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記紀神話で遊ぼ・・7回目の終了です(その6の31)・「アマテラスは、どこに居たか」
http://www.asyura2.com/16/bd62/msg/416.html
投稿者 どう思われますか 日時 2018 年 6 月 18 日 09:34:13: Qy4l4lPG05pBg gseCpI52gu2C6oLcgreCqQ
 

★ あらかじめ御断わりしておきますが、私の投稿文は記紀神話をベースにした発想から「とんでも論」を展開していますので、『おかしいのでは』と思われても、『そこは記紀神話の事ですから』ということで御理解ください。

★ また、私の投稿は、記紀神話を学術的に研究するためではなく、記紀神話の二重性とか多重性とか二元論的な反面性などを指摘して、掲示板でオカルト・スピリチュアル的な「お花畑」として遊ぶ事を目的としています。


@ ところで、「アマテラスは、どこに居たか」に、ご興味をお持ちでしょうか。

 アマテラスが、どこに居たのかは、アマテラス・ファン以外にも、日本人なら興味の有る問題なので、「お花畑的」な推理をしてみたいと、思います。


A 実は、アマテラスなんか、居なかった。

 アマテラスは神霊であり、神の意識が降下したものですから、物質的な肉体を持ちません。もちろん、何者かに憑依することは可能ですが、「お告げ」だけの場合も有ります。

 では、なぜ、アマテラスの記述が有るのかについては、古代人は神々との交流があり、その中で、神々の伝承が行われましたし、そもそも、人間とは、神の意識が降臨して、物質的な人間活動を行う存在を云います。(人間の精神は神です)。


(ギリシア神話の例え話)

 ギリシア神話には、次のような話が有るそうです。

  初めに、黄金の時代が有りました。カオス(混沌)から宇宙が生まれて神々が生まれて人間が生まれた。クロノスとレアが世界を支配して、人間は神々を敬い幸せに生きて安らかに死んでいった。
  次に、銀の時代に続きました。クロノスからゼウスが支配権を奪い、人間は神を敬わずに傲慢になり、神々は人間に嫌気がさして天上に帰ったので、ゼウスは怒って人間を土に埋めて滅ぼした。
  さらに、青銅の時代に成りました。人間は盗み騙し殺し合いを続けたので、ゼウスは怒って再び人間を洪水で滅ぼした。
  最後に、鉄の時代を迎えました。人間は益々嫉妬深く強欲になり凶暴になり現代に続きます。

 このように、ギリシア神話では、神々が地上に降臨して、人間と親しく交流したことが書かれています。ただ、人間は神の意識が宿って「ミコト」になったという思想は無いように、思います。

  (これは、西洋が「唯物論」主体の考え方をし、東洋が「唯心論」主体の考え方をするために、相容れなかったのかも知れませんが、全ては神の計画のままに動いていると、思います)。


(科学的な考え方)

 たとえば、私たちの世界を「VRゲーム」の世界と考えると、私たちの世界が一つの次元であり、別に「高天原の神々の次元」が有り、相互に連携しています。

  それはまた、地球の表面側が人間世界であり「物質世界」であり、地球の内面側が神霊世界であり「精神世界」であり、地底の世界(アルザル・シャンバラ・地底王国)であるが、別次元なので、地球をボーリングしても何も出てこない。

  (別の表現をすれば、パソコンの主画面が私たちの世界であり、リンクで連結された別画面が「高天原の神々の世界」であり、連動はしているが、お互いに見ることは出来ないし、交流も出来ない。

