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(甘利)金はもらった、口利きもあった、金を渡した方も大儲け。しかし責任は・・・(日本がアブナイ!)
http://www.asyura2.com/16/senkyo207/msg/350.html
投稿者 笑坊 日時 2016 年 6 月 06 日 18:16:52: EaaOcpw/cGfrA j86WVg
 

http://mewrun7.exblog.jp/24438336/
2016-06-06 16:39

 『甘利&秘書は不起訴に+いくらでも口利きができる役立たずの法律&検察に怒http://mewrun7.exblog.jp/24424277/』『真っ黒な甘利をなぜ「不起訴」にしたのか? 官邸と法務省の”捜査潰し”全内幕http://mewrun7.exblog.jp/24430678/』の関連記事を・・・。

 『金はもらった。口利きもあった。金を渡した方も大儲け。しかし、だれも刑事責任を問われない?』

 すごい、強烈なタイトルでしょ?(@@) <まさに言えてる〜&的を射てる〜!!って感じ。>

 甘利明氏&秘書のUR口利き疑惑不起訴に関して、園田寿教授( 甲南大学法科大学院)が書いた投稿のタイトルだ。(**) <後半にアップするです。>

<メディアも本当なら、舛添都知事の公私混同の話なんかより、まさに「政治とカネ」の犯罪が絡んでいる甘利氏の事件の方を、もっと追及すべきなのにな〜。(-"-)>

 その自民党の甘利明氏が、今日6日、政治活動を再開することを表明したという。(・o・)

* * * * *

『甘利氏が「活動再開」表明 「あっせん、一切ない」

 現金授受問題で1月下旬に閣僚を辞任した甘利明・前経済再生相は6日、神奈川県大和市の地元事務所で「活動再開」を表明した。閣僚辞任直後から「睡眠障害」を理由に国会を欠席していたが、この日は「多大なご迷惑とご心配をおかけし、地元と国民の皆さんに深くおわび申し上げます」と記者団に語った。

 甘利氏と元秘書は、あっせん利得処罰法違反などの疑いで告発され、東京地検特捜部は5月31日に甘利氏と元秘書2人を不起訴処分(嫌疑不十分)にしたと発表した。

 甘利氏は「(問題は)寝耳に水だった。あっせんに該当するようなことは一切したことはない。不起訴処分になったが、今回のようなことが二度と起こらないように事実関係を把握する必要がある。調査再開を弁護士にお願いした」と強調。「(調査結果について)最終的な報告があれば、適切な時期に説明させていただく」としたが、具体的な時期は示さなかった。

 甘利氏はこれまで、「睡眠障害」を理由に約4カ月にわたり国会を欠席。野党は国会での説明を求めていたが、応じていなかった。(朝日新聞16年6月6日)』

『甘利氏は「いまだに薬に頼っているが、通院しながら徐々に活動を再開する」と述べた。
 あっせん利得処罰法違反容疑で告発され、その後不起訴処分となったことに関しては「寝耳に水の事件であることを丁寧に説明してきたのが受け止めてもらえた」と振り返った。自身による調査は今後も継続するといい、「事務所全体の脇をしっかり締め、二度と(問題が)起きないようどうするかに徹したい」と強調した。 
 これに関し、自民党の谷垣禎一幹事長は6日の記者会見で、「元気になったことは喜ばしい。事実関係の調査をし、適切な時期に説明していくものと思う」と語った。(時事通信16年6月6日)』

* * * * *

 甘利氏は1月末に週刊誌でURへの口利き疑惑が報じられたのを受け、秘書の金銭受領などを認め責任をとるとして、経済再生大臣を辞任。睡眠障害であるとして、今月1日の閉会まで4ヶ月以上も国会に来ず、政治活動を行なっていなかった。(~_~;)

 甘利氏と元秘書は、あっせん利得処罰法違反などの疑いで告発されたものの、東京地検特捜部は5月31日に甘利氏と元秘書2人を不起訴処分にすると発表。
 国会が終わって参考人招致をされる可能性が減ったこと(民進党は閉会中審査を求めているけど)、また、甘利氏は安倍首相の盟友として会って協議する必要などもあること、近いうちに衆院選が行なわれるとの話もあることなどから、政治活動を再開したものと思われる。(-"-)

<甘利氏は、前政権から安倍首相を支えている旧NASAの会(故・中川、麻生、菅、甘利)で、みんなのクッション役。甘利氏がいなくなって、麻生氏と菅氏の関係がギクシャクして来たと報じられるようになっている。(~_~;) (安倍氏は自分の友達を役職を変えながらも、周辺に集めていて。萩生田総裁特別補佐は内閣官房副長官に。で、文科大臣を辞めた下村博文氏を代わりに総裁特別補佐に指名。官房副長官だった加藤氏は一億総活躍大臣に起用。甘利氏もそのうち何かのポジションを得るかも?^^;)

 甘利氏は、1月末から調査を行なって報告するといい続けているものの(安倍首相も甘利氏がそうすると信じていると何度も発言)、いつ調査が終わって報告をするかは「???」のまま。

 甘利氏らの不起訴処分には納得行かないとの声が多く、早速、市民団体が検察審査会に申し立てを行なったのだが。審査に申し立てられたことを理由に、また何も説明することもないまま、政治活動&衆院選の準備を始めそうだ。(-"-)

☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆

 でもって、冒頭でもタイトルをご紹介した、園田氏の投稿を。


『【甘利疑惑】金はもらった。口利きもあった。金を渡した方も大儲け。しかし、だれも刑事責任を問われない?

園田寿 | 甲南大学法科大学院教授、弁護士
2016年6月4日 22時6分配信

あっせん利得処罰法は、政治家やその秘書が、国や地方公共団体等が締結する契約または行政庁の処分に関して、依頼者の有利になるように口利きの依頼を受けて承諾し、その報酬を受け取ったり、当該議員等の「権限に基づく影響力を行使して」公務員等に依頼者の有利になるように口利きをし、その報酬を受け取ることを処罰しています。

あっせん利得処罰法第1条1項
衆議院議員、参議院議員又は地方公共団体の議会の議員若しくは長(以下「公職にある者」という。)が、国若しくは地方公共団体が締結する売買、貸借、請負その他の契約又は特定の者に対する行政庁の処分に関し、請託を受けて、その権限に基づく影響力を行使して公務員にその職務上の行為をさせるように、又はさせないようにあっせんをすること又はしたことにつき、その報酬として財産上の利益を収受したときは、三年以下の懲役に処する。

「権限に基づく影響力を行使して」とは、具体的には「議会で問題にしますよ」とか、「予算や人事に影響を与えますよ」といったようなことを意味しますが、この点は、従来からあっせん利得処罰法が〈ザル法〉になりかねないと言われていた点で、実際には、権限をチラつかせて、威嚇や恫喝、恐喝まがいの口利きを行う議員などは考えられず、普通は、「◯議員の◯◯ですが、例の件、なんとかなりませんかねぇ、よろしくお願いしますよ」と、やんわりと低姿勢で口利きをするのではないかと思われるのです。実際に、今まで国会議員に対してあっせん利得罪が適用されたケースはありませんが、この要件がネックになっているのだと思われます。

今回、特捜部が不起訴としたのは、この「権限に基づく影響力を行使して」あっせんをしたのかどうかについて、十分な証拠がないと判断したことが大きかったと思われます。

しかし、「権限に基づく影響力を行使して」の要件は、あくまでも相手方公務員に対する口利きの際の要件であって、依頼(請託)を受けるときの要件ではないのです。

この点は重要ですので、まずは国会の会議録で確認しておきたいと思います。

◯衆議院議員(山本有二君)・・・・・
なお、本罪(あっせん利得罪:筆者注)が成立するためにはあっせん行為を行うことは必要ではございません・・・・・。

◯仲道俊哉君よくわかりました。
次に、請託についてですが、請託があったというためには政治公務員が権限に基づく影響力を行使することを含めて依頼することが必要か、あるいは一定の職務行為のあっせんを依頼することで足りるのか、この点についてお伺いいたします。

◯衆議院議員(山本有二君) 先生の御指摘は、請託には公職者の権限に基づく影響力を行使することの内容が必要であるかどうかという点であろうと思いますが、これは要しないというところでございます。
あっせん行為の請託とは権限を有する公務員に一定の職務行為をさせるように依頼するところであるところ、権限に基づく影響力の行使はあっせん行為の内容ではなく、あっせんの方法にすぎないものでございますから、本法案の罪が請託の内容として権限に基づく影響力を行使することの依頼まで要するものではないという点でそういうことが言えようかと思います。(発言中の太字は筆者)

出典:平成12年11月17日 第150会国会参議院政治倫理の確立及び選挙制度に関する特別委員会会議録第9号2頁
つまり、「請託を受け」の意味は、公務員に対し一定の職務行為を行うことや、行わないことをあっせんするよう依頼を受けて、これを承諾するという意味であって、「権限に基づく影響力を行使して」あっせんすることまでを依頼する必要はないのです。権限に基づく影響力の行使は、あっせんの内容ではなくあっせんの方法だからです。

具体的には、A業者に対する◯◯業の許可を早く出すようにB省の役人に単に「働きかけてください」との依頼や、◯◯業者から◯◯という物品を納入するよう単に「C省の役人に働きかけてください」などの依頼を受けて、これらを承諾した場合が考えられます。法務省関係者による解説書でも、そのように説明されています(勝丸充啓編著『わかりやすい あっせん利得処罰法Q&A』大成出版社2001年6月、27頁)。

☆  ★  ☆  ★  ☆  ★  ☆

もう少しわかりやすく説明します。次の図を見てください。

つまり、あっせん利得処罰法で処罰対象となっている行為は、
国会議員等が、国が締結する契約や行政庁の処分などに関して請託(依頼)を受けて、口利きすることを約束し、その報酬を受取ること(実際にあっせん行為を行うことは必要ではありません)
国会議員等が、国が締結する契約や行政庁の処分などに関して請託(依頼)を受けて、「その権限に基づく影響力を行使して」口利きをし、その報酬を受取ること
の2つの行為なのです。

第2の「権限に基づく影響力を行使したあっせん」があったのかどうかは、とくに今回はあっせんの相手方である都市再生機構(UR)の職員がそのようなことはなかったと言っているようですので、確かに立証は難しいだろうと予想されますが、第1の行為については、さらに検察審査会で十分に精査してほしいと思います。

