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沖縄パナリの秘祭 _ 臨月になった美女を引き出して洞の中で行う秘密の儀式とは
http://www.asyura2.com/12/lunchbreak52/msg/446.html
投稿者 中川隆 日時 2012 年 10 月 08 日 00:07:10: 3bF/xW6Ehzs4I
 

新城島(パナリ)
http://www.youtube.com/watch?v=-0p9BHXUbmA
http://www.youtube.com/watch?v=lVAmBAq_Wz4
http://www.youtube.com/watch?v=1Ehez1XIhIg
http://www.youtube.com/watch?v=aL5Fj-Iv63o
http://www.youtube.com/watch?v=Nt_0KxEgZBM


新城島 豊年祭
http://www.youtube.com/watch?v=B9eVG7kOPP4


『新城島・島のレポート』島の散歩
http://shimanosanpo.com/churajima01/aragusu00/index.htm
http://okinawan.flop.jp/okinawan/okinawan.cgi?action=make_html&cat=32&txtnumber=log&next_page=16&t_type=


新城島(パナリ)人魚神社
もちろん立ち入り禁止です。別名「ジュゴン寺」
http://www.ishigaki.fm/panari/ningyo.html

新城島(パナリ)美嶽神社
もちろん立ち入り禁止です。
http://www.ishigaki.fm/panari/mion.html


石垣島、平得(ひらえ)村のツナヌミン
http://www.youtube.com/watch?v=LUZ27b7rFnk


CWニコル沖縄久高島へ
http://www.youtube.com/watch?v=iOzAJC-ItGo&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=07UohkbyKrk
http://www.youtube.com/watch?v=HdVuKyiSPhQ
http://www.youtube.com/watch?v=xz2tsTPFvqA
http://www.youtube.com/watch?v=kt7sHCyVPwA


石垣島をはじめとする他の離島からの定期便がない島、新城島(あらぐすくじま)。

「神の島」とも呼ばれ、島内には立ち入ることができない神聖な場所が多々ありますので気をつけましょう。

新城島は2つの島から構成されており、一般的にツアーで行けるのが上地島。もう一つの下地島は牧場があるだけの島です。

新城島へは黒島などからのツアーで行くことができます。また西表島からもチャーター船やシーカヤックなどで行くこともできますが、一番確実なのが黒島からのツアー。民宿くろしまさんの日帰りツアーを活用することをおすすめします。

また神聖な島なので新城島内で移動できる場所はあまり多くなく、港中心に見る場所が限られてしまいます。もちろん住んでいる方もいらっしゃるので、新城島内では静かにしましょう。

地図
http://www.ishigaki.in/aragusuku-top.html
http://www.ishigaki.in/spot-aragusuku-panarishukuhakujo.html
http://www.ishigaki.in/map-aragusuku-panarishukuhakujo.html

http://maps.google.co.jp/maps?q=%E6%96%B0%E5%9F%8E%E5%B3%B6&hl=ja&prmd=imvns&biw=1047&bih=892&um=1&ie=UTF-8&sa=X&ei=nhVwUJXbHsbjmAWez4GwBw&ved=0CAsQ_AUoAg

http://www.google.co.jp/search?q=%E6%96%B0%E5%9F%8E%E5%B3%B6&hl=ja&prmd=imvns&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=ExVwUJrCD8LRmAW4-IGoBg&sqi=2&ved=0CDYQsAQ&biw=1047&bih=892

新城パナリ島宿泊所

島に入って集落の左側(北側)にあります。黄色い建物が特徴的で手書きの看板が良い味を出しています。ただ島へは気軽に入っていけない神聖な島なので、遠くから眺めただけで詳細はよくわかりません。宿も夏シーズンだけで冬シーズンは宿の人が石垣島に戻ってしまうので宿泊はなかなか難しいかもしれません。

基本的におじぃとおばぁの家に居候する感じで、ある意味離島の家を感じることができると思います。食事も3食付きなのでプチ離島ライフを味わえるかも?ただ島への往来は定期船がないので、ツアーの船に乗せてもらったり、また石垣島からは大原行きの船が立ち寄ってくれる場合もあります。行かれる際は船会社へ確認した方がいいと思います。

0980-85-4800
\6000(3食付)
http://www.ishigaki.in/view-aragusuku-panarishukuhakujo.html


パナリ島観光(新城島観光)

沖縄県八重山郡竹富町字新城18
電話/FAX 0980-85-4120
携帯電話 090-4984-8800
代表者 西泊宏信

1泊素泊まり3000円
http://panari88.com/index.html


_______

沖縄の離島に行こう〜パナリ(新城島)編
GATさん 旅行時期 : 2011/05/25 - 2011/05/25

新城島またの名をパナリ。

人口9人(島に常時住んでいる人は3人程で残りは石垣島に住んでいる)

民家は30軒程で売店なし銀行なし警察なし自販機なし宿は2軒のみとまさに離島!(電気と水道は西表島から供給されています)

石垣島から西表行きの高速船で30分、定期船が運行されていないのでパナリ島観光のツアーに参加して行くのが一番お手軽

(他にも黒島や西表島からのシュノーケリングツアーやダイビングツアーの休憩時間に少し上陸できる見たい?
それと西表島から週1便?の郵便船に同乗する料金は?但し自由行動なし)

現在は燃料高騰により半日ツアーは休止中との事1日コースのみで大人10500円(船・昼食代込)

詳しくはパナリ観光のホームページを見てね
http://www.panari88.com

9時に離島ターミナルに集合して石垣島9時半発の西表大原行きの高速船でパナリへ。通常は西表島経由でパナリに向かいますがこの日は台風対策で帰る島民が乗り込んでいるためパナリに直行!(そのため西表島から参加の1名はツアーに参加できず)

10時頃にパナリ港に到着(船内にはマイク一切入らず西表島行きの観光客は「ここ何処?」って感じみんなキョロキョロしてました。

ちなみに運賃は片道3500円と割高です。


パナリ(上地島)の港。

定期船がないのに綺麗、しかも岸壁付近のお手洗いも綺麗で水も普通に流れる!
観光地小浜島の大岳入口のお手洗いは水も流れんだのに...。

パナリ島観光の建物。
昨年12月新築で宿泊可1泊素泊まり3000円(10名程宿泊可?)、
食材は石垣島で買い込みましょう。TVは地デジ対応でびっくりしたよ!

昼食まで自転車を借りて集落からの1本道を南西へ。

途中にあるヤマハのリ-ゾ-トホテルの残骸。
30年程前に試験営業され早々に採算が取れず営業中止になったらしい。
完全に自然環境を損ねている。


ビーチへ徒歩で。
ちなみにこの島にハブは生息していないので安心安心。


浜崎のビーチ。
向こうの島はパナリのもう一つの島、下地島(牧場で従業員2名が滞在)。
大潮の干潮時には歩いて渡れるとか?
下地島に行くには黒島からのシュノーケリングツアーに参加してビーチに上陸出来る見たい?但し島内へは私有地につき許可がいるみたい?)

昼食はこんな感じ。
人数が多いと弁当になることも。


集落内。
人は住んでいませんが新築の家はたくさん。
普段は石垣島で働いていて島の行事には帰って来るみたい、まるで別荘や。


もう1軒の宿、新城パナリ宿泊所。3食付きで6000円程?
連絡先は0980-85-4800


北西海岸のビーチ。
シュノーケリングはこのビーチで行います。ここの珊瑚は凄いらしい。
時間までパナリ島観光の建物で休憩して(シュノーケリングした場合はシャワーと着替え可)港へ。

帰りは西表島大原経由で石垣港へ!
http://4travel.jp/domestic/area/okinawa/okinawa/kumejima/travelogue/10570050/


新城 パナリ島 宿泊所 2009年 11月 15日

11月12〜14日

仕事で沖縄県八重山郡竹富町新城島に行く機会に恵まれました。
新城島にはジュゴンを祭った御嶽(うたき)があって、沖縄に来た当初(1991)は、ジュゴンがいるとしたら新城島に違いないと思っていました。
(当時は沖縄北部にジュゴンがいるなんて思っても見ませんでした。)
その頃から、一度は行ってみたい島でした。なかなか機会がなかったのですが、今回初めて行くことができました。

ジュゴンの御嶽 入れるのはここまででした。写真撮ってもよかったのかな?

新城島は敷居の高い島です。
観光客が定期船(安永観光)で島に入るのは厳しいようです。

新城島(パナリ島)へ行くには、パナリ観光ツアーのようなものがあり、そこに参加するのが一番手っ取り早いのではないかと思います。

ただし、島の民宿に予約して、民宿から連絡を入れてもらえれば、すんなり予約して乗ることができました。日帰りの場合、安永観光に仕事を証明する書類の提出を求められました。

石垣島からは西表島大原行きの船が、客が居る場合に立ち寄ります。
9:30発と15:30発の2便。往復2930円でした。

今回御世話になった新城パナリ島宿泊所です。

沖縄の民家です。黄色がおしゃれです。
横から、泊まる場所です。看板。
奥がおじいとおばあが住んでいる家です。


新城パナリ島宿泊所
0980−85−4800
1泊3食付きで6000円。

初日に新城島についたのが10時頃。
お昼はないだろうと思って弁当を石垣島から買ってきたが、ちゃんと用意してくれていました。

夕食は沖縄の家庭料理でこんな感じ。

沖縄の民宿の共通事項なのか、量はとても多いです。

おじいとおばあの住んでいる部屋の前で食べます。
写真の白い椅子のところ。
雨の日は、寝る部屋で食べました。

宿は沖縄の古民家なので、窓や網戸はありません。雨戸だけです。

夜、雨戸の隙間からネズミが一匹入ってきて、部屋の隅を歩き回って出て行きました。
開放的な部屋です。

寝るとき驚いたことに、寝具に敷き布団がありません。
ゴザとタオルケットと布掛け。同僚と顔を見合わせてしまいました。

しかし、畳部屋に寝られて、雨露がしのげるだけでもありがたい。
これもありかなと思いました。

寝るときにふと天井を見ると、なにやら虫の集団が1ヶ所にかたまっていて、ヤモリがちょっかいをだそうとしています。食べるには大きすぎるようですが、興味津々の様子。始めその虫がハチに見えたので、蜂の巣をつつくのは、やめてくれーと思っていました。
結局何事もなく、その虫がなんなのかもよくわかりませんでしたが、2日間ともずっとそこにいました。

トイレは部屋の中、シャワーは部屋の外にあります。
部屋には炊事場と冷蔵庫、コンセントもあります。
auは部屋のなかではアンテナが立ちませんが、外では3本立ちました。

とまあ、民宿の様子はこんな感じです。

新城島に泊まれて3食べられるだけで、ありがたいと思っていたので、自分的には大変満足でした。

夏の暑い時期だったらもっと楽しかったかもしれません。
今回は、天気も悪く、海も荒れていました。

同僚は朝港でカツオを釣り上げました。ルアー釣りです。
ここでカツオが釣れたのははじめてだとおじいが言ってました。
晩のおかずになったのは言うまでもありません。

おじいとおばあと話をするだけでも楽しいかもしれませんよ。
話し好きです。
おじいは新城島出身。体調が悪いようで、寝ていることが多く、ちょっと心配です。
おばあは、おばあというには若いから、ちょっと失礼かな。

予約するときは、相手が沖縄のおじいとおばあということをお忘れなく。
おじいは耳が遠いので特に。気長に、確実に。

11月21,22日ぐらいに最後のお客さんが来て、そのあと宿を閉めて、おばあは石垣に帰ると言ってました。おじいは静かな新城島で過ごす方がいいと言ってました。


新城島の様子です。

メインストリート
島の人口は4〜5名。道はきれいになっています。

家もきれいになっています。
住んでいなくてもときどき手入れにきているそうです。
http://venga.exblog.jp/12325390/

贅沢な時間の流れる宝の島

 新城島に降り立つと時間の止まった空間に入った感覚におそわれる。贅沢な時間の流れる島だ。

現在、上地島に5世帯6人の島民が住み、牧場の広がる下地島には1人が住んでいる新城島だが、石垣や、沖縄、本土には500人を越える郷友がいる。伝統行事を柱にした島の方向性から未来が見えてくる。


島に帰る、ぜいたくな生活

 現在、新城公民館長を務める島仲信良さんは、定年退職後新城島に帰ってきた。竹富町役場に勤務している間は仕事の関係で石垣で生活をしていたが、前々から計画をしていた生まれ島へ帰り5年になる。

 「仕事をしているときはなかなか島に帰ってくることができなかった。しかし退職したら島に帰ってこようと決めていて家も建てていた。帰ってきたら公民館長をやるように言われて、いとこの安里真吉さんから引き継いでいます」

 島仲さんの言葉からは島に帰ってきた喜びと充実した暮らしぶりがうかがえる。昔と違って電気・水道・ガスにも不便をしない、お店がないので石垣に買いだしに行くことになるが、米と調味料があれば魚もとれるし山に野菜もあり1人なら自給自足ができる。竹富町の議員である島仲さんは、議会のときや用事があるとき以外は島にいるという。

 「医療体制がないので緊急の場合の心配や台風などで天気が悪くなると、防波堤がないため船が接岸できず10日以上も船が来ないこともある不便さはありますが、島での暮らしはぜいたくですよ。帰ってきてよかったと思います」

 現在、島仲信良さん、安里真吉さん、西大舛高一さん、新強さん、屋嘉部善司夫妻の5世帯6人が住んでいる新城ではあるが、部落内には屋敷があり、多くの人が住んでいるように見える。

郷友の人たちが、行事のときなどに寝泊まりができるように家を建てているからである。そして毎週というほど家の掃除をしに島に帰ってきて、庭はきれいに掃除されていて草も伸びていない。数人で共同管理をしている人たちもいるという。

 「屋敷は普段からきれいにしておかなといけないという意識があります。行事のときだけでなく、また住んでいなくてもきれいにしてある」

というのは、家を持つ人たちの共通の認識。現在、屋敷は26戸あり、特に豊年祭のときにはたくさんの郷友たちが訪れ島はにぎやかになる。

 「新城の人は伝統行事があるからまとまれるんです。
年4回大きな行事があり、そのときに石垣・沖縄本島・本土からも島に帰ってきてお互いの無事を確認します。

もし伝統行事がなかったら島は守れなくなると思います。そのために郷友会の人は、土地も屋敷も大事に残してあるんです」

 島民は6人だが新城公民館員は26人いる。島に住んでいなくても、島に屋敷を持つ人たちも役員をしたり館員となっている。島民の少なさを郷友たちも一緒に補っているのである。

島を支える郷友会の存在

 新城はかつては上地島、下地島を合わせ700人以上の住民が住み、両島に小学校もあったが生活を営んでいた島民たちには、島を離れなければならない歴史があった。
 昭和16年に沖縄県の移住政策により、南風見(現在の大原)開墾のため上地島・下地島から半強制的に移住をさせられた。戦争が激しくなるにつれて途中で移住政策は挫折してしまうが、新城からの移住者の中には戦時中にマラリアにかかってしまい命を落とす人が多かった。その後、約30戸の人々が新城に戻った。そのこともあって大原には、今でも新城出身の人たちが多く住んでいる。

 戦前はカツオ漁での隆盛があり、戦後は農業を中心とした島だった新城は、サトウキビを作り製糖工場もあり、米は西表に田んぼがあって男たちが渡って稲作を行っていた。島では粟・麦・豆類などを作っていて、自給自足の生活をしていた。昭和38年に、上地中学校が古見、由布中学校と共に大原中学校に統合された頃から、島民が島を離れ出した。子どもが中学校へ行くと同時に家族で島を離れることになった。

 学校も一番生徒が多いときで、約30名もいたという。そして、西表島からの海底送水が行われた昭和50年に、上地小学校は廃校になってしまった。皮肉なことに水道施設が完備され生活がしやすくなったときに島民が少なくなっていくのである。それまでは「水のない島」として天水の利用を余儀なくされ、時には西表島まで水をくみに行くこともあって、島の屋敷には今でも水をためるタンクが残り、当時をしのばせる。電気は昭和63年、西表島からの海底送電が実現、24時間点灯が可能となった。

 島民は少なくなったが、郷友会の人たちが島を盛り上げている。石垣・西表・沖縄本島・本土にいる郷友会員はいつも島を想い、豊年祭のときには多くが島に帰ってくる。
 「行事がある限り島は守られるし、また郷友会の人たちのふるさとを愛する想いも薄れない」

と郷友会の人たちは口を揃える。郷友会の人たちの中には、島に帰りたいと思っている人たちがたくさんいるが、仕事がなかったり家庭の事情で難しい現実がある。

 仕事があったら、退職をしたら、余裕があったらと前向きな意見である。島に移り住む人が増え、屋敷を構える人たちが増えれば島は活性化していく。そんな現実も遠い将来ではないような気がしてくる。「出身者以外の人で住みたい人はたくさんいるんじゃないですか?」と聞くと、

「のんびりとした島で生活したいという人はたくさんいると思うが、出身者が帰ってくることが島の将来を考えるといいと思う。島おこしは島の人でやっていかないと」
http://jaima.net/modules/readings/index.php?content_id=93

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        )〉ヽ}\::::::::::::\:::::::::::::::::::::::::::::::::::\       ,,..ィa         ノ::::/:::/

A.秘祭


秘祭 (新潮文庫) 石原慎太郎 (著)
http://www.amazon.co.jp/%E7%A7%98%E7%A5%AD-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E7%9F%B3%E5%8E%9F-%E6%85%8E%E5%A4%AA%E9%83%8E/dp/4101119082


人口わずか十七人の南西諸島の孤島をリゾート化しようと、観光会社の青年、敏夫が島に赴任する。前任者が事故死した為だ。

島の和やかな雰囲気や、島唯一のいい女、タカ子に魅了され島に惚れ込む。タカ子も敏夫が気にいったようで、二人は即、獣のように愛を交わすようになる。社命で赴任したとはいえ、仕事らしい仕事はせず、タカ子とセックスばかりしている敏夫だが、島で生活していく内に、段々と島のタブーが見えてきた。

まずおかしいのは、檻に入れられている男、ミノルの存在。
言葉は発っせず、原始人のような風貌で獣のようにウーウー吠えているだけ。島の人は

「ミノルは頭が弱くて乱暴することがあるのでね」

とあっさり言うが、明らかに異常な光景だ。

さらにある晩、漁に出た敏夫が見たのはタカ子が他の男と交わっている姿。
タカ子に問い質すと、「嫌なら私を島から出して」と懇願する。
どうやらタカ子は島の男全員と寝ているらしい。このことから、段々とこの島の異常性が露わになっていく。

乱婚、近親相姦、暴力、拷問、殺人…。

近親による性交の歴史により、この島は狂人パラダイスと化していたのだった!
前述した、檻の中の男は島の秘密を漏らさないよう、舌を切られていたのだ。

敏夫の前任者もこの秘密を知って殺されたらしい。そして、知りすぎてしまった敏夫は、タカ子を連れて島を出るため島の老人たちに、「訴えることもできるんだぜ」と脅す。老人たちは

「わしらが島を出ます。だからあんたもこのことは黙っておいてくれんかね」

と、屈伏したように見せかけるが、結局、敏夫は別れの酒と称した杯に毒を盛られて眠らされ、ボコボコに拷問された揚句殺されてしまう。

時は流れ、何も知らない敏夫の後任の青年がまた島に赴任して来た。木の下に不自然に土が盛り上がった土饅頭が二つある。「あれは何ですか」と、島の人に聞いてみると、

「ああ、あれは昔から人魚の墓と言われておってな…」

…それが敏夫とその前の前任者の墓であり、

いずれ自分もそこに葬られることになるとは思いもしないであろう…。
http://hojomatsugoro.blog41.fc2.com/blog-entry-982.html


   奇祭アカマタ・クロマタ 美女が洞の中で男衆と妖しい儀式

 アカマタ・クロマタは、八重山列島の新城島、西表島の古見集落、小浜島、石垣島の宮良集落で行われている。場所ごとに開催日はずれているが、それぞれの期間は3日間。開催日時は島民と関係者以外には知らされない。

 アカマタ・クロマタに関する文献や写真は極端に少ない。中でも新城島に関しては、さらに厳しいかん口令が敷かれて、外部にはまず漏れない。

 漏れ伝わる話によると、新城島では1日目の夜にアカマタ・クロマタを生む際に秘儀が行われるという。
「ザーシンカと呼ばれる男性による祭祀集団がナビン洞の前に並ぶと、30代後半の美しい女性が介添え役の女性に連れられてやって来る。この美しい女性は、ナビン洞の中に入るとアカマタ・クロマタを生むためにザーシンカの男衆たちと妖しい儀式をするという」

 あくまで噂の域を出ないが、島の人たちが観光客などの行動を異常に警戒しているのは秘議にまつわるタブーを暴かれることを恐れているのかもしれない。
   2011.8.5 東京スポーツより
http://sky.ap.teacup.com/f45362/1674.html


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              ノ:ノ::ノ;/;;;;;i;;i   あ…ん? ああ…あああ…いや? いや? ダメぇ!
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行ってはいけない!ニッポン「不思議島」異聞 (別冊宝島 (1323)) [ムック]

秘密を知ったら戻れない ・ ・ ・ 日本最後の秘境 ! !
民俗学者たちも恐れる離島最大の禁忌 聖地・人魚神社と禁断の秘祭に潜入
http://tkj.jp/book?cd=20132301
http://www.amazon.co.jp/%E8%A1%8C%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%AF%E3%81%84%E3%81%91%E3%81%AA%E3%81%84-%E3%83%8B%E3%83%83%E3%83%9D%E3%83%B3%E3%80%8C%E4%B8%8D%E6%80%9D%E8%AD%B0%E5%B3%B6%E3%80%8D%E7%95%B0%E8%81%9E/dp/479665304X




残念ながら新城島だけはここ数年、観光客は入れないとか、ネットに書かれることを恐れているらしい。

 アカマタ・クロマタ?赤股・黒股?

赤い股が女で黒い股が男?

30代後半の女性は生け贄でしょうかね?

早い話がお祭りという輪姦行為?

「怪しい」じゃなく「妖しい」ってのが艶めかしい!

 30代後半と言えば主婦?

生け贄と言いつつ自ら手を挙げちゃったりしてね!

島民皆穴兄弟?なんちゃってね。って、妖しい儀式がどのような物かは島民と童子しか知らないが、知らぬが仏だよ、知ったら死亡?

あぁ〜止めた止めた! これ以上は書けない。


 秘儀はあくまで秘技?秘技は秘戯だよね。

美しい熟女が・・・

祭りの日は1日島民になりたいよ!

マンマン様ご開帳、2礼3拍手その後・・・!

写真は東スポより。
(1963年に撮影されたとされるアカマタ・クロマタの写真。なぜ撮影できたかは不明だ。>って、撮った人は・・・もう死んでるのかな
http://sky.ap.teacup.com/f45362/1674.html


不思議ナックルズにアカマタ、クロマタの秘密が載っていたよ!

その儀式の為に幽閉されてる女がいて、洞窟でSEXさせられてアカマタ、クロマタが生まれるらしい

アカマタ・クロマタの儀式は乱交パーティーで
それで生まれた子供を人魚の肉として食ってるだって。

麻薬をやりながら、女を監禁して輪姦って・・・

メスのおサルさんみたいに発情してあそこがまっかっかな若い女がアカマタを、
男性と交わりすぎてあそこが真っ黒な10代から40代くらいの淫乱な女がクロマタを
演じる、というのが慣わしです!

何でここまで秘密にするかというと

女を監禁し輪姦が祭りの儀式で、人魚と称して子供の肉を食ってるのでばれるとまずいからです
http://unkar.org/r/tropical/1163308866

        { `¨⌒}
          ..>'⌒'〈
        {__,,ノ´ 、}
       {___,,ィ ,〉
           { リ'^i
           、{_,ノ
           | -‐…‥‐-  .,,_
           i: : : : : : : : : : : : :`丶、
           l: : : : : : : : : : : : : : : : :\
           l: :/: : : : : : : : : : : : : : : ` 、
           |/: : : /: /: :/: : : : : : : : : : : :'.
           |:,_:_:/|:〃 /:/ : : : : : : : : : : : :
             〔_、{`刈、:|: | : : / : : : : : : : : :
           i==ミぃW|/|: :/: : _j: : : : : : : :
           :'⌒i 犲i  |/|: :_/ }: : : : : : : :
           i:....ノ }}    .ノイ}`メ:i:| : : : : : :
           |ミ    _    =ミ: :从:| :i: : : :
           l     i|{、_  '⌒i 狐\/: : : :
           |  r   ミ{:.....ノ }}i|从 : : : :
           | _   ´    `弌 ノ代:八: : : :
             〔_ `Y           '| / : : :、ト、|
           ト .`’       / /|: : : : : :
           |        . イ-イ: :|: : : : : :|
       , /   _}├‐…=≦{:! : |: :|: |: : : : : :|
     { {'⌒¨´ ̄`'く_/ 从: :|: :|: |: : : i: : :
       `て¨i≧r‐ } _/ }iW|: :∧: |: : : |ト、
      、_{'⌒¨´ ̄`ヾ     ∨八{ }:i|: : : || .
      `下≧zr‐ }}    \__ノ リ }: :リ  }
         (⌒“ ̄`Y”,    ⌒て¨}ノイ .ノ'
       、(⌒¨⌒'〈、‘,      '.
          `で下.,__}} ‘.       }、
          {」 ,リ      .≠⌒i
             i | √}     |_/    }
             i 「 }八   ´}      ノ


728:名無しさん@十一周年:2010/09/19(日) 06:29:16 ID:he1UONG30

そこで生まれ育った女が同類と変態儀式してるならどうでもいいが、島の外の都会から引越しして来た女の子が、突然島民が怪しい仮面とかかぶって取り囲む中、高台で四つん這いにさせられて涙を流して叫びながら、ぶっさいくなゴリラみたいな体型の猿みたいな性欲の男にパンパン突かれてたら興奮するな。

逃げ出そうとしても、ドンドコドンドコ太鼓の音の中、無表情で無感情な島民が取り押さえて高台へと連れ戻される。

そして何人かの若者によるレイプが終わったあとにまんぐり返し状態で神輿に載せられてワッショイワッショイと神殿に連れてこられて鳥居にV字開脚状態の全裸で、精液を垂らしながら荒縄で縛って吊るされ、その下で島民がオバハンとかですら平然と芋煮会をする。

放心状態の娘が深夜の祭り終了時にようやく下ろされて、神社の中の開かずの間に入れられると、そこには1年早く同じ都会からここへ引越ししてきて、音信不通の行方不明になってた友達の少女がボテ腹で発狂して笑い続けている。

多分そんな神秘の祭りなんだろう。

737:名無しさん@十一周年:2010/09/19(日) 06:47:14 ID:he1UONG30

アカマタ(股から赤い血を垂らしている。つまり処女)の信仰の為の儀式だから、処女が選ばれる。だが古くから居る島民はもう乱交夜這いしつくしていて処女がいない。

そこで若い衆の中で女騙すのが上手い奴が、都会で可愛い子を物色するという仕組み。

アカマタの巫女にされた少女の母親が必死で娘の消息を追って訪ねて回っても島民は皆しらを切る。 そしてある時、記者が謎の儀式の噂を聞いて、取材のために島で聞き込みするが、皆血が濃くて薄気味の悪い顔つきでよそ者を冷たくあしらい続ける。

一人だけ陽気で気さくに質問に答えてくれた、なぜか指の間に水かきがあって左右の目の色の違う農民が、ちょっとお参りに行ってくる。と言うが島民じゃない人はダメだと同行を拒絶、隠れて跡をつけると山奥で大声を上げても通らない奥地の神社にはいっていく。

そこで記者が覗いたのは、豹変した農民が少女をダッチワイフのように乱暴に足を掴み上げながら凶暴に腰を振りまくる姿だった。 驚愕した記者が裏手に回ると赤ん坊の鳴き声やら女の笑い声、すすり泣く声がいくつも聞こえる。

少し戸を開けてみると、この島にそぐわない整った顔立ちの美人、可愛いかったであろう真っ白な肌の少女たちが何人もそろって脱力して寝転んでうわ言を言っている。
その内一人がこっちを見つけ

「静かに!君たちを助けてあげるから!」

といっても

「うおああああぁぁぁ!!!」

と既に人語を忘れて叫び声を上げ、神社に鎌や鍬をもったたくさんの人影が忍び寄る。

65:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 10:18:20 ID:z2MmBJ8N0

お前達に警告しておく
これ以上この島に関わるな
http://2chnull.info/r/newsplus/1284771591/1-1001

627:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 23:08:50 ID:Ekuzm5Le0

祭の内容見ると、やっぱ

献上する赤ん坊を生む儀式&犠牲になってくれた赤ん坊への鎮魂の儀って感じだな↓


海で監視をしている西泊さんと目が合う。そろそろ上がらないといけない時間だった。すると

「佐野さん?あなたのシンカはどこ?」

と尋ねられた。これは嬉しい島言葉だった。冒頭に書いた、この島で島民と旧島民だけで行われる秘祭「アカマタ・クロマタ」(豊年祭)は、男子の集団による「シンカ」と呼ばれる秘密結社的集団で執り行われる。

そのシンカは入団してからの年齢によっていくつかの階層に区分されるのだが、覚える祭りの歌や決まりごとはこの祭りに合わせた年に1回しか教えられず、メモも録音もできないのでその場で聴いて覚えないといけない厳しいものだという。かつては入団の際にはそれまでの品行を問われ、島の意中の女性も告白しなくてはならず、不相応な女性ならダメ出しを食うなどというまさに血を分けた家族のような存在なのだそうだ。

「シンカ」、そうかここではきっと家族っていう意味なんだろう。瞬時にそう判断して「あそこにいます。呼んできますね」と返事をしていた。 海から上がり、シャワーを浴びて着替えたあとは、約束どおり人魚神社(アーリィウガン)を案内してくれるという。その時には他のツアーのお客さんも加わり、我々はまだ見たこのない人魚神社だけ見て、そこで別れ船を待つことになった。

人魚とはザンと呼ばれたジュゴンのことである。ジュゴンの肉は不老不死の霊薬とされ、琉球王府の王様に献上されるのだが、パナリは毎年、そのことが義務付けられ、必死に捕獲していたらしい。そして捕獲したジュゴンの頭蓋骨をこの人魚神社に奉納していたため、今も神社にはジュゴンの頭蓋骨が残っているそうだが、立ち入り禁止である。島人も必要な時以外は入れないのだという。

鬱蒼とした緑の奥にたたずむ鳥居は神秘的で、とても勝手に入れるような雰囲気はなかったが、西泊さんが、我々も含めたツアー客に

「この神社は、昔、王様に献上したジュゴンを祭った場所です。ジュゴンの肉というのは美味しいものだったそうです」

と語ったとたん、2人の女子高生風の化粧バッチリの女の子2人が間髪いれず「入っていーの?」と質問した。西泊さんが

「ここはダメです。私たち島の人間も勝手に入れません」

というと「どーして?」。このやり取りが続いて噴出しそうだった。なんだか屈託がなくて微笑ましい。

鬱蒼とした緑に覆われた立入禁止のアーリィウガン

我々はそこで案内から外れ、珊瑚の塀で覆われた美しい村の集落を抜け、港で船を待つ。目の前には大きな西表島、遠くには高い山をいだいた石垣島、その中間になだらかな小山を持つ小浜島が見える。翡翠の海に幾重にも重なる島影。この美しさは八重山ならではだ。

パナリ集落

一週間前にはここでその豊年祭が行われていた。400人以上の人が訪れ、3日かけて儀式が執り行われるという。

一昨年、案内してもらったナハウガンと呼ばれる神社の奥にあった赤い太陽と月のマークを描かれた真っ白なアーチ上のワーと呼ばれる門から、稲を島にもたらした神であるアカマタとクロマタの2神が現れる。

アカマタは男の神で、旗には太陽が描かれその先に剣がついている。
クロマタは女の神で、旗には月が描かれ先には二股の槍。その体は野ぶどうの葉で覆われ手や足は見えず、それぞれ赤と黒に塗られた怪異な仮面をつけ、頭には大きな葉をいただき、大きさは2m半を超えるという。

目は夜光貝なので暗闇でも光り、その圧倒的な存在感はまさに神、村人は声を限りに神に出会えた喜びの唄を歌い、神は家を一軒一軒訪ね歩いて踊る。明け方には2神が生まれたナビンドウと呼ばれる洞窟

(シンカ以外の島民はその場所も知らない。丸1日かけてこの中で2神が生まれる儀式が執り行われるそうで、島民は雨戸を閉め、家の中で1日中忌み籠もるのだという)
へ帰っていくのだが、アカマタ・クロマタと島民の別れは、声を限りに涙にくれながら惜別の思いを歌う村人と、何度も振り返りながら消えていく2体の神、見た人によると、この現代にこんな荘厳で幻想的な祭りがあるのかと、震えるような感動に包まれたという。

この祭りは、以前、村人の招待があれば見られた時期から、撮影、録音からメモを取ることまで禁止され、禁を破った者はシンカから何をされるか分からない厳しい掟がある。このパナリのアカマタ・クロマタは昭和30年代に撮影された写真があり、今でも2冊の本で見ることができるが、その姿に一目ぼれしてしまった。威厳と怖さに溢れ、まさに神の姿であった。

このアカマタ・クロマタはパナリだけでなく、最初に始まったという西表の古見、西表島の向かいにあるここパナリと小浜島、そして小浜島の住民が移り住んだ石垣島の宮良の4ヶ所の部落のみで行われているが、どこでもいつ行われるかも公表していない秘祭であることは変わりがない。勝手に見ようとするとシンカに阻止され排除される。

昔出版されたある雑誌に、西表島の豊年祭の写真が掲載されていたが、ここではアカマタ、クロマタ、シロマタの3体の神が現れるのだが、パナリのそれとはまったく違う姿をしていた。小浜と宮良は似た姿だそうだが、パナリのものはこれも違う姿かたちだという。

そしてパナリだけはアカマタ、クロマタが現れる前に子供のアカマタ・クロマタも現れる。

子供のアカタマ・クロマタは鞭を持っていて、それに叩かれると1年以内に必ず死ぬと言われているため、みな必死で逃げるのだそうだ。

このようにそれぞれの島で違う形で伝え続けられてきた。  私はこの祭りを見ることが、ギアナ高地に降り立つことと並ぶ一生の夢であり、見られないだけにここ何年、国会図書館まで行って僅かに記述された文献を調べている。知識はあっても一度も見ていないのだから、ただの頭でっかちである。いつかその「許し」は出るのだろうか...。
http://www.webvanda.com/2010/08/post_31022839.html

沖縄県のA島では、なんとも奇怪な祭りが行われている。それは通称「種子取り祭」と呼ばれ、若い男女の営みを参加者に公開する、セックス祭りである。

沖縄県は八重山で最も人口が少ない島”A島”。

ここでは、島出身者以外の旅行者では絶対に参加できない秘祭が行われている。それは豊年祭と呼ばれ、表向きは神を讃える祭りなのだが、特に見物人に対しての制限は難しい。

運良く見物人として参加できても、写真撮影禁止、そして決して祭りを口外にしてはいけないという固い厳守事がある。

一体なぜなのか? それには驚愕の真実が隠れているからである。この祭り、実は裏では「種子取り祭り」と呼ばれる、いわば公然セックス鑑賞会なのだ。

毎年、過疎化を防ぐために島で選ばれた若い男女が、この祭りの時に、島中の人々が集まる場でセックスを行うのである。

首里王朝に伝わる古の書物には「風俗の乱れこれあり…」と書かれた一説があり、島では若い女性たちは半ば強制的にセックスさせられ、種付けをさせられるという。

ちなみにもし、島外の者がその場を見物していることがバレると、島中の男たちから半殺しに遭い、五体満足の体では二度と本島には帰って来れないという。
http://2chnull.info/r/newsplus/1284771591/1-1001


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     |:/ノ ィ ̄ Y  \ヽ   : . :.\:. :. :. ヽ\  r弋ー‐ぅ '"          ん:::: fフ , 1:. |:. :. :. /:. :. :. //:/  |:. !
   / ̄  /;/; ; ; ;{  ̄ ヽム ,  : . : . ヽ\:. :. :.ヽ:.ヽ ゝ'´  ̄          ゝニ,7 ./: l:. :|:. :. :/:. :. :. イ/:/  j:./
  {.  /;/; ; ; ; ;ヽ 厂 ヽハ ,  . : _: . lヽ:. :. :. \:ゝ           :,       /: . |:./:. :..ム イ:| //    レ
  ∧ /; ;./; ; ; ; ; ; ; ; ̄;ヽヽハ ヽ  : . : . : . : \: . : ヽ           .〉   ,イ:|: . l!/:. :/:/ . : .| |〃
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':. :. :l ; ; ; | ; ; ; ; ; ; ; ; ; ;ハ  r― 、',ヽ     . !   > .   .  (   ,斗-}; ;.| |': .       j ,
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212:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 11:38:59 ID:oVr1su960

石垣島(石垣市)約4万5千人
竹富島(竹富町)約4000人
小浜島(竹富町)観光島の為島民は0
黒島(竹富町) 約200人
新城島(上地島 下地島)(竹富町)上地島10人 下地島3人
西表島(竹富町)約2000人
鳩間島(竹富町)51人
由布島(竹富町)十数人
波照間島(竹富町)542人
与那国島(与那国町)1745人

新城(アラグスク)島かな A島

87:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 10:30:25 ID:LflpqnBp0

八重山列島の8つの有人島の中でAで始まるのは新城(アラグスク)島だけ、

人口も20人にも満たないで最少…

A島は新城島と断定してよかろう。

45:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 10:14:07 ID:/PcXl9tp0

平成17年:上地島5人 下地島2人
平成18年:上地島6人 下地島2人
平成19年:上地島9人 下地島2人
平成20年:上地島8人 下地島2人
平成21年:上地島10人 下地島3人

人口増加率すごいなw
5年で約2倍w


44:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 10:13:51 ID:tszwOt390

この人口で若い男女なんかありえない
完全に嘘だな


48:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 10:14:33 ID:VvjyifBx0

そんな人口、集まれる若い男女自体がいねーじゃんw

49:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 10:14:47 ID:hHsGAgkbP

人口13人じゃあ、ほとんど、近親相姦だよね。
きもちわりぃ。

51:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 10:15:29 ID:UED0Noxq0

人口13人の島に「若い男女」がいるはずがない

(中川註 : 新城島にはかつては上地島、下地島を合わせ700人以上の住民が住んでいた)

66:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 10:19:48 ID:FR1ryQpw0

WIKIみたら、島出身者が400人集まると書いてある。
そこから選ぶとしたら、あながちウソではないのかもしれん。
しかし、そんなキモイことを島を出た人間(自由を知った人間)が、できるのだろうか?


323:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 13:13:53 ID:L6kw8wra0

新城島(上地島)の豊年祭
参加できるのは島民・島出身者400名のみ
トリックの山田奈緒子のルーツとも言われる島

755:名無しさん@十一周年:2010/09/19(日) 08:23:34 ID:oKQ3gfHg0

祭祀にあわせて島出身者が400名ほど集まってくる。
むしろ逆にいうと、普段はたった10数人しか島への入植を認めていない聖地ということ
彼らは島守なんだよ
http://2chnull.info/r/newsplus/1284771591/1-1001


123 : 天之御名無主 : 05/01/18 16:20:48

石原慎太郎の「秘祭」は、アラグスクの豊年祭ですよね。
アカマタ系の豊年祭には、何か近親相姦に関する意味合いがあるとか…
http://logsoku.com/thread/academy2.2ch.net/min/1051345690/


354:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 13:57:17 ID:GlCJiGQk0

こういうのはよその種を入れて血が濃くならないようにするのが主目的なんじゃないのか?
夜伽とかと同じで。


361:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 14:12:19 ID:yAysof1uP
>>354
これはそうした風俗とは根本的に違う
祭の夜に降臨するのは神であり、その神が儀式として行う性行為
多くの島では演じるだけだが、今も実際に行われる島があったとしてもおかしくはない
天皇の大嘗祭における真床追衾も、実際に行われているのかどうかを知ることは難しい

40:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 10:13:20 ID:DiGDdkMF0

国内で人口の少ない島はそれこそ1世帯〜数世帯レベル
成り立つかどうかが疑問

それに凄まじい近親婚になるので、障害児出生リスクも高い
他の地域の人と縁を持ち、島を維持してきたと考えるのが妥当


753:名無しさん@十一周年:2010/09/19(日) 08:12:56 ID:7YIgrshr0

地元にも無人島があるんだけど、
昔住人が50人ぐらいいたけど、みんな血が濃くなりすぎて、そのせいでほとんど女子しか生まれず、その女子が本土へ嫁ぐに行ってしまい無人島になった。


434:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 16:14:32 ID:HuT7wwke0

昔はどこも人の出入りが少なくて部落単位だから小さな集落はみんな親戚になってだんだん血が濃くなってくる

ときどき少し遠く血を入れないとまずいので暗黙の了解として祭りの時に利用したってよく言われている

おそらくこれも同じで 全くの部外者の血を入れるのはいやだけど今では遠くにいる同じ島の出身者くらいの血は入れたいってことだと思う
http://2chnull.info/r/newsplus/1284771591/1-1001

136:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 10:58:13 ID:dwr85dTX0

子孫繁栄のためならば、血が濃くなって奇形児が生まれることを防ぐために
部外者の参加大歓迎になるはず。 モンゴルあたりの遊牧民は、お客を自分の奥さんとか娘でもてなすらしいぞ。

64:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 10:17:58 ID:M0iRyq910

大正時代まで全国的にあったらしいぞ。
秋祭りの夜はフリーセックス=>5〜6月に生まれる。
人間の収穫。


107:名無しさん@11倍満:2010/09/18(土) 10:40:34 ID:rfOqN35a0

江戸時代に農村等で行われていたヤツの名残だね。

111:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 10:43:31 ID:B57FBblw0
>>64
万葉集の時代から、祭りの夜はフリーセックスだったしな
人妻とやりあったというのが残ってるw

かつて柳田を師と仰いだ宮本常一氏もまた、村の古老たちの夜這い談義を忠実に
再現した名作「名倉談義」(『忘れられた日本人』の内)を遺しています。

いきなり「夜這い」を持ち出さずとも、日本の村祭は密接に「性」と結びついています。 古来、祭の夜はフリーセックスが公認されており、それが若き村の男女の秘めやかにして最大の娯しみでありました。


160:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 11:10:00 ID:Kyus9N6V0

祭りと言えば乱交という地方は昔多かったらしいな。
今じゃ、離島にしか残ってない日本の伝統の絶滅危惧種。
むしろ保護されるべき。

191:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 11:27:38 ID:Kyus9N6V0

天皇家の跡継ぎ問題じゃないけど、
一夫一婦制の妊娠ってのは結構難しいんだよ。

昔は貞操うんぬんよりも子供を産まない事こそ絶対悪。
だから妊娠チャンスとしての夜這いや乱交が当然の事としてあったんだよ。

貞操を叫んで、少子化で滅ぶ方が馬鹿な社会だと俺は思うがね。


450:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 16:38:03 ID:WYcf1F3L0

乳幼児死亡率が今と違ってものすごく高かったんよ。
生まれた子供の半分以上は、5才の誕生日を迎えず死んでいくような状態。
その前に死産もあったから、受精卵から成人まで育つのは、3割程度かね。

だから、とにかく産むのよ。
成人まで成長するのが数少ないから、産んで産んで産みまくって…
とやっていかないと、途切れちゃう可能性があるんよ。


441:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 16:24:04 ID:tDXPC+zJ0

昔は過疎化という言葉は無かったかも知れないが、貧困と乳幼児の高死亡率で
どんどん子供を産まなきゃならんかった。ガンガン産まなきゃ貧困と過疎高齢化に
対応できない。

それは本土の農民も同じ。沖縄なんて国そのもののレベルが東北以下だったんだから
なりふり構わずやりまくって産まなきゃならない。昔、子供は地域の宝っていう概念があったけど、それは地域で育てて地域を守るって表の意味と、乱交状態で誰の子供か分からないって裏の事情もあったわけ。だから村の子供は村で育てるわけ。

貞操とか秩序とか道徳っていういわゆる日本人的な美徳があったのは貴族や武家だけ。


220:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 11:42:46 ID:XryklFOc0

夜這い・乱交は百姓の話。 百姓は多いほうが良いから黙認していた。
百姓には氏素性は不要だからな。

支配者階級では許されるはずも無く、養子縁組で家を保った。


663:名無しさん@十一周年:2010/09/19(日) 00:28:03 ID:he1UONG30

祭りの日の夜、家柄のいい地主だか商人だかは、自分の娘を蔵に閉じ込めて鍵をかけた。 男衆が女を目を血走らせてあさりに来るからだ。

女は蔵の中でガクガクプルプル震えて祭りが終わるのを待つ。

女を閉じ込めた親父は、時には若い男衆にボコボコにされても娘を守らなければならない。


245:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 11:54:15 ID:ek3jx5xm0

ムラの盆踊りに一人で行かせてもらえなかったって80歳のうちのばっちゃがいってた。 みんなセックスしてるからと。昔はどこのムラ祭りでもそうだった。

結婚はとなりムラの農閑期の慰安会の手伝いにいかされて、婿候補のじっちゃにこっそり見せられて後に結婚。今の俺があります41歳独身。昔はいいですな

178:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 11:20:19 ID:yAysof1uP

岡本太郎が墓暴きをやったせいで久高島では風葬が廃止され
貴重な秘祭であるイザイホーの伝統も絶たれてしまった

>>1が事実であろうとなかろうと、その土地の人が大切に守ってきた文化を
よそ者が踏みにじる行為は絶対に許せないと思う
http://2chnull.info/r/newsplus/1284771591/1-1001

77 : 天之御名無主 : 04/07/15 05:25

風葬は1970年代までは確認されている。

1979年の久高島でのイザイホーのとき、芸術が爆発するバカが風葬場所を撮影するという冒涜を行って大問題になった。

つまり、当時はまだそこに人骨がおかれていたのだそうだ。
http://logsoku.com/thread/academy2.2ch.net/min/1051345690/


194:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 11:28:05 ID:8JgCPlKC0

先島の方の神事って、本島の進行役のユタと少し違って「系譜」があるそうで
その人を検挙されると祭事ができないので秘密の神事にしたところもあるそうですね。

戦後に、男性・女性のシンボルを模った面や神事に用いたものを米軍が押収していった
そうです。 アンガマのウシュマイ・ウミーも現在のモノとは随分と違うって本土復帰前の琉大の調査に証言してた高齢者もいたそうです。


174:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 11:18:00 ID:hqxwwBTu0

沖縄、八重山諸島、新城島の秘祭、豊年祭は島民以外の見学がかなり制限され、撮影、筆記など一切禁止、カメラをもったよそ者が見つかったらリンチされたりと事件が起こってる位、秘密で行われている日本民俗学最大のタブーとされてる祭りです。

ここまで徹底的に秘密にするので、人魚と称して子供の肉を食ってるとか、女を監禁して神様が生まれる儀式として輪姦してるだのおどろおどろしい噂が出てるんです。
まあ、都市伝説みたいなものなんでしょうけど、そこまで隠すからそういう噂が出るんでしょうね。

僕の調べた民俗学者などの資料の限りだと観光客には見せないアカマタ、クロマタ誕生の儀式は男役と女役の島民が性交をする真似をする儀式があるらしく、それで神が誕生するとなってるのが見せない、秘密にするので女を監禁して輪姦という噂になったんじゃないかなと思います。

実際、ここで生まれるアカマタ、クロマタという神はポリネシアの神々に非常に近く、また東北のなまはげの原型とも言われ、南方〜日本と繋ぐ文化のルーツとしてオカルトとしてじゃなく学術的にも興味深いのですが、見せない事で幻想を守り、興味を引くって意味ではモザイクみたいなものかもしれませんね。

215:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 11:40:43 ID:hqxwwBTu0

大学で民族学を専攻していたんで卒論のテーマとして研究した事があります。
あの辺の島は確かに独特の土着信仰があったり奇祭や妙な儀式が存在します。
ルーツを辿ると台湾からの流れを組んでいる儒教がベースなのですがいつの頃からか仏教や密教などが混ざり合い唯一無二のスタイルが出来上がった訳です

儀式には幻覚作用のある薬物(ガンジャや植物など)用い人為的にトランス状態を作り出し神を体に宿し恍惚を感じると言うやり方です。

祭の様子を撮影して暴行を受けたと言う話がありますがそれも現在法律で規制されている上記の幻覚剤の使用や閉鎖された島特有の近親結婚を繰り返した末の畸形などが記録され広まる事を嫌ってだと思われます。

そんな事から島の住民はカメラ、マスコミ等に過剰な反応を示すのです。
僕も卒論の取材中に何度か危ない目に合いました。

後、これは確認できなかったので僕の憶測ですが>>108 の看板が立ち立入禁止になっている場所は埋葬場だと予測しています。鳥葬の風習が残っている地域も有る様ですし
他にも・・・血が濃すぎるための畸形を神の使いとする地域も有り、神への捧げ物とされると言う話も有ったり。

集落でトラブルを起こし何だかの原因で始末された人間を隠したり
まぁ・・・ここら辺はあくまで憶測とか聞いた話ですので確認は出来ていません・・・。

興味が有る方も多く調べてみたいと思う方も居るかも知れません。
でも正直、これ以上は掘り下げないのが良いかな?と思います。
僕等から見て異様な光景でも彼等には受け継がれた文化ですから見ない知らない振りしておくのが一番です。


293:名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 12:38:04 ID:DYrKD13LP

新城島のアカマタクロマタは部外者に対して禁忌というより琉球の古代から続く秘祭は多くが文字通りの秘祭だった

だが、今でも部外者秘を守ってるのはこの新城島のアカマタクロマタ

宮古島のパーントゥプナハくらいのもんだろ。

ちゅらさんで有名になった小浜島でもアカマタクロマタは部外者秘というが、今でもそうなのかどうか


アカマタクロマタは八重山一帯で広く信仰されてる、王国の支配が及ぶ以前からの
土着の信仰だ。ただし琉球王国のニライカナイ信仰同様、異界から現世に来る来訪神だから、ニライカナイ信仰に含められてるけどな

724:名無しさん@十一周年:2010/09/19(日) 06:08:19 ID:kAp5lM6HP

アカマタ・クロマタ(地域によってはシロマタというものもある)は八重山一帯に琉球王国の支配が及ぶ以前あるとされる古代祭祀、信仰なんだが、秘祭として執り行っている地域が現在もまだあるというところが重要

アカマタという神が性交に関わる神だというのは広く知られている上に特に新城島のものは島外人秘で極めて排他的で実態が全くわからない
定期船もろくに無い離れ小島で古代の性的儀式を行っている疑惑があるからここまで話題になる
http://2chnull.info/r/newsplus/1284771591/1-1001

154 : 天之御名無主 : 2007/03/22(木) 09:34:22

宮良出身です。

・アカマタクロマタは夫婦。
アカマタは農作業で日焼けして赤い。クロマタは炊事の時の煤で黒いらしい

・アカマタクロマタは、もともと宮良にあるものではなく、明和の大津波の後、新城(?)から強制移住させられた人達が持ち込んだ風習らしい。 その大元の発祥については詳しく知らないけど、海賊避けのハッタリって話しも聞いた事ある

・あのお面は、ある家系が代々保管してる。
体の部分は神聖な意味を持つ、特定の種類の蔦を編んで作成。


214 : 天之御名無主 : 2010/04/23(金) 00:07:10

17年前に2回ほど石垣島宮良に見に行ったことがありますが、規制などは思ったよりは、緩いのですが、アカマタ、クロマタが来る時に、家の中に入っていないと、めちゃくちゃ怒られます
私は知り合いの家が在り、見れたのですが、一般の人が見るのは難しと思います。

祭り自体は、怖くはないのですが、アカマタ、クロマタは、草か葉っぱで覆われていて、意味のわからない言葉でその家々に言葉を残していきます、

アカマタクロマタに入っているのは、地元の青年団で、意味のわからない言葉も古くから伝わる言葉らしく、絶対教える事はできないらしく、地元の人もこの事自体あまり話したがりません、特に地元青年団など、深く関わった人は一切話すことはタブーらしです、

祭りに対してのもともとの由来など、地元の人でもあまり解っていないと思いますが、厳しい掟などは守られているのは罰が当たったりとか、そうゆうことを恐れてではないかと思います。

県民性から言うと、お盆とか、しぃーみぃー(清明祭)などを大事にしているのと一緒だと思います。 私も6年石垣に居ましたが、沖縄の人から(個人的には)見ると、石垣の人は変わっています。
http://logsoku.com/thread/academy2.2ch.net/min/1051345690/


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B. ニライカナイは地底にある・・他界はどこにあるのだろうか?

