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民主党大会で指名受諾演説をするヒラリー・クリントン〔撮影筆者〕
本当にトランプでいいの？ ヒラリーが共和党に打ち込んだくさび 米大統領選2016、いよいよ本選へ
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49390
2016年08月09日（火） 渡辺将人 現代ビジネス
文／渡辺将人（北海道大学准教授）
■いよいよ本選挙へ
初の女性大統領候補としてヒラリー・クリントンが民主党の指名を受諾した。これをもって、アメリカ大統領選挙は、本選挙が本格始動した。
民主党の全国党大会は、反発を示すサンダース派の懐柔に振り回されつつ、リベラル支持基盤の活性化と共和党の分断の両睨みで「反トランプ」カードを全開に切った。現地報告で党大会を振り返りながら、本選への課題を占う。
＊ ＊ ＊
筆者は共和党大会（クリーブランド）と民主党大会（フィラデルフィア）の谷間の週末、首都ワシントンを駆け足で訪問した。面会した議会スタッフやオバマ政権関係者の間には、副大統領候補について「現実的にはティム・ケインが妥当」「もう少し冒険してほしかった」という両方の意見が見られた。
ケインが妥当な理由は前号（「ヒラリーとトランプ、「副大統領選び」の思惑」http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49286）で記した通りだが、付け加えれば民主党が奪還を目指す連邦上院で1議席も渡せないためだ。
アメリカではいくつかの例外州を除き、連邦上院議席に空席が生じた場合、州知事が議員を臨時で指名する。したがって、民主党知事の州の上院議員でなければ、議席を相手政党に譲ることになる。
その意味で、「最終候補」に噂されていたコーリー・ブッカー上院議員（ニュージャージー州選出）、シェロッド・ブラウン上院議員（オハイオ州選出）は、「知事が共和党の州なので、あり得ない」（民主党関係者）というのがインサイダーの共通見解だった。ケインの地元バージニア州は民主党知事だった。
エリザベス・ウォーレンの地元マサチューセッツ州も共和党知事で、この条件に抵触していた。ウォーレンが選ばれなかったのは「案の定」といえる結果であるが、サンダース派は彼らのアジェンダを党綱領に加えて政権にも放り込む上で、「副大統領候補」をパイプに望んでいただけに、落胆は大きかった。
■サンダース支持者の「反ヒラリー」デモ
サンダース陣営で若年票の組織化を担当していたアフリカ系の知人は「バーニーが負けて悔しい。トランプを阻止するために、ヒラリーに投票はするけど、ヒラリーを応援するための活動はしないし献金もしない」と語る。
サンダース支持者の若者の中には「バーニー以外には、金輪際、誰にも投票しない」「これで自分の政治への関心は閉ざされた。もう二度と選挙に参加しない」という極端な意見も少なくない。
党大会にデモは付き物だ。民主党大会中も開催都市のフィラデルフィアでデモが繰り広げられたが、メッセージの主体が「反トランプ」ではなく「反ヒラリー」だったことはヒラリー陣営の頭を悩ませた。
ヒラリーの安全保障での姿勢に懸念を示す主張が多く、会場入り口ではサンダース支持者が「ヒラリーは去れ！」のコールを繰り返した。
党大会2日目にはフィラデルフィアの市庁舎前でかなり大規模なデモが行われ、デモ周辺でISの攻撃の可能性も噂され、物々しい警備が敷かれた。
サンダース支持者は党大会の会場内部にも、看護師組合などが作成した「反TPP」の紙製サイン（プラカード）を持ち込んで、ヒラリーのTPP反対に念を押し、オバマ政権に水を差した（党大会のプラカードは大会側がタイミングに応じて配布する「公式版」が基本。それ以外はすべて非公式な「持ち込み」）。
民主党大会で「反TPP」サインを掲げるサンダース支持派の代議員たち〔撮影筆者〕
■サンダース派の懐柔にミシェル夫人を投入
こうした中、民主党としては、サンダース派への「弔い」の儀式が必要だった。
そこで党大会初日を丸々サンダース派の懐柔日にした。いわば「ガス抜き」である。2008年のオバマを指名した民主党大会では、クリントン派に対して2日目を「ガス抜き」日に用意したのと同じだ。