そもそも、今回の事件の発端は、週刊文春のスクープです。その記事の中に次のような箇所があります。

二〇一四年二月一日の午前十時三十分。一色氏は、大和事務所の応接室で甘利大臣の到着を待っていた。

「その日は、大臣に新たなURとのトラブルを説明するために伺いました。数センチ程の厚みがある青いファイルに資料を挟み、事前に清島所長から指示されていた通り、要点をまとめたA4用紙二枚を持参しました。十時半を過ぎたころ大臣が現れ、挨拶をすませると、所長が、『この資料を見てください』と言って、私のファイルを大臣に手渡したのです。真剣に目を通していただき、『これはどういうこと?』と、いくつか質問もされました。すぐに要点を理解されたようで、やはり頭のいい方ですね。大臣は、『一色さん、ちゃんとやってるんだね。わかりました』と言い、所長に『これ(資料)、東京の河野君(現・大臣秘書官の河野一郎氏)に預けなさい』と指示しました。
そして所長が『一色さん、例のものを』と小声で言うので、私は現金五十万円が入った封筒を大臣に差し出しました。甘利さんは『ありがとう』と言って、封筒を受け取りました。そして最後に、所長がシャッターを押し、私と大臣の写真を撮ってくれたのです」出典:週刊文春2016年1月28日号25頁

問題となるのは、このやり取りです。

この部分が、あっせん利得処罰法第1条1項の「請託を受けて、あっせんすることについて、報酬を得た」に該当するのではないかと思われるのです。

もう一度言いますが、依頼は、単に「口利き」の依頼で足りるのであり、この段階では「権限に基づく影響力の行使」は要件ではないのです。「◯◯に、口を効いてください」との依頼があり、それを承諾して、現金などを受取る。これであっせん利得罪は成立するのではないですか。これについては、その後、実際に「権限に基づく影響力を行使した」あっせんが行われたのかどうかは関係がありません(上記「会議録」2頁)

なお、念のために付言しますと、請託は明示である必要はなく、黙示でも足りますし、承諾も当然黙示の場合もあります。刑法上の受諾収賄罪(刑法197条1項)に関するものですが、次のような判例があります。

請託は必ずしも賄賂供与の事前に明示的になされることを必要とするものではなく、賄賂を供与すること自体により黙示的にその依頼の趣旨を表示するのも請託にほかならないのであり、その際依頼の趣旨を諒承して賄賂を収受すれば、予め明示の依頼を受けこれを承諾してしかる後賄賂を収受した場合とその処罰価値においてなんら選ぶところがないから、やはり請託を受けて賄賂を収受したものに該当する。

出典:東京高裁昭28年7月20日判決

検察審査会には、この点を十分に審議してほしいと思います。(了)

【参考】
郷原信郎「特捜検察にとって"屈辱的敗北"に終わった甘利事件」

園田寿
甲南大学法科大学院教授、弁護士
1952年生まれ。関西大学大学院修了後、関西大学法学部講師、助教授をへて、関西大学法学部教授。2004年からは、甲南大学法科大学院教授(弁護士)。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、青少年有害情報規制などが主な研究テーマ。現在、兵庫県公文書公開審査会委員や大阪府青少年健全育成審議会委員などをつとめる。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『インターネットの法律問題−理論と実務−』(2013年新日本法規出版、共著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。趣味は、囲碁とジャズ。』

 THANKS

 

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コメント
 
1. 日高見連邦共和国[1903] k_qNgoypmEGWTYukmGGNkQ 2016年6月06日 18:23:52 : tsXSIcNyYQ : k2SCtJak7u8[25]

国会が“閉幕”してすぐ、“活動再開”ってドーいう事だよっ!(激怒)

・・・うん、これは“年内解散”があるってサインなんだな、と・・・

安倍、自民党には、国民の為の信義や政策など一切なし!

有るのは、自己の利益の為の“政局判断”のみ・・・

デコ助よ、親分と共に“奈落の底”に突き落としてやるから、楽しみにしてな。


2. 2016年6月06日 20:13:18 : Jny2RmHXSQ : h9xs4i0zh9w[9]
小沢一郎みたいに難癖つけてでも何年も調べろよ

3. 2016年6月06日 21:21:20 : TfyJzCrCF2 : 7_As9BA9jmI[14]
小沢一郎のときにやっぱり批判告発してきた上脇博之をいちいち小うるせえ学者だなと正直思ってたが、今回ばかりは上脇博之を絶対的に支持する。

「あっせん利得処罰法が死文化してしまう!」甘利明議員と元秘書の不起訴処分 刑事告発を行った上脇博之教授、宮里邦雄弁護士が憤り!「これほど証拠が揃っているのは初めて」の事件がなぜ無罪放免に!? 2016.5.31

http://iwj.co.jp/wj/open/archives/305740



4. 2016年6月06日 23:38:14 : d1iroix6Nw : uU3EEMBHTkg[173]
甘利も秘書も推認ではなく現実にまっ黒け、それが許される?あり得ないことが起こる国!北朝鮮でももっとしっかりしている。

5. 2016年6月07日 06:26:45 : riwgxq1iJ6 : Bd5Q3wVbe7A[275]
こういうことを見逃していたら道義的にも倫理的にも子供たちへの教育は崩れてしまう。それを監視監督できない日本のリーダーは失格である。おそらくリーダー自身も、倫理観、道徳観を親から躾けられていないためであろう。こういう子供が日本のリーダーとなり、権力を持つと、もはや自分自身が錯覚し、裸の王様以上に、自我を失うことになる。国民は悲劇である。学歴は嘘をつかないという言葉は、ずしずしと心に響く。

6. 2016年6月07日 07:39:19 : jqrTHfaxH6 : u_anhjkxb@Y[458]
甘利先生は検察の厳正な調査で無罪と認定された。
無実なのです。
汚名を着せられた被害者なのです。
犯罪者ではないのです。

あたかも犯罪者のように甘利先生を貶める輩がいるが名誉毀損という罪を犯している自覚を持つべき。


7. 2016年6月07日 07:51:49 : jqrTHfaxH6 : u_anhjkxb@Y[459]
ちなみに
甘利先生は様々な意見を受け入れる度量のある寛大な御方なので問題にならないが

『僕ちんの悪口言ってる教授がいるんだけど』

と検察に愚痴を溢そうものなら次の日に国家転覆名誉毀損の疑いありと
いう名目で手下の警官が教授の部屋に盗聴器を仕掛けた後に
逮捕されブタ箱に入れられる羽目になるわけです。

次の日からこの教授は過ちに気が付いて甘利先生マンセーとなることでしょう。


8. 2016年6月07日 08:31:03 : Ob9Eq4z95E : dxZuf6T8yyc[1]
甘利にもひどい・・・

9. 2016年6月07日 08:40:11 : RTWWw8j8P6 : 0[74]

汚職がはびこり、訴追もされない、外国兵が女性を陵辱殺害、清朝末期的な状況だな。



10. 2016年6月07日 09:28:31 : Ba5clCNVME : vHMW5Qo_i1w[387]
06>さん、甘利は真っ黒犯罪者です、甘利が無実なら何でもあり、法律はいらないと言う事になる。貴方の頭の中も真っ黒、もう治療のしようもない。

11. 2016年6月07日 10:38:22 : 3mnc6E9Aqg : dtafFTprjxk[14]
>(甘利)・・・、金を渡した方も大儲け。

大儲けさせてもらって訴えたちゅう事かな?
はたまた、渡した金に比べて儲けが少なかったかな?


12. 2016年6月07日 10:50:36 : jqrTHfaxH6 : u_anhjkxb@Y[461]
10さん
犯罪者かどうかを決めるのは検察ですよ
あなたの独善ではありません!

13. 2016年6月07日 11:10:31 : o4qAQYe0h6 : iNW6gVWNFCQ[-13]
峠三吉「すべての声は訴える」を全世界の子供の教科書に掲載しよう!


アメリカ合衆国ホワイトハウスオバマ大統領と日本国総理大臣官邸安倍晋三総理大臣に中てて、以下のメールを送信しました。

2000字以内の字数制限があるため、「長周新聞社への豊岳正彦過去メール」投稿全文を短縮した形になっています。

テーマ:峠三吉「すべての声は訴える」を全世界の子供の教科書に載せよう

本文(2000字以内):

拝啓 オバマ大統領殿/安倍晋三総理大臣殿

私の伯父豊岳明秀は、海軍少尉として昭和二〇年駆逐艦橘に乗り組み戦艦大和とともに特攻出撃したが途中回航して津軽海峡防衛任務に就き、そこでグラマンの攻撃を受けて撃沈され乗員の6割145名の戦死者を出したうち4割の生き残りとなって、原爆投下敗戦後復員して久昌寺の第20世住職になりました。

私の母豊岳悦子は終戦前呉の海軍病院(後の国立呉病院現在がんセンター)に勤務する看護婦で、昭和二〇年広島原爆投下後9日目に入市被曝した二次被爆者となりました。

私の父豊岳正道は久昌寺の次男坊として生まれ、終戦前に岡山医専を出て戦後岡山大小児科学教室の助手として岡山日赤病院勤務中昭和三十年森永ヒ素ミルク中毒企業公害事件の発見者となりました。

私豊岳正彦は父母が国立岩国病院に勤務中の昭和三二年同病院官舎で生まれ、空襲後に占領された岩国基地の米軍人が傍若無人に町中を闊歩する中岩国で幼少期を過ごし、中学高校と広島修道学園に通い、その間原爆被爆者の方々と濃密に接して育ったので、中学生の頃から義務教育で習った「日本国憲法」を使って原爆核兵器と戦争や原発を地球上からなくそうと考えていました。

我が妻の叔父は昭和二〇年神風特攻隊に志願して戦死しております。


戦後かつてビートルズのジョンレノンが「ビートルズのレコードを買って曲を聴く人数は聖書を読む人数よりも多い」と豪語しましたが、レコードを買ったりラジオで聞いたりビートルズの曲を聴く人よりもはるかに短時間で世界中の5億人以上に読まれた日本人のガリ版刷り詩集があります。

原爆被爆者教師で詩人の峠三吉原爆詩集です。

GHQコードのもとで日本のみならず世界中の出版社がこれまで絶対に出版せず今なお出版しないこの日本人ヒロシマ被爆者万国民的詩人峠三吉の一編の詩文があります。

二〇一二年、山口県の長周新聞社chosyu@k3.dion.ne.jp 宛に送ったメールのなかに私豊岳正彦 masa-ho@sky.icn-tv.ne.jpがその詩文「すべての声は訴える」を全文タイプしました。

私の過去メール全文を全世界に公開いたします。

長文ですので以下の私のスプートニク投稿文にてお読みください。
http://jp.sputniknews.com/opinion/20160607/2259556.html

敬具

臨済宗信徒 豊岳正彦拝

_________________


スプートニク日本

日中ともにトランプにもクリントンにも何を期待すべきか分からない © REUTERS/ David Becker/Nancy Wiechec/Files
オピニオン


コメント豊岳正彦
03:31 07.06.2016 | 編集する | カットする

「長周新聞社への豊岳正彦過去メール」

私の伯父豊岳明秀は、海軍少尉として昭和二〇年駆逐艦橘に乗り組み戦艦大和とともに特攻出撃したが途中回航して津軽海峡防衛任務に就き、そこでグラマンの攻撃を受けて撃沈され乗員の6割145名の戦死者を出したうち4割の生き残りとなって、原爆投下敗戦後復員して久昌寺の第20世住職になりました。

