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子供の貧困率が12年ぶりに改善、その理由は エマ・ワトソン「弱者男性キモくて金のないおっさん」解決策は 文京区貧困当事者
http://www.asyura2.com/17/hasan122/msg/789.html
投稿者 酢 日時 2017 年 7 月 31 日 11:53:23: JVuupfBNpkXsE kHw
 

記事
• THE PAGE
• 2017年07月06日 11:11
子供の貧困率が12年ぶりに改善、その理由は

 経済的に厳しい状況で暮らす子供の割合が少しだけ改善しました。平均的な所得の半分を下回る世帯で暮らす子供の割合を示す「子供の貧困率」が12年ぶりに低下しました。ただ、先進各国と比較すると日本の水準はかなり低く、さらなる改善が必要な状況に変わりはありません。

厚生労働省が6月に公表した「国民生活基礎調査」

https://wordleaf.c.yimg.jp/wordleaf/thepage/images/20170705-00000009-wordleaf/20170705-00000009-wordleaf-0cb2314d6d8cd65260a281320346b2832.jpg

 厚生労働省が6月に公表した「国民生活基礎調査」によると、2015年における子供の貧困率は13.9%と前回(2012年)よりも2.4ポイント改善しました。子供の貧困率が改善するのは12年ぶりのことです。子供の貧困率は、平均的な所得の半分を下回る世帯で暮らす17歳以下の子供の割合を示したもので、一般的な相対的貧困率を子供に適用したものです。

 相対的貧困率については一部から現状を的確に表わしていないといった批判がありますが、総合的に見て、貧困の状況をもっとも適切に評価できる指標であり、その有効性はほぼ確立しているといって差し支えありません。

 子供の貧困率が上昇する最大の原因は、シングルマザーの雇用環境と考えられますが、今回の調査では子供がいる現役世帯のうち、大人一人の世帯における貧困率が54.6%から50.8%に大きく改善しました。大人一人の世帯の多くはシングルマザーと考えられますから、結果的に子供の貧困状況も改善したわけです。

 しかし諸外国との比較という点ではまだまだ不十分です。欧州各国の子供の貧困率はほとんどが10%以下となっており、日本とはかなり開きがあります。先進主要国の中で、日本よりも貧困率が高いのは、苛烈な弱肉強食社会である米国などごく一部に過ぎないというのが現実です。

 また日本の場合、シングルマザー世帯の中で、仕事がある人とない人の間で貧困率が大きく変わらないという不思議な現象が見られます。最低賃金の制度があるにもかかわらず、仕事を持っている人と持っていない人で貧困率が変わらないということは、労働法制に違反した賃金が横行している可能性が推察されます。

 今回、シングルマザー世帯の貧困率が改善したのも、働き方改革などによって、違法な労働がクローズアップされたことで雇用主が賃金を支払ったことが大きく影響しているかもしれません。貧困層に向けた支援を拡充するのはもちろんのことですが、払うべき賃金をしっかりと支払うだけで、こうした貧困はかなりの部分が改善できる可能性もあるわけです。
(The Capital Tribune Japan)
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• 三浦義隆
• 2017年07月29日 11:47
エマ・ワトソン演説と「弱者男性」問題について
「弱者男性」「キモくて金のないおっさん」問題に解決策はあるか

