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太陽活動と人類の革命と戦争の歴史   indeep
http://www.asyura2.com/17/jisin22/msg/484.html
投稿者 taked4700 日時 2018 年 3 月 27 日 21:29:22: 9XFNe/BiX575U dGFrZWQ0NzAw
 

indeepさんの記事の紹介です。

ただし、最初に

>太陽活動が極端に低かった時期として、シュペーラー極小期( 1420年 - 1530年)とマウンダー極小期(1645年 - 1715年)

について、この時期に、日本ではかなりの数の地震が起こっていたことを述べておきたいと思います。

地震の年表_(日本)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E9%9C%87%E3%81%AE%E5%B9%B4%E8%A1%A8_(%E6%97%A5%E6%9C%AC)

より、マウンダー極小期(1645年 - 1715年)には

1648年6月13日(慶安元年4月22日)相模・江戸で地震 - M 7.0程度。小田原城破損、箱根で落石、死者1名。
1649年
7月30日(慶安2年6月21日) 慶安武蔵地震 - M 7.1あるいはM7.0±1⁄4、武蔵・下野で地震。死者多数。
9月1日(慶安2年7月25日) 武蔵で地震 - M 6.4程度。川崎宿で大きな被害。
1655年5月2日(明暦2年4月8日) 房総沖地震 - 千葉県で津波の記録あり。

のように、関東での地震が頻発した時期があります。更に、

1677年
4月13日(延宝5年3月12日) 延宝八戸沖地震 - 陸奥、陸中、八戸沖(青森県東方沖)で地震 - M 7 1⁄4〜8.0、津波あり、三陸沖北部の固有地震[89]。
11月4日(延宝5年10月9日) 延宝房総沖地震(延宝地震) - M 8.0前後(Mw 8.5)、死者500〜600人。福島県〜千葉県に津波(茨城県地方史上最大の津波被害[90])。

という、いわば311大地震の南北の両隣でM8規模の地震が起こっていました。

https://indeep.jp/where-are-we-going-with-dimming-sun/
太陽活動と人類の革命と戦争の歴史
投稿日:2018年3月16日

今回は、下の前記事の続きです。

太陽活動と人類の革命と戦争の歴史を振り返る(序章)

この記事では、ポーランドにあるポジャギエロニア大学の教授が 1990年に発表した「太陽と人類社会の相関」についての論文の存在を知った、ということをご紹介したのですが、そのアダム・ミカレック(Adam Michalec)という教授が、その後に講演でこのことについて述べた内容がネット上にあり、それをご紹介したいと思います。

専門すぎるような部分や、統計学的な難解な数値が出てくる部分は割愛し、学術的なことよりも、「太陽の役割」についてなるべくわかりやすくするほうに重点を置きました。

これらは、かつて書いてきたことと内容的には同じなのですけれど、「これは今後も何度でも繰り返す」という意味では、やはり重要なことだとは思いますので。

なお、文中に出てくるグラフは、前回も載せましたが、下のようにグラフの上下が太陽黒点数(=太陽活動状況)の上下を示します。

それでは、その内容を内容をご紹介します。

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Solar Activity and Human History
Adam Michalec

太陽活動と人類の歴史
これは、太陽の黒点観測が始まった西暦 1750年からの人類史での社会的な事象と太陽活動を比較したデータを元にした話だ。この研究によって明らかとなったのは、ヨーロッパの人類史の暴力的な事象、それたとえば革命のような出来事は、太陽活動の極大期と関係しているということだった。

地球と太陽の関係に関して、これまで発表された学術的な文献では、天気や気候(氷河、洪水、干ばつ等)に対して太陽活動(太陽黒点の数)が影響する可能性については、その研究に多くの労力が捧げられてきた。

これまでの観測から知られているように、太陽活動は、27日間、そして、約 11年間のサイクルを持つ。さらには 約 22年間と約 90年間のそれぞれの活動のサイクルも存在する。場合によってはさらに長い期間の周期的な時間パターンが示される。