 ★ いずれにしても、未来科学で構築された「VRゲーム」であり、虚構です。この世の一切をVRゲームだと考えれば、全ての疑問・矛盾が氷解します。

 (それは、1万年前の古代人にパソコンやスマホが理解できないように、私たちも、千年後のVRゲームは理解できないと、思います)。


B (話を戻して)、アマテラスは、どこに居たか。

 アマテラスが居た場所は、朝鮮半島と北九州の2箇所が考えられます。


ア) 朝鮮の場合には、ソウル方面の馬韓と、洛東江の河口部の狗邪韓国の可能性。

 スサノオは、記紀神話に有るように、新羅に降臨しました。考えられる可能性は「濊族」です。

 一つ目には、濊族が高句麗に押されて、太白山脈を越えて西側の馬韓に侵入し、最終的に狗邪韓国を滅ぼして「金官加羅」を建国したと考えられます。

 二つ目には、濊族が高句麗に押されて、南下して、狗邪韓国を滅ぼして「金官加羅」を建国した可能性です。

 そうしますと、(スサノオに侵入されて乱暴されたところの)アマテラスは、馬韓か、狗邪韓国に居たことが推測されます。


(「魏志韓伝・馬韓」と、アマテラス(巫女)の一致性について)

  『・・・以五月下種訖祭鬼神 群聚歌舞飲酒晝夜無休・・・』
  (五月に種まきが終わると鬼神を祭る。群衆は歌って舞い、酒を飲み、昼夜休まない。・・・)。

  『・・・信鬼神 國邑各立一人主祭天神 名之天君 ・・・』  
  (鬼神を信じ、国の村では、各々一人を立てて天神を祭らせる。これを天君と名付ける。・・・)。

 邪馬台国の卑弥呼の時代の馬韓では、鬼神というか道教というか天神を祭る風習が有りましたので、巫女が居たと思われますから、アマテラス(巫女)が居たとしても、不思議では有りません。


 ★ スサノオが降臨した新羅が、(後に新羅に併合されたところの)任那だった場合には、濊族の説は取り下げです。


イ) 日本の場合には、北九州の遠賀川方面と、博多−大宰府−甘木ラインの可能性。

 遠賀川方面には、アマテラスの子供のオシホミミ(遠賀川上流の福岡県田川郡香春町(かわらちょう)の香春(かわら)神社の「忍骨命」)や、(遠賀川流域に足跡を残す「物部25部」を引き連れて東遷したオシホミミの子供の)ニギハヤヒや、宗像三神を娶ったアメノホヒ(大国主)の足跡が残されています。

 もう一つの博多−大宰府−甘木ラインの可能性は、邪馬台国の卑弥呼が考えられます。

 日本書紀では、アマテラスを「大日孁貴」と記述している箇所が有りますから、これを巫女と解釈しますと、卑弥呼との類似性が考えられます。

   (「日本書紀」の神代上・第五段本文、第五段一書一、など参照)。

 ただ、卑弥呼とアマテラスの違いは、卑弥呼は生涯の独身で子供が居なかったが、アマテラスはスサノオとの間に八柱の御子神を産んでいる点です。


C アマテラスの墓所は、分からない。

 アマテラスは、北九州に居たと思われますが、どこに葬られたかは不明です。


 ★ 「神名帳」の式内社の筑前・筑後には、海人族の神ばかりで、アマテラスを祀る神社が分かりません。それどころか、鹿児島県にしかアマテラスを祀る「式内社」を見つけられません。


D アマテラスは、「海(あま)照らす」であり、海人・海女・海士・海部の人々に人気が有りました。

 ちなみに、(別の考え方として)伊勢とは「磯」のことであり、海人族が支配した土地柄のように思います。
  (古代の伊勢・志摩・紀伊・尾張方面は、歴史的に、海人族の支配地だったように、思います)。

 反対に、出雲族のような陸人族は、アマテラスを信奉せずに、スサノオや土着神を信奉していたように、思います。


E アマテラスが、奈良に来たのは、いつか。

 元々、古代の奈良には、土着した倭人系の神が居たと思います。

 その後は、スサノオの系統が入り込み、初めに「大歳」の系統が入植し、その後は、アシスキタカヒコネ、事代主(実はニギハヤヒの神霊)などの大国主の系統に「上書き」されたと、思います。

 その後の290−300年ごろの、ニギハヤヒ天皇神武から始まる「欠史八代」は、中央の大和湖(湿地帯)の東側の三輪山に「大和大国魂神(たぶん大国主)を祀っていたと思います。