琉球民俗の底流―古歌謡は何を語るか 吉成直樹 (著)
http://www.amazon.co.jp/%E7%90%89%E7%90%83%E6%B0%91%E4%BF%97%E3%81%AE%E5%BA%95%E6%B5%81%E2%80%95%E5%8F%A4%E6%AD%8C%E8%AC%A1%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%82%92%E8%AA%9E%E3%82%8B%E3%81%8B-%E5%90%89%E6%88%90-%E7%9B%B4%E6%A8%B9/dp/4772280367

という本を読んでみました。


(引用ここから)
琉球列島に暮らす人々には、美しい海のはるか彼方、あるいは海の深くに、豊穣も禍ももたらす聖なる国があると信じられてきた。 この国をニライ・カナイと呼ぶ。 このような、人間の暮らす世界とは別の世界を「他界」と呼ぶ。

それが海に想定されていれば海上他界、山であれば山上他界(山中他界)、天上であれば天上他界、そして地下であれば地下他界ということになる。

ニライカナイは、海のはるか彼方、あるいは海底深くにあると考えられていることから「海上他界」と言って差し支えない。 こうした他界観は互いに相いれないものではなく、並存している場合が多い。

この章では、ニライカナイが、本来あくまでも垂直的な地下を志向する地下他界であったこと、先島諸島(宮古・八重山諸島)では、現在でも地下他界を意味すると考えざるをえない儀礼が残されていることを明らかにしようと思う。
(引用ここまで)

著者は、ニライカナイは「海の水平のかなた」にあるのか、それとも「海底深く」にあるのか、ということを考えているわけです。 一読しただけでは、なにが書いてあるのか読み取りにくいのですが、著者は琉球世界の中心と周辺、琉球世界の新旧の層を見極めようとしているのだということが少しずつ明かされていきます。

また、太陽信仰と地下信仰の相克についても考えられています。 以下、本文から少し引用します。

(引用ここから)
琉球列島の南部に位置する八重山諸島には、男性たちの年齢階梯的な結社によって行われる来訪神儀礼がある。 これは折口信夫の用語「まれびと」と表現される人神の訪れる儀礼である。

八重山諸島では、アカマタ、クロマタ、マユンガナシと呼ばれる。
男性が全身につる草を身にまとったり、クバの葉、蓑笠(みのかさ)などを身につけて、人神になり、村を訪れ、祝福し、村を去っていくのである。
これらの儀礼では、来訪神は地下あるいは土中から出現すると考えられている。

八重山のアカマタ、クロマタは、大地の底を意味する“ニーレスク”、手の届かぬ土の底を意味する“二―レースク”、地の底の知れざる穴を意味する“二ーロー”、から出現するとされる。

そして儀礼的には、ナビンドゥ(鏡のような凹状の洞穴の意味)から出現する、という形式を取っている。

アカマタ、クロマタの発祥の地とされる西表島・古見では、二―ラから豊作をもたらしに来る神とされているが、実際には森の中から出現し、そこにまた帰ってゆく。

山から出現しつつも「洞穴」が重要な意味を持つ事例は、他にもいくつかある。

たとえば沖縄島・安田のシヌグでは、草などを身にまとって仮装した男性たちが山から出現するが、その際、頂上にある「洞」を巡りつつ、「エーへ―ホーイ」と唱え、三回ここをつつくという。

宮古島のパーントゥと呼ばれる来訪神儀礼も、旧歴6月ごろ、産水、死水に用いる井戸、若い女性たちが若水を浴びる井戸から現れる。

ここで疑問に思うのは、神女たちが中心になるニライカナイ系祭祀はあくまでも水平的な海上他界に結びついているのに対し、男子結社が行う来訪神儀礼では、同じニライカナイ系の名称を持つ他界でも、なぜ地下を志向するのか、ということである。

端的に言えば、男子結社が行うニライカナイ系の他界と結びつく来訪神儀礼と、神女たちの儀礼では、文化史的な時期が異なるのではないかということである。
(引用ここまで)

「アカマタ」、「クロマタ」という来訪神は、ウィキペディアには次のような説明がされています。

Wikipediaより
アカマタ・クロマタとは、沖縄県八重山列島の豊年祭に登場する来訪神である。
西表島古見を発祥とし、小浜島、石垣島宮良、上地島に伝わっている。
西表島古見ではアカマタ・クロマタ・シロマタの3柱、他の地区ではアカマタとクロマタの2柱が現れる。

来訪行事を実施するのは地区住民のなかで資格を持つ者に限られており、その他の者にはその一部しか公開されず秘祭とされている。 かつては、既に廃村になった西表島北部の他の地区や下地島でもみられた。

石垣島宮良のアカマタ・クロマタ

アカマタとクロマタの2柱の神は全体が草に覆われ、ずんぐりとしていて、だるまやフクロウのようにも見える。

背丈は180センチメートルほど、アカマタ(赤面)とクロマタ(黒面)は縦長の鼻に丸い目と細かいギザギザの歯で構成され目と歯の両端に細長いヒゲもある。
目と歯に光が当たると反射して神秘的に輝くのが印象的である。


祭りの内容

夕方に何処からか現れ、村の一軒一軒を一夜かけて回り、朝方にどこかへ消えてしまう。

まず、数十人の太鼓隊が家々の門を潜ると、縁側から向かって左右に分かれて庭の周辺に登場し、太鼓を叩きながら歌いアカマタとクロマタを呼ぶ。

その後、アカマタとクロマタは門を潜り左右に分れ庭の中央に登場する。
アカマタとクロマタは棒を両手に持ち、威勢のいい太鼓隊の歌にあわせ、棒を叩いてユーモラスに踊る。

アカマタとクロマタは「なみだ」と呼ばれる殺気(精霊が宿っている)だった者達に厳重に警護されながら移動する。


祭りの背景

この祭は7月頃に行なわれるが、通常は島民にも知らされず非公開となっており、謎と緊張感に満ちている。 写真撮影、スケッチ、模造などは禁止されている。 もしもそのような行為を村人に見つかった場合、生命の保障はされないとも云われている。 20年程前には隠れて撮影を試みた記者が村人に見つかり、撲殺されたとの噂もあるほど。
http://blog.goo.ne.jp/blue77341/e/1a3ed4df8d3c19236c438f3d3a20a2b1

ニライカナイは土の中にあり、太陽信仰は王政とともに現れた・・

吉成直樹著「琉球民俗の底流」の紹介を続けます。著者は「ニライカナイ」という言葉を分析した中本正智氏の「ニライカナイの語源と原義」という文章について考えています。

まず、「おもろそうし」という沖縄の古い歌集が引用されていますので、wikipediaの解説を載せます。


wikipedia「おもろそうし」より

『おもろさうし』とは、尚清王代の嘉靖10年(1531年)から尚豊王代の天啓3年(1623年)にかけて首里王府によって編纂された歌集。 沖縄の古い歌謡であるおもろを集録したものである。 漢字表記すれば「おもろ草紙」となり、大和の「草紙」に倣って命名されたものと考えられる。

なお「おもろ」の語源は「うむい(=思い)」であり、そのルーツは祭祀における祝詞だったと考えられている。全22巻。 主にひらがなで書かれ、わずかだが漢字も混じる。 短いものは2行から、長いものは40行に及ぶ韻文で、盛んに対句を用いており、これら祝詞(うむい)は琉歌の源流と考えられている。 また、今では使われていない琉球古語が多く含まれている。


史料価値

琉球王国の民俗の実態をうかがうことのできる数少ない第一級の史料のひとつである。 伊波普猷から始まる沖縄学は、その黎明期においてこの解読、翻訳を中心とした。 本書の解読から、主に琉球王国における祭祀の様子や祭政一致体制の実態の手がかりを多くつかむことができた。 現在ではほぼすべてが解読されているが、細部ではいまだ解釈の定まらない点も多い。

*****

以下に吉成氏の考える「ニライカナイ」の語源を少し転載してみます。

(引用ここから)
1、「ニライ」の「ニ」は「土」を意味し、「ラ」は「入る」の約まったものではないか。(伊波普説)

2、「ニライ」の「二」は根の国の「根」(柳田国男説)


16〜17世紀に琉球王府によって編纂された「おもろそうし」から、「二ライカナイ」に関係のある語として「二ルヤ」と「ミルヤ」を取り出すことができる。 「ミルヤ」の方がより古形であり、文中から最古形の「ミルヤ」の語源を探すことができる。

「おもろそうし」を読むと、当時は、

「ニルヤ」の支配者(にるや大主)が太陽であり、現世の支配者は王であり、「ニルヤ」からの「せじ」(精霊)を豊かに与えられてはじめて王の支配が可能であると考えられていた。

太陽と王の直結性は「おもろ時代」の顕著な特徴で、太陽は、すなわち王と同格であって、王を“てだ(太陽)”と称する思想はそこからきている。

こうして、二ライの古形「ミルヤ」および「ニルヤ」で表わせるところ、そこがテダ(太陽)の源郷であり、太陽がどこからこの世に現れるかを見れば、その居所である「ミルヤ」や「ニルヤ」の所在を解くことができると考えるのである。

そして「おもろそうし」の中の「テダがあな(太陽の穴)」の語などから、おもろ時代の人々は、太陽の居所は穴の中と考えていたこと、万物の源泉としての二ライである「ニルヤ」は、穴をとおして地の中にあると考えられていたことを指摘する。

こうした「ニライ」の所在から、次のような結論を導き出す。

「ミルヤ」の「ミ」は、二ライの所在ご考え合わせて「土」の意と解するべきであり、「ミルヤ」は「土の屋」(ミロヤ)である、とする。

結局「ニライカナイ」の原義は、いずれも太陽神の居所であり、休息する居所がその人の拠点であるように、太陽神の拠点は日ごと現れては夜に隠れる地の中であると考えられた。

太陽が東から登り、西に沈み、夜は地下の世界にいるという観念は、「おもろそうし」だけではなく、現在の久高島の民俗においても認められる。

また、「おもろそうし」の中の「テダが穴」(太陽の穴)の語などから、
おもろ時代の人々は、太陽の居所は“穴の中”であると考えていたこと、万物の源泉としてのニライカナイである「ニルヤ」は穴を通じて地の中にあると考えられていたことを指摘する。
(引用ここまで)

この説に対し、著者は、中本氏は太陽に固執しすぎるのではないかと考えます。
著者の考えは次のようになります。

(引用ここから)
「おもろ」が謡われる時代になるに及んで、「ミルヤ」、「ニルヤ」は太陽と王を同格と見る考えによって、太陽がその中の中心的な位置を占めるようになった。
しかし、元来、「ニルヤ」は太陽には関係なく、単に万物の源泉である「土の中」を意味する言葉であったとみなすのが、整合的ではないかと考える。

八重山、宮古の民族言葉では、「ミルヤ」は、すべて地下の世界を表現する言葉なのである。 そこで、ここでは「ミルヤ」を「土の中」と解し、それがやがて「東方海上」へと変化したとする説をとることにした。

「おもろ」が謡われていた時代は、「ミルヤ」、「ニルヤ」に対する信仰、すなわち土の中、地下の世界に対する信仰とともに、“テダが穴”、“あがるいの大主”など、太陽が昇る東方洋上に対する信仰がおこり、やがてこの両者が東方洋上で同一化したと考えられる。

“テダが穴“(太陽の穴)は、集落の立地によっては海を望む方角になる。
しかし古くは、洞窟など、ただ土の中に対する信仰だけがあったと考える。
(引用ここまで・続く)

著者吉成氏は、あくまでも洞窟、穴、土の中、地下の世界への信仰が根本にあると考え、太陽への信仰は、琉球の王政が形成される際に付随してあらわれたものであると考えています。

土の中への信仰、と言い切るほどの信仰があったとしたら、それはなぜあったのでしょうか。 また、どの程度、人々の心と生活に影響を与えていたのでしょうか。
http://blog.goo.ne.jp/blue77341/e/9542a4e476433e79b28cded8e4fb3911


“はだか世”から訪れる“人類の祖”・・ニライカナイは地底にある

吉成直樹著「琉球民俗の底流」の紹介を続けます。
実に興味深い考察が述べられています。

八重山の来訪神アカマタ、クロマタは、明け寅の刻に生まれるが、この生まれ方には「すでる」という言葉が用いられる。 ここで言う「すでる」とは、ヘビが皮を、蟹がからを脱ぐような生まれ方をさしている。

来訪神が“すでる”には、“すでる”ための水、“すで水”が用いられる。 具体的には、仮面に“すで水”がかけられたり、担い手たちが“すで水”を浴びたりする。

アカマタの仮面に水が注がれる時の神歌には、以下のようなものがある。

「ブンドゥレン井戸の水は
 セーロン井戸の水は
 大世持ち神をあびせて生まらせよう」


「すで水」は、人間が浴びると、一年の大きな折り目に、ヘビが脱皮する様に、人間をも若返らせるという力をもつ水である。 洞穴で、「すで水」によって再生する来訪神とは、地下のはるか彼方でよみがえることを儀礼的に表現しているとみなしてよい。 男子結社などの担い手は、仮面に「すで水」を注ぐことによって、また「すで水」を浴びることによって、秘儀的に来訪神を再生させる。

つまり、八重山の来訪神儀礼は、死と再生によって特徴付けられていると言える。

来訪神アカマタ、クロマタが新生あるいは再生する存在だとしたら、従来考えられてきたような「祖先」「祖霊」という概念ではとても理解できない。

沖縄の古い歌集「おもろさうし」の中には「ニライカナイの神」という表現は全くなく、ただ、「にらいとよむ大ぬし」とされ、男女の性別も不詳であり、ましてや夫も妻もいない非人格=無個性的であることが特徴である。

始原の世界に出現し、始原の世界の終焉によって、その存在が人間へと変換される存在とは、“始原の世界における人類”、すなわち“人類の祖”であろう。

琉球列島における典型的な来訪神儀礼のひとつである「シヌグ」にも「人類の祖」を示唆する事例がある。

沖縄島北部の集落・安田の「シヌグ」は、人々によって「はだか世の時代の先祖(アマン世の人・・大昔の時代の人)」と考えられている。

“土中からの始祖神話”は、南部琉球のみに分布しているのではない。 北に行くと、九州南部、韓国済州島、南に行くと、東南アジア、オセアニア(分布の中心はニューギニア)にもあり、琉球列島の周辺では台湾原住民に見られる。 それでは、メラネシアと琉球列島、さらには日本を結ぶものは、いったい何だろうか。

金関丈夫によれば、八重山には少なくとも3つのメラネシア的要素が認められるという。 その一つは、済州島漂流人の西表島の記事(15世紀)にかかわる事柄である。

両側鼻翼を穿孔し、栓状の小さい黒い木片をはめている。
その栓の頭は比較的小さく、あたかもほくろのように見えた、という記事があるが、この習俗は現在メラネシアの一部で行われているという事実。

第二に、波照間島前島で所蔵されている木製の鼓筒は、ニューギニアの砂時計形鼓に酷似しており、偶然の一致とは思いがたいこと。

第三に、波照間島の南村の一農家で使用されている腰部の両側にとってのようなものがついている臼があるが、これはニューギニアにおいてびんろうじゅを砕くための臼とよく似ていること。

こうした類似について、金関丈夫は、メラネシア人と接触して、少なくとも部分的に共通文化を共有したインドネシア系の習俗がもたらしたものとみなし、メラネシア人とインドネシア人の交流は、首狩り、入墨、歯牙変工などの点からみて疑うべからざるものがあるとする。

金関は、南方諸島から琉球列島、さらにはヤマトの中部地方以東にいたる地域へ、縄文中期あるいはそれ以前の時期に、メラネシア的要素を含むインドネシア系の習俗の到来を想定しているのである。


こうした議論に関係して、気候学的な条件も考慮する必要があるかもしれない。

全地球的に、およそ10000年前に最終氷期(ヴェルム氷期)が終わり、そののちに気温が上昇しはじめ、いまから8000年から3000年間にわたって高温期(ヒプシサーマル期)がおとずれ、地域によって異なるが、現在より2〜3度ほど気温が上昇したということである。

日本の縄文中期がはじまるまでの時期は、高温期にあたっており、南方的なものの北上を許容する条件下にあったと考えることができる。

たとえば、縄文時代中期の勝坂式期を頂点として盛行する蛇身装飾、ことに長野県富士見町烏帽子藤内、山梨県韮崎市坂井出土の戴蛇土偶(いずれも縄文中期)があるが、これら戴蛇土偶は蛇霊と一体となったシャーマンを表現するものであり、琉球列島のハブと交流する神女たちと同様の意味を持つものである(国分 1986)という。

ニライカナイ信仰に本来結びついているのは、年齢階梯的な男子結社であり、八重山では、仮面仮装の来訪神儀礼の担い手として厳然と残されている。

しかしそうした来訪神儀礼が失われた地域では、海上他界としてのニライカナイに結びつく祭祀組織が、女性を中心として新たに作られる必要があった。

それが久高島で見られるムトゥガミたちであったのではないか。

ノロやツカサを中心にする神女組織は、あくまで御嶽信仰に結びつく組織である。 久高島では、ニライカナイから訪れる神々が寄りつく神役には、女性ばかりではなく男性も含まれる。 男性も存在するという事実に、ニライカナイの信仰の本来の姿を知る鍵があると考える。
http://blog.goo.ne.jp/blue77341/e/a3932d27cf0ad07b070f05ec8b1f3533

ニライカナイは地底にあった・・地底の血筋をひく者

吉成直樹著「琉球民俗の底流」からの紹介を続けます。 著者があとがきに書いているのですが、この本は「定説」を前提にして、それをくつがえすために書いてあります。 ですから、少々分かりにくい部分があるように思いますが、 私としては、日本文化の基層に関する一資料として、良い資料だと考えています。

地底人がいたという証拠には足りませんが、太陽信仰と相克したさらに古い文化があったのではないかとは思っています。


(引用ここから)
ところで「アマミキヨ」とはなにものなのだろうか。 「アマミキヨ」にまつわる伝承には複雑な陰影がある。 これまでの研究に従えば、太古、沖縄の島々に南下して住みついた人々の故郷が「アマミ」「アマミヤ」であり、その故郷に住む人々が「アマミキヨ」ということになる。

「おもろさうし」の中では、“大昔”という意味である。 しかし「アマミ」の語義、語源についての定説はない。

ところで中本正智氏は「アマミキヨ」の「ミ」は「土」、「キヨ」は「子」と解し、「ミキョ」は「土子」という意味としている。 また「アマミキヨ」、「シネリキョ」の住みかと伝承されている、玉城村の洞窟、ミントングスクもまた、「土の殿」、すなわち「地下にある殿」と解している。

ミントンを「土の殿」とする解釈は、新里村に「アマミク」「シルミク」の二神が、洞窟で子孫を産んだ、とされる伝承があることからも裏付けを得ることが出来よう。

琉球の開闢を述べる「おもろ」には、天上の神である太陽神が「アマミキヨ」「シネリキヨ」をお召しになって、島づくり、国づくりを命じたが、なかなか完成しないので待ちわびる。 そして最後に天上の太陽神が

「“「アマミキヨ」の血筋を引く人を産むな、
「シネリキヨ」の血筋を引く人を産むな、
血筋の正しい人を産みなさい。” とおっしゃった。」

と語られているのである。 ここで“血筋の正しい人”というと、太陽神の血筋を引く人の意味であろうから、「アマミキヨ」「シネリキヨ」は太陽神とは関係ない存在ということになる。 ではどこに由来する神なのか。

「ミキヨ」が「土子」を意味するものとすれば、地底の血筋を引く人であるにちがいないのである。

「原初洪水型の兄弟始祖神話」は日本、琉球、インドネシアなどに分布するが、琉球列島を北上した可能性がある。 また「土中からの始祖神話」も、同一の伝播ルートであることに疑いようはない。

これまではあまりに新来の人々に結びつく“天”“海”と、現実に存在する“奄美”という言葉に目を奪われ、その古層にあって母体となった神話に、視線が届かなかったのではなかろうか。

そもそも琉球列島において、海を「アマ」とよんだ事実を確認することはできるのだろうか。
ちなみに 古代朝鮮語の立場から、徐延範は「アマミ」は「アマ(母)+ミ(土)」と解して、“母なる土地”の意味にとるべきではないかと言う。
ここでも、「ミ」を「土」と解していることは興味深い。
(引用ここまで・終) 

下の記事はアマミキヨの古い神面が65年ぶりに復元され、奉納の儀が執り行われたという記事です。

           *****



「ミントングスクでアマミキヨ面・神遊び」 (2010/02/25)

ミントングスクは琉球開闢神・アマミキヨが安住した地とされています。戦火で焼失したアマミキヨ面が65年ぶりに復元され、ミントングスクに奉納されました。

復元の研究にあたったのは千本木智美氏。現存当時のスケッチや写真などの資料をもとに、ミントン家の知念氏などの協力を得て、2009年5月に復元を完成させました。
(引用ここまで)


wikipedia「ニライカナイ」より

ニライカナイは、沖縄県や鹿児島県奄美諸島の各地に伝わる他界概念のひとつ。理想郷の伝承。 遥か遠い東(辰巳の方角)の海の彼方、または海の底、地の底にあるとされる異界。 豊穣や生命の源であり、神界でもある。

年初にはニライカナイから神がやってきて豊穣をもたらし、年末にまた帰るとされる。 また、生者の魂もニライカナイより来て、死者の魂はニライカナイに去ると考えられている。

琉球では死後7代して死者の魂は親族の守護神になるという考えが信仰されており、後生(ぐそー:あの世)であるニライカナイは、祖霊が守護神へと生まれ変わる場所、つまり祖霊神が生まれる場所でもあった。

上記のように、ニライカナイは複合的な観念を持った楽土であるが、この概念は本土の常世国の信仰と酷似しており、柳田國男は、ニライカナイを日本神話の根の国と同一のものとしている。

なお、琉球では他の他界概念として、権威を守護する神々の神界としてオボツカグラを想定していた。 信仰上の他界概念を水平表象と垂直表象で論じた折口信夫は、ニライカナイを水平の、オボツカグラを垂直の他界と指摘している。

ニライカナイ信仰は、現在も旧琉球王国領の各地域において、伝統的な民間信仰の主要な要素である。

ニライカナイは「ニライ」「カナイ」の二文節にわけられ、「ニライ」は「根の方」という意味と考える説が有力である。
「カナイ」の解釈には、韻をとるための無意味な言葉とする説や「彼方」を意味するとする説など諸説ある。

「儀来河内」の漢字が当てられることがある。

前項の他界概念の呼称として「ニライカナイ」という言い方が広く知られているが、これは「ニライ」の文学的表現で、「ニライ」のほかにも琉球の各地域によって「ニレー」「ニリヤ」「ニルヤ」「ニーラ」「ニッジャ」などさまざまに呼ばれている。
http://blog.goo.ne.jp/blue77341/e/64fc973ebf4655e5238edce848b9db04


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C. アカタマ神事


豊年祭(上地島):旧6月。アカタマ神事・獅子舞。
秘祭として有名であるが、現在では島の出身者およびその関係者400人以上が参加見学する祭りとなっている。

豊年祭が開催される時期(前後の準備期間を含む)は、祭関係者以外の上地島への入島・桟橋への接近接岸・海岸への接近・接岸は、住民に拒否されている。 従って石垣島・黒島等から開催されているツアーでも上地島への上陸はできない。 また、島唯一の宿泊施設である新城島民宿も観光客に対しては休業する
(2009年7月実績および当時の上地島公民館長の話による)。

結願(上地島):旧8月。ミルク練行列、舞踊。

節(上地島) :旧7月〜8月。巻踊り。


上地島港には「祭事における注意事項 カメラ等の撮影禁止
祭詞・歌の録音禁止 スケッチ等の禁止夜間部落外への行動及び単独行動禁止
以上4項目を固く禁ずる」と書かれた看板が掲げられている(2004年7月)。

アカマタ クロマタ
http://www.google.co.jp/search?q=%E3%82%A2%E3%82%AB%E3%83%9E%E3%82%BF+%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%9E%E3%82%BF&hl=ja&sa=X&prmd=imvns&tbm=isch&tbo=u&source=univ&ei=mQxxUOOtEKjSmAWFtoCwBg&ved=0CCAQsAQ&biw=1047&bih=859
http://www.google.co.jp/search?q=%E3%82%A2%E3%82%AB%E3%83%9E%E3%82%BF%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%9E%E3%82%BF&hl=ja&prmd=imvns&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=PxtwUIfvJKiLmwWD24GQBw&ved=0CCAQsAQ&biw=1047&bih=892
http://max.masafumiendo.com/?eid=680714
http://homepage2.nifty.com/ameotoko/note004.htm


新城島 豊年祭
http://www.google.co.jp/search?q=%E6%96%B0%E5%9F%8E%E5%B3%B6+%E8%B1%8A%E5%B9%B4%E7%A5%AD&hl=ja&lr=lang_ja&tbs=lr:lang_1ja&prmd=imvns&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=0VpxUMv2IM-gmQXwj4CQAQ&ved=0CDcQsAQ&biw=1047&bih=892

(喜舎場永均『八重山民俗誌』沖縄タイムス社、一九七七)
http://www.amazon.co.jp/%E5%85%AB%E9%87%8D%E5%B1%B1%E6%B0%91%E4%BF%97%E8%AA%8C-1977%E5%B9%B4-%E5%96%9C%E8%88%8E%E5%A0%B4-%E6%B0%B8%E3%80%93-59C3/dp/B000J8XC7G
 
沖縄八重山の小浜島・新城島などに伝わる、同じく仮面擬装のアカマタ・クロマタ神事では、その神々 (あるいはその仮面)が、「南の島」や 「南蛮」 「安南」「唐」から渡って来たという意味の神うたが歌われている。

このうちの 「唐」 とは、中国一般を指している。おそらくは、アカマタ・クロマタ神事もアンガマ行事もいつの時代にか中国大陸か東南アジアのどこかから伝来したものであろう。
http://www.sysken.or.jp/Ushijima/voyage%2023.htm

石垣島宮良(みやら)の豊年祭には同類の精霊

「アカマタ・クロマタ(撮影・報道一切禁止。かつては上陸も禁止だった。だから画像を探しても無駄である。)」

が出現する祭りがある。

こちらはもっとものものしくススキをおったてた仮面をかぶる。そして体には重さ80キロ以上もある蔓草で編んだ着物を身に着ける。

男役が赤、女役が黒の仮面をかぶり、赤い棒を両手に持って100余戸ある家々を二手に分かれて巡る。

ちょうど東北のナマハゲや鹿児島のトシドンの「年神」に似ている。これは「厄落とし」の意味があるようである。一年の穢れをはらい、次の年の来訪をことほぐのである。この祭りも大晦日に行われる年越し行事である。つまり日本で言う「大歳の神祭り(『備後国風土記』逸文)の蘇民将来伝説」「来訪神」「大晦日おおつごもり」に相当する。仮面をつけて、体中を草木で覆う神という形態は、中国融水県のミャオ族に伝わる「マンガオ」にきわめて類似している。
http://blogs.yahoo.co.jp/kawakatu_1205/50647516.html


アカマタクロマタ@沖縄石垣島 2012-08-01 20:03:46

オレは世界中の秘祭に参加してきた。

アメリカインディアンのサンダンス、
タイのベジタリアンフェスティバル、
インドのクンパメーラ、
マレーシアの苦行祭り、
トリニダッドトバコのカルナバル、
ブラジルのリオのカーニバル、
アマゾンのサントダイミー教会のミレニアム、
ペルー・チチカカ湖の大地への返礼祭り、
沖縄やんばるの山人祭り、
波照間島のムシャーマ、
宮古島のパーントゥ、
石垣島のアンガマー

など、数えればきりがない。秘祭のなかで、もっとも神秘のベールに包まれている祭りが石垣島にある。「アカマタ クロマタ」だ。

石垣島のある地域に受け継がれる祭りで、地元の人々によってかたくなに秘密が守られている。この祭りを撮影したものはカメラを地面にたたきつけられ、シャメを撮ったものは携帯をふたつに折られ、少しでも祭りを乱すと鞭で打たれるという。町内の道角には「ビデオ、写真、携帯電話、撮影録音禁止」の看板が立っている。

不気味な夕闇が迫る中、町の広場へたくさんの人々が集まっている。人々は白い浴衣に鉢巻を巻き、重要人物は紺の浴衣を着ている。

その中央にいるのは2柱の来訪神、アカマタとクロマタである。全身草に覆われ、50センチほどの面をつけている。

数十人の男たちが太鼓をたたき、古謡を振り絞るように合唱する。

アカマタとクロマタが道へとでてゆく。ふたりの神は「なみだ」と呼ばれる若者たちに護衛されながら、路地を進んでいく。「なみだ」たちは人々を道から払い、ライトをつけている車を取り囲み、叱りつけ、明かりを消させる。

来訪神アカマタとクロマタは重要な家を訪問していく。家は開け放たれ、泡盛やご馳走が用意されている。家のものは白い浴衣に赤い鉢巻きをしめ、主人らしきものは白い鉢巻をしている。先に到着した太鼓隊が演奏し、アカマタとクロマタは棒で大地を突きながら踊る。

アカマタは漁で赤く日焼けした男性神、クロマタはかまどで炭をつかう女性神の象徴といわれる。家内安全、一族の繁栄、祝福してくれるのだ。このあと明け方まで来訪神アカマタとクロマタは家々をまわる。

観光客や部外者が見られるのは早い時間帯のみだ。遅い時間までうろうろしていると、ようしゃなく追い払われる。石垣島は沖縄の離島の中でもっとも観光化された島といわれている。しかし観光エリアはほんの限られたエリアで、そこをはなれると伝統がきちんと残っているのだ。
http://ameblo.jp/akiramania/entry-11317545959.html


広場には赤と白の鉢巻をした着物姿のシンカと呼ばれるアカマタクロマタのお供の若い男性が放送設備のセッティング中、何も聞かずにええいと広場を横切って端っこのパイプイスにどっかりと座る。

会場の向こうの森からはドンドンドンという3連の太鼓の音がずっと聞こえている。あの森が、アカマタクロマタが生まれるというナビンドゥなのだろうか。

夜の帳がおりてくると会場はいつしか500人くらいの人で埋まっていた。太鼓の音が聞こえる森からは女性や年配の男性達が列を作って会場へ集まり始め、赤い鉢巻、白い鉢巻の集団がそれぞれ100人くらいずつ、広場に分かれて座った。夜の7時からは来賓の挨拶が続き、7時半に宮良公民館長から

「聖地ナビンドゥより我々のニイル(ニイルピィトゥ=来訪神か?)の神様がやってこられます。その時は皆様、ご起立願います」

とのアナウンスが入る。すると森の方からのぼりが2本現れ、その後ろのシンカの隊列の向こうに巨大な影が2つ見えてきた。

アカマタクロマタに違いない!

この日は部落中の照明を落としているので、見えるのはほとんどシルエットだけ。これだけで凄い迫力だ。

すると太鼓の音が突然ドドドドドドドンと連打に変わった瞬間、アカマタクロマタが広場に飛び込んできた。

でかい!高さは2.5m、横は2mはあるだろう。体中が草で覆われ、それぞれ赤と黒の巨大な面をつけているが夜光貝の目だけが夜の帳の中でキラキラ光り、その迫力はとても言葉では表現できない。子供が一斉に泣き出したという事実だけでもその衝撃が伝わるだろう。

すると鉢巻姿の村民が一斉に歌い始めた。歌は掛け合いで歌われ、みな声を限りに大声で歌っている。歌詞は一切分からないが明らかな沖縄の音階で、そのキーは高く、全身全霊をかけて歌う。歌に合わせてアカマタクロマタは上下に体を揺すり、2本の幟を持つ旗手は旗を互いクロスさせながら飛び上がるように踊る。そして後半、歌い手は一斉にアカマタクロマタを取り囲み、手を叩き、踊りながら、出会えた喜びを爆発させた。歌はユニゾンになり、宮良の夜を歌で覆い尽くした。

演出の見事さ、歌の素晴らしさに私は感動して涙ぐんでしまった。祭りには出店のひとつもないが、この豊年祭をみな心から待っていたことが伝わってくる。畏敬の念にあふれ、これこそが祭りの本来の姿なのではないか。

ここでいったん、広場での儀式は終わる。この後、2つの神は、シンカと歌い手と共に部落を一晩中、朝までかけて一軒一軒めぐり、祝福を与えていくのだ。

国道に面した神社にアカマタクロマタが入ろうとしていた。迎える家は全ての戸を全開にしてお迎えしている。家の中には20人以上いただろうか、アカマタクロマタが敷地に入ってくると全員が満面の笑顔になり、いかに待ちわびたか伝わってきた。
http://www.webvanda.com/2011/09/post_18200314.html

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D. 本当にあった怖い話

1) 古からの秘祭・土着信仰が残る島

1 :本当にあった怖い名無し:2008/04/08(火) 04:24:03 ID:keQmaNWf0

沖縄の八重山諸島の1つに新城島と言う島があります。その島には古くから人魚伝説があり、人魚神社や御獄(ウタキ)大御獄(オオウタキ)と言う場所には

「この道は『神の道』につき一般の人の通行を禁止する。」

と書かれた看板が数多くあります。

そして、謎の秘祭(豊年祭)には『アカマタ・クロマタ』と呼ばれる二体の奇妙な神が豊年を祈り踊ります。しかしこの祭りは撮影禁止で、以前、隠し撮りした人への暴行事件も起きました。

他にも、鹿児島の甑島には『クロ』と呼ばれる土俗信仰集団があり、人喰いや強力な呪術を使うなどの噂があります。


御獄
http://www.youtube.com/watch?v=-LFlqS1OIxQ
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=-LFlqS1OIxQ
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=zkS_jmB0-NY
http://www.ajkj.jp/ajkj/okinawa/chinen/kanko/sefautaki/sefautaki.html
http://gurukun.jugem.jp/?eid=1339


10 :本当にあった怖い名無し:2008/04/09(水) 12:37:02 ID:GBiBAvZIO

ガチで沖縄出身のボクですよ。大学で民族学を専攻していたんで卒論のテーマとして研究した事があります。あの辺の島は確かに独特の土着信仰があったり奇祭や妙な儀式が存在します。

ルーツを辿ると台湾からの流れを組んでいる儒教がベースなのですが、いつの頃からか仏教や密教などが混ざり合い唯一無二のスタイルが出来上がった訳です。

儀式には幻覚作用のある薬物を(ガンジャやある植物の根を絞り発酵させた酒など)用い人為的にトランス状態を作り出し神を体に宿し恍惚を感じると言うのが儀式のやり方です。

祭の様子を撮影して暴行を受けたと言う話がありますが、それも現在日本の法律で規制されている上記の幻覚剤の使用や閉鎖された島特有の近親結婚を繰り返した末のタブーなどが記録され広まる事を嫌ってだと思われます。

しかし、1番の原因は話題に上がっている島の多くは売春が島の収入源となっている様な事も多く、最近では、本土から借金を抱えて出稼ぎに来ている女性も少なくありません。そんな事から島の住民はカメラ、マスコミ等に過剰な反応を示すのです。僕も卒論の取材中に何度か危ない目に合いました。


後、これは確認できなかったので僕の憶測ですが、「神の〜」等が書かれた看板が立ち立入禁止になっている場所は埋葬場だと予測しています。鳥葬の風習が残っている地域も有る様ですし、他にも・・・血が濃すぎるためのタブー

タブーを神の使いとする地域も有り、神への捧げ物とされると言う話も有ったり。
集落でトラブルを起こし何だかの原因で始末された人間を隠したり

まぁ・・・ここら辺はあくまで憶測とか聞いた話ですので確認は出来ていません・・・。


興味が有る方も多く調べてみたいと思う方も居るかも知れません。でも正直、これ以上は掘り下げないのが良いかな?と思います。僕等から見て異様な光景でも彼等には受け継がれた文化ですから見ない振りして知らない振りしておくのが一番です。そうすれば島の住民は友達で居てくれます。純朴で優しい人達ですよ。


12 :本当にあった怖い名無し:2008/04/09(水) 22:36:33 ID:dghEXJ+6O

>>10
さらに詳しい話を聞きたいけどやっぱり島の人にしかわからないことがあるでしょうしね

13 :10:2008/04/10(木) 01:50:14 ID:R9PnKYsJ0
>>12
そうですね、やはり話の核心に迫るのは難しかったです。僕は運良く地元の人間と言う事もあり、かなり深い所まで行けたと思いますが・・・。

インターネットがこれだけ普及した世の中になっても表沙汰にならない所を考えると
地元の人間にとってどれだけ重要な神事なのかは想像できます。今、改めて当時のレポートを読み返していますが、以前からどうも解せない所があって又沸々と探究心が湧いてしまっています。

>>1に記載されているクロに関しては結局何も分からず仕舞いですし・・・

確かにクロと呼ばれる集落は存在していたのですが、近隣の住人もクロの話になると固く口を閉ざし怪訝な顔をします。しかし伝承通りにクロの集落中に高い壁が立てられ異様な雰囲気を醸し出していたのは事実です。

アカマタクロマタの秘祭についても石原慎太郎の小説のイメージが強烈で歪んだイメージが強すぎるのだと思います。実際は荘厳で美しい祭りでした。島が抱える悲しい事情による悪いイメージも強いのだと思います。

41 :本当にあった怖い名無し:2008/04/25(金) 17:38:56 ID:XViIM4BXO

昔、何処かの集落に初潮を迎えた女の子を人柱とし、村の男性一人を神の寄代に選んで民衆の前で儀式的にヤルと言うものがありました。儀式と言えど実際に入れます。そして事が終わったあとは女の子は川に流すと言う因習です。

島では無く本土の何処かにあった因習と聞きましたが、今では似たような擬似の儀式が残ってるだけです。
http://unkar.org/r/occult/1207596243


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2) パナリ島(新城島)ってどうYO

12 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/11/13(月) 19:49:46 ID:J/odx5Mt

豊年祭意外だと、節祭・ハーリー等ある。あと、豊年祭も2回あって、小さい豊年最と呼ばれていてアカマタ・クロマタの子供が現れます。

むろん全て島の人の招待や知り合い等が居ないと見れません。

20 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/11/18(土) 01:08:44 ID:l4K4Wqs7

行かれた詳しいかたがいるみたいなので質問です。
なんで島民以外はだめなんですか?

昔撮影しようとした人が見つかりボコボコにされたらしいが本当か?

石原慎太郎がモデルにして本かいたらしいが、そんな島のことを石原はどうやって
調べたのですか?タイトルも分かれば教えてください。

21 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/11/18(土) 16:24:43 ID:KQVCdBlJ
>20
それは伝統文化を大事にしているから。
観光客に見せるために祭りをしているわけじゃない・
しかし、島民のゲストとして招かれれば、見る事は出来ます。
ただし、祭りの間島の中では島のルールを守るのが大原則。


石原のシンちゃんも多分島民のゲストとして招かれたのだと思う。

小説のタイトルは「秘祭」だったと思う。

43 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/11/23(木) 12:08:25 ID:Mtq5BB6G

私の親友は五年前の祭の際、興味本位で島に向かい島民に拉致され翌日の朝まで監禁されました。その時、誓約書へのサインまで強要されました。
以上、紛れも無い事実です。
島の実行者は拉致、監禁、強要、脅迫の罪に問われると思います。一発懲役確定ですな。


70 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/12/02(土) 05:56:18 ID:undefined???

さすがにブログや個人のHPに記載したらえらいことになるからおまえら気をつけろ

94 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/12/14(木) 22:16:56 ID:5sbNWn9f
神聖、ルール、迷惑ってオマエが言うか。
馬鹿ナイチャー、破れナイチャーに執着されるのも大変よ。
ほっといて欲しいんだが。


97 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/12/16(土) 09:26:03 ID:6MQtMZoI
>>94
だからといって人をあやめるのはどうかと… お金で解決すればいーのに。


103 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/12/20(水) 12:13:02 ID:undefined???
>>97
人をあやめるって・・・殺人??
金で解決すればいい問題って??
何があったの?
kwsk!


105 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/12/20(水) 16:09:00 ID:/Bs4+Hyf

島の秘密は語れませんよ

108 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/12/20(水) 21:36:12 ID:2SeDmlDL

深追いすると大変な事になりますので要注意!


109 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/12/20(水) 22:13:06 ID:BrY96PPK
>>108
大変なことって何?


111 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/12/22(金) 12:39:26 ID:D7f9p9AJ

これ以上はマズイよ


112 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/12/22(金) 13:07:38 ID:0seG912D


なにが?

114 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/12/23(土) 01:52:16 ID:K4JZtjlL

島民の許可無く島内で行動してはいけません 神聖な場所には決して入ってはいけません


115 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/12/26(火) 22:54:08 ID:5fcHnO30
114>
その通りですし、
もう我々島の神様の事には触れてくれるな!
興味があるなら、実際見に来い!
そして心の中にしまっておけ!!

〜島人より


124 :名無しさん@天国に一番近い島:2006/12/29(金) 10:58:40 ID:s2CqOKDB

末代先まで祟られますよ


130 :俺も離島:2007/01/12(金) 18:21:12 ID:fbF2RsN4

観光客は人の聖域に土足で入ってくんなよ

お前らの生活はそこにないわけなんだし

いちいち興味もたなくていいよ、くるな

135 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/01/27(土) 00:46:58 ID:undefined???

この平成の日本で祭の事を口外したら命の保証は無いとか…
気になって気になって仕方無い

136 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/01/27(土) 10:34:02 ID:Jpb0/lfx

小浜島のアカマタクロマタは簡単に見れますか?

138 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/01/27(土) 18:05:29 ID:1bvOYNZZ
>136
出来る。

お前が祭りの日に行く事が出来るならな。

139 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/01/29(月) 06:49:21 ID:undefined???

命の保証はないとはいわないが…。

沖縄には神の島と言われる場所がいくつかある。久高島、古宇利島、伊是名・伊平屋などだが、ほとんどの島では古くからの宗教儀式が形骸化しつつある。

だが、八重山の新城島だけは、未だ部外者禁制を守り、神人が儀式を行っている貴重な場所であり、重要な文化財だということをわきまえない部外者は、安易に近寄るべきでない。祟りがあるというのは実話らしいしな。


146 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/02/06(火) 00:48:22 ID:0pxb4t4u

とりあえず大原に行って、
住民に見たいと言えば誰かが連れてってくれる。

149 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/02/22(木) 17:50:37 ID:ESZccdzc

パナリ島よりも閉鎖的な島ってあります?

152 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/02/26(月) 02:54:46 ID:U0+gzaBF

ない。たぶん。あれ以上なら、恐らく外部に漏れない。

ある意味で久高島だが、今は観光化への道を歩んでいる。


161 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/03/05(月) 13:18:35 ID:PHi78gF5

やっぱり女性の神様はアカマタになるんですか?

165 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/03/10(土) 18:47:08 ID:obrgSm2W
>161
一応、そう言われています。

168 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/03/21(水) 18:52:45 ID:qEf0Kzhv

先日、神聖な場所に無断で侵入した者がいますね わかってますよ


185 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/04/25(水) 20:14:52 ID:2Ymgv05Y

不思議ナックルズにアカマタ、クロマタの秘密が載っていたよ!

その儀式の為に幽閉されてる女がいて、洞窟でSEXさせられてアカマタ、クロマタが生まれるらしい


186 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/04/25(水) 21:00:42 ID:PiJa6c9t
>>185
あの雑誌に真に受けてるどうすんの??

自分で調べたり、行って見たら・・・あの話は都市伝説。祭りはあるけどね!

187 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/04/25(水) 22:02:58 ID:2Ymgv05Y

でも調べていた学者は島の人に目を潰されて、行った人は殺されて帰ってこれないみたいだよ。
怖くて行けないよ


190 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/04/26(木) 19:07:55 ID:mYqg/PSD

観光客はどっかに閉じ込められてアカマタが出てきてから踊るだけ見れるんでしょ?

行っても洞窟で何が行われてるか調べたり見たり出来ないじゃん。
で、調べると目を潰す・・・。これじゃ調べられないよ。

もし犯罪的な事をやってないなら、全部見せて、ナックルズは間違いですってやればいいんだよ。それが出来ないなら、やっぱり・・・って思われても仕方ないよ


199 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/04/29(日) 01:09:16 ID:3dQwoYLs

190の言う通りだな 大小合わせてかなりの事件も起きてますよね
警察は何してるんですかね? せめて祭位立ち会えばいーのに

194 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/04/27(金) 03:05:55 ID:8X3eQYVy

アカマタとクロマタの子供たちはいつ見れるんですか?


197 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/04/27(金) 19:50:43 ID:kcc0pSMb
>194
大人のアカマタ・クロマタが出てくる前。


195 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/04/27(金) 04:32:05 ID:7bWNacmX

御宮の太陽と月の紋章の所でかけ合いみたいに双方で合唱?
してアカマタ、クロマタを迎える歌で招くとアカマタ、クロマタが出てくるんでしょ?
観光客はそこまでは見れるけどその誕生の所は見れないでしょ?


196 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/04/27(金) 13:11:30 ID:DaI1srFE

それは観光客じゃなくても見れないよ。
島の人でも男性で、しかも御宮の関係者のみですよ。


211 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/04/30(月) 21:52:45 ID:9sFL2N6i

要するに犯罪行為をしてるから開放できないんだろ
隠す事が伝統とかいって痛い言い訳だなW

214 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/01(火) 02:25:07 ID:+CDA/Rv5

学者や警察にすら見せられないって何をやってるんだよ?


216 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/01(火) 12:08:07 ID:tIfkfoog


筋の通った説明をしてください!
二年前と五年前にも島外者に対する事件を起こしてますよね?


225 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/04(金) 04:52:13 ID:qIXsgMfu

皇族の神事祭事は何やってるか公開してる。
新城島の豊年祭も何をやってるか公開せよ


226 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/04(金) 08:58:26 ID:lAGVWm/9

700年以上続けてきた伝統がパーになる。


227 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/04(金) 09:30:05 ID:c7siwgxc

何が伝統だよ! 犯罪を隠す行為のどこが伝統だよ!


228 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/04(金) 17:22:06 ID:Qc5JsOYo

犯罪っていってるけど警察が動いて無いじゃん。
お前が行って暴いてこいよ。

241 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/06(日) 19:04:09 ID:NL6yu7+X

危険ですよ


242 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/06(日) 23:53:12 ID:jyZzKgUi

はやく載せろよ。
間違っても古見や宮良はやめてくれよ。
最低でも小浜のだったら許す。


243 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/07(月) 02:05:12 ID:lbgEPUXa

新城>小浜>宮良=古見ってところですか?
新城のアカマタクロマタとその他の場所のアカマタクロマタの見分けはつくのですか?


244 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/07(月) 16:46:21 ID:XqLPPEWr

見た目は、新城≠小浜=宮良≠古見って感じだな。


245 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/07(月) 22:08:42 ID:MktU+gK0

下地のアカマタ・クロマタの写真だったらネ申だね。


246 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/07(月) 22:17:52 ID:lbgEPUXa

下地島もアカマタクロマタの祭をやってるんですか 因みに小浜と新城が同じとは… 勉強になりましたm(._.)m

248 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/07(月) 23:32:39 ID:U6cLhv6u

下地は廃村になる前はやっていた。

小浜=新城ではなく、小浜=宮良


260 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/11(金) 01:00:51 ID:uvp3MNRe

新城島のアカマタクロマタの写真あるよ。秘密とされているのであまりアップは気が乗らない。ただ、男だけで集まる所のことは知らないので知りたいので、そのあたりとか教えてくれたら見せてもいいけど。

嘘と言われるのもあれなので一応要旨を容姿を書いておくと、草ボーボーでミクロネシア系?

今年もパナリ行く。

270 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/12(土) 11:55:49 ID:6hALnKME

幽閉されてる女の写真は?


271 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/12(土) 12:40:38 ID:undefined???

女が幽閉なんて明らかな嘘。
そんなことしたら、祭りの後に警察駆け込まれてタイーホだろ。


272 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/12(土) 13:32:20 ID:undefined???

人口が数千人以下の離島の島民同士のトラブル解決に警察を頼ることはまずない。

もし幽閉とか性行為が儀式にあるならそれを嫌がって、人口、特に若い女性はどんどん島を出て行くでしょう。そうすると祭りそのものが存続できないのでは?


273 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/12(土) 16:53:34 ID:TKgeiNw0

アラグスクの人口は7人くらいだろ?!

274 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/13(日) 11:43:05 ID:79sjiTWh


5人です (島守り4人、幽閉女1人)


275 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/13(日) 12:49:38 ID:JM2r381N
〉274
幽閉されてる人がいるというのは、一体どこからの情報なんだ?


297 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/27(日) 16:46:18 ID:X3tbQazr

最近発行された文庫本に日本全国の島のあんなことこんなことが
いろいろ書いてある。もちろん新城島のあのことも・・・。

298 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/27(日) 18:16:31 ID:sab88blb

幽閉の事ですか?


301 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/27(日) 22:10:34 ID:X3tbQazr
>>297
宝島社文庫 潜入!ニッポン不思議島

303 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/28(月) 00:51:28 ID:RHohNU+r

お前がいってレポしろ!


304 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/28(月) 02:32:43 ID:A7pK9WwU

石で眼球潰されちゃうよ 過去に実際にあった事件だよね 残忍な島ですね

305 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/28(月) 20:55:01 ID:oDtWyKEU

だんじりの方がもっと死人出てるのになぁ


306 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/29(火) 19:23:42 ID:p/9zoNGc

だんじり=事故死

豊年祭=殺人


大きな違いです

320 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/08(金) 11:53:16 ID:33Cx0iEm

幽閉女の存在も非合法ですよね

324 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/08(金) 21:43:56 ID:33Cx0iEm

人を殺したり目を潰したりした行為は許されるのでしょうか?


325 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/08(金) 22:17:59 ID:tP3d5jmI
>324
事実ならなんで警察が動かない?


326 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/09(土) 10:26:09 ID:8fj6vyXR

新聞にも載りましたよ

327 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/09(土) 15:01:06 ID:Py2vxumQ

幽閉の事がか?


331 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/10(日) 03:45:16 ID:HeWIpB0A

なぜ石で眼球を潰したり人を殺したりするのですか?


332 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/10(日) 22:19:47 ID:CFrzGj3B

そこに眼と石があったから。
そこに人が存在したから。

333 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/10(日) 23:57:45 ID:undefined???

なぁもういい加減にその話は止めないか?
ここでいくら聞いたって答えが出なの分かってるんでしょ?

そんなに気になるなら所轄の警察に電話して聞きなよ
・こういう記事を読んだが事実か?
・もし事実なら犯人は捕まってるのか?
・その後同じ様な犯罪は起きてないか?
今度遊びに行きたいけど心配なんで教えて欲しいって言えばそんなに冷たい対応はされないと思うぞ

こんだけしつこく書き続けてるんだからこれくらいは出来るよな?
早く真実が分かるといいね


335 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/11(月) 00:10:32 ID:o5nSVEYG

sageで書いてる奴、一人で必死だなw
そんなに秘密の儀式してるのばれると困る?


337 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/11(月) 10:21:28 ID:ko7FbH0a

さっき石垣の所轄に問い合わせたよ かなり冷たい態度だったけど、過去の事件については全て事実だと言いにくそうに答えてくれました
またあまり深入りしないようにと意味深な注意も受けました


339 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/11(月) 20:00:18 ID:o5nSVEYG

なんで終わりなの?
監禁もリンチも事実だった事がはっきりしたのでなんでそこまでして隠す事があるのか?
何をやってるのか?を話し合おうよ


391 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/17(日) 19:47:15 ID:OLvEPzMZ

─────────────────────
 島民さん、いい加減全部吐いて楽になれ
__  __ ┌───────────────
    ∨     │は、はい・・・・・
         ‖|__  __.┌──────────
         ‖   ∨   │監禁女は事実なんだな?
     / ̄\        |
      ̄ ̄ ̄        └────v──────
  ___              ___
  ヽ =@=ノ        ∧ ∧    ヽ=@= ノ
  ( ´∀`)      (゚Д゚ )    (・∀・ )
  (  ∨ つ   宙 ⊂ ⊂    ⊂    )
  | | ┿┳━┳━丿 丿     | | |
  (__)_)┃  ┃ ∪∪Π    (_(_)

345 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/12(火) 10:04:18 ID:wTevcp7m

幽閉されてる女性を直ちに解放せよ!


347 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/12(火) 12:36:31 ID:fWzvljow

今年から、観光客には豊年祭は見せません!禁止です!
部外者には関係ありません。もう一度言います。
今年から観光客には豊年祭は見せません!!!


348 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/12(火) 12:51:30 ID:FvIqt2OU

お前は公民館長か?


354 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/13(水) 07:20:29 ID:qWPRHu3R


都合のいい所だけ見てください。
都合の悪い所は見るな、聞くなって都合良過ぎる


355 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/13(水) 08:40:38 ID:olwCqOee

見てください?なんてだれも言っていません。


357 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/13(水) 10:30:53 ID:RA9ZzPdI

とにかく殺人や目潰しやリンチはすぐに辞めなさい! 
最悪にタチの悪い犯罪集団だな!


358 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/13(水) 13:08:44 ID:olwCqOee


殺人?目潰し?リンチ?
人の島の神聖なる祭りを侮辱するのはやめなさい!!
そんな事するわけねーだろ!!頭大丈夫ですか????


360 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/13(水) 14:26:58 ID:zgKksERj

358、ではそれらの事件の新聞記事に対しては、どう反論するのですか?


364 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/14(木) 08:39:22 ID:vnV1+QaN

かつての岸和田だんじりなんか、家を破壊し怪我人続出だったし、
諏訪の御柱祭りも、切り出した木に乗ってひっくり返り、死者まで出たとかもあったけどな。

そういった行為が良いとは言わないが、祭りや宗教的行事って危険覚悟でやるとの側面があるから、それをいちいち「犯罪だ」だの「安全最優先」だのと、部外者が騒ぐ行為はおかしいと思う。


366 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/14(木) 10:10:26 ID:NnEuuNDT

事故と殺人は全然違いますよ


423 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/07/01(日) 04:50:00 ID:oFxR3LKi


殺人事件が新聞に載ったのは事実ですよ 過去の事件ではありますが…

424 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/07/01(日) 14:10:38 ID:D5JfXejp

障害致死だってばよ。


425 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/07/01(日) 20:56:01 ID:NnVDdpzE

まあでも死んでるんだね。

426 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/07/01(日) 21:47:06 ID:kLEwNfmE


祭の秘密を知って撲殺かぁ 怖いなぁ 

427 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/07/02(月) 19:48:45 ID:ctXQ+fht

秘密の記録をとってはいけない。と注意されてるのに何故やぶる?
島民だって、昔からルールに従ってたわけだろ?

部外者なら、尚更守るべきだろ。

死亡者を出すのは行き過ぎだと思うが、ルールを守っていれば問題ないはす。
見たぐらいで、写真撮ったぐらいで、という考え方は自己中心的な考え方だと思う。

隠さすにみせろという奴は、キリスト教徒の前で、「只の壁拝んでんじゃねーよ!」って言えるか?


380 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/16(土) 22:20:19 ID:904PIQAk

小さいアカマタ・クロマタの持ってるのは、
棍棒か杖のどっちだ?

俺は杖だと思う。


381 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/17(日) 09:43:51 ID:2g+t+hEX

フプー、あれは仕込み杖でして祭の写真を撮ろうとする部外者を攻撃するために使用しています!


382 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/17(日) 16:15:55 ID:OLvEPzMZ

アカマタもいいけど人魚神社の秘密も知りたい。
宝島では中に入った人は呪われて
ナックルズでは人間の子供を人魚と称して食っていたと書いてあった


393 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/17(日) 23:12:38 ID:7klBx1Ym
>382
じゃあ、琉球王国の王様は人肉を食べていたのか?

396 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/18(月) 02:56:06 ID:evLrVa7T
>>393
王は人肉なんかくっちゃいねーよ。
民衆レベルは人肉食いがあったけどな。


383 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/17(日) 16:22:07 ID:aE6ACLa4


全て事実ですよ 
しかし人魚神社の秘密は島最大のタブーの為、ここでは勘弁です


403 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/06/20(水) 10:12:24 ID:bXB+dYBT

土人の人食は文化だったんだから許してやれよ
日本人の常識が通じないんだからしょうがないよ。

435 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/07/05(木) 23:09:52 ID:GQTyFpSZ

パナリにいってみたい
海が見たい・・島に行くと監視されるんですか?

439 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/07/06(金) 18:25:13 ID:undefined???
>>435
マジレス
今はパナリ住民の人がやっているツアーがあるから、それに参加するのが一番無難だな。
他にもいくつかツアーはあるけど、海岸でシュノーケリングのみで
島民は
「海岸で泳ぐなら黙認するが、集落には来るなよ」
とかだから。

440 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/07/06(金) 19:39:54 ID:undefined???

去年、黒島に移住した知り合いを訪ねて黒島に滞在してきました。
地元の方の船でパナリにも連れて行ってもらったのですけど、一応観光はできましたよ。下地はほぼ無人島だし、上地にも観光客は割りといました。少し海岸沿いに歩いていると「島民以外立ち入り禁止」とか看板はありましたけど。

地元の方の話によると、昔取材しに来たNHKの記者のカメラは壊されたそうです。

466 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/07/25(水) 22:11:20 ID:I/BBGMuP

基本的には祭り期間に島には入れない(各ツアーとも客を取らない)し、チャーター船でこっそり入ったとしても、「お前何しに来た?」扱いだぞ。

マジレスすると何でここまで秘密にするかというと

女を監禁し輪姦が祭りの儀式で、人魚と称して子供の肉を食ってるのでばれるとまずいからです


469 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/07/26(木) 08:50:26 ID:undefined???


まあ、>>466が書いたように、「産まれる」の儀式で、擬似的なセックスをやるとか、
あまり公開したくない部分があるみたいだがね。

503 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/08/05(日) 10:53:35 ID:o33cCchX

アカマタ役やクロマタ役は毎年同じ人がやっているのですか?


504 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/08/06(月) 03:53:19 ID:ilPhWRUF
>>503
いやちがうです。

メスのおサルさんみたいに発情してあそこがまっかっかな若い女がアカマタを、

男性と交わりすぎてあそこが真っ黒な10代から40代くらいの淫乱な女がクロマタを
演じる、
というのが慣わしです!

516 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/08/09(木) 02:18:14 ID:m0sN5Qvz

しかし…こんなスレ、いい加減止めて欲しいです。
たぶん見ないから良い様なものの、島のジィさん達が読んだら嘆き悲しみます

521 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/08/10(金) 13:26:50 ID:a5BCMAGB

部外者が島に行っても見れるのは一部だけだろ?
全て見ようとすれば殺される。
だから全てをビデオに撮って公開すればこのスレも無くなるよ。


530 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/08/11(土) 13:13:26 ID:pEqYa0Wq

1970年以降、複数の部外者が豊年祭を見学後にパナリ内で行方不明となっているみたいですが、その点はどう説明されるのですか?


524 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/08/10(金) 20:08:52 ID:et8z9Mpd

見たいやつは見にいって、どうしても全貌を見たいやつは島の関係者と結婚でもしてザーシンカに入れ。

544 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/08/15(水) 10:37:53 ID:bobjfvxo

やはりザーシンカになるまえにフグの毒を食べたのですか?
今でも恒例の儀式なのですか?


550 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/08/25(土) 15:22:34 ID:ilvmaKnL

案の定、今年も暴力監禁事件が有ったらしいですね 聞いた話によると、監禁された部外者にもそれ相応の非があったみたいですけど… 

552 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/08/25(土) 21:31:52 ID:48jiWS93
>550
監禁??
ンダ

553 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/08/25(土) 22:55:18 ID:48jiWS93

ンダチェ、ピャァスメプールバ、ンダラヌムヌォ…
ノーリャ?監禁?、人殺し?


ンザバヌッ(怒)


555 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/08/26(日) 03:47:55 ID:yno3+Ym+

今年もまたトラブルがあったんですか?
そこまでして隠すものって何なのでしょうかね?


557 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/08/26(日) 08:53:56 ID:7dYyDn1n
555>>
幽閉女に対する集団レイプじゃないですか?
あーザーシンカが羨ましい!


558 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/08/26(日) 11:15:50 ID:zH+srjol

幽閉女が存在するのはデフォなの?


571 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/10/29(月) 02:37:23 ID:eSMzQH80

俺は、10年前によく八重山を旅行してたけどパナリには興味があって、どうにかして行く方法を探していた。もちろん、石原の秘祭は読んだ事あり。

当時、黒島のダイビングショップからの、シュノーケリングツアーに申し込み、上地には全然上がれるし、昼飯もそこで食べた。ウタキのようなものに、ショップの店長は頭さげてたなあ。まだ、はむるぶしがやっていたから、聞いてみたら

「小浜島のほうが満員になった時か、特別な時でないと、新城島のはいむるぶしは、あけないから無理」
と言われた。俺は、離島情報にのってた、小浜島から船をチャーターして上陸を考えたが、電話したとこが、元芸能人のじいちゃんがやってるとこ。(そのグループの一番年下のやつね)

でも、酒飲んで帰ってこない、とか、波がきついから行かないとかで、結局うやむやで失敗。竹富のいつもいく宿で常連の客に「パナリに行きたい。泊まりたい」っていったら「方法あるよ」って。

しかも、下地。こっちのほうが俺は行きたかった。理由は祭りとかじゃなくて、単純に綺麗な海と浜を見たい、という理由。

その常連がいうには、
「下地には牧場があるが、そこにある大学が研究生を派遣してる。島民は夫婦が一組。研究生じゃないやつが、行く場合、石垣にある、船の会社のある船頭に頼む。もちろん、いきなりでなく、ある程度人間関係つくって。で、連れて行ってもらうとき、その島の夫婦にお土産持参。なーんもない島だから、飲み物がいいかも。
そこでいい人間関係ができたら、その夫婦に、またおいで、って言われる。
そうなって下地の常連になったやつを知ってる」

これが、常連が教えてくれた内容。祭りの話もしってたけど大したことないらしい。島民がやはり大切にしてる文化だから、興味本位の部外者にはいい感情はない、とも。

竹富の祭や、小浜も昔は、他の島からきた奴が祭りみようとしたら、棒振り回して追っ払ったんだって。これは、竹富のある有名人が実際若い頃、小浜の祭にいって実際にあった話。ただ、それだけ。

秘祭の内容がそのままパナリの祭をさしてるかどうかは知らないが、現代に女監禁してなんてあるはずない。あっても、かなり昔だろ。そんなの似たような事日本中にあったはず。JTAの飛行機でよむ雑誌にも、八重山の祭りの話がのってたが、小浜の祭りとよく似てる。つまり、そんな特殊なわけじゃないと思うよ。あのあたりでは。
実話ナックルズなんてアホ雑誌の記事なんて、適当もいいとこ。

で、結論、島の人の文化を興味本位でのぞくな。見たいなら、純粋に見たい、って島の人にお願いしたほうが全然いい。もちろん、ちゃんとルールを守る。

574 :(^∀^*):2007/12/04(火) 15:31:55 ID:742UUSP+

まだぁったんだww
そろそろ進展なぃんかね??
誰か行方不明になった人-?
ココ黒島の人見たら殺されるゎなwww
パナリ良ぃ所なんに。

578 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/01/31(木) 23:24:49 ID:0CRWQ9IG

島人7人しかいないなら忍び込んでリンチされても勝てんじゃないか?
仲間とかでいけば

579 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/02/01(金) 00:48:41 ID:Ci2zIOxD

バックに石垣や黒島が付いてるからな

594 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/04/18(金) 14:09:31 ID:qEgLe01U

気持ちの悪い島だね。陰でなにやってるかわかりゃしないよ。
神事なのにリンチとか‥それこそ神様が嘆くよ。
手をだしたら神事が穢れるのは島民が一番わかってることなのでは?
神様はもっと寛大だよ。島民が意固地になっているだけ。

596 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/04/20(日) 15:33:06 ID:aXvII+ce

2004年だか2005年だかの夏に行方不明になっている客はどうなったんですか? 
確かカヌーかなんかに乗って行方不明ってことになってましたよね


597 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/04/20(日) 22:48:39 ID:FgVZ4Su5

サメのお腹の中だろ。

598 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/04/21(月) 09:38:25 ID:HI8VoOXJ

なんだよ、その話ちと怖いんだが…。
やっぱりあれか?
祭りってのは島民の乱交パーティーなのか?


625 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/06/23(月) 17:10:03 ID:undefined???

色々な噂が飛び交っていますね。

先週、実際に新城島に行ってきましたので、その報告を。

パナリ島ツアーに申し込みをして、石垣島から船で行きました。
所要時間片道40分弱。

本島や石垣島でも怖い噂を聞いていたのでドキドキでしたが、実際に行ってみたら素晴らしいところでした。きれいな海とサンゴ礁、昔ながらの民家、そして人も温かい。
宿泊施設も2箇所ありました。(民家風の所、旧小学校)

以前館長を務めていた方は怖かったらしいですが、去年(?)亡くなったそうです。
新しい館長さんはとても親切で温和な方でした。
船での送り迎え、案内ともに館長さんがしてくれました。

その中で祭りの話もありました。
祭りを一般開放していた時に色々と中傷を受けて、去年から非公開にしたと。
今年も住民と協議の結果、非公開だそうです。
おそらくココを見たんじゃないかと思います。

とても心を痛めている表情で話をされ、こちらも胸が痛みました。
ここでも何人かの方が仰っているように、「この島は観光の島ではなく、住民たちの島」との事でした。当然祭りも「自分たちのための伝統行事」。見世物ではないし、とやかく言われたくないと。


ということで今年も基本的には見学不可です。どうしてもという方は、

・事前にツアーに参加して館長さんの推薦(許可)をもらう。
・元島の住民の方と知り合いになる、または紹介・推薦してもらう。

こんなかんじでしょうか。

その際はくれぐれも島の方の指示に従ってマナーを守るようお願いします。
こんなに素晴らしいところが汚されていくのは非常に悲しいことです。

昔からの歴史が残る数少ない場所。みんなで守っていきたいですね。

626 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/06/30(月) 06:46:18 ID:undefined???

貴方は祭の時の住民の変わりようを知らないから、綺麗事が言えるのでは
実際に参加すればわかりますよ とにかく犯罪行為は伝統とは呼べないと思います

648 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/07/16(水) 17:40:07 ID:undefined???

祭までもう少しだな アカマタクロマタが生まれる所見たいな


651 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/07/17(木) 13:39:57 ID:undefined???

いよいよ明後日からですね


652 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/07/17(木) 18:29:23 ID:+1Wv4yZ3
>>651
明後日から?
じゃあ、赤また黒またが出るのは21日か?

663 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/07/19(土) 14:37:51 ID:ptoIj3fk
>>652
正解
21日の夕方に現れる。20日の晩は獅子舞


653 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/07/18(金) 02:49:13 ID:Z5G9HPW7

生まれるのは19日の夜中


654 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/07/18(金) 12:10:50 ID:pXziuk/j
>>653
19日が初日なら出るのは21日だろ?


