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自白信用性の議論の裏で切り捨てられる被害者の人権  天木直人
http://www.asyura2.com/16/senkyo204/msg/237.html
投稿者 赤かぶ 日時 2016 年 4 月 09 日 09:50:05: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
 

自白信用性の議論の裏で切り捨てられる被害者の人権
http://xn--gmq27weklgmp.com/2016/04/09/post-4288/
9Apr2016 天木直人の公式ブログ


 栃木県今市市で11年ほど前に起きた少女誘拐殺人事件の裁判がメディアを騒がせている。

 なぜこんなに騒がれるのか。

 その理由は、明白な証拠もないのに自白だけで被疑者を有罪にできるかという司法上の大問題が絡んでいるからだ。

 そして、冤罪は許されないとする人権擁護派と、犯罪者が相応の罰則を受けるのは当然だとする権力側の裁判に関する考え方の対立があるからだ。

 冤罪を防ぐために取り調べの可視化が求められ、そのために取り調べの録画が弁護士の了解の下に公開されたというのに、それでもまだ論争は続く。

 しかし、その陰で切り捨てられるのは被害者とその家族の気持ちだ。

 こんな録画を繰り返し繰り返し報道された被害者はいたたまれなかったに違いない。

 これは拷問だ。

 しかし誰もその事を指摘しない。
 裁判の方法をめぐって議論を繰り返す検察側も弁護側も、いわば知的強者だ。

 その一方で、犠牲者とその家族は不当な犯罪の被害者という弱者だ。

 強者のせめぎ合いの陰で、弱者は切り捨てられてしまっている。

 再びあの惨劇の模様が再現される。

 いつまで女の子とその家族を苦しめればいいというのか。

 いつから日本はこんな国になってしまったのだろう(了)

 

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コメント
 
1. 2016年4月09日 11:25:01 : kWYELXBJUY : foG@k2BppS4[9]
たしかに被害者側もそうだろうが、もしも、冤罪だった場合、容疑者とその家族も同様の「被害者」になることを忘れてはいけないよ。
被害者救済のために冤罪を出してしまったら意味がない。
一部だけ可視化は問題。全面可視化すべきと思うが、被害者遺族が希望しない限り、すべてを見せる必要はないだろう。

2. ディレッタントK[11] g2aDQoOMg2KDXoOTg2eCag 2016年4月09日 12:08:17 : uWwERXZZiY : tbnkLi8xqGY[2]
可視化については、日弁連も含め、大多数の人が的外れの議論をなさっています。

刑事訴訟法第319条第1項は、「強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白その他任意にされたものでない疑のある自白は、これを証拠とすることができない。」と定めています。

これは、どういうことかというと、検察官は、自白が「任意にされたものでない疑い」がないことを、証明しなければならないのです。

要は、その証明について、検察官にどの程度のハードルを課するかということです。日本の裁判官は、自白の迫真性などという、警察、検察の作文能力や、自白を取った警察官、検察官という当事者を尋問して、「任意に自白しました。」というような、それ自体信用性の薄い証言によって任意性が証明できたと認め、非常に低いハードルしか設定してきませんでした。

これでは、事実上、検察官の立証責任を弁護人の立証責任に転換したようなものです。

「可視化、可視化!」と叫んでいる人々は、根本の低いハードルをそのままにして、弁護人が「任意性のないことを証明するために」、可視化が必要だと言ってきました。

原理原則に基づくなら、弁護人は、取調べの過程を録音・録画したものについて、そこに任意性を疑わせるような内容が含まれているか否かを精査し、そのような内容が含まれていない場合には不同意として、その取調べを拒否するべきです。そんな録音・録画を証拠調べすることに同意するべきではないのです。しかし、可視化を叫んでいる人々は、録音・録画性善説に立っていますから、そこで思考停止して、その内容如何を吟味せずに同意してしまうのです。


3. 2016年4月09日 14:03:57 : w9iKuDotme : S@BYVdB2dgc[1603]
「犯罪者が相応の罰則を受けるのは当然だとする権力側」

この人たちは頭がおかしいのです。
証拠なしに人は裁けないのです。それが「無罪推定」です。
「無罪」という言葉の意味を間違って認識しているのです。
この国では無罪推定が当たり前ですから、犯罪全てを裁くことはできないのです。
全犯罪のなかの、確かな証拠が残っている事案だけ、有罪にできるのです。
またこのことによって、権力者は目をつけた人間に対して自由に罪をかぶせることもできなくなります。このことが最高なのです。
私たちは現にそういう国に住んでいる。しかしそれを認めたくない権力者の頭は、完全に狂ってしまっていて、「俺が犯人だと言ったら、犯人なんだよ」と思っているのです。

バカですね。


4. 2016年4月09日 14:37:38 : qU4FqG0iHE : YDxW6AeTxe8[7]
録画が証拠となったと裁判員は言っていますが、切り貼りした一種の自白劇場に
証拠としての価値を見出す方がどうかしている。
都合よく監修された検察の作品を見せられれば素人は有罪の判断を下さざる
得ないことも心情として理解もできるが、結果として、民衆によるリンチの
観も免れないことも確かだ。

連続した、録画、録音をとりいれない記録にどんな価値があるかと言うことを
今一度自問すべきだ。


5. 2016年4月09日 16:25:40 : VkZJ1tdNqE : KqgSLP@pTiQ[4]
4さんに同意

検察が編集したビデオだけ見せられたら、そこには素直に自白している容疑者しか映っていないわけで、裁判員の心証などイチコロでしょう。

裁判員は「全部見せなきゃ、ひとつも見ない」と言うべきでした。
弁護側も、そう主張して、ビデオ検証を拒否すべきでした。


6. 2016年4月09日 16:57:06 : koy0w0Kefw : _KuT@QH76B4[12]

検察が編集したビデオに証拠能力は無いだろう。

公開の裁判の場でなくて、裁判官、裁判員、検察官、弁護士の立ち会いの場で全部の録画を見るべきである。

自白しているのに、状況証拠ばかりで何も物的証拠が無いと言うのは理解しにくい。


7. 2016年4月09日 17:17:42 : koy0w0Kefw : _KuT@QH76B4[13]

天木さん、おかしいよ。ピントはずれ。耄碌したか。

8. 2016年4月09日 19:31:51 : akdQnQQBck : i6ca@qO26rQ[3]
実際映像録音だけ観察者として外から見たり聞くだけのと、自分がその場にいてそれも取り調べを受ける側であったときどう感じるかは違うものね。
映像や録音ですべてがわかると考えるのは危ない。

それと今回の判決の問題はもう一つ。
捜査官側の証言は全く疑っていない。
これもどうかなと思う。

これが日本の市民の人権感覚のレベルなんだねと改めて思う。


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