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(民青) 生徒を共産党に誘う教員に要注意
http://www.asyura2.com/17/lunchbreak54/msg/222.html
投稿者 木卯正一 日時 2018 年 7 月 01 日 18:17:23: xdAt6v.ugMgqA ltiJS5CziOo
 


2018/06/30(土) 16:01:44.09ID:CAP_USER9

共産党や左翼が子供たちを狙っている。要注意である。6月3日には若者憲法集会が開催され、
たくさんの青年が日本民主青年同盟(以下=民青)に加盟した(民青新聞6月25日号より)。

民青は、政治的に中立な組織ではない。共産党を相談相手とし、共産党綱領について学び、選挙の時は共産党の躍進のために奮闘する組織である。
「高校2年生の女性民青同盟員が、共産党綱領セミナーを読み、なるほどと思いました」というような記事が、「民青新聞6月11日号」にある。

とりわけ問題なのは、学校の教員が子供たちを、共産党や民青の政治・思想に近づくように教育していることだ。そのような教員と、意識的に戦っていかなければならない。
私立和光鶴川小学校(東京都)では、小学校6年生の担任の大野裕一教員が、日本国憲法を教え、子供たちが「憲法改正に反対します」などの発表をしている。

埼玉県朝霞市立朝霞第一中学校では、1年生を担当した角津裕美教員が、総合学習に「平和」学習を取り入れることを主張し、授業で、日本共産党系のイベントにしばしば登場する歌手である、
きたがわてつの曲である『日本国憲法』を聴いたり、丸木美術館(被爆者の地獄のような絵が展示されている)に行ったりした。

東京の小学校では藤田康郎教員が、小学校6年生に憲法学習、三重県の小学校では早川寛司教員が、戦争と公害はつながると授業、岐阜の中学校では安藤勝昭教員が、
第2次世界大戦で日本はなぜもっと早く降伏しなかったのかの授業、大阪の中学校では岡沢文彦教員が、もし育鵬社の教科書を使うことになったとしても、日本国憲法をどう教えるのかの授業。これらの教員は、子供たちを平和ゼミナールへと勧誘し、民青、さらには共産党へと引きずり込もうとしている。

法政大学第二中・高校は、学校そのものが左に偏っている。日本共産党と関係が深い歴史教育者協議会(以下=歴教協)の全国大会で、北詰昌敬校長があいさつしている。
高校生平和研究会も活発に活動している。和光鶴川学校群も、学校自体が左に偏向しているので子供を入学させるのに要注意である。長野県駒ケ根市赤穂高校にも平和ゼミナールがある。

歴教協は、昨年、「社会科70年 これまでとこれから」というシンポジウムを主催したが、発表した教員は以下の通りである(敬称略)。増田敦子(静岡市立西豊田小)、平井美津子(大阪府吹田市立第一中)、石上徳千代(茨城県牛久市立神谷小)、片桐康志(京都府京田辺市立田辺中)、時田朋子(千葉県立八千代高)、横出加津彦(和歌山県立粉河高)、坂本昇(都立文京高非常勤、敬愛学園高)。

共産党と関係が深い教職員組合である全日本教職員組合(以下=全教)が発行している月刊誌「クレスコ」執筆者は以下の通りである(敬称略)。澤篤子(滋賀・中学校)、赤沼理恵(埼玉・高校)、原田典昭(群馬県立安中総合学園高校現業職員)、猪瀬里美(埼玉・小学校栄養教諭)、森文子(千葉・小学校)、犬上達也(北海道・中学校)。―この他は次の機会に触れたい。

子供たちが、教員によって共産党や民青に近づかないように注意する必要がある。

ビューポイント
ht tps://vpoint.jp/opnion/115528.html
2018/6/30(土)


6: あなたの1票は無駄になりました 2018/06/30(土) 16:04:36.49 ID:HiB+phfq0
工作員ですよね

8: あなたの1票は無駄になりました 2018/06/30(土) 16:06:04.92 ID:SipOkdaO0
道徳の教科書:にんげん

14: あなたの1票は無駄になりました 2018/06/30(土) 16:16:53.72 ID:qj4w5qzW0
>>8
表紙が怖かったね
大阪出身以外は知らないだろうけど

41: あなたの1票は無駄になりました 2018/06/30(土) 16:37:33.87 ID:ddYF9Us/0
>>8
奈良県は「なかま」。共産党じゃなく旧社会党だけどね。
目くそ鼻くそだけ尻くそ犬猿の仲だね。

291: あなたの1票は無駄になりました 2018/06/30(土) 21:41:58.65 ID:aoOcJovp0
>>8
大阪の人て恐ろしい本で学んでいたんだね


https://ja.wikipedia.org/wiki/にんげん

『にんげん』は、大阪府下の小学校、中学校に配布されていた、同和教育副読本。
編集は財団法人・解放教育研究所内の「にんげん編集委員会」、発行出版社は明治図書である。大阪府教育委員会が一括して購入のうえ、無償の形で学校現場に配布されていた。本書は小学校では各学年ごとに一冊、中学校で一冊が配布され、大阪府の各児童は小学校入学から中学卒業まで、全7冊の「にんげん」を受け取っていた。購入代金は大阪府の予算から支出されていた。


51: あなたの1票は無駄になりました 2018/06/30(土) 16:54:57.99 ID:ZxC25WaZ0
左翼そのものが
そもそも減ってきているらしい
若者は特にその傾向が高い
学校でいくら憲法改正反対を言わせたところで
学生はネットなどで社会の動きを把握してるから
ほとんど左翼にはならないんだよ

20: あなたの1票は無駄になりました 2018/06/30(土) 16:20:11.15 ID:/8zH//Ks0
肉教祖が強かった昭和40〜50年代は露骨に共産主義の素晴らしさを左翼教諭が語って
洗脳活動に励んでいたんだぜ

22: あなたの1票は無駄になりました 2018/06/30(土) 16:21:15.99 ID:yGEyPN+10
細胞集め。


36あなたの1票は無駄になりました2018/06/30(土) 16:32:52.21ID:ITDXCvY40
h ttp://www.jiji.com/news2/graphics/images/20171130j-04-w340.gif

17: あなたの1票は無駄になりました 2018/06/30(土) 16:18:52.87 ID:djC1iLUV0
共産党こええ

68: あなたの1票は無駄になりました 2018/06/30(土) 17:19:07.70 ID:/PpDnTMj0
共産主義なんて機能しないのを知っていて共産党活動してるんだろう。

ただの政治詐欺師だろが。

15: あなたの1票は無駄になりました 2018/06/30(土) 16:18:19.84 ID:CsB3TNh80
>>1
これって子供の教育の権利、
親の子供教育の義務、に違反する、明白な憲法違反だよね
教員免許を剥奪して社会から永久追放すべき

21: あなたの1票は無駄になりました 2018/06/30(土) 16:21:02.77 ID:aDkyOWKB0
そういうことをする教員はクビに

※補足
このあたりから、よく分からない主張のコピペなどが連投。よく分からないので割愛しました


123: あなたの1票は無駄になりました 2018/06/30(土) 17:55:15.70 ID:M7mEi+wq0
民青を晒されると、
「不都合ニダw!」ってのが大量発生してて草。

147: あなたの1票は無駄になりました 2018/06/30(土) 18:07:24.47 ID:nTtFs/0x0
民青工作員が大発狂wwwww
一体これどうすんの?www

闇のapj @apj
民青同盟入ってる人もクラスに2人ほど居て、勧誘の文句が「民青やってても学業には差しさわりません」だったのに、
そろって留年したので、勧誘の説得力が皆無になった。差しさわってるがなと総突っ込みがw別に成績トップでいろとは言わんけど、その勧誘文句で留年したらさすがにアカンやろ……。

h ttps://dotup.org/uploda/dotup.org1572014.png

236: あなたの1票は無駄になりました 2018/06/30(土) 19:50:58.06 ID:VxU8S/nk0
>>1
こんな暴力革命組織に洗脳されたら、
子供の人生マジで終わるぞ。
悪質新興宗教並みにタチが悪いわ


314あなたの1票は無駄になりました2018/06/30(土) 23:57:13.23ID:75TpAv+k0
http://livedoor.blogimg.jp/jpsoku/imgs/6/a/6ab1b29d.jpg
http://www.sankei.com/life/news/160610/lif1606100001-n1.html

331: あなたの1票は無駄になりました 2018/07/01(日) 00:55:44.06 ID:cMuJn/MT0
>>1
要注意ってか完全にアウトじゃん

194: あなたの1票は無駄になりました 2018/06/30(土) 18:37:26.83 ID:rYBLF4uK0
注意が必要どころか、今すぐ行動が必要なレベル。

234: あなたの1票は無駄になりました 2018/06/30(土) 19:47:33.45 ID:RP6HcG5S0
共産が平和教育とか、よく考えてみたらギャグ


h ttp://fate.5ch.net/test/read.cgi/seijinewsplus/1530342104/  

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コメント
 
1. 中川隆[-13515] koaQ7Jey 2018年7月02日 07:25:55 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-16300]

マルクスはやはり正しかった _ もうすぐ共産革命の嵐が吹き荒れる時代がやって来る

グローバリズムというのは19世紀の帝国主義と同じもの。

帝国主義の次に共産革命が起きて共産国家ができるというのが経済学の定説:

帝国主義とは、資本主義の独占段階であり、ブロック経済から国際金融資本による他国の支配までを指す時代区分でもあり、列強諸国が植民地経営や権益争いを行い世界の再分割を行なう事を指す。

高度に資本主義が発展することで成立する国際金融資本が、市場の確保や余剰資本の投下先として新領土の確保を要求するようになり、国家が彼らの提言を受けて行動するとされる。いくつもの国家が帝国主義に従って経済的植民地を拡大するなら、世界は有限であるから、いつかは他の帝国主義国家から経済的植民地を奪取せねばならず、共産革命はその当然の帰結である

とりあえず農地法と最低賃金法を廃止

農業で食べていけなくなった日本の農家の土地をすべて住友化学が捨て値で取得、モンサントの作物を時給100円の中国人を使って大規模経営する。

土地を買えるのはゴールドマンサックス・モンサントと組んだ住友化学だけだからね。

そして土地を売った農民や大企業を解雇された労働者が東京に集まってスラムを作り、そこから共産革命が始まる。

すべてマルクスの予言通りさ。

TPPに至る道は歴史の必然だから、ねじを逆戻しするのは不可能なのさ。

TPPを批判するのは神州の泉の様な保守反動側の人間だけなんだよね。

日本は共産革命と共産国家への道をひた走っていてもう止められない。


これから日本にもレーニンが現れるのさ、わくわくするね:


