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リリー・フランキー、大林宣彦が語る『野火』と戦争映画…「『永遠の0』みたいな戦争賛美の映画をつくることは犯罪」(リテラ)
http://www.asyura2.com/16/senkyo211/msg/131.html
投稿者 赤かぶ 日時 2016 年 8 月 11 日 18:50:05: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
 

                『野火』公式サイトより
 

リリー・フランキー、大林宣彦が語る『野火』と戦争映画…「『永遠の0』みたいな戦争賛美の映画をつくることは犯罪」
http://lite-ra.com/2016/08/post-2488.html
2016.08.11. リリー・フランキーが語る戦争と映画  リテラ


 終戦記念日が近づいてくると、毎年のように太平洋戦争を題材にしたドラマや映画がつくられる。1年に1度でも、戦争について考えることの意味は大きい。

 しかし、近年、戦争を題材にしたドラマや映画の潮流は様変わりしている。良いほうにではない。悪いほうに、だ。『あんにょんキムチ』や『童貞。をプロデュース』などのドキュメンタリー映画で数多くの映画賞を受賞している松江哲明監督は、今年1月に出版された芸術批評誌「REAR no.36」(リア制作室)でこのように指摘している。

「最近出てきた体験者じゃない人がつくる、あまりにも現代的な視点が強すぎる戦争映画にすごく違和感を持っていたんですよね。『永遠の0』(2013年、山崎貴監督)とか。SFレベルの、ものすごく都合のいい解釈の映画だなって。孫が調べていって、価値観が変わっていくというのを一つのドラマにしているんですけど、分かんないことを排除しようとするんですよね」
「『永遠の0』を見て、分かりやすくしているが故にすごくなにかを隠している都合のいい映画で、SF的、架空戦記ものみたいだなって」

『永遠の0』のような「架空戦記」は、戦争に向かう兵をとにかくヒーローのように描き、その死はドラマチックに描かれる。それは戦争の悲惨さを描いているようでいて、実はその真逆。観客はむしろ、国のため、家族のために死に行く若者を英雄として、憧れの対象として捉えてしまう。

 だが、実際の戦争における死は、そんなにドラマのあるものではない。砲弾などにより人間は一瞬のうちにただの「肉塊」になってしまうし、深刻な食料不足から「食人」も行う。むごたらしいものだ。

 現に、過去の映画はそのような戦争の実相をきちんと描いていた。たとえば、陸軍に召集され戦友たちが死んでいく姿を目にしている岡本喜八監督は、1971年公開の映画『激動の昭和史 沖縄決戦』で、140分近くの上映時間のうち半分以上を物語上の余韻も何もなく、ただただ兵士や沖縄市民が死んでいく姿を描写することに費やした。セリフらしいセリフを与えられる者もほとんどおらず、死に方はそれぞれだが、人々はただ死んでいくだけで、そこにヒロイズムのようなものはかけらもない。

 本当の戦争とはこのようなものなのだろう。当たり前のことだが、事切れる寸前に愛する者へ向けた長ゼリフなど喋る余裕はないだろうし、激しい戦場のなかにあってキレイな身体で死ぬことのできる兵士もいない。

 しかし、近年の戦争映画や戦争ドラマは『永遠の0』に代表されるように、一見戦争の悲惨さを描いているように見えて、実際は戦死者をヒーローとして描き戦争を賛美するようなものばかりが増えている。たとえばNHKでは今年、石原さとみ主演で『戦艦武蔵』というドラマが放映されるが、これも告知されたあらすじを見る限り、まさに軍艦版『永遠の0』というべき代物だ。

 そんな状況下、昨年公開された塚本晋也監督による『野火』は明らかに異質の作品だった。激しい砲撃により人はバラバラになり単なる「肉の塊」に変わるし、空腹をしのぐため人肉食への欲求をもったり、恐怖に勝てず無防備な現地の人を銃殺してしまったりと、日本軍の兵士を英雄とは真逆の描き方で描いているからだ。

『野火』は、大岡昇平が自身の戦争体験をもとに、太平洋戦争末期のフィリピン戦線で敵に追われながら彷徨う日本兵を描いた小説。1959年に市川崑監督により映画化されているが、昨年の塚本監督版は二回目の映画化となり、偶然にも市川崑版と同じく、「キネマ旬報」(キネマ旬報社)年間ベストテンの日本映画部門で2位を獲得している。

