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<六蔵氏専用スレッド>
http://www.asyura2.com/14/idletalk41/msg/826.html
投稿者 日 日時 2020 年 5 月 23 日 21:49:12: IR1H95zbmUf8k k_o
 

阿修羅管理人殿

六蔵氏とは名無し状態でこれまで当方投稿コメント欄で色々交信しましたが、
他者との混同や当方の複数投稿内での不順交信で時系列が混沌し言質も取れない中、
個人間メールやご自分での新規投稿をお勧めするも拒否のご事情もあり、
六蔵氏提案で当方の主張や提言以外での会話はこちらのコメント欄を使わせていただくことになりました。よろしくお願い致します。

六蔵氏へ

ただし当方の主張や提言に関する質疑応答で有れば、そちらにコメントください。
 

  拍手はせず、拍手一覧を見る

コメント
1. 2020年6月01日 23:49:22 : bdYuOnJhm6 : b1QyaDlFMnovNWc=[1] 報告
依頼を形にして下さったので、有り難く活用させていただきます。
「六蔵」を名乗るのはあくまで「日」氏側からこちらへ会話の応答を呼びかけやすいものとしたかったためであり、それ以外にこの何の思い入れも無い名を使う予定はこちらにはありません。
まずは誰が何を書いたかより、書かれた内容のみに注目していただきたいと思っています。ですのでこうした形を願い出ています。
此処にはとりあえず、ひとしきり、わたしの頭の中に在る考えなどを小分けに書こうかとおもっています。
2. 2020年6月04日 16:30:23 : uFX2iat5EM : ZERDSWUyOWpEbXM=[1] 報告
コロナの影響か、経済の煽りの影響か、どちらにしても既に家賃を払えず、住む家を手放す・追い出されるという人々が現れていると、昨晩NHKのドキュメンタリーで報じられておりました。国や行政は「そうならないよう」政策を指導していたはずですが、案の定、「尻つぼみ」や「肩すかし」の結果に終わったように伺えます。

「国の幇助から漏れる人々」がいること自体、本来的に国家を運営するものにとっては恥ずべきものと思います。それを出さないための政策が基本、民主国家のルールづくりとしてなされて然るものです。しかもそうしたところに助け舟が出されることになるのは、現状、かなりギリギリまで追いつめられてからのことだと理解します。

当然ながら身の丈を越えた所有は手放す必要があるかとは思います。ですが、そうした以前に何故それほど苦しい生活に追いやられてしまう人々がいるのかを考えた時、そこには様々な理由があるにしろ、一概にそれらすべて自己責任と責め立てることは出来ないものだと思います。

先ずは誰もがそうなってしまわないための社会デザインこそが必要であると理解します。
何より先決であることを何処かと置いおとぎ話の話にしてはいけません。現実を無視して現実を語る事は出来ないと思います。

戦後から殆どかわらぬ社会通念のまま、人々は常識やお決まりの認識を正しいもの、善いものと頭に入れては来たものの、より良くするために改善しようとは思い立つことは出来なかったのだと思います。またその問題は、そうした立場を理解する側が常に少数点として切り捨てられていたことも原因であったと理解します。
それは古い慣習としての同調圧力と、戦時中にそうして築かれて来た国民学校の軍部指導の教育によるものです。そこでほぼ等しく情愛と勇猛のドラマと認識を共有し合う仲間を失うことへの恐怖認識が与えられ、萎縮し、思考停止してしまっているというだけです。
ややもするとすぐその圧力は表に解かれ、対立を煽る観念の枝葉に別れ、同胞同士が罵り合う結果となります。

物事に優先的な序列をつけたがる社会、つまり中身の優美さが見えにくい文化性では、必ずその末端にそうした社会の歪みの煽りの影響を被る側が生まれます。末端である程純粋で無抵抗で、粗悪な社会が生み出す圧力はその抵抗の低い方へと押し流されて行きます。そしてそこに苦しみに堪えて沈黙を強いられる人々が生まれます。それは抑圧に堪えかねた社会から押寄せるハラスメント的圧力です。
社会が一定にその憤懣を抱えることで、そこでもっとも無抵抗なものが被害者となります。そこでは加害側が無自覚であることが問題です。
そうして国の中心がそのように「自分のことで手一杯」の状況であることもまた、状況の改善が期待できない理由のひとつとなります。