1891年、レーニンが21歳を迎えたその年、沿ヴォルガ地方は大規模な飢饉に見舞われた。このとき、地元のインテリ層の間で、飢餓に苦しむ人々に対して社会的援助を行おうとする動きがわきあがったが、その中でただ一人、反対する若者がいた。ウラジーミル・ウリヤーノフである。以下、『秘密解除されたレーニン』から引用する。


「『レーニンの青年時代』と題する、A・ペリャコフの著書を見てみよう(中略)それによれば、彼(レーニン)はこう発言していたのだ。


『あえて公言しよう。飢餓によって産業プロレタリアートが、このブルジョワ体制の墓掘人が、生まれるのであって、これは進歩的な現象である。

なぜならそれは工業の発展を促進し、資本主義を通じて我々を最終目的、社会主義に導くからである――

飢えは農民経済を破壊し、同時にツァーのみならず神への信仰をも打ち砕くであろう。そして時を経るにしたがってもちろん、農民達を革命への道へと押しやるのだ――』」


 ここの農民の苦しみなど一顧だにせず、革命という目的のためにそれを利用しようとするレーニンの姿勢は、すでに21歳のときには確固たるものとなっていたのだ。

 また、レーニンは『一歩前進、二歩後退』の中で自ら「ジャコバン派」と開き直り、党内の反対派を「日和見主義的なジロンド派」とののしっているが、実際に血のギロチンのジャコバン主義的暴力を、17年の革命に先んじて、1905年の蜂起の時点で実行に移している。再び『秘密解除されたレーニン』から一節を引こう。


「このボリシェヴィキの指導者が、(亡命先の)ジュネーブから、1905年のモスクワでの『12月蜂起』前夜に、何という凶暴な言葉で、ならず者とまったく変わらぬ行動を呼びかけていたことか!(中略)


『全員が手に入れられる何かを持つこと(鉄砲、ピストル、爆弾、ナイフ、メリケンサック、鉄棒、放火用のガソリンを染み込ませたボロ布、縄もしくは縄梯子、バリケードを築くためのシャベル、爆弾、有刺鉄線、対騎兵隊用の釘、等々)』(中略)


『仕事は山とある。しかもその仕事は誰にでもできる。路上の戦闘にまったく不向きな者、女、子供、老人などのごく弱い人間にも可能な、大いに役立つ仕事である』(中略)


『ある者達はスパイの殺害、警察署の爆破にとりかかり、またある者は銀行を襲撃し、蜂起のための資金を没収する』(中略)建物の上部から『軍隊に石を投げつけ、熱湯をかけ』、『警官に酸を浴びせる』のもよかろう」


「目を閉じて、そのありさまを想像してみよう。有刺鉄線や釘を使って何頭かの馬をやっつけたあと、子供達はもっと熟練のいる仕事にとりかかる。用意した容器を使って、硫酸やら塩酸を警官に浴びせかけ、火傷を負わせたり盲人にしたりしはじめるのだ。

(中略)そのときレーニンはこの子供達を真のデモクラットと呼び、見せかけだけのデモクラット、『口先だけのリベラル派』と区別するのだ」


彼の価値観はきわめて「ユニーク」で、「警官に硫酸をかけなさい」という教えだったのだ。
http://archive.fo/OffX7


朝鮮半島の危機 2017-05-05


 フランス大統領選挙(決選投票)が二日後に迫ってきていますが、実はその後、つまりは5月9日、フランス大統領選挙以上に我が国に影響を与える「選挙」が行われます。


 すなわち、韓国大統領選挙です。


 韓国大統領選挙は、一時は安哲秀が文在寅に迫ったのですが、急速に失速。冗談でも何でもなく、このタイミングで「親北朝鮮」というか、北朝鮮のスパイにしか思えない候補が、韓国大統領の座に王手をかけています。

『韓国大統領選 最大野党の文候補大幅リード
http://www.news24.jp/articles/2017/05/03/10360527.html

 韓国の朴槿恵前大統領が罷免されたことに伴う大統領選挙を今月9日に控え、3日に発表された投票前最後の世論調査で、最大野党の文在寅候補が支持率42.2%と大きくリード。安哲秀候補は18.6%と失速、北朝鮮により厳しい姿勢の候補に支持が流れたか。(後略)』

 安哲秀の失速は、皮肉な話ですが、北朝鮮危機が深刻化するに連れ、彼よりも対北政策が厳しい洪準杓に、保守派の支持が流れてしまっているためです。


 安哲秀と洪準杓の支持率を合わせると、文在寅に迫ります。保守派が候補を統一することができたならば、勝負になるかも知れませんが、既に手遅れです。


 文在寅が韓国大統領の座を射止める可能性は、現時点では極めて濃厚になっています。


 文在寅は、朝鮮戦争の際に北から逃げてきた両親の下で、韓国に生まれました。


 チェ・スンシル事件の関連で、朴槿恵大統領の弾劾手続きが進んでいたとき、文在寅は、
「(憲法裁判所が弾劾訴追案を棄却すれば)革命しかない」
 と、発言しました。


 それ以外にも、
「似非保守を火で焼き払え」
「国の大掃除が必要だ」
「(大統領に当選した場合)米国よりも北朝鮮に先に行く」
 などなど、文在寅は親北発言、あるいは「革命」的な発言を連発しています。


 さらに、文在寅は「戦時作戦統制権」について、韓国が持つこととする。THAAD(終末高高度防衛ミサイル)の配備は、先送りする。


 と、明らかに北朝鮮を利する公約を堂々と掲げているのです。それで、現時点で支持率トップ・・・。


 文在寅の支持層を見ると、20代、30代、40代が50%超と高く、50代以降はガクッと減ります。つまり、文在寅を支持している中心層は、韓国の若い世代なのです。


 「恋愛」「結婚」「出産」「マイホーム」「人間関係」「夢」「就職」の7つを諦めざるを得ない、韓国の若い世代。いわゆる「七放世代」という言葉で総称される韓国の若者たちが、文在寅を支持しているわけです。


 そして、なぜ韓国の若年層失業率が高く、七放世代といった言葉が生まれるほどに困窮してしまったのかといえば、もちろん「グローバリズム」の影響です。韓国は、97年のアジア通貨危機の際にIMF管理に陥り、グローバリズムの優等生として生まれ変わりました。


 結果的に、日本以上にグローバル化が進み、国内が少数の勝ち組(財閥オーナー、オーナー家族、役員など)と大多数の負け組に分断されていきました。


 グローバリズムが国内の格差を拡大し、「革命家」と呼んでも過言ではないような人物が、政権の頂点に立とうとしている。


 カール・マルクスは、自由競争が「古い経済生活と古い半家父長制的諸関係」の破砕を促進すると指摘し、
「ただこの意味でのみ、諸君、私は自由貿易に賛成するものなのである。」
 と、語ったと、レーニンが書き残しています。


 要するに、自由貿易が保守的な社会を壊し、革命の下地ができるという話なのでしょうが、そのままの光景を、我々は玄界灘の向こう側に見ているのです。


 北朝鮮危機に加え、日本は韓国で文在寅大統領が誕生し、廬武鉉を超える親北政策を推進するという、「朝鮮半島の危機」に備える必要があると考えるべきです。
http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12271785222.html


グローバリズムと革命、国民統合の崩壊 2017-05-06


 フランス大統領選挙(決選投票)を明日に控え、エマニュエル・トッド教授が日経新聞のインタビューに答えていました。


『仏社会「徐々に分裂」 大統領選控えトッド氏に聞く

http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM01H2S_S7A500C1FF1000/

 フランス大統領選挙は7日、中道のマクロン候補と極右のルペン候補による決選投票を迎える。第1回投票で二大政党が敗退し、反欧州連合(EU)勢力が支持を伸ばした。仏社会に何が起きているのか。歴史人口学者のエマニュエル・トッド氏にパリで聞いた。』


 「グローバル化疲れ」という、現代の世界の政治を動かす現象を、見事に表現したトッド教授ですが、インタビューを読むと、何というか本人も「疲れている」感がありありと出ています。


 トッド教授によると、

「高齢者や中流、上流階層がマクロン、フィヨン両氏を支持し、若者や労働者階層がルペン氏や急進左派のメランション氏に多く票を投じた。」

 とのことです。


 これは、意外です。イギリスのブレグジットの際は、逆でした。つまりは、「相対的に」高齢者がEU離脱を望み、若者が残留を欲したのがブレグジットなのですが、フランスは逆なのです。


 若者が、ルペン党首やメランション氏、つまりは「EU離脱」を中心に、反グローバリズムを訴える候補を支持したのが、フランス大統領選挙第一回投票だったのです。


 昨日、韓国において、グローバリズムの犠牲(というか、敗者)となっている傾向が強い、20代から40代が、「革命」を訴えているも同然の文在寅を支持していることをご紹介しました。


 フランスは、韓国同様に、グローバリズムの呪縛に(相対的に)捉えられています。何しろ、EUとは、モノ、ヒト、カネの国境を越えた移動を自由化するという「グローバリズム」を固定化する国際協定です。


 フランスもまた、韓国と同じく「グローバル化」が進んだ国の一つです。


 しかも、フランスの場合は、トッド教授もインタビューの最後に語っていますが、
「EUのルールとユーロの下で、仏大統領には何の力もない。ドイツの求める緊縮財政をとるしかない。寂しいことだ」
 という状況になっているのです。


 すなわち、グローバリズムの呪縛により「主権」を(事実上)失った状況にあるのが、現在のフランスという話です。


 グローバリズムにより、特に割を食っているのが「若い世代」です。フランスの若年層失業率は、何と25%! 


