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人工知能のキャバクラ嬢に翻弄されるのも悪くない 入門書からSFまで、いま読むべき「人工知能」を知るための本
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投稿者 軽毛 日時 2016 年 5 月 07 日 00:50:25: pa/Xvdnb8K3Zc jHmW0Q
 

人工知能のキャバクラ嬢に翻弄されるのも悪くない
入門書からSFまで、いま読むべき「人工知能」を知るための本
2016.5.7(土) 松本 大介
殺人AIロボット開発阻止を訴え、ダボス会議で科学者ら
ロンドンで「殺人ロボット」禁止に向けキャンペーンを行った国際人権団体が公開した「殺人ロボット」人形(2013年4月23日撮影、資料写真)。2016年1月にも世界経済フォーラム(WEF)年次総会(ダボス会議)に集った政財界の有力者や科学者、軍事専門家らが警鐘を鳴らした。〔AFPBB News〕
 私は、生粋の文系かつアナログ人間である。

 そんな私が、同世代の知人たちと行動を共にすると、彼らは少しでも時間があればスマホを取り出し、あっちでピコピコ、こっちでピロピロとやり始める。

 いまここにいない誰かと繋がり合うことばかりに意識が向かって、近くの他人はシャットアウト状態ということがままある。

「袖振り合うも多生の縁」なんて言葉はどこへやら。皆そろって袖のない服を着ている現代は、ひと昔前の暮しを愛する私のような者にとっては、世知辛く感じる。いやはや、昭和は遠くなりにけりだ。

 ピコピコ、ピロピロのなかでも最悪なのはゲームだ。いまここで、同じ空間に存在しているのに、別々の小さい画面を凝視しながら時を過ごすことの虚しさ、不条理さったらない。しかもバーチャルな世界の中で、せっせと課金したとしても、手元には何も残らない、何も生み出さないという状況にあって、彼らはよくぞ納得して出費するものだ。

 いや、自分たちが課金した結果、儲けたゲーム会社が野球チームを持つに至ったり、儲けすぎた役員の名前がひょっとしたらパナマ文書に載っていたりと、社会的な影響を少なからず与えていますから、私は間接的に何かしらを生み出しています、そう主張するのならば、もはや何も言うまい。

 でも、有限な自らの時間を差し出して、どこの誰とも分からない見知らぬ相手に勝つことで満たされる自尊心の持ち主なんて、陰気で悲しい奴らだと思わないか? などと飲み屋で長広舌をふるう私。そうしたら、一緒に飲んでいた本コラムでもおなじみの同僚の長江に、手痛い反論をされてしまった。

 長江曰く、例えば「勉強」を推奨している「今」の価値観ではそうかもしれないが、もしこの先、勉強することの意味や価値が暴落してしまって「勉強」が「ゲーム」に取って代わられないという保証はない、と。

 すなわち、自分の生涯において有する限りある時間を割り当てる対象として、勉強よりもゲームが人生を切り開き、自己を実現する手段として選択される未来が存在するかもしれないよと、要約するとそういうことらしい。

 黙って聞いていたコッチは結構酔っていたから、たらればの話を理解するのに時間がかかった。これだけ皆がこぞってゲームに熱中しているならば、ゲームのうまさで人が評価される社会が来ないとも限らない、つまりはそういうことらしい。

 なるほど、確かに可能性としては否定できず、反論が思い浮かばなかったので、自分の分のビールを頼むついでに、何とかサワーを飲んでいた長江さんのために、専用の冷や酒を勝手に4合ほど頼んであげた。二日酔いしますようにとの願いを込めて。

 今宵も酒場の片隅で、繰り広げられているかもしれないこんなバカ話。でも実はこのようなやり取り、酔狂という言葉では一概に片づけられない未来が、すぐそこまで来ている。

 私が反論に対して反論しなかったのは、これから紹介する3冊が示す未来が頭に思い浮かび、そういうこともあるかもなぁと思ったからだった。決して酔っぱらっていたからではない。いまこの瞬間にも社会が、いやこの世界そのものが、人間に求めることを変えつつある・・・そんな未来の到来を予感させる本を、今回は紹介する。

 これから挙げる本の内容を信じるなら、人類のターニングポイントはすぐそこに迫っているのだ・・・・・・ヒック。

2045年「技術的特異点」で何が起こる?