一方で、政府は大企業には大変手厚くしてきました。
ひとたび国策とした利権の温床で繋がった企業が破綻しかけようものなら、あらゆる手を駆使してすばやくそれらを庇護します。
もっともらしい理由として「経済を優先させるため」が挙げられますが、しかしそこでは従業員は大量解雇されます。こうしたことが本当にしょっちゅう起きます。そのことが、社会、しいては一般国民の暮らしにとって多大なる弊害となっています。そのことで国民間には常に一定に、「埋まらない格差と差別」と「優先順位」が決定づけられることとなります。これで上級と下級とに国民を位階別に分けられても大変心外で遺憾である訳です。

そもそも、民間の企業の損失を補填する場合、もはや特定権益のための企業であってはならないはずです。国家がその負債を買い上げする訳ですから、国民がそれを幇助すると云う形であるのです。その時点でまずその企業体が本当に国民に益するものなのかを吟味するのは国民側であり、もしそした場合も、公的な運営企業として転身させるか、国民全体に利益を分配して公的機関として国民全体に寄与するものに作り替えねばならないと考えます。
個人が起業したその企業内容だけが国民に益するものであるのか、必要であるかどうかはごく客観的に国民側にその決定権があるはずです。それらを満たすかどうかの条件で篩にかけるべきです。それが嫌なら経営者はそれを赦す所に本籍を移管し、そこに助けてもらえばよいだけでしょう。

そもそも国家とは、人が互いに共助し、そこで得る学びにより、上質な価値観を育み、さらに上を目指して行くことを主として作られたものと考えます。
「そこに生まれた命すべてを幇助し、養うべき族柄とみなし」ひとりとして漏らさず養える力を作る・蓄えることを前提とすべきものと理解します。それが難しいとするのは、その自治区分の規模が限度を超えているからで、それはもともと歴史的に見てそうであったように、地方、或いは町単位に区切るのが正解だと思います。

それが「できない」とするのは「何処かに嘘がある」というだけで、言い分としては破綻しています。

組織というのも「枠組みありきでは成功しない」ものであることは今や誰もが理解する所です。国家という大層な「金型」に圧し填められるのではなく、国家の中に於いて人々が活き活きとする暮らし方を理想として描くことを可能とする実験的な取り組みはこの国でも可能だと思います。そうしたアイデアを暖めている人々が日本に多いことは知られていることです。

世界がそうであるように、一つの国家の中にも、それぞれ独立した自治権が行使されて地方が運営されてあるべきです。その中でそれぞれの風土にあった人々の働きや智慧が育まれてきました。そうした人々の強みとしての働きを打ち消すことなく、それを活かしたモデルとして、実験的に先ずは何でも大掛かりにやってみたらいいんだと思います。
まず自国ファーストとして地方独自に地域内における人々の暮らしを安定化に結びつける国力を蓄えることを可能にするのです。その基盤を確立した上で国家全体への貢献を視野に入れる。その方が物事の順列としては筋道が通っています。

そうしてこれまで以上に、対等な関係性で互いに益する所で繋がりを持つとした、柔軟で確かな繋がりである「共和国家」的あり方を模索するのがよいと考えます。

一国家を名乗っても、その資格を国民全体から受けぬままに、特定の受益者だけがのさばりを見せるだけのならず者国家では不協和音が鳴り止むことはありません。

まず正しく国としてのあり方をどうするかは国民全体が等しく決めるべきものと思います。
また、それぞれの地方がどうあるかもそれぞれの地方が自治権を行使してとり決めなければならないことです。そこでSNSを介して討論すればよく、政治家推薦の自称有識者専門懐疑ではなく、各地域区分から選任を受けた代表が話合いをし、第三者もネット上で参加すれば良いと思います。
利権とがっぷり四つで中央政府からの「支持待ち」トップやお飾りリーダーはもはや地方でも「お払い箱」となる訳です。

