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戦後70年首相談話懇談会(21世紀構想懇談会)第6回議事要旨:最後のテーマを扱った会合
http://www.asyura2.com/15/senkyo188/msg/847.html
投稿者 あっしら 日時 2015 年 7 月 19 日 05:34:52: Mo7ApAlflbQ6s
 


※ 関連投稿

「戦後70年首相談話懇談会(21世紀構想懇談会)第一回議事要旨」
http://www.asyura2.com/15/senkyo182/msg/286.html

「戦後70年首相談話懇談会(21世紀構想懇談会)第二回議事要旨:きわどい内容もあり一読の価値:「敗戦責任」の国民的議論を」
http://www.asyura2.com/15/senkyo182/msg/287.html

「戦後70年首相談話懇談会(21世紀構想懇談会)第三回議事要旨」
http://www.asyura2.com/15/senkyo184/msg/690.html

「戦後70年首相談話懇談会第4回議事要旨:戦後日米・日英関係史からアジアの和解模索:リベラルな歴史認識や非親米的意見も」
http://www.asyura2.com/15/senkyo184/msg/732.html

「戦後70年首相談話懇談会第5回議事要旨:安倍首相を「歴史修正主義者」と見る米国の識者もいるので談話により払拭をとの声」
http://www.asyura2.com/15/senkyo186/msg/445.html

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20世紀を振り返り21世紀の世界秩序と日本の役割を構想するための有識者懇談会(「21世紀構想懇談会」)

第6回議事要旨

1.日時:平成27年6月25日
2.場所:総理大臣官邸4階大会議室
3.出席者
・21世紀構想懇談会委員
西室 泰三 日本郵政株式会社取締役兼代表執行役社長 日本国際問題研究所会長 【座長】
北岡 伸一 国際大学学長 【座長代理】
飯塚 恵子 読売新聞編集局国際部長
岡本 行夫 岡本アソシエイツ代表
川島 真 東京大学大学院教授
小島 順彦 三菱商事株式会社取締役会長
古城 佳子 東京大学大学院教授
白石 隆 政策研究大学院大学学長
瀬谷ルミ子 認定NPO法人日本紛争予防センター理事長 JCCP M株式会社取締役
中西 輝政 京都大学名誉教授
羽田 正 東京大学教授
西原 正 平和・安全保障研究所理事長
堀 義人 グロービス経営大学院学長、
グロービス・キャピタル・パートナーズ 代表パートナー
宮家 邦彦 キャノングローバル戦略研究所研究主幹
山内 昌之 東京大学名誉教授、明治大学特任教授
山田 孝男 毎日新聞政治部特別編集委員

・政府
安倍 晋三 内閣総理大臣
菅 義偉 内閣官房長官
加藤 勝信 内閣官房副長官
世耕 弘成 内閣官房副長官
杉田 和博 内閣官房副長官
古谷 一之 内閣官房副長官補
兼原 信克 内閣官房副長官補


4.議事概要

(1) 冒頭、菅官房長官から、概要以下のとおり挨拶を行った。

本日は、安倍総理より提示があった、5つの論点のうち4つ目の点である、「20世紀の教訓をふまえて、21世紀のアジアと世界のビジョンをどう描くか。日本はどのような貢献をすべきか。」、また、5つめの点である、「戦後70周年に当たって我が国が取るべき具体的施策はどのようなものか。」につき、皆様にご議論いただきたい。

委員の皆様におかれては、20世紀の世界と日本の歩みや、日本と各国との和解の歴史など、過去の経緯につきご議論いただいてきた。今回の会合では、これまでの議論を踏まえつつご議論をお願いしたい。

(2) 次に、山内東京大学名誉教授・明治大学特任教授から、「未来が過去を変えるー歴史の中の『戦後70周年』」というテーマの下、概要以下の発表があった。

今年は第二次世界大戦の終結、日本の敗戦から70年にあたる。この70年という数字はどのような意味があるのか。確かに歴史的事件について、70年、100年を節目に考えることは、しばしば行われることであるが、本日は、世界史との比較において考えてみたい。まず今年2015年は、第一次世界大戦のトルコ人とアルメニア人との間におきたグレート・カタストロフィー(大惨事)と呼ばれる事件から100年にあたる。ここには、東アジアにおける歴史認識にも増して大変複雑な歴史認識の問題が生じている。アルメニアの首都エレヴァンでは、4月24日に、アルメニア人の受けたいわゆる「ジェノサイド(集団虐殺・集団抹殺犯罪)」の犠牲者を追悼する式典が開かれ、ロシアのプーチン大統領やフランスのオランド大統領も出席した。しかし、片方の当事者であるトルコがどのような対応をしたかと言うと、その翌日に、第一次世界大戦中にトルコがガリポリ半島でイギリスとアンザック(豪州とニュージーランド)の軍を撃退した「騎士道精神」に溢れた最後の戦を追悼する行事を催した。

大事なことは、そこに英国のチャールズ皇太子や豪州のアボット首相、ニュージーランドのジョン・キー首相も参加したということである。トルコ外交は、英連邦の首脳らを参加させることによってアルメニア人の批判する「ジェノサイド」問題を相殺する成果を挙げたと、外交史的には言える。日本は万事につけてトルコのような対抗的行事をするはずもないが、日本でいう70年、トルコ、アルメニアでいう100年という、歴史学でいう「時間の区分」は、過去にこだわり続けるのか、未来を見つめるのかで、評価の力点が違ってくる。そこに歴史認識の難しさがある。

日本と中韓の関係を見ればわかるように、歴史認識は単純に過去にのみ関わる問題ではなく、むしろ過去以上に、それぞれの時代を生きる人々の問題である。そこには現代を生きる我々の状況が複雑に反映しているという点に、歴史認識の難しさがある。つまり、戦争や植民地支配といった第二次世界大戦前の問題である以上に、日本の戦後の帝国解体や植民地支配終焉後のトピックなのである。つまり、歴史があって歴史認識が存在するのではなく、歴史認識があって初めて「歴史」が存在するという性格をもつものである。

このような点で興味深い事例は、2013年の三・一独立運動記念式典における隣国の朴槿恵(パク・クネ)大統領の発言である。朴大統領は、「(日本と韓国の)加害者と被害者という歴史的立場は、1000年の歴史が流れても変わることがない」と語った。歴史家としては、この1000年の歴史というのはどこを起点にし、どこで終わると考えているのかという点が大変興味深い。

いわゆる「千年恨」と言われる現象は、あえて推測すれば、個別のいわゆる「慰安婦」が生み出された不定時の過去から「加害」と「被害」の関係が生まれたのか、あるいは、日本の1910年の日韓併合の時からなのか、あるいは、もっとずっと前の高麗の顕宗4年(日本史の長和2年、左大臣・藤原道長)の時期に遡って現在までの千年なのか。いずれにせよ、千年を過ぎても両者の関係は変わらないとするならば、政治外交における彼我の妥協や譲歩は本質的に難しいということになる。何をしても歴史認識では表面だけの和解にすぎないことになる。実際、2015年3月3日、韓国外務省高官が日本との歴史問題に関して「加害者というものは(被害者に)100回でも詫びるべきではないのか。何回(謝罪を)しようと関係ない。」と述べたと伝えられている。これは、韓国の歴史認識へのこだわりが、史実、歴史的事実の厳密な確定よりも、政治外交の場で「加害者」や「謝罪」といったキー概念を未来にかけても使い続ける権利を留保または示唆したと受け止めるのが自然ではないかと思う。

