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ベネツィアの黒い貴族
http://www.asyura2.com/13/ban6/msg/677.html
投稿者 中川隆 日時 2015 年 12 月 28 日 14:20:04: 3bF/xW6Ehzs4I
 


2014年11月21日
[黒い貴族]麻薬ビジネス王の正体?今も続く日本の麻薬ビジネスの歴史と血筋!!
http://blog.livedoor.jp/osint11/archives/17208302.html


[黒い貴族]とは十二、三世紀に栄えたベネツィア(ベニス)の貴族で、それがヨーロッパの各王家に血縁的に結びついた。

それを操っているのはユダヤ国際金融資本であり、ゲルマン・アーリア民族の貴族を、二つに裂いて戦わせたという。

一方を取り込み(ゲルフス派)、他方を敵として執念深く滅亡させる(ギべリン派)戦略に出たという。

前者(ゲルフス派)が十八世紀に[黒い貴族]となり、英国王室を完全に乗っ取る。

後者(ギべリン派)の中核はホーヘンシュウヘン家(後のプロシア王室)とされる。

ゲルフス(ユダヤ化された部分)とギべリン(ユダヤ化に抵抗した部分)の抗争は、二十世紀の前半、英国VSドイツの二度の世界大戦によって決着がつけられた。

黒い貴族が完全勝利し、ギべリン派は滅びるか、ないしはゲルフス派の軍門に降るということになった。

結局ヒトラーはギべリン派によって担がれた人物であったのだ。

ゲルフス派の[黒い貴族]の代表格が、現王室ウィンザー家の英国王室というわけである。

英国のスキャンダルなどは、[黒い貴族](ユダヤ・国際金融資本など)から揺さぶりで、仕掛けられたものが多い。

すでに英国民の50%が、[王室はいらない]という世論を作り出している。

これは日本にも言えることであり、皇室のスキャンダルも同様である。

英国王室も[黒い貴族]たちには逆らえない。

[麻薬ビジネス]は過去から現在まで王室によって行われて来たのである。

年間消費額5000億j以上という世界の麻薬ビジネスは、単なるマフィアや独裁者のビジネスではないのである。

かつて中国の麻薬ビジネスも英国の国家事業であった。

米国や英国の貴族・王室も含め、[貴族階級]が麻薬ビジネスを扱っているのである。

アメリカでは、エリートのデラノ家、フォーブス家、マップルトン家、ベーコン家、ポイルストン家、パーキンス家、ラッセル家、カニンガム家、ショー家、クーリッジ家、パークマン家、ランナウェル家、カボット家、コットマン家、…等々のエリートが麻薬を扱って豚のように肥え太っているのである。

アメリカのエリート300家、英国100家によって動かされており、これらの家族は結婚、会社、銀行を通じて絡み合っているのである。

黒い貴族、イルミナティ、バチカン、エルサレムの聖ヨハネ国などとの結びつきはもはやいうまでもない。

[トルコ、アフガニスタン、イラン、パキスタンからのヘロインの大量船荷を保護し、それが合衆国と西ヨーロッパの市場へ最低限のビジネス・コストで着くように保証することを、自分たちの代理人を通してやってのけるのはこの連中なのである](三百人委員会)

この麻薬ビジネスを末端で行うのは犯罪組織だが、そこに至るルートは、英国諜報部、CIA、モサドなどの国家機関が担うというからくりである。

かつてパナマのノリエガも国家機関として麻薬取引に関わっており、CIAから何百万jも受け取っていたが、アメリカのブッシュ大統領によって麻薬取引者として逮捕された。ノリエガが、[黒い貴族]の内部への反抗を示したからと見られている。

また、モナコのグレース・ケリー王妃の自動車事故も、麻薬ビジネスのトラブルによって"殺され"たのだ。

英国が麻薬ビジネスのトップにいることはもはや世界常識になりつつある。

アヘン戦争以来、世界に麻薬をバラ撒いてきたのは、周知の事実である。

かつて日本でも麻薬ビジネスを国家事業として行っていたことがある。

第二次世界大戦前のことである。

それは、[日本国家による最大の戦争犯罪]
興亜院という役所が、中国にアヘンを売りつけ、満州帝国の収入の40%を稼いだことでも知られる。

興亜院 - Wikipedia
http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E8%88%88%E4%BA%9C%E9%99%A2

この興亜院で働いたのが、岸信介、鳩山一郎、大平正芳などの戦後の首相になる人物であり、麻薬が単にマフィアなどの犯罪でないことが分かる。

英国にはMI6以外に麻薬を扱う部局がいまだにあるということである。

三百人委員会の終局的な麻薬ビジネスの戦略は、各国で麻薬を合法化することにある。

これは二つの狙いを持っている。

@麻薬ビジネスを飛躍的に盛んにし、莫大な利益を生み出す。

A労働者に麻薬患者たちが増えると、管理社会の政策を有利に進められる。

国際麻薬ビジネスのトップにいるのは、王室であり、現在の最も奇怪で不思議な謎である麻薬の製造・販売に王室につらなる銀行、多国籍企業、各国秘密諜報部が動かしているとすれば、永遠に"犯人"が捕まるはずがないということである。

黒い貴族の高笑いが聞こえそうだが、今後今までのようにいかないはずである。

国連が世界政府になるそのとき、[黒い貴族]とユダヤ国際金融資本が地域に君臨する悪魔帝国を阻止せよ…!!

