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景山民夫を殺したのは? _ これは唯の噂だから本当だと思わないでね
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/228.html
投稿者 中川隆 日時 2012 年 4 月 27 日 21:23:14: 3bF/xW6Ehzs4I
 


44 名前:会員NO3 投稿日:02/02/23 01:49

88年以前の大川は今と違って、教団拡張や勧誘には反対する意見の持ち主でした。

お茶飲みながら冗談を言える雰囲気でした。

そして、「ゲシュタポ」という組織が出来ました。 彼らは常に大川を監視し、周りから引き離しました。

90年以降人格が変わりました。以上です(笑)
http://mimizun.com/log/2ch/psy/1010939799/


           _ -―´ ̄ ̄ ̄`ヽ、
          ,/ ,===''⌒''== 、、
        / ,=          ヽ
       /  ,='  _  ∧_ _,,
      /,,_ {i ,〜 〜  /´ ハ^、_
        ヽi} / /   / ヽ_/ ヽ__,,\
         { | _|__,,/ /  ̄ \ヽ
         ヽ | _|∠_// ┬―ゥ ヽ
          |`、ヽ.__ノ    ヽ-‐' _/
  r"      | |{i t    _     / | 組織の事を暴露しようとした
 (   =‐'  | | i} > 、___ヽノ_ ,ィ リ| l| | 景山民夫は呪われたものとなった
  ゝ-'     // i} / }-‐斤ヒl、__| l| |
    r、   //,,i} //}} l|》o《|! {{`lヽ
   __ゝ |i}^V'' __/  }}  ハ  {{ |
   ヽ  ノ'  `j    }}  /X |  {{  |

1. 事故か殺しかで乱れ飛んだ噂の数々

1998年(平成10年)1月26日二十六日午後十一時二十分ごろ、東京都世田谷区成城四ノ二二ノ七、作家、景山民夫さん(五〇)方から出火、木造三階建て住宅の三階六畳の仕事部屋など約二十平方メートルが焼けた。この火事で、仕事場にいた景山さんが全身にやけどを負い、病院に運ばれたが、間もなく死亡した。

妻の朋子さん(四六)も煙を吸い込み軽傷。  朋子さんは

「二階にいたら急に蛍光灯が暗くなったので三階に上がり、仕事場のドアを開けると炎が上がっていた」

と話している。 出火当時、家には景山さん夫婦しかいなかったという。警視庁成城署と東京消防庁では二十七日午前から現場検証を開始し、出火原因を調べている。 
http://happiness.lib.net/db/epigone/patio4.cgi?mode=view2&f=85&no=32-37

566 :菊地展弘:02/05/07 15:28

菊地展弘 25 Apr 2002 06:11:11

景山民夫さんの奥さん、すみません。 聞き間違いだったかも知れないけれど。 もう触れられたくない事かも知れないけれど。 すみません。 俺、景山さんの火事の現場の片付け手伝いに行かせて貰いました。 聞き間違いかも知れないけれど

「誰も最後は守ってくれなかった」、

って小さく聞こえた。 職員さんとか来てたけれど、変に明るくてさぁ、皆。 景山さんの遺品、なんか追いはぎみたいに貰ってさぁ。俺は、違和感感じてたし、でも、あんまし知り合いじゃなかったから、そんなに話も出来なかったけれど。

お疲れ様です。 本当に、、、。
http://mimizun.com/log/2ch/psy/1020438098/

964 :会員NO3:02/02/24 00:34

実は殺されたっていう話を聞きました。
影山さんの焼死、お気の毒です。(TOT)
http://mimizun.com/log/2ch/psy/1012279094/

影山さんの焼死に関して、幸福の科学上層部はこういう噂を流していたのかな?:

投稿 海DQN | 2011/01/28 18:58

あの人は大★の嫌韓的な(韓国を端女呼ばわりした)著作が、連中の逆鱗に触れて、大川への脅しとして消されたんだよ。

モデラーなのは割と知られていたから、塗装の有機溶剤とケロシンみたいな発火性の薬物をスリ替えられたとする説がある。家には家政婦も出入りしていたし。。。

ともかく、裏ではかなりの額の金を脅し取られていたそうだよ。
それにしても、ワイフの人…ルシファーなんか降臨させたら、霊的に消滅してまうがなw

http://shadow-city.blogzine.jp/net/2011/01/post_f3d4.html


要するに、幸福の科学会員には

幸福の科学は創価学会と抗争していて、景山民夫は大川隆法の身代わりとして創価学会によって殺された

と思って欲しかったのでしょう。しかし、実際には幸福の科学と創価学会とは、幸福の科学会員が信じ込まされていたより遥かに複雑な関係にあった様ですね。 以下の話はすべて真偽不明の唯の噂ですが、あまりに有名なものばかりなので一応コピペしておきます。 くれぐれも事実だとは思わないで下さい。 (僕もまだ ”自殺” したくないしねwwww):


幸福の科学は創価学会により買収された新興宗教団体であるが、(小澤利夫という池田大作の右腕により次々に創価学会に買収され染められてゆく

景山民夫などなぞの死であったことでも暗殺の疑いが強い景山民夫も不幸の封印をしたくてその負のエネルギーをどこでもいいからということで幸福の科学へ矛先を向けて蓋をし心の中の幻想にひた走った。

幸福の科学が創価学会脱会者の受け皿として「私達は創価学会を撲滅します」というチラシを持って創価学会脱会者の入信に成功するというシナリヲどおりに現在ことが運ばれているのである。 そして今池田大作の右腕の小澤利夫は

創価学会理事 → 幸福の科学理事長 → 韓国系カトリック教会トップ

として支配の裾野を広げているそうです。
http://karupara.exblog.jp/


_________


景山民夫氏は事故直前に幸福の科学についてインタビューを受けてマス。色々明け透けな事を答えてましたが、教組の大川さんをパタリロ呼ばわりしたのは、信者の恨みを買ったと言われマス。

死亡現場が自らの部屋で景山さんは模型製作が趣味だったので、部屋の換気不足だろうという鑑識結果が出て、事故死と発表された筈デス。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1355387533


匿名さんのコメント... 2011年5月15日15:08

そういえば、作家の景山民夫さんなんかも「天罰」「仏罰」で焼死してしまったという設定に、現今の幸福の科学の教義ではなってしまっているそうです。

「最後には仏を裏切って死んでいった景山民夫に永久の苦しみあれ」

とまでも。

http://dailycult.blogspot.com/2011/05/blog-post_15.html

960 :会員NO3:02/02/24 00:31

景山さん、奥さんに焼き殺されたのかな?
http://mimizun.com/log/2ch/psy/1012279094/


98 名前: ぶす 投稿日: 2001/08/20(月) 12:32

うわさでは景山妻No.2が火をつけたとか当時言われていた。 新聞によれば

上階で夫が焼け死んでいるのに 「ぜ〜んぜん、気がつきませんでした」と言っていたらしい。

木造2階建で、上階で身体に火がついた人間がいたらぎゃーと叫ぶなり、暴れ廻るなり、下にむかって「助けてくれ」と言うなりして気がつくのではないのかな〜?

と思うのは私だけ?
http://mimizun.com/log/2ch/books/997646319/


341 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 2001/02/23(金) 02:23

景山さんも幸福の科学関係者に殺されたとの噂がある様ですが、本当なのでしょうか?

345 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 2001/03/06(火) 11:44

景山さんが関係者に殺害されたのではないかということは、実際に警察でも検討されていることらしいよ。

火事で死んだが、火事の場合は証拠物件が残らないので、殺人の場合でも犯行を特定するのが難しいそうだ。


景山氏が亡くなる前は、あそこから足を洗おうとしていたこと、

それに対して関係者の不審な動きがあったこと。

事件後に、妙に関係者が口を閉ざしたこと。

そして何よりも、いい年の大人だった彼が、家が火事になってそれで逃げられずに焼け死んだというのは、常識的にいってもおかしいこと。

その他、いろいろと問題があるらしい。

窒息死させておいてから、火を付けたら、殺害の証拠は残らない。


402 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 2001/03/21(水) 20:19

21世紀までという目標が狂ってきて、信者達に対する面目が丸つぶれになって、そしてヤバイところに景山氏の某TV局関係者への、幸福の科学内部について密告事件でもあって、結局は殺害事件の発生か? 

まあ、元々狂っていた人達だったのだろうが。

景山氏の死亡事件については、大川氏取り巻き連中の先走った行為だったらしいとの噂もある。大川先生のためにやったにも関わらず、えらい迷惑だったように扱われて、非常に不満な連中が、あちこちでばらしてしまったのかな?