私の母豊岳悦子は終戦前呉の海軍病院(後の国立呉病院現在がんセンター)に勤務する看護婦で、昭和二〇年広島原爆投下後9日目に入市被曝した二次被爆者となりました。

私の父豊岳正道は久昌寺の次男坊として生まれ、終戦前に岡山医専を出て戦後岡山大小児科学教室の助手として岡山日赤病院勤務中昭和三十年森永ヒ素ミルク中毒企業公害事件の発見者となりました。

私豊岳正彦は父母が国立岩国病院に勤務中の昭和三二年同病院官舎で生まれ、空襲後に占領された岩国基地の米軍人が傍若無人に町中を闊歩する中岩国で幼少期を過ごし、中学高校と広島修道学園に通い、その間原爆被爆者の方々と濃密に接して育ったので、中学生の頃から原爆核兵器と戦争や原発を地球上からなくそうと考えていました。

我が妻の叔父は昭和二〇年神風特攻隊に志願して戦死しております。

戦後かつてビートルズのジョンレノンが「ビートルズのレコードを買って曲を聴く人数は聖書を読む人数よりも多い」と豪語しましたが、レコードを買ったりラジオで聞いたりビートルズの曲を聴く人よりもはるかに短時間で世界中の5億人以上に読まれた日本人のガリ版刷り詩集があります。

原爆被爆者教師で詩人の峠三吉原爆詩集です。

GHQコードのもとで日本のみならず世界中の出版社がこれまで絶対に出版せず今なお出版しないこの日本人ヒロシマ被爆者国民的詩人峠三吉の一編の詩があります。

二〇一二年、山口県の長周新聞社chosyu@k3.dion.ne.jp 宛に送ったメールのなかに私豊岳正彦 masa-ho@sky.icn-tv.ne.jpがその詩を全文タイプしました。

私の過去メール全文を全世界に公開いたします。

_______________
2012年8月19日 10:36「すべての声は訴える」を全世界の子供の教科書に載せよう

取り急ぎ貴社のHPに貴社発行の峠三吉原爆詩集から忠実にタイプした(推敲校正済み)下記本文テキストを号外の形でも本記事の形でもよいので至急掲載お願いします。


「すべての声は訴える」を全世界の子供の教科書に掲載しよう!

   こどもの原爆被爆体験詩集『原子雲の下より』の序文に寄せて
       峠 三吉 
   (未発表遺稿から下関原爆展事務局書き起こし文に≪加筆≫)

////////////////////////////////
すべての声は訴える


青空に雲が燃えていたら
アスファルトの道路が 熱気にゆるんでいたら
雑草や埃(ほこり)の匂いが風に立ちこめていたら
戦後七年
決して明るくなってゆかぬ生活の疲労の中で
広島の人々は
ふとあの悲惨な日々の感覚に打たれることを
炎の中の瓦礫(がれき)の下の呼び声に憑(つ)かれることを
訴えどころのない憂憤(ゆうふん)に ひそかに拳をふるわして耐えていることを
此(こ)の詩集を手にするあなたに知ってもらいたい

それは決して遠い記憶ではない
今、眼に映っている対岸の建物の壁が
突然破れ、瓦がはげ落ち
頭脳の奥で閃光(せんこう)がひらめいても
それは決して新しい事件に遭遇(そうぐう)したのではなく
それは
自分の生きようとする正しい力が
何か巨大にして非人間的な圧力によって
遂(つい)にうち負かされてしまったのだ という絶望感で
受けとられるものにちがいない

此の詩集を読もうとする多くの人に知ってもらいたい
広島の、そして長崎の人間は
原爆の炎の中から脱出して起ち上がろうと努めつつ
その意味する欺瞞(ぎまん)的な力の中で
まだ必死にもがいている
もがいていながらも
私たちは
あの炎と血膿(ちうみ)のしみついた皮膚の感覚で
愛する妻子や父母を茸(きのこ)雲の下で見失った
涙にまみれた体で
今はもう知ろうとしている
原爆を戦争に直接関係の無い老若男女の日本人の上に投下し
その後にわたってその所有を独占しようとし
その脅威(きょうい)をふりかざして
世界を一人占めにしようとして来た意志
日本が侵略されるという囁(ささや)きを吹き込み
再軍備にかり立て
そのような政策に反対する国民の口に破防法(はぼうほう)という
猿ぐつわを噛(か)ませる意志が
すべて一つのものであるということを
もうはっきりと知ろうとしている
そして
此の詩集をお読みになるあなたも
きっと知るにちがいない
私たちが一個の人間として
正しく幸福に生きようとするねがいを
何時(いつ)の時代でも 常にはばんで来たものがあったとすれば
その力こそまさに此の暗い意志であり
その権力こそまさに
私たちを戦争にひきずりこむものであったということを

噫(ああ)そして 私たちは知ることが出来る
世界最初に原子爆弾を頭上に落(おと)された日本人だという
黄色い皮膚にかけて
漆黒(しっこく)の瞳(ひとみ)と流れる黒髪にかけて知ることが出来る
今はもう
戦争を、その物欲と権力保持のために欲(ほっ)する
一握りの、人間と呼ぶに価(あたい)しない人間以外の≪ものたちへむけて≫
世界中の
真実と労働を愛するすべての人々と共に
腕を交(く)みあって
平和へのたたかいを進めてゆくことこそが
私たちの正しく幸福に生きようとする
人間としてのねがいを
達成(たっせい)する唯一(ゆいつ)の道であるということを
私たちは日本人として
植民地支配に苦しんで来た
アジアの人間として
知ることが出来る

そのために
そうだ、それを信じるために
多くの語り難(がた)い苦痛を越え
多くの語ることによる危険をしのぎ
老人も主婦も、未亡人も、青年も
又、勇気ある教師にみちびかれた子供達も
すべての人々が
血と涙にいろどられた叫びを
此の詩集に寄ってあげているのだ
どうか
此の信頼と愛が
戦争を憎み 原爆を呪(のろ)う無数の声の中で
大きな稔(みの)りを持つように
その声の底にかくれつつ 永遠に絶(た)ゆることのない
地下からの叫びが
生きている私たちの力によって
癒(いや)されるように!
原爆が再び地上に投ぜられることなく
原爆を意図するものが 世界中の働く者の力によって
一日も早く絶滅されるように!
此の詩集はそのためにあなたにおくられるのだ

一九四五年八月六日、午前八時十五分
広島に世界最初のウラニュウム二三五爆弾が投下され
九日 午前十一時
長崎にプルトニウム爆弾が投下された
広島では全人口四十万のうち
二十四万七千の生命が奪われた
軍事的には
勝負をそれのみで決しうるほどの力はでないといわれる
原子爆弾が
なぜこのような悲惨な現実を呼び起こしたか
落とされた広島は
無防備の市民の上であったし (長崎では市街に近い宗教地域の上であった)
落とされた時間は
市民をまるで屠殺場(とさつじょう)のように中心部に集めていた
それらはすべて
見事に計画されていたといえる
あの茸(きのこ)状をした雲の下には何があったか
そこにあったのは
疎開(そかい)できぬ児童を集め、あるいは勤労奉仕に生徒を集めた学校、陸軍
 関係のみでも五万人の患者を収容していた病院、青年の出払ったのち堆積(た
 いせき)する事務に追われていた官庁、銀行、聖戦の勝利を祈らされていた教会
 、主人をとられ主婦と子供で守っていた商店であり
それらはすべて破壊されたが
炎の海の外側にあった
多くの軍需工場は
 (三菱造船、三菱重工、旭兵器、日本製鋼、兵器被服廠−西条・八本松へ疎開
 −東洋工業、油谷重工等)
窓、扉、天井が破壊された程度で
殆(ほとん)ど無傷であり
国鉄は三日間でその機能を回復した実状であった
その炎の海で死んだのは
勤め人、学生、小児などの老若(ろうにゃく)市民であり
兵隊にしても
すでに出しつくされたあとの力弱い兵隊であった

一九四五年の春から夏にかけて
日本中の都市が夜毎(よごと)に焼きつくされる
戦争の炎の前で
広島はあわれな生きもののように顫(ふる)えつづけていた
今夜こそ危ない
今夜こそ焼かれる、という噂(うわさ)
あるいは広島は水攻めにするのだというような噂によって
夜闇(よるやみ)にまぎれては逃げようとする市民、橋の畔(ほとり)にひかえて
 逃がすまいとする軍や自衛隊≪原文まま≫
飢えた隣組(となりぐみ)の行列の間(あいだ)を
野菜を満載した軍のトラックが走りすぎる混乱の中で
河が白く埋まるほど、七月末 空から撒(ま)かれた七種類のビラには
原爆の廃墟(はいきょ)と同じ絵が描かれてもあったが
すでに疎開のすべはなく(そのビラを持っていると死刑にすると脅され、警察が
 人をやとって船を出し、拾い上げて焼却させた)
それでも五日の夜、広島をいよいよ焼き払うと
ビラが落とされたという
二、三日前からの噂によって
市民の多くは周辺の山や畑に逃(のが)れ、濃い闇空の銀河のもと
不安な一夜を明かした
夜半、豊後水道より広島湾上空へ
二百のB29は侵入し旋回数十分 広島を襲うと見せて
突然進路を西南方へ変え
光市の方面へ飛び去った
明け方 空襲警報は解除され
県内に侵入している敵機は四機、そしてやがて離脱したと
ラジオは報じ
七時五十分、警戒警報も解除された
この時、市民はB29の爆音をきいたが
黒めがねをつけた米人の乗員が
人類の恥辱(ちじょく)をのせた三機によって
高々度より侵入しつつあった事を誰が知り得たろう
そして今夜も無事に済んだとほっと安堵(あんど)した人々が
家に帰り、急いで朝食を済まし(朝食の炊事の火はまだ消えるほどの時では
 なかった)
出勤者は仕事場へ、学生、生徒は学校から作業場へ
隣組は市の周辺町村から市の中心部へ
畑仕事をやめて松根掘りに日をあかしていた郡部からの義勇隊もそれらと一
 緒に市の真ん中へ・・・・・・
それは統計ではかり出したように
一日の中で最も多数の市民が屋外に溢(あふ)れている時間であった

此の広島という都市の、雛鳥(ひなどり)のような中心部
この選ばれた時間
広島はどんな無心な表情をしていただろうか
爆心直下の広島中央郵便局では(本局とよんでいた)
丁度(ちょうど)夜勤と日勤者の交替時(どき)にあたり
全員六百名が 古めかしい煉瓦(れんが)造りの建物内に充満し
一人の老小使いのみが
玄関わきの塵溜(ちりため)にごみを捨てに出ていたところだった
七、八百米(メートル)東北方の練兵場では
丁度その朝入隊した男たちが(中年の兵隊か一度病気で帰り再度招集された
 ものたちであった)
軍服をつけて整列し
見送りの家族が旗などをもって
名残(なごり)を惜しんでいる時だった
千米はなれた県庁では、防空当直二百名が帰宅し
他の庁員が出勤し
動員学徒の少女たちが掃除バケツをもって廊下を
歩いていたとき
約千五百米の市役所裏 雑魚場町の一帯では
県立高女、県立一中、私立二中、女学院高女、女子商業、その他の一、二年
 生が教師に指揮されて疎開家屋のあと片付けに
とりかかっていたところ
又同所、あるいは同じ距離の土橋町一帯では市近辺よりの隣組、義勇隊の老
 人や子どもを背負った主婦たちが
同じ仕事にとりかかろうと集合して汗を拭(ふ)いていたときだった
二千米はなれた横川町の狭い商店街は郊外より
市内へ出勤する人の群(むれ)で埋まり
三千米はなれた家庭では作業へ、あるいは職場へ
家族を送ったあとの年よりが幼児が
朝食のあと始末に働こうとしていた