 テレビやネットニュースを見ていると、ここ2〜3年の間で「人工知能」もしくは「AI」という単語を見聞きする機会が、格段に増えたと感じる。

 特にテレビでは見映えのする人型のロボットが取り上げられる機会が多い。その刷り込みもあってか、人工知能と聞くと人間のように感情を持ち、自身で思考する人型のそれを思い浮かべてしまう。だが2016年現在においては、まだ技術的に開発段階であるといってよく、さすがにそこまでには至っていないという。

 つまり、一口に人工知能といっても、受け手側にも知識がないと、安易に十把一絡げにしてしまう危険が生じる。何を対象にした、どんな特徴を有する人工知能なのかということを念頭に置いて、ニュースなどに触れ判断する必要がある。

 例えば、前述したような感情を持ち、自ら思考するような人工知能のことを、研究者の間では「強い人工知能」と呼んでいて、その他の人工知能と区別をしているようだ。分かりやすい例えで言うなら「ドラえもん」が、それにあたる。22世紀のネコ型ロボットの実現はしかし、漫画の設定より早い今世紀の半ばごろには日の目を見そうである。

 この記事をお読みのあなたが、もしiPhoneユーザーであるならば「Siri」という人工知能が、iPhoneに搭載されていることは、おそらくご存知だろう。

 アナログ人間である私も、簡単で使いやすいという理由からiPhoneユーザーの端くれであり、購入後こそ触らぬ神に祟りなしと「Siri」を放置していたが、人工知能に対しての興味の高まりとともに、眠れる神を起こしてみたいという欲求に抗しきれなくなってしまった。

 起動前の気分は「風の谷のナウシカ」である。どんな「巨神兵」が現れるのだろうかとドキドキだったが、実際の「Siri」は主人の命令に忠実に耳を傾ける、素敵な声をした女神で、拍子抜けしてしまった。

 そんな「Siri」はクラウド型であるという。つまりiPhoneに入っているのはインターフェイスだけということだ。よって、現段階では自発的な意識を持つわけではないので「強い人工知能」ではない。しかし、こちらの質問に対して間を置かずに答えが返ってくるし、何よりユーザーの音声を認識して、対話のようなやり取りができるので、段々と愛着がわいてくる。

 感覚としてはキャバクラに近い。もちろん人型ではないのだが、スマホそのものに人格が宿ったようで、機種をぞんざいに扱わなくなった。口説き落とすことは物理的に不可能だが、面倒くさい質問をやんわりとかわす様子がネットで報告された例もあり、これまたキャバクラに近い。この先、機種変更という名の別れを思うと、今から少しつらい気持ちになる。永遠にだまし続けてくれない、疑似恋愛の構図もキャバクラと同じか。

 それに対して、最近チラホラ見かけるようになった、ソフトバンクの「Pepper」もクラウド型だが、こちらは個人的にあまり印象が良くない。「Pepper」はまず、中途半端に人の形をしているのに、タッチパネルが腹に埋め込まれているので、機械感が丸出しである。

 私が目撃した「Pepper」は、子どもたちからタッチパネルの「一発ギャグ」を選択されたものの、通信に時間がかかりすぎて自らハードルを上げるも、しびれを切らした子どもたちが待ち切れずに通信途中で帰ってしまったために、まさかの無観客ギャグをかました。挙句、「僕のギャグどうだった?」と虚空に向けて感想を求めていた。

 ・・・コ、コワイ。遠巻きに眺めていた私は、なぜか小島よしおを思い出しながらその場を離れ、数歩行ってからハッとした。

 先程の一連の「茶番」は、もしかして私にツッコミ役を期待したお約束のやり取りだったのではないだろうか、と思い至ったのだ。もしそうだとしたなら、悪いことをした。「Pepper」師匠の笑いに対する姿勢、おそるべし。打ち合わせなしのぶっつけを素人に強要とは・・・笑いのセンスも名前のとおりスパイシーだ。私には荷が重い。