この中でも「 11年間の太陽活動のサイクル」は、太陽の表面や大気中で起きるさまざまな現象の観測の尺度にもなっている。その現象には、放射、太陽フレア、プロミネンス、そして磁力の放出やX線バーストなどにいたるまで、さまざまなものがあり、これらは、太陽観測の際に多く使われる指標だ。

太陽観測には、ガリレオによる望遠鏡の発明が非常に重要な役割を果たした。1610年以降から太陽黒点の観測が始まり、そして 18世紀からは継続的に太陽黒点の観測がおこなわれている。1750年から現在に至るまで、太陽黒点観測は一度も中断することなく続けられているのだ。

それぞれは「サイクル」として番号を振り当てられている。最初の「サイクル0」は、1750年3月に設定され、そして、1755年 3月に極小期が観測され始まった際の太陽活動が「サイクル1」となった。現在の太陽活動はサイクル 22に入っており、1991年に活動最大期を迎えると予測されている。(※訳者注 / 2018年3月現在は、「サイクル 24」が終わる時となっています)

この千年紀(西暦 1000年から 2000年の間)の太陽活動には大きな変化があったことが歴史的に示されているが、近年の太陽活動の変化には、長期間の太陽の活動最大期間(西暦 900年 - 1300年)があり、また太陽活動が極端に低かった時期として、シュペーラー極小期( 1420年 - 1530年)とマウンダー極小期(1645年 - 1715年)があり、そのそれぞれの期間は特徴的なものだったといえる。

西暦 900年から 1300年の太陽活動の長期間の最大期には、現在より太陽フレアの発生がはるかに強かったと考えられるが、太陽フレアの発生が多いほど、太陽からの放射エネルギーのレベルが高くなり、地球の磁場内に大きな攪乱を引き起こすために地球の生物圏への影響が大きくなる。

また、太陽活動と気候との間にいくつかの相関があるということにも注目しておきべきだと思われる。

この 900年から 1300年の太陽活動の長期間の最大期間中は地球の平均気温は現在の気温より数度高かった。バイキングたちの探検や現在アメリカと呼ばれる土地の発見があったのもこの時期であり、また、その期間の終わりに向けて、ポーランドや他のヨーロッパ諸国へのタタール人の侵略が起きている。これらが示すように、太陽活動の長期間の活動極大期間は、場合によっては地理的な発見の歴史があり、まて、他の土地への侵略や移動によって、「その土地の人々を追い払う」というような事象も起きた。

その後、技術の発展に伴い、人類が天候に極端に左右されることは少なくなっていったが、では、その近代の私たちの人類史では、太陽活動に影響されることも少なくなってきたのだろうか? この問題を検討してみたいと思う。

統計的正当性は別としても「歴史は繰り返す」という表現があり、これは人々にも好まれる表現だ。

もし仮に歴史で何かが繰り返されなければならない場合、どのくらいの頻度でその概念が発生するのだろうか。

私たちの研究では、いくつかの歴史的な出来事と、それが太陽黒点数の最大期間とどのように関連しているかを指摘した。なお、私たちの研究は 1750年以来のヨーロッパに焦点を当てたものだ。

(※ 訳者注 / ここに長いリストが入りますが、ヨーロッパでの社会的事象を多数載せても、あまり意味がないですので、下のグラフだけで十分かと思い、グラフだけにしています)

1750年以降での、ヨーロッパと関係する代表的な出来事を黒点数の変動に照らし合わせたものが下のグラフだ。

上記のリストでは、歴史的事象と太陽活動の最大期間、特に「極大期」(太陽黒点が 11年のサイクルの中で最も多くなる期間。通常1〜2年)との間に興味深い対応が見られる。

私たちが直接覚えている程度の時期の最近の時代に関しては、太陽黒点数の平均が最も多かったのは「サイクル 19」(1954年4月 - 1964年10月)の時だった。この時の黒点極大期は 1958年3月で、黒点数の平均は 201 に上った。(※訳者注 / この黒点数平均「201」というのは、他の年の1.5倍から4倍に相当します)