歴史はもちろん直線的には進まない。日本の敗戦と帝国の解体も全く同じことである。日本の識者の中には、中国やアジアを植民地化した列強進出の時代に乗り遅れ、欧米の論理を遅れて採用した日本だけが非難を浴びることに我慢がならないという人も、まだいるようである。しかし、これは基本的に誤っている。日本の対英米開戦が西洋のアジア植民地の独立を促したと評価する人々は、戦後どの帝国であれ解体していった歴史の趨勢、流れを理解していない。大日本帝国の崩壊を否応なく、歴史的には先に経験した意義は、敗戦の意味と繋がっているとはいえ、結果として積極的意義をもつことになる。連合国、戦勝国として切り抜けた大英帝国は、「回印分離」独立というインドの独立によってパキスタンとの間に1100万人の難民を広大な印度亜大陸で流浪させ、100万人の死者を出すことになった。また、ナセルのスエズ運河国有化の直後にフランスが起こした大義なきスエズ戦争は、ノイローゼが進み突発性の精神病の症状を呈し、収まってみれば神経が綻びて萎縮したような帝国の自己崩壊を自ら招いてしまった、という歴史家の評価があるほどである。
フランスは、8年間にわたるインドシナ戦争で、およそ9万4000人の戦死者を出し、アルジェリアでも2万9000人の犠牲を払ってアフリカ植民地帝国からの撤退を余儀なくされた。

日本がもし帝国を維持し満州国での権益に拘っていたとすれば、これは歴史においてアルジェリアのピエ・ノワール(フランス人コロン)が自分達こそが「アルジェリア人」だと呼んで現地駐屯軍に依拠してパリ政府に叛乱したように、満州の在留邦人の一部が、自らを「満州人」と呼び関東軍と抱き合いで東京に叛旗を翻した可能性は十二分にあった。その結果は、中国や朝鮮半島の人々の反日の革命を深刻な形で誘発しただけでなく、それへの対処と後遺症によっては、ロンドンやパリで現在でも間欠的に生じる暴力やテロを東京も経験していたかもしれないのである。すなわち、帝国と植民地支配の時代はいずれにしても終わっていたという認識を持つことが大事である。

1931年の満州事変に始まり1945年に終わった日本の大陸への侵略と経営、他のアジア諸国における植民地統治や軍政は、しばしば一般市民を犠牲者にする大きな悲劇を生んだことは事実である。戦争中の中国や東南アジアにおける我が国の軍による残虐な事象をなかったかのように語ることはできない。ジョージ・オーウェル的な表現を借りれば、「事実に仕立てあげられた虚偽」は許されるものではない。だからといって、1945年の大敗北の後に日本国家が、これ以降未来に向けて衝突を回避するために必要なハンドルとブレーキを備えていないという一部西欧人たちの指摘は、これは私達からすると歴史の「曲筆」に過ぎるのではないか。

いずれにせよ、日本を批判する者たちが、日本人が犠牲者としての側面を加害者としての行為にすりかえていると論じる余り、歴史の解釈を古典的な「名教」(人の道を明らかにする教え)にスライドさせ、往々にして「曲筆」に走ることはないだろうか。どの立場や主義主張であっても、日本では学問と執筆の自由が保障されている。その面では、おあいにくさまというところかもしれないが、外国の一部が語るように、日本では曲筆以上に政府への批判や提言を含めて「直筆」を当然視する者が圧倒的に多数であるということを、私達としては語っておかねばならない。

中国や韓国は、歴史解釈を「名教」と見なす余りに、「直筆」という点では遺憾な点が多く目立つ。いわゆる「慰安婦」や「南京事件」につき、日本の理性的な歴史家、良識のある政治家の多くは「事実に仕立てられた虚偽」として否定しているわけではない。指摘されている事象について、史実として当時の日本帝国政府や帝国陸軍の関与の有無、死者の実数や実相を実証的に明らかにせずに、被害を想像させる現象さえあれば、あとは「使命感」によって歴史と数字を作れると信じることについて、違和感を覚えるということなのだ。ましてや、そうした作業をそのまま外交の領域に持ち込んで謝罪や反省の文言を引き出そうとする志向に、歴史をまず実証感覚で見ようとする普通の日本人は懐疑心を寄せざるを得ない。
南京事件については、私も参加し、また、北岡座長代理が当時の座長として統括された日中歴史共同研究でも、日本側委員は南京事件の死者数について学説を紹介し、20万人を上限とし、4万人説や2万人説もあると虚心に紹介したが、中国側委員は、被害者総数を30万人以上だと断定し結束して譲らなかった。つまり、焦点は、歴史の謙虚な究明よりも、敢えて申せば、史実よりも政治の論理に基づく外交的屈服を「加害者」の義務として日本が恒常化するメカニズムを何らかの形で現代日本の官民が受容するのか否かという点が中国側の大きな関心だったと、日中歴史共同研究の委員として痛切に感じた次第である。

いずれにせよ、今の中国政府と共産党は、日本が戦後70年間歩んできた平和国家の実績やODAを介した繁栄への貢献を、日本の反省や謝罪の謙抑な現れとして認めようとしない。事のついでに敢えて申せば、中国史における文化大革命などの悲劇的な現代史の現象について、推計はあっても当局による公式の数字資料は発表されていない。自国の同胞の悲運や悲劇について実数を公表していない事件が多すぎる。歴史学研究の基本となるべき数字について、きちんとした統計がない、或いは、それを発表できない歴史認識は誠に不幸というほかない。

少し拡げて考えれば、トルコとアルメニアの問題は、我が国と中国・韓国との関係を考える際、大変重要な参照材料となる。トルコ政府は、この悲劇に対して哀悼と同情を表すが、賠償や補償を公式には伴わないことをいつも強調している。しかし、こうした立場は、世界史的に見て、日本の経験を見た場合、大変楽観的であると私は考える。日本の経験は、歴史上の事件とはいえ過去を外交的に謝罪すれば、それは公式の補償、関係者による個人訴訟も含めて必ず補償要求が出ることを示唆しているからである。1992年にいわゆる慰安婦問題が起こると、旧帝国陸軍や帝国政府の関与についての事実と実態の究明や資料調査を後回しにして、対象と根拠がはっきりしない謝罪を繰り返した。宮沢首相は訪韓時の3日間に13回も「お詫び」と「反省」の意を表したことが確認されている。これは、日韓基本条約によって韓国とその国民に対する請求権の問題が最終的に解決されたと規定している以上、「反省」をいくら表明しても補償などの財政的負担が生じないという法的解釈からであったようである。ところが、韓国の政府や世論は、「誠意なき謝罪」をこぞって非難し、「適切な補償」を求めるに至った。その結果、日本は韓国側の司法判断や外交要求などを含めて、ゴールポストが常に変わる日韓関係の懸案解決に苦しむことになったわけである。

日本はこのように、戦前という時間軸に遡及して過去の一部を繰り返し反省した事実と結果に立ちながら、70年経った現在の時間軸において戦後日本の平和主義と国際協調主義の成果を語ることで、歴史における重要な要素である、進歩という要因を確認しなくてはならない。もし70年の談話を出されるのであれば、それが大きな出発点になるのではないか。

今年の4月22日にジャカルタのバンドン会議60周年の首脳会議が行われたが、そこで総理がバンドン会議に寄せて、「侵略または侵略の脅威、武力行使によって、他国の領土保全、政治的独立を侵さない」、「国際紛争は平和的手段によって解決する」という原則を改めて確認した。「侵略」への反省をしたと内容から読み取れるわけであり、当然コンテクストは、村山・小泉両首相の談話や関係者の声明を踏まえながら、精神として内容を受け継ぐと表明したと受け止めるのが自然であろう。

このような文脈の中で、最近5月に自民党の二階総務会長が訪中したが、その際、習近平首相は、先ほどのジャカルタにおけるバンドン会議において総理と会見したことを踏まえ、「徳不孤 必有隣(徳ハ孤ナラズ、必ズ隣有リ)」と論語の里仁(りじん)篇の有名な言を引いたと紹介されている。「徳のある者は孤立せずに、必ず隣に友人がいる」とは、徳のある者が中国なのか、日本なのか、これはなかなか含蓄深い言葉であるが、ともかく、中国は日本との関係改善に向けてある種の積極的なメッセージを送ってきた点を評価すべだろう。

