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【幸福の科学】焼死した景山民夫の人生を狂わせた幸福の科学と夫人との出合いの“不幸”
http://www.asyura2.com/09/bun2/msg/211.html
投稿者 提供人D 日時 2009 年 8 月 05 日 07:44:53: zjIwxfdYJcbls
 

(回答先: 【大川隆法】幸福の科学に走った直木賞作家・景山民夫の“人間研究”【カルト】 投稿者 提供人D 日時 2009 年 8 月 05 日 07:38:02)

噂の眞相 98年4月特集3 焼死した景山民夫の人生を狂わせた幸福の科学と夫人との出合いの“不幸”
●曾我静太郎
 
● 突然の怪死事件
人の死は、時に突然やってくるものらしい。昨年暮れの伊丹十三から最近の新井将敬に至るまで、このところ有名人たちの突然すぎる死がメディアを賑わす中、この直木賞作家の場合もそうだった。
ただ、伊丹や新井とこの作家の死にひとつ違った点があったとすれば、前者は自殺、そして後者は事故死とされている点だろう。
直木賞作家、というよりも、近年はむしろ「幸福の科学」信者として知られていた景山民夫が“現世”を去ったのは、1月27日の午前1時半、運びこまれた病院でだった。その数時間前、東京・世田谷にある景山の自宅3階の仕事場から出火し、一酸化炭素中毒を起こしたことが直接の死因だったという・・。
だが、たとえば景山の死を報じたスポーツ紙や夕刊紙が「不審火」「書斎だけ炎上」「通報の夫人は軽症」と匂わせていたように、実をいえば当初、彼の死をめぐってはさまざまな“噂”もささやかれていたのである。
現場を取材した社会部記者がいう。「現場検証で否定はされたけど、あの事故には未だに脇に落ちない点も多いんです。近所の住民が爆発音を聞いていたり、あれだけ広い自宅兼事務所の建物のうち、景山さんの仕事場だった3階の書斎だけが天井が抜けるほど燃えていたり…。さらに通報者であり、すぐ下の階にいた朋子夫人はなぜかほとんど無傷だったり、とね。そうした点から、自殺説や不審火説が非常に根強いのも事実」
当局側が事故死と判断したのは、朋子夫人の証言や現場検証の結果から薬物の反応、外部からの侵入、自殺などの裏付けがとれなかったからにすぎない。逆にいえば、事故死と断定できる強力な材料もない、というのだ。
とはいえ、たしかに自殺だった可能性は低いように思える。というのも当日、午後11時ごろに「風呂に入る」と3階に上がった景山は、通報を受けたレスキュー隊が救出した際も、パンツ一枚で倒れていたからである。「景山さんは、自宅に打合せに来る編集者に対してもスーツ姿で迎えるほどダンディ。その景山さんが仮に自殺するにしても下着姿のままするはずがない」(担当編集者)
また、こういう証言もある。景山には近々ハワイに住む友人の家に遊びに行く予定があったという。このハワイ行きについて、景山は友人にファックスを送っており、実は部屋に残されたそのファックスの日付が1月26日だったのだ。つまり事故当日なのである。「ハワイ旅行を訪問先の友人に知らせたその日に自殺する、というのも考えられない話。これで自殺説は消えた」(前出・担当編集者)
しかし、一方の不審火説はどうか。実は景山の関係者の中には、現在も不審火説を強く主張する声がけっして少なくはないのだ。
たとえば、ある関係者はこう語る。「火災の原因となったのは、たばこの火の不始末や電気スタンドの過熱で、その火が景山の趣味だったプラモデルの製作に使う塗料などに引火、爆発し、一層火が噴き上がったといわれているが、だとすればやはりおかしい。景山はたしかにプラモデル作りを趣味にしていたが、一方で非常に凡帳面かつ神経の細かい人間。パンツ一枚でプラモデル作りをしていたうえ、たばこの火の不始末で火事を起こしたとはどうしても思えない・・」
そういえば、景山民夫はあの神戸大震災の直後、大量の食料品や外部と交信するための無線機、さらに4WDの車を購入したり、仕事場の書庫にストッパーを取り付けたりしたように、臆病で用心深い人物として有名だった。最近では、信仰する幸福の科学が創価学会との対立を激化させたため、車の中にスタンガンを常備していたほどだったという。
「景山さんを知る人間は全員が全員「臆病で用心深く、細かい性格と口をそろえるはず。その彼がたばこの火の不始末で火事を起こすとは考えられない」(景山と旧知の編集者) あくまでも景山の死は事故ではなく、「不審火」によるもの、というのである。
とすると、誰が、何のために・・。景山と20年に及ぶ友人関係にあった某文化人は、ズバリ、「朋子夫人が怪しい」と臆測する。「実は景山は最近、幸福の科学総裁である大川隆法と対立していたという話がある。推測だが、そのため幸福の科学を脱会しようとして夫人と衝突し、今回の“事件”につながったんじゃないか。景山の父親は内務省上がりの元エリート警察官僚だったから、警察も穏便に事故死として処理したようだけどね」
たしかに景山と幸福の科学側の関係が最近芳しくなかった、との説もあるにはある。
いわく景山は、大川隆法夫人であり教団の実質的支配者といわれる大川きょう子から嫌われ、教団内で孤立していた、と。だが、たったそれだけで「不審火」と朋子夫人を結びつけるのはあまりにも短絡的だし、穿った見方というものだろう。 別の友人は断言する。「葬儀の時、朋子夫人が『景山クンは夫でると同時に仕事のパートナーであり、父でり、兄であり、弟であり、友達だった』と涙ながらに語っていたように、あの夫婦の仲の良さは業界内でも有名だった。その朋子夫人が怪しいって? あり得ないと思うよ」
だとすれば、景山の突然の死にいったいどんな原囚があったのか。あるいは、その真相は誰にも分からないことなのかもしれない。ただ「景山民夫」を語るうえで、朋子夫人という存在を無視するわけにはいかないことだけは、たしかなのだ。少なくとも80年代半ば以降、景山と朋子夫人こと大津朋子は、常に一体といっていい関係にあったのである。
 
●景山民夫の私生活
夫婦であり、兄妹、親子、そして友人だったーー。朋子夫人の言葉の通り、なるほどふたりの関係は事実そうだったかもしれない。
なにしろ、いくら彼女が景山の個人事務所の社長の肩書を持ち、秘書役を務めていたとはいえ、ふたりは公私の境などまったくないといっていいほど、常に一緒だったのだ。
景山の担当編集者もつとめた出版関係者も呆れ顔でこう語る。「よくいえば仲のいい夫婦なんでしょうが、悪くいうとちょっと変でしたよ。なにしろ朋子夫人は、それが編集者との打合せだろうが友人との食事だろうが業界関係のパーティーだろうが、毎回毎回必ず景山さんについて来ていましたからね。ハッキリ言えばうっとうしいくらいに、です。まあ、宗教やオカルト系以外の話ではわりと黙っていてくれたので害はなかったといえばそうですが…」
そういえば、幸福の科学が講談社に大々的な“抗議符動”を展開したあの騒動の最中、景山と「週刊朝日」で論争した作家・野坂昭如は、当時、こんな感想をもらしていた。<僕は千人近くの方といわゆる対談をやったけれども、奥さん同伴のお座敷は初めて〉
もちろん、私生活でも同様である。「景山さんは仕事絡みで食事するのが嫌いだったから、食事もいつも夫婦ふたりで外で食べていた。そのうえ、年に何回もふたりで海外旅行に行ってたし、たぶん1日24時間以上、1カ月のうち28、29日は一緒だったと思います。景山さん本人もよく、男友達と飲むより朋子といるほうが楽しい、なんて臆面もなく言っていましたよ」(前出・出版関係者)
葬儀で彼女が<景山、バカヤロー! さみしいじゃねえか!>と叫んだのも当然だろう。
しかし実を言えば、この悲劇で広く知れわたった大津朋子という女性の名は、すでにずっと以前から一部の出版関係者の間では有名でもあったのだ。それも、彼女が景山と知り合い同棲し結婚する、さらに前から・・。
ほかでもない、大津朋子はもともと、「村上龍」というまったく別の有名作家の愛人だったからである。文壇関係者が明かす。「朋子夫人が昔、村上龍の愛人だったというのは本当の話ですよ。朋子夫人と村上は同じ九州・佐世保出身の同級生で、彼女は村上が高校時代に憧れていた女性だったんです」
村上龍の自伝的小説『69(シックスティナイン)』に「主人公である野暮ったい田舎者の高校生=村上が憧れる、周辺の高校でも評判の美人女子高生が登場する。在りし日の大津朋子、つまりこれが朋子夫人なのである。
卒業後ふたりは、再会する。村上龍はすでに有名作家でこの小説『69』が刊行される前のことだ。別の文壇関係者が語る。「村上にとっては昔憧れていた女だし、大津朋子も故郷の同級生が有名作家になっていたのだから、たぶん互いに渡りに船だったんだろうね。すぐに男女の関係になったらしい」
当時、村上龍が深夜の赤坂プリンスホテルに大津朋子をひんぱんに呼び出しては、彼女も喜々としてタクシーでかけつける、というシーンが何度もくり返されていたという。
が、こうした関係もそう長くは続かなかった。彼女が愛人という自分の「地位」に疲れたためなのか、ふたりの関係は、しだいにドロドロの修羅場と化していったのだ。「いつまでたっても夫人と別れないために朋、子さんが業を煮やし、度々奥さんのいる村上の家に突然押しかけたりして大騒動になったんです。村上は弱りきっていたけど、彼女にしてみれば作家夫人になれるかどうかの瀬戸際だからね」(前出・文壇関係者)
大津朋子には、良くも悪くも昔からこうした“志向”があったという。事実、例の村上の『69』の中で彼女は、スター性があり目立つ男子生徒にまとわりつく、グルーピー気質の女性として描かれてもいるのである。
そして修羅場を重ねたすえ、ついに村上を見切った彼女が次に目をつけたのが、当時、放送作家、テレビ文化人としてひと際目立つ活躍をしていた景山民夫の将来性だった。 今から15年ほど前、83年ごろのことである。
 