1. エマ・ワトソン論争の概観
3年前に女優のエマ・ワトソン氏が国連でしたフェミニズムに関するスピーチの話題が、なぜか今さらネット上で再燃しているようだ。
logmi.jp
ワトソン氏はこのスピーチの中でいろいろなことを話しているが、今話題になっているのは、
男性もジェンダー・ステレオタイプから自由になってよい(あるいは、なるべきだ)」
と主張している部分。
ワトソン氏は、
「弱いと思われるのが嫌だから」と言って、男性は心が弱っているのに助けを求めようとしません。その結果、イギリスの20歳から49歳の男性は、交通事故、ガン、心臓疾患よりも自殺によって命を落とす方が圧倒的に多いのです。「男性とはこうあるべきである」「仕事で成功しなければ男じゃない」という社会の考え方が浸透している為に、自信を無くしている男性がとても多くいるのです。つまり、男性も女性と同じようにジェンダー・ステレオタイプによって苦しんでいるのです。男性がジェンダー・ステレオタイプに囚われていることについては、あまり話されることがありません。しかし、男性は確実に「男性とはこうであるべきだ」というステレオタイプに囚われています。彼らがそこから自由になれば、自然と女性も性のステレオタイプから自由になることが出来るのです。男性が「男とは攻撃的・アグレッシブであるべきだ」という考え方から自由になれば、女性は比例して男性に従う必要性を感じなくなるでしょう。男性が、「男とはリードし、物事をコントロールするべきだ」という考え方から自由になれば、女性は比例して誰かにリードしてもらう、物事をコントロールしてもらう必要性を感じなくなるでしょう。
とか、
男性も女性も繊細であって良いのです。男性も女性も強くあって良いのです。
とか述べている。
この主張に対して、
しかしエマ・ワトソンの歴代交際相手は男らしい成功者ばかりではないか。女がそういう男を選ぶ以上、男がジェンダー・ステレオタイプから自由になれるはずがないではないか。ワトソンは矛盾している。
などと批判するネット民が大勢現れた。
これに対しての反論も多数出て、論争状態となっている。
私の専門とは無関係の話題ではあるが、この論争について少々考えてみた。
2. エマ・ワトソンの主張は矛盾はしていないが救済にはなりにくい
ワトソン氏の主張について「矛盾」という強い言葉を使って批判する意見が多く見られるが、同氏の主張に論理矛盾は見当たらない。
ワトソン氏の立場からは、そもそも、「(ワトソン氏のような若く美しい)女性に選ばれなければ救われない」という批判者のよって立つ前提そのものが、ジェンダー・ステレオタイプの一つだということになるはずだからだ。
ワトソン氏の主張は、男がナヨナヨしていて弱くても、女をリードし物事をコントロールすることができなくても、モテなくても、そのことによって人としての価値を否定されるべきではないということであろう。この主張は、弱い男が弱いままで女にモテることがないとしても、なんの支障もなく成立する。
だから論理的には、「エマ・ワトソンは矛盾している」との批判はあたらないだろう。論理的には。
しかし、実際上このような主張が、いわゆる「弱者男性」を本当に救うかというと、その点は疑問だ。
ワトソン氏の主張を「男はモテるほど価値がある」というジェンダー・ステレオタイプに適用すると、同氏の主張は
モテなくても気にするな。気にしないようにすれば、解放されて楽になる
となる。
たしかにそうできれば楽になるかもしれないが、「うるさい。そんなことができれば苦労はしないよ」
と思う人が多いのではないだろうか。
貧しい人に「貧しくてもよいではないか」と説く「清貧の思想」というのがあるが、これは貧困や社会的格差を正当化する主張だとして強く批判されることが多い。
ワトソン氏の主張も、モテたいのにモテない男から見たら、金持ちから清貧の思想を説かれているように映るだろう。
ワトソン氏の主張に反発する男性が少なからずいたのは、少なくとも心情的には理解できる。
「弱者男性」「キモくて金のないおっさん」問題に解決策はあるか »
3. 「弱者男性」「キモくて金のないおっさん」問題に解決策はあるか
今回の論争に限らず、いわゆる「弱者男性」問題とか「キモくて金のないおっさん」問題というのは、ネット上では常に高い関心を集める話題だ。
「キモくて金のないおっさん」こそが現代日本における最たる弱者であり、是非とも救済されるべきだ
といった意見を述べる人がよく見られる。
しかし、具体的にどのように救済すべきかについて現実的な方策を示す主張には、私の観察範囲では接したことがない。
解決策のない問題というのは、そもそも問題でないか、あるいは少なくとも問題として考える意義に乏しいことになろう。その点、「弱者男性」「キモくて金のないおっさん」問題はどうか。
まず、「キモくて金のないおっさん」のうち「金のない」問題は、通常の経済政策や再配分政策の問題にすぎないことが明らかだから、固有の問題として論じる必要はないだろう。
したがって、主な問題は「キモい」問題の方であろう。
ここで「キモい」とは、「容姿やコミュニケーション能力に劣るため、異性から承認を得にくい男性」くらいに捉えておけば概ね間違いないだろう。換言すれば非モテ男性のことだ。
先に取り上げた「モテなくても気にしない」という解決策以外に、これを解決する方法はあるのだろうか。
もっとも直接的で効果的な解決策としては、
お金と同じように、国家が強制的に女性を「再配分」してしまう
というものが考えられる。しかしお金と違って女性には人格があり人権があるから、このような解決策はとうてい支持し得ない。
キモくて金のないおっさんの救済を強く主張する論者でも、「女性を再配分しろ」とまで主張する人は見たことがない。論者も「女性を再配分してしまうわけにいかない」ということは前提にしているからだろう。
しかし、「女性を再配分する」という解決策を否定してしまうと、この問題に果たして独自の意義があるのか疑わしく思えてくる。
なぜならば、女性再配分以外にとりうる解決策は、結局経済政策やお金の再配分に帰着するので、社会的経済的問題一般から「キモくて金のないおっさん」問題を区別して論じる実益が乏しいように思われるからだ。
近年、生涯未婚率は男女とも目に見えて上昇しており、中でも男性の生涯未婚率の上昇は顕著だ。*1
異性との交際経験を持たない人の割合も男女ともに上昇しており、特に20代男性では53.3%が「交際経験なし」だとのちょっと衝撃的な調査結果もあった。*2この調査では、特に男性において、年収が高いほど恋愛・結婚に前向きであるという傾向が見られることも指摘されている。
このように生涯未婚とか交際経験なしという人が増えてきた背景には、「恋人がいない人や独身者は人格的に未熟」といった世間の偏見が薄れてきたということもあるだろう。
だから生涯未婚や交際経験なしの増加は、全面的に悪いことというわけではない。それこそワトソン氏の主張に沿う「モテなくても気にしなくてよい社会」が、昔に比べたらある程度実現しているともいえる。
しかし、よい面はあくまで一部であって、「恋人がほしいのにできない」「結婚したいのにできない」人が増えているという負の側面の方がおそらく大きいだろう。
そして、その負の側面は、バブル崩壊以降の若者の経済力のなさが原因となっている可能性が高い。結婚生活には一定の経済的基盤が必要と考えられているし、特に男性においては、低収入がモテの上でも結婚の上でも重大な不利になるからだ。
この負の側面を解決するために、異性再配分のような直接的な解決策ではないが、経済的格差を縮小し貧困を減らすような施策は、生涯未婚者や交際経験を持たない人を減らす方向に働くだろう。
そのような施策は、どんどん行うべきだと思う。
そして、「弱者男性」「キモくて金のない男性」問題は、結局そういう普通の経済政策や再配分政策により解決を図る他ないのではないか。
換言すれば、これを固有の問題として論じてみても、固有の現実的な解決策はどうもなさそうだから、時間の無駄ではないかと思う。
と言いながら、私も時間を費して本稿を書いてしまったわけだが。
*1 第1−特−20図 生涯未婚率の推移(男女別) | 内閣府男女共同参画局
*2 20代男性の53.3%が「交際経験なし」 恋愛・結婚意識に「年収」は影響大 - ITmedia ビジネスオンライン
http://blogos.com/article/237397/?p=2