ああ そのような
戦争の末期の不安のなかで
常に天皇を頭(かしら)とする権力者たちの意のままに
父や夫や息子をさし出し
ダイヤも金も、あらゆる財産を投げ捨て
ぼろをまとい大豆を囓(か)じり野草をたべながら
従つてきた国民が
その愚かなほどに無心の表情を
八月の青空にむかって曝(さら)していたとき
TNT二万トン爆弾より強力な
グランド・スラムの二千倍以上の爆破力を有する
そしていまや
太陽の力が源泉となる勢力が(八・六トルーマン声明)(二〇〇〇呎(フィート)
 直下の温度は摂氏三〇〇〇〜四〇〇〇度−ロスアラモス科学研究所「原子
 兵器の効果」より。トルーマン大統領がいかにもやさしくヒルダと呼んだ)
上空五百米(メートル)に於いて放射されたのである
大部分の子供達が此の詩集の中で
「ピカッー」と光ったという印象を伝えているほど
この時の光線の印象は強烈なものであり
体験者たちは
赤・紫・白・黄・紺色・橙(だいだい)色だったと様々な感じを伝えているが
その強烈な光りは
それを直視したすべての人の視力を奪い
その瞬間から広島の悲劇は始まったのである
中央郵便局は未曾有(みぞう)の衝撃を真上から浴びて瞬時に倒潰し全員死亡
老小使いのみ一人生き残っていたが二、三日後に死亡し
練兵場の一隊は全部赤剥(む)げになったり
半裸で作業中の兵隊はみじめであった
真黒く炭化したりして散乱した(軍関係の死亡者は一二五、八二〇人と算出され
 ている)
県庁で圧殺(あっさつ)をまぬがれた人々は水を求めて河岸へ
いざり寄り
万代橋の西詰では二日後まで死体の山が
河底から土手より高く重なって盛り上がっていた

疎開家屋のあと片付にとりかかっていた中学校、女学校の
下級生徒たち、又それを引率指揮していた先生たちの
最後の模様をどのようにつたえたらよいだろうか
思い思いの服装に新しい麦ワラ帽をかぶったり
歌を唄いつつ友人とふざけあったり 作業場に到着した
すべて十三、四才の少年少女たちが
突然の(不意の)閃光に出あい 打ち倒され
煙のはれ間やっと起き上がったものは
すでに花のようなもとの姿は奪われて
頭髪は焼け、前日に黒く染めた着衣は焦げ飛び、皮膚は剥(は)がれて肉が露出
 し 顔はふくれた
降(ふ)りくる石や材木に打たれた傷は石榴(ざくろ)のように口をあけて
その場で死んだものの骨、水槽の中に教師に抱かれて死んでいる死体
母を呼び 教師を呼び
歩けぬものは腹這(はらば)って比治山方面へ逃れて行く
土橋方面の隣組は多くが火傷(やけど)の傷手(いたで)と焔(ほのお)に追われ
天満(てんま)川に這い降りて水に流されたらしく この辺りの消息はよくわからない

家庭の悲惨も同じであった
瞬時に倒潰(とうかい)した家屋の間から 焔に包まれる最後まで
助けを求めて掘られた腕(倒壊した家の下敷きになった子供を救ってくれと哀訴(あい

 そ)する母親の必死の顔付(かおつき)は、長く忘れる事が出来ない)
熱いよう熱いようの 細々とつづいたよび声は遂にとだえても 助けの力を得ることなく
広島全市が焼けはてて骨となっても
骨のひらい≪拾い≫手さえ帰って来ない
此の時 たつ巻をよび風をつのらせる炎の上、市の西北一帯に真黒い豪雨が降り
己斐(こい)の山上にしばらくかかっていた虹の色は生き残った人々の記憶につよく
 残っている

夜に入っても全市の炎は明々(あかあか)と空を焦がしている
このとき市の周辺の町村の
病院、学校、お寺、個人の家などには
逃れてきた人々が折り重なって倒れ
次々と口鼻から血を吐いて死んでゆきつつあった
 (義勇隊を送った部落は軒並(のきなみ)に二人、三人死に、探しにゆく。葬式を出す。
 怪我(けが)をして帰ってくる割当の罹災者はなだれこんで眼も当てられぬ光景)
看護の婦人会など夜になると恐怖のために逃げ帰る程だった
こうして即死したものは骨とドクロになり(一中の焼跡にはドクロが机の配列の通りに

 並んでいて手に取ろうとすると灰となって崩れた。中心部では骨も何も無い)
火傷のものは一週間から八月中旬までの間に
膿(うみ)と蛆(うじ)にまみれたまま次々と死に
九月頃 無数の蝿(はえ)が発生した
八月二十日頃より原爆症が始まった
体に無疵(むきず)のものが髪がぬけ 急に下痢(げり)、嘔吐(おうと)、発熱し
口からの出血は止まらず 全身に斑点(はんてん)が現れ死亡する
この手のほどこしようもないこの症状が
生き残った人々の上を襲った(ひどいものは白血球が五百まで減少した。健康体で
 七千〜八千、一千以下では生命が危ない)
薬品類はすでになく
栄養を、新鮮な果物を、といってもこの時国民の誰が
それらを手にし得(え)よう
このような時でさえ一部の病院では
金のあるものは あたう限りの治療をうけ
身よりも金もないものは形ばかりの治療で放置された
そして一方火傷の人々は
幾度(いくたび)皮膚が貼っても又その底からの膿(うみ)で破れ
その苦痛は自殺を欲(ほっ)する苦しみ

このような中で死ぬものは死に 残るものは残ったが
戦後七年間の歩みの中で
この原爆の影響がどのように尾をひいているか
東雲(しののめ)付中≪附属中学≫で生徒たちに「生い立ちの記」を書かせたら
殆ど全部のものが原爆のことにふれていたというほど
広島の人々の間にしみ通っている原爆が
ケロイドにより原爆症により いかなる被害を及ぼしているか
広島の中心地にいる人は体験者が殆んどいない、
それは大抵(たいてい)の家が一家全滅してるからだ
あの驚きのために気のふれた(健忘性失語症)子供
馬鹿になった(記憶喪失)青年
治療ののぞみない体に絶望のあまり自殺をしようとするもの
それらの悲しみと苦悩は
すでに今迄(まで)の年月の間で耐ええぬものは死に
耐えうるものは踏みこえて来たものの
顔面のケロイドのために平常は家にひきこもり、八月六日の命日のみには
爆心地の供養塔に参りにゆく姿の見られる娘さんたちの
胸に秘めた涙は何によって慰められる事が出来よう
又 詩の中にもかかれているように 禿(はげ)よ禿よとけいべつされる
子供たちの悲しみを誰が癒(いや)してやれようか
しかも 七年たった
現在でも尚(なお)、「原爆の子」の伊藤久人君が今春死亡したように
原子爆弾症は継続して起こりつつあり 戦後現在まで
全く何ともなかった者が急に白血球の減少 又は急増(きゅうぞう)を来(きた)
 して死に瀕(ひん)しつつあること
又 遺伝的悪影響が科学者(ハックスレ−)によって説(とな)えられ
ワシントン二二・三・十六発AP共同は米陸海軍軍医ならびに
科学者からなる原子爆弾の被害調査委員会が、広島および長崎の爆撃生存
 者について医学的調査をつづけて来たが、二十六日生存者の間から数名の
 奇形児が生まれたことを発表した。但し原爆が直接の原因であるとの確証は
 まだあがっていない(毎日三・二八)
と報じられるようでは
一体どうなるであろう
そして又 それらはすべて治療の方法がなく、その見通しさえないとしたら
又落(おと)された時どうなるのであろう
原子爆弾の使用されぬことを
再び戦争の起こされぬことをねがう必死の声は
この苦悩の中から叫び出されているのだ

一九四五年 ドイツの降伏後三ヵ月でソヴェートは日本に宣戦すると決まった
 ヤルタ会談が二月に終り、四月一日米軍は沖縄に上陸
同≪四月≫五日小磯内閣は退陣
同日モロトフ外相が、日ソ不可侵条約の不延長を通告して来た
五月八日ドイツはついに無条件降伏をしたが
ソヴェートの戦力消耗を待つように、第二戦線の形成をおくらし≪遅らせ≫て
 いた米英がスターリングラードの反撃より急に赤軍が攻勢に転じると、作戦
 上の無理をおしつつ イタリーやノルマンディーに上陸し、ベルリンの争奪戦
 が行なわれる
そのような中で
日本の戦力もすでに打ち滅(ほろ)ぼすべき敵ではなく
早く飼いならして次の相手に
使用すべくねらわれていた
然(しか)も日本の財閥と軍閥はそれを知って、国民を本土決戦の叫び声の中
 においやりながら(君が代をうたい、「日本は勝ちますね」と先生に死の前に
 ささやいた女生徒〈進徳高女〉のようなものはどこにでもいた)
天皇制を保持(国体ゴジ≪護持≫)しながら戦争を終えるケイキ≪契機≫をつ
 かもうとねらっていた
二人の客に媚(こ)びを売る女のように
前総理大臣広田をソヴェートに当たらせ
横浜銀行スイス代表者にアメリカ実業団との交渉をさせようとした
六月二十一日 沖縄での日本軍の組織的抵抗は終り
七月十六日 ニューメキシコで世界最初の原子爆発が行われた
その翌日ポツダム会議開催
二十六日同宣言発表
すでに八月八日にソヴェートが対日宣戦布告するのは明瞭であるし
そうなれば赤軍がいかに短時間で日本に到着するかは
充分予測される
このような中で
「何故原爆を使用するなら、連合国主催の実験でその威力を示しその基礎に立
 って日本に最後通牒を発し、責任の負担を日本人自身にゆだねなかったか」
といい
この詩集の中で子供たちが
「なぜ広島に落したか」と責め
「どうせ落るなら砂漠におちろ」とうたっても
「もし原爆投下の目的がロシアの参戦前に日本を叩(たた)き潰(つぶ)すことに
 あったとすれば、ないしは少(すくな)くともその目的が日本の崩壊(ほうかい)に

 先立つロシアの参戦をして名ばかりの参戦に留(とど)まらしめることにあったと
 すれば・・・・・・」
そのようなことは時間的にも
又そうでなくとも考えられなかったのである