655 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/07/18(金) 15:29:36 ID:undefined???

ナビン洞の中では何が行われているの?


656 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/07/18(金) 17:59:55 ID:ypKTg/k9
>>655
ザーシンカだけの秘事


657 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/07/18(金) 22:57:27 ID:undefined???

いよいよ明日だな 伝統を売ったザーシンカは誰だ!


661 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/07/19(土) 11:59:00 ID:undefined???

到着したけど、泊まる場所がありません。とりあえず日陰に避難。


662 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/07/19(土) 13:23:16 ID:+mzG/se3

学校跡が桟橋付近の浜が部外者の寝るところだ。

664 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/07/20(日) 01:30:15 ID:1TcpO9JK
>>661

宿が無いんだろ?

食事は?
月曜日まで何を食うんだ?


718 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/09/07(日) 23:39:38 ID:1Gw1GiL7

パナリ島宿泊所の裏というか隣にある鳥居は人魚神社?


719 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/09/08(月) 16:33:27 ID:hfJIUeWZ

違う。あそこはアカマタ クロマタが出るところ。


720 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/09/12(金) 05:51:52 ID:undefined???

美御獄?


721 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/09/13(土) 13:54:10 ID:undefined???

アールウガン=人魚神社 でいいのかな?

726 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/09/20(土) 12:29:28 ID:vBlSq87n

アールウガン=東御嶽

神社じゃない。

222 :名無しさん@天国に一番近い島:2007/05/02(水) 10:23:58 ID:wQmgyeh8

祭の最中は麻薬もやっているって本当ですか?


745 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/10/30(木) 02:25:43 ID:undefined???

薬物使用は本当だがな


748 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/10/30(木) 17:28:19 ID:e/YcJETY

薬物?

あ〜!
シマーの事ね。
あれを飲み過ぎると翌日がキツいんだよな〜


759 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/11/21(金) 00:00:12 ID:5rFa/XIg

麻薬をやりながら、女を監禁して輪姦って・・・
隠す訳ですね・・・・

761 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/11/21(金) 18:27:36 ID:undefined???

ゴアやパンガン島に続き、今度はパナリ島が麻薬常習者の溜まり場になりそうだな
バッグパッカーの穴場の島だね!

773 :名無しさん@天国に一番近い島:2008/12/03(水) 01:50:46 ID:R2bMXLAN

たしか島民は7人くらいで年寄りだけだったよな?

834 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/05/14(木) 08:19:02 ID:undefined???

ザーシンカって総勢何人位いるんですか?

835 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/05/14(木) 12:02:00 ID:R9ZZP4JG

当日参加出来ない人も合わせたら、軽く100人は越えるんじゃないかな。

838 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/05/20(水) 22:35:46 ID:undefined???

新城、小浜、宮良、古見の中で一番規模が大きい豊年祭は、やっぱり新城ですか?


839 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/05/22(金) 12:26:11 ID:ZKa5+fWV

人口の一番多い宮良。


840 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/05/22(金) 19:52:29 ID:LvmVqFSI
>>838
厳格さなら新城が一番。


841 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/05/25(月) 17:26:42 ID:undefined???

厳格さからいうと

新城>小浜>古見>宮良

で宜しいでしょうか?


842 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/05/27(水) 15:09:53 ID:QFQ7OBIY

そんな感じでいいんじゃない。


843 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/05/29(金) 02:26:52 ID:undefined???

白保と宮良の豊年祭は全然違うのですか?

844 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/05/29(金) 12:04:35 ID:+YaAaOSn

かすりもしない位違う。

宮良は小浜からの強制移民の集落。
だから、宮良=小浜のアカマタクロマタ。

867 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/07/03(金) 15:08:43 ID:undefined???

去年の豊年祭から部外者は入島禁止です 学校跡や砂浜も上陸禁止です


872 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/07/05(日) 15:03:39 ID:undefined???

泊まる場所がなければ部外者とみなされ、夜ヤラれるよ


878 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/07/12(日) 17:54:52 ID:undefined???

祭は雨天台風等、関係ありません
今年も去年同様、部外者は島民の招待以外参加出来ません
ちなみにキャンプや野宿は禁止です

882 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/07/18(土) 09:13:05 ID:undefined???

公民館長の言う事は守れよ


896 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/07/27(月) 12:14:15 ID:qAFTvh9a

今年は大原から警官が来ていたね。


903 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/07/30(木) 17:26:52 ID:H57A486p

またまた新しい本が出たよ
「怖い!怪奇村の話」って本で、

アカマタ・クロマタの儀式は乱交パーティーで
それで生まれた子供を人魚の肉として食ってるだって。


904 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/07/30(木) 19:06:27 ID:j+4ejAoy

せっかく部外者の見学が許されたのに、また禁止になるな〜


905 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/07/30(木) 19:40:24 ID:undefined???

島出身者で美人っているの?

906 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/07/30(木) 20:13:29 ID:j+4ejAoy

結構カワイイ子居たからいるんじゃない?


907 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/07/31(金) 21:11:42 ID:tt5s9E3m

仲間由紀恵の親父さんは新城のザーシンカ


910 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/08/02(日) 19:30:39 ID:N9u6JiMz

八重山女レベル度

1位 美咲町の立ちんぼ(石垣島)

2位 南大東島のフィリピーナ

3位 新城のアカマタ役


911 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/08/03(月) 12:27:59 ID:L7aBgCkQ

美崎町の立ちんぼはナイチャーばっかだろ〜


912 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/08/04(火) 18:49:19 ID:undefined???

シマンチュもいるよ〜
かわいかったさ〜


916 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/08/23(日) 14:14:38 ID:undefined???

なんか新城のアカマタも年々見せ物ぽくなってきたな


917 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/08/24(月) 14:15:11 ID:9/rbECkn
>>916
どんな所が?


923 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/08/27(木) 17:04:36 ID:Ec+Sv6yc
>>917

実際に参加すればわかるよ 5年前と比べたら全然だよ…


918 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/08/24(月) 20:26:12 ID:D9X7LmET

今年は、人垣の後ろの方で前が見えない人が石垣に登って見てたら、
「見えない人は見なくていい!」と恫喝されていたぞ。


928 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/08/31(月) 01:35:40 ID:cBui6CnJ

確かに館長が亡くなる前の方がよかったな


929 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/09/02(水) 10:13:12 ID:undefined???

結局パナリのアカマタも見世物祭りに変わってしまったみたいだな

940 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/09/11(金) 00:56:03 ID:7S/TOU5K

これ以上の観光化はもう止めようぜ


942 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/09/11(金) 18:37:23 ID:3HbRMsnr
>>940
どこをどう改善すると観光化しないか君の意見を聞かせてくれ。

943 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/09/11(金) 18:49:48 ID:7S/TOU5K

いろいろあるけど詳しくは書けないでしょ

968 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/10/09(金) 12:07:58 ID:0wM9SGD3

ここはザーシンカも見てるんだから内緒なんて無理。
トラブルがあったら、また問題になる。

969 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/10/11(日) 10:47:00 ID:undefined???

大抵の島民は、収入に繋がるのなら観光化はしょうがないと思ってるよ


970 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/10/12(月) 11:55:23 ID:5EL30ioC

島民の殆どは石垣か西表に住んでて、島の家は別荘みたいな扱いの優雅な生活してるんだよな〜


971 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/10/12(月) 11:56:51 ID:5EL30ioC

民宿をやってる人も大原の大地主みたいだしね。

972 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/10/13(火) 12:00:50 ID:g36ylDd5

島民って何人いるの?
それと何で生計立ててるの?

975 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/10/14(水) 17:03:40 ID:mVzlLSpI

島民は全部年金生活者じゃないの?

974 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/10/14(水) 11:52:02 ID:undefined???

ほとんどの島民は年収100万以下って聞きました
しかし正直、私も上地の観光化には反対です
http://unkar.org/r/tropical/1163308866

124 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/04/24(土) 21:11:04 ID:UHEU++n9

上地島の御嶽について教えて下さい。御嶽関係を少し研究しています。
クイヌバナ手前は西御嶽。集落からタカニク方面に向かう道の左手にあって鳥居のあるところが、ジュゴン神社=上地美御嶽 
集落から少し左手に行って右にずっと入っていったところが東御嶽で良いのですか。

西泊さんにも、 集落から少し左手に行って右にずっと入っていったところについては、絶対に行くなと何度も念を押されました。
それ以外は御嶽の名前は言いませんでした。

うんどうやのしょ○たさんも、左手の鳥居がジュゴン=ザンと言ってました。

資料を調べても東御嶽と上地美御嶽が混同していて わかりません。
当然ですが、島の人が第一ですので、入るとか写真撮るとか、そういう意図はありません。ひっかかる疑問を明らかにしたいだけです。


125 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/04/29(木) 22:29:31 ID:GojabcCn

http://panari88.ti-da.net/index_6.html 
2008年7月24日を見てください。豊年祭はこんな感じです。他の祭は写真も載せています。

私にお金を落としてくれる人はウェルカムです。なんでも好きなようにしてください。
油をまきちらしサンゴを破壊するジェットスキーもお客さんを増やすために導入しました。ただ、私に関係ない、石垣や黒島のツアーは徹底的に排除します。


137 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/06/20(日) 19:43:21 ID:i4o9K0k9

豊年祭って実際のところ何してんの?


138 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/06/21(月) 23:25:16 ID:QLBULg6C
>>137
初日は見たことが無いので分からないが、

2日目は獅子舞

3日目がメインイベントのアカマタ×2・クロマタ×2の登場、そしてお宮での舞いを終えた後、夜8時頃から各家々をアカマタ・クロマタが周って各家毎の舞を舞う。

現在は家が30軒ほどあるので駆け足で周っても、日の出ギリギリになってしまう。
そして各家々を周った後、アカマタ・クロマタとの最後の別れがお宮へ続く道の所で行われる。

119 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/04/09(金) 21:54:06 ID:Gx6naGfm

儀式の内容なんだけど男役と女役が性交の真似事をして神の子を産む
みたいな内容だって聞いたんだけど本当?

あとは麻薬に近い物を吸ってトリップ状態になったのを神がのりうつったとか言って
神の言葉を聞くだとかも聞いたんだけど


146 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/08/20(金) 15:44:15 ID:bekC7HkD

ナックルズ監修の「怖い村」って雑誌の表紙がアカマタだったね。大丈夫なのかな?

36 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/11/07(土) 13:59:29 ID:X2hs/gc/

またまた新しいコンビニコミックに、アカマタが載ってた
例の女をさらって輪姦が載ってた

38 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/11/07(土) 18:30:55 ID:X2hs/gc/

ナックルズだね。
他に南大東島は人身売買して連れてきた女で売春島にしてた
ってのも載ってたな


78 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/12/06(日) 00:42:44 ID:undefined???

少し前、そーいう噂があったな。


113 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/04/01(木) 23:43:00 ID:undefined???


秘密の祭りは近親相姦で柱にくくりつけてうんたら
という話を聞いたがどうなのよ


115 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/04/02(金) 21:36:06 ID:HuMFIDL7

近親相姦の祭りなんかじゃないよ

116 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/04/02(金) 23:35:59 ID:ILvSRbJk

あながち間違いとも言いがたいが…

151 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/08/24(火) 07:54:04 ID:smpoTreK


「新南島風土記」って本で、新城島のアカマタって載ってる。

宝島の不思議島〜は、おそらくこの本を読んで、それに想像を加えて書いたものと思われる。

あとナックルズももってるけど、ナックルズの写真は「南西諸島の神観念」という本の写真を使ってる。

ただ両方とも古い本だからか白黒なんだよね。

日本ナショナルトラストから出ている『季刊・自然と文化26-秋季号 草荘神』って本にも写真が載ってるらしいけど図書館に無いんだよね。どこかに無いかな?


新南島風土記 
http://www.amazon.co.jp/%E6%96%B0%E5%8D%97%E5%B3%B6%E9%A2%A8%E5%9C%9F%E8%A8%98-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%96%87%E5%BA%AB%E2%80%95%E7%A4%BE%E4%BC%9A-%E6%96%B0%E5%B7%9D-%E6%98%8E/dp/4006031262

南西諸島の神観念
http://www.amazon.co.jp/%E5%8D%97%E8%A5%BF%E8%AB%B8%E5%B3%B6%E3%81%AE%E7%A5%9E%E8%A6%B3%E5%BF%B5-%E4%BD%8F%E8%B0%B7-%E4%B8%80%E5%BD%A6/dp/toc/4624200462


152 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/08/24(火) 18:25:35 ID:azfcM/Rz

「新南島風土記」っていうのは40年くらい前に写真が載ったってやつだろうな。
それはザーシンカの人も知ってるって言ってた。

俺も見たことあるけど、今の姿とは少し違う様に感じる。

81 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/12/12(土) 01:36:56 ID:+0mxSCG4

司と呼ばれる人は祭り以外の時でも島にいるの?

82 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/12/14(月) 02:32:09 ID:undefined???

居ない

83 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/12/15(火) 13:34:48 ID:e/FFn+wY

司って一人しか居ないの?


86 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/12/17(木) 01:47:25 ID:undefined???
>>83
なぜ、そのような事を聞く?


87 :名無しさん@天国に一番近い島:2009/12/17(木) 22:58:42 ID:X97/Qs2q

他の島じゃ複数いるからじゃないの?
あの白い格好のバーさんだろ?

http://unkar.org/r/tropical/1255482935

           / 乃了   `ヽ  ヽ∨∧ヽ \`、
              //_/7 ′     ハ `、〈〈_ノ ノ   ヽヽ
       r,ニY/」 ′〃   , ' l| ト、 l l ̄l「`、   | ハ
       __〉イ〃 ,  /, l   / ,イ!} |リ 八 ヽ |ハ
       〈 rク// ,′ ,'/l‖ ,' /厶‐十ナ/}小、ヽ ∨/  、
    , -ァ7イ {  l   |l ハ ト、 { l /ィ乏f千ァ l |ヽ}_ノ   、、 `、
  // 〃l ハ  、 レイ下丶、j′'ヾ゙ジ  // rヘ川 U ヽ ヽ
//   {l { い、、\V,ィf赤       //  ,ィ|l |  ト、 \
{_/    ヾ \/ ヽ\ヾ`ー'′       { !  仆//  ,′ | ヽ  ヽ
         ノ{ {  八_〉、   ` , - ァ  ゝ, ' V ハl /   ハ }   \
      , -‐'´/ハ 、 { |lヽ、      ∠ニ-V リ / /  ∨
  ,.|ヽ .ヽヽ、ヽ| ,'  ,..-,, `ヽ''-''-'、 __ヾ  ,,. -‐ V"´ __ `ヽ、_ ,
r''".| ヽヽ _,.´,, ',´´        `ヽ、'   ,.. - ''"´   ``ヽ 、`ヽ、ィ
|  ,|  川ヽ、/ /ト-;:::、        u丶 '´         .....ヽ、 i  /l
| ハ  |! j/ ./::`:::::、                        .:::r::、::.ヽ レ'  |
   ヽヽヽ .、 i   : : : : : : : : : : : : u: :/   、: 。: : . . .  . : : : : : ': : : :|    k   
    ヽヽヽヽ、ヽυ : : : : : : : : : : :, :'´: : : : : :ヽ : : : : : j : : : : : : : : : : :,'r;;=;;、  \
     \\ヽ ヽ、: : : :υ: : , : : : : : : : : : : : : : : : : : ι: : : : : : : : ιl L;;;ノ    \
      | l! ヽ、ヽ、--‐ '´: : :     : : : : : : : : :`: ヽ、、_:_:_:_:.: :j'´}:::::::::::::::::...   ┌――--,
、        ヽv-、.ヽ ヽ   ,,,_   ゜        : : : : : : : : : : : :υ,' .i   ,\::::::::      /
  `ヽ 、   丿 ヽゝ,, ::' "´        . . . . . . . . . .: : : : : : : : : :/ ,'.   ' ̄ \::::r';;ヾ /
     ``ヽl. |   y \          ``''''     . :-、、: : : ,' ,'.、     ̄ ̄ :::ヾソ ,'
        ヽヽ  ト、 `` フ                 : :ヽ-く ,'  ヽ、  __    _,(,,,,,,,,,..--
: : : : : .     ヽ、|!: :`‐‐': : :                。 : : : :\ u  ,,,ι- ''"´´
: : : : : : : .      ,,,.. -- ーー-、 __             : : :,, -‐''´

__________


3)【危険】パナリ(新城)島【タブー】

1 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/12/15(水) 20:36:35 ID:cAy9Bdbg

初代スレ主は行方不明… 
禁断、そして神秘の島、パナリについて語りましょう!


2 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/12/17(金) 01:58:24 ID:Y1hhZ1O6

今年の豊年祭ツアーを企画した人、消えたね。

5 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/12/19(日) 18:13:22 ID:huXUamZ2

今は勝手に島内を歩き回ると軽トラで追いかけてきますよ 

9 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/12/21(火) 00:40:05 ID:nB4gq/VR

軽トラですか。 じゃ、あの夫婦かな・・・
うみんちゅの船で桟橋までくると、使われなくなった貯水池の横の坂道を物凄いスピードで下りてきます。

で、桟橋から少し上がった左にある空き地(奥に人魚神社)には近づくなと毎回言われた。

島の住居は住人が居ないのに、いつも全て戸が全開。

下地は牛しかいない。
周りの珊瑚礁でゴシキエビが沢山捕れる。 夜漁で潜るとイタチザメが沢山でた。
ほんと懐かしいなぁ

23 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/01/17(月) 23:33:33 ID:nOBKmyGA
>>9
>桟橋から少し上がった左にある空き地(奥に人魚神社)

そこは人魚神社ではないよ。 人魚神社があるのは井戸の側。

6 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/12/19(日) 21:12:10 ID:qYB2lhM9

上地と下地、どっちがヤバイの?

7 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/12/20(月) 00:44:11 ID:o0BrABjs

上地 ここは本当にヤバい

8 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/12/20(月) 07:50:16 ID:SoBDxVM4
>>7
なにがやばいの?

10 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/12/21(火) 22:06:16 ID:jPW4ybog
>>8 
命が惜しいから誰も書けないよ ウタキや祭り以外の話題で行こうぜ!

11 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/12/23(木) 00:39:25 ID:exVIVHbB

パナリってお墓はどこにあるの?


22 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/01/15(土) 23:17:15 ID:kZv4zxCo
>>11
パナリの住人は殆どが大原や石垣に墓を持ってる。


13 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/12/24(金) 10:18:08 ID:o9Xhly3W

人口5人しかいないし定住する人は2人しか居ないのに
話題なんてあるのか?


14 :名無しさん@天国に一番近い島:2010/12/24(金) 21:54:38 ID:sYKMZOA6

あんな小さな島なのに、
アカマタクロマタのタブー 
人魚神社のタブー 
代々の司の血筋のタブー
ザーシンカのタブー 

そして公民館長の浮気問題のタブーなど秘密がありすぎるさ 

28 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/02/07(月) 15:47:37 ID:9aXi9N6e

映画「秘祭」の話やナックルズの話をパナリで聞くと、マジで不穏な空気が流れるぞ

私はうかつにもその話に触れてしまい、最悪な経験をしました 
島民の方、あの時は失礼いたしました!


31 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/02/17(木) 02:27:51 ID:9jyExjdc

おまえ本当に呪われるぞ


32 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/02/21(月) 03:24:29.71 ID:4SuPbN/1

ヤバいよ


35 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/02/26(土) 03:25:43.03 ID:db1Gb6De

誰かこっそり撮影してニコニコにでもうpしてくれよ
実際、見つかっても注意だけで殺されたり暴行されたりはしないだろ
されたら警察に言って裁判で訴えればいい


37 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/03/08(火) 03:23:32.02 ID:a0Ew9v0B

本当にやめといたほうがいいよ
殺されちゃうよ


38 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/03/08(火) 16:39:15.09 ID:rJpvs8xG

消される。


39 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/03/08(火) 16:49:02.39 ID:Nfat2oub

面白い、ならばやってやろうじゃん


40 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/03/08(火) 23:35:42.11 ID:a0Ew9v0B

バカだな 甘くみないほうがいいよ
事件になる前に行方不明になるよ
今までだって…

41 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/03/09(水) 01:07:22.07 ID:xfouzqFZ

ふん、たかが小さな島民に何が出来る!
定期便がなくとも、こっちには幸い船も船舶免許もあるんでね
入念に準備して徹底的に調査してやんよ

43 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/03/11(金) 17:08:42.40 ID:+XO8cZfg

絶対後悔するよ

45 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/03/12(土) 00:45:42.59 ID:uWm3gac3

今年は何日にやるんだろうね・・
祭り決行日すら秘密にして公表しないモンなあいつら

47 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/03/14(月) 01:30:29.39 ID:LrbJgW+F

どうせビビって祭り当日は絶対来れないんだろ ヘタレくん
もし当日島に来るなら、いつでも相手になるよ 
祭をナメンなよ 

58 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/03/30(水) 23:20:06.68 ID:uTkEYHiC

今年も観光客は参加出来ません


60 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/04/06(水) 03:30:11.67 ID:frZ3RXKP

あまり祭を甘くみないほうがいいですよ 
祭の最中、部外者は絶対島に入れません


82 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/05/07(土) 04:03:25.24 ID:p79JWfBz

人魚の墓って本当にあるの?


83 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/05/08(日) 19:51:27.22 ID:WbvhQlUL

墓じゃなくて、ジュゴンを奉った神社ね。


89 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/06/11(土) 13:15:05.36 ID:Gj/D83qH

今年の豊年祭は某TV局が虎視眈々と狙ってるね


90 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/06/12(日) 15:09:23.80 ID:2iMbY2sh

ナックルズか?


91 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/06/13(月) 15:50:25.83 ID:V6j/Xggw

ナックルズが来るのか?


121 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/07/01(金) 18:05:30.07 ID:+eiTBWSV

ナックルズは男五人女一人のクルーだよ
余裕だね

122 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/07/01(金) 22:28:15.46 ID:TL/3HMhK

誰が手引きしてるの?
島に知り合いや泊まるところ無いと入れないでしょ?

123 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/07/02(土) 11:47:56.51 ID:M8IrTp1A

手引き者見つけたら、ただじゃおかないぞ。

124 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/07/02(土) 12:50:29.94 ID:53oFGmea

ナックルズのクルーが来島=手引き者がいるって事だよね。

148 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/07/20(水) 22:57:00.29 ID:Xp+mrRsN

ナックルズを手引きした人ってまずいんじゃないの?
帰りの船で自慢気に話しをしていた、らしき男たちがいたよね
ヤケにうるさかったし


150 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/07/21(木) 04:28:49.71 ID:QMaTGmzh

本当なら確実に消されてるさ
そんな甘くない


151 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/07/21(木) 08:44:05.23 ID:q+7zdDwx

雑誌に掲載されればな。
出なかったら、その話も妄想で終わる。

153 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/08/08(月) 10:05:59.79 ID:YppfumrS

次回のナックルズに載るね 何度も忠告しているのに
これから色々やっかいな事があるな


157 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/08/23(火) 08:52:28.83 ID:+rmNphDq

盗撮→拉致→山に連れて行かれる→セマルハコガメが肉、骨、服、荷物まで完食する

これで何も残りません。


160 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/08/24(水) 18:57:46.94 ID:ozCl/Vex
>>157
セマルハコガメより、ヤシガニの方が現実的。


163 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/09/01(木) 11:12:36.32 ID:WYTacqs6

ナックルズ、何も載ってねえじゃねえか!
結局いつもガセなんだよな。


166 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/09/06(火) 20:57:56.30 ID:MoXsDaNo

自粛したみたいだね


168 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/09/12(月) 20:51:43.72 ID:Hk8PIIdC

獅子舞も撮影駄目?

170 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/09/21(水) 18:53:11.15 ID:91aSL/cA

勇気があるなら撮影してみな 120%ヤラレルヨ!
間違いなく殺される


171 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/09/22(木) 16:02:31.62 ID:3q0KWfHz

むかし、アカマタクロマタをスケッチしようとした観光客がいたが、ザーシンカの人に注意されて止めさせられてたね。
でも、ザーシンカの人がカメラで撮影していたのは、子供ながら変だと思った。

173 :名無しさん@天国に一番近い島:2011/09/26(月) 06:27:39.98 ID:ptRYblHd

スケッチなんてしたら島から出れません
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/tropical/1292412995/  

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コメント
 
01. 2012年10月08日 20:56:30 : HNPlrBDYLM

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  ヽ.  /   _/         /   \ ̄ ̄ ̄ ̄\≧‐--/\_,.  -―-'

E. 何故 新城島では〇〇の肉を人魚の代わりに食べる様になったのか?


人魚神社
http://www.google.co.jp/search?q=%E4%BA%BA%E9%AD%9A%E7%A5%9E%E7%A4%BE&hl=ja&lr=lang_ja&tbs=lr:lang_1ja&prmd=imvns&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=WK5yUIjJJ5CemQXTmoDwBQ&ved=0CDEQsAQ&biw=1047&bih=892


尚順男爵(琉球王家)から “人魚の吸い物”(ジュゴンの吸い物)をご馳走になった

「以前八重山あたりでは時々人魚が取れた」

「非常に骨折って割いた肉塊を干す(干肉)」


月刊民芸:昭和14年5月号 紀行文「琉球珍味の一夜」(柳兼子)より
www.hars.gr.jp/taikai/12th.taikai/ippanendai/11satouyuu/slide.pdf


1) 禁断の人魚神社


東御嶽(アーリィウガン、アールウガン、アールヤマ)の入り口です。
またの名を「人魚神社」とも呼ばれ、ジュゴンを祀っております。
石垣島ではザンは美女の上半身と魚の下半身を持つ人魚とされ、ザンが津波を予言したという伝説が残っています。

ザン(ザンノイオ)とは、鹿児島県奄美群島および沖縄県での伝承上の魚です。
ジュゴンのことだそうです。

琉球王朝時代、新城島はジュゴンの干し肉を献納してました。
豊漁祈願としてジュゴンの頭蓋骨を祀っているそうです。

*観光客は入ったり、勝手にお祈りしてはいけないそうですよ。
http://yoidoretensi.blog.fc2.com/blog-entry-249.html


秘祭の島 謎の人魚伝説を追う 

“秘祭”と囁かれる謎のお祭が沖縄、先島諸島(八重山)のとある島に伝わっています。沖縄本島から石垣島、さらに西表島へ渡り、その先に定期フェリーも無いというその島、新城島に伝わる祭は、島民以外には一切公開されず、写真、録画、録音が許されないというお祭なのです。年に一度のその祭には島を出た島民たちも戻り、今もひっそりと受け継がれている祭なのだといいます。

明るい空、どこまでも青い海、そんな沖縄ブームの昨今、何やら怪しげな雰囲気のその秘密とされた祭、早速、私、沖縄へ行ってまいりました。


謎の秘祭の正体を探りに空路で東京→沖縄→石垣島へ

“秘祭”は現地で“豊年祭=プーリー”と呼ばれています。プーリー自体は例年祭として各地で行われていますが、その島のプーリーだけは開催日が不明となっていて、こうも呼ばれているのだといいます“アカマタクロマタ”と。

石垣島空港から港のある島中心地へタクシーで向かう際、運転手に訊いてみました。


「ええ? “プーリー”? 新城島!! 

あー! アカマター!?
 
どうするのぉ? 行くぅ? 行けないよー。

あの島の祭はカミンチュの祭だから島のもの以外無理だよー」


いきなりの洗礼、フェリー行き場でも同様。新城島近海へのダイビングスポットへ出るチャーターやツアー便しかないので島に渡ることは無理とのこと…。

そこで一旦、役場、図書館へ向かい、ともかく島民、その関係者に出会えないか調べることに。調査に役場へ、石垣島には八重山諸島の行政施設が集まる

図書館では面白い資料を見つけることが出来ました。

新城島には人魚神社がありジュゴンを祀っています。琉球王朝時代に新城島は唯一ジュゴン猟を許されていました。ジュゴンは洋の東西を問わず人魚のモチーフですが、ここでも同様に不老不死をもたらす人魚の肉として珍重されていたといいます。

地元ではジュゴンを“ザンノイオ”と呼びました。ザンは津波を意味していて、津波を引き起こす怪魚としてもしられていました。


江戸時代の瓦版より、越中で捕れたとされる人魚の様子

また、新城島のプーリーには異界からやって来るアカマタ、クロマタと呼ばれる仮面神が家々を回り再生と豊穣とをもたらすとされています(正式には子供のアカマタ、クロマタと合わせて4体)。

うーん、人魚神社、ジュゴン=ザンノイオ、津波を呼ぶ人魚、アカマタクロマタ異界の仮面神…。ますます、謎めいてきた…。

と、ここで先ほどのフェリー乗り場の観光案内ガイドから新城島民が営む民宿が西表島にあるとの情報が…。
http://www.tanteifile.com/onryo/kaiki/2010/03/11_01/index.html


ジュゴンに関する御獄は上地島、下地島の各島に一つずつある。沖縄タイムスの記事で

『ジュゴンの霊を慰め、漁の安全を祈願するため、人々はジュゴンの骨を集めた「イル御獄」をつくり、今も大切に祀っている』

とあるが、上地、下地とも「イル御獄」はあるものの、島民の話しではどちらもジュゴンを祭っているという事実はないという。

当初、文献からジュゴンを祭っている御獄はアールウガン、イルウガン、ザンヌオンの3つと考えていたが、アールウガンとザンヌオンは同じ御獄を指していることがわかり、また、イル御獄は違うとみえて、最終的にはアールウガン(上地島)、七門獄(下地島)の二つということがわかった。

この二つのウガンは別名として「イショワン」または「イショウガン」と呼ばれており、「イショ」という名がつく共通点がある。「イショ」がつくウタキはこの二つだけであり、島では海を指す。

上地島・・・東御獄(アールウガン)
別名・ザンヌオン、ムトゥウザン、イショウガン

航海安全祈願、豊漁祈願も行なわれていた。

近くに井戸があり、この井戸は昔の生活の中心だった。その中でも「二スケー」と呼ばれる井戸はアールウガンと結びつきが強く、島の人の話では「二つセット」と言われていたらしい。


ニス(北)ケー・・・アールウガンの茶わきに使ったり、お花をいけるための水として使われた。これより、この井戸はアールウガンと一つだったと言われている。その他生活用水としても使われた。

カン(神様)ケー・・・島のニガイをする時は必ずこの井戸から水をとった。この井戸の水は島の人にとってとても大切なもので、セツ祭を含めた二日間は他の島の人にこの水をとらせてはいけないというきまりがあった。もしもとられたら、その年、この島は不作になるとされた。

昔は上地島と下地島はなにかと対立しており、お互いに相手の島の水をとり、不作にさせようとしていた・・・という話もある。この井戸の水を守るのは子供の仕事であり、最近まで行われていた。夜になると恐いので、子供たちは歌を歌ったりしながら夜を過ごしていたという。


ウンブ(大きい)ケー・・・6つある井戸のなかで一番大きな井戸だった。カンケーとこの井戸が一番水が豊富だったといわれている。

ツプ(壷)ケー・・・壷のように底が小さくすぼんでいたことからこの名前がつけられた。6つの井戸の中心に位置する。一番水が甘かった。

ツル(ツルゲ)ケー・・・6つの井戸のうち、この井戸だけツルゲで水をくんでいたことからこの名前がつけられた。ちなみに他の井戸は全部「おりかわ」だったらしい。

フタゴ(フタゴ)ケー・・・一つの穴から二つの水壷(水たまり)につながっていたことからこの名前がつけられた。6つの井戸の一番奥に位置する。


下地島・・・七門御獄(ナナザウウガン)

下地島の海岸に近いところに位置する。「七門」とは七つの水路の事を指す。お宮にむかって放射線状に七つの水路がのびており、ここから魚がはいってきたという。

何故七つか・・・ということは島の長老もわからないと言っていたが、何か意味のあるような感じがする。海では魚がのぼるところ、さがるところが決まっており、この七つの水路はその原理をうまく利用したと考えられる。大漁祈願も行われており、別名として「イショワン」と呼ばれていたことも納得がいく。

✩さいごに
今回の調査において、島の公民館長でいらっしゃる島中信良さんをはじめ、副館長の安里さん、新城島の大統領といわれている西大舛高壱さん、その他大勢の皆さんに協力してもらい、快く話しを聞かせてくれたことにとても感謝している。
oecc.open.ed.jp/cdrom/reppdf/rep27.pdf

高速フェリーで西表島へ渡ると、濃密な空気、港を離れるとすぐに密集した密林です。いわれた民宿へ向かうと、そこには南洋生まれといった亭主がいました。

「これから、宿泊客と一緒に新城島へ向かうところだったからね。調度良かったね」

とぶっきらぼうに言います。

「ところで、あんたなんで新城島へ向かいたいの?」

い、いやぁ…、海がきれいな島だと聞いて…。だなんて思わず答えたのも、絶対秘密の祭を内緒で撮影をした内地の人間がリンチを受けた、なんて事件を石垣島で調べて知っていたからなのです。

すぐに出発となり、10人ほど乗ったら一杯のボートに乗ると、いざ新城島へ。
波しぶきを受けて小型ボートで新城島へと渡ります
観光気分ではしゃぐ客3名とは少し変わった来訪者(記者)。

途中、スクリューに海ぶどうが絡まるといったトラブルもありましたが、なんとか島が見えてきました。いよいよ上陸です。

「あー、行っちゃいけない場所があるから、そこは絶対行っちゃダメだよ。神聖な場所だからね」碇を降ろしながら亭主の一言。

島を巡ると、あちこちに『観光客立ち入り禁止』の立て札。噂の人魚神社前にもヒモが張られ入れません。

江戸時代の瓦版より、越中で捕れたとされる人魚の様子

新城島は7所帯、10名ほどが生活しているといいますが、すれ違ったのは年老いたお婆さんだけでした。

狭い島内は歩けばすぐに祭に関わる謎の神社があるのでしょうが、鬱蒼とした密林はそれを阻みます。途方に暮れていると、後ろから亭主がやってきました。

「あんた、なに調べ来たの? プーリーのこと? プーリーは島のもんだから、取材はムリだよ」

最初からバレバレでした。こうなったら…。と聞きたいことをこの亭主にぶつけてみました。プーリー(豊年祭)ってなんなんですか?

「島の祭りよ。神の祭り、一番大切なものよ」

アカマタクロマタとは?

「ニールピト(あの世の人)よ。アカマターは豊漁をもたらしてくれる神様のお使いさ、お面を付けたんじゃない、そのとき神様が憑かれるのよ」

アカマターと類似が指摘される中国ミャオ族のマンガオ

人魚神社とは?

「昔の人を養ってくれたザンを供養するところ、ザンの骨を祭っているよ。島の聖地よ。部外者は入ってはいけない。アカマターも許さない。祟るよ」


オン(聖地)への鳥居、この向こうに禁断の人魚神社が…

…なぜ祭は誰にも見せないのか?

「…島のものだからよ。島以外の人間はダメさ…。だからこれ以上訊いても無駄さ」

ここで頑なになってしまいました。 本年もひっそり旧暦6月頃、新城島では謎の祭が開催されます。
http://www.tanteifile.com/onryo/kaiki/2010/03/12_01/index.html

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2) 先島諸島で妊婦が迫害される様になった理由


宮古島、八重山など先島では、人頭税(ニントウゼイ)の重圧が住民を苦しめた。琉球王国を一六〇九年に侵略した薩摩は、早速、琉球の検地をおこない、薩摩への貢納の種類と量を決めた。琉球王府は毎年、多額の貢納を薩摩に出すようになり、とても財政が窮迫した。一六三七年、宮古、八重山の人口を調査し、それまで本島と同じだった税制を変え、田畑の面積にかかわりなく、人間の頭数で税を割り当てる人頭税を実施し、島民の貢納は重課された。この人頭税は、明治三六年(一九〇三年)に正式になくされるまで、なんと三〇〇年近くも先島の住民を苦しめ続けた酷税であった。

人頭税は、役人など除く一五歳から五〇歳までの男女にかけられた。粟による貢租、女性には布の貢布、労役の代償の夫賃米、公費、村費がかけられた。人頭税の過酷さを物語るエピソードは数多い。

人口が増えればそれだけ税が加重されるので、妊婦に岩の割れ目を飛ばせて人口の調節をしたとか、嬰児殺しが横行したという。

滞納すると拷問にかけられる。拷問器にかけられ障害が残った人も出た。

債務が増えすぎて、奴隷のような名子(ナグ)に転落する人も多かった。

明治の後半まで、この南島に人頭税と奴隷のような存在があったことは、まだ全国的にはあまり知られていない。
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では、人頭税はどのように課せられたのだろうか。

人口を調査して、一五歳から五〇歳までの男女を年齢によって上、中、下、下下に区分して、税率に少し傾斜をつけて税をかけた。

男女を同列に扱い税をかけるというのも、人頭税ならではのひどいやり方である。
八重山は米が基本で、宮古は粟を納めた。女性は布を納めさせられた。

納税には、琉球王府に納める正租だけでなく、薩摩藩に上納する重出米(オモデマイ)があり、米や粟など運搬するための経費や途中での口減り分も加えて貢租とされた。さらに、労役の代わりに米を出す夫賃米(ブチンマイ)、市町村税にあたる公費、村費、滞納予備の貯蓄費など人頭数で割り当てられた。後には、勧業費、衛生費、学校費なども負担させられた。

布を上納する女性も、正租、夫賃米は免除されたが、それ以外のものはみんな頭割りで負担させられた。貢租は、米や粟など現物で納めなければいけない。だから、サトウキビが換金作物として有利であっても、農民は自由に作れなかった。

農民の暮らしはどんな実態にあったのだろうか。宮古の実例を見てみたい。

農民は粟を作っても大半の人は粟の味も知らない。サツマイモを常食としていた。味噌を持つ者さえ島民の四人に一人ほどにすぎず、海水に水を加えて、サツマイモの葉やツル、海藻を煮て食べた。醤油さえ口に入らなかった。

家といえば丸木を組み、草で屋根をふき、四面を囲んだだけの粗末な掘立小屋のようなものである。屋内も大半の人は土間だった。

これは何百年も昔のことではない。明治の中期頃の姿である。一年の収穫より年貢の方が多いという例さえあった。農民はただ人頭税を納めるためにだけ、生き、働くような存在だった。

人頭税を逃れるために、あえて自分の手足を切って「匹人」(ヒキニン、障害者)になる人もいた。役人に頼んでドレイのような「名子(ナグ)」になる人も後を絶たなかった。


水田がない島にも米を上納させる

人頭税は、現物納が原則だったということは、どんな事情があろうと、宮古は粟、八重山は米を作らなければいけない。しかし、米は水の利便がなければ作れない。サンゴ礁でできた離島では、水田がほとんどない島、地域がある。八重山はたくさんの島々から成り立っている。米があまりとれない島、地域の農民は、どうしたのだろうか? 

水田で米を作れる島に通う「通耕」によって米作をした。波照間島、鳩間島、竹富島などから西表島に出かけた。といっても、西表島は恐ろしいマラリアの危険な地域が多かった。石垣島でも、マラリア有病地がいくつもある。そんな危険な場所であっても、米作りのために出かけなければならない。海が荒れると通うのも危険になる。粗末な小屋を作って、そこに泊まり込んで農作業をしたという。島だけでは二∼三〇〇人しか住めない鳩間島には、通耕によって七∼九〇〇人が暮らせたといわれる。

こうした米作りのために他の島に通うことにとどまらず、開拓のために強制移住させられたのが「島分け」の悲劇である。首里王府は、窮迫する財政の立て直しのため、八重山、宮古で住民を移住させ、新村を建て開拓を進めた。その際、村を通る道で線引きする「道切り」で移住者を決めたため、恋人や夫婦でも生木を引き裂くように分けられた。

 非情な強制移住は、明治になってからもあった。母親と子どもを引き裂くという移住の記録がある。明治九年(一八七六)から二年余り、目差(村の助役)をしていた役人の日記にこんな記述がある。

大浜村のカナは、祖母とまだ三歳の子を含む子ども三人を残して、白保村のタラは六歳の子ども一人残して、母親が移住させられた。祖母と子どもたちが「親子が離れては子育てに差し支える」といって移住を願い出たという。いくら祖母がいたとしても、幼子を残して母親を移住させるなんて狂気の沙汰である。
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もし、人頭税を滞納するとどうなるか。

村番所に呼び出されて、「かし木」に入れられる。

「かし木」とは、一種の拷問器である。両足を丸太で挟んで締め付けるようなものだという。いったんこの拷問を受けると、大抵が身体に障害を受け、「疋人」(ヒキニン、障害者)といわれて、一生を日陰者として暮らすことになったという。

十字架もあったそうで、未納の多い者や村の内法(村の内規)を侵した者は、多くはこの十字架にしばりつけられ、罪の度合いによって一日から五日も縛られた。また科鞭(トガブチ)といって、長さ一尋(ヒロ、両手を広げた長さ)、周り五寸の樫木で叩きつけられる。村番所から、滞納者の悲鳴が絶えなかったそうである。

滞納で村に住めなくなり、逃亡したり、中には山賊になる例もあったという。これらは『伊良部村史』が伝える苛酷な実態である。
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困窮した百姓たちは、娘の身売りをしなければ、滞納する上納物は納められない状況にあった。一六七二年に、那覇で初めて辻、仲島に二つの遊郭を設け、方々に散らばっていた遊女を集め、公娼制度を認めたという(宮城栄昌著『沖縄女性史』)。遊女は、地方の貧しい家の娘が身売りされてくることが多かった。
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人頭税のもっとも痛ましい結果は、恐らく産んだ赤ちゃんの埋め殺しだろう。

「愛と哀しみの島唄」でも、人口調節のために、嬰児殺しが横行したと書いた。その時はまだ、リアルな実態を知らなかった。その後、その生々しい現実を知るにつけ、背筋が凍る思いがした。やはり前述の大浜氏が、体験者の証言をもとに伝えている。

 八重山の各村では、あの家でもこの家でも、赤ちゃんを産むとただちに始末したという。一六八一年ころから、赤ちゃんの埋め殺しが始まったという。人口が急増した時期と重なる。

その方法は、家の裏庭に穴を掘り、産みたての赤ちゃんを久葉(クバ、ビロウのこと)の葉に包み、穴に入れて、その上にアガザイ(シャコガイ、シャゴウをひっくるめて呼ぶ)で押さえて、生き埋めにする。

埋められた赤ちゃんは、すぐ死亡する場合もある。なかには二、三日たってもまだかすかな泣き声が聞こえる場合もあり、通りかかった人が、助け出して養育したという例がいくつもあるという。

 竹富島の豊見本次郎さん(トミモトジロウ、実名)は、長男でありながら、埋められた。封建時代のことではない。明治八年ごろのことだ。村の有力者が通りかかった。

「埋殺処置をして三日になるのに、まだ生きているというのは、この嬰児になにか徳がそなわっているということに違いない。この子は自分がもらいうけて養育しようと思うが、どうだろう」

と両親と話し合い育てた。その後、すくすく成長して村一番の働き手になったそうだ。同じように、有田加那さん(実名)も救い出されて、粟作りでは村一番といわれたそうだ。

 竹富島のK家では、これまで四人も埋め殺し、五人目も処置した。狂乱せんばかりの妻は、夫に向って

「あの泣き声は私ら夫婦を恨んでいる声のように聞こえる」

といった。夫は

「心配するな。これは皆、人頭税のせいだ。私が始末するから安心しろ」

といって、始末したという。大浜氏はもっとリアルに記述しているが、あまりにおぞましいので略する。その後、この家には怨霊のたたりか、生まれてくる子は、蛸のような骨なし子で、一所懸命に怨霊退散の祈願に手を尽くしたと伝えられているそうだ。
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定額人頭税で楽になったのか?

一六三七年に制度化された人頭税は、二〇年余り後の一六五九年には、定額になったという。宮古、八重山から王府に納める貢租額が一定であるという意味だ。人頭税を導入した後、過重な負担などによって、八重山など人口は減少した。人口が減れば、納税額も減ることになる。そこで、宮古、八重山それぞれに「これだけは必ず納めろ」という責任額を定め、人口の増減によって集める税額が影響を受けないように税制を変えた。だから、人口が減っても、作況が悪くても、定められた年貢は責任をもって納めなければならない。ここに定額人頭税の本質がある。

実際に定額制で、人口が増えて税額が低くなるのなら、農民たちは子どもを多く産み育てるだろう。人口が増えれば人頭税が定額で軽くなるのなら、「産めよ増やせよ」となるはずだが、現実は逆だった。嬰児埋殺や間引きが横行した。

子どもが増えて、一五歳になれば納税の義務が生じ、一家の納税額は増える。いまでも重税にあえいでいるのに、これ以上増えればとても納められない。それに、貧窮する家庭では子どもを何人も養うこと自体が、とても苦しい。これらが、非道なことだとわかっていても、赤ちゃんの埋め殺し、間引きに走らせる動機となったようだ。

さすがに首里王府も、これには頭を悩ませたようだ。首里王府が布達した文書に次のような記述が再三出てくる。

「八重山では人口が増えれば上納や公役が増えると考え、生まれた赤子を埋殺するという人間とも思えない行為がある。⋯⋯人の守るべき道にはずれ、とんでもないしわざである」
(「与世山親方ヨセヤマウェーカタ 八重山島規模帳キモチョウ」)

「定額人頭税制度になってからの村全体の敵は、なんといっても脱村者、不具廃疾者、妊婦、産褥中の婦人および多子養育中の婦人等であった。

したがって、村にとっては人口を制限して、村全体の税額を減らすという手段をとったり、あるいは村一円のすべての人々が不具廃疾者、産褥中の婦女の少ない状態をつくりだし、村の全人口が定額人頭税完納にむかって、邁進できる少数精鋭主義の傾向にむかわざるをえなかった」。
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与那国島の「とぅんぐだ」

 石高に割り当てていた貢納が人頭税になると満15歳から50歳までの男性は、たとえ体が不自由な者であっても、ことごとく納税の義務を負わされることになった。
 このため、ある日、だしぬけに銅鑼や太鼓を打ち鳴らしてこれら男性を「とぅんぐだ」(人舛田)に非常召集し、遅れて入りきれなかった者を殺した、と伝えられている。

 「とぅんぐだ」は、いまは廃村となった旧島仲集落の南方にある。もとは約1町歩の天水田だったといわれているが、その後分割され、現在は約3反歩。さとうきび畑になっていて、かつてこのような惨劇があったとは思えないのどかな光景が広がっている。
http://jaima.net/modules/readings/index.php?content_id=30


与那国の“よな”は、境界という意味です。すなわち与那国とは、古代琉球国の最西端に位置する絶海の孤島という意味をもっていました。ですから、人口もわずかで、海鳥のいる島といわれているくらいでしたが、島民はこの島を南海の楽園にしようと考えました。そのためには、人がいっぱいいなくてなはりません。こうして「産めよ!増やせよ!」の風潮が高まっていきました。

15世紀の初頭には、島の人口は三万人余にも膨れ上がったそうです。
特に女性が多く1対6の比率で男性をはるかに圧倒していました。

御獄参りで願掛けをした神人や女たちは、「島の繁栄だ」として喜び合いました。ところが、これが、やがて残虐な血祭りの時代を迎えるとは誰も予想しませんでした。

人口が増えると今度はだんだんと食料が不足していきました。 人口は増える。食料はない。島の食料危機は日増しにつのり、やがて血を呼ぶいざこざがあちらこちらで起き始めました。

ある日、島の按司(酋長)たちは、もうどうしようもないこの状況を切り抜けるために、会合を開きました。 会合の最後で一人の按司が

「この島には女が多すぎる。食料が不足するのは、おんながどんどん子どもを産むからだ。だから今後は女に子供を産ませないようにしよう。」

と言い出しました。みんなはこの意見に引きずられました。

「それは、どういう方法をとればいいのか?」

ということになると、みんな答えに窮します。


「そうだ、妊婦だ!

妊婦を集めてあの絶壁の久部良割(くぶらばり)を飛び越させよう。

あの裂け目を跳び越した強い女だけ、子供を産むことを許そうではないか。」

と、また一人の按司、一同たちまちにこの案に賛同しました。こうしてあの残虐非道な人減らしを目的とした久部良割越えが実施されることになったのです。
http://www.kentoushi.com/home/history/densetsu/yonaguni/y_densetsu3.htm

与那国島 クブラバリ
http://www.youtube.com/watch?v=fiLZC_tRJms
http://www.youtube.com/watch?v=Qpg1lgYxmcY
http://www.youtube.com/watch?v=VRhxcWYOJ8I

与那国島「クブラバリ」写真

小中学校を通り過ぎたところに史跡クブラバリはあった。一見すると普通の草原のように思えるこの丘も、琉球王朝時代には恐ろしい場所であった。

クブラバリは、「久部良割」とも書かれる通り、久部良地区にある大地の割れ目の事である。その大きさ、深さなどは、実際に現地へ行って立つと、本当に身の毛のよだつ思いがする程恐ろしい場所である。

これがそのクブラバリ。

悪政・人頭税によって、人間を間引きする必要があった与那国地方。

その方法とは、妊婦にこの裂け目を飛び越えさせて、飛べた者だけが助かったという。しかし落ちたら死、飛べても流産してしまう恐ろしいこの裂け目。実際には、幅3メートル、深さ7メートルもあったという。そんな人等税を考えたのが島津藩であった!


裂け目

幅3メートル、深さ7メートルもあり、妊婦には絶対に飛べるハズがない。そこには死があるのみ。飛べてもおそらくほとんどが流産をしたであろう!

のどかな風景の中にある地獄への裂け目。実際に立ってみると、脚がすくんでしまうほど恐ろしい。そしてこの裂け目の底は薄暗くて見えない。死者の悲しみの声が聞こえてくるようである。
http://homepage1.nifty.com/takeishi/okinawa/yaeyama/yonaguni/newpage4004.html

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3) 新城島の漁師がジュゴンを捕まえる技量を失った理由


今の沖縄では周囲を海に囲まれていて漁業は盛んだ。 しかし、琉球王府の時代は、漁業を専業とする人々がいたのは、糸満など一部だったと聞く。本島でも離島でも大部分の地方では、魚を食料として獲ってはいても、それを生業とする漁業はなかった。

古代から厳しい自然の南島に生きる人々にとって、海の魚介類はとても大事な食糧源でもあった。だから、魚介類をつねに獲って食べて生きてきたことは間違いない。しかし、琉球王府の時代には、それは、農業の合間に魚を獲る、自給自足の生活の補完する程度のものだった。

なにしろ、王府に納めなければならない年貢は、米や粟、上布などが決められ、それを現物で納めなければならない。八重山、宮古など先島では、人間の頭割りで税金を課す人頭税が重くのしかかった。海産物を役人、王府に現物税として納めることもあったが、それは米や粟に代わるものではない。


『沖縄の歴史第二巻近代編』の「第三節水産業」から紹介する。

沖縄県は六十あまりの島々からなり、水産業を営むのには、地理的にすばらしい条件に恵まれていました。ところが一八七七年(明治十)代に、上杉県令の沖縄本島各地を巡回した際に、漁業に従事するのが少ないことを知り、漁業の奨励をしようとする意向をしめします。それに対し、国頭(クニガミ)地方の役人は

「今は、負債を償却するため、精いっぱい力を尽している。その負債を償却したのち、網を結んで、舟を作って、人々に漁業を教える」

と答えています。それからもわかりますように、納税に追いまくられ、負債償却のために「尽力」しなければなりませんでした。そのため農民は、漁業を営む余裕などなく、すばらしい条件を生かすことはできませんでした。したがって漁業を専業とするものはほとんどいませんでした。ただ農業のあいまをぬって

「四人〜五人ニテ引網スルノミ」(大宜味間切=オオギミマギリ)、あるいは

「専業トスル者ナケレドモ、農業ノ間隙ニ漁ス」(名護間切=ナゴマギリ)

という程度でした。

一八八七年(明治二十)代では、漁業を専業とするものはほとんど糸満漁民にかぎられていました。一八九四年(明治二十七)になっても五千名程度しかおらず、沖縄県の全人口の一パーセントというわずかな比率しかしめていません。

ここに引用したとおり、海のそばに住む百姓たちも、年貢を納税するのに追われて、漁業を営む余裕はない、だからあくまで基本は農民であり、漁業を専業とする住民は糸満以外にほとんどいなかったことがわかる。

沖縄はいまカツオ漁が盛んだし、カツオ節をつくり、たくさん消費する県である。でも琉球王府の時代は、カツオ漁はまったくなかった。当然、カツオ節という保存食の製造も知らなかった。カツオ漁とカツオ節の製造が始まったのは近代になってからである。

明治三一年(一八九八)鹿児島県人が慶良間諸島でカツオ釣り漁業を始めた機会に、島民が漁船の運用や漁法の伝習を受けたことなどが、沖縄本島でのカツオ釣り漁業とカツオ節製造の始まりだという。明治の後期である。
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王府は漁業を抑圧した

なぜ、漁業に従事する人がほとんどいなかったのか。重税に追われて余裕がないということではあるが、そこには首里王府が農業を奨励し、農民が漁業に精を出すことは抑えるという政策をとってきたことがある。

海辺の百姓のなかには漁に夢中になって農業をおろそかにするものがいるが、漁が得意で農業よりも多く稼げるというならともかく、いたずらに漁にでるのは家業を衰微させるというのである

これによっても『海』を農地に代えて利用するということは、生活の安定、向上の面から不定的であり、むしろ抑圧する姿勢がみてとれる

王府による「勧農政策」は離島でも徹底された。

宮古島の大神島(オオガミジマ)は農耕に適する土地が狭く、海に出ることが島民の仕事だった。しかし、日常の食料(農産物)に事欠くありさまで、王府は島民を宮古本島に移住させたけれど、依然として漁業にいそしみ農業に力を注がないので、他の村から農民を移住させて一緒にして、農業へと転換させたという。

また、多良間(タラマ)島に近い水納(ミンナ)島では、島民が漁獲物をもって年貢を納めるよう望んだのに対し、村役人が島の産業そのものを農業へ転換させ、役人は王府から表彰された。

このような事例から、封建制度の進展とともに、従来の漁村が農村へと転換させられ、沿海村落であっても農業そのものに監視がともなう状況では、漁業を主とすることは不可能であったろう(『沖縄の海人―糸満漁民の歴史と生活』)。

ここで「農業そのものに監視がともなう」と述べているのは、王府の時代に、役人らが耕作に出る農民を朝夕監視して、朝少しでも遅れるとムチで尻を打たれるという仕組みにされていたことを指す。

こんな監視があるもとでは、漁業を主とすることはできないことは当然である。このように、島であるがゆえに、徹底した農業政策の影響を受け、漁村も農村に転換させられたことを明らかにしている。

こうした「勧農政策」と漁業の関係のなかで、もうひとつ重要なことは、かつては存在した漁業にかかわる祭りや行事も消えていったと見られることである。

沖縄大学学長も務めた安良城盛昭(アラキモリアキ)氏は、一七世紀末から一八世紀半ばにかけた時期に、首里王府が祭祀の禁止と再編成をすすめたことを明らかにしている。なぜなのか。その理由として、


@祭りやタブーが多すぎて農耕の妨げになること

A祭りにひまどって農耕をしない日が一年に沢山あること

B祭りに費用がかかりすぎること、


などをあげている(安良城著『新・沖縄史論』)。


沖縄の漁業の発展を阻害した要因は、このような勧農政策だけではない。もう一つの注目すべき点として、漁業には不可欠な漁船を造ること自体を王府が制限したことがある。

漁獲用・運搬用の刳舟(クリブネ)についても、大木ははじめから禁止され、雑木を材料にした舟しか造れなかった。藩政時代においても、大木伐採を制限するために、各間切島村の造船を制限して『定数船舶』と称し、その手続き、及び林産物の搬出について、厳重な取り締まりがされていたという。

林業保護政策は、明治時代に入ってもしばらく続き、船舶の製造制限が解禁されたのは、明治二二年(一八八九)のことである。

『勧農政策』によって漁業従事そのものすらが圧迫されるとともに、林業保護政策によって漁業生産手段の基本たる漁船建造が制限されることにより、沖縄における漁業の発展、産業としての水産業の展開は、押し止められたまま推移せざるをえなかったのである

こうした事情は、いま漁業がとても盛んな八重山諸島でも同じだった。
八重山では、水産業は自給自足程度にしか展開されておらず、漁業を専業とする人たちはいなかったのである。

八重山では、農業をおろそかにして漁をする農民に、漁を禁ずることがあった。
たとえば、一七〇二年に王府は八重山の木垣による網漁をしていた百姓に対し、農業を疎かにしているとの理由でこの漁を禁じたという(ネット「糸満海人工房・資料館」)。

一九五九年に石垣島を訪れた、彫刻家の岡本太郎はその印象をこう記している。

「たとえば海に囲まれていながら、ほとんど漁村がない。はじめ不思議に思えた。しかし考えてみれば、いくら魚をとっても買ってくれる相手がいなければ漁業なんて成り立たない」(『沖縄文化論―忘れられた日本』)。

戦後も石垣島の各地の集落では、魚を獲って食べてはいても、漁猟を生業とする漁業はまだ限られており、島で漁村はあまりなかったことを示している。
http://rekioakiaki.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-058d.html

薩摩の支配下で加重される年貢

琉球で漁業が発展しないばかりか、漁業も漁船の建造も抑圧された背景に、農業重視の勧農政策や林業保護の政策があった。では、海に囲まれた南島の琉球で、なぜこれほどまでに「勧農政策」が徹底されたのだろうか。そこには、琉球が薩摩藩によって侵略され、支配され、搾取された現実が横たわっている。

たとえば、宮古諸島の池間島の実例を見てみたい。

「池間島は、もともと面積が小さいうえにやせ地が多く、島に住む殆どの人たちは漁業によって生計をたてていた。しかし一六三七年(寛永一四年)の人頭税時代に入ると、上納物はあくまで粟と上布であった。

したがって穀納するためには、島に産するアワだけでは到底おさめきれず、そのため人々は人頭税を完納するために、あるいは増え続ける島人の食料をまかなうために隣の島に出向き、土地をたがやして粟などをつくるという、いわば出作り耕作をしなければならなかった」(『伊良部町漁業史』)。


薩摩支配による人頭税の施行前は、宮古島周辺でも漁業で生計をたてていた人々がいたことがわかる。でも、漁業を中心にして農業をおろそかにしていては過重な人頭税を完納できない。完納するためには、近くの島に出かけて耕作することまでしなければいけない。もっぱら漁業に従事して暮らすような余裕は、とてもなかったことを意味する。

薩摩の支配下では、沖縄本島から離島まで、民衆は過酷な徴税に苦しめられ、あえいでいた。しかも、台風や干ばつなど厳しい自然のもとで、凶作になればたちまち滞納に陥る。王府が厳しく取り立てをすればするほど、農村は疲弊し窮乏化した。

蔡温が農作業の手引書「農務帳」を配布し、百姓をもっぱら農業生産に従事するようにさせたのも、王府財政が窮迫するという事情からであった。つまり、百姓が魚獲りにばかり熱中して、農業をおろそかにすれば、王府の財政も薩摩への貢納も立ち行かなくなる。だから、漁をすることは抑圧の対象にさえなったのである。
http://rekioakiaki.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-7cb9.html


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4) ジュゴンの肉は〇〇の肉と同じ位美味しい


ジュゴンも人頭税で上納した!