同じように『論語』八佾(はちいつ)篇を引いて私が理想論を語れば、「成事不説 遂事不諌 既往不咎」(セイジハトカズ、スイジハイサメズ、キオウハトガメズ)」ということではないか。つまり、後世の人間達にいつまでも起きたことについて語る、これはやはり孔子が説いているように、起きたことについては、もはや語らない、済んだことは、もはや叱らない、過去の過ちはもはや咎めない、そういう時期がいつか来る、あるいは、来ると信じなければ、そもそも国交や関係の正常化、関係の深化というものは生まれない。1000年経っても「加害者」と「被害者」の関係は不変であるという独自の「時間区分」や「時間軸」を出されると、現代を生きている我々はともかく、我々自身が現代の歴史に生きている者として、未来後世の国民への責任を負いかねるということになる。「謝罪」や「反省」の要求をいつも政治外交の第一課題にするのか、未来に向けて「平和」と「相互依存」に依拠した懸案や寛容を文明論として確認しあうのか。これは、学問というよりも、政治外交の基本姿勢とアプローチに関わるものである。

最後に私が申し上げたいのは、未来が歴史を変えていくということである。歴史認識の問題が外交に持ち出される場合、それを解決するのは、基本的に竹島の問題であれ尖閣列島の問題であれ、学者や知識人ではない。ましてや、この21世紀構想懇談会のメンバーなどの「識者」ではありえない。それは長期の国益を見据えて、まさに「徳不孤 必有隣」と信じて決断を行う政治家の皆さん、総理大臣を始めとする政治家のリーダーシップなのである。

専門家による歴史共同研究で解決できると楽観的に言うのは、これは歴史学者に国の最重要懸案の解決をゆだねられるに等しくナンセンスである。韓国の一部からいわゆる従軍慰安婦に関する共同研究をしようという声が出ているが、そもそも従軍慰安婦というカテゴリーあるいはその内容について何を問題にするのかは、「強制性」や性の道徳・慣習一般あるいは他の面のいずれかを重視するのかによって、日本人研究者の間でも意見が分かれるだろう。共同研究を行うというのは、学問研究と道徳観を同化させ相手の立場に同一化する極端な見方を例外とすれば、人びとが考える程なかなか簡単なことではない。しかし、歴史共同研究が果たす役割を無下に否定することもできない。それは、政治や外交におけるリーダーシップや決断に貢献する、少なくとも大きな根拠、手がかりというものを与えるのが、学者、有識者の職業的な使命だからである。しかし、いつまでも、どのテーマでも、どこで齟齬が生じるか、どこで挫折するかについては、我々は経験値として非常に容易く道筋を予測できるのが、これまでの日中、日韓の共同研究であった。これだけでは21世紀の新しい日本の針路とアジアへの貢献度を深めることはできない。東南アジアから南アジアひいては中東にまで広がる世界には、かつての中国や韓国にもそういう人達がいたように、明治維新や日露戦争などに象徴される近代史における日本と日本人の役割をマクロかつ広角度で評価する国々や人々も多い。

これとの関連でも、バンドン会議60年やアメリカ議会上下両院における総理の演説を、虚心かつ前向きにとらえたアジアやイスラーム世界のリーダーや世論が多いことに気がつく。あるとすれば、欧米も含めた世界史の大きな文脈でアジア歴史共同研究をおこなう可能性、イスラーム圏という大きな括りとの歴史共同研究は、これまでの非常に固定化された枠組みとは異なる歴史認識の問題について考える、新たな地平を開く可能性がある。もちろん地政学的に大きな変化が生じている地域との歴史共同研究は、学術交流として大変興味深いだけでなく、東南アジアを軸とするアジア青少年交流というものの核にもなる。女性交流の重要性をあえて私が語るのは、仕事に意欲をもつ輝く現代女性に対して失礼であろう。

歴史認識の在り方で必要なのは何であろうか。実現は難しいにしても、私は原理的に確認すべきことは、第一に、互いに長所と短所があれば、長所を評価して短所に寛容になる努力をすることである。中国の歴史家に劉知幾という人物がいる。我々歴史を学ぶ者にとって大変重要な歴史理論の書「史通」という書物の作者であるが、劉知幾の教えは、私はいつも、拳拳服膺するところである。「遠い昔、諸侯は互いに覇を争い、勝負の行方は定まらなかったが、その当時の史家は、他国の善い点は必ず賞讃して書き、自国の悪い点は隠しだてをすることがなかった。ところが近い時代になると、史家の公平な記録は耳にすることがなく、自づから自国の秀れた点を自慢し、他国の劣った点をあげつらうことが起こった。」。

第二に大事なのは、歴史はよく未来志向でとらえると言われるが、基本的にはやはり、「ふりかえれば未来(バック・トゥ・ザ・フューチャー)というのが、正にそれにあたる。戦後70年をとらえるのでも、未来につながる歴史認識というものを持つべきではないか。つまり、国際協調主義や平和主義、その実績を積んできた70年という時間の流れを前向きに見るのか、それとも70年前に遡ってそれから以前の歴史を遡及的に眺めるのだろうか。同じ戦後70年に談話を出す場合にも、もし未来につながる歴史認識を持つならば、眺める過去は現在の光景から見て相当に変わるだろう。私は25年ほど前、まだ若かった頃に「ラディカル・ヒストリー」という本を書いた。それにあるグルジア人哲学者の言葉を引用したことを覚えている。「我々は未来が輝かしいことを知っています。変わり続けるのは過去なのです」。私はこういう観点から戦後70年をとらえる基本的な視座を得たいと思っている。

(3) 続いて、羽田東京大学教授から、「21世紀世界のビジョンと日本の貢献―普遍化と地域性―」というテーマの下、概要以下の発表があった。

私も歴史学者なので、まず歴史認識と歴史学の関係について簡単に述べ、その後で本日の主たる議題である21世紀のビジョンについて論じたい。

一般に過去を認識することを歴史認識、歴史観と呼ぶが、これが形成されるための要素は数多くある。まず、歴史学の研究成果である。それに加えて人や集団の経験や信念、価値観、教育、身近な人の語り、小説、テレビなど、様々なものが要素として挙げられる。これらが集まり組み合わさって歴史認識が形成される。歴史学の研究成果だけで歴史認識が形成されるのではないことは、いま山内委員がおっしゃったとおりであるが、そのことは例えばごく身近な例として、幕末史や日露戦争に対する司馬遼太郎の小説や、ローマ帝国史に対する塩野七生の小説の影響を想起すればすぐにおわかりいただけると思う。当然と言えば当然だが、歴史認識と歴史学の研究成果は直ちに等号(イコール)では結びつかない。

といっても歴史学の研究成果は人間の過去を認識し理解するにあたり、信頼に足る重要な手段であると考えられており、歴史認識を形成する際の有力な手がかりの一つであることは間違いない。ただし、歴史学は過去そのものを再現できるわけではない。過去を見る目は時代とともに変わる。また、歴史学者自身が個人の考えや立場を有しており、それに加えて叙述を行う言語の違いなどによって、同じ問題に対し様々な見解があり得る。絶対普遍の歴史認識はない。このことは歴史学の研究成果としての世界史の理解についても言える。これまでは、主として欧米の歴史学者が作りだした基本的な理解、これは今日ではしばしばヨーロッパ中心史観として批判されるが、この理解をベースに各国の歴史学者がそれぞれの国において各国語で議論を行っているというのが実情である。世界史は多くの国で自国中心的に理解されており、国ごとに世界史の見方、理解の仕方は、時に微妙に、時に大きく異なっている。その原因の一つは、歴史学者が自らの立場性というものを十分意識していないというところにある。どういう立場で誰に向かって語っているのかということがしばしば不明瞭なまま研究業績が発表される点が問題であると個人的には考えている。

現代世界を構成する基本単位である主権国家は一種の法人である。その意味で主権国家自身が独自の歴史認識を持ち得るだろう。そして、政府要人や国会議員、官僚などの公人による過去についての発言が、一般に主権国家の歴史認識と理解される。現代世界における主権国家の歴史認識は、一定の枠組みの中にあることが要請されると私は考えている。個人や集団レベルの歴史認識は、先ほど申し上げたとおり多様であってよいが、主権国家の歴史認識は別である。なぜ主権国家の歴史認識が一定の枠組みの中になければならないのかということについて次にご説明するが、主権国家の歴史認識は極めて政治的なものであるということを強調しておきたい。これは政治家の仕事の領域に属することである。歴史学者は、政治家が考え判断するための材料を提供することはできる。しかし、最終的には政治家がその時々に適切な歴史認識を示す、リーダーシップを見せることが重要であると考える。