次のサイクル 20の極大期(1968-69年)の黒点平均数は 110 だった。

この前後のヨーロッパでは、1968年のヨーロッパの暴動、プラハの春、そして、ポーランドの民主化運動などが続いた。

サイクル 21の黒点最大期は 1979 - 1981年だった。そして、1981年12月13日にポーランドで戒厳令が敷かれた後の時期から急速に太陽活動は低下した。

現在、サイクル 22の最大期間(※ 1989年- 1991年)の中にあり、極大期にあるが、この太陽活動は 1991年以降、縮小していくとみられる。

そして、現在の太陽活動の最大期の影響は、すでにソ連と中央ヨーロッパ諸国の出来事に反映されている(※ ソ連の崩壊と東欧の共産主義の崩壊のこと)。

統計的な分析の詳細からも、この期間のヨーロッパでの社会的変動などのそれぞれの事象と黒点平均数は、偶然に発生することのない分布を示す。今回示されているようなかたちで歴史的事象が発生することに関しては、これは偶然とはまったくいえない数値となる。

ここから、太陽活動と地球上の歴史的プロセスとの間には密接な関連が存在することが認められると言えるだろう。

今回の講演で述べたことを今後の歴史の中で思い出してほしい。次の太陽活動の極大期は 2001年- 2002年までと考えられている。

これらの日付を念頭に置いて、その 2001年- 2002年に何が起きるのか、そして歴史が繰り返されるかどうかを見てみたいと思っている。

ここまでです。

何もかもその時期に起きてきた人類の歴史
この講演の元となる論文は 1990年頃のものだと思われますが、この講演での最後は、「その時に何が起きるのか、そして歴史が繰り返されるかどうかを見てみたい」というような感じになっています。そして「その時」何が起きたのかというと、それは、

「アメリカ同時多発テロ(2001年9月11日)」

でした。

この時の太陽活動であるサイクル 23は、2000年3月頃に始まり、 2002年5月頃に終わりましたが、その渦中に「近代史上最大のテロ事件」が起きたのです。

ただ、ここで注意したいのは、この時に太陽活動の特徴が強く出ていたのは「同時多発テロが起きた」というだけのことではないのです。最も大きな特徴は「それに対しての社会と人々の感情と反応」でした。それが太陽活動の極大期のものそのものだったのです。

あの時、あの 9月11日から始まった「世界の雰囲気」を覚えておいででしょうか。

もはや今では想像することも難しい「全世界がワーッと(負の)興奮に陥らされ続けていた時」を。世界の感情が全体的に波打っていたあの時を。

当時の私はテレビをまったく見ていない生活をしていたのですが、その私が、911後、CNN か何かのアメリカのテレビの生放送を付けっぱなしにして眠っていたものでした。次の日起きると、ビルが崩壊している。

そして、次の日はまた何かが起きている……というように、毎日何かが起きて、そして「何かが起きるたびに人々はき大きく反応する」という日々が続きました。

ちょっと言葉では表現できない異様な雰囲気が世界中を包んだのです。

起きた事象の大きさはあるとはいえ、それとはまた関係なく、「人々の心と感情の動き方が極めて激しいのが太陽活動最大期の大きな特徴」だと思います。

そして、上の記事にありますように、「暴力的で極端な社会の動き」と太陽活動の最大期は、ほとんど「正確にリンク」しています。

上の記事では、「革命」等を中心として、そして、ヨーロッパでの事象を取りあげたものとなっていますが、先ほどのグラフを「大きな戦争と太陽活動の関係」で見て、グラフを作り替えてみますと次のようになります。

1750年からの「大きな戦争」の勃発した時期と太陽活動


このようになり、近代史上のほとんどの大きな戦争は、「太陽活動の最大期に起きていた」ことがわかるのです。

「ほとんど」というのは、唯一「第一次世界大戦だけ」が違うからです。

そういう意味で、第一次世界大戦は例外的な大戦争といえるものです。そしてもし仮に、今後数年から十数年以内に、またも世界を巻き込むような大きな戦争が起きるようなことがあるならば、それは第一次世界大戦と同じタイプのものとなっていくのかもしれません。