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コメント
 
1. 2016年5月28日 16:31:57 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[2923]

フィレンツェ最富裕層、600年前と変わらず
 

 「黒い貴族」の本拠地の一つと言われているフィレンツェ

そのフィレンツェの最富裕層は、600年前から変わっていないという報告がありました。

表の調査に出ているだけに、彼らが「黒い貴族」の直接の子孫かどうかには疑問符が付くものの、ヨーロッパの階層分化は、市場主義の「博打」で変わるようなものではない、ということがよく分かるエピソードです。

以下、ウォールストリートジャーナル(リンク)より転載。
http://m.jp.wsj.com/articles/SB11031890582215644392604582083742749869910?mobile=y


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 イタリアのエコノミスト2人が最近行った調査で、驚くべき事実が判明した。現在のフィレンツェで最富裕層に属する家は、600年近く前も同都市の最富裕層だったのだ。

 イタリア銀行(中銀)のエコノミスト、グリエルモ・バローネ、サウロ・モチェッティ両氏は、フィレンツェの1427年の記録と2011年の納税データを比較した。イタリアの名字は地域性が高く、見分けやすいことから、名字に基づいて同じ家の両年の状況を比較することができたという。それらの家では、先祖の職業、収入、資産が、同じ姓を持つ子孫の現在の職業、収入、資産を予想するのに役立つことがわかった。

 エコノミストの提言を集めたウェブサイト「VoxEU」で両氏は、「現在の納税額がトップクラスの家は、6世紀前に既に社会経済のはしごの最上段にあったことがわかった」と書いている。

 調査ができたのは、ある財政危機のおかげだ。1427年、ミラノと戦争中だったフィレンツェ共和国は戦費で破産しかけていたため、執政官が市民約1万人を対象に税調査を実施。家長の姓名、職業、資産を調べたのだ。

 そうした名字のうち約900種類はフィレンツェに現存しており、それらの名字を持つ納税者は約5万2000人いる。ある名字を持つフィレンツェ市民が全て1427年当時の同姓の人々の子孫だとは限らないが、その公算は大きい。それらの家の600年間の変遷を知るために、両氏は2011年のフィレンツェの納税データと照らし合わせた(名字を公表しないことがデータ閲覧の条件だった)。

 調査では、階層が驚くほど変わっていないことがわかった。現在最も豊かな層に属するのは、1427年に靴職人の組合に加盟していた家で、当時の収入は上位3%に入っていた。絹織物業者組合のメンバーや弁護士の家はともに当時の収入が上位7%に入っており、末裔(まつえい)は現在も裕福だ。

 別の調査によると、日本では士族の特権が廃止(廃刀令)されて140年たった今でも、侍の子孫はエリート層にとどまっている。カリフォルニア大学デービス校の経済学者グレゴリー・クラーク氏は著書で、資産と階層が数世紀にわたって受け継がれうることを示している。

 それでも、フィレンツェの富裕層が階層を維持してきた期間の長さは注目に値する。1427年といえば、ルネサンスの巨匠レオナルド・ダビンチもミケランジェロも生まれていなかった時代だ。

 フランスの経済学者トマ・ピケティ氏の理論と比べたくもなりそうだ。同氏は著書で、上位1%が富を独占し、所得格差が拡大していると書いている。だが、前出の中銀エコノミスト、バローネ、モチェッティ両氏は関連を否定している。

 両氏は電子メールで論文について、「富裕層が富裕層にとどまるかどうかを示す経済移動性がテーマだ」とし、「だがこれは必ずしも、富裕層がさらに豊かになっていることを示唆していない。そのため、ピケティ氏の主張(時間とともに格差が拡大する)と直接には関連していない」という。

 最富裕層は他のどの層に比べても階層移動が幾分少ないことが調査結果からうかがえると両氏は話す。これは「上流層の末裔が経済のはしごから落ちることを防ぐガラスの床が存在する」証拠だとみられるという。

 両氏によると、調査は収入上位1%を占める超エリートに特化したわけではない。1427年に収入分布の上位33%に入っていた人の子孫は現在も裕福なケースが多い。これは、城や領地を数世紀にわたり引き継いでいたメディチ家の当主らよりもずっと大きな集団だ。このことから、繁盛していた皮革業者から25代ほど後の現在の末裔は、かなり暮らしぶりがいいと予想され、それは先祖たちの靴やベルト、ましてや宮殿が受け継がれているためではないとみられる。

 調査の結果は、富裕層、中流層、貧困層など全ての層の階層移動がさまざまな時代を通じて少ないことを示唆している。
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&t=6&k=2&m=315736


2. 中川隆[3020] koaQ7Jey 2016年6月22日 10:05:30 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[3353]

英国でEU離脱が現実味を帯びる中、J・ロスチャイルドやG・ソロスが離脱するなと恫喝する背景
2016.06.22 04:23:45 櫻井ジャーナル


 イギリスがEUから離脱するかどうかが話題になっているが、EUから離れたいという声が高まっている国はイギリス以外にも少なくない。金融拠点のひとつであるロンドンを抱える国がEUを離れるインパクトは大きく、その影響が世界へ波及することは避けられないものの、EUの実態はEUへの幻想を壊し、離脱派を後押しする。

