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今回の衆院選の意義
http://www.asyura2.com/14/senkyo175/msg/138.html
投稿者 天橋立の愚痴人間 日時 2014 年 11 月 23 日 19:18:36: l4kCIkFZHQm9g
 

>週刊ポスト、予想獲得議席数

このような予想が関心の的になる選挙は、もう、飽きた。

おっしゃる通り、どの政党が政権をとってもほとんど代わり映えはしない。
で、あるのに。選挙結果の予想など、何の意味も持たない。

それでも、国民の関心が有るかの如く、報道が一人歩きするさまは、如何なものか。
仮に民主党が議席を増やせば、民主党は民主党の政策が受け入れられたと勘違いするだけ。
自民党駄目なのに、馬鹿な民主党にまで自信を持たせることはない。

国民が示すべきは、全ての政党の姿勢を糺すことである。
その方法として何が考えられるのか。

選挙自体のボイコットである。
棄権するのも良いが、それよりも白紙投票で望むことである。
それも、半端なことでは効果がなく、投票総数の半分から2/3くらいの白紙投票による国民の意思表示が必要である。

それなのに、当落予想を出して、国民を誘導するのは、無責任である。

どうしても投票結果の予想を出すなら、非自民勢力と言われている政党に×を付けることである。
大方の予想とは真逆の反応であるが、私は、その方が我が国の政治の改革には必要と思う。
大きな支持を出した自民党の政策の崩壊は目に見えているからである。

国民は、その時に自民党に代わる政党の事を本気で考えれば良い。
今回の選挙で野党に壊滅的な打撃を与えれば、野党も、少しは政策を考えなおすきっかけとなるであろう。

そこで、私が希望する選挙予想。

自民党      320
公明党      31
民主党      20
維新の党     20
次世代の党    5
みんなの党    0
共産党      50
生活の党     1
社民党      0
無所属      20
その他      5

その後、3年くらいで、本当に政治を託せる、新しい政党ができる事を祈りたい。

今回の衆院選の意義は、自民党を評価することではなく、野党を糾弾する選挙であるべきである。  

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コメント
 
01. 2014年11月23日 19:30:51 : AGPMC1hFtg
天の橋立さん、阿修羅から追放されますよ・・・さすが、小泉親子狂信者!!!
   

02. 2014年11月23日 20:32:22 : pgNC9hhTus

こんなことになっては手遅れですな。お粗末・・・

03. 2014年11月23日 21:24:44 : 5tNXDcuiIk
夢想はやめましょう。民主主義では投票権が主権在民を唯一の具体的手段とされている。今のところ、これに代わるこれ以上の方法を人類は見出しておりません。

前提は正しい情報が公開されること。人権が守られること。表現、集会、結社の自由が保障されること。このすべてを否定したいの自民党安倍政権。自民党の憲法改正法案をご覧あれ。自民党の政権をこれ以上続けてはいけない。


04. 天橋立の愚痴人間 2014年11月23日 23:52:15 : l4kCIkFZHQm9g : 4jv9M6BGmQ
民主主義の限界にちいては半世紀以上前にチャーチルが喝破している。
その限界が如実になってきたと言う事。


安倍内閣の日本国憲法改正案の解説

(前文関係)

日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。
日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。


>国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって

天皇を象徴と認めていても、まず天皇ありきと思ったことはない。
そうであるなら、天皇制、そのものを否定する。
このようなことを考える亡霊が、まだいるという証拠をみた。

>先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており・・・

憲法と何の関係があるのか、
書くならば、先の大戦で国の為に犠牲になった英霊の期待を裏切り、斯くも軟弱な国となったことへの反省でも書くことである。


>国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。

誇りや倫理道徳で生きて行ける時代と思っているのか。100年古い発想を持ち込みながら、改正とは、片腹痛い。

>我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。

美しい国土! 安倍が入れたかった文言であろう。
前文にして、憲法の理念が、すでになく、小学生の作文の域を出ていない。

誰が考えたか、そ奴等の雁首並べて嘲笑したいもの!