次に、第2部の20世紀世界の秩序・構造と歴史認識である。近現代の世界史をどう捉えるか、この点については北岡委員や白石委員をはじめ多くの方が既にこの懇談会で意見を述べられている。大筋において私は諸先生方のご意見に賛成であるため、これから述べることは屋上屋を架すことになるかもしれないが、ここで私の見方を披露し、そこから主権国家の歴史認識の枠組みについて論じることとしたい。

グローバルな視点から近現代史の流れを巨視的にまとめると、それは普遍化と地域性のせめぎあいと見ることができる。19世紀になり西ヨーロッパ諸国間の国際関係のルールが急速に世界規模に拡大する。これは相互不可侵、互恵的な条約による主権国家間の対等な外交関係を基本としていた。ただし、当初は国の文明度、これは、文明、未開、野蛮というレベルのことであるが、文明度が意味をもち、全ての国が対等と見なされたわけではなかった。その一つの例は、日本の対欧米不平等条約であった。この過程で、イギリス、フランス、ドイツを始めとする西ヨーロッパの諸国は、主権国民国家となった本国と、それとは異なる基準で統治される植民地から構成される帝国となる。この政治体制には、植民地となった地域の人々の意向(地域性)は、必ずしも反映されなかった。それ以前から存在したハプスブルグ、オスマン、清のような帝国は、この主権国民国家+植民地という新しい国家システムにうまく対応できずに解体してしまう。こうして20世紀前半までにラテンアメリカをのぞく世界の多くの場所は、西ヨーロッパ諸国にアメリカ、ロシア、日本を加えた帝国と、それらによって植民地化された地域に二分された。これを第一次普遍化と呼ぶことができる。現代の目から見ると力による普遍化でしかないが、当時は「文明化の使命」という理念があり、これに基づいて普遍化が行われたと考えられる。

欧米対アジアという立場にたって、日本は欧米から侵略を受けたアジアの国の一つであると捉えられることがあるが、欧米(西洋)対アジア、あるいは東洋、オリエントという世界のとらえ方は、元来欧米の人達の世界観であり、この欧米中心の見方をそのまま採用すると世界史を見誤る。その裏返しのアジア中心の見方も同様である。アジアは本来ヨーロッパのネガでしかない。多少の時差はあるが、日本は西ヨーロッパ諸国やアメリカと同様に十分に帝国だったのであり、アジアに位置するという特殊性をことさらに強調すべきではないと思う。もっとも現代においては、地理的な意味でのアジアに住む人々自身がアジア人であるという自己認識を持つに至っているため、アジアがある程度実体化しているという点には留意する必要がある。

二つの世界大戦は結局このような帝国間の覇権争いであり、最終的に、米英仏ソ等が勝利し、独日伊が敗北した。しかし、勝利した側の植民地帝国も、新しく重要性を増してきた理念、価値ゆえに解体していく。ソ連の崩壊をその最終局面と見ることができるだろう。

戦後の国際社会秩序と構造の主要な特徴を二つ挙げる。一つは、国連に典型的に見られるように、戦勝国がリードして基本的な枠組みが形成されたということである。そしてそこで強調される価値、理念は、民主主義、人権、民族自決、平等、法の支配などである。この中で特に民族自決は重要である。植民地主義は「悪」であり、たとえ戦勝国であっても認められなくなった。これがもう一つの特徴である。この結果として、南極を除く世界の陸地のすべてが主権国家的なものに覆われるようになる。これが主権国家体制であり、第二次普遍化である。

歴史認識についてであるが、既にこの懇談会で何度も強調されているとおり、敗戦国日本は、このような戦後国際社会秩序と構造を受け入れて、その中で多くの国々と協調しながら実直に努力を重ねることによって、今日の繁栄を築くことができた。その意味で、日本という主権国家の歴史認識は、大枠として戦後の国際社会秩序の構造である主権国家体制とその理念や価値、そしてその前段階としての戦前・戦中における日本の針路の誤りを認めるものでなければならない。よもやないと思うが、これらを認めない、あるいはそう受け取られるような認識を示すことは一種の自己矛盾である。近隣諸国の反発を受けるだけではなく、価値を共有する諸国の信頼をも失いかねない。主権国家の歴史認識とは、極めて政治的で慎重な判断を要するものであるということをもう一度繰り返しておきたいと思う。

現代世界では、主権国家の歴史認識がしばしば対立するが、それは各国がそれぞれの世界史の見方、世界観をもっているということに一つの原因がある。これはいわば20世紀的な歴史認識であり、第二次普遍化における主権国家の歴史認識である。現代においては、これとは別に国別の世界史を乗り越えるような試みもなされなければならない。それは、自分の立場性を自覚した研究者が、国際的な場で近現代の世界史をグローバルな視点で議論することによって可能となるだろう。日本が位置する東アジアの近現代史は、時間を長く、空間を広くとったグローバル・ヒストリーの方法を用いて改めて研究されなければならない。山内委員は非欧米地域の人々との研究協力を強調されたが、私はそこに欧米の人々も入れて世界全体で議論することが重要だと考えている。いずれにせよ、世界の研究者の間で近現代の世界史についてある程度共通する理解と合意が生まれ、その成果が国を超えて共有されていけば、一見迂遠ではあるが、それがやがて21世紀にふさわしい歴史認識を生み出すための一つの材料になると思う。

次に第3部の「21世紀世界のビジョンと日本の貢献」である。戦後の国際社会秩序と構造の基本的な特徴は主権国家体制である。この間に冷戦が生じたりしたが、現在でもその大枠は変わっていないと思う。つまり、第二次普遍化が継続しているということである。しかし他方で、例えばEUのように地域連合を形成し、国家の主権を部分的に制限する動きがある。また、中東やアフリカのように、歴史的背景や社会的基盤のないところに無理に主権国家を作ろうとしてきた地域では、その動きの限界が見えてきている。さらに、世界中で主権国家の領域を超える様々な団体の活動が活発化している。これらは、見方によっては第二次普遍化への挑戦であり、地域性への志向ともとることができる。こういったことを考慮すると、今後長く主権国家体制という国際社会秩序の構造が維持されるかどうかは予断を許さないというのが、私の考えである。その理由を2つ述べる。

1つは、長いスパンで見ると、世界全体で主権国家体制が機能しているのは、せいぜいこの50年でしかない。もしそれがソ連の崩壊以降に確立したと考えれば、まだ20年位しか経っていないことになる。ほんの短い期間である。第一次普遍化の場合を見ても分かるように、その時点では普遍だと思われていたものが時とともにその価値を失うことは十分にありうる。とするなら、将来的に第二次普遍化が続くという保証はまったくない。また、2つ目の理由として、経済、環境、情報等多くの分野でグローバル化が急激に進み、世界各地の相互依存が強まっていることが挙げられる。政治のみが主権国家体制にとどまっていることが、早晩難しくなるという可能性も十分考えに入れておかなければならない。

このような現状を見たときに日本がなすべきことは何だろう。日本は言うまでもなく、安定した主権国民国家である。この日本が動きやすく、従来その中で一定の役割を果たしてきた主権国家体制を安定させて、世界全体の平和構築に貢献するということが、まず日本がとるべき道であろう。同時に、主権国家体制を超えるような国際社会秩序や構造、あるいは、それを支えるような理念や価値が出現し得るということに留意して、緊張感を持って世界の情勢を常に観察して、準備を整えておかねばならない。どちらの場合も、まず日本が信頼できるパートナーとして国際的に認められることが重要である。

では、これから日本はどのような姿勢で進んでゆけばよいかということであるが、ここに挙げた5つの基本的な姿勢は常識的なものであり、お読みいただければ分かるので、割愛させていただきたい。特に付け加えることはない。

