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父君が福山出身と言う藤井裕久元大蔵大臣!言う相手が違います。貴方が副大臣にした野田に言うべき言葉でしょ!記者の付け足し?
http://www.asyura2.com/12/senkyo134/msg/450.html
投稿者 アサマタロー 日時 2012 年 8 月 15 日 22:18:34: UiY46YlCu.Moc
 

藤井裕久さんはユダですか?古代ヘブライの渡海人の鼻をしています。出雲人系ですか?

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小沢一郎をイエスにさせてはいけない。ユダヤがイエスをローマに売った様に。
http://www.asyura2.com/12/senkyo127/msg/817.html
投稿者 アサマタロー 日時 2012 年 3 月 20 日 20:18:53: UiY46YlCu.Moc
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民主政権の一番の嘘吐きは貴方です。財源は沢山あるとNHK等の政治番組で散々言ったのは貴方です。貴方が税調会長になった夜、消費増税したいなら、財源は無かったと言ってからにせよと、メール・FAXしました。鳩山さんが親父の秘書官で貴方を比例で呼んだのがトロイの木馬でした。貴方は新進党政治資金で大蔵国税に脅されたのでしょう!!卑怯者!!国民の為にならないのは貴方です。

選挙公約を国民から選挙で信任された与党第一党党首が首相に就任する。
そして選挙公約を実行するが、万一の時(病気・死亡・失脚等)は復委任で選挙公約の範囲内で新党首が首相になる。代表選で主張した?ふざけるな!!イカサマ代表選や不正行為。

選挙公約に無い事=反する事は出来ないし政党政治の自殺行為なのだ。

誰も国民は野田を総理だとは認知も思ってもいない。それをわきまえよ!!総理ズラするな!!したければ選挙をして見せろ!!庶民貧乏人は特に怒り心頭だ!!許せん!!

正に菅や野田の行為が許されないのは、小泉の参議院否決で衆議院解散と同じ卑怯な気違いに刃物な行為だからだなノダ!!
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仙石が朝のTBSで武村と一緒に『マニフェストを最初に破ったのは小沢さんですからね!』と言ってたらしい。
http://www.asyura2.com/12/senkyo133/msg/291.html
投稿者 アサマタロー 日時 2012 年 7 月 20 日 08:00:29: UiY46YlCu.Moc