 (ニギハヤヒの子供・孫らの)「欠史八代」による皇位争奪戦や、「夜這い合戦」などの乱脈経営を行っていましたが、(3百年代の末期に高句麗が半島を統一すると、日本への侵攻が予想されていたが、今の日本の統一の状況を考えると、『こりゃー、アカンわ』ということになって)、神々が集いに集い、諮りに諮り、急遽、九州の日向から「崇神天皇神武」こと海人族のイニエに上洛を命じたと、思います。

 340−350年ごろに、奈良を平定したイニエと、(子供か兄弟か不明の)垂仁天皇イサチの王朝に交替し、鹿児島の海人族も入ってきて、ここで初めてアマテラスが奈良に持ち込まれたと、思います。

 このため、三輪山の大和大国魂神(たぶん大国主)とアマテラスが、(ある意味において母親のアマテラスと息子のアメノホヒの親子が)、毎日のように喧嘩して、うるさくてたまらなくなり、頭にきた崇神天皇イニエは、最終的に、アマテラスを伊勢に引っ越しさせたと、想像します。

 ★ 崇神天皇神武は、ニギハヤヒ天皇神武と同じく、短命政権であり、(息子か兄弟かは分かりませんが)垂仁天皇イサチは長期政権だったかも知れません。
  (垂仁天皇即位25年の一書(第十六段参照のこと)。あくまでも推測。
  『一云、天皇、・・・然先皇御間城天皇、・・・故其天皇短命也。・・・今汝御孫尊・・・則汝尊壽命延長・・・』)。


F アマテラスは、地方神だった。

 古代のアマテラスは、九州の地方神で、その出発は北九州であり、ニニギの「逃避行」で鹿児島方面に持ち込まれたと思います。

   (ただ、「塩土の老翁」(潮津霊の大霊)や、「筒の男」(塩・筒の男・ぢ)などの、(あるいは吾田津見、渡津見かも)の海人族の権勢が強くて、アマテラスにとっての居心地は悪かったと思います)。

 崇神天皇イニエ・垂仁天皇イサチが、奈良にアマテラスを持ち込み、大海人天皇が「アマテラス一神教」を広宣流布して全国に広め、その後は、全国に分祀されたと思います。

 (ただし、東北地方などは「蝦夷」の産地でしたから、アマテラスよりもイザナミを祭る神社に愛着を持ったと思いますし、熊本などは「熊襲」の産地ですからアマテラスは嫌われたと思いますし、出雲もスサノオを愛したと思います)。


G アマテラス・メモ。

 アマテラスが、太陽神というのは、「天の岩戸隠れ」の1件しかない。

 アマテラスの機織りは、本来、月神の特徴を現す。(諸外国でも機織りは月神のしぐさ)。

 鏡は、月のシンボルで、万葉集には、日を表した歌が一首も無い。『鏡なす、見れども飽かず望月の・・・』、『まそ鏡、照るべき月を白たへの・・・』

 イザナギが、白銅鏡からアマテラスと月弓尊を生んだ。
 
 「天照る」とは、万葉集では、月を表現している。『ひさかたの、天照る月は・・・』、『ひさかたの、天光(て)る月の・・・』。

 海人族は、本来、月神を信仰する。伊勢には月神を祭る神社が密集する。


 歴代の天皇は、古代には一度も伊勢を参拝しないし、皇太神宮には参らない。持統天皇・聖武天皇は伊勢に行幸したが神宮そのものには参拝しなかった。

 645年の「大化の改新」以前には、宮中でアマテラスを祀った形跡が無い。崇神紀に一度、天神・地祇を祀ったとされるが、直ぐに外に出た。

 アマテラスを崇拝したのは、天武天皇が始まり。このとき皇太神宮は無かった。(天武天皇は摂津の海人族に養育された)。

 宮中の「八神殿の神」に、アマテラスが含まれて居ない。(第1順位に「カミムスビ」、8位には事代主という謎)。


★ アマテラスとは、通常の神よりも高位の神で、イザナギの分霊であり、さらには、天上世界の主宰神のタカミムスヒの分霊でも有りまして、人間世界に留まるような神格では無い(つまり降臨しないし、人間としての物質化もしない)と思いますが、どうでしょうか。


 まあ、私の言っていることは、無茶苦茶ですが、『記紀神話のことであり、お花畑ですから』。


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