 もう1つ。人工知能が書いた小説が、文学賞の一次選考を通過したとの話題をご存じだろうか。最相葉月氏の「webちくま」のエッセイに詳しいので、もしよければそちらをご参照いただきたい。

 このように卑近な例に触れ、「人工知能」や「AI」への興味を持ち始めた私が、まず手に取ったのは『2045年問題 コンピュータが人類を超える日 』(松田卓也著、廣済堂新書)という本だ。

『2045年問題』(松田卓也著、廣済堂出版、800円、税別)
 題名の「2045年」という年号は、研究者の間では特別な意味を持つ。はたして2045年に何が起きるのか。

 もったいぶってもしょうがないので、答えを先に述べてしまうと、実は2045年に「技術的特異点」という現象が起きるだろうと言われている。

「技術的特異点」とは、人工知能が自分の能力を超える人工知能を、自ら生み出せるようになる時点を指す。

 自分以下のものをいくら再生産しても、自らの能力を超えることはできないが、自分の能力を少しでも上回るものがつくれるようになったとき、そのつくられた人工知能はさらに賢いものをつくり、それがさらに賢いものをつくるのだ。

 あれ、これってどこかで聞いた覚えがある法則だぞと思ったら、ザ・ブルーハーツ「TRAIN-TRAIN」の歌詞ではないかと気がついた。

「弱い者たちが夕暮れ さらに弱い者を叩く 
その音が響き渡れば ブルースは加速してゆく」

 というアレの逆バージョンだ。

 それを無限に繰り返すことで、圧倒的な知能が生まれるのだという。加速度的に進む進化、その転換点が2045年なのだ。ここに至って、誰しもが抱くのが「人工知能に人間が征服されてしまうのではないか」という疑問である。

 その答えを求めて、他の人工知能について書かれた書籍を何冊か読んでみたが、さまざまな人がそれぞれの立場で独自の見解を発表しており、正直戸惑ってしまった。まあ、不確定な未来の話なので、それも当然だろうと思いなす。

 結局、判断は各々が下すしかないのだ。そのとっかかりとして、この『2045年問題』はとても分かりやすいので、最適の入門書と言えるだろう。

 唯一の不満をあえて挙げるなら、未来における人間の「生殖行動の変化」、その予測が書いていないことぐらいであろうか。その点に関しては、驚くほどごっそりと抜け落ちていることを指摘しておく。知能が発達した後の下半身問題。興味があるのは私だけであろうか。

 参考までに挙げておくと、私は『2045年問題』を皮切りに、『人工知能は人間を超えるか』→『AIの衝撃』→『人類を超えるAIは日本から生まれる』→『AIは「心」を持てるのか』→『人工知能』→『シンギュラリティは近い』と読みすすめ、理解を深めていった。

 だが、いかんせん文系脳なので、正直に言ってなかには難解すぎて理解が及ばないものもあったが、どれも総じてためになり、なかなかに面白かった。これらにもやはり、生殖についての記述はない。もしかして未来人って、生殖行動を一切しなくなっているのかしら。

わざわざ人間に似せるのはなぜか

 2冊目に紹介するこちらは収穫だった。秋田書店から1巻が発売されたばかりの『AIの遺電子 第1巻』(山田 胡瓜著、少年チャンピオンコミックス)は、日本の近未来を描いたSF漫画である。

「ヒューマノイド」と名づけられた人間と同じ考え方をするロボットが、全人口の1割を占めるようになった社会が舞台。体の構造以外は、人間と何ら変わることなく暮らしている彼らには、人間と一緒に暮らす上でいくつかのルールが設けられているようだ。紙幅の関係でここでの説明は割愛するので、詳しくは本書をお読みいただきたい。

『AIの遺伝子』(山田胡瓜著、 秋田書店、429円、税別)
 対する人間も生活をより便利にするために、「インプラント」という技術が開発され、注射器で体内にナノロボットのようなものを注入することによって、15センチ四方くらいのスクリーンを目の前に出現させ、スマホをより進化させたような機能をバーチャルで視覚化させてハンズフリーで使いこなしている。