===でも、最初に嘘だったのが、貴方=藤井裕久さん、アンタデショ!財源は幾らでもあると言ったのはあんたで、鳩山さんもあんたを信じて裏切られた。素人でも見てますよ!!===
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野田佳彦を国民は誰も内閣総理大臣だと認めても思ってもいない!まだ、シレっとした空論で解散時期明示せず?
http://www.asyura2.com/12/senkyo134/msg/258.html
投稿者 アサマタロー 日時 2012 年 8 月 10 日 13:42:02: UiY46YlCu.Moc
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2012.5.22〜23国会TVを聞いてファウスト野田が仙石謀略で凡人が総理で舞い上がり気違いに刃物の恐怖を実感した!!
http://www.asyura2.com/12/senkyo130/msg/455.html
投稿者 アサマタロー 日時 2012 年 5 月 24 日 05:34:58: UiY46YlCu.Moc
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両院議員総会を開催させ、野田を解任せよ! それが唯一、居残り民主党議員が集団自決から生還できる道だ!
http://www.asyura2.com/12/senkyo133/msg/725.html
投稿者 アサマタロー 日時 2012 年 8 月 01 日 09:46:39: UiY46YlCu.Moc
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野田豚息に四面楚歌を聞かせよう!永田町・船橋も豚サイゴン陥落!オスプレイで脱出・アメリカ亡命せよ!
http://www.asyura2.com/12/senkyo133/msg/522.html
投稿者 アサマタロー 日時 2012 年 7 月 26 日 10:58:35: UiY46YlCu.Moc
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早稲田系全マスコミに応援された直勝・野田内閣が庶民日本人を消費増税ガス室に放り込む決定を今日する?!!
http://www.asyura2.com/12/senkyo132/msg/109.html
投稿者 アサマタロー 日時 2012 年 6 月 26 日 09:41:52: UiY46YlCu.Moc
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国民は小沢一郎の今、国民の生活が第一の姿勢に掛けるしかない。彼らしか託せる人材が居ないのだ!日本には!
http://www.asyura2.com/12/senkyo131/msg/886.html
投稿者 アサマタロー 日時 2012 年 6 月 25 日 09:23:58: UiY46YlCu.Moc
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民主偽装簒奪政権=醜女:仙谷が認知を迫まる豚息:野田に驚き呆れ途方に暮れる国民悲惨!
http://www.asyura2.com/12/senkyo130/msg/781.html
投稿者 アサマタロー 日時 2012 年 6 月 02 日 11:57:21: UiY46YlCu.Moc
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野田を木に登らせた代議制民主主義の破壊者は大蔵150年初の早稲田経由東大学士入学帰国子女新人類第1号の勝だった!
http://www.asyura2.com/12/senkyo132/msg/417.html
投稿者 アサマタロー 日時 2012 年 7 月 02 日 22:17:02: UiY46YlCu.Moc
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2012.6.24ミヤネ・クリステルTV8番組に渡辺恒三が馬鹿言っていた。原発放射能にビビって逃げたのはお前だろ!
http://www.asyura2.com/12/senkyo131/msg/865.html
投稿者 アサマタロー 日時 2012 年 6 月 24 日 23:02:25: UiY46YlCu.Moc
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クーデター一派の傀儡野田には総理の正統性は更々ない!誰も政権交代選挙の顔としてイメージしていなかった!
http://www.asyura2.com/12/senkyo130/msg/704.html
投稿者 アサマタロー 日時 2012 年 5 月 31 日 10:08:04: UiY46YlCu.Moc
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国の借金は資産家や大企業の所得・資産に化けているのに、何故、消費税で庶民に付け回すのか!?
http://www.asyura2.com/12/senkyo128/msg/320.html
投稿者 アサマタロー 日時 2012 年 3 月 30 日 22:18:00: UiY46YlCu.Moc

=====夕刊フジ======余りに酷いので引用して糾弾したい!!======

小沢さん、日本のためにおやめなさい!民主・藤井裕久氏が直言
2012.08.15

藤井氏は、戦争体験を淡々と語った【拡大】

 民主党の藤井裕久最高顧問(80)が、8月15日の終戦記念日に合わせて単独インタビューに応じた。終戦時、中学1年生だった藤井氏の忘れられない戦争体験と、戦後67年を迎えた日本への思い。かつて政治行動をともにした新党「国民の生活が第一」の小沢一郎代表(70)や、現在の政治状況についても語った。

 「昭和19(1944)年に、東京都小平市の農園に学童疎開した。ある日、外にいると空に黒点が見えた。日本の戦闘機だ。米軍のB29爆撃機が近くの軍事工場爆撃に飛来したのを迎撃する戦闘機だ。激しい撃ち合いが始まり、ついには日本の戦闘機がB29に体当たりし、B29はバラバラになって墜落した。日本の戦闘機も火を噴いていた」

 藤井氏は死も覚悟した体験をこう語った。日本のパイロットはパラシュートで脱出を図ったが、そのパラシュートにも火が付いていたという。

 「翌日、B29の墜落現場に行った。あまりの空腹のために、食べ物が落ちていないか探すためだった。そこには米兵の無残な遺体が横たわっていた。爪を赤く塗った女性通信士のものもあった。12歳の私には『怖い』とか『悲しい』とか感じる余裕はなかった。ただ、戦争は二度と起こしてはいけないと思った。どちらが勝っても国民に犠牲が出る」