 そうした出来事のひとつがギリシャのEU残留。そのような決定で利益を得ているのは国内外の富豪や巨大企業だけであり、庶民の生活は悪化するばかり。EU幻想に取り憑かれたウクライナ西部の住民はキエフでのクーデターを支持、東部や南部に住むロシア語系住民を殲滅しようとしたが、ファシストが支配する西部や中部の地域は破綻国家になっている。

 当初、イギリスがEUからの離脱を言い始めた理由は他の加盟国、例えばドイツやフランスを脅すためだったと言われているが、それが現実になりそうな雲行きになり、富豪は慌てている。ジェイコブ・ロスチャイルドやジョージ・ソロスのような富豪は有力メディアで離脱すると不利益を被ると庶民を脅迫しているが、それほど彼らを怒らせているのは世界支配のプランが崩れてしまうからだろう。

 アメリカをはじめ、西側の支配層は現在、巨大資本が世界を支配する世の中を作り上げようとしている。巨大資本が支配する世界は当然、統制経済になる。ベニト・ムッソリーニは1933年11月に「資本主義と企業国家」という文章の中で、このシステムを「企業主義」と呼び、資本主義や社会主義を上回るものだと主張した。これが彼の考えたファシズムであり、全体主義だとも表現されている。そのベースになる考え方はイタリアの経済学者ビルフレド・パレートから学んだのだという。

 後に西側では全体主義をファシズムとコミュニズムを一括りにするタグとして使うようになるが、これは巨大資本の情報操作。本来は企業主義(企業支配)と結びつけるべきものだった。巨大資本が定義した意味で全体主義というタグを使うのは、情報操作に踊らされていることを意味する。

 1933年11月といえば、アメリカの巨大資本が反フランクリン・ルーズベルトのクーデターを計画していたころ。その5年後の4月29日にルーズベルトはファシズムについて次のように定義している。

「もし、私的権力が自分たちの民主的国家より強くなるまで強大化することを人びとが許すなら、民主主義の権利は危うくなる。本質的に、個人、あるいは私的権力をコントロールするグループ、あるいはそれに類する何らかの存在による政府の所有こそがファシズムだ。」

 ここに書かれているようなことをアメリカの支配層は目論んでいる。その突破口になる協定がTPP(環太平洋連携協定)、TTIP(環大西洋貿易投資協定)、TiSA(新サービス貿易協定)の3点セット。このうちTTIPはアメリカとEUの協定で、EUから離脱した国には適用されない。勿論、EUが解体されればTTIPは雲散霧消だ。

 ところで、前にも書いたように、ヨーロッパ統合は米英支配層の計画だった。1922年に創設されたPEUに始まり、第2次世界大戦後にACUEが作られ、その下にビルダーバーグ・グループもできた。NATOの創設は1949年だ。EUの前身であるECについて、堀田善衛はその「幹部たちのほとんどは旧貴族です。つまり、旧貴族の子弟たちが、今ではECをすべて取り仕切っているということになります。」(堀田善衛著『めぐりあいし人びと』集英社、1993年)と書いている。EUでも同じことが言えるだろう。その旧貴族をカネと暴力で支配しているのが米英の支配層であり、その支配のためにNATOやUKUSAは存在する。

 こうした仕組みを作り上げた米英の支配層は当初、イギリスが主導権を握っていた。そのイギリスで1891年に「選民秘密協会」が創設されている。セシル・ローズ、ナサニエル・ロスチャイルド、レジナルド・ブレット(エシャー卿)、ウィリアム・ステッドが中心メンバー。ブレッドは心霊主義の信者としても知られるビクトリア女王の相談相手で、後にエドワード7世やジョージ5世の顧問を務めることになる。

 ジョージタウン大学の教授だったキャロル・クイグリーによると、1901年までローズがこの結社を支配していたが、それ以降はアルフレッド・ミルナーが中心になる。そのミルナーはシンクタンクのRIIA(王立国際問題研究所)を創設した。後にRIIAのアメリカ支部と見なされるようになるアメリカのCFR(外交問題評議会)は設立直後、JPモルガンに乗っ取られた団体だ。

 モルガン一族が富豪の仲間入りする切っ掛けは、ジュニアス・モルガンなる人物がロンドンにあったジョージー・ピーボディーの銀行の共同経営者になったこと。1857年にその銀行が倒産寸前になるが、そのときにピーボディーと親しくしていたナサニエル・ロスチャイルドが救いの手をさしのべている。

 1864年にピーボディーは引退し、モルガンが引き継ぐ。その息子がジョン・ピアポント・モルガン。この息子はロスチャイルド財閥のアメリカにおける代理人となった。この人物の名前から彼の金融機関はJPモルガンと名づけられたわけだ。

 本ブログでは何度も書いているように、関東大震災の復興資金調達で日本政府が頼ったのがこのJPモルガンで、それ以降、日本の政治や経済に大きな影響を及ぼすことになる。有り体に言うなら、ウォール街の属国になり、ファシズム化が始まった。だからこそ血盟団による暗殺や二・二六事件が引き起こされたのだろう。

 ニューヨークの株式市場で相場が大暴落した1929年から大統領を務めたハーバート・フーバーはウォール街の巨大金融資本を後ろ盾にしていたが、その経歴をさかのぼるとロスチャイルドが現れる。スタンフォード大学を卒業した後に鉱山技師として働いた鉱山を所有していたのがロスチャイルドだった。そのとき、利益のためなら安全を軽視する姿勢が気に入られたようだ。