ある刑事事件に詳しい人いわく、有名人が火事で死んだなんてのは、ほとんどが実際には殺した証拠などを隠滅するためだとか。まあ、今のところ警察も確定的証拠はないが。


ある霊能者によると、大川氏は日本中から世界中を支配したいような救いがたい霊的カルマに取り付かれてしまったのだとか。

昔も、そういう人はいたそうだ。しかし、あのふやけた顔じゃどうしたって無理だろう。

最近は、雑誌など見ても、成金趣味もお盛んなようだからね。


______________

幸福の科学教団を批判している者は、大川隆法の指示により殺人予告を2chで行う始末。

 「幸福の科学」の仕打ちを辟易する特殊警備隊実行犯は逮捕されても自己責任を主張し、決して指示をした大川の名前を出さない。 彼の伝道師であった景山民夫の家が特殊警備隊の放火され、奥さんが焼死しても景山の

「誰も最後は守ってくれなかった」

との言葉しか発しなかったほどだ。 それが邪教テロ集団「幸福の科学」の実態を物語っている。

 「幸福の科学」の敵は創価学会であり、それを盾をして使う政党は「大伴家持の生まれ変わり」と言われた安倍晋三の所属する自民党だ。 安倍晋三が総理時代に朝鮮総連との癒着発覚しても庇うくらいだから、相当な入れ込み様だ。 現に「幸福の科学」200万人票が安倍晋三へ潅がれている。 「幸福の科学」が信者向けに開校した『サクセス塾』に安倍晋三の著書「美しい国へ」が置かれているのも徒ならぬ関係を表している。

 大川の「黒が白になる時代がくる」と安倍晋三の「美しい日本」の独裁妄走ぶりが相似しているから破壊者と言わざるを得ない。 全くのクレイジーだ!!

 そんな狂団を抛っておく警察はどうにかしてるぞ。グルか??

幸福の科学脱退者は、必ず精神的荒廃により要リハビリ   
http://shino44.exblog.jp/tags/%E6%AE%BA%E4%BA%BA%E7%8B%82%E5%9B%A3%E3%80%8C%E5%B9%B8%E7%A6%8F%E3%81%AE%E7%A7%91%E5%AD%A6%E3%80%8D%E3%81%A8%E5%AE%89%E5%80%8D%E6%99%8B%E4%B8%89%E3%81%AE%E8%A6%AA%E5%AF%86%E3%81%95/


景山民夫の家に放火したヤツって幸福の科学信者!

宣伝塔である景山民夫が脱退しようとしたので幸福の科学信者は大川隆法の命令で放火!

家全焼し景山民夫は焼死。 未だに景山民夫の奥方は行動制限された拉致状態!

景山民夫の家に火を放った幸福の科学信者の名前や現住所を真言密教僧殊慧は知っている。
創価学会を脱会した幹部が「幸福の科学」に入会し教団幹部になって、また悪辣な手段で信者から金を貪っている。

 1991年6月、防衛庁OB会で「幸福の科学」代表大川隆法が「1994年に総理大臣になるのは防衛庁出身の自民党加藤紘一だ」と予言し、大川は「私は釈迦の生れ変りである」と信者へ己の写真を100万円で売りつけた資金を政界に散ら撒き裏工作したが失敗。

 幸福の科学には通称「特殊警備隊」と呼ぶ青年部が存在し、講談社のパーティへ侵入して、不倫カップルをラブホテルまで尾行する大川指示。大川指令内容は

「幹部不倫の証拠写真を撮り翌日、講談社ビル前でその写真入りのビラ巻きをせよ」

と言う狂人に近い私怨でやってるのだから始末が悪い。夜中に洗脳された特殊警備隊員10名位集まって、件のカップルがホテルから出て来る所を取り囲み講談社幹部社員(男)に強力なタックル。

 刑法の傷害事件を起こしながら、1991年9月に幸福の科学会員の有志等は講談社に対する抗議としてデモ行進などを全国で行うのである。9月25日には「精神的公害訴訟」として東京地裁に提訴。

 静岡支部長が大川の命令により特殊警備隊へオウム真理教幹部を轢き殺すことを指示。刈谷氏拉致の目撃者であるが警察への報告はしていない。幸福の科学教団を批判している者は、大川隆法の指示により殺人予告を2chで行う始末。 「幸福の科学」の仕打ちを辟易する特殊警備隊実行犯は逮捕されても自己責任を主張し、決して指示をした大川の名前を出さない。

 彼の伝道師であった景山民夫の家が特殊警備隊の放火され、景山が焼死しても奥さんの「誰も最後は守ってくれなかった」との言葉しか発しなかったほどだ。

 それが邪教テロ集団「幸福の科学」の実態を物語っている。 「幸福の科学」の敵は創価学会であり、それを盾をして使う政党は「大伴家持の生まれ変わり」と言われた安倍晋三の所属する自民党だ。

http://shino44.exblog.jp/10498507/

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2. 景山民夫の人生を狂わせた幸福の科学と夫人との出合い

噂の眞相 98年4月特集3 

焼死した景山民夫の人生を狂わせた幸福の科学と夫人との出合いの“不幸”

 
● 突然の怪死事件

直木賞作家、というよりも、近年はむしろ「幸福の科学」信者として知られていた景山民夫が“現世”を去ったのは、1998年1月27日の午前1時半、運びこまれた病院でだった。その数時間前、東京・世田谷にある景山の自宅3階の仕事場から出火し、一酸化炭素中毒を起こしたことが直接の死因だったという・・。

だが、たとえば景山の死を報じたスポーツ紙や夕刊紙が「不審火」「書斎だけ炎上」「通報の夫人は軽症」と匂わせていたように、実をいえば当初、彼の死をめぐってはさまざまな“噂”もささやかれていたのである。

現場を取材した社会部記者がいう。

「現場検証で否定はされたけど、あの事故には未だに腑に落ちない点も多いんです。

近所の住民が爆発音を聞いていたり、あれだけ広い自宅兼事務所の建物のうち、景山さんの仕事場だった3階の書斎だけが天井が抜けるほど燃えていたり…。

さらに通報者であり、すぐ下の階にいた朋子夫人はなぜかほとんど無傷だったり、とね。

そうした点から、自殺説や不審火説が非常に根強いのも事実」


当局側が事故死と判断したのは、朋子夫人の証言や現場検証の結果から薬物の反応、外部からの侵入、自殺などの裏付けがとれなかったからにすぎない。逆にいえば、事故死と断定できる強力な材料もない、というのだ。

とはいえ、たしかに自殺だった可能性は低いように思える。というのも当日、午後11時ごろに「風呂に入る」と3階に上がった景山は、通報を受けたレスキュー隊が救出した際も、パンツ一枚で倒れていたからである。

「景山さんは、自宅に打合せに来る編集者に対してもスーツ姿で迎えるほどダンディ。

その景山さんが仮に自殺するにしても下着姿のままするはずがない」(担当編集者)

また、こういう証言もある。

景山には近々ハワイに住む友人の家に遊びに行く予定があったという。このハワイ行きについて、景山は友人にファックスを送っており、実は部屋に残されたそのファックスの日付が1月26日だったのだ。つまり事故当日なのである。

「ハワイ旅行を訪問先の友人に知らせたその日に自殺する、というのも考えられない話。

これで自殺説は消えた」(前出・担当編集者)


しかし、一方の不審火説はどうか。

実は景山の関係者の中には、現在も不審火説を強く主張する声がけっして少なくはないのだ。たとえば、ある関係者はこう語る。

「火災の原因となったのは、たばこの火の不始末や電気スタンドの過熱で、その火が景山の趣味だったプラモデルの製作に使う塗料などに引火、爆発し、一層火が噴き上がったといわれているが、だとすればやはりおかしい。

景山はたしかにプラモデル作りを趣味にしていたが、一方で非常に凡帳面かつ神経の細かい人間。パンツ一枚でプラモデル作りをしていたうえ、たばこの火の不始末で火事を起こしたとはどうしても思えない・・」


そういえば、景山民夫はあの神戸大震災の直後、大量の食料品や外部と交信するための無線機、さらに4WDの車を購入したり、仕事場の書庫にストッパーを取り付けたりしたように、臆病で用心深い人物として有名だった。

最近では、信仰する幸福の科学が創価学会との対立を激化させたため、車の中にスタンガンを常備していたほどだったという。


「景山さんを知る人間は全員が全員「臆病で用心深く、細かい性格と口をそろえるはず。その彼がたばこの火の不始末で火事を起こすとは考えられない」(景山と旧知の編集者)

あくまでも景山の死は事故ではなく、「不審火」によるもの、というのである。とすると、誰が、何のために・・。


景山と20年に及ぶ友人関係にあった某文化人は、ズバリ、「朋子夫人が怪しい」と臆測する。

「実は景山は最近、幸福の科学総裁である大川隆法と対立していたという話がある。推測だが、そのため幸福の科学を脱会しようとして夫人と衝突し、今回の“事件”につながったんじゃないか。景山の父親は内務省上がりの元エリート警察官僚だったから、警察も穏便に事故死として処理したようだけどね」


たしかに景山と幸福の科学側の関係が最近芳しくなかった、との説もあるにはある。いわく景山は、大川隆法夫人であり教団の実質的支配者といわれる大川きょう子から嫌われ、教団内で孤立していた、と。

だが、たったそれだけで「不審火」と朋子夫人を結びつけるのはあまりにも短絡的だし、穿った見方というものだろう。別の友人は断言する。

「葬儀の時、朋子夫人が『景山クンは夫でると同時に仕事のパートナーであり、父でり、兄であり、弟であり、友達だった』と涙ながらに語っていたように、あの夫婦の仲の良さは業界内でも有名だった。その朋子夫人が怪しいって? あり得ないと思うよ」