こうして八月六日、広島の上に原子爆弾一号は投下された
そうして八月九日、ソヴェート軍が満州国境より急速力で
南下しはじめた朝、長崎に二号が投下された
かくして十四日
日本はポツダム宣言を受諾(じゅだく)し
終戦の詔勅(しょうちょく)が出された
その中で天皇は
「加之敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ 頻ニ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所 真ニ
 測ルヘカラサルニ至ル」といわれている
K・T・コムプトン博士は「原子爆弾の使用がアメリカ人、日本人の数十万−おそらく
 は数百万の生命を救ったという確固たる信念をいだくに至った」
とのべ
とにかくこれによって
日本は降伏し 米国は一挙に日本を占領し
日本の天皇と財閥、軍閥はその力を保存したまま国民の前に
戦争をやめるいいわけを得たかたちとなった

そうしてこのことがその後(のち)効果をあげるために
どんなに言いひろめられたかを見るのは興味深い
先ず 原子爆弾の絶対的な威力をつたえる言葉が流布(るふ)された
「この威力 正に火薬二万トンに匹敵」(中国二〇・八・一五)
「今後七十年は棲(す)めぬ−戦争記念物広島、長崎の廃墟−」(毎日二〇・八・二四)

「死者なほも続出」(朝日二〇・八・一三)
「広島の被害世界一」(中国二〇・九・四)
そして永(なが)く原爆のことを書くことが禁止されていた
この恐怖とともに
原爆こそ日本の救い主だった、感謝すべきだ
原爆は平和をもたらしたものであり、広島の犠牲者は
平和のための殉教者(じゅんきょうしゃ)のように扱われ、家族を失った人々は
それをもって諦(あきら)めようとした
諦めさせるには広島が真宗(しんしゅう)の伝統的地盤であるということは
もって来(こ)いであったし
長崎もカトリックの地盤、しかもわざわざ信徒たちの居住地の上に落としたのも
 意味のない事ではないと思われるのだが(医科大学、養育院、天主堂のある
 町はずれの地区)
かくして「ノーモア−ヒロシマズ」が叫ばれ
片方でアメリカを美化し
片方で広島では平和を売り物にすることとなった(広島平和記念都市建設法案が
 二四年めでたく議会を通過する)
毎年の八月六日 爆心地の平和塔の前で市が主催する平和祭は、花火をうちあげ
 鐘(かね)や鳩(はと)や展覧会や踊りの大会と賑(にぎ)やかにくりひろげられ、五人
 の孤児たちが父母に再会しようと少年僧になったことがもてはやされ、ミス・ヒロシマ
 が長崎の土をはらはらふりかけたりするが、生き残った人々の根深い反発を受けた
しかし一九四九年、ソヴェートの原爆所有が明らかとなり
一九五〇年六月二十五日、朝鮮戦争が始まってより
その声が変化してきたのを私たちは知っている

今までの悲惨さによる威嚇(いかく)から(水素バクダン!)
原爆の記憶を抹殺(まっさつ)しようとする動きに変わってきた
原爆広島の象徴(しょうちょう)になってきた産業奨励館のドームを崩し
原爆娘は戦犯(せんぱん)を慰問(いもん)させられ
原爆一号といわれる十六回の手術を繰り返したK氏のケロイドの体も日赤から追放し
一方、精神養子の運動が行われ
広島の廃墟と魂(たましい)の傷痕(きずあと)を緑の芝生と植民地的文化によって
埋めつくそうと変わってきた
再軍備は原爆投下の意味の延長であり
その中ではすでに戦争を否定(ひてい)する平和の声は弾圧(だんあつ)される
 (一九五〇年の官制的なものも平和祭の全面的禁止!)
そして一九五一年の八月六日の式典には朝鮮戦線からの
パイロットが参列し
広大学長は戦争を肯定(こうてい)する平和をとなえる

この中で誰が沈黙(ちんもく)していられるだろうか
広島の 長崎の
いや日本人としての私たちがどうして黙って居(お)れようか
この詩集の中で大人たちは「死ぬ前でないと本当のことはいえぬ」
という叫び声をあげた
子供たちは真向(まっこう)から戦争と原爆反対の声をはり上げる
この仕事の中で結ばれた子を失った主婦は、夫を失った未亡人は、ケロイドの娘は
共(とも)に立ち上がって原爆を落としたものに対し「つぐないを!」
と叫ぶ
流された血はつぐなわれねばならぬ
しぼられた涙は拭(ぬぐ)われるべきだ!
しかも未(いま)だ この詩集に現れたものの何倍、何千倍の声が
心の奥に秘(ひ)められているならば!・・・・・・

/////////////////////////////////

(メール転載終わり)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

四正勤

これから起ころうとする悪は、起こらない先に防ぐ。
「悪を予防するFluワクチン皮内接種」

すでに起こった悪は、断ち切る。
「悪を断ちきる断捨離NHK解体廃棄」

これから起ころうとする善は、起こるようにしむける。
「竹箒塵取和顔愛日本語masa-ho@sky.icn-tv.ne.jpフルオープンCCネット口コミ三宝帰依活動」

すでに起こった善は、いよいよ大きくなるように育てる。
「三宝帰依仏心仏法日本国憲法を地球憲法にしましょう」

拈華微笑 不二院顧心正顔居士ほうがくしょうげん拝


南無釈迦牟尼仏

南無阿弥陀佛



[12初期非表示理由]:管理人:要点がまとまってない長文が多いので全部処理

14. 2016年6月07日 12:06:39 : bzHyL24mIo : XrXLep5vAOo[79]
13. 2016年6月07日 11:10:31 : o4qAQYe0h6 : iNW6gVWNFCQ[-13]
▲△▽▼
峠三吉「すべての声は訴える」を全世界の子供の教科書に掲載しよう!

上記のコメント・・・長さを眺めて理解した。
どこでも居るんだね。
違法行為ではないけど他人迷惑だと言うことです
せめて読みやすく工夫を・・・あっコピペだったね


15. 2016年6月07日 12:23:03 : h67jP7esdY : 9kQLRTXbckI[1]
>>12

じゃあその検察も存在意義を問われることになりはしないか?


16. 2016年6月07日 16:26:59 : 3mnc6E9Aqg : dtafFTprjxk[16]
口利きを頼んだ側が訴えたくなる位甘利氏側が役立たずだったから、無罪なのかな???

17. 2016年6月07日 17:41:00 : 9zQZtwsW96 : Y8UwJzvqIX8[1]
この国の民主主義も 官憲の利得主義が金に負けた瞬間だ。こう終わった日本の民主主義。
さよなら民主主義 安倍コベに食い荒らされた日本の議会、国会は国民騙しの一手段に終わった。

18. 白猫[872] lJKUTA 2016年6月07日 18:58:30 : TyxXmqOa72 : H4zuIAH_ghs[248]
西松・陸山会事件を捏造して民主政治を崩壊させるという事実上のクーデターを主導したばかりか、先のドリル小渕に続き、今回の甘利のような絵にかいたような受託収賄事案が不起訴であるならば、特捜は存在する価値が無い。
それどころか存在自体が罪悪だ。
税金泥棒以外の何物でもない。

19. 2016年6月07日 19:08:57 : QN5S1WvDYw : fJh329qpraM[291]
>『【甘利疑惑】金はもらった。口利きもあった。金を渡した方も大儲け。しかし、だれも刑事責任を問われない?

 世界銀行(FRB、ECB、IMF・・・・) 
  ↓        ↓        ↓
軍事産業(CFR) 日本銀行 多国籍企業(TPP)
  |     \  ↓  /    |
  |       経団連      |
  |     /  ↓  \    |
電通メディア←→安部政権←→法務省(各省庁)
  |  /     @        |
  ↓/       ↓       ↓
各大手メディア←→国会←→検察、警察、裁判所(写真、撮影、録音、などNGが多い密室空間。)
   A        B       C
情報操作    法案作成   国民弾圧統制、特権階級制度


↑こんな感じになっているので、権力者は保護されています。
甘利は、TPP(多国籍企業)と安部政権となっていますから、刑事責任に問われないのは当たり前です。


20. おじゃま一郎[5474] gqiCtoLhgtyI6phZ 2016年6月07日 19:19:48 : kaGe3TL9TQ : y@bafSH15To[1]
>金はもらった。口利きもあった。金を渡した方も大儲け。

甘利さんに投資し、URが政府支出を増やし、それが
民間に回り、資金が循環し、経済成長に寄与している。

今後はこれをあたらしい経済成長モデルとして注目しなければ
ならない。


21. 2016年6月07日 21:08:27 : s0YT25qRsU : Pi1gZAuJ0m8[109]
ずいぶん都合良く病が治るもんだな甘利よ〜〜国会閉じてから政治活動するってなによ???

甘利〜〜早く説明しろ!!!辞検弁護士同伴で記者会見しろや!!!

[32初期非表示理由]:担当:言葉使いで処理が大量にあるので全部処理

22. 2016年6月07日 21:53:24 : jqrTHfaxH6 : u_anhjkxb@Y[463]
お前らが無実の人間を追い詰めるから精神的に来るんだよ。

23. 2016年6月08日 07:30:15 : o4qAQYe0h6 : iNW6gVWNFCQ[-17]
>>13

豊岳正彦が実名でメールしたのは

1.ホワイトハウス

https://www.whitehouse.gov/contact#page

2.首相官邸

https://www.kantei.go.jp/jp/forms/goiken_ssl.html

です。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

四正勤

これから起ころうとする悪は、起こらない先に防ぐ。
「悪を予防するFluワクチン皮内接種」

すでに起こった悪は、断ち切る。
「悪を断ちきる断捨離NHK解体廃棄」

これから起ころうとする善は、起こるようにしむける。
「竹箒塵取和顔愛日本語masa-ho@sky.icn-tv.ne.jpフルオープンCCネット口コミ三宝帰依活動」

すでに起こった善は、いよいよ大きくなるように育てる。
「三宝帰依仏心仏法日本国憲法を地球憲法にしましょう」

拈華微笑 不二院顧心正顔居士ほうがくしょうげん拝


南無釈迦牟尼仏

南無阿弥陀佛


[32初期非表示理由]:担当:アラシコメントが多いので全部処理

24. 2016年6月08日 07:34:51 : o4qAQYe0h6 : iNW6gVWNFCQ[-16]
峠三吉「すべての声は訴える」を全世界の子供の教科書に掲載しよう!


