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シエラレネでの武装解除〜厄介な子供兵の扱い〜彼らは、ただ略奪すること、殺すこと、女の子をレイプすることしか/伊勢崎賢治 
http://www.asyura2.com/13/dispute31/msg/466.html
投稿者 仁王像 日時 2017 年 4 月 15 日 14:42:33: jdZgmZ21Prm8E kG2JpJGc
 

シエラレネでの武装解除〜厄介な子供兵の扱い〜彼らは、ただ略奪すること、殺すこと、女の子をレイプすることしかやっていない/伊勢崎賢治の著作から

4章 戦争が終わっても
≪50万人を犠牲にした戦争犯罪を、平和のために赦す?≫
 僕の経験において、戦争前、戦争中、戦争後のすべてにかかわったのが、シエラレネです。2001年、国連からの要請があって、戦争を終わらせるためにゲリラ組織と交渉し、銃をおろさせる「武装解除」の責任者をやってくれと言われた。1年かけて、約5万人の戦闘員を投降させ、この内戦は終結しました。

 対立している同士の和解を説得するのって、簡単に言うと、時期がすべてなんだね。戦争って、初めはどちらも勝てると思っているから誰も止められない。でも、なかなか決着がつかず戦況が膠着し、このまま戦っても完全勝利はないな・・・という予感が双方の脳裏によぎったとき。こういう時じゃないと、第三者は仲介できません。
 僕ら仲介者は、その予感を想像力のなかで現実的なものにする。
米国が仲介したシエラレネ政府と反政府ゲリラRUFとの停戦合意は、1999年。
この内容がすごかった。

 まず50万人の一般市民を犠牲にしたという戦争犯罪を完全に赦しちゃう(ルワンダと違う)。それだけじゃなく、RUFのドンだった人物を副大統領にしちゃう…。これには国際社会がビックリした。こんなことをされては「人権」がもたないと。じゃあ、これ以外の方法があるかというと、みんな黙るしかない。…紆余曲折はあったけど、武装解除はなんとか進んだ。

 僕は、人権の大切さは身に染みて理解しているつもりです。だけど同時に、人権の脆弱さも身に染みて分かっている。人権を守るための措置はダブル・スタンダードだらけだし、人権に、いわゆるユニバーサル・バリューがあるなんて、君たちに、とてもじゃないが恥ずかしくて言えない。
 現在も続くシエラレネの戦争裁判は、特殊なものです。その一つが「子供兵」の問題です。

≪僕がつくった学校の生徒が、虐殺する側の兵士≫
 シエラレネの内戦は、部族間の戦争ではなく「世代戦争」といえます。旧態依然の腐りきった社会をぶっ壊そうという革命が始まり、若い人たちがどんどん引きつけられていきました。革命が内戦化し、長期化の兆しが現れると、この「若さ」に歯止めが利かなくなってきた。小さい子供が使われ始めたのです。
 彼らが使うのはカラシニコフという武器。発砲の反動は小さく、子どもでも使用できる。一番多かったのは君たちの年代かな。18歳は年長の方だった。彼らは親や家族もなく教育も受けず、ただ略奪すること、殺すこと、女の子をレイプすることしかやっていない。

 こいつらと交渉なんて、ほんと、今、考えるとバカらしく恐ろしかった…。武装解除の説得は「上」からやります。やっかいなのは、子供兵士だけでなく、「子供司令官」もいたのです。
 現在のシエラレネは、観光旅行ができるくらい「平和」です。小学校を覗いてみると、クラスの中に必ず、まわりの子らに比べて背の高いのが数人いるはずです。その子たちが、リハビリ中の元子供兵です。
 シエラレネは本当に小さな国で、虐殺の被害者家族や手足を切られた犠牲者は、それをやったゲリラ兵の顔を覚えていて、その居場所もわかっちゃうのです。
 次の世代の子供たち、彼らは、教室で何食わぬ顔で隣に座っているトゥのたったお兄ちゃんたちが何をしたか、知っています。そのお兄ちゃんたちは特別なケアを受けているから、血色も良くて身なりもいい。このような状況は、子供たちにどのようなメッセージを送っているのか。僕は静かな恐怖を感じます。

