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ヒトの起源に関する最新成果の多くはゲノム解析によるものだ(写真はイメージ)

(文:村上 浩)

ゲノム革命―ヒト起源の真実―
作者:ユージン・E・ハリス 翻訳:水谷 淳
出版社:早川書房
発売日:2016-04-07

 ヒトにもっとも近縁な類人猿はチンパンジーだ、ヒトとネアンデルタール人は交配していた、ヒトが出アフリカを果たしたのは5万年前ではなく10万年前にもさかのぼる。最先端の分子生物学は、ヒトの起源について驚くほど多くのことを教えてくれる。

「ゲノム時代」と呼ばれる現代では、新事実が発見されるスピードは加速度的に増している。つい先日も、「ネアンデルタール人絶滅は人類の病気のせい?」という目を引くニュースが伝えられていたように、人類の足跡は徐々にだが着実に明確になりつつある。

 ヒトの起源に関する最新成果の多くはゲノム解析によるものだというが、非専門家にはゲノム解析が具体的にどのようなものであるかを想像することは難しい。科学者たちはどのような物的証拠を集め、どのように分析し、どのようにロジックを構築して、驚きの結論を導いているのか。

 ゲノミクスによる霊長類起源の研究を開拓した一人でもある著者は、本書『ゲノム革命―ヒト起源の真実―』を通して「ゲノムがなぜどのようにして人類の過去に関するこれほどパワフルな証拠となるのかを」教えてくれる。

 順を追って読み進めれば、人類学者たちがどのような道筋でヒトの過去を明らかにしていったのかを追体験することができ、わずかに残された証拠から犯人を追い詰めていく推理小説のような知的興奮が得られる。

DNAをどのように比較・分析するのか

本コラムはHONZの提供記事です

 進化の謎を解く鍵はゲノム以外にも豊富にあるように思える。もっと誰の目にも明らかなもの、外見だって手掛かりとなるはずだ。

 例えば、アフリカには5種のヒヒ族がいる。5種の内3種は大型で顔が長く、残りの2種は小型で顔が小さい。このような形態学的特徴もまた、前者3種と後者2種が別のグループとして進化してきたことを教えてくれる、と長い間信じられてきた。ところが、1970年代の血液タンパク質分析と1990年代のミトコンドリアDNA研究のどちらもが、形態学的特徴によるグループ分けを否定する結果を示した。個体サイズや顔の特徴は、各種の近縁性とは直接的には関係がなかったのである。

 種どうしがどのような関係性で進化してきたかを知るためには、「相同的特徴」と「相似的特徴」という概念を知る必要がある。相同的特徴とは2つ以上の種が共通祖先から受け継いだ共通する特徴のことであり、すべての哺乳類がもっている上腕と前腕と手を構成する骨もその1つである。また相似的特徴とは、コウモリと鳥の翼のように、互いに独立に進化しながらも似通っている特徴のことである。形態学的特徴がいくら似ていても、それが相同的か相似的であるかを区別することができなければ、そこを起点に種どうしの関係を導くことはできない。

 進化の道筋を明らかにするためには、見た目ではなく、親から子へと確実に受け継がれるモノに注目する必要がある。その世代を超えて受け継がれていくモノとは、外見的特徴そのものではなく、そのような特徴を発現させるための指示書・設計図であるDNAだ。

 DNAはどのような種であってもA、C、G、Tという4種の塩基からなるため、種を超えての比較であっても定量的、客観的に行うことができる。著者は、以下のようにまとめている。

 “DNA塩基を比較する場合には、間違いなくリンゴとリンゴを、オレンジとオレンジを比べていることがわかる。しかし形態学的特徴の場合には、リンゴとオレンジを比べてしまうことも十分にありえるのだ。”

 ここから議論はいよいよ、DNAのどの部分に注目し、どのように比較・分析すれば進化系統樹を明らかにできるかという本題へ移っていく。本書では遺伝子がどのように親から子へと伝わっていくのかという基礎的なところから解説してくれるので、進化がどのように進んでいくのかをより深く理解する助けともなる。

 まずは、ヒト、チンパンジー、ゴリラの進化的関係性にまつわる研究の発展が時系列順に説明され、難解なパズルが1ピースずつはまっていくことで次第に全体像が明らかになるような、未知の世界を理解できる快感が伴う読書体験となるはずだ。

ゲノムが教えてくれる多くのこと

 もちろん本書にはゲノム解析の理論的説明だけではなく、人類は過去に人口の大減少を経験したため自然選択の効果を享受していない(偶然が支配する遺伝的浮動が優勢だった)ことなどの興味深い人類進化にまつわるトピックが豊富に、しかもその証拠とともに紹介されている。本書で描き出される、アフリカを出た人類が現代にまでたどりつく経過は、これまでの常識とは異なる部分も多いのではないだろうか。

 そもそも、種を正確に定義することは「生物学者にとっていまだに難題」であるという。それは、種分化はときに曖昧な現象であり、従来考えられていたよりも長期間にわたって起こるものだからだ。

 それでも、ゲノムは多くのことを教えてくれる。ヒトはゴリラよりチンパンジーに近いこと、我々の起源が疑いなくアフリカにあること、アジア人とヨーロッパ人はそれぞれ独自に明るい肌の色を進化させたことを示す手がかりが、我々のゲノムには確かに刻まれている。

 ゲノム研究は今後も次々と新たな発見を人類にもたらすだろう。訳者あとがきにあるように、原著出版以降の1年少々に限ってもその成果は驚くほどだ。これからも人類学に限らず多くの分野で革新をもたらすであろう「ゲノム解析」を魔法ではなく、高度に発達した確かな科学・技術として教えてくれる一冊だ。

ネアンデルタール人は私たちと交配した
作者:スヴァンテ ペーボ 翻訳:野中 香方子
出版社:文藝春秋
発売日:2015-06-27

 古代のDNAから有益な情報を抽出する方法を確立し、新たな研究分野を開拓した著者による自身の研究、人生を振り返った一冊。古代のDNAを扱う困難さや研究の面白みはもちろん、著者自身の人間としての面白さがひしひしと伝わってくる。青木薫さんのレビュー。分子古生物学者・更科 功博士の巻末解説。

自然を名づける―なぜ生物分類では直感と科学が衝突するのか
作者:キャロル・キサク・ヨーン 翻訳:三中 信宏
出版社:エヌティティ出版
発売日:2013-08-28

 人類は種をどのように分類してきたのか、より正確な分類を実現するために科学者たちはどのように格闘してきのか、そして分類学そのもはどのように進化してきたのか。レビューはこちら。出口会長のレビュー

エピジェネティクス――新しい生命像をえがく (岩波新書)
作者:仲野 徹
出版社:岩波書店
発売日:2014-05-21

 DNAの変異だけでは説明できない生命現象の鍵を握るエピジェネティクスをしっかり、じっくり教えてくれる仲野徹の一冊。『ゲノム革命』と合わせて読めば、より深く理解できるはず。レビューはこちら。塩田春香のレビュー。青木薫さんのレビュー

村上 浩
1982年広島県府中市生まれ。京都大学大学院工学研究科を修了後、大手印刷会社、コンサルティングファームを経て、現在は外資系素材メーカーに勤務。学生時代から科学読み物には目がないが、HONZ参加以来読書ジャンルは際限なく拡大中。米国HONZ、もしくはシアトルHONZの設立が今後の目標。

◎本稿は、“読みたい本が、きっと見つかる!”書評サイト「HONZ」の提供記事です。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46678  

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