アメリカ合衆国ホワイトハウスオバマ大統領と日本国総理大臣官邸安倍晋三総理大臣に中てて、以下のメールを送信しました。

2000字以内の字数制限があるため、「長周新聞社への豊岳正彦過去メール」投稿全文を短縮した形になっています。

テーマ:峠三吉「すべての声は訴える」を全世界の子供の教科書に載せよう

本文(2000字以内):

拝啓 オバマ大統領殿/安倍晋三総理大臣殿

私の伯父豊岳明秀は、海軍少尉として昭和二〇年駆逐艦橘に乗り組み戦艦大和とともに特攻出撃したが途中回航して津軽海峡防衛任務に就き、そこでグラマンの攻撃を受けて撃沈され乗員の6割145名の戦死者を出したうち4割の生き残りとなって、原爆投下敗戦後復員して久昌寺の第20世住職になりました。

私の母豊岳悦子は終戦前呉の海軍病院(後の国立呉病院現在がんセンター)に勤務する看護婦で、昭和二〇年広島原爆投下後9日目に入市被曝した二次被爆者となりました。

私の父豊岳正道は久昌寺の次男坊として生まれ、終戦前に岡山医専を出て戦後岡山大小児科学教室の助手として岡山日赤病院勤務中昭和三十年森永ヒ素ミルク中毒企業公害事件の発見者となりました。

私豊岳正彦は父母が国立岩国病院に勤務中の昭和三二年同病院官舎で生まれ、空襲後に占領された岩国基地の米軍人が傍若無人に町中を闊歩する中岩国で幼少期を過ごし、中学高校と広島修道学園に通い、その間原爆被爆者の方々と濃密に接して育ったので、中学生の頃から義務教育で習った「日本国憲法」を使って原爆核兵器と戦争や原発を地球上からなくそうと考えていました。

我が妻の叔父は昭和二〇年神風特攻隊に志願して戦死しております。


戦後かつてビートルズのジョンレノンが「ビートルズのレコードを買って曲を聴く人数は聖書を読む人数よりも多い」と豪語しましたが、レコードを買ったりラジオで聞いたりビートルズの曲を聴く人よりもはるかに短時間で世界中の5億人以上に読まれた日本人のガリ版刷り詩集があります。

原爆被爆者教師で詩人の峠三吉原爆詩集です。

GHQコードのもとで日本のみならず世界中の出版社がこれまで絶対に出版せず今なお出版しないこの日本人ヒロシマ被爆者万国民的詩人峠三吉の一編の詩文があります。

二〇一二年、山口県の長周新聞社chosyu@k3.dion.ne.jp 宛に送ったメールのなかに私豊岳正彦 masa-ho@sky.icn-tv.ne.jpがその詩文「すべての声は訴える」を全文タイプしました。

私の過去メール全文を全世界に公開いたします。

長文ですので以下の私のスプートニク投稿文にてお読みください。
http://jp.sputniknews.com/opinion/20160607/2259556.html

敬具

臨済宗信徒 豊岳正彦拝

_________________


スプートニク日本

日中ともにトランプにもクリントンにも何を期待すべきか分からない © REUTERS/ David Becker/Nancy Wiechec/Files
オピニオン


コメント豊岳正彦
03:31 07.06.2016 | 編集する | カットする

「長周新聞社への豊岳正彦過去メール」

私の伯父豊岳明秀は、海軍少尉として昭和二〇年駆逐艦橘に乗り組み戦艦大和とともに特攻出撃したが途中回航して津軽海峡防衛任務に就き、そこでグラマンの攻撃を受けて撃沈され乗員の6割145名の戦死者を出したうち4割の生き残りとなって、原爆投下敗戦後復員して久昌寺の第20世住職になりました。

私の母豊岳悦子は終戦前呉の海軍病院(後の国立呉病院現在がんセンター)に勤務する看護婦で、昭和二〇年広島原爆投下後9日目に入市被曝した二次被爆者となりました。

私の父豊岳正道は久昌寺の次男坊として生まれ、終戦前に岡山医専を出て戦後岡山大小児科学教室の助手として岡山日赤病院勤務中昭和三十年森永ヒ素ミルク中毒企業公害事件の発見者となりました。

私豊岳正彦は父母が国立岩国病院に勤務中の昭和三二年同病院官舎で生まれ、空襲後に占領された岩国基地の米軍人が傍若無人に町中を闊歩する中岩国で幼少期を過ごし、中学高校と広島修道学園に通い、その間原爆被爆者の方々と濃密に接して育ったので、中学生の頃から原爆核兵器と戦争や原発を地球上からなくそうと考えていました。

我が妻の叔父は昭和二〇年神風特攻隊に志願して戦死しております。

戦後かつてビートルズのジョンレノンが「ビートルズのレコードを買って曲を聴く人数は聖書を読む人数よりも多い」と豪語しましたが、レコードを買ったりラジオで聞いたりビートルズの曲を聴く人よりもはるかに短時間で世界中の5億人以上に読まれた日本人のガリ版刷り詩集があります。

原爆被爆者教師で詩人の峠三吉原爆詩集です。

GHQコードのもとで日本のみならず世界中の出版社がこれまで絶対に出版せず今なお出版しないこの日本人ヒロシマ被爆者国民的詩人峠三吉の一編の詩があります。

二〇一二年、山口県の長周新聞社chosyu@k3.dion.ne.jp 宛に送ったメールのなかに私豊岳正彦 masa-ho@sky.icn-tv.ne.jpがその詩を全文タイプしました。

私の過去メール全文を全世界に公開いたします。

_______________
2012年8月19日 10:36「すべての声は訴える」を全世界の子供の教科書に載せよう

取り急ぎ貴社のHPに貴社発行の峠三吉原爆詩集から忠実にタイプした(推敲校正済み)下記本文テキストを号外の形でも本記事の形でもよいので至急掲載お願いします。


「すべての声は訴える」を全世界の子供の教科書に掲載しよう!

   こどもの原爆被爆体験詩集『原子雲の下より』の序文に寄せて
       峠 三吉 
   (未発表遺稿から下関原爆展事務局書き起こし文に≪加筆≫)

////////////////////////////////
すべての声は訴える


青空に雲が燃えていたら
アスファルトの道路が 熱気にゆるんでいたら
雑草や埃(ほこり)の匂いが風に立ちこめていたら
戦後七年
決して明るくなってゆかぬ生活の疲労の中で
広島の人々は
ふとあの悲惨な日々の感覚に打たれることを
炎の中の瓦礫(がれき)の下の呼び声に憑(つ)かれることを
訴えどころのない憂憤(ゆうふん)に ひそかに拳をふるわして耐えていることを
此(こ)の詩集を手にするあなたに知ってもらいたい

それは決して遠い記憶ではない
今、眼に映っている対岸の建物の壁が
突然破れ、瓦がはげ落ち
頭脳の奥で閃光(せんこう)がひらめいても
それは決して新しい事件に遭遇(そうぐう)したのではなく
それは
自分の生きようとする正しい力が
何か巨大にして非人間的な圧力によって
遂(つい)にうち負かされてしまったのだ という絶望感で
受けとられるものにちがいない

此の詩集を読もうとする多くの人に知ってもらいたい
広島の、そして長崎の人間は
原爆の炎の中から脱出して起ち上がろうと努めつつ
その意味する欺瞞(ぎまん)的な力の中で
まだ必死にもがいている
もがいていながらも
私たちは
あの炎と血膿(ちうみ)のしみついた皮膚の感覚で
愛する妻子や父母を茸(きのこ)雲の下で見失った
涙にまみれた体で
今はもう知ろうとしている
原爆を戦争に直接関係の無い老若男女の日本人の上に投下し
その後にわたってその所有を独占しようとし
その脅威(きょうい)をふりかざして
世界を一人占めにしようとして来た意志
日本が侵略されるという囁(ささや)きを吹き込み
再軍備にかり立て
そのような政策に反対する国民の口に破防法(はぼうほう)という
猿ぐつわを噛(か)ませる意志が
すべて一つのものであるということを
もうはっきりと知ろうとしている
そして
此の詩集をお読みになるあなたも
きっと知るにちがいない
私たちが一個の人間として
正しく幸福に生きようとするねがいを
何時(いつ)の時代でも 常にはばんで来たものがあったとすれば
その力こそまさに此の暗い意志であり
その権力こそまさに
私たちを戦争にひきずりこむものであったということを

噫(ああ)そして 私たちは知ることが出来る
世界最初に原子爆弾を頭上に落(おと)された日本人だという
黄色い皮膚にかけて
漆黒(しっこく)の瞳(ひとみ)と流れる黒髪にかけて知ることが出来る
今はもう
戦争を、その物欲と権力保持のために欲(ほっ)する
一握りの、人間と呼ぶに価(あたい)しない人間以外の≪ものたちへむけて≫
世界中の
真実と労働を愛するすべての人々と共に
腕を交(く)みあって
平和へのたたかいを進めてゆくことこそが
私たちの正しく幸福に生きようとする
人間としてのねがいを
達成(たっせい)する唯一(ゆいつ)の道であるということを
私たちは日本人として
植民地支配に苦しんで来た
アジアの人間として
知ることが出来る

そのために
そうだ、それを信じるために
多くの語り難(がた)い苦痛を越え
多くの語ることによる危険をしのぎ
老人も主婦も、未亡人も、青年も
又、勇気ある教師にみちびかれた子供達も
すべての人々が
血と涙にいろどられた叫びを
此の詩集に寄ってあげているのだ
どうか
此の信頼と愛が
戦争を憎み 原爆を呪(のろ)う無数の声の中で
大きな稔(みの)りを持つように
その声の底にかくれつつ 永遠に絶(た)ゆることのない
地下からの叫びが
生きている私たちの力によって
癒(いや)されるように!
原爆が再び地上に投ぜられることなく
原爆を意図するものが 世界中の働く者の力によって
一日も早く絶滅されるように!
此の詩集はそのためにあなたにおくられるのだ

一九四五年八月六日、午前八時十五分
広島に世界最初のウラニュウム二三五爆弾が投下され
九日 午前十一時
長崎にプルトニウム爆弾が投下された
広島では全人口四十万のうち
二十四万七千の生命が奪われた
軍事的には
勝負をそれのみで決しうるほどの力はでないといわれる
原子爆弾が
なぜこのような悲惨な現実を呼び起こしたか
落とされた広島は
無防備の市民の上であったし (長崎では市街に近い宗教地域の上であった)
落とされた時間は
市民をまるで屠殺場(とさつじょう)のように中心部に集めていた
それらはすべて
見事に計画されていたといえる
あの茸(きのこ)状をした雲の下には何があったか
そこにあったのは
疎開(そかい)できぬ児童を集め、あるいは勤労奉仕に生徒を集めた学校、陸軍
 関係のみでも五万人の患者を収容していた病院、青年の出払ったのち堆積(た
 いせき)する事務に追われていた官庁、銀行、聖戦の勝利を祈らされていた教会
 、主人をとられ主婦と子供で守っていた商店であり
それらはすべて破壊されたが
炎の海の外側にあった
多くの軍需工場は
 (三菱造船、三菱重工、旭兵器、日本製鋼、兵器被服廠−西条・八本松へ疎開
 −東洋工業、油谷重工等)
窓、扉、天井が破壊された程度で
殆(ほとん)ど無傷であり
国鉄は三日間でその機能を回復した実状であった
その炎の海で死んだのは
勤め人、学生、小児などの老若(ろうにゃく)市民であり
兵隊にしても
すでに出しつくされたあとの力弱い兵隊であった