具体的な施策5点もかなり常識的なものである。これらを実現するためには、政府と民間が十分な意思疎通を行い、協力し合って事業を展開することが望ましい。最初が、高度の産業技術協力とそれを活用したインフラ整備である。4月に田中JICA理事長がご報告されたが、引き続きあのような取組を進めることは有意義である。また、大学や民間企業がそれぞれの分野で現地のカウンターパートと連携し、産業技術面での各種の協力を実行に移してゆくことは非常に重要である。次に、日本理解の推進である。何日か前にクールジャパン戦略について報道されていたので、ここに挙げた取り組みの多くはすでに始められているのだと思うが、とりわけ海外での日本語の普及推進が望まれる。日本人の考え方や行動の基本には日本語の論理がある。この言葉の魅力を世界の人たちに伝え、これを学んでもらうことが、日本人の発言や行動のより深い理解につながるだろう。それ以外にも勿論、現代文化として、食、漫画、音楽、若者文化、ファッション、映画、手工芸品、良質の工業製品等、日本が誇るべき多くの現代文化がある。これらを積極的に推進・紹介してゆくことは重要である。次に、和解が十分でない国や地域との間では、高校生、大学生といった若い人たちを相互に派遣することである。具体的には、留学生の送り出しと受け入れをさらに推進すればよい。国費留学生や奨学金に特別枠等を設定し、和解が十分でない地域との交流については特に配慮することがあってよいと思う。さらに、多国間協議ができるような優秀な人材を育成して、国連や国際機関に十分に貢献するということも、日本が今後果たすべき責務である。

最後に、ビジネスや学術分野における双方向・多方向で緊密な交流を展開することである。ビジネスについてはこの場に専門家が沢山いらっしゃるのでその方々にお任せし、学術面で特に重要だと私が考えることを2点だけ挙げさせていただく。1つは、日中、日韓といった地域に特化した対話とは別に、世界各国の研究者が自らの立場性を理解・自覚しながら、近現代世界史に関して意見と情報を交換するような国際的なグローバル・ヒストリー研究の場を設立するということである。多くの人々が共有できるような過去の捉え方を生み出すことを目標に、世界の歴史学者の間で議論を重ねていくことによって、21世紀にふさわしい歴史認識のための材料が出てくると思う。このことは先ほど申し上げた。それから、21世紀の国際関係のあり方を研究する国際的なフォーラムを構築することである。こういった共同研究は、民間、すなわち学術界や産業界が主体となって推進されるべきで、それを政府が注意深く、しかし寛大に支援してくださることが望ましいと考えている。


(4) 続いて、概要以下の意見が示された。

○最近の世界情勢を見ると、例えば中東に於ける混乱、それからウクライナの情勢がこれからどうなるか、また今ギリシャがどうなってしまうのか。いろいろなことを見ていくと、欧米型のグローバリズムというものにかなり揺らぎが出てきている。これらの問題は、歴史、民族、それから宗教のみならず、市場主義、民主主義への疑念等、多くの要素が絡んで、非常に複雑になってきている。このグローバリズムの根幹を守りつつ、これからやはりいろいろなことの修正が必要になってくるのではないかと思っている。そういう意味で、我が国がどういう国かと見てみると、明治維新の後、欧米型のグローバリズムを新たな規範として徐々に導入し、第二次大戦の敗戦によって帝国主義からの脱却を推し進めるべく、更にグローバリズムを浸透させていった。結果的には、明治時代以降、日本は、価値観やイデオロギーが大きく違うこのグローバリズムを受け入れ、そのための痛みも知り、その中で発展した、ある意味では大変ユニークな立ち位置を確立した国ではないか。したがってこのグローバリズムがこれから若干修正する必要があるという時、日本のこの基本的な立場は凄く大事ではないか。この混沌した時代において、日本が果たせる役割はかなり大きく、日本が世界に存在感を示す、絶好の機会ではないかと感じている。考え方やイデオロギーに違いがあっても、それを武力ではなく、対話を通じて、コミュニケーションを通じて解決していくということは、日本が戦争を通じて学び、そして戦後これを大切にしたことを主張するという意味では、日本の存在は今から非常に大事なのではないか。

私は3つのことを述べたい。これらの提案の1つは、日本は世界経済に大きな役割を果たしてきたということ。経済、通商、貿易もそうである。2つ目は、平和国家として一番重要視してきた人道支援、それから戦争の弱者の援助という側面からの提案。3つ目は、人材と教育という観点から日本がやれることがいろいろあるのではないかと思う。

特に経済、通商の観点から言うと、欧米型のグローバリズムは、結果的には、WTO、GATTという統一ルールがあってできたことである。ところが最近、金融面では、中国の一帯一路から出てくるAIIB、シルクロード基金、そしてBRICSが進めようとしているBRICS銀行、そして通商面でも地域経済協定が拡大される傾向にあり、いわば自分たちの土俵で相撲を取りたいという動きが各地で出てきている感じがする。そういう意味で言えば、日本は現状を放置せず、更なる秩序の不安定化にならないようにする必要がある。例えば、WTOが果たす役割はまだある。日本としてもそのWTOの復権に向けた施策を主導的に進めるということは、大変意義があるのではないか。こういうことができるのではないか。そして、FTAの動きが、メガFTAの動きに今つながってきている。最近、現実味を帯びてきたTPPの早期妥結もそうである。このTPPに含まれていない中国、韓国と現在交渉中の日中韓FTA、それに日EU・EPAやRCEPも成立すると、非常に広い範囲をカバーするいわゆるFTAの時代、先ほど申し上げたWTOの存在意義の向上と権限の強化という流れにつながってくるわけである。

2つ目は不戦の誓いである。戦時中の日本の行動を反省する意味合いもあるが、この反省は絶対にするべきだと思う。これから我々は人道支援、戦争弱者の援助という観点から、例えば、大変苦労している戦争の被害を受けた人たちを支援救済する。国連難民高等弁務官事務所やユニセフの活動を評価し、それと同時に、我々はこの活動の幅を拡大するような取組、或いはこれをいかに資金的な面で日本が協力できるかということも日本の使命だと思っている。

3つ目は、人材・教育。今JICAが中心となって取り組んでいる青年海外協力隊をもっと強化したほうが良いのではないか。青年海外協力隊の人数が全体的に減ってきており、若い世代の人口が減ってきていることもあるが、やはり出来る限り(活動終了者の)再雇用をしていくというのも重要である。そういう意味では、民間企業はこのような人材をこれまで以上に積極的に受け入れていく必要がある。あと大事なのは、文科省、大学と連携して、活動に応じて、(修士・博士といった)学位を授与するとか、学費や教育費の支出をする等行えば、優秀な人材が集まってきて、やはり日本という国は大変立派な国だという目で皆に見られると思うし、日本の若者が世界に向けて出ていく機会を増やすべきだと思う。そういう人材が増えていくことによって、日本のグローバル化にもつながっていくことが大事。

今申し上げた3つ。経済・通商。人道支援・戦争弱者の援助。そして、人材・教育。この夏に出される総理談話については、中国・韓国を意識してこれまでの経緯にとらわれず、やはり今後どういう方向に日本が貢献できるかということが凄く大事なメッセージになると考える。


○2つに分けて、過去の反省と我々全員がとるべき施策について、それから、未来志向のプロジェクトについて述べたい。

日本の外交の一大欠陥である靖国神社の問題を考えるべきではないか思う。わだかまりのない英雄・英霊への追悼場所に、外国の要人が気持ち良く来られる場所に、変えるべきである。靖国神社が国際的に尊敬を得られるようにしていく努力をすることが必要。色々な問題があって、政府が介入できないということはあるが、それは色々な方法で、私は解決できる問題だと思っている。これが解決できれば、外交が随分とやりやすくなると思っている。

もう一つの問題は慰安婦の問題。これも大変複雑な問題であるが、慰安婦の方々に対して、静かな、癒しの、あるいは、慰めの行事が出来れば良いと思う。そういう人たちは表に出てきたくないと思われるので、表立って行事はできないと思うが、何か静かな形で日本政府が気持ちを表しているということが示されるようなものが、葬儀への要人の参列等いろいろ考えられるが、もう少し心のこもった姿勢をとって良いのではないかと思う。