 とはいえ、EUに入っている限り、フランスは積極的な若年層向け雇用対策を打つことはできません。結果的に、フランスの若い世代が「EU離脱」を主張する候補者に流れた、という話です。


 興味深いことに、トッド教授は、「EUのルールとユーロの下で、仏大統領には何の力もない」ことを理解し、かつ、国民戦線の政策について、
「国民戦線の移民政策は容認できないが、ユーロ離脱と若干の保護主義を掲げる経済政策は私の観点ではまともだ。」
 と、ある程度の評価を与えておきながら、決選投票を棄権するとのことです。


 「相対的」な投票をする場合、トッド教授はルペン党首に投票せざるを得ません。とはいえ、国民戦線に票を入れる(もしくは「票を入れると表明する」)ことはできない。


 フランスの「苦難」が、ありありと分かります。


 いずれにせよ、昨日もご紹介した、自由競争が「古い経済生活と古い半家父長制的諸関係」の破砕を促進するが故に、

「ただこの意味でのみ、諸君、私は自由貿易に賛成するものなのである。」
 と、自由貿易に賛意を示したマルクスの慧眼通り、グローバリズムの進展は社会を壊し、革命の下地を醸成しつつ、国民統合を崩壊させていくことが、フランスや韓国の現実から分かります。


 トッド教授は、
「フランス社会は少しずつ分裂し始めている。人々がイデオロギーや宗教でなく、高齢者や労働者といった階層単位で振る舞う。新大統領の下でも社会は緊張を抱え続けイスラム勢力のテロのような政治的な暴力のリスクは高まる。力を増す高齢者に若者が対抗するため、暴力でよりよい扱いを実現しようと考えるなら、おぞましい事態だ」
 と、国民統合の崩壊と「暴力革命」に関し、懸念を表明していますが、EUに残り続ける限り、トッド教授の恐れは次第に高まっていくことになると確信します。


 現在のフランスや韓国の状況からは、グローバリズムが最終的に「何をもたらすのか?」が、明瞭に見えてくるのです。
http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12272103610.html 


▲△▽▼

マルクスはやはり正しかった _ もうすぐ共産革命の嵐が吹き荒れる時代がやって来る

怒りを消すことが危険な理由と、暴力の時代が到来する理由

国と国の対立。民族と民族の対立。人種と人種の対立。個人と個人の対立……。

人間社会には争いと対立と衝突と不寛容と暴力と破壊に満ちているのは、まわりを少し見回しても、歴史を少し辿っても、テレビを見ても、映画を観てもすぐに気付くはずだ。

宗教が平和を呼びかけるのは、逆説的に言うと世の中は平和ではないからでもある。社会に法律があるのも、対立と衝突があるからである。

そして、国連のような組織が存在するのも、国と国の暴力が止まらないからである。人間社会から対立と暴力が消えないというのは、誰も否定できないことでもある。

では、この対立と暴力を生み出す根源的なものは何か。

それは「怒り」である。人間には様々な感情があるのだが、その感情の中には「怒り」という原始的かつ本能的なものがあり、人はそれを消すことができない。

対立や衝突や暴力は誰にとっても悲しい事態だ。だから、誰もが「怒りという感情はない方がいい」と単純に思う。

しかし、人間を含め、すべての動物に「怒り」という感情が組み込まれているということは、それ自体が重要なものであると気付かなければならない。


「怒り」とは、自分の存在が消されないための戦い

人間の心の中からは「怒り」が消せないが、人間だけでなくライオンでも虎でも熊でも象でも、すべての動物は怒りという感情を持っている。

鳥類も、爬虫類も、昆虫も、私たちが知っている生物の多くは「怒り」という感情を持っている。

「怒り」が多くの生物を網羅した普遍的な感情であるということは、それが生物にとっては欠かすことができないものであることを示唆している。

「怒りはない方がいい」と私たちは考えるのだが、生物学的に見ると逆に怒りという感情はなくなっては困るから残っていると言っても過言ではない。

いったい、何のために「怒り」という厄介な感情が残されているのか。そもそも、怒りという感情はどんな時に感じるものなのか。それは以下のものであると言える。

(1)自分が不意に攻撃された時
(2)自分の縄張りを侵された時
(3)自分の利益を奪われた時
(4)自分の所有物を取られた時
(5)自分の行動を邪魔された時
(6)自分を存在を否定された時
(7)劣等感や欠乏感を感じた時
(8)自分が騙された時
(9)物事がうまくいかなかった時
(10)軽蔑された時

こうやって生物の中に「怒り」が湧き上がる状況を俯瞰して見ると、あることに気付く。「怒り」を感じる時というのは、自分の存在が消されそうになった時なのである。

「自分の存在が消されそうになる」というのは、自分が殺されるとか、追い払われるとか、心身にダメージを受けるという広範囲の状況をすべて含んでいる。

そうなった時、生物は激しく「怒り」を感じ、その状況に立ち向かっていくことになる。「怒り」とは、自分の存在が消されないための戦いの感情だった。

「怒り」という感情が多くの生物を網羅した普遍的な感情であるということは、それが生物にとっては欠かすことができない感情であることを示唆している。


なぜ配偶者を奪われると「怒り」が湧き上がるのか?

「怒り」は往々にして破壊衝動を伴う。なぜなら、自分を消し去ろうという存在と立ち向かい、戦い、勝ち抜かなければならないからである。

たとえば自分が不意に攻撃された時に怒りを感じないでいると、どうなるのか。為す術もなく殺されてしまう。そして自分の存在が消されてしまう。

「右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ」などと言っていたら、殺されてしまうことになる。不意に攻撃されたら生存本能の赴くがまま、怒りを持って立ち向かわなければ生き残れないのである。

自分の縄張りが侵されたら、怒りと共に立ち向かわなければ自分が明日から生命の危機に陥ってしまう。

たとえば、自分の家に他人が勝手に上がり込んで追い出されると、明日から自分が路頭に迷って通常の生活が送れなくなってしまうのは明白だ。

縄張りを侵されるというのはそういうことだ。自分の縄張りを守るというのは生き残りのための重要な生存本能なのである。だから、すべての生物は縄張りを侵されることを激しく嫌い、「怒り」を感じ、相手を破壊しようと戦う。

利益を奪われるのも所有物を奪われるのも、みんなそうだ。自分の生存のために必要なものを奪われるというのは、自分の生存が脅かされるということなので、「怒り」という感情で激しく戦えるようになっている。

自分の配偶者を奪われた人も、凄まじい「怒り」を感じて相手を殴ったり殺したりすることもある。そうした事件は世界中で毎日のように起きている。

なぜ配偶者を奪われると「怒り」が湧き上がるのか。

それは自分の遺伝子を残すための生物的な手段を横取りされて、自分の遺伝子を残せない危機に陥るからである。それもまた遺伝子単位で見ると生命の危機でもある。

つまり「怒り」とは、広い範囲で自分の生存が脅かされることで生まれる感情だったのだ。

「右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ」などと言っていたら、殺されてしまうことになる。不意に攻撃されたら生存本能の赴くがまま、怒りを持って立ち向かわなければ生き残れないのである。


暴力の時代は、いつか必ずやってくる

そう考えると「怒り」を自分の感情から消すというのは、実は危険な行為である。

途方もなく長い時間をかけて生き残ってきた生命は、生き残るための重要な行動を「本能」として生命体に組み込んでおり、そこには不必要なものは一つもない。

「怒り」という感情が自分の理性とは別のところで湧きあがってくるのも、生命として「怒り」という感情が必要だったからである。

「怒りを消す」というのは、下手すると自分の存在を自分で消すことにつながりかねないものだったのだ。個体レベルで見ると「怒り」という感情が残っているのは正常であることに他ならない。

自分の存続が脅かされる状況にある時、「怒り」がないと生き残れない。

しかし、個体の生存本能として見れば正しいはずの「怒り」も、社会全体で見るとそれ自体が対立を生み出すというのも事実である。

その対立が、たとえば個人と個人の対立、人種と人種の対立、民族と民族の対立、国と国の対立と大規模になっていけばいくほど暴力のスケールも巨大なものになっていく。

人間社会の歴史のすべての時期で、暴力と戦争と殺戮が絶えないのは、人間の本能に「怒り」が組み込まれているからであり、それはどうしても避けようがないというのが歴史の教訓である。

つまり、人間社会は必ず大量殺戮を生み出す。

今日が平和だから明日も平和であるとは限らない。「怒り」は自分の存続が脅かされると突如として発生し、それは突発的な破壊衝動を生み出すからだ。

暴力の時代は、どんなに平和を求める民族の国であっても、いつか必ずやって来る。

それが歴史の教えるところだ。

今日が平和だから明日も平和であるとは限らない。「怒り」は自分の存続が脅かされると突如として発生し、それは突発的な破壊衝動を生み出すからだ。
https://www.bllackz.net/blackasia/content/20170503T0310520900.html




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学校は「労働者養成所」なので、資本主義の秘密は教えない

グラフィック・デザイナーと建設作業員の共通点は何か。プログラマーと通信販売受付スタッフの共通点は何か。玩具店店員と図書館司書の共通点は何か。生命保険外交員と国税専門官の共通点は何か。

資本主義社会の中で言うと、これらはすべて「労働者」であるということだ。

労働者と言えば、溶接工や土木作業員や金型工のような仕事に就いている人だけを指すような感覚を持っている人がいるかもしれないが、それは大間違いだ。

サラリーマンは言うに及ばず、プログラマーも、ネイリストも、ウェブデザイナーも、アニメーターも、メイクアップアーティストも、インテリア・コーディネーターも、みんな資本主義の中では「労働者」である。カタカナの仕事に就いたら労働者ではなくなるわけではない。

仮に機械組立工の仕事をしている人が、明日からネットワーク・エンジニアになったとしても資本主義から見ると、労働者が違う仕事の労働者になったというだけで何も変わっていない。

中華料理のウエイトレスがフライトアテンダントになっても、労働者が仕事を変えたというだけで、依然として労働者のままである。


資本主義の正体とは、ひとことで言うと何か?