取りまとめるリーダーなる立場がこれからの時代、必要か不要かは、人々がリーダーを「どのような観点から必要とするのか」に重点が置かれた上で議論されるのが良いかと思います。

リーダーとして名乗りを挙げるものがいても、当然その自覚に見合った働きが必要とされることになるため、人々をただ無理矢理束ねるだけであれば、必ず自然な斥力作用の結果、分裂と分断が起こることになると思います。今や出鱈目をそのままにしておくことは赦されないため、人々がリーダーを欲し、またその本人が力不足を自認するなら、その不足分は常にそれぞれ国民の力に委ねられるほかありません。

本来であれば、初めから広く人々の智慧や力に頼るほかなく、その段取りがうまく、人々から好かれる人間性であればいいはずです。そしてまた、オープンで特定の権益団体に巻かれぬような対策がとれる心の強さも必要とされます。個人的にはブータンの国王や愛媛県の知事はすごく好感が持てます。本音で人々と語り合える立場の人間が必要であるはずです。

とあるこの国の財務大臣が、都が「独自の給付策」を打出した時、「都は財源があるから良いが地方はどうするのかね」と口をとんがらせました。この言葉はわたしの心の中に決定的なものとなっています。地方は独立して経済を回せばいい、と言い放ったも同じです。そして今日の日本国民の置かれた状況を如実に伝えたものだったと思います。

それは財源の豊かな都市部以外、地方は国の庇護する元に無い、ということです。

例えばそれは、日本国土を世界の縮図としてみた時、7都府県に指定された都市部は「先進国」で、それ以外の地方は「安い人件費で賄える資源国」のような扱いと認識であったということを明言した形となります。これが本音であり、この国の真相である訳です。

これでは一国を維持する財源などいくら集めてもつくり置きしても、「あってない」状況と一緒ということであるはずです。そのように彼らはやりくりしているのです。しいてはそのことは、日本国民はいまでは完全に世界経済の巨悪に呑まれて、日本独自の風土の良さや、国土の資源、人々の活力の維持なども到底期待できなくなってしまった、ということであると思います。本当にそのとおり、90年以降、そのようであったのだから、全くたまったものではありません。

地方の自治権は「お飾り」ではありません。

そこに住む人々が当たり前に行使できるものです。地方ごとの人々の働きで、地元に活力を取り戻す、自分たちが活力を得る展望ある住処へと、僅かずつでも出来ることを実践し、変えて行かねばなりません。
この戦況に等しい状況を明るく正しく生き残っていくためには、この期に及んで大企業だけを幇助する政府のように「あらん限りの智慧を出して」対策を練ることが重要です。

不足しているとする経済の穴を独自に埋めるアイデアと行動力が必要です。その努力を始めなくてはなりません。

人々の暮らしをより良いものにするために、「持てる力」を閉ざしたり、惜しむ必要などなく、考えは無限大に広げていく、まずその準備段階として「安定と平和に暮らすための基盤」を実現させること、そして常に「よりよい暮らしに全体を変えていきたい」とする「願望を持つこと」、そして「そのための提案を皆ですること」がひとりひとりに求められます。

国民生活を守るとは、まず自分たちを守ること、自分以外の人々がすべて生きられる町を作ることでそれ以上のより良いものが実現できます。

それは「国民に活力を与える事」であると理解します。ですから人を「助ける」というのもまず、「人々が助けを求めやすい環境を整える」ことであるはずです。

「自発的に自分の能力を開花できる」そのための取り組みを中心に、経済を再デザインする必要があります。

まずは基本的に人が不足なく暮らせる様にすること、次にそこで「人としての心地良さ」を養えるようにすること。それが「国力の中身」の意味するところとなります。それが目指す目標です。