そして未来については、青少年交流、特にアジアの人たちを日本にもっと呼んでくる。あるいは、日本の青少年にアジアやアメリカに行ってもらう。最近よく聞くのは、米国に行く日本の学生が非常に少なく、中国、韓国の学生に比べてまったく対照的であるということをよく聞く。このための努力を、日本は矢面に立ってもっとやって良いのではないか。我々は、観光客を積極的に誘致しているが、これは日本の外交にとって非常にプラスだと思う。中国から多くの人が来ているが、観光客がそのまま直接日本の姿を見ることが、今後の日本の対中姿勢、対中外交、対アジア外交にとってプラスだと思う。

最後に外交面で、アジア、中東に力の空白を作らないということが、日本の外交政策であるべきだと思う。日本の経済が安定的に成長することも、また、途上国の経済発展に継続的に寄与することは重要だと思うが、同時に、日本の防衛力を維持すること、また、国際平和協力に積極的に参加することによって、力の空白を日本の周辺、あるいは、中東、その他に作らないように努力をすることも必要だと思う。具体的には、地域の協力を促すために、東アジア・サミット(EAS)の事務局を設置する、例えば、日本に置くというようなことも考えても良いのではないか。更に、日本の外交を、広報外交という形で発信するのであれば、そういうオフィスが日本の政府にあって良いのではないか。内閣府か、あるいは、外務省に、「広報外交庁」といったようなものが設置されても良いのではないかと思う。


○山内委員、羽田委員からの発表は、普遍と地域、その中での日本の位置づけについて、一連の会議の最後に相応しいものであった。第一回会議において、20世紀全体、戦後70年、21世紀という三つの大きな時間軸という見方について発言があった。このような時間軸の中で、20世紀に、日本は、様々な世界の秩序、グローバル化の流れに一度は乗ったが、逸脱した。その後、20世紀後半には世界の秩序に貢献し、戦後の反省を踏まえて和解に努め、21世紀にはこれまでの路線を踏まえつつ、和解が不十分であれば更に和解に努めていく。このような路線が確認されたと理解している。

戦後70年に当たり我が国が取るべき施策について、世界秩序に対する貢献を続けることと、戦後70年の和解をより着実に実現するという2点が、今後の日本が行うべきことであると考える。特に、後者についてはいくつかの要素があり、それをいっそう進めることが考えられる。

例えば、既に発言のあった青少年交流については、名前は変えるべきかもしれないが、平和交流計画のような、近隣諸国を対象とした様々な和解のための青少年交流を実施することは十分に考えられるものと思う。和解に向けた話は、日本と海外だけでなく、日本国内にも関わるものであり、近現代史教育を強化することの重要性はいくら強調してもしすぎることはない。また、戦後史の話も含まれるかもしれないが、日本国内での様々な議論を可能な限り緩和、あるいは解決するという観点から、国内の未解決な戦争問題、たとえば戦没者の遺骨の問題も重要であると考える。

歴史共同研究については、山内委員、羽田委員から発言があったように、幅広く、グローバルに、あるいは東アジアといった単位で、例えば戦後和解に関する共同研究を行うことも検討に値すると考える。また、アジア歴史資料センターは、戦前だけではなく、戦後についても、日本が何をしてきたのか、和解に向けてどのような努力をし、世界秩序に貢献してきたのか、こうしたことをしっかりと発信をしなければならない。同センターはインターネット上で資料をダウンロードすることが可能であり、こうした点を拡充すれば、海外から日本の立場を理解してもらうためのコンテンツとすることが可能となる。可能であれば、既存の、国立公文書館、防衛省防衛研究所、外務省外交史料館のみならず、より幅広い資料をこうした場で公開すれば情報発信として役に立つのみでなく、和解と対話のためにも有用なものとなると考える。


○歴史研究について、現在必要とされているのは、これまでのような日中、日韓間の二国間の歴史対話ではなく、よりマルチラテラルに、19世紀、20世紀の歴史について、歴史学として通用するような研究を行うことであり、そのためのスキームを考えていくことが重要であると考える。


○21世紀構想懇談会の委員には歴史学者が多くいるため、過去を振り返ることが多くなりがちであるが、今回のテーマは「ビジョンと貢献」であるので、未来について発言することとしたい。以前、ゴー・チョクトン・シンガポール名誉上級相が、「アジアの未来」のスピーチで、車の運転を例にとり、「運転する際にはたまにバックミラーを見なければならないが、基本的には前を見ることが必要である」と述べていた。今回の談話においては、バックミラーで過去(後ろ)をみて反省をしつつも、未来(前)を見て多く語り、現在までの日本の貢献について含むものとなればと希望している。

自分の考えは4点ある。第一に、教育、科学、文化における貢献である。第二に価値観であり、自由、民主主義、法による統治、人権の尊重といった形での貢献が日本はできるものと考える。第三に経済、ODAである。第四に平和貢献である。日本は、地球儀を俯瞰する外交、積極的平和主義の外交を進めている。不戦主義を誓い、反省をしつつ、未来志向のコミットメントをしていくことを期待したい。

70年談話はあくまで100年を視野に入れたものであり、30年後、40年後を見据えて、日本の進むべき方向がどのようなものであるかをビジョンとして描き、未来へのコミットメントを示して欲しい。そうすることにより日本の若者は勇気を得て奮いたち、海外からもコミットメントへの共感が得られることになるものと考える。

○日本の国際貢献について、平和への貢献には全く賛成であり、繰り返さないが、二点指摘したい。

一つは、沖縄の負担軽減について。沖縄についても中国や韓国の論調と似た主張が時々出てくる。当然ながら沖縄は日本の一部であるが、現在の米軍基地問題の背景に、歴史の話があることは否定できないと思う。近現代史教育の強化・充実については、沖縄と戦争のことも意識しながら進めるべきであると考える。

また、日本が貢献できる新たな分野として、女性問題があるのではないか。今後、日本が、女性が活躍できるような社会実現に更に積極的に取り組む、という点も盛り込むべきと考える。これまで国際的にも、日本では常に女性が後ろに控えていると考えられていたが、国内での改革も含め、今後、積極的に女性の活躍のための途上国支援等も行っていくといった点も含めてはどうか。


○全く違う観点から発言する。和解を成し遂げるためには、日本国内でコンセンサスが必要であると考える。これまで、国論が割れていることが海外からの働きかけへの脆弱性となっていた。せっかく、現政権のような政権が誕生し、紙を作成することとなったのであれば、コンセンサスを作ることが出来るようなものとすべきであり、例え最小限であってもコンセンサスを作ることの重要性を意識したものとなることを希望する。


○談話をまとめるに当たり、国内に向けても、我々が戦後70年をどのように考えてきたのかについてこれまでの経緯を踏まえてコンセンサスが得られるようなものとしていただきたい。そうでなければ、対外的に、様々な反応を引き起こすこととなってしまうものと考える。そのため、過去についても、ある程度のコンセンサスをつくるような形で、報告書をまとめるべきと考える。

また、近隣諸国との関係も非常に重要である。既に言及されている和解への方策や、近現代史教育に加え、国際秩序との関係について指摘したい。現在は国際秩序が変動しており、法の支配一つとっても、規範のとらえ方が国によって異なるような流動的な時代である。そのような中、日本がどのようにして貢献することができるのかを考えなければならず、その際には、日本が貢献することが自国の利益にもなり、国際公益と日本の利益が合致するようなものにしていくという点についても考慮していくべきと考える。


○戦後70年における我々の取り組みから得られた結論は、我々はまだコンセンサスを形成できるような事実認識すら国民に共有されておらず、まだ時間がかかるということが明確になったことかもしれない。報告書や談話を作ることは、政治的に必要であるとは思うが、それとは別に、10年くらいかけて我々がきちんとした歴史認識を皆で共有できるようにしていけるようになることが必要である。その意味で、近現代史教育の強化は、その成果が出るまでに時間がかかるが、極めて重要である。

