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伊東豊雄氏(C)日刊ゲンダイ
注目の人 直撃インタビュー 五輪後「新国立」は廃墟に…建築家・伊東豊雄氏が懸念語る
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/177941
2016年3月28日 日刊ゲンダイ
まさに仏作って魂入れず。新国立競技場の建設計画は再び撤回し、「B案」を採用すべきだ。3年前に建築界のノーベル賞と呼ばれる「プリツカー賞」に輝いた日本を代表する名建築家・伊藤豊雄氏が憂える現計画の重大欠陥とは――。
■新たな挑戦はすべて「心配のタネ」に
――オリンピックのメーン会場となる施設なのに、聖火台の置き場所を想定していなかったとは、あり得ませんよね。
昨年8月に事業主体のJSCが応募要項を発表した直後に質疑応答がありました。「聖火台は必要ですか」と。返事は「新しい聖火台工事は本事業の対象外」。開会式の演出に左右される面はあるでしょうが、オリンピックには不可欠なもの。スタジアムの中で聖火がともることは想定しておかなければいけません。
――設計を担当する建築家の隈研吾さんも、いくらでも、どうにでもなるという態度です。聖火を軽んじていませんか。
そう簡単に「どうにでも」はならないのではないですか。聖火を置くエリアの屋根を外すか、木材を使わず鉄骨のみにするか。当初の設計プランの変更が必要です。
――1964年の東京五輪の記憶をつなぐため、旧国立の聖火台を“レガシー”として再び使うことを考えていたとか。
コンペの提案書にも、聖火台のイメージ図を描きたかった。64年と同じく、スタンド全体の人々が聖火を見上げて盛り上がっている様子をね。素晴らしい提案だと思っていましたが、主催者が求めていない以上、イメージ図は出しませんでした。「余計なことをした」と言われかねない雰囲気でしたから。
――JSCは「自分たちが求める以上のことは、やってくれるな」という印象でしたか。
新しい挑戦はことごとく審査会での減点の対象になりましたね。中間層で免震層を設ける提案もそうですし、屋根の施工にあたって、足場を組まずにスタンドの後ろから大型クレーンでつり上げる方式の提案に関してもそうです。経済性や安全性を高め、工期短縮につながる提案だと思うのですが、選考する側には「リスク」になる。従来試みられていないからだと。
――画期的なアイデアがマイナス評価になるのは、おかしいですね。
常に“心配のタネ”に置き換えられました。僕がザハ案の頃から最も危惧していた広大な人工地盤の問題もそう。緊急時に観客8万人の避難場所として、新たに明治公園に指定されるスペースでは面積が足りません。そこで都の審議会は上げ底式の人工地盤で立体公園を造り、不足分を補う都市計画を立てたのですが、外苑西通り沿いは600メートルにわたり、無数の柱が並ぶことになります(写真@)。
――高速道路の高架下のようで、神宮の景観をブチ壊します。
通りを歩いても人工地盤に遮られてスタジアムの姿は見えなくなる。だから、我々は人工地盤の縮小(写真A)を提案したのですが、選考委員たちは都市計画はそう簡単に変えられないの一点張り。この先、近くの神宮球場と第2球場を取り壊します。再開発の際、行政機関と調整すれば避難スペースを確保できるはずなのに、そのリスクを誰も取りたがらない。
――誰もが明らかに「良い」というアイデアが生かされない。
人工地盤を縮小すれば約30億円もコストを削減できます。大きいですよね。主催者たちは、どういう神経なんでしょう。言いたくはないのですが、B案は意図的に否定されたとしか思えません。
――出来レースだと。
審査委員から「A案のここが素晴らしい」と、もっとハッキリとしたメッセージを聞くことができれば、我々も少しはあきらめもつくし、世間の人も納得されると思います。審査結果にモヤモヤしたままなので、新たなスタジアムに対する期待も盛り上がりませんよね。
――むしろザハ氏に「酷似している」と法的措置を検討されるなど、ケチがついてばかりです。
断面図を見ると、6本の柱でスタジアムを支える構造は同じ。平面図を比べても、108本の柱の位置や54本の通路、8カ所ある地下トイレの数や位置までほぼ重なります。似ているというより、(ザハの)プランニングを借用していると言っていい。彼女の案を下敷きにして外観だけ変えたと言われても仕方ない。ここまで偶然に一致することはあり得ません。
空疎で表層的な「日本らしさ」
審議会による立体公園計画案(上)と伊東案(下)(ともに伊東豊雄事務所提供)
――隈さんと組んだ梓設計と大成建設はともにザハ案でも設計・施工業者として携わり、内部データを知り得る立場にありました。
