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プロ ローグ・ワン
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投稿者 BRIAN ENO 日時 2017 年 1 月 11 日 14:22:05: tZW9Ar4r/Y2EU QlJJQU4gRU5P
 

プロローグ

世間では、
「医食同源」等
と言われるが、

実際にこの言葉をかみしめて
自ら食材を仕入れ
自ら調理している人は
意外と少ないだろう。

さらに困ったことに、
医食同源という
この耳触りのよい便利な言葉を弄し、
ほとんどの専門家と言われる輩が、
間違った栄養学を
日本じゅうに垂れ流している。

その結果が、
医療ビジネスの興隆であり、
癌、糖尿病、動脈硬化、
脳卒中、心筋梗塞、
認知症、精神疾患、
感染症等の
患者数の増と
その疾患による死者数の
増加である。

まさに、
医食同源と言う耳触りのよい
心情に訴える言葉が、
間違った栄養学、

もっと端的に言うと
人間を、
心身の疾患を導く偽の栄養学を
日本人大衆に垂れ流し
刷り込み
浸透させ、
それらの効果が
疾患患者の増、
疾患患者の死者数に
見事に表れているのである。

まさに偽栄養学と
偽医療の
絶妙な共同作業が
日本全国津々浦々で
今日も行われているのである。

ただ、
善良なる大衆が
彼らによる偽栄養学や
偽医療、偽医学が原因で
疾患が発症し、
疾患が進行しているなどと
思っている人は
たぶん誰一人としていないだろう。

癌になった人は、
たとえば以下のように
自分を責めるだろう。

俺はついてないな、
俺はこうなる運命だったのかもしれない、
俺の家の家系はがん家系だからな・・

とか、
自分の側に原因があると
勝手に
思ってしまうのである。

真実は、
間違った栄養学によって、
癌になるような食事を
日々おこなっていた結果が
癌の発症となるのだが、

おめでたいことに、

絶対にそのように思わないのである。

敵は繰り返すが、
偽栄養学を流布する輩であり、
それを側面支援する偽医療の輩であるが、
癌患者は、
その敵の存在を意識することなく、
敵は己にありと
敵は我にあり、
と勝手に、
自己完結してしまう始末である。


これなら、
敵は見えない、
見えるわけはない、
騙されたままである。

癌発症に
導いた敵は見えないのである。
癌発症に導いた輩は
癌患者を高みの見物でみており、
今頃、高笑いしているであろう。

なんとも悔しいではないか?

このような、
偽栄養学や偽医療を標榜する
食品大企業群や飲料大企業群や
製薬会社はやりたい放題である。


しかし、当然、
製薬会社を背後で支配する超大富豪たちは、
癌患者やその他の病人の増加が、
彼らが流布する偽栄養学で、
確実に増加し、
彼らが支配する
製薬会社を増収増益に導き
株価を上昇させ、
超大富豪たちに懐を大いに潤すことに
笑いが止まらないのである。

こんなことがあっていいはずはない。

これから

彼らの悪行を暴いていこうではないか?


 

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コメント
 
1. 2017年1月12日 03:20:34 : q931E3NW4E : Xao0gDyXwoc[499]
根本的に人々は「救い」を求め、そしてそれを自分の外に求める。それはそうした価値観を好むからにほかならず、それ以外の理由は見当たらない。
つまりそこでは自らを信用出来ない者と看做すことが大変常識的でまた心地良いことだと理解、判断しているということになる。
あらゆる望ましく無い問題の背後には、そうして自己不信に陥った人々の精神状況が背景として存在している。そこでは、もし物事が上手く回り出す事になるのだとしても、そこにも常に怖れに似た抵抗観念がしゃしゃりでて居座りつづけることとなる。勿論それは自我といえるものであり、自分の現時点の姿そのものだと言える。

そうした観点から見れば、管理栄養学というものを信頼して、そこに盲目的に従順になるのであれば、それは悪い方向には転がらないはずだろう。ほぼ医術(ヒーリング)行為とは施術者(ヒーラー)との共同作業、つまり信頼関係によって決まるのである。いわば成功例の殆どは全てプラシーボ効果による催眠術の成功例そのものであり、それは切ったり貼ったりと云った外科手術に於いても同様である。
しかしながら、そう単純にうまくいかないとするのは、基本的に自分に不信感を持っている者が、そう簡単に他者(施術者)に対して、自己と同質の不信感を拭う事などできていないからである。内心、そこに抱いている疑念に準じた感情をいくら本人が隠し通したつもりになっていたとしても、それは必ず物理的側面に対して顕在化する。つまりこの場合、抵抗観念を如何に意識しないかがヒーリングの要となってくると云う事を同時に理解して欲しいのだが、当然そこでの違い(得手不得手)は、それぞれの人格や性格、そこに持たれている価値観、謂わば思い込みに由来するといえるはずである。
勿論、現時点で我々の多くは頑なに西洋医学的な物理的施術におけるその物理的プロセスを信用にたる者と信じ、そこを通して得た結論と理屈しか受け止めきれないだろうが、それも魔術の世界の信頼とレベルは同じと云う事である。
そこへの気付きが遅れている。その為いつまでも自由ならざる境遇に在り続ける。それは自ら好んで投獄されつづけるも一緒である。

