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東京大空襲の語られない事実…住民に逃げるなと命令、米の空襲司令官に日本が勲章授与(リテラ)
http://www.asyura2.com/15/senkyo181/msg/646.html
投稿者 赤かぶ 日時 2015 年 3 月 18 日 09:48:05: igsppGRN/E9PQ
 

             『東京大空襲〜昭和20年3月10日の記録〜』(岩波書店)


東京大空襲の語られない事実…住民に逃げるなと命令、米の空襲司令官に日本が勲章授与
http://lite-ra.com/2015/03/post-953.html
2015.03.18. リテラ


 東京大空襲から70年ということで、先週は多くの報道を目にした。しかし、「10万人が一夜にして亡くなった」「民間人への無差別爆撃」といった悲劇が強調される一方で、あまり知られていない意外な事実もある。

 昭和17年4月18日の初空襲以来、東京区部では死者が出ているだけで56回もの空襲があった。しかし、クローズアップされるのはやはり、終戦の年である昭和20年3月10日、約10万人の死者を出した「下町大空襲」だろう。実際、後にも先にもこれだけの犠牲者を出した空襲はない。

 だが、下町大空襲は爆弾投下量などにおいて必ずしも最大規模の空爆ではなかった。それ以降にも、さらなる規模の空襲が行われていたことが、戦後のアメリカ側の資料などから明らかになっている。


 昭和20年3月10日の下町大空襲では279機のB29が来襲、1665トンの焼夷弾が現在の台東区、墨田区、江東区などを中心に投下されたという。

 だが、その約1ヶ月後の4月13日に行われた「城南大空襲」は、520機のB29で3646トンの焼夷弾が投下されるという、ほぼ倍近い規模の空襲であった。

 また、5月25日、26日の「山の手大空襲」でも、464機、3258トンという記録が残っており、この4、5月の空襲によって、東京の区部はほぼ焼け野原になった。

 にもかかわらず、これらの空襲の死者は合わせても約7300人。東京大空襲全体の犠牲者の実に9割以上は、下町大空襲に集中しているのである。

 空襲の規模に比例しない被害者の実数。これはいったいどういうことなのか。一般的には3月10日が冬型の気圧配置で強風が吹いて大火災になったことや、木造家屋の密集した下町地区、しかも川が多く避難が難しかったといった地理的な状況が被害の拡大を招いたと言われている。

 しかし、東京大空襲の記録運動の第一人者である作家・早乙女勝元氏は、『東京大空襲〜昭和20年3月10日の記録〜』(岩波書店)の中で、その原因として当時の警視庁の防空体制を指摘しているのだ。

〈3月10日までは、バケツリレーに火たたきなどで「備えあれば憂いなし」と息まいていたものが、その「備え」の非現実性があきらかにされ、なまじわが家を守ろうとぐずぐずしていると、かえって、そのために大量の死者を出すことになると反省したのだろう。警視庁は「防空体制」の方針をきりかえた〉

 “火たたき”とは、長い竹竿の先に縄の束を取り付けただけの道具。当時は火元をそれで叩いて火を消せば大丈夫、という何とも呑気な消火方法が指導されていた。もちろん、そんなものでは焼夷弾のナパーム剤を鎮火させることなどできない。

 そしてなにより、空襲当時の日本では防空法という法律によって市民の都市からの移動が禁止され、空襲時には消火の義務が課せられていた。そのため、3月10日は避難に出遅れた市民の多くが犠牲になり、防空壕にとどまった人はほとんどが蒸し焼きになるほどの惨状だったのだ。

〈都民には、絶対に逃げることのできない防火義務が、法律として、頭の中にたたきこまれていたのである〉

 しかし、この下町大空襲があった一週間後の3月18日、昭和天皇が被災地を巡幸。「これで東京も焦土になったね」という一言を発した。

 これがきっかけになって、警視庁が防空方針を変更。「火に地下室は禁物」「避難の時を誤るな」「なるべく風上に逃げろ」といった「まず逃げる」の方針が徹底され、その後の空襲での犠牲者の大幅減につながったのである。