トランプ夫人に過去の演説を盗作されたミシェル・オバマが、「本家の演説」を披露。「今回の大会で最良の演説」と現地では評価された。
ミシェル夫人周辺はクリント夫妻とのわだかまりを依然残していると米政界では噂されてきた。それだけにヒラリー陣営にとって、ミシェル夫人を口説いて応援演説をしてもらうことは、民主党の融和を見せつける効果有りだった。
また、元サンダース支持者のコメディアンのサラ・シルバーマンのほか、上院議員のエリザベス・ウェーレンなどが立て続けに登壇し、サンダース支持者を喜ばせた。極めつけは、サンダース本人の演説だった。
サンダース演説に華を添えるべく、ヒラリー陣営はビル・クリントン元大統領を招く配慮までした。当日、筆者はイリノイ州の議員スタッフらと舞台斜め後方の個室バルコニーから演説を観覧していたが、クリントン元大統領が舞台正面のバルコニー席最前列に、関係者と共に姿を見せたのが、対面からもはっきりと確認できた。
中座することもあったものの、終始熱心に聞き入っており、ヒラリーに言及した箇所では、立ち上がっての拍手を惜しまなかった。元大統領はしっかり最後まで演説を聞いていた。CNNのカメラがしっかりとクリントンの表情を捉えていた。
サンダース支持者は登壇者がヒラリーへの応援の言葉を発するたびにブーイングを続けたが、サンダースがヒラリーの応援と団結を呼びかけると、ようやく自分たちが敗北したと悟ってか感極まって泣き出す者もいた。
筆者が共にいたヒラリー派の議会関係者の中には、画面に大写しになるサンダース支持者の若者の泣きべそ顔を冷ややかな視線で見ている者もいたが、サンダース支持者のヒラリーへのブーイングに罵り返しはしなかった。
■「反トランプ」のネガティブ攻撃一色
民主党大会は終始「反トランプ」で貫かれた。筆者が驚いたのは党大会で上映するビデオが「反トランプ」ネタ一色だったことだ。
党大会では演説の合間にビデオが上映される。大半は次に演説する人物を紹介するものだ。民主党は「彼が語る言葉にみるトランプ（TRUMP in his own words）」シリーズを製作した。トランプの過去の中傷的な暴言を「女性」「障がい者」「移民」「退役軍人」など類型別に1分10秒程度にまとめたビデオだ。
素材はおおむね報道番組の映像を利用していた。トランプは「無料メディア」である「報道番組」で自己宣伝してきたので、「暴言」の編集も過去のニュース素材で容易に成立する。
これは2つの含意があった。1つは、サンダース派の暴発抑制と支持基盤へのアピールを「反トランプ」に包み込んでしまう意図。もう1つは、共和党への楔（くさび）の打ち込みだ。
共和党が「反ヒラリー」しか接着剤がないように、民主党は「反トランプ」を持ち出さなければ、内部崩壊しかねない。そこで、サンダース派取り込みと支持基盤への包括的アウトリーチ（個別の集団別の集票）を「反トランプ」で包み込んだ。
例えば、トランプが女性に厳しい言葉を吐くビデオを流した直後に女性有権者の代表が登壇。障がい者を馬鹿にするトランプのビデオが放映された直後には、車いすの有権者が登壇してヒラリー支持の演説を行うという「サンドイッチ」方式で、「トランプ憎悪」の焚き付けと支持基盤の活性化を同時に目指した。
障がい者を馬鹿にする映像というのは、トランプが身体にハンディキャップを持った記者の動きを、ある集会の演説で物まねしているものだ。民主党側は、この映像を子どもが軽蔑の眼差しで眺めているテレビCMも放送していた。党大会ビデオでは、物まねの映像に「謝罪すべき」と批判するFOXニュースを含む各局コメンテーターの番組映像をブレンドした。
「障がい者の物まね」映像はトランプの軽率さ、思慮の無さをあまりに象徴的に示すものであり、熱烈なトランプ支持者も笑えなかった。「反移民」や「反ムスリム」は、雇用、テロへの懸念をエクスキューズに開き直れても、ハンディキャップを馬鹿にする行為は保守的なキリスト教の精神からも許されないことだろう。
本人のせいではないハンディキャップを抱える人の物まねをテレビカメラの前で政治演説として行うというのは、まるで分別のない小学生のいじめっ子のやることのようで、大統領候補の品性に大きな疑問符が付いた点で、実に効果的なネガティブ攻撃だった。