だとすれば、景山の突然の死にいったいどんな原囚があったのか。あるいは、その真相は誰にも分からないことなのかもしれない。ただ「景山民夫」を語るうえで、朋子夫人という存在を無視するわけにはいかないことだけは、たしかなのだ。少なくとも80年代半ば以降、景山と朋子夫人こと大津朋子は、常に一体といっていい関係にあったのである。

●景山民夫の私生活

夫婦であり、兄妹、親子、そして友人だったーー。

朋子夫人の言葉の通り、なるほどふたりの関係は事実そうだったかもしれない。なにしろ、いくら彼女が景山の個人事務所の社長の肩書を持ち、秘書役を務めていたとはいえ、ふたりは公私の境などまったくないといっていいほど、常に一緒だったのだ。景山の担当編集者もつとめた出版関係者も呆れ顔でこう語る。

「よくいえば仲のいい夫婦なんでしょうが、悪くいうとちょっと変でしたよ。なにしろ朋子夫人は、それが編集者との打合せだろうが友人との食事だろうが業界関係のパーティーだろうが、毎回毎回必ず景山さんについて来ていましたからね。

ハッキリ言えばうっとうしいくらいに、です。

まあ、宗教やオカルト系以外の話ではわりと黙っていてくれたので害はなかったといえばそうですが…」


そういえば、幸福の科学が講談社に大々的な“抗議符動”を展開したあの騒動の最中、景山と「週刊朝日」で論争した作家・野坂昭如は、当時、こんな感想をもらしていた。

<僕は千人近くの方といわゆる対談をやったけれども、奥さん同伴のお座敷は初めて〉

もちろん、私生活でも同様である。

「景山さんは仕事絡みで食事するのが嫌いだったから、食事もいつも夫婦ふたりで外で食べていた。そのうえ、年に何回もふたりで海外旅行に行ってたし、たぶん1日24時間以上、1カ月のうち28、29日は一緒だったと思います。景山さん本人もよく、男友達と飲むより朋子といるほうが楽しい、なんて臆面もなく言っていましたよ」
(前出・出版関係者)


葬儀で彼女が

<景山、バカヤロー! さみしいじゃねえか!>

と叫んだのも当然だろう。しかし実を言えば、この悲劇で広く知れわたった大津朋子という女性の名は、すでにずっと以前から一部の出版関係者の間では有名でもあったのだ。それも、彼女が景山と知り合い同棲し結婚する、さらに前から・・。ほかでもない、大津朋子はもともと、「村上龍」というまったく別の有名作家の愛人だったからである。文壇関係者が明かす。

「朋子夫人が昔、村上龍の愛人だったというのは本当の話ですよ。朋子夫人と村上は同じ九州・佐世保出身の同級生で、彼女は村上が高校時代に憧れていた女性だったんです」

村上龍の自伝的小説『69(シックスティナイン)』に「主人公である野暮ったい田舎者の高校生=村上が憧れる、周辺の高校でも評判の美人女子高生が登場する。在りし日の大津朋子、つまりこれが朋子夫人なのである。

卒業後ふたりは、再会する。村上龍はすでに有名作家でこの小説『69』が刊行される前のことだ。別の文壇関係者が語る。

「村上にとっては昔憧れていた女だし、大津朋子も故郷の同級生が有名作家になっていたのだから、たぶん互いに渡りに船だったんだろうね。すぐに男女の関係になったらしい」


当時、村上龍が深夜の赤坂プリンスホテルに大津朋子をひんぱんに呼び出しては、彼女も喜々としてタクシーでかけつける、というシーンが何度もくり返されていたという。が、こうした関係もそう長くは続かなかった。彼女が愛人という自分の「地位」に疲れたためなのか、ふたりの関係は、しだいにドロドロの修羅場と化していったのだ。

「いつまでたっても夫人と別れないために朋子さんが業を煮やし、度々奥さんのいる村上の家に突然押しかけたりして大騒動になったんです。村上は弱りきっていたけど、彼女にしてみれば作家夫人になれるかどうかの瀬戸際だからね」(前出・文壇関係者)


大津朋子には、良くも悪くも昔からこうした“志向”があったという。事実、例の村上の『69』の中で彼女は、スター性があり目立つ男子生徒にまとわりつく、グルーピー気質の女性として描かれてもいるのである。そして修羅場を重ねたすえ、ついに村上を見切った彼女が次に目をつけたのが、当時、放送作家、テレビ文化人としてひと際目立つ活躍をしていた景山民夫の将来性だった。今から15年ほど前、83年ごろのことである。


 
●朋子夫人との出会いと入信


景山民夫に大津朋子を紹介したのは、景山とは中学が同じで幼なじみだった元「ブルータス」の編集者、小黒一三だったという。もともと景山民夫には、大学時代に知り合い、24歳で結婚して3人の子どもをつくった妻がいた。しかし結婚生活はわずか6年で破綻。さらに3年の別居を経た後、80年に正式に離婚するのだ。

「離婚の原因は、身も蓋もなくいってしまえば“性格の不一致”ということらしいんですが、やっぱり重症の心身障害でずっと寝たきりだった長女の問題も大きかったらしい。長女をめぐり、夫婦の間で喧嘩や軋轢が絶えなかったようですから」(景山の友人の一人)


離婚し、家を出た景山がこの時、ギターと身の回りの服だけ持って次に暮らし始めた相手が小黒一三だった。景山はその小黒に大津朋子を紹介されると、彼女に夢中になっていったという。同時に小黒との“同居”も解消した。前出の元担当編集者が言う。

「おそらく小黒さんは、朋子夫人から景山を紹介しろと頼まれたのと、彼女を村上龍から遠ざける意味でふたりを会わせたんでしょうけど、まんまとハマりましたね。

景山さんは、小黒さんとふたりで暮らしていた時は“やっぱり男は独身でいたほうがいい”とか言っていたくせに、朋子夫人に会った瞬間、“あ、コイツだ!”ってすぐピーンときたらしい。ホント軽いよあの人は(笑)。

その後、景山さんは仕事場に寝泊まりし、そこに朋子夫人がひんぱんに出入りするようになった」


実際、大津朋子に当初どんな“思惑”があったにせよ、景山が先にメロメロになったのは間違いないだろう。当時、景山はさまざまな場所に彼女を連れて歩き、「僕の愛人です」とうれしそうに紹介して回ったという。

「やがて、朋子夫人の言を借りれば、“彼が一緒に暮らしたい、と駄々っ子のように言うので“同棲を始めるんです。それがたしか83年で、それから3年後、86年ごろに正式に籍を入れたはずです」(同・元担当編集者)


朋子夫人はこの時、たんに念願の妻の座のみならず、同時に事務所の実権も手中におさめているのである。元担当編集者が続ける。

「景山と朋子夫人がつき合いはじめた時、景山の事務所には女性マネージャーがちゃんといたんです。

ところが、景山が朋子夫人と同棲し始めると、朋子夫人はしだいに事務所の業務に深くかかわってくるようになり、結婚と同じころ、ついには作家とテレビ関係の業務を一本化した新事務所を設立させ、社長にまでおさまってしまった。

むしろ、作家の秘書から、妻の座を手に入れたわけです」


ふたりの結婚は、式も披露宴も行わず、ただ婚姻届を区役所に出しただけだった。なぜ、彼らは身内や友人を集めたバーティーていどのこともしなかったのか。ひとつは朋子夫人の家族が結婚に反対していたため、ともいわれる。それがどういう理由、経緯からかは分からないが、事実、景山の葬儀に朋子夫人側の親族の姿はいっさいなかった。


そしてもうひとつ理由があったとすれば、おそらく景山の家族、それも別れた妻や離れて暮らす長男と次女、さらに心身障害を患っていた長女を思ってのことだろう。景山が親しい友人に朋子夫人との入籍を正式に伝えたのは、心身障害で生涯寝たきりだった長女が90年に享年18で亡くなったその翌日だった、といわれているのだ。当時「宝島」で連載していたコラムだけに、景山はこう書き残している。

<娘が死んだ。俺の娘だ。長女だった。十八年間、生まれたときからずっと、べッドから自分の力で起き上がることも出来ずにいて、それで一昨日死んじまった。(略)

すくなくとも自分の足で歩けて、自分のロでしゃべれて、自分の手を使って飯が食えることを幸せだと思ってほしい。頼むから思ってくれ>


つまり、この悲痛な文章を書いた前日に、彼は朋子夫人との入籍を明らかにしたのだ。そこにどういう意味があったのか。彼のいない現在となっては知るすべはない。だが、ひょっとしたらこの出来事と「幸福の科学」という新興宗教団体への入信は、やはり何らかの関連があったのでは、とも思えるのだ。

●なぜ宗教に走ったのか


彼はなぜ、幸福の科学を選んだのか。

景山民夫は、間違いなくかつてのオカルトムーブメントの担い手のひとりだった。超脳力、UFO、霊魂、ネッシー、そしてノストラダムス……。エッセイはもちろん、さまざまなメディアを通じて、UFOとの遭遇や霊との交信などの「神秘体験」を喜々として語り、あるいはニューギアまで「ミゴー」という怪獣を探しに行ったりもした。とすると、件の教団への入信は、よくいるオカルト好きがそのまま新興宗教にハマっていくというパターンの、その延長線上にすぎないものだったのだろうか。が、景山は、生前