そういう意味では、「第一次世界大戦はなぜ起きたのか」ということを、一般的に示されている理由だけではなく、もっと深い部分で考えてみるのは、これからの世の中の動向を見る上でも大事なことなのかもしれません。

なお、戦争も革命も、そこに費やされる最も大きなものは「人の命」です。

どれもあまりにも犠牲者の数が多すぎて、はっきりとした数字はわからないものばかりですが、現時点で、第二次世界大戦(推定死者数 6600万人)を筆頭に、ものすごい数の人々が暴力の中で命を消している歴史がありますが、

「そのほとんどが太陽活動の最大期から始まった事象の中で起きた」

ということも、先ほどのグラフから想定できるのではないかと思います。

そして、これからの歴史は
太陽黒点の観測が始まってから 400年以上が経ち、現在まで継続している黒点観測の年数も 270年間になろうとしています。

この年数は、現世人類全体の歴史(16万年前後)から見れば長い期間ではないかもしれないですが、しかし、少なくともこの期間においては、先ほどの社会的な変動事象と太陽の関係は、ほとんど当てはまっています。

ということは、その前の数万年も、おそらくそうだったのだと思います。文明の形態は違うにしても、現世人類の根本がそれほど違ったものであるとは思いません。

そして、今後もそうだと思われます。つまり、私たち人類種はずっと太陽の影響を受け続ける。

・・・しかし。

最近書かせていただいた以下の記事でふれてもいますが、「次に太陽活動の極大期」については、不明瞭ながら、「とても弱い太陽活動しか来ない」という意見、あるいは「しばらく極大期は来ないのではないか」という予測をする人さえいます。

場合によっては、マウンダー極小期(概ね 1645年から1715年)という「数十年間、黒点が出なかった時代」の再来となるのではないかという人たちも多くいます。

そういう時代がもし仮に来るとして、それが現すことは、暴力的な変化が長く訪れない社会の到来ということになるのかもしれないですし、他の言い方をすれば、

「内向きの社会化が進む」

ということになるかもしれません。

たとえば、黒点が長く出なかったマウンダー極小期に、「日本」では何が起きたていたかご存じでしょうか。

下は、そのマウンダー極小期の期間の日本で起きた「大きな出来事」の年表です。

マウンダー極小期の日本で起きていたこと
・1633年 第1次鎖国令。奉書船以外の渡航を禁じる。また、海外に5年以上居留する日本人の帰国を禁じた。

・1634年 第2次鎖国令。

・1635年 第3次鎖国令。外国船の入港を長崎のみに限定。日本人の渡航と帰国を禁じた。

・1636年 第4次鎖国令。

・1639年 第5次鎖国令。ポルトガル船の入港を禁止。

そう、「鎖国」です。

日本での「内向きの社会化の完成形」として、結果として日本の文化を守り続けた鎖国が完成したのがこの時でした。鎖国が消えて、海外に解放された日本が今どのくらい幸せなのかというと・・・まあ、それはいいです。

いずれにしても、これから数年、十数年単位の期間で訪れる可能性がある太陽活動の極端に弱い社会の状況は、良い方面から見れば、「熱狂に陥ることなく、事物を冷静に考えられる時期」ともいえます。

私たちの今の社会や、あるいは価値観というものをひとりひとりが冷静に考え直すにはいい時期なのかもしれません。

そして、もしかすると、そのために太陽はこれから長い「休眠」に入っていくのかもしれません。場合によっては、数百年間ほどの。  

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コメント
 
1. 2018年3月28日 07:37:32 : ObN2yaGkPc : tTvLhOYXYyY[42]
最近、

・太陽が暗くなってきている

・太陽活動はさらに沈静化し、世界中でミニ氷河期的状況の拡大が進む中で、「太陽の変動が地球の気候に与える影響について」のアメリカ国家レベルの大会議の記録を読む

と、太陽に関してのふたつの記事を書きましたが、私自身「まだ極小期までは2年くらいあるわりに何と静かな太陽」とは思っていまして、むしろ「すでに極小期に到達した」と言われるほうが納得できる部分があります。