●朋子夫人との出会いと入信
景山民夫に大津朋子を紹介したのは、景山とは中学が同じで幼なじみだった元「ブルータス」の編集者、小黒一三だったという。
知られているように、もともと景山民夫には、大学時代に知り合い、24歳で結婚して3人の子どもをつくった妻がいた。しかし結婚生活はわずか6年で破綻。さらに3年の別居を経た後、80年に正式に離婚するのだ。「離婚の原因は、身も蓋もなくいってしまえば“性格の不一致”ということらしいんですが、やっぱり重症の心身障害でずっと寝たきりだった長女の問題も大きかったらしい。長女をめぐり、夫婦の間で喧嘩や軋轢が絶えなかったようですから」(景山の友人の一人)
離婚し、家を出た景山がこの時、ギターと身の回りの服だけ持って次に暮らし始めた相手が小黒一三だった。景山はその小黒に大津朋子を紹介されると、彼女に夢中になっていったという。同時に小黒との“同居”も解消した。前出の元担当編集者が言う。「おそらく小黒さんは、朋子夫人から景山を紹介しろと頼まれたのと、彼女を村上龍から遠ざける意味でふたりを会わせたんでしょうけど、まんまとハマりましたね。景山さんは、小黒さんとふたりで暮らしていた時は“やっぱり男は独身でいたほうがいい”とか言っていたくせに、朋子夫人に会った瞬間、“あ、コイツだ!”ってすぐピーンときたらしい。ホント軽いよあの人は(笑)。その後、景山さんは仕事場に寝泊まりし、そこに朋子夫人がひんぱんに出入りするようになった」
実際、大津朋子に当初どんな“思惑”があったにせよ、景山が先にメロメロになったのは間違いないだろう。当時、景山はさまざまな場所に彼女を連れて歩き、「僕の愛人です」とうれしそうに紹介して回ったという。「やがて、朋子夫人の言を借りれば、“彼が一緒に暮らしたい、と駄々っ子のように言うので“同棲を始めるんです。それがたしか83年で、それから3年後、86年ごろに正式に籍を入れたはずです」(同・元担当編集者)
朋子夫人はこの時、たんに念願の妻の座のみならず、同時に事務所の実権も手中におさめているのである。元担当編集者が続ける。「景山と朋子夫人がつき合いはじめた時、景山の事務所には女性マネージャーがちゃんといたんです。ところが、景山が朋子夫人と同棲し始めると、朋子夫人はしだいに事務所の業務に深くかかわってくるようになり、結婚と同じころ、ついには作家とテレビ関係の業務を一本化した新事務所を設立させ、社長にまでおさまってしまった。むしろ、作家の秘書から、妻の座を手に入れたわけです」
ふたりの結婚は、式も披露宴も行わず、ただ婚姻届を区役所に出しただけだった。
なぜ、彼らは身内や友人を集めたバーティーていどのこともしなかったのか。ひとつは朋子夫人の家族が結婚に反対していたため、ともいわれる。それがどういう理由、経緯からかは分からないが、事実、景山の葬儀に朋子夫人側の親族の姿はいっさいなかった。
そしてもうひとつ理由があったとすれば、おそらく景山の家族、それも別れた妻や離れて暮らす長男と次女、さらに心身障害を患っていた長女を思ってのことだろう。
景山が親しい友人に朋子夫人との入籍を正式に伝えたのは、心身障害で生涯寝たきりだった長女が90年に享年18で亡くなったその翌日だった、といわれているのだ。
当時「宝島」で連載していたコラムだけに、景山はこう書き残している。<娘が死んだ。俺の娘だ。長女だった。十八年間、生まれたときからずっと、べッドから自分の力で起き上がることも出来ずにいて、それで一昨日死んじまった。(略)すくなくとも自分の足で歩けて、自分のロでしゃべれて、自分の手を使って飯が食えることを幸せだと思ってほしい。頼むから思ってくれ>
つまり、この悲痛な文章を書いた前日に、彼は朋子夫人との入籍を明らかにしたのだ。 そこにどういう意味があったのか。彼のいない現在となっては知るすべはない。だが、ひょっとしたらこの出来事と「幸福の科学」という新興宗教団体への入信は、やはり何らかの関連があったのでは、とも思えるのだ。
 
●なぜ宗教に走ったのか
彼はなぜ、幸福の科学を選んだのか。 景山民夫は、間違いなくかつてのオカルトムーブメントの担い手のひとりだった。
超脳力、UFO、霊魂、ネッシー、そしてノストラダムス……。エッセイはもちろん、さまざまなメディアを通じて、UFOとの遭遇や霊との交信などの「神秘体験」を喜々として語り、あるいはニューギアまで「ミゴー」という怪獣を探しに行ったりもした。
とすると、件の教団への入信は、よくいるオカルト好きがそのまま新興宗教にハマっていくというパターンの、その延長線上にすぎないものだったのだろうか。が、景山は、生前「もともと霊体質は強いし神秘体験もあったが、それとは違う」と否定している。「環境破壊問題や反原発への、景山らしくない一時期のヒステリックな入れ込み方も、たとえば講談社に対するデモを予感させるものがありましたよ。広瀬隆の『危険な話』を盲信するあまり、『危険な話』を知り合いに片っ端から送りつけオルグするという彼の手法は幸福の科学のやり方と通じる。幸福の科学に入信してからは、朋子夫人が景山の友人知人に大川隆法の著作を山ほど送りつけていましたからね。実際、景山夫妻のオルグで本当に入信してしまったマスコミ関係者は少なくとも数人はいるはず」(旧知の出版関係者)
知られているように、幸福の科学に入信したのは彼の妻、朋子夫人が先だった。
発端は、景山が小説のために大本教の出口王仁三郎について調べているうちにまず、大川隆法の『出ロ王仁三郎霊示集』を資料として読み、そして同じころ、知人から大川の著作を何冊かもらい読んだことだったという。「夫婦で大川の本を読んでいたら、まず朋子夫人が信じるようになった。でもそのころは景山も朋子夫人をからかっていたらしいけどね。ところが毎日朋子夫人から本を読まされ信仰を薦められるうち、だんだん景山自身もハマリ始めてしまったらしい」
それなら朋子夫人に洗練されたという説が正しいのか。それともやはり、長女の死に対する心め救いを求めての信仰だったのか。
景山は、雑誌にこう語っている。<別に女房に誘いこまれたわけでも、娘のことがきっかけになったわけでもない。死んだ娘とは、今はもういつでも話ができますから>
だが、これはもちろん景山の「勘違い」だろう。娘の霊と交信している、と思いこむことで、彼は癒されているにすぎないのだ。
おそらくは、景山の幸福の科学入信に対するこうしたさまざまな見方は、彼が否定しようともすべてが間違っているわけではない。景山はたぶん、疲れ切っていたのである。
彼はその内幕をほとんど語っていないが、最初の妻との離婚劇は、長女をめぐる長年の争いに加え、調停に1年半を費やしたドロドロのものだったという。結果、慰謝料・養育費を合わせて総額1億円あまり。景山の月収が50方ほどなのに、月々の支払いは35万円にものぼった。
古くからの友人もこう明かす。「景山は当時、心身ともに疲れ切っていたのに、そのうえ貧乏だった。深夜のテレビに多少出ていたりはしてたけど、ちょうどテレビから作家にシフトしつつあった時期で、『タモリ優楽部』を降板したりと金になる仕事はほとんどない状態だった。そうした離婚劇の余韻を引きずりつつ朋子夫人と同棲、結婚したところに、今度は長女の死です・・。宗教に走っても不思議じゃありませんよ」
景山がマルチ人間のはしりとして時代と寄り添ってきた根幹に、60年代終わりから70年代にかけてのアメリカを放浪した体験がある。この時触れたヒッピーのコミューンは、人と深く付き合うことができない彼にとって、おそらく魅力的なものだっただろう。
ひょっとすると景山は、幸福の科学という「コミューン」で仲間をつくり、大川隆法という絶対的な神を仰ぐことで癒され、解放されたかったのかもしれない。しかも、もともとその素養は十分にあったのである。
しかし、信仰したものが、幸福の科学という宗教だったことは彼にとって不幸だった。ただ、少なくとも景山民夫は、この教団のいう現世に積んだ善根が来世の高い次元霊につながり、生まれ変わったらいい暮らしができる、という差別的な戯言を信じていた。
しかし、景山がこの世からいなくなった時、その景山をインチキ宗教にひきずりこんだ夫人にはやはりこういわざるをえなかったのである。「ばかやろう」とーー。<敬称略>


