からも、フレディ狂からも、首尾よく解脱し、ジャンルを縦横無尽に駆けるようにして
音楽を追い始めた頃のこと…。

庭先で、先生と屈託のないおしゃべりをしはじめて、ふと、いつもより、いっそう華やいでいらっしゃるのを
不思議に思っていると――

「そうそう。シゲルが結婚するの。しかも、ユリちゃんと、音も漢字も同じ名前の方なのよ」

先生は、それはもう、嬉しそうでした。
もちろん、お相手の名が私と同じといったことにではなく、ご子息の結婚を大そう喜んでおられました。

聴かされた私はと言えば、ぼんやり、―― もう、そんなお歳になられるのか―― よりによって、
年上の方をつかまえ、なんともちぐはぐな考えが、一筋、よぎっただけでした。

しかし、”ユリ”さんを、私は一度も目にしないまま、年月は過ぎてゆくのです。
母が時折、先生のおこぼしになったこととして、もらす言葉をつぎあわせると、こうです。

車で20分ほどの所にお住まいのシゲルさんは、ご結婚なさってから、とんと、ご実家によりつかれなくなり、
ほんのときおり、ひとりで逢いに来られ、それを先生は、一日千秋の想いで待っておられる――
そういったことのようでした。

先生ほどお優しい方を知らない私には、お淋しいめにあっておられるご心中を思いめぐらすほどに、
”ユリ”さんをふくめ、皆が不幸な気がして、本家本元、『醜女の深情け』な私め、「ユリサン」なら
皆をお幸せにしてさしあげられたのに―― などと、暴走、脱線、転覆しておりました。


先生がお亡くなりになるまでの2週間、シゲルさんは、足げく、通われました。
もちろん、おひとりでした。髪は白くおなりでしたけれど、高い背を少しかがみ気味にされるさまは、
お父様とそっくりで、お優しい雰囲気は相変わらずですし、なにより、美しい笑みは、
若きガーファンクルのままでした。

いよいよ、先生の棺が車におさまり、ご近所の方々は、それぞれに黒っぽい服を身にまとい、
お見送りしようと、先生宅の前にそろったときでした。
家族葬をお選びになりましたので、実質、先生との最後のお別れのシーンでした。

先生宅から、お世話なさったお身内の方がでてこられ、続いて、見知らぬ女性があらわれたのです。
ひと目みるなり、ああ、”ユリ”さんだ…とすぐにわかりました。

……大変失礼な言いようですけれど、その場にいた皆がそれぞれの胸のうちに、当たり前にもっていて、
その方だけが、もちあわせておられないもの、つまり、「欠損」をすぐさま、かぎとったからです。

なにが欠けていたのか、申しあげるまでもありません。
もの哀しい気分だけが、心におりてくるようでした。


先生が、お顔をほころばせては、はしゃぐようにして、「ユリちゃんと、同じ名前の方なの」
と言ってらしたのを最後に、そのお口から、再びその方のお名前を耳にすることは、
ついにありませんでした。
先生は、早い時期に、”ユリ”さんのことも、シゲルさんのことも、ぱったりと話題にされなくなったと、
母も、なにかの折、思いだしたように話しておりました。

お母様ゆずりの優しさ、お父様ゆずりの爽やかさは、きっと、シゲルさんと”ユリ”さんの子どもたちに
受け継がれているはずです。

余計なお世話を承知で、こうも、思ってみるのです。
険しい表情を顔に貼りつかせたまま、初めて皆の前に現れた”ユリ”さんも、
「欠損」に苦しむひとりの人間であったろうと。

そして、先生は、すべてをとっくにお許しであったろうと――。









15. avis 2014年8月02日 02:14:16 : oR76XbNWKDnA6 : 92WALQjOvE




先生の想い出は、そろそろ、この辺にしたいと思います。
いくつも作文をつらねるのを静かにお許しくださったおかけで、
ふたたび、先生と言葉をかわせたような気がしております。


Simon and Garfunkel - Bookends
https://www.youtube.com/watch?v=5S5V-Y53ad4






16. 2014年8月03日 04:33:20 : oB1CBdTqbA
大変興味深く拝読しました。

17. avis 2014年8月05日 00:48:26 : oR76XbNWKDnA6 : 92WALQjOvE
 
ありがとうございます。
緊張を欠き冗漫になって参りました。
すこし短くいたします。
 

18. avis 2014年8月07日 12:41:47 : oR76XbNWKDnA6 : 92WALQjOvE




ピアノをめぐる記憶は、どれも表層的で、負の深部に触れもしません。
これまで振り返らず捨ておいていた記憶のうわずみを改めてたどるのは、屈託のないぶん気楽です。
それゆえ、油断し、地雷を踏むのかもしれません。

生意気な小学生の心を占めていたガーファンクルへの想いを書き連ねるうちに、ふと気がひけて、
お愛想程度に触れた、ポール・サイモンのこと。
youtubeの絵で、正面からの彼を眺めるほどに、その瞳と表情には、どうにもある人が連想され、
ただ似ているという事実以上の理由をみいだせずにおりました。

そのうち、どなたかが、サイモンは分裂病であるとおっしゃるのを目にし、ようやく腑に落ちました。
似た瞳と面差しをたたえるその人は、精神の均衡を失うと、幻覚と複数の人格が現れるようで、
主治医は、決して彼の前で病名を口にしませんでした。
おおらかで、愉快、陽気な体育会系……精神の病から一番遠いと思われがちな人でした。
無条件に近い愛の持ち主であり、私の人生を大きく左右した人でもありました。

彼との出会いより、さかのぼること10数年。
サイモンとガーファンクル。幼い心の深淵に触れていたのは、どちらであったのでしょう。
いまとなっては、もうわかりません。

しかし、油断……してみるものです。

「崩壊」
これも、人の心をゆらす力を秘めるように思います。



Brian Eno - By This River
http://www.youtube.com/watch?v=w2WURHY3D4A








19. avis 2014年8月08日 16:01:03 : oR76XbNWKDnA6 : 92WALQjOvE




たとえば…

聴きなれない端唄に耳をあずけていて、
ふいに目頭を熱くしたとしても、そのわけは、
うまくいえないものです。

一度に多くの方々の旅立たれた月でありますし、
たった今も、多くの方々の命の奪われてもおります。

台風の近づく気配と気圧のせいかもしれませんし、
身の上の影も、すこしは落としているやもしれません。

想いを胸に聴いていたわけでは、ありませんでした。
ただただ、聴こえる声と沈黙のありようを追っておりました。
やはり、心のゆれたわけは、よくわからないのです。

それでも、濡れた頬の乾くと一緒に、好きになっておりました。
もうすこし、聴いてみたい、そう思っておりました。


この、「好きになる」 これが、私のほしいものです。

なにが人の心をゆらすのか。

つまり、どのようにして、「好きになる」 は立ち現れるか。


あと、もうすこしで、かけらくらいは、手に届きそうです。
よろしければ、おつきあいください。








20. avis 2014年8月12日 00:41:35 : oR76XbNWKDnA6 : 92WALQjOvE





今朝、あたりがセピア色に染まり、不思議な明るさのまま曇りはじめ、好きだなと気をよくしていたら、
あっというまに真っ暗に。屋根の上に恐竜がとまって翼を広げるよう。頑として光を通さないのです。
対抗して、すこし、明るいモードでいこうかと思います。


弱音ペダルとは罪なもので、使用後、戻して弾くと、一瞬、上達した気になるのです。
弱音機能で重くなった鍵盤を叩く際、負荷がかかります。戻すと、鍵盤は軽く感じますし、
指が負荷を予測し強く叩く分、よく鳴りますから、うまくなったと錯覚を起こすのです。
負荷をかけて練習し、はずして味わう、つかの間の開放感は、錯覚にしろ、気分のよいものです。

こんなふうに、負荷のかかった状態から元に戻る際の落差で、なにかしら生じるのは、よくあることです。


豆腐、薄揚げ、がんも、納豆保留(ふつうの意)ほぼ大豆製品全般を愛する、ある日のこと。
冷や奴に、スパイシーな味噌(沖縄名産。名は失念)をつけて食し、大変なめにあいました。

みるまに全身がトマトのように赤くただれ、数日間、痒さに睡眠もままならず、もがき苦しむはめに。
救急で太い注射を打って治まったものの、その後、大豆製品を口にするたび、晴れてトマト人間に…。

エボラ出血熱が世間を騒がせていた頃で、そのせいか、服地一枚をへだてて触れあう満員電車内でも、
陰気に淀んで混みあう病院の待合室でも、私の半径約1m強内は微妙に空き、遠巻きの視線で
バリアを築き孤立させる、心ない偏見にまみれながらも、赤の他人との触れあいに参加しなくて済む、
通勤、通院から苦痛の種がひとつ減らされる、不幸中の幸いといったらよいか、僥倖というべきか、
そんな貴重な体験もいたしました。

それでも、あきらめませんでした。愛すべき大豆製品らを。医者にとめられようが、ぜったいに。
豆腐を口にできなくなるくらいなら、がんもを頬張れなくなるくらいなら、お汁にふくらむ薄揚げを吸えな…
そんなになるくらいなら、もう、死んでやる…くらい(4回達成)に、愛すべき者たちなのでした。

麗しのSoybeans......S&Bよ永遠に......ある愛のS......Sに架ける橋......ダイヤルSを廻せ!......00S.....
......美しきSに......この愛は尽きることを知りません。

なにより、私の体の主成分は、ほぼ大豆由来と言わざるえないほど、わかちがたい関係なのです。
その証拠に、蛍をめでていると、必ずといってよいほど寄ってきて、腕や肩にとまって動きません。
彼らは私を、”若い”大豆、つまり、枝豆と思い込んでいるとしか…。

全身トマトになっては、「もうおやめなさい」 「ほんと知りませんよ」と、医師になかば見放されながら、
太い注射をお尻に打たれる…それをいく度も繰り返し、耐え忍び、ついに勝利いたしました。
かかってこいや>大豆アレルギーといった気概で乗り越えました。
……単に幸運であっただけでしょう。よい子は決してマネをしてはなりません。

つらい蕁麻疹生活で、唯一、愉しかったのは、治ると、一瞬、美しく生まれ変わったように
錯覚できることでした。ただれた醜い顔が元に戻る、ただ(2回?)それだけのことなのに。
陰鬱なサナギから、蝶になって舞う…ほどの落差です。実に、ファンタジックでした。


弱音ペダルも、蕁麻疹も、素敵な世界を垣間見せるための、はずせる足枷であるとしたら…。
素敵世界に通じるには、とりのぞくことが前提の「負荷」が必要なのかもしれません。
素敵世界とは、心をゆらされる瞬間という意味です。
『素敵世界』…隙間雑誌の名によさそうです。


「錯覚」
人の心のゆれる際、ひき起こされるように思います。

「負荷」
錯覚を起こすために、必要なものでした。

「落差」
人の心をゆらす、大切な要素でしょう。


なにが人の心をゆらすのか。

探検は、遅々として進みま…す。









21. avis 2014年8月17日 12:11:39 : oR76XbNWKDnA6 : 92WALQjOvE





昨日の夕方のこと…。


白く濁った曇り空のもと、平原をひた走る列車に乗っておりました。

目を覚ましたばかりで、ながいこと眠っていたのか、窓の外をみやっても、
どこを走っているのか、よくわからないのです。
列車に伴走しては、横に流れる薄灰色の空と地の、境めに瞳をこらしても、
どこにあるのか、よくみえないのです。

わずかに生え残る枯れた草木は、かろうじて、地である証をしめしておりましたが、
空は、もう、いちめんの雲ですから、どこまでいっても、曖昧なままなのです。

ふたたび、眠りの回廊にいざなわれ、おぼつかない足どりで戻ろうとして、
不思議な気配にふりかえりました。
隣に座る男の肩より肘にかけてが、私のうなじのあたりから痩せた肩に、
臆することなく触れているのです。ウールの黒いコート越しに伝わる硬さやふくらみで、
大柄な人なのだろう―― そのままにして、眼をとじました。

ただ、それほどに空間をおかされるなら、私の腕はどうなっているのかしら――
感触を頼りにたどると、男の腕と肘かけにはさまれたうえ、交差するふうなのです。
ずいぶんなありさまに、思わず男のほうをふりむこうとして、ようやく、気づくのです。
見知らぬ乗客ではないことに――。

しばらく、じっとしておりましたら、かすかに男の指が、私の指先に触れました。
おとなしく身をあずけていると、指の触れるのを合図に、男は私を知っていると、
指先を通し伝えてくるのです。

ふと、男の顔を確かめようとして、つまらぬことを思いだすのです。
もとより、顔を知らぬこと。声も知らなければ、名も知らぬことを。
用をなさない眼と耳は、どこまでも、わけもなくつづく空と地を曖昧にただよい、
いつまでも、正しくきざまれる車輪の音をうつろにひろうばかりでした。

なにを交わすというのか、男は私の指先に触れる自分の指をわずかにすべらせます。
なおも私は、身を澄まし、瞳をとじ、なされるままにしておりました。
そのうち男は、触れあう指をそのままに、もう片方の手をさしのべたのか、
別の指を重ねてくるのです。
優しい、とても優しいやり方で、重ねてくるのです。

胸で心臓は、すこしずつ、打つ脈を早めておりました。
そのまま、波は腕をつたい、指先にとどき、心のありようの知れるほどになって、
男に重ねていた身を静かに離しました。

わずかに離れてみると、隣に座る人の誰であるか、もう、わからなくなるのです。
流れ去る景色は曖昧さをまし、なにもかも、霧の向こうへまぎれるようにして
遠のいてゆくのです。


目覚めると、車窓を流れる空と同じ色に染まった部屋におりました。
夕方にしては妙に明るく、ひとしきり雨は降っています。
いちばん、好きなひとときです。





Gabriel Faure - Apres un Reve
https://www.youtube.com/watch?v=XTOkWD6xvTI











22. avis 2014年8月19日 17:09:28 : oR76XbNWKDnA6 : 92WALQjOvE
 






記憶の宝庫、音楽板に触発されて…。

『 サクリファイス 』のラストです。


Offret: Where is thy halo?
https://www.youtube.com/watch?v=4fysiepJ93M


映画の魅力にとりつかれていた頃、
タルコフスキーは、大好きな監督のひとりでした。
背景に流れるのは、『マタイ受難曲』「憐みたまえ、わが神よ」です。

バッハの『マタイ受難曲』も、とりわけ愛した曲でした。
作品の息吹に触れたくて、いくつのコンサートに通ったかしれません。
最初の数小節を耳にするだけで、涙腺の反応する困った曲でもありました。

タルコフスキーを好きな時期と、『マタイ受難曲』を聴きこんだ時期は、
互いに10数年ほど離れています。
いま、この作品を視聴することにより、時を隔てた大切な記憶らの、
やっと、ひとつになれた気がいたします。


J.S.バッハ《マタイ受難曲》第1部全曲 カール・リヒター (1958)
http://www.youtube.com/watch?v=ba9TMBUAmM

J.S.バッハ《マタイ受難曲》第2部全曲 カール・リヒター (1958)
http://www.youtube.com/watch?v=8ZUFrlzX4Ko


ペトロがイエスを裏切り、「憐みたまえ、わが神よ」は入ります。
第2部で、もっとも好きなシーンです。












23. avis 2014年8月19日 17:35:27 : oR76XbNWKDnA6 : 92WALQjOvE




ごめんなさい。

上記の第1部全曲のURL、手元にある下書きからでしたら、
アクセスできるのですけれど…。
この投稿コメントからは、アクセスできないようです。

これなら、いかがでしょう。アクセスできるといいのですが。


J.S.バッハ《マタイ受難曲》第1部全曲 カール・リヒター (1958)
https://www.youtube.com/watch?v=ba9TMBUAmMc






24. 国本勝 2014年8月25日 04:32:28 : 5bSCIcezlZt6g : fDp2oXwG3k
          平成26年8月25日
犯罪道路は噂の東京マガジンが放映! !
元、現、国会議員各位803件、報道各位89件、関係各位817件に配信                 
          ファックス及びメール送信2頁
   送信元、公共問題市民調査委員会(略、PCR委員会)代表 国本 勝

千葉県夷隅土木高橋次長、所長 殿 太田昭宏国土交通大臣 殿 千葉県道路建設課 御中 猿田寿男千葉県勝浦市長及び藤平都市建設課長 殿 小高伸太千葉県議会議員 殿 

質問団体 公共問題市民調査委員会(告発会員、平成26年6月現在344名)代表〒299-5211 千葉県勝浦市松野578 国本 勝

全文は http://masaru-kunimoto.com/26-08-25houei.html に掲載。

質問
  本来バイパス工事は山側を迂回出来るのに、水野 崇元大原土木次長他が実験道路を画策して山口元勝浦市長と取引し、水田地帯を破壊した高盛高架バイパスを進めた挙句、数多くの犯罪が起き、住民の反対で平成15年には平面道路に変更せざるを得なかった。
松野バイパス犯罪道路の再開
    http://masaru-kunimoto.com/01kunimotonotuikyuu.html
をクリックして開いたページ内の下記をクリックすれば
           噂の東京マガジン
 平成12年4月23日(日)噂の東京マガジンは松野バイパスの取材の放映         
 が見れます。白い帽子にメガネを掛けて説明しているのが国本です。

[12削除理由]:スレ違い

25. avis 2014年8月25日 18:04:55 : oR76XbNWKDnA6 : 92WALQjOvE









『 GOGOモンスター 』 


松本大洋の作品のなかで、一番好きです。
飛行機をめぐり、ふたりの少年のあいだに、こんな言葉が交わされます。



「 君は、あの飛行機がどこへ行くか知っていますか? 」

「 知らないよ 」

「 そういう事考えませんか?飛行機とか見て 」

「 僕はね、ユキ、どこから帰って来たのかと思うんだ…あれ見ると、いつも 」

「 …… 」



私の棲家よりみえる飛行機は、空の高みに蟻くらいの大きさで、とてもゆっくり飛びます。
耳を澄ませば、遅れてかすかに聴こえる、途切れがちなジェット音に、
天と地の私とのへだたり、発着地と私とのへだたり、機上の人と机上の私とのへだたり(…)、
いくつもの「距離」を感じます。
時空を実感する好きな音のひとつです。



遠く海の向こうに住む、9月生まれの姪っ子の、囁くような電話の声も、
好きな音のひとつです。
本当に伝えたいことのあるときの彼女の声は、しっかりしております。
たとえば、こんなふうに。(当時2歳)



―― Mちゃん。もうすぐ、9月ね。Mちゃんの、お誕生日、もうすぐね。

―― アンティ!パーティ、きて!!!

―― とても、行きたいの。でも、飛行機、乗らないと。遠くて、行けないの。



―― Mちゃん。あした、お誕生日ね。Mちゃんの、お友だち、来るの?