その基本をどうしたら為せるのかについては、何をすれば良いかひとりひとりがぼーっと力まず考えれば自ずとアイデアが湧いてきます。

それが上手く行くかどうかをまず不特定多数の人間の目にさらし、変更を繰り返しながら形にして行きます。それほど難しい作業ではないと理解します。

3. 2020年6月24日 16:54:05 : RSoPOmZFDM : NDBOSjRMeHVhOTY=[1] 報告
"@okabaeri / Eri(QmapJapan)" 氏のTwitterに注目したいと思います。まずはツイッターを開いて、氏の活動が如何なるものか見ていただくことが最重要です。


--以下、Twitter( @okabaeri9111)氏 より抜粋転載--


[5G+ワクチン=突然死について]


1 5Gは免疫系を弱めウイルスを変異させるため、5Gの普及により、人々は普通の風邪でも死に至りやすくなる。5G放射線(コロナと呼ばれている)は、血流中の金属塊を介して突然死を引き起こす可能性があるのだ。 


2 5Gは、体内の金属を移動させる。世界を支配してきた人口削減推進者たちが、長年コツコツと一般市民に意図的に散布してきたケムトレイルや、歯の詰め物、そして何よりも"ワクチン"という兵器によって私たちは、体に水銀やアルミニウムを日々溜め込んできた。


3 水銀とアルミニウムの2つの金属が互いに接触すると、一部の人々に突然死を引き起こす。ワクチン接種により、水銀とアルミニウムは肺/心臓/脳を含む臓器の組織に蓄積されてきた。5Gの影響でそれらは互いに結合して反応し、金属塊を形成する。

4 中国のコロナウィルス感染者たちには、それが肺動脈/冠動脈/大脳動脈にあるかどうかにかかわらず、肺塞栓症/心臓発作/脳卒中と、血栓による塞栓の症状がみられた。犠牲者はまた、姿勢の変形と痙攣による外傷性脳損傷であったことが確認されている。


5 上記の塞栓症のそれぞれは、アリよりも小さい血栓によって引き起こされた可能性がある。では、金属塊が身体にどうやって影響を及ぼすのか?例えば、50歳まで毎年真面目にインフルエンザワクチンの予防接種を受けて来た場合、1回当たり0.25 mcgの水銀が×50回で計12.5mg蓄積。


6 さらにケムトレイルから降り注いだアルミニウムも、大量に体内に蓄積している…さて、金属塊はどのくらいの大きさになるのだろうか? その金属塊は脳に突き刺さり、脳の損傷/姿勢の変形/痙攣、そして突然死を引き起こす可能性がある。それはまるで、頭蓋骨の内側から銃弾を受けるようなものだ。


7 一部の人は普通の風邪からいつも通り回復したが、他の、免疫システムがマイクロ波と変異ウィルスに敏感な犠牲者が死に至るまでの期間は、長期化している。コロナウィルスの犠牲者の突然死は、姿勢の変形と痙攣および/または、肺/心臓/脳塞栓症の突然死と同じ特徴を持つ。


8 これは血管、肺、脳、心臓などの臓器の金属塊、場合によっては巨大な金属塊が原因である。これら全てに更に5Gが加わると、脳と心臓の電気系統に混乱を引き起こし、突然死を引き起こす可能性が強まる。また、5Gにより空気中の磁性流体も体内に入りやすくなる事が考えられている。


9 磁性流体とは、流体でありながら磁性を帯び砂鉄のように磁石に吸い寄せられる性質を持つ、時期と周波数によって制御可能な流体金属のこと。5Gが普及すれば、周波数60Ghzで操作された磁性流体を酸素のように吸い込む事になるだろう。


5Gが導入されて人々が相次いで突然死しても、肺塞栓症/心臓発作/脳卒中などの病名で処理されておしまい。全て"自然死"にできますね…姑息です。


1981年にディーン・クーンツが書いた小説"TheEyesOfDarkness"の333ページに「武漢市郊外のRDNAラボで開発された‘武漢-400’という生物兵器ウィルスが2020年頃にパンでミックを起こし、世界中で肺炎が流行した」との記述がある。