 

• 田中俊英
• 2017年07月27日 09:43
文京区の貧困当事者は、語ることができるか
■文京区
「子ども宅食」が話題を呼んでいる(食料を直接手渡す「こども宅食」は、「7人に1人が貧困」の子どもたちを救うのか)。貧困支援としては画期的な取り組みで、僕も大賛成だ。
文京区区長・成澤廣修氏とNPO法人フローレンス代表の駒崎弘樹氏の対談を読んでいてもその意気込みが伝わってくる(見えない貧困に苦しむ1000人の子どもを救え!文京区長が「こども宅食」でNPOとの協働を決断した理由)。
この取り組みが成功することを祈る。
一方で、大阪市南部の貧困エリア(西成区ほか)でここ5年ほど仕事をしてきた(高校居場所カフェに学校ソーシャルワーカーもいたりする「学校イノベーション」)僕としては、貧困支援の対象エリアがやはり気になる。
僕は大阪在住なのでいまひとつわからないが、「文京区」といえば、どちらかというと東京23区の中でも裕福なほうだろう。
たとえばこの記事によると、文京区は23区中下から4番目の生活保護が少ない裕福な区なのだそうだ(東京で生活保護が多い区は?)。
ということは、そこでの貧困対策が全国のモデルになりうるか、という問いが浮かび上がる。相対的に裕福なエリアにおいて行なった貧困支援が、東京23区であれば足立区や台東区、大阪市であれば西成区など、日本の大都市における有数の貧困エリアに、その貧困支援モデルが応用できるか、としいう素朴な問いが成り立つ。