―― アンティ、も、パーティ、きて!!!

―― ああ、行きたいな。飛行機…。とても、とっても、遠くて、行けないの。



―― Mちゃん!お誕生日、おめでとう!Mちゃんは、いくつに、なったかな?

―― ………アンティ……こなかった…。

―― あああああ、ごめん。ごめんね。…飛行機……今度は、乗っていくね。



伯母馬鹿承知で申しあげますと、小さな姪っ子と話すたびに、
そんな簡単な表現で、そこまで言えるのかと感心してしまいます。
姪の駆使する片言の日本語の雄弁さは、シンプルかつストレートな
彼女の性分からくる気がいたします。

物事を深く考えすぎ、へたすると、ひとりでからまってしまう甥っ子は、
姪よりたくさんの言葉を知っていながら、すぐに言いよどみ、
黙りがちになるのと対照的です。
口ごもる彼には、愛しさのあまり、もう――。 この辺にしておきます。


シンプルな言葉で、少しばかり深めなことを言えたら、ちょっとは格好つくのに、
とは、日本語使いの素人、私でも思います。

松本大洋が作品中で、しばしば「格好のつく」ことをやってのけるのに出くわすと、
「さりげなくて……ずるいや…」と、感嘆ひとしきりです。

繊細すぎると、詩的な作品を生むパートナーの入れ知恵かなと穿ってしまうことも。
いずれにせよ、おふたりともに、好きな作家です。





Brian Eno Ambient 1 - Music for Airports
https://www.youtube.com/watch?v=5KGMo9yOaSU










26. avis 2014年8月26日 20:52:34 : oR76XbNWKDnA6 : 92WALQjOvE







音楽は、記憶を呼び覚ましてくれます。
曲の選びを人まかせにすれば、思い出したいものでなく、
ずっと昔に捨て去った記憶の、古い扉をあけてくれることも…。

永く眠れるものらは、覚えのある音色に目を覚まし、夢の続きのままに起きあがると、
いくえにもたちこめる霧の向こうから、静かな足どりで、こちらにむかってきます。
そばまできて、たたずむものもいれば、そのまま、ゆき過ぐものもいて、
さしのべた手の指先に、かすかに触れゆくものもいます。

それは、人であったり、風景や光景であったり、
音であり、感触や香りであり、空気そのものであったり。
脈絡のない記憶よりたちのぼる、濃密な気配に身を沈めながら、
別のものを思い、別のものに触れ、別のものを観る――。
そんな作業をこの3ヶ月ほど、続けてみました。

すると――
知らぬまに、心は、ほどけ、いくつにもわかれ、気ままな方向へ漂い、
好きな場所で、好きなだけ明滅しはじめます。舞い乱れる蛍のように。
ときをへて、戻ってくるものもいれば、翔んでいったまま、帰ってこないものも。

集合と離散をくりかえしながら、らせん状に昇り降りし、わずかに進む。
疲れると葉陰に眠り、目覚めたら新芽をはみ、蟻を避け、鳥より身を隠す。
夜霧にまどろみ、月明かりのもと、小路を散歩しては、眠る青葉をはみ、
のぼる陽をあびたら、いちばんに朝露をのみ…。

蒼い芋虫になった気分です。

心は蛍、身は芋虫。…わるくありません。
なら、いつか、蝶になるでしょうか。(…)




Brian Eno - Thursday Afternoon
https://www.youtube.com/watch?v=WX8i9sZgFAg












27. avis 2014年8月28日 16:37:12 : oR76XbNWKDnA6 : 92WALQjOvE







ずっと、待っていたのです。

いつも、みつめていました。
美しい風に吹かれても
眩しい光をあびても
目もくれませんでした。

心から、信じていたのです。


きのうの、夜までの約束
あれは、うそ?



5:00AM
目を覚まします。
ガラス越しの雨音に、耳を疑います。
庭をみやれば、とうに降っている様子。



……………なに……これ――。



………降らないって……小雨も降らないって…傘もいらない、晴れるって
言ってたのに。……10日も前から………言ってたのに。

ひとは、変わっても、ずっと……ずっと、あなただけは、変わらなかった。
……信じて………信じて、待ってたのに――。




早朝の雨は、さっき、やみました。

木曜
3:00PM
ようやく
曇り



いやなんです、乾燥機は。
風が、光が、いいんです。

乾く身になれば
わかります…。





I Will Wait For You - Eddie Higgins Trio
https://www.youtube.com/watch?v=dmhkbY-Vsdc













28. avis 2014年8月29日 20:48:27 : oR76XbNWKDnA6 : 92WALQjOvE







どうも、夏休みの作文みたいになってまいりました。
「絵日記」よろしく、途中から、言葉足らずなのを音楽と映像でごまかす術は覚えたようです。
しかし、なにごとも、やすきに流れるようではいけません。
初心(…元々なかったような)にかえり、言葉のみで勝負いたします。


「なつやすみのさくぶん」
この響きには、どうにも、ほろ苦い記憶を呼び覚まされます。

二度とかえらぬ子ども時代の夏を台無しにする諸悪の根源といえば―― 夏休みの宿題。
どれほど多くの子どもたちが、この悪しき慣習に苦しめられてきたことか―― 胸が痛みます。

・ 毎年、夏休みになると、どうでもよいつまらない宿題が、どっさりと、だされたこと。
・ 休みの最終日に近づくにつれ、宿題らは束になって、いたいけな私をことごとく虐げ、
散々な目にあわせたこと。
・ 二つ下の妹は、休みに入ると即、宿題をすべて完遂させ、早々に涼しい顔をしていたこと。

この3つが基本の柱となり、厭「夏宿」(うっとおしいので短縮してみました)気分の複雑にからむ、
暗黒の歴史なら、いくらでもあります。
「夏宿」―― くれぐれも、「なつやど」でなく、「なつしゅく」と読んでください。
「なつしゅく」―― 夏なのに、しゅんとしている、しくしくと泣いている、そんな哀愁を感じていただければ…。


ところで、長い休みには必ず、父の独善と独断で計画される「家族旅行」なるものが催され、
ある年齢までは参加し、そこそこ愉しみました。
小学校3年生の夏休みに、家族で東京へ旅行することになりました。
生まれて初めての「東京」です。
まだ、ひとケタの歳の頃、旅なら、どこへ行こうと大概、「生まれて初めて」ではありましょうけれど。

小学3年生にもなれば、親への反抗心の、とっくに芽生えているとはいえ、まだ、家族旅行を
愉しむ余裕がありました。今と違って、きっと、懐が深かったのでしょう。

父が詳細にプランをたて、その頃にしては日数をかけて巡った「生まれて初めて」の東京は、
しかし、ほとんど記憶に残っておりません。
たぶん、記憶の更新というのか、その後に上京した経験に上書きされ、消し去られたか、
そもそも、長い歳月に耐えうるほどの印象は、なかったのやもしれません。

ただ、「夏休みの作文」という名の宿題のおかげで、現存する作文帳を紐解けば、
いつ、どこへ行き、何を感じたか、克明に記されているはずです。
残念なことに、古文書は、物置の奥のそのまた奥の段ボールの底深くに眠っておりますため、
とりだすのは至難の業です。
そんなわけで、思いだせるかぎり、錆びついた記憶に頼ってみました。

「東京」への家族旅行で、唯一、覚えているのは、皇居です。
周りをめぐったときの、人間の住む場所としての「広さ」に対する驚きは、相当なものでした。
そこに住んでいる人々のことをさらに思いめぐらすのは、それより数日後でしたが…。
自分たちの家とのあまりの違いに、「こんなに広い必要あるのかな」とは、正直な感想でした。
「じぶんち」と比べるあたり、なんというか、もう、子どもゆえの痛ましさなのですけれども。

この旅行はのちに、『東への旅』などという、おおげさな題名の、かなり長い「紀行文」に化けます。
書名(と言ってしまいましょう)からして、さぞかし、恥ずかしい代物にちがいありません。
実力以上に背伸びをし過ぎて、行きづまった、痛々しい子どもの姿が目に浮かびます。
誰も、とめなかったのでしょうか。かわいそうに…。
……よわい7つの童子のものす「紀行文」――(…)
たとえ、私の部屋に、例の段ボールが自ら転がりこんできても、決して取り合わないことにいたしました。


旅も最終コースに、さしかかったときでした。
東京からの帰路―― 父は、ギリギリまで家族を連れまわしたくて、強引な行程を組んだのでしょう――
帰りが、思いのほか、遅くなっておりました。
大阪経由で家路を急ぐ我らは、長い地下街を、おのおのの歩幅で、せわしく歩いておりました。
地下の、その街は、いつ訪れても心奪われ、子どもの無垢な心を惑わすものがたくさん並ぶ、
心より(3回め)惹かれる、つまり、大好きな場所でした。
ただし、これほど夜遅くに歩いたことはありません。

ブティックも雑貨店も飲食店も、ほとんど閉店し、なかで、店じまいの細々とした作業が
とりおこなわれておりました。並みいる有名観光地より、よほど子どもの目には物珍しかったのです。
机の上に椅子をのせたり、棚に白い布をかぶせたり、電卓片手になにやら算段をしたり、
奥まった厨房にだけ、小さな灯りがともっていたり、見慣れない所作で立ち働いている様子は、
夢の装置を支える舞台裏を垣間見るように、秘密めいていて、そそられるのです。

立ち止まって眺めたいのを懸命にこらえながら、足早に歩きます。
思い通りでないと気の済まない父を前に、立ち止まるなどという選択肢は、元よりありませんでした。
すっかり灯りの消えた店もあり、店先には、それぞれの役目を終えたものらの、たくさんつまった、
ふた付きの大きな青いポリバケツのゴミ箱が、いくつも整然と並んでおります。
先を急ぐ父に遅れまいと小走りになりながら、未練がましく個々の店のありようを横目で追ううちに、
幼い眼は、舞台裏のさらに裏のシーンを拾いあげておりました。

こぎれいな店の前に出された大きなゴミペールのそばに、男が座り込み、バケツをはすかいに傾けて、
なかのものをひとつひとつ、ゆっくり、とりだしているのです。
ちょうど、まん前を通り過ぎるとき、男の手には、三角にきれいにカットされたサンドウィッチがつかまれ、
しおれてこうべを垂れる白い花のように、ぐにゃりとへたっておりました。
しばし、そこで男の動作は止まっていたのです。

驚いたわりに、なぜか、私は、ふりかえりませんでした。
いっそう足早に歩きながら、フラッシュバックさせるように、その光景を何度も何度も脳裏に浮かべては、
反芻しておりました。7歳といえば身長120p足らずです。今よりずっと、地面に近いところを
うろついていたわけですから、ゴミ箱の隣に座る男と、目の高さはさほど違いませんでした。
もちろん、男は、子どもなど一瞥もしませんが。

かくして、父の計画した家族大旅行、『東への旅』は、終盤のそのシーンが、
一番印象に残ることとなったのです。


私の「夏宿」といえば、最終日かその前日あたりより、両親に叱られつつ、ひとり、涙ながらにやるのが
恒例でした。不必要に厳格な両親のこと、叱責しても、手伝うなどという発想は持ち合わせません。
実に、ありがたいことでした。貴重な時間を浪費するだけでしたので、叱らず、放っておいてくれたら、
もっと、ありがたかったのですけれど。

休みは10日ほど残っていましたのに、旅行から帰宅した翌日には、私は覚えていることを
猛然と書き殴りはじめておりました。
これほど真剣に宿題に取り組んだのは、7年と少々の短い人生ではありますが、
「生まれて初めて」であったと思います。

東京滞在中、ホテル以外に、都内に住む親戚の家々にも泊まったため、かなりの日数になりました。
親戚宅で、大好きだった従姉らに従弟ら……彼らとも愉快に過ごしたはずです。
それでも、最終シーンこそ、私の書きたい場面でした。
もう、そこへ集約させるための、『東への旅』であったのです。

自信作ではあったのでしょう。
いきおい完成させてみると、原稿用紙の束は、かなりの厚みをもっておりました。
始業式のあと担任教師に提出し、数日立って、我が手作りの作文帳は無事、手元に戻って参りました。
最後のページに、確か、こんな内容のことを書きつけておりました。

―― 歩いても歩いても、まわりきれないほどの広い敷地に住む人々と、同じ人間が、地べたに座り、
    ゴミのなかに食べる物をさがす、これほどの違いが生まれるのは、いったい、なぜなんだろう――

こんな感じであったかと思います。もっと、子どもっぽい怒りの含んだものであったかもしれませんが。
幼くつたない文字のすぐ隣には、教師の記した小さな赤い丸が、伴走するようにえんえんと並び、
しまいには、五重の花まるが、大きくかぶせられておりました。

それを目にしたとき、7歳と少しの児童は、なにを感じたでしょう。
教師のあからさまな賛同に、我が意を得たり、とでも思ったでしょうか。
幼稚に勝ち誇る予定でしたが、実際は、違いました。

自分のしたことの、ある種、醜さに、なんともいえない気分になったのです。
教師という種類の大人が、どんなことを喜ぶか、当時の私は、よく知っておりました。
そうして、まんまと、担任教師は、それにのせられたのです。
小学校に入学後、3年めにして、ようやく巡り会えた「大好きな先生」でした。


東京に住む従姉たちは、大阪の街でときおり目にする浮浪者をとても怖がりました。
しかし、関西に長くいると、当然のことながら、彼らは彼らなりの誇りをもち暮らすことを
子どもも肌身に感じるようになるのです。

今は知りませんが、怖い目にあったことは、私に限っていえば、ただの一度もありません。
お酒くさかったり、すえた匂いもしますし、電車の席の向かいから、「ねえちゃん、どこいくの」
と、からかい半分にからまれることはあっても、実際には指一本触れてもきません。
背広を着て何くわぬ顔をし、痴漢をはたらく輩に比べたら、よほど、安全な人間でした。

くだんの地下街は当時、関西でも一番の距離と規模を誇るもので、子どもの目にも、
光降る、ほんとうに素敵な場所でした。
煌びやかなその空間に、旅の終盤、目にした光景は、いかにも場違いであったのです。
埃だらけの汚れた路上ではなく、夢のような場所にあらわれた禍々しい現実に、
子どもの私は、胸をひきつらせたのだと思います。

そして、それを極端に広い敷地に住む人間らをひきあいにだし、あてこすったのです。
激しい落差への、どこへもやり場のない憤りの表明をもってして。

なにはともあれ、男の手にしたサンドウィッチの柔らかさ、手触りから湿り具合まで、
今も手に取るように思い浮かぶほど、脳裏に鮮明に焼きついて離れないのです。
7歳の夏の記憶として、ふさわしいかは、ともかく――。














29. avis 2014年9月02日 23:32:42 : oR76XbNWKDnA6 : 92WALQjOvE






              俺の抹茶を 君にあげる
              俺の抹茶を 君にあげる
              飲んで ともに眠ろ
              手と手 あわせ 
              ともに眠ろ




これは、今朝、目覚めたら、頭のなかでぐるぐるまわっていた、たぶん、ラブソングです。
シニアの「お茶飲み友だち」同士の、切なくもプラトニックな愛を高らかに歌ったものでしょうか。
朝の支度をしていても、いっこうに鳴りやまないので、ネットで調べてみました。
……抹茶オレなら、載っているのですけれど…。

こんなとき、作詞作曲家とシンガーソングライターだけは、めざさなくてよかったと痛感いたします。
音楽づけの暮らしをしているわけでありませんのに、清くおとなしく静かに生きておりますのに、
どういうわけか、たいてい、目覚める直前、すでに脳内で音色が鳴り響いているのです。
そのメロディにあわせて、ゆっくり目を覚ますといったほうが、正確かもしれません。

ちなみに、60〜80の低血圧ですが、朝、目覚まし時計は、まず、いりません。
6時なら6時、5時なら5時、睡眠不足なうえ決して寝過ごせないときでも、
眠る前に、「あした、6時に、起きるよ」と、一度言い聞かせれば、
その時刻に、すっと目が覚めます。私の脳について、唯一、自慢できることです。
きっと、小脳あたりに、目覚まし時計の身であった、前世の記憶でも残っているのでしょう。



――にしても、これ、抹茶だけに薫り高く、滋味深い、善き唄だと思うけどな。道、あやまったかな。

………やはり、シンガーソングライターくらいは、めざすべきであったかもしれません。





3 Gymnopédies, 6 Gnossiennes -D
https://www.youtube.com/watch?v=dtLHiou7anE









30. avis 2014年9月03日 00:49:12 : oR76XbNWKDnA6 : 92WALQjOvE




 
「を」は、抜いたほうが歌いやすそうです。

題名は、『 茶会 』でいいと思います。


......いや、どうかな。


『 抹茶ララバイ 』

こちらでいきます。
  
  
 



31. avis 2014年9月03日 18:35:17 : oR76XbNWKDnA6 : 92WALQjOvE








―― なにが人の心をゆらすのか ――


気ままに書き散らしていたら、もう少しで、テーマを忘れ去るところでした。

以前、有名なイラストレーターやライターの話を聴く機会があり、彼らは口を酸っぱくして、
「街に出よ。人やモノのあふれる場に身をおき、感じろ」といったことをおっしゃっていました。
確かに街にでると、新進の店に並ぶ小さな雑貨にすら、目をみはります。
行きかう人々を眺めるのは愉快ですし、猥雑な通りは哀愁を帯びつつ夜に備えていて、
能天気で賑やかな雑踏に紛れ、怪しげな売人の立つのもそれなりで…。
清濁あわせのみ躍動する街は、人々にエネルギーを与えながら、したたかに狙いすまし、
人々から吸いあげることも忘れません。

どれほど無邪気に興奮しても、帰路にさしかかれば、浄化しようとする自分がおります。
正直なところ……街には、持ち帰りたいほどのものはないからです。
人やモノから余計な影響を受けたくないと感じるようになったら、おしまいでしょうか。
世が過剰になればなるほど、琴線に触れるもの以外とは、関わりたくないと思ってしまいます。

とはいえ、心を動かされる出来事は、そうそう起きるものでありません。
強くゆさぶられるとなると、かなり頻度が落ちるかもしれません。
一方、心自体が運動不足であったり、惰眠をむさぼったりしていては、
せっかくのゆれるチャンスを逃しかねません。


怠惰で緩慢な心にカンフル剤を打つ。できれば、かなり強めの、即効性のある…
あわせて、心(4回め)ときめく神秘体験もしたい。
すべてを一度にかなえる手っとり早い方法といえば…クスリ?NO,NO,NO,NON!
単純な私には、映画の鑑賞で充分であります。

作品の導入部が秀逸だと(大抵、力を入れているはず。つかみであっさり落涙することも)
もう、即、いってしまいます。すっかり我を座席に置き忘れ、銀幕の向こうへ――。
ただ、つまらないと、だいぶしてから、肩を落とし、しぶしぶ戻ってきますけれど。

遠く、世界の最果てに連れ去ってくれるような、静かで強引な作品を求め、
2本立て、3本立て、ときに、4本立て(さすがに1度に観るものでは…)と、
映画館の闇にまぎれた日々が懐かしいです。

まだ柔らかかった感性は、センサーも錆びておらず、時おり「よい作品」に出会えました。
タルコフスキー、アンゲロゲロ― 失礼― アンゲロプロス、カウリスマキ、キアロスタミ……
別のことを考えながら口にすると、舌をかみそうな方々の作品を繰り返し観るといった、
ずいぶんと気の長い時期もありました。

年月を経るほどに少々のことでは動じなくなり、沈着なぶん、文句、いえダメ出しも多くなり、
結果、よいと感じる作品に出会いにくくなるのです。
無駄に高いハードルを低める気も、なさそうです。これがまた、頑なときています。
……実に、厄介です。













32. avis 2014年9月04日 20:40:07 : oR76XbNWKDnA6 : 92WALQjOvE










それでも、ほんのたまに、心臓をわしづかみにされる作品にでくわすこともあるのです。
滅多にありませんので、こうなると、もう、事故みたいなものです。

動揺しつつ、いったい、なにがどう作用して、これほどまでに強い引力を放つのか、まず考えはじめます。
でも、たいてい、わからない。鉄の塊である飛行機がなぜ飛ぶのか、いまだにわからないように。

退屈だな……失敗…作、ふっ、お気の毒さま(巨額の資金をかけたお偉い方々に対し)
…と感じる作品なら、すぐさま3つくらいは、ダメな理由を思い浮かべるのに、不思議です。
無責任なダメだしは、誰しも容易ということでしょう。

映画館をあとにし数日たっても、思いだすだけで、心身をのっとられ、とりみだし、うろたえるなら――
それが個人的に、「もっともよい作品」ということになります。
静かに強く揺さぶってほしい―― そんな切なる願いに、いつも応えてくれたのが、イラン映画です。
イランの制作人。彼らは、私のおかしな期待を決して裏切らない―― 頼もしいかぎりでした。

なので、「イラン」ときけば、なにがあっても駆けつけては、かぶりつきで観たものです。
スノッブな欧米人らが逆立ちしても、決して作れない、珠玉の作品群。

それが、いつしか、潮の引くように魅力を失った気がします。
なぜかは、わかりません。



『 別離 』

数ヶ月前に観たイラン映画です。

久々にイランから届いた、まさに、贈りもの。
各紙でとりあげられ(観る前は当然読まない)永らくの飢餓状態よりくる期待は、
いっそう高まるばかりでした。

なのに、始まって10分もたたないうちに――

―― ま、まずいな…これは………少々、苦手な類かもしれない。イランよ、お前は変わった。なぜに?