 この映画がつくられるまでの過程を追ったドキュメント本『塚本晋也『野火』全記録』(洋泉社)が最近出版されたのだが、『転校生』や『時をかける少女』の大林宣彦監督も、塚本晋也との対談のなかで、『野火』が安易なヒロイズムに流れがちな最近の戦争映画の流れに抗っていることを評価している。ちなみに、1938年生まれの大林監督は戦争世代最後の子どもで、自身も『野のなななのか』など、戦争をテーマにした作品を撮っている。

「塚本君は「キネマ旬報」のインタビューで、「戦争映画でカタルシスを与えるようなことは絶対やっちゃいけない」とも言ってましたね。僕ね、あれに共鳴したの。“カタルシス”って実は恐ろしい。どんな悲しい悲惨な映画をみても「悲しい」って泣くと、観客はホッとするんだよね。だから戦争映画を悲しく描くのは恐ろしいことでね。どんな反戦映画を作っても「お母さん、お国のために行ってきます」という兵士に対して、観客が「お兄ちゃんかっこいい!」とカタルシスを持ってしまったら、今度戦争が来た時に「僕もあんな風に戦争でカッコよく死のう」と思ってしまうんです。ウチの恭子さん(引用者注:大林監督の妻で映画プロデューサーの大林恭子氏のこと)のお兄さんは海軍で亡くなったのだけど、この方たちは「二度と未来の若者たちには、自分たちのように戦争で殺される体験はして欲しくない」と願いながら死んで行ったのです。その戦争を描いて、また同じことが繰り返されたら、これ、犯罪ですからね。確かに戦争自体を見るのは辛いわな。だから、辛くない戦争映画を作っちゃ犯罪なんだよ」

「『永遠の0』(13年)もカタルシスが過剰。あの映画を観て泣いていたら、あなた方の子供が皆戦争に行っちゃうよ。映画って怖いくらい影響力が強いんです」

 大林氏が触れている通り、塚本監督は徹底して兵士からヒロイズムを排除し、観客も一切のカタルシスが得られないよう描いている。そのために戦場でのシーンは、実際にフィリピン戦線に行った人からの取材や資料により徹底的にリアリズムを追求した。前掲『塚本晋也『野火』全記録』で監督はこのように語っている。

「戦争へ行ってしまうと、そこで行われるのはやりすぎの世界ですので、ここまで描かないと(表現が)足りなくなってしまいます。戦争はそこへ行けば人間の体が尊厳もなく急に物に変わってしまいますので、映画の中でもきっちりと、やりすぎな表現にしました」

「よく戦争映画で人が死ぬ時に、口の周りにちょっと血を付けたぐらいで死にますけど、実際の戦場はそんな感じじゃない。本当に体が吹き飛ぶんです。映画の中で、戦うのがもう嫌なので手榴弾で自殺する人も出ているのですが、写真を見せてもらったら体の壊れ方が物凄くて。「こういう壊れ方をするんならやめといたほうが良かった」と後悔するような。そういう、人がモノになる怖さを出そうと思いました」

 こういったバイオレンス描写のほかにも、人が人を食べてもいいのかという葛藤(銃撃で剥がれた自分の肩の肉は躊躇なく食べる)、戦死した兵士にウジやハエがたかる様子など、この映画で日本軍の兵士は徹頭徹尾ヒーローではなく、人間の尊厳を奪われ消耗品のように扱われるという戦場の実態が描かれる。

 出演者のひとりであるリリー・フランキーは本書のなかでこのように語っている。

「これを試写会で観た人が「グロい」というのだけど、どこがグロいのか全然分からないんですよ。今、映画は血が出ちゃダメとか何がダメとか、結局事実じゃない部分しか撮れなくなってきている」
「戦後70年で何かをするといっても、規制の中でしか表現できない人とか、今起きていることをぼんやりとしか認識できない人とか、忘れたいという人もいる中で、この映画が完成したのは痛快だなって」