労働者とは何者かというと、「他人に雇われて働く者」という意味である。他人に雇われているという状況が変わらない限り、どんな仕事に就いたとしても、それは労働者というカテゴリーで一括りにできる。

労働者は「会社」に雇われていると考えるのだが、その「会社」には所有者がいる。その所有者のことを「資本家」という。

だから正確に言えば労働者は「会社に雇われている」のではなく、「資本家に雇われている」と認識しなければならない。

会社を所有している資本家が、会社という組織を通して労働者を雇って働かせているというのが資本主義の姿である。

ほとんどの労働者は労働者としての人生をまっとうするので、なぜ資本家が労働者を雇うのか、あまりよく考えない。なぜ資本家は大勢を雇って「賃金」という名の金を労働者にばらまいているのか。

それは労働者が生み出す労働の対価よりも賃金を安く抑えて、残りを資本家が手に入れることができるからである。

たとえば、非常に有能なサラリーマンが1億円の仕事を取ってきても、年収は1000万円だったりすることも珍しくない。残りの9000万円はどこにいったのか。会社が持っていった。つまり、その会社の所有者である資本家が持っていった。

経費等を抜きにして考えると、この場合は労働者の仕事の対価は10%が労働者に、90%が資本家にいったということになる。カール・マルクスはこの現象を「搾取」と呼んだ。

資本家が労働者を雇う理由がここにある。労働の対価を搾取できるから資本家は労働者を雇うのだ。逆に言えば搾取できないのであれば資本家は労働者を雇わない。

労働者が常に生きていくギリギリの給料しかもらえず、資本家がどんどん金持ちになっていくのは、今も昔も搾取の構造が依然として残っているからに他ならない。

「資本主義の正体」を難しく考える必要はない。資本家と労働者と搾取の3つを覚えておけば、その本質を正確につかめたことになる。他のことは枝葉末節だ。
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2017/04/20170430T1444200900.html

ワーキングプアは這い上がれない理由は「これ」がないから


国税庁の「民間給与実態統計調査」では、2015年の平均年収は約420万円なのだが、4人に1人は年収200万円以下という憂慮すべき結果になっている。

その中で非正規雇用に限って言うと、男性約226万円、女性約147万円で、平均年収の半分以下となる。正規の仕事を捜しても見つからないと非正規雇用で妥協するしかないが、そうなると凄まじく厳しい生活が待っている。

こうした層を「ワーキングプア」と呼ぶのだが、働いても働いても豊かになれないワーキングプアは今後も減ることは決してない。

なぜなら多くの企業は無駄にコストがかかる正社員を絞るようになり、非正規雇用を増やして労働者を「使い捨て」するようになっているからだ。

「使い捨て」というのは、月単位、あるいは週単位、日単位で働く人との契約をいったんリセットするということだ。

必要であれば次も雇うし、必要なければそのまま切り捨てるということを意味する。企業はそうすることによってコストを微調整することができるようになる。


長い人生を生き延びるために押さえるべきポイント

IT化によって企業はコストが秒単位で読めるようになり、それによって雇用の調整もできるようになった。だから、労働者は月単位で増やすか減らすかを決められる。

そうなると、雇用が安定しない労働者はいったん不況が来れば雇ってもらえない状況が続き、安い給料でも甘んじて受け入れるしかなくなる。それがワーキングプアを生み出す。

ワーキングプアの最大の問題点は、その月の仕事はその日や長くても月末に精算されて、その時点で評価も成果も消えてしまうことだ。つまり、仕事において評価も信用も成果も「積み上げる」ことができない。だから昇級もない。

人生は短く、やり直しがきかないので、「積み上げる」ことができるかどうかは意外に生きる上での重要なポイントになる。

何にしろ、毎月毎月ゼロからのスタートを強いられるよりも、過去の生き方や仕事が、きちんと現在に評価や信用に「積み上げられる」方が有利に決まっている。

(1)生き方が首尾一貫していること。
(2)経験や仕事が「積み上げられる」こと。

ワーキングプアはそれができないことに問題点がある。仮に自分がこの仕事で生きたいと思っても契約が頻繁にリセットされるので、信用も成果も「積み上げ」ができない。だから生き方に首尾一貫性を持つことさえもできない。

非正規雇用では自分の意志に反して、まったく違う職種に回されることも珍しくない。そうなると仕事もゼロから覚えなければならない。

そして仕事を何とか覚えた頃にはまた契約が切れて、他の現場に回される。さらに積み上げても意味がないような単純労働的な仕事ばかりを強いられることも多い。

つまり、仕事に関しては永遠に初心者であることを強いられて、這い上がれない仕組みにハマる。こんな状況をどんなに長く続けても追い詰められるだけだ。

生き方に軸を持てず、経験や仕事を積み上げできないというのは本人にとっても社会にとっても不幸なことである。


無駄がなくなれば、生きやすくなるのは当然のこと

別に首尾一貫していなくても、積み上げる仕事がなくても、生きていけることは生きていける。現に、行き当たりばったりで生きている人もたくさんいる。

若いうちは試行錯誤も必要で、いろんなことを試すのも重要だ。しかし早くから自分の適性や才能を見極めて、一貫した方向性があれば試行錯誤が短くて済む。

自分の人生の目的が定まり、一貫した方向性があれば、自然とやっていることに無駄がなくなるのだから、生きやすくなるのは当然のことだ。

人生の早いうちから一貫した方向性が決まれば幸運だ。なぜなら、やることがすべて「積み上がる」からである。

この「積み上がる」というのが馬鹿にならない。

たとえば、あるときは建設現場のとび職をやって、あるときは工場の単純作業をやって、あるときはトラックの運転手をやって、あるときは飛び込みの営業マンをやっている人がいるとする。非正規雇用では珍しくない経歴だ。

この人の経歴は多彩かもしれない。しかし、そこに一貫性も方向性もないので、何かをやるたびに新しい現場でゼロからのスタートになる。

前職の経験で得たものがあるかもしれないが、あまりにも関連性がないので経験が無駄になる可能性の方が高い。つまり、「積み上がり」がない。

この人とは別に、ある人はプログラマーをやって、あるときはシステムエンジニアをやって、あるときはサーバー管理をやって、あるときはIT専門の講師をやっていたとする。

この人も違う職業を渡り歩いているのかもしれないが、そこには一貫してIT系という筋が通っている。

この人の仕事の経験はすべて現在に活かすことができているはずだと推測できる。人生に方向性があるので経験が無駄にならない可能性が高い。つまり「積み上がり」がある。

方向性が一貫していれば、このように経験を積み上げることが可能となる。経験が積み上がり、業界を俯瞰することができるようになり、技能が洗練される。

それによって、当然のことながら評価も上がり、信用も付く。一貫した方向性があれば、過去を現在に「積み上げる」ことができるようになる。


成功している人は「積み上がる仕事」をしている人

意識的にも無意識にも職種と生き方に軸がある人は「積み上がる仕事」をしている。こうした人は、行き当たりばったりで生きている人よりも、はるかに成功する確率が高い。

「積み上がる仕事」というのは、過去にやった仕事に対して、その時に生み出した技能・製品・サービス・土台・信頼が、現在の自分に利益をもたらすものを言う。

成功している不動産投資家は、過去に買った不動産で収益を得て、さらにその収益で別の不動産を買ってそこでも収益を得るというシステムを作り上げている。つまり、「積み上がる仕事」をしている。

成功している株式投資家も、過去に買った株式でキャピタルゲインもインカムゲインも得て、さらにインカムゲインで新しい株式を買って資産を膨らませる。やはり、「積み上がる仕事」をしている。

成功している事業家は、過去に作った製品で収益を得ながら、新しい製品を生み出して、そこでもまた収益を得る。これも、「積み上がる仕事」である。

彼らは、ワーキングプアのように時間と労働力を切り売りして終わりではない。「積み上げ」がきちんとしている。その「積み上げる仕事」が経験や信用を生み、結果的に経済的な余剰や内部留保をどんどん増やしていけるようになる。

逆に言えば、「積み上げる仕事」ができないと、余剰や内部留保を増やすことはできない。ここが、弱肉強食の人生を生き延びることができるかどうかの分かれ目になる。

(1)首尾一貫していること。
(2)経験や仕事が「積み上げられる」こと。

ワーキングプアは這い上がれない理由は「この2点」がないからでもある。現代社会は効率的だ。今の「邪悪な世界」は、安い労働力を永遠に確保するために、わざとそうしている可能性もある。

だから、この2点がきちんと自分の人生や仕事に織り込まれているかどうか、充分に考える必要がある。それも早急にだ。積み上げられないことに時間をかけていると、いずれ時間切れを宣告される。あなたは、大丈夫だろうか?

「働けど働けど我が暮らし楽にならざり。じっと手を見る」。「積み上げる仕事」がきちんとできているかどうかは重要なポイントだ。
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2017/05/20170501T1650490900.html


2. 中川隆[-13514] koaQ7Jey 2018年7月02日 07:27:43 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-16300]
新・日本の階級社会 (講談社現代新書) 橋本 健二
https://www.amazon.co.jp/%E6%96%B0%E3%83%BB%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%9A%8E%E7%B4%9A%E7%A4%BE%E4%BC%9A-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E6%A9%8B%E6%9C%AC-%E5%81%A5%E4%BA%8C/dp/4062884615

新・階級社会をブッタ斬る 安倍政権で1000万人! アンダークラスの衝撃 倉重篤郎のサンデー時評
https://mainichi.jp/sunday/articles/20180619/org/00m/070/003000d
https://blog.goo.ne.jp/owarano51/e/c7624749a70eae4b645c05fb87ddedb1
2018年6月20日 サンデー毎日 おはら野のブログ


倉重篤郎・本紙専門編集委員

▼いまや「就業人口の15%」がアンダークラス

▼急増する「生活保護予備軍」

男性未婚率が7割近い

「働き方改革関連法案」が衆院本会議で可決された。法案には格差是正が大きな目的として謳われているが、現実には安倍政権下の日本は「新・階級社会」を形成しつつある。平均年収186万円以下の「アンダークラス」が15%を占めるというこの国の衝撃的な実態を、橋本健二・早稲田大教授に聞く。

 噴飯物の森友・加計(かけ)問題。蚊帳の外でもがく外交。出口なしの異次元緩和……。安倍晋三首相統治下の政治には悉(ことごと)く批判的な目を向けてきたつもりだが、日本の経済社会構造のある変化には、鈍感であった。

 それは格差問題である。薄々は気付いていたものの、その社会問題としての深刻さを顧慮することなしに通り過ぎてきた。それが、『新・日本の階級社会』(講談社現代新書、2018年1月)という書と出合い、認識を新たにした。

 少し前までは総中流化と言われた日本社会が、かくまでに激しく階層分化していたとは知らなかった。しかも、そこにはアンダークラス(階級以下)という、一生非正規労働を続け、結婚もままならず、老いては生活保護を受けることが確実な最底辺の新しい階級が1000万人規模で誕生していたとは。

 今年はマルクス生誕200年でもある。そのマルクスが発見したのがプロレタリアートだった。勃興しつつある資本主義社会の中で、生産手段を持たず自らの労働力を売るだけでひたすら搾取される賃金労働者階級をそう命名したわけだが、アンダークラスは見方によっては、さらにその下に位置する新階級ともいえる。安倍政権下の日本の変貌を見据えるうえで、こういった社会構造分析は不可欠ではないだろうか。

 現代資本主義が作り出した、マルクスの想定をも超えた新たな階級の出現。そこにいち早く気づき、実態を学問的に定量分析し、日本社会に与える負の影響について警告を発しているのが、前掲書の著者、橋本健二・早稲田大教授(59)である。さっそく話を聞いてみた。

「新中間階級」が総崩れになる

 この本は難しい統計本だが、よく売れている。

「1月に初版を出して6刷、6万5000部です。この手の本では珍しい、と言われる。調べると、東京・大手町や日本橋の書店で売れた。大企業の大卒サラリーマンが買っているようだ。日経と朝日にやや大きめの広告を載せた。朝日ではあんまり反応がなかったが、日経に出て爆発的に売れた。アマゾンの全カテゴリーでベスト10入りし、2時間で在庫が売り切れた、という」

 日経購読者というサラリーマン心理に訴えた。その心は?