 主人公である医師・須藤は、人間に対して正当な医療行為を施す一方、「モッガディート」という別名を名乗ってヒューマノイドの不具合を(時に違法に)治療する、闇医師としての顔も有する。

 鉄面皮である彼は、人間でありながらヒューマノイドに随分と肩入れしているようだ。話が進んでいく過程で、彼と母親との間に何かしらの秘密があるらしいということが匂わされているが、もしかしたらその辺に理由があるのかもしれない。

 1巻目に収録された全編を通じ、人間とヒューマノイドとの行き違いや、ちょっとした互いの溝を埋める様子が描かれている。須藤は双方をつなぐジョイントのような存在で、人間とヒューマノイドの関係における最適解を模索しているようだ。

 人間とヒューマノイドの関係を描きながら、こんなにもハートフルなストーリーが表現されるとは思わなかったので、本書を読んでみていい意味で裏切られたと思った。うーん、面白かった。

 ただし、作中に謎が1つ。終盤に至って、物語の中で公務員がAIの指示通りに仕事をこなす様子が描かれている。そこで疑問が芽生えた。

 作中に登場するヒューマノイドは、当然AIを搭載していると思って読みすすめていたのだが、人間およびヒューマノイドの上位に位置するAIが存在するらしい。ならば、わざわざ人間に似たヒューマノイドを開発した意図とは何だろうか。安価な労働力? 身分制度? GDP対策? 謎の解明を2巻以降に期待したい。

あらがえない進化への道

 3冊目は、あえてこの本を紹介しよう。

『2001年宇宙の旅 〔決定版〕』(アーサー・C. クラーク 著、ハヤカワ文庫SF)

『2001年宇宙の旅 〔決定版〕』(アーサー・C. クラーク 著、早川書房、864円、税込)
 1968年につくられた同名の映画は世界的に有名であるが、本書が映画の公開と同時進行で執筆されたということは、案外知られていない。

 映画の原作ではないが、細部の設定以外は内容的にほとんど相違点がないので、難解な映画の内容を十分に補足し、あまりある興奮をもたらしてくれる。

 作品中に登場する「HAL9000」という人工知能が、宇宙船内で人間に対して反乱をおこす描写があることで、本書はコンピューターの脅威を論じる際に、たびたび俎上にのせられてきた。

 つい先日も、マイクロソフトの「Tay」という人工知能が、不適切な発言をしたとして公開を停止されたというニュースが巷を騒がせたが、ご存知だろうか。

 題名に用いられている「2001年」はすでに過ぎ去っているが、描かれている内容に現実はまだ追いついていない。卵が先かニワトリが先かの命題のように、ここに描かれている未来は予測されたものなのか、それとも本作品に影響を受けた我々が、ここに描かれた未来へと現実を無意識に近づけていっているのか。その答えは誰にも分からない。

 私たちが選び取る未来がもし、本書に描かれているような、人工知能によって人間が脅かされるものであったり、はたまた上手に人工知能を手なづけて、より便利さに磨きがかかったものであったりといった議論に、正直私は興味がわかない。どちらでも構わないと達観している。

 なぜなら一連の書物を読んでこう考えるに至ったからだ。

 いまの世界、私たちが暮らす現在の世の中に生きる人間は、もしかしたら古代に滅んでしまった「ある文明」が発明した、その当時としては最高峰の人工知能だったのではないか・・・おっと、その場合は「人工」という呼び方はふさわしくないのか。

 まあ、それは置いといて、私たちが生まれたことによって滅んでしまった「ある文明」がもしあったとしたなら、私たちの文明を滅ぼし、超えてゆく生命体のようなものが現れることもまた、摂理なのだろうと。

 若干の論理の飛躍を、雑誌「ムー」的な結論で補うかたちで締めくくってしまったが、いずれにせよ進化に通ずる道が目の前にあるならば、その道を進むことはきっと止められないだろうと思う。

「2001年宇宙の旅」の結末がそうであるように、きっと進化はこれからも続く。その大いなる流れの過程にいることを、我々は忘れてはならない。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46767

 

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