「もともと霊体質は強いし神秘体験もあったが、それとは違う」

と否定している。

「環境破壊問題や反原発への、景山らしくない一時期のヒステリックな入れ込み方も、たとえば講談社に対するデモを予感させるものがありましたよ。広瀬隆の『危険な話』を盲信するあまり、『危険な話』を知り合いに片っ端から送りつけオルグするという彼の手法は幸福の科学のやり方と通じる。

幸福の科学に入信してからは、朋子夫人が景山の友人知人に大川隆法の著作を山ほど送りつけていましたからね。実際、景山夫妻のオルグで本当に入信してしまったマスコミ関係者は少なくとも数人はいるはず」
(旧知の出版関係者)


知られているように、幸福の科学に入信したのは彼の妻、朋子夫人が先だった。発端は、景山が小説のために大本教の出口王仁三郎について調べているうちにまず、大川隆法の『出ロ王仁三郎霊示集』を資料として読み、そして同じころ、知人から大川の著作を何冊かもらい読んだことだったという。

「夫婦で大川の本を読んでいたら、まず朋子夫人が信じるようになった。でもそのころは景山も朋子夫人をからかっていたらしいけどね。ところが毎日朋子夫人から本を読まされ信仰を薦められるうち、だんだん景山自身もハマリ始めてしまったらしい」


それなら朋子夫人に洗練されたという説が正しいのか。それともやはり、長女の死に対する心め救いを求めての信仰だったのか。景山は、雑誌にこう語っている。

<別に女房に誘いこまれたわけでも、娘のことがきっかけになったわけでもない。死んだ娘とは、今はもういつでも話ができますから>


だが、これはもちろん景山の「勘違い」だろう。娘の霊と交信している、と思いこむことで、彼は癒されているにすぎないのだ。おそらくは、景山の幸福の科学入信に対するこうしたさまざまな見方は、彼が否定しようともすべてが間違っているわけではない。景山はたぶん、疲れ切っていたのである。彼はその内幕をほとんど語っていないが、最初の妻との離婚劇は、長女をめぐる長年の争いに加え、調停に1年半を費やしたドロドロのものだったという。結果、慰謝料・養育費を合わせて総額1億円あまり。景山の月収が50方ほどなのに、月々の支払いは35万円にものぼった。古くからの友人もこう明かす。

「景山は当時、心身ともに疲れ切っていたのに、そのうえ貧乏だった。

深夜のテレビに多少出ていたりはしてたけど、ちょうどテレビから作家にシフトしつつあった時期で、『タモリ優楽部』を降板したりと金になる仕事はほとんどない状態だった。そうした離婚劇の余韻を引きずりつつ朋子夫人と同棲、結婚したところに、今度は長女の死です・・。宗教に走っても不思議じゃありませんよ」


景山がマルチ人間のはしりとして時代と寄り添ってきた根幹に、60年代終わりから70年代にかけてのアメリカを放浪した体験がある。この時触れたヒッピーのコミューンは、人と深く付き合うことができない彼にとって、おそらく魅力的なものだっただろう。ひょっとすると景山は、幸福の科学という「コミューン」で仲間をつくり、大川隆法という絶対的な神を仰ぐことで癒され、解放されたかったのかもしれない。しかも、もともとその素養は十分にあったのである。


しかし、信仰したものが、幸福の科学という宗教だったことは彼にとって不幸だった。ただ、少なくとも景山民夫は、この教団のいう現世に積んだ善根が来世の高い次元霊につながり、生まれ変わったらいい暮らしができる、という差別的な戯言を信じていた。しかし、景山がこの世からいなくなった時、その景山をインチキ宗教にひきずりこんだ夫人にはやはりこういわざるをえなかったのである。

「ばかやろう」とーー。
http://www.asyura2.com/09/bun2/msg/211.html
 

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01. 2012年4月29日 21:52:29 : MiKEdq2F3Q


噂の眞相 91年12月号特集1 「幸福の科学に走った直木賞作家・景山民夫の“人間研究”」

● 会長・景山民夫の闘い

1991年10月も後半に入った現在、「幸福の科学」と講談社「フライデー」との間に起こったゴタゴタは、講談社側の仮処分申請が却下される一方で大川隆法自身がインタビューに応じて言いたい放題のことを喋ったため、その平和的解決は一層難しくなっている。更には宮沢喜一と宮沢りえのどうでもいいような話題に世間の関心が集中してしまい、世紀末宗教とゴシップ・ジャーナリズムとの確執が生んだ波紋はこのまま忘れてしまうという、日本の軽薄な問題意識のパターンを踏襲しかねない雰囲気すらある。

しかしここにおいて、まさに体を張り自ら道化役を買って出て、この問題に関わり続ける男がいる。直木賞作家で「幸福の科学」正会員、そして「フライデー全国被害者の会」会長である景山民夫その人だ。

九月の最終金曜日に放映された「朝まで生テレビ」をはじめ「幸福の科学」を取り上げるマス・メディアにはいわばスポークスマンとして登場し、「フライデー」が如何に愚かしい行為をしているのか、そして大川隆法の教えが何故スバラシイかを熱弁する。話題を集めた「週刊朝日」誌上での野坂昭如との対談では途中で泣き出してしまうという演出もやってのけ、その後先顧みない反「フライデー」姿勢は単なる伊達や酔狂の類ではない凄まじさを持つものとなっている。

新興宗教に入れ込み、得体の知れない教祖のために「自分の命も惜しくない」とさえ公言するその熱狂ぶりに、以前の景山の著書や発言に触れ、まがりなりにも共感を感じていた者の中には狼狽を隠せないケースが多い。「何でまたあんなインチキ臭い宗教にはまったのか。才能もあったのだしもったいない」といった感想がその代表である。

その一方、「多かれ少なかれ、景山にはソノ気があった。軽い奴という意味では納得できる」と見るむきもいるのである。一部では「才能を惜しむ声が多いが、もともと景山はそんな大層な作家であったのか」という意見もあった。「フライデー」に対する半ばテロじみた行為の是非にしろ、「幸福の科学」という宗教団体の意味にしろ、それが景山の世間一般の評価とどのようにつながるのかがこの“渦中の人”をめぐる問題であるのは間違いないだろう。

「実際、景山というのは便利な『使える奴』だったんです。テレビの構成作家出身だからマスコミの裏の仕組みに精通していたし、人脈も豊富。それに加えて外国の事情にも詳しい。更には社会問題にもかなり辛辣な発言ができるような批判精神を持っていても、笑いはキチンと取る。若い奴にも受けが良いし、いわばマルチ人間の代表的なパターンを体現していたのが彼の存在価値だった」(雑誌関係者)

この見方に「景山は才能があったのにもったいない」という発言をする旨の、すべてが集約しているように思える。その場その場で常にスタンスが変えられ、野坂にして「今の十代の気分を確実に把握している」とまで言わしめた流行作家にとっては、「幸福の科学」という新しい看板は警戒心を呼び起こすだけのものであったようだ。これは景山の持っているキャラクターが曽野綾子や瀬戸内寂聴とは大違いであるというただそれだけの話であるかも知れない。

既成の大宗教に帰依する作家にはなにがしかの美徳があり、新興宗教に入れあげる大衆作家には問題があるというのは偏見である。しかし「私が会長です」と見栄を切り、その作家生命を賭けて大手出版社に闘いを挑むというその姿勢には、目的や手段への共感はなくとも、多くの文化人が抱えざるをえないような切実な状況は見て取れる。景山は一体何に苛立ち、なぜその解決策を宗教による救いに見いだしたのであろうか。

 
●景山入信の動機とは何か

「幸福の科学」という宗教が、景山にとってどのような意味を持つか。景山がオカルトブームの一端を担っていたことは、例えばオランダの超能力者クロワゼットのテレビをはじめよく知られていることである。いわゆる眉つばモノに対してかなり造詣が深かったはずなのだが、それならば明らかな事実誤認や曲 解が横行する大川の著作に対して何故信心を持つのだろうか。信仰とは個人の自由であるのだから、その理由を問いただすのはたんなるおせっかいに過ぎないのだけれども、興味は尽きない。

景山はインタビューの中で、小説「ボルネオ・ホテル」(講談社刊、文字どおりの“呪われた本”となってしまった)を執筆中、幽霊が現れて困った、そこを大川隆法の本に救われた、などと述べているが、それを鵜呑みにしていいのかは何とも判断できない。ただ景山は幽霊その他の超常現象を否定はせず、ありのまま受け入れる感性の持ち主である、という程度のことはいっても差し障りないであろう。景山が「幸福の科学」にはじめて接触したのは昨年の秋、「太陽の法」を手にした時だという。そこに書かれていたものとは何か。

本人曰く「今まで自分が十年間模索し続けてきたものがすべて書いてあった。自分の価値の対象が書いてあった。こうなると今まで模索していた自分が馬鹿みたいだ。簡単じゃないか。神だ」

この「太陽の法」を景山に薦めたのは、現景山夫人であり所属するアンクル・プロダクション社長の大津朋子だとされている。

大津は一九五一年生まれ。八六年に景山と結婚した。以前からマネージャーとして景山と行動を共にしており、かつて杏林大学の医学部に勤務していたのが、景山のマネージメントを始めて一年で「会社と妻の座を乗っ取った」。そして興味深いことに、景山に彼女を紹介したのが、かの村上龍だという説がある。