 藤井氏は東大卒業後、旧大蔵省に入省。田中角栄内閣で、二階堂進、竹下登両官房長官の秘書官を務めた後、政界に転じた。以来、一貫して「平和主義」を主張しているが、そのルーツがこの戦争体験だ。

 「田中先生はかねがね『戦争を知っている人間が社会の中核にいる間はいいが、戦争を知らない人間ばかりになると日本は怖いことになる』と言っていた。まさにその通りだ。ヨーロッパにはネオナチなど偏狭ナショナリズムが1割いるが、日本はそれより少なく安定していた。しかし近年、それが増加する危険が出てきた」

 日本固有の領土である北方領土や竹島、尖閣諸島をめぐり、ロシア、韓国、中国との関係が微妙になっている。

 藤井氏は「それを防止するには、国内政治が安定することが重要。それなのに今の政治は、足の引っ張り合いばかりだ」といい、かつて同志だった小沢氏が現在、政局優先で立ち回っていることなどを、こう語った。

 「小沢氏は、田中氏から十分に薫陶を受けたはずだが、平和に対する認識も含めて、われわれとはどうも異なるようだ」

 フジテレビ系「新報道2001」の最新世論調査(12日放送)では、次期衆院選の投票先として、民主党も11・6%だったが、小沢新党も2・8%だった。藤井、小沢両氏らが1993年、自民党を離党して新生党を立ち上げた際は、政治改革へのわき上がるような期待が寄せられた。

 「当時は新しい政党を作ると、国民の期待を集めたものだ。だが今は、『またか…』といわれる。国民に見透かされている。小沢さん、あなたが求められる時代は終わった。日本のために、もう、おやめなさい」 (安積明子)  

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コメント
 
01. 2012年8月15日 22:26:10 : opuSlfFAh2
藤井 裕久(ふじい ひろひさ、1932年(昭和7年)6月24日 – )は、日本の大蔵官僚、政治家。衆議院議員(7期)、民主党最高顧問、民主党税制調査会長。
参議院議員(2期)、自由党幹事長、民主党幹事長、大蔵大臣(第98・99代)、財務大臣(第12代)、内閣官房副長官(菅第2次改造内閣)、内閣総理大臣補佐官(社会保障・税一体改革及び省庁間調整担当)などを歴任。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%97%A4%E4%BA%95%E8%A3%95%E4%B9%85

旧自由党15億円の使途不明金、藤井裕久が重ねて関与を否定
http://ef81hokutosei.way-nifty.com/blog/2011/02/15-083a.html


02. 2012年8月15日 22:55:44 : sXUpM7R5gk
この酒毒に侵された気違い糞爺にいちいち反論するのも煩わしい。

ということで、「斎藤隆夫」という名前をご存じない方は、これを機会に是非ググってほしい。そして、この国の現在の政治状況と小沢さんの立場について今一度思いを巡らして頂きたいと強く願うものである。

なお、調べてる途中で小泉又次郎という名前に行きつくこともあろうかと思うが、これはもちろん、純一郎の祖父、進次郎の曾祖父である。


03. 2012年8月15日 22:55:59 : 2oB29ANLlA
アル中でチホが来てるのと違いますか?

04. 2012年8月15日 23:45:56 : opuSlfFAh2
丸山真男の日本政治思想史も良いですよ!図書館で!!

斎藤 隆夫(さいとう たかお、1870年9月13日(明治3年8月18日) - 1949年(昭和24年)10月7日)は日本の弁護士、政治家である。姓は「齋藤」とも記述する。
戦前期に、弁舌により帝国議会で軍部やファシズムに抵抗した。
目次 [非表示]
1 経歴2 演説2.1 普通選挙賛成演説2.2 粛軍に関する質問演説2.3 岡田内閣の施政方針演説に対する質問演説2.4 国家総動員法案に関する質問演説
2.5 支那事変処理中心とした質問演説3 逸話4 著作・日記5 参考文献6 脚注
7 関連項目8 外部リンク経歴 [編集]