「不安なんでしょう」

 なぜ? 彼らはあなたが分類するところの新中間階級、正規労働者の上の階級だ。

「今はそうだが、いずれリストラされて非正規になるかもしれない。一流企業のサラリーマンが50代後半でリストラされ、マンションや駐車場の管理人をやっているケースはざらにある。自分の子供も心配だ、アンダークラスになるんじゃないかと」

 橋本氏が社会学者としてユニークなのは、座学だけではない点だ。街や居酒屋を愛し、そこでの社会観察を学問の糧にしている。『居酒屋ほろ酔い考現学』(毎日新聞出版)という著作まである。さまざまな階層の人々が出入りして、本音の姿をさらす居酒屋にも階層分化のヒントがあった。

「あちこち通ってみてわかったことは、居酒屋が随分短期間に序列化されたことです。高級店から立ち飲みまで階層分割された。かつて総中流社会と呼ばれていた時代に普通のサラリーマンが行ったような業態、つまり、スナックとか小料理屋とかが、ほとんど壊滅状態となり、高級店か大衆酒場に分かれてしまった」

 なるほど階級社会の進展は、居酒屋文化をも変えた。ちなみに、今回の取材も橋本氏行きつけの池袋の居酒屋で行った。

 それはそれとして、なぜ今、階級論なのか。

「元々マルクス主義系の理論で階層論、階級論を研究してきた。階級という言葉には理念先行的イメージがあるので、それを実証的データで補強したかった。ただ、方法論が難しく、米国の研究者のやり方などを参考に試行錯誤、大学院のドクターを出る時に何とか手法を確立した」

 階級とは、マルクス主義の洗礼を受けた世代には懐かしい用語だが、今の時代には敬遠されるのでは?

「1980年代に論文をいくつか書いたが、当時は1億総中流社会と言われており、そんなに注目されなかった。変わったのが90年代の終わりごろ。格差が注目され、何冊か本を書いた。世紀が変わり、小泉純一郎政権下で非正規労働者が増え、2006年に『格差社会』が新語・流行語大賞でトップテン入りし、講演や執筆依頼がさらに増えた。ただ、それも11年の東日本大震災でピタッと止まった。格差などと贅沢(ぜいたく)言うな、という風潮となった」

   ×  ×  ×

 そして今回の本の爆発的な売れ行き。安倍政権下で格差が一層拡大したこともあろうが、アンダークラスという新階級の出現を学問的に精緻に分析したことが、ショックと反響を呼んだのではないか。

 ここで簡単なおさらいをしておく。

 日本社会は五つの階級、つまり資本家階級(経営者・役員)、新中間階級(被雇用の管理職・専門職・上級事務職)、正規労働者、旧中間階級(自営業者・家族従業者)、そしてアンダークラス(パート主婦を除く非正規労働者)に分かれる。

 全般的に階級の固定化が進んでいると。

「資本家階級がそうだ。経済の成長力が弱くなり、新規事業を始めるのが難しくなった。技術革新で初期投資もかかる。となると、親が経営者でないと経営者にはなれなくなる。一方で、新中間階級は違う。大卒サラリーマンの子供がフリーター化する流れも出てきた」

 この著作のすごいところは、さまざまな公的統計を駆使して、すべてを定量分析し切っているところである。それによると、アンダークラスは、現時点では929万人と就業人口の14・9%を占める。02年691万人、07年847万人で、5階級の中で唯一激増を続けている。年金が受給できる60歳以上を除くと、平均個人年収は186万円と極端に低く、貧困率は38・7%とこれまた極端に高い。際立った特徴は、男性の未婚率が高く(66・4%)、女性に離死別者が多いことだ。

 アンダークラスはいつ出現した?

「1990年前後だ。80年代後半のバブル時代にフリーターが増えた。景気は良かったが、石油ショックの教訓から企業が正社員を抑制、非正規を意図的に増やした。雇われる側も好景気なので気にしなかった。その後も就職氷河期、リーマン・ショックと景気変動の波はあったが、毎年10万人から30万人くらいの若者が非正規になっていった。人生の一時期の非正規ではなく、人生の大半が非正規という全く新しい階級、アンダークラスの誕生だ。87年の時のフリーターが今は50歳代。元フリーターの中高年と現役フリーターとひっくるめての命名だ。そこには、夫と離死別して非正規で働く元主婦たちも入ってくる」

 なぜ非正規が固定化?

「かつて非正規は景気の調整弁とされ、景気がいい時には減って、悪い時には増えるといわれたが、近年の統計によると、景気変動と非正規の数は連動しなくなっている。景気の良し悪(あ)しに関係なく、企業は一定数の非正規を使うことで経営を成り立たせている。例えば、飲食業だと7〜8割、製造業だと3割くらい非正規化し、収益確保することがビルトインされている。全くの固定費用だ」

「肉体的生存」だけがぎりぎり可能

 先進国共通の現象か?

「欧州でも非正規は多いが、同一労働同一賃金で、日本ほど給与格差はない。日本企業特有の問題として人材活用能力の低下がある。人を育てられなくなっている。高度成長期の日本は、経営者はそんなに給料をもらってなかったし社員間の給料格差もなかった。それでもみんなで一生懸命頑張ることができた。人材活用がうまくいっていたからだ。今や経営者は億単位の報酬を与えないと仕事をしない」

 アンダークラスには大卒者もいる?

「大学中退者と高卒者に多いが、2000年代前半の大学生の就職率が6割を切っていた就職氷河期には、大卒者でありながら非正規になった人も多い」

 なぜアンダークラスと命名?

「アンダークラスには中年も多く、離死別したシングルマザーも入るから、フリーター(非正規の15歳から34歳の若者)としては括(くく)れない。『下層階級』では中小企業の正社員労働者も入る。『ロウアークラス』だと職人、農民が入る。そういった階層分類と差別化する必要があったし、この30年で新しくできあがった階級として、非常に不安定で貧困な人たちを総称するには『アンダークラス』と言うしかなかった。あえて訳せば『階級以下』だ」

 その最大の特徴は?

「結婚できない、ということ。マルクスの考えからいうと、労働者階級は下層階級だが、労働力を再生産するだけの賃金はもらう。彼らは家庭を持ち子孫を作った。そうしないと資本主義は滅びる。ただ、アンダークラスの人たちは、労働力を再生産するための十分な賃金ももらっていない。自分一人の肉体的生存はぎりぎり可能だが、家庭を作って子供を産み育てるまでには至っていない。勉強して技能を向上、そこから抜け出すこともできない。つまり次世代の労働者を再生産できない。生物種としての条件を欠いている。生物以下、生かさず殺さずだ」

 プロレタリアート以下?

「少なくとも労働者以下だ。生存権をはじめとする人権が十分に保障されていないこと自体が問題だ」

 加えて社会的にも大きな損失があり、また社会保障のコストも甚大だと。

「人材活用ができていない。貧しい家の子は大学に入れない。本来持っているはずの才能を磨き発揮できる場を持てない。非正規は使い捨てだから、企業が人材開発投資の対象にしない。だからますます育たない。そうやって低賃金のままに置かれてきた人たちが65歳になると、ほぼ間違いなく生活保護受給者になる。そのコストは数十兆円だ」

「健康状態が良くない人が多いから医療費もかかる。社会全体の健康レベルも下がる。自殺も多くなる」

「格差拡大で利害対立が起こりやすくなり、社会不安も懸念される。偏見を持ってはいけないが、生活苦で犯罪を犯す人が増えることも予想される。現に高齢者の万引きが増えている」

 ファシズムの温床にも?

「ネトウヨ、ヘイトは必ずしもアンダークラスの人たちではない。だが、最底辺の社会基盤として常に社会に対する不満を抱え、低賃金の外国人労働者らと競合しているのは事実で、頭のいいエリート右翼がアンダークラスをたきつけて動かすことはありうる。オレたちに金よこせ、外国人出ていけ、となる。まさにナチスの支持基盤と一緒だ」

 この先はどう予測?

「フリーター第1世代が今50歳前後だ。彼らが65歳まで働くとすると、あと15年は先述の毎年10万人から30万人規模でアンダークラス層が増え、現在が約900万人だから1100万〜1200万人に膨張する計算だ。その段階で出と入りが均衡するだろう」

人類史上になかった異常な社会

 新たにアンダークラス化するのはどういう人々か?

「アンダークラスは子供を持てないので一代限りの人が多い。正規労働者階級や新中間階級の子供が流れ込まないと、企業に必要な非正規枠が維持できない。実際流れ込んできている」

 1200万人といえば就業人口の2割を占める。一大階級になる。

「アンダークラスと他の4階級という対立図式が鮮明になり社会の分裂がますます激しくなる。これほど多くの人たちが貧しいために結婚もできないという社会は異常だ。人類史上かつてなかったディストピア(ユートピアの対極)だ。若者の貧困はさまざまな文化が継承者を失うことでもある」

 聞くほどに深刻な問題だ。

「アンダークラスという階級の大きな塊(かたまり)があって、固定化して脱出できない。それが今の日本社会に深刻な問題を撒(ま)き続けている。果たして為政者や国民にどれだけ理解されているか」

 確かに安倍政権の認識も薄く、無策のままアンダークラス層が拡大していく一方だ。まずは実態調査を徹底し、どう救済していくかを考えるべき時だ。かのマルクスは「共産党宣言」でプロレタリアートに団結と改革の原動力になることを求めた。今のアンダークラスにそのパワーは?