■半数が中学受験をするエリア
僕はこの素朴な問いを、足立区や台東区や、僕が日々仕事をしている大阪市西成区の生活支援課(生活保護担当セクション)の担当者たち、あるいはそれらの区でがんばるNPOや社協の人たちに聞いてみたい。
文京区区長は上対談で、このように語る。
【貧困の苦しみは「他人との比較」から生まれます。例えば、文京区だと小学生の半数以上が中学受験をします。小学4年生ぐらいになると「塾に行っている」のが普通なんですよね。塾に行けないことで「なんで自分だけが」という苦しみが芽生えるのです】
小学生の半数以上が中学受験をする。このようなエリアで「貧困支援」に乗り出す感覚が僕にはわからない。僕が通う大阪市南部の「しんどい」(大阪弁~「生きづらい」をやんわり表現)エリアの小学校では、ありえない事態だろう。
半数が中学受験をするエリアでは、貧困層はまずは少数者となる。
そうしたエリアにおいて、たとえば「生活保護」はレアだろうし、シングルマザーもステップファミリーも、児童虐待も児童相談所も一時保護も、DVもPTSDも、すべて珍しい事象だろう。
また、10代出産で生まれた子どもの親権を、別れた夫婦のどちかかがゲットするか、またその10代夫婦は実は親権に主体的ではなく(その背景に軽度の知的障害があったりする)、親権がほしいのは祖父母であり、その欲望がまわりの福祉担当者からすると祖父母の老後介護への欲求(つまり孫に自分を介護してほしい)が背景にあると疑われる、といった事態も、文京区では珍しい事態だろう。
挙げ始めたらきりがないが、これらは、大阪市西成区などでは日常的な事態だし、足立区でも台東区でも同じだと思う。
■「自分もそうだが、友人たちもそう」
ポイントは、こうした貧困に伴う諸問題が、日常的だということだ。それはレアではなく、あちこちにある。
学校であれば、「自分もそうだが、友人たちもそう」な状態にある。
この、一体感、同一感、当たり前感が、貧困問題では重要だと僕は思っている。
中学受験が半数ではなく、相対的貧困が半数、シングルマザーや10代出産と離婚は日常的、DVや児童虐待と児童相談所出動等も日常茶飯事、つまり、貧困とは単に貧乏なだけではなく、こうしたたいへんな状況が当たり前のようにまわりに繰り広げられる事態だ。
そしてそこには、「涙」もあるが諧謔的な「笑い」もあったりする。
つまり、そうした「泪橋」(『あしたのジョー』ですね)的状況がそのへんにゴロゴロ転がっているのが、貧困エリアの日常だということだ。そこでは決して「中学受験が半数」を占めない。
ポイントは、文京区的な「貧困がレア」なエリアにおける事業展開が、区長やNPO代表が想定するように、貧困支援が全国展開していく時の「モデル」になるかどうか、だ。
■文京区的取り組みは他人事
素朴に「文京区をモデルに全国に拡大する」と行政やNPOが語り、それを素朴にメディアが拡散する。
その「素朴な」感覚が、貧困対策は貧困当事者の状況をあまり知らない中流出身者以上が構築しているという皮肉を炙り出している、と僕は思う。
上述したとおり、貧困層が多い貧困エリアでは、身も蓋もないたいへんな事態が日常化している。それらは決して少数派ではなく、珍しい現象でもない。悲惨だが当たり前であり、悲しくて憤るがそればかりではやっていられない、思わず笑い飛ばすしかない事態が日々展開されている。
その「笑い飛ばし」はシニカルでもあり、児童虐待の被害児童が案外シニカルな笑いを好むように(5才にして、皮肉なお笑いマニアのように)、暴力と笑いが日常化する。
そこでは、文京区的取り組みは当然他人事だ。それはおそらく、支援者にとってもそう。西成区やそこで日々奮闘する(あるいは手抜きする)支援者にとって、貧困問題の解決は程遠い。それを解決するには、尋常ではない労力を要する。
そして、そうした貧困が日常/多数派になったエリアにおける「貧困当事者」は、決して当事者として名乗り切れない。また、語れない。
■サバルタンは語れない
当事者は当事者であるほど自覚できない、というのはここでも同じだ。それは僕が以前、G.スピヴァクのテーマである「サバルタンは語ることができるか」を応用して書いたように(「当事者」は語れない〜どう「代弁」し、どう「代表」するのか、誰が高校生や若者を「代表」するんだろう?)、問題の当事者であればあるほどその問題の当事者であるという自覚をもてないという皮肉を生む。
これは「ひきこもり」問題でも同じだし、19世紀のインド植民地における最下層女性(サバルタン)でも同じだし、現代の日本の貧困層(特に子ども・女性)でも同じだ。
当事者は語ることができない。その苦しみを自覚できないが故に、当事者としいう自覚を持てないが故に。
文京区の貧困当事者も西成区の貧困当事者も語ることはできない。文京区は「レアケース」として、西成区では「多数派ではあるがあまりに込み入った問題の当事者」として、語ることができない。
だからこそ、文京区やNPOには「結果」を出してほしい。できれば、こうしたサバルタン問題(当事者は語れない)を意識しつつ。
だが、このようなサバルタン問題は、実は権力サイドがつくり出している。
19世紀インドであれば、イギリス人やそれにとり入るインド人権力者層がつくりだしている。
そうした権力サイドが、物言えぬサバルタンを創設する。19世紀インドにおけるサバルタンは名をもたず(花の名前等一般名詞に置き換えられている)、死の原因にしろ紋切り的な失恋自殺等に解釈され直す(反権力的サバルタン女性は抹消させられる)。
現代日本バージョンではどうか。行政やNPOが、貧困支援という「サバルタンの抹消」にならないことを祈ります。★
※Yahoo!ニュースからの転載
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コメント
 
1. 2017年7月31日 18:51:14 : ivq53eSP8E : JsrkeqVa9Kw[2]
母子家庭に生ぽを与える貴族階級には革命が必要だな。

by キモくて金のないおっさん


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