 相場は大きく変動するときがチャンス。下がれば損をするというものでもない。暴落のタイミングを知っていれば、つまり暴落を仕掛けられれば大儲けできるのだ。1929年にもそうしたことが起こったと言われている。相場の下落で儲かるだけでなく、二束三文で価値あるものを手に入れられる。その時に政府をコントロールできていれば、やりたい放題だ。

 そうした意味で1928年や32年の大統領選挙は重要だったが、32年の選挙でフーバーは再選に失敗する。ニューディール派のフランクリン・ルーズベルトが当選したのだ。当然のことならが、JPモルガンをはじめとする巨大金融資本はショックを受けた。

 当時、大統領の就任は3月。選挙から4カ月のギャップがある。その間にルーズベルトはフロリダ州マイアミで銃撃事件に巻き込まれるが、弾丸は隣のシカゴ市長に命中、市長は死亡した。引き金を引いたのはレンガ職人のジュゼッペ・ザンガラなる人物で、足場が不安定だったことから手元が狂ったとも言われている。この銃撃犯は直後の3月20日に処刑されてしまい、真相は不明のままだ。

 ルーズベルトが大統領に就任した後、支配層はニューディール政策の実行を妨害する。その最前線にいたのが最高裁判所だった。そして1934年にクーデター計画が発覚する。名誉勲章を2度授与された伝説的な軍人で信望が厚かったスメドリー・バトラー海兵隊少将は議会でこの計画を明らかにしたのだ。

 バトラーによると、クーデター派はルーズベルト政権を倒すため、ドイツのナチスやイタリアのファシスト党、フランスのクロワ・ド・フ(火の十字軍)の戦術を参考にしていたという。彼らのシナリオによると、新聞を利用して大統領をプロパガンダで攻撃、50万名規模の組織を編成して圧力をかけ、大統領をすげ替えることになっていたという。現在、アメリカの支配層がカネ儲けに邪魔な政権、体制を倒すために使う手法と基本的に同じだ。バトラー少将の知り合いだったジャーナリストのポール・フレンチもクーデター派を取材、その際に「コミュニズムから国家を守るため、ファシスト政府が必要だ」と言われたと議会で証言している。

 このクーデター計画を聞いたバトラー少将はカウンター・クーデターを宣言する。50万人を動員してファシズム体制の樹立を目指すつもりなら、自分はそれ以上を動員して対抗すると告げたのだ。つまり、ルーズベルト政権を倒そうとすれば内戦を覚悟しろというわけである。その結果、クーデターは中止になるが、クーデター派を追及して内戦になることを恐れたルーズベルト政権は曖昧なまま幕引きを図った。大戦の終盤、ルーズベルトはドイツや日本の略奪財宝を回収するのと同時にナチスと巨大企業との関係を明らかにしようとしていたと言われているが、これはルーズベルトが執務室で急死したため、実現しなかった。

 何度も書いてきたが、JPモルガンと日本とを結ぶキーパーソンはジョセフ・グルー。駐日大使として1932年に赴任してきたが、彼のいとこのジェーンはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアの妻だ。またグルーの妻、アリス・ペリーは少女時代に日本で生活、華族女学校(女子学習院)へ通っている。そこで後に大正(嘉仁)天皇の妻(貞明皇后)になる九条節子と友人になったという。

 グルーは1932年から41年まで駐日大使を務めているが、妻と皇室との関係も利用して松平恒雄、徳川家達、秩父宮雍仁、近衛文麿、樺山愛輔、吉田茂、牧野伸顕、幣原喜重郎らと親しくなったという。1941年12月に日本軍がハワイの真珠湾を奇襲攻撃してアメリカに宣戦布告した直後、グルーは大使の任を解かれたが、42年になって岸信介(つまり安倍晋三の祖父)はグルーをゴルフに誘っている。それから間もなくしてグルーはアメリカへ戻った。(Tim Weiner, "Legacy of Ashes," Doubledy, 2007)大戦後、グルーはジャパン・ロビーの中心メンバーとして「右旋回」、つまり戦前回帰を推進する。安倍首相やその仲間たちはこの政策を促進しようとしているだけである。
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201606210000/


3. 中川隆[3094] koaQ7Jey 2016年6月30日 06:34:14 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[3434]

英国のEU離脱は、難民、移民問題とからめて語られることも多いですが、もう一つの焦点はエリート主義です。特権階級が優雅な生活をおくるために、様々な優遇を自分たちにかけている。

EUというエリート主義は、貴族文化が色濃くのこる欧州といえど、国民の反発を招きはじめている。いわゆるブルーカラーにとって、難民や移民がその生活をさらに苦しめている、その制度を押し付けてくるのが、裕福な暮らしを送るEUだ、というのが強い反発を招く。エリート主義への反抗、それは世界全体でおきつつある潮流でもあります。

では日本、メディアがそうした動きを察知し、ポピュリズム批判をくり広げることで防ごうとしている。ナゼなら、世襲の多い自民党は間違いなく特権階級であって、裕福な生活を公費でおくっている、と見なされ易いためです。そんな自民とつながるメディアほど、ポピュリズムによる意思決定が怖くて仕方ない。国民のための政治ではなく、特権階級が決めて国民に押しつける政治、その方が自分たちにとって都合よいためでもあるのです。