一九四五年の春から夏にかけて
日本中の都市が夜毎(よごと)に焼きつくされる
戦争の炎の前で
広島はあわれな生きもののように顫(ふる)えつづけていた
今夜こそ危ない
今夜こそ焼かれる、という噂(うわさ)
あるいは広島は水攻めにするのだというような噂によって
夜闇(よるやみ)にまぎれては逃げようとする市民、橋の畔(ほとり)にひかえて
 逃がすまいとする軍や自衛隊≪原文まま≫
飢えた隣組(となりぐみ)の行列の間(あいだ)を
野菜を満載した軍のトラックが走りすぎる混乱の中で
河が白く埋まるほど、七月末 空から撒(ま)かれた七種類のビラには
原爆の廃墟(はいきょ)と同じ絵が描かれてもあったが
すでに疎開のすべはなく(そのビラを持っていると死刑にすると脅され、警察が
 人をやとって船を出し、拾い上げて焼却させた)
それでも五日の夜、広島をいよいよ焼き払うと
ビラが落とされたという
二、三日前からの噂によって
市民の多くは周辺の山や畑に逃(のが)れ、濃い闇空の銀河のもと
不安な一夜を明かした
夜半、豊後水道より広島湾上空へ
二百のB29は侵入し旋回数十分 広島を襲うと見せて
突然進路を西南方へ変え
光市の方面へ飛び去った
明け方 空襲警報は解除され
県内に侵入している敵機は四機、そしてやがて離脱したと
ラジオは報じ
七時五十分、警戒警報も解除された
この時、市民はB29の爆音をきいたが
黒めがねをつけた米人の乗員が
人類の恥辱(ちじょく)をのせた三機によって
高々度より侵入しつつあった事を誰が知り得たろう
そして今夜も無事に済んだとほっと安堵(あんど)した人々が
家に帰り、急いで朝食を済まし(朝食の炊事の火はまだ消えるほどの時では
 なかった)
出勤者は仕事場へ、学生、生徒は学校から作業場へ
隣組は市の周辺町村から市の中心部へ
畑仕事をやめて松根掘りに日をあかしていた郡部からの義勇隊もそれらと一
 緒に市の真ん中へ・・・・・・
それは統計ではかり出したように
一日の中で最も多数の市民が屋外に溢(あふ)れている時間であった

此の広島という都市の、雛鳥(ひなどり)のような中心部
この選ばれた時間
広島はどんな無心な表情をしていただろうか
爆心直下の広島中央郵便局では(本局とよんでいた)
丁度(ちょうど)夜勤と日勤者の交替時(どき)にあたり
全員六百名が 古めかしい煉瓦(れんが)造りの建物内に充満し
一人の老小使いのみが
玄関わきの塵溜(ちりため)にごみを捨てに出ていたところだった
七、八百米(メートル)東北方の練兵場では
丁度その朝入隊した男たちが(中年の兵隊か一度病気で帰り再度招集された
 ものたちであった)
軍服をつけて整列し
見送りの家族が旗などをもって
名残(なごり)を惜しんでいる時だった
千米はなれた県庁では、防空当直二百名が帰宅し
他の庁員が出勤し
動員学徒の少女たちが掃除バケツをもって廊下を
歩いていたとき
約千五百米の市役所裏 雑魚場町の一帯では
県立高女、県立一中、私立二中、女学院高女、女子商業、その他の一、二年
 生が教師に指揮されて疎開家屋のあと片付けに
とりかかっていたところ
又同所、あるいは同じ距離の土橋町一帯では市近辺よりの隣組、義勇隊の老
 人や子どもを背負った主婦たちが
同じ仕事にとりかかろうと集合して汗を拭(ふ)いていたときだった
二千米はなれた横川町の狭い商店街は郊外より
市内へ出勤する人の群(むれ)で埋まり
三千米はなれた家庭では作業へ、あるいは職場へ
家族を送ったあとの年よりが幼児が
朝食のあと始末に働こうとしていた

ああ そのような
戦争の末期の不安のなかで
常に天皇を頭(かしら)とする権力者たちの意のままに
父や夫や息子をさし出し
ダイヤも金も、あらゆる財産を投げ捨て
ぼろをまとい大豆を囓(か)じり野草をたべながら
従つてきた国民が
その愚かなほどに無心の表情を
八月の青空にむかって曝(さら)していたとき
TNT二万トン爆弾より強力な
グランド・スラムの二千倍以上の爆破力を有する
そしていまや
太陽の力が源泉となる勢力が(八・六トルーマン声明)(二〇〇〇呎(フィート)
 直下の温度は摂氏三〇〇〇〜四〇〇〇度−ロスアラモス科学研究所「原子
 兵器の効果」より。トルーマン大統領がいかにもやさしくヒルダと呼んだ)
上空五百米(メートル)に於いて放射されたのである
大部分の子供達が此の詩集の中で
「ピカッー」と光ったという印象を伝えているほど
この時の光線の印象は強烈なものであり
体験者たちは
赤・紫・白・黄・紺色・橙(だいだい)色だったと様々な感じを伝えているが
その強烈な光りは
それを直視したすべての人の視力を奪い
その瞬間から広島の悲劇は始まったのである
中央郵便局は未曾有(みぞう)の衝撃を真上から浴びて瞬時に倒潰し全員死亡
老小使いのみ一人生き残っていたが二、三日後に死亡し
練兵場の一隊は全部赤剥(む)げになったり
半裸で作業中の兵隊はみじめであった
真黒く炭化したりして散乱した(軍関係の死亡者は一二五、八二〇人と算出され
 ている)
県庁で圧殺(あっさつ)をまぬがれた人々は水を求めて河岸へ
いざり寄り
万代橋の西詰では二日後まで死体の山が
河底から土手より高く重なって盛り上がっていた

疎開家屋のあと片付にとりかかっていた中学校、女学校の
下級生徒たち、又それを引率指揮していた先生たちの
最後の模様をどのようにつたえたらよいだろうか
思い思いの服装に新しい麦ワラ帽をかぶったり
歌を唄いつつ友人とふざけあったり 作業場に到着した
すべて十三、四才の少年少女たちが
突然の(不意の)閃光に出あい 打ち倒され
煙のはれ間やっと起き上がったものは
すでに花のようなもとの姿は奪われて
頭髪は焼け、前日に黒く染めた着衣は焦げ飛び、皮膚は剥(は)がれて肉が露出
 し 顔はふくれた
降(ふ)りくる石や材木に打たれた傷は石榴(ざくろ)のように口をあけて
その場で死んだものの骨、水槽の中に教師に抱かれて死んでいる死体
母を呼び 教師を呼び
歩けぬものは腹這(はらば)って比治山方面へ逃れて行く
土橋方面の隣組は多くが火傷(やけど)の傷手(いたで)と焔(ほのお)に追われ
天満(てんま)川に這い降りて水に流されたらしく この辺りの消息はよくわからない

家庭の悲惨も同じであった
瞬時に倒潰(とうかい)した家屋の間から 焔に包まれる最後まで
助けを求めて掘られた腕(倒壊した家の下敷きになった子供を救ってくれと哀訴(あい

 そ)する母親の必死の顔付(かおつき)は、長く忘れる事が出来ない)
熱いよう熱いようの 細々とつづいたよび声は遂にとだえても 助けの力を得ることなく
広島全市が焼けはてて骨となっても
骨のひらい≪拾い≫手さえ帰って来ない
此の時 たつ巻をよび風をつのらせる炎の上、市の西北一帯に真黒い豪雨が降り
己斐(こい)の山上にしばらくかかっていた虹の色は生き残った人々の記憶につよく
 残っている

夜に入っても全市の炎は明々(あかあか)と空を焦がしている
このとき市の周辺の町村の
病院、学校、お寺、個人の家などには
逃れてきた人々が折り重なって倒れ
次々と口鼻から血を吐いて死んでゆきつつあった
 (義勇隊を送った部落は軒並(のきなみ)に二人、三人死に、探しにゆく。葬式を出す。
 怪我(けが)をして帰ってくる割当の罹災者はなだれこんで眼も当てられぬ光景)
看護の婦人会など夜になると恐怖のために逃げ帰る程だった
こうして即死したものは骨とドクロになり(一中の焼跡にはドクロが机の配列の通りに

 並んでいて手に取ろうとすると灰となって崩れた。中心部では骨も何も無い)
火傷のものは一週間から八月中旬までの間に
膿(うみ)と蛆(うじ)にまみれたまま次々と死に
九月頃 無数の蝿(はえ)が発生した
八月二十日頃より原爆症が始まった
体に無疵(むきず)のものが髪がぬけ 急に下痢(げり)、嘔吐(おうと)、発熱し
口からの出血は止まらず 全身に斑点(はんてん)が現れ死亡する
この手のほどこしようもないこの症状が
生き残った人々の上を襲った(ひどいものは白血球が五百まで減少した。健康体で
 七千〜八千、一千以下では生命が危ない)
薬品類はすでになく
栄養を、新鮮な果物を、といってもこの時国民の誰が
それらを手にし得(え)よう
このような時でさえ一部の病院では
金のあるものは あたう限りの治療をうけ
身よりも金もないものは形ばかりの治療で放置された
そして一方火傷の人々は
幾度(いくたび)皮膚が貼っても又その底からの膿(うみ)で破れ
その苦痛は自殺を欲(ほっ)する苦しみ

このような中で死ぬものは死に 残るものは残ったが
戦後七年間の歩みの中で
この原爆の影響がどのように尾をひいているか
東雲(しののめ)付中≪附属中学≫で生徒たちに「生い立ちの記」を書かせたら
殆ど全部のものが原爆のことにふれていたというほど
広島の人々の間にしみ通っている原爆が
ケロイドにより原爆症により いかなる被害を及ぼしているか
広島の中心地にいる人は体験者が殆んどいない、
それは大抵(たいてい)の家が一家全滅してるからだ
あの驚きのために気のふれた(健忘性失語症)子供
馬鹿になった(記憶喪失)青年
治療ののぞみない体に絶望のあまり自殺をしようとするもの
それらの悲しみと苦悩は
すでに今迄(まで)の年月の間で耐ええぬものは死に
耐えうるものは踏みこえて来たものの
顔面のケロイドのために平常は家にひきこもり、八月六日の命日のみには
爆心地の供養塔に参りにゆく姿の見られる娘さんたちの
胸に秘めた涙は何によって慰められる事が出来よう
又 詩の中にもかかれているように 禿(はげ)よ禿よとけいべつされる
子供たちの悲しみを誰が癒(いや)してやれようか
しかも 七年たった
現在でも尚(なお)、「原爆の子」の伊藤久人君が今春死亡したように
原子爆弾症は継続して起こりつつあり 戦後現在まで
全く何ともなかった者が急に白血球の減少 又は急増(きゅうぞう)を来(きた)
 して死に瀕(ひん)しつつあること
又 遺伝的悪影響が科学者(ハックスレ−)によって説(とな)えられ
ワシントン二二・三・十六発AP共同は米陸海軍軍医ならびに
科学者からなる原子爆弾の被害調査委員会が、広島および長崎の爆撃生存
 者について医学的調査をつづけて来たが、二十六日生存者の間から数名の
 奇形児が生まれたことを発表した。但し原爆が直接の原因であるとの確証は
 まだあがっていない(毎日三・二八)
と報じられるようでは
一体どうなるであろう
そして又 それらはすべて治療の方法がなく、その見通しさえないとしたら
又落(おと)された時どうなるのであろう
原子爆弾の使用されぬことを
再び戦争の起こされぬことをねがう必死の声は
この苦悩の中から叫び出されているのだ