大津と村上は高校時代の同級生で、村上の自伝的作品「69」に登場する野暮ったい田舎者の高校生(=村上龍)の憧れの人とは、景山夫人がモデルなのだそうだ。小説中で彼女ははねっ返りや目立つ男にまとわりつく、いわゆるグルーピー気質の女性であるが、それが放送作家として頂点をきわめていたころの景山のマネージャーだとはよく出来た話だ。


景山夫婦の仲のよさというのは有名であって、

「男友達と飲み歩くなんて興味ない。朋子といるほうがずっと楽しい」

と女性誌で臆面もなく言い放つほどだ。それはそれで結構だが、仕事や打ち合わせにも妻が同伴することが多く、(野坂の場合も特別ではなかったのだ)場合によっては妻のみが現れ、話を進めてしまう。これに面食らった編集者も多い。

「彼らはプロダクション方式で仕事をしているから、当然と言えば当然の話なのでしょう。日本では書き手が一人ですべてを進行するから異常な感じを受けるのでしょうが、アメリカでは著名な作家には皆エージェンシーがついています。景山クラスの作家ならそれくらい当たり前でしょう。もっとも日本の場合、著名な作家の秘書といえば、即、愛人の事なんですが。そこから妻の座を手に入れるなんて、やっぱりやり手なんじゃないですか」

一説によれば「景山を前の妻から寝取った」とまで言われているが、その前妻との間に生まれている小児マヒの長女を、景山は昨年亡くしている。この事は「宝島」連載のコラムでのみ触れられたことで、芸能リポーターこそ詰めかけなかったが、景山にとってはやり切れない出来事であり、これが「幸福の科学」に接近した原因のひとつと言われているのは先号の本誌でも報告されていた通りだろう。

その他、景山の実兄が大川に豪邸をリースしている金融会社アイチの元東京支社長であるなど、景山と「幸福の科学」との結び付きを取り沙汰する要素は多い。しかし景山の作品や言動を振り返るとき、その精神的な空虚感が無視できないことがわかるのである。

 
●景山民夫の明と暗

景山は団塊の世代である。一九四七年に東京に生まれ、父親が警察官僚であったり、親戚に有力筋の者が多い育ちのよさが、景山のウリのひとつとなっている。景山が小説やエッセイで描き出す自分のための神話は、過去に幸福な時間をみつけにいくというイノセンスで多くの読者を獲得した。

例えばアメリカ文化の影響を多分に受けた世代として、自らのアイデンティティをサブカルチャーに拠るところも、この世代特有のノスタルジーの表われだ(景山自身がブームの火付け人を自称したものの一つに、廃盤コレクションがあることにも顕著に表われる)。特にテレビに対する思い入れに代表されるようなもの、アメリカから輸入されてきた新しい文化の「まだ可能性に満ち満ちていた時代」を愛していた。そのため、景山は自分がテレビ局で働くようになってから、自分の過去にあった希望としてのテレビと現実の手抜きと妥協だけで成立している“業界”との落差に失望し、そして怒るのであった。

「クイズダービー」や「タモリ倶楽部」の成功と同時に、景山を過激な放送作家として有名にした「宝島」連載の辛口テレビ批評はご存じの方も多いであろう。このコラムに限らず、景山は時代と文化にまつわる無自覚な態度に感情を逆撫でされるタイプであり、特に自分の熱心な読者層に属する頭の悪い若者連中に対しては“小言幸兵衛”をきめこんでみせる。

景山に対する先の評価の指すものとは、こうした自分の過去に基準をおいた断定がはからずも批評性を持ってしまった時代があってのことだったのだ。景山の人生の中で大きな割合を占めるのが、一九六〇年代の終わりにアメリカに渡り、当時のフラワーズ・ムーブメントに接触したことである。

景山が硬骨漢といわれる所以である社会批判的(エコロジーや反原発といった)発言に大きく影響している。ベトナム戦争の終結と共にこれら時流としてのカウンター・カルチャーは衰退していく。少なくとも全共闘運動に参加せず、アメリカで反抗する文化の終わりを見ていた者にとって、今回の「フライデー」反対運動にはそれまでと違ったまったく新しい意味合いがあるだろうことは想像に難くない。それだけ景山は“時代の波”に裏切られてきたのだった。

広瀬隆の「危険な話」に始まる一連の原発論争の際、反原発への景山の入れ込み様は今回のデモを予期させるものであった。「危険な話」を知り合いに送りつけてオルグする方法は、そのまま「幸福の科学」に通じるやり方である。しかし景山も当時知人のAから広瀬の本を送られ、そこでアテられてしまったのが真相だそうだ。「今、本当に危ない状況の中で我々は暮らしているのだ。特に子供達にとって、その未来は無いと同様だ」という 広瀬の主張と、ノストラダムスを持ち出してきて「人類滅亡」をほのめかす大川隆法のやり口は景山にとっては同じ“心を奪われた”メッセージだったのだろう(今年の春、景山はノストラダムス講論家を自称してテレビ番組に「太陽の法」を持って現われた。この時点では景山自ら「幸福の科学」会員を自認して いる一つのパフォーマンスとして捉えられる)。

問題意識を過剰に抱えている人物ほど、このようなアジテーションには弱いのだ。ブームとしての原発論争は一夏で過ぎ去ってしまったが、景山は執拗に原発にこだわった。一九八八年に「遠い海から来たCOO」により直木賞受賞。そのころから更に問題を広げ、環境破壊問題にまで取り組み始めたのだが、その文明に対する警告は、エコロジーが企業のイメージ・アップにしか使われないような時代では、単なる直木賞作家のオシャレなエッセイとしてしか受け取られなかったようだ。NHKでも「地球ファミリー」ホスト役をちょっとしたゴタゴタから降りた景山は、その後ライヤル・ワトソンなど著名な科学者との交際をかなりあけっぴろげに公開したが、それもメディアにとっては単なる(使える)リポーター以上の役割ははたしていなかった。

時代と寝ることで成功した男は、その束縛から抜け出ることは容易ではなかった。反「フライデー」を声高に叫びデモ行進をしている時、景山の内部にあるであろうリアリティと充足感を考えると、ポスト・モダン以降における体制批判の論陣が、一様に弱体化してしまったこともまた頷けるのである。


 
●一水会での右翼との対話

九月一七日、高田馬場において一水会主催のセミナーで景山は「飽食時代の宗教と若者」と題した講演を行った。ホテルの会議室は満員状態で、宿敵「フライデー」の編集部員も数名参加していた。一水会の鈴木邦男は、長崎市長狙撃事件や湾岸戦争におけるイラクの立場などと同様、過剰報道に圧殺された少数派の論旨を汲み取っていく作業を通して現体制を撃つ視点から、今回の「幸福の科学」問題を考えたいと発言する。

そして景山も「電車賃程度の報酬で」快く承知したという。当日、愛妻同伴でやってきたことは言うまでもない。景山はこう話した。〈前回の横浜アリーナで自分が「正義」という言葉を発すると、マスコミは一斉に反発した。これはマスコミ自身が正義について何も考えていない、正義を持っていない証拠ではないか。このような運動は信念あってこそ出来ること。しかし自分の信念を持つことがおかしいという風潮になってきている。これは高度経済成長以降、自分の価値観を持つような世の中ではなかったからだ。今、次のような理由から宗教に救いを求めているのだ。それは経済論理優先の唯物主義にあらず、心の問題だ〉。景山お得意の世代・文明批判であり、信仰の裏側にある現社会へのルサンチマンでもあるように思える。

〈日本の社会基盤は「調和」にある。その精神は例えば神棚にあった。それを見失ったのが、いま見つかった。かつて安保の際、自分は機動隊の恐ろしさを知っていたから、勝てない勝負はしなかった。しかし今回は違う。バックに神がついているからだ〉。

講演の後、参加者との質疑応答となる。関心は必然的に「幸福の科学」の宗教性、そして講談社に対する抗議の方法に集まった。紙幅の関係上、ここで展開された議論のすべてを紹介することはできないが、特に面白かったものを幾つか要約して挙げてみる。

大川隆法は精神分裂症か。景山は大川の高級霊との交信能力をコリン・ウィルソンの「来世体験」から引いてきて、「霊体質とは分裂症でもある」とした。しかしそのような言葉を誹謗中傷に使う「フライデー」は許せない、と語る。鈴木が「分裂症といわれるのはそれだけ世界のことを考えているということだから名誉なのではないか。運営資金や初期の会員であった女性の発言などがあるから、取り敢えずはノイローゼという言葉に反応したのではないか」と突っ込むと、「大川を中傷するのは、自ら精霊とのつながりを断ち切る自堕落な行為だから」と答える。また霊言集の内容がそれぞれ違うのは、「幸福の科学」は自力宗教だからその中から自分の解釈によって神を見つけるからだそうだ。