20万円をうけとって「忘れていた」という議員。TPP交渉という国益をかけた外交に立ち会うために海外出張したのに、宴会に明け暮れる議員。エリートが単に頭がよい、というものではなく、特権階級としてのみ機能し、さらに質の劣化したエリートたちにより国が運営されていく、という不安。

日本でも低賃金労働が拡大していく中で、いつか世界の潮流に巻きこまれることになるでしょう。メディアの必死の防戦が、余計にその流れへの恐怖を感じさせます。ケチ、せこい、として辞職した前都知事もそうですが、今問われているのは『自分のための政治をする政治家』を選んでしまうことにより、国民が不幸に陥っているのではないか、ということです。

『自分のための政治をする政治家』を見抜く術は、『自分のためにならない政治家』を殊更に攻撃する、という点です。メディアの執拗なポピュリズム批判と同様、自分大事な政治家ほど他者を攻撃する、その傾向を知っておくことが大切なのでしょうね。
http://blog.livedoor.jp/analyst_zaiya777/


4. 中川隆[6034] koaQ7Jey 2017年1月14日 07:15:18 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[6479]

国際金融資本がひた隠しに隠すお金の秘密 – 2012/5/22 安西 正鷹 (著)
https://www.amazon.co.jp/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E9%87%91%E8%9E%8D%E8%B3%87%E6%9C%AC%E3%81%8C%E3%81%B2%E3%81%9F%E9%9A%A0%E3%81%97%E3%81%AB%E9%9A%A0%E3%81%99%E3%81%8A%E9%87%91%E3%81%AE%E7%A7%98%E5%AF%86-%E5%AE%89%E8%A5%BF-%E6%AD%A3%E9%B7%B9/dp/4880862908


安西正鷹『国際金融資本がひた隠しに隠すお金の秘密』を読み解く 2017年01月11日

要旨


・複式簿記という魔術。


・信用創造の仕組みを解き明かす複式簿記。
お金は信用創造を通じて爆発的に増えるが、
そこで大きな役割を果たすのが「複式簿記」だ。


・紙幣や硬貨、預金という記号のお金にせよ、
複式簿記の知識なくしてお金の本質を
十分に理解することはできない。


・複式簿記の知識は公認会計士や税理士、
また企業会計に携わる経理部門の専門職だけのものではない。


・パチョーリの『スンマ』はすべての商人にとって
標準的な参考文献となり、
イタリアをはじめ欧州各国で刊行された
多数の教本のモデルだ。


・『スンマ』では数学と簿記が同程度に重みを持つ
位置付けで併記されているが、
これには重要な意味がある。
パチョーリは数学(特に幾何、黄金比)と商業・経済、
そして複式簿記とが密接な関係にあると
意識していたことが物語るからだ。


・ヴェネツィアの黒い貴族は事業システムに熟達し、
複式簿記の他にも為替手形を創造するなど、
革新的な金融経済の技術を開発した。


・複式簿記は信用創造の発生源である。


・イングランド銀行を動かす真の実力者は宮廷ユダヤ人であった。
彼らの名前は決して公にはされなかった。
だが、イングランド銀行を設立した1694年以降、
同銀行を通じて宮廷ユダヤ人が
英国王室を支配するようになったことは公然の秘密だ。


・大英帝国の真の統治者テンプル騎士団。


・イングランド銀行が設立された当時の君主は、
オレンジ公ウィリアム三世である。
ウィリアム三世はテンプル騎士団と関係の深い
オランダのフリーメイスンであり、
イギリスにやって来てからフリーメイスンの「オレンジ結社」を創設した。


・テンプル騎士団は中世欧州で活躍した
秘密結社的な騎士道修道会である。
第一次十字軍が得た聖地エルサレムの防衛に主要な役割を果たした。
だが、これは表の顔であり、
特筆すべき点は裏の顔にある。


・すなわち、構成員が所属前に保有していた不動産や
各国の王族や有力貴族から寄進された土地など、
騎士団が保有する資産のほとんどを換金して、
その運用のために独自の金融システムを発達させ、
国際銀行の元祖ともいうべき役割を果たしていた。


・テンプル騎士団は14世紀初頭に
フランス王フィリップ4世によって壊滅させられ、
以後は活動が禁じられたが、その残党は地下に潜り、
復活の機会を虎視眈々と狙っていた。


・テンプル騎士団員の子孫は、
薔薇十字団とともにフリーメイスンを乗っ取り、
イルミナティに潜入した。
彼らこそ大英帝国の真の統治者であり、
シティ・オブ・ロンドンこそ彼らの首都である。
http://archives.mag2.com/0000258752/20170111070000000.html?l=xfa0394dd9


5. 中川隆[-5593] koaQ7Jey 2018年3月01日 09:50:33 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]

黒い貴族の生み出した東インド会社とは? 2017-02-19
https://ameblo.jp/walker-memo/entry-12246766394.html

世界最古の株式会社、東インド会社とは?