【出典】「本当の戦争の話をしよう〜世界の「対立」を仕切る」伊勢崎賢治/朝日新聞社‘15年
(本書は、2012年1月、福島県立福島高等学校で、5日間によって行われた講義録である)  

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コメント
 
1. 仁王像[1452] kG2JpJGc 2017年4月15日 14:45:24 : J0PMwohQ2c : cv1HqvtXsKA[1]
シエラレネ→シエラレオネに訂正。

2. 仁王像[1453] kG2JpJGc 2017年4月15日 21:03:12 : A5X3ybMdKQ : OstQIo787eY[3]
 【出版社→朝日出版社に訂正】

朝日出版社 第二編集部 ブログ
http://asahi2nd.blogspot.jp/2015/01/isezakimaegaki.html

まえがき

2012年1月8日、日曜日。

雪がチラホラ降るなか、初めて訪れた福島県立福島高等学校は、東日本大震災で2つの校舎が使用不可能になっていた。

休日の誰もいない静まりかえった廊下をしばらくたどると、かすかにざわめきが聞こえて来る。ドアをあけると、総勢18名の高校2年生。

このときの僕は、ガチガチに緊張していたと思う。

相手は多感な年頃である。子供には、理想を思い描き、没頭する特権がある。そうであればこそ、冷たい現実のなかで彼らに知らせなくていいものは、確かに存在する。2人の息子の親として、そう思う。

本書の企画は、僕の講義の相手をずっと探していた。福島高校になった経緯は、あとがきに譲るが、僕の経験のどこまでを知らせていいのか。実は、この初日までまったく焦点が定まっていなかったのである。

僕は国際紛争の現場で、戦闘を止めさせるために、武装勢力の犯罪を反故にしたり(なぜなら罰されるとわかっていて銃を下ろすわけがないから)、アメリカが破壊した国を、アメリカの利益になるように作り替えたり、それが上手くいかないとなると、テロリストと呼ばれた人間たちとの和解を模索したり……。つまり、戦闘がない状態を「平和」、悪いことをした人間を裁くことが「正義」だとしたら、両者が必ずしも両立しない現実を経験し、いや、そういう現実をつくる当事者としてやってきた。

僕の経験と知見(そう呼べるとしたら)は、あくまで、彼の地における異邦人としての立ち位置のものである。つまり、国際紛争の当事者たちとは、密接にかかわることがあっても、決定的な壁が存在する。彼らが被る、生存にかかわる「脅威」を理解できても、共有することはない。
しかし、2011年の大震災と東京電力福島第一原発事故では、日本人として僕自身が「脅威」を共有することになった。

「脅威」は、時に人間に、それから逃れるための究極の手段として、戦争を選択させる。

「平和」と「正義」の関係は一筋縄ではいかなくても、やはり、何の罪もない一般民衆が、自らがつくったのではない原因で命を落とすことは、何とか最小限にとどめたい。でも、その「脅威」の形成に、実は、罪のない民衆自身も主体的にかかわっているとしたら。

こんな自問自答が、日本に落ち着き、大学に身を置くようになって以来、日増しに強くなっていった。僕自身、当事者としての「脅威」の実態を見つめる機会と仲間がほしかった。

福島高校の彼らは被災者である。さらに、原子力産業というひとつの構造的暴力の被害者側にいる。ヘタなことを言ってガラス細工のように壊れちゃったら……。

杞憂であった。

彼らのほうが冷静で、かつ辛辣な観察にユーモアを添える余裕も持ち合わせていた。5日間延べ20余時間に及ぶ授業のなか、僕自身が「日本人のありよう」を思い知らされる場面があったのだが、そんなときも、うろたえる僕を慮るおおらかささえ感じた。

震災、そして原発事故という非日常のなかにいた彼らと、国際紛争という通常の日本人には非日常な世界を、単に知識・情報の伝達ではなく、どこまで共有できるか。

その試みは、予想以上にスリリングであった。


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