琉球王府の時代の年貢の基本は、米や粟、上布だったが、役所と役人の食料とするために、魚介類を租税の一つとして納めることもあった。
この制度は、なんと一八九七年(明治三〇)頃まで続いたという。

新城(アラグスク)島で、ジュゴンを人頭税として王府に納入した。
島の人たちは、ジュゴン獲りに懸命になった。

しかし沿岸村落の百姓にとって、「海雑物」を納めれば、年貢の米や粟、上布などは免除や軽減されるというものではない。それはそれで厳しく取り立てされる。だから、百姓は農業で重労働をしたうえに、海産物なども獲って上納しなければならない。二重、三重に課税を強いられたことになる。
http://rekioakiaki.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-3d57.html

人頭税は、本租の米、粟、上布だけでなく、海産物や地上の産物など合計四八種類もの税(物産税)があったという。現物で納めるものである。たとえば、海産物では、ナマコ、貝柱、トコロテン、ハマグリ、(生薬になる)その他。地上の産物では、煙草、キクラゲ、子油、綿花、、牛皮、松明その他あった。その他にも、船材や建築用材の伐り出しのため一カ月以上にわたる労役もあったという。

この物産税の中で、目を引くのは西表島の南にある島だけで納付すべき海産物に、つまりジュゴンがあったことである。

この島の周辺は、海藻が豊富で、ジュゴンの捕獲には適していた。島では、人頭税として米穀の他にジュゴンの肉を塩漬けにして王府に上納することを命じられていた。なぜジュゴンの肉が必要だったのだろうか? それは、首里王府では、この肉を乾燥させて貯蔵し、安産の妙薬として服用したと伝えられている。

島には、ジュゴンを祭った「海馬の嶽」(拝所)があり、捕獲のシーズンになると、島民はこぞってここで、大漁祈願祭を挙行したという。海に出で、ジュゴンが海藻を食った場所を発見したら、網を張り、いったん帰る。「海馬の嶽」に詣で、大漁の祈りをささげた後、とを神前から受け取って出る。網にかかったジュゴンの尾部の急所に向けて斧で痛撃する。仰向けになっているのを滅多打ちにして捕獲したという。

ジュゴン獲りの古謡が新城島にある。ジュゴンのことを「ザン」といった。文字通り「ザントゥリユンタ」という。

「♪新城の若者たちは シルビ山の中に入って アダンの気根を切り取って オーハマボーの表皮を剥ぎ取って 四日ほど干しして 大目の網を編み造り ザンを捕る漁船に大網を積み込みなさい 魚猟船をば漕いでみたら 白保の真謝村の東口まで ザン漁を探して行ったら 行き来してみたところ 潮が干いて見てみれば 儒良(ジュゴン)の夫婦が隠れていた 魚猟船に引上げて 漕ぎつ漕ぎつつ 我が島へついた 前泊に下ろしなさい 儒良を見るべく走ってきた」(要約)

ジュゴンを殺してその肉を塩漬けにするなんて、いまならごうごうたる非難を受けるだろう。これも人頭税のなせるわざである。
http://rekioakiaki.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-c2b7.html

新城島とジュゴン

「不老長寿」の薬

 人類史上で永遠の課題といってもよいものに、「不老長寿」「不死」という悲願がある。とくに権力を有した人間が切望するらしく、トキジクノカクノコノミは有名な話だ。日本では、権力者ではなく、不思議な力をもった宗教者が、それを実現した。八百比丘尼伝説がそれで、人魚を食べて長寿(八百歳)を得たという伝説である。

 『和漢三才図会』にも「人魚」の項があり、「いまでも西海の大洋の中に、ままこのようなものがいる」といっている。暴風雨が来る前に姿をみせるといい、「阿蘭陀では人魚の骨を解毒薬としているが、すばらしい効目がある」という。

 人魚は世界各地でいろいろな伝説が語られるが、その出現は悪いきざし、良いきざしの両方があり、八重山の民話では村に津波が襲ってきたりした。また、食べると若返るという俗信があった。そして人魚のモデルは、ジュゴンともマナティともいわれる。

 琉球・八重山の史料に「海馬」ということばがある。「海馬」は、『大漢和辞典』ではタツノオトシゴ、セイウチと説明されるが、八重山ではジュゴンのことで、ザン・ザヌなどとよばれ、「(新城)島に『ザン・ヌ・オン』と称する神社あり。儒艮の骨を祭れり」という(八重山語彙)。はたして、「海馬」には不老長寿の効能があったのだろうか。

冊封使録の「海馬」

 琉球の「海馬」の説明は冊封使録にみえる。「中山信録」に

「海馬・馬首魚身ニシテ鱗ナシ。肉ハ豕ノ如ク、頗ル得ガタシ。得ルモノ先ツ以テ王ニ進ム」

といわれている。あの顔を馬とみるかどうかは別として、「海馬」はジュゴンであったらしい。ジュゴンの肉は豚肉のようであり、捕獲が難しいため、とらえればまず国王に供したという。食べるのであれば、人、とくに美女の顔と考えるより、馬とでもしたほうが、心安らかかもしれない。

 「頗ル得ガタシ」は、「八重山島旧記」の「土産之類」にも、「海馬、但、稀ニ取得候也」と記されている。希少価値のある、珍味ということであろうか。

 李鼎元の「使琉球記」には、嘉慶五年(一八〇〇)六月十五日条に、次のように記されている。

 食品に海馬肉の薄片有り。廻屈して鉋花の如し。色は片茯苓の如し。品の最も貴なる者は、常には得易からず。得れば則ち先づ以て王に献ず。其の状、魚身にして馬首、無毛にして足有り、皮は江豚の如し。惜しむらくは、未だ生ける者を見るを得ず…

 ジュゴンは食品であり、それは肉の薄片であった。丸まって曲がっていたようで、「鉋」は大工道具のカンナのことなので、カンナ屑のような形状だったらしい。実際にカンナで削って薄片にしたようで、八重山の膳符には「かな海馬」とあり、吸い物などにされたという。

新城島のジュゴンとカメ

 乾隆三三年(一七六八)にまとめられた「与世山親方八重山島規模帳」には、新城島の人々に対して、諸役人が「海馬」(ジュゴン)やカメなどを欲しがるが、島にとっては迷惑なので、今後は「御用」のほかに要求してはいけない、と規定されている。つまり、新城の人々がジュゴンやカメなどといった、一般的な漁獲物(=魚)とは異なる海産物をとるということが前提となっている。しかしその漁は、冊封使録でも地元の書き上げでも、めったにとれないといっている。

 諸役人(士族)がこれを欲しがるが、ジュゴンやカメは王府に献上する「御用」の品であった。与世山親方のときから「御用」の品となったのか、それ以前から「御用」の品として上納していたのかは、この文言からは決定できない。ただ、新城の人々がジュゴンやカメを捕獲していたことは、与世山以前からのことであるのは確かである。

 ジュゴンとカメのセットは、「おもろさうし」にも出てくる。「久高の澪に/〓〔魚+需〕〓〔魚+艮〕網 結び降ろちへ/亀網 結び降ろちへ…〓〓 百 捕りやり/亀 百 捕りやり/沖膾 せゝと/辺端膾 せゝと」と歌われ、食べることを前提に、久高島あたりで漁をしている。

 興味深いことに、新城の人々はジュゴン漁の網にかかったカメを、ジュゴン漁の時期の食料としたという証言がある(安里武信『新城島』)。

「海馬」を食べた?

 ジュゴンを捕獲するということは、どういうことなのだろうか。仮に新城の人々が、上納品とされる以前からジュゴンをとっていたとすれば、その目的は、やはり「食べる」ためだったのだろうか。それでは、新城の人々は、それ以外の海産物(たとえば魚)はとっていなかったのか。

 古い時代に八重山において「食べた」かどうかは、よくわからない。一四七七年の朝鮮済州島民の漂流記には、産物として「海馬」はみえない。新城島でいうと、カメもいないとされるが、これは陸産のカメであろう。

 波照間の人魚に関する伝承では、捕獲された人魚はむしろ積極的に島をみたいといい、漁師たちは「われわれに害を加えないだろうか」と心配していて、「食べる」どころではない(ばがー島八重山の民話)。

 石垣島東海岸にあった野原村のこととして語られる人魚の話では、網にかかった人魚をみて漁師は、「珍しい魚がとれた。これはよい土産ができたぞ」といって喜んでいる(同前)。これは、「食べた」ことを物語っているのだろうか。

 先の「与世山親方八重山島規模帳」の記述にあるように、わざわざ欲しがるというのは、八重山の諸役人はやはり「食べた」のだろう。「食べる」かぎりは、やはり肉を「食べた」のであろうが、そこに「不老長寿」という観念があったかどうか、いまのところはっきりしない。

 なお、のちにみるように、明治初期の八重山士族の膳符に「海馬」「さん」という記述があり、八重山でもジュゴンを食べていたことははっきりしている。


翁長親方八重山島規模帳

 与世山からほぼ百年ののちの翁長親方の段階では、「御用物海馬之儀、新城村ニ限手形入候」といっており、近世の八重山において「海馬」は新城の特産物として指定されていた。さらに続けて、御用以外に欲しがる者がいるが、余分があるときにはあげているという(「余計有之節ハ所望渡いたし候」)。

 何に対して、何が満ちたから「余計」があるのかというと、命じられた「御用」の量より多くなった分をいっているのである。さらに、この「所望渡」は、「年々右捕得方ニ付、多人数長々手隙を費及迷惑」ので、従前のとおり禁止するとしたうえで、「余計分」は在番・頭が確保するように命じて、「後日之御用相達候様可取締事」としている。

 この文言からわかることは、新城の人々は、・ジュゴンを「御用」品として上納するために、・毎年多くの人手と時間を費やして捕獲していたが、・「御用」の量より多く捕獲することがあったこと、・それを「後日」のために保管したこと、などである。・の「御用」(物)は王府に上納したことに違いはないが、この文言には人頭税制全体の問題として考えなくてならない点があり、その検討はここでは省略する。次いで、・「年々右捕得」、・「後日之御用」とあるが、とるのが難しいのだから、王府としては、とれればとれただけ前納させてもよいと思うのだが…。

加工された「海馬」

 「翁長親方八重山島規模帳」で注目しなくてはいけない点は、捕獲したジュゴンは、おそらく加工されて「後日之御用」に供することができたということ。つまり、ジュゴンは保存がきいたということである。

 同治十三年(明治七年=一八七四)の「八重山島諸物代付帳」には、咸豊七年(一八五七)に決められたこととして、「海馬塩肉壱斤 同(註・代夫)三分三り三毛/海馬干肉壱斤 代夫壱人 但皮目同断」とある。ジュゴンの肉は、塩漬け、あるいは干し肉にされていた。その結果、先にみたように、「後日之御用」にも供することができたのである。

 では、その塩肉・干肉は、どこに上納したのかというと、明治六年(一八七三)調査の「琉球藩雑記」に、「八重山出産」として「海馬 壱斤/琉球蔵方より島方迄之引合 代米壱升五合起/鹿児島県へ引合代 代分四貫文琉目」とある。この「壱斤」が塩漬け肉であるのか、干し肉であるのかはわからない。全体の分量についても未詳である。

 新城特産のジュゴンは、塩漬け肉、干し肉にされて、沖縄・鹿児島に送られた。明治六年は、ヤマトでは廃藩置県がすでに行なわれ、琉球では琉球藩が設置されていた時期である。したがって、「島津の殿様」はいなかったので、鹿児島に送られた塩漬け肉、干し肉はどうなったのだろうか。最後の琉球国王尚泰は藩王となってしまったが、まだ首里にいた。


明治・大正期のジュゴン

 明治二一年の農商務技師の報告に、

「需艮ハ海馬トモ称ス…沖縄県地方大抵之ヲ見ザルナシ、旧藩政ノ時ニ於テハ皮ヲ藩主ヨリ幕府及ビ支那国政府ニ貢スル為メ漁民ニ課シテ之ガ捕獲ヲ命ゼリ、而シテ該獣捕獲ノ便ハ沖縄県地方ニ於テハ八重山島ノ内新城島ヲ以テ最モ善シトスルガ故ニ年々該島民ニ於テ之ヲ捕獲シ其課当ニ充テタリ、蓋シ新城島ニ於テノミ捕獲スルニハアラズ該島近傍西表島ノ各海辺小浜島石垣島ノ沿岸等ニ至リテ捕獲セリと云フ」

とある。「皮」も貢納していたとはいわれるが、ここには肉についての記述がない。

 明治十二年廃藩置県後の同十四年、東京上野公園で開催された第二回内国勧業博覧会への八重山からの出品目録に、「海馬皮」三枚がある。鼈甲色をして、三〇〇目から四二〇目の重さで、「石垣間切新城村ニ産ス」、原価は一円二〇銭とされている(石垣家文書)。第五区第五類に分類されて、イリコと一緒になっているので、「食べ物」として出品したのかもしれない。

 明治四〇年には東京勧業博覧会水族館に、


「体は魚の形で顔は人間の髪をふり乱した女相してゐる…怪物が此生物界に存在するや否」


という、かなりグロテスクな好奇心のもと、西表付近で捕獲された海馬の胎児が防腐剤処理をされて展示されている(琉球新報)。

 八重山では、明治二一年に「川平村湾内」における海馬漁を伝える史料がある。その費用を、同村の与人に提出したもので、海馬五五斤で、捕獲の費用は二〇円二四銭となっている(石垣家文書)。この史料を提出した人の名が記されていないが、もし川平村の村民がジュゴン漁をしていたとすると、この時期には新城島が独占していたジュゴン漁が規制緩和されていたことになる。

 先述したように、明治期の八重山士族の膳符に「海馬」「さん」がみえる。カンナで削られた「かな(=鉋)海馬」は、酢味噌で食べられている。また、明治二五年の元服祝儀でも「紅白かなさん(=鉋ジュゴン)」があり、この時期にも食されていたことがわかる。

 なお、麻疹の患者が病気が治るまで食べてはいけない物のリストに、「乾海馬」があげられている(石垣家文書)。やはり、食べていたのである。

 くだって、大正元年の沖縄県の漁獲物に「海馬」がみえる。八重山で三〇〇斤、価格十二円とあるが、ほかに島尻郡でも七九斤(六円)の水揚げがあった。島尻郡は、「おもろさうし」にみえる久高島周辺のことであろうか。

 どうも「不老長寿」については、堅苦しい古文書からはみえてこない。ジュゴンを食べて、八〇〇歳まで生きている人がいれば、いろいろな話をうかがうことができるのに。どなたか隠している人はいませんか?
http://jaima.net/modules/readings/index.php?content_id=94



02. 2012年10月09日 20:36:45 : HNPlrBDYLM

F. 新城島の人魚神社の御獄に埋められているのは何の骨なのか?

1) 御嶽の起源は葬所?


御嶽はもともと古代社会において集落があった場所と考える説が有力である。その証左として、御嶽の近くから遺骨が見つかる例が少なくない。
宮古や八重山地方では、過去に実在したノロの墓を御嶽とし、そのノロを地域の守護神として祭っていることが多く見られる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E5%B6%BD_(%E6%B2%96%E7%B8%84)

「御嶽」と書けば、本土では「おたけ」・「みたけ」などと言いますが、
沖縄では一般に「うたき」と読みます。本土で「おたけ(御嶽・御岳)」と呼ばれる山の多くが聖地とみなされているのと同様に、沖縄における御嶽も、ほとんどが集落を守護する聖地となっています。

さて、私から見れば自然崇拝の塊である御嶽も、沖縄の民俗学研究では、まったく異なる御嶽観が強く支持されています。御嶽の起源は葬所であるというものです。
(仲松彌秀「『お嶽』の本体」『沖縄文化』第2号 沖縄文化協会 1961年)


この説を初めて唱えた仲松氏によれば、御嶽には必ず葬所が存在し、ほとんどの御嶽が祖先を祀っているそうです。それゆえ、村の草分けの祖先や英雄などの葬所のある場所が聖地化したのが御嶽の起源と考えられると・・・

御嶽に見られる自然崇拝の要素は、仲松氏の御嶽観の中でどう説明されるのでしょうか?

葬所が聖地の起源であるなら、岩ではなく、葬所そのものを祀っていれば良いと思うのですが。逆に、自然崇拝の聖地に葬所が設けられたとは考えられないのか?

こういった質問をある沖縄民俗学の大家に投げてみたところ、

「聖域に人が入って行くのはあり得ない」

と一蹴されました。沖縄人の信仰心が他県に比べて殊に篤いことは有名です。それゆえ、余計に、聖域に俗人が入り込む類の行為は想定しがたいのでしょう。
http://obotsu-sedi.jugem.jp/?eid=25

御嶽は、グスク同様、沖縄各地にみられる聖地ですが、その起源は、村草分けの祖先や英雄などの葬所であるというのが現在もっとも支持されている説です。

つまり、村人たちに尊敬される人物の葬所が村に隣接する丘陵に設けられ、丘陵そのものがその人物を祀る聖地となっていったと考えられているのです。

どこの御嶽に行ってもたいがい葬所が確認されること、祖霊を祀っている御嶽が多いことなどがその根拠となっているようです。

ちなみに、「葬所」というのは、遺体を骨化させる風葬所と、骨を納める墓、双方を含みます。(沖縄の葬法は、遺体を腐らせて骨だけにし、骨を納骨器に入れそれを墓に納めるという、いわゆる二重葬が一般的でした。)

御嶽の起源となる「葬所」とは風葬所なのか?墓なのか?という議論もあります。
http://obotsu-sedi.jugem.jp/?eid=65

琉球地方の風葬
http://www.google.co.jp/search?q=%E9%A2%A8%E8%91%AC&hl=ja&lr=lang_ja&tbs=lr:lang_1ja&prmd=imvns&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=-gd0UPSSIbGKmQX-mICIBg&ved=0CDcQsAQ&biw=1047&bih=892#hl=ja&lr=lang_ja&tbs=lr:lang_1ja&tbm=isch&sa=1&q=%E6%B2%96%E7%B8%84+%E9%A2%A8%E8%91%AC&oq=%E6%B2%96%E7%B8%84+%E9%A2%A8%E8%91%AC&gs_l=img.3..0.8377.10919.0.11148.9.9.0.0.0.0.97.772.9.9.0...0.0...1c.1j4.UNK-A_-D4Mw&bav=on.2,or.r_gc.r_pw.r_qf.&fp=8d86f3a4c8a3836b&biw=1047&bih=859


戦前の久高島の風葬墓

琉球地方の風葬には大きく分けて二通りの方法があった。ひとつは特定の洞窟や山林(「後生グソー」と呼ばれる不浄の聖域)に遺体を安置してそのまま共同の墓所とする原始的な方法と、亀甲墓や破風墓の中に棺を一定期間安置し、風化して白骨化した後に親族が洗骨を行い、改めて厨子甕に納める方法である。

太陽が昇る方向にあることから「神の島」とも呼ばれる久高島では、1960年代まで前者の風葬が残っていた。 風葬の行われる場所を「ティラバンタ(葬所)」といい、「ティラ」は「ティダ」と同義で太陽の事、「バンタ」は断崖絶壁という意味である。

死生観を示すものとして葬儀の時に歌われた、葬送歌の一部を取り挙げる。

「トゥシアマイ、ナイビタン (年が余りました)/ティラバンタ、ウシュキティ (ティラバンタに来ました)/シッチ、ハタバルヤ (干潟は)/ナミヌシュル、タチュル (波が立つ)/ナミヤ、ハタバルヤ (波の干潟は)/ヒブイ、タチュサ (煙が立つ)/ニルヤリーチュ、ウシュキティ (ニルヤリーチュに来て)/ハナヤリーチュ、ウシュキティ (ハナヤリーチュに来て)」

このうち「年が余りました」は「寿命になった」、ニルヤリーチュ・ハナヤリーチュは対句でニルヤハナヤ、すなわちニライカナイのことである。

「干潟は/波が立つ/波の干潟は/煙が立つ」の箇所は、葬儀と関連する意味が掴めず難解だが、遺体が腐乱して溶けていく様をユタユタと立つ干潟の小波に喩え、「煙が立つ」のは溶解した肉体が煙(ヒブイ)となって飛んでいく描写だという。

沖縄周辺の信仰では、マブイ(魂)は煙のようなものと考えられていて、風葬は魂を海の彼方のニライカナイに還すものという観念がうかがえる。

宮古島における風葬

宮古島地方では、沖縄本島から伝わる以前から巨石墓(ミャーカ)というのがあり、風葬の代表的な例とされている。

屋根のない石囲いの中に遺体を葬るものであったが、後世風葬を嫌う考えが起こって屋根をかぶせるようになったという。仲宗根豊見親の墓のように、本島の横穴墓形式との折衷も見られる。

島尻、狩俣、大神島にも風葬があり、昭和時代には洞窟などから遺骨が多数発見されたことがある。また、島尻集落のほぼ中央部には巨大な崖下墓があり、以前から「長墓(ながぱか)」として知られている。研究報告によると、長墓は3つの廓に分かれ、6 - 70体分の遺骨が乱雑に置かれていた。

廓の前にはグスク様に囲いがあり、遺骨を以前収めていたと思われる容器も発見された。岩陰の内外で見つかった土器・陶磁器、キセルからこの墓域の年代は17世紀から18世紀頃と推定される。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E8%91%AC

岡本太郎の沖縄
http://www.amazon.co.jp/%E5%B2%A1%E6%9C%AC%E5%A4%AA%E9%83%8E%E3%81%AE%E6%B2%96%E7%B8%84-%E5%B2%A1%E6%9C%AC-%E6%95%8F%E5%AD%90/dp/4140805382


「岡本太郎の沖縄」は岡本太郎の死後、養女の岡本敏子によって編集された写真集である。写真の大部分は岡本太郎が1959年に沖縄を10日間ほど訪れた時に撮ったもので、この旅は「沖縄文化論」を生んでいる。写真集が「沖縄文化論」の副産物だというのが正しいだろう。

私にとってこれらの写真はまず、1959年という時代の記録として貴重である。それから、写真がどれも違和感なく受け入れられると感じられる。ということは、1959年において画家が現代の私たちが沖縄を見る目を先取りしていたということもできそうだ。これはある意味ですごいことだ。

ところで私はすでにこれらの写真を冷静に見ることができなくなっている。それは久高島のことがあるからだ。以前比嘉康雄著「日本人の魂の原郷 沖縄久高島」を読んだとき、1966年に「心ない外来者」が風葬地に入ってひつぎを開け、写真を撮って雑誌に発表したという記述があった。これが原因となって風葬の習慣が絶えたとは筆者は断定していないが、おそらくそうなのだろう。

その後、岡本太郎と沖縄のことについていくらか調べていると、この「心ない外来者」が岡本太郎そのひとであることがわかった。このことについて池澤夏樹は「この心ない『外来者』とは岡本太郎である」といい、さらに

「死者の身内の者が雑誌に発表された写真を見てしまい、やがてこの人は精神に異常をきたすことになった。」

と書いている。なんともむごい話だ。パリで民俗学を学んだという画家は村人の心をずたずたに裂いてしまった。はっきりいって、この行為ひとつで私はすでにこの画家の全体を認めることがむずかしくなっている。

「沖縄文化論」の1972年版にはおそらく雑誌に掲載されたと同じものと思われる死者の写真が掲載されている。画家がまったく呵責を感じていなかったことの証だろう。写真は1967年に雑誌に掲載されたが、どの雑誌なのかはまだ知ることができない。
http://stowaway.exblog.jp/4159925/


10 :本当にあった怖い名無し:2008/04/09(水) 12:37:02 ID:GBiBAvZIO

ガチで沖縄出身のボクですよ。大学で民族学を専攻していたんで卒論のテーマとして研究した事があります。

これは確認できなかったので僕の憶測ですが、「神の〜」等が書かれた看板が立ち立入禁止になっている場所は埋葬場だと予測しています。

鳥葬の風習が残っている地域も有る様ですし、

他にも・・・

集落でトラブルを起こし何だかの原因で始末された人間を隠したり

まぁ・・・ここら辺はあくまで憶測とか聞いた話ですので確認は出来ていません・・・。
http://unkar.org/r/occult/1207596243


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2) 人魚はジュゴンではない

ジュゴンに関する御獄は上地島、下地島の各島に一つずつある。沖縄タイムスの記事で

『ジュゴンの霊を慰め、漁の安全を祈願するため、人々はジュゴンの骨を集めた「イル御獄」をつくり、今も大切に祀っている』

とあるが、上地、下地とも「イル御獄」はあるものの、島民の話しではどちらもジュゴンを祭っているという事実はないという。
https://docs.google.com/viewer?a=v&q=cache:eMAPZkLqRKEJ:oecc.open.ed.jp/cdrom/reppdf/rep27.pdf+%E6%98%94%E3%81%AF%E4%B8%8A%E5%9C%B0%E5%B3%B6%E3%81%A8%E4%B8%8B%E5%9C%B0%E5%B3%B6%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%AB%E3%81%8B%E3%81%A8%E5%AF%BE%E7%AB%8B%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%8A%E3%82%8A%E3%80%81%E3%81%8A%E4%BA%92%E3%81%84%E3%81%AB%E7%9B%B8%E6%89%8B%E3%81%AE%E5%B3%B6%E3%81%AE%E6%B0%B4%E3%82%92%E3%81%A8%E3%82%8A%E3%80%81%E4%B8%8D%E4%BD%9C%E3%81%AB%E3%81%95%E3%81%9B%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%9F%E3%83%BB%E3%83%BB%E3%83%BB%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E8%A9%B1%E3%82%82%E3%81%82%E3%82%8B%E3%80%82%E3%81%93%E3%81%AE%E4%BA%95%E6%88%B8%E3%81%AE%E6%B0%B4%E3%82%92%E5%AE%88%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%AF%E5%AD%90%E4%BE%9B%E3%81%AE%E4%BB%95%E4%BA%8B%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8A%E3%80%81%E6%9C%80%E8%BF%91%E3%81%BE%E3%81%A7%E8%A1%8C%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%9F%E3%80%82%E5%A4%9C%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8B%E3%81%A8%E6%81%90%E3%81%84%E3%81%AE%E3%81%A7%E3%80%81%E5%AD%90%E4%BE%9B%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%81%AF%E6%AD%8C%E3%82%92%E6%AD%8C%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%82%8A%E3%81%97%E3%81%AA%E3%81%8C%E3%82%89%E5%A4%9C%E3%82%92%E9%81%8E%E3%81%94%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%9F%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E3%80%82&hl=ja&gl=jp&pid=bl&srcid=ADGEESgr_G48PC4_H3rkyKXmInL2Gp6a6rj1CvuMf3huUpzMv8JmcVt7grNTz9Wf9iDlHlPCe87QLxQET14X3FoTKNtdU_N6PfZC-1uxWA9URccUSEsjDQkbRL8VO1bZQ86kLINTf0Lo&sig=AHIEtbT7EStCzAKV-SToIbs7MfVP7c0HxQ

Q: 昨日のアンビリバボーという番組で、沖縄の新城島についてやってました。

昔、新城島という島は琉球王朝にジュゴンの肉を貢ぎ物として送っていて、殺したジュゴンの魂を弔う為に人魚神社というところで儀式をしていたらしいのですが、
儀式をやめたら新城島には津波がきて、多くの死者がでたらしい というような話でした。

番組には沖縄出身の芸能人のゴリさんが出演していて、この話について軽く語っていたのを聞いて気になりました。 長くなりましたが、この話についてもっと詳しく教えてください。そして沖縄には何故オカルト系の噂が多いのでしょうか?

happybouyaさん

新城島は観光地ではないようです。

普段は4〜5人ぐらいしか島には住んでいないのですがお祭の時には島出身の人間が約300人ほどが戻ってくるそうです。

ただそのお祭というのも我々の考えるみんなで楽しくというお祭ではなく純粋に人魚の霊を崇めるための"祭り"なんだそうです。

見学したり等は出来るそうですが撮影や記録をとったりするのは一切禁止で儀式が行われている場所は立ち入り禁止なんだそうです。昔掟をやぶって立ち入り禁止の場所に進入した人がリンチ事件に合うという事が報告されています。沖縄ではいたるところで御獄が行われているところがありますが、新城島は各地で行われている御獄の感覚とは違うようです。

オカルト系の話が多いと感じるのは沖縄島民は

「霊的な物を信じる傾向がある」
「先祖を崇拝する」
「仏教の影響が弱い」

と、以上の三つの事が影響しているからだと思われます。本土等で一般的に浸透しているようないわゆる仏教系の話や逸話などは沖縄ではあまり語られる事が無く、かわりに沖縄独自のオカルト系の話が伝えられてきました。本土側からしたら沖縄の当たり前のように伝えられてきた逸話も、印象に残りやすく結果オカルト系の話が多いというように感じます。

tabinomushi7277comさん

その昔、八重山には「人頭税」という税金がかけられていましたが、新城だけは税の代わりとして雌雄一対のザン(ジュゴンのことを沖縄ではこう呼びます)を献上することを義務付けられていました。

ザンの神社は今でも実在していて、当時はザンの頭骨が御神体として奉られていた(盗難にあってしまったそうです)といいます。

また「パナリ焼」という焼き物の窯があって、当時、陶器を作る技術のなかった八重山の人々は「娘を(嫁に)出してでも」欲しがったそうですが、今はもう面影もありません。

話に出てきた「津波」というのは1778年(明和8年)に起こった「明和の大津波」のことです。マグニチュード7.4(関東大震災は7.9)の地震で発生した大波は標高30メートルにまで達し、石垣と宮古を合わせて約12000名が犠牲となりました。

実はこの地震には人魚にまつわる伝説があります。

その昔、石垣の野原村(のばるむら)に住むオジィが海で漁をしていると、網に人魚がかかった。人魚は助けてくれたら「秘密を教える」というので網からはずしてやると「明日の朝、津波が来る」と言う。

オジィは島中に知らせて回ったが、野原村以外の島民は気味悪がって誰も信じなかった。そして翌朝、人魚の言った通り大津波が押し寄せた。オジィの言うことを信じた野原村の人間は全員助かったが、避難しなかった島民は殆どが波にのまれて亡くなってしまった・・・。

沖縄にオカルト系の話が多い(と感じる)のは、沖縄県民自身がそういった神秘や霊的な物を信じているからだと思います。沖縄では神仏ではなく「先祖崇拝」をする土地柄で、祖先の霊をそれは大切にしており、体調不良や物事がうまくいかない時は「ウガンブスク」(御願不足)といって、先祖へのお祈りを怠ったからだといわれます。

ゴリさんも言ってましたが「医者半分ユタ半分」といって、これは科学的な話も聞くがユタ(占い師と霊媒師をたしたような存在の人)のお告げも信じているというたとえです。ユタは「セーダカウマリ」(生まれつき霊感が強いこと)な人が、ある日突然「お告げ」によってユタとして生きるよう言われるそうです。実際ユタのお告げで病が治ったり良縁に恵まれたりすることがよくあるそうです。

不思議な現象をオカルトや心霊といった恐いイメージではなく、身近な教訓としてとらえているのが沖縄の不思議でもありますね。

※新城は観光地ではありません。祭りの時か、島の方の紹介がないかぎり勝手に上陸することはできません。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1038912630


新城島からの帰島後、私の中で幾つかの事柄が疑問符付きで残りました。


1.八重山の海にジュゴンはいつまでいたのか

2.ジュゴンの肉は首里王府に納められていたのか、またジュゴンを食べていたのはどのような人々だったのか

これを埋める為に、蔵書の一次資料(当時書かれた文献、公文書)をあたったところ、

「与世山親方八重山島規模帳」(西暦1768年 和暦 明和5年)
「富川親方八重山島諸締帳」 (西暦1875年 和暦 明治8年)

の二つの資料から「海馬」(ジュゴン)に関する記述が見つけました。

両資料とも首里王府から八重山・宮古の派遣された「検使」(行政監察官)である与世山親方、富川親方が八重山・宮古の行政状況をつぶさに調査し王府へ報告すると共にその問題点を指摘・指導するという内容です。「検使」である両名は「親方」(ウェーカタ)という上級官吏であり、その資料の性格から考えて、当時の八重山の状況を公正かつ正確に表しているといってよいでしょう。

資料中の原文は漢語候文で、現代語の対訳もついているのですがそれでも分かりずらいので私が一部口語体に直して記述します。

「与世山親方八重山島規模帳」の記述

『新城村は諸役人からジュゴンならびにカメなどをいつも所望され、村の悩みとなっているので、今後は御用(首里王府へ納める事)以外に所望する事を禁止する』

わずかこれだけですが、首里王府への納税としてジュゴンを捕獲する以外に、「諸役人」つまり八重山の地方役人達が勝手に新城島の人々にジュゴンを納める事を命じて捕獲させていたという事実が浮かびあがってきます。

首里王府、地方役人達、さまざまな人々がジュゴンを欲していた事がうかがえます。

「富川親方八重山島諸締帳」の記述は二つあります。

『御用物(首里王府への納税品)のジュゴンは新城村に限って捕獲指示書を出しており、その他の者から欲しいという要求があっても渡さないという事になっているのにもかかわらず守られていない。

御用物から余分が出てもその他の者の要求に応えて渡してしまっているので、年々、ジュゴンを捕らえるのに多人数で日数を要するようになり、困っているというのは問題である。今後は法に定めたように、その他の者の欲しいという要求には応えない事。

また、余分となったジュゴンは在番・頭が印をして保管させて後日の御用に使うように取り締まる事』

文中は御用以外の要求とあり、具体的に誰が「その他の者」なのかは書かれていませんが、前掲の「与世山親方八重山島規模帳」の内容から見れば、これもまた「諸役人」と見るのが妥当でしょう。

つまり、1768年から1875年までの約100年間、相変わらず地方役人達の職権濫用による私的な捕獲指示と御用物の不正取得が行われていたという事になります。

これも八重山の海からジュゴンが消えた原因の一端であろうと思われます。

事実、このおかげで捕獲に「多数の人数と日数」が必要になるほどに頭数が少なくなっている事。一時的に捕獲余剰となったジュゴンも「在番」(首里王府からの八重山派遣駐在官)「頭」(“間切”という行政区の長)という八重山行政機関の中でも最高位にあたる者が厳格に保管・管理しなくては納税に応えられないという事実が読み取れます。

このジュゴン捕獲に関する苦労はもうひとつの文からもうかがえます。


『首里王府に納めるジュゴンの調達は、新城村に受け持ちを命じてある。ところが年々、それを捕らえるのに多くの人足が必要となり困っている。

捕獲に必要な人足数を定めた法規を変えて人足の数を増やそうとしたが、この人足数はかつて定められているので、いまさら王府御用とはいえ規定を変えることは難しい。

一応、島で一斤につき四名ずつ増やし、地方役所の指示による労役の人足から差し引くようにするので、そのように心得る事』

(注.この「一斤につき四名」という記述が不明でした。重さを示す一斤(約600グラム)の事なのか、それとも他の意なのか、文脈を鑑みてつじつまの合う言葉が見つかりませんでした。)


この記述からは、最優先でジュゴンを捕獲しなくてはならない「御用」にすら多数の人数と時間が必要となっている事が読み取れます。

「富川親方八重山島諸締帳」(諸事全般の規定指示集)は明治8年に発行されています(首里王府の行政権停止と沖縄県知事の任命(一連の琉球処分措置)はこの後の明治12年・西暦1879年)。

本編の老人の口碑(言い伝え、伝説)では「明治の前にはいなくなった」との事ですが、「明治に始めにはまだジュゴンはいたが、姿見かけることはほとんどなく、その捕獲には大変な労力が必要だった」というのが正確なところでしょう。

ちなみに老人の口碑の「王府には肉は納めていなかった」ですが、首里王府への米や上布の納付要領などを事細かに定めた「富川親方八重山島諸村公事帳」(公務に特化した規定集)に「ジュゴン」に関する記述がなかった事(見落としているかも知れませんが)を書き添えておきます。

まだ、幾つか疑問符が残る事柄はありますが、ここから先の扉を開けるのは一旅行者の手ではなく学究者の方の手になるものだと思いますので、私の書籍の上での「ざん」を追う行為もここまでとします。
http://homepage2.nifty.com/ameotoko/zan07.htm


「ざん」を追う

「動物界・脊椎動物門・哺乳網・海牛目・ジュゴン科・ジュゴン属・ジュゴン」
学名「Dugong dugong」

体長約2〜3メートル。体重約400キロ。海藻類を主食とする草食性。
時として「人魚」にも例えられた海生哺乳動物。

南西諸島での呼び名は「あかんがゆい」、「ざの」、「ざぬ」または「ざん」。

機体は大きく傾いて石垣空港への着陸態勢に入った。
高度下げるにつれ石垣島の海が眼下に広がる。

私が「ジュゴン」に興味を持ったのはある本がきっかけだった。

「もの食う人びと」辺見庸著。
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%82%E3%81%AE%E9%A3%9F%E3%81%86%E4%BA%BA%E3%81%B3%E3%81%A8-%E8%A7%92%E5%B7%9D%E6%96%87%E5%BA%AB-%E8%BE%BA%E8%A6%8B-%E5%BA%B8/dp/4043417012

世界のさまざまな場所のさまざまな「食」についてルポルタージュしたこの本の中に「人魚を食う」というずいぶんと直接的な題名の一編がある。内容は保護動物(日本では国指定天然記念物)であるジュゴンを食べている人がまだフィリピンにおり、著者も機会があれば食べてみようと試みる話だ。

動物保護の心に篤い方なら眉をしかめそうな話だが、私は文中にあるジュゴンの味に関する記述ほうに刺激をうけた。いわく、

「あの味ときたら、そりゃ最高だもの」

「羊よりもイルカ、イルカよりも豚、普通の豚よりも野豚、野豚より牛、牛よりデュヨン(タガログ語でジュゴン)がうまい」


そしてその味だが、

「ほんのわずかに、乳の…そう、人の母乳のにおいがするかな」

理解できそうで理解しがたい表現だが、「美味である」という一点だけは揺るぎがない。以来、私はジュゴンに対して極めて野卑な興味を抱いていた。

到着後、石垣空港を出るとタクシーでビジネスホテルへ行き、大きな荷物を降ろしてから離島桟橋へと向う。陽気な観光客にまぎれて竹富島行きの高速船へ乗り込んだ。竹富島の喜宝院蒐集館にはジュゴンと八重山の人々との関係を示す展示物があるはずだ。
http://homepage2.nifty.com/ameotoko/zan01.htm


私の持つジュゴンに関する野卑な興味と八重山結びつける事になった本。


「八重山の人頭税」大浜信賢著
http://www.amazon.co.jp/%E5%85%AB%E9%87%8D%E5%B1%B1%E3%81%AE%E4%BA%BA%E9%A0%AD%E7%A8%8E-1971%E5%B9%B4-%E5%A4%A7%E6%B5%9C-%E4%BF%A1%E8%B3%A2/dp/B000J9H9MO/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1349749595&sr=1-2

本文中「天下一の悪税」と書かれている宮古・八重山に敷かれた「定額人頭税」。
・1637年(嘉永14年)から1903年(明治36年)まで施行されていた。

・文字どおり人間の頭数に税を賦課した。15歳から50歳までの住民のほぼ全てに賦課されていた。

・税の賦課内容は過酷までに高率で、生産物のほぼ全ての税として琉球王府に納めなければならぬほどであった。文中の言葉を引用すれば「当時の八重山住民は生きた納税機械であったとしか思えない」とある。

例えば課税対象となる人間を制限する為に「強制的な人口淘汰」を行った与那国島(クブラバリや人枡田(トング田))、過酷な税から逃れる為に住民が逃亡した波照間島(いわゆる「南波照間逃避行」)など人頭税に関する悲劇の説話は枚挙にいとまがない。

税が納められなければ、縛られ鞭や棒で打たれた。喜宝院蒐集館にはその時使用された拷問具も展示されている。見てくれはただの木の棒である。だが黒々とした古い木製の道具に普通の古民具にはない禍々しさを感じる。

人頭税は基本的に「米」、「粟」、「上布」などで収められていた。
だが、新城島の人々にのみある物を収める事が義務付けられていた。


「ジュゴン」…「ざん」。

「同島は人頭税として米穀の他に、海馬(ざん)を捕獲しその肉を塩漬けにして王庁に上納する事を命じられていた」

(「八重山の人頭税」より「海馬(ざん)−新城島の人頭税」項から抜粋)

今、八重山の海に「ざん」はいない。日本近海にいるジュゴンは沖縄本島北部に小集団として残る約50頭(推定)を残して”いなくなった”。

明日。私は幻影となってしまった八重山の「ざん」を追って新城島へ渡る。
http://homepage2.nifty.com/ameotoko/zan02.htm



なぜ…。「ジュゴン」…「ざん」は、この豊かな海からいなくなってしまったのだろう。

前掲の「八重山の人頭税」には


「…しかも捕獲した海馬(ざん)の肉は一片も島民の食用となるものではなく、すべて王庁への貢物であった…」


とあり、これを読む限りだと八重山住民は「ざん」を捕食する意思が薄かったようにも受け取れる。だが、現在日本で唯一「ジュゴン」を飼育している「鳥羽水族館」のHPに興味深い文章があった。それは「ジュゴン」生育の北限と“されていた”奄美大島での捕獲例である。

1960年12月6日 鹿児島県奄美大島笠利湾

「この日の朝、通学中の子供達が笠利湾でジュゴンを見つけ、道路工事の作業員達が浅瀬に追い込んで捕まえ、集落の人達がみんなで分けて食べてしまったのです。
この時の記録には体重が約450斤(750kg)の大きなオスで、「美味しかった」こと以外は科学的なデータが残されていません。」

(「鳥羽水族館」HP。鳥羽水族館機関紙2001年秋号【No.39】。「人魚学入門(2) 北限のジュゴン奄美から沖縄へ」より抜粋)

この事からも、40年ほど前までは「ジュゴン」は「保護」ではなく「捕食」対象となる動物だった事がわかる。

ジュゴンが属する「海牛目」には現存する「マナティ」(海牛目・マナティ科)以外にもう一種存在した。

「ステラー海牛」(海牛目・ダイカイギュウ科)。

「ジュゴン」よりもさらに大きく全長7メートルから9メートル。体重四トンにも及ぶ大型海獣である。


1741年(寛保元年)

極北の北太平洋に2000頭ほどの規模で生息していた彼等を発見したのはユーラシア大陸とアメリカ大陸の間の海峡に「ベーリング海峡」の名を残したデンマーク人のヴィトゥス・ベーリングの率いる調査団だった。調査団の一員であるドイツ人の自然科学者G・W・ステラーによって名づけられたこの動物は発見と同時に極北で活動していた毛皮狩猟者達(この地域では「ラッコ」・「アザラシ」・「アオギツネ」・「北極キツネ」などの毛皮獣が多数生息していた)の格好の食料となってしまった。

大きく無防備で動きが遅く、大量の脂肪(極寒冷地で過ごすには動物性脂肪は必需品である)と肉を持つステラー海牛は食料の乏しい極北で活動する毛皮狩猟者達にとって「生きた食料庫」にしか見えなかったのだろう。

悲劇はふいに始まり、すぐに終わった。

1768年(明和5年)
発見からわずか27年にして「ステラー海牛」は絶滅した。
率直な言葉で書いてしまえば「食い尽くされた」。

人間とは宗教的忌避がなければなんでも食べる貪欲な胃を持っている。
その胃は「食」の対象となってしまった他の動物にとっては「凶暴」ともいえる。

「ステラー海牛」はその一端を示す「幾つかの事例」の一つである。


私は八重山の「ジュゴン」も、きっと人間の「胃」の中へ消えて行ったのだろうと思っていた。八重山で動物性たんぱく質を得るのは難事だと思う。昔から牛や馬は飼育されていたが、それは農耕用の使役動物(耕作や運搬)であり「食」の対象ではない。たぶん、捕食対象たりうる野生動物をあげるとすれば西表島の猪ぐらいではないだろうか。

このような状況の上に生産した農作物の大半を上納しなければならない重税「人頭税」による劣悪な、ほとんど飢餓線上と言ってもいい食料事情を考え合わせれば…。

「ジュゴン」に対して過去繰り返された「幾つかの事例」の一つが、この八重山で行使されたとしても何の不思議もないと、私は思っていた。

10時になり、私と一緒に新城島へ向かう船をチャーターする事になっているSさんとその同伴者の方が集合場所である小浜島総合案内所にやってきた。東屋から離れ、小浜島総合案内所でSさん達と挨拶をして、船主と傭船の打ち合わせをする。

新城島に定期的な連絡船は運航されてない。その為、石垣島・黒島・小浜島にある民宿やダイビングショップが企画する新城島行きのツアーか、このような傭船に頼る以外島に渡る方法はない。ふと、Sさんはこういった。

「昨日、宿で新城島に行ったら鳥居より中へ入ってはいけないと言われました」

“やはり”…と思った。

新城島はアカマタ・クロマタ(豊年祭時に行われる秘祭)を始めとした神事の禁忌が多い島である。鳥居とは御嶽を示し、その向こうは不可侵の聖域。
http://homepage2.nifty.com/ameotoko/zan03.htm


右手は小浜島を過ぎて西表島の山影。左には黒島が近づいてくる。海の色が透き通る緑から深い藍色になる頃、進路方向に小さく平坦な島が見え始めた。


新城島。

上地(かみじ)島と下地(しもじ)島の二島からなっている為「離れ(パナリ)」という名でも呼ばれる。私たちはこのうちの上地島へ渡ろうとしていた。

上地島 周囲6.2キロ 面積1.76キロ平方メートル。
下地島 周囲4.2キロ 面積1.55キロ平方メートル。

二島あわせても、竹富島(5.41キロ平方メートル)よりも小さい。

八重山の海に「ジュゴン」がいた時代、新城島には多くの人々が暮らしていた。
以下、新城島の人口に激変をもたらした「明和の大津波」以降の人口動態を年表風に書いてみる。

(数字は上地島、下地島を合わせたもの)

1771年(明和 8年) 554人(大津波前)
1771年(明和 8年) 349人(大津波後)

新城島の襲った「明和の大津波」は205人の被害者をもたらした。島民の37パーセントを失った事になる。その後生き残った島民達を再編し、集落を立て直しが行われた。

1880年(明治13年) 186人

新城島に限らず、明和の大津波から明治のはじめまで八重山全体の人口が緩やかな減少をつづけていた。それは大津波後の疫病発生や田畑の荒廃、西表島開拓に伴う強制移住(島分け)とマラリアの蔓延、そして過酷な人頭税等が原因だった。

明治以降、人口は増え始める。

1903年(明治36年) 293人
1930年(昭和 5年) 445人
1938年(昭和13年) 下地島から西表島南風見へ県営開拓事業による移住が始まる
1941年(昭和16年) 上地島から西表島南風見へ県営開拓事業による移住が始まる

この開拓に伴う移住により新城島の人口は激減する。

1945年(昭和20年) 255人

西表島への戦争疎開は島民にマラリアを蔓延させた。255人中144人が発病、うち24人が死亡。

1955年(昭和30年) 140人
1960年(昭和35年) 135人
1963年(昭和38年) 上地中学校、西表大原中学校と統合。
1965年(昭和40年) 110人
1970年(昭和45年)  62人
1972年(昭和47年) 沖縄本土復帰。
1975年(昭和50年) 西表島からの海底送水始まる。
1980年(昭和50年)  15人 上地小学校廃校。
1988年(昭和58年) 西表島からの海底送電始まる。24時間点灯が可能となる。
1990年(平成2年)  14人
1997年(平成9年)   7人


西表島からの送水・送電も、島から離れてゆく人達をとどめる力にはならなかった。そして、集落を維持する為には不可欠な学校の廃止。

2001年(平成13年)  6人

新城島の現状は「離島苦」の“果て”ともいえる。

船主は集落の方向や浜への道など簡単に島の様子を案内してくれた。
ここでも「鳥居より中に入ってはいけない」という注意。

船は時間と引き潮の関係から小浜島に戻らずここで待ち、その後は黒島へ向かう事になっていた。

私の心は皮膜のような緊張感ともう一つ、一抹の不安を抱えていた。

この島での私の目的地。
捕らえた「ざん」を解体した後、その骨を祭った御嶽。

「アール御嶽」(アールウガン、アーリィウガン、東御嶽)

新城島を訪れるあたり、この御嶽が島の何処にあるのか調べてみた。
Internetではくわしい場所はわからず、本でも「やえやま GUIDE BOOK」(発行 南山社)が私のとっての唯一のものだったが、その地図はおおまかで「島のここらへんにある」程度にしかわからない。

観光名所ではない御嶽に関して案内板が出ているわけもないだろう。
http://homepage2.nifty.com/ameotoko/zan04.htm


島の南へ行く道をたどる。原始の森を思わせる欝蒼とした木々の連なりの中を歩くと整備された建物があった。小浜島にあるリゾートの関連施設らしい。
その脇を通って浜へつづく道を行く。すぐに白い砂浜に着いた。

遠く西表島の島影、海の蒼と緑、点景加えるように浮かぶ小島。

来た道を戻り、今度は「クイヌパナ」へ向かう。
民謡にも歌われている景勝地なのだが、道は細く足場もよくない。

途中、「鳥居」があった。「鳥居」といっても内地の神社に見られるように赤く塗られているわけではない。細い電柱のような丸太棒を組み合わせて「鳥居」のように形づくっているだけの物。丸太棒の色は経年の為か周囲の草木と同色になってしまっており、気を緩めていると見落としてしまいそうだ。

持っていた「やえやま GUIDE BOOK」によると「イールウガン」(イール御嶽、西御嶽)とある。

荒く組まれた石段を上ると視界が開けた。
景勝地にふさわしい風景が広がっている。
再び、道を戻り埠頭を過ぎて集落へと向かう。

広場のような空間。
閉じたパラソルと白い椅子。ここもリゾートの関連施設になっているのだろう。
広場に脇に残る鉄棒が、過去ここに学校があった事を教えてくれた。

舗装されていない白い道を歩く。
きっと、昔の島の面影をそのまま残しているのだろう。

何か…島民が皆、“神隠し”にでもあってしまい、時間が止まったままの島に来てしまった…。そんなありもしない想像にかられてしまう。溢れんばかりの陽光の中にいるのに、寂しい。

集落を歩きながら私は次第にあせりはじめていた。やはり「アール御嶽」がどこにあるのかがかわからない。「やえやま GUIDE BOOK」の大まかな地図に従って集落のその方向へと歩いて見たが、わからない。

「鳥居」を目印にと思っていたが、さっきの「鳥居」のように目立たぬ物であれば見落としてしまう可能性もある。同行のSさん達を巻き込んで、それらしい細い道へ入っては御嶽を探す。

ふと、細い道の先に人影が見えた。この人に聞いてみるしかない。
Sさん達に待っていてもらい人影に近づいた。低い木に登り、鉈で枝を払っていたのは老人だった。私を認めると鉈を使う手を止めた。


「すいません、ちょっとお聞きしたいのですか」

怪訝そうな顔。

「あの…アール御嶽はどこにあるのでしょう」
「はぁ」

もう一度、アール御嶽はどこでしょうと聞いた。やはり、聞き返すばかり。

「あの…“ざん”を…“ジュゴン”を祭っているという御嶽です」

老人の表情は相変わらず硬い。「八重山の人頭税」に書かれていた「御嶽に案内してもらうまで苦労した」という逸話が頭をよぎる

「なんで」

と老人の問い。“なんで探している”と言う意味だろうか。素直に

「“ざん”の事を調べているのです」

と答えた。老人は低い木から降りてきた。

「公民館長には会ったか」

これも“公民館長に許可を取ったか”というような意味だろうか。私は

「いいえ、お会いしていません」

と答えた。老人はふいにある方向を軽く指差した。
老人が伐採したであろう雑木林の跡、その向こうある森。

「あそこだよ」
http://homepage2.nifty.com/ameotoko/zan05.htm

「あそこですか」

思わず声が高くなってしまった。

「アール御嶽」は目と鼻の先と言ってもよいほどの場所にあった。
Sさん達を招き寄せると老人と共に森に近づく。

「鳥居の前までならいい、その先はだめだ」

伐採された雑木林の跡を歩く。

「写真は鳥居の前なら、いい」

私は思わず、聞き返した

「写真を撮影してもいいのですか」
「写真は鳥居の前なら、いい」

老人は同じ言葉を繰り返す。

いいのだろうか。
Internetの幾つかのページでは撮影禁止と紹介されていたのだが…。

だが、ここを目的の場所にしていた私にはあいまいな記憶ではなく、どうしてもこの場所を旅の記録に残したいという強い希望があった。

森には木々に覆われた小道があり、その向こうに丸太棒を組み合わせた鳥居が見える。あせる気持ちと相反して歩速を落としてゆっくりとその「鳥居」へ近づく。

「アール御嶽」
「ざん」を含め豊漁等を祈願する御嶽。

捕らえられた「ざん」は解体され、その骨はこの「鳥居」の向こうに祭られたという。

歩みが止まる。「鳥居」からまだ、数メートル離れているがこれ以上、進めない。


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ここには東御嶽の鳥居前の写真を2002年11月3日〜2010年3月28日まで
掲載しておりましたが、指摘がありましたので削除措置を行いました。
(2010年3月28日 雨男)


老人は小道の入り口にある石に座った。「バイオレット」(沖縄産の煙草)の紫色のパッケージを左手に、火のついていない煙草を右手に持っている。

「明治の前は何だったかな」

どういう問いだろう。

「明治の前というと江戸時代…慶応とか…」と私は答えた。

「あぁ、明治の前にはもう“ジュゴン”はいなくなった」

それから老人は問わず語りにさまざまな事を教えてくれた。


−この御嶽の開基は首里の高い地位を持つ人物によりなされた事−

−その後、「ジュゴン」…「ざん」を祭るようになった事−


私は胸の内にある疑問の幾つかを老人に問うて見た。

「首里にジュゴンの肉を納めたと…」

「違う、首里には“なめした皮”しか納めなかった。肉は(住民が)食べた」

この回答には少し驚いた。

いくつかの本には「塩漬けにした肉を収めた」とか「煮て乾かした肉を納めた」とあるのとはずいぶんと異なる。と同時に「住民も食べていた」という話は今までの私の仮想を裏付けてくれるのだが…。

「この御嶽に捕獲したジュゴンの骨が祭ってあると聞いているのですが…」

「今もある。昔はもっとあったが海洋博の頃(沖縄国際海洋博覧会 1975年 昭和50年)にずいぶん持ち出された。でも、今でも頭の骨が20個ほどある」

なぜ、ジュゴンの骨を持ち出す者がいたかについては聞かなかった。興味本位や学術研究の名のもとに、このアール御嶽からジュゴンの骨が持ち出された事は事前に知っていた。

ジュゴンの事を調べて行く上で「ジュゴン」…「ざん」は伝説の人魚と同一視され、その肉は長寿の源となり、その骨は薬とされたという内容の文を何度も目にしていた。首里王府も、その肉は安産の妙薬として扱っていたと言うし、「もの食う人々」の中にも

「肋骨を粉にすれば精がつき、産後の肥立ちの悪いのに効くし(−略−)」

とある。「ジュゴン」にとっての最大の不幸はこの伝説の人魚と同一視されてしまった事かもしれない。彼等は幻影になってからも安息の時間を得られなかった。

話の切りが良いところで、老人に礼を言って別れた。立ち去り際、老人はこの御嶽の前の雑木林を切り開いて「シークァーサーを植える」のだと言った。

「すいません、最後に質問してもいいですか」

再び、怪訝そうな顔。

「“ジュゴン”の…“ざん”の味について何か伝わっていませんか。あの…美味しかったとか」

あまりにも子供じみた質問のせいか表情は硬い…が、しばらく間をおいて老人はぼそりと言った。

「島(出身)の101歳の人も“ジュゴン”をこの海で見たことはないと言っていた」

そして同じ言葉を繰り返した

「明治の前には“ジュゴン”はいなくなった…」

つまり、“ジュゴン”を捕食した人も、その味を覚えている人も今はいない。
「ありがとうございました」と再度礼を言うと、ほんの少しだけ老人の顔に微笑が浮かんだように見えた。私の、八重山の「ざん」を追う旅は、終わった。

昔、この海を「ざん」が、その白い体をゆだね、のびやかに泳いでいた時代があった。もう、二度と還る事のないその時代の事を、ほんの少しだけ想ってみた。
http://homepage2.nifty.com/ameotoko/zan06.htm

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「人魚」とは「儒艮(ジュゴン)」とか、「マナティ」のことであるといわれているが、昔の島の人々は意外にも「人魚」は「人魚」でいたと信じて疑わない。実は、興味深い話で八重山の郷土詩人、伊波南哲の書いた本の中に、こんな一節がある。

「人魚というのは、ザン(ジュゴン)のことですか」

私は案内役の島(新城島/八重山)の総代にきいてみた。

「いや、本当の人魚は別にいます」

と、総代は平気な顔でこたえた。

「本当の人魚を、見たことがあるんですか」

「あります。西表島の南風見(はいみ)の海岸の岩穴には、今でも本当の人魚が棲んでいます。」

「で、どんな格好をしているんですか」

「黒い髪をたれて、乳房があって、そっくり人間の女と同じです」

「ほう、どうしてそれを捕獲しないのですか」

「とんでもございません。人魚を捕らえたものは七代まで祟られるというから、誰も怖くて手をつけるものはいません」

「それは、本当の話ですか」

「本当ですとも。嘘だと思ったら南風見の海岸に行ってごらんなさい。薄暗い珊瑚礁の岩穴に、子どもを抱いてお乳を飲ましていますよ。私達が近づくと、ぎょろっと睨みつけるので、怖くてよりつけません。」

この対話のように、人魚とは儒艮(ジュゴン)なりという学説を裏切って、人魚は別にいるという話は、一体どこまでがほんとうであろうか。

(伊波南哲著「沖縄風土記」/未来社)より
http://www.churashima.net/tsutaeru/history/10/10.html


人魚と津波    八重山竹富町

  波照間島(はてるまじま)では、

「釣りをしていて、釣られた魚の方から糸を手操(たぐ)って上がってくる手応えがあるときには、人魚かも知れないから、すぐに糸を切って舟を返さないと怖い。」

と言う言い伝えがあります。

  昔、三人の漁師が舟を出して島から遠く離れた沖で釣りをしていると、一人の釣糸に変な手応えがありました。普通の魚ならば逃げようと暴れるのですが、逃げようともしないで逆に相手の方から糸を手繰って上がって来た からでした。

  その時三人の漁師は、「これは大きい魚だ。」と喜んで糸を手繰っていると、海の上にふわっと黒い髪の毛のような物が浮かんできました。漁師達は、水死人を釣り上げたと思い糸を放したが、現れたのは長い髪の女で、良く見るとそれは人魚でした。

  人魚は、三人の漁師に、

「どうか舟にあげて下さい。お願いします。」

と片手を舟べりにかけて言い、漁師達が迷っていると人魚は泣きながら舟に乗せてくれと懇願しました。

  あまりに熱心に人魚が頼むので舟に乗せてやると、その人魚の姿は、上半身がまぶしいほど美しい女の姿でしたが、胴体は魚で尾はエビに似た形でした。

「決してご迷惑は掛けませんから、どうかあなたたちの島に連れていって下さい。」

と人魚は、漁師達に言いました。それまでは不気味に思っていた漁師達も人魚のきれいな顔を見ているうち  に、だんだん安心して、島に連れて行くことにしました。

  舟が島に着くと人魚は、珍しいそうに島のあちこちを見て廻り、そのうちに島の人達も人魚を見たさに集まってきたので島中が大騒ぎになりました。ちょうどその頃、丘の上にいた老人が沖の方を見ていると、沖の方から低い不気味な海鳴りの音が聞こえ、遠くに大きい山のような波が見えてきました。

  老人は、

「津波が来るぞ。おおい、津波が来るぞ。」

と大声で島の人達に知らせましたが、人魚に夢中になっている島の人達は津波が押し寄せて来るのに、なかなか気づきませんでした。ようやく老人の知らせに気がつくと人々は慌てて島の一番高い所に先を争って逃げました。


  人魚だけはうれしいそう顔で、おいでおいでと津波を手招きして、沖の方に向かって泳いでいき、やがてその姿は津波に飲まれて姿が消えました。不思議なことに津波が襲ったのは、人魚が歩き回った所ばかりだったそうです。
http://okinawan.jp/minwa/minwa026.htm


03. 2012年10月10日 02:04:45 : HNPlrBDYLM

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3) ナビン洞の中ではどんな儀式が行われていたのか?