他の宗教の教祖が地獄に堕ちた、などというが、何故彼らを救わないのか。これに対しては、反省と感謝の気持ちがなくては救われないという。景山自身、有名人を二人ほどチャネリングを使って地獄から救い出したそうだ。本当は「幸福の科学」では勝手にそんな事をしてはいけないそうで、ここだけの話だったのだが、それが真実か否か以上に、景山が地獄から救った有名人が誰なのか知りたい。

何故、命を張って闘うとまで公言するのにテロルを行わないのか。中央公論社(巣鴨事件)の前例もあり、「フライデー」廃刊キャンペーンよりテロルの方が効果はあるのではないか? この困ってしまう問いに対して景山は「我々はあくまで『反省』を説いている。もしテロを決行したとしても『サタデー』という雑誌が出てきては話にならない」と答える。「我々の抗議運動を講談社がうるさがるのは、病気のとき注射をうたれて痛がるようなもの」なのだそうだ。

昭和天皇は霊界でどうしているのか。明治、昭和の両天皇は、天照大神より少し下にいる。そこは大川によれば天皇界とでもいうところであって、我々の如き平民や外国人には行けない世界だそうで、大正天皇は先の二人より下のところにいると思う。こう景山が話すと客席から「何てこと言うのだ」と非難の声が上がり、「すみません。取り消させて下さい」と素早く“反省”する一幕もあった。
後半は、大川自身が信仰対象であるのか、それに対する冒涜に立ち上がったのは信者の意志かといった議論があり、半ば混乱状態のうちに討論は終わった。客席の中にいた「幸福の科学」会員が景山に批判的態度を取っていた参加者の一人に向かい「右翼だって天皇を馬鹿にされれば刺すだろう」と話しかけていた。


 
●宗教家に正義はあるか

これまで追ってきた景山民夫の宗教家としての行動には異議を申し立てる筋合いは無い。信仰の自由は誰も犯すことがあってはならないのが、現時点におけるこの社会の約束事だからだ。そして景山がそのような煮え切らない社会構造に苛立ち、「こころの時代」の勝利のためにドン・キホーテの役割でも甘んじて受ける(もっとも本人はそれほど抵抗感があるとは思えないが)という態度はやはりラジカルだ。

問題は景山が信仰している対象が必要以上に世間の反感を買っているだけのことなのだが、それは大川の標榜するところの正義が片手落ちであることを知っているということだ。その上での戦略は如何に?かつて三浦和義のパロディを「おれたちひょうきん族」で披露していた景山が、いまや内田裕也の新作映画でセルフ・パロディを演じている。時代は確かに変わりつつある。景山は一水会での講演でこう発言した。

「私達『幸福の科学』は損をしている。もし『フライデー』とイザコザを起こしていなければ、年内に会員は五百万を突破したでしょう。それでも損を承知でやらなくてはいけないことがあるんです」景山が引用したコリン・ウィルソンの「宗教と反抗人」の言葉を借りるならば、新しい宗教を作り出そうとしても、そこに残るのは徒労だけだ。この言葉を景山は知っているだろうか。
http://www.asyura2.com/09/bun2/msg/210.html


「それでも私は信じる」景山民夫=サンデー毎日1991/09/29

 告訴合戦で泥沼化の様相を見せる「講談社」VS.「幸福の科学」戦争。直木賞作家の景山民夫氏(44)がデモの先頭でこぶしを振り上げるに至っては、これは本気か乱心か?

 氏自らが、「幸福の科学」の神秘を語った。

 ───「幸福の科学」に入る前に、宗教的な活動をしていたことはあるんですか。

 景山 全然ないですね。家は神道だったけど、活動というレベルのことは何もなかった。ただ、神棚の榊(さかき)やお神酒(みき)代わりの水を換えるとか、その程度ですよ。それとあとは、幼稚園と小学校三年まではカトリックの学校に行ってましたから、宗教の授業を週に二回と、日曜日のミサには出てましたね。


 ───その信仰心の薄かった景山さんが、「幸福の科学」に入会したのはなぜですか。

 景山 きっかけは、去年の八月、ホラー小説を書いているときでした。アイデアに煮詰まっていたら、次々と不思議な現象が起こったんです。ワープロの漢字変換がグチャグチャになって、字が出てこなくなったり、ボールペンの先が、書いている途中で突然飛んでしまったり……。


 ───ポルターガイスト(モノが触りもしないのに動いてしまうような心霊現象)ですか。

 景山 それに近いものでしたね。とにかくラップ現象(モノが突然、音を発する心霊現象)なんか、もうバンバン起きてた。いま考えれば、おれが悪かったんだけどね。


 ───どういうことですか。

 景山 つまり、ホラー小説なんか書いてると、自分が悪霊の心理になってくるんだよね。例えば、以前、日本テレビでやってた「11PM」の台本書いてるときは、「ウッシッシ」とか、(大橋)巨泉さんのモノマネしながら書いてるわけ。そうやって自分と描こうとする対象を同一化させながら書く。で、そのときは悪霊に心の波動を合わせた。すると、向こうがホイホイと寄って来るわけ、悪霊が。それが原因だったんだよね。


 ───そのときに、大川隆法氏の著作に出会ったわけですか。

 景山 そう。友人が『太陽の法』(大川氏の著作のひとつ)をくれたんだ。その中に「八正道」という仏教の教えが説かれていた。それを読んで、この現象は、自分の心が乱れているから起こるんだ、ということがわかった。それ以来、現象は徐々に収まっていきました。
 以前は、何年も前に自分が犯した罪というか、恥ずべきことだと思っていたことを急に思い出して、夜中に飛び起きることがよくあったんだけど、それもなくなりましたね。


 ───さまざまな宗教の中で、「幸福の科学」に特別な魅力があったわけですね。

 景山 もともとぼくの中には四つの問題があったんですが、大川先生の著作にはその答えが出ていました。


 ───四つの問題とは?

 景山 ひとつは、宇宙のバランスをとっているエネルギーがいったい何なのかということ。つまり、膨張し続けるこの宇宙にあって、例えば地球と太陽の距離を一定に保ち続けるバランスですね。そこには一種のエネルギーが必要なわけで、それが何なのか。二つめは、我々が日常を過ごす自然の調和がどうして保たれているのかということですね。ぼくの散歩道にあるもみじが、どうして毎年同じ時期に同じ過程を経て新芽を生長させるのか。

 三つめは自分自身の心の問題。ぼくは、「11PM」の台本を書いているころからそうだったんだけど、仕事は絶対に妥協しなかった。この、自分を律する向上心の源は何なのか。そして最後は、来たるべき二十一世紀という精神の時代に対して何ができるか。産業革命以来激しくなった地球の環境破壊を、どう食い止めるかということです。


 ───その答えが「幸福の科学」にあったと。

 景山 時間がないので細かい説明は省きますが、ひとことで言えば、宇宙にはすべてのエネルギー、バランスを司る神の意思が働いているということです。その神の心が具体的な形をもって現れたのが大川隆法先生、つまり"エル・カンターレ"なんです。

 ───本を読んで、すぐにその考えを納得し、信じたわけですか。

 景山 いや、そうはいかない。たとえば、地上に人類が誕生したのは、三億数千年前にほかの星から来たのだといわれても、すぐには信じられませんよ。それが本当ならなぜ化石が出て来ないのか、とすぐに疑問が出てくる。そこで、その疑問に答える思想、考え方というものを探して勉強するわけです。
今の話でいえば、ダーウィンの進化論を批判している学者を探す。そういう思想体系は必ずありますね。


 ───では、今年二月の入会時には理論を納得してから入会されたわけですね。

 景山 すべてではないですけど、そういう勉強を半年しましたからね。ほとんどの論理的整合性は得られました。

 ───入会はどのような手続きで?

 景山 通常の手続きです。入会願書に小論文を添えて提出しました。小論文といっても四百字ぐらいで、内容は「なぜ申し込みをしたか」というようなものです。これで、どれぐらい大川先生の著書を読み込んでいるかがはかられる。内容が悪いと三ヵ月とか六ヵ月とか期間を区切って、もうすこし勉強しなさいという「待機」の扱いになるんですけど、ばくは幸い今年三月三十日付で受理されました。

 ───それから半年もせずにこの騒動に巻き込まれて、心の安定は逆に乱されたのでは?

 景山 人の見方によっては、ぼくは狂っちゃったんだという人もいるでしょうけど、そんなことはない。今回のことだって本当に不動の心を持っていなければできませんよ。私利私欲からいえば、作家が自ら出版社と手を切るなんて、こんなバカげた話はない。向こうは業界最大手、こっちはオマンマの食い上げですからね。心は安定してますし、さらに強くもなりましたよ。

 ───ところで、「これからあらゆる不幸が世界を覆う中で、日本だけが繁栄する」という大川氏の予言には、選民思想が背景としてあるという批判があります。

 景山 日本人が選ばれた民だというのは、戦中の国家神道に通じる。それはまったくありません。古代ギリシャが栄えたのは、そのとき神がギリシャを祝福したからだし、一九二〇年代からのアメリカの繁栄もそうです。それがたまたま今度は日本になるということですよ。それはエル・カンターレ(教義によると、大川氏のことを指す)が決めることです。

 ───どうやって選ぶのですか。

 景山 それはもう、我々が生まれるずっと前から決まってることなんです。私たちだって、日本に生まれることはずっと前から決められてる。この時代に日本が繁栄するのは、あちらの世界では当たり前のことですから、この世に生まれてくる人にとって、日本はこの時期、大変な人気なんです。エル・カンターレのもとに「日本に生まれたい」という"願書"が殺到している。


 ───では、景山さんも願書を出されたと。

 景山 もちろん。そこではもう、筆で何かを表現する職業につくということまで決まっているんです。

 ───その職業が決められていた景山さんは、今度は「フライデー全国被害者の会」会長になりました。抗議については「電話、ファクス攻勢はやり過ぎ」「ペンにはペンで答えるべき」などさまざまな批判があります。

 景山 ぼくは、誰からの指示でもなく、自分の判断で会長になった。活動に対してさまざまな反応は当然あるでしょうが、無力な市民が心を傷つけられたとき、ああするよりほかに手段はなかったと思う。それに何より問題なのは、彼らが信仰心というものをまったく理解していないということなんです!