現在の兵庫県豊岡市出石町中村に斎藤八郎右衛門の次男として生まれる。8歳になり福住小学校に入学したが12歳の頃、「なんとしても勉強したい」という一念から京都の学校で学ぶことになった。ところが彼の期待していた学校生活とは異なり、1年も経たず家へ帰ってきた。その後、農作業を手伝った。
21歳の冬に、東京まで徒歩で移動する[1]。上京後は後に徳島県知事である桜井勉の書生となる。1891年(明治24年)9月に東京専門学校(現・早稲田大学)行政科に入学、1894年(明治27年)7月に同校同学科を首席で卒業。同年判事検事登用試験(現・司法試験)に不合格も、翌年1895年(明治28年)弁護士試験(現司法試験)に合格(この年の弁護士試験合格者は1500名余中33名であった)。その後、アメリカのイェール大学法科大学院に留学し公法や政治学などを学ぶ。
帰国後の1912年(明治45年・大正元年)に立憲国民党より総選挙に出馬、初当選を果たす。以後、1949年(昭和24年)まで衆議院議員当選13回。生涯を通じて落選は1回であった。第二次世界大戦前は立憲国民党・立憲同志会・憲政会・立憲民政党と非政友会系政党に属した。普通選挙法導入前には衆議院本会議で「普通選挙賛成演説」を行った。この間、浜口内閣では内務政務次官、第2次若槻内閣では内閣法制局長官を歴任している。
腹切り問答を行った浜田国松や人民戦線事件で検挙される加藤勘十とともに反ファシズムの書籍を出したり卓越した弁舌・演説力を武器にたびたび帝国議会で演説を行って満州事変後の軍部の政治介入、軍部におもねる政治家を徹底批判するなど立憲政治家として軍部に抵抗した。
1935年(昭和10年)1月22日、「岡田内閣の施政方針演説に対する質問演説」で「陸軍パンフレット」[2]と軍事費偏重を批判。
1936年(昭和11年)5月7日(第69特別帝国議会)、「粛軍演説」(「粛軍に関する質問演説」)を行った。
国家総動員法制定前の1938年(昭和13年)2月24日(第73帝国議会)、「国家総動員法案に関する質問演説」を行った。
1940年(昭和15年)2月2日(第75帝国議会)、「反軍演説」(「支那事変処理中心とした質問演説」)を行った。
反軍演説が軍部、及び軍部との連携・親軍部志向に傾斜していた議会内の諸党派勢力(政友会革新派(中島派)、社会大衆党、時局同志会など)より反発を招き、3月7日に議員の圧倒的多数の投票により衆議院議員を除名されてしまった。しかし1942年(昭和17年)総選挙では軍部などからの選挙妨害をはねのけ、翼賛選挙で非推薦ながら兵庫県5区から最高点で再当選を果たし衆議院議員に返り咲く。
第二次世界大戦後の1945年(昭和20年)11月、日本進歩党の創立に発起人として参画、翌年の公職追放令によって進歩党274人のうち260人が公職追放される中、斎藤は追放を逃れ総務委員として党を代表する立場となり翌1946年(昭和21年)に第1次吉田内閣の国務大臣(就任当時無任所大臣、後に初代行政調査部[3]総裁)として初入閣する。
1947年(昭和22年)3月には民主党の創立に参加、同年6月に再び片山内閣の行政調査部総裁として入閣、民主党の政権への策動に反発し1948年(昭和23年)3月に一部同志とともに離党し日本自由党と合体して民主自由党の創立に参加、翌年心臓病と肋膜炎を併発し死去。享年80。
故郷の出石に記念館「静思堂」がある。
演説 [編集]