と違和を感じはじめるのです。
いえ、違和なんてものではありません。愛するイランですけれど、この際、はっきりいいます。
内容と展開の苛立たしいことといったら、このうえなく、翻弄される作中人物らと一緒になって、
鼻息を荒げ、口角泡を飛ばし、目は三角につりあがってくるほどでした。

幾人かの登場人物のうち、どうにも、腹立ちと苛立ちと憎しみの的であったのが、貧しいイラン人の夫です。
彼の妻(主人公でないがキーパーソン)の流産をきっかけに、観る者を神経衰弱に陥れるストーリーは、
速度をあげ、息切れ気味の客などお構いなしに、好きなだけ暴走しはじめます。

中腰で両膝に両手をおき、肩で息をしながら、私は――

―― 流、産の、原因は……きっと、この夫、コヤツの…常態化した…暴、暴力の、せいに、ちがい、ない。
   直接、描きは…しない、だけで……必ず、隠され…ている………ぜったい…に。(ゼイゼイ…)

コヤツ、いえ、彼の言動は、私だけでなく、ことごとく対する銀幕の人々をひどく不快にさせてゆきます。

隣に座る中年女性も、しょっちゅうタメ息をついていました。
この男に腹をたてていたに違いありません。


どんな映画でも、作った方々への最低限の礼儀として、最後まで集中をきらさないよう努めます。
しかし、この作品、話が進めば進むほど、人の気持ちの逆なで方のひどさといったらありませんでした。
礼儀をわきまえる者にとって、それは、拷問に等しいのです。

―― 実に、耐え難い筋運びだ――。

容赦のない呵責に耐えるべく、奥歯をぎぃっと噛みしめているときでした。
いよいよ、流産をめぐる真相を夫に問いつめられて、おとなしい妻がおびえながら、
言葉をえらび、ふしめがちに、とつとつと応えるシーンにさしかかります。

―― オマエのせい。そうにきまってる。

胸中、声を荒げ罵りながら、スクリーンの男を全力で睨みつけておりました。


妻の語るには――。
静かに話される出来事のひとつひとつは、すべて、この男の甲斐性のなさに起因するものでした。


―― ん?どうも、暴力でないようだが、やはり悪いのは――

と言いつのる隙を与えず、いきなり男は、激しく自らの頭を両手で殴打しはじめるのです。
猛烈な勢いで、乾いた音をたて、えんえんと、殴りつづけるのです。

驚いた妻が止めるのを払いのけ、ついに彼は家を飛びだしてゆきます。



茫然自失。心臓わしづかみ。気づいたら、号泣していました。……あ、これ、私のことです。

ふたつの家庭を崩壊へ追いやる所業をいくつもしでかしたこの男、不愉快極まりないこの男を
全編を通し、激しくも、心の底から憎悪していたのに、です。

このシーンを描きたいがために作品を撮った、そう思えてならないほど、非常に衝撃的なシーンでした。


強い人間、あるいは、強く見せかけてきた人間が崩壊するさまに、私はめっぽう弱いのです。(暴走)
その瞬間に、その人間に惹かれると、それは、恋のはじまりであったりするほどです。(脱線)
素敵なさまには、いまひとつ惹かれず、崩壊するさまに惹かれるなど、なにかしら、
心に欠陥のあるやもしれません。(転覆)


とにかく、私の、心の臓は、心は、まごころは、あっけなく、その自傷男にもっていかれました。

席に座ったまま、声をころし、あんまり激しく泣いてしまったので、目が、なんというか、もう、大変なことに。


くずれた顔をなんとかせねば――
トイレにかけこむと、同じ映画をみた女性客たちが、静かに整然と並んでおりました。
なのに――

「―― なんかあ、…どきゅ、どきゅう……めんたりー?…みたいやったな」

「……う〜〜〜ん、…まあ、…そうでもないと……おもう、けど」

列の先頭に並ぶ、中年女性二人連れの会話です。(中年女性御用達の映画館なのです)
こういうことが起きるから、映画は必ずひとりで観にゆきます。

どきゅめんたりー……たしかに、実にリアルでした。
銀幕の方々と、手に手を取り、一緒に苛立ち、一緒に拳を握り、一緒に歯軋りしておりましたから。

なるべく思い出さないよう、細心の注意を払っていたのに、彼女らの会話のせいで、一瞬にして、
さっきの心臓わしづかみシーンが、目の前にありありとよみがえり――。
まぶたの辺りが、かっとなって、みるみる赤らみ……あ、もれちゃう…慌てて、あいたブースへダッシュ。
なかで、ひとしきり、気のすむまで、泣かせていただきました。


世に、お涙頂戴作品はたくさんあります。
ほらほら、哀しいだろ、そら泣け、感動しろ、すごいだろう、ひゅ〜まんじゃん、どうだ、まいったか、
といった作品にも、充分、泣いてさしあげることはできます。が、すぐに、乾きます。

この映画は、だめです。
いま、こうして、したためながら、ちょっと、濡れてきました。瞳が。


ということで、いったい世の映画マニアたちは、この作品をどう評価しているのか、
滅多に動じない鉛の心臓をわしづかみにした、そのわけを、明快に分析してくれる御仁よ、いでよ――
と、いろんなサイトをうろつくのも、鑑賞後の密かな愉しみのひとつです。

……………おりませんでした。ただのひとりも。みごとに。まったく。どこにも。
だれも、あのシーンに触れていないのです。

―― 余すところなく、もう、これ以上ないくらい、重要なシーンなのに。

いや、あれをえがきたくて、あれをみせたくて、あれをつきつけたくて、この作品を撮ったに違いないんです。
すくなくとも、監督は。私にはわかるんです。監督の、意気が、心奥が。


―― ああ、だれか、あのシーンの抗いがたい魅力を美しく説明してみせてくれ――。


………もしか、このシト、ずれてる……のかしら。

実は、「どきゅめんたりー」おばちゃんと、同類なのかもしれません。


                        *


ここまで書いて、初めて気づきました。
鍵は、そこにも、ありました。

「愚かしさ」

私のことではありません。

「人間の愚かしさ」

これが描けていると、心臓をもっていかれるようです。

嬉しいです。懲りずに与太話を書きつづけた甲斐がありました。
人の心をゆらす条件に、さっそく登録しておきます。


ついでに、これも書いておきましょう。いい加減、役に立つことも書かないと、叱られそうです。
心当たりのある殿方は、好きな女性の前でやってみるとよいかもしれません。
(注:ただしネジの数本足りない女でないと、いまひとつ効果の表れないことがあります)

「男、強さを演じる」→(相当期間)→「女、目を留める」→(ある日、予告なしに)
「男、愚かしさをみせる」→「女、驚く」→(錯覚)→「女、心臓をもっていかれる」→
(”母性”発動他、錯覚に次ぐ錯覚)→「恋に落ちる」(このあと成就するかは、ご両人の腕次第)

……ごめんなさい。経験にもとづくとはいえ、全くの蛇足でした。(でも、消しません)


この投稿のせいで、作品を観たく…なくなった方のために、あらすじをおいてゆきます。
すっきりとまとめられておりますが、それすら、目を通すだけで、イライラがつのって参りました。
ま…お肌にあわないのね、きっと。(ひとりごと)

『別離』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%A5%E9%9B%A2_%282011%E5%B9%B4%E3%81%AE%E6%98%A0%E7%94%BB%29

それでも、本作品をご覧になりたい方は、どうぞ。お止めはいたしません。
あ、でも、いちばんいいところ(私しかハマってないツボだけど)しゃべっちゃったからなあ。(心の声)
こりゃネタバレよりタチ悪いな。(わずかに良心の呵責)













33. 2014年9月05日 18:22:58 : qJHlvVBlh2
はじめまして。
32は、なんとも迫力のある映画紹介で、ぜひ見てみたいと思うと同時にエモーショナルすぎてちょっと怖くもw感じてしまったのですが、

https://www.youtube.com/watch?v=eYc3tjiMhsM

を、見ましてーすいませんフランス語です。ー
監督のコメントがすばらしすぎて、やはりこれは見てみようと思いました。

この監督の意図は、まさしく、avisさんのように、観客がこの映画からご自分の解釈を、ご自分で与えることだと言ってます。

いかに今までの映画というものが、監督の一方的な解釈を観客に押し付けてるのか、、っていってますね。

avis さんがーすくなくとも、監督は。私にはわかるんです。監督の、意気が、心奥が。ー

この動画を見ると、本当にそうで、 びっくりしました。

ご報告まで。 

実は、私もこのー観客の解釈に委ねるという観点ーに個人的に興味を持ってます。


34. avis 2014年9月06日 12:23:35 : oR76XbNWKDnA6 : 92WALQjOvE






動画、ありがとうございます。
ちらっと映った自傷男に動揺しかけましたが。

作品を貶めているんだか、評価しているんだか、よくわからない投稿に
お墨付きをいただいてしまい、mamanのスカートに隠れたい気分です。
ひとり芝居が高じ、悦に入っているさなか、いきなり声をかけられた子どもの、
きまりの悪さをご想像くだされば…。


作り手が受け手に解釈を押しつけようと、委ねようと、作り手の意向にかかわらず、
どんなときも、受け手は受け手なりの解釈をしているものです。
ただ、受け手をみくびっているとしか思えない作品の多いのも事実です。

人々を無知蒙昧であるよう封じ込んだ昔ならともかく、今の時代、
受け手が、知性や感性において、作り手よりまさるといったことは、
往々にしてあると、肝に銘じるべきなのです。
たとえ、受け手の年齢が低くても、それは同じです。

受け手の感性に対する敬意と信頼と緊張感――
受け手を必要とするなら、それを失ってはならないと思うのです。


...うんと、ね......こども...あ...な...どっ...ちゃあ.........いけねえよ!
               (青年の主張・幼年の部)









35. 2014年9月06日 23:35:25 : qJHlvVBlh2
私のコメントで、不愉快な思いをさせてしまったみたいで、すいません。

こうして、一人の創り手 から、たった一人の受け手へ伝わることの素晴らしさに、ちょっと感動してしまったのですよ。ありがとう。

そして、人は、本当に孤独だったら、創らないのではないだろうかって気がついたんですよ。

必ず、誰か、たった一人のために、創るのではないかと。

誰かのために。この、誰か というのが、特定のひとかどうかはわかりませんが。

とにかく、一人から、一人へ。


36. avis 2014年9月07日 05:46:21 : oR76XbNWKDnA6 : 92WALQjOvE

 




ほんとに、ごめんなさい。
35さんは、なにもわるくありません。
声をかけられると、きまりのわるくなるほど、
ひとり遊びに夢中になっていたのが、まずいのです。

34の後半は、35さんへ向けてではなく、
大衆向けの作品にふれるにつけ感じることです。
どうか、気にしないでくださいますよう…。


ここは、こうして書くことを静かに許してくださる
黙ってみのがしてくださる心地よさに
いつしか、いつくようになりました。

チラシの裏に書くのとは、ちがった緊張感をともない、
じっと耳を傾ける方のいらっしゃるといった錯覚が、
やさしく背中をおしてくれます。

せっかく、お声をかけてくださいましたのに、
うまくお相手できず、ほんとうに申し訳ありません。


…ひきつづき、ひとり遊びに興じたく思います。











37. avis 2014年9月07日 11:11:58 : oR76XbNWKDnA6 : 92WALQjOvE







号泣 = 大声をあげて泣くこと。
声をころして泣く。 = 声をあげずに泣く。

このふたつの泣き方は、一見、違うものにみえますが、私の顔のうえでは、なんなく、合致いたします。

泣く赤ん坊を思い浮かべてみてください。
彼らが、火のついたように泣く寸前に、口を開けたまま、顔がくしゃっとなるのは、ご存じかと思います。
あれです。あれが、大人にもかかわらず、私にはできるのです。
赤ん坊はこらえ性がないので、そのあと、すぐに声をあげます。すごく大きな声です。それが仕事です。
私は大人ですし、我慢強いので、最後まで声をあげずに、泣けるのです。それは芸です。

もし、声をころし号泣している私の動画があったら、音を消してみてください。
大声をあげて泣いているようにしか、見えないはずです。


「鑑賞中に号泣って、周りの…」といった声の聞こえた気がいたしましたので、書きました。




Lascia ch'io pianga - Rinaldo (1711) de Georg Friedrich Händel. Farinelli.
https://www.youtube.com/watch?v=u7rsigVubUI

メロディラインがやさしく、好きなアリアのひとつです。
原作では愛する人への貞節をまもる場面で歌われますが、こんな使われ方も…。
血に弱い方はご覧になりませぬよう。













38. avis 2014年9月08日 18:56:47 : oR76XbNWKDnA6 : 92WALQjOvE








「泣き暮らす」ときくと、羨ましくなってしまうのです。

こみあげる感情をほとばしるままに放つ時間と空間――
そんなものを無性にほしくなるときがあります。
ひとり暮らしをすれば、手に入るものでしょうか。
荒野か山奥の一軒家にでも住まえば、なおよいでしょうか。

ひとりで暮らしたことはありませんが、ふたり暮らしなら、あります。
心身ともに相手を支えるといったふうでした。
それとて、両輪をそろえ走らねばなりませんから、私だけ気ままなふるまいは…
したいと思う余裕すらなかった気がいたします。

それにしても、いつも誰かしらいるという暮らしは、ときに煩わしいものです。
おかげで、声をころして号泣するといった離れ技が身につくわけです。


先日、家人らの出かけたすきに、声をあげて泣く、文字通り、号泣なるものをやってみました。
もちろん、故意にではなく、どうにも、哀しかったからです。

それが、うまくいかないのです。
ずっと、声をころすのを常套としておりましたので、哀しみの発露として、体のどこをどう使えば、
大きな声と流れる涙にし、解き放てるのか、さっぱり、わからないのです。

海外のニュースで、市井の人々の号泣する場面をみかけるにつけ、幼い頃ならできたことが、
大人になって難しくなるのは、文化のせいにしろ、抗ってみたくなりました。


まず、顔をあげないことには、とおる声はでません。
全身を筒にして、声をだす――。
夜、月に向かって咆哮する感じでしょうか―― 獣になって。
それなら、なんとかできそうです。

しかし、遠吠えとともに、涙をともなわねばなりません。
………どうやら、相当、イメージトレーニングが要りそうです。


号泣――
せめて、今からでも、身につけようかと思います。
いつか、ひとり残されるとき、この世を離れる魂にとどくよう――。





今宵、月の美しくみえますよう…。


King Crimson - Moonchild
https://www.youtube.com/watch?v=okbgQ80NzzE














39. avis 2014年9月12日 21:14:27 : oR76XbNWKDnA6 : Ct9jcINVFI





『 心 』


ひそかに、無口なKに肩入れしていた身には、声ころす朝となりました。
すでに、あらましを知っていて、こうです。
ならば、大正三年八月八日の人々の胸に懐かれたものは
どのようであったでしょう。





Adagio Assai Maurice Ravel
http://www.youtube.com/watch?v=g8Z-c9mJaMg


懐いたものに近い解釈を他者のそれにみいだすのは、至難の業です。
大切なシーンの解釈が正反対であるため、お蔵入りしておりました。
今朝からの心持ちには合いそうです。












40. avis 2014年9月13日 23:15:06 : oR76XbNWKDnA6 : Ct9jcINVFI







ひとまず、言葉のみで勝負しようと決意いたしましたのに、またしても、なぜ、
作文の最後に、本文と関係のない「音楽」を載せてしまうのでしょう。
当初より、うすうす感づいていたものの、事実から目をそむけておりました。

つまり―― 文章だけでは、もたない―― これに尽きます。


そして…。
知らずにチラシの裏を読まされたなら、ふつう、「畜生、返せ!時間」 となります。
問題はそのあとです。

たいてい、速やかに、損をした場所から離れれば、軽傷ですむものです。
それを……損した場で損した分(…時間だけに)を取り返そうとするのが、
危険を顧みないギャンブラーたちの、雄々しくも哀しい性のような気がいたします。