(第9条関係)


第二章 安全保障

(平和主義)
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。

2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。


現在の憲法で、この部分は下記の通りです。

>第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

「国権の発動たる・・・」と言う国権の意味には二通りの内容が含まれています。

一つは、国家利益の追求である国権を他国に押し付けるもの、または他国と奪い合うものであり、侵略戦争につながるものです。

もう一つは、国家を守ると言う国権であります。要するに自衛と言う概念に属する国権の確保の事です。
この面で言う限りにおいては、確かに現在の憲法の条文は、自衛権すら認めていないことになります。

ですので、2項において、自衛権に触れる事は必要と思います。

但し、実際の他国との関係は、何処までが自衛か、競合かはっきりとしているものではありません。
さらには、後で出てくる「集団安全保障」になると「自衛のための国権の発動」であるか、否かの規定は、随分と曖昧になってきます。

このままでは、

>正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。

せっかくのこの条文が有名無実となりかねません。
他の条文においては、極め細かく法文を整備しているように、またドイツ基本法で、中央政府と地方政府の役割を出来るだけ具体的に規定しているように「自衛権」の発動の事例を、かなり具体的に述べる必要があります。

イラク戦争や、アフガンなどへの派兵は、自衛権を逸脱しているものであり、原油ラインの確保のための武力行使も、他の方法がある限り、これを自衛権による武力行使と認める訳には行きません。

一方、尖閣諸島、竹島、北方領土などの領土紛争においても、紛争にいたる歴史があり、新たな武力侵略がない限り、日本から武力による奪還は自衛権とは認めない、くらいの規定が必要です。

狭義の自衛権とは、このようなものであり、このことを明記しなくては、自衛権の暴走を止めることは出来ません。
以前からも指摘していますが、我が国の法律の文章は、裁量権を確保する為に、ことさらに曖昧になっています。
これが司法の腐敗を呼び込む原因ともなっています。
人権を規定する法令でも、最近、男女差別の具体的な有り様として、職場における男女差別をなくすとか、セクハラと言う文言を追加補正した為に、以来、裁判においても明確な判決が出るようになりました。

>2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。

この条文の追加の意味は、その言葉だけ見ていると問題がないように見えても、まさしく従来の憲法を骨抜きとするものです。
その自衛権の規定を同時に書く事により問題は解決できるのですが、

安倍自民党の憲法改正のもくろみは、こうした国民の意思の抱合ではなく、アメリカに追従するための方便に過ぎないのです。

憲法改正案の中には、この様な、引っ掛け「言葉」がちりばめられているので警戒を要します。

>(領土等の保全等)
>第九条の三 国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。


上記の条文など、安倍でこそ、思いつく文章であり、安倍らしく馬鹿げている。

>国民と協力して

先の大戦のように、国民総動員でもかけるつもりであろうか。

>その資源を確保しなければならない。

態々、憲法で、原油ラインの防衛の為に、戦争を興すつもりか、しかも国民総出により、
レアメタルの獲得競争もしなくてはならない、安全保障を規定した憲法の条文の中で触れるとは、レアメタル獲得の為に中国出兵も視野に入れているのか。

馬鹿くさい!


(基本的人権に関するもの)

こんなことを詳しく書くくらいなら、自衛権の規定をすべきであるのだ。
※ 自民党による憲法改正の目的について、第9条の安全保障の領域の改正が中心であると思っていたら、その後段には下記の様なものが仕組まれていました。

(現行憲法)

第十章 最高法規
第97条
 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

(改正案)

第十一章 最高法規
現行憲法の第97条の条文は削除。

(解説)

第十一、十二条の条文を最高法規と位置づけるこの条文を削除したことはこの条文は将来さらに人権を制限することを考えている証拠となる。そういえば、第十一条の改正案でも、基本的人権の認識に後退がある。


(基本的人権に関する現行憲法)

(基本的人権の享有)
第十一条 国民は、全ての基本的人権を享有する。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利である。

(改正案)

第十一条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

(解説)

改正案では基本的人権の享有を妨げない、とか国民に与えられるとか、言う表現に変わり、国民にとっての権利を受動的な認識に変えている。

さらに続く、

(現行憲法)

