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360度水平線に囲まれた絶望 21世紀は難民の世紀か?
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投稿者 軽毛 日時 2016 年 5 月 06 日 15:29:57: pa/Xvdnb8K3Zc jHmW0Q
 

nfinity>ライフ>足立倫行 [足立倫行のプレミアムエッセイ]
360度水平線に囲まれた絶望
21世紀は難民の世紀か?
2016年05月03日(火)足立倫行 (ノンフィクションライター)
 4月16日、ローマ法王フランシスコがギリシャ東部のレスボス島を訪れ、約3000人が収容されている難民キャンプを視察した。

 法王は難民流入の抑制を最近強化したEU(欧州連合)の政策に批判的で、シリア人難民の3家族12人を専用機でローマに連れ帰ることを決断。帰路の機中で「壁ではなく、橋を築くべきだ」と記者団に語った。


レスボス島(iStock)
出発点はレスボス島

 バルカン諸国を北上する難民が急増している現状は、〈ウェッジ〉5月号で木村正人氏が迫真のレポート(『12倍の難民にすくむEU』)を報告しているし、〈中央公論〉では、タレントの春香クリスティーンさんが『ギリシャ→ドイツ難民ルート2000キロを行く』と題し、4月号から同行記を連載中だ。

 2つのルポともバルカンルートの出発点はレスボス島である。シリアやイラクからきた難民はビザがないので、EU圏の南端のギリシャに陸の国境からは入れない。そこで彼らはトルコに近いギリシャの島(例えば、約10キロ沖合いのレスボス島)へ密航し、島の難民管理センターで難民登録して、ドイツなどEU北部の国へと本格的な難民申請のために向かうのだ。

 つまりレスボス島はEUが黙認する「抜け穴」であり、欧州の「裏の玄関口」ということになる。

 ところが昨年、トルコから流入する難民が100万人以上(うち約55万人がレスボス島経由)となり、人や物の移動の自由があるはずのEU各国で次々に国境が復活しはじめた。

 今年4月4日からは、EUとトルコとの合意に基づき、3月20日以降にギリシャに密航した難民を原則トルコに送還することになった。建前を揚げておれなくなったEUが「切り札」として出した難民問題解決策(?)だ。

 私は、懸案の地域に少し既視感があった。

 木村氏の報告によれば、密航ブローカーの最大拠点となっているのがトルコ第2の港湾都市イズミルで、密航ボートの出発地が普段レスボス島行きのフェリーが出航する海岸リゾート地のアイワルク、とあるが、私は退職したI夫婦のトルコ沿岸を行く船旅に同行取材(『船で暮らす地中海』(講談社)2002年刊)した折に、アイワルクで1泊し、翌日に約130キロ南方のイズミルへと航海した。

 イスタンブールのマリーナからダーダネルス海峡を通ってトルコ沿岸を南下したのだ。

 大阪府より少し小さい観光の島のレスボス島は、進行方向の右手に横たわっていたが、私たちの船(全長13・2メートルのモーターヨット)は、その時は立ち寄らなかった。

 航海中2つのことを私は感じていた。まずはギリシャ、ローマ時代のトルコの持つ需要性。

 トルコ西部のイオニア地方は古代ギリシャの植民地であり、ローマ帝国の属州だった。吟遊詩人ホメロス、医学の祖ヒポクラテス、数学者ピタゴラスなど皆現在のトルコ出身だ。

 キリスト教最大の功労者の聖パウロもトルコ出身で、イズミルからバスで1時間のエフェソス(現エフェス)は紀元1世紀の伝道の旅で聖パウロが一番長く滞在した町であり、当時のギリシャ式大劇場や建築物が今も残っている。

 現在のトルコと欧州の印象は随分違うが、歴史的には重なり融合する部分が多いのだ。

 もう一つは、小型の船にとっての航海の難しさ。I氏の船はむろんレーダーを備え、パソコンに取り入れた海図や航跡図とGPSの位置とを確認しながら航行する。しかし小さな船に変わりはなく、千変万化する海上では風にも波にも霧にも岩礁(浅瀬)にも弱い。

 レスボス島脇を通過中も急に霧が発生し、私とI氏夫人はアッパーデッキで周囲を監視した。大型船と衝突すれば即沈没だが、小漁船やボートもレーダーには映らない。

船の上を横切った野生のフラミンゴ

 私は薄い島影を横目で眺めて、レスボス島生まれの古代ギリシャの女流詩人サッフォー(若い娘を集め詩や音楽を教えたことから同性愛者〈レズビアン〉と呼ばれたが、根拠はない)の容貌をほんのちょっと想像しただけだった。

 霧を抜けて見上げると、ピンク色の大きな鳥が十数羽、私たちの船の上を横切って飛んで行った。野生のフラミンゴだった……。

 もっとも、キャビン付きのレジャーボートによる旅と船外機付きゴムボートによる満員の密航では、同じ海域の渡航といっても比較にならない、という意見もあるかもしれない。

 しかし、先のリポートで春香さんは、レスボス島で出会った「難民」は決して貧しい服装ではなかった、と書いている。トルコ・ギリシャ間の密航料は1人平均1500ドル。「貧しい人はそもそも海を越えることもできず」自国を出国できない、というのだ。

 そしてバルカンルートに同行する春香さんはどこでも笑顔で声をかけられ、一緒の写真をせがまれ、各地で靴や毛布やコートを支給され、「西へと進むごとに難民収容施設の手厚さが向上していくように感じました」と。

 といっても、それは3月20日以前のこと。EU、トルコの難民送還合意が成立してからは事態は一変、バルカンルートが閉ざされて難民はトルコより北に行けなくなった。この措置で、ギリシャには約5万人が滞留。トルコには約270万人。EUはトルコに送還される難民のうちシリア人については1人につきトルコ国内の別のシリア難民1人を「第3国定住」として各国分担で受け入れる(最大7万2000人)としている。だが、現実の受け入れは進んでいない。

21世紀のエクソダス

 21世紀のエクソダス(大量国外脱出)は、いわば膠着状態に陥っているのである。そこで改めて注目を集めているのが、より危険な地中海の密航ルートだ。リビア、エジプトなどからイタリアへ地中海ルートで密航した難民はこの3カ月で約1万8000人、昨年同期の1・8倍である。4月18日には大型密航船が地中海で転覆し、過去1年間で最悪の約500人が死亡した。

 地中海渡航の恐さは、私もほんの少々味わっていた。トルコ沿岸行の4カ月前、同じI氏の愛艇でマルタ共和国から148キロ離れたイタリアのシチリア島シラクサを目指して航行中、突然エンジンが故障したのだ。

 I氏は2時間近くオイル漏れを直そうとしたが無駄だった。マルタやシチリアとの無線も通じない。地中海のド真ん中での漂流!

 航海中はイルカや海亀との並走にはしゃいでいた私も急に心細くなった。「万一」のことを考え、救命用具を足許に引き寄せた。

 幸いこの時は、午後になってマルタ側との無線が回復し、結局はタグボートで出航地まで曳航されて事なきを得た。けれど、360度水平線に囲まれ波に翻弄され続けることがいかに絶望的か、身に沁みたのである。

 船舶がすべて小型で操船法も素朴であった古代、冬の地中海航路は悪天候のため閉鎖され、5月下旬から9月中旬までが比較的安全とされていた。地中海ルートを使った止むに止まれぬ難民の密航は、今年は危険な冬季にも急増している。

 ならば、昔から安全とされる5月以降の夏シーズンはどうなるのか? 国際テロ事件の裏の大問題として、難民の移動を注視したい。
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/6667
 

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