そして、サイクルを重ねるごとに弱くなり続けている太陽活動を見ていますと、次の太陽活動の「活溌化」が、通常のサイクル通りにくるのかどうかについて、「そうならない可能性」を感じます。

場合によっては、来年あたりから私たちは、長い長い「黒点のない時代」を生きていく可能性もあるのかもしれません。

それがどんな時代になるかは、なってみないとわからないですけれど。

ちなみに、先ほどふれました現在と同じ「活動周期の期間が 9年」だった異常な周期のサイクル2 が終わった 1775年は、アメリカ独立戦争が始まった歴史的な年でした。

[18初期非表示理由]:担当:言葉遣いがおかしなコメント多数のため全部処理

2. 2018年3月28日 22:05:48 : AKI3acokJE : wpUfBo0UW0s[34]

>場合によっては、来年あたりから私たちは、長い長い「黒点のない時代」を生きていく
<嫌でスねぇ〜〜〜
 寒くなりますか・・・もう・・・(気温が下がり始めるってこと、寒冷化スタート)


太陽の活動と共に、地球の公転の影響も大きいので、地磁気、気象変動、自然災害・・・
と種種の要因で修羅場が再現されますか。

もともと、バイキングの南下もゲルマン民族の移動も、気象変動や自然災害が原因ですし、
中国の四川地震レベルが日本でも多発すると原発地雷が逝っちゃうので、それが原発銀座
であれば、大阪〜〜名古屋〜〜東京が【原子力空母・レーガン】になっちゃう。

 ==================

過去の1世紀が余りにも過ごし易かった異常気象だったので、そろそろいつもの地球に舞
い戻るんですね。

これで、何も備えてない都民が8割だから、脳みそが・・・・・


3. taked4700[6940] dGFrZWQ0NzAw 2018年3月29日 16:03:38 : g9jFHjyTfv : BGisfFJ9i0A[2]
https://indeep.jp/continental-cooling-now-by-some-noaa-data/
NOAA(アメリカ海洋大気庁)の全地球気温図での「奇妙なデータの欠落」を修復してみてわかる「陸地の寒冷化の進行」と「海水温度のさらなる異常」

>北半球の気温差が、「平年より低いエリアが多い」
>北米と東アジアなどで「平年以上の低い気温が広がっている」
>日本の今年2月は全域が平年より気温が低かった

>「地球の海の温度がますます高くなっている」
>現在は、今年 2月のように「陸地の気温は下がっても、海は下がらない」ということになっている

>これは科学的な一般認識ではないですが、海水温度が高くなり続ける理由を「海底火山の活動が活溌化しているため」と主張する説が存在

つまり、現在の西欧社会の科学は一般的な認識として、海洋プレートが大きく動いていることを認めようとしていない。

結果的に、海のプレートが沈み込むことによって発生する大地震を予測しないことになっている。これは、多分、原発を多く抱える日本に最も大きな影響を与えることになる。これが日本の安全神話を作り出している元凶!


4. 2018年4月01日 00:42:08 : jXbiWWJBCA : zikAgAsyVVk[1047]

地震と太陽活動の相関に関しては、定量的なデータはない

一方、太陽活動と地球の気温の間には、ある程度の相関はあるが

現在の人為的温暖化効果を打ち消すほどのものかは、大きな疑問だろう

いずれにせよ、今後の研究が待たれる


http://www.cger.nies.go.jp/ja/library/qa/17/17-1/qa_17-1-j.html

太陽活動は近年の温暖化を説明できない


http://d.hatena.ne.jp/DocSeri/20110926/1317042870

太陽の黒点 巨大地震と関係か

http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1754517&media_id=2

> 太陽の黒点数が少ない時期ほど巨大地震の発生頻度が高いことが、湯元清文・九州大宙空環境研究センター長(宇宙地球電磁気学)のチームの分析で分かった。東日本大震災も黒点数が少ない時期に起きた。太陽の活動が地球内部に影響を及ぼす可能性を示す成果として注目される。11月3日から神戸市で開かれる地球電磁気・地球惑星圏学会で発表する。