一九四五年 ドイツの降伏後三ヵ月でソヴェートは日本に宣戦すると決まった
 ヤルタ会談が二月に終り、四月一日米軍は沖縄に上陸
同≪四月≫五日小磯内閣は退陣
同日モロトフ外相が、日ソ不可侵条約の不延長を通告して来た
五月八日ドイツはついに無条件降伏をしたが
ソヴェートの戦力消耗を待つように、第二戦線の形成をおくらし≪遅らせ≫て
 いた米英がスターリングラードの反撃より急に赤軍が攻勢に転じると、作戦
 上の無理をおしつつ イタリーやノルマンディーに上陸し、ベルリンの争奪戦
 が行なわれる
そのような中で
日本の戦力もすでに打ち滅(ほろ)ぼすべき敵ではなく
早く飼いならして次の相手に
使用すべくねらわれていた
然(しか)も日本の財閥と軍閥はそれを知って、国民を本土決戦の叫び声の中
 においやりながら(君が代をうたい、「日本は勝ちますね」と先生に死の前に
 ささやいた女生徒〈進徳高女〉のようなものはどこにでもいた)
天皇制を保持(国体ゴジ≪護持≫)しながら戦争を終えるケイキ≪契機≫をつ
 かもうとねらっていた
二人の客に媚(こ)びを売る女のように
前総理大臣広田をソヴェートに当たらせ
横浜銀行スイス代表者にアメリカ実業団との交渉をさせようとした
六月二十一日 沖縄での日本軍の組織的抵抗は終り
七月十六日 ニューメキシコで世界最初の原子爆発が行われた
その翌日ポツダム会議開催
二十六日同宣言発表
すでに八月八日にソヴェートが対日宣戦布告するのは明瞭であるし
そうなれば赤軍がいかに短時間で日本に到着するかは
充分予測される
このような中で
「何故原爆を使用するなら、連合国主催の実験でその威力を示しその基礎に立
 って日本に最後通牒を発し、責任の負担を日本人自身にゆだねなかったか」
といい
この詩集の中で子供たちが
「なぜ広島に落したか」と責め
「どうせ落るなら砂漠におちろ」とうたっても
「もし原爆投下の目的がロシアの参戦前に日本を叩(たた)き潰(つぶ)すことに
 あったとすれば、ないしは少(すくな)くともその目的が日本の崩壊(ほうかい)に

 先立つロシアの参戦をして名ばかりの参戦に留(とど)まらしめることにあったと
 すれば・・・・・・」
そのようなことは時間的にも
又そうでなくとも考えられなかったのである

こうして八月六日、広島の上に原子爆弾一号は投下された
そうして八月九日、ソヴェート軍が満州国境より急速力で
南下しはじめた朝、長崎に二号が投下された
かくして十四日
日本はポツダム宣言を受諾(じゅだく)し
終戦の詔勅(しょうちょく)が出された
その中で天皇は
「加之敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ 頻ニ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所 真ニ
 測ルヘカラサルニ至ル」といわれている
K・T・コムプトン博士は「原子爆弾の使用がアメリカ人、日本人の数十万−おそらく
 は数百万の生命を救ったという確固たる信念をいだくに至った」
とのべ
とにかくこれによって
日本は降伏し 米国は一挙に日本を占領し
日本の天皇と財閥、軍閥はその力を保存したまま国民の前に
戦争をやめるいいわけを得たかたちとなった

そうしてこのことがその後(のち)効果をあげるために
どんなに言いひろめられたかを見るのは興味深い
先ず 原子爆弾の絶対的な威力をつたえる言葉が流布(るふ)された
「この威力 正に火薬二万トンに匹敵」(中国二〇・八・一五)
「今後七十年は棲(す)めぬ−戦争記念物広島、長崎の廃墟−」(毎日二〇・八・二四)

「死者なほも続出」(朝日二〇・八・一三)
「広島の被害世界一」(中国二〇・九・四)
そして永(なが)く原爆のことを書くことが禁止されていた
この恐怖とともに
原爆こそ日本の救い主だった、感謝すべきだ
原爆は平和をもたらしたものであり、広島の犠牲者は
平和のための殉教者(じゅんきょうしゃ)のように扱われ、家族を失った人々は
それをもって諦(あきら)めようとした
諦めさせるには広島が真宗(しんしゅう)の伝統的地盤であるということは
もって来(こ)いであったし
長崎もカトリックの地盤、しかもわざわざ信徒たちの居住地の上に落としたのも
 意味のない事ではないと思われるのだが(医科大学、養育院、天主堂のある
 町はずれの地区)
かくして「ノーモア−ヒロシマズ」が叫ばれ
片方でアメリカを美化し
片方で広島では平和を売り物にすることとなった(広島平和記念都市建設法案が
 二四年めでたく議会を通過する)
毎年の八月六日 爆心地の平和塔の前で市が主催する平和祭は、花火をうちあげ
 鐘(かね)や鳩(はと)や展覧会や踊りの大会と賑(にぎ)やかにくりひろげられ、五人
 の孤児たちが父母に再会しようと少年僧になったことがもてはやされ、ミス・ヒロシマ
 が長崎の土をはらはらふりかけたりするが、生き残った人々の根深い反発を受けた
しかし一九四九年、ソヴェートの原爆所有が明らかとなり
一九五〇年六月二十五日、朝鮮戦争が始まってより
その声が変化してきたのを私たちは知っている

今までの悲惨さによる威嚇(いかく)から(水素バクダン!)
原爆の記憶を抹殺(まっさつ)しようとする動きに変わってきた
原爆広島の象徴(しょうちょう)になってきた産業奨励館のドームを崩し
原爆娘は戦犯(せんぱん)を慰問(いもん)させられ
原爆一号といわれる十六回の手術を繰り返したK氏のケロイドの体も日赤から追放し
一方、精神養子の運動が行われ
広島の廃墟と魂(たましい)の傷痕(きずあと)を緑の芝生と植民地的文化によって
埋めつくそうと変わってきた
再軍備は原爆投下の意味の延長であり
その中ではすでに戦争を否定(ひてい)する平和の声は弾圧(だんあつ)される
 (一九五〇年の官制的なものも平和祭の全面的禁止!)
そして一九五一年の八月六日の式典には朝鮮戦線からの
パイロットが参列し
広大学長は戦争を肯定(こうてい)する平和をとなえる

この中で誰が沈黙(ちんもく)していられるだろうか
広島の 長崎の
いや日本人としての私たちがどうして黙って居(お)れようか
この詩集の中で大人たちは「死ぬ前でないと本当のことはいえぬ」
という叫び声をあげた
子供たちは真向(まっこう)から戦争と原爆反対の声をはり上げる
この仕事の中で結ばれた子を失った主婦は、夫を失った未亡人は、ケロイドの娘は
共(とも)に立ち上がって原爆を落としたものに対し「つぐないを!」
と叫ぶ
流された血はつぐなわれねばならぬ
しぼられた涙は拭(ぬぐ)われるべきだ!
しかも未(いま)だ この詩集に現れたものの何倍、何千倍の声が
心の奥に秘(ひ)められているならば!・・・・・・

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(メール転載終わり)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

四正勤

これから起ころうとする悪は、起こらない先に防ぐ。
「悪を予防するFluワクチン皮内接種」

すでに起こった悪は、断ち切る。
「悪を断ちきる断捨離NHK解体廃棄」

これから起ころうとする善は、起こるようにしむける。
「竹箒塵取和顔愛日本語masa-ho@sky.icn-tv.ne.jpフルオープンCCネット口コミ三宝帰依活動」

すでに起こった善は、いよいよ大きくなるように育てる。
「三宝帰依仏心仏法日本国憲法を地球憲法にしましょう」

拈華微笑 不二院顧心正顔居士ほうがくしょうげん拝


南無釈迦牟尼仏

南無阿弥陀佛



[32初期非表示理由]:担当:アラシコメントが多いので全部処理

25. 2016年6月08日 08:26:39 : o4qAQYe0h6 : iNW6gVWNFCQ[-15]
>>13

皆さんも私豊岳正彦にならって、

実名で首相官邸やホワイトハウスへどんどんご意見メールして、

メールした内容をそのまま世界中のネットに実名でどんどん広く大公開しましょう。

こうすれば先祖代々仏心慈悲布施菩薩仏教徒日本人の皆さん一人一人のメールが、

現実の地球世界を簡単に変えてゆくことができるのです。

日本総務省不正選挙も日本奇形司法もフリーメーソン悪魔死の商人ニセ日本人カルト政府も、

日本国憲法主権者すなわち日本国君主でありすべての公僕公務員の雇用主である仏心慈悲布施菩薩大和魂勤労納税日本人が、

ひとりひとり銘々仏法すなわち日本国憲法にしたがって粛々と地上に正義を行うのを、

どうすることもできないのです。

仏教徒の師釈尊は人天の師でありますから。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

四正勤____仏教聖典(仏教伝道協会出版)

これから起ころうとする悪は、起こらない先に防ぐ。
「悪を予防するFluワクチン皮内接種」

すでに起こった悪は、断ち切る。
「悪を断ちきる断捨離NHK解体廃棄」

これから起ころうとする善は、起こるようにしむける。
「竹箒塵取和顔愛日本語masa-ho@sky.icn-tv.ne.jpフルオープンCCネット口コミ三宝帰依活動」

すでに起こった善は、いよいよ大きくなるように育てる。
「三宝帰依仏心仏法日本国憲法を地球憲法にしましょう」

拈華微笑 不二院顧心正顔居士ほうがくしょうげん拝


南無釈迦牟尼仏

南無阿弥陀佛

[32初期非表示理由]:担当:アラシコメントが多いので全部処理

26. 2016年6月08日 08:50:37 : o4qAQYe0h6 : iNW6gVWNFCQ[-14]
>>25訂正

日本総務省不正選挙も日本奇形司法もフリーメーソン悪魔死の商人ニセ日本人カルト「NHK」政府も、

>>25

アンカー訂正

>>13>>23>>24

[32初期非表示理由]:担当:アラシコメントが多いので全部処理

27. 2016年6月08日 13:14:49 : 5IuSlC3a1Y : jg0J0YlU_Z0[38]
東京地検は自民党の犬である


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