アカマタ・クロマタの儀式に関する噂を纏めておきます。

昔は本当にこういう事をやっていたというのではなく、以下の内容を象徴化・抽象化した、同じ心理的効果を持つ儀式を考案したというだけでしょう。 くれぐれも事実だとは思わないで下さい:


・新城島ではなんとも奇怪な祭りが行われている。 毎年、島で選ばれた若い男女が、この祭りの時に、島中の人々が集まる場でセックスを行うのである。 島では若い女性たちは半ば強制的にセックスさせられ、種付けをさせられるという。


・ザーシンカと呼ばれる男性による祭祀集団がナビン洞の前に並ぶと、30代後半の美しい女性が介添え役の女性に連れられてやって来る。この美しい女性は、ナビン洞の中に入るとアカマタ・クロマタを生むためにザーシンカの男衆たちと妖しい儀式をするという


・豊年祭も2回あって、小さい豊年祭と呼ばれていてアカマタ・クロマタの子供が現れます。


・新城島では1日目の夜にアカマタ・クロマタを生む際に秘儀が行われる。


・アカマタ、クロマタは、明け寅の刻にヘビが皮を、蟹がからを脱ぐように生まれる。 ザーシンカは仮面に「すで水」を注ぐことによって、秘儀的に来訪神を再生させる。つまり、八重山の来訪神儀礼は、死と再生によって特徴付けられている。

・その儀式の為に幽閉されてる女がいて、洞窟でアカマタ、クロマタを生む


・秘密の祭りは近親相姦で柱にくくりつけて…


・アカマタ系の豊年祭には、何か近親相姦に関する意味合いがあるとか…


・新城島では近親婚の為に、生まれる子供は女子ばかりだった


・近親相姦で生まれた畸形の子供や集落でトラブルを起こした女性が神への捧げ物とされた。

・儀式には幻覚作用のある薬物(ガンジャや植物など)用い人為的にトランス状態を作り出し神を体に宿し恍惚を感じると言うやり方です。


・ナビンドウと呼ばれる洞窟でアカマタ・クロマタが生まれるが、シンカ以外の島民はその場所も知らない。丸1日かけてこの中で2神が生まれる儀式が執り行われ、その間、島民は雨戸を閉め、家の中で1日中忌み籠もる


・アカマタ、クロマタは地下あるいは土中から出現すると考えられている。 そして儀礼的には、ナビンドゥ(鏡のような凹状の洞穴の意味)から出現する、という形式を取っている。


・アカマタ、クロマタが来る時に、家の中に入っていないと、めちゃくちゃ怒られます


・新城島の豊年祭でだけはアカマタ、クロマタが現れる前に子供のアカマタ・クロマタも現れる。子供のアカタマ・クロマタは鞭を持っていて、それに叩かれると1年以内に必ず死ぬと言われている。


・外部の人間はアカマタが出てきてから踊る所だけしか見られない。 洞窟で何が行われてるか調べようとした研究者は石で眼球を潰された。 石垣警察署に問い合わせると、あまり深入りしないようにと意味深な注意を受ける


・何人かの若者によるレイプが終わったあとにまんぐり返し状態で神輿に載せられてワッショイワッショイと神殿に連れてこられて鳥居にV字開脚状態の全裸で、精液を垂らしながら荒縄で縛って吊るされ、その下で島民が平然と芋煮会をする。

放心状態の娘が深夜の祭り終了時にようやく下ろされて、神社の中の開かずの間に入れられると、そこには赤ん坊の鳴き声やら女の笑い声、すすり泣く声がいくつも聞こえる。

・人魚神社の秘密は島最大のタブー


・アカマタ・クロマタの儀式は乱交パーティーで それで生まれた子供を人魚の肉として食べている。


・何でここまで秘密にするかというと、女を監禁し輪姦が祭りの儀式で、人魚と称して子供の肉を食べているのでばれるとまずいからだ


・昔、何処かの集落に初潮を迎えた女の子を人柱とし、村の男性一人を神の寄代に選んで民衆の前で儀式的にヤルと言うものがありました。儀式と言えど実際に入れます。そして事が終わったあとは女の子は川に流すと言う因習です。


・人魚は、漁師達にあなたたちの島に連れていって下さいと頼みました。人魚に夢中になっている島の人達は津波が押し寄せて来るのに、気づきませんでした。ようやく気がつくと人々は慌てて島の一番高い所に先を争って逃げました。人魚だけはうれしそうな顔で、おいでおいでと津波を手招きして、沖の方に向かって泳いでいき、やがてその姿は津波に飲まれて姿が消えました。津波が襲ったのは、人魚が歩き回った所ばかりだったそうです。


・人魚とはザンと呼ばれた〇〇のことである。〇〇の頭蓋骨をこの人魚神社に奉納していたため、今も神社には〇〇の頭蓋骨が残っているそうだが、立ち入り禁止である。島人も必要な時以外は入れないのだという。


・「神の〜」等が書かれた看板が立入禁止になっている場所は埋葬場


・祭の内容見ると、献上する赤ん坊を生む儀式&犠牲になってくれた赤ん坊への鎮魂の儀って感じだな

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4) 神食いの儀式 _ 麻薬を吸い 人肉を食べ 乱交する狂宴


アステカの聖体拝領

神人合一のイメージを、信者をして強化せしめる方法として聖体拝領があるが、キリスト教のミサによるそれと、16世紀のアステカで行なわれていたそれが類似した儀式であったことを見ると、アステカの宗教は、観想を主力とするどちらかというとクンダリーニ・ヨーガ型の宗教であったように思う。ミサの聖体拝領は観想を補完するセレモニーと考えられる。


キリスト教のミサは、次のように執り行われる。


1.パン(ホスチア)の奉納
2.カリス(ワイン・聖杯)の準備
3.カリスを挙げる

4.奉納物の聖別(十字切り)と祭壇の献香
5.エピクレーシス(聖霊の降下を求める祈り)
6.聖別(パンとワインが主の肉体と血に転換する)

7.大奉挙(聖別されたパンとワインを会衆に向け高く掲げる。)
8.聖別後の祈り(聖別されたパンとワインを奉献する祈り)
9.奉献文の結び

10.挿入祈祷とフラクチオ(ホスチアがカリスの上で二つに割られる)
11.コンシグナチオ(ワインに対して、ホスチアのかけらで十字を切る)
12.混和(ホスチアとワインのカクテル)


最後は霊肉の一致のシンボル化ですね。

これに対してスペイン人修道士サアグンが1529年メキシコで目撃したアステカの儀式は、モクテズマ王や大祭司の前で行なわれた。


1.芥子粒の練粉でもって、ウイツィロポチトリ神の像を造る。

2.ケツァルコトアル役の祭司が、ウイツィロポチトリ神の像の心臓を火打石の槍で突き刺す。

3.死んだウイツィロポチトリ神の練り粉の肉体を細切れにする。心臓はモクテズマ王のものとなり、他の骨のようになっているバラバラの円筒状のパーツは列席する者に分配された。


この儀式は毎年行なわれ、神を食べることは「神食い」と呼ばれ、神を食べた者は「神の番人」と呼ばれる。
(参考:心理学と宗教/C.G.ユング/人文書院)



この儀式が隆盛なままキリスト教の布教を続けても、キリスト教のミサの方がアステカの儀式のパクリだと言われかねないので、サアグンは焦ったに相違ない。

どちらの儀式も、もともと個人と神が別である意識があることを大前提にスタートしているので、儀式の本質も神人一如を強調する形となっている。むしろアステカ民衆の意識が、西洋人に近い意識であったこと、つまり東洋的な意識(もともと神と人に隔たりはないという先入観)ではなかったことがひとつの驚きだと思う。

似た意識の大衆に対して、適切な宗教を移植すれば、非常によく似た儀式が出来上がる訳である。
http://blog.goo.ne.jp/naitoukonan/e/1a0c53a42e22a8266206417a54646457

ユングの観点から宗教改革の意味を考える場合、重要な焦点になるのがこのサクラメント、ミサ(聖餐)の問題です。

ミサの中心観念は、パンとぶどう酒の「聖変化」にあります。

これは、イエスが最後の晩餐の席で弟子たちにパンを裂いて与え、また杯を与えて、これを自分の身体と血であると語った伝承に由来します。パウロが語る次の言葉は、聖餐におけるこの「聖変化」を極めてリアルに伝えています。

「だから、ふさわしくないままでパンを食し主の杯を飲む者は、主のからだと血とを犯すのである」
(?コリント11:27)。

 ミサにおいては、祭司がイエスの聖別の言葉を唱えることによって、パンとぶどう酒はキリストの身体と血に変化するものとみなされるのです。これを聖変化とか化体(実体変化)transsubstantiatioといいます。パンとぶどう酒の実体substantiaつまり「本質」が、霊的なキリストの身体と血に変化するという意味です。

 中世キリスト教には、この解釈をめぐって、二つの考え方がありました。一つは9世紀のラドベルトウス以来の考え方で、化体説の源泉となった考え方です。

彼は、聖別されたパンとぶどう酒は、天上にあるキリストの霊的な身体および血と〈同一〉であると言ったのです。

これに対して11世紀のベレンガリウスに代表される考え方は、パンとぶどう酒はキリストの血肉の〈象徴〉figuraであるとしたのです。
http://akitanarayama.blog10.fc2.com/?mode=m&no=309


 キリスト教会に魔女たちが告発されたのはこの人肉嗜食の罪に問われたのが、いちばん多かった。しかし、キリスト教信仰のまさにその中核こそ聖餐なのである。救いも、罪のあがないも、永遠の生も、何もかもこの聖餐にすべてがかかっているのである。

聖餐というものは、「象徴的な」人肉嗜食ではなく、神学上の原理説明によると、まったく現実に嗜食することなのである。

 神を食するということは、文明が始まって以来、全世界的に見られる風習であった。しかし、文明の初期は、人肉を実際に嗜食する祝祭がつねに行われていたのである。

「生贄になる者は」神の化身として「殺されるばかりでなく、自分を祀る者たちにその肉を食べられ、血を飲まれる。そうすることによって彼の生命は、彼らの生命に乗り移り、両者は結ばれて共生するのである」。

 神の化身である生贄を食べる目的は、そうすることによって神の肉体の肉になって、神の聖なる肉体が再生するときに自分も同じく再生できるようにするためであった。初期キリスト教時代の秘教というものは、すべて、カニバリズムまがいの聖餐を行えば、祀る者は祀られる者(神)と一体となれるという信念をその中心に持っていたのである。

「宗教の初期の段階には、聖餐という形で神を食べることによって、自分も神の一部になれるという固い信念があった。これは疑いないことである。

例えばトラーキアのディオニューソスの秘儀においては、そうした食事にあずかった人々は神の聖なる生命を自分たちも分かち持つことができるとされ、そのためにその神の名で自分たちも呼ばれることになるのである」

 キリスト教の聖餐は、他の秘儀のと同じく、こうした考えを下敷きとしている。エルサレムのシリルは、

「キリストの肉と血を食するのは、そうすることによってキリストと一体となり、血のつながりを得られるようになるからである。キリストの肉と血がわれわれの手足に入って、われわれは『キリスト担体』になる」

と語った。聖メトディオスは、

「信者はすべて、キリストの血肉にあずかることによって、キリストのような人間に生まれ変わる……キリストが人間として姿を現したのは、われわれ人間が神になるようにするためであったのだ」

と教えた。しかし、同じ聖餐でも、他の宗教のものとなると、それは悪魔の儀式とされた。

「悪霊は供物を食べて力をつける、だからあなたがたが供物を捧げると、あなたがた自身の手で悪霊を体内に引きいれることになる。悪霊は長い間ひそんでいて、そしてあなたがたの霊魂と一体となる」。

 真のカニバリズムは、7世紀まではなお、明らかにチベットの供犠と関連があった。しかし、その後は、それに代わって聖なる秘儀が演じられるようになり、そのためにカニバリズムはシンボリックなものになった。

練り粉で生贄を作って、それを引きちぎり、「内臓」を皆に配って食べた。
ときには、死刑囚の死体の肉をその練り粉で作った像の中に入れた。

贖罪の祭典のときには、「宗教の聖なる王」と呼ばれる雄ウシの仮面をかぶった聖職者が、その生贄の像を突き刺して、手足をばらばらに切り離し、胸を切り開いて人工の肺や心臓や腸を引き出した。残った遺体は動物の仮面をかぶった踊り手たちによってばらまかれた。

それは、古代、ウシル〔オシーリス〕やその他の救世主-神たちの遺体が地上にばらまかれたのと同じであった。

 そうした踊り手たちというと、『エゼキエル』の第24章に出てくるサバの住民たちのことが思い出される。彼らは「血を流す女たち」と呼ばれ、死者の喪に服するために黄金の冠と腕輪をつけ、「人肉のパンを食べた」という。

同じような送葬の踊り手として、エジプトには、女神メウト〔ムート〕、あるいはネヘベト〔ネフベト〕(死者を食べる女神)を擬人化するために、ハゲワシvultureの羽根を身につけたムーmuu(=母親たち)という人々がいた。

 最近まで、フランスの一部で、最後に刈り入れた小麦の束から取った小麦粉で人形を作って、それで人間の生贄を表す習慣があった。その人形は村長marie(昔は一族の母親の添え名)によって引きちぎられ、人々に与えられて、食べられた。

メキシコでも同様に、人間の生贄が廃止されてから、練り粉の人形の胸に火打ち石の先がついた槍が射こまれた。

こうした行事は、「神の肉体を食べるために神を殺す」行事だと言われた。「神を食べる」torqualoという儀式では、神の像が粉々にされて、人々に配られたという。

 これは、明らかに、アステカ人の宗教思想の遺物であった。生贄になる人は神の擬人であって、崇拝され、病気を癒し、人々に祝福を与え、つねに、そのそばには彼の世話をする弟子たちがいた。それから彼は殺され、彼に与えられていた特別な家(calpulliと呼ばれていた)でばらばらに解体された。育児中の母親たちは、その血を子どもに含ませるために、乳首にその血を塗りつけた。

 ギリシア人の言う「生食」wjmofagivaというのは、本来、人肉を食べる狂宴orgiaであって、そのときは料理も何もしないで食べた。生贄となる者は、その狂宴に参加した人々の歯や手で引き裂かれ、生のまま食べられた。ギリシアの古典作家たちは、つとめて「生食」を忘れようとした。

彼らは、野蛮人は乱交をし、家族の者を食べると言って軽蔑した。

「バーベキュー」というのは、本来、人肉を食べる饗宴であった。barbecueの語源はbarbricotで、カリブ・インディアンが人肉を焼くために用いた葉のついた枝で作った焼き網のことである。古い本を見ると、古代の人々には人肉を食べる習慣があったことがわかる。

古北欧の神々、あるいは巨人たちのことをヨツンjotunnと言ったが、「食べる人」という意味のインド・ヨーロッパ語を語源とする。血を飲んで、その骨でパンを作ったという英国のジャックの巨人と同じように、彼らも人間を食べたと信じられていた。

 聖王や救世主を食べることと、家族の者を食べることとの間には、どういう関係があったのだろうか。この答えは、人食い人種自身がしてくれた。つまり、

人が死ぬと、女性がその肉を食べ、そして、新しい子どもとしてその死者を再生させるのである。

原始時代の人々は、再生するためには女性の肉体の中に入らなければならないと考えた。そうするためには、女性に食べてもらうことがいちばん手っ取り早い方法であった。これが再生輪廻という、文字どおり肉体を再び身にまとうという、世界中に見られる教義の根源であったのである。

 どうやって懐妊するのかがまだよくわからなかったころ、死に瀕している人は、同じ種族の母親たちの誰かから自分がまた生まれてくるものと思っていた。自分の肉や血をその母親が新しい赤ん坊に移し替えてくれると思っていたからである。マッサゲタイ人は部族の母親たちに食べられることが唯一名誉ある死だと考えた。母親の肉体の肉となって、再生できると信じていた。大地と同じように、何度も何度も子どもを生む女性こそ、神秘の呪術によって自分を再生させてくれるものと思っていた。

 オーストラリア原住民の女性は、乳児が死ぬとそれを食べ、骨は赤く塗って自分の身体にぶら下げたという。こうしたまぎれもない呪術というものは、死んだ子を子宮にもどして、そして子を生む母親の血をその子の骨にまたまぶしてやることを目的としたものであった。

ビビンガ族の女性は、自分たちは死者を食べて、それで彼らを再生させてやるんだと、淡々と語った。ニューギニアでは、子どもが生まれるとその子に、殺されて母親にその肉を食べられた人の霊魂-名前を与えたという。

 1852年、ハブシュ博士はニアム・ニアム族というアフリカの部族のことで、次のように報告した。

「部族の誰かが死ぬとすぐに、縁者たちは、その死者を埋めないで、死体を切り刻んで賞味するのである。そのため、この地には墓地というものはない」

バガンダ原住民の話によると、女性たちはときに非常に空腹を覚え、乳児の耳を食いちぎることがあったという。おそらくこれは、子どもを食い殺してもまたその子を産めると信じて、全部食べてしまったということを、婉曲に表現したものであろう。

 妊娠するのは人肉を食べたためであるという考えは、未開人の間に広くある考えである。食べ尽くすことを表す語と、みごもることを表す語とは、同じであることが多い。古代バビロニアの諺に、

「誰しもみごもって初めて腹がふくらむ。誰しも食べて初めて腹一杯になる」

というのがある。フロイトは性的ドラマこそ本当の原風景であると仮定したが、ホラティウスによると、

「残忍な魔女がその腹から胎児を引きずり出して再生させる」

場面こそ、原風景であった。聖書では生誕を表すのに「身(bowels=腸)から出る」としている(『創世記』第15章4)。それというのも、子どもたちと同じように、古代の人々は、生殖と消化の区別がまったくつかなかったからであった。

サンヒドリン〔71人からなるユダヤの最高議会。紀元前5世紀から西暦70年まであった〕は、死体を洗った水を飲んだり浴びたりすると、女性はみごもるとした。これは、明らかに、死者の霊魂が新たに母親の胎内に入るという原始時代の考えの遺物である。

 殷の時代の中国は、生誕と再生は同じであると考えた。「霊魂」と「再生」を意味する鬼の絵文字は胎児であった。

 ヤノマモ族の言うところによると、彼らは、昔、母神マモコリヨマが死んだ親や子どもを食べてもよいと言ったからと言って、人肉嗜食をしたという。しかし、その後、彼らはその母神を崇拝しなくなり、人肉嗜食は罪だとして、死者を火葬にすることにした。それでも、今なお、彼らは死者の灰を食べ物に混ぜて食べている。祖先の灰を皆でいっしょに食べることは、縁者のきずなを強めると思われる聖なる儀式なのである。

 アフリカの南東部では、もし女性が別の縁者のグループのところに嫁いでいくときには、死んだ祖先の頭蓋骨に穀粒を盛ってそれを食べなければならない。

彼女が子どもを産むと、長老たちは死者とその子の間によく似た点があるかどうか見る。穀粒はウシル〔オシーリス〕のミイラの上でも、またベツレヘムBthlehem(=パンの家)で生まれたアドーニスの身体の上でも、同じように、栽培された。そしてその穀粒はウシル〔オシーリス〕やアドーニスを崇拝する人々が、厳粛な霊的交感のうちに、食べた。

そうすることによって自分が神と同じような者になり、神同様、自分も再生できると思ったからであった。

ハワイの原住民もウシル〔オシーリス〕によく似た神を持っていた。その神は身体を切り刻まれて、方々の大地-子宮に埋められた。彼の身体のいろいろの部位から食べ物が実った。

 ほとんどすべての宗教にはカニバリズムが見え隠れしている。神を食べる聖餐はキリスト教にも異教にもあったが、それとは別に、初期キリスト教教会は、本当に人肉嗜食をしたと言われた。

ローマ人の言うところによると、キリスト教徒は子どもを殺して食べ、その血の中に供犠を司る人を漬けたという。正当派キリスト教会側の人々(パウロ使徒団)はこうした非難に対して否定はしなかった。しかしそうした非難に値することをしたのは、ただ、グノーシス派の人々だけであると主張した。

殉教者聖ユスティヌスは、マルキオン派の信徒たちは実際に近親相姦や人肉嗜食をしたと言った。カイサリアのエウセビオス(263?-340。神学者、歴史家)は、カルポクラテス派の人々もやったと言った。エピファニウスは、モンタノス主義者や拝蛇教徒たちもやったと言った。アレクサンドリアのクレメンス、イレナエウス、5世紀の初期キリスト教会の長老サルビアンといった人々はすべて、異端者が食人種の行うような儀式をやって教会の名誉を汚したと言って非難した。

 厳しいタブーであったにもかかわらず、ヨーロッパでは中世になっても人肉嗜食が行われていた。飢えに瀕し、疫病が流行すると、ヨーロッパの町々では、多くの者が行き倒れになったが、ときにはある人の姿が突然消えてしまうことがあった。1435年、ガロウェイのソウニィ・ビーン家の人々は、何代にもわたって人肉を嗜食してきたといって告訴された。彼らはエディンバラの法廷で拷問にかけられて死んだ。しかしその死に方を考えれば、彼らが自白したとしても、その内容は疑わしいものである。

1661年、スコットランドで4人の魔女が拷問にかけられて、フォーファーの教会墓地から、洗礼を受けなかった子どもの死体を掘り起こして、それを食べたと自白した。しかし、そんなことはありえないのである。洗礼を受けない子どもが教会墓地に埋められることなどなかったからであった。

魔女に次いで、人肉を嗜食したといって頻繁に告訴されたのはユダヤ人であった。
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/antiGM/cannibalism.html#1



04. 2012年10月26日 22:20:45 : HNPlrBDYLM

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どうしてここに、社が建つのか。どうしてここに、こんなものがあるのか。

A氏が、15歳になった少女と出会い、話を聞いてみると、

初体験は小学生の時で、部落の中でも何度も何度もレイプされたり、

時には父親にレイプされたり、祖父にレイプ、義父にレイプされたり、

さらにその全員に順番にレイプされたりして育つ。

ちょっとキレイめで可愛らしい子になると、15歳の時にすでに男性経験は500人というとんでもないのもいるのだそうな。


だから、中学を卒業したばかりの女の子に声をかけると、喜んでお水で働きたいと言うらしい。今までは襲われてもただ快楽を得るだけで、お金にはならなかったが、これからはセックスが金になると知って喜ぶのだそうだ。 私にはまったく信じられないが、それが部落の世界なのだそうだ。


15歳でいきなりソープデビュー。15歳という若さで本番ありということだから、料金は8万でも10万円にも設定しても客は殺到するという。ほとんど中学生のような少女と金を払えば合法的(?)にセックス出来ると聞いて金の使い道に困っている男達は群がる。1回10万円でも1週間に30回の予約を入れた強者もいたらしい。凄過ぎる。


本人の取り分は半額。それでも、中学を卒業したばかりの少女が1年でもの凄い金額を稼ぎ出す。


さすがにまだ本番までは抵抗があるという少女の場合はお触りだけのピンサロやキャバクラで働く。ソープにはかなわないが、やはり中学卒業したばかりの女の子がってことで固定客はいっぱい付くからなかなかの収入になるという。

入った金で整形をして綺麗にして、うまくいけばAVにでも出てまたそれなりのお金を稼いで部落出身の男と結婚してはすぐ離婚、また結婚してはすぐ離婚を繰り返す人生を送る。


娘が生まれると金になるってことで、金が欲しい父親は娘をレイプして子どもを産ませたりする。男の子だとガッカリし、女の子だと大喜びする。

私が出会ったことがある女性は、祖父との子どもを産み、義父との子どもを産んだことがあるって平気な顔で話してくれたから、驚いたことがありました。


精神病を患っている人も部落にはたくさんいて、産まれてくる子どももまた精神病に。


A氏が話してくれた悲惨な女の子の話。

産まれてすぐに精神病と分かり、父親が育児放棄。母親は自殺。

その後、祖父母が育てたが、小学校に行く頃からさらにおかしくなり、いつも下着姿でその辺を徘徊したりしてどうしようもなかったという。

で、部落の大人の男性たちが毎日レイプ。
集団で次から次へとレイプ。

中学生ぐらいの年齢の頃には2人の子どもがいたという。

そんな年齢でも服を着ないでその辺を徘徊しているものだから、男性が寄ってきては普通に道端でレイプされているとのこと。誰も止めないし、いつもの光景といった感じ。それで次から次へと精神病を患った子どもが出来たという話を聴いた。


A氏が言うには、その少女は部落の人間に毎日レイプされるためだけに生きている、とのこと。
http://blogs.yahoo.co.jp/canon_beginner/64016850.html

奇祭、奇習、世の中には沢山ありまして、面白半分という部分はあるのですが、実際に知っていくとですね。口が段々重くなります。近親相姦、精神疾患、遺伝病の発症の理由、村の中での奇習を隠すための排他主義。私もちょっと見てみたんですが、何といいますかね。今まだ残る人に対して、困ることになるんじゃないかと。

私は特に、幼い頃から、「えたひにん」と呼ばれる人たちの生い立ちや生き様、「部落」と呼ばれるところの部落からどう脱していくか、そして、現在、口が裂けても言われないけれど、ある施設の近所の子供に対する「差別」を追っていった事がありました。それを専門に勉強したかったんですが、あまりに、悲しい事実があるので、私も知りうることに関して、口が重いことがあります。けれど、実地でそういう人たちの話を聞いて周った(はじめた当時の私はまだ、8歳くらいでしたかね)ので、口も重くなります。

どうしてここに、社が建つのか。どうしてここに、こんなものがあるのか。どうしてここにこんな施設があるのか。

紐解いていけば紐解けるのですが、だからと言って、残された人たちが、すっきりはっきり白状できない理由も、あるのです。

何度でも話に上がっては来ると思いますが、触ってはいけない問題もあるということで、やったやってないは関係ない世界があるんです。それを、個だけを尊重して尊んで美談にしようとすると、村全体が悪くなって、誰も嫁に来なくなってしまったり、後を取る人もいなくなったり、廃村に持ち込まれたりします。あなたは、掘り下げようと思うとき、全ての人の利益を考えて発言してください。

どさくさにまぎれて行ったことは、全て、美談にならない洒落にならないものばかりなんです。
http://blog.goo.ne.jp/nekotech/e/ff1deb2cfcd8c62ed0dced78d7521f04


05. 中川隆 2013年7月26日 01:12:37 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

東スポ1963年撮影のアカマタ・クロマタ
http://sky.ap.teacup.com/f45362/img/1312511453.jpg

234 :名無しさん@天国に一番近い島:2013/07/09(火) 01:25:10.39 ID:i6ZSG+4u

【沖縄新城島の秘祭】

「アカマタ・クロマタ」謎の儀式!

この祭り、撮影禁止で、以前 隠し撮りした人への暴行事件も起きました。

それもそのはず、早い話、
お祭りという集団レイプ・輪姦行為
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/tropical/1292412995/


06. 2013年7月26日 01:54:15 : W18zBTaIM6

その祭りは通称「種子取り祭」と呼ばれ、島出身者以外の旅行者では絶対に参加できない秘祭らしい。運良く見物人として参加できても、写真撮影禁止、そして決して祭りを口外にしてはいけないという固い厳守事があるとか。

表向きは豊年祭と呼ばれる神を讃える祭りだが、裏では「種子取り祭り」と呼ばれてるらしい。毎年、過疎化を防ぐために島で選ばれた若い男女がこの祭りの時に、島中の人々が集まる場でセックスを行うんだとか。

もし島外の者がその場を見物していることがバレると、島中の男たちから半殺しの目に遭い五体満足の体では本島には帰って来れないんだそうな。

・高校生くらいの男女が選ばれてセクロスするんだ。それも初めてで

・お前達に警告しておく これ以上この島に関わるな
http://sexynews24.blog50.fc2.com/blog-entry-6597.html


07. 中川隆 2013年7月26日 02:22:43 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

日本の祭りでは乱交するのが普通だったので、新城島だけそこまで秘密にする理由は無いのですね。 それにこれでは人魚神社に葬っている遺体との繋がりも無いですね。

昔、実際に行われていた儀式に近いのはこれでしょうか:


612 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2009/11/11(水) 02:16:21 ID:hyL3kHcH0

今テレビのニュースでやってる島根の殺人事件ってさ、山口と島根の県境にあるN倉集落の秘祭に似すぎてないか?

あの祭って、今は稲藁で作った娘神を解体してるみたいだけど、100年前までは、「ヨツタ」って呼ばれてた10〜20代の女でやってたって話だよな?

ヨツタは風紀紊乱を起こした女が選ばれ、左乳房に「キ」の刺青を彫られた後、祭で体をバラバラにされる。

それはヨツタの汚れた魂と汚れた肉体を部分に分解し、山の神のもとに返し、再生を待つ魂にして村を守ってもらうっていうそういう伝説のもとにやられたはず。


667 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2009/11/12(水) 21:09:08 ID:7fUxuA0K
>>612
あそこの集落の人らって基本的に獣肉食べなかったんだよねー

あれだけ山深い所で、食料になる動物も多いのに解体を嫌うらしい

なのにキ(忌)の入れ墨の女に対してだとちょっと異常なくらいにそういう抵抗感なくなる不思議
http://darknarice.jugem.jp/?eid=1264


08. 2013年7月26日 02:38:09 : W18zBTaIM6

5 : 本当にあった怖い名無し[] 投稿日:2009/12/10(木) 01:36:57 ID:7d+4Ou7nO [1/1回(携帯)]

ヨツタって秘祭はどうよ?
気持ち悪いぐらいに事件と似てるよ。100年前ぐらいまで行われてたとか?不気味だね


6 : 本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2009/12/10(木) 01:39:26 ID:V9n20/EE0 [1/1回(PC)]
>>5
あれはネットで作り上げられた都市伝説
http://www.logsoku.com/r/occult/1260375802/


ヨツタの秘祭というのは新城島の秘祭をモデルにしているんですね。


09. 2013年7月26日 02:54:30 : W18zBTaIM6

↓こういう感じですが、見た人はみんなトラウマになっているので絶対に見ないで下さい:


Hospitalized dead body fucked as she's chopped to pieces!http://newsfilter.org/47292

Crazy Asian psycho slices herself open and tears out her guts!http://newsfilter.org/48312


10. 中川隆 2013年7月26日 20:32:34 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

ニューギニア ロレンス・イフィンブイ(70代・男性)

日本人はこういうのが好きですからね:


日本兵にブタを持ってこなければ母親を殺すと脅されたので、ブタを工面して持っていくと、日本兵は母親をレイプし、殺しました。

それも胸だけをカットして、ゆでて食べるという方法です。母は出血多量で死ぬまで、そこに放置されました


胸を切断され死亡した女性19人
性器を蛮刀でえぐられて殺された女性8人
http://www.midori-kikaku.com/mariko/j-ist01.html


11. 中川隆 2013年7月26日 21:31:10 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

島根県境の広島県の山中で、島根県立大1年生の平岡都さん(19)のバラバラ遺体が見つかった事件は、時間が経つにつれ、猟奇的な色合いが強まっている。見つかった遺体の状態が尋常ではないのだ。

「遺体は四肢が切断され、乳房がえぐり取られた上、性器部分も切り取られてグチャグチャになっていました。

そのため、胴体が発見された当初は、すぐに性別が判断できなかった。腹部が切られ、内臓の大部分がなくなっています。

胴体の一部は焼けていて、血を抜かれ、皮膚も剥いであった。両腕と右足はまだ
見つかっていません」
(捜査事情通)


にわかには信じがたいが、犯人が肉片を食べた形跡もあるという。

「頭部と胴体の発見場所から約2キロ離れた地点で見つかった左の大腿骨(だいたいこつ)は、肉がきれいにそぎ落とされていた。捜査員は、てっきりイノシシかシカの骨が風化したものと思って拾ったそうです。

野犬の仕業では、こうはならない。明らかに人為的なものです。また、遺体の一部には、ミンチ状に切り刻まれた形跡もあった。犯人が食べたとしか思えないのです。

『羊たちの沈黙』のレクター博士じゃありませんが、血抜きをしたり、右腕の関節をはずしたあとがあることから、犯人はある程度、医学的な知識があるとみられます」(社会部記者)


342 :名無しさん@十一周年:2010/10/25(月) 21:58:21 ID:GVntyoQKO

顔踏むのはあれだけど胸切り取るのは結構興奮するなぁ。
ホルマリンに漬けてずっと眺めていたい

108 :名無しさん@十一周年:2010/10/25(月) 11:49:35 ID:6Qake4/90

過去の記事見たらもっと恐ろしいこと書いてあったんだけど
生前行われた可能性があるんだってさ…
単なるバラバラとは一線を画した猟奇殺人だな


160 :名無しさん@十一周年:2010/10/25(月) 12:02:13 ID:4IZfeAN70

不気味すぎる。
生きたまま骨を折ったり
胸を削いだりしたんだろうか・・・

190 :名無しさん@十一周年:2010/10/25(月) 12:11:32 ID:6Qake4/90

胴体では、両手足の切断面以外に刃物による傷が複数見つかった。
生前に切られたり、刺されたりした可能性もあるという。

722 :名無しさん@十一周年:2010/10/25(月) 16:39:09 ID:9NcIlQ5y0

足首の関節をきれいに外したり、
内臓を取り出したり・・・

普通の感覚の人間ではありえない。
神経がまともではないんだよ。
他にも事件を起こしている(これからも起こす)はず。


 

590 :名無しさん@十一周年:2010/10/26(火) 03:14:28 ID:ebEj8cPV0

できることなら、長い黒髪の少女を解体したいですね。
全裸で天井から吊り下げ、生きたまま解体したい。

まず全ての指から爪を剥ぎ取ります。

ペンチを使うと爪が傷つくのでナイフで綺麗に剥ぎ取ります。
爪は良く拭いて、真綿を敷いた清潔な箱に保存します。

次に両眼を抉り出しましょう。

大きめのスプーンを眼窩に滑り込ませ、丁寧に取り出します。
右の目を抉り出したら、グラスに水を満たし左眼を抉り出すのを
水の中で眺めてもらいましょう。

翌日は全身の皮膚を剥ぎ取りましょう。

よく切れるナイフで丁寧に剥ぎ取ります。脇の下や陰部はカミソリで丁寧に剥ぎ取ります

太い血管を切らなければ2日くらいは生きています。
丸1日は眺めていたいですね。きっと眼の無い目から涙を流して苦しんでいるでしょう

そろそろ内臓を取り出しましょう。すぐには死なないように心臓や肺は最後にして
胃や腸から取り出します。

取り出した内臓は水で洗い、綺麗なクリスタルの瓶に保存します。
内臓は貴重な宝石と同じ大切なものです。だから丁寧に扱います。
長い黒髪も丁寧に抜いて、一つにまとめリボンで結びます。

涼しい部屋の中に、今まで少女だった内臓や眼球を満たし、少女の匂いの残る髪の毛に頬擦りするとやさしい気持ちになれそうです。
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1257836524/


12. 中川隆 2013年7月26日 21:36:22 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

閲覧注意


やっぱ女の子のグロはいいねhttp://worldrankingup.blog41.fc2.com/blog-entry-2095.html

見てはいけないhttp://gurox.net/7/modules/wordpress2/index.php?cat=22


13. 中川隆 2013年7月26日 23:29:03 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

Content from Twitter


石垣島の秘祭など

部外者は立ち入れない石垣島の秘祭を語る。by Leonidas0727


文化人類学の人達が喉から手が出るほど欲しいであろう石垣島の秘祭の内部に入る権利を持ちながらも行使することの弊害を思って身動き取れない俺。
誰か文化人類学クラスタに肩代わりしてほしいもんですね。
柳田邦男なんかどんなに望んでもダメだったらしいけども。
norikatsu_k 2013-07-26 05:49:58

世俗化してる上に都市の方が好きなのでそう言うの入る事は本来無いタイプの人間なんだけどヤクザ張りの脅しとか学問的な興味関心好奇心も有ると足踏みしちゃうね
norikatsu_k 2013-07-26 05:52:32

基本的に父親のメンツとか汚さないなら面倒な地縁の因習とかには関わりたくないし関わってる余裕も無いんだよねー。
エスノグラフィにまとめようにも記述で祭事の内容残すと殺すって言われたし。
目がマジだし
norikatsu_k 2013-07-26 05:56:54


学問的にこれ文献化できる系譜(家系、地縁)に居てそれなりのアカデミックな関心のある人って世界で俺だけかもしれないと思うと胸が熱くなるな
norikatsu_k 2013-07-26 06:00:44

@norikatsu_k
八重山の秘祭はやまとの者どころか本島の人がですら立ち入ることが出来ませんからね。とりあえず一度参列して欲しいです。
Leonidas0727 2013-07-26 06:06:09


@Leonidas0727
一度参列したら一生そこに組み込まれるんですよ????
最悪じゃないですか。
でも学術的な価値と興味が後ろ髪を引く
権利は放棄できないけど行使はいつでも良いらしいので見送るかなぁ
因みに今年のは見送りました。加盟は来年以降の問題ですな
norikatsu_k 2013-07-26 06:08:19

@norikatsu_k
それ、アカマタ―のことですよね。ロマンというか猟奇というか、諸星大二郎的なものを感じますね。
Leonidas0727 2013-07-26 06:13:46

@Leonidas0727
アカマタクロマタですね。
ハマってるおっさん達の目がマジ過ぎて引きます。
なぜそんな熱心に勧誘するのか、いっそ強制の勢い。
そのくせその集落の血筋以外は居れないだの本島系の家系を受け入れた集落の歴史云々だの。
因みに祖父と親父は割に批判的です
norikatsu_k 2013-07-26 06:15:58

沖縄でも限られた地域にしか無いとか言われるとICU生的には俄然惹かれるけどたかだか書いて殺されるかも知らんハイリスクなエスノグラフィ一本ないし一節の為に命と余生ベットは割に合わないわい。
norikatsu_k 2013-07-26 06:17:37

こう言うの好きそうな知人友人に権利譲渡したいけどダメなんだよなぁ。
norikatsu_k 2013-07-26 06:20:20

@norikatsu_k
はい。知っていますよ。地元の人はアカマタ―クロマタ―と語尾を伸ばすか、または単にアカマタ―というんじゃないですか。その方が琉球語然としていますね。実はそれ、2ちゃんオカルト板の地方の因習スレでも度々話題に上る代物なんですよ。
Leonidas0727 2013-07-26 06:22:35

@Leonidas0727
知ってます。因習スレだと新城島がメジャーですよね。乱交とか島外の人間への制裁とかと絡めて語られて居た気がします。
親父に聞くまで子供の頃にみた祭のソレと結びつかなかったんですけどね。
新城島、小浜島、宮良集落の三箇所にしか無く、それぞれ微妙に異なるとか
norikatsu_k 2013-07-26 06:24:59

@norikatsu_k
アカマタ―は八重山の各島にあり、石垣島のそれは割と開けている方で、中でも新城島のそれはまったく部外者をいれず、よそ者が覗こうものなら殺されるかも知れないそうですね。
Leonidas0727 2013-07-26 06:26:22


@Leonidas0727
各島とは言うものの、実際にアカマタが伝統的な形態で残るものは前述3つ、宮良の方は俺がこんだけバラしてる通り比較的オープンな様ですね。最も閉鎖的なのは新城島のようで、小浜島の物も聞いた感じだと違いは無いそうです。新城島の奴は話聞かないなぁ。
norikatsu_k 2013-07-26 06:28:51


@norikatsu_k
人魚伝説と合わせて語られることが多いですね。乱交や人肉食とも結びつける噂もありますが、実はそれほどおどろおどろしいものでもないようですが。宗教人類学者の塩月亮子という人がそうした文化に詳しく、研究しているんですけれども。
Leonidas0727 2013-07-26 06:30:57

@Leonidas0727
乱交はあったかもしんないですね。祭事だし。まぁ神秘的な物と言うよりは祭りムードで盛る若者って感じだろうと思いますが。
人肉食はどうなんだろ?
蓋開ければマサイ族みたいなもんで期待する程のもんでも無く結構世俗化しちゃってるみたいですけれども。
norikatsu_k 2013-07-26 06:33:37

ミルクムナリなんかは小浜島の秘祭の系譜があるようで、地元には不評らしい @norikatsu_k 学問的にこれ文献化できる系譜(家系、地縁)に居てそれなりのアカデミックな関心のある人って世界で俺だけかもしれないと思うと胸が熱くなるな。
seventhdracula 2013-07-26 06:36:35


@seventhdracula
ミルクムナリと言われるとエイサーしか思い浮かばない私めにミルクムナリについて概要を解説いただけませんか?
norikatsu_k 2013-07-26 06:37:42

スマソ、あと10分で出勤なのでパス @norikatsu_k ミルクムナリについて概要を解説いただけませんか?
seventhdracula 2013-07-26 06:39:14


@seventhdracula
あ、はい。
norikatsu_k 2013-07-26 06:39:31

@norikatsu_k
蓋を開けてみれば拍子抜けしちゃうかも知れませんね。まあやはりクトゥルーというか、深きものと結びつけた妄想をたくましくしたくなりますが。やはり、諸星大二郎的な魅力ですね。
Leonidas0727 2013-07-26 06:39:56

@Leonidas0727
秘密である事が雰囲気を醸し出すだけであって今の世の中にそんな不思議な事なんてそんなにないと思いますよ。特に人の出入りが多く、市街地と新空港を結ぶ国道沿線に有る宮良集落では。
新城は本島に色々クローズドの様なのでわからないですが。
norikatsu_k 2013-07-26 06:41:58

@Leonidas0727
“@seventhdracula: スマソ、あと10分で出勤なのでパス @norikatsu_k ミルクムナリについて概要を解説いただけませんか?”
と言われたのでもし可能ならミルクムナリが何か教えていただけますか?
norikatsu_k 2013-07-26 06:42:58


@norikatsu_k @seventhdracula
ミルクというのは弥勒、つまり土着化した弥勒菩薩であって、ミルクムナリは豊年を祝う祭りということくらいしか知らないです。その辺も調べれば相当面白いんでしょうが。
Leonidas0727 2013-07-26 06:49:08


@Leonidas0727
“@seventhdracula: ミルクムナリなんかは小浜島の秘祭の系譜があるようで、地元には不評らしい”
こう言う事だそうで。ミルクムナリって何処でしたっけ?
norikatsu_k 2013-07-26 06:50:45
http://togettercom/li/539188


14. 中川隆 2013年7月27日 00:01:23 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

怪談 廃墟村で見たもの 鬼束ちひろ 月光 Ghost story Japan 'ruined village'
http://www.youtube.com/watch?v=pym_7PyoLCE


よその心霊スレに出てた話だけど

つい数十年前まで島や村で住民がみんなが特定の民俗信仰を信じるケース があったらしい。その中のいくつでは

{少女を祭礼儀式に使っていた}

と言う。もちろん命を奪うとかではないのだろうけどある種、性的な形で。


石原慎太郎の小説でも{村の共有物の女性}を儀式に使うのがある。

鬼束さんの月光の歌詞もなんかそれっぽいし、この映像もそれを暗示しているよう。変な霊を知らず知らずのうちに鬼束さんは呼んでしまっていたのかも

【秘祭】パナリ(新城島)について語れ【タブー!?】

1 : 名無しさん@天国に一番近い島[] 投稿日:2010/09/19(日) 08:57:21 ID:e7h0ryK5 [1/1回]
前スレが無くなったので立てました。

5 : 名無しさん@天国に一番近い島[] 投稿日:2010/09/22(水) 18:06:24 ID:epEcb6Vl [1/1回]
1は前スレが無くなった理由を知らないのか…

8 : 名無しさん@天国に一番近い島[] 投稿日:2010/10/06(水) 23:41:34 ID:HdVHCaGD [1/1回]
1は本当に気を付けた方がいいよ 


9 : 名無しさん@天国に一番近い島[] 投稿日:2010/10/09(土) 00:56:15 ID:YKmzocIK [1/1回]
何から何に気をつけるの?
http://www.logsoku.com/r/tropical/1284854241/


15. 中川隆 2013年7月27日 00:25:19 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

#59 2013/05/01 10:32
此の島では少女は13歳になると、貝殻で出来たブラと腰ミノを着け、大人の仲間入りをします。


#62 2013/05/01 13:52
少女は13歳になると体中に蜜を塗られ、野外に放り出されます。
虫が体中に集りますが、それに耐えることがまず大人への第一歩となります。


#63 2013/05/01 14:05
>>62
蜜は自生しているハイビスカスから作るのですねw

#64 2013/05/01 14:43
>>62
虫が集まる前に男共が舐めまくるので、心配無用です。


#65 2013/05/01 18:46
虫に耐えた少女たちは、自分の身長ほどの穴を掘ってその中に入り、首から上だけを外に出して土に埋まります。
食事は与えられますが、彼女たちは5日間穴に埋まって過ごします。


#68 2013/05/08 18:45
>>65
そして別の穴に飢えた腐れナイチャーが表れ墓穴を掘ってしまい、食事は与えられますが、鉄格子と言う名の穴に閉じ込められて過ごしてしまうのです。


#81 2013/05/14 00:08
>>65
穴の中で5日間過ごした少女たちは、ザーシンカと呼ばれる霊的な力を帯びた男性の左臀部に口付けをすることでこの修行が終了となり、一人前の女性とみなされます。
http://bakusai.com/thr_res/acode=11/ctgid=104/bid=6/tid=2262413/


16. 中川隆 2013年7月27日 00:47:06 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

138 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 18:07:45

沖縄、八重山諸島、新城島の秘祭、豊年祭が、先週の木〜金にかけて行われたそうです。

この祭りは島民以外の見学がかなり制限され、撮影、筆記など一切禁止、
カメラをもったよそ者が見つかったらリンチされたりと事件が起こってる位、
秘密で行われている日本民俗学最大のタブーとされてる祭りです。

ここまで徹底的に秘密にするので、人魚と称して子供の肉を食ってるとか、
女を監禁して神様が生まれる儀式として輪姦してるだのおどろおどろしい噂が出てるんです。


僕の調べた民俗学者などの資料の限りだと観光客には見せないアカマタ、クロマタ誕生の儀式は男役と女役の島民が性交をする真似をする儀式があるらしく、それで神が誕生するとなってるのが見せない、秘密にするので女を監禁して輪姦という噂になったんじゃないかなと思います。


実際、ここで生まれるアカマタ、クロマタという神はポリネシアの神々に非常に近く、また東北のなまはげの原型とも言われ、南方〜日本と繋ぐ文化のルーツとしてオカルトとしてじゃなく学術的にも興味深いのですが、 見せない事で幻想を守り、興味を引くって意味ではモザイクみたいなものかもしれませんね。


29 :本当にあった怖い名無し 2008/04/20(日) 15:07:38 ID:tHJCKw46O

沖縄には人肉文化は無いです。


31 :本当にあった怖い名無し 2008/04/20(日) 18:33:30 ID:mWNN8fQx0

田舎の性に関する話は怖いときがあるね。

国内の某島に旅行に行ったとき、赤ちゃんを抱いた10代前半くらいの女の子をやたら見かけた。

歳の離れたきょうだいが多いんですね、とガイドの人に言ったら
風習で女の子は初潮が来たら即嫁入りさせてて、今でもそれが続いているんだとか。

若い事実婚夫婦が自立するまで集落で面倒みるんだって。
今は法的に問題あるから大きな声じゃ言えないんだけどね、と含み笑いされてちょっとゾッとした。

どこだろうこの島


39 :本当にあった怖い名無し 2008/04/24(木) 06:01:33 ID:wqfKSEIoO

スレ読んでて『ウィッカーマン』ていう名の映画を思い出しました。去年リメイク版でニコラス・ケイジが出たのをやっていたけど。
まさにこのスレの内容の様なお話で、島のタブーにゾッとする。

41 :本当にあった怖い名無し 2008/04/25(金) 17:38:56 ID:XViIM4BXO
>>31
聞いたことがありませんがとても興味深いですね…

昔、何処かの集落に初潮を迎えた女の子を人柱とし、村の男性一人を神の寄代に選んで民衆の前で儀式的にヤルと言うものがありました。儀式と言えど実際に入れます。

そして事が終わったあとは女の子は川に流すと言う因習です。

島では無く本土の何処かにあった因習と聞きましたが、今では似たような擬似の儀式が残ってるだけです。
http://yakimashi.doorblog.jp/archives/6350112.html


17. 2013年7月27日 07:58:25 : W18zBTaIM6

近親相姦の島では毎年一人か二人は不具の子供が生まれるので、宗教儀式をして海の向こうへ送り返さないといけないんですね。

18. 中川隆 2013年7月27日 09:11:46 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

怪談 廃墟村で見たものhttp://www.youtube.com/watch?v=pym_7PyoLCE

I am GOD'S CHILD (私は神の子供)この腐敗した世界に堕とされた

How do I live on such a field?
(こんな場所でどうやって生きろと言うの?)こんなもののために生まれたんじゃない

突風に埋もれる足取り
倒れそうになるのをこの鎖が 許さない

心を開け渡したままで貴方の感覚だけが散らばって
私はまだ上手に 片付けられずに

I am GOD'S CHILD この腐敗した世界に堕とされた
How do I live on such a field? こんなもののために生まれたんじゃない

「理由」をもっと喋り続けて私が眠れるまで

効かない薬ばかり転がってるけど
ここに声も無いのに一体何を信じれば?

I am GOD'S CHILD (私は神の子供)哀しい音は背中に爪跡を付けて
I can't hang out this world

更多更詳盡歌詞 在 ※ Mojim.com 魔鏡歌詞網
(この世界を掲げる事など出来ない)こんな思いじゃどこにも居場所なんて無い

不愉快に冷たい壁とか
次はどれに弱さを許す?

最後(おわり)になど手を伸ばさないで
貴方なら救い出して

私を 静寂から

時間は痛みを 加速させて行く

I am GOD'S CHILD この腐敗した世界に堕とされた
How do I live on such a field? こんなもののために生まれたんじゃない

I am GOD'S CHILD 哀しい音は背中に爪跡を付けて
I can't hang out this world こんな思いじゃどこにも居場所なんて無い

How do I live on such a field?


19. 2013年7月27日 09:28:20 : W18zBTaIM6



沖縄 食人の習慣? 2007-01-10

与那国の歴史 池間 栄三 より

池間 栄三 与那国の歴史 (1972年)
P38 
与那国の葬儀に獣肉料理を喰べる風習は、上代に死人の肉を食べていた風習の名残だといわれている


南島古代の葬儀(民族第二巻第五号) より

昔は死人があると親類縁者が集まってその肉を食った。

後世になってこの風習を改めて人肉の替わりに豚肉を食うようになったが、今日でも近い親類のことを真肉親類(マシシウヤクワ)というのはこの風習から来ている。

何と石垣島では近年まで、親類に死人の出たことを老人に告げると


「アンスカ・ムム・ファリンサカメ」

↑それではまた皆で食べられるね

といわれたのだという。宮古島には今もなお

「葬儀に行こう」

という代わりに

「骨を齧りに行こう」

という言葉が残っているという。


*1959年の話である。大昔のことではない
http://ameblo.jp/horror/entry-10023187967.html


20. 2013年7月27日 09:31:35 : W18zBTaIM6

私の知っている限りでは、沖縄が 他の国の歴史に登場したのは西暦610年、隋の役人が探検に来て帰国後に報告したのが最初です。

「流求人は勇敢であり、戦いに負けると和を乞い、戦死した仲間は収容して生き残ったものでその肉を食べる。」

と言うような内容でした。

その事を、遣隋使が聞いて大和朝廷に報告したのが日本に伝わった最初の沖縄に関する情報です。

そんなわけで最初に朝廷に届いた内容は、「流求は食人国」であると言うようなものでした。

ここで言われている流求という国名が現在の沖縄を指すものか、それ以外の地域を指すものかにも諸説があり、確定的ではありません。どちらにしても誤解しないでほしいのは、

死んだ者を食べると、その人は食べた人の中で永遠に行きつづけると言う信仰は世界各地で見られ、古代中国、台湾でも有った習慣です。

ですから、単純に食人が野蛮な行為だったと言う事ではないので、念のために誤解の無き様。
http://www.okinawainfo.net/rekisi/yuusiizenn.htm


21. 中川隆 2013年7月27日 09:50:44 : 3bF/xW6Ehzs4I : W18zBTaIM6

沖縄県の池間島という島では、50歳以上の老人が死ぬとその肉を親族で食べたそうです。

しかもつい最近(一説によると50年前まで)肉を親族が食べ、骨だけにすることで、魂を肉体から解放する。

アイヌ民族と縄文文化、そして鬼退治 2010年04月18日


縄文からアイヌへ―感覚的叡知の系譜縄文からアイヌへ―感覚的叡知の系譜
著者:町田 宗鳳 せりか書房

まあこれですね。
縄文文化とそれを受け継いだと考えられるアイヌ文化の話が中々面白かったです。

贈り物を贈ることがアイヌ文化の根底にあるという話や、アイヌ民族は狩猟採集民族ではありますが、交易を広く行っており、それも生活を支える大切な要因の一つであったことなどのことについて知ることができました。

一番気になったのは、イオマンテから始まる食人文化への話。

イオマンテというものは、アイヌ民族のお祭りです。まあせいぜい

「熊を殺して神の世界(カムイモシリ)へ送り返す」

ということしか知らなかったんですが、この本によると、丸太で熊の首を挟んで殺した後、熊の体を解体し、その部位を食べるそうです。

しかし血を飲んだり、脳みそまで食べるとは知りませんでした。しかも生食。きっとまだ生暖かいんだよな……スプラッターですね。

おそらく食べることによって熊の力と一体になるという意味もあるのでしょうが、なかなか壮絶なお祭りです。

しかしながら、この本の筆者も書いている通り、そういう文化を野蛮だとか判断し下に見ることは間違っています。(ちなみにイオマンテは最近まで野蛮な行為だとして禁止されていた)

日本人のイルカ漁だって海外から見るときっとこういうふうに見えているのかもしれません。

現代人からみれば、凄惨なように感じても、その根底にはカムイから得た恵みを再びカムイの世界に返すというしっかりとした理由が存在するのです。

このイオマンテですが、この本ではこの祭りを縄文文化の名残なのではないかという観点から考えています。

その縄文文化を考える上で、例示として出てくるのが沖縄県の池間島という島につたわる食人文化の話です。

この島では、50歳以上の老人が死ぬとその肉を親族で食べたそうです。

しかもつい最近(一説によると50年前までという話もある。本当か?)肉を親族が食べ、骨だけにすることで、魂を肉体から解放する。

アマゾンのとある部族は死んだ仲間を食べるのですが、その理由が

「冷たい土に眠るよりは、暖かい仲間の中にいた方が良いだろう」

という理由だそうな。

同様の風習は沖縄県に多く点在しているそうで、よく考えると洗骨葬なども肉体から魂を解放するという考え方では共通しています。

かつて、貝塚から見つかった人骨にいくつかの人為的な傷がついていたために、モースは日本にはアイヌとは別の食人文化をもつ民族が住んでいたと考えたそうですが(プレ・アイヌ説というらしいです)、どうやら縄文人はこの風習のように食人を行っていたらしい。

普通生物は同族を食べたりはしません。まあ腹が減ったなら話は別ですが、種の反映のためには仲間を大切にする。

しかしチンパンジーが敵対するグループの子をさらって食べてしまうのは有名な話です。このように敵対するものを倒して食べるということは人間が猿の時代から行われていたようです。

食人文化を持つ部族の中にはこのように「憎しみによる食人」を行っているグループもありますが、沖縄の食人文化はそれとは違い言うなれば「愛情による食人」まあある意味人間らしいっていえば人間らしい。

この本では、アイヌ民族の伝承に

「かつてアイヌの先祖はお互いに食いあいをするなどしていたが、カムイが道具を与え食人を禁止した」

という伝説に注目し、南方からやってきた食人文化を持つ縄文人達の生き残りがアイヌではないのかと考えています。

そして、イオマンテと沖縄の食人文化は根底は同じではないのかとも推測しているのです。

おそらくイオマンテの祭りに近いものは縄文時代には多く行われていたのではないかと考えられます。しかし渡来人がやってきて弥生文化を作り、やがてヤマト政権によって大陸の文化が入ってくる。

すると今までの文化を続けていた人々は「野蛮」と言われ迫害の対象になります。しかし、ヤマト朝廷の勢力が届きにくかった辺境でその風習はほそぼそと残った。それが食人文化であり、イオマンテであると言うのです。

なるほど、と納得してしまいました。

ちなみにこの本を読んだ後、ネットで縄文文化について調べていたら、

「鬼=縄文人説」

というものを発見しました。鬼の顔は隆起が激しく、眉毛は太い。髪の毛は縮れていて体は毛深い。たしかにこうしてみると、縄文人の特徴を抑えていることに気がつきます。

ひょっとしたら鬼というものは朝廷に従わなかった縄文系の人々ではなかったのだろうか。

大陸系の支配者に追いやられ次第に北へ、山奥へと追いやられる。蝦夷と呼ばれた人々はおそらく縄文系だったと考えられます。

もし彼らがイオマンテに近い文化を持っていたらとしたら、おそらく獲物を殺し、皮をはぎ、血を回し飲みし、脳を生食する猛々しい祭りを持つ彼らは、鬼にしか見えなかったことでしょう。

そして鬼は人を食います。ひょっとしたら食人文化に近いものを持っていたのかもしれません。

少なくとも漂着した外人よりはありそうな話です。だいたい鬼って平安時代にはすでにあんな感じだったし。

古い風習をまもり続ける彼らは朝廷にとっては憎い敵でした。そのため自分たちとは違う「野蛮」な「怪物」としての鬼伝説が生まれたのではないかとも考えられます。昔話では鬼退治が語られますが、アレは実は民族紛争ではなかったのか。

頭の角も気になります。鬼が虎のパンツに牛の角なのは、鬼門の考え方から来ているそうですが、ひょっとしたら蝦夷の中にはシャーマンのような角をつける人々がいたのではないでしょうか。

北海道のフゴッペ洞窟の壁画には角をもつ異形の人々が描かれています。おそらくシャーマンではないかと考えられているそうですが、フゴッペ洞窟を描いた人々の風習が当時の日本に残っていたのかもしれません。(もっとも角をつける祭りを僕は知らないのでこの考えも随分怪しいものですけれども)

とまあこのように想像は膨らむのですが、こう言った説ってやっぱり食人というショッキングな内容からかあまり聞きません。

モースの食人説も、当時は反発を受けたそうですし(我々の祖先が食人なんてやっていたワケがない!ということもあるんでしょうけど)やはり現在ではタブーとされていることは受け入れがたいものがあるでしょう。

しかし、この本の冒頭で断られているように、「文化を野蛮とみなし拒絶する」ことは愚かなことであるといえるのです。(まあかといって僕はカニバリズムしようとは思わないけれどね!)