 これは逆に言えば、当局の非現実的な防空体制によって犠牲者が増大したということである。そういう意味では、まさに日本の戦前の統制社会がもたらした惨事であり、空襲の犠牲者を悼んで悲劇を二度と繰り返さないという観点からも、ジャーナリズムが詳細に検証すべき問題ではないだろうか。

 しかし、大手メディアの東京大空襲の特集記事や番組の中には、こういった事実に触れたものはほとんどなかった。わずかに朝日新聞が社説で当時の市民の消火活動の義務について触れていたくらいである。

 産経新聞は社説で、〈これほど非人道的な無差別爆撃が本当に必要だったのかについて疑問は大きく、引き続き日米で検証も必要だ。「戦争終結を早めるため」というだけで正当化できるものではないだろう。戦争をめぐって勝者の視点から語られがちな歴史を多面的に見ることが欠かせない〉と、あくまでも被害者としての観点を強調している。

 たしかに、行われた空襲は民間人を巻き込んだ無差別爆撃であり、米軍の非人道的な作戦は追及されるべきものだろう。

 だが、それと同時に、自国内で何が起きていたかを徹底的に検証することも、国内のメディアとしては重要な仕事なのではないだろうか。たとえ、それが不都合な真実であったとしても、である。

 ちなみに、この空襲の作戦立案者であり司令官でもあったカーチス・ルメイ将軍は「戦後、日本の航空自衛隊の育成に協力した」との理由で、昭和39年12月に日本政府から勲一等旭日大綬章を授与された。こういった不可解な事実も検証して報じてもらいたいものである。

(市井伊織)


 

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コメント
 
01. 2015年3月18日 10:16:11 : sRyOlHh9Us
日本国民の命を軽視したどのような事実を語ろうとも、天皇を含む軍部と政治家の敗戦責任を糾弾しない不思議な国。

勝てないと判っていて自ら米国に戦争を仕掛けた責任は重い。

宮内庁の監視員さんに言っときますが、天皇制の批判ではなく敗戦に導いた国家統治者の責任を問うてます。


02. 2015年3月18日 11:12:18 : b5JdkWvGxs
・東京大空襲の時はいくら呼んでも昭和天皇が起きなかったので、空襲警報が出せず、10万人が焼き殺された。

・つまり、昭和天皇は東京大空襲の日時を知らされていて、わざとその晩だけ空襲警報を出させなかったんですね。


昭和天皇と源田実は東京大空襲の成功を殊の外喜んで、ルメイを高く評価したんだ。


03. 2015年3月18日 13:26:03 : uMcHfTnA4o
火消の練習までしてたんだ!
まるで戦国時代と同じと思う時代錯誤も甚だしい

火を消せ”ってか
そんな認識しかなかった中枢部では戦争する資格もないってことだ!
馬鹿が!
よくも戦争してくれたな!

そんな人間たちを英霊だと言ってはばからない安倍一派には
政権能力などない


04. 2015年3月18日 18:35:27 : yUDqv3T4uU
先の大戦は、国民から財産を奪う目的で殺す事が目的だったと考えたら全て説明がつく。鍋釜梵鐘を奪い、貴金属宝石を奪い、国債を売りつけてカネを奪い、空襲で殺して土地を奪う。抵抗勢力になりそうな層はことごとく戦地へ放り出し武器弾薬糧秣医薬を与えず死ぬにまかせたのはそのためだ。特攻作戦も戦後経営を簡単ならしむるため血の気の多い層を殺しておいたと考えたら辻褄が合う。つまり国民を殺すことこそがあの戦争の目的だった。

今のウクライナで同じようなことが行われている。キエフ側の目的は一人でも多くのウクライナ人を、とくに東ウクライナ人を殺すことという。兵には農地を与える約束で戦闘への参加を呼びかけているそうだ。ところが戦果が思わしくなく奪えるはずの土地が奪えず、約束の分け前を与えることができていない。それで兵士らは約束の履行を求めて農業政策食糧省の前で抗議デモをしているという。

考えるに現代の戦争とは内戦の延長であってそれぞれの国家の支配層による交換殺人みたいなものなのではないか。羊を守っているように見える羊飼いだが腹が減ると羊を殺して食う。それと同じなのではないのか。羊に気取られないよう仲間の羊飼いと語らってそれぞれ相手の羊を殺す役割を果たしているのではないか。


05. 2015年3月18日 22:02:17 : yQAsopSZjw
今は必死で沖縄の珊瑚を潰しアメリカ様への基地を建設


どこが美しい国だ?
どこが日本を取り戻すだ?