「ない。彼らには時間も情報もない。新聞も読まないし投票にも行かない。ある程度余裕のある新中間階級層が軸になり、各階級のリベラル派が合同して対処するしかない」

「現状では彼らを組織する政党はないが、これからは無視できなくなるのではないか。野党も所得再分配について国民の理解を求め、問題提起していく姿勢が必要だ。政治腐敗の追及も大事だが、政治にしか解決できないこういった構造問題にも切り込んでほしい」

 橋本氏は具体的な処方箋にも触れた。最低賃金の引き上げなど賃金格差の縮小、累進課税の強化、相続税率の引き上げ、資産税の導入など所得再配分政策の推進、そして、こういう時に必ず出てくる自己責任論に対する反論だ。

 曰(いわ)く。「自己責任論の立場で格差拡大を容認すると、先述したように社会全体の状況が悪化する。自己責任論者は、悪化した状態、壊れた社会を自分の責任として引き受けなければならない。それができますか」

 万国の労働者よ。否、万党の指導者よ。安倍首相よ。かつての若者のみならず、今の若者にも手を差し伸べよ。このままでは美しい日本も立ち行かぬ。右も左も関係ない。日本という国家の持続可能性の問題だ。

はしもと・けんじ
 1959年生まれ。社会学者。早稲田大教授。「階級」という切り口で日本社会の構造的な問題を明らかにしている。著書に『「格差」の戦後史』『階級都市』ほか


3. 中川隆[-13513] koaQ7Jey 2018年7月02日 07:28:26 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-16300]

「努力しても報われない」世界がある

私は「必死で働く人は報われる」と頑なに思い込んでいた。

「怠惰な人が運だけで豊かになって、必死で努力している人が報われないのは、正義ではないし、残酷だ」という考え方が、ずっとこびりついて離れなかったからだ。

私は自覚していなかったが、それは日本の教育の成果だったのだ。「必死に努力すれば道は拓ける」というのは、今も昔も学校教育の基礎だ。

本当は、人間ひとりひとりに能力があって、生まれつき頭の良い子供もいれば、どう努力しても能力の足りない子供もいる。この差は、生まれつきのものなので埋めがたいものがある。

しかし、学校教育は駄目な子供も面倒を見なければならないし、彼らをある程度「向上」させなければならない。そこで、学校は「必死に努力すれば道は拓ける」と教えることになる。

子供たちは、自分が勉強ができないのは「生まれつきではなく努力が足りないから」だと教育される。

自分を客観的に見つめられる子供は「ひょっとして自分は頭が悪いのか?」と冷静に思うのだが、教育はそれを認めず「努力が足りない」と言って「本当にできない子」を勉強に駆り立てていく。

本当は能力は人によってバラバラで、その差は決して埋まることはないのだが、「努力すれば報われる」と思い込まされるのである。

私も日本の教育を受けてきたので、無意識に「努力すれば報われる」という現実的ではない哲学が身についていた。

しかし、東南アジアで必死で生きている人たちを見て、気付いてしまったのである。必死で働き、必死で努力している人が報われるのであれば、なぜ彼らが報われないのか……。

現実を客観的に分析すると、努力など「何ひとつ」していない私の方が彼らよりも経済的余裕があった。日本に生まれて、なおかつ時代がバブルだったという僥倖があったからだ。

私はたまたま日本の良い時代に生まれていた。努力はまったく関係なかったし、私に持って生まれた特別な才能があったわけでもない。

私は愚かではないが天才でもない。本当に普通の人間だった。日本という国は素晴らしかったが、私自身は語るべきものは何もなかった。

それなのに、私は必死で生きようともがいている人たちよりも圧倒的に恵まれていた。

「努力すれば報われる」というのであれば、これは不可解な現実だ。「もしかすると、努力しても報われない」のが現実なのではないか、と私はうっすらと思うようになっていった。


とどめになったのは、カンボジアの売春地帯にいた女性たちと付き合うようになってからだ。

彼女たちは、もう生まれたときから家が貧しく、教育もなく、計算もできず、身体を売るしか生きる方法がなかった。

そんな中で売春宿のオーナーに搾取され、乱暴な客に罵られ、這い上がることなど到底不可能な世界の中でもがいていた。

「努力したら報われる」どころの話ではない。あまりにも極限の底辺に堕ちると、足りないものが多すぎて必死で働いても浮かばれないのである。

借金もある。計算できないから売春宿のオーナーからピンハネされ放題だ。抜け出しても、字も書けず、計算もできないから普通の職業に就けない。教育を受けるにも金が要るが、そんな金もない。今を生きなければならない。

そんな世界で「努力したら報われる」など、きれい事でしかなかった。しかも、途上国で必死で働いても、先進国のアルバイトの時給にも負ける。時間が経てば経つほど差が開いていく。

先進国で生まれるか途上国で生まれるかは、それこそ運でしかない。富裕層で生まれるか貧困層で生まれるかも運だ。いろいろな環境が本人の努力を超えた部分で決まり、人生が左右される。

もし私がカンボジアの底辺で生まれていたら。あるいは、インドの低カーストで生まれていたら……。

私が生まれた国と時代が悪ければ、「一匹狼だ、野良犬だ、ハイエナだ」と斜に構えて生きることなど到底できなかった。必死で働いても何も得られず、社会に押しつぶされながら生きていたはずだ。

「努力しても報われない」世界があるのだ。
https://blackasia.net/?p=7713


4. 中川隆[-13512] koaQ7Jey 2018年7月02日 07:29:48 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-16300]

2018.04.28
中国の若者たちよ、マルクスを読もう


中国の新華社からメールで質問状が届いた。

中国でもマルクス生誕200年がにぎやかに祝われるようだけれど、その中で「マルクス再読」の機運が高まっている。その流れの中で

石川先生との共著『若者よマルクスを読もう』
https://www.amazon.co.jp/%E8%8B%A5%E8%80%85%E3%82%88%E3%80%81%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%82%92%E8%AA%AD%E3%82%82%E3%81%86-20%E6%AD%B3%E4%BB%A3%E3%81%AE%E6%A8%A1%E7%B4%A2%E3%81%A8%E6%83%85%E7%86%B1-%E8%A7%92%E5%B7%9D%E3%82%BD%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%A2%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%86%85%E7%94%B0-%E6%A8%B9/dp/4044086125/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1525065889&sr=8-1&keywords=%E8%8B%A5%E8%80%85%E3%82%88%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%82%92%E8%AA%AD%E3%82%82%E3%81%86


も中国語訳が出て、ずいぶん売れている(らしい)。

質問状には6つの質問があった。僕の方はこんなお答えをした。


1.『若者よ、マルクスを読もう』が出版され以来、日本ではベストセラーになり、中国でも大好評となり、愛読されています。その原因はどこにあるのでしょうか。なぜ資本主義社会の日本にはマルクス主義を愛読する人がこんなに多く存在しているのか、その原因は何だと思われますか。

日本では、マルクスは政治綱領としてよりはむしろ「教養書」として読まれてきました。つまり、マルクスのテクストの価値を「マルクス主義」を名乗るもろもろの政治運動のもたらした歴史的な帰結から考量するのではなく、その論理のスピード、修辞の鮮やかさ、分析の切れ味を玩味し、テクストから読書することの快楽を引き出す「非政治的な読み方」が日本では許されていました。マルクスを読むことは日本において久しく「知的成熟の一階梯」だと信じられてきました。人はマルクスを読んだからといってマルクス主義者になるわけではありません。マルクスを読んだあと天皇主義者になった者も、敬虔な仏教徒になった者も、計算高いビジネスマンになった者もいます。それでも、青春の一時期においてマルクスを読んだことは彼らにある種の人間的深みを与えました。

政治的な読み方に限定したら、スターリン主義がもたらした災厄や国際共産主義運動の消滅という歴史的事実から「それらの運動の理論的根拠であったのだから、もはやマルクスは読むに値しない」という推論を行う人がいるかも知れません。けれども、日本ではそういう批判を受け容れてマルクスを読むことを止めたという人はほとんどおりませんでした。「マルクスの非政治的な読み」が許されてきたこと、それが世界でも例外的に、日本では今もマルクスが読まれ続け、マルクス研究書が書かれ続けていることの理由の一つだろうと思います。


2.マルクス主義の日本への影響についてご説明いただけますか。特に現在の日本への影響について。

戦後の社会運動の多くはマルクス主義の旗の下に行われました。特に学生たちの運動はほとんどすべてがマルクス主義を掲げていました。ラディカルな社会改革のための整合的な理論としてはそれしか存在しなかったからです。しかし、60年安保闘争でも、60年〜70年代のベトナム反戦闘争でも、実際に日本の学生たちを深いところで衝き動かしていたのは反米ナショナリズムだったと思います。対米自立をめざすこの国民感情はその後「経済力でアメリカを圧倒する」という熱狂的な経済成長至上主義にかたちを変えて存続しました。そこにはもうマルクス主義の影響は見る事ができません。

ですから、現代日本にマルクス主義がどう影響しているのかという問いには「政治的理論としては、ほとんど影響力を持っていない」と答えるしかありません。
日本共産党はマルクス主義政党ですが、選挙で共産党に投票する人たちの多くはその綱領的立場に同調しているというよりは、党の議員たちが総じて倫理的に清潔であり、知性的であり、地域活動に熱心であるといった点を評価していると思います。

ただ、日本では1920年代以後現代にいたるまで、マルクス主義を掲げる無数の政治組織が切れ目なく存続し続け、マルクス主義に基づく政治学や経済学や社会理論が研究され、講じられてきました。マルクス主義研究の広がりと多様性という点では東アジアでは突出していると思います。そのせいで、マルクス主義者でなくても日本人の多くはマルクス主義の用語や概念を熟知しており、そのスキームで政治経済の事象が語られることに慣れています。それは間違いなくわれわれのものの考え方(とくに歴史をとらえる仕方)に影響を与えているはずですけれど、それを「政治的影響」と呼ぶことは難しいと僕は思います。


 
3.先生はいつごろからマルクスの著作を勉強し始めたのでしょうか。先生が考えられているマルクス主義の偉さを何点か挙げていただけますか。

最初にマルクスを読んだのは高校一年生の時です。『共産党宣言』でした。マルクスの著作で一番好きなのは『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』です。これはロンドンにいたマルクスが、ニューヨークの友人に依頼されて、アメリカのドイツ語話者のための雑誌に書いた、フランスの政治的事件についての分析記事です。この入り組んだ執筆事情のせいで、マルクスの天才的な「説明能力の高さ」が遺憾なく発揮されています。同じ条件の下でこれだけ明快で深遠な分析記事を書くことのできたジャーナリストが果たしてその時代のアメリカやヨーロッパにいたかを考えてみるとマルクスの偉大さが分かると思います。


4.「マルクスを読めば人々がより賢くなる」とおっしゃいましたが、具代的な事例を挙げていただけますか。

クロード・レヴィ=ストロースは論文を執筆する前に必ずマルクスの著作を書架から取り出して任意の数頁を読んだそうです。そうすると「頭にキックが入る」のです。

この感じは僕にもよくわかります。マルクスを読むと「賢くなる」というより、「脳が活性化する」のです。マルクスの文体の疾走感や比喩の鮮やかさや畳み込むような論証や驚くべき論理の飛躍は独特の「グルーヴ感」をもたらします。マルクスの語りについてゆくだけで頭が熱くなる。いささか不穏当な比喩ですけれど、ロックンロールなんです。マルクスのテクストは。