「普通選挙賛成演説」、「粛軍演説」、「反軍演説」を斎藤の三大演説と扱われる。
普通選挙賛成演説 [編集]
この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。
粛軍に関する質問演説 [編集]
「粛軍演説」を参照
岡田内閣の施政方針演説に対する質問演説 [編集]
この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。
国家総動員法案に関する質問演説 [編集]
政府の独断専行に依って、決したいからして、白紙の委任状に盲判を捺してもらいたい。これよりほかに、この法案すべてを通じて、なんら意味はないのである.....
など議会の審議、決議なしで国民を戦時体制のために統制する国家総動員法の危険性を指摘した。
演説後、同僚議員に「この案はあまりに政党をなめている」「僕は自由主義最後の防衛のために一戦するつもりだ」と語っている。しかし斎藤の反対もむなしく、懐疑的であった二大政党もついに賛成に回り国家総動員法は可決された。
支那事変処理中心とした質問演説 [編集]
「反軍演説」を参照
逸話 [編集]

「ネズミの殿様」とのあだ名で国民から親しまれ、愛され、尊敬された政治家であり、その影響力は尾崎行雄、犬養毅に並ぶと言っても過言ではないほどであった。あだ名の由来は小柄でイェール大学に通っていた時に肋膜炎を再発し肋骨を7本抜いた影響で演説の際、上半身を揺らせる癖があったことによる[4]。
反軍演説で除名処分を受けた後、「第七十五帝国議会去感」という一編の漢詩を残している。
吾言即是万人声 (吾が言は即ち是れ万人の声)
褒貶毀誉委世評 (褒貶毀誉は世評に委す)
請看百年青史上 (請う百年の青史の上に看る事を)
正邪曲直自分明 (正邪曲直自ずから分明)
児童文学作家・斎藤惇夫は孫であり、惇夫がネズミを主人公とした物語を描くのは、祖父をモデルとしている。
著作・日記 [編集]

『帝国憲法論』(1901年)
『比較国会論』(1906年)
『洋行の奇禍』(1907年)
『立憲国民の覚醒』(1911年)
『憲法及政治論集』(1915年)
『帝国憲法大要』(1926年)
『選挙法改正及政党政治論』(1933年)
『革新論及び革新運動を戒む』(1934年)
『軍部に告ぐ ―二・二六事件―』(1936年)
『議会主義か・フアツシヨか』浜田国松・加藤勘十と共著(1937年、第百書房)
『回顧七十年』(1948年)
中公文庫 1987年、新版2007年。新版の解説は松本健一。
『斎藤隆夫政治論集 斎藤隆夫遺稿』(演説の草稿・論文掲載) 新人物往来社 1994年
『斎藤隆夫日記』 伊藤隆編(上巻 1916年から1931年、下巻 1932年から1949年)
 中央公論新社 2009年9月-11月。
参考文献 [編集]

草柳大蔵『齋藤隆夫かく戦えり』グラフ社、2006年。ISBN 4766209613−元版は文藝春秋。
松本健一『評伝 斎藤隆夫 孤高のパトリオット』東洋経済新報社、2002年/岩波現代文庫、2007年、ISBN 4006031548
大橋昭夫『斎藤隆夫 立憲政治家の誕生と軌跡』明石書店、2004年。ISBN 4750320048
春田国男『政治家の条件 リベラリスト斎藤隆夫の軌跡』みもざ書房、2008年
コミック『NHKその時歴史が動いた:昭和史激動編「我が言は、万人の声」−太平洋戦争前夜、日本を揺るがした国会演説』
 大林かおる作画、ホーム社、2007年。 ISBN 978-4-8342-7381-6


05. 2012年8月16日 16:04:43 : opuSlfFAh2
安積明子夕刊フジ記者?の捏造?最後のドサクサ付け足し??

こう言う流れで本当にあったのか??

国民が最後に期待するのは、やはり小沢、橋下ら=非貴族階級=庶民上がりだ。

貴族趣味の石原も五輪招致費用を息子達の選挙運動費に流用疑惑が濃厚。

選挙の前年に衆議院選挙で『渡りに船』だった。都民は監視しないとまた盗まれるぞ!!


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