 

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コメント
 
1. ばかなこと 2015年12月07日 09:00:13 : AjSL7TRxDEleI[83] : ea87LB8lXE : QLXs07ycaI8[84]
それなんだよね、これはね、あると思うね。
94年と何が鹿児島変わったってその幸福の科学の事務所がやたらと増えている事なんだよね。2011年に行ったけれど。
それで、変な人が増えたと思うよ。
その後、ベイエリア戻って、IOS行ったら、襲撃してくる日本人がいたんだよね。
それも結構数がいて、何度も仕掛けてくる。
創価ってそれほど悪い事をするところじゃないと思うよ。

仙台とか鹿児島とか以前いたけれど、普通に付あえていて、異様とかものを売るとかは個別の出来事だったと思う。

私は幸福の科学とは縁が無いんだけれど、田舎者は、入信すると過激派になる癖が
あるんで、可能性としては一つその線は見ておいてもいいと思いますね。


スタンガンね。

いやそれね、襲われ方がそれを必要と感じるくらいの過激なものがあったんだと思いますよ。

納得



[32初期非表示理由]:担当:無関係

2. ばかなこと 2015年12月07日 09:04:43 : AjSL7TRxDEleI[84] : ea87LB8lXE : QLXs07ycaI8[85]
霊ね。
なんのそういうのにも入信してないけれど、
あれだ、ネットにあったその出口?読んだけれどね。
けれど、これは、そういったありとあらゆるものを利用したカルトで、
多分それらもサーチで見てるだろうから、それらを利用して
偽装してカルトにはまっていたとかいって、始末しようとかそういう事なんだろう。

ここ来て書き出して、2013年IOS以来、女がさ「早く始末してください。」
と言ってるのは聞こえる。日本人だね。
この女は昨日もここ書いてるんで、それを知って「早く始末してください。」
って言ったと思うよ。

始末しなくていいですよ、私にはされない権利があるんでね。

同じ手口でそんなバカの言いなりにならなくていいです。

それよっか言った人を告発したほうがいいです。

面白いし、雑誌ネタとかで、暫く収入が入ると思いますよ。


ははは。

ばばあめ。

本当にカルトな。

車のウインドウとか黒いんじゃないの?



[32初期非表示理由]:担当:無関係

3. 中川隆[2648] koaQ7Jey 2016年5月28日 10:17:16 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2910]

景山民夫を殺した“組織”とは?
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/263.html

景山民夫は脱会して“組織”の事を暴露しようとしていた?
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/230.html

景山民夫を殺したのは? _ 景山民夫の人生を狂わせた幸福の科学と夫人との出合い
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/228.html
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/229.html

お金とアレにしか興味が無い大川隆法先生を背後から操っている組織とは…
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/218.html

釈迦は何故日本に再誕したか _ 我は大川隆法であって、大川隆法ではない。 エル・カンターレであ-る!!!
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/341.html
http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/342.html

幸福の科学 大川隆法先生の有難い性の儀式
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/341.html

何故大川先生はハーレムに居ても満たされなかったのか? _ 『会員NO3』の女性とは…
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/220.html


4. 中川隆[2651] koaQ7Jey 2016年5月28日 10:26:45 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2913]

コウフクノカガク。


この不思議な名前に、人は何を思い浮かべるだろうか。

講談社へのファックス攻撃で、教団の名を一躍世に知らしめたフライデー事件。ハンドマイクを握り、絶叫する小川知子や影山民夫の勇姿。大手広告代理店・電通が制作し、繰り返し茶の間に流れたCM・・・
http://trident02.voila.net/okawa_ryuho_sekiya.htm

484 : 神も仏も名無しさん: 2012/01/31(火) 21:15:20.51 ID:hmeztExC [1/1回発言]

kaminoishi井上太郎

創価も幸福の科学も宣伝媒体は電通です。

年間二つで200億円近い売り上げです。

幸福の科学は今年日本の映画公開しますが、 企画・脚本・監督は隆法の長男のまだ大学生の大川宏洋です。 幸福の科学内では「鬼才」笑 だそうです。

電通第10営業局が宣伝します。見る気のかけらもありません。

http://twitter.com/#!/kaminoishi

80 :名無しさん@1周年 :02/04/03 18:10

思えば電通がKKに関わった90年ごろからKKのカルト化は始まったのかもしれない・・・

http://mimizun.com/log/2ch/psy/1017751087/

211 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 2001/02/28(水) 10:27

まあ、総裁の大川某氏の世の中に対する考えが甘かったことは、自分の著作を実際には広告代理店関係者などにまかせたりしていたことじゃないの。 幸福の科学という団体そのものが、某広告代理店によって作られたようなものだったけどね。 彼らは大衆を洗脳するプロだがら、力を借りる気持ちは分かるが、日本の大衆だって馬鹿ばかりじゃないよ。もうそろそろ、化けの皮がはがれつつあるね。

それと、大川某というさえない顔の総裁を、宗教的タレントに仕上げたこと、これが失敗の元だよ。日本人は、もうそんなおかしな信仰もどきに騙され続けたりしない。
彼のあの冴えないサラリーマン的なモンゴロイド顔を、王冠を乗せたり、高価そうな仏教的お飾りを着せた写真を宣伝したり、広告代理店も焼きが回ってきたのも失敗だね。

http://rain.prohosting.com/sachiko1/74_2801_2850.htm


デビュー当時の九一年だけで電通に約二十億円の企画宣伝費を投入するといった布教宣伝の方法でも注目を集めました。 霊界との対話もGLA教団の故高橋信次教主が普及したもので、大川氏も「(高橋の)著作から大きな影響を受けた」(『新宗教事典』)とされています。

http://rain.prohosting.com/sachiko1/4_akahata.htm


●メディアが宗教をつくる

 このシリーズの第二部として、「神々のメディア」と題し編集された。メディアが宗教を作るとでも言えようか。

 広告代理店の電通が、宗教を通して経営を拡大しようとする。そこで目をつけたのが、阿含宗や幸福の科学。例えば、阿含宗の星まつりはその一つ。  幸福の科学は、メガトンキャンペーンと題して実行し100万人もの信者を増やしたと言われる。

http://web.kyoto-inet.or.jp/org/catholic/cn894.html

115 :会員NO3:02/04/03 20:48


電通に関しては90年以降かも知れないが、講演会開催した当時から広告代理店は参加してます。ポスターや看板1つだって自分たちで作ったものは無い。
だから、86年から関与は始まってます。

http://mimizun.com/log/2ch/psy/1017751087/

82 :神も仏も名無しさん:2010/09/21(火) 19:41:08 ID:XFyg/g1L

電通との関わりは、会の発足当時からずっとありますよ。

でなければ、「仏陀再誕」を全国ロードショー出来ません。
「霊言本」を続々と、大手書店に配置することも出来ません。

幸福の科学は電通との繋がりによって、維持されておるのです。

http://mimizun.com/log/2ch/psy/1285037545/


109 :元汽車[sage]:2010/09/21(火) 21:51:19 ID:FNSaiLBy

え〜、54歳の元電通社員に話を聞いたことがある。
初期の幸福の科学が宣伝を打つときに最初に話を持ち込んだのは電通だったのは確からしい。 が、あまりの胡散臭さに電通は二の足を踏んだ。 で、博報堂にまわしたということなんだ。

ただその後、世間の反発が電通の想定していたレベルより低かったので、ある時期から電通が直接担当することになった。 そこら辺のいきさつはよくわからんが、景山氏の影響力も噂されている。

http://unkar.org/r/psy/1285037545


76 : ◆riphRx9D4. :03/07/02 10:18

故・景山民夫氏の入信は関谷氏の退会前後と推定され、丁度バブル期であり 数多くの出資者が幸福の科学と言う教団に期待を持ち”出資”した時期でもあり、また高額な家賃で知られる紀尾井町ビルに入居した時期でもある。 「入会金は無料。会費は年間1000円」の号令の下に、講演会も次第に派手な衣装 と演出を重視し、広告代理店・電通をとおして年間30〜50億の予算で電車の中吊り広告とかTVコマーシャル、タクシーのシートへチラシ作戦も展開されていった。 キャッチ・フレーズは

「時代は今、幸福の科学」

であった。

この広告の真の出資者は誰だったのだろうか?

紀尾井町ビルへの入居の保証金は誰が出したのだろうか?