5.マルクス思想を使って、現代社会における矛盾を解決する事例を挙げていただけますか。


マルクスの理論的枠組みをそのまま機械的に適用して解決できる矛盾などというものはこの世に存在しません。シャーロック・ホームズが難事件を解決した時の推理をそのまま当てはめても次の事件が解決できないのと同じです。ホームズから僕たちが学べるのはその推理の「術理」だけです。

僕たちはマルクスを読んで、広々とした歴史的展望の中で、深い人間性理解に基づいて、複雑な事象を解明することのできる知性が存在するということを知ります。そのような知性がもしここにいて、今のこの歴史的現実を前にしたときに、どういう分析を行い、どういう解を導き出すかということは自分で身銭を切って、自力で想像してみるしかありません。それはマルクスをロールモデルにして自分自身を知的に成熟させてゆくということであって、「マルクス思想を使って」ということではありません。

6.中国の若者たちが学校からマルクス主義に触れ始めています。マルクス生誕200周年を迎える今、中国の学生の皆さんに、または世界の若者たちに送りたいメッセージはありますか。

「マルクス主義に触れる」ということと「マルクスに触れる」と言うことは次元の違うことです。僕たちがこの本で若者たちに向けて語ったのは「マルクスを読もう」であって「マルクス主義を知ろう」とか「マルクス運動にコミットしよう」ということではありません。それもそれで価値ある政治的実践でしょうけれども、僕はマルクスを読むことの意味は「政治的」に限定されないと考えています。若い人たちが知性的・感性的に成熟して、深く豊かな人間理解に至るためにマルクスはきわめてすぐれた「先達」だということを申し上げているだけです。このアドバイスはどの時代のどの国の若者たちに対しても等しく有効だろうと僕は信じています。
http://blog.tatsuru.com/2018/04/28_1006.php


5. 中川隆[-13511] koaQ7Jey 2018年7月02日 07:31:59 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-16300]
2018年04月09日
イギリスの貧困問題 貧困の固定化と世襲


貧困層は固定化し、貧困家庭の子供はグループを作り非行にはしる。
するとますます社会から排除される
引用:https://i.pinimg.com/originals/af/94/55/af9455320213a6cb6ddb33f550fcbba0.jpg


イギリス人の収入減少

イギリスはEU離脱にともなう経済ショックがあり、一見立ち直ったようだが貧困化が拡大している。

イギリスでは収入の上昇率がインフレ率を下回る年が続いていて、日本と同じく実質賃金が減少している。

働いても賃金が増えないのは国民の労働意欲を低下させ、EU離脱国民投票の一因にもなりました。

インフレ率が2%や5%の年も、マイナスの年もあったが、いずれも賃金上昇率のほうが低かった。

毎年じわじわと収入が減ったがイギリス人は支出を減らさず、クレジットカードの借入金を増やした。

イギリスの貧困はEU離脱やリーマンショックが原因ではなく、20年以上前から進行していました。


イギリスには南北の経済格差があり、大陸に近い南は豊かで、北極に近い北側は貧しい。

表日本と裏日本、あるいは東北と関東以南のようなものかも知れない。

イギリスは身分制度の名残からか貧困者や弱者を非難する傾向があり、「貧乏なのは自分のせい」のような言い方をする。


貧困者を救済するという考えは乏しく、貧困家庭の子供は「一目見ると分かる」ほど違う。

肌の色が(人種の違いではなく)栄養不良のため浅黒い、ボロボロで汚れた服、給食を余分に取って持ち帰るなどの違いがある。

イギリスには貧困は自己責任という考え方が強いので、貧困家庭に生まれた子供を救済するという考えもない。


イギリスの貧困の固定化

イギリス政府は貧困対策費として10兆円以上を支出していて、その4割以上は医療費に、3割は教育や児童福祉に当てられている。

食料補助のフードバンク利用者は100万人以上で、他にも生活保護のような制度があるが、貧困者は国民の11%を超えて増え続けている。

イギリスの貧困を固定化させたと言われているのは、意外にもイギリス経済を救ったとされるサッチャー首相でした。


サッチャーは自由主義経済を掲げて民営化や競争原理の導入を推進したが、日本で小泉改革で起きたことを想起すると良い。

競争を促進した結果、豊かな人はより豊かに、貧しい人はより貧しくなって、「貧困階級」が生まれて固定化した。

自由主義では貧困の原因は「本人が愚かなため」教育を受けなかったり怠けたり、安逸に暮らしたからだとされる。


自由競争社会とは要するに、バケツにザリガニを入れて戦わせ、生き残った奴だけにエサをやるのに似ている。

なるほど生き残ったザリガニは優秀で、負けたザリガニは弱かったのだろうが、生き残るザリガニは少数しかいない。

少数の勝ち組と大多数の負け組みに別れ、負け組みは親から子に貧困が受け継がれる。
http://www.thutmosev.com/archives/75660973.html


6. 中川隆[-13510] koaQ7Jey 2018年7月02日 07:33:24 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-16300]
金利ゼロの現代はマルクスが予見した「成長の限界」に近づいている
http://diamond.jp/articles/-/166180
2018.4.6 的場昭弘:神奈川大学教授 ダイヤモンド・オンライン
 


 いったい利子はどこから生まれるのだろうか?

 お金を貸せば利子が生まれることは、少なくとも現在のわれわれには一般的常識だ。

 だがその金利がゼロというのはどういうことか。

 それは、資本が自己増殖を続ける資本主義経済で、資本があり余った状態、つまり資本主義が新しい段階に入る胎動を示しているのかもしれないのだ。

利子はどこから生まれる?
生産による利潤の一部

 基本的なことから考えてみよう。利子とは何なのか。

 借り手がいなければそもそも利子など成立しないはずだ。お金を貸したいという「貸し手」と借りたいという「借り手」がいれば、なるほど利子は自然に生まれるように見える。

 だから、利子は「借り手」と「貸し手」との需要と供給の関係から生まれるように見える。しかし、「借り手」が借りたお金を貯め込んで、生産に投資しなければ、利子など生まれるはずがない。利払いに回す原資がないのだから。

 こう考えると、借りた以上は利子を支払わねばならないという点から生じる利子の発生の問題と、利子がどこから生まれるかという利子の起源の問題はまったく違うことがわかる。

 それでは利子は、いったいどこから生まれるのか?

 交換経済というのは、人間社会がものをつくり、それを消費して成り立っている。人間が生きるための物質的生産に資本が投資され、生産したものが購入されて利益が出ないかぎり、利子が生まれるはずはないといえる。

 つまり利子の原資は、基本的に、物質的生産から得られる利潤の一部である。だから資本は生産に投資せざるをえないのである。

 もちろんサービスへの投資も利子を生み出すが、それは物的生産が前提にされる限りでのことだ。人間は霞を食って生きてはいけない。だから、サービス産業を中心とする先進国経済も、背後に後進諸国の、物的生産である工業や農業を前提にしている。

 要するに、先進国経済は、資本を後進国に投下し、後進国の物的生産によって生み出された利潤の一部を利子として受け取っているのである。

 しかしこうした基本的事実は、現代社会ではなかなか見えてこない。むしろ利子は、貨幣が自然に生み出す魔術のように見えるが、そうではないのだ。

資本蓄積が進むと
利潤率や利子率は長期低下傾向に

 ただ、利子が物的生産によって得られる利潤の一部とはいえ、利子が生まれるのは、生産に投資される資本が相対的に稀少であることが前提だ。

 あり余るほど資本がある場合には、「借り手」はいないから利子率はゼロに近い。逆に資本が稀少である場合は利子率が高い。

 資本主義の歴史を振り返っても、資本蓄積が少ない時代には利子率は高く、資本蓄積が進むと利子率が低くなる傾向にあることがわかる。

 貨幣の価値が金などとリンクしていた19世紀までは、貨幣の供給量が金や銀の生産を前提にしていたから、供給が限られることで相対的資本不足であり、利子率は高かった。

 その後、現在の金などとの交換を前提にしない不換紙幣になり、また株式発行による資金調達などが拡がると、資本の拡大とともに、自然利子率は(政府の意図は別として)徐々に下がる傾向にある。

 資本主義発展の初期の段階は国内市場も世界市場も十分あり、新製品への需要も十分あり、労賃は安く、投資は活発だ。経済成長の始まりの時期であり経済成長率は高く、利子率は高い。

 しかし、次第に資本蓄積が進むにつれて、成長は鈍化し、市場も閉塞化し、新製品もなくなり、経済成長は次第に停滞していく。こうして成熟した時代、過剰資本と過剰蓄積の社会が生まれる。

 過剰資本と過剰蓄積の結果、投資をしても得られる利潤率が相対的に低落することで、利潤の一部から生まれる利子は相対的に減少する。それによって利子率は減少する。

 現代の「ゼロ金利」の背景には、こうした資本主義の発展段階の変化が反映されていると考えたほうがいい。

マルクスが予見した
利潤率低下の法則

 マルクスはこうした現象を利潤率の傾向的低落という法則から、説明している(『資本論』第3巻の議論)。

 表面上、もっといえば個別の資本で見れば、現在では個別の企業と言い換えてもいいかもしれないが、利潤率が下がろうが、上がろうが、「貸し手」としては貸した以上、利子をいくらでも取っていいように見えるが、資本全体の立場から見たら、利子率は利潤率に依存せざるをえない。

 では、利潤はどこから生まれるか。

 マルクスは、利潤は人間(労働者)が働いて産み出した価値の一部を資本がかすめとっもの(「剰余価値」)だと考えた。

 利潤が、機械や原料から、あるいは企業家の創意工夫から生まれるのであれば、労働者がいなくても利潤はどんどん生まれていくことになる。

 ところが、我々が生きている交換経済というのは、人間と人間との生産物を貨幣を媒介して交換しあう仕組みだ。

 つまり、生産した生産物はほかのだれかに購入され、消費されねばならない。生産物が「商品」として購入されることで、資本は利潤を得るのだ。

 生産だけの社会では利潤は実現できない。つねに生産し、購買し、消費する人間が前提とされなければならない。

 動物社会には利潤は存在しないし、ロボットの世界にも存在しないのである。人間の代わりに動物やロボットを使うことで、労働力を代替することはできるが、動物だけ、ロボットだけの社会では、利潤は生まれないのだ。