作者は冒頭でこうも断っています。

「アイヌの文化を考えるにあたって、近年見られるような自然と調和して生きるというようなステレオタイプな見方は捨てるべきだ」と。

あるところでは猛々しく、血生臭い風習があったとしてもそこを無視して話を進めることはできないのです。それも含めて文化なのですから。

彼らがもしかつて鬼と呼ばれた人々の末裔だとしても(こんなこと書くと怒られそうだけど、決して鬼が悪いわけじゃない)、その部分を拒絶するようじゃ、イルカ漁を責める外人と一緒になってしまいますよ。と考えてみたり。
http://blog.livedoor.jp/takaike_sora/archives/1457911.html


22. 2013年7月27日 09:56:42 : W18zBTaIM6

 
琉球の「食人」風聞の歴史的構造  弘末 雅士:天理大学国際文化学部


 東南アジア島嶼部の歴史を専門とする筆者は,北スマトラやニコバル・アンダマン諸島,ニアス島,ケダー,カリマンタン,モルッカ諸島など,交易上貴重な産品を産出したりあるいは東西交易路の要衝であった地に,しばしば古くから「食人」の風聞が存在したことに注目している。

「食人」風聞は,自文化と異文化とを分化する際の重要なメルクマールとなるばかりでなく,誰がその風聞を流布させたのかを考察することで,そこでの交易活動のあり方に,貴重なデータを提供してくれる。この意味で,琉球の「食人」風聞も興味深い事例を提示してくれているように思われる。


 琉球の「食人」風聞は,7世紀の『隋書流求伝』に登場して以降,13 世紀までしばしば中国側,日本側の文献に登場した。この「流求」が今日の沖縄かあるいは台湾であるかをめぐり論議されたことがあるが,日本側には9〜14 世紀始めにおいて南島に「人喰い」が居住するという一般的イメージが存在していた。

筆者は,「食人」が実際に慣行として存在したのかどうかには,直接的関心を払わない。
多くが風聞で実証が困難であるし,「人喰い」風聞が存在したという事実の方が,より重要であると考えるからである。そして14 世紀後半になり,琉球の王国が明朝に朝貢し始め,自らが海洋王国を自認し東南アジアや東アジアとを介在する役割を果たし始めると,「食人」風聞は消滅する。

 7〜13 世紀の間の沖縄は,日本や中国からは異域とみなされていたが,日本や中国との交渉がほとんどなかったことを意味するわけではない。むしろ日本と中国,あるいは東南アジアと東アジアとを介在する地としての役割が生じ始めた時期である。『日本書紀』『続日本紀』によれば,7・8世紀頃に琉球の一部を含む九州以南の島々の住民がヤマト国家に挨拶にやって来ている。また遣唐使もしばしば九州以南の島々に漂着した。12 世紀以降南宋の時代になると,東シナ海の海洋交易活動は一層活発となるとともに,中国人商人が南シナ海やインド洋にも赴くようになり,琉球に立ち寄った商人数は増加したことが容易に推測される。沖縄は11〜13 世紀には,グスク時代とよばれる水田耕作が普及し始め,交易も活発となり,権力者が出現する時代を迎えている。


 12〜13 世紀に東アジア海域世界において中継地として重要な役割を果たし始めていた琉球に対し,むしろ日本人は「人喰い」島のイメージをいだき続けていたといえる。沖縄は食糧を供給でき,また造船用建材となる木材を産し,金,銀,銅そして硫黄を豊富に産する日本と近接し,かつ東アジアと東南アジアとを介在しうる位置にあった。日宋間,日元間のあるいは東アジアと東南アジアとの間の貿易を支配的に司っていた中国人を主とする私貿易商人にとり,重要な中継地となりつつあった琉球は,日本人や他の外国人商人を介在させたくない地であった。「食人」風聞はこのコンテクストにおいて,重要な役割を果たす。

1243 年に五島から船出して宋をめざした船が,琉球国に漂着して,食人されるかもしれぬ恐怖を記した『漂到流球国記』や,商人が訪れないとされた黄金の島チパング諸島で食人が一般的に行われていることを記したマルコ・ポーロの『東方見聞録』を読むとき,こうしたイメージ作りがきわめて効果的になされていたことがわかる。

 「食人」風聞は,決して交易活動が無秩序で行えない状態を示したものではない。むしろ,現地人と一部の人々との独占的関係が形成されていることを示す場合が多い。琉球の「食人」風聞もこの点で,きわめて興味深い事例を提示してくれているように思われるのである。
http://www.okinawa.oiu.ac.jp/okinawa-cgi/cgi-bin/pdf/5122.pdf


23. 2013年7月27日 10:01:23 : W18zBTaIM6

40 :天之御名無主:2013/06/23(日) 04:04:30.68

確か去年か今年の年初あたりの学士会報に沖縄や台湾あたりの食人風習に関する話があったぞ。

当然ながら昔の話だが、言葉や風習の中に今も名残として残ってるという話。
ただし、台湾のと違って沖縄の方は

「そうであった可能性は否定できない」

という文献を紹介して断定は避けていたけど。

台湾の話も沖縄の話も祖霊信仰的な要素が強い儀式に関係してるようだから、恐らくは有ったんだろうな。

まあわざわざ学士会に金払う奇特な人間がそんなに居るとは思えんから確認できる人も少ないと思うけど近くにバックナンバー保存してる変態紳士がいたら読ませてもらってくれ。 今手元に無いから著者は忘れてしまった。
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/min/1368192653/l50


24. 2013年10月21日 17:26:17 : W18zBTaIM6

中川隆ブラック投稿集http://amezor-iv.net/book/131005175551.html

中川隆 _ 日本文化関係投稿リンク
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/466.html


25. 中川隆[2362] koaQ7Jey 2016年4月17日 16:34:14 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2441]

石垣島出身の友人に聞いた、実際にある離島のヤバすぎる風習 2014年11月14日


5年くらい前にテレアポのバイトをしていたんですが、その時に一緒に働いていたバイト仲間から聞いた話です。

そいつは沖縄の石垣島出身。俺は沖縄が好きっていうのと離島の神秘的な魅力に魅かれてた事もあり、そいつからよく石垣島の話を聞いていた。

その中に一つ、正直ヤバいだろって話がありました。

よく噂で、八重山諸島の新城島には他言無用の絶対秘密の豊年祭という秘祭があると言われています。

撮影も禁止であり、外部に情報が漏れないように徹底しているとか。

そこで行われてる内容に関しては、色々な噂がありますが、真の事は定かでないと。

また、新城島だけでは無く、久高島にも立ち入り禁止の御嶽があるとか

なんとなく、離島という隔離された場所で独自の土着信仰とか神秘的で怪しくもあり、なんだか興味をそそられる話。

いつかは、その辺りの八重山諸島出身の人間に話を聞いてみたいと思ったんで、実際にそういう事があるのか、そいつに聞いてみました。

すると答えはこう

「絶対に誰にも言わないで下さいよ…?」

と、切り出す。

妙に興味をそそられる。どうしても続きを聞きたい俺は、絶対に言わないと固く約束して話を聞いた。

「正直、全部は話せないけど、とりあえずこれは俺が経験した話です。場所は石垣島じゃありません。八重山の石垣周辺の小さな島って事だけしか言えないんですけど…。」

どうやら石垣島では無く、また別の八重山諸島の島の話らしい。

「そこに、俺の親戚がいて中学くらいの時にその親戚の家に遊びに行ったんです。で、その時期に豊年祭があったんです。」

きたきたきた!俺が聞きたかった秘祭の匂いがプンプンしてきた!

「で、その豊年祭はその島の人間と島の人間の身内しか参加出来ない祭りです。勿論、観光客も参加出来ないし、島の人間と親戚関係にあたる人間じゃないと島外部の人間は参加出来ないんです。俺はその時、初めてその親戚の家に行ったんですけど、絶対に他言無用だと固く約束されてその豊年祭に参加する事になったんです。」

実際に祭りに参加している奴の話だ。ワクワクが止まらない。

「祭りが始まる前に、その年に初めて豊年祭に参加する人間だけ集められて、島のトップの爺さんの話を聞きました。その時に言われたのが、やっぱりここでも絶対に他言無用って事、撮影も一切禁止。そして、島の身内であるという証が必要で、その為の儀式を行うんです。」

儀式、と聞くと神秘感がます。俺は黙って話に耳を傾けた。

「一通り話しを聞いた後、初めて祭りに参加する人間が変な民族衣装みたいなのに着替えさせられるんです。アフリカとかの民族の祭りとかで着てるようなの想像して貰えるとわかりやすいと思いますよ。とりあえずその姿が結構、奇妙な感じはしましたね…。」

まさに土着信仰的な感じがしてきた。早く真相が聞きたい!

「着替えさせられたら、今度は御嶽に行って、ある物を取ってこないといけないんです。因にこの御嶽も外部の人間は立ち入り禁止らしいです。」

ある物ってなんだろう?単純な疑問だ。むしろ、そこが大事なのに。俺は普通にその、ある物の正体を聞いた。

「それはマジで言えません!多分聞いたらひきますし…。ヤバいです。それ言ったら俺は殺されても文句言えないっすもん!」

リアルにヤバそうな雰囲気を感じた俺は、それ以上聞くのを躊躇った。本当に聞いちゃいけないっぽい。とりあえず話の続きを聞いた。

「で、そのある物を取ってくれば、島の身内と認められて豊年祭に参加出来るんです。」

島の人間だけで秘密を共有する事によって、仲間意識を持つという事なのだろう。

ただ、どうしても俺はその「ある物」が何なのか気になって仕方なかった。でも、それが何なのか確証を得ようとするのはどうも無理らしい。

なので一つだけ質問した。それは

「その、ある物ってさ…日本の法律に反してたりするの…?」

答えはこうだった

「…それも言えないです。」

めちゃくちゃヤバい雰囲気を感じた。多分もしかしたら…って事もあるのかもしれない。

絶対に聞いちゃいけない雰囲気だった。

そこから、豊年祭の内容の話も聞いたが、内容についても全ては話せないと言われ、とりあえず一つ言われたのは

「多分、皆が思ってるように結構奇妙な祭りですよ。結構ヤバいです。」

との事。

かなり気になるけど、真実を知る術は無い。

しかし、これだけインターネットっていう情報社会なのにも関わらず、そういう祭りの情報が外部に漏れてないのは凄い事だ。

本当に秘密を徹底している。

それだけ神秘的でヤバいって事なんだろう。

あとは想像の範囲で考えるしか無さそうだけど、とりあえず俺が実際に秘祭に参加した事のある人間の話を聞いた時はかなりヤバそうな雰囲気を感じたのは確かだった。
http://yoshidaproject.com/toshidensetu-okaruto/58/


26. 中川隆[2364] koaQ7Jey 2016年4月17日 17:02:04 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2443]

激ヤバ地帯

島民以外は立入禁止 秘儀・奇祭の島 2014.10.22


沖縄の八重山諸島のA島は、K島とS島の二つの島からなる離島で、住民は両島を合わせてわずかに十数人に過ぎない過疎の島である。

この島は、古来より人魚を祀る島という伝説が残っており、人魚を守る神社や、神が通るとされる道が今でも信仰として生きている。


人口はわずか十数人の島だが、年間2000人あまりの観光客が訪れるため、島のあちこちには信仰の場を穢さないための注意書きが示されている。

K島港には「来島者へお願い 無断でお宮に入ったり、勝手に願い事をしてはならない A島公民館長」と書かれた看板が掲示されており、また、神社の周辺などには「写真撮影禁止」「住民以外の立ち入り禁止」の看板もある。

特に、厳しく禁じられているのは、神社で勝手に願掛けをすることである。

八重山諸島に伝わる御嶽信仰は神に仕える女性を中心に行われるもので、かってに神を拝むことも戒められているのである。


住民でも女性以外は、信仰のすべてを知ることができないという、極めて特殊な土俗信仰が生きるこの島でもっとも謎めいているのが、旧暦の6月に行われる「アカタマクロタマ」と呼ばれる奇祭である。

この祭りの期間、普段は過疎の島は村の出身者などが帰島してきて、滞在者は数百名あまりに膨れあがる。

同時に、島に血縁のある者以外はすべて上陸を禁止されるのだ。

まさに、秘められた島で行われる秘祭だ。その様子は、撮影することも写生することも、録音することもすべては禁止されている。

漏れ伝わる情報や、八重山諸島の他の島で行われている祭りから推測される、この秘祭の実情は次のようなものだ。

祭りの中心である、アカマタとクロマタと呼ばれる2柱の神は、全身を草に覆われ、だるまやフクロウのようにも見える南方系の意匠のかぶり物である。

その背丈は180pほどと大きく、アカマタは赤面をクロマタは黒面で、どちらも縦長の鼻に丸い目と細かいギザギザの歯を持ち、目と歯の両端に細長いヒゲもあるというものだ。

この神を下ろす儀式の実態はまったく不明だが、おそらくは御嶽で神下ろしの儀式が行われ、かぶり物をした巫女が、神の依り代として村の中をめぐるようだ。

神は、夕方になると数十人の太鼓を叩く人々を伴って村の家を一軒ずつ訪問する。人々は、口々に歌いながら、アカマタとクロマタを呼び歌い踊るという。

神々は「ナミダ」と呼ばれる精霊が宿った人々によって先導されて移動し、夜が明けるころには、村からは消えていくという。

この祭りが、決して島の外の人々には口外してはならないことになった理由は定かではない。

一説にはかつては、祭りを通じて男女が交わる行為も行われており禁じられたからというものもある。

いずれにせよ、前述のように外部の人間が祭りを見物するのは、ほぼ不可能だ。

かつて、ある大学教授が島に潜入して撮影を試みたこともあるというが、潜入を手引きした島出身の若者は謎の事故死を遂げ、教授宅は不審火で全焼して記録したフィルムも灰燼に帰したとされる。

この事件が偶然の出来事であるか否かは明らかでないが、島の人々が祭りの秘儀を決して外には漏れないように必死であるという事実ゆえに、様々な形で尾ひれがついて伝わっているようだ。

これまで、いくつかの雑誌などで、この島の祭りの様子を撮影したと称する写真が出回っているが、それが本物であるという確証はどこにもない。

依然として、この祭りは秘密のベールに包まれた立入禁止イベントとなっているのである。
http://gekiyabaaa.blog.fc2.com/blog-entry-38.html


27. 中川隆[2365] koaQ7Jey 2016年4月17日 17:42:28 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2444]


豊年祭あれこれ・・・ 2013-07-30 00:41

宮良(みやら)の豊年祭のことを書いておきます。

豊年祭というのは五穀豊穣を祈るお祭りで、各地域でそれぞれの伝統にのっとって行われます。地域によって、観光客や他の集落の人たちにも門戸を開いて行われる豊年祭もあれば、よそ者を徹底的に排除して行われる豊年祭もあります。

前者は、ザ・トラディショナルという感じで、ナイチャーも一緒に、豊年祭の趣旨の下で楽しく参加することができます。外国の方なんかにも、おすすめです。

その対局にいくつかの集落で行われる秘祭があります。八重山には新城島の秘祭があるのですが、これはかなりいろいろと書けないことがあるので、ここでは省きますが、いつか絶対に行ってみたいです。

今年はいいところまでいったのですが、詰めが甘くて島に渡ることができませんでした。ダイビングをしていて、自分以外の人はみんなジンベイを見ているのに、僕だけは見れなかった・・・という以上に、悔いが残ります。

ということで、今回は外部の人間も、身の危険を感じずに安全に見ることができる秘祭と言われている、宮良の豊年祭について書いておきます。

ザ・トラディショナルなお祭りと一番違うところは、カメラや携帯、スマホなどによる写真撮影、動画撮影、録音だけでなく、スケッチや採譜など、記録に残すことがすべて禁止されています。

アカマタとクロマタという神様が登場するのですが、この姿は写真もイラストもないので、祭りを見学した人以外は、どんな格好をした神様なのか、誰も知りません。
そもそも祭りがいつ行われるのかすら、直前まで外部にはほとんど知らされません。

最初に村の広場みたいなところに、どこからともなくアカマタとクロマタが祭者とともに現れ、踊り、叫んで祈ります。祭者たちは、三線を奏で、太鼓を叩き、歌い叫びます。

その様子は、他の地域の豊年祭とは全く違い、それを見るだけで秘祭と言われる所以がわかります。僕も祟りがあると怖いので、詳しくは書きませんが、独特のリズムとうねりが空気を伝って体に入ってきて、自分が今、ここにいるのを忘れるような気持ちにさせられてしまいました。

アカマタとクロマタの姿かたちを何人かの人に聞かれたのですが、正直、ひとことでは言えない威圧感があります。

身長は熊のグリズリーのように大きく、ポンキッキに出てくるムックのような動きをし、体中から草や藁が生えていて頭にはさとうきびが群生しています。これだけ聞くと、コミカルな姿を想像するかもしれませんが、実際はなまはげよりも威圧感があります。

広場での祀りが終わると、部外者の方はお引き取りくださいとアナウンスが流れます。大部分の人たちはここで帰るのですが、もっと見たい罰あたりな人たちは、アカマタとクロマタを追います。

この集団がその後御嶽に向かい、集落を彷徨い、家々を回ります。その順序もユタによって決められ、外部の者には一切知らされません。夜を徹して行われるので、当てずっぽで待っているわけにもいきません。

太鼓や歌の音が聞こえる方向に進もうと思っても、警備役の人たちによって、道を塞がれます。丁寧な口調で、あっちから回ってくださいと諭され、そっちの方向に進んで行くと、また別の警備の人に、遠い方向に誘導されます。

「あっちの人が、こっちは行けるって言ってましたよ」
なんて言う、理屈は通用しません。

神さまが決めたことがすべてです。

集落中の街灯が消され、真っ暗やみの中を歩かされるうちに、諦めたり疲れたりで、だんだんと追っかける人が減っていきます。そして真夜中になった頃には、集落の人以外は誰もいなくなるという感じです。

僕はたまたま現地で知り合った親切な人たちに導かれて、あまり苦労せずに何軒かの家を回らせていただくことができましたが、これはとてもラッキーなことでした。

いくつかの家を回って気づいたこと。

アカマタとクロマタが踊って祭者たちが唄う歌は、すべて違うんです。

「何曲くらいあるのですか?」と村のおじいに訪ねたところ、

「ベートーヴェンほどあるさ」との答えが返ってきました。

聞けば、それぞれの家ごとに自分の家の歌があり、またその中にも、家にすべての人が揃っている時に奏でられる曲、誰かが出稼ぎに出ている時の曲、家族の誰かが亡くなった年の曲、新しい家族が増えた年の曲・・・それぞれ、違う曲が奏でられるそうです。

歌う者も、神事なので絶対に間違えてはいけないし、すべての曲を覚えて歌える人もいないので、家ごとに人も入れ替わり、かなりたいへんらしいです。譜面や工工四(沖縄民謡の楽譜みたいなもの)に書いて伝えることもできないので、すべて口伝えの伝承音楽です。それが一晩中続くので、確かにチャラチャラとよそ者が入ってきたら鬱陶しいですよね。

そんな理由もあって、あまり詳しくは書けませんでしたが、神秘的なという表現という言葉では片づけられない、神さまの畏怖を感じた夜でした。
来年も行きたいな・・・
http://blumingo.exblog.jp/19364870


28. 中川隆[2366] koaQ7Jey 2016年4月17日 17:52:03 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2445]

2013-02-14

ある学術雑誌の紹介本に「乱交」の研究書があって、その中に石原慎太郎著「秘祭」の名前があったので興味を持ち、そちらを読み始めた。

研究所にあるように石垣島の先、八重山諸島のある島には、祭りの時に何代にもわたり、近親相姦もある乱交の習慣があり、それはある意味必要不可欠のものだと言う学説であった。

「秘祭」は昭和59年新潮社刊行

石原の内容は、その島には17人しか住んで無く、その島を買収し観光地として売り出すために、東京から派遣された社員が事故死したため、次の社員が派遣されると言う処から始まる。

どのように親しくしても、その島の人間になると言う事は全く受け入れず、全てを知った事で殺害されてしまうのだった。それを口外した事で舌を切られ、動物のように鎖に繋がれてしまった島の人間も居る。

石原は八重山に想を得たが、島と人物には係りないとしている。

研究書では、その秘祭は事実に書かれている。

安易に言ってはならないが、八重山に限らず、日本の祭り(盆踊り等含め)の原点はそのようなものかと思われる。
http://higashinum.exblog.jp/19994498/


29. 中川隆[2367] koaQ7Jey 2016年4月17日 17:56:21 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2446]

真実は時に人を傷つける

明かさない方がいい真実もこの世にはある


この事件、昨日見ていて、戦前の日本のあり方を思い出しました。

これは、一つ先を辿ると全て親戚同士になってしまう村。ここが問題です。つまり、村にいたひとは、みんなエンコ関係にあった事。そして、そこで問題が起きれば、大体は、誰がやったって、わかるもの。分かってて公表できないこともあること。ついでに言えば、村の中で、村八分的な存在や、そういうときに咎を代わりに受けることで、残った家族に有難い想いがあると言う話も事実。

あの頃の村は、そういう風にして、色々な事を隠してきたんです。

無論ですが、この事例はアメリカにも同様な事件があります。皆で隠して風化させて、どうでもいい事にしてしまって、そして、多少の泣き寝入りをしてもらう。裁判で拘置所にはいっても、死刑にならずに済むのは、そういう事情があって、死刑にするに忍びなかったからという話が、ありまして、聞いたときは、アメリカも案外閉鎖的なんだなと思ったこと。

今回の名張ぶどう酒事件に関しても、真相があったのだと思いますが、当時の最高裁判所のあり方も、現時点の最高裁判所のあり方も、実際には、色々な表に出せない諸事情を加味しての裁きなので、真相が見えない人にとっては、不誠実に映るかもしれません。

世の中って、未だ、そういう不誠実な面があって、取引をする代わりに、これを授けるからこれで迷惑料となせとか、そういう事って一杯残っています。まして、親族だけでできた村がまだ残る存在に対して、都会に住む人は驚きがありますが、田舎に住む人たちは、これで十分排他的なんです。

金持ちの世界もそうです。お金があって成金になったからって、入れない世界というモノがあります。非常に排他的で、みなの利益を守るためには、理不尽で不誠実です。ですが、そういう事を言ってしまえば、世の中は全てそういう風な風習が残っています。世界中で、そういう風習が残っています。

私たちは、戦後、村社会を捨て、個を尊び、集団就職に行って、てんでばらばらになって、一見、どこの誰だか分からないようなそんな感じを受けますがね。氏も育ちもあなたの戸籍には残って、あなたが、どういう人なのかって事もある程度辿れるし、大体どこの出身って聞くと、ピンと来るものがあるんですよ。それが、忌み嫌われる民俗学という学問です。

奇祭、奇習、世の中には沢山ありまして、面白半分という部分はあるのですが、実際に知っていくとですね。口が段々重くなります。近親相姦、精神疾患、遺伝病の発症の理由、村の中での奇習を隠すための排他主義。私もちょっと見てみたんですが、何といいますかね。今まだ残る人に対して、困ることになるんじゃないかと。

私は特に、幼い頃から、「えたひにん」と呼ばれる人たちの生い立ちや生き様、「部落」と呼ばれるところの部落からどう脱していくか、そして、現在、口が裂けても言われないけれど、ある施設の近所の子供に対する「差別」を追っていった事がありました。それを専門に勉強したかったんですが、あまりに、悲しい事実があるので、私も知りうることに関して、口が重いことがあります。けれど、実地でそういう人たちの話を聞いて周った(はじめた当時の私はまだ、8歳くらいでしたかね)ので、口も重くなります。

どうしてここに、社が建つのか。どうしてここに、こんなものがあるのか。どうしてここにこんな施設があるのか。

紐解いていけば紐解けるのですが、だからと言って、残された人たちが、すっきりはっきり白状できない理由も、あるのです。

何度でも話に上がっては来ると思いますが、触ってはいけない問題もあるということで、やったやってないは関係ない世界があるんです。それを、個だけを尊重して尊んで美談にしようとすると、村全体が悪くなって、誰も嫁に来なくなってしまったり、後を取る人もいなくなったり、廃村に持ち込まれたりします。あなたは、掘り下げようと思うとき、全ての人の利益を考えて発言してください。

どさくさにまぎれて行ったことは、全て、美談にならない洒落にならないものばかりなんです。
http://blog.goo.ne.jp/nekotech/e/ff1deb2cfcd8c62ed0dced78d7521f04


30. 中川隆[2368] koaQ7Jey 2016年4月17日 18:21:16 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2447]


【閲覧注意】日本には触れてはならない場所がある


6: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/12(火) 23:55:08.51 ID:LCHumACv0

ある地域の屋根裏には牢屋があった
近親婚が多く、近親相姦で生まれる障害者を閉じ込めておくために

4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/12(火) 23:54:26.53 ID:gV14b2+/0

奇形はごく潰しなのでキュッ

147: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 01:54:08.57 ID:yF5K3ouQO

重い病気、ボケ老人を姥捨て。障害持ちを幽閉や産まれた直後〆る

見合いや許嫁による半強制結婚

なんて風習は実は理に叶っていて村や地域社会が効率よく回る為に必要だったのかもしれないな

現代が抱える医療費の増大や未婚晩婚少子化もこういった
風習がなくなってしまったが故かもしれない


15: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 00:02:25.73 ID:Sw6vRLo30

地元のしきたり

十二年に一度本家か分家から赤ん坊と食べ物を山の神社に奉納する
まだやってる
翌日行くと赤ん坊、食べ物は消えてる

奉納する前は山に入れば八つ裂きにされたとか


地元はすげー田舎なところ
赤ん坊を奉納する家は元々そこの地主
森にはいって生活するわけだが

奥に入りすぎると上でも書いたように八つ裂きにされた
社も建てて毎年食べものを奉納するがそれでも被害はでる

それで地主が自分の家の赤ん坊と一緒に神社に入りひたすらもう襲わないようお願いをした

けど眠ってしまい夢の中で声を聞いた

赤ん坊はうまい。おまえの家の赤ん坊を捧げるなら襲わないでおくと

起きると扉は閉めていたのに赤ん坊はいなくなってた
それから山に入っても襲われなくなった
これが婆ちゃんから聞いた話

で俺の体験

子どもの頃よく言われるのが
大きくなるまではその神社にいくなと言われる

そう言われてもたまに友達と行ってしまってたが
奉納のための赤ん坊は産まれても公表しない

その時の子供は本家の子供

地主で本家の子供なら村はけっこう大騒ぎするはずだが何もなかった

俺は赤ん坊をみてみたかったが婆ちゃんや父親に止められてた
一週間かそこらかな?奉納が行われる

村人が食べ物を持って来て、その整理や車に載せるのを手伝わされてたのもあって忙しかったのは覚えてる

食べ物を車に載せて神社の入るための山道にいく
子供は神社に入っちゃいけないから俺は車から食べ物を下ろすのを手伝わされた

軽トラに載せたりもしてたしすげー量で色んな匂いが混ざってた
全部下ろしたら車で帰った

その日の夕飯はすげー豪華だったけど静かだったと思う
翌日神社に友達といってみた
もちろん食べ物のためだ

魚や肉はダメでも果物はいけるだろと思ってた
神社に行って中をみると何もなかった
軽トラや車で運んだ食べ物がない

運んだのはここじゃないのかもと思ったが果物や魚の匂いが扉を開けた時少し残ってた

こんな話

9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/12(火) 23:56:42.44 ID:X6SOjKDI0

クロ
ヤドカリ葬

14: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 00:00:42.97 ID:4cwhA+zH0
>>9
ググってもいまいち明確な記事がヒットしないんだけど、
名称からして死体をヤドカリに食わせる葬儀かな。鳥葬みたいな。

17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 00:03:52.56 ID:+2DJyZKy0
>>14
そう 海に突き出たちっちゃい岩みたいなところに置いてくるんだって

クロの葬式の方はちょっと書けない・・

26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 00:09:15.75 ID:4cwhA+zH0
>>17
ヤドカリ以外のものも色々たかりにきそうだなぁうわぁ…
クロってなんのことかと思ったらこれも葬儀関係か。
ちょっと調べてみるけど、どういう方面で恐ろしいの?グロ?呪い?

29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/06/13(水) 00:12:40.16 ID:+2DJyZKy0
>>26
クロっていうのはどこかの島に残っている変形したキリスト教の一派だったと思う
民俗学の方で出てくるかも

グロ系

36:本当にあった怖い名無し:2009/01/13(火) 23:07:13 ID:J0exCnF50

おれも昔証券会社で働いてた頃いろんな所に行ったわ。
血とか骨とかが付いた地名からして凄いとこ。
特に何も無かったけどね。

ただ一度だけ部落のはずれの道端で白痴っぽい若い女を見た。
白いスリップとパンツだけでケラケラ笑ってるのよ。
横で小さい子供がフリチンで遊んでたかな?

車止めて見てたら通りがかりの親父に睨まれたので、そそくさとその場を去った。

帰り道で思ったんだけどね、その若い女って部落の男の公衆便所なのかなって?

なんの確証も無いけどそんな気がした。かれこれ10年前。
http://hayabusa2.blog.fc2.com/blog-entry-322.html



31. 中川隆[2369] koaQ7Jey 2016年4月17日 18:30:30 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2448]


>ある地域の屋根裏には牢屋があった
近親婚が多く、近親相姦で生まれる障害者を閉じ込めておくために

>奇形はごく潰しなのでキュッ

朝鮮部落の朝は、酒の臭い。2011-01-03 | 日記


私は、この朝鮮部落に住んでもう8年ぐらいたちます。

あさは、ひとのさぐりあい、ひとのけなしあい、おまけに悪口大会、
そうして、つながりといえば、兄弟姉妹のセックス関係だけです。

あんまり近親相姦がおおいので、ちんば、いざりがたくさんいます。
それに、通名も当たり前で、年賀状も通名らしいです。

この朝鮮部落の臭いは、時にねこのしょんべんのにおい。
ときに、酒の発酵した、いやなにおい、または、たまに洗濯のいいかおり、

朝鮮人が昨年しんでいきましたが、内密に葬式をしたらしく、釣り目のあつまりはみれなかったです。

そのひとは、すこしおかしなひとでした。

いつも、のぞいてました、大家にうその通報はするは、本当にいやなひとでした。
「うえから、みえるんだろう」とか
「おいだしてやる」とか

困っていたら、しんでゆきました。北朝鮮のほうへたぶん灰はとんでいったのでしょうね。

朝鮮部落の若者は、結婚しませんというよりも、できません。
または、朝鮮部落同士まぐわります。

それで、ちかくにある産婦人科でおろします。
生めない子つまり、近親相姦のこどもだからです。

性の関係は、普通の人よりも、はるかにはげしいです。
結婚できないためなのか?

ストレスの多い環境のためなのか?
すごい、年齢まで、近親相姦または、デリヘルなどでやりまくりますね。

この町のいいところは、ひとのさぐりあいですので、
孤独死はありません。たぶん大家が勝手にさぐりますからね。

朝鮮人同士の仲のよさ、それはすごいです。
ほかのものをよせつけないし、臭い部屋でも平気ですね。

孫も、ちょうせんじんなら、かわいそうとしかいいようがないです。
人間のうじですね。

私の住む町は、●●朝鮮部落です。
しかし、みんなは、ひみつにしております。
http://blog.goo.ne.jp/ootomo0320/e/fc08fc45f24c9891f107bc50f2a03dd7



血族結婚部落の優生学的調査概報(第一報) −新潟・長野県境「秋山郷」調査−
http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/16894704.pdf

血族結婚部落の優生学的調査概報(第二報)−千葉県安房郡七浦村、豊房村調査-
http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/DATA/pdf/16894804.pdf

血族結婚部落の優生学的調査 −山梨県南巨摩郡西山村奈良田部落調査-
http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/14208903.pdf

血族結婚部落に関する生体人類学的研究(2)
http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/14209001.pdf

この写真は人間の奇形児
http://blog-imgs-36.fc2.com/u/r/a/uracigoto/1d82bae043f6d36f495ead612ccb438a-300x237.jpg


親が代々血族結婚をした子供…
http://blog-imgs-36.fc2.com/u/r/a/uracigoto/93f0f764df25b503be229642b2894dc6.png

家柄、血筋を知らないと大変なことになる

子供が生まれると精神異常の子供が生まれるからだ

兄弟、姉妹、親子で子供を作った先祖には奇形が生まれる確立が高い

企業はイメージが損なうと部落出身者は採用しない

採用しない理由は…

社内結婚されると奇形児や精神異常の子が多く出るのを知っているから

差別が本当の理由ではない

家庭に奇形児や精神異常者が出ると仕事に影響する

遺伝子はメンデルにより、その性質が発見され、ワトソン・クリックによって構造と、遺伝子となる物質の存在が明らかとなっている

血統との情報を合わせるのにはこれらの情報で十分なのだが血統を科学的に判断する血統の科学では…

血縁結婚を繰り返すと血が濃くなり(同じ遺伝子が重なる)奇形が発生

同じ遺伝子はその作成過程(遺伝子がコピーされ増殖する過程)で、コピーミスを犯しやすくなるからだ

現在も人間の遺伝子研究は進められているが、性格、知能など様々な遺伝子が発見されている

性格遺伝子で、暴力的、短気、異常興奮などの遺伝子があれば犯罪者の家系が成り立つ

犯罪傾向の遺伝子は存在し、環境や家庭の問題ではない

遺伝により犯罪者の確立は大幅に上がる

そこで問題になるのが…血族結婚が続いた弊害
http://blog-imgs-36.fc2.com/u/r/a/uracigoto/fc2blog_20130301195503061.jpg

部落出身者 在日朝鮮人

近親結婚を追跡調査した報告があり、将来できる子どもの殆どが障害者、知恵遅れ、犯罪者になる確立が高いという結果が出ている

カリカック家の一族という外国にある部落の子孫の犯罪率の高さや頭の悪さを追跡調査した報告があり、将来できる子どもが殆ど知恵遅れや犯罪者、身体及び精神を病んでいる人が多い、と報告されている

部落出身者又は在日朝鮮人に障害者が多いのは、近親結婚が多かったから

優生学研究者は遺伝説を唱えている

ジューク一族の研究論文では、2人の部落民が次々と子どもを作っていき、最後は1000人くらいの子孫になるが、半分以上が、精神障害者で、さらに半分が犯罪者になったという結果も発表されている

部落の人の多くは、遺伝的に粗暴で知恵遅れが多く発生している

別部落出身者や在日は、育つ環境に問題があるのではなく遺伝の問題

遺伝はいつでるか分らず孫の代に出るかも知れない
http://blog-imgs-36.fc2.com/u/r/a/uracigoto/img_1214704_38288977_0.jpg


在日朝鮮人

韓国も階級社会で、日本に来た朝鮮人は韓国では差別にあっていた民族

親や兄弟姉妹間で子供を作ったので奇形が多く、生まれるとすぐに川に流した

今はみやげもの屋に売っているが…

日本でも「こけし」これを漢字にすると「子消し」

生まれるのが殆ど奇形児で川に流し「こけし」として押入れなどに隠していた

「姫だるま」「こけし」も同じ由来がある

貧困農家の口減らしとされているが事実は違う
http://blog-imgs-36.fc2.com/u/r/a/uracigoto/df_20130301202255.png


部落出身者は300万人

在日は韓国で差別されていたのを日本が軍人として日本に連れて来た

彼らも血族結婚で日本の部落民と同じで血筋に弊害がある

韓国人がすべて、というのではなく部落民は親族結婚を繰り返したので精神病、奇形の遺伝子を確実に引き継いでいる

それと知らずに結婚すると精神病の遺伝子が必ず子孫にでる

これを書くと必ず批判が殺到するがこれは事実だ!

オレが言いたいのは「精神病は必ず遺伝する」ということ

競走馬にしろ、牛やブタ、ニワトリもすべて遺伝子操作で作られる

例えば胎児の段階で、脳細胞をがんがん刺激し、細胞をたくさん分裂させたら生まれてから英才児になるかもしれない

将来は、赤ちゃんを産むときに受精卵の遺伝子をコンピュータなどで読んで、

「この人のIQはこのくらいになりそうだ」という話になると思う

IQが140以上になる可能性は0.1%、130以上は5%とか、

今のままでいくとIQ100を越える可能性は0とか、ある一定の確率が出てくる

体外受精で受精卵1個を取りだして検査すると、プリンターから一覧表がでてきて、

IQ130以上なるパーセントは5パーセント、身長何センチになる確率何パーセント

70歳以上生きる確率が70パーセント、80歳以上は3パーセントと計算が出てくる

美人になるかならないか、までも出てくるだろう

受精卵は作るたびごとに遺伝子は違うので病気の一覧表を両親に渡して、こんな値であれば、この受精卵を使うのはやめて別の受精卵にしょうということもあり得るだろう

人間の肉体と精神の特徴、あらゆるもの計算される時代になるかも…

クローン人間ではなく改造人間の時代になる

そうなれば部落民のDNAでも在日のDNAでも関係なくなるが、それまでは…

だから部落民や在日のDNAを引き継ぐと大変なことになる
http://blog-imgs-36.fc2.com/u/r/a/uracigoto/df.png
http://blog-imgs-36.fc2.com/u/r/a/uracigoto/vb.png

http://uracigoto.blog.fc2.com/blog-entry-246.html


32. 中川隆[2371] koaQ7Jey 2016年4月17日 19:38:03 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2450]

9 名前:きち 投稿日: 2004/05/07(金) 23:18

すごいといえば、30年代の名張ぶどう酒事件の村のようなフリーセックスとかもすごいですね。

10年ほど前、仕事で3年ほど住んでいた僻地の村では近親相姦やら夜這いもどきやらで全校50人ほどの中学に知的障害の生徒が8人もいました。


12 名前:あんず 投稿日: 2004/05/08(土) 23:17

日本は近親相姦(父→娘)が多いのはどうしてだ?

と外国人に聞かれたことがあります。なんでも彼の周りだけでも
4人の日本人の女性がそういう過去があるそうです。

そういう話を聞くと病的で嫌悪感を感じますが、もしかしたら日本は昔そういう奇習が普通(と言ったら語弊がありますが)だったのかもしれないですね。
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2776/1073909229/

239 :天之御名無主:04/12/31 21:36:03

沖縄県の某島では代々近親相姦で筆おろしをすませる風習があるらしい。
男の子が思春期迎えたときの母親(或は姉)の仕事とか

少年→一人前の男になるための儀式は世界各地にあることからも信憑性はある。
具志堅が初体験は?との雑誌インタビューに「思い出したくない」とはぐらかしたのも証拠になろう

330 :天之御名無主:2005/04/02(土) 22:52:54

本島ではなく○○島(離島)での風習らしい。
男が16歳を迎えると、父親は黙って家を空け母親が筆おろしをするとか。
(稀に姉のケースもあり)

332 :天之御名無主:2005/04/02(土) 23:26:44

日本の関西に母親が筆をおろす近親相姦のの風習があるって聞いたことがあるよ

333 :天之御名無主:2005/04/02(土) 23:31:02

聞いたことある。
たしか、京都の近く、、、

382 :天之御名無主:2005/05/15(日) 14:12:51

雪国で寒くて家から出たら凍死するような、北の日本海側の場所で山間に囲まれた地方なら近親相姦みたいのがありそうだね。
情報きぼん


384 :天之御名無主:2005/05/24(火) 16:58:52

東北地方にはそういう風習多いな

390 :天之御名無主:2005/06/07(火) 22:36:51

東北の温泉入ったら、洞窟の中で巨根像に締め縄という荒ぶる神が鎮座されてました。
その地方では美少女たちがチンポ像を抱え顔を真っ赤にし練り歩く風習があると聞きます。

391 :天之御名無主:2005/06/08(水) 00:08:40
>>390
顔を真っ赤にてのはあんたの希望だろ。
俺が見たのは東北じゃないが、普通の顔してにこにこ歩いてたぞ。
実物を見た事がないと、木彫りの置物と同じであまり抵抗がないらしい。

397 :天之御名無主:2005/06/21(火) 20:50:34

もう昔のことだけど、全裸の女がお面をつけて盆踊りをしてたという地域なら聞いたことがある。
なんで裸なのかまでは教えてくれなかったけれど。


398 :天之御名無主:2005/06/23(木) 15:50:26
>>397
俺も聞いたことがある。
なんでもそのあと乱交に至ってたようだけど。
俺が聞いたのは盆踊りじゃなくて、それに似た神事だったけれどね。


406 :山形南部:2005/07/08(金) 17:34:48

平家の落人の隠れ里だったといわれる某所では近代になっても村の女性は
「みんなの物」でほぼ自由にセークス可能だったそうな。

そこは今はダムの底になったが、昔、そこを訪れた人の話では、

近親相姦が多いので出産の際に「奇形やダメポー」は即座に絞めるのだが
判別出来ずに生きた人間が成長したのが度々目についたと・・

事実、現存している。
可哀想でキーボードに涙が


408 :天之御名無主:2005/07/10(日) 03:31:58 ?

先々月までアフリカを旅行してました。モロッコでのことです。モロッコの南端は
サハラ砂漠と一部接しているのですが、周辺の砂漠への前線基地的なオアシスの街にしばらく滞在してました。遊牧や隊商的な生活をしている砂漠の民は少なくなったけれども今でもちゃんと存在していて彼らがオアシス近郊に立ち寄ると必ず市が立つので楽しかったです。

夜になると女奴隷が卑猥な見世物を見せたりするのですが、若い日本人の子が一人いましたね。

体中にヘンナと呼ばれる染料で模様を書き込んだ全裸の日本人の娘が男達の輪の中で腰を振ったり、触られたりしてました。

  彼女と日本語で話をしたので間違いないです。諦めの境地にあるようなことを
言っていましたが、どうやら彼女のショーを見るかぎり、男達の喝采を買って彼女自身すっかりはまっているような、恍惚とした様子でした。

彼女はその地域では結構有名で、もとは女子大生で砂漠まで来て輪姦されたあげく、ある金持ちの後宮にしばらく監禁されていた娘らしいです。

それで飽きられたうえで売られたと。まるでボウルズの小説の世界。
人間って案外簡単に壊れちゃうものなんですね。

455 :天之御名無主:2005/09/17(土) 20:29:48

日本人って近親相姦(関西)とかホモ(武田信玄)とか自殺(切腹)とかあんまり
タブーが無い民俗なんだね。


456 :天之御名無主:2005/09/17(土) 21:00:00

奈良時代以前の皇族・貴族は異母兄弟姉妹間の結婚を常としており、皇族女性でなければ皇后とはなり得なかった。

日本神話においてもイザナギとイザナミは兄妹であり、ウガヤフキアエズは叔母であり育ての母である玉依姫と結婚する。

日本と近親相姦で調べたら、いっぱい出るは出るは。
日本ってすごい国だよね。


458 :天之御名無主:2005/09/19(月) 16:13:06

北陸の漁村での話し(伝聞だからね)

戦前までは毎年旧暦の6月の新月の夜、奇祭が行われたと聞いた。

その年元服を迎える男女が秘密裏に村内から選ばれ、7日間神社に篭って禊を行う。

新月の夜、二人は神主や巫女、村の長や網元の前で海岸にふんどし一丁で立って海に飛び込み、100mくらい沖合いの小島まで泳ぐ。

神主たちは小船で二人を追う。小島には小さな祠があり、神の目の前でふんどしを外した二人は愛し合う。その後、少女の膣から流れ出る精液を曼荼羅模様の神紙で受け止め、その年の漁を占う、というもの。

461 : ◆arPoYs0ON. :2005/09/24(土) 20:24:39

京都伏見区のとある地域は異常に同姓の多い地域が有ります。
80代の方に伺ってみた。

「夜這いってあったんですかね、○○さん」

「さーねー。ははは」

とはぐらかされてしまいました。ますます興味が湧いてくる!

462 :天之御名無主:2005/09/24(土) 21:09:47

夜ばいはスレがあるけど、システム化されたものとしてかなり最近まで全国各地に「あった」のは事実みたいですね

466 : ◆arPoYs0ON. :2005/09/25(日) 09:39:50
>>463
けれどもその地域の人は本当に障害を持つ親族の家庭がおおく、座敷牢の存在を認める方もいらっしゃいます。なのでどうしても色々な想像をしてしまいます。

472 :天之御名無主:2005/10/21(金) 00:03:21

関東と東海地方の貞操観念が割合強く他の地方はおおらかな様な気がします。

青森ではだいたいが中三か高一で初体験を済ます様です。
チャンスが無い子は焦って誰かに相手を紹介してもらうそうです。

援助交際の相場は「いちご」で結構あっけらかんとおじさんとエッチを楽しむ。
東京だと嫌々お金の為にマグロ状態でセックスすると言う感じ。
関西方面の女と話をしていると「良くしてくれたお礼にしてあげた」とか「落ち込んでいたのでしてもらった」と言う話を聞く。実際どうなんでしょうか?


485 :天之御名無主:2006/05/01(月) 02:14:10

ネタ1 ある田舎の風習

18歳に達した少女達は祭りで神社の境内で神男に処女を捧げなければならない。
この行事を行って初めて大人の女性として認められるんだと。

486 :天之御名無主:2006/05/01(月) 02:35:10

ネタ2 ある田舎への婿入り

この地方へ婿入りする男は嫁の親類に挨拶しなければいけない。
夕方から嫁の親類たちと盛大な宴会が行われ、その後寝室に通される。
そして、その場に集まる嫁の親類(女性のみ)と一晩過ごし

婿入りの許しを得なければならない。
これは村の存続をかけ子孫を繁栄させるため、生殖能力の高い男であるかチェックする仕組みと思われる。

評価する女性は嫁の母、祖母、姉妹、すべての親戚で手技によって精液の濃さ、量も批評される。またその晩に限り婿と性交することも許される。

まぁ。逆輪姦みたいな感じになるようですね。


490 :天之御名無主:2006/06/08(木) 00:58:54

新潟の山間部にいまだに夜ばいやカガイっぽい盆踊りやってるところがあるって聞くけど、


508 :天之御名無主:2006/09/11(月) 02:49:54

某混浴温泉には裸合コンたる風習が残っている。
地方からくる若い男女客参加もOK
その日晩 男女入り乱れのセックスがある。
旅の恥は掻き捨て
彼彼女いる貴方もOK!

516 :天之御名無主:2006/10/19(木) 19:45:29

10年くらい前、母方の祖父の家にいったはずが、離婚したはずの祖母と同じ苗字の家に世話になっていた。よくわからず母に聞いたところ、代々2つの家系で婚姻しているとのこと。

本家には座敷牢があって精薄で生まれた子などはそこで暮らしていたらしい。
(その数年前の台風で流されて今はもうないです)

その時会った従姉妹?は高校生なのに親戚との婚姻が決まっていて、本人はおかしいともなんとも思っていない様子でびっくりしたけど何も言えなかった。
多分兄弟でとかはないと思うけど十分疑問。

526 :天之御名無主:2006/11/15(水) 18:58:11

 昔読んだ本のコラムかなんかに書いてあったけど

ある村では女ばかりの家(女系家族)だと跡取りがなくなってしまう。
そこで相談してくじ引きで半年に1回、その村の長男以外の男性が泊まりにいく。
で、その女系家族の娘たちと性行為して子供ができたら婿入りしてその家を継ぐのが決まりなんだと。

村存続のための掟なんだろう。

534 :天之御名無主:2006/12/28(木) 17:27:58

長野県の一部では、今でも祭りの後に童貞や処女を捨てる儀式があります。
というか、15年前ほど前には確実にありました。(私自身、それが初体験ですから)
このスレに書かれている事と違っているのは、実際にはコンドームを使う事くらいでしょうか

548 :天之御名無主:2007/01/12(金) 11:32:04

昔 親類の叔父が地域に伝わる言い伝えとして教えてくれた

元服を迎える男と同い年の女が村から一組選ばれて神主の前で性交したそうだ 
神事らしいけど何が目的かよくわからん

588 :天之御名無主:2007/09/29(土) 22:29:10

青森県は弘前市の南西に10kmほど入った山間部に「かこ村(かっこ村?)」
という小さな盆地状の村があり(地図には地名なし)今では廃村状態の所がある。
その村はかつて十二年に一度、凶作や飢饉に見舞われることの無いように悲惨な祭りが行われていた。

祭りの年には村の中で未婚の女性が選ばれ、人身御供として神社に奉納するという。
人身御供といっても命を奪うわけではなく、選ばれた女性(少女10〜16歳くらい)
(基準不明)が三日三晩すごす。同時に選ばれた8人の村人が「神のお面」をかぶり日没から日の出まで代わる代わる少女と性交することにより、神々に生贄をささげ、五穀豊穣をねがったそうです。

長時間の性交に絶えられず失神したり逃げだそうと試みる娘もいたそうですが、神罰を恐れる村人に厳しく監視されていたそうです。犠牲となった娘はその後村によって特別な待遇下におかれた。

601 :北海道民:2008/01/13(日) 23:36:52

本州は耽美の宝庫だね。
近親姦の風習とか、もう完全にファンタジーの世界だよ。


644 :天之御名無主:2009/01/15(木) 19:47:08 245 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:04/11/01 06:48:07 ID:h0Yp+Mkn
続き

村の合併前に、私の村の二十歳前の男性が、隣村の女性に夜這いをかけたことがあったらしい
もちろん、両者合意の上だったそうで、本人間の間では問題はなかった。

一度目の夜這いのあと、二度、三度繰り返しているうちに、相手の村の男衆にしられ夜這いの後、村境で捕まり、散々殴られて返されてきた。

当時の私の村の男衆は、怒り喧嘩直前までいったらしいが、両村の大人が中に入って、夜這いをかけた男性の母親が夜這いを受けた女性の夫の夜這いを受けるということで手打ちになった話があります。

村の合併後、新村になってから、新しい村域内でのその種のトラブルはなくなりましたが今合併後の新村の隣村との間には、掟は存在します。


>>230
そのような話ではありませんが、何年か前、その年18歳になった一組の双子を含む
男の子達の希望を聞きまわった時、当時27歳の新婚の地元出身の地元中学校の教師を務めている女性に希望が集中して、かなり村で話題になったことがあります。

毎晩一人ずつする掟なので、その女性が八月中のある週に毎晩、白装束で鎮守さんに夜出かけていきました。結局、彼女を相手に八月中に童貞を失った男子が双子をふくめいっぱい生れたことになります。

双子の場合、どちらを先に優先させるかでもめました。戸籍上の兄弟はあるのですが、その家の教育方針で一年おきに兄弟の序列を変化させていたので二人がどちらが先に、女性を抱くかでもめて、結局若衆の前で籤をひくことで解決しました。

恐ろしい連中
http://syarecowa.moo.jp/108/31.html

シリーズ・関連 呪い系
http://syarecowa.moo.jp/kanren/noroi.html

死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?
http://syarecowa.moo.jp/


651 :天之御名無主:2009/03/25(水) 04:38:20
>>644
それ、たぶん、親父の田舎だと思う。

俺も、18のときに、親父の実家に夏休みの間、帰郷して同じ体験をした。
今、首都圏の大学に通ってるけど、将来は祖父を継いで田舎に暮らすことになると思う。
相手の女性は、三十前後の美人のバツイチの女性だった。

最初、騎上位で挿入してもらって、おっぱいを揉んだり乳首を吸ったりしてる間に
しらないうちに射精してた。

654 :天之御名無主:2009/04/15(水) 18:16:53

小学生の女の子だけの祭りがあったな。
露出の高い服装にさせて(ブルマTシャツだった)集団で家を回る祭り。
女の子達は家ごとにお菓子を貰う。全員でなく、先頭のリーダーの女の子にお菓子がたくさん入った袋をあげる。
公民館から出発して村の家を全部回ると祭りが終わるんだが、大抵、公民館に戻るころは人が少なくなっていた。
昔は可愛い子がいなくなってたってよく噂になってた。

寂しい老人が女の子を引き止めて家で話し相手にさせられるらしい。
当時はそんな祭り興味なかったし、男だから参加しなくてよかったと思ってたが、普通に売春とかしてたらしい。

681 :天之御名無主:2009/07/01(水) 00:51:36

母親が言っていたんだけど、
母親がいた村では、15、6歳になると同じ年の女の子&母親達が集まって
一晩性について勉強したんだって。
それも、学校で習うような文献だけのやつではなく、母親達が裸になって
結構な所まで教えてくれたんだって。

ちなみに母親は山形の村出身
http://desktop2ch.tv/min/993305147/
http://hentai4u.blog12.fc2.com/blog-entry-86.html


「座敷牢」仲町六絵

 I先生の刑法ゼミに在籍していた、学生時代の話だ。

 講義のあと、先生が私達を祇園のバーに連れて行ってくださったのだが、刑法39条の話題になったその流れで、先生がポツリと

「子どもの頃、近所の家の座敷牢に女の子が閉じ込められていた」

とおっしゃった。先生の子ども時代といえば、私宅監置が禁じられた昭和25年を、おそらく過ぎている。「あまり聞いてはまずいかな」という雰囲気が学生達の間に流れた。しかし空気を読まない男子学生が「監禁罪ですね」と言ったのに言葉を継いで、先生は話を始めた。かなり酔っておられたと記憶している。

 先生のご実家は小さな酒屋で、幼い頃から集金や御用聞きで近所の家々を廻っていたそうだ。ある大きな家の玄関を敲いたところ、返事のかわりに呻くような声が聞こえたので、誰か急病かと思って中に入っていった。鍵はかかっていなかったそうだ。

 どうかしましたか、と呼びかけながら声のもとをたどると、日の差さぬ部屋の中にささくれた材木を縦横に組んで、手づくりの檻があった。中で白い着物の女の子が、「なぁい、あい、なぁい」と声をあげていたそうだ。

 その女の子は、お尻がすっぽりと木箱にはまっていた。姿勢だけは乳母車の中の赤子のようだったけれど、十ぐらいのその子は、箱から手足をはみださせ、じたばたと動いていた。汚れた板敷きの上で、女の子のはまった箱はガタガタと鳴り続けていた。

 所用で出かけていたその家のおばさんが帰ってくるまで、先生は立ち尽くしていたそうだ。こっぴどく叱られて、ご両親にも「あの家には行かんでいい」と言われたという。

 しばらくたって、その家が燃えてしまった。深夜のことで誰も助からず、葬式で用意された棺桶は、女の子のぶんが無かった。

 葬式から帰った後、先生の叔父にあたる人が、一時期おかしくなったそうだ。押入れに布団ごと閉じこもって三日三晩、業を煮やした親戚連中に引きずり出されて井戸水をぶっかけられ、「いい大人がなにやっとる」と叱られて、夢から半分覚めかけた顔で言った言葉が「白い女の子とかくれんぼしとっただわ」。

 幼かった先生はそれを聞いて、

「あの女の子が牢から開放されて、遊んでいる」

と思ったそうだ。

 「解放されて、あの子はどこまで来れるようになったんだろう」

 そうおっしゃる頃には先生の呂律はすっかり怪しくなっていて、私達は何となく居心地の悪い思いで、テーブルの下の暗がりに目を落としていた。
http://www.mf-davinci.com/yoo/index.php?option=com_content&task=view&id=973&Itemid=52

『座敷牢』


385 :本当にあった怖い名無し:2009/09/16(水) 01:12:36 ID:bquAUI+a0

あー うちのばあちゃんの実家にも座敷牢あったな。

ばあちゃんちは地方の庄屋かなんかで、怖くなるくらいデカい屋敷に代々住んでた。
庭もすげー広大な日本庭園だったんだけど、

ある日遊びに行ったら、えらいキレイな顔して白い着物?浴衣?着た男の子が、一人でぽつんと佇んでた。

自分小さかったから、ばあちゃんに「あれ誰?」って聞いたら、適当にかわされた。

後年、母親にその体験を語ったら、

「あれはちゃんと育たなくて座敷牢にいる人」

と言われた。

だいたい一代とばしでそんな風なのが生まれるから、座敷牢が必要らしい。(今でも)

391 :本当にあった怖い名無し:2009/09/18(金) 13:50:29 ID:+0bzKi2X0

生まれた時点では正常とみなしたんだから、出生届け出してるはずで、
小学校への就学年齢になっても入学させてなかったら、役所から人がくるだろ
ありえん


392 :本当にあった怖い名無し:2009/09/18(金) 16:50:24 ID:nhgs6Eu30
>>391
ありえない前提が『出生届け出してるはず』なのは弱くないか。
出生届も出さずに、戸籍を持たない子供も増えてるのに。


393 :本当にあった怖い名無し:2009/09/18(金) 17:52:41 ID:+0bzKi2X0
>>392
これまた特殊な例を出してくるんだなw
都市部の無計画子作りなDQN貧民や不法滞在の外国人の話をしてんじゃねえぞ
古くから土地に根付いていて広い敷地にデカい屋敷を構えてるような家の子供の話してんだよ
場合によっては跡取りだ
そんな家の子供が出生届を出さん理由って、一体なんだよ?
教えろや

394 :本当にあった怖い名無し:2009/09/18(金) 18:41:36 ID:nhgs6Eu30
>>393
何故そこまでお前は喧嘩腰なのかと。

そういう存在が生まれる可能性が高いなら、適当に保留するのもあり得ない話じゃないし、
古くから土地に根付いてるなら、役所の人間より偉い(その土地の中で)ことだってあり得るわけで。
出してるかどうかすら定かでないのに、「出生届出してるはず」って前提は弱いだろ。


395 :本当にあった怖い名無し:2009/09/18(金) 19:36:56 ID:FgAaf8DQ0

昭和も初期の頃は、「そろそろ就学年齢だから、役場に出生届を出すか」って、東京でもあったらしい。
当然、場合によっては±1年の誤差が出ることもある。
ソース@婆ちゃんの実家


396 :本当にあった怖い名無し:2009/09/18(金) 20:51:11 ID:+0bzKi2X0
>>394
なるほどそういう話か
それはすまん。わしが悪かった


397 :385:2009/09/18(金) 23:00:40 ID:Y7sBYqiY0

ありゃりゃ…紛らわしい話ふっちゃってスマソ

ばーちゃんの家は、確かに「古くから土地に根付いていて、広い敷地にデカい屋敷を構えてるような家」だよ。

国会議員や元警視総監(!)あたりもヘコヘコ挨拶にくるし、
昭和天皇が通りすがりに「日本庭園見せてくれ」って立ち寄ったり、
死人が出れば新聞に載ってエラい騒ぎになるような家柄。

ヤバい子が生まれた場合も、さすがに出生届けは出してるだろうね。(昔はわからないけど)

けど就学年齢になっても、役所も家も多分スルーだと思う。
書類上は一応入学したことにしといて、ずっと病欠→卒業とか…かな?
自分と同世代で座敷牢に入ってる人はいないから、詳しくは分からない。

ちなみに、自分が昔遭遇した美少年は、とっくに亡くなってるとのこと。合掌

398 :本当にあった怖い名無し:2009/09/19(土) 00:18:06 ID:wiP7I0xM0

なんか池沼の他にも、スケキヨとか真珠朗とか、その家にはいそうだなと思った。


402 :397:2009/09/19(土) 15:46:00 ID:N9WZrU60O

あー確かに…リアル犬神家みたいな屋敷だよ。
ひたすらデカくて暗くて座敷牢がある家。

乱歩的なモダンさがあれば、もう少し怖くなくなるんだけどねえw
しかし、なんで一代おきにヤバい子が生まれてくるのかなぁ 不思議

コメント


[ 7515 ] NO TITLE
>けど就学年齢になっても、役所も家も多分スルーだと思う。
>書類上は一応入学したことにしといて、ずっと病欠→卒業とか…かな?

リアルにありそうなところがなんとも不気味


[ 7642 ] NO TITLE
出生届けは出したが、あとになって障害者とわかったから懇意にしてる医師に頼んでニセの死亡届けを出して戸籍抹消とかだと思う。

そんだけでかい家で議員や警察のお偉いさんも来るぐらいだし、一代飛ばしくらいでそういうのが出てくるのが確定してるなら役所や警察も昔から「暗黙の了解」として詮索はせずにニセとわかっていても死亡届けを処理しているだろうしな。

[ 18272 ]
>なんで一代おきにヤバい子が生まれてくるのかなぁ

デカイ家ってのは、古い歴史の中でそれなりに後ろ暗いこともしてきてんだよ。
家系を維持するために因果応報

金持ちだから座敷牢で生かしておけるってのもあるだろう
貧しい農民の家ならすぐに口減らしされると思われる


[ 20627 ] NO TITLE
血が濃いのかね?