基本的に不信感とは無知故に生じる感情である。こうした感情が自ら離れて行く事は無い。容易にそこから逃れえるものでもない。全てはその当人自身が管理している。
自らの内にあるとする抵抗感情自体を潰そうとすれば、そこに当然新たな抵抗感情が生じる。つまり抵抗は単純に倍加する。消したいものに対して抵抗を繰り返しても「抵抗観念の強化」にしかなり得ないのである。善悪の概念が最も強烈にそこに加担する。痛みは悪い。病気は悪い。嫌悪するものを排除する傾向が自らの意識の中に生まれ、やがて物理的身体の中に顕現、つまり物質化する。
癌は停滞する自己への嫌悪と怒りの感情の顕在化したものであると理解出来る。あらゆる病気は本質的な自己への信頼が欠如することにより、愚鈍化した意識に気付かせる為に現れる。よってそれもまた本質的な生命の働きの正常さ由縁のものである。

私が理解する限り、そこから好転するにはあらゆる自身の価値観をまったく別のものに入れ換えるほかはない。睡眠が多くの場合病気を快方に向かわせるのは、抵抗の程度が軽く、自然な自己回復に期待するからである。ある種、意識的に自由ならざる部分の稼動領域を拡げてやると云う事が肝要なのであって、その為に簡単に功を奏すると考えられる方法が在る。
その方法を借りて来た言葉で言い表すならば、それは「感謝の乱発」である。丁寧に逐一、あらゆる自身の意識的行為の一挙手一投足に対して感謝し、分け隔てなく差別心無く愛情を注ぐ事が出来ればいい。
別の言い方をすれば「汝の敵を愛せ」であり、理不尽とも思えるものにこそ寛容な「受容」のステージに立脚し、感謝し尽くすのである。それをまた別の言い方をすれば、それは人間性を向上させる事だと言える。まずは抵抗を捨て、自身の存在の本質に立ち返ることで、自由自在となるのである。

あらゆる「抵抗」(感情にしてそれは怒り、悲しみ、憎しみなどである)が根本的な生命の本質的な働きを示す循環(ルーピング)の働きを遅滞、遅延を促し、或いは致命的な停滞を齎し、その自然の循環の働きが阻害されることにより損失としての害悪が発生するのである。
そこに物理的側面としての人体に「疾患」としての意識作用が物理的に顕在化するのである。

病の原因はすべてある種の気付きの為に起こると理解すれば、くよくよ悔やむ時間はただ勿体ないだけである。で在ればこそ、その働きそのものには感謝出来るのであって、そのように細い糸からやがて大綱をたぐり寄せるようにして、僅かなきっかけから転じてあらゆる万物、所謂人体だけでなく社会構造体を構成する要素全ては(例えて土や火といった五行すべてに)「感謝する」といったことが当たり前に出来るようになれば、物事は好転せざるを得ない、ということになるわけである。
そうしたことは仏教的な解釈となれば、あらゆる自然の要素を自己の意識の中に供養して加持・護摩祈祷などの修法とするとして体系化するのだと理解するが、要は理屈に依拠せずただただ意識的な実践ありきでしか効果はないとするだけではないかと。
勿論ここに書いたこともまた同意せざる相手にむりくり強要出来るものではないのだから、それぞれに持ちうる独自的解釈をそのように度々見つめ直して改良を加えてみる事が大事ではないかと。そして嫌悪するものを抱えきれない程持つことに気付くなら、何故そうした状況から人は離れられないのか、それらの背景を考えてみる事もまた、よりよい人々の在り方や望みに繋がると私は理解します。参考までに。


2. 2017年1月12日 03:44:34 : q931E3NW4E : Xao0gDyXwoc[500]
>1
上記所々読み難いものがあるが中でも混乱するのは、中腹箇所にある"「病気が悪い。痛みが悪い。」の箇所。そこは「」""なりをつけて改めたく、他の文脈と差別化して読みすすめて頂きたく思います。

善悪の概念があることによって、意識的に人は一度「悪」と認定したものを切り離して、自意識内部から遠ざけたり、逃れようと云った意識を起こすことで、無意識に「抵抗」感情を誘発し、徒に痛みを抱える事になっている。「あれが悪い、これが悪い、と。」こうした価値観に馴染んでしまった人々にとって一度「悪」と認定されてしまった「悪いもの」は、以降、等符合のような記号とたいして変わりがなくなり、思慮なきまま、自然な認識の流れにのってただ排除傾向へと突き進んで行く。そして無自覚のままに痛みを抱えていく。
そのことを伝えたく表記したものです。


3. BRIAN ENO[1141] QlJJQU4gRU5P 2017年1月12日 14:27:03 : DkkzjcqQfQ : bLQyh4yag4E[43]
生命とは何か? 生物とは何か? (解糖系の誕生)
http://www.asyura2.com/16/bd62/msg/179.html
投稿者 BRIAN ENO 日時 2017 年 1 月 12 日 13:26:07: tZW9Ar4r/Y2EU QlJJQU4gRU5P

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