TVコマーシャルを製作した広告代理店・電通は誰の紹介があったのだろうか?

http://mimizun.com/log/2ch/psy/1056979465/


391 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 2001/03/20(火) 05:58

無垢な関係者ってのは、おそらく幸福の科学信者で、大川氏が神様の化身または救世主だと純粋無垢に信じ込んでいる、おめでたい人達のことだろうよ。 そういう洗脳を受けている連中は、ここに限らず、世間の人達が何を言っても聞く耳を持たないんだろうね。

はっきり具体的に言えば、広告代理店によつ大衆洗脳に引っかかって心を奪われた人達ってことかな。


393 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 2001/03/20(火) 15:00

広告代理店の洗脳マニュアルみたいなものは、科学的に研究されたもので、ある特定の人物を新興宗教の教祖様にすること位は、お茶の子さいさいだそうだ。

どういう種類や宗派の集団を作るかということについても、詳しく研究されているとか。たとえば、

「ユダヤ教系、イスラム系、クリスチャン系、カトリック系、日蓮系、真言宗系、悪魔崇拝系、宇宙人崇拝系、その他いろいろ。」

とにかく、アングラな科学として凄いものらしい。俺も、具体的な内容までは聞いてないけどね。

大川氏は、少し霊感と霊媒的能力があることで、日本人大衆を洗脳するテストケースとして選ばれたのだ、とある宗教ジャーナリストは言っているようだ。

397 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 2001/03/21(水) 11:15

393氏の言っていることは、広告代理店が大川を使ったという意味ではなく、ある外国の組織が大川を日本人大衆を洗脳する実験台として利用する過程において、広告代理店に協力を求めたということでしょう。


私も、その話しは某ジャーナリストから聞いたことがあります。代理店に支払われた多額の金は、宗教団体(幸福の科学だけではないらしい)だけでなく、外国のどこかからも支払われたことは事実のようです。代理店が使った新興宗教の教祖様を作り上げる技法は、米国の某カルト団体が研究したものと酷似していたそうです。

それと、これは確かな証拠はありませんが、彼らの不祥事を裏で処理する連中がいるようですが、あれは幸福の科学が発足する当初から存在したようですが、それは元々、大川氏らを持ち上げた組織によって用意されていたものではないでしょうか?

そう考えないと、不自然です。

428 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 2001/03/24(土) 14:31

洗脳(マインドコントロール)を受けることの怖さは、自分でそれを意識できないことだよ。何が正しくて何が間違っているかを、常識的・客観的に考えることができなくなる。幸福の科学は、まさにそれに成功した一例だね。本当は、「洗脳の科学」だろう。

彼らを裏から支えていた、外国の洗脳科学研究組織(オームと同じだと言う人もいる)と日本の広告代理店(電通)は、非常に勝ち誇った気持ちだろうね。

しかし、悪いのは大川達だけじゃない。あんなものに引っかかるアホな、自分だけよけりゃいいと思っている、そして自分達の考えを綺麗な宗教的教義のベールをまとって正当化することを恥とも思わない、そんな教養のない日本人が多数いることの方が大きな問題だと思う。

まさしく、あそこは偽善者教団である以外の何者でもあるまい。 しかし、もうあそこも年貢の納め時らしいね。外国の元締め組織や広告代理店からも、サジを投げられたらしいとジャーナリズムでは言われ始めているそうだ。
http://mentai.2ch.net/psy/kako/972/972070616.html


電通の正体=カナダマフィア(ブロンフマン)の手下 2016/05/19
ヤクザの上はマフィアのお話
http://golden-tamatama.com/blog-entry-2384.html


さて、東京オリンピック色々騒がれてますね。

その昔、猪瀬知事の時にトルコと競り合って東京オリンピック当選。
猪瀬やったなぁおい。
滝川クリステルさんも上機嫌だったのに。


しかし、なんのことはない。
日本は賄賂を払ったから当選したのか。。
トルコは払わなかったから落選した。

そういう話だったのか。。
それも電通が勝手にやったのだとか。

何も知らない日本のオリンピック委員が泣きだしているとか。


これは海外(ガーディアン紙)の説明図。


東京五輪招致委員

↓ 1.6億円(130万ユーロ)の賄賂

国際陸上競技連盟会長、国際オリンピック委員会会長のディアク氏の息子


これをもうちょっと分かりやすく書いた図


その昔、オリンピック委員会のサマランチ会長というのがいましたが。
覚えてるでしょうか。

ったく、タマランチな状況になってきますたね。

タマラーンチ!
電通にタマランチ攻撃!

昨日は夕飯を食べながらブツブツとそう独り言を言っていました。

ランチはもう食べたでしょ。
妻に怪訝な顔で見つめられてしまいますた。

それにしても電通。
以下のように日本の報道では電通がまったく出てこない。


海外では普通に報道されてるのに、日本の新聞各社は絶対に電通の名前は出さない。


霞が関の官僚も電通の名前は絶対に出さない。


電通は霞が関でもタブーだった

大西健介議員「電通からは事情を聴くのか?」

文科官僚「そ、それは 〜〜 や、やらない」

玉木雄一郎議員「電通からブラック・タイディング社のことを聞いて下さい。資料を取り寄せて下さい」

文科官僚「そ、そこまですることは考えていない」

文科官僚は声を上ずらせながら、苦しい表情で答えた。やたらと手振りを交え、時折ツバを飲み込んだ。

何に怯えているのか? 文科官僚は滑稽なほど緊張しながら「知らぬ存ぜぬ」を繰り返した。

おいおい。
いったい電通ってどんだけ力があるでしょうか?

そもそもパナマ文章だって、風評被害でもないのに風評被害だ!
強引にマスコミ各社に風評被害と言わせてしまえる力。
マスコミ、大メディアが恐れ慄き、官僚すらおびえて泣きだす権力。

なぜそんなにも日本のマスメディアは電通を恐れるのか。
電通とはなんなのか。
電通の正体。

その昔書いた話でちょっと古いのですが再掲しときましょう。

以下、テレビ局や新聞社の本社の住所に注目して下さい。
なぜ韓国かを考えて下さい。


【五輪招致疑惑】 電通は霞が関でもタブーだった 2016年5月18日
http://kenshin.blog.ocn.ne.jp/blog/2010/09/post_a0a3.html

そして以下はだいたいの人が理解している日本の支配構造図。


http://golden-tamatama.com/img/d158j2014_00002150.jpg/

一部の人は知っているかもしれませんが。

この在日朝鮮人の上にいるのが偽ユダヤです。(ユダヤ人のふりをしているがユダヤ人とまったく関係ない人種)

で、メディア界担当の偽ユダヤが

カナダの一族。ブロンフマン一族です。


ぇー。カナダ?
意外や意外ですね。

カナダというのはカエデの葉っぱの大人しい国だと思いきや意外です。
メディア界を牛耳ってるのですね。
驚きです。


皆様はオムニコム社は聞いたことがあるでしょうか。
オムニコムというのはカナダに本拠地がある世界最大手の広告会社です。


http://blog-imgs-42.fc2.com/g/o/l/goldentamatama/20130219183949ddf.jpg

これは2012年の広告企業売り上げランキング


これは2014年のランキング。
電通は5位です。OMC=オムニコムです。


オムニコム(OMC)は電通をはるかにしのぐ巨大企業です。

オムニコム社は、日本ではI&S BBDOという怪しい子会社を持っています。
読売グループの第一広告社とセゾングループのエスピーエヌ社が合併した子会社です。


WIKI I&S BBDO
https://ja.wikipedia.org/wiki/I%26S_BBDO


I&S BBDO(アイアンドエス・ビービーディオー)は、東京都中央区に本社を置く外資系広告代理店。売り上げは非公開。

1947年6月に第一広告社として設立された。その後、1986年10月に読売グループとなっていた第一広告社とセゾングループのエスピーエヌが対等合併し、新社名I&Sとなった。

1998年にはアメリカの大手広告代理店オムニコムグループと資本提携し傘下に収まり、I&S BBDOになる。

選挙の時にはこのI&S BBDOが暗躍したりしているのです。


「電通」を取り巻く、日本でいちばん醜い利権の構図
www.asyura2.com/09/senkyo69/msg/805.html

とにかくこのオムニコムが電通を操っているのでした。
で、このオムニコム社の上にいるのがカナダのブロンフマン一族です。

ちなみにこのブロンフマンさんというのはイーディシュ語で酒屋という意味です。
つまり酒屋さん一族ということですね。

1920年代アメリカ。
当時、アメリカは禁酒法といってお酒が法律で禁止されていたのですた。

ブロンフマンさんは禁酒法時代に、カポネさんなどのギャグを使って天文学的なお金を稼いだと言われています。

皆様はアルカポネは知ってますよね。
アメリカのギャング映画に出てくる有名な人ですが。
あのカポネさんもブロンフマンさんの手下の一人です。


ブロンフマンさんは、

世界ユダヤ人会議(略称WJC)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%83%A6%E3%83%80%E3%83%A4%E4%BA%BA%E4%BC%9A%E8%AD%B0

の議長をやったりしています。

今ではブロンフマンさんはシーグラム社というカナダの酒造メーカーをやっています。

ミネラル・ウォーター ボルビックを販売してる有名な会社ですよね。
キリンと合併してキリン・シーグラムも作ったことがあります。


このブロンフマンさんはベルギーの王族の子会社とも関係があり、またロスチャイルドさんとも親戚関係にあります。

そもそもブロンフマンさんは、あのデュポンの経営一族で知られているのです。

ブロンフマン一族は奴らの中でも強硬派、過激派です。
とにかくちょっとでも逆らったらすぐ殺してしまう。

つまり電通をずっと遡ると、朝鮮人ヤクザがいてその上は?