 ───これからも抗議は続けますか。

 景山 もちろん、社長退陣まで徹底的に戦います。
http://spiruna.blog89.fc2.com/blog-entry-425.html

838 :可愛い奥様[sage]:2009/04/22(水) 13:17:10 ID:fs8FZxqN0

村上龍の小説で妻ブキ主演で映画化された『69』に登場する学校一の美少女だが性格は派手な子のモデルは、景山民夫の2番目の妻。

この景山の2番目の妻は、高校時代はチビで見た目も悪く学校でも非主流派で成績もトップクラスでなかった村上をスルー。 彼女は男を値踏みする子なので、格好が良くて目立つ男の子しか相手にしなかった。

この人はのち上京して、都内の北里大?に事務・教授秘書として勤務していたそうな。(金持ちの医師狙い??)

なおこの景山の2番目の妻は上昇志向が強く、裕福な有名人に弱いタイプのようで、昔は無視していたのに時代の寵児になった村上に近づき愛人になった。(実は村上は高校時代に、美しく華やかな彼女に憧れていた)

しかし彼女は愛人の地位に満足せず、村上と結婚したいと迫り、村上家に乗り込み修羅場になったこともある。 この泥沼不倫後に2人は別れた。


村上は病的な女好きで、これ以降も高岡早紀や自分がメガホンを取った映画の主演女優(売れなかった)を食いちらかすなど、下半身のだらしのなさに定評があるが、息子が可愛いので絶対離婚はしない主義なんだよね。

でもなぜか景山が村上に捨てられた野心的な美女(猛女?)に一目ぼれして結婚 し、のち2人で幸福の科学に入信。 これはなぜか景山の最初の妻との間の娘が、重度の知障・身障で20歳前で死亡したことがきっかけらしい。 だがその甲斐もなく、景山は自宅で焼死。

この2番目の妻は告別式で「(私を残して死んだ)景山の馬鹿野郎」と大絶叫。 ワイドショーでもオンエアしてたけど、その場にいた会葬者もきっと全員ドンビキ してたとオモ。


852 : 可愛い奥様: 2009/04/22(水) 15:16:29 ID:iwEBTVXz0 [1/1回発言]
>>838
「馬鹿野郎 寂しいじゃないか」と言ってたとオモ。
私は知らないけど元ネタが何かあるんでしょ?

奥さんの事は知らないけどその場面見て女優さんだと思ったんだけど
後に一般人と知り驚いた記憶がある。

854 : 可愛い奥様: 2009/04/22(水) 15:26:09 ID:fs8FZxqN0 [7/13回発言]
>>852
あぁ、そういう台詞だった。ごめんなさい。
それにしても、なんか芝居がかっているよね。


870 : 可愛い奥様: 2009/04/22(水) 18:13:12 ID:fs8FZxqN0 [10/13回発言]
>>852
景山民夫の小説「トラブルバスターズ」かエッセーに出てくる台詞らしい。

839 : 可愛い奥様: 2009/04/22(水) 13:25:55 ID:fyVdCLWRO [4/7回発言]
>>838
確かにお茶の間から見たら寒かったけど、あれは全共闘世代のアジテーションてやつかと。

件の奥様とは何度かお会いする機会がありましたが、景山氏を亡くした痛手からなかなか立ち直れずにいるよう
で、とてもお気の毒でしたよ。


841 : 可愛い奥様: 2009/04/22(水) 13:41:59 ID:fs8FZxqN0 [3/13回発言]
>>839
佐世保の田舎娘が、有名で金のある男を捕まえて成城?の豪邸に住んで、毎年海外の最高級ホテルに泊まり歩き、日本でもブランド品買いまくって、高級レストランで外食三昧の日々を送れていたのに、突然の急死だもんな。

そりゃ愛も金も与えてくれた男が死ねば、どんな強気の人でもふさぎ込むよ。

883 : 可愛い奥様: 2009/04/22(水) 20:50:24 ID:qHyw/hCW0 [1/1回発言]
>>838

ドラゴン(龍)がその人を連れてパーティに出てるところを見たことがあります。

当時40代前半と思われますが、素人離れしたいでたち(ドラに買ってもらったと思われる白いドレス)で、妖艶なおばさまでした。

田舎町では収まらないようなナルシストっぽい雰囲気ですた。


856 : 可愛い奥様: 2009/04/22(水) 15:32:45 ID:Smali/+A0 [1/2回発言]
>>838
村上龍と景山民夫にそんな繋がりがあったのですか。驚きました。
その猛女の写真はありませんか?


865 : 可愛い奥様: 2009/04/22(水) 17:14:19 ID:fs8FZxqN0 [8/13回発言]
>>856
景山民夫の後妻(朋子さん)は、ネット上では写真はないようです。
景山朋子というマリンバ奏者とは、同姓同名の別人です。

彼女は「69」の学校一の美少女のレディジェーンや、「テニスボーイの憂鬱」の ヒロインのモデルです。
一般的には村上龍と交際後に医大生に乗り換え、景山民夫夫人になったと説明されていますが、実際には高校〜美大時代の村上とは、そんなに親しい間柄ではなかった(あくまでも村上の片思いで、相手にされていない)と言われています。



842 : 可愛い奥様: 2009/04/22(水) 13:51:20 ID:fyVdCLWRO [5/7回発言]
>>841
私怨?
犯罪者でもない一介の未亡人を、そこまで叩く意味がわからない。
地上げの帝王の愛人だった人ならまだ解るが。

843 : 可愛い奥様: 2009/04/22(水) 14:03:50 ID:fs8FZxqN0 [4/13回発言]
>>842
幸福の科学関係者??

いや、あの嫁はあまりにもテレビ・出版関係者からは評判悪い人だったからね。
景山もあんな嫁と結婚さえしなければ(幸福の科学には嫁が先に入信)、作家として晩節を汚さなくて済んだのだし。


845 : 可愛い奥様: 2009/04/22(水) 14:08:28 ID:fyVdCLWRO [6/7回発言]
>>843
幸福の科学に不幸にされた訳だから、あのあと離れたみたいだったよ。
華やかな美人て訳でもなく、只の気の毒な中年女性だった。

849 : 可愛い奥様: 2009/04/22(水) 15:03:21 ID:jIF95BObO [1/1回発言]
景山民夫は前妻との間に成した娘をイギリスの全寮制学校に入れていると聞いていた。

お子さんを亡くされ亡骸を引き取りに渡英した時のことを短編に書いてて読んだ記憶がある。

同じお子さんなのかな?一人娘なの?

もしそうなら障害のあるわが子をたった1人で海外の寄宿舎に入れてしまうなんてものすごい発想だよね?

最初の奥さんて人は何をやっていたんだろう?

警視総監の息子だそうだけどなるほど非常識が服着て歩いてるようなもんだね。


851 : 可愛い奥様: 2009/04/22(水) 15:15:20 ID:fs8FZxqN0 [5/13回発言]
>>849
慶応卒の息子がいる。
父が警視総監というのが自慢で、長身の慶応ボーイとういことに誇りを感じていた俗人だったね。

徹子の部屋に出演したときも、エリート家庭に育った自分の自慢をしていた。

あと、英国の話は小説ではないかと。 娘は寝たきりの病院暮らしで歩くことも出来ず、笑うこともできず一生を終えたというようなことをエッセーで書いていたって。 その障がい児の娘の養育問題がきっかけで、前妻と険悪になり離婚して いる。

景山は娘の世話はすべて前妻にぶつけて、友人と気ままな生活をしていたが、再婚後は後妻と海外旅行にグルメ三昧で遊び呆けていた。 でも娘を捨てたことに関しては、ずっと心に負い目を感じていた。

そして宗教に走ってフライデー事件で世間の信用を失い、最後は自滅していった。

855 : 可愛い奥様: 2009/04/22(水) 15:30:03 ID:aOfOvROJ0 [1/1回発言]
>>849
宝島だけに書いたエッセイを読んだけど、首も動かせなくて寝たきりだったらしいよ。生まれてからずっと。

だから英国の全寮制学校に行ってたのは別のお子さんじゃないかな。
そっくりな娘さんを見たことがある。
小説は小説でしょう。本気にしなくても。


869 : 可愛い奥様: 2009/04/22(水) 17:43:52 ID:fs8FZxqN0 [9/13回発言]