-転載以上-


【アドレノクロムとコロナウィルスとの関係性(仮説)】他、よそで見る事が出来ない、目を見張る内容ばかりとなっています。

@okabaeri氏の中心的活動となる「Q情報」の和訳は、我々に必要とされる認識を確実に提示するものであると理解しています。わたし個人は昨年来5月からその動きを追っており、大変刺激を受けております。

氏を中心に集う活動仲間が我々に示してくれている情報は、多くの日本人にとってはいわゆる「ショック療法」的カンフル剤の役割を果たすものと期待されています。そこに記載されている情報は、氏もおっしゃるように、あくまで個別の責任に於いて考えるべきもので、分からないならそれは一旦保留し、のちに時期を待って判断すべきものとして用意されているものです。それは一流棋士に肩を並べようとするが如く、多角的な視野と視界を広げるためのトレーニングのようなものと言えます。

彼らの活動の中心はメディアの正体の暴露と、我々が善と信じて疑わなかったものすべての嘘を暴くことです。そのことがすでに世界中の多くの人々の目覚めを促しました。メディアに対峙する「トランプ」の戦法の解説を翻訳し、全世界に発信する氏やその仲間たちはそのグループの先駆け的存在です。また中心的存在であるEri氏は、NSAより日本人選抜メンバーとして白羽の矢が立った唯一の人物と承知しています。

氏の元で流される情報の幾つかは、受け手が個別に「保留」とすべき事柄として氏自ら勧告されています。それらはどこよりも早く、鮮明かつ説得力のある内容となっています。ただし繰り返しますが、それを鵜呑みにする事なく、一度手放し、まずそれら情報を点として地図上に描画して行くことが求められています。それらがあとから点の集合としてひとつの像を浮かび上がらせることが期待されています。出現した時点では不明瞭な情報も、時間の経過と共におぼろげに掴めてくるのがQ情報です。しかしそれも隅々まで見渡してきた各々の観察眼がものを言う事になるのでしょう。

そこでわかるトランプ流の政治とは、我々が知って来た歴史の中に馴染みがないものであるため、その真実を知った暁には、我々がこれまで慣れ親しんで来た既成概念は崩壊必至となります。
はじめトランプの振る舞いを人々は一見するなり、受入れ難いもののように感じてきました。メディア戦略はそこに目を付け、人々を取り囲むようにトランプを如何わしい存在として刷り込んで来たのです。

当初からトランプの言動はいわゆる、我々が知って来た「善性」とは真っ向から相反するもののようにメディアが和訳している事にわたしは気づきました。アメリカ第一主義を自国ファーストではなく、あくまでアメリカ上位主義のように取沙汰していたからです。それ故、その第一印象をいまだに多くがひきずっています。そして自ら作り上げるその錯視から抜け出せぬまま、トランプのやり方に戸惑い、ただ異質だと異論を唱える否定的立場に留まりつづけています。

トランプは「敢えてそうした誤解を利用している」可能性がありますし、実際そうして、戦争屋、金融事情、大手メディアの習性を誰よりもよく理解しているトランプは、人々の認識の盲点を突くその裏をかいて、世界は実際的には戦争の危機から遠ざけられることとなっています。メディアが言うのとは真逆に、トランプは彼を支持し平和を願う人々を勝利に導いて来たのでした。

第一にトランプ革命が起きた理由を考えなくてはなりません。メディア戦略を足がかりとして情報統制を最大限活用して戦争を繰り返し、世論づくりを懸命に推し進めて来た人間がグループ化してこの世界を牛耳って来た、という背景があったのです。そこで色眼鏡をとることが難しくなった人々は、ほぼ彼らの言いなりとして隷属的で屈辱的な生き方を強いられるだけとなっていました。

世界中の多くの若者が既にトランプが革命者であるという真実に気づいています。その真相に無事辿り着いたのであれば、あとは自分たちの社会を一握りの権力者ではなく自身の手に取り戻すための方策を考えるのみです。