そこで、さりげなく登場するのが、「音楽」です。
畜生…という悔しい気持ちを幾分か、慰めてくれるはずです。

ささくれだった過去を背負う、荒くれギャンブラーらを癒すといった、
―― ミッション・インポッシブル――
限りなく不可能に近い、危険極まりない、任務を背負わされた「音楽」は、
かくして、「ごめんなさい」「ゆるして」「おねがい」の心をこめた、深々と、こうべ垂れる、
すまなそうな曲想になります。

―― 試しに、いま、ざっと聴いてみましたら、そうでもない曲のほうが多…。
ひたすら、趣味に走っているだけにみえますが、………そのとおりです。
それでも、癒してさしあげたい気持ちに、嘘、偽りはございません。


それに…。
こんなもん、また、書いて……といった、
一向に迷惑行為をやめない、悪の枢軸、首謀者本人の良心の呵責も薄まります。
幻聴か、枢軸仲間さえも、さすがに苦言を施…………わずかに残る良心の声でしょう。

なので、「音楽」だけ聴いてくだされば、お互いに精神衛生上、よいかもしれません。






―― 今回の君の任務は、音楽の秘密に触れるか、癒されるか、の―― どちらかだ。

Satie Musiques intimes et secretes
http://www.youtube.com/watch?v=yXmqZNumQ40



Mission Impossible 2 Rock Climb
http://www.youtube.com/watch?v=HpGc5d3_V6c

―― 例によって、君もしくは君のメンバーがあきれ果て、あるいは言葉を失っても
当局は一切関知しないからそのつもりで――。













41. avis 2014年9月17日 05:11:17 : oR76XbNWKDnA6 : Ct9jcINVFI








映画館での作品鑑賞は、いわば、賭けのようなものです。
作品の当たりはずれ以上に、不条理なめに、理不尽なめに、遭うリスクをはらんでいるからです。
隣の席に、前の席に、後ろの席に、粛々と、わざわいの種は蒔かれているのです。


上映中にみうけられる、局所的に惨禍を招く方の生態例――

マック(関西以外の皆さまにあわせてみました)の香りをふりまき、音をたて食す。 (添加物の権化)
おしゃぶり代わりか、絶えず、あめちゃん(関西では飴にも気を遣います)を鞄から出し入れし、
包み紙をランダムに鳴らす。                             (お隣のよしみで、ひとつ、おくれ)
組んだ足を振り子運動させ、現象の結果として前の座席を蹴りあげる。        (なんなら按摩器になって)
背が高いのか、胴だけそうなのか、定かでないが、頭ひとつ抜きんでる。            (出る杭は目障り)
静かなるときもあれど、いずれ鼻腔でかしましい音をたて静寂をやぶる。        (寝言を耳にすることも)
ホームシアターと勘違いし、作品を肴にお連れと団らんに興ず。       (ピントのはずれた箇所が焦点に)
手製爆弾おにぎりを数個、大口で食らう。                              (危険物取締条例)
どうにか勝ち得た空間をあらゆる方法で、ことごとく侵す、お邪魔虫な方々は、
季節を問わず、昼夜を問わず、棲息しているものです。

注意はもちろん、いたしません。黙って、そっと、その場を離れるだけです。
君子危うきに近寄らず、です。




『 エターナル・サンシャイン 』


ロードショー公開されたにもかかわらず、地域性か、すぐさま、閑古鳥の鳴いた作品。
それを目当てに、シネマコンプレックスへ足を向けたのです。
(たかだか映画館に、大げさな舶来語…以後「大きな映画館」と言い換えます)

閑古鳥に愛される作品こそ、掘り出し物であることは少なくありません。
その日も、彼らのさえずりを聴きつけ、私を呼んでるとばかりに、はせ参じたわけです。

大きな映画館の大きなお部屋には――
ひとり、ふたり……ざっと数えても、10名以下。
実に、良いあんばいです。

おおよそ、わたしだけの、「ぷらいべーと、しあたー」(若干二重表現、ご容赦ください)

閑古鳥らの鳴きかわす場内に足を踏み入れたとたん、全身に気の満ちてくるのがわかります。
絨毯を踏みしめ、スクリーンに近すぎず、遠すぎず、ど、まんなかの、選び抜かれた、
「ぷらいべーと、しーと」に、深々と、世間に疲れた身を沈めます。
目をつむり、呼吸をととのえ、無の境地に。……元々からっぽではありますが。

……はじまり、はじまり〜。

どこからか、声もいたします。
席に座すところより、すでに、劇、つまり「シアター」は、はじまっているのです。


すると――
けたたましい嗤い声をあげて、入ってくる、若い女が3名。
歳の頃、10代後半か…。「世の中、向かうところ、怖いものなし」の年齢です。

なんとなく、嫌な予感を覚えつつ、ふしめがちに、身をかたくしていると、
嬌声を場内に響かせながら、ゆっくりと、こちらに近づいてくるのです。
お祓いの祈祷の甲斐なく、魑魅魍魎らは、むしろ、ひきよせられるごとく、やってくるのです。

この無限の宇宙空間で、映画館従業員は、なぜ、地球人と異星人をわざわざ近づけるのか…
恨みがましく思う間もなく、彼女らは、私のすぐ後ろに、どやどやと座るのでした。

(いいか、すぐはダメだ。…かどがたつ。)

(もすこし、そう、あいだをおいてから、…さりげなく、あくまで、なにげなく、退避、いや移動しよう…)

座席をめぐるだけに、即”座”に、そう決意しておりました。
ちょっとやかましいくらいで…と思われるかもしれません。
未成年の娘なら、むしろ喜ばしいではないかといった筋の方も、おられるやもしれません。
……そのとおりです。
映画鑑賞に関して、特に、心、狭いです。気にしすぎです。こだわりすぎです。
しかし、わざわいの芽は小さいうちに摘みとる―― 長年、かび臭い単館に通いつめた者の性であり、
知恵でもあります。


とにかく、その「移動」までの時間、じっと、かたまっていると――
(以下、三人娘の、好き勝手に口火を切ったり応えたりを想像していただければ…。)


―― え〜っと。え、え、えたあ、なる、さん…しゃいん?

(…なぜ、いつも、そうやって、ごびをあげる?⤴)

―― なあ、…えたあ、なる、って、…どーゆーいみ?⤵(抑揚記号。関西以外の方のために)

―― しらん。

(…だろうな。)

―― じゃあ〜…さん、しゃいん、は?

―― ああ、……さん、が、えっと、…なんやろ。……………そうや!なつ!や!

(…………)

―― じゃ、しゃいん、は、なに?

―― ええっと、……なんやろな…。

―― しゃいん、しゃいん、しゃいん、…あ、ひか、る、ちゃうか?⇀(抑揚記号:同じ音程で)

(…お、おしい…)

―― ほんなら、つまり、……なつが〜、…ひかる、いう…

(つまりって…)

―― なつって…ひかるん?⤵ …きゃはは。

(ぜん、ぜん、おもしろくない)

―― ひゃはは。ひからんやろ。まいにち、まぶしい、けど。ひゃひゃひゃ。

―― なんや、この、だいめい………いみ、わからんわ!

(……たぶん、みなさま、ターゲット、がい、ということで…)

(それに、みなさまも、じゅうぶん、いみのわか――)

(…………いどう、しよ。こやつらに、えんりょはいらぬ…)


立ち上がろうと、肘掛に手をかけた、そのときです。

……こつん、こつん、こつん……。

まさかの攻撃でした。

危うい年頃の娘たちを足元でささえるは、華奢なピンヒールのサンダルです。
あの手の靴、ラインは美しいけれど、不必要に音をたてるのが玉にきず…。

足が痛かったのでしょう。たぶん、つっかけみたいに、半分、脱ぎかけにして、
傷む足指と、うっ血したふくらはぎを膝の屈伸運動で、癒そうとしたのでありましょう。

(…わかるよ。ピンヒールはつらい。……けど、そこ、まうしろ…なんだな、わたしの、あたまの…)

(いま、立ちあがれば、「こつん、こつん」に切れたと思われる…)

(けど、これから、ずっと、こづかれるのは…頭を……年下の………異星人に。御免こうむりたし。)

まさに、立ちあがらんとした、そのとき(2回め)、私のねらった、さらに前にある空席に、
カップルが仲良くお座りあそばしたのでした。

(…あ………………そ。)

いったん、浮かした腰をふたたび元に落ち着けながら、映画鑑賞のゆかしさの大半は、
この時点で無と化したような、落胆に暮れたものです。

みまわすと、あちこち、かなりのお人らが座りはじめておりました。
後ろの三人娘ら…わけのわからないことを言いあっては、笑いころげています。
そのたびに、こつん、こつんと……合いの手をいれながら。

(なんだい、なんだい。閑古鳥、どっか、いっちまったじゃないか!)


予告がはじまり、必死の念が通じたか、こつんこつんも、そのうち、おさまり――

集中!
注意散漫な私も、鑑賞中だけは、人が変わります。
集中というより、トランス状態といったほうが正確かもしれません。
幽体分離し、ふっと立ちあがると、あの、ただ白いだけの幕をつき破って、あちらへ踏み入るわけですから。

トランスしてしまえば、隣近所で魑魅魍魎らが跋扈しようと、一向に気にならなくなります。
そもそも彼らの動向が気になるのは、作品のせいでもあります。酔えずに醒めたままであるからであります。
映画たるもの、しらふの者を酔わせて、なんぼのもの、でしょう?⤴
(注:tranceとはこの場合、白目をむくとかでなく、語源のラテン語「移行」の意で使用しています)


こちらの、作品はといえば、時空の錯綜する、そこそこ複雑な展開なのでした。
たぶん、制作人らは、その仕掛けを愉しんでいるうちに、歯止めがきかなくなったのでしょう。
加速度的に、もう、とんでもなく、うんと、おかしな方向へ暴走しはじめるのです。
その、バカバカしいまでの狂い加減が、また、いたくツボなのですけれど、
「ロードショー公開作品」には、やや不向きであったかもしれません。


途中、ふと、我に返ると、後ろの三人衆の気配が、まったく、感じられません。

(………おやすみ?)

(いや、あまりの展開に、うろ、きてる?)

(ま、しずかなら、よろし。)

また、銀幕の向こうへ、トンズラ、いえ、トランスするのでした。


徹底的に遊び呆けたストーリーは、しかし、最後に、ずいぶんと、まっとうなところへ落ちるのです。
それが、もう(全編通し複数回め)なんというか、それまでが、あまりに気狂いじみていただけに、
観ている者は、ひどく、虚を突かれるわけです。
実に、計算高い連中です。(制作人らのこと)

その落差の激しさに、あっさり、落涙。

彼らの思惑どおり、気持ちよく泣かせていただきました。

(ああ、いいもん、みせてもらったー!)

気分爽快です。

しかし、エンドロールの最中に、前で観ていたカップルは、早々に立ち上がり、そそくさ出てゆきます。

(だめ?これ、恋愛中なら、とても、とっても、大事なこと、描いてたと、思うんだけど、な…)

それでも、場内が明るくなると、涙の筋が頬にみとめられるのは、少々、はばかられるほど、
ふざけた内容ではあったのです。
こんなのに、泣いたの?と鼻で笑われたくなくて、つい、濡れた頬を手で隠したくらいでした。

涙をぬぐったり、ハンカチをしまったり、ぐずぐずしていたら、見渡すかぎり、人間はいなくなっていました。

(……さてと…)

立ちあがって、ぎょっとしました。

後ろの席で、三人衆が、三人三様に、泣き崩れているのです。
三人が三様に、身もだえしながら、三様のタオルのハンカチを口に押しあてているためか、
三様(4…)に、くぐもった嗚咽がもれてきます。

眼下に繰り広げられる地獄絵図に、一瞬、かたまってしまいました。
とはいえ、あいた口のふさがらないオープニングといい、この、見事なまでのエンディングといい、
作品の無軌道ぶりにみあう、場内の光景ではありました。
なにも見なかったふりをして、さりげなく席を離れながら――

(…………………………………さん、は、……………………なつで……いいよ…。)


奇天烈な作品に、脳内のどこかをやられたのでしょうか。
どういうわけか、後ろ髪をひかれる思いがするのです。
安心した閑古鳥らが戻りはじめた、大きな部屋をあとにしつつ――

(……で、なんだったら、このえいがのこと…………おねえさん(すごく無理が)と………おしゃべりしない?
 クリームでも、なめながら…おごるからさ………それから……ちみ、とか…がい、とか…こやつ、とかいって
 …………………ごめんね。)

琴線にふれる作品を観たあとほど、誰かと語り合いたいなどとは、まず考えないのですけれど、
あっぱれな感応ぶりに、彼女らとなら、話してみたい――― 不覚にも、そう思わされたのでした。









Nouela- Black Hole Sun
http://www.youtube.com/watch?v=0uhiCQ0_Qqo











42. avis 2014年9月20日 05:08:53 : oR76XbNWKDnA6 : Ct9jcINVFI










私にとって、心動かされる表現の原点にあるのは、遠い記憶の彼方に浮かぶ、
名も知らぬ作品のワンシーンです。

両親の観ているものをこっそり目にでもしたのでしょうか。
鮮烈な印象のわりに、子どもの頃のことで、その前後を思い出せないのです。


記憶のなかのシーンは、こんなふうでした。

縁側で、いしだあゆみ扮する女が庭に向かい、座しています。
かっと見開かれた眼、視線は、まっすぐと宙へ放たれ――。
手に、葉のついた大根をにぎっており、それを女は、生のまま、猛烈な勢いで、かじるのです。

なにが人の心をゆらすのか、考える際、いつも、まっさきに浮かぶのが、この場面です。

心をゆらす要素として、ここで書き散らすうちに気づかされたひとつ、「人間の愚かしさ」――
それが、このシーンの前提として、まず、横たわっているように思います。

さらに、その鬼気迫る演技からは、「狂気」が、みてとれそうです。

ただ、あからさまなものは、いただけません。
受け手の心を動かす手段として「狂気」を使われると、よほど巧妙でない限り鼻白んでしまいます。
「狂気」と「異形」は、取扱いに慎重であるべきです。
インパクトを与える手法として、あまりに安易すぎるからです。

いしだあゆみの所作からは、「狂気」の他に、同情をはねつける種の「痛ましさ」を感じます。
同情を乞う、哀れを誘う「痛ましさ」は、なるべくなら、ご遠慮願いたいです。
しかし、同情を受けつけない「痛ましさ」、あるいは、当人の自覚のない「痛ましさ」に、
私は弱いようです。

また、この場面は、強い人間の、「崩壊」するさまにも、みえます。
「強者の崩壊」――これも、個人的に惹かれる設定でした。

どんな文脈の中に、このシーンが位置づけられていたか覚えておらず、深くは読み込めません。
しかし、私の心が大きく動かされる際の、すべては、ここに凝縮されているように思えるのです。


「食らう」 
これも、心をゆらす鍵のひとつです。

同じような方がいらっしゃると嬉しいのですけれど――
哀しいことがあると、私は食事中に、もよおします。涙を。

なぜ、そうなってしまうのか、いまだに、よくわかりません。
とにかく、食事を始めると、雑事に紛れているときには、どこかへ雲隠れしていた哀しみが、
徒党を組み、どっと沸いてくるのです。
「食」に使われる中枢と、「哀」に反応する神経とが、どこかで強くむすびついているのでしょうか。

哀しみの、心に居座っているあいだは、食事中が一番危険なため、細心の注意を払います。
でないと、家人らとのたわいない会話で進む、普段どおりの食卓に、いきなり大粒の涙を落とす、
といった妙なことになりかねないのです。

ひとり暮らしなら、さしずめ、毎食、泣くことになるのでしょう。
思い存分泣きながら、食してみたいものです。

「食」と「哀」――困った連鎖反応ではありますが、心の恢復をはかるバロメーターになります。
食卓で涙をこらえる頻度が減ってゆきますので、おのずと、わかります。
すっとお箸を動かせれば、頬張る頬に柔らかさが戻れば、家人の所作に口の端がほころべば、
それは、「もう、だいじょうぶ」という、体からのサインでもあります。

心と体なら、私は体のシグナルを信頼します。
体は、まことに正直で、いいやつです。
心は……私の場合、しょっちゅう、主人をあざむきますし、苦手です。


「哀しみ」を「食らう」ことにからめてえがく作品は、ほんのときおり、みかけます。
きっと、同じような方がいらっしゃるのかもしれません。
これをやられると、十中八九、落ちます。私なら。

「食」と「哀」…単純、いや、シンプルな私の脳内では、どうも未分化であるのかもしれません。
「哀」と「食」…心なしか、漢字の形も似ているような……気のせいかしら。


「人間の愚かしさ」 「自律した痛ましさ」 「必然の狂気」 「強者の崩壊」 「食らう」
いしだあゆみのシーンは、すでに、最強であったわけです。
この場面で、なにをあらわさんとしたか、子どもの私が理解したかは、さだかでありません。

しかし、やがて来たる人生のただなかで、なにに琴線を震わせるか、
幼い心臓に、杭は、深く打ちこまれたように思います。









Brian Eno - An Ending (Ascent)
http://www.youtube.com/watch?v=hMXaE9NtQgg

















43. avis 2014年9月25日 08:40:27 : oR76XbNWKDnA6 : Ct9jcINVFI









グスタフ・マーラー

比較的好きな作曲家です。
数曲聴いて、肌の合いそうに感じる程度の、薄っぺらい「好き」ではあります。
そんな彼の、聴きなれない作品、しかも長丁場の曲を演奏会で聴くはめになったことがあります。
クラシック通の友人に、「この組み合わせは素晴らしいんだ」と熱く勧められたのでした。

イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団
ズービン・メータ 指揮
グスタフ・マーラー 作曲 交響曲第9番

「第九のジンクス」にもからんだ、いわくつきの、この曲。
しかし、その頃は、まだ聴いたことがなかったのです。
チケットふたり分を早朝に並んで手に入れてくれた、通と思っていた友人までもが…。

イスラエル・フィル、ズービン・メータ、グスタフ・マーラー、この三拍子そろえて聴く仕合せ――。

そういったものに、友人は目がくらんだのでしょう。
通でない、素人の私まで、巻き添えを食ったわけです。

でも、それでよかったのです。
当時、その友のおかげで、良質な音楽を聴くなら、大枚をはたいて一向に構わないという、ある種、
洗脳状態にあった私は、チケット購入を打診されると、いつも、ふたつ返事でOKしておりました。
価値ある演奏と出逢う「体験」のためなら、喜んでそうすべきであると信じていたのです。


友と私にとって、限りなく未知の曲、マーラーの9番。
友は、CDを購入し、私は、父の書斎を物色しました。
……ありました。
案の定、聴きこんだ跡など、まったくない、非常にきれいな状態で保管されておりました。

とにかく、早急に予習が必要だった我らは、それから、幾度か、その遠大な曲に挑戦することに。
そんなある日の会話――。

友  「なんかさ…気づいたら、眠ってるんだよね。何回、トライしても…」

私  「……うん。一度に通して聴くのは、ちょっと、無理だから……細切れに”トライ”するんだけど、
    気のせいか、どこから聞いても……同じに…(もう「聴」という字は使えないレベル)」

また、ある日の会話――。

友  「失敗したかも…。あの曲……歯が……たたん…。(お手上げ状態)」

私  「…………(聴くことすら、既にあきらめていたので、応えようがない)」


この、どうしようもない、マーラー初心者らが、手にしてよいチケットではなかったのです。


それでも、予定どおり巡ってきてしまった演奏会当日――。
互いに勤める会社は違いましたが、おのおの、ギリギリまで仕事をし、開演直前になって
会場に駆け込むありさまは同じで、ふたりとも、汗の吹き出ること…滝のごとし。
そのうえ、夕食ぬきです。腹ペコです。睡魔と闘うには、ちょうどよいかもしれません。

友  「……結局、通して、聞けなかった…」

私  「…右に、同じく…」

友  「寝たら、ごめん。いや、寝ると思う。疲れてるから……いや、それだけじゃないな…」

私  「寝たら、起こしてあげる。寝ないで、わたし、がんばるっ!(チケット高かったですから)」

ほとんど、音楽の話題ではありません。なにか、スポ根の様相をもちはじめておりました。

それなのに、ダメ×3なふたりの腰かけるは、S席なのでした。
どこまでも、身の程知らずです。
不相応な席……完全に、腰、ひけておりました。

しばらくすると、楽団員らが、颯爽と舞台にあらわれ、定位置に着席しはじめます。

イスラエルの、誇り高き管弦楽団御一行様が、手を伸ばせば、すぐ届きそうなところにおわします。
つまりそれは、これから、我らの身に起きる惨状が、楽団員の方々の視界にも入りかねないという…。
日本人のひとりとして、恥ずかしくないのか?などとは、全く思いもしませんでしたが。


無情にもタクトは振りおろされ、どれだけ聞いても聴き慣れぬ旋律は、舞台のすぐそばに雁首をそろえる
汗だくのマーラー初心者らの耳にも、すべりこみはじめます。それも、容赦のない長さでもって。

名うての楽団員らと通の観客らの丁々発止な激戦地、S席地帯にもぐりこんだ、うろんな我ら――
襲いかかる睡魔や飢えと闘いながら、地雷をかかえ、はいはい、いや、ほふく前進。
この長丁場に、持久戦に、果たして耐えられるのか、大いに不安をはらみながら…。(もしか戦記物?)