と見ると恐ろしいカナダの酒屋マフィアに行きついた。
それもアルカポネの親分のマフィアだった。

ちなみにマフィア業界で殺人数ランキング。

1位はあの伝説のマフィア。マイヤー・ランスキー一族です。
そして2位がブロンフマン一族です。

電通の親分は殺人数第2位のマフィアだった。
これでは新聞や官僚が電通の名前を聞いて失禁する訳ですね。。

メディア業界というのは上はヤクザでその上はマフィアなのです。
これは裏を知ってる人の常識です。

残虐。凶悪の殺人集団がニュースや芸能界をプロモートしている。
まぁ、前から皆様も何となく気づいていた通りの話です。

という訳で、以上。
長くなってしまいましたが。

とにかく、ミソがついてしまった東京オリンピック。
開催したってヤクザの利益になるだけですよ。

だいたい、福島ではデブリになった核燃料が地下でくすぶってるのに
なにがオリンピックですか。


※この記事はちょっと危ないことを書き過ぎでしょうかね。
時間限定で有料(ブロマガ)記事に移行するかもしれません。
http://golden-tamatama.com/blog-entry-2384.html


5. 中川隆[2652] koaQ7Jey 2016年5月28日 10:38:29 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2914]

電通や幸福の科学の背後にいる組織は欧米のマスコミを通してデマを拡散して戦争を起している

第一次湾岸戦争時の「ナイラ証言」と「油まみれの水鳥」

アメリカ政府もメディアも、イラク攻撃の世論作りのために露骨な捏造と情報操作をおこなった。世界が、みごとに嵌められてしまった。

「ナイラ証言」というのは、完璧な捏造であることがはっきりしている。ナイラというクウェートの少女が、米公聴会で「イラクの兵士がクウェートの産院の乳飲み子を保育器からだし、次々と床に叩きつけて殺したのを見た」と涙ながらに証言した。

しかし、後にこの少女は、駐米クウェート大使の娘で、ずっとアメリカにいたことが分かった。つまり、証言は真っ赤なウソだった。この証言は、アメリカの広告代理店がシナリオを作り演出したものだった。リハーサルもきちんとしていた。もちろん、スポンサーはアメリカ政府以外にない。ただし、捏造がニューヨークタイムズで暴かれたのは、1年3ヶ月後のことだ。

この「ナイラ証言」が出るまでは、アメリカの世論は反戦が多数を占めていた。しかし、この証言で世論は一気に会戦へと転じた。周到に準備された、たったひとつの捏造が、世論を完璧に逆転させてしまった。しかも、素人の少女のウソ泣きによって。


クウェートから逃げてきたとされる少女の証言だ。そのクウェート人少女は、アメリカ議会の公聴会でこう証言した。

「サダム・フセインの軍隊が病院に乱入して、保育器から赤ん坊を取り出し、床に叩きつけて殺した。私はこの目で目撃した」

 と、少女は涙を流しながら証言した。

 ところが、この公聴会での少女の証言は、真っ赤なウソだった。
 事前にアメリカの広告代理店が綿密なシナリオをつくり、何度もリハーサルをした上での証言だった。当の少女が後に暴露した。


湾岸戦争のときの「油にまみれた水鳥」の映像

 石油の海と化した波打ち際に、全身石油まみれの真っ黒の水鳥が弱々しく立っていた。いや、呆然と立っていたといった方がいいかもしれない。

 当時、メディアはサダム・フセインの「環境テロ」だと大騒ぎした。フセインがわざと油田の油を海に「放出」していると報道された。

環境は破壊され、海の生物が犠牲になっていると。油にまみれた水鳥の映像は、大きな訴求力を持った。水鳥の映像は世界中をかけめぐり、繰り返し放映された。世界中がフセインを「狂気の極悪人」として認識した。このたったひとつの映像が、永遠にフセインのイメージを世界に決定づけたのだ。

 しかし、あの映像はヤラセだった。

 まず原油が海に流れたのは、米軍の爆撃機がイラクのタンカーを撃沈したからだ。アメリカは自分の爆撃の結果を、フセインの環境テロにすり替えたのだ。そしてメディアは、タンカーから流出した油の映像に、水鳥の映像を付け加えて、効果を高めた。日本のメディアは、その映像がおかしいと知りながら、アメリカの大本営発表に沿った報道をした。

 水鳥の命をダシに、イラク市民は爆撃された。
 クジラの命をダシに、日本が爆撃されたら、日本人は納得できるだろうか。

サダム・ フセインが自国民(クルド族)に化学兵器を浴びせた想像を絶する暴君だというイメ−ジを与える宣伝キャンペ−ンがあげられる。私自身もそう信じ込まされていたし、長い間彼のことを何をしだすかわからない怖い存在だと思っていた。

しかし、これもアメリカの巧妙な宣伝が成功したに過ぎない。イラン・イラク戦争の期にイラク領のハラブシャで、イラクとイランとが互いに化学兵器を使い合ったのは確かだが、クルド人を殺した毒ガスはイラン側が所有するシアン化物だった、当時イラクの毒ガスは、マスタ-ドけいのどくがすであっっという。
   検診したトルコの医者が証言している。

しかし、スタンフォ−ド大学フ−バ−研究所特別研 究員松原久子も「アメリカは戦争を望んでいた」(文芸春秋一九九一年五月号)と題した寄稿文でこのことはっ きり書いているが、これに対する反証は出されておらず、今では 定説となっているのである。湾岸戦争後に、米軍は、降参したイラク軍のクウェ−ト陣地に少しでも化学
兵器が残っていないかと躍起になって捜したというが、ついに化学兵器は少しも見当たらなかった。イラクは国家存亡と岐路に立たせられたあの湾岸戦争でも科学兵火は使っていなのである。

http://www.freeml.com/ctrl/html/MessageForm/chance-forum@freeml.com/6841/;jsessionid=0m2cs06w21


悪魔化されるサダム・フセイン

米国は、報道機関の助けを借り、戦争を国民に納得させようと、サダム・フセインを悪魔のような人物に仕立て上げた。イラン・イラク戦争の期間は米国とイラクの問に緊密な外交、経済、軍事の協力があったが、戦争が終って数年すると、サダム・フセインは突然、「ヒットラーより悪い」独裁者となった。

 個人的中傷のほかにも様々な宣伝が行われた。その最初は石油だった。一九九〇年九月十一日、ブッシュは「あまりにも重要な資源をあまりにも残忍な人間に支配させておくことは、許容できるものではなく、今後も許容されない」と述べた。それでも、米国のかなりの人々がこれに同調しなかった。同年十一月十四日付け 「ニューヨーク・タイムズ」 は米政府の新たなアプローチを次のように報じている。

  ホワイトハウスのスピーチ・ライターがブッシュ大統領の湾岸政策について、明瞭に、そして一貫して理解を得られるよう紹介することができず、その結果、本国民の支持をつなぎとめておくことができそうにないことに、(中略)ベーカー国務長官は怒りをつのらせていると言われている。

 湾岸戦争が始まった八月以降、戦闘部隊派遣を正当化する大統領の理由は、「死活的利益」が危機に瀕していることから始まり、侵略による損害を見過ごしてはならない、サダム・フセインはヒットラーより悪い、に至るまで実に網羅均である。

……

 このため、ベーカーは失業という新たな恐怖を持ち出した。「湾岸危機を米国民の生活水準レベルで話すならば、それは雇用問題だと言わせていただきたい。なぜなら、西側の経済的生命線(石油を支配するある国により、さらに言えば、ある独裁者により、世界の経済が不況へと転落すれば、米国民に失業が生まれるからだ)とベーカーは語った。サダム・フセインは今度は、湾岸での米国の支配強化に対してだけなく、米国経済のさらなる悪化に関連しても、非難されるようになった。ただし、米国の景気が実際に悪化するのは、湾岸戦争が終った後のことである。


最も人々の注意を引いて話題となった虚報は、「保育器の報道」である。一九九〇年十月十日、人権に関する議会コーカスにおいて「ナイラ」とのみ紹介された十五才の少女は、イラク兵士が嬰児を保育器から取り出して、「冷たい床の上に置き去りにして死なせる」のを目撃したと主張した。この話は、戦争に向けて突き進むブッシュ政権によってすぐさま利用された。ブッシュはこの話をいくつものスピーチで繰り返し引用し、このようにして三百十二人の赤ん坊が死んだと訴えた。アムネステイー・インターナショナルも一九九〇年十二月十九日のリポートで、この話は真実だと報告した。