■これはひどい研究費詐欺

 要点は

「1963〜2000年の太陽の黒点数の最小期(幅2年)に、

 M8.0〜9.9では、28回発生した地震の79%が集中していた。」

というもの。

太陽黒点と巨大地震が連動するなんて信じられないので、ちゃっちゃとネットで「黒点の数」と「地震の数」のデータを拾ってグラフを作ってみた。

f:id:DocSeri:20110926220419j:image

確かに、1963年〜2000年の範囲では、黒点の少ない時に巨大地震が起きている。

でも切りよく1900年まで遡ったグラフを作ってみると、まったくのデマ。

 1900年代前半の巨大地震は「コンスタント」に発生している。

 そして、2000年以降に発生している大地震も、黒点の最小期を外している。

 これ以上ないくらい、絶妙に都合のいいデータ範囲で、計算している。

 九州大宙空環境研究センターって、税金使っているの?

こんな1時間程度で暴露資料が作れるような論文でノルマを稼ぐのは勘弁してほしい。科学者としての良心が欠如している。

mixi日記

つまり、この研究は何故か「直近のデータではなく1963〜2000年と謎の区切り方をしたデータを使って誤った統計を出し」、「科学の常識とはかけ離れた結論を、より広い範囲のデータを取り直すなどの自己検証もなしに」発表した、ということになる。1963年以前には太陽活動と地震に一致は見られないし、2001年以降も同様だ。明らかに「一見すると関係があるように見える」期間のみを切り出している。

手法としては典型的な統計詐欺で、トンデモ科学にはよく見られる手口なのだが、何故それを国立大学の研究センター長ともあろう人がやってしまったのか、そこが理解できない。


5. 2018年4月05日 08:27:27 : nEs3Ot7QbM : xk5pRCCVa30[1]
太陽の黒点活動の研究が未熟だった数十年前には、回帰線、即ち地球の公転周期による太陽光の照射角度の周期変化が人類が多く住む北半球の気候変動を起こす原因ではないかという論文がでていました
長長周期では銀河における太陽系の公転周期により現在は氷河期(氷に覆われる氷期とは違います)と言われ、逆に温暖期にあたる大恐竜時代には平均気温が40度に達したのではないかとの説もありますね
地球の公転周期、更に太陽の活動も影響するなど、地球規模での温度変化はまだここ数十年の研究なので確かなことは判っていないと思います

気候による人類史への影響は、聖書に書かれるユダヤ人の故郷を離れエジプトに行き、そして約束の地へ向かう歴史も、気候変動により農耕が可能な地へと移り住んだものとの説もありますし、古代からの文明の栄枯盛衰もその影響だと思います

近年では、ソ連の南下政策に代表されるように寒冷期には生き延びるために温かい土地へ民族が移動するための戦争が起きていたことは間違いない事です

現在の世界情勢を見ると、数年前から世界大戦前の様相と似てきており、軍備増強(日本も)と米国のモンロー主義の再来を思わせるトランプ政策には危険な匂いがします

但し、大戦前と違い農耕技術も発達し、寒さを凌ぐ術を手に入れているので先進国においては寒冷化が即戦争に繋がることはないと思います

しかし、今冬にける米国とユーロ圏の氷期の突入を思わせるような雪と氷に覆われるような景色は何故か日本では報道されていませんが、1万年以上も続いた温暖期が終わり、本格的に氷期に入れば何が起きても不思議ではないし、食料不足で人類の半数以上が飢え死にすることさえ有ると思います

穿った見方をすると、エンジンは温暖化になり気温40度でも問題なく動きますが、マ氷期になりマイナス温度になると支障がでます
電気自動車の流れは、大切な化石燃料を暖房に使うとか、何かを予兆しているのかも知れません

長文失礼しました


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