この曲の演奏時間は、約90分。
プロのサッカー選手だって、途中に15分も休憩するのに、これを我らは、ぶっとおしで”聞く”のです。
こんな知らない曲、つまり、アウェイで、90分も集中を切らさないなんて、到底、無理な話です。



しかし――
我らは、メドゥーサを目にしたかのように硬直したまま、微動だにせず、90分を乗り切ったのでした。
瞬き以外、まぶた、おりてません。一度も。
拷問に耐えられたのは、権威に弱い日本人ゆえでしょうか。
(注:権威=イスラエル・フィル&ズービン・メータ)
いえいえ、ただ、ひたすら、音の洪水に呑み込まれ、溺れ、沈み、仮死状態にあったのでしょう。

耳慣れぬ旋律の途絶えた耳に、つんざくような拍手、拍手、拍手…。

我に返り、私は両手をぱちぱち、あわせようとするのですけれど、そんなことよりも、
至急、阻止しなければならない事態が持ちあがっておりました。

明らかに汗ではないものが、目から流れ落ちて止まらないのです。

―― これは、まずいことになった。いかにも、隣の友に、悪いではないか。
   あれだけ、ダメっぷりを披露しておきながら、こんな裏切り行為、友として、恥ずかしいではないか。

涙を右隣の友人に悟られないよう、指揮者の出入りをみるようなふりして、顔をそむけておりました。

指揮者が袖に入ったまま、永久に出てこなければよいのですが、間をおき、拍手に応えるようにして、
たいてい晴れ晴れとした表情を浮かべ、指揮台へ戻ってくるわけです。一応、そういう、しきたりです。
恒例の儀式の最中、行って戻ってくるだけの指揮者に拍手を送りながら、ときに微笑みすらたたえ、
目で追うのは、観客としての礼儀です。

指揮者に義理立てるなら、彼の動きとともに、そらしていた顔をもとに戻さねばならず、
どうしても、友に、泣き濡れた頬を見られてしまう――。ああ、どうしたらいい……と逡巡していたら、
このS席界隈、とりすました玄人空間には、少々不似合な音がするのです。

私(…誰か、ラーメン、すすってる?)

はっとして、隣を振り向くと、友の両目から…滝のような…。
私に見られて恥ずかしいとかは、ないらしく、もう、なりふりかまってられないくらい、泣きたかったのでしょう。
涙といっしょに、鼻水もでていました。

私(……なんだ、その音か…。)

「おいおい泣く」といったクラシックな表現を見事に体現した、泣きっぷりでした。
もらい泣きするように、私も引き続き、安心して、涙したのでした。

しばらく、泣けて泣けて、席を立てない、劣等生ふたり。(デジャヴかな。どこかでみたような光景)
緊張を解かれ、ダムの決壊のごとく泣き散らかす、手のつけられない赤ん坊のよう。

楽団員らの目に触れていたかどうか、わかりません。そんな余裕、ありませんでした。
拍手も、満足にしていたかどうか…。

何が起きるかわからないのが、ライブの醍醐味でしょう。
楽団員の渾身(かどうかはわかりませんが)らしき演奏は、すくなくとも、
この、どうにもダメなふたりをひどく、忘我させたのでした。

恐るべし、音楽の「ちからわざ」、です。


数日して、新聞の文芸欄に、この演奏会をとりあげた記事が載っておりました。
著名な音楽評論家が、言葉を尽くし、最大級に褒めていました。

私(彼も聴いたのか。しかし、鼻水はでなかったろう。…我が友の勝ちだ。)


今、改めて聴くと、美しい曲に、どうして、あそこまで手こずっていたのか、よくわかりません。
年月を経て、ようやく、”聴”ける段階に達した―― ということにしておきます。

ただ、コンポの前に鎮座し、約90分、徹しで聴き続ける自信は、
いまも、ございません…。








ここに、くだんの9番を載せるべきか、迷いました。
ちょっと自分が感動したからって、いわれなき苦痛を人に与えるわけにもゆかず、
ここは、かるく、あかるく、くらうでぃ。




Simon and Garfunkel Cloudy
http://www.youtube.com/watch?v=H-VogZho-G4















44. avis 2014年9月29日 23:44:15 : oR76XbNWKDnA6 : Ct9jcINVFI







今朝早く、
雨戸をあけましたら、
目の前にさしだされた金木犀の枝に、
羽化してまもないアゲハチョウは、
両の羽を水平にひろげ、じっとしているのです。
ひそやかなときをこわさぬよう、息をこらしておりましたら、
いつまでも、そうしているのです。

のぼる陽にむけ、
まだ湿る羽を乾かすような、あたためるような、
そんな、摂理にかなう仕草にみえておりましたけれど、
決して交わることのない異種の、無粋な視線に動じぬ、凛然とした風情に、
飛びたつ自身のこれからについて、なにかしら、一心に、
陽と交わすように、みえはじめるのですから、
人間の想像とは、勝手なものです。

あきらめて、朝のしたくにかかり、
しばらくして、みにいくと、
とうに、
いなくなっておりました。

初めての飛翔を
陽にだけ、
魅せ―。









El viaje. Erik Satie y Michael Nyman.
http://www.youtube.com/watch?v=0NKLjYY6JGw















45. avis 2014年10月01日 12:17:02 : oR76XbNWKDnA6 : Ct9jcINVFI







蝶の飛びたった金木犀に、
今朝から、雀がやってきて、離れようとしません。

時のたつほどに、一羽、また一羽とひきあげる仲間を一向に構うふうもなく、
黄金色の小さな花に心奪われたか、匂いたつ香りに惹かれるのか、
花に群がる虫を夢中になってつつく、食いしん坊な一羽。
つつくたびに花の小粒は飛び散り、ご飯粒を散らす幼子のよう。

お昼を前に、ひと息つこうと、みやりましたら、
まだ、いるのです。

「……いつまで、いるの…」

思わず、ためいきまじりにつぶやくと、
はっとしたか、あわてて、テーブルをあとにするものの、
ひさしにとまり、想い切れぬ様子で、こちらをうかがうのです。

……好きなのね…………ほんとに…。
時間制ビュッフェだって、1時間なのに。
朝からたっています。4時間は、ゆうに。











Sparrow - Simon & Garfunkel
http://www.youtube.com/watch?v=0eWaG1gXnwQ

歌詞に絵をあわせすぎです…。
でも、気に入ったカットがひとつありました。














46. avis 2014年10月04日 20:28:58 : oR76XbNWKDnA6 : Ct9jcINVFI








ここ関西では、四六時中、人々が、なにかしらぼけたり、つっこんだりしている……
わけではないですけれど――。一手にボケ役をになう私ですら、
ひとこと、つっこみたし…と、うずくことがあります。この地に暮らすと、ごく普通の人間でも、
知らず、お節介ウイルスにやられるのかもしれません。

ご存知のとおり、分別ある控えめな大人ですし(…)、つっこむところをむしろ、理性でもって、
黙してこらえるからこそ、手痛い反撃にあい、路上にひっくりかえ……
らずにすみ、つつがなく日々を過ごせるのです。


では、行き場を失った、お節介エナジーを…すこしは真面目に変換し、
人をほめることに注いでみるとしたら、いかがでしょう。
けっこう、難しいもののように思います。つっこみよりも、はるかに……。

善意のほめ言葉は、人を悪い気にさせませんから、徒労に終わることはまずありません。
内容と空気と相手によっては、冷気の生じる、はずしたつっこみより、一見、扱いやすそうです。

服装や持ち物、ちょっとした所作を「すてき!」とほめるのは、たやすいです。
そうやって、あたりさわりのないあたり(double...)から、人との距離を縮めるのに使ったり、
関係の潤滑油にしたり、そんなほめ方に、大した「わざ」は要りません。

しかし、心にとめおかれ、折にふれ思いだされもし、ときとして励みになるほどの――
記憶に残るほめ言葉をくりだすには、「わざ」を要するように思います。
技術の「わざ」ではなく、情のなせる「わざ」である気がいたします。


たとえば、琴線に触れるほめ言葉とは、いったい、どのようなものでしょう。

琴線にたどりつくには、まず、本質を通らねばならないように思います。
その人の本質はどこにあるか、見極めること。
……本質へ至る道をみつける前に、遭難しそうです…。

仮に、見極めたとして――。
本人が明らかに誇りとする箇所をほめても、記憶に深くは刻まれないものです。
「ありがとう。…で?」となるのが、関の山です。

かといって、本人にとり、どうでもよい、あるいは、触れられたくない部位だと、
ほめられても、かえって微妙です。
ほめ言葉で人の琴線をふるわせるのは、どうやら、相当に難しそうです。

ただ、言葉の向かう先が、微妙な部分でも、あえなく琴線に届かずじまいであっても、
ときおり、記憶としてよみがえり、優しく胸を温めてくれることもあるのです。









Shostakovich Fugue No. 13 in F sharp major.wmv
http://www.youtube.com/watch?v=d4n_6w0pARY













47. avis 2014年10月05日 17:17:09 : oR76XbNWKDnA6 : Ct9jcINVFI







日ごと、雀らの遠のいてゆく金木犀。

あれほど咲き誇った小さな花々は、またたくまに散り、
もとの貧相な樹に戻りつつあります。

花の散り落ちるのを待ちかまえていたように、
ひよどりが、しきりにやってきては、
乾いた枝を占めるのです。

黄金色に萌えたつ頃には、みかけませんでした。
渋好み…なのかもしれません。
身にまとう、いぶし銀の羽根のように。

なぜか、S&Gの曲、なかでも、『 Cloudy 』をかけると、
勇んでやってくるのです。
「曇り」…なるほど、渋いです。




そこで、選んでみました。
お気に召しますかどうか…。


Simon & Garfunkel - Bleecker Street
http://www.youtube.com/watch?v=kIlHdCpY4Kw





 






48. avis 2014年10月08日 00:42:18 : oR76XbNWKDnA6 : Ct9jcINVFI









「ほめられた記憶」

こんな、どうでもよい小題にも、思案してしまいます。
ならば、書名は、その後の普及にかかわるものとして、大切なはずです。

しかし、漱石は(いきなりですが、最近、かぶれ…。某紙得意の洗脳のせいではありません)
「これでは読む気が起こりませんね」と言いつつ、そのつまらない題名、『三四郎』を推したと知り、
一気に好きになりました。

漱石なら、さしずめ、「記憶」くらいにとどめるのでしょうけれど――。



「過去からのほめ言葉」(これにします)


結婚を約束した人との婚前旅行…というと、いかにも仰々しいですけれど、
恋人との旅なら、経験のある方も多いように思います。

結婚を前に、なんとか、両親の承諾を得た旅行でした。
その道中、船室でのこと。

男女別の共同シャワーを浴びにいく際、タオルを持ってこなかったというその人に、
余分に用意していたものを手渡そうとしたときでした。

小さなベッドに、持ちものを並べ、そのなかから、タオルをとりだしておりましたら、
こう言うのです。

彼 「ユリちゃんの、そういうところ、好き…」

私 「え?」

彼 「そういう、こまごましたものを、布の袋に小分けして、もってくるところ」

布の袋。
女性なら、ご存知かと思います。
ランジェリーケースに似たものをいくつか用意し、なかに、下着や着替え、タオルやハンカチをしまい、
持っていったのです。

家族旅行や友人との旅になると、ビニール袋にささっと入れて、おしまいです。
外からも見えやすいですし、帰宅したあと、袋を洗うといった手間もはぶけます。

でも、好きな人との旅では、すべてが…、そう、目に映るもの、すべてが、ロマンチックであってほしい…
初々しい夢みる乙女の(…)秘めがちなこだわりで、これは、私の本質でもなんでもありません。

ただ――。

こまごましたものまで、つい、持ってきてしまう、要領の悪さ。しかも旅行に。

これは、私の弱点です。とりわけ、旅の際に現れる…。よく、同行者に呆れられました。
今は、なるべく、持ちものを最小限にしますが、昔は、ちがいました。

そして、この、「要領の悪さ」 これは、紛う方無き本質です。
今も、もちろん、変わりません。
「要領の悪さ」に、しっかりと裏打ちされた人生であった気がいたします。

彼は、そうやって、こまごましたものを、いちいち、華奢な布袋に小分けし、持ってきてしまうところが、
いたく……愛らしく(描写していて、かなり痛い気分です)映ったのでしょう。
つぶらな瞳が、とろんとしておりました。うろこも、ついていたやもしれません。

ずいぶんと昔のことですのに、旅の準備のさなか、時折、ふと、思い出されるシーンです。

ちなみに、同じ点を別の人には、小ばかにされたことをここに銘記しておきます…。

小さな点、とるに足らぬこと、他人からみれば、どうでもよいところ、むしろ弱点になりかねない部分を
愛されるのは、なんとも嬉しいものであると、随分あとになって、思わされました。
そういった小さくとも、ほんのすこし大切そうなことは、とうに相手の声を耳にしなくなった頃、
ひっそり、腑に落ちるものなのかもしれません。


同じく、細部を愛してくれたその人の言で、もうひとつ。

これも、私たちのように、おつむの弱いもの同士でなくとも、恋愛の初期に、やってしまう会話では…。

彼 「…僕の……どこが、好き?」

私 「打たれ強いところ。(即答。可愛げないです)…私は?」

彼 「気の強いところ。(即答……でした…)」

私 「………」

瞬間的にも、後日的にも、あんまり……嬉しくない回答でありました。
なにしろ、”ろまんちっく”じゃない。(自分の言は棚に…)
もっと、ほかにないのか、私の美点は……と、がっかりしたものです。
そして、この問答はいく度となく繰り返され、回答の変わることは、ついにありませんでした。

けれど、これも、のちのち、思い出されては、愛されていたのだと、懐かしむことになります。
「優しさ」を愛する人はいても、「気の強さ」を愛する人は……数が限られておりました。

「優しさ」 これは、錯覚ではないかと思うのです。
優しくふる舞うこと、相手の望むように動くことが身についてしまっているため、
そこに、人は、優しさの「まぼろし」をみるのだと思います。

家人らは、いい加減に私を言い表すときには、「優しすぎる」などといいますが、
しっかり本質をつくときは、「おひとよし」と称します。
「おひとよし」 これに尽きると思います。「優しさ」ではなく。

全く人気のない「気の強さ」――主に仕事の面で立ち現れ、「俺とどっちが大切なんだ」で、ピリオドに。
その本質を認めてもらえない息苦しさから、別れに至ったこともありました。

実際、本質を愛されていないと感じるほど淋しいことはなく、ひとりでに心は離れていったものです。
人気の、幻覚性「優しさ」……優しいだけの人が良いなら、ほかをあたってほしいと思うことも――
実に、気ままです。

しかし、こうも思うのです。
上記の別れは、「気の強さ」が災いしたのでなく、大して愛されても、愛してもいなかったゆえであると。

……いつのまにか、別れの話ばかりに。そういうことです。(…)


(せっかく思案した題名と、例によって、ぜんぜん関係のない方向へ、ひた走ります。)

ところで、別れの理由――相手に問いただされない限り、まず、私は口にいたしません。
つまり、そういう(twice…正確には4...)のは、苦手です。
傷口に塩をぬるに過ぎない行為は、総じて苦手なのです。
それゆえ、なにが悪かったか、関係の終了してからは、あまり考えない、つまり、反省いたしません…。

思いだされては涙するも、〜れば、〜たらといった後悔に苛まれることは、あまりないのです。
それは……恋愛中に最善を尽くすから…と、本人は、したたかに思い込んでおります。
その「最善」が、ひそかに「終了」をひきよせているかもしれないのに。

「終了」が、「開始」より、「最中」より、「渦中」よりも、なによりも快感である人を知っています。
終わった時の開放感が、もう、たまらないんだそうです。クライマックスだと。

……さすがに私は、そこまで、達観できません。



(注:最中 = さいちゅう ≠ もなか)