 戦闘が終ってみると、保育器の話はまったく信用できないことが分かった。時がたつにつれ、国家安全保障会議や議会で証言を行った証人は、姓名も身分も偽っていたことが判明した。姓名がイサハ・イブラヒムで、身分が軍曹とされた人物は、イブラヒーム・ベハベハニという矯正歯科医だった。先の十五才のナイラという少女は、証言では残虐行為の行われた時に病院でボランティアとして働いていたと言ったが、実は、駈米クウェート大使の娘だった。これらは、十月十日の議会コーカスを、主催した者にとって、既知の事実だったのである。

 アムネステイー・インターナショナルは一九九一年四月、保育器の話を真実とした報告を撤回した。ミドル・イースト・ウォッチは一九九二年二月、保育器の話はイラク軍による大量レイプや拷問と同じく、「明らかに戦時の宣伝工作」である、とするリポートを発表した。

今回の開戦前の国連査察結果からも、ここに抜粋しましたラムぜー氏の見解のごとくに、「イラクの核兵器保有」は、ブッシュ(父子)の捏造である事が判りました。

そして、「保育器の報道」についても、最近ではテレビ放送で、自由クウェート市民との団体が、アメリカの大手広告代理店「ヒルトン&ノートン」に依頼して「駐米クウェート大使の娘」ナイラと名乗らせ作成した「宣伝工作」であったと放映されていました。


ビアーズ次官は完成したばかりの政府広報誌「イラク 恐怖から自由へ」を紹介した。「1988年3月16日、イラク北部の町ハラブジャで、イラク軍の毒ガスにより5000人のクルド住民が死んだ」という内容で、イラク攻撃への支持を訴える意味を込めて、世界中に配布されている。

 冊子には、赤ん坊を背負ったまま道端に倒れる女性や、息絶えた子どもたちの写真が多い。「我々が発信する情報は心を打つ物語でなければ」と次官は言う。ハラブジャ事件にはブッシュ大統領もしばしば言及、「自国民を毒ガスで殺した非道なフセイン政権」の象徴となっている。

 しかし、この事件には実は謎が多い。当時、米中央情報局(CIA)のイラク担当だったステファン・ペレティエ氏(米国の陸軍戦争大学元教授)は「毒ガスはイラクではなくイランのものだった」と主張する。当時はイラン・イラク戦争のさなかで、犠牲者はイランしか持たないシアン(青酸)ガスで死んだ兆候を示していた、というのだ。


 元教授によると、ハラブジャを現地調査した国防総省の情報機関は90年春、部内報告として、クルド人殺害はイランのガスによるものと結論付けていた。ところが、連邦議会の調査委員会は「イラク軍がマスタードガスと神経ガスでクルド人10万人を殺した」と発表し、イラク虐殺説が広まったという。

だが、密室ではなく戸外に散布したガスで一度に10万人も殺せるのか――。首をかしげる専門家も少なくなかった。その後、広報誌のように「5000人」という死者数が多用されるようになったが、昨年10月のCIAの報告書は死者を「数百人」と記し、宣伝用の数字(5000人)と大きな食い違いを見せている。

テレビ放送でも、多くの評論家は、この事実に全く触れずに、“毒ガスを同国民であるクルド人に使用し虐殺した、極悪人のフセインを追放すべし!”と声高に語り、アメリカのイラク侵攻を支持しています。

「多数のメディアが、繰り返し強調する事例はまず疑え」
ということだ。

ソビエト連邦=共産主義=世界の脅威

サダム・フセイン=大量破壊兵器=世界の脅威

タリバーン=原理主義=世界の脅威

「アル・カイーダ」=テロリスト=911、疸阻菌、ロンドン爆破=世界の脅威
・・・etc.


ソビエト連邦も、フセインも、タリバーンも世界の脅威ではなかった。
意図的に強調されてきたにすぎない。
「アル・カイーダ」は実際に存在するのかどうかさえ怪しい。
本当の世界の脅威とは、常套的に情報操作し、平気で他国を爆撃するアメリカ合州国自身ではないのか。

──大量破壊兵器とアルカイダ──

 今回のイラク戦争でも、このウソによるイメージ戦略は大いに発揮された。

 イラク戦争開戦の最大の理由は、
「大量破壊兵器の存在」「フセインとアルカイダのつながり」
 だった。

 この二つの「事実」が、世界中のメディアを使って大宣伝された。狂人フセインを打倒しなければ、世界の安全は脅威に晒される、というように。フセインは世界の脅威、世界の敵になった。すでにフセインのイメージは10年前に定着している。

しかし、「大量破壊兵器の存在」も「アルカイダとの関係」も、ウソだった。

http://blog.goo.ne.jp/leonlobo/c/9596a99dfeb4a0daf5a852d62ea14fa5


マスコミ業界の世界的な中心地であるアメリカでは、マスコミは、開戦後に戦争に協力するだけでなく、政府による戦争開始の策動に協力してきた。アメリカのジャーナリズムの賞として世界的に有名なものに「ピューリッツァ賞」があるが、この賞を作ったジョセフ・ピューリッツァは、1898年にアメリカとスペインの戦争(米西戦争)が始まる原因を作った人である。

 米西戦争は、当時スペイン領だったキューバに停泊中のアメリカの戦艦メーン号が何者かによって爆破沈没され、これをピューリッツァの新聞「イブニング・ワールド」などのアメリカのマスコミが「スペインの仕業に違いない」と煽り、開戦に持ち込んだ戦争である。メーン号が沈没した理由が、故障による自損事故だったことは、後から判明した。

 この米西戦争開始の経緯を見ると、アメリカのマスコミが政府の肝いりで「イラクは大量破壊兵器を持っているに違いない」と煽って開戦に持ち込み、後で、実はイラクは大量破壊兵器を持っていなかったことが分かったという、105年後の2003年に起きたイラク侵攻と、ほとんど同じであることが分かる。

 ピューリッツァとその後の同志たちが巧妙だったのは、自分がやっていた扇動ジャーナリズムを、洗練された知的で高貴な権威あるイメージに変えることを企図し、成功したことである。ピューリッツァは、ニューヨークのコロンビア大学に巨額の寄付を行い、ジャーナリズム学科を創設した。今では、コロンビア大学のジャーナリズム学科は、ジャーナリズムを学ぶ場所として世界最高の地位にあり、ピューリッツァ賞は、世界最高の賞となっている。「ジャーナリスト」は、世界中の若者があこがれる職業になった。

 しかし米西戦争からイラク侵攻まで、「人権」などの一見崇高なイメージを使って敵方の「悪」を誇張し、自国にとって有利な戦争を展開することに協力しているアメリカのマスコミのやり方は、巧妙さに磨きがかかっただけで、本質は変わっていない。
http://tanakanews.com/g0725media.htm

ウンデッドニー以来…… (本多勝一)

 アメリカ合州国が、一方的な「ブッシュの戦争」でアフガニスタン空爆を続けている。予測されていたとおり、一般住民に多数の死傷者が出た。そして、そんなことは一切おかまいなく空からの無差別虐殺をつづけるであろうことも、予想通りである。なぜか。

 合州国の「はじまり」から点検してみられよ。この国は500余年前の「コロンブスの大虐殺」で始まる。すなわち南北アメリカ両大陸(および付属諸島)の、何千万人とも知れぬ先住民族たちの、おそらく人類史上最大の悲劇の始まりである(注1)。合州国に直接関連するものとして、北米の先住民族が最近までにどんな虐殺をされてきたかは、日本人による世界に誇れる報告『アメリカ・インディアン悲史』(藤永茂・朝日新聞社・1972年)がある。

 ワシントン初代大統領時代から強行された侵略は、最後の組織的虐殺「ウンデッドニー」で一応終るものの、そのわずか10年後(1900年)、フィリピンを侵略した米軍による「10歳以上すべて」の全男女が、ルソン島・サマル島で大虐殺された。のちの日本占領軍司令官マッカーサーの父親たるアーサー=マッカーサー将軍の命令だ。この虐殺軍の指揮官たるや、なんと米本国でのベテラン対先住民戦闘兵自身だった。つまりアメリカ先住民大虐殺の歴史は、アジア人大虐殺へと直結する(注2)。

 息子のマッカーサーを最高司令官とする米軍は、東京大空襲や広島・長崎への明白な無差別大虐殺を、「真珠湾」への“反撃”として強行する。真珠湾は軍事施設だけを目標としていたが、東京や広島・長崎等は住民の生命そのものが目標である。

 その5年後、朝鮮戦争が始まる。そこでの米軍による住民大虐殺については、たとえば松本昌次『朝鮮の旅』での「信川大虐殺」などで明らかだが、つい最近も「老斤里大虐殺」が暴露された(注3)。

 朝鮮での終戦後10年と経たぬうちに、ベトナム戦争への米軍介入だ。ソンミ事件その他、アメリカ先住民大虐殺と全く同じ無差別婦女子大虐殺が、カウボーイ米兵らによって“楽しく”行なわれた。

 ベトナム戦争終了26年後の今、父親ブッシュによるイラク戦争(湾岸戦争)を経て息子のブッシュが、国連を無視してアフガニスタンに開戦した。ウンデッドニー当時の大統領と現在のカウボーイ父子大統領とで認識に基本的違いがない以上、非白人で異教徒住民への無差別爆撃(虐殺)は当然である。良心的アメリカ人は、あくまで非主流だ。

 ここまで書いた直後、ミニコミ誌『シサム通信』10月号が届いた。その中から、アフガニスタンで長年医療活動をして今回脱出した中村哲医師の言葉――「一連の動きを見て思うのは、西部劇の続きである。勇敢な白人がバッタバッタとインディアンをなぎ倒していく。」


<注1>たとえばラス=カサスの『インディアス破壊を弾劾する簡略なる陳述』(石原保徳訳・現代企画室)などに詳しい。

<注2>詳細は拙著『アメリカ合州国』(著作集12巻=朝日新聞社)収録の「マイアミ連合からベトナムまでの合州国の道程」参照。

<注3>1950年7月に韓国・忠清北道老斤里で避難民数百人を米兵が無差別射殺。AP通信が一昨年9月に報道。
http://www2.kinyobi.co.jp/old/fusoku_oldf/386


こんな事態が許されるのでしょうか!?

