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シリアでの戦闘は、米国にとっては“解けない方程式”〜宮田律著『アメリカはイスラム国に勝てない』から
http://www.asyura2.com/13/dispute31/msg/252.html
投稿者 仁王像 日時 2015 年 3 月 24 日 20:05:21: jdZgmZ21Prm8E
 

「アメリカはイスラム国に勝てない」宮田律/PHP新書‘15年 から抜粋

第1章 「イスラム国」に翻弄される米国
≪イスラム世界で深まる「スンニ派」と「シーア派」の亀裂≫
 「自由シリア軍」の兵士たちも腐敗しており、米国から供与され武器を「イスラム国」に売却し、現金を手にする者もいる。米国が軍事的知識を「自由シリア軍」に与えれば、それもイスラム国に伝達される場合がある。

≪本音では「イスラム国」根絶に自信がないオバマ≫
≪米国と違って「イスラム国」には戦略がある≫
 組織は統治能力をもち、空爆に遭遇すると、兵士たちは撤退し、再結集する。
 「イスラム国」はシリアの権力空白に乗じても、勢力を拡大している。米国が支援する「自由シリア軍」の陣地を奪い、そこから米国製の兵器を獲得した。米国の「イスラム国」に対する戦略は迷走を見せている。

≪イランはイラクでは米国の味方、シリアでは米国の敵≫
 シリアでの戦闘は、米国にとっては“解けない方程式”のようなものだ。
米国は、イラクではイランを必要としているが、シリアではイランを敵と考えている。マケインの視野はシリアに中心が置かれていて、イラクには十分注意が届いていない。彼は、「自由シリア軍」への軍事的テコ入れを継続して主張している。1980年代のアフガンでの対ソ連戦争の際、マケインはアフガンのムジャヒデンたちに武器を供与することを熱心に唱導していたが、そのムジャヒデンたちの中から米国に対して牙を剥くアルカイダが生まれて行った。

第2章 世界の脅威となった「イスラム国」
≪ヨーロッパ植民地支配がもたらした中東の混乱≫
≪「イスラム国」の台頭」と勢力伸長の背景≫
 シリアやイラクでの「イスラム国」の台頭は、社会的・経済的問題を背景にするもので、これらの問題の改善や解決がないかぎり、軍事力での制圧では、「イスラム国」の根絶には成功しないだろう。
 「イスラム国」の勢力伸長は、シリアとイラクの宗教・民族の分断的構図、激化する暴力に伴う混乱、また米国や他の国際社会のこれらの国に対する関与の失敗によって可能だった。
 アバディ新政権の政治腐敗が解消されないかぎり、イラク政府は民意とつながることができず、米軍やイラク政府軍は「イスラム国」の勢いを軍事力だけで封じることは決してできない。

≪石油と不動産が「イスラム国」の経済基盤に≫
 「イスラム国」は一日3千万バレルの石油を生産すると見られる。その量はイラク戦争中、シーア派の武装集団が年間5億ドルを密輸で稼いでいた額に比べると少ない。
 イラン、イラク、シリア、トルコのブラックマーケットのディーラーたちは、「イスラム国」が石油製品を売る努力を“支援”してきた。これらのディーラーたちは安い価格で「イスラム国」から原油や石油を購入し、世界市場で同様な額で売って、莫大な利益を得てきた。この闇のビジネス・ネットワークは、1990年代のサダム・フセイン政権時代への経済制裁を背景に築かれたものであった。

≪「イスラム国」支配地域の統治システムとは≫
 「イスラム国」の軍事行動は、正統なものから、米軍占領時代に培ったゲリラ戦術まである。さらに優れた土地勘などがあって、その成功の礎となっている。
「イスラム国」はシリアとイラクで、行政機構を二つに分けていると見られている。地方行政には12人のワーリーがいるとされる。その知事を含めた「イスラム国」の閣僚25人のうり1/3がフセイン政権時代の旧将校たちで、彼らのほぼ全員が米軍によって拘禁された経験をもつ。バグダディは「イスラム国」の統治については、外国人ではなくイラク人を登用している。それもイラクの求心力を高める背景となっている。他方、メディア部門のトップはサウジ人、また戦闘グループのなかには、チェチェン人主体でチェチェン人が指揮するものもある。

≪米軍による「イスラム国」空爆を疑問視するラッカ市民≫
 2014年11月、「イスラム国」のシリアでの首都であるラッカでは、米軍の空爆によって「イスラム国」の兵士たちが撤退した。しかし「イスラム国」を駆逐した米軍に対する感謝の声は聞かれない。食糧と燃料の価格は劇的に上昇し、電気は止まり、権力の空白が生まれつつある。「イスラム国」は住民たちに基本的なサービスを提供し、社会的安定を図っていたのである。米軍の空爆は当然、ラッカ社会を安定させる意図のものではなかった。
 「イスラム国」によるラッカの統治は、彼らがラッカにやってくる以前の無秩序ぶりに比べるとはるかによかった。それは、1990年代にアフガンでタリバンがあっと言う間にアフガンをほぼ制圧したのと似ている。この当時、軍閥同士の戦闘に、アフガンの人々は辟易していて、厳格なイスラム支配ながらアフガン社会に平和と秩序をもたらしたタリバンを歓迎した。ラッカでも、「イスラム国」に対する無条件の支持があったというわけではない。苛酷な刑罰、イスラム的価値の強制などによって、数千人とも見られる人々がラッカを離れている。  

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