Bruckner Symphony no.2, Adagio
http://www.youtube.com/watch?v=9Kyqc9XAMow


















49. avis 2014年10月13日 13:48:20 : oR76XbNWKDnA6 : Ct9jcINVFI







いずれにせよ、存在感にかけます。
もの言わぬ我が友、金木犀。 (…)
…それで、いいのかしら。

陽の落ちる側にしか葉をつけぬ、妙な樹です。
小さな花を灯してやっと、思いだしてもらうほかは、
大概、消えいりそうに、たたずんでいるのです。

鳥たちには許されているのか、雀やひよどり、
気まぐれに百舌鳥も、おとずれます。
まったく、忽然と早贄を残したら、まず戻りません。

羽を銀色にひらめかせては、どこかへ急ぐ山鳩も、
時おり印しばかりに、とまってみせます。
しかし、種の満ちるひまわりほどには、執心しません。


今朝より、透きとおる音色は、シジュウカラでした。
それより、ひよどりの、けたたましいのはいけません。
日がな、仲間うちで威嚇しあっています。

なにしろ、『Cloudy』好きの一羽は、鳴かないのです。
かすかに羽音をたてて、裸の、陽の昇る側に舞い降りると、
しばらく、そばの枝をつついてみせ、あきたら葉陰にまどろみ、
静まって過ごします。

用意していた曲、『Bleecker Street』をかけてみましたら、
いつまでも、じっと、おとなしくしているのです。
…そろそろ、お昼寝の時間かしら。

子守唄のふたりに、ひよどりをあずけ、仕度しておりましたら、
Street に甲高く声を響かせ、唐突に強そうなのがやってきて、
「どけ」とばかりに、厳しく先客を追いたてるのです。

コンサートは、おしまい。
…ひとりきりで、何するつもりかしら。

黙って傍らのひさしに退いたクラウディに(…急遽命名)
なおも強いほうが、声をきしませ執拗に責めたてても、
ひとことも、返さないのです。

黙したまま一向に動こうとしないので、業をにやした強いのは、
鋭く羽をかしげて飛びかかると、そのまま二羽ごと、
どこかへ、いってしまいました。

荒くれ者は、一度も、枝にとまりませんでした。
ともかく、「俺の樹から離れろ」…なのでしょう。
あなたの樹ではなく、みんなの樹でもなく、
金木犀の、樹です。


いずれにせよ、冬はきます。
枝の凍てつくまえに、ともに待つのは、
ロビンです。
…まよわず、来れるかしら。











Debussy - Reverie
http://www.youtube.com/watch?v=QRjllL-MP0U

















50. avis 2014年10月22日 18:19:49 : oR76XbNWKDnA6 : Ct9jcINVFI







水曜日。朝から雨。
でかける予定のないかぎり、雨は好きです。

水曜日の朝に、私は生まれました。午前3時…でなく、7時でした。
やっと、味方ができた―― と、嬉しさのあまり母は、一日、眠れなかったといいます。
それほど、孤独であったのでしょう。

それにしても、水に入ると、陸にいるより、ずっとふさわしい気がしてなりません。
水は大好きです。雨の日は、ひとりでに、うれしくなるのです。(…カエル)

水曜日に生まれた女の子は、みなひとしく、「アクア」と名づける地域があるそうです。
「アクア」―― その地に生まれたかったような、皆と同じ名は遠慮したいような…。

生まれる親も地も時も、人は選べませんけれど、生まれた日の朝を想い、
祝すことができれば、ふたたび、はじめることのできるように思います。








Wednesday Morning, 3 A.M.
http://www.youtube.com/watch?v=1K0eknfuix8











51. avis 2014年11月01日 01:11:02 : oR76XbNWKDnA6 : Ct9jcINVFI









さて。
例によって、ものすごく脱線しつづけました。
もう、何を言おうとしていたか、忘れてしまったようです。




……思い出しました。


長すぎる射程に、危うく、くじけるところでした。
お節介パッションを「ほめること」に使ってみる―― 先日、自らに課したミッションです。


そこで、私、avis は、音楽の街にお住まいの方をひとり、ほめてみようと思います。
ご本人にも、他の方にも、どうでもよいと思われる箇所をとりあげ、ほめ言葉を駆使してみます。

いうまでもなく、音楽の街の人々は、みな、優しい方ばかりです。
通りすがりの者ですのに、口はばったいことを申してしまいますけれど、優しいのです。ほんとうに。

皆が「優しい」と認める方をここで称えましても、賛同を得るだけですので、いたしません。
どちらかといえば、すこし、異端な方をとりあげてみたいと思います。


不幸にも、あげられてしまった方、たとえ、この投稿を目になさったとしても、
どうか、お気を悪くなさらないでください。
お節介症候群の自称関西人の目にとまってしまった……つまり、非常に不運であったと、
きれいさっぱり、あきらめてください。

皆が、わずかに感じている…かもしれないことを私なりに表現してみます。
人の心の機微を読ませたら、この方の―― といった余計なお世話でしかない人物評は慎みます。 


閉じた世界は、とても心地よいものですけれど、ラストくらい、矛先を外へ向けてみようと思います。
といいましても、どこまでも閉じたありように変わりないのは、ご容赦ください。









Flowers Never Bend With The Rainfall -Paul Simon
http://www.youtube.com/watch?v=MkXtiblS834















52. avis 2014年11月01日 11:10:56 : oR76XbNWKDnA6 : Ct9jcINVFI













” 広告特集 ” (お隣の4文字は、お騒がせな某朝日新聞に準じる用語です。)





深く眠れない。
ずっと、憂鬱なの。
脳をどうにか、したい。
とにかく…楽になりてえ。
石になっち、まったよ。
ただ、笑いたいの。
涙とまらない。




そんな気ままで贅沢なあなたに、『 カフェ・ド・チベ 』をお勧めいたします。
反射神経の衰え、硬化した心身、薄弱な意思、にお悩みの方も是非に。

人見知りの店主の口上は胸にありがたくしまい、BGMに耳を傾ければ――
不意に膝の後ろを突かれ、さっきまでの体勢は、あっさりと失われます。
床に投げ出され、そのまま眠るもよし、ふて腐れるもよし、拭き掃除するとなおよし。
しばらくして、しかたないから、いまひとたび立ちあがると、
あら不思議――。



いくらか正直な喜びの声


ま……いいっか…
気、楽にはなれそう。
あ…かるく、なりました。
サイダーの、泡みたいに。
すこし、かなしく、なくなるね。
とりかごのとびら あけたのだれ。
ツェツェバエに刺されたんだって?
そらいろのたね もぐらとずぼん
なみだ、かわかなくともよか。
風邪の、吹き初めならば。
は…ね、はえるかしら。
で、かける気がする。
さっ………いこう!


(注 : 風邪、初 : 漱石に習い、あて字を使用。
     デザイン : 矢印の形は「動き」、moveを表現。説明の必要なほど微妙…。)




こんな症状にも効きます。


頭痛
心痛
妄想
涙目
鼻水
寒気
弱気
頑固


副作用 : 腹痛(笑い過ぎ) 健忘(脱力し過ぎ) 悪戯(倍返し) 舌禍(…)
    




Address : 音楽の街 シメオン広場前
Open : SUN.−SAT. 0:00−24:00(L.O 23:30)
! : ツボとかホンとかの物販はございませんのでご安心ください。




ご利用にまだ、ご不安のある方のために、セラピー(カフェだとばかり…)のメニューを一部公開します。


* 哀しくてつらいときに

誰だコイツにアコギ買ってやったのは?
http://www.asyura2.com/13/music13/msg/508.html

平常心で耳を傾けると、抱腹…失礼、ただただ、愉快な気分に。
哀しいときには、2〜3回耳にするだけで、哀しみの、訳がわからなくなり、
さらに聴きこむと、生きてていいんだ…といった勇気すら湧いてまいります。

なおも聴き続けるなら、アクセス数があがり、奏者の孤独を癒す側に立てるかもしれません。
(注 : 散漫だと、動画の素敵オブジェが気になって、集中できなくなることがございます。)

『Finger Picking Solo』は途中、「キュルキュル」とヘアピンカーブを高速で曲がる車のブレーキ音がし、
思わず、演奏中に不慮の事故で夭折する天才ギターリストというオチかと期待してしまいます。
しかし、予感とともに音も画像も唐突に途絶え、そこはかとなく無常の風情が漂います。


* 哀しくなってもいいときに

Thatness and Thereness
http://www.asyura2.com/14/music15/msg/418.html

なんとはなしに聴き流していると、どれかの音階で、不意に滑り落ちるようにして決壊します。
散々泣いたあとは、涙の要因を精緻に解析するもよし、濡れた頬を優しくパッティングするもよし、
とっとと風呂に入るもよし―― ほどよい弛緩があなたを包むでしょう。
(注 : パッティング ≠ ゴルフ)

坂本バージョンも合わせてお聴きください。意外な素人っぽさに、「従兄のお兄ちゃん」っぽい
親しみを覚えます。声が好みでしたので、つい仮想カレシに設定し、聴きこんでしまいました。(…)

そこで、ボーカロイドと「お兄ちゃん」、琴線に触れる頻度を比較してみました。
若干、ボーカロイドがまさっておりました。心は、「お兄ちゃん」に惹かれるのになぜでしょう。
恐るべし、合成音。それとも、「刷り込み」かしら。雄弁な画像が一翼を担うせいかもしれません。




*** ここいらで速報 ***

本日ご来店の、武田鉄矢様(俳優)から、たってのご推薦を頂戴しました!

 「 いやね、もっと早くに知ってりゃ…ってね。ここだけの話、俺も、なにかと大変でさ……。
  隠れ家にしたいのよ。さりげなく、こう、俺の歌なんか流してさ。ま、毛色違っても構やしねえ。
  で、大阪嫌いだろ?ここの店主。(奥へ向かって)竜馬けなしたのと相殺してやるよ!(空笑)」

Bang ! Bang ! ...............Hoeppe...... (奥より、間髪いれぬ自己主張めいた音が…。)

……大変失礼いたしました。ハンマーは、取りあげたはずなんですが。








了(…ア?)





……広告収入、あるといいのですけれど……。
それより、ほめ言葉………どこにもなかったような……。
………謙虚に、リスペクトをこめた……………つもり……です……。












Simon & Garfunkel - A Poem On the Underground Wall
http://www.youtube.com/watch?v=aEEQWPfjv1U

J. S. Bach - Cello Suite no. 4 - Sarabande.wmv
http://www.youtube.com/watch?v=FRxCTNXLMZ8


















53. avis 2014年11月01日 11:31:16 : oR76XbNWKDnA6 : Ct9jcINVFI








そろそろ、おいとまいたします。
もうすこし、はやくにすべきでした。

気ままなひとりごと、お赦しくださり
感謝しております。

すべて、自分のために描きました。
洞窟の壁を一心に引っ掻くようでした。
元気に…なるまでと決めておりました。

          *

さほど気は晴れませんでしたが、描く瞬間の愉しければ充分と、
そのまま、能天気を装い切るつもりでおりました。
……甘かった、ようです。

空回りを繰り返すほどに疲弊し、いつのまにか動けなくなっておりました。
途方に暮れておりましたら、ふとした拍子に、心の脆弱さと変調を
人に見抜かれた気がして、仕舞うことにいたしました。

手に触れたい。しかし、そこにはない。

たったそれだけを理解し納得するのに、随分とかかってしまいました。
見かねて、どなたかが、鳥かごの扉をあけてくださった頃には、
もはや、飛び方すら思いだせなくなっておりました。

          *

泳ぎには自信がありました。それゆえ油断したのでしょう。
潮の流れに逆らい、さらに深く入り――。

溺れた際、大量の水を飲んだせいか、力尽きて浮かび、漂うにまかせていると、
不明の涙があきれるほど流れました。
解消されぬままの哀しみが大小の波となり、すぐそばから、遠い淵から、
脈絡なく不意によせてはひくのです。

まるで石の人形の、黒々と穿たれた眼の穴をランダムな波にあわせ、
水が出入りするよう、エンエンと――。
未知の壊れ方でした。

(エンエン:”延々”にベソをかけてみました。)


力なく空をきり続けた先に、しかし幻の手は現れるのです。幻覚です。
その手にひかれながら、ひたすら浮き沈みを重ね――。
ある朝、不意に足が砂地につき、顔をあげると波の向こうに
見知らぬ陸は広がっておりました。
また、異邦の地?(マタイ…。)

何回やってもできなかった逆上がりが、ふとした(2回め)はずみに
あっさりできて、鉄棒の上で風に吹かれ、きょとんとしている……
空が一度にまわった、眩暈とともに。
いまの感覚です。

ただ、あれほど翻弄してくれた波が、踵を返し一気にひいてゆくなら、
急いで駆けあがらないと、全力で駆けあがらないと……
でないと次こそは、藻屑に。
さきの不安です。


それにしても……

本当の手に触れたい。もし、どこかにあるなら。

……こりずに白状したところで、おしまいにいたします。

          *

物事の「了」に、カタルシスを覚えるなら
ここが頂上で、あとは渓へ降りるのみ
造作はいりません。
樹々を愛でつつ、下山いたします。

壁に阻まれ、逃避したくなれば
迷わずひとりごちにまいります。

お健やかでありますよう。










Parce mihi Domine
http://www.youtube.com/watch?v=Uk1YMS2M0L4

















54. 2015年5月03日 02:23:11 : 1JCkh0l7XE




「なつもち〜かづく、は〜ちじゅう…」

つたない発音で唄っていた姪は、そう長くはずる休みをさせられないと早々に送りかえされ、
母国をひとり満喫し尽くし、あとは帰るばかりの妹に、今朝、顔を合わせるなり訊ねられました。

「昨夜……夜更けまでなにをしていたの?」

「かきもの」とだけ答えつつ、なんとなく子ども扱いされた気はして腑に落ちないのです。
だから「母親」というものは――などと申すつもりは毛頭ございません。

「子ども」上等。……なら、もっと落書きしてやろうじゃん…。

ますますつむじは急カーブを切りはじめるのです。
ほんとうに悪い癖です。

それにしても、気ままに描きちらしているといっそう安らぐのは、なにも「子ども」だけでありません。
思いついたことをどなたかに伝えたくなったら、ほんのときおり、こうして訪れることにしました。

ただ、さきの赤裸々で暑苦しい方のあとに書くのは、なんとも気おくれしてしまいます。(…)
くだらなさはまるで瓜二つですので、黙って見過ごしてくださると助かります。

……逃避?

「―― ただ、明るい調子のときほど、沈んでいます。」

お伝えしたとおりです。






55. 2015年5月08日 05:33:24 : FwZK0GuKu6




突として遺族となった家人らの、言葉の端々に破綻をみて目を伏せはしても、
遠い昔に淡い想いを交わしたことのあるその人の、自死の知らせにも葬儀にも、
どういうわけか心を動かされませんでした。


喪服と着替えをつめた古い鞄を膝に長いことゆられたせいか、車を降りても気だるいばかりで、
心はひとところにとどまらず、どこかしらふらついておりました。

初めて会う小さな親族の仕草や、しばらくぶりの従姉らの立ち居振る舞いに気をとられ、
一番美しい従姉のまとう黒の上下についたぞんざいな皺やほこりに不意に落胆したり、
向かいに座る伯母の、残された馳走を透明のパッケージにつめる所作に見いりながら、
義理の人々の、どう興味をもってよいかわからぬ話に曖昧な相槌を打ってみせたり。
笑いさざめくほうをみやれば、酒に頬を赤くした喪主を真ん中になにやら盛りあがっていて、
総じてむやみに明るい参列者の様子を遠のく景色のように眺めておりました。
それ以来、とんとその家に足は向かなくなり、伯父家族らとも疎遠になってゆきました。


「雪を見に…」

何年もたち、ただそれだけの訳で彼らの家の一番よい部屋に泊まっておりました。
鴨井には会うことのない祖母の写真がひとつきりかかっていて、自分と似ているかめぐらしては、
この種の翳りは私の瞳に宿りようがないと思いなおしたり、どことなくわが身に覚えのある
唇のふくらみや眉の輪郭を気のすむまで眼でなぞったりしておりました。

祖父のいた頃の華やぎはとうになく、家人らも家も朽ちるにまかせ、なにもかも隠しとおすよう
しんとしているのです。
敷かれた布団に身を横たえ目を閉じてしまえば、「この世でいちばん深く眠れる場所」と
母のいうその部屋で、意識を失うのにさほどかかりませんでした。

久しくよく眠ったと目を覚ます頃には、小窓の障子に薄明かりがさしておりました。

「……いかなきゃ…」

音を立てぬよう戸をひくと、すべてを押し包み、雪はいっそう積もっておりました。
なるべく家からも集落からも離れるようにして、両手に田畠の広がる一本道にたどりつき、
なんとはなしに足をとめると、空も地も灰に近い白に閉じて、どんな気配も耳に届かないのです。

不安にかられいくら精度をあげても、主人の息以外に拾うものはなく、両の耳は空回りし、
しまいに途方に暮れ、立ち尽くしておりました。
ほとんど絶えることのない耳鳴りすらなりをひそめ、いよいよ無音のしじまにひきこまれかけたとき、
ほんのかすかな兆しにより鼓膜はふるえたのです。

厚い雲の向こうから陽のさしのべる白い光に応え、一斉に雪のとけはじめた、その音でした。
響きのあまりの儚さは、しゃぼんのはじける音の十分の一ほどに過ぎず、
雪らの交わしあう囁きをひとつ心に追う耳の奥底で、ふと、生からも死からも解き放たれたその人を
呼び起こす気持ちになりました。


あれからどのような雪原に立とうと、あのときほどの沈黙に出会うことはありません。
あの音は、この世のものでなかった気がするのです。










56. 2015年5月13日 05:13:20 : FwIzC8Ar5g




誰しも幼い頃の親との関わりには、明暗のあるものです。
『母の日の思い出』などという、あんまりなテーマを与えられたら…。


なにかの拍子に母はカーネーションの花をあまり好きでないと知ってしまい、折しも母の日に向けて
作りはじめていた赤の折り紙製の花束は急に色あせてみえるし、困り顔で妹と思案しておりました。
妹、幼稚園大きい組。私、小学校2年生。

たしかに、花びらがギザギザして全体にカサカサしたあの花を私も美しいと感じたことはなく、
母の感覚はすんなり入ってきました。
「かわいいのに」と惜しがる妹をなだめ、花束製作は急遽取りやめに。

…それをもらったなら、ぱあっと、えがおになるもの、……ほしかったのって、すごく、うれしくなるもの……
………なんか、むつかしいな…………ちょっとだけ、いいきもちになる……もの――

自分たちの好きなものなら、いくらでも思いつくのに、母の…となると、とたんに頭はまっしろになり、
いっぺんに考えはぼんやりとしてしまうのです。
散々、妹と悩んだあげく、とうとう本人に訊ねてみようということになりました。

もっとも、母はなにもほしがりませんでした。
好きなもの、ほしいものについて話すのをただの一度も耳にしたことはなかったのです。
母の日まであと1週間を残すばかりとなり、一向になにも思いあたらない我らは苦し紛れの策として、
じかに、しかし、それとなく好みを探る作戦に思い至りました。