第99条
 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

(改正案)

第102条(憲法尊重擁護義務)
1 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。
2 国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う。


(解説)

憲法とは、元々国家が国民に対して負う義務の規定である。
要するに、国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員の行動の規範となることを目的に制定されている。

「立憲主義」
立憲主義とは、政府の統治を憲法に基づき行う原理で、政府の権威や合法性が憲法の制限下に置かれていることに依拠するという考え方。

>1 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。

このような表現の挿入は、もう、無茶苦茶である。
自民党には、この様な考え方をする人間が多くいるということであり、戦前の天皇中心と言うよりも、天皇を利用した神道国家へ逆戻りする要素が隠れていると言うことである。

まこと、安倍晋三などは、人間の皮を被った妖怪に過ぎない。

最後に第96条を改正して、憲法改正に必要な手続きを現行の2/3の賛成から、過半数に変えようとしていることは周知の事実であります。


05. 2014年11月24日 00:24:29 : uznWHNaoTA
天橋立さんは協賛党支持かな
自公の連中は
反対派の白紙は
どんなに多くても歓迎で
勝ちは勝ちとうそぶく連中ばかり
そんなこと考えるなら
創価の人たちに
本当にアベでいいのか
聞いて回ればいい
よっぽど、連中にはいたいところだよ
敵の喜ぶこと言うなんて
やっぱり協賛党だよ
心では安倍が総理のままで
国民の疲弊が北朝鮮になることを
望んているように見える

06. 天橋立の愚痴人間 2014年11月24日 00:47:16 : l4kCIkFZHQm9g : 4jv9M6BGmQ
あっしら氏が、政党は選ぶものではないと言っている。

http://www.asyura2.com/14/senkyo175/msg/134.html

氏の言いたいことは、私とは少し異なるが、既存政党を全て否定することでは変わらない。

なのに、どこかの政党を選ぶという姿勢を凌駕しては如何なものか。


07. 2014年11月24日 08:49:52 : pJkhs9gqiU
天の橋立さん

ご無沙汰しております。03ですが、あなたの憲法解釈04のコメント内容には全面的に賛成です。自民党の憲法改正案では憲法12条以下21条までで、公の秩序のもとでは集会、結社、言論の自由も制限できることにしています。これで今の憲法の
・基本的人権の尊重
・主権在民・言論の自由の尊重
・戦争放棄
の3原則がすべて無くなったことになります。安倍はそんな国を理想としております。現実の世界で最低の憲法になります。
(蛇足)
さらに憲法草案には「家族は互いに助け合わなくてはならない」との一文が挿入されています。これは身内の生活困窮者についてはその親、子、兄弟、親戚で面倒を見なさい。つまり生活保護受給者の削減(というより絶滅)を狙ったものです。彼らの本音がまるわかりですね。


08. 日高見連邦共和国 2014年11月25日 00:11:19 : ZtjAE5Qu8buIw : msYAKDPrdo

どんなに“とんちき”な事を言っても、『天橋立の愚痴人間』さんが“お元気”なことを知れただけ嬉しいっス!

09. 2014年11月25日 04:55:13 : qJHlvVBlh2
 私も日高見さんと同じように、天橋立さんがお元気そうで、正直、スゴック嬉しいです。
考え方っていっても、現在、相当フレキシブルに捉えなきゃならないとこあると思いますし、01さんの捉え方も天橋立さんの捉え方も、私とは違うけどなんかそれでもいいと思う。01さんもお元気そうでなんか嬉しい。

10. 2014年11月26日 15:07:32 : 27UZKbPA3I
おじゃまします。
投稿と関係ないですが、これいいですね。お人柄がわかります。
お祭り動画も和みました。
「世界遺産」も賛成ですw