06. 2015年3月18日 23:36:16 : tduhFRXVDY
●いわゆる「本土決戦要項」で、米軍上陸後、天皇及び側近、政府閣僚、陸海軍中枢幹部らが、いよいよ松代地下大本営(長野県)への緊急避難の道程で、右往左往と逃げ惑い行き交う大量の避難民に、一体どのように対処するかの問題で・・・・

●「かしこくも行列を妨げる者は、構わんから蹴散らし、場合によっては轢殺してでも進んで行け!!」

と、答えた参謀と称するヤツがいたと言われる!!
これこそ当時の軍閥エリートら、ネオ・ファシストどもの、本音だろう!!


07. 2015年3月19日 02:15:38 : IJjjrLkBu1
  今回の東北地震も、「津波てんでんこ」という、誰の指示命令も待つことなく自分自身の命を守ることを最優先に考え、安全だと考えた方向へてんでんに逃げろ、という過去の体験を踏まえた教訓を生かした地域と、そうでなかった地域とで明暗が分かれたようである。
  集団主義というのは、個々の判断で物事を行うことを「秩序の乱れ」と権威者が断定し、常に上位者の指示命令で動く義務を課されるため、いざとなっても自己決定が困難となる。
  本来動物的本能からすれば、種の保存のためにはバラバラに活動することにより、食糧確保やテリトリー確保の観点からも効率的であり、群れを離れた個体が裏切り者、と呼ばわれるような事は有り得ない。それは本能からの選択として互いに認めあい、結果的に種が維持されれば良い、という暗黙の了解があるからだろう。
  日本人の場合は権威者に常に下位のものが付き従い、片時も離れないという団子状態を旨とする。群れを離れようとする者には制裁が下される傾向が強い。これは、やはり生来の生存本能からすれば異常だと言えるのではないか。
  こうした、災害避難に伴う状況といい、戦時の集団自決の状況といい、玉砕の方針といい、運命共同体として無意味な滅亡へと向かい易い、特異な風土である。  こうした風土を未だに持っている以上、集団的自衛権を行使するような「普通の国」として参加しても、益々混乱の度を増すようなことになるのではないか。

08. 2015年3月19日 10:59:30 : tduhFRXVDY
>> 06,

訂正 「かしこくも行列を妨げる者は、・・・・・・・・
       
          ↓

   「恐れ多くも御車列の妨げになる者は・・・・・・・・


9. 2016年3月10日 12:00:46 : LY52bYZiZQ : i3tnm@WgHAM[1685]
Domestic | 2016年 03月 10日 11:18 JST
東京大空襲71年、不戦誓う

http://s1.reutersmedia.net/resources/r/?m=02&d=20160310&t=2&i=1123687821&w=644&fh=&fw=&ll=&pl=&sq=&r=PN2016031001000885.-.-.CI0003
東京大空襲71年、不戦誓う

 約10万人が亡くなったとされる太平洋戦争末期の東京大空襲から71年となった10日、犠牲者らの遺骨が安置されている東京都慰霊堂(墨田区)で法要が営まれ、参列者が不戦の誓いを新たにした。

 被災者や遺族らの高齢化が進んでおり、どのように風化を防いでいくかが課題となっている。空襲は全国の都市で相次ぎ、被害者に対する救済を求める声もあるが、支援法制定に向けた見通しは立っていない。

 法要には約600人が出席。東京都の舛添要一知事は「戦争の悲惨さを風化させることなく、命の尊さと平和の大切さを次の世代に語り継いでいく」と追悼の辞を述べた。

{共同通信}

http://jp.reuters.com/article/idJP2016031001000873


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