 現在の社会状況のなかで映画が完成したこと自体が痛快とリリーが語るように、この映画の製作には困難が伴った。塚本監督はこの映画を20年近く前から構想していたのだが、せっかくなら誰もが知るスター俳優を主演に据え、インディペンデント映画と地続きにあるいつもの塚本作品とは違う、もっとメジャーな作品にしようとしているうちに、内容では概ね賛成してもらえても(実際、自主映画なら何とかなる1億円ぐらいなら集められていた)、予算の都合で頓挫し続けてきたという。

 しかし、2011年あたりから『野火』の企画を出した瞬間のプロデューサーの顔の曇り方が、どうやら金の問題だけではなくなり始めたことに気がついたと語る。

「プロデューサーに別の企画を出したついでに「ところで『野火』なんてのは……」とダメもとで言ってみたりすると、金額云々ではなく「ないです」とハッキリ言われるようになりました。10年前や15年前にはお金の問題だけがあって、内容については誰も文句は言わなかった。でも、いまは「日本兵がボロボロになる映画」というだけで、不思議と避けられたり、タブーに触れるような雰囲気がある。「これはヤバいんじゃないか……?」という世の中に対する危惧がさらに募りました」

 こういった映画界の変化をもたらした世の中の変化を塚本監督はこう語る。

「そのとき戦争を描こうと思ったのは、どうもその頃になると「時局によっては、戦争もやむなし」みたいな発言が公の場でぽつぽつ出てきたからなんですね。人間の本能として「戦争がしたい」と思う人たちがいても、そのころまでは戦争を体の痛みとしてハッキリ知ってらっしゃる戦争体験者の方たちが抑止力となっていた。ところが、その方たちがだんだんと亡くなり始めて、それを見計らって「いまなら言えるんじゃない?」みたいな雰囲気が漂い始めた」

 本稿冒頭で松江監督や大林監督が指摘している、映画における「戦争の美化」は、こういった風潮に呼応して起こった現象なのは間違いない。

 結果として『野火』は、リリー・フランキーや中村達也といった印象的な俳優で脇を固めながらも、塚本監督自身が主演を務めるかたちで製作された。当初の予定とは変わってしまったことに塚本監督は悔しい思いをしたそうだが、それでも映画の製作を急ぐことに決めた。それは、いま、『野火』のような映画をつくることが不謹慎であるかのような世の中に一石を投じなければ取り返しのつかないことになると思ったからだった。

 戦争を怖いものだと認識することすらできない状況に対し、フィクションが人々に戦争の恐怖を疑似体験させることの意味を塚本監督はこう語る。

「自分も最近、創作はドキュメンタリーよりリアルに感じることもあるんだなと実感しています。戦争体験者がだんだんいなくなって、それを今後はどう伝えていくのか? という課題でもあるのですが、体験者の話を聞くと昔話のように感じてしまうこともありますよね。でも映画でこうして生々しく表現すると、まさにこういう感じだったのかな?と思うところがあります」

「悪いトラウマは戦争へ行って感じてしまうもので、良いトラウマはこういう表現で味わうこと。僕でいうと「はだしのゲン」や、それこそ小説の「野火」が良いトラウマになってます。そのおかげで、いろいろ戦争のことを考えたり、こういう映画を作ることができました。やはり、良いトラウマを受けることが大事だと思います」

 周知の通り、「戦争のできる国」づくりに邁進する政権のもと、メディアは萎縮。戦争は恐ろしく二度と繰り返してはいけないものだと大っぴらに主張することすら、だいぶ「攻めた」表現と受け止められる世の中となりつつある。塚本監督のようにタブーを怖れない表現者がひとりでも多くあらわれることを切に願う。

(新田 樹)

 

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コメント
 
1. 2016年8月11日 20:00:56 : Amf6eDLoGf : kRvtIvUIQq4[2]
戦争映画は仲代達矢主演の『人間の條件』が、最もおすすめです
日本人なら死ぬまでに必ずこの映画を観るべきです シナ人ロシヤ人朝鮮人の方にもおすすめします

2. 2016年8月11日 20:27:25 : 2VxazcwEtj : LkYd3S4cYsA[58]
よくテレビなんかでは「戦争を語り継ぐ」と言う表現を
使うんだが「語り」ではダメなんだ。

戦争が如何に残酷なものであるかは映像なり画像で直接見なければ
なかなか実感として理解しにくい。
それを残酷だからとして見せないようにしていると
戦争物語がヒーローやカタルシスの温床になってしまう。

「戦争反対」がお題目と変わらなくなってしまったのは
残酷だという言い訳の基に残酷な戦争時の映像画像を見れなくしてしまった
ことではないかな。
実際の戦争はもっと残酷なのだが。


3. 2016年8月11日 23:02:53 : xQoZn42Pr2 : 2ydlNWODHRI[820]
戦争映画ってどれもこれも賛美しているやつばっかりだよな
ガチ悲惨さを伝えている映画なんてあるの?