ラムゼー氏の著書を見るまでは、イラクのクウェート侵攻の非は、イラクそしてその独裁者フセインに在ると信じ込んでいましたが、ラムゼー氏は、このイラクのクウェート侵攻はアメリカによって仕掛けられた罠であった事を示してくれます

その罠は、イラン・イラク戦争で疲弊し復興を図るイラクに対して、(アメリカの差し金で)クウェートは石油の過剰な増産を企て国際的な石油価格の暴落を図り、イラクの石油からの利益を削減させた上、イラク油田の盗掘等を行いイラクを徹底的に痛みつけ、イラクがクウェートに善処を請うと、イラク、クウェート、サウジアラビア、UAEによる四ヵ国の石油相会議の席上では、クウェートのサバハ外相は“(イラクに)対応するつもりはない。(中略)気に入らないことがあるなら、イラクはクウェートの領土を勝手に占領すればいい。(中略)我々は米国を引き入れる”とのも発言しています。

そして、当時のブッシュ(父)大統領は“警告も挑発もなくイラクはクウェートに侵攻した” と述べたというが、フセインはこの会議で(イラク軍のクウェート国境への集結の前日)は、“話し合いでイラクを守れないなら、事態を正しく立て直し、かつ奪われた権利をその持ち主に返還するために、何らかの有効な手段が講じられなくてはならない。全能の神よ、我々は忠告を与えたことを覚えておいてください” と語りクウェートに警告を発していたことが紹介されています。

中東で戦争を望んでいたのはイラクではなく、米国の巨大勢力だった。つまり、巨額な予算を維持したい国防総省、中東への武器販売と国内の軍事契約に依存する軍需産業、原油価格に対する支配力強化と利益の増大を望む石油公社、ソ連の崩壊を米軍の中東常駐の絶好の機会と考え、石油資源の支配により巨大な地政学的勢力を二十一世紀に向け構築しようとするブッシュ政権だった。


国防総省の課題は、拡張よりも再建に腐心するイラクを、どうしたら米国の軍事介入を正当化できる行動に駆り立てることができるか、であった。このような危機的状況を創り出すため、国防総省はクウェート王族との特別な関係に頼ろうと考えた。

イラクがイランとの戦いに没頭している最中、クウェートは国境を北方に移動させ、ルメイラ油田の中の九〇〇平方マイルを占拠した。クウェートはこれに加え、米国から供与された傾斜穿孔技術により、イラク領土内に間違いなく位置するルメイラ油田から盗掘を行った。イラン・イラク戦争が最高峰に達した時、イラクの石油輸出能力は低下したが、クウェートは盗掘したイラクの石油をイラクの消費者に売りつけて大いに儲けた。

クウェートは戦争期間を通じ、イラクに三百億ドルを貸与したが、その大部分はクウェート自身がイランから直接的脅威を感じた後のものだった。戦争が終ると、クウェートの指導者はイラクに返済を求めたが、イラクは戦争により八百億ドル以上の被害を受けていた上、クウェートの身勝手な行動で石油価格が引き下げられていた。

イラクにとって債務の即刻返済は不可能だった。

一九八八年から九〇年にかけ、米国防大学の研究が予想した通り、イラクは外交によりクウェートとの紛争解決に努力した。一方、クウェートは、情報筋のすべてが認める通り、一貫して傲慢で非妥協的だった。


サダム・フセインはバグダッドで開催されたアラブ連盟首脳会議で次のように述べた。

戦争は通常、「軍隊の越境、破壊行為、殺人、クーデター支援により遂行される。(中略)そして、現在行われていること(クウェートの石油政策)はイラクに対する戦争である」。

一九九〇年六月、イラクはアラブ数ヵ国に外交使節を派遣し、原油価格の若干の引き上げを可能にする新たな生産割当を訴えた。クウェートはこの生産割当を拒否したが、さらにイラク、クウェート、サウジアラビア、UAEによる首脳会談の開催というイラク提案まで拒絶した。

 七月十日、前記四ヵ国の石油相会議がやっと開催され、原油価格の漸次引き上げが可能となる生産割当が決められた。ところが、翌日、エミールと会談したクウェート石油相は、原油生産を十月まで大幅に引き上げると発表した。

サダム・フセインは、クウェートと米国がイラク経済の破壊を共謀していると公然と非難し、「話し合いでイラクを守れないなら、事態を正しく立て直し、かつ奪われた権利をその持ち主に返還するために、何らかの有効な手段が講じられなくてはならない。全能の神よ、我々は忠告を与えたことを覚えておいてください」と語った。イラクの戦闘部隊がクウェート国境に結集し始めたのは、この翌日である。

 言い換えるなら、イラクは、経済戦争が仕掛けられていると認識しており、事態はそれほど深刻だ、と警告したのである。ブッシュ大統領は八月八日の声明で、警告も挑発もなくイラクはクウェートに侵攻したと述べたが、これは真っ赤な墟である。

http://members.jcom.home.ne.jp/u33/i%20think%20030322.htm


1990:米国の承認の下、クウェートに侵攻。

米国の承認?

1990年7月25日、勢いに乗る独裁者は、米外交官で駐イラク大使のエイプリル・グラスピーとバグダッドで会談。サダムがグラスピーに、イラク石油のちょっとした首長権限をめぐってクウェートに攻撃を仕掛ける際に、アメリカが反対するかどうか確認したところ、このアメリカの使者はこう語った:

「私たちに意見などありません。(国務長官の)ジェームズ・ベイカーが私を寄越したのは、指示を確認するためだけです。それはつまり、クウェートはアメリカと連合関係にないということです。」

サダムは彼女の発言を録音していた。グラスピーは、1991年の議会証言で、父ブッシュがイラクのクウェート侵攻を承認したと世界中の外交官が見なすことになる録音について、その信憑性を否認できなかった。

http://hiddennews.cocolog-nifty.com/gloomynews/2004/04/the_best_democr.html


湾岸戦争はアメリカが仕掛けた罠だった

1991年1月17日、湾岸戦争が始まった。しかしながら、軍事偵察衛星から送られてくる写真から、米ソはイラクがクウェートに攻め込む何日も前から、フセインの軍隊の大規模な移動と、クウェート国境への集結を確実に把握していたことが、関係者の証言で明らかになっている。1990年7月20日に打ち上げられたソ連製スパイ衛星「コスモス2086」が、突然軌道を変え、侵攻直前のクウェート上空を集中的に飛行していたことが、徳島市の「民間・人工衛星追跡組織(LAT)」の調査によって明らかにされた。(1990年10月23日付け「朝日新聞」による)

 他国の衛星の位置を確認しているアメリカが、このソ連衛星の動きを察知していたのは確実で、つまり、「奇襲」とされるイラク軍の侵攻を事前に知っていたことになる。

 もし、アメリカが本気でイラクのクウエート侵攻を沮止しようとするならば、第7艦隊をペルシア湾へ向かわせ、イラクへ警告を発せば、良いことだ。そうすれば、湾岸戦争は回避されていた。

 また、当時のイラク駐在のグラスピーというアメリカ女性大使が、フセインの国家再建努力を褒めて、「アメリカはイラクの行動には関心がない」と言ったのだ。


さらに、国務省の中東専門家であるジョン・ケリー国務次官補が記者会見で「クウェートが攻撃されてもアメリカにはクウェートを助ける責任がない」と公言したのだ。

 さらには、1989年、クウェイト国家公安局長がCIAを「極秘」に訪問し、「非公式会談」を行なっている。

「イラクの経済情勢の悪化を利用して、イラクがわが国との国境を画定しようとするよう仕向けることが重要である、との点で米側と一致した。CIAは、彼らがふさわしいと考える圧力のかけ方を説明し、こうした活動が高いレベルで調整されることを条件に、両国間の幅広い協力関係をつくるべきだと詳述した」ケネディ政権の報道官で、ABCテレビ欧州中東総局長ピエール・サリンジャー他による「湾岸戦争 隠された真実」で、アメリカとクウエートの密約文章の中身をこう紹介している。