[ 26929 ]
座敷わらしの由来みたいなことがあったんじゃないかな。

家を立派にする為に子供を閉じ込めてさ…扱いは酷かったらしい。

美少年って言ってたからたぶんそっち系の慰みものにもなってたんじゃ?と恐ろしいことを想像した。

[ 32237 ] NO TITLE
>20627
ありうるね
遺伝子異常なのか、何か家系的な呪いなのか、まあ偶然ではないやろう、なんらかはある。


[ 46533 ] NO TITLE
ちゃんと育たなくてというなら知的か身体障害か。遺伝的な疾患もあるからね。
でも天皇家もそうだけど今後は障害がある子が生まれてもぜひオープンにしてほしい。
そして一緒に戦っているというのを国民や周りの人にぜひ見せて欲しいんだ。


[ 51152 ] NO TITLE
出生届はこんな一例もあるぞ…
http://www.kitimama-matome.net/archives/2166507.html

あと無戸籍に関してのドラマも放送されたしな
平成の世でこれなんだから、昭和なんてもっと酷い例があったとしても驚かない

[ 55536 ]
1974年?位までは座敷牢が合法だったんじゃなかったっけ
自宅監護っていってさ。
精神病院に入院させるか選べるの。


[ 55566 ] NO TITLE
>53702
昔はご近所というか集落ぐるみでやってた可能性もあるで
一家族だけじゃなくてさ

[ 57616 ]
昔から病気を理由に学校に通えない子供はいるだろうから自宅療養のため家庭教師つけて学校には行きませんで済んだんじゃないの。

地元でもかなりの名士だったなら役場も学校も事情知ってただろうし。

昭和40年代生まれだけど小学校の6年間一度も学校に来なかった同級生がいたよ。
なんか難しい病気で通学出来ないから学校に籍だけ置いてて定期的に担任の先生や
校長が様子を見に行ってたらしい。

卒業時に名前があったけど誰もその子の事を知らなかったし見た子もいなかった。
田舎で地域の子供全員が幼馴染みたいな環境だったんだけどね。
戸籍があっても色々な事情で世間には知られずに暮らしている人間って結構いるよ。
http://nazolog.com/blog-entry-4036.html


33. 中川隆[2373] koaQ7Jey 2016年4月17日 23:13:16 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2457]

263 :名無しさん@天国に一番近い島:2015/06/09(火) 17:50:18.81 ID:uZN5nJC2.net

新城島(パナリ)の豊年祭「アカマタ・クロマタを生む儀式」


美しい女がナビン洞(洞窟)連れられて来る。

そこでザーシンカと呼ばれる男たちとアカマタ・クロマタを生むための儀式をする。

女は男たちと強制的に輪姦させられ、その儀式は丸1日行われる。

そして幻覚作用のある薬物でトランス状態になり、神を体に宿し恍惚を感じる。

さらに儀式では人魚の肉と称して、子供の肉を食べる。

島では近親相姦や近親婚で血が濃いため女児が多く産まれ、畸形の子やトラブルを起こした女が神への捧げ物にされた。

食べられた子供の頭蓋骨は人魚神社に奉納され、幾つもの頭蓋骨があるが立ち入り禁止になっている。

儀式の後、輪姦された女は全裸で縛られ神殿の鳥居に吊るされ、その下で島民が平然と飲み食いする。

洞窟で何が行われてるか調べた研究者は、島民に石で眼球を潰された。

これは新聞報道され、八重山警察署も事実と答えた。

豊年祭の儀式は、強制集団レイプ・近親相姦・人肉食・薬物乱用・暴行等、隠された秘祭である。


265 :名無しさん@天国に一番近い島:2015/06/15(月) 17:45:22.23 ID:krstyRX5.net

だいたい合ってる
そんなもんだよ

270 :名無しさん@天国に一番近い島:2015/10/01(木) 12:07:25.93 ID:Df8LvUm0.net
>>263
それでだいたい当たってる。
御嶽の先に行けないのは、多くの人骨が捨ててあるからだよ。
警察に通報すれば一発でアウトなんだけれど誰もやらないというwww
http://ikura.2ch.sc/test/read.cgi/tropical/1292412995/


34. 中川隆[2375] koaQ7Jey 2016年4月17日 23:31:47 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2459]

“沖縄県のA島では、なんとも奇怪な祭りが行われている。それは通称「種子取り祭」と呼ばれ、若い男女の営みを参加者に公開する、セックス祭りである。

沖縄県は八重山で最も人口が少ない島”A島”。ここでは、島出身者以外の旅行者では絶対に参加できない秘祭が行われている。

それは豊年祭と呼ばれ、表向きは神を讃える祭りなのだが、特に見物人に対しての制限は難しい。

運良く見物人として参加できても、写真撮影禁止、そして決して祭りを口外にしてはいけないという固い厳守事がある。

一体なぜなのか?

それには驚愕の真実が隠れているからである。

この祭り、実は裏では「種子取り祭り」と呼ばれる、いわば公然セックス鑑賞会なのだ。

毎年、過疎化を防ぐために島で選ばれた若い男女が、この祭りの時に、島中の人々が集まる場でセックスを行うのである。

首里王朝に伝わる古の書物には「風俗の乱れこれあり…」と書かれた一説があり、
島では若い女性たちは半ば強制的にセックスさせられ、種付けをさせられるという。

ちなみにもし、島外の者がその場を見物していることがバレると、島中の男たちから半殺しに遭い、五体満足の体では二度と本島には帰って来れないという。
http://skamio.tumblr.com/post/1148043850/%E6%B2%96%E7%B8%84%E7%9C%8C%E3%81%AEa%E5%B3%B6%E3%81%A7%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%82%93%E3%81%A8%E3%82%82%E5%A5%87%E6%80%AA%E3%81%AA%E7%A5%AD%E3%82%8A%E3%81%8C%E8%A1%8C%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%81%9D%E3%82%8C%E3%81%AF%E9%80%9A%E7%A7%B0%E7%A8%AE%E5%AD%90%E5%8F%96%E3%82%8A%E7%A5%AD%E3%81%A8%E5%91%BC%E3%81%B0%E3%82%8C


35. 中川隆[2377] koaQ7Jey 2016年4月18日 01:04:44 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2461]

215 :名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 11:40:43 ID:hqxwwBTu0

大学で民族学を専攻していたんで卒論のテーマとして研究した事があります。

あの辺の島は確かに独特の土着信仰があったり奇祭や妙な儀式が存在します。

ルーツを辿ると台湾からの流れを組んでいる儒教がベースなのですがいつの頃からか仏教や密教などが混ざり合い唯一無二のスタイルが出来上がった訳です

儀式には幻覚作用のある薬物(ガンジャや植物など)用い人為的にトランス状態を作り出し神を体に宿し恍惚を感じると言うやり方です。

祭の様子を撮影して暴行を受けたと言う話がありますがそれも現在法律で規制されている上記の幻覚剤の使用や閉鎖された島特有の近親結婚を繰り返した末の畸形などが記録され広まる事を嫌ってだと思われます。

そんな事から島の住民はカメラ、マスコミ等に過剰な反応を示すのです。

僕も卒論の取材中に何度か危ない目に合いました。

後、これは確認できなかったので僕の憶測ですが

>>108 の看板が立ち立入禁止になっている場所は埋葬場だと予測しています。

鳥葬の風習が残っている地域も有る様ですし

他にも・・・血が濃すぎるための畸形を神の使いとする地域も有り、神への捧げ物とされると言う話も有ったり。

集落でトラブルを起こし何だかの原因で始末された人間を隠したり

まぁ・・・ここら辺はあくまで憶測とか聞いた話ですので確認は出来ていません・・・。

興味が有る方も多く調べてみたいと思う方も居るかも知れません。

でも正直、これ以上は掘り下げないのが良いかな?と思います。

僕等から見て異様な光景でも彼等には受け継がれた文化ですから見ない知らない振りしておくのが一番です。

812 :名無しさん@十一周年:2010/09/19(日) 18:49:12 ID:4TJCDtnS0

秘祭「アカマタ・クロマタ」(豊年祭)は、男子の集団による「シンカ」と呼ばれる秘密結社的集団で執り行われる。

そのシンカは入団してからの年齢によっていくつかの階層に区分されるのだが、覚える祭りの歌や決まりごとはこの祭りに合わせた年に1回しか教えられず、メモも録音もできないのでその場で聴いて覚えないといけない厳しいものだという。

かつては入団の際にはそれまでの品行を問われ、島の意中の女性も告白しなくてはならず、不相応な女性ならダメ出しを食うなどというまさに血を分けた家族のような存在なのだそうだ。

アカマタ・クロマタは昭和30年代に撮影された写真があり、今でも2冊の本で
見ることができるが、その姿に一目ぼれしてしまった。

威厳と怖さに溢れ、まさに神の姿であった。

627 :名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 23:08:50 ID:Ekuzm5Le0

祭の内容見ると、やっぱ献上する赤ん坊を生む儀式&犠牲になってくれた
赤ん坊への鎮魂の儀って感じだな

http://www.webvanda.com/2010/08/post_31022839.html

明け方には2神が生まれたナビンドウと呼ばれる洞窟(シンカ以外の島民はその
場所も知らない。

丸1日かけてこの中で2神が生まれる儀式が執り行われるそうで、島民は雨戸を閉め、家の中で1日中忌み籠もるのだという)へ帰っていくのだが、

アカマタ・クロマタと島民の別れは、声を限りに涙にくれながら惜別の思いを歌う村人と、何度も振り返りながら消えていく2体の神、

見た人によると、この現代にこんな荘厳で幻想的な祭りがあるのかと、震えるような感動に包まれたという。

734 :名無しさん@十一周年:2010/09/19(日) 06:38:46 ID:15i/Z9a20

昭和時代の大衆雑誌には、半ばお約束のように
こういう話がいっぱい載っているよ。

805 :名無しさん@十一周年:2010/09/19(日) 18:02:11 ID:he1UONG30

日本の少子化対策に種付けの儀式を新設してはどうか?

祭りの時に、まず20代の未婚女性を子孫繁栄の為に、たとえ彼氏が居ても強制徴用。

神社の賽銭箱とか置いてある高台に全裸で観衆にあそこを向けて縛り上げて、両足を縛って上に伸ばして並べて吊るす。

そもそもこういう風習は一部のイケメンとかに女の人気が集中して男があふれるからある訳だから、童貞の未婚男性(年齢制限無し)を集めて、さらに人数が多すぎたら、女と付き合ったことがないやつ、より醜男、より臭い奴が選ばれる。

石段の下の広場で選りすぐりの童貞醜男が集まり、お清め前の一斉放尿による奉納をした後に、荒縄で両手を後ろでに縛られた全裸の女たちは V字バランス状態にされてわかめ酒を振る舞い男たちが列をなす。

そしてクライマックスでは石段の下の広場をしめ縄になんかお祓いの棒についてるような白い紙の束ついたもので囲んで観衆が囲み、その中で選りすぐりの童貞醜男が全裸で待ち構える。

女たちは両腕は縄で拘束されたままそこへ突き落とされて逃げ惑うがブ男たちがもみくちゃになって襲いかかる。

例え縄の外に逃げても観衆から突き戻される。

この儀式の見物は女人禁制。女が観衆に混じっていたら例えそれが金髪外人であろうとも全裸にされて広場へ放り出される。

こういうの良くない?

806 :名無しさん@十一周年:2010/09/19(日) 18:16:26 ID:uAsAObrM0

何この中1の妄想w


810 :名無しさん@十一周年:2010/09/19(日) 18:37:00 ID:kAp5lM6H
>>806
妄想でもない

ポリネシア系の習俗が八重山には渡ってきている
それは南方系土器の伝播などで傍証できる
それに性交を祭祀とする古代信仰は別段珍しいものでもない
アカマタ、クロマタは琉球王府の統治以前の信仰だ


238 :名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 11:52:55 ID:oVr1su960

そういや以前、この島へシーカヤックで遊びに行った30代の母親と10代の娘が行方不明になったな・・・
一緒に行ったガイドも行方不明 そのまま捜査も打ち切られた・・・

256 :名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 12:05:04 ID:leNq0J4g0
>>238
なんで行方不明になったのだろうな? もしかして現地警察もグルなんだろうか。


263 :名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 12:12:35 ID:oVr1su960
>>256
http://www.y-mainichi.co.jp/news/689/

手がかりが無かったから1週間くらいで打ち切ったんだって
1人乗りカヤックだけ見つかったと

消えたカヤックは2隻、消えたのはガイド1人と母娘2人
2人乗りカヤックは見つからなかった

253 :名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 12:01:14 ID:leNq0J4g0

これマジでやばい島なんじゃないか?

http://2chnull.info/r/tropical/1163308866/1-1001
パナリ島(新城島)ってどうYO


:名無しさん@天国に一番近い島:2006/11/23(木) 12:08:25 ID:Mtq5BB6G

私の親友は五年前の祭の際、興味本位で島に向かい島民に拉致され翌日の朝まで監禁されました。
その時、誓約書へのサインまで強要されました。以上、紛れも無い事実です。島の実行者は拉致、監禁、強要、脅迫の罪に
問われると思います。一発懲役確定ですな。

530:名無しさん@天国に一番近い島:2007/08/11(土) 13:13:26 ID:pEqYa0Wq

1970年以降、複数の部外者が豊年祭を見学後にパナリ内で行方不明となっているみたいですが、その点はどう説明されるのですか?

596:名無しさん@天国に一番近い島:2008/04/20(日) 15:33:06 ID:aXvII+ce

2004年だか2005年だかの夏に行方不明になっている客はどうなったんですか? 確かカヌーかなんかに乗って行方不明ってことになってましたよね


258 :名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 12:08:20 ID:oVr1su960

生きてたら、娘は今15歳くらい
種付け時ではあるな・・・

257 :名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 12:07:22 ID:1xCrZcVM0

>平成17年:上地島5人 下地島2人
>平成18年:上地島6人 下地島2人
>平成19年:上地島9人 下地島2人
>平成20年:上地島8人 下地島2人
>平成21年:上地島10人 下地島3人

平均年齢考えたら40歳まで若い男女なんだろ。


277 :名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 12:19:41 ID:oVr1su960
>>257
平成17年、2005年というとさっき言った母娘が行方不明になった年だな・・・

605 :名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 22:21:06 ID:apzodXA30

母娘行方不明以降、何故か島の人口が殖えているね


280 :名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 12:21:58 ID:leNq0J4g0>>277

あっホントだ あんたすごいな 
つか、それって監禁されて・・・・ということになるのか?
警察が踏み込めよ・・・・。


261 :名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 12:09:59 ID:0otTP23y0

今時ある訳ねえじゃんwww

634 :名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 23:35:30 ID:azUfGyGt0

民俗学の研究じゃよく聞くよ
島外から駐在所に家族連れで赴任した警官の記録とか
すべて立件することも可能だけどそれだと島民全員が云々って。

728 :名無しさん@十一周年:2010/09/19(日) 06:29:16 ID:he1UONG30

そこで生まれ育った女が同類と変態儀式してるならどうでもいいが、

島の外の都会から引越しして来た女の子が、突然島民が怪しい仮面とかかぶって取り囲む中、 高台で四つん這いにさせられて涙を流して叫びながら、ぶっさいくなゴリラみたいな体型の猿みたいな性欲の男にパンパン突かれてたら興奮するな。

逃げ出そうとしても、ドンドコドンドコ太鼓の音の中、無表情で無感情な島民が取り押さえて高台へと連れ戻される。

そして何人かの若者によるレイプが終わったあとにまんぐり返し状態で神輿に載せられてワッショイワッショイと神殿に連れてこられて鳥居にV字開脚状態の全裸で、精液を垂らしながら荒縄で縛って吊るされ、その下で島民がオバハンとかですら平然と芋煮会をする。

放心状態の娘が深夜の祭り終了時にようやく下ろされて、神社の中の開かずの間に入れられると、そこには1年早く同じ都会からここへ引越ししてきて、音信不通の行方不明になってた友達の少女がボテ腹で発狂して笑い続けている。


多分そんな神秘の祭りなんだろう。

737 :名無しさん@十一周年:2010/09/19(日) 06:47:14 ID:he1UONG30

アカマタ(股から赤い血を垂らしている。つまり処女)の信仰の為の儀式だから、
処女が選ばれる。

だが古くから居る島民はもう乱交夜這いしつくしていて処女がいない。

そこで若い衆の中で女騙すのが上手い奴が、都会で可愛い子を物色するという仕組み。

アカマタの巫女にされた少女の母親が必死で娘の消息を追って訪ねて回っても島民は皆しらを切る。

そしてある時、記者が謎の儀式の噂を聞いて、取材のために島で聞き込みするが、皆血が濃くて薄気味の悪い顔つきで よそ者を冷たくあしらい続ける。

一人だけ陽気で気さくに質問に答えてくれた、なぜか指の間に水かきがあって左右の目の色の違う農民が、ちょっとお参りに行ってくる。

と言うが島民じゃない人はダメだと同行を拒絶、

隠れて跡をつけると山奥で大声を上げても通らない奥地の神社にはいっていく。

そこで記者が覗いたのは、豹変した農民が少女をダッチワイフのように乱暴に足を掴み上げながら凶暴に腰を振りまくる姿だった。

驚愕した記者が裏手に回ると赤ん坊の鳴き声やら女の笑い声、すすり泣く声がいくつも聞こえる。

少し戸を開けてみると、この島にそぐわない整った顔立ちの美人、可愛いかったであろう真っ白な肌の少女たちが何人もそろって脱力して寝転んでうわ言を言っている。

その内一人がこっちを見つけ

「静かに!君たちを助けてあげるから!」

といっても

「うおああああぁぁぁ!!!」

と既に人語を忘れて叫び声を上げ、神社に鎌や鍬をもったたくさんの人影が忍び寄る。


764 :名無しさん@十一周年:2010/09/19(日) 09:25:57 ID:wbNvqeLZ0

村ぐるみで小学6年生の姉妹を数年間常習的に集団性暴行
http://www.chosunonline.com/article/20040919000028
未成年精神障害者の10代姉妹 村の老人グループに数年間強姦され続ける

これ思い出したな

64 :名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 10:17:58 ID:M0iRyq910

大正時代まで全国的にあったらしいぞ。


秋祭りの夜はフリーセックス=>5〜6月に生まれる。
人間の収穫。


107 :名無しさん@11倍満:2010/09/18(土) 10:40:34 ID:rfOqN35a0

江戸時代に農村等で行われていたヤツの名残だね。


324 :名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 13:13:58 ID:B57FBblw0

日本の田舎には江戸時代まで普通にあった慣習だよ


327 :名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 13:16:15 ID:pV1XbKvz0

離島レベルの隔離具合だとこういうのも残ってるのか。面白いね。

160 :名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 11:10:00 ID:Kyus9N6V0

祭りと言えば乱交という地方は昔多かったらしいな。
今じゃ、離島にしか残ってない日本の伝統の絶滅危惧種。
むしろ保護されるべき。

279 :名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 12:21:43 ID:IxTP7PTe0

キリスト教が入ってくる以前の欧州でもそういう祭りがあったんだよね。
後にサバトととして悪魔的行為として位置づけられた。


354 :名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 13:57:17 ID:GlCJiGQk0

こういうのはよその種を入れて血が濃くならないように
するのが主目的なんじゃないのか?夜伽とかと同じで。


361 :名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 14:12:19 ID:yAysof1uP
>>354
これはそうした風俗とは根本的に違う

祭の夜に降臨するのは神であり、その神が儀式として行う性行為

多くの島では演じるだけだが、今も実際に行われる島があったとしてもおかしくはない

天皇の大嘗祭における真床追衾も、実際に行われているのかどうかを知ることは難しい


383 :名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 14:45:09 ID:r37G5ytM0

明治時代始まったのが150年前くらい、江戸幕府が400年前だぞ
昔は外国だった上に僻地の離島なんだから妙な風習の名残くらい残ってるんしょ
今も続いてたとしても爺さん婆さんが当時の真似事やってるくらいだと思うよ


65 :名無しさん@十一周年:2010/09/18(土) 10:18:20 ID:z2MmBJ8N0

お前達に警告しておく

これ以上この島に関わるな
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1284771591/


36. 中川隆[2384] koaQ7Jey 2016年4月18日 10:55:11 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2470]

沖縄・奄美の民俗学&神話


60 :天之御名無主:03/07/12 08:02

奄美、沖縄の風葬のルーツはどこだろう?
まあ、ここら辺は鉄の腐食も、死体の腐敗も早く鳥につつかせる必要も無いと思うが。


62 :天之御名無主:03/07/15 02:03

南島雑話に、ユタの風葬の記述があるようだ。
奄美北部は島津の影響で早めに消えるが
与論辺りじゃいったん土葬し、その後洗骨し壷に納めたのかな?
変化はしてるが沖縄はうまく、亀甲墓に移行できたね。


66 :天之御名無主:03/12/03 02:34
>>62
奄美に住んでた。北部で早く消えたというが、名瀬市にある、俺の家ではやってたよ。
17年前。土葬して12年後に掘り起こし、その家の長女が洗骨して埋葬する。
風葬ってこのこと?
確か名瀬市ではわか家が最後。なくなったのは、条例で土葬禁止されたからだと思う。

75 :天之御名無主:04/06/22 05:04>>62
>>66
与論での話だが、観光客が多くなり土葬に変わったと聞かされた。
うちは埋めてから7年後くらいに納骨しなおした。現在でもやっているかはわかんない。


76 :天之御名無主:04/07/03 08:23

風葬は粟国で聞いたなぁ
お棺に入れて放置、鳥に頼るそうな。現在火葬だそうで。


77 :天之御名無主:04/07/15 05:25

風葬は1970年代までは確認されている。
1979年の久高島でのイザイホーのとき、芸術が爆発するバカが風葬場所を撮影するという冒涜を行って大問題になった。
つまり、当時はまだそこに人骨がおかれていたのだそうだ。


78 :天之御名無主:04/08/19 02:21

西表島古見・西表島高那(現在廃村)・小浜島・新城島・石垣島宮良で行われているアカマタ・クロマタの祭りはどういった祭りなのか知っている方いらっしゃいますか。
文献資料があまりありません。

やはり公にするのは憚られるような意味があるのでしょうか。


214 :天之御名無主:2010/04/23(金) 00:07:10

17年前に2回ほど石垣島宮良に見に行ったことがありますが、規制などは思ったよりは、緩いのですが、アカマタ、クロマタが来る時に、家の中に入っていないと、めちゃくちゃ怒られます
私は知り合いの家が在り、見れたのですが、一般の人が見るのは難しと思います。
祭り自体は、怖くはないのですが、アカマタ、クロマタは、草か葉っぱで覆われていて、意味のわからない言葉でその家々に言葉を残していきます、

アカマタクロマタに入っているのは、地元の青年団で、意味のわからない言葉も古くから伝わる言葉らしく、絶対教える事はできないらしく、地元の人もこの事自体あまり話したがりません、

特に地元青年団など、深く関わった人は一切話すことはタブーらしです、
祭りに対してのもともとの由来など、地元の人でもあまり解っていないと思いますが、厳しい掟などは守られているのは罰が当たったりとか、そうゆうことを恐れてではないかと思います。

県民性から言うと、お盆とか、しぃーみぃー(清明祭)などを大事にしているのと一緒だと思います。
私も6年石垣に居ましたが、 沖縄の人から(個人的には)見ると、石垣の人は変わっています。


154 :天之御名無主:2007/03/22(木) 09:34:22
>>78 宮良出身です。

・アカマタクロマタは夫婦。アカマタは農作業で日焼けして赤い。クロマタは炊事の時の煤で黒いらしい
・アカマタクロマタは、もともと宮良にあるものではなく、
明和の大津波の後、新城(?)から強制移住させられた人達が持ち込んだ風習らしい。
その大元の発祥については詳しく知らないけど、海賊避けのハッタリって話しも聞いた事ある

・あのお面は、ある家系が代々保管してる。
体の部分は神聖な意味を持つ、特定の種類の蔦を編んで作成。

他にも何かあれば、知ってる事なら答えるよ


121 :天之御名無主:05/01/12 15:39:36
>>78
アカマタ、クロマタが出る豊年祭はどこも撮影、録音などの記録がすべて禁止なので、資料として残りにくいかもしれない。
漏れは宮良のを見たけど、他の豊年祭とは雰囲気が違ってました。
アラグスクのは「内容を人に話してはいけない」そうです。

123 :天之御名無主:05/01/18 16:20:48
>>121
石原慎太郎の「秘祭」は、アラグスクの豊年祭ですよね。
アカマタ系の豊年祭には、何か近親相姦に関する意味合いがあるとか…

157 :天之御名無主:2007/04/30(月) 16:41:26
>>154
写真を撮ったり詳細を話すとタダではすまないというのは本当ですか?
もし本当なら、そこまでして隠さなければならない何かをしているんでしょうか?

159 :天之御名無主:2007/05/02(水) 21:56:16
>>157
そういう祭りは、日本中昔からどこにでもあるよ。
むしろ、外部の人間になんでも公開してしまう祭りの方が近現代に特殊な感覚の産物だろう。


160 :天之御名無主:2007/05/05(土) 23:15:28
>>154
なんで秘密なんですか?
なにか、倫理や法律に反することが行われるからですか?


163 :天之御名無主:2007/06/08(金) 05:55:43
>>157
「文化のなかの野性」(中島智著)にアカマタのことがくわしく書いてありました。
このひとは島に住み込んで沖縄民俗を調べていたようですが、ちょっと変わった見方をしていました。
参考までに。


186 :天之御名無主:2008/08/03(日) 12:02:41
>>157
今更だけど、アカマタ・クロマタについてついて詳しく知りたいなら、こういうの読んでみたら?

「沖縄民俗学の方法―民間の祭りと村落構造―」(比嘉政夫)
「沖縄民俗文化論―祭祀・信仰・御嶽―」(湧上元雄)

大学の図書館とか県立図書館にならあるかも?
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/min/1051345690


37. 中川隆[2385] koaQ7Jey 2016年4月18日 12:32:00 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2471]

土着信仰や風習に関する怖い話貼ってけ


111:本当にあった怖い名無し:2012/08/21(火) 22:15:22.40 ID:1AwEnXOY0

そういや沖縄の土葬ってこっちの土葬と違って
産めてから3年後にもう一度掘り出すんだってね

112:本当にあった怖い名無し:2012/08/21(火) 23:07:15.88 ID:lOYeC1G90
>>111
石垣島だろ。
この島では、埋葬後3年目に遺体を掘り出して洗骨する風習があった。

洗骨しないと次の死者が埋葬できないしきたりだったので、次の死者が出ると、埋めて数か月の生々しい遺体でも掘り起こし、包丁や鎌で腐乱した肉をそぎ落として、薄めた酒で骨を洗ったそうだ。

これらは、すべて島の女たちの役目。

女には、呪術的で神聖な力が宿っていると信じられていたんだね。

昭和の初め、この光景を目撃したことのある島の老翁が学者の聞きとり調査に応え、

「その残忍さと死臭は目をおおわんばかりに凄惨を極めた」

と語っている。


が、遺体を分断する風習は琉球に限らず、古くは日本各地にあったようだ。

目的は、主に悪霊祓い。

地方名を出すのは控えるが、

妊婦が分娩中に死亡すると、村の老婆が死亡した妊婦の腹を鎌で裂いて胎児を取り出し、妊婦と胎児をバラバラに裁断して葬る(地域によっては野山に撒く)ところもあった。

古代の日本では、物を斬り裂くことも、人間を葬ることも、同じく「ハフリ」と呼ばれた。

悪霊封じのために遺体を分断して埋めることは、 一種の宗教的儀式、あるいは呪術として広く行われていたらしい。

115:本当にあった怖い名無し:2012/08/22(水) 13:01:07.48 ID:h87uH8+M0
>>111
本島北部ですが、戦後数年はあったとのこと。

私が聞いた話では、三回忌や七回忌の年が重なる故人を、まとめて数名洗骨したそうです。あと、墓の骨壷密度からも、頻繁にはしなかったようです。三十三回忌が済んだお骨を、一つの壺にまとめるか何かして、洗骨、墓に納骨の流れだったような。

洗骨(風葬)を止める時には、三回忌じゃなくても洗って納骨したんですかね?


113:本当にあった怖い名無し:2012/08/22(水) 00:17:47.02 ID:V4OBIq7S0
かまいたちの風ハフリ波ハフリ(漢字失念)神社思い出した。

114:本当にあった怖い名無し:2012/08/22(水) 01:50:22.49 ID:8JWI3E9O0
>>113
神社の漢字は知らないが、「祟神記」に出てくる漢字は「波布理」。
その他、古文書には「屠り」「葬り」「散り」「祓り」などの文字が見られる。
これは、斬ること=葬ること(場合によっては撒き散らす)=悪霊を祓うこと、
という概念の表れなのかもしれない。

125:本当にあった怖い名無し:2012/08/28(火) 00:16:04.08 ID:XNF6Y/d70
>>114
「風はふり」は「風祝」じゃないかな。諏訪大社に存在した神職名。

116:本当にあった怖い名無し:2012/08/22(水) 17:41:11.68 ID:JV2PMZFe0

洗骨は今もやってる島があるよ。
島民の子に聞いたら、火葬の方が可哀そうなんだって。

与論島 洗骨 NHK でググれ。

118:本当にあった怖い名無し:2012/08/23(木) 19:39:55.01 ID:RmDA6Q7U0
>>116
そんじゃうちの会社の人って与論島の人だったのかな

実家で骨掘り起こさないといけないからっつって有給とって実家(沖縄)に1週間ばっかり戻ってたから

掘り起こすってどんな土葬だよとビビッたw

ちなみにうちの地方も普通の土葬やってる地域だわ

自分は新興住宅地の引っ越し組だから
最初地元の人にその話を聞いたときはにわかには信じられんかった

つか法律違反じゃね?と思った

ちなみに死体を埋葬する場所は内緒だから各地区の人しかしらんので
夜とか迂闊に知らない道を通ると急に卒塔婆ばっかりの場所に行き当たって怖い目に遭うw

卒塔婆行列も各地域でいろいろあるけど 一番びっくりした風習は

「その親族で一番若い(幼い)女の子が行列の先頭を裸足で歩く」って奴かな
http://inazumanews2.com/archives/19959433.html


沖縄の八重山諸島のA島は、K島とS島の二つの島からなる離島で、住民は両島を合わせてわずかに十数人に過ぎない過疎の島である。

この島は、古来より人魚を祀る島という伝説が残っており、人魚を守る神社や、神が通るとされる道が今でも信仰として生きている。

八重山諸島に伝わる御嶽信仰は神に仕える女性を中心に行われるもので、かってに神を拝むことも戒められている。


住民でも女性以外は、信仰のすべてを知ることができないという、極めて特殊な土俗信仰が生きるこの島でもっとも謎めいているのが、旧暦の6月に行われる「アカタマクロタマ」と呼ばれる奇祭である。

この祭りの期間、普段は過疎の島は村の出身者などが帰島してきて、滞在者は数百名あまりに膨れあがる。

同時に、島に血縁のある者以外はすべて上陸を禁止されるのだ。


この神を下ろす儀式の実態はまったく不明だが、おそらくは御嶽で神下ろしの儀式が行われ、かぶり物をした巫女が、神の依り代として村の中をめぐるようだ。
http://gekiyabaaa.blog.fc2.com/blog-entry-38.html

という事で、新城島の「秘祭」では

遺体を掘り出して解体・洗骨・再埋葬するのではなく

儀式で殺したばかりの女性や奇形の赤ちゃんを解体・再埋葬する

という事でしょうか。

人魚神社に祭られているのは儀式で殺した女性や奇形の赤ちゃんなのでしょう:

263 :名無しさん@天国に一番近い島:2015/06/09(火) 17:50:18.81 ID:uZN5nJC2.net

新城島(パナリ)の豊年祭「アカマタ・クロマタを生む儀式」


美しい女がナビン洞(洞窟)連れられて来る。

そこでザーシンカと呼ばれる男たちとアカマタ・クロマタを生むための儀式をする。

女は男たちと強制的に輪姦させられ、その儀式は丸1日行われる。

そして幻覚作用のある薬物でトランス状態になり、神を体に宿し恍惚を感じる。

さらに儀式では人魚の肉と称して、子供の肉を食べる。

島では近親相姦や近親婚で血が濃いため女児が多く産まれ、畸形の子やトラブルを起こした女が神への捧げ物にされた。

食べられた子供の頭蓋骨は人魚神社に奉納され、幾つもの頭蓋骨があるが立ち入り禁止になっている。

儀式の後、輪姦された女は全裸で縛られ神殿の鳥居に吊るされ、その下で島民が平然と飲み食いする。

洞窟で何が行われてるか調べた研究者は、島民に石で眼球を潰された。

これは新聞報道され、八重山警察署も事実と答えた。

豊年祭の儀式は、強制集団レイプ・近親相姦・人肉食・薬物乱用・暴行等、隠された秘祭である。


270 :名無しさん@天国に一番近い島:2015/10/01(木) 12:07:25.93 ID:Df8LvUm0.net
>>263
それでだいたい当たってる。
御嶽の先に行けないのは、多くの人骨が捨ててあるからだよ。
警察に通報すれば一発でアウトなんだけれど誰もやらないというwww
http://ikura.2ch.sc/test/read.cgi/tropical/1292412995/



38. 中川隆[2387] koaQ7Jey 2016年4月18日 15:20:01 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2473]

>女は男たちと強制的に輪姦させられ、その儀式は丸1日行われる。
>そして幻覚作用のある薬物でトランス状態になり、神を体に宿し恍惚を感じる。


>儀式には幻覚作用のある薬物(ガンジャ(マリファナ)や植物など)用い人為的にトランス状態を作り出し神を体に宿し恍惚を感じると言うやり方です。
>祭の様子を撮影して暴行を受けたと言う話がありますがそれも現在法律で規制されている上記の幻覚剤の使用や閉鎖された島特有の近親結婚を繰り返した末の畸形などが記録され広まる事を嫌ってだと思われます。

大麻を吸うとこうなる! [大麻講座その1・入門編]
https://www.youtube.com/watch?v=7AEzwat-LgM


女性には危険なトランス状態

白痴の同義語{大乗仏狂の坊主ども}と、門外漢の西洋心理学者=精神科医どもはサマタ(禅定)やヴィパッサナー(観法)で到達するのは、トランス状態=忘我状態とかヌカしとる。

トランス状態=忘我状態
http://gxc.google.com/gwt/x?client=ms-nttr_docomo-jp&guid=on&output=xhtml1_0&wsc=tc&wsi=d33c27b90ebf19df&u=http%3A%2F%2Fja.wikipedia.org/wiki/%25E5%25A4%2589%25E6%2580%25A7%25E6%2584%258F%25E8%25AD%2598%25E7%258A%25B6%25E6%2585%258B&ei=JcjUTNn3J47q7APav6zYCA&ct=pg1&whp=30


チャラリ〜 鼻から牛乳〜

精神科医どもは知りもせんことに首を突っ込む前に、一人でも精神疾患の患者さんを救ってみせろ。

日本の精神科医どもが、患者の治療に成功したことなんか、無いやんけ。
(;-_-)=3

西洋心理学者=精神科医どもの無能ぶりを暴く“サイクバスター”さん
http://blog.m.livedoor.jp/psyichbuster/?guid=ON&sso=e24514c42780de681f3b69635b018463c2b86b46

サマタで到達するんは、《サマーディ》の境地。
ヴィパッサナーで大事なんは《サティ》やけど、ヴィパッサナーは本来、色界を脱し〈無色界〉(悟りまでイーシャンテ)にまで上がった者しか修道したらアカン行法。

両方共、トランス状態とは全く別の境地に到達する行法や。

某府綾部市の阿呆や、未熟なスリランカ坊主どものように、サマタを廃してヴィパッサナーだけ修道するとかワケの解らんことするから、誰一人として上の境地に到達出来ひんのや。


トランス状態=忘我状態とは、変性意識状態のことで、{ウリは全知全能ニダ!}とか{ウリは全宇宙と一体になった聖者ニダ!}とかカンチガイし、理性も判断力も無くなった状態。ケモノ・モード。

別名、おバカ・モード。

薄暗い場所や暗い場所で音楽を演奏したり、シンキング・ボウル(印金)を演奏しながら瞑想(邪定)に耽ったり、リズミカルにマントラ(梵呪)やお題目(ご宝号)を唱えると、素人でも簡単にトランス状態に入れる。

或いはケミカルドラッグ(痲薬)をキメれば、トランス状態に入るんは簡単。(別名、ラリパッパ状態)

ライブ・ハウスやクラブに行くか、嗜好大麻解放団体のアジトに行けば、トランス状態に入った人間だらけや。

トランス状態そのものが悪いわけやないが、前述のようにトランス状態になると、理性も判断力も無くなる。
男は性獣化(チ○ポ猿化)するし、女性はこの状態で強姦されたり、輪姦されたりする。

ライブ・ハウスやクラブの便所で輪姦なんざ、日常茶飯事過ぎてニュースにもならんくらいや。


ホンで、華厳宗、(南山)律宗、臨済宗、曹洞宗の四宗派を除く大乗仏狂の宗派は、トランス状態に入る邪行を重視して実践する。

大乗仏狂の坊主どもの隠語で輪姦のことを{念仏講}て言うように、屍那畜でも腸賤半唐でも、また日本でも大乗仏狂の坊主どもは日常的に輪姦を繰り返しとった。

このように、女性にとってトランス状態とはとても危険なモノ。

当然、テーラ・ワーダ佛教(真正佛教)でも、トランス状態に入るミッチャー・サマタ(邪定)は厳禁や。


禁止されてへんのは、在家(一般人)がトランス音楽を演奏ないし聞くことだけや。
http://blog.livedoor.jp/vijaya-ghanja/tag/%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E7%8A%B6%E6%85%8B


大麻は麻の花首や葉を乾燥させて作る。麻という植物は、人類と深いかかわりがあった。麻の衣類は絹や獣の毛よりも古くから衣類に使用されてきた。また、強靭な繊維を持っているため、綱やロープなどにも使われてきた。横綱の真っ白な綱も麻である。


今、産業用に使われる麻は品種改良によって、陶酔成分が出ないような品種になっている。形状も大きく違う。

しかし、昔の麻の茎は、葉や花ほどではないが、陶酔成分が含まれていた。山伏は神社やお寺の前で護摩を炊いたが、この中にしめ縄を投げ入れた。縄は麻でできている。山伏はこの煙を吸ってトランス状態になったようだ。また巫女なども麻の煙を吸って陶酔状態になり、託宣を下したりしたようだ。


そういう意味では大麻は、人々の生活に深く結びついていたといえよう。
http://59s-hibikor.doorblog.jp/archives/20995762.html


マリファナ:最終セックスドラッグ

性的なマリファナ使用の起源は、初期の農業に伴う豊穣儀式に密接に結びついていた。

その肥沃を促すために、農民は空-神と地球女神の受精を儀式として再現した。それはセックスを通して行われた。後に儀式化され、王と配偶者の間で、または聖職者と尼僧の間で洗練されていった。大規模なお祭り騒ぎ(乱交パーティ?)。

大麻は通常、最も早く栽培されたうちの1つであると考えられ、強力な催淫効果(性欲促進)があり、これらの飲めや歌えのお祭り騒ぎの慣習が大麻を育て、使用した人の中で始まったことは本当らしい。したがって、古代人の最初の宗教行為の1つはpot fieldsでfuckingしていた。

古代の「大麻カルト」の起源は近東に由来し、小アジアの母権制社会でハシシの大規模使用が行われてきた。Semetic女神アシェラーの崇拝者たちは神聖な香として大麻を燃やし、大麻の聖油(モーゼと古代ユダヤ人の予言者と王によって使われた)を使用した。

聖書のSex&Loveでは、アシェラー(エホバの昔の妻)はセクシュアリティと豊かさを象徴する自然神であると言及されている。旧約聖書の一節にも、木の柱(カルト的な献身のオブジェクト)としてのアシェラーへの言及があり、これは明らかに、シヴァ神の寺院のヒンズー・リンガに似た男根のシンボル。

世界構築の描写としての古代の神と女神の一組のように、信者たちは一種の模倣の魔術として性的に結合し、彼らの種をフィールドにこぼした。酔わせるもの(麻酔剤)と「不-判別式」性行動の乱交パーティ?はこれらのカルトで重要な役割を果たした。

カルトのエキゾチックな特徴は、はるか古代の神秘的なルーツと非常に官能的な楽しみと共に魅力的なタイプの宗教的な経験をするために組み合わされた。近代社会のどんな寺院も、多くの信者を引きつける際の困難さに遭遇しないだろう。

ソロモン王が作ったといわれる古典的な聖書のエロチカ(雅歌4:8-14))にも大麻が出てくる。もっと露骨な性描写(雅歌5:4-6)では、アシェラーの娘と対応するアシュタルテの崇拝者も儀式セックスと大麻使用にしばしば関係した。そしてシュメールの女神の一組「イナンナ/イシュタル」への豊かさ賛歌も同様のもの。そのうえユダヤ人のq'aneh bosm(大麻)にも更に関係がある。

ソロモンの雅歌とイシュタルへの賛歌は、インドでまだ行われている性的な大麻儀式との類似を現している。プレヴェーダの「二輪戦車のフェスティバル」はプーリのJaganathカルトによってまだ実行されている。

英語の"juggernaut"「巨人」「絶対的な力」「圧倒的破壊力」は「Jaganath」から来ていて、その意味は式典で使われる二輪戦車の巨大なサイズに由来する。Jagannath(ジャガナート?)フェスティバルは部外者は立入禁止だけれども、ベールで覆われた一つが巨大なリンガ(ペニス)であると考えられている。大きな二輪戦車と取り巻きは、ソロモンのベッドとイシュタルの車両の行列に類似している。

Jagganathへのフェスティバル中に、寺院売春婦は「神-王の妻」の役割を果たし、季節の雨をもたらすために王(あるいは聖職者)とセックスをした。同様の役割は雅歌中の「シュラムの女」、およびシュメールの儀式ドラマの中で「イシュタル」を実行する尼僧によって引き受けられた。他の類似性はあらゆる点ですべての3本の儀式ドラマの服装倒錯の役割や、大麻使用のように起こる。


http://cocorofeel.exblog.jp/iv/detail/?s=9916936&i=200811%2F22%2F62%2Fb0086362_2271364.jpg


マリファナ使用は、シヴァ神とカーリーのヒンズータントラ崇拝の一部を作る。インドの儀式と大麻のエロチックな用法は、明らかにカナンで、そして地中海中で実行された。シヴァ神と大麻の強い関係は、神聖な作物をまき収穫する場合、信者がまだ払う厳密な遵守の中でプラントに関する彼の古代の神話の中でも明白に実証される。

カーリーとシヴァ神のタントラ崇拝者は、クンダリニーとして知られる中枢神経系エネルギーを刺激するために、彼らは千年紀の間そうやって、マリファナを吸う。そしてそれは性衝動に強い関連がある。

タントリックの実行は先史時代までさかのぼることができ、現代のタントリックに用いられるシンボルのいくつかは、西ヨーロッパから中国までの旧石器時代の洞穴(20.000年前)で見つかったものと類似している。カルトの必須要素が世界の主な宗教のどれよりも多分古いと思われるタントラ教の原始の特色である。

初期の豊穣信仰の信者はソロモンの時代により洗練されて、グノーシス派とタントラ信者の間で更に育った。人間がより哲学的になり、豊穣神崇拝儀式の神聖な結婚は二元的思考が廃止され、対象と物の結婚になり、信者は生命自体の初期の創造的な源と接触した。

グノーシス主義とタントラ教のケースでの大麻を使ったセックスとドラッグ儀式は、脳から背骨のつけ根に及ぶ中枢神経系の蛇行するエネルギーを上げることに集中した。この強力な性的なエネルギーは脊柱の上へ脳に上げることができ、逆さにされることができるということだった。松果体はこのエネルギーの主要なターゲットだった。

松果体は本能の席と考えられ、このパワーを呼び出すためにとてもよく作用する大麻の使用と同様、グノーシス主義とタントラ教の範囲内で、飲めや歌えの崇拝の多くを説明する性衝動の本能的な力の強い関係である。

As the turn of the century mystic Gnostic pot-head Aleister Crowley noted, "When you proved that God is merely a name for the sex instinct, it appears to me not far to the perception that the sex instinct is God."


http://cocorofeel.exblog.jp/iv/detail/?s=9916936&i=200811%2F22%2F62%2Fb0086362_2274086.jpg


Cannabis (drug)
http://www.reference.com/browse/wiki/Cannabis_%28drug%29


マリファナの歴史

大麻吸引の証拠は、現在ルーマニアの古代埋葬地での儀式の火桶で発見された炭になった大麻種に示されるように、新石器時代まで遡って紀元前10.000年ごろに始まったと考えられる。大麻の最も有名なユーザーは、インドとネパールの古代のヒンズー教徒で、ハーブはサンスクリット語のganjikaと呼ばれた。(現代のインド言語の大麻)ヴェーダで神聖な酔わせる幻覚剤として知られる古代の薬剤ソーマは時々、大麻と関係した。

大麻は古代アッシリア人にも知られて、アッシリア人はアーリア人を通してその精神状態を変える特性を発見した。若干の宗教的な式典でそれを使った。彼らは「qunubu」(「煙」を生じる方法を意味する)と呼んだ。現代の語『大麻』のつながりそうな起源。

大麻はアーリア人によって、スキタイ人とトラキア人/ダキア人にもたらされもした、シャーマン(煙/雲を歩く人)は、催眠(恍惚)状態を誘導するために大麻の花を焼いた。

ディオニュソス(トラキア(ブルガリア、ギリシャとトルコ)から始まったと思われる)のカルトのメンバーは、大麻の煙を吸入したとも考えられる。2003年に中国の北西部新疆維吾爾自治区で、大麻の葉の断片と種子でいっぱいの革製バスケットが、次に2500〜2.800才のミイラのシャーマンが発見された。

大麻は儀式使用の古代史を持ち、世界中の薬学カルトで見つかる。パジリク古墳群で発見された麻の種は、5〜2世紀BCEに起きたスキタイ人によって食べられた早い儀式習慣を示唆する。

何人かの歴史家と語原学者が、ヘブライ語qannabbos(大麻)とヘブライの句qenéの間の類似点により、大麻が宗教の聖礼として古代ユダヤ人および初期のキリスト教徒により使われたと主張する。それはまたたとえば、カランダルによるマムルーク朝人期間の早い時期に様々なスーフィー教の指示でイスラム教徒により使われた。


KANEH BOSM
http://www.cannabisculture.com/backissues/mayjune96/kanehbosm.html

モーゼとマリファナ、雲の中の神、神はハーブが欲しい、天使を食べること、変装したシャーマン、聖書の禁止令、ヘビを壊すこと、大麻とキリスト?・・・面白そうなタイトルがいっぱいあって余裕があるときに訳してみます。
http://cocorofeel.exblog.jp/9916936

大麻でトランス状態になり神託をしていた


伊勢神宮の「大麻(たいま・おおぬさ)」と呼ぶお神札(ふだ)や暦(こよみ)を奉製する年初めの祭典「大麻暦奉製始祭(たいまれきほうせいはじめさい)」が1月8日、神宮司庁頒布部(伊勢市中村町)内の斎場で行われた。


毎年伊勢神宮の「御用始め」となるこの日に行われる同祭は、大麻第1号に最初の奉製作業となる印を押す祭典で、1年間の奉製作業の安全と頒布が滞りなく行われるように祈願するもの。この日は、鷹司尚武大宮司を始め神職や職員と奉製員ら計約120人が参列し祭典を 見守った。

http://uramiharasu11.blog.fc2.com/img/1420775105_b.jpg/


「大麻(神宮大麻)」とは神棚などに祭る伊勢神宮の神札のこと。大麻には大きく分けて、神宮で直接授与する「授与大麻」と全国の神社に頒布される「頒布大麻」の2種類があり、頒布大麻の神号名には「天照皇大神宮(てんしょうこうたいじんぐう)」と書かれ、「皇大神宮御璽(ぎょじ)」の印が押されている。

「神宮暦」とは、「神宮大暦(たいれき)」と「神宮暦(小暦)」の2種類があり、科学的データに基づき天体・気象の詳細な情報、全国各地の神社の例祭日などを記載した暦・カレンダーのこと。

もともと大麻や暦は御師(おんし・おし)が全国に頒布していたものを、御師制度が廃止された1872年から神宮が同部での奉製・頒布を行い、 神社本庁を通じて全国各地の氏神を祭る神社に頒布され、そこから各家庭に届けられている。


http://uramiharasu11.blog.fc2.com/img/1420774966_b.jpg/

近年、さまざまな要因(住宅事情、格家族化など)が重なり、神棚を祭らない家庭が増えているため、頒布大麻の頒布数は微減を続けている。 一方、遷宮効果などの要因もあり伊勢神宮への参拝者数の増加とともに授与大麻も増加。さらに昨年は、神棚を受ける人が急増し追加奉製 したという(同部担当者)。

同部では1年間に、大麻954万体(大麻=900万体、中大麻=50万体、大大麻=4万体)、神宮暦7万7000部(小暦=7万部、大暦=7000部)を奉製し、9月17日に行われる「大麻暦頒布始祭」の後、全国に頒布する。奉製員らは作業開始のたびごとに潔斎(身を清める)し作業に臨む。

http://iseshima.keizai.biz/headline/2223/


福井県の鳥浜遺跡という1万年前の縄文時代の遺跡からは、大麻の種が発見されている。

食料や燃料に利用されたようだ。

まだ縄文土器の模様も麻縄でつけられたものらしく先史時代から日本人と麻は赤い関係にあった。

奈良時代は税金を大麻の布で支払うこともできた。
麻の布はそれほど貴重品と見られていたわけだ。

奈良県の当麻寺(たいまでら)は7世紀後半に創建された豪族・ 当麻(たいま)氏の氏寺であるが、 この当麻氏は大麻栽培に関わる豪族だったという。

昔から日本では神主が振る大幣には大麻の繊維が使用され、 秋の収穫祭で担ぐ神輿の上にも大麻の繊維が垂らされていたりと、 大麻には「悪を祓う力」があるとされてきた。

では「悪を祓う力」とは何か?

大麻を吸引する事による鎮痛、滋養強壮、疲労緩和作用だろう。

田舎の神社では御札には大麻が巻き込んであって、 疲れたときや腹痛に襲われたときには、火をつけてその「煙を吸って」いた。

現在でも浅草の浅草寺や川崎大師などでは本堂の前にもうもうと香を炊いており、その煙を頭や体にこすりつけては、 病気が治るというまじないを行っている信者たちの姿が見られる。

あれは昔は実際に境内で大麻を燃やし、その煙で信者を酔わせていた名残だという。

というのも、昔から日本では宗教と大麻は深い関係にあるからだ。

宗教と幻覚剤が結びつくのは世界的に見れば何ら珍しい事ではなく、 太古からシャーマンや僧侶、踊り子たちが 幻覚作用のある植物や茸を使ってトリップしていた。

そうして見た幻覚を「神のお告げ」として託宣していた。

アメリカ先住民のシャーマンはアヤワスカという飲料やサボテンのペヨーテから取った幻覚剤を使い、メキシコではマジックマッシュルームを宗教儀式や治療に用い、アマゾンのシャーマンはアヤワスカから作った幻覚剤を用い、アフリカでは幻覚成分を含むイボガを宗教儀式に用いた。


古代インドではシロシビンを含むキノコから作ったソーマという飲み物を飲んで霊感を得ていたという。

古代ギリシャでは毎年秋に、リゼルグ酸を含む麦角菌からくる幻覚作用によるエレウシスの秘儀が行われ、この狂騒状態の祭は1000年以上も続いていた。

インドの様々な煩悩を齎す根源である「マーラー」という悪霊の概念を輸入した際、 翻訳の上で中国で「鬼」(悪霊の事)という文字に「麻」をつくっつけた「魔」という文字を新たに作ったのも、 大麻を吸引する事で快楽が得られる事が知られていたためだろう。

日本でも『今昔物語集』の中でキノコを食べた途端多倖感に包まれ、 笑いが止まらなくなって踊りだすというエピソードがあり、
以後この茸はマイタケと呼ばれるようになったとあるが、 これは今日のマイタケではなく幻覚作用のあるワライタケと思われる。

山伏の修行にとっても大麻は欠かせない。

なぜなら彼らが祈りながら焚く「護摩」はもともとは大麻で、その煙を吸って意識変容をもたらし、宇宙の神秘を悟っていのだという。

これは密教僧たちにとっても同様であったろう。

いわば人類の歴史は幻覚剤とともに歩んできたもので、 それが後世作られたタブーで隠されているだけであるのだ。
http://uramiharasu11.blog.fc2.com/blog-entry-57.html


39. 中川隆[2388] koaQ7Jey 2016年4月18日 16:58:09 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2474]

>「祭りが始まる前に、御嶽に行って、ある物を取ってこないといけないんです。」

>ある物ってなんだろう?

>「それはマジで言えません!多分聞いたらひきますし…。ヤバいです。それ言ったら俺は殺されても文句言えないっすもん!」
http://yoshidaproject.com/toshidensetu-okaruto/58/

ある物っていうのはおそらく大麻の事でしょうね。

(赤ちゃんの遺体かもしれないですけど)

犯罪に加担させて他の人に秘密を話せない様にしているのですね。


40. 中川隆[2577] koaQ7Jey 2016年5月22日 20:43:35 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2838]

(参考)【日本奇習紀行シリーズ】


奇形児を食べていた日本の集落… おぞましい奇習とは?=山陰地方


 先日、大手メディアがアフリカ・タンザニアで古くから行われているという、アルビノ狩りについて報じていた。だが、実はこうしたある種の遺伝子異常や、奇形にまつわる儀式・奇習というのは海の向こうの出来事ではなく、我が国にも存在していた時期がある。


「そりゃあもうね、当時は大層珍重したものですよ。なにせ、見た目がああいう感じでしょう? それこそどんな奇形でも、有難がったものですよ」


 我々の取材に対してそう語りはじめたのは、かつて山陰地方のある海沿いの集落で暮らしていたという山鹿義美さん(仮名・78)。

山鹿さんの話によると、今を遡ること約70年前までは、当地に奇形を珍重する何とも不可思議な習慣が存在していたという。


「奇形がね、村に生まれると、まず、殺すんです。そう、赤ん坊のうちにね。

要はそれをね、みんなで食べるんですよ。薬になるもんだから。

知恵遅れも、手足の奇形も、真っ白なのも全部そう。
そういう子がね、生まれると、村は大騒ぎでしたよ」


 たしかに、古今東西、その見た目が奇異な印象を与える遺伝子異常や奇形の類というのは、珍重されてきた歴史がある。とりわけ、動植物については、その物珍しさから、不老長寿の秘薬とされたり、どんな病にも効く特効薬として認識されるなどしてきた。

効能は不確かであるものの、それを自らの体内に取り入れることで、何らかの効果を期待するという向きがあったのは事実だ。しかし、それがこと人間を対象としたものであるとなると、途端にオカルト的な臭いを放ち始める。


「生まれて奇形だってわかると、すぐにムシロをかけましてね、その上から石臼を乗せてね、大人が体重をかけて殺すんです。

それで死んでしまったら、そのままむしろごと藁縄で縛りましてね、井戸の中に吊るす。

でも、水には漬けちゃいけない。宙ぶらりんで吊るすんです。

それで7日間ばかし吊るしたあとで、今度は天日に干すんです。

 そこから2週間くらいですかね、生渇きになったら、鉈や何かでバラして、家格ごとに切り分けていくっていう。

この作業はね、村はずれの川っぺりに住んでて、四つ足の屠殺なんかをやっていた人らがね、金をもらって村人の代わりにやっていましたよ」


 山鹿さんの話によると、アルビノはもとより、手足の本数が異なる奇形、さらには今で言うところのダウン症まで、この地域で生まれた者は、すべて秘密裏に殺害され、“秘薬”として村人たちに振舞われていたという。


「とにかくね、なんにでも効く薬だっていう話でしたよ。

嫁さんが産気づくと精がつくからって煎じて飲ませたりね。年寄りが具合悪くなったら重湯に混ぜて飲ますとか。

本当に効果があるのかはね、わからないけれども、当時はみんなそうしたものです」


 無論、当時に比べ、格段に医学や生物学に関する知識が豊富となった今では、こうした奇形嗜食はなんら科学的な根拠を持たぬ迷信の類に過ぎない、なんともおぞましい行為として考えられることだろう。しかし、ミイラ薬や胎盤食など、非科学的な類似行為が全世界に存在しているのもまた事実だ。その奇異な外見が抱かせる神秘的な特徴に魅せられる人々は、洋の東西を問わず、いつの時代も存在しているのである。
(取材・文=戸叶和男)
http://tocana.jp/2016/04/post_9153_entry.html


41. 中川隆[6396] koaQ7Jey 2017年1月28日 10:58:35 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[6848]

NO.2909153 2013/10/27 07:00

新城島の儀式ってなに?
詳細を知っている人は教えて下さい

#26 2013/11/07 16:10

キチ害によるキチGUYの為のキチガイ染みた宗教的な儀式w

キチガイ島民が多いからこんなキチガイ伝統行事が今だに残ってるんだなw
こんな島が近場にあるエーマンチュは恥ずかしいよw


#22 2013/10/31 02:48

乱交パーティーだろ。


#1 2013/10/28 07:20

誰にも言うな

生け贄だよ…


#2 2013/10/28 09:19

雄山羊の頭を被るやつ?


#3 2013/10/28 09:44

全裸の女を縛り付けて、鶏の血をぶっかけるの?


#4 2013/10/28 10:34

誰にも言わない事を約束して下さい。
絶対に誰にもです 誰にも・・・・・・

先ず、ヤモリの黒焼きと山羊の睾丸、水牛の角、 豚の脳ミソと米、塩、酒を神に捧げます。
そして、初潮を迎えた娘を全裸にして柱に縛り付け、神に仕える者が神降ろしをします。
処女の娘が米を噛んで吐き出したのを発酵させて作った米噛み酒を回し飲みし、トランス状態になりながら祭りは三日三晩続けられます。
種の保存の名の下、乱交が繰り広げられ、産まれた子は島の宝として大切に育てられ、将来は島の長として島を治めます。


といった事実は有りません。チャンチャン!(笑)


#13 2013/10/29 00:12

丑三つ時の月夜の晩にヤモリとバラを蝋燭で焼いて潰して粉にしてスプーン一杯舐めるのさぁ

そして呪文を唱えれば
世にも不思議な……になるよ〜

#16 2013/10/29 09:21
>>13
ホロレチュチュパレロチュチュ何でも願いが叶っちゃうホロレチュチュパレロチュチュ大人の知らない不思議な言葉


ウフッ
http://bakusai.com/thr_res/acode=11/ctgid=104/bid=6/tid=2909153/



42. 中川隆[-7981] koaQ7Jey 2017年4月28日 16:03:57 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

因みに、沖縄の離島でなくても田舎の人間は子供の頃から平気でこういう性犯罪を日常的に行っているのですね:


中学で一番の美少女に毎朝精液を飲ませていた旭川女子中学生校内集団レイプ事件
http://www.asyura2.com/13/lunchbreak53/msg/738.html


[32初期非表示理由]:担当:アラシ

43. 中川隆[-7968] koaQ7Jey 2017年4月30日 12:57:51 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

阿修羅管理人に投稿・コメント禁止にされましたので、本日をもってこのスレは閉鎖します

44. 中川隆[-7893] koaQ7Jey 2017年5月01日 08:41:16 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

参考に、僕が阿修羅原発板で反原発派の嘘とデマを明らかにした為に、阿修羅で投稿・コメント禁止にされた経緯を纏めました:

これが阿修羅に巣食う電通工作員
http://www.asyura2.com/11/kanri20/msg/603.html#c73


45. 中川隆[-5821] koaQ7Jey 2018年1月12日 14:15:50 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]


撮影禁止の看板が埋め尽くす秘祭「アカマタ・クロマタ」。石垣島で私が見たものは...
2017年08月08日安藤健二 ハフポスト日本版ニュースエディター / 「知られざる世界」担当
http://www.huffingtonpost.jp/kenji-ando/post_15561_b_17699150.html


8月4日、人通りの少ない寂しげな集落の至るところに異様な看板が並んでいた。

「スマートホン ビデオ 写真 携帯電話 撮影録音禁止」と荒々しい筆致で書かれているが、何が撮影禁止なのかは一切書かれていない。

ここは沖縄県。リゾート地としても有名な石垣島の一角にある宮良(みやら)地区だ。これから数時間後に「アカマタ・クロマタ」と呼ばれる神々が出現する秘祭が行われる。その神々の姿を写すことは、犯してはならない絶対のタブーだ。この地域で撮影された「アカマタ・クロマタ」の写真を私は一度も見たことがない。

私は背筋にゾクゾクするものを感じた。


■「撮ったら命の保証ない」と言われる秘祭とは?