東インド会社は、明治維新や現代にまで直接影響を与えます。当時のオランダは、強大な国でした。最初にこちらの記事を読んで頂くと嬉しいです。

イギリスとオランダの関係 オレンジ公ウィリアムと世界の王室について

オランダ海上帝国 wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%80%E6%B5%B7%E4%B8%8A%E5%B8%9D%E5%9B%BD


17世紀初頭、ネーデルラント連邦共和国はオランダ東インド会社を設立、東インドに進出してポルトガルから香辛料貿易を奪い、さらにオランダ西インド会社も設立するなどして次第に植民地を拡大し、黄金時代を迎えた。17世紀から18世紀にかけて植民地主義大国として飛躍したことから、本国及び植民地一帯を指してオランダ海上帝国という。

基本情報

東インド会社 wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E4%BC%9A%E7%A4%BE


東インド会社


東インド会社(ひがしインドがいしゃ、とうインドがいしゃ)は、アジア地域との貿易独占権を与えられた特許会社。重商主義帝国下、特に貿易差額主義に基づく経済活動に極めて大きな役割を果たした。なお、ここで言う「インド」とはヨーロッパ、地中海沿岸地方以外の地域をさす。同様の特許会社に新世界との交易を行った西インド会社がある。各国ごとに設立され、以下のようなものがある。オランダ東インド会社は世界初の株式会社としても有名である。

関連会社
•イギリス東インド会社
•オランダ東インド会社
•スウェーデン東インド会社
•デンマーク東インド会社
•フランス東インド会社
関連項目 •勅許会社
•西インド会社
•オランダ海上帝国

※今回はオランダとイギリスの東インド会社を取り上げます。

オランダ東インド会社とは?

オランダ東インド会社 wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%80%E6%9D%B1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E4%BC%9A%E7%A4%BE


日本ではカトリックとスペイン・ポルトガルのつながりに警戒感を強めていた江戸幕府に取り入りポルトガルの追い落としに成功、鎖国下の日本で欧州諸国として唯一、長崎出島での交易を認められた。アジアにおけるポルトガル海上帝国はオランダ東インド会社の攻勢によって没落した。イギリス東インド会社やフランス東インド会社もオランダとの競合に勝てず、東アジアや東南アジアから撤退して、インド経営に専念することになる。

(略)

主要年表
•1596年 最初のオランダ船、東インド到着
•1600年 リーフデ号日本漂着
•1602年 オランダ東インド会社設立
•1609年
•平戸オランダ商館開設
•1641年
•オランダ商館平戸から長崎出島に移転
•1799年 オランダ東インド会社解散

※日本との関係のみ抜粋、全体の詳細はwikipedia本文をお読みください。

オランダ東インド会社 世界史の窓

http://www.y-history.net/appendix/wh0904-057.html

アムステルダム証券取引所 wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AB%E3%83%80%E3%83%A0%E8%A8%BC%E5%88%B8%E5%8F%96%E5%BC%95%E6%89%80


アムステルダム証券取引所は世界で最古の証券取引所だと考えられている。1602年にオランダ東インド会社によって、株券や債券を売買するために設立された。それは、かつて有価証券を取引するために設立された取引所の名称を変えて証券取引所としたものである。

イギリス東インド会社とは?

イギリス東インド会社
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E6%9D%B1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E4%BC%9A%E7%A4%BE


イギリス東インド会社(イギリスひがしインドがいしゃ、英: East India Company(EIC))は、アジア貿易を目的に設立された、イギリスの勅許会社である。アジア貿易の独占権を認められ、イングランド銀行から貸付を受けながら、17世紀から19世紀半ばにかけてアジア各地の植民地経営や交易に従事した。

当初は香辛料貿易を主業務としたが、次第にインドに行政組織を構築し、徴税や通貨発行を行い、法律を作成して施行し、軍隊を保有して反乱鎮圧や他国との戦争を行う、インドの植民地統治機関へと変貌していった。インド大反乱の後、インドの統治権をイギリス王室に譲渡し、1858年に解散した。


厳密には「イギリス東インド会社」は単一の組織ではなく、ロンドン東インド会社(旧会社)、イングランド東インド会社(新会社)、合同東インド会社(合同会社)という三つの会社の総称である。

イギリス東インド会社 世界史の窓

http://www.y-history.net/appendix/wh0904-071.html

徳川家と東インド会社


イギリス東インド会社と江戸幕府

http://historiajaponica.com/2016/11/04/%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E6%9D%B1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E4%BC%9A%E7%A4%BE%E3%81%A8%E6%B1%9F%E6%88%B8%E5%B9%95%E5%BA%9C/


イギリス東インド会社は16世紀にイギリスによって設立された国策会社ですが、短期間ではあるものの、江戸幕府が施政する日本と貿易を行っていた時期がありました。

1611年、当時のイギリス国王ジェームス1世の国書をともにジョンセーリスが来日し、徳川家康と謁見し、家康の許可も得て平戸にイギリス商館が開かれ、リチャードコックスが商館長として仕事をすることになります。

リチャードコックスの在任中、平山常陳という人物がカトリックの宣教師を乗せた朱印船をマニラから日本に向けての航海中にイギリス・オランダの商戦艦隊の襲撃を受け、平戸に曳航されるという事件が起きており、江戸幕府は既に切支丹に対する禁令を出していたことから、その後の切支丹迫害に拍車がかけられていくことになります。

この事件からは1620年の段階では、ヨーロッパのカトリック系国家と新教系国家の間の東洋貿易に関する覇権争いが激しく、同じ新教の国であるイギリスとオランダの船が協力してカトリック系の排除に動いているということが分かります。イギリスとオランダとの間の貿易競争も激しかったようですが、少なくともカトリックに対する態度としては一致していたという理解の方がより真相に近いかも知れません。