ザハ案は実施設計が進行し、大成建設も恐らく鉄骨など建築資材を発注済みだったのではないでしょうか。工期とコストを優先するあまり、ザハ案の設計を踏襲したのでしょう。推測でしかありませんが。
――後世に継がれる国の重要建築物なのに、常にコストと工期だけを重んじてばかり。あの土地の持つ歴史性や地域性への配慮、将来の青写真や理念すら、ないがしろになっていませんか。
コンペの点数配分も、そうなっていましたから。明治神宮の造成から100年。これからも明治を生きた人々が内苑と外苑という2つの森に込めた思いをどう守っていくか。それが応募要項で再三求められた「日本らしさ」と我々は考え、「新しい伝統」という言葉で表現しました。しかし、昨年末の公式ヒアリングでは、歴史性や地域性の問題は全く議論にならず、その点の評価もありませんでした。
――「レガシー、レガシー」と言葉だけが躍っている印象です。
今のJSCの理事長にしろ、文部科学大臣にしろ、十分認識されておられないんじゃないですか。神宮の歴史性なんて考えたことは一度もないと思う。トップが「凄いものを造るぞ」と組織を引っ張っていかないと、いい建築はできませんよ。
――「日本らしさ」と「木材の活用」がどう結びつくのかも疑問です。
旧国立の敷地に1800本近くあった樹木のうち、大きな木は現在18本しか残っていません。約200本は移植してありますが、残りは全部、伐採された。樹齢ある巨木を尊ぶ精神こそ「日本らしさ」。単純に木を使えばいいという発想は、まったくもって表層的で空疎です。
――浅はかですよね。
ザハ案の表面だけを取り換えれば「和」になるという考えなら、情けない。僕はザハ案からの「借用」だけを問題視しているわけではないんです。内部構造は似ていても、あんなに見た目が違う建築が建ってしまう。東京の高層ビルだって骨組みだけ見れば、どれも同じ。表面だけで、わずかな違いを表現する。世界のいかなる場所にも同じ建築が立ち、その結果、地域性や歴史性が排除されて均質化していく。この建築のグローバル化というべき状況を非常に懸念しています。
■五輪が終わった途端、廃墟に
――建築のグローバル化を加速させているのが、官僚機構の右へならえと前例踏襲主義ですね。
震災復興も同じ構図です。釜石市の復興計画をお手伝いしましたが、ちょっとでもヨソと違う提案をすると、国は全部否定して予算をつけてもらえない。その土地の特性を生かした復興の姿があるべきなのに、均質化の壁に阻まれる。どの地域の復興も巨大防潮堤の建設、かさ上げ、高台移転しか認めない。
――1000年に1度の備えのため、その土地の歴史や文化、生活の継続性が否定される、と。
ショッピングモールがあって、均質な集合住宅や建売住宅が並ぶ。あと5年も経つと、三陸の地はどの町も同じ風景になってしまうのでしょうね。こうしたグローバリズムの波が神宮の森にまで入り込んでいいのでしょうか。表層的なデザインをはがした時に現れる「素の形」を尊ぶ精神にこそ、本来の「日本らしさ」は宿っている。例えば伊勢神宮とか、海外の建物にはないピュアで力強くてエレガントな建築を表現できれば、と我々も死力を尽くして提案したつもりです。
――今は「日本らしさ」とは真逆の方向に進んでいるかのようです。
むしろスタジアムの「風化」を恐れています。A案の鳥瞰図は2020年から30年後の姿を描いています。オリンピックの頃は樹木はあんなにうっそうとしていません。あれだけ育つ頃には屋根の木材はかなり見苦しくなる。必ずグレーに変色し、カビも生える。20年以内には奇麗にしなければいけませんが、あの構造だと、屋根の総取り換えを迫られます。莫大な予算が生じ、捻出できなければ放ったらかしです。
――何層にも重なる樹木のプラントボックスも、管理維持費がかさみそうです。
枯れても育ち過ぎても害鳥が集まっても困る。だからプラントは公共建築では嫌われる。他の公共建築でテラスに緑を提案すると、必ず「管理はどうする?」と突っ込まれます。なぜ、あれだけのボリュームのプラントが問題視されないのか不思議です。
――木材の変色は早い。アッという間に新国立は廃虚化しませんか。
極端に言えばオリンピックが終わった途端、神宮一帯が輝きを失うような気がしてなりません。
▽いとう・とよお 1941年、日本統治下の京城(現ソウル)生まれ。65年に東大工学部建築学科を卒業後、建築家の菊竹清訓氏に師事し、71年に独立。プリツカー賞のほか、現代美術のオリンピック「ベネチア・ビエンナーレ」の金獅子賞を2度獲得など、国内外の受賞歴多数。東日本大震災の被災者の集会場となる「みんなの家」建設など、多くの復興プロジェクトに携わる。
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