83 名前: 無名草子さん 投稿日: 2001/08/17(金) 18:09

最初のカミさんは、3人の子供を産んでいる。
そのうちの1人が、難病で早死にしている。
景山曰く、最初のカミさんは古風で従順。
二番目のカミさんは、エキセントリックで目立ちたがり。


871 : 可愛い奥様: 2009/04/22(水) 18:27:20 ID:l5tmElIS0 [1/1回発言]
奥様たち凄すぎ。
景山民夫って、軽いノリの業界人のイメージしかなかったので、宗教にはまっていったのが不思議でしょうがなかった。いろいろあったのね。


885 : 可愛い奥様: 2009/04/22(水) 20:56:04 ID:8C42F54L0 [1/1回発言]
景山民夫をはじめて知ったのは何かの雑誌のエッセイ。

子供の頃に父の転勤に伴って山梨に転向したら東京の学校と全く違い、本物の馬鹿とか、鼻を垂らしている子供達と同じ教室になって辟易した。 だから林真理子は見るのも嫌い。

と書いていたな。

912 : 可愛い奥様: 2009/04/23(木) 00:30:19 ID:hG7BS2vt0 [1/7回発言]
林真理子のことを受け付けないという感覚は 山梨の小利口の成り上がりブス、という感じなんだろうか
そう思う気持ちもわからんではないけどw


915 : 可愛い奥様: 2009/04/23(木) 00:38:35 ID:aPB5rt4T0 [1/2回発言]
>>912
あのエッセイから受けた印象だと、自分が嫌悪を感じた全てが、林真理子という存在に集約されている。って感じでした。


918 : 可愛い奥様: 2009/04/23(木) 00:50:00 ID:zlG4YGdt0 [1/5回発言]
>>915
林真理子のような地方出身の成り上がりは、白洲正子や景山民夫みたいな都会育ちで選民意識の強い名門出の人間が嫌悪するタイプなんでしょうね。


920 : 可愛い奥様: 2009/04/23(木) 00:57:29 ID:hG7BS2vt0 [2/7回発言]
>>915 >>918
なるほどね〜 
都会で育った選民意識で生きてきた人間は、成り上がりの足掻きがみっともなく映るだろうね 

これがまた林真理子が美人だったら違ったのかもw


923 : 可愛い奥様: 2009/04/23(木) 01:03:47 ID:aPB5rt4T0 [2/2回発言]
>これがまた林真理子が美人だったら違ったのかもw

そうだろうね。山梨でも南アルプス天然水のCMにでてくる素朴な美人だったら、あんな風には書かれなかっただろうw


932 : 可愛い奥様: 2009/04/23(木) 01:29:25 ID:Ib+0JtG80 [2/2回発言]
景山民雄は頭イイシ面白いしで結構好きだったけど

自分の親が警視総監だかなんかで 税関だかなんかをフリーパスで通る話を一片の含羞なく書いていてキモチワルイ奴、と思った。

林真理子と対極的な意味で大嫌いなタイプな人間だな。

田舎のダサい芋 ⇔ スノッブ臭プンプンの嫌味な奴

886 : 可愛い奥様: 2009/04/22(水) 21:10:33 ID:fs8FZxqN0 [12/13回発言]
>>885
暁星小(東京)→ 広島の市立小 → 山梨の市立 → 武蔵中・高(東京)

だから、学力も公立の子より上で、選民意識は強い。てか強すぎ。
でもそれを書いたときには、すでに本当の馬鹿(軽い知的障害?)と書いた子以上の重度の知的障害・身体障害の娘の父親だったんだよな。

888 : 可愛い奥様: 2009/04/22(水) 21:25:53 ID:94togLg90 [1/5回発言]

転勤族なのに転校させることを前提でぎょうせいに入れたの?
転校するならはじめから公立に入れておけばショックは少なかったかもしれないのにね。

転校した小学校でいじめられたから地方を憎んでいるのではないかな?
神経質そうだしからかわれそうなタイプだよね。
あの人はプライドが高いからいじめられたとは絶対言えないかも。


890 : 可愛い奥様: 2009/04/22(水) 21:43:41 ID:fs8FZxqN0 [13/13回発言]
>>888
>転勤族なのに転校させることを前提でぎょうせいに入れたの?
そうだと思う。

武蔵中合格した年に父親は秋田へ転勤しているので、祖母だか叔母の家から中学へ通ったが、学校に反抗して好き勝手していたので、武蔵高校入学時は最下位を争う成績だった。

でも広島市での思い出は、気性の荒い子供達・広島弁・やくざが大手を振って跋扈する街・原爆で背中一面ケロイドの担任などに衝撃を受けたそうだけど、景山一族は広島県三次市の名家の出だから、広島をヴァカにしたり罵倒して否定することは自分の出自や親族を否定することになるから、その代わりに地縁のない山梨をバッシングしたと思う。
http://logsoku.com/thread/hideyoshi.2ch.net/ms/1240123886/


景山民夫「幸福の科学」に四十九日なし=週刊文春1998/03/05

愛犬とも離ればなれ
景山民夫「幸福の科学」に四十九日なし

直木賞作家の景山民夫さん(50)が東京・成城の自宅の火災で亡くなって1ヵ月。あまりにも突然の死に、一時は自殺説まで飛び出した。さらに通夜・葬儀が、景山さんが信仰していた宗教団体「幸福の科学」(主宰・大川隆法)の礼式に則ったことから、参列した友人たちの間から不満がおこる。有志だけで「偲ぶ会」を開こうという話も持ち上がったのだが‥‥‥。

「朋子夫人は、事故の後は近所の友人宅に身を寄せています。先日も自宅に戻って、後片付けをしていましたが、水浸しで手の付けようがないと話していました。

食器などは使えますが、景山さんが大切にしていた本を捨てなくてはならないのが本当に辛そうでした。確かに顔色は良くなってきている様子ですが、民夫さんの話が出ると、途中でふさぎ込むこともありました」(知人)

 夫婦で可愛がっていた愛犬のゴールデンレトリバー「ハーボ」も、信者の友人のもとに預けられたまま。

「いま彼女は、自宅を建て直すまでの仮住居を探しているところです。しかしアパートでは犬を飼うのは無理でしょうね」(教団関係者)

 おしどり夫婦で知られた二人だが、信者になってからの夫妻をよく知る人は少ない。 景山氏は、神奈川県警本部長・関東管区警察局長を父に持つ都会っ子。渡米してコーヒーショップシンガーとして生活するなど、自由奔放な経歴の持ち主だ。

 帰国後は放送作家として、「シャボン玉ホリデー」「クイズダービー」を手がけた。

 朋子さんとの出会いは、テレビ朝日で放送中の「タモリ倶楽部」の台本を手がけていた昭和五十八年頃。知人の紹介で飲み屋で知り合い、一気に意気投合した。
「朋子さんは、作家の村上龍さんと同じ九州の佐世保高校でマドンナ的存在。村上さんは朋子さんに憧れていたが、残念ながら相手にされなかったらしい」(古くからの友人)

 景山氏と朋子さんが入籍したのは昭和六十一年のこと。

 「その頃からエッセーや小説を書きはじめたんですが、アッという間に直木賞を受賞(六十三年)、売れっ子作家となった」(親しい編集者)

 都会派の典型のような景山氏がそれまでの生活をガラリと変えたのは、平成三年に入信してから。

「朋子夫人が先に誘ったと言われていますが、景山さんと前妻との間にできた心身障害を持った長女を、前年に亡くしたことも要因のひとつだった。彼は軽薄短小の典型のように言われていましたが、長女との生活を通じて、人生や死についてずいぶん考えていました」(出版関係者)

 実は朋子夫人の父親も、彼女が若いころに亡くなったといわれる。二人の人生観が似通っていたことが、入信に大きな影響を与えたという。 入信してからの景山さんは酒場で友人だちと飲み歩くより、朋子夫人と過ごす時間を大切にした。「フライデー事件」の時には、自らプラカードを待って先頭に立つなど、作家というより「幸福の科学」の広告塔としてのイメージのほうが強い。 だが、大川隆法氏と景山氏の関係は決して良好なものとはいえなかったという。

「信者には景山さんが好きで入った人がたくさんいるんですが、大川さんはそういう人が多くなるのが気に入らなかったんですよ。葬儀だって、教団が仕切ったようにいわれてますが、信者の間では『教団ではなく景山夫妻と行動を共にしている仲間がボランティアで行った』という感じですね」(信者)

 教団の教えでは、故人はいったん天に昇ったら四十九日や一周忌の法要は行わない。 いっぼう、教団と日本的慣習の挟間にいる景山氏の父・二郎氏(82)は、とまどいを隠せない。

「突然のことでしたから、まだまだ気持ちの整理がつきません。(偲ぶ会をどうするかについては)喪主(朋子夫人)と何度も話して今後のことを考えます」

 現在朋子さんは、四月に出版される景山さんの絶筆作品集のチェックに追われる毎日を送っている。

「新しい生活のことは、その作品集が出てから考えることにしているようです。忙しくて民夫さんのことを考えるヒマがないほうが、彼女にとっては悲しみが紛れていいようですよ」(前出・教団関係者)
http://spiruna.blog89.fc2.com/blog-entry-426.html


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