私達は、インターネットが世界の津々浦々まで普及した世界に生きている。この世で起きているあらゆる事象は、写真や動画で記録され、いつでも追体験できるような気分にさえなる。

だが、「アカマタ・クロマタ」は違う。沖縄県の八重山諸島で1年に1回、旧暦の6月に行われる祭祀で、200年以上前から連綿と続いているが、集落の人間以外は見ることすら困難な秘祭だ。異界から出現した「アカマタ」と「クロマタ」と呼ばれる来訪神が集落を訪れ、五穀豊穣を祈るという内容だ。後に東京都知事になった石原慎太郎は、この祭祀をモデルに1984年に『秘祭』という小説を発表している。

現在は4カ所で実施。発祥地と言われる西表(いりおもて)島の古見(こみ)のほか、新城(あらぐすく)島の上地、小浜島、石垣島の宮良(みやら)だ。

map

宮良高弘「八重山群島における秘密結社について」より。「民族学研究」1962年12月号より

多くの地域では祭りの期間は立入禁止。部外者は見学すらできないと言われている。資料を漁ったが、50年以上前の不鮮明なモノクロ写真しか確認できなかった。民俗学者の宮良高弘さんが1960年に西表島・古見で、経済社会学者の住谷一彦さんが1963年に新城島・上地で撮影している。

しかし、小浜島と石垣島・宮良に至っては1枚の写真も見つからなかった。

映画監督の北村皆雄さんは1972年、西表島・古見でアカマタ・クロマタのドキュメンタリー映画を撮影しようとしたが「勝手な真似をしたらぶっ殺す!」と住民の強硬な反対に遭い、断念した。


祭り初日の夜中だった。小学校の教室を借りて寝ていると、突然、私は青年5、6名に外に呼び出され、ぐるりと取り囲まれた。外から帰ってきた青年もいるようだ。腰に鎌をさしている者もいる。彼らは私たちが村に進呈した酒を突っ返し、「アカマタはお前らに撮らせない。勝手な真似をしたらぶっ殺す!」「この祭りは自分たちが何をしても罪にならない」と、凄んだ。研究者や新聞記者、カメラマンが、海にたたき込まれたり、姿を消したなどという噂話が、脳裏によぎった。

(『見る、撮る、見せるアジア・アフリカ!』新宿書房)

私はもともと、日本の離島の奇祭を見るのが好きだった。2016年の夏には、鹿児島県の薩摩硫黄島を訪ね、

仮面神「メンドン」
http://www.huffingtonpost.jp/2016/08/31/mendon-live_n_11807348.html


をFacebook上でライブ中継をしたこともあった。


その情報収集をする過程でアカマタ・クロマタも知ったのだが、ネット上では「撮ったら命の保証ない」「撮影した人が袋だたきにあった」などの物騒な噂が並んでいた。

実際に1968年7月には暴行事件すら起きている。同年8月17日付の八重山毎日新聞によると、新城島のアカマタ・クロマタを覗き見た波照間(はてるま)島の青年が暴行を受けた。親族が「殴られたショックで精神障害になった」になったと訴え出たことで、八重山署が集団暴行の疑いで捜査したという。

yae

1968年8月17日付けの八重山毎日新聞

下手なことをしたら殺されるかもしれない......。怖い気持ちはあったが「ここまで撮影されるとことを拒む祭りとはどんな物か」と興味はわき上がる一方だった。

アカマタ・クロマタが出現する4カ所のうち3カ所は、祭祀中に限って部外者は立入禁止。だが石垣島・宮良に限っては「絶対に撮影録音するな」という条件はつくが、部外者で見た人がいるようだ。私は好奇心に勝てず、石垣島に飛んだ。


■撮影禁止の理由を尋ねると...


日中は静けさに包まれていた石垣島の宮良地区(8月4日撮影)

エメラルドブルーに輝くサンゴ礁の海岸を越えて、琉球エアーコミューターのプロペラ機は新石垣空港に到着した。宮良地区は、そこからレンタカーを走らせることわずか10分ほどで到着した。サトウキビ畑に囲まれた閑静な住宅街の上を飛行機が飛んでいくのが見えた。

8月4日、集落内の食堂の夫妻に話を聞いたところ「撮影禁止だが見るのは大丈夫。時間は、はっきりしていないが日が暮れてから出る。撮影禁止の禁を破った人は、昔は杖でたたかれたり、カメラを壊されたりしたこともあったようだ」と気さくに答えてくれた。撮影禁止の理由は「昔からそう決まってるから」とだけ。詳しくは教えてくれなかった。

午後6時すぎ、夕闇が迫る中、宮良小学校の近隣にある広場に向かった。手荷物検査があるという噂もあり、あえてスマートフォンもデジカメも持たずに手ぶらで行ったのだが、広場にはノーチェックで入れた。すでに200〜300人が集まっていた。見た感じ、観光客は少なく、見物人の多くも地元民や帰省者ばかりのようだった。

豊年祭の2日目にあたるこの日、この場所にアカマタ・クロマタが出現するらしい。広場の中にも、あちこちに撮影禁止の看板が掲げられていた。受付にいた自治会長にそれとなく「撮影禁止の理由は?」と聞くと、厳しい目つきで「公開されてないから!」と一喝された。

午後7時を少しすぎたころ、先ほどの自治会長のあいさつで豊年祭が始まった。「宮良の産物はサトウキビを主として畜産などを...」と農業主体の集落であることを示した。そして「今年の収穫を祝い、来年の豊穣を期して二ーロー神(アカマタ・クロマタのこと)を呼びます」「神ごとでありますことから、一切の撮影を禁止します」と宣言した。

そのあと石垣市長、地元のJA会長、精糖会社の社長の演説が続いた。かつては集落のみの秘祭だったから、当日は「治外法権」と言われるほどの厳重な交通規制が引かれていた。そのため、周辺地域との摩擦もあったという。地元の有力者が公認する祭礼であることを強くアピールする背景にはそうした事情があるのかもしれない。しかし、私は早くアカマタ・クロマタの姿が見たいと気が焦るばかり。演説の内容に身が入らなかった。

30分ほど経っただろうか。すでに日は落ち、黄昏時になっていた。広場の向こうにあるサトウキビ畑の向こうから法被のような民族衣装を来た人々が来て広場を埋め尽くした。100人以上はいるだろうか。やがて「ドンドンドン、ドンドンドン」と太鼓の音が大きくなってきた。そして、高く掲げた旗印とともに、異様な怪物のような姿をした巨体が広場に近づいてくるのが見えた。

「変なのがいるー!」と幼児が叫ぶ声が聞こえた。「変なのじゃなくて神様よ」と母親らしき人がたしなめていた。

異界から1年ぶりに、アカマタとクロマタが来訪したのだ。


■怖いけどユーモラスな巨神

彼らの姿は一言で形容すると、顔と手足がついた巨大なパイナップルだ。スマートフォン向けゲーム「ポケモンGO」に出てくる

モンスター「ナッシー」
http://www.pokemon.jp/zukan/detail/103.html

から、3つある顔を1つにした感じとも言える。

ツル草のような物で覆われた丸い胴体に、パンクロッカーのようなツンツンとした髪の毛のようなネギ状の草が生えている。身長は人の背丈よりも、はるかに高く2.5メートルくらいはありそうだ。赤い面をかぶっているのがアカマタ。ヒゲが生えているから男の神だという。黒い面をかぶっているのがクロマタで、こちらは女の神だ。

顔は細長く、丸い目がキラキラと反射で光った。口さけ女のように頬の方まで裂けた口には歯が剥き出しになっていた。鬼のような形相ではあるが、ユーモラスな姿だとも感じた。

法被のような姿の100人近い人々が、太鼓を叩きながらアカペラを歌って舞い踊る。短いフレーズのループで、トリップ状態に入るのが目的だろう。その中心で、アカマタ・クロマタは両手に2本の棒を持って、体を揺らして踊っている。これが何百年と変わらずに続いている祭祀なのかと思うと、感慨深かった。この歌詞は現地では聴き取れなかったが、資料によると以下のような内容らしい。


オボヨモチィオールン(大世持が来臨になった)
ピィロヨモチィ オールン(広世持が来臨になった)
トゥトゥシユオーラバ(毎年お迎えして)
ウガミシィディラ(拝みましょう)

(「宮良村史」宮良公民館発行)


周囲はますます暗くなり、アカマタ・クロマタの姿は闇に溶けて行った。満月に近い月が煌々と広場を照らしていた。30分ほどで踊りが終わった。「これで豊年祭は終わりです、このあとは集落の行事になるので、部外者は帰ってください」と、そっけないアナウンスが流れた。

このあと、アカマタ・クロマタは集落の各家を回るのだ。「帰ってくれ」と言われても、どうしても気になる。同じ民宿に泊まっている山形県の男性とスイス人のカップル、それと民俗学を学んでいる学生らと一緒にアカマタ・クロマタを追いかけた。

しかし、アカマタ・クロマタの付き人からは「ここは通れない」と、杖で通行路を塞がれた。かすかに聞こえる太鼓の音を頼りに、街灯が消えた集落を、回り道を重ねた。やっとの思いで追いつくと、民家の庭先でアカマタ・クロマタが先ほどの歌と太鼓の伴奏に合わせて体を揺らして踊っていた。各家では付き人のためにお酒や飲み物を用意して待っている。付き人は何十人もいて、先導役や通行禁止役、伴奏役など分担が分かれているように見える。

あるとき、電子音のメロディーが見物人の一角から上がった。付き人が「携帯電話を切って!」と大声で叫んだ。携帯電話でアカマタ・クロマタが撮影されるのを恐れてのことだろう。撮影禁止のタブーはしっかり生きているようだ。

10軒近く回っただろうか。付き人の一人から「見るなら隣の家で待ってな」と言われた。次の家での庭先で待っていると、間近でアカマタ・クロマタを見ることができた。真珠貝のようなまん丸に光る目と口まで裂けた口が印象的だった。


■テクノロジーに記録されることを拒む背景は?

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石垣島の宮良地区に隣接した白保地区の海岸

神様たちの家庭訪問は、夜通し続くという。私は夜9時半ごろに宿泊先の民宿へ徒歩で帰った。月明かりが照らす国道を歩きながら、私は「禁断の秘祭をついに見れた...」と、穏やかな高揚感に包まれていた。

アカマタ・クロマタとは何の神なのか。公民館長は「ニーロー神」と呼んでいたが、宮良地区ではこちらが正式名称のようだ。「石垣市史 各論篇 民俗下」などの資料によると、ニーローとは、底が分からないほど深い穴を意味する。地の底にあるとも、海の彼方の島にあるとも言われる異界「ニライカナイ」のことを指しているという。

沖縄地方では稲作は2期作で、一度目の収穫は7〜8月と早い。この収穫を終えた時期に村人に五穀豊穣の恵みを授けるために、異界「ニライカナイ」からアカマタ・クロマタは集落に出現するのだ。

アカマタ・クロマタは、一説にはパプアニューギニア周辺の仮面神とも共通する特徴があることから、南太平洋から伝わったとも言われている。八重山諸島の他の地域の神々とは全く異なるからだ。そのため、18世紀には琉球王朝から「異様な服装で神の真似をするなどけしからん」と禁令が出たが、各集落では禁令を破って脈々と祭礼を続けてきた。1986年に発行された「宮良村史」には次のように書かれている。


王府の政策により、村人の祭事は役人の厳しい統制のもとにおかれることとなった。このようにして信仰行事は抑圧されたが、素朴な農民たちは夜間役人の目を逃れ、神の恵みを信じ、来夏世の豊穣を祈願して生産に励んできたのであった。

(「宮良村史」宮良公民館発行)


禁令を破って続けたことや、他の地域と全く違う神ということで偏見や差別もあったはずだ。集落以外には門外不出の祭りになった背景には、こうした経緯も関係しているのだろう。

ただ、21世紀になった現在も神々の姿を撮影禁止にして年に1回だけ、その場にいる人だけが姿を見ることができることになったのは、集落の存続を計る狙いもありそうだ。前述の映画監督の北村皆雄さんは、西表島・古見の住人がアカマタ・クロマタの撮影に反対した理由を、沖縄大学のシンポジウムで次のように振り返った。


「何で撮影してはいけないのかという問いに対して、島の人たちは、アカマタ・クロマタ・シロマタの聖なる姿を撮るということは、神を汚すことになるんだと、年に一度しか訪れない神さまがフィルムに納められたらいつでもどこでも見られることになって、祭りをやることの意味がなくなってしまうのではないかと言われる。

そうなった時はもう祭りをしに帰ってきた人たちも村のことを忘れてしまうんだと。

だから村を存続させるためにも、この祭りを秘密の中に置いておかなければならないんだというようなことを、村の人からも村から出ていった人も口々におっしゃるわけです」(『見る、撮る、見せるアジア・アフリカ!』新宿書房)


年に一回、特定の場所にいる人しか見ることができないアカマタ・クロマタ。それはインターネットが世界を覆い尽くす情報化社会に対する離島のコミュニティの逆襲かもしれない。

石垣島の熱帯夜、アカマタ・クロマタと目が合った瞬間を今でもありありと思い返す。

彼らは、こんなことを私に語りかけていたのかもしれない。

「お前らはテクノロジーとかいうもので、俺らをコピーしようとしているがそうは行かない。俺らはこの瞬間、この村にしかいないのだ!」

miyara222

旅客機が「撮影禁止」の看板の上を飛んでいった
http://www.huffingtonpost.jp/kenji-ando/post_15561_b_17699150.html

[12初期非表示理由]:管理人:混乱したコメント多数により全部処理

46. 中川隆[-5484] koaQ7Jey 2018年3月08日 19:26:23 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

【危険】パナリ(新城)島【タブー】

276名無しさん@天国に一番近い島2016/08/13(土) 05:15:11.36ID:Ic6FmCqs

英語文献で見ると結構詳しく書いてあるのね。

https://books.google.co.jp/books?id=-Rhy_9p9BZQC&pg=PA389&lpg=PA389&dq=akamata-kuromata&source=bl&ots=7XKDkKnwAC&sig=yjZrpegyCXL-C52NJfRlGbFWo4Y&hl=en&sa=X&redir_esc=y#v=onepage&q=akamata-kuromata&f=false

まあ、要は男どもを年齢別に分けて、薬やって乱交するって事だろう。
流石に薬や乱交の事は文献には書いてないがwww

でも、秘密結社とやらの年齢別構成も書いてあるし、
英語ならばれないから研究者もガンガン英語で書いてんだなwww
https://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/tropical/1292412995/


47. 中川隆[-10927] koaQ7Jey 2018年4月22日 06:55:31 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-11770]
2011年02月01日
縄文探求シリーズ【縄文時代のまつり】 その充足パワーで超集団=社会を統合
http://web.joumon.jp.net/blog/2011/02/1192.html

大湯環状列石
 
・「祭り」ということばには、踊ったり騒いだりすることのほかに、神・精霊を祀る、マツリゴトをする、さらには男女が交わるという意味もあります。縄文時代の祭りとは、それらを包摂したまつりの起源ともいうべきものです。縄文人は何のために、どんなまつりをしていたのでしょうか?
 
・単一集団で暮らしていた当初段階と、人口が増加し集団が拡大・分化していく中期以降では、まつりの意味も様相も大きく変わっていきます。その様子を追っていきます。
 


 
●単一集団内の日常的なまつり


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図:祭祀に使われたと思われる道具の数々(日本第四起学会偏「図解・日本の人類遺跡」より)

  
・人類は、縄文時代の前期あたりまでは30人程度の集団で生活し、それが世界のすべてでした。

・そこでのまつりは、歩行訓練の延長上に生まれた踊り→トランス状態、そして性(男女の和合)。その過程で強化した精霊への祈りでした。そのような解脱充足と可能性収束先があったからこそ、人類は飢えの圧力に晒されながらも生き延びることができたのです。
  
 
●豊かになり、死を対象化しはじめた土偶祭祀


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図:縄文時代を通じて祭祀に使われた土偶たち(日本第四起学会偏「図解・日本の人類遺跡」より)
 
・精霊信仰→観念進化によって、生存力を強化し、日本列島において定住・狩猟採集をはじめたのが初期の縄文人です。飢えの圧力が緩和されると、次なる不全として死(の悲しみ)が登場します。その不全を克服すべく、精霊への祈りを強化するために土偶を使った祭祀が行われました。
 
  
●単位集団を超えて男・女が交わるまつりへ
 

図:大湯環状列石(秋田県) BBっといー東北についてより
 
・縄文の中期ごろになると温暖化とともに人口増加→集団規模を拡大させ→分化していきます。
 
・縄張り確保や生産の協働、出産可能な女性を維持するための移籍など、部族の維持存続のため、単位集団間の結束力(求心力)を高めることが必要でした。

 
・そこで用いたのが、集団間の婚姻制(交叉婚)です。
定期的に男たちが他集団を訪れて、女たちと交わり合います。
性という根底的な充足と婚姻規範によって集団の結束力を維持しようとしたのです。

 
・これは集団の存亡が懸かった重要な行為であり、厳格に運用する必要があります。その資格や相手を明らかにするしるしとして登場したのが抜歯だと思われます。そこには肉体的苦痛を伴う強力な共認形成を図る意味もあったでしょう。


図:抜歯の風習 街角散歩さんより
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・一方で、その解脱充足性をより高めるためにさまざまな儀式や行動様式、場のしつらえなどが工夫されていきました。
 
・その痕跡を今に伝えるのが環状集落や環状列石です。
 
・まずは集落の中心に広場や墓域がつくられます。さらに集団が拡大・分化すると、集落から離れた領域に集いのための領域=環状列石がつくられます。そこでは、精霊や祖霊に祈りをささげる儀式や踊り、クライマックスは男たち・女たちの交わりあいが行われたと考えられます。
 
・環状列石や送りの場と言われる場に付随して置かれるのが掘立柱建物です。これは居住に用いたものではありません。そこでの儀式に必要だったのです。そこで行われたのが、男女の和合だったのではないでしょうか。和合に没頭できる安全域を形成したのです。

 
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図:三内丸山の掘立柱建物(復元) zhangshiさんのフォトライフさんより

 
・そのような非日常的なまつり場の代表的なものが下の3つの遺跡。
左から大湯遺跡(秋田)、大野遺跡(長野)、西田遺跡(岩手)
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縄文時代における墓の変遷と祭り・親族・地域より
 
・まつり場と性の関係を指摘する研究者は多い。その代表が梅原猛氏。
 


あの細長い石を横に放射状に並べ、その真ん中に直立する細長い石を置いた形は明らかに男女の性器の結合の姿を示している。


ストーンサークルは、そういう縄文人の生と死の哲学を見事に造形的に示したものであるといえる。
 
大集落は中期の末に姿を消し、その後は小規模な集落が増えて行きます。これは大集落が分散して、小集落化したことを示すと考えられ、その原因は気候の寒冷化による食料の減少、ムラが大きくなり過ぎたことによる環境衛生・社会面での破錠、であると推定される。この頃から環状列石等の大規模な記念物が出現するのです。
 
分散した集団は祭りのときに一堂に集まり、一族の絆を確かめ合っていたようです。環状列石の祭りの舞台であり、大規模な土木工事を行なってまで築かれた、彼等の絆・心の形として示した記念物なのです。
 
人が死んだ後、魂が死骸から抜け出てあの世へ行くが、ストーンサークルはセックスの行為を示したのではないかと思う。縄文時代の遺跡にはセックスを象徴しているものが沢山あるが、ストーンサークルは、まさに男性器と女性器が結合している状態を表している。即ち生産を表しているのではないかと思う。
 
死という行為で、一旦あの世へ行った魂が再びセックスによって、子供を作って、この世に生まれ代わってくるようにいう、死と生の象徴、死という事実の中で、やはり再生を願う縄文人たちの心が、ストーンサークルになったのだと思う。
 
そして、ストーンサークルの周辺の土は、非常に固くなっており、何度も何度も踏み固められたとしか思えないという説を聞いた事があるが、恐らく、縄文人は魂を迎えたり、送ったりする時に、ストーンサークルの広場で、カガリ火を焚き、踊りを踊ったに違いない。それが恐らく、縄文の宗教だったのであろう。

東北の遺跡ストーンサークルさんより
  
・ストーンサークルには踊りを踊ったと思われる痕跡も見出せるのです。
 
 
●充足を基盤に大集団を統合した縄文人
  
・縄文のまつりは、日常的な性や踊り、精霊への祈りといった行為を基盤として、単一集団の日常的な営みにから、単位集団を超えた非日常的な営みへと発展していきました。集団の拡大は共認充足の低下を伴います。これは現代社会にも通じる肥大社会の宿命でもあります。
 
・縄文人は、ともすれば薄れていく集団関係を性・踊りや精霊・祖霊にまつわる充足感・仲間意識を紐帯として、拡大していく“社会”を結束させていきます。
  
・遠方からの遺跡(婚姻)の形跡などからもその結束力は日常行動圏を超えた相当広範囲に至っていたことがうかがえます。
   
   
●現代社会も充足を基盤にした社会統合が求められている
   
・翻って、現代。私権と個人主義が集団性を悉く解体され、バラバラで孤独な個人ばかりが存在している。現代社会は、ひとびとの充足力→結束力が衰弱し、新たな紐帯としてのまつり場が求められています。
  
・そのためには、家族や企業という単位集団を超えた“社会”の次元での充足の場が必要。そのような場がいまネットに形成されようとしています。
  
・ただ、それだけでは成立しません。基盤となる単位集団(の再生)→日常的(対面上・肉体的)な充足基盤も同時に必要です。
  
・その維持・発展という目的意識が「社会」への参加を促進するのではないでしょうか。つまり、身近な単位集団の再生と社会のまつり場の再生は相乗的に再生されていくのです。
http://web.joumon.jp.net/blog/2011/02/1192.html


48. 中川隆[-10924] koaQ7Jey 2018年4月22日 06:57:55 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-11770]
2007年04月10日 日本の婚姻通史
http://www.jinruisi.net/blog/2007/04/000156.html

出自規則の転換要因のマードック説
http://www.jinruisi.net/blog/2007/04/000153.html

は大変面白かったです。このあたりを検証する意味でも、日本の婚姻史は参考になります。というのも世界の中でも日本は、群婚から母系氏族、そして父系制にダイナミックに転換した歴史が精緻に追跡できる、非常に希で興味深い民族だからです。どのようにして転換していったのか、シリーズでレポートしたいと思います。

今日は婚姻通史を示します。
参照:高群逸枝著『日本婚姻史』


原始(無土器・縄文)・族内婚―――――――┬―【群婚】群
原始(縄文・弥生)・・・族外婚―――――――┘       母系氏族
 ↓
大和〔古墳〕・・・・・・妻問婚 ――――┬―【対偶婚】父系母所
飛鳥奈良平安(初)・前婿取婚 ――┬婿取婚┘   
平安(中)・・・・・・・純婿取婚―――┤   
平安(末)・・・・・・・経営所婿取婚―┤
鎌倉南北・・・・・・・擬制婿取婚 ――┘
 ↓
室町安土桃山江戸・・嫁取婚―――――――【一夫一婦(蓄妾)婚】父系
 ↓
明治大正昭和・・・・・・寄合婚―――――――【純一夫一婦婚】双系

日本の婚姻史は、群婚、婿取式(母系型)、嫁取式(父系型)、寄合式(個人型)の4段階に大別される。

群婚は、族内婚(いわゆる兄妹婚)と族外婚(交叉婚)の二期に分かれる。

婿取式婚姻は、対偶婚――1対1の結合であるが、この結合は弱く、離合不定である。群婚の延長または遺習ともみなすべき多夫多妻的現象の並存を見ることが多い――に比定され、群婚とともに原始婚の範疇に入る。

婿取婚は、古典での代表的婚姻語である「ツマドイ」(奈良ごろまでに支配的に見られる)と、「ムコトリ」(平安から鎌倉ごろまでに支配的に見られる)の二語によって表される妻問婚と婿取婚の二期に分かれる。


妻問婚=通いで夫婦別居のたてまえ。その背後にはヤカラと称する族的共同体が想定される。

婿取婚=狭義の婿取婚で妻方同居のたてまえ。その背後には両親世帯が成立する。
狭義の婿取婚は、以下の4つに細分される。

前婿取婚:大化後平安初までの過渡期における母による婿取り

純婿取:摂関政治の盛行時代、婿取儀式が中央でも地方でも見られる段階で、妻方の父が婚主

経営所婿取:院政期。自家以外のところに経営所と称する婚礼の場所を設けて妻方の手で婿取婚が行われる。その後新夫婦は新居に移って単婚世帯をいとなむ

擬制婿取:鎌倉から南北朝ごろまで。夫方の親が別宅へ避居したあとを、妻方の、または妻自身の家として擬制して婿取をするたてまえの婚姻形態。この期間の各世帯は、前の経営所婚からひきつづいて単婚世帯が多い

嫁取式婚姻は、室町ごろに表面化して確立する。「ヨメトリ」という婚姻語がこの期にあらわれる。この期で妻は完全に夫方同居となる。だから前代の単婚世帯をすてて、夫方の家父長の族中に同居する俗となる。嫁取式は夫方の家父長の手によって行われ、夫方が貰い手、妻方が呉れ手という取り引き観念のもとに、嫁は死装束を身につけ、一個の物件と化して略奪される形となる。

寄合婚は、明治維新に萌芽し、昭和憲法後に表面化してくる、近代社会の男女同権的単婚制。

本来ならば大化前の氏族制末期に表面化されなければならない嫁取婚(家父長婚)が、日本では約10世紀もおくれて室町期に表面化した。その約10世紀間、太平洋諸島や東南アジア、台湾等に見られるような原始婚を保持し、しかもそれを徐々に終局へと規則正しく経過させた。(筆者注:妻問いから前婿取→…→擬制婿取へと、妻方居住から夫方居住へ大転換していく様は、連続していて実に見事です。)

この間、女性の地位は原始的な高さ(財産、祭祀、恋愛等の諸権利において)をもち、また女性を取り巻く社会環境も、原始的な諸関係を示していた。例えば、氏族制は崩壊していたが、原理は残っており、それが嫁取婚や家父長制の顕現をおさえており、だから夫婦は別産で別墓だった。同氏でさえあれば離別した夫婦でも同じ墓地に葬られ、同じ氏寺のある隠居地に余生を送り得たが、形影相伴う相愛の夫婦でも異氏のばあいは、隠居地を異にし、墓地を異にした。

最も不思議なのは、系は父系であるのに、婚姻や家族は母系型である点で、なにかの故障で成員の分家がちょっと妨げられると、たちどころに母系型の大家族が顕現した。これに反して父系型大家族は一例もない。父系系譜と母系型家族の複合は、「父系母所型」といわれ、母系型族制の上に父系系譜がたどられている。
http://www.jinruisi.net/blog/2007/04/000156.html

日本婚姻史2 族内婚
http://www.jinruisi.net/blog/2007/05/000163.html


日本の婚姻通史の続きで、一つづつ婚姻様式を紹介してゆきます。最初は群婚(族内婚と族外婚)のうち族内婚から。族内婚を明らかにするのは記録がなく難しいが、遺跡や遺物、遺語、招婿婚(婿入婚)から類推できる。(高群逸枝著『日本婚姻史』より)

共食共婚

原始の家は後代の固定的なそれと違って、移動的な群単位の血縁集団の段階だったと考えてよかろう。縄文早期の遺跡は数個の竪穴からなり、その一つは面積約25u、5〜6人程度の収容能力で、まだ炉の跡もなく、移動性が濃厚に見られる。

群は必然的に孤立的で、洞窟や竪穴式・平地式住居に住み、共食共婚であったろう。つまり同じ火を囲み、同じ性を分け合っていた。共食共婚こそ同族の特権であり、連帯性の基礎であるとされたのであろう。古語のヘグイは共食、イモセは兄弟姉妹間の夫婦関係を意味するが、これらは群時代の共食共婚の俗をうかがわせる。

神前婚

原始的集団は、協業や防衛等の必要から、必然的に成員の団結を求めて祭治集団化していく。自然物の豊穣を祈り、人口の増加を願い、成員の血縁性への自覚による親和を念じて、その象徴としての「生む」母神像を創作して祭り、その神前で共食共婚の例祭を執行することを不可欠の行事とした。(右写真は「縄文のビーナス」)

族内共婚の遺習は、後代では村内共婚として見られる。

例えば、美濃国郡上郡東村大字祖師野の氏神の秋祭りでは、村じゅうの老若男女が夕刻から神殿に集まり、太鼓に合わせて輪を作って乱舞した。

それがすむと、人妻と処女の別なく、入り乱れて共婚神事をいとなんだ。

万葉集にも「人妻に吾もまじらむ、吾妻にひとも言問へ」といって神前共婚が演じられたとある。

トツギ祭というのがある。その多くは大漁とか、豊年とかを祈って行う共婚神事であって、これにはザコネ式や闇まつり式などがあり、個別的な好き嫌いを許さない共婚性を示しているが、帰着するところは、食と性に対する共産共有の意識を象徴した原始的共同体的な祭りの一種であろう。

大和国磯城郡まき向(ムク)というところでは、毎年旧正月10日に、網掛神事というのが行われていた。田一反分のわらで男根の形をつくり(これをスサノヲ神という)、同じ分量で女根をつくり(これを稲田姫神という)、神官氏子が立ち合って、トツギ神事を執行したというが、もとは氏子同士がいとなんだものを、男女の性神に委託して象徴化したものであろう。


女性発情の告知方式

月経をめぐって女性の生理は躍動し、それを身振りにあらわして男性を挑発したであろう。これが舞踏(尻振り踊り)のはじまりであったろう。

踊りは「雄取り」(ヲスの鳥などをとらえるときメスの鳥をいわゆるオトリに使うのに同じ意)から来た語であろうという説があるが、女性発情の告知方式が上のような尻振り踊りなら、この踊りが雄取りに通ずることはうなずける。(後の族外婚ではもっと誇張された雄取方式になる。)

女性自身による告知方式は第一義的に尊重されたろうが、群が発達して共同体運営の関係から祭治制が発明され、食も性も神前における規律下にいとなまれるようになると、群は女性の発情期をトして(うらなって、判断して)、一定の祭礼を行うようになったらしい。それはたぶん戸外で、共食共婚をともなう舞踏会(女性の尻振り踊りに男性も同化して)として催されたであろう。


族内婚図
http://www.jinruisi.net/blog/2007/05/000163.html

原始時代の族制は、いわゆる類別組織で、性別と年齢階級が基本となっている。(「我」を中心として直系親から傍系親へ、近親から遠親へ叙述していく等親的な個別組織の後代の属性とは対照的である。)


(一)原初型

     年齢階級
性 セ(チ)――┬コ(幼児)
別 イモ(ハ)―┘


性別のイモとセには、長幼の意味はない。単に族内婚の意味、つまり後の言葉でいえば兄弟姉妹で同時に夫婦であるという意味だけである。幼児のコから成年男子をチ、同女子をハと呼んだろう。どちらも族の長老の意味にもなった。ハには母の意味が生理的にも濃厚だったろう。イモをオモと転じても母となり、接頭語のイをのぞいてモといっても母のことになった。


(二)その進んだ型

年齢階級や性別の呼称が分化して複雑となり、群内の族制が秩序だってくる。神前婚が起こったのもこの段階であろう。

                 年齢階級
          <オヤ>           <コ>
性 セ  オチ(大父)/ヲチ(小父)―― ヲノコ(ヲヒ)―┬マコ
別 イモ オハ(大母)/ヲハ(小母)―― メノコ(メヒ)―┘
オチ・オハ=後代転化して母系および父系の祖父母をいう
ヲチ・ヲハ=後代転化して母系および父系の伯叔父母をいう
ヲヒ・メヒ=実母子族の発展後転化して甥・姪の義となると想定


(三)内部の実母子族

イロハ(実母)―┬―イロセ(実兄弟)
           └―イロモ(実姉妹)
内部に実母子族(母子小家族)が認識されて、はじめて禁婚観念が族内にめばえてくる。世界的には、親世代と子世代の禁婚が第一に行われ、次に実母子族の禁婚が行われるというが、日本では親世代と子世代(つまり異世代間―おぢとめい、おばとおいなど)の禁婚は行われず、実母子族の禁婚のみが著明に見られる。これは南北朝頃まで維持された。

日本は原理的には、実母子族禁婚を除いて他に禁婚がない。この点で日本の婚姻制は族内婚型といえる。後に父系が貫徹してから、父系中心の近親婚が禁じられてくるが、それでも従兄弟姉妹は禁婚されてない。非常に強く原始の族内婚型が影響しているのである。
http://www.jinruisi.net/blog/2007/05/000163.html

日本婚姻史3 族外婚
http://www.jinruisi.net/blog/2007/05/000164.html

日本婚姻史2 族内婚 に続いて、もう一つの群婚である族外婚です。(高群逸枝著『日本婚姻史』より)


群の定着と族外婚

縄文前期ごろから群は定着し、生産力の増大、人口の増大から、かつては別れ去った分枝群もいまは隣り合って集落を作るようになる。この段階で群は族内婚から、隣群との族外婚に進む。

(筆者注:氏族単位で集団分割した上で集団統合力強化のため、氏族間で交じり合う婚姻制に転換する。交叉婚ともいう。)

族外婚の典型はオーストラリアに見られ、A群の全男子はB群の全女子と夫婦、B群の全男子はA群の全女子と夫婦というもの。有名なカミラロイのように四群からなるもの、八群からなるものなどいろいろあるが、基本的には二群式が原則。

ところが日本では、二群単位とは限らず、二群でも三群でもが集落をなし、その中央に祭祀施設のあるヒロバをもち、そこをクナド(神前の公開婚所)とし、集落の全男女が相あつまって共婚行事をもつことによって、族外婚段階を経過したと考えられる。(筆者注:拡大族内婚とでもいうべき世界史的にも非常に希な形態です。

「日本の交叉婚の特殊性」参照。)
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=22267&pgh=3

通婚関係にある男女は、各自別群に所属している。だから子は当然母の群に生まれ育ち母の族員になることにより、母系氏族制がはじまる。群は氏族になり、氏族は母系によって継承されることになる。そして族員たちは互いにハラカラ(同母族)と呼び合うようになった。


クナド方式

クナグという古語は性交を意味する。

(『トツグ、マク、クナグ』参照)
http://www.jinruisi.net/blog/2006/12/000068.html

「允恭紀」にマクナギ、「霊異記」に婚合をクナガヒ、「今昔」にクナグ、「続古事談」に「妻をば人にクナガレて」などとみえる。だからクナドとはクナギドコロ、すなわち婚所の意味。

クナドの神なるものは、数ヵ村共有のヒロバや入会山や交通の要路(いわゆるヤチマタや物々交換の市場)や村の入口に祭ってある石神であるが、その性格は一面が交通の神、他面が性の神という複雑さをもっている。

クナドは文字通り神前共婚の場所であるが、そのことによって他群と交通し結びつくことになる場所でもある。原始段階では性交は同族化を意味する。排他的な異族の間では性の交歓だけが(ときには性器の見せ合いだけでも)和平への道であり、理解への道であり、村つくり、国つくりの道でもあった。大国主神の国つくり神話が、同時に妻問い神話になっているのもこの理由に他ならない(後日詳解の予定)。

・猿田彦神話では、国堺のヤチマタに異国人の猿田彦が立ちはだかっていると、ウズメという女神が乳房と陰部を露出してこれに立ち向かい、両者唱和して交通がひらけたとある。だから猿田彦は交通の神でもあり性の神でもあり、ウズメは雄取式舞踏(カグラ踊り)の祖神となった。

・女が性器を出して先駆すれば必ず敵軍を軟化させ得るという俗言から、沖縄の軍陣ではサキパリ(先張り?)というウズメ式巫女が用いられたという。

交通の要所に立つチマタの神や、道祖神や、村境にあって外からの害悪を防ぐサヘの神、これらが複合して同時にクナドの神とされ、いまも性の神とされているのは、その場所で神前集団婚が行われたからで、市場における定期的な集団婚カガヒ(歌垣)のことは、「万葉」にも謡われている。

CAO4KP4V.jpgカガヒは掛け合いの義。歌を掛け合うという意味で歌垣ともよばれる。カガヒは筑波(右の写真)や杵島などの入会山でも行われた。歌垣山という名の山も各地にみられる。歌を掛け合い踊りを踊ってそれを婚交の前奏曲としたことは、つぎの招婿婚(婿入婚)段階にもひきつがれて、ヨバヒの場合の唱和や相聞歌となり、平安期には文使いの儀式となったりした(文の方式は、村には明治ごろまで遺存して、若者たちの通い婚の序曲となっていた)。和歌など文学の起源はここにある。

(筆者注:歌垣は、東南アジアや中国南部の雲南地方など、照葉樹林文化圏に広くみられる。)

クナドでの族外婚では、それが集落婚姻圏を超えて広域的なものとなればなるほど、男性略奪(雄取り)と同じ観念、つまり子ダネをとるという観念が第一義となったろうが、それだけでなく外族との和平や政治的、経済的ブロックの拡大への動機がからんでいた。原始部落の女性たちは、胸乳をあらわしホトを露出したウズメ式の身振りの尻振り踊りによって他部族の男性を誘惑した。

・この段階が過ぎて個別婚の時代になると、この雄取式形態は、神社の巫女によって相続者をうる手段とされ、または娼婦によって歪曲化されて受け継がれた。

・平安時代には遊女(アソビメ)という娼婦がいたが、外来者とみれば取り囲んで歌舞し男客を誘惑した。

・沖縄の娼婦ズリの起源も外来者との婚交にあり、まれ人(客人)に仕える神の妻(め)にあるようだ。

・人妻と処女の別なく、外客を迎えて枕席にはべった鎌倉期の俗、とくに長者制の俗(長者の家での外客への饗応にはじまった娼婦制)も同じ原始の雄取婚からの遺制にちがいない。
http://www.jinruisi.net/blog/2007/05/000164.html

『トツグ、マク、クナグ』から見えてくるもの

「日本婚姻史」(中山太郎)
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=132490

という本を読み始めました。(詳しくはこちらをどうぞ)
第一章「共同婚」の中の、第一節「共同婚を偲ばせる二三の古語」の中から、“とつぐ、まく、くなぐという古語の内容”がなかなか興味深かったので、ご紹介します。

著者の中山太郎氏は、


共同婚(乱婚とも雑婚とも称し、部落中の男女が共同的に婚姻するものをいう)時代が在ったか否か。換言すれば我国に女子共有の時代が在ったか否か。

という問題意識から古語を調べ、その存在を証明しています。ただし、この本が書かれた昭和初期にも、学者たちの抵抗があったらしく、


土俗を軽視した従来の学者は悉く否定説を採っている。就中、かかる事象の存在を国家の威厳でも傷けるものと誤解していた所謂国学者流の人々や、又は支那の儒教かぶれした学者達は、恰も臭いものに蓋をするが如き態度で、殆ど故意とも思われるまでに此の事象を或は否定し或は黙殺したのである。

と記しています。

さて、共同婚(⇒兄妹婚や総遇婚を指すようです)の存在の証拠の一部として、次のような内容が記されています。

★琉球石垣島の皿濱地方では、女にはプトモツ(夫を持つ)という結婚を表す言葉があるが、男には全く無く、露骨に「交合」という言葉を使っている。それと同じ用語例があり、それが「トツグ、マク、クナグ」の三語である。

★現在では、それぞれ「嫁ぐ、覔く、婚ぐ」という字を当てるが、古くはどれも「交合」の意味に用いられた。

その具体的事例を、少し長くなりますが引用しますね


トツグの語義は橘守部によれば『とつぐは陰接なり』と断定され。

宇都保物語(蔵開上)に

 そのむすめ、とつぎ時になり給しかば、みかどをさして、人かよはざでありしに、天皇、みこ、みや、とのばらのみ、よばひのつかひはあけたてはならめぐりてあれど、こともえつけでぞ侍りし云々。

これ等の例証から見るも、トツグの原義は交合であって、これが嫁娶の意に用いられるようになったのは、後世の第二義的の分化であることが知られるのである。

マクの語義に就いては『倭訓栞』に『日本紀に覔をよめり、古事記に求をよみ眞來と書けり、もとむる義なり云々。女を犯す事をまくといふも妻をまくより出たるなり云々。伊豫にてはまぐといふ、伊勢にてはまけなといふも同語なるべし』とあるが、これは谷川士清にも似合わぬことで、前に述べたマクの国語に覔または求の感じを当てたために誤られた解釈であって、古くは単なる交合の意であったことは、伊豫や伊勢の用語が示している如くで、現に琉球の宮古島や大隈の徳ノ島では交合の意にマクの語を使用している。

クナグの語義にあっては、諸冊二尊に合交(まぐわい)の事を教えた鶺鴒の和名を、古く『にはくなぶり』とも『とつぎをしへとり』とも言うた一事から見るも。この語が交合の意味を有していたことは明白である

然して以上列挙したトツグ、マク、クナグ等の言語を使用した古代人の思想は、交合することが直ちに婚姻であること、猶お琉球の皿濱地方におけると同じであった。反言すれば、婚姻とは即ち交合の意に外ならぬのであった。交合を『見る』とも『逢ふ』とも言い、婚姻を『よばふ』と言うようになったのは、この次の時代であって、多少とも婚姻に式礼を加えるようになってからの発明である。

霊の結合に重きを置かなかった古代にあっては、肉の結合が直ちに婚姻の総てであった。然もそれを最も露骨に最も勇敢に実行したのが私共の遠い祖先だちである。

一対婚が実は日本では数十年の歴史しかないことを、社会人になってから初めて知った のですが、そういう事実は、日本の古典からも読み取れるんですね。

古文の授業で、「逢う=結婚」と習って、 って感じだったのですが、もともと「交合」であったと考えればスッキリします。

著者は、古代は「霊の結合に重きを置かなかった」と書いていますが、そうではなくて、その時代は「霊の結合」と「肉の結合」は一体で、区別する必要なんて無かったんだと思います
http://www.jinruisi.net/blog/2006/12/000068.html

日本の交叉婚の特殊性  

>族外婚(交叉婚)の段階になると、実母氏族間(つまり兄妹間)の禁婚が厳密に守られたという事実がないと、後の母系氏族制の確立…、ひいては、それを基盤とした婿取婚が南北朝時代まで続いたことに整合性ある説明がつかないのではないでしょうか。 (小寺さん、21980)
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=21980

 まず禁婚については、世代間と兄弟姉妹に分けて考える必要があります。細田さんが

21655
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=21655

で、中国貴州省の山地に住む少数民族、苗族(ミャオ族)の例から、

>最初の段階の制約は、世代の異なる人同士は結婚できないという年齢の制約である。次に現れた制約は兄弟姉妹や母方平行イトコ間では結婚できないことだ。三つ目の制約は、同一宗族内の者が通婚できないことで、このような制約も地域によって、どの制約がなされているかは異なるようだ。

とまとめられていますが、この点でも日本は特殊で、実母子間の禁婚のみが顕著で、父系(父・娘)や兄妹の禁婚は元来なかったとされています。交叉婚は厳密には兄妹婚のタブー(勿論父・娘もタブー)をもって成立しますが(世界史的にはそう)、日本は複数群のヒロバでの共婚ですから、兄妹婚黙認の交叉婚と考えているわけです。それまでの氏族内兄妹婚からすると、他氏族と交わるわけですから一見兄妹婚タブーと映りますが、厳密に貫徹するためには、兄妹同士が当たる可能性のある共婚にはならないのでは、というのが根拠です。他氏族との交わりが優先されたのは確かでしょうが、何ともルーズな婚姻制だと思います。

 子は母親の群で育てられるのは原始以来そうですから、ずっと母系氏族制であったと考えていいのではないでしょうか。集団分割も血縁を基準に分割するしかなく、必然的に母系氏族集団になったと思います。交叉婚の男女も各自生まれた群に属しています。

 妻問婚→婿取婚は、弥生人or大和人が持ち込んだ婚姻制で、当初支配層のみで行われていたものです。男が忍んで好みの女のもとを訪れる妻問婚も、男を母系集団に迎え入れる婿取婚も、母系氏族制を基礎にしていますが、同時に崩壊をも意味しています。群同士の婚姻制が崩れ、さらに生まれた群を離れるという形で変質していきます。
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=22267&pgh=3


採取時代の婚姻様式    

   
   観念機能(事実認識=洞窟・貯蔵・火・調理具・戦闘具・舟・栽培・飼育)の進化によって生存力を強化した人類は、約1万年前、弓矢によって外敵と互角以上に闘えるようになった頃から洞窟を出て地上に進出する。そして地上に進出した人類は、忽ち外敵を駆逐して、繁殖していった。その結果、繁殖による集団の拡大→分化を繰り返した人類に、ようやく同類闘争の潜在的な緊張圧力が働き始める。とは言え採集部族や狩猟部族は、互いに贈物etc.を通じて友好関係の構築に努め、闘争を回避していた。  

   
   しかし、外圧が低下すると集団統合力が低下し、規範収束力も低下してゆく。同時に、外圧の低下につれて解脱収束(中心は性充足の欠乏)が強まってゆく。更に、集団規模が拡大したこともあいまって、原モグラ以来1億年に亙って踏襲してきた首雄集中婚を維持することが困難になっていった。こうして約1万年前、人類の雌雄(婚姻)関係は劇的に変化してゆくことになったが、豊かな山野や海辺に進出して木の実などの採集や漁労に転じた採集生産の部族と、従来通り獲物の豊かな森林で狩猟を続けた狩猟生産の部族では、全く異なる婚姻規範を形成する。  

   
   東アジアの黄色人(モンゴロイド)をはじめとして、世界人口の過半を占めていた採集・漁労部族は、仲間の解脱収束→性欠乏の上昇に対して、皆が心を開いた期待・応望の充足を更に高める方向を目指し、

部族内を血縁分割した単位集団(氏族)ごとの男(兄たち)と女(妹たち)が分け隔てなく交わり合う、総偶婚規範を形成した

(但し、氏族を統合している部族レベルでは首雄集中婚が踏襲されている事例が多いので、正確には上部集中婚・下部総偶婚と呼ぶべきだろう)。

なお、その後同類闘争の緊張圧力が高まると、再び集団統合力を強化する必要から、氏族ごとの閉鎖性を強め分散力を強める兄妹総偶婚は廃止され、部族内で定められた他の氏族の異性たちと交わり合う交叉総偶婚に移行してゆく。

何れにしても、期待・応望充足を最大の活力源とする採集部族は、総偶婚によって期待・応望(=共認)充足を破壊する性闘争を完璧に解消して終うと共に、総偶婚によって一段と期待・応望充足を強めたことによって、その充足を妨げる自我回路もほぼ完全に封印していった。  


   
   ここでの採集・漁労部族における女の役割は、注目に値する。

採集部族では、弓矢を持った男たちが防衛する(狩猟もするが、獲物は少ない)安全域で、女たちが主要な食糧を採集する。もちろん、闘争過程の主役はあくまでも男たちの防衛であって、女たちの採集は従役である。

それにしても、食糧の過半を女が採ってくるというのは、外圧の強い極限時代には考えられなかったことであるが、皆=集団の期待(食糧の採集という役割)に応えて、採集部族の女たちはよく働いた。

しかし、それでもなお男たちの期待の中心は性であり、従って女たち自身にとっても、自分たちの中心的な役割は性役(男たちに性的充足を与えること=自らの性的充足を得ること)であった。

役割欠損ゆえに性的存在となった女にとって、集団=全ての男たちの期待(=性役という女の役割規範)に応えることほど、自らの存在理由を充足させるものはない。

従って、タヒチをはじめ採集部族の女たちは、極めて積極的に集団の期待=性役規範に応え、更に性機能を磨いていった。

(近世になって西欧人が侵略の目的でやって来た時でさえ、タヒチやカリブの女たちは、彼らを性的に歓待した。

これは、採集部族の人たちがいかに心を開いていたか=いかに警戒心が無かったか=いかに完全に自我を封印していたかの証明であり、また女たちが、集団の性役規範にいかに積極的に応えていたかの証明である。)  

 
   それに対して、ヨーロッパの森林地帯に留まった白色人(コーカソイド)をはじめとする狩猟部族は、その狩猟という生産様式から、まだまだ強い闘争圧力を受けて強い集団統合力を維持し続けており、その結果、首雄集中婚の規範が長く残り続ける。

しかし、外圧の低下によって次第に解脱収束が強まり、集団規模も拡大してゆく。そこで狩猟部族は、首雄集中婚を踏襲しつつ、首雄=族長という資格を一段下に拡張した勇士集中婚を形成していった

(これは、女長老が采配する母系氏族の姉妹たち全員が勇士を迎え入れる、勇士婿入り婚とも言える)。

だが、ここに大きな落とし穴があった。首雄は、原モグラ(哺乳類)以来の自然な存在であり、かつ唯一人である。それに、皆が評価し共認した族長に対して不満などあろう筈がない。仮にもし不満があったとしたら、直ちに皆が認める新たな族長に替わるだけである。しかし、勇士は一人ではなく何人もいる。しかも、勇士の資格は人工的に作られた資格である。従って、男たちの相対性と各々の正当化から自我を発生させて終う余地が大きい。

何より問題なのは、首雄集中婚や総偶婚では集団規範によって性(婚姻)の相手は決まっており、従って娘たちは12歳前後で、思春期を迎えるや否や直ちに性関係に入ってゆく事ができる(=女の最大欠乏たる性的役割欠乏が充足される)のに対して、人工的な勇士婚では相手は決まっておらず、勇士が決まり婚姻が決まるまで、娘たちの性欠乏=存在理由欠乏は宙に浮いてしまうことである。  


 
   もともと首雄集中婚の下でも、外圧が低下して解脱収束を強めた男たちの性欠乏は宙に浮いていた。

しかし、モグラ以来、首雄以外の男の性は封鎖されてきたし、性の主役は女なので、女の性の相手を定めた婚姻規範が有る限り、問題は起きなかった。

ところが、勇士婚規範によって、その女の性が宙に浮いてしまった。
こうなると、規範破りの性関係が発生してくるのは避けられない。

とは言え、狩猟生産の段階ではまだまだ闘争圧力⇒集団統合力が強く、規範破りの不倫は殆ど発生しなかっただろうし、万一発生したとしても、部族を捨てて逃げるほど反集団的には成れず、従って(恐らく男が)処刑されて一件は落着しただろう。

しかし、牧畜生産に移行すると一気に闘争圧力が緩み、集団統合力も低下する(牧畜は、一般には採集部族と同様に女の仕事であり、従って牧畜部族に働く外圧は、採集部族に働く外圧レベルにまで低下したと考えられる)。

そこでは勇士の資格が更に下に拡張され、規範破りの不倫も、時折は発生したに違いない。しかし、やはり氏族(親や兄弟や仲間)を捨てて逃げるほど、反集団的な意識には成り得なかった

(集団を捨てて逃げる為には強固な反集団の自我収束が必要だが、そこまで強く自我収束し得る場が、狩猟部族や牧畜部族には見当たらない)。

だが、彼らが遊牧へと移行していった時、彼らは遂に開けてはならないパンドラの箱を開け、集団を破壊する性闘争を顕現させてしまうのである。  
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=100&c=1&t=8 

日本婚姻史シリーズ1〜その3:縄文時代の婚姻制を探る
http://bbs.jinruisi.net/blog/2010/02/000757.html


先ずは、新石器時代(=採集・漁労生産時代)、東アジア諸部族の婚姻様式を俯瞰してみます。


『実現論(採取時代の婚姻様式)』
東アジアの黄色人(モンゴロイド)をはじめとして、世界人口の過半を占めていた採集・漁労部族は、仲間の解脱収束→性欠乏の上昇に対して、皆が心を開いた期待・応望の充足を更に高める方向を目指し、部族内を血縁分割した単位集団(氏族)ごとの男(兄たち)と女(妹たち)が分け隔てなく交わり合う、総偶婚規範を形成した

(但し、氏族を統合している部族レベルでは首雄集中婚が踏襲されている事例が多いので、正確には上部集中婚・下部総偶婚と呼ぶべきだろう)。

なお、その後同類闘争の緊張圧力が高まると、再び集団統合力を強化する必要から、氏族ごとの閉鎖性を強め分散力を強める兄妹総偶婚は廃止され、部族内で定められた他の氏族の異性たちと交わり合う交叉総偶婚に移行してゆく。
『実現論勉強会(採取時代の婚姻様式・図解)』


交叉総遇婚とは、同じ集団内(母方の親族)の婚姻関係をタブーにし、決められた集団に男が通う形態となります。

集団が閉鎖性を帯びないように、A集団の男たちはB集団の女たちと、B集団の男たちはC集団の女たちと、というように相手を決めていくのが普遍的。父親は別集団で生活しているので、母方の兄弟が養育することになります。

では、縄文期の日本列島も、上記の交叉総遇婚であったといえるのか? このことについて、縄文集落の埋葬形態から婚姻様式を探る記事を紹介したいと思います。


るいネット『集落内墓地の埋葬形態から婚姻様式を考える』

 田中良之氏の研究によると、縄文〜5世紀後半までは男女問わず、同じ集落内でも近い血縁関係にある死者を近くに埋葬する傾向が強いようです。縄文期は(母系・父系の特定はできない)兄・弟・姉・妹・従兄弟・従姉妹が同じ場所に埋葬されていることが多く、近親関係が無い(薄い)配偶者と思われる女性の人骨が、父系の墓地の近くに埋葬されるようになるのは古墳時代以降だということです。

 こうして双系の兄妹を近くに葬る縄文の埋葬形態は、未開時代のタヒチなどポリネシア原住民に近いようにも思われます。以上から、日本古代の婚姻について以下の2つの仮説が考えられます。


・1つ目は、「兄妹婚」「従兄妹婚」などのように単位集団(氏族)内に婚姻関係が内包されており、婚後も男女双方が集団内に留まっていた。

・2つ目は、婚姻関係は単位集団(氏族)を超えて結ばれたが、男女どちらかが相手の集団に移動して一緒に住まうような固定形態ではなく、その都度移動して交流していた。   

以上、縄文時代の交叉総遇婚について探ってみました。但し、東アジアをはじめ、採集・漁労部族に見られる交叉婚と日本の交叉婚は、婚姻規範の中身が異なったようです。
http://bbs.jinruisi.net/blog/2010/02/000757.html


日本婚姻史1〜その4:日本の交叉婚の特殊性
http://bbs.jinruisi.net/blog/2010/03/756.html

前々回と前回にわたって、縄文時代の婚姻制【兄妹総偶婚⇒交叉総偶婚】の流れを、気候風土や集団内墓地の埋葬形態などから解明してきました。


【総偶婚】

集団ごとの男達と女達が分け隔てなく交わりあう婚姻様式。

約1万年前、採集・漁労部族はこの総偶婚によって(期待・応合充足を破壊する)性闘争を完璧に解消し、自我回路をほぼ完全に封印していた。日本においては村内婚(夜這い婚)の形で、昭和30年代頃まで農村部で存続していた。


前回、世界の交叉総偶婚を婚姻形態を図解でも紹介しましたが、日本の交叉総偶婚の婚姻形態は世界の交叉総偶婚の中でも少し変わっているようです。

今回は、日本の縄文時代の交叉総偶婚とはどういったものだったのか?その特殊性について紹介したいと思います。


★日本の交叉総偶婚【クナド婚】とは?

■クナドとは?

クナグという古語は性交を意味します。

(『トツグ、マク、クナグ』参照)
http://www.jinruisi.net/blog/2006/12/000068.html


「允恭紀」にマクナギ、「霊異記」に婚合をクナガヒ、「今昔」にクナグ、「続古事談」に「妻をば人にクナガレて」などという表現があります。つまりクナドとはクナギドコロ、すなわち婚所を意味します。


■クナド婚とは?

クナドの神なるものは、数ヵ村共有のヒロバや入会山や交通の要路(いわゆるヤチマタや物々交換の市場)や村の入口に祭ってある石神であるが、その性格は一面が交通の神、他面が性の神という複雑さをもっています。

クナドは文字通り神前共婚の場所ですが、そのことによって他群と交通し結びつくことになる場所でもあります。原始段階では性交は同族化を意味します。排他的な異族の間では性の交歓だけが(ときには性器の見せ合いだけでも)和平への道であり、理解への道であり、村つくり、国つくりの道でもあったようです。


詳しくは、

『日本婚姻史3 族外婚』
http://www.jinruisi.net/blog/2007/05/000164.html

を参照


祭事の折など、数ヵ村共有のヒロバ(広場)に集まり、男達と女達が分け隔てなく交わりあう交叉総偶婚という婚姻形態を取っていたようです。


★海外の交叉総偶婚とは厳格に規範化された婚姻制度

交叉総偶婚(族外婚)の典型はオーストラリアのアボリジニ先住民族に見られます。、A群の全男子はB群の全女子と夫婦、B群の全男子はA群の全女子と夫婦というものです。有名なカミラロイのように四群からなるもの、八群からなるものなどいろいろあるが、基本的には二群式が原則です。


http://bbs.jinruisi.net/blog/2010/03/756.html

上図のように、海外の交叉総偶婚とは厳格に規範化された婚姻制度となっています。


★なぜ交叉総偶婚という厳格な規範化がなされたのか?

ここは仮説ですが、日本と違い他民族や他人種との同類闘争の中で、集団統合の観点から軋轢を避け厳格が規範化がなされたのかも知れません。

日本の場合、弥生時代に入るまで、他民族との接触がなかったため、日本独自の交叉総偶婚が成立したのかもしれません。


★日本の独自の交叉総偶婚【クナド婚】は、おおらかな婚姻制度

日本では、二群単位とは限らず、二群でも三群でもが集落をなし、その中央に祭祀施設のあるヒロバをもち、そこをクナド(神前の公開婚所)とし、集落の全男女が相あつまって共婚行事をもつことによって、族外婚段階を経過したと考えられます。

日本は特殊で、実母子間の禁婚のみが顕著で、父系(父・娘)や兄妹の禁婚は元来なかったとされています。交叉婚は厳密には兄妹婚のタブー(勿論父・娘もタブー)をもって成立しますが(世界史的にはそう)、日本は複数群のヒロバでの共婚ですから、兄妹婚黙認の交叉婚と考えているわけです。

それまでの氏族内兄妹婚からすると、他氏族と交わるわけですから一見兄妹婚タブーと映りますが、厳密に貫徹するためには、兄妹同士が当たる可能性のある共婚にはならないのでは、というのが根拠です。他氏族との交わりが優先されたのは確かでしょうが、何ともルーズな婚姻制だと思います。
(るいネット「日本の交叉婚の特殊性」より引用)

日本の交叉総偶婚は兄妹婚黙認の【拡大総偶婚】とでもいうべき世界史的にも非常に希な形態です。

集団の人数が増えても、充足・集団統合から婚姻形態が決められ、縄文人の共同性や期待応望によるみんなの充足に重きが置かれていた事がわかります。
******************************

以上が、縄文時代の婚姻制度でした。

しかし、渡来人が入ってきた弥生時代は、【拡大総偶婚⇒対偶婚(一対一の関係)】へ劇的に変わって行きます。この変化には、私有意識や私権観念が流入してきた事を意味すると思われます。
http://bbs.jinruisi.net/blog/2010/03/756.html


49. 2018年8月05日 14:15:41 : rGnb80IKww : 8EagulNLRJY[2]
中川お前もうやめるとか言わなかったか?
この嘘つき野郎!


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