糾弾掲示板さんより抜粋
http://www.kyudan.com/cgi-bin/bbskd/read.cgi?no=39

Re: 息抜き投稿蘭です ( No.49 )
日時: 2014/08/28 13:17名前: 天橋立の愚痴人間 ID:wq8wUiTE

息抜きとしては、少し堅苦しいと思いますが、一度書いて見たかった。

認識論についてはいろいろな人がいろいろと述べていますが、ここで私は知性、理性、感性と言う色分けで話して見たいと思います。

知性とは、所謂、知識を持つと言うことで記憶力を媒体として蓄積される。
理性とは、意思を構成する方程式のようなものであり、頭脳の規範の役割を担当する。
感性とは、五感と言う言葉があるように、見る、聴く、触る、味わう、匂いを嗅ぐなどの人間がもつ感知能力です。
私は、その中に直感と言う言葉で現す認知能力を加えたく思います。
直感とは、知性に頼らず、理性を用いず、単に物事を感じ取る能力です。
直感は経験則に基づく感知能力とも言うことができるでしょう。

哲学者、カントは、この部分を悟性と呼び、対象を理解する能力としていて、五感と共に人間に本来備わっている能力と位置づけています。

哲学的な認識論は、さておいて、人間は生活の中で、いろいろな事象に出会い、判断を下し行動することで生きています。

最初にあげた知性、理性が十分に備わっていなくても人間は原始的には生きて行けます。
しかしながら、全ての事象が複雑な要素を持つと共に、知性、理性の発達も伴わねば適正な判断を下すことがむつかしくなってきました。

教育の発達は、この知性、理性を充実させることを目的としてきました。
結果、特に戦後の詰め込み教育は知性ばかりが発達し、理性もそれに追いつかない人たちを多く輩出してきました。

知性と理性に関係は、それでもまだ良いのですが、感性と言う面の能力のことは全く置き去りにされています。
要するに、何事も知識で解決しようとか、自分の考えを当てはめて(不十分な理性)判断する傾向が強くなってきています。

それは、それなりに良いとしても、では行動の判断をするために、知性(知識)と言われるものが、どれだけの信頼が出来るものかと言いますと、これが、問題なのです。

どんなに知識を積んでも、それで事象全てを把握することはできません。
スーパーコンピュータに幾らデーターを送り込んでも、人間と同じ発想はできません。
知性に頼ると言う限界とは、このようなものなのです。
人間の生活の中で、それを補っているのは理性です。
理性とは、意思を構成する方程式のようなものであると言いました様に、人間は経験則や鍛錬により、算段力と言うものを身につけます。
知識+算段力で判断をするようになるのです。

しかしながら、この算段力も、やはり個人の経験則によるところが多く、それで判断に必要な全ての条件が満たされているとは言えません。
思考の方程式が、完全ではないか、偏向していることも考えられるのです。
平たく言えば、思い込みで適切な判断には至らない可能性があるのです。

このような条件下、我々には感性と言う認識力もあると言うことを忘れがちになるのです。
直感は経験則に基づく感知能力と言いました。
知性や理性を通さず、ありのままの情報を認知する事です。
このフィルターを通すことによって、知性、理性が出した判断を、もう一度、別の角度から点検できるのです。

こうして人間は、用心深く自らの意思を決め、行動に移すことができるのです。
順序立てて言いましたが、人間の思考は様々で、逆の方向からアプローチすることも多いのです。

まず、感性において事象を認知し、それから、知性、理性を使い判断をするようにすることも出来るのです。
実際の生活では、ほとんど、この方が多いのではないかと思います。
ところが人間は、新たまって考える場合、まず知性、理性にたより判断を出します。
そこでは、蓄積している知性の範囲のみの判断にすぎず、どこに瑕疵が潜んでいるかわかりにくいものです。

現代社会でインテリぶっている人の中には、この様な状態の人が多いのです。
頭でっかち、インテリ馬鹿と私は呼んでいます。
よって、私は認識において感性(直感力)もっと重要視されることが大切な事と思っています。

私は一般教養としての知識を少しは持っていると思いますが、その知識を大切にすると共に、常に直感力を働かすことに留意しているつもりです。

知識は直感力を補完する為のもの、直感力を磨く為の道具と思っています。
もちろん、そういう意味で知識は必要ですよ。

また知識がなくても判断の帰結は同じものを得られます。
そういう人も沢山おられます。

それが人間と言う機械の良いところですね。


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