現代社会はこれまでずっとひとつの病理に犯されてきたがために、そこに置かれた人々は内心、「今の社会が正しいものではない」と気づいていながらも、口を出す事を躊躇い、内密に、無難に済むことばかりを祈ってどうすることもできないでいるのでしょう。当然、目立てば叩かれることは想像に難しくないため、口を出すにはその覚悟が必要となります。よって彼らの出す正しい情報に繋がりを視ず、抵抗を覚えざるを得ない人がいることも承知しています。

ここでは皆のそうした呪縛がどうすれば取り払われることができるのか、どうすれば皆が安心して声を足せるようになるのか、正しい真実のみに向き合い、よりよい社会を築いて行けるかを考えて行きたいと考えています。

日本人が長く親しんできたとする規範的ないくつかの観念も少なからず抵抗の少ないうちに我々の思考の中に入り込んできたものです。人々は、祖先が精神性の拠り所のように感じて来たそれら道徳的な価値観になかば後押しされるように、反射的かつ盲目的に、ともすればすぐ独善的立場をとってしまいがちであると思います。特にリーダーシップを発揮する立場を自覚する人程、そうした傾向が強く全面に出やすいとお見受けします。

「人情」という言葉を例に取れば、表面的な善意にほだされ、流されやすい面をもって「人の良さ」としているようなことも、利点として良い場合もあれば、反面、それは逆手にとって悪用されかねないものでもあると言うことです。

トランプ政治の流儀は「親しきものは傍に、敵はより身近に置く」ものであるそうで、実際その通りの事であると理解します。革命とは、個人に力を取り戻させるためにあります。それはさながら神の使いを自覚するような戦いでもあります。彼らの戦いは殆どがその水面下で行なわれており、我々が表面的なイベントで直情的に踊らされている間にも、棋士がはるか数十手先を見据えて駒を動かすように深遠苦慮して集中されています。そのことがわかるのがQです。そうした読み合いと救出劇が我々の知らない日常の裏で繰り広げられてきたのです。

「トランプ革命の真実」を我々はそろそろ認識し直さしておかなくてはなりません。

わたし個人は、直感による確信にのみ素直に従順であるだけです。わたし個人の考えが誰かの言説と類似点が見られようと見られまいと、基本、独自的な発想として独立して存在しています。
時に多方面と逸りの合わない見解を述べる場合もあろうかと思いますが、もとよりそれぞれは個別のものなので、独自的見解にばらつきがでるのは当前の事です。そこに点と点を繋ぐ線が生まれる事を期待するのみです。

それぞれ内容自体に注目すればよいだけです。
自身を迷わせる情報は保留とすれば問題は無いかと思われます。


ともかく、氏の"読み手のために書かれた"柔軟でまとまりのある的確な文体は非常に参考にさせていただいております。(今回は広く拡散すべき内容とお見受けしたので、独断でここに抜粋、転載させていただきました。関係者様各位におかれましてはご了承のほど賜りますようお願い申し上げます)

4. [18] k_o 2020年7月01日 19:11:50 : dxxDEPrzlz : YXQuZVFGVy8vLm8=[1] 報告
3の記事は知らなかったので、少し面白かったです。
しかしいつも思うことは、それで個人はどうすればよいか?ということです。
そこが繋がらない情報はどんなに驚天動地の内容でも、酒のつまみとして処理するしかありません。

それは置いといて、では六蔵氏。2について質問です。
その主張を示すキーワードとしていくつかの言葉、リーダーシップ、善性、地方自治等から思うのですが、それは里山資本主義と同様、大きな組織の次には小さな組織へ向かう心、右に飽きたら左、のような人の心の振り子が目指す一時的な目標になりませんか?
たとえば香港。小さな政府に未来はあるでしょうか?
力づくの統一で戦乱を収め、幕府から明治政府、やがては地球政府へとの流れの中で、里山民主主義や地域通貨を運営する集団にリーダーシップが求められる?

そうしたやり方は学生運動の延長上で有るかも知れませんが、やがて大きな組織に飲み込まれるか、つぶされるだけの未来しか見えず、動くほどその活動エネルギーが無駄に消費されるだけならまだしも、似て非なる本当の活動の邪魔をしている事になると思われたことはありませんか?

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