 という訳で、フセインはまんまとアメリカが仕掛けた罠にハマったのだった。

http://www.election.co.jp/column/2001/k20011121.html


イラクの湾岸戦争をテレビ報道を見ていて、イラクがクウェ−トに侵入し破壊している様子が映し出されていましたが、その裏にはアメリカのCIAの情報工作があり最初イラクのクウェ−ト侵略を容認した節がある。

 それを、鵜呑みにしたサダム・フセイン大統領がアメリカの思う壺にはまり、悪者にされてしまったのである。

 イラク人の破壊よりも、アメリカの爆撃機の破壊のほうが本当は多大だったのです。

私達は、日本が真珠湾攻撃をしましたが、アメリカは、その情報を先に知っていて、日本の攻撃を口実に日本に宣戦布告してきました。

 時代が変わっても、アメリカのやりかたは、同じなのです。

クウェ−ト(親米政権)は隣のイラクの原油盗掘を行い、また、クウェ−ト人は周辺の貧しいアラブ人を労働者として酷使し、大きな利益を得ていた。これにイラク(フセイン)が抗議したが無視。このため、イラクはクウェ−トを攻撃、占領した。

 クウェ−トは欧米に支援を要請。米を中心とする多国籍軍が編成され、ハイテク兵器を駆使した大攻勢が行われ、一瞬でイラク軍は粉砕され約30万人が戦死しイラクは敗北した。放射能汚染を招くウラン弾頭も使われ、死者の半数は民間人であった。また、国連の降伏勧告を受け入れ、イラクに戻る途中の無抵抗のイラク軍に対し、米軍は隊列の前後の集団を攻撃し足止めした後、「動くもの全て」を対象とした大殺戮を行い、約1万人のイラク兵を全滅させた。イラクへ向かう道路には死体が累々と並び、「死のハイウェイ」と呼ばれた。これらの行為に対し、イスラム勢力の中ではテロによるアメリカへの報復を叫ぶ者も多かった。
http://www.geocities.co.jp/NatureLand/5930/newpage117.htm

湾岸戦争はアメリカなどの、軍需産業を持った多国籍企業という死の商人によって仕組まれた戦争だった。

フセインに資金を送り続けたのはイタリアの銀行であり、化学兵器を造らせてきたのはドイツやソ連であり、原子炉とウランは堂々とフランスから売却され、スーパーガンはイギリスから輸出され、アメリカは資金援助を行ないイラクを戦争ができる国に育ててきた。フセインに戦争させるという作戦を実行してきたのが、この軍需産業ファミリーだ。

[『国連 死の商人』(P.34)、広瀬隆(1992)、八月書館]

世界を飛び回って多国籍企業が操る「影の政府」の意思を世界に伝えて回ったベイカー・アメリカ元国務長官。ユーゴ内戦の国連事務総長特使であり、かつ、アメリカ第2位の軍需産業ゼネラル・ダイナミックスの重役であり、かつ、大マスコミのニューヨークタイムズの重役であるサイラス・ヴァンス。他のイラク在住外国人が足止めをくらったときに、イラクのフランスに対する30億ドルという借金をたてにフランス人のみを脱出させたミッテラン・フランス大統領。

僕たちが新聞やニュースで知ることのできる彼らの肩書きは、長官や大臣や、代表といった平和的なもので、人殺しを職業とする兵器工場の経営者という素性がどこにも書かれていない。ところが原爆・水爆・ミサイル・戦闘機から地雷まですべてを造り、ゲリラ戦の特殊部隊を生み出す戦慄すべき国際グループというのがこの一族の正体だ。

[『国連 死の商人』(PP.36-42)、広瀬隆(1992)、八月書館]


また、この一族の系図は、軍需産業とアメリカ、イギリス、フランスといった多国籍軍の中核をなした各国の政府や、国連、マスコミが一体である証拠だ。近代の戦争はすべて彼ら「影の政府」が仕組んだものだ。

そして湾岸戦争直前の1990年、世界の軍需産業が不況にあえぎはじめていた。その軍需産業の不況を打破するために、多国籍軍が湾岸戦争を引き起こし、大量の兵器を消費して儲けようと企てた。

また、軍需産業とアメリカ政府とのつながりは、現在ますます強まっており、クリントン大統領の閣僚の多くが、多国籍企業の重役出身である。
例えば、現在アメリカの国務長官のクリストファーがいる。彼がクリントン大統領から指名されたとき、潜水艦用の核ミサイル、「トライデント」や、湾岸戦争で使われたステルス戦闘爆撃機をはじめとする軍用機を数多く製造したアメリカ第3位の軍需産業ロッキード社の現役重役だった。

アメリカ大統領直属の情報機関、CIAの長官であるジェイムズ・ウールジーは、アメリカ国防総省との取引額第8位のマーティン・アリエッタ社の重役だった。この会社が生産していたトマホーク巡航ミサイルも湾岸戦争で有名になった。

さらに、クリントン政権は各軍需産業から政治献金を受け、彼らに操られていることがこの面からもわかる。ゼネラルモータース、GTE、テクストロン、グラマン、ゼネラルダイナミックスといった軍需産業がクリントン政権やアメリカ議会議員に政治献金をしていることが明らかになっている。

このようにアメリカは軍需産業のために政治を行なうような仕組みになっている。それがアメリカが世界各地で戦争を勃発させている理由である。

湾岸戦争で多国籍企業は国連を思いのままに操りイラクを世界から孤立させた。そしてこの国連ビルがそびえるマンハッタンの土地を寄贈したのはアメリカ最大の財閥ロックフェラー財閥だった。文字どおり、国連はアメリカの多国籍企業の手のひらの上にある。

また、多国籍企業は、新しい国連事務総長に、ガリを送りこんだ。ガリは、「影の政府」の方針を決定するダボス会議のメンバーである。
http://yiori.tripod.com/aum_related/aum1.txt

今こそ合州国の正体直視を  本多勝一

この一文が出るころ、アメリカ合州国の体制主流は、イラク侵略を開始または開始寸前にあるだろう。

 国連安保理外相級会合に米英ら3国が今月7日提出した修正決議案は、国連安全保障理事会で11日に採決にかけられる見通しだが、ここで否決されても、合州国は単独で開戦・侵略に踏み切る構えである。

 あたりまえだ。アメリカ合州国の歴史は、こういうことの連続の末に今日の地球史上最強・最悪の帝国となった。ワシントン初代大統領以来の二百余年間は、手段を選ばぬ詐欺・脅迫・テロ・虐殺による侵略史にほかならぬ。そのことはこれまで機会あるごとに触れてきたが(注)、目前でまたしても超大軍事力によって同じことが強行されようとしている今、「正確な合州国史」にうといままその正体に気付かぬ例が多い日本人のためにも、このさい改めて正面から指摘しておきたい。

 ただし、こんどのイラク侵略が開戦されてもされなくても、これはコロンブス以来のヨーロッパによる世界侵略500年史の中で、ベトナム戦争とともに画期をなす歴史的事件となるかもしれない。

米西戦争などで世界制覇競争に勝った合州国は、それまでに北米大陸での先住民族侵略をウンデッドニー虐殺によって終了していたが、以降そのままハワイ・グアム・フィリピンへと「西部へ西部へ」を進めた。朝鮮戦争につづくベトナム戦争で、合州国軍隊はワシントン初代大統領以来初の敗戦を喫したものの、侵略のための巨大軍需産業や体質に傷はつかなかった。その成りゆきとしてのイラク戦争(12年前も今回も)である。ところが、合州国の正体に気づき始めた人々の世界的盛上りによって、開戦寸前での中止か、開戦してもベトナム以上の反戦の広がりで帝国の没落となるかもしれない。この500年来の画期をなすゆえんである。


合州国は“民主主義”をタテマエにしている。実態はともかく、民意を完全・明白に無視した侵略は支持されない。そこで開戦のとき必ずといえるほど使われるテこそ、相手が先に攻撃したとみせかける捏造事件である。これは先住民族への侵略以来イラクまで一貫してきた。

戦艦メーン号爆破事件(米西戦争)をみよ。トンキン湾事件(ベトナム戦争)をみよ。真珠湾(太平洋戦争)をみよ。その他その他。

これを書いている9日の朝日放送(サンデープロジェクト)は、イラクのクウェート侵入(これも裏に合州国あり)にさいして、イラク兵が乳児を哺育器から出して次々と放り投げた様子をクウェートの少女に証言させたこと、これが繰り返し放送されて世論を憤激させ、開戦に有利になったこと、ところが後に、この少女は駐米クウェート大使の娘で、証言は捏造だったこと等を放映した。

 こんどはどんな捏造が、いいように操作されるマスコミによって“報道”されることだろうか。

 開戦寸前の今、このテーマは「未完」としておく。
http://www.kinyobi.co.jp/KTools/fusoku_pt?v=vol451

景山民夫は幸福の科学を操っている組織の事に気付いて退会しようとしていたのですね。

それで口を封じるしかなくなったという事でしょう。



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