4. 2016年8月11日 23:20:43 : n0IVto845F : 1ycz0hDbxuE[9]
03は若いんだなー。ハリウッドの戦争映画ばっかり見てんなよ。

昔は悲惨な戦争映画ばかりだったぜ。日本の昔の戦争映画見てみな。悲惨な戦争映画が大半だ。

正直、子供心にもうお腹いっぱい勘弁してくださいって思うくらい悲惨な映画が多かったが、今は逆にないんだな。

今思うと、あの戦争体験者が作った作品が、今の俺に反戦主義の思想を植えたんだなと思うね。でも戦争体験者、安保闘争の団塊世代が居なくなると馬鹿ハリウッドに洗脳された脳タリンの若者がハイル安倍!!とか言って戦争するんだろうなー。やだやだ。


5. 2016年8月12日 00:17:20 : k4Re5QEaDU : J8faIGOkb3E[43]
>>4

>昔は悲惨な戦争映画ばかりだったぜ。日本の昔の戦争映画見てみな。悲惨な戦争映画が大半だ。

ああ、そうですね。私もまだ小さかった頃にテレビで白黒の日本の戦争映画を見た記憶があります。実際に戦地へ行った人たちが戻ってきて作った映画ではなかったかと思います。断片的にしか覚えていないのですが、とてもリアルでしたよ。特に覚えているのは軍隊でのいじめの場面。古参兵に何度も殴られたり、柱に抱きついて延々とセミの鳴き真似をさせられたり、泥臭くて惨めな新兵たちの日々を描いてました。勝新太郎が出ていたので主演だったのではと思います。同じ映画かどうかわからないが、外地で幼い弟たちを連れて逃げてきた女学生に「兵隊さん、連れて行ってください」と頼まれて、こちらも部隊からはぐれてしまった数人の兵士たちが同行する場面もありました。女学生は中村玉緒。清楚で美しかった。どこかの河原のような場所で、弟たちの手を引いて少し離れて歩く彼女に聞こえないように話す兵士たちの会話は、彼女が「すでにヤラれているかどうか?もし、そうなら、自分たちがヤッてしまってもいいのではないか?減るもんじゃなし」というようなものでした。その時はよく意味がわからなかったが、なにやらとても卑猥な感じがして頭に残ってしまい、後になってその意味がわかって愕然としました。

勝新太郎と中村玉緒夫妻がまだご夫婦になる前の作品だったのではと思うが、あのお二人もそんな映画に出ていました。ああした映画をどこかで配信するとかしてくれるといいのですが。


6. 2016年8月12日 01:31:04 : Amf6eDLoGf : kRvtIvUIQq4[5]
清楚な中村玉緒がケダモノたちの毒牙にかかる悲惨な映画は『人間の條件』です
敗戦という悲劇に直面してもモラルを失わない仲代演ずる梶の正義感は空回りします
勝新主演の軍隊物は「兵隊ヤクザ」です B級大衆娯楽映画で「トラック野郎」みたいなものです

みなさんはどうしても『人間の條件』を観るべきです
これを観ずに、日本の戦争映画を語ることなどできません


7. 2016年8月12日 15:15:38 : xQoZn42Pr2 : 2ydlNWODHRI[827]
※3です
※4・5さん情報ありがとうございました

8. 2016年8月12日 17:25:32 : w3M1BHSquE : 5KToaZSVnLw[768]
>>3
映画では無いものの 水木しげるの 「総員玉砕せよ」 は、映画化されても良いくらいの物語です
実際に召集されて従軍し、ついには片腕を失った水木氏の 本当に自分の目で見てきた戦争がそこにあります