1623年にはオランダ人がインドネシアのアンボイナのイギリス商館を襲撃し、商館員が全員殺害されるというアンボイナ事件が発生します。この事件をきっかけに、平戸のイギリス商館は閉鎖され、ヨーロッパの対日貿易はオランダ独占するという状況になります。

1673年にイギリス船籍のリターン号がチャールズ2世の国書を携えて長崎に入港しますが、チャールズ2世がカトリックの国であるポルトガルのカタリナ王女と結婚していることを問題視し、通商を拒否し、イギリスは対日貿易からは完全に締め出されることになりました。

大航海時代の駿府の家康公

http://www.visit-shizuoka.com/t/oogosho400/study/05.htm

大坂の陣 オランダに記録 東インド会社駐在員の書簡
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG21HBG_R20C16A9000000/

黒い貴族と東インド会社

ベネチアの黒い貴族とは誰なのか?

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&t=6&k=2&m=289908


西暦480年頃に西ローマ帝国が滅びた後、ローマ帝国の一部の貴族がヴェネチアに避難した際に、特権を享受していた一部のユダヤ人もヴェネチアへ非難し、ヨーロッパの貴族階級に同化していった。その中で現地人より色が浅黒かったので「ヴェネチアの黒い貴族」と呼ばれるようになる。彼らはキリスト教国家とイスラム教国家の間の地中海貿易を独占していた。そして黒い貴族は地中海貿易から大西洋貿易に移るためにヴェネチアからオランダへ、さらにイギリスへと移動していき、世界初の株式会社であるイギリス東インド会社を設立する。

(略)

「東方見聞録」で有名なマルコ・ポーロも、ヴェネチアの黒い貴族が送り出したエージェントだったのです。

大航海時代の背景はポルトガルとかスペインとか英国とかという、それぞれの国家ではなく、ヴェネチアに浸透する金融寡頭権力だったのです。そのようにして彼らは世界支配をさらに進めたわけです。

アメリカ・デフォルトは起きるのか!? -11 〜サヴォイ家・ヴェルフ家の世界戦略〜

http://www.kanekashi.com/blog/2014/07/2755.html


大航海時代から始まった「イエズス会」・「東インド会社」は、それぞれ布教・貿易を目的として、領域拡大を行っていきましたが、実は、この動きがサヴォイ家・ヴェルフ=ヘッセン家の世界戦略だったのです。


ポルトガル・スペインの侵略の流れ

http://www.kanekashi.com/blog/wp-content/uploads/2014/07/3f1b4f222dfeae7822c3aca10453c393.jpg

“東インド会社”と“アヘン”を利用し、ボロ儲けした「ヴェルフ家」
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=290557

英国東インド会社によるアヘン貿易の真相 by ユースタス・マリンズ

http://satehate.exblog.jp/8777131


英国東インド会社によるアヘン貿易の真相 

大英帝国は海賊行為と奴隷制と麻薬貿易によって繁栄した。

ドレーク海賊団(サー・フランシス・ドレーク[1540?-1596]を首領とする)がマーチャント・アドヴェンチャラーズ商会(セバスティアン・カボット)と変わり、これがのちに東インド特許状会社となった。

※ここでもキャボット(カボット)家が現れる。キャボット家についてはこちら。

黒い貴族キャボット家とブルッキングス研究所 現代日本への影響

元英国情報将校ジョン・F・コールマン博士の説によると、三百人委員会の前身はイギリス東インド会社にあるという。

「300人委員会」

http://sun.ap.teacup.com/souun/599.html


バビロンの捕囚の中に“パリサイ派”という秘密結社ができたが、このタルムード派ユダヤ教の中からルシファー悪魔大王を崇拝する“カバラ学派”が出現し、トーラーとエホバを信仰する伝統的なユダヤ教を捨てた。
この勢力はヴェネチア、オランダ経由で17,8世紀に大英帝国をそっくりまるごと取り込んだ。無神論的な思想を根底にもち、先に紹介したロスチャイルド家はこの一派である。18世紀に英国東インド会社の300人評議会を母胎にして全世界的に発展させた“300人委員会”が設立された。

三百人委員会についてはこちら。

イルミナティの中枢組織 三百人委員会 (オリンピアンズ)とは?

アメリカと東インド会社

イギリス東インド会社の旗

「インデペンデンス・デー」でアメリカが独立した国は?

http://unakarma.info/archives/1028



イギリス東インド会社の北米支社として出発したアメリカ合衆国
http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/a2a8f1c317e732b9479b82f98212fc54?fm=rss

【再掲載】9/26追記『アメリカ合衆国は東インド会社-北米支店』1776年-独立宣言の前後1年強アメリカの旗は東インド会社の旗だった!2011/6/2 CNN.co.jp:キッドを支援していたのは、実は東インド会社のライバル(貴族、海軍、政府機関)だった。

資料

東インド会社人物禄

http://www.geocities.jp/bombay_marines/history/history-2.html

壊される日本
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/umanoshuji.html

イギリス東インド会社の忠実な召使いだったトマス・マルサスの『人口論』 by ジョン・コールマン

http://satehate.exblog.jp/8770049

海賊集団から発展したイギリス東インド会社

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&t=6&k=2&m=309594

オランダ wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%80

モスクワ会社 wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%AF%E4%BC%9A%E7%A4%BE