他方で、物まねの様子を何十回もCMで見させられるのも、実在の障がい者の身振りの誇張をトランプの映像を介して繰り返し見せ物にしていることでもあり、「不愉快。党大会ビデオでも流すのは過剰」という声が、民主党大会の参加者の中に多々あったことも特記しておきたい。
「反トランプ」ならばどこまでもネガティブ・キャンペーンが効果的なわけではない。トランプはネガティブ攻撃がしやすい候補なだけに、ネガティブ攻撃の中毒にはまりやすい。「限度」と「方向性」は、ヒラリー陣営にとって本選での研究課題になるだろう。
■共和党の英雄のレーガンとの対比でトランプを党内で浮かせる
民主党大会は共和党に楔を打ち込む工夫も凝らした。
共和党大会をブッシュ家、ロムニー、マケインなど共和党本流の穏健派がこぞってボイコットしたことを受けて、トランプが完全に共和党に受け入れられたわけではないことを実感した民主党側は、「共和党の良心に訴える」戦略に打って出た。共和党攻撃、保守攻撃を控え、「反トランプ」だけに集中する作戦だ。
アメリカでは大統領選挙と同日に同じ投票所で、同じ投票用紙（投票画面）の上で、大統領選挙、連邦議会選挙のほか、地方選挙などの投票が行われる。そのため共和党は巨大なジレンマを抱えている。党内で「反トランプ」感情がくすぶるとヒラリー政権4年を許容するだけでなく、連邦議会選挙の投票率に悪影響する。
手書き投票ではないアメリカでは「白票」が困難で、怒りの白票は「棄権」で表明される。大統領選挙だけ棄権して、上院選だけ投票するということはしにくい。大統領選挙への棄権者が増えれば、議会選挙も「巻き添え」を食う。
議会の多数派奪還を目標にしている民主党は、トランプが共和党の本流といかに乖離しているかを共和党の主流の有権者に思いださせ、「棄権」を誘発することで、トランプを落選させると同時に上院奪還を狙う戦略である。
そこで持ち出されたのが、共和党が愛して止まないロナルド・レーガン元大統領だった。
1984年再選キャンペーンでレーガン陣営は「アメリカの朝」というポジティブなイメージCMを流した。それと同時に、アメリカを脅かすソ連の象徴としての「熊」が迫り来るという不安を煽るネガティブなイメージCMも製作。前者はレーガン政権の楽観主義を押し出したアメリカの未来賛美で、後者は弱腰の民主党では「熊」（外敵脅威）には勝てないぞ、という批判広告だった。
「彼（トランプ）は、『アメリカの朝』から、『アメリカの夜中』へと、共和党を引きずりこんでしまったのです」
ヒラリーは指名受諾演説でこう述べ、レーガンのスローガンを間接的に持ち上げた。楽観主義の共和党を悲観主義の闇に陥れる人物をあなた方まっとうな共和党支持者は支えるのか？ という問いかけを滲ませたのだ。
「ヒラリー憎し」だけでトランプ劇場内で結束をはかる共和党だが、レーガン的楽観主義に支えられた「愛党精神」を思い起こさせることで、党内分断を促す戦略が、本選でも民主党では継続される見通しだ。
本選挙の隠れた主題「連邦議会選挙」の帰趨については、次回以降に検討する。
渡辺将人（わたなべ まさひと）
1975年東京生まれ。北海道大学大学院准教授。シカゴ大学大学院国際関係論修士課程修了。早稲田大学大学院政治学研究科にて博士（政治学）取得。ジャ ン・シャコウスキー米下院議員事務所、ヒラリー・クリントン上院選本部を経て、テレビ東京入社。「ワールドビジネスサテライト」、政治部記者（官邸・外務 省担当、野党キャップ）。コロンビア大学、ジョージワシントン大学客員研究員を経て現職。第４回アメリカ学会斎藤眞賞受賞。主著『見えないアメリカ』（講談社現代新書）、『現代アメリカ選挙の変貌』（名古屋大学出版会）、『アメリカ政治の壁』（岩波新書、近刊）。
スタバ好きはリベラル!? アメリカ人はみんなワシントンが大嫌い!? 暮らしの中に息づいた意外な政治性──日本ではわからないその起源を、アメリカの選挙現場での経験から探る。
ア メリカ政治は選挙で動く。コンサルタント主導のメディア戦略では手の届かなかった多様な人々をいかにして掴んでいくか。オンライン技術とともに新たな潮流 が展開する選挙民対策の現場から、デモクラシーの進展と分裂の可能性をともに孕んだアメリカ選挙の現在を浮き彫りにする。
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