とは言うものの、映画はですね 派手な戦争アクションが無ければ どうしても観客を集める事ができない訳で
なんとなく見てしまうTVドラマとは違い わざわざ金を払って見に来るのですから
戦争の悲惨さだけを前面に取り上げる訳にはいかないんです

「永遠のゼロ」 だって、原作では そうとうに旧日本軍への批判と 戦争の悲惨さが盛り込まれており
実際に読んだ人間としては どうしても戦争賛美とは思えませんけど
映画になると途端に 派手な戦争アクションが最前面に押し出されるので 印象が違ってきます

スターウォーズや 宇宙戦艦ヤマト みたいなもんでないと なかなか客を呼べんのですよ
ただ悲惨な映画に 高い金はらって 見に行く人は 滅多におらんのです。


9. 2016年8月12日 17:33:02 : FQcYphdnoA : IaQ6rQPoTOU[110]
ソビエト版 戦争と平和の様に 高校生1年程度で

この野火を映画鑑賞させるようにしたほうが良い


10. 2016年8月12日 19:44:40 : 2FbCg9vijk : ylRMDBXhDG8[375]
「悲惨さ」で 終わり悲劇を 繰り返し

11. 2016年8月12日 20:33:03 : G8xzhyLspx : R7M0_qBYQr4[4]
いままで御身大事で黙っていた芸術家、サブカル家、俳優、歌手、など次々と声を上げ始めたな


12. 中部地区[65] koaVlJJui@Y 2016年8月12日 20:40:20 : oinvA7XnMM : d2BEVgA1US8[1]
「ゆきゆきて神軍」とかも見たほうがいい。
戦争が終わっても戦争経験者は戦時中の狂気のままだ。

随分なおじいさんになった小野田寛郎のインタビューで戦争で人を殺す事をどう考えるか聞かれた小野田は「昔から、男が男を殺すのはお互い様」と答えていた。
何十年経過しても狂気が抜けない人もいる。


13. 2016年8月13日 00:53:14 : PIxlKjEzS2 : 3E1cQmeM@NU[2]
ところがどっこい戦時中の初期位までは明るい戦争映画が多かったよ

本当に笑ってしまうくらい。
皆ニコニコして、さも余裕で勝利してくる幸せいっぱいな夢ったのような内容だった。

戦時中後期〜戦後にかけて一転して暗く、リアルになっていった…。


14. 2016年8月13日 04:50:10 : aXQ14LsGlU : xAdfnvn6XcI[154]

  「『永遠の0』を見て、分かりやすくしているが故に
   すごくなにかを隠している都合のいい映画で、SF的、
   架空戦記ものみたいだなって」

   ↑ 戦争美化〜歴史無視。


15. 2016年8月13日 11:08:33 : ztQPQj7kJE : obbzCrFObMo[150]
昔、テレビ版でも「人間の条件」をやっていた。
その頃子供だった私は、両親に付き合わされる形でイヤイヤ観ていた記憶がある。
しかし、戦争の残酷さ、愚かさがリアルに描かれている戦争ドラマだった「人間の条件」は、子供心に戦争に対する恐怖心と戦争は絶対反対の精神を根ずかせるに十分な影響を与えたドラマだった事は確かだ。
このドラマは今も私の心の片隅に残っている。
加藤剛と言う俳優が主人公を演じていたが、実に適役だった。

16. 2016年8月13日 13:04:17 : riwgxq1iJ6 : Bd5Q3wVbe7A[492]
まったくその通りで永遠のゼロなんて映画は駄作でありフィクションである。こういうバカたちが宣伝のために創る映画はただの漫画であり、リアリティーなど描くものではないらしい。今の自衛官募集のTVCMなんてのは反吐が出るほど幼稚である。四畳半ドラマに国を守る人を英雄視しているが、今の自衛隊のしごき事件に象徴されるような殺人まがいの訓練でノイローゼになって人生を閉じてしまっている現実はご法度なのである。ようは若者よ、自衛官がいないから安倍の指導する戦場で死んでいく駒になってくれ、と言っているのである。こういう現実を蓋してかっこいいでしょ、というTVCMにぞっとする恐怖を覚える。自衛隊の有識者が戦場派遣をボイコットする訴訟はいったいどうなったのか?? 若者を映像で騙すような自衛官募集BCMは即刻打ち切るべきである。自衛隊の現実は恐ろしさで詰まっている。

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