よく晴れた日曜の朝でした。
ちょうど父は仕事の疲れで眠っていたように思います。

妹と私は、そっと示しあわせ、抜き足さし足、母のそばへ近づいてゆきます。
母は、洗濯機の前で衣類を洗濯槽から持ちあげては脱水槽へおろしているところでした。
頭上に透ける半透明の屋根より陽はおしげなく注がれ、洗濯物から音をたててしたたり落ちる
水滴の乱反射もあいまって、まるで母のまわりは思い思いに輝く光に満ちておりました。

一連の作業に没頭する母を前に、もじもじしていた妹は、思いきって口火を切ります。

「おかあさん……あのさ、なにがいい?…もしね、…もし、もらうんだったら…ぷれ、ぜんと…」

そこで止めておけばよいものを、「それはないしょ」とふたりして約束していたところまで
得意げに明かしてしまうのです。

「ほら、もうすぐ、ははの、ひ、でしょ…だから」

隣でためいきをつきつつ、それでもすこし誇らしげに成り行きを見守っておりました。
母は、顔をあげるかあげないか、曖昧な傾きのまま、手元の濡れた衣類から視線を離さず、
ひとことで返すのです。

「……時間…」

「えっ?じかん?」

妹は無邪気に聞き返しておりましたが、私は不穏な空気をみてとって、ここはひとまず出直したほうが…
と妹の腕をひっぱろうとしました。

「なにもいらない……おかあさん、時間が、ほしいの」

はっきりと答える母に妹はなお、打ち返すのです。

「そんなん、じかんて、そんなん……」

もう私はその場を離れたくてしかたありませんでした。
しかし、一歩も動けずにかたまっておりました。
普段、口数の少ない母は、さらにたたみかけるようにして続けるのです。

「おかあさん、…あんたらの……あんたらの、犠牲になってるの…」

静かに吐き捨てられた言葉は、まるで小説の地の文のように抑揚もなく単調で冷やかでした。
ここで初めて母の機嫌をそこねていることに気づいた妹は即座に謝ります。ほとんど反射的でした。

「ごめんなさい」

私はといえば、初めて耳にする母の本音中の本音に息をのんだまま、身も心も凍りついておりました。
小学2年生の小さなおつむでも、「ギセイ」という音が、どんなことをさすのか、どんなときに使われるのか、
おぼろげに意味をむすんでおりました。
つっ立ったまま私は微動だにせず、濡れた布をひっぱりあげてはおろす動作を無言で一心に繰り返す、
母のいっそう白くふやけた指にひたすら目を落とすしか術はありませんでした。

そばにいた妹は、いつのまにかいなくなっていて、母と私はふたりきり黙って向き合うばかりでした。
青く翳り、なんともいえぬ苦し気な面ざしのまま、母は最後まで私と目をあわせませんでした。
なにがそれほど胸をしめつけるのかわからぬまま、私は最後まで母に謝りませんでした。

その1週間後、母の日になにを贈ったか、まったく覚えておりません。
梅雨に入っても、幼い頭のなかを「ギセイ」という響きが脈略もなく、ただ、ぐるぐるまわっていたことだけ
覚えております。

その言葉を母は、以後二度と口にしませんでした。
それゆえ、しかと私に刻まれたのです。
冷え込む水曜日の朝、生まれたばかりの子を胸にあまりに嬉しくて一日眠れなかったひとを
こんなふうに追いつめたものの正体をつかみ、怒りの矛先を向けるのは、
ずっとあとになってからでした。













57. 2015年5月22日 15:03:27 : FwIzC8Ar5g





「――つまり、Tさんのコップには、普段、10ある水が、今は5しかないと思ってください。
ですから、くれぐれも、疲れさせぬよう――」

………なんてありきたりなみたてなんだろ…。

病にあって虚ろな日々、ささやかでも潤いや励みになればと、よくでかけたものです。
薬の副作用のせいか、ひとめでそれとわかる姿でした。そんな見てくれのまずさすら愛しく、
奇異のまなざしを彼に向けようものなら、愛のバリアで(…)たちどころに撥ね返してくれる――
心底そう思っておりました。
「〜のバリア」などと、それこそ手垢にまみれた”ありきたり”に過ぎますが、
当の本人は大まじめであったのです。

やけに熱い心地でしたので、主治医の忠告には拍子抜けしておりました。
愉快なひとときを過ごし、わずかでも彼の身に心嬉しいことが起きてほしい、
機会をみつけては連れ出すのは、「疲れさせる」ものでなく、「気の晴れる」ものと
信じて疑いませんでした。
実際、彼はいつになく愉しげで、私はいっそう嬉しくなるのでした。

人のコップへ注ぐのに夢中で、自分のにどれほど入っているか顧みることなく、
もの言わぬ泉のように人知れず湧きいでるとでも思っていたのでしょう。
数年後、枯れて干あがり、私のコップは粉々に割れます。
自業自得でした。


それでもなお、コップの水のたとえを真摯に捉えておりませんでした。
飛び散った破片を拾い集め、つなぎ合わせて水を湛えるまで何年かかかったこと、
辛酸をなめたことは皆、恢復のための上書きの重なるまに、記憶の澱に沈みました。
そうして、なにかで減っても、どこからとなく注がれるか、自ら湛えるかして、
常時、コップには10のうち7〜8入るほどになり、10数年立ちました。

それがこのところ、どうしても3〜4しか湛えないのです。
当初は、…重いな…疲れすぎ?気晴らしすれば…と甘くみておりました。
しかし、気分転換をはかっても水は増えず、かえって減っていくのです。
これには慌てました。

「疲れさせぬよう――」

遠い記憶に埋もれていた言葉をようやく身をもって解すこととなりました。


ところで、風呂あがり、唇の切れるくらい薄いワイングラスに炭酸水を注いでいただきます。
安直な儀式みたいなもので、その「水」を口に含むと、いったん重荷をおろした気になり、
一瞬にして1日で一番リラックスした時間に入るのです。

毎夜、コンスタントに慰めてくれるマイスペシャルグラスから3文字とって、

グラス4

最大4しか湛えない自分をそう名づけてみました。
グラス……コップよりいくぶんか繊細そうで気に入っています。

それにしても、グラス4は実にやっかいです。
先日、久しぶりに帰ってきた妹や姪と、どんなに弾けて過ごそうとも、
部屋の扉を閉めたとたん、わけもなく涙はあふれ、無声的号泣になってしまうのです。

こみいった理由はなにもありません。
ただ、つらいのです。
枯渇としかいいようなく、なぜ枯れると涙するのか、いまもってよくわかりません。
胸にかかえた空のグラスめがけ、注ぎいれるかのごとく決壊するのです。

もっとも、素朴といおうか、ひねりの足りない反応のため、残量を推測できるようになりました。
号泣時のグラスはからっぽ、涙ぐむくらいなら1、ひどく疲れていたら2…と。
ただ症状に現れないと減り具合はわからず、ひとしきり泣きの入ったあと、カラなのねと推測したところで
ほとんど意味をなさないのは、また心憎いところです。
(ところ:はや3回。言い換え上手の夏目先生の爪の…)


そうなのです。
手前の頭ん中に起きていることすら、この程度にしかわからないのです。
ましてや、ひとさまの脳内で起きていることなど、わかろうはずもなく――。

人の心を察するのは、さほど苦にならないたちでしたけれど、
グラス4ではどうにも出力が低すぎて、うまく気遣えなくなりました。
空まわりを繰り返すほどに徒労感も深まり、もはや要を得ないことは控えざる得なく――。

きづかい……あ…あれで!?…ぜんぜんわからなかった…むしろ、むしん…(そこのあなたさまの心の声)

それと気づかせない、痕跡すら残さない、業は洗練を極め……さりげなさすぎたかしら。

代わりにどっさり遺恨をのこ………いまだ修行の足りぬようです。
近くに忍者の里がありますので、しかと詰んできます。(詰:当て字)


『 苦情承ります 』 『 日時:水曜朝午前3時頃 』

憤懣やるかたない方、どうぞご遠慮なく…。
羽をたたみ、ここにおります。






KUMADA KAHORI Nasuno Yoichi
https://www.youtube.com/watch?v=bnt4CSZVJy8

わかりやすい。
けど、みらーぼーるはやめれ。








58. 2015年5月24日 00:24:01 : FwIzC8Ar5g



いくつか空になっておりましたので…。

King Crimson - Moonchild
https://www.youtube.com/watch?v=q2DDv7mvFeA


Simon & Garfunkel - Bleecker Street
https://www.youtube.com/watch?v=UgNx-fPHNYM

先日、”ガーファンクル”と初めて口をききました。
なんとも........sigh.......




59. 2015年6月14日 00:31:25 : YGgBY8XLNY




それは言葉のもたらす印象の、麗しい取り違えから始まっておりました。

学生の頃、授業を終え、立ち話をしていた友人の、瞳を閉じた長いまつ毛にみとれていたら、
すうっと私へよりかかり、胸に頬をおしつけると、そのまま眠る赤子のように身をあずけ――
小説でしか知らないことが今まさに起きていると気づき、その静的な佇まいに感じ入った覚えがあります。
友の慎ましく美しかったせいか、貧血って、うつくしい…と。

そんな「美しき貧血」と私に接点などあるわけもなく、何年も暴走機関車よろしく迷走に明け暮れ――。
ある日の婦人科で、アルファベットと数字ばかりの薄い紙片を前に、「かなり、貧血気味ですね」
おもむろに先生の言い添えられるが早いか、「倒れたことないし」と胸のうちで切って返しておりました。
「かんけーない」と。

医学はもちろんのこと、論理的思考からほど遠い私は、疎くて関心のない事項には
「もい(もういい:速攻走り去りたい心持ち)」という大変不遜な態度で接して参りました。
そういう方、関西にはわりといらっしゃるようにお見受けします。はい、偏見です。

そうして年月は流れ、先日――

「絶対安静。ベッドにねていなければならないレベルですよ!」

身に覚えのない叱責をぼんやりした意識のなか聴くこととなるのです。
それでもなお――

――ついこないだ、安曇野行ったし、森散策したし、お蕎麦食べたし、しんどかったけど、げんきやったっ

昏迷に抗い、脳内の減らず口は相も変わらず、さすがの鬱もそこんところは攻略できなかったようで。

「なるべく歩かないでください」

夜、ひとりになり、医師の言葉を反芻するうちに、気力でここまできた愚にやっと思い至りました。
血色素量は基準値の3分の1以下。重度の貧血でした。

しかも、脳内に鬱そっくりの機能不全状態をもたらしているというのです。貧血が、です。
……ったく、なんて奴だっ!

――貧血、おまえは美しいものでなかったか?美しいひとにしかとりつかない、稀有な――

昔から、どんな艱難のうちにあろうと、ひずみはおしなべて身体症状に現れるタチでしたので、
オツムがいかれるのはよほどのこと、そう勝手に思い込んでおりました。
ただ、よほどのめにあったかというと、これまでの人生の「よほど」に比べたら、さほどでなく――
なのに、いつまでたっても浮上できないばかりか、なぜに、日に日に沈んでいくのかと焦っておりました。

――これ、ひんけつちゃう…ひんけつって、もっと、こう、もっ……こんなん……………ずるいわ……

そんな理不尽な思いでいっぱいです。信じていた「貧血」に裏切られたといっていい。
ただの莫迦…失礼、単なる無知では済まされません。
心臓をやられるところでした。

そのうえ貧血はあらゆる抵抗力を落とします。
ならば、わが身を傷つけるものより、いっそう遠ざかるが賢明。
『君子危うきに近寄らず』を座右の銘になんとしても生き延びるべし。(…)

にしても3分の1以下とはなんぞ。
これまでの数々の迷惑行為は3分の1弱の私がなしたこと。脳の働きだって3分の1であったはず。
回復して3分の2が加われば……もっと、こう(twice)…………賢いひとに変身するのだろうか。
いや、愚かさが今の3倍になるだけかもしれない。
それはちょっと…怖いな。

貧血。
侮っている方、人生、棒にふります。

あ、鼻血はでてません。
念のため。














60. 2015年6月15日 06:22:08 : YGgBY8XLNY





Helene Grimaud Ravel Piano Concerto In G
https://www.youtube.com/watch?v=sqJkdMvFEEg



ある投稿にイースターの卵のように隠れているのをみつけました。
手首をつつむレースをみつめるうち、柔らかな兆しを感じるのです。
生への慈しみに似て…。
響きのうねりと戯れる姿はいつか覚えのあるもの。
失くした悦びに似て。

久しく病にこごった身にふたたび芽生えはじめて嬉しく、
わずかに生じた悦びと慈しみにより、温めてさしあげたい…
羽をひろげかけて――。

塩の樹の現れると、たちまち慈しみは凍るのです。
見かけるたびにすくみ、繰り返されるほどに
樹々の主よりいっそう遠のいて。

これまでも、これからも、わたしは「さよなら」を樹に託しません。

怯えることなく、枝をゆりかごに、ただまどろんでいたい
煩うことなく、明るい瞳のまま、葉陰にねむっていたい

どうか、かなえてくださいますよう。


木洩れ日に揺られ眠るほどにむくろは温まり、目覚めてはふらりとゆく径に、
安らぐほうへ、光のほうへと導かれるようです。

陽ざしのふりそそぐ径をしめされたなら、思いのままにすすむといいのです。
森の闇に迷い込んだまま嘆いていても、どんな実も結びません。

優しく気弱な、あなたに申しあげております。

この胸にも言いふくめつつ…。


(注:塩の樹≠シオノギ)



Helene Grimaud Mozart Piano Concerto no.23
https://www.youtube.com/watch?v=j8e0fBlvEMQ










61. 2015年7月10日 23:15:41 : 1WQ7V0YrfJ




8 Hour Deep Sleep Music
https://www.youtube.com/watch?v=txQ6t4yPIM0




なにも考えずにすむBGMを探していてみつけました。
この手のものはどれも微妙で、どこかしら安っぽく…。
神経に障らないならいいか、くらいの気持ちで聴き流しておりましたら、
この曲だけ、どうにも内省的にさせられるのです。

                    *

音色の波間にたゆたうほどに、内奥より心持ちらしきものは呼び覚まされ、
言葉によらぬその心地を縦糸に、みあう意味を掬っては織ってみる、
なるべく正直に…。

どこでボタンをかけちがえたのか
いったいどうすればよかったのか

めずらしく顧みてしまうのです。

この曲に促される内省は、いくつもの心象をともない、たとえば、
母の病は重く、そうならぬよう懸命に努めてきたが、ついに敵わなかった…
という現地点から、脳裏を銀幕にリールは逆さに回転しはじめるのです。
まるで崩壊した崖の、ゆっくりと元へ戻りゆくように。

すべては前を向いたまま退き、うまくゆくと思い込んでいた頃まで曳き戻されるのです。
フィルムを巻き戻したところで二度と戻れぬ、元には戻らぬものを見せられるうちに、
以前の胸の内と心地は悠々と蘇り、何食わぬ顔して今に紛れ込んで居すわろうとする。

いったん潜入を許すと、現在の感情と過去のそれをにわかに峻別できなくなり、
折々にもてあました心情は時制を無視して入り乱れ、混乱に拍車をかけるのです。

『...Deep...』 きっと、なにかよからぬ信号を脳内へ送るよう、音声にでも仕込まれているのでしょう。
受けてたつ脳も相当に壊れておりますので、毒をもって毒を制してくれると助かります。

しかし感情は、心は、あてになりません。
あてにならぬどころか、ときおり平然と嘘をつき、主人をあざむく。
自らの心にかぎり、ほとんど信用しておりません。
誠実であるのは体です。発せられるものは不揃いの脈ですら切実で…。

この曲は、そんな邪な「心」をほどく業も秘めている気がします。
考下手之似休的思索用はもとより、正直者へ改心させる更生用としても有効かもしれません。
考えても無駄なことをとことん考えぬきたい方にもお勧めいたします。

『...Deep Sleep...』 といっても不眠症ではありません。ご覧のとおり心身ともごく単純にできています。
内耳の機能のみ不必要に鋭敏ゆえ、睡眠導入用であっても鼓膜を震わせる以上、冴えてしまいます。
この落書きのように、つまらぬ文字の羅列のほうがよほど眠りを誘うというものです。

                    *

こうなるのを恐れ、予てより重ねて懇願するも意味をなさなかったことへのぬぐい難い諦念が、
母に…そして、あなたに……赦しをこい再びやり直そうとする思いをくじくのです。
気ままなふるまいをいくど赦してくださったかしれないのに。

それから、『それから』も、いけません。
朝刊の連載小説として目に触れ、佳境に入るのを待てず、本を手にしたのです。
途中、誰について何を哀しんでいるのかわからなくなるほど、動揺してしまいました。

この曲の連れてくるのは、悔いと哀しみ、あとは淋しさばかりです。
ただ、ただ、「自然」のさししめすまま、ゆけますよう…。





(注:考下手之似休 下手な考え休むに似たりの意)















62. 2015年9月21日 17:40:54 : M59WF6YjkD


また落書きを始めようと思います。
これまで以上に伝えるほどのことはなにもありません。
ひたすら記憶を文字に落とし、怠け癖のついた脳にアメと鞭を与えるつもりです。



63. 2015年9月21日 17:57:47 : M59WF6YjkD



名前には由来がある。
そういったことを授業で教わった記憶があります。小学2年生でした。

「そういうわけで、みなさんの名前にも、いろんな意味やわけがあるのです。
おとうさん、おかあさんが、どんな願いをもって名前をつけたか訊いてみましょう」

それは「明日までに調べておくように」という宿題になりました。

―― 自分の名にどんな意味があるかなんて考えたこともなかったけど、
   だいたい予想がつくな。この二文字は辞書にものってるし、
   たぶん、その意味に近いはず…

そう見当をつけて、「ただいま」を発するなり、母に訊ねてみました。

「呼びやすいから」

「……えっ…それだけ?」

「そうよ。かわいい名前だし」

「うんと、えっと……なにか、意味とか…」

「ないわ」

母はきょとんとした様子でした。
へ?…と私まで、きょとんとしてしまいました。

父なら、なにかこだわりがあるかもしれないので訊いてみると――

「教え子に、器量も頭も非常にいい子がいて、その子の名が――」

――なんか……あまり嬉しくない。

別段ショックを受けたわけではありませんが、あっけにとられ、しばし呆然としたあと、
こうしちゃいられぬと辞書をひいたのでした。
そこには、素晴らしい意味がとうとうと並べ立てられていて、それを適当に加工し、

『〜〜(辞書のまんま)〜〜という人になってほしいから。』

帳面に書きつけると、ようやく安堵するのでした。

翌日。

たぶん、子どもたちには受けの良い宿題であったのでしょう。
発表前から、皆、口々に自分の名の由来を自慢しあっています。
なんとなく疎外感に苛まれながら、それとなく耳を傾けていました。
どれも味わいのあるもので、感心すらしてしまいます。