南蛮貿易 wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E8%9B%AE%E8%B2%BF%E6%98%934

安川隆司氏「アダム・スミスと東インド会社」※ダウンロード

http://ln.is/repository.tku.ac.jp/eDCC

管理人コメント

結局、ヴォルフやその分家ヘッセン、サヴォイなどの黒い貴族が作り上げたイエズス会や東インド会社が現在の地球支配の原型を形作っているのではないか。イルミナティとは、この勢力の世界支配システムなのではないのか。

最初の株式会社から僅か4世紀弱。人類の多くが株式会社という搾取システムに所属しているのは興味深い。これは決して生物として正常な状態とはいえないだろう。

支配者の手口は巧妙だ。二手に分かれ、一方では虐殺し、もう一方では追い詰められた人々を宗教を利用し洗脳して奴隷にする。日本でも同じ手段が取られている。

日本人は沈黙の兵器で虐殺され、格差システムでお金を奪取されている。

他方で様々なカルト宗教を利用し日本人を奴隷化している。

その信者は人口の1割に及ぶだろう。

そして、カルト信者を利用してさらに植民地化を加速させていく。

世界の真実に気付いて行動を始めた人間は、集団ストーカーシステムの餌食となる。

軍隊・警察・マフィア・司法を独占しているイルミナティという毛皮をかぶったこの勢力は、超法規的な活動をする。集団ストーカーシステムについて、そろそろ答えが出そうですね。
https://ameblo.jp/walker-memo/entry-12246766394.html


6. 中川隆[-5592] koaQ7Jey 2018年3月01日 09:53:02 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523]
サタニストに支配されるアメリカキリスト教会(2)
その2:イエズス会:キリスト教世界を内側から破壊する目的で設立された教団
http://www.geocities.co.jp/Technopolis-Mars/5614/satan2.html

 「黒い貴族」によって仕組まれたプロテスタント宗教革命
             
 こういった淫らなカルト宗教は、その多くが麻薬、とりわけアヘンとメスカリンの使用を薦める。
メスカリンは人格変容タイプの幻覚剤の一種だ。ただし、LSDは実はメスカリンではなく、エル
ゴタミンという、偏頭痛などの治療薬に今日広く使われている化学物質を元にしている。
 ほとんど議論されることはないが、米国の殖民地が戦争に踏み切った理由は、彼らがイギリスの
アヘン政策に反対したためだ。ここでは、アヘン政策はイギリスの公式文書によるものだったと述
べておこう。これはもちろん、アヘン貿易のことだ。「ティー・クリッパー」といわれた有名な中国
からの快速帆船は、通常は茶ではなく、インドのベンガル地方から中国にかけての各地で積み込ん
だアヘンを、喫水線まで満載していた。別の著作でわたしは、ジョン・ジェイコブ・アスター一族
やラッセル家など、いわゆるアメリカの 「貴族」 ファミリーがこの 「死の貿易」 で果たした役割に
ついても論じている。アメリカ独立戦争時にイギリスの傭兵となったへッセン人への支払いは、実
はイギリスがアヘン貿易で蓄積した金から出たものだった。これは、東インド会社のスパイの元締
めから経済学者に転じたアダム・スミスが、その著『国富論』で明らかにしている。アダム・スミ
スは、まず何よりもアへソのプロモーターであり、経済学は二の次だった。
 キリスト教原理主義者が歴史に最初に登場するエピソードのひとつは、イエズス会で訓練を受け

た宣教師がアヘン貿易に関わっていれというものだ。イエズス会はそれ自体、ヴェネチアの黒い貴
族によって、キリスト教世界を内側から破壊する目的で設立された教団だった。原理主義の宣教師
らが中国とのアヘソ貿易で働いていたのとまったく同じように、現代の中央アメリカでも、実に多
くのキリスト教原理主義宣教師がエルサルバドルやホンジュラスの政治に深く関わっている。大多
     
数は真撃な人物で、この点では、宗教的「大義」 のために三〇年戦争を戦った熱心な信者と変わら
ない。また、操られているという点も同じだ。
 
キリスト教原理主義者は、わたしが 「宗教もどき」とよぶ、この誤った考えを繰り返す傾向が特
に強い。そしてもうひとつ、キリスト教原理主義者が受け入れ、説いているなかで非常に悪質なの
が、流血や戦争(およびその噂) は「キリスト再臨がちかい」 ことを示す「計数器」だ、というも
のだ。これは平和の原動力とはならない。エルサルバドルやグアテマラでは、多くのキリスト教原
理主義者が 「カトリックと戦って」 いて、これも、同地域できわめて深刻な脅威となっている。
 こういったプロテスタソト原理主義者のうちの何人が、プロテスタント宗教革命が仕組まれたも
のであったことを知っているのだろう。わたしは意図的に 「仕組まれた」 ということばを使ったが、
仕組んだのはヴェネチアとジェノアの黒い貴族ファミリーで、イエズス会の創始者であるイグナチ
ウス・ロヨラも彼らが作り上げたものだ。公平に見て、プロテスタソト原理主義とローマカトリッ
                                          
クのとの間の抗争は、地上でのキリストの業を広めるものではなく、むしろその敵であるカルト宗
教や秘密結社、そしてその主人 〔=地上でのキリストの業を憎む者ども) の手のなかで踊ることに
なる、と言うべきだろう。


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