日本の平和協力に関し、積極的平和主義等の理念があり、その下の系として何々を行う、という考え方も良いかもしれないが、過去の日本の様々な成功例を具体的に検証していき、何が日本の得意とする分野であるかを考えていくという逆のアプローチも必要であると考える。世界中を歩いてみても、日本人は、責任感、仕事へのこだわり、秩序立っていること、勤勉さ、きめ細やかさ等、圧倒的に優れた資質を有している。このような国民性は日本の国力の礎である。

こうした考えに基づいて具体的な例を挙げれば、日本は、中東和平といった大きなところでは必ずしも成果を上げていないが、カンボジア和平、アフガニスタン復興といったケースでは、素晴らしい成果を残している。また、海賊対策では、自衛隊の護衛艦が非常に秩序立って、660隻の日本籍船舶のほかに2900隻の船舶を警護している。日本は、外務省やJICA等による実力行使を伴わない協力の他に、海賊対処法に基づく刑事犯罪への対処としてこのような協力を行っているわけである。現在の安保法制はぜひ成立させるべきと考えるが、そこに至る前の段階においても、日本は素晴らしい能力を発揮している。また、様々な領域で、日本のNGOが活躍している。こうした協力をもっと拡充すべきである。


○日本では平和構築に関わる人材育成については、国連等の国際公務員に特化しがちである。武装勢力については主権国家の領域を超えた様々な団体が現れていることがしばしば議論されるが、これを抑える、平和を構築する側でも、主権国家を超えた様々な団体が活躍するようになっている。先進国の中で、平和貢献への人材育成が国際公務員のみに特化しているのは、自分が承知する限り日本のみである。他の国では、民間専門団体やNGOが研究系から実務系まで多数存在し、政府と協力し、また、政府が出来ない領域についてアドバイスを行い、外交政策の厚みを増すような協力関係を構築している。こうした協力が、紛争地の復興支援の現場でも多々見受けられる。人材は様々な機関を還流し経験を積み重ねながら育っていくものであり、あらゆる分野で活躍できるような専門性を持つ人材をセクター毎に、所属機関が異なっても育てることのできるような施策が今後は求められると考える。このことは、積極的平和主義の中で、特に平和貢献、非軍事の分野で日本が貢献していることを世界により知ってもらう上でも重要である。

日本は女性の地位向上や平和貢献に支援はしているが、現場で日本人に合わない、例えば、日本の企業に復興のノウハウを教えてもらいたいのに、なかなか日本の企業がいないといったギャップ存在しており、現場で歯がゆく感じていた。他方、日本が世界で築いてきた平和国家としての資金的援助については十分認識されているので、この上に、非軍事分野での実務的な平和貢献の経験と実績も積み重ねていけるような施策を打ち出していくべき。


○19世紀の西欧における科学技術の発達と、産業の興隆の延長線上に帝国主義が生まれ、植民地に対する収奪があった。日本は、その流れに対抗し、追随する過程で過ちを犯した。こうした認識は既に21世紀構想懇談会の中で広く共有されており、報告書に反映されるものと期待する。村山談話は日本の過去の国策の誤りを指摘したが、それに先立つ世界史をどう認識しているかという記述がない。そのため、さまざまな価値観をもつ人々がそれぞれ発言し、混乱を招いているという現状だ。問題を整理するためにも、しっかりと反映していただきたい。「子どもたちに近現代史をきちんと教えることが大切」という意見に異存ないが、きちんと、どう教えるのかという問題にもつながると考える。

一方で、戦争を避けながら、元の科学技術万能、産業主義万能の世界に戻るのかと言えば、そうではないと思う。20世紀型の経済開発はもはや地球全体にとって脅威である。経済の質を相当に変革しなければ地球はもうもたないという状況にある。日本はそういう問題意識を深く持っているということも明確に発信すべきである。


○本日の二人の御報告には示唆的な点が多々あった。そこで私の具体的な提案として、日本の主権国家としての責任ある歴史戦略をどう構築すればよいのか、ということを体系的におきたいと思う。問題の本質を端的に言えば、たとえば、いつまでも謝れと言ってくる相手への対応の仕方を常識的にどのように考えればよいのかということで考えてみたい。成熟した、お互いに感情的にならず永続的なコミュニティーのパートナーとしての関係を続けるのであれば、いつまでも同じパターンで謝り続けるのはどうかと思う。しかし全体としてこれまでの姿勢を豹変させないということも大切だ。つまり双方の戦略的な組み合わせである。第二に、日本人の人間関係観としては、いつまでも謝れというメッセージをぶつけられても対処のしようがないので、benign neglect、つまり穏やかに挑発的でない形であえて無視するという方法がある。第三に、系統的に反論するという方法がある。この方法をとるときは、国際社会をギャラリーとして意識した戦略的な姿勢が大切になる。これらの方法を体系的に組み合わせて行い、これまでの姿勢を豹変させるわけではないが、こちらがそろそろ限界に来ていることを相手にわからせ、その良識に訴える努力も必要ではないか。更に、広く国際社会に問題の根源をアピールすることも重要である。

この戦略は次のような世界観にも合致する。たとえば、中国、韓国は、考え方が少々困った意味で極めて近代的であると言える。冷戦終結後に色々な世界秩序論が出たが、アラン・マンクというフランスの評論家は、端的に言えば日本や欧米は「新しい中世」の段階に入っており、かつての近代国家的ナショナリズムをある程度克服したポスト・ナショナリズムの段階にあると説いた。この日本と欧米がいる世界は、国際的な普遍的価値観の共有性が非常に高い世界であり、その一方で中国・韓国のように依然として19世紀、20世紀の近代ナショナリズムの中に生きている国も日本の周辺には存在し、これに加えて、未だに近代以前の混乱から抜け出せな世界の地域があり、大まかに言えば世界は3種類の歴史的な位相の異なる地域に分類できるという。

我々が中国、韓国との間の歴史問題で特に困難が付きまとうのは、お互いの間でこの歴史段階に関する位相がずれているという点にある。日本という国の自己像、価値観、国際的ネットワークを考えれば、日本は中国、韓国との間でこの位相がずれていることをつねに意識しておく必要がある。そして、羽田委員が述べられた「第二次普遍化」、つまりパクス・アメリカーナと呼ばれる第二次大戦後の普遍的価値観を共有した秩序が、パクス・シニカに移行するのではないかという議論が最近アジアについての報道で見受けられる。しかし、こうした中、安易に地域に集中せず、グローバルな普遍化ということを守り抜くことが日本の選択であると思う。この観点で言えば、日本がアジア中心主義を基軸とするような価値観に傾くのはまずいのではないかと思う。これから我々がアジアを含むより広い世界の中で有力な位置を占めていくためには、戦略的に近代というものにどう対処するかということが重要である。この近代世界への対処においては、日本と欧米との連携が重要であるが、たとえば近年、欧米諸国と日本との青少年交流が非常に低調になってきている。我々研究者の世界でも、欧米研究が疎かになってきている。我々はまだまだ欧米との交流から学ぶところが多く、この傾向は将来的に非常に問題点が多いと思う。そこで具体的な提案の二つめとして、日中、日韓との間だけでなく、欧米諸国との間で歴史共同研究を実施してもよいのではないか。従来、日中、日韓とだけ歴史共同研究を行っていることが、これまで色々な問題を引き起こしてきた。この際、欧米との関係を再び強化することにより、外交全般の翼を広げることにもなるので非常に重要な選択であると思う。


○歴史認識についてコンセンサスが必要かという点については、必ずしもそうは思わない。歴史観は各人が自由に持って良いものであると考える。日本では思想や言論の自由が保障されている。韓国では国家が統一的な歴史認識(観)を持ち、他国にも「こうでなければ、トップ外交に応じない」と言う。だが、国家が歴史認識を持つべきかどうかについても、疑問が残る。ましてや個人の歴史観というのは、各人が議論していきながら、自由にもっていくものではないかと考える。

○手短に三点申し上げたい。できればコンセンサスを目指したいということは事実である。これは何も無理やり作るということではなく、日本人の中には明確に表現はされていないが一定のコンセンサスがあるのではないかと思っている。無理やり作るつもりはないが、これを何とか形にしてみたいと考えている。