「さあ、おうちのひとに訊いてきましたか」

先生が口火を切るなり、皆は一斉に手をあげるのです。
もう、ぼくを、わたしを、あててくれーといわんばかりの勢いでした。
そのなかで、ひときわ大きな声をはりあげる男子がおりました。
手をありったけの速さでぶんぶん振りまわし――

「はい!はい!はい!」

背丈があり色白の顔立ちは大そう整っているけれど、いつもなよなよもじもじして落ち着かず、
煮え切らない甘えた話し方をする、そんな彼に、常日頃ひそかに苛立っていたせいか、
一変してアグレッシブな様子に、むむっと妙に気になりはじめておりました。

物心つく頃から、私は、男子に厳しく女子に甘い子どもでした。
男子には心中で次々とダメ出しをしたうえ、煩くて、汚くて、臭くて…と散々な評価をくだしておりました。
一方、女子は、それはもう、女の子というだけでOKなのです。
社会人になるとその傾向に一層拍車がかかり…。
これにはれっきとした理由がありますけれど……はしょります。

クラスの幾人かが得意げに発表します。皆、立派な意味を持ち寄っているわけです。
くだんのなよなよ男子は前のめりになって、これでもかと腕をつきだし、「はいっはいっはいっ」と
もはやオットセイみたく切羽詰まった鳴き声になっておりました。
とうとう先生は彼を指さし名を呼びます。
彼はびっくり箱の人形よろしくぴーんと立ち上がり、きっぱりと言い放つのです。

「とろひーをたくさんもらえるひとになってほしいから、さかさにして『ひろと』とつけましたっ!」

皆は一様にどよめき、しばらくして感嘆の声は同心円状に広がり教室の天井へ立ちのぼりはじめます。
彼の胸はその場でバク転するかと思うほどそりくり返り、大いに満足そう。

私はといえば――
唖然としたあと、およそ「とろひー」から遠く離れた大人になりそうな彼をあざ笑いたい気持ちに
ぐぐっと蓋をしながら、そんな奇天烈な、曲芸師の離れ業のような意味づけまでして、
こんな「よわっちい子ども」に過大な期待をかけてしまった親心をふと切なく感じたのです。
そして、なにより、自分の名前の由来のあまりの軽さに、いよいよ不愉快になっておりました。

しかし、気を落ち着けて考えてみれば、どの子の由来をとっても、皆、名前負けしているわけです。
無理もありません。まだ大人になっていませんから、未熟な子どもですから、よけいです。
それに子どもにだって予想くらいつきます。
それほどの大人になるのは………たぶん……無理だろうと。
いくつもの由来とその名の子らを比べるにつけ、親の過剰な期待の空回りをみせられるようでした。

――そんな大人になるなんて無理。だって親が親だもん……みんな、そう思わないんかな…

嬉しげにさざめくクラスを眺めまわしながら、ひとりだけどこまでも蚊帳の外なのでした。

ちなみに、その授業で発表の機会は幸いなことに与えられませんでした。
なんとはなしに胸をなでおろしたのは言うまでもありません。

されど、名前の由来。
名前というより自分に、ちゃんとした「りっぱな」理由と由来のほしかった小2の私は、
気の利かない親になり代わり、

――なんか、つい願いをこめそこねたけど、〜〜(辞書のまま)〜〜な人になるべくして生まれた。

ということにしたのです。

当然ながらその時点で、生涯にわたって名前負けは決定づけられたのでした。








64. 2015年9月30日 18:01:32 : RjuQoNKthk





…… た っ た あ げ ……

子どもの頃も、今も、この五つの音の連なりは私の胸をしたたかにしめつけます。
「たつた」ではありません。あくまでも、「たった」です。

母の作る鶏の竜田揚げは最高でした。
いつものかしわやさんで骨付きのぶつ切りを求めます。
店内のケースに並ぶ肉片と化した鶏らには、生前の面影をほのかに彷彿とさせる野性味がありました。

小学校から帰宅し玄関に立ったとたん、鼻腔をくすぐる醤油と酒と鶏の血のいりまじった香り――
眩暈を禁じ得ないほどでした。
漆黒の醤油に深々と身を沈め、ときおり骨の断面をみせては、黒くくすんだ丸い芯に血をにじませる。
ステンレスのボールに浸かった彼らを眺め、ため息まじりにしばし恍惚となるのです。

ただし、きつね色に揚がったもののなかに、たまにむな肉の混じっているのはなんとも許しがたく、
白く粉をふき、かりかりした衣の下にむな肉が潜むか、もも肉がおわしますか、
瞬時に峻別しては食しておりました。
骨にしゃぶりついて食らうかしわよりうまいものは、その当時の私にありませんでした。

あんまり嬉しがるので父が、「そんなに好きなら嫁にゆけばいい。かしわやさんに」とからかうほどでした。
とうに受けなくなっても、飽きもせず繰りだされる同じジョークを再三あびるうちに、
ほんとうにそうかもしれない気がしはじめて…。

おつかいで「かしわやさん」へ寄るたびに、はかりに肉片を手際よくのせるおじさんの、彫りの深い横顔や、
脂で光った白いおでこ、深く切りこまれたピンク色の爪や鶏肉と見まごう白くふやけた指先を
息をつめてじっとみつめはするのです。
が、どうも私の好みでなさそう……いやいや一生分のかしわのぶつ切りがもれなくついてくるのであれば、
考えてもよいかもしれない…とせわしく思いなおしても、店をあとにすれば、
「たったあげ」の5文字で胸がいっぱいになっておりました。

小学校のクラスには鶏肉を受けつけない子もいて、牛、豚、鶏とおおまかに三種の肉を食するとして、
肉食における愉しみの3分の1を早々に放棄してどうするかと思わないではなかったですが、
納得のいく理由ではありました。
首をはねられた鶏がそのまま自分のほうへ向かって走り出したのがトラウマになったというのです。

鶏にまつわる惨事を知ってからしばらく、そのリアルなシーンを竜田揚げを前に幾度も想像してみました。
首から上のないまま私に向かってかけてくる鶏は、足首に白い紙のリボンをつけていたり、膝から下を
ハイソックスみたいに銀紙で包まれていたり、からっと揚がったきつね色してこちらへやってきたりするので、
どうしても本気で嫌いになることができません。それほど鶏と私とは深い愛で結ばれておりました。
いえ、鶏のほうの気持ちは聞いていないので正確にはわかりませんけれども。

とにかく溢れてあまりある愛はあったのですが、結局、かしわやさんへ嫁ぐチャンスのないまま、
今日にいたります。そして、あの「たったあげ」を二度と味わえないことに、悔恨というか、
ずっと薄い胸を痛め続けております。
ん?…胸肉が嫌いなのはコンプレックスの裏返しかもしれません。
たったいま気づきました。

昔なら容易だった「新鮮な鶏肉」は、今ではなかなか手に入りません。
レシピも、土井勝監修であったということだけで、どこにもみつかりません。
あの味の再現は今のところ不可能なわけです。

……これは、やはり…せめて嫁ぐべきであったのでしょうか。
あの「かしわやさん」に。







Gustav Mahler “Symphony No2” Leonard Bernstein
https://www.youtube.com/watch?v=edA9Zard3-U

「たったあげ」の復活へ願いを込めて。
……ほんとレナードって熱いな。
歌うとさらに気合が入ります。








65. 2015年10月17日 14:44:14 : bdTbdNiedQ




たとえば、脚本と映像、歌詞と旋律、曲と解釈、ともに気に入るのは稀のように感じます。
その絵本も、テキストは肌に合うけれど…といった類いのものでした。
ひとから贈られたせいか、本棚にあることすらすっかり忘れておりました。


…コ…ン…………コ……ン……

どうやら3歳の甥っ子が訪ねてきた様子。
小さなこぶしをかかげて、ひかえめにノックする姿がガラス戸越しに透けてみえているのです。
ここは北向きのほの暗い定員1名の部屋。
彼のママはそこを「オフィス」と呼び、「勝手に入っちゃだめ!」ときつく申しわたしておりました。
おもむろに戸へ近づき、「あら、だれですか?」とたずねれば、一瞬、間があって、

「……クリス……デス」

ほんのすこし戸をあけ「どうぞ」と招くと、瞳を輝かせ、あいたすきまに素早く体をすべりこませて、
舌なめずりしながらわくわく顔して入ってくるのです。
気に入った物以外は仕事道具で占められたなんの変哲もない部屋でした。

彼にとってはすべてが珍しいらしく、遠慮がちに「さわっていい?」と目で訴えては許しを得ると、
気になる小物や筆にそっと細い指先で触れてみるのです。
そのあいだ、声をたてません。静かに、ほんとうに静かにしているのです。
臆病な小動物を見守るように私も息をこらし、そっと彼の所作をみつめておりました。

そのうち、さすがにこの小さな客をもてなさなくてはと思案しはじめ、数少ない絵本のなかの
一冊を手に、ひとまずさしだしてみました。
嬉しそうに受けとると、読みはじめる私の声に男の子は身をゆだねるようにして耳をすまし、
くり広げられる世界に、しばらくはちょっとした感嘆の声を小さくあげておりました。

空気を読みすぎる彼のことだから、もしや私の歓心を得たいばかりに楽しそうなふりをして、
それとなく適当な声をあげているのかもしれず――
そもそも子ども向けの絵本は一冊もなかったものですから、気に入るはずがないのです。

たぶん、これ、きみには…

そう思いつつ最後の1冊を――床に行儀よく膝をそろえかしこまって座る三歳児の前に、
すうっと押しやって勧めてみます。
ページをくりながら私は語り、小さな紳士は膝に手をおき、おとなしく耳を傾けておりました。

動きのあるページにさしかかるにつれて、静かな客は「…クール」「クール」とつぶやきはじめ、
おもむろに身を乗りだし、しまいにかぶりつかんばかりの勢いで絵にみいって――

「クール!」 「クール!!!」 「.....⦿⦿.....◒◒...◉◉...◒◒......◉◉......⦿⦿......◎◎......」(注:無我夢中)

さっきまでの「いい子」ぶりはどこへやら。

わかるの?これ、きみに…

あっちへくり、こっちへくりを何回も何回もひっきりなしに繰り返しているのです。
そろえていた膝をくずし、立てたり投げだしたり、登場するものらとおんなじにわらわらもそもそしながら。

あらあら、よだれまで…

驚かせぬよう、放心の客の小さなあごよりしたたる光の糸をすうっと手ですくっても、まったく気づかぬよう。

そうして、大そう満足して帰ってゆきました。

床の絵本を本棚にしまおうとして――

……なにか…なにかしかけでも……あるんだろうか。

いまひとつ気に入らなかった絵をぼおっとながめていると、ちらっと動いたよう…

ん?

ふたたび、ささっと動く…

んん?

こんどはじっとして、別のが、すすっ…

そのうち、あっちへくり、こっちへくりを繰り返しておりました。
そうなると、今度は彼らの生態を確かめたくなり、我知らず舐めるように目を走らせるはめに――

…………………う…ん…いい……これ…………うん……………………くう…る、だ。


『 バスにのって 』

この絵本のほんとうの良さを三歳児に教わったのでした。
結局、この作家の作品はこれきりで、ほかのはいまだにピンとこずじまいなのですけれど。
師として三歳児を招かねばならないのかもしれません。





いくつになってもきかん坊なひとへ
https://www.youtube.com/watch?v=aWnIHGztEWc








66. 2015年12月16日 20:35:34 : y5EpdgB0v2 : CtfxEeetJ70[7]



家を出るときはひどい降りようであったのが、地下鉄を降りればすっかり晴れあがった空のもと、
軽い足取りの人々とともに会社へ向かう。
デスクの下で泥はねの跡をぬぐい湿った靴を乾かすたびに、田舎住まいを疎ましくは感じても、
冴えない土地とあの空が感性を育んでくれたのだと思いなおしてみるのです。

それでなくても事実とずれがちな記憶のさらなるすり替えに加担するようで、
後づけの意味をなるべく与えぬようにしても、みいださぬことには居心地の悪いとき、
「仮説」と但し書きをつけ、都合のよい解釈に甘んじてみるのです。

「感性を育んでくれた」もそのひとつです。どこに生まれたって育まれるものです。
それでも遠い記憶が蘇るのは、解釈を変えたがっているのか、再認識してほしいのか、
定かでありませんが、なにかを訴えているように感じるのです。


午後5時。
私の門限でした。
小学生の頃のことです。

野の遊びに親しむ子どもにとって、その門限はいかにも厳しいものでした。
どんな遊びも夕暮れ時になると決まって、いよいよ佳境に入るからです。

……つくしとり…数珠玉の首飾り…ひっつきむし…草笛…れんげのかんむり…
草相撲…ぺんぺん草…とんぼとり……

どれも心持ちさえ強くもてば、なんとかきりあげることができます。
ただひとつ、中毒症状をきたしている遊びがありました。

フナのひとり網。

虫とりに飽きたら、その網でフナをとるのです。
運よくとれてもその場で放します。水槽で飼っても全くつまらないからです。
フナにとっても私にとっても互いに愉快な居場所は、雨季に増水するほか、
長靴で入れば子どもでも渡れるくらいの浅い川でした。
石や藻の陰に彼らは潜み、けっこう頭のきれる連中でした。

川面に私の影がちらっとでも映ろうものなら、さっと姿を消す。
かといって逃げるわけでなく、あきらめて別へ向かいかければ、すっと現れる。
たいてい適当な飛び石の上に乗っかり、じっと待つ。一応ライバル、漁の名人シラサギになりきって。
微動だにせぬ酷薄な天敵と化し、フナらを緊張のあまり金縛りにあわせたところで、ざっと網をさしこむ。

反射神経ならゆうに27倍彼らのほうが機敏なので、当然逃げられます。
逃げられるからやめられない。やめないから逃げる。逃げるから追う。追うから逃げられる。
えんえんこの繰り返しです。

せがむ妹をたまに連れることはあっても、たいてい、ひとりでした。
数人で追い込み漁をする手もあったのでしょうけれど、とにかく、ひとりでした。
ひとり、ただひたすら、水音と風音とフナ音だけの世界に埋没しきる孤高のひととき。

フナ音とはフナのたてる音のことです。あ、今つくった言葉です。
たいてい、すこし離れたところで跳ねてみせるのです。
からかうように、「こっちさ」といわんばかりに。

石陰に彼らのシルエットの重なりをみとめるや、ぐぐっと網をねじこむ。
身をよじらせ、すり抜け、ぎらっと腹の銀色をひらめかせ、すいっと消える。
いく度やっても取り逃がし、しばし呆然と水面を眺めやれば――

思わぬ所でぴしっと尾で水面をたたき、撹乱する。
流れを縦一文字に切り裂き、駈け抜ける。
せせら笑うように腹を光らせては、あおる。

水底を鼻先でかきまわし、煙に巻く。
われ関せず、ひっそり泡をふかす。

そのたびに、こちらはたちまち躍起になって、川べりをあっちへ走ったかと思えば、
こっちに駈け戻り、流れをあちらへ渡ってみたり、慌ててこちらに飛び移ったり――
ともあれ奴らに翻弄されるがままに、ひどく忙しいのです。

忙しいと、ときのたつのを忘れます。

知らぬまに川や土手の陰が濃くなり、やがて色や形が思い思いに溶け合い――
赤信号です。点滅するは門限の刻のしるし。
はっとしてみあげれば、紅(くれない)、黄金(こがね)、山吹、橙、琥珀、群青、藍、象牙……
色の名を軽々と逸脱し名も知れぬまま光り輝き、一斉に天空をうねりはじめるのです。

はやくはやく。うううん、まだまだ。でも、いそいでいそいで。いや、これから、これからなんだから……

もみあっているうちに陽はどろどろ落ちて、空はますますたけり狂ってゆきます。

しらないしらないよ。わかってる、あといっかい。あともういっかいだけ。あとほんとに、いっかいだけだから……

結局、限界を超え、とうに暗くなった畦道を家へまっしぐらに転がり走ることになるのです。
電燈に照らされた誰もいない通り、門のあく音がいやに響き、ドアをあけるとそこは闇でした。

……ああ…また、やってしまった…

そっと靴をそろえてぬぐと、そろりそろりと奥の部屋へ向かいます。

「ごめんなさい」

暗闇のなかにかろうじてみえる正座姿のシルエット。
返ってくるのは沈黙だけ。
母です。

「…ごめんなさい」

さらなる沈黙。

「……ごめん……な…さい…」

「………何時だと思ってるの」

「おかあさん、ごめんなさい」

ふたたび沈黙。

「……お父さんにいいます」

「いわんといて!もうしないから!」

すっとたちあがって母は、私のそばを通りすぎながら低くかすれた声で

「いい加減になさい」

そうして、ぱっと台所に明かりがともる。
子ども部屋から妹が気の毒そうに私をうかがっている。

食卓でも母の沈黙は続きます。

そんな具合でした。
おなかのあたりがしくしくする叱られ方でした。
しかし、懲りないのです。
これを何回やられても、やめられませんでした。

フナとりの魅力に魂を抜かれていたのでしょうか。
魔性の空に正気をからめとられていたのでしょうか。

夕暮れ時のあの色を思いだすたびに、胸の底のあたりが波立ちます。
不安と後悔と…憤りと……そして、快楽と。
あの狂ったような空は、あの頃の母と私の、どうしようもなさの
象徴である気がしてなりません。

大人も先生もクラスメートも近所の子らも、なんとなく好きになれなかった私にとって、
存分に自分を解き放てたのは、冴えない野っぱらや汚れつつあった川と空のあわいで、
ただただ黙々と気のすむまで過ごすひとときであったと思います。
空も川も草木も生き物らも、さほど優しくも厳しくもありませんでしたが、
人間世界と折り合いの悪い子どもの我がままをそっけなく許してはいたように思います。

それにしても「品行方正」な家族のうち、「ルール」を破るのはいつも私でした。
なぜルールに従わないのか、従えないのか、家族には全く理解できないようでしたし、
当の本人にもよくわかりませんでした。

その後成人して、彼らと離れて暮らしはじめたら、ルール破りの私のなかから、
しれっと「品行方正」な私が現れ、仲良く共存するように。
「なんだ、できるじゃないか、こんな簡単なこと…」

幼い時分の言いつけ破りは、両親の息の詰まるやりようへの、
小さい人間なりの無意識の抵抗であったかもしれません。
そしてその原動力は図らずも、近くの野や川、絶えずともにする空から、
日がな吸いとっていたのだと思います。

もし、その頃の小さなわたしにひとこと声をかけるとしたら――

「そのまま、そのまま…」



そのときたったひとりだったあなたへ
https://www.youtube.com/watch?v=8fO67BdTSOk

https://www.youtube.com/watch?v=C2zix8yTY_Y












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