二点目は、歴史教育の重要性である。これまでのような日本史の中の近現代部分を充実させるということや、世界史の中の近現代部分を充実させるということではなくて、近現代を対象とする、日本史、世界史、政治経済、公民、地理の専門家が集まって何を今知っておくべきかということを考え、新しい科目のようなものを作ることができないかと考えている。

三点目は、共同歴史研究である。先程意見があったように、これまでは実施しようとしても、歴史共同研究は二国間の枠組みを超えられなかった。これからは、例えば太平洋戦争に参加した国々というように、多数の国が集まった形での共同研究を実施すると良いと思う。中国、韓国の学者においても新しい世代が出てきており、学者として客観的な事実に照らしてもっと知りたいと考える学者が多くなってきており、アジア歴史資料センターを利用する人も増えている。こうした人々の専門的関心に訴えつつ、議論をしていくことが重要。かつて戦争のことを皆で議論したことが一度だけあったが、それはサンフランシスコ講和条約の時であった。同会議において最も素晴らしいことを言ったのは、スリランカ、当時のセイロンの代表であったと思う。同代表は、日本という国がアジアに対して及ぼした貢献に言及し、日本を尊敬すると言った。そして、復讐心から真の平和は生まれず、本当の平和は、尊敬や愛情といった感情から生まれると言った。この例のように、多国間で議論すれば、マルチの視点から色々なことが言えると思うので、是非、二国間を超えた、色々な国々から色々な人が参加した共同研究が出来れば良いと思っている。


○本日の山内先生と羽田先生の発表は、総理から提示があった諮問事項の最後の二点である、「20世紀の教訓をふまえて、21世紀のアジアと世界のビジョンをどう描くか。日本はどのような貢献をするべきか。」と、「戦後70周年に当たって我が国が取るべき具体的施策はどのようなものか。」につき議論するにあたり、基調として素晴らしいものであった。

グローバル化するということは、自分の国を出発点として考えるよりも、グローバルな視点から考えた方がずっとわかり易い。

先般、自分の会社において、30代、40代の職員を海外に派遣しようと思って募集をかけたところ、10人の枠に80人の応募があった。30代、40代というのは日本の中でも特に海外に出ていくことに消極的な世代であるが、応募してきた職員のキャリアを聞くと、国内において他の機関へ出向したり、外国に駐在したりと色々なポストを歩んできたとのことであった。彼らのような埋もれた人材が日本の中にはいると思うので、積極的にこのような人材を活用していくということが我々の使命であると思う。そしてグローバル化について考えるに際しては、アジアを中心に考えていくということは一つの外せない視点であると思う。
我々は本懇談会を開始した際、わが国がとるべき具体的施策について何らかのまとめをすると決めていたと思う。あと一度、二度会って意見交換をしながら、あとに残るようなものを作ることが大切である。


(5)閉会にあたり、加藤官房副長官から、山内委員、羽田教授による発表、そして、各委員による多岐に亘る意見表明に感謝し、懇談会においては総理から提示があったすべての論点につき議論が終了したところ、今後は報告書の作成にご尽力いただきたい旨の挨拶があった。


http://www.kantei.go.jp/jp/singi/21c_koso/dai6/gijiyousi.pdf

[資料]

羽田正委員プレゼンテーション資料


21世紀世界のビジョンと日本の貢献
―普遍化と地域性―
羽田 正

T.歴史認識と歴史学

1.歴史認識は、歴史学の研究成果に加えて、個人や集団の経験、信念、価値観、身近な人の語り、小説、テレビドラマなど多くの要素の集合によって形成される。
2.歴史学者の研究も自らの歴史認識の影響を受ける。絶対不変の歴史認識はない。
3.世界史は多くの国で自国中心的に理解されており、国ごとに世界史の見方、理解の仕方は異なっている。
4.一種の法人である主権国家も歴史認識を持ちうる。政府要人や国会議員、官僚などの公人による過去に関する発言が、主権国家の歴史認識とみなされる。
5.現代世界における主権国家の歴史認識は、一定の枠組みの中にあることが要請され、きわめて政治的な性格を持っている。個人や集団のレベルの歴史認識は多様であってよいが、主権国家の歴史認識は別である。

U.20世紀世界の秩序・構造と歴史認識

1.近現代世界史の流れ―普遍化と地域性のせめぎあい

1)19世紀に主権国家間の対等な外交関係を基本とする国際関係のルールが急速に拡大
2)英仏独など西ヨーロッパ諸国は、本国に加えて異なった基準で植民地を統治する帝国
3)20世紀前半までに、世界の多くの場所が、西ヨーロッパ諸国に露・米・日を加えた帝国とそれらによって植民地化された地域に二分される。
⇒ 第一次普遍化(力による普遍化。当時は、「文明化の使命」という理念あり)
4)欧米対アジアという世界観の問題点
5)二つの世界大戦は帝国間の覇権争い。米英仏ソ等の勝利。独日伊の敗北。ただし、勝利した側の植民地帝国も解体(ソ連の崩壊がその最終局面)
6)戦後の国際社会秩序と構造の主要な2つの特徴
(1)戦勝国がリードして基本的な枠組みが形成される。
(2)民族自決。植民地主義の廃絶
7)南極を除く世界の陸地のすべてが主権国家(的なもの)によって覆われるようになる。
主権国家体制 ⇒ 第二次普遍化(理念と価値による普遍化)

2.歴史認識

1)敗戦国日本は、戦後の国際社会秩序と構造を受け入れ、その中で多くの国々と協調しながら実直に努力を重ねることによって、今日の繁栄と安定を築くことができた。その意味で、主権国家日本の歴史認識は、戦後の国際社会秩序と構造とその前段階としての戦前・戦中における日本の針路の誤りを認めるものでなければならない。
2)国際的な場での近現代グローバルヒストリー研究の意義と重要性。「それぞれの世界史」を乗り越える21世紀の歴史認識のために。


V.21世紀世界のビジョンと日本の貢献

1.現状の見方

1)戦後の国際社会秩序と構造の基本的な特徴である主権国家体制は、大枠として変わっていない。⇒ 普遍化の継続
2)他方、地域連合を形成し国家の主権を部分的に制限する動き(EU)。中東やアフリカにおける主権国家体制の限界。さらに、主権国家の領域を超える様々な団体の活動活発化
⇒ 地域性への指向
3)主権国家体制という国際社会秩序と構造が維持されるかどうかは予断を許さない。

2.日本がなすべきこと

1)主権国家体制を安定させ、世界全体の平和構築に貢献すること
2)主権国家体制を超える秩序・構造や理念・価値の現出に留意し、準備を怠らないこと
3)いずれにせよ、日本が信頼できるパートナーとして国際的に認められることが重要

3.基本的な姿勢

1)和解が十分ではない国や地域との和解を、あらゆる手段を用いて進める。
2)和解が進んでいる国や地域とは、さらに良好な関係を作る。
3)受け身ではなく、こちらから各種の提案を行う。
4)世界各地の人々と協働できる事業を考案する。
5)日本国民が取り組みの意味と重要性を十分に理解し納得できるように、丁寧に説明する。

4.具体的な施策

1)高度の産業技術教育とそれを活用したインフラ整備
2)日本理解の推進:日本語や日本現代文化の積極的な発信
3)高校生、大学生など若者の相互派遣
4)国際公務員として働く若い優秀な人材の育成
5)ビジネスや学術分野における双方向・多方向で緊密な交流

<学術面>

(1)グローバルヒストリーに関する国際的な研究の場の設立
(2)21世紀の国際関係のあり方を研究する国際的なフォーラムの構築

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/21c_koso/dai6/siryou2.pdf

 

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コメント
 
1. 2015年7月19日 07:42:28 : B3lwd2IL6U
ごちゃごしゃ書いているが、本音は一言で十分である。

先の大戦で日本は悪いことをしていないので侵略の事実の認識はしない。謝罪という言葉をとにかくどうしても絶対にあくまで入れたくないということが書いてあるだけ。

侵略の事実も認めず謝罪と反省を拒否する連中こそ日本の評判を日本人そのものを限りなく貶めている。世界中の国がこの思考法に嫌悪感を示す。

この思想=日本会議の考え方=安倍晋三の考え方。


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