 より正確に言えば、利潤は、ほかの人間、すなわち労働者からの剰余価値の収奪として出現する。

 つまり、資本が、労働者を使った生産から得られる剰余価値(利潤)は、その生産物を、他の労働者が働くことで得た所得で購入することによって初めて利潤として具現化するわけだ。

 要するに利潤とは、ほかの人間の労働からかすめ取られたものであるということだ。

 その「収奪」の形態は、個別の資本の場合は、労働者が支出した労働力とそれに対して支払われた労賃との不等価交換によって行われる。

 しかし、資本全体の間では、こうした不等価交換だけでなく、競争によって、生産性の高い企業が生産性の低い企業から利潤を収奪するという形をとる。

 このため企業はこぞって生産性を向上させるために新しい機械を導入し、利潤を得よううとする。だからこそ、資本主義経済では、利潤が労働者の労働から生まれるというよりは、資本家相互の競争から生まれるように見える。

 だから利子が利潤から生まれることは理解できても、それが労働と関係しているとは誰も考えない。

フロンティアの拡大、難しく
投資を控える資本

 そして利潤が相対的に低い状態とは、利潤率が下がった状態である。

 資本がだぶつき、投資を控える状態が、利潤率が下がった状態であり、投資しても利潤が得られないことで、利子率はさらに下がっていく。利潤が上がらなければ利子率はゼロに近づく。

 資本主義は、利潤率を上げるために懸命の努力をしてきた。

 海外市場への展開や新製品の開発で「フロンティア」を拡大し、一方で原料コストの引き下げ、労賃の引き下げなどをしてきた。市場が飽和し、新製品がなく、労賃の引き下げがそれ以上進まない場合には、利潤率は傾向的に下がっていく。それは、とりもなおさず経済成長の停滞を意味する。

 資本主義はつねに成長拡大のために資本投資を行い、利潤を獲得し、その中から利潤を上げ、利子を支払い続けねばならないシステムだともいえる。

 利潤率の傾向的低落の法則は、いくつかのそれを阻止する要因がない場合、資本主義にとって致命的な法則だといってよい。利潤率が下がれば、利子率も次第に下がっていく。

成長力を失い新たな段階へ
資本が「社会化」する時代に?

 こう考えると、いまの「ゼロ金利」や「金余り」の現象は、経済成長が難しくなり利潤も得られなくなった結果であり、資本主義は時代を終えつつあるのかもしれない。

 利子率を引き上げるには、本来、利潤率を引き上げるしかない。そのためには新しい製品を開発し、市場を拡大し、労賃を引き下げることだが、それが難しくなっている。

 地球環境という有限性を考えれば、いつか資源は枯渇するだろうし、新製品の開発が環境破壊を生み出すことにもつながっている。宇宙にモノを売りに行くわけにはいかず、地球という市場の閉塞性を打破できないとなれば、いつかはその「成長の限界」の時は来る。

 繁栄した国が衰退しても、新たなる繁栄した国が生まれることで成長を続けることができた牧歌的時代がかつてはあった。

 当面、アフリカやアジアの一部では、労働力が増え、先進国では飽和状態の製品が売れ、市場が拡大することによる利潤率の上昇という砦が残されてはいるが、やがては次第に全体としての成長力を失い限界に到達しつつあるのかもしれない。

 金利ゼロという現象は、もはや一国の問題ではなく、資本主義全体の問題でもあり、近未来社会への兆候にも思える。

 その姿はまだはっきりしないが、資本があり余り、資本が「社会化」する時代が到来するのかもしれない。


7. 中川隆[-13509] koaQ7Jey 2018年7月02日 07:34:15 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-16300]
現代の資本主義は、すでに多国籍企業が乗っ取った
多国籍企業をしのぐ組織体はこの世に存在しない。資本主義は多国籍企業が乗っ取った。

その結果、本来は国境という壁があったものを企業はやすやすと乗り越えて税金逃れを可能にし、さらに先進国の高賃金の労働者を切り捨てて途上国で工場を建て、失業者の面倒は国に押し付けるようになっていった。

その結果、世界各国で起きているのは「国家負担の増大」である。それは福祉や年金という形を通してどんどん国家を締め付けている。

それを是正しようとしているのがドナルド・トランプ大統領なのだが、だからこそトランプ大統領は執拗に叩かれ、攻撃され、排除されようとしているのだ。

トランプ大統領の任期には限りがある。しかし、多国籍企業には任期がない。だから、必然的にトランプ大統領という抵抗勢力が消えたら、世界は再びグローバル化に邁進していくことになるのは間違いない。

そうなると、世の中はどう変わっていくのか。

多国籍企業の利益は莫大になり、税金逃れも徹底化していくので、最終的には国家の破綻が相次いでいく。次に、国家の概念そのものが消滅する。

そして、多国籍企業が世界を統治する。

今、世界中のあちこちの国で国家財政の赤字が膨らんで、破綻が起きるか起きないかの瀬戸際にまで追い込まれている。日本も同様だ。
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2018/03/20180331T1609030900.html#QnrlsL5.google_plusone_ninja_m


8. 中川隆[-13508] koaQ7Jey 2018年7月02日 07:35:20 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-16300]
巨大格差の中で、富裕層は貧困層に対して常に100戦無敗だ
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2018/03/20180302T2023060900.html#QlW3S3n.google_plusone_ninja_m

100万円の資産しかない人間が、100億円の資産を持つ企業と無理やり競争させられるのが資本主義の掟である。巨大な者が「もっと自由を」という時は、「弱者を叩きつぶす自由をくれ」という意味なのである。


「社会から使い捨てにされる立場」追い込まれた

「どんどん競争させろ。競争のルールは必要最小限にしろ。弱い者がどうなったところで知ったことではない」

これが資本主義を拡大解釈した「市場原理主義」の正体である。日本は2000年に入ってから、この弱肉強食の市場原理主義が浸透するようになった。


9. 中川隆[-13507] koaQ7Jey 2018年7月02日 07:36:13 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-16300]
逆転不能!日本はいつのまにか「階級固定社会」になっていた それは、孫の代まで引き継がれる
2018.03.01 週刊現代  現代ビジネス
http://www.asyura2.com/18/hasan126/msg/302.html


蛙の子は蛙――。富裕層の子供が金持ちになる傾向は極めて強い。その大きな要因が教育だ。

全国に飲食店を展開する実業家(38歳・男性)は3歳の子供をこれから「慶應義塾幼稚舎」に入れようと画策している。自身も幼稚舎の出身だ。

「そのために、子供を有名幼稚園に通わせています。慶應に入りたいなら高校や大学からでもいいと言われることがありますが、実は中学校以降で慶應に入ってもあまり意味がありません。

幼稚舎の最大の特徴は6年間クラス替えがないこと。同じ担任の先生を中心にクラス全員が固い絆で結ばれます。そして卒業後も、その先生を中心として、歴代の卒業生が定期的に会う会合が開かれるんです。

6学年ずつ上の先輩が、弟のようにかわいがってくれる。12歳年上、中には2回り、3回り年上の先輩も同じ先生に習ったというだけで親しくしてくれる。

この人脈が実社会で生きる上での武器になるのです。幼稚舎出身以外の『その他大勢』の慶應生とは世界が違うのです」

この他、富裕層は子供の将来を考えて、インターナショナルスクールに入れる家庭も少なくない。前項にも登場した投資家のW氏は、子供を海外に送り込んだ。

「スイスのプライベートバンクに一定以上の資産を預けると、バトラー(執事)がついて、資産運用だけでなく、プライベートの面倒も見てくれます。

そこで、段取りをしてもらって、子供をスイスの寄宿学校へ進学させました。もちろん、入学のために一生懸命勉強したのは子供ですが、書類の作成や手続きなどで無駄な労力を使いたくないですからね。

年間軽く1000万円以上かかる、選ばれし者たちの学校です。ただ、日本で画一的な教育を受けても仕方がありませんし、早めにそういう世界を見せておくことはプラスになるでしょう」

富裕層の子息は優れた教育を受け、同じような階級の学友に恵まれ、その後も経済的な成功を収める。孫の代になっても、こうした傾向は続く。

一方、アンダークラスはどうか。川崎市在住の部品工場で働く派遣労働者(26歳・男性・月収15万円)の話。

「両親は物心つく前に離婚し、僕は母方の祖父母の家に預けられて育ちました。祖父母には迷惑をかけられないと、商業高校に入った直後から近所のスーパーのレジ打ちのバイトをし、卒業後、いったんはゴルフ場に勤めたのですが、将来が見えずに6年で退職。

つなぎとして派遣会社に登録し、現在に至ります。派遣会社や工場の正社員を見ていると、僕も大学を出ていればよかったと思いますが、祖父母は頑張って育ててくれたわけで、恨む気持ちはありません。

今は築50年の木造アパートに家賃5万円で住んでいます。すきま風が入ってくるため、冬の寒さは過酷です。部屋の中でも手袋、帽子、マフラーの着用は欠かせません。食事は半額の値札のついた弁当を狙って、深夜のスーパーで購入します」

こうした貧富の差は見た目も左右する。資本家階級と労働者階級の身長と体重を比べると、栄養状態が違うからだろう、明らかに資本家階級のほうが体格に恵まれているのだ。

男性の場合、資本家とアンダークラスの間には3.8cmの身長差、7.1kgの体重差がある。

貧困層はうつ病になりがち

メンタル面の階級差も見逃せない。早稲田大学教授の橋本健二氏の統計的分析によれば、アンダークラスの5人に一人がうつ病やその他の心の病気の診断や治療を受けたことがあり、4人に一人が絶望を感じている。

人間関係も貧困で、資本家階級には親しい友人・知人が平均で20人いる一方、アンダークラスには5人しかいない。男性に限れば3.2人とさらに少なかった。そして、アンダークラスの半数が将来の生活に「とても不安」を感じている。

このような状況下で、アンダークラスが結婚・出産・育児に前向きになれるはずがなく、仮に子供に恵まれたとして、その教育にカネを回すことはできない。その結果、社会は殺伐としたものになっていくと、前出の橋本氏は予言する。

「階級差が大きい社会では、多くの人々は公共心や連帯感を失ってしまう。人々の間には友情が形成されにくくなり、コミュニティへの参加も減少します。このため犯罪が増加していくでしょう。

また、アンダークラスの多くは独身で家族がいませんから、彼らが働けなくなると生活保護を受けざるを得ません。そうなれば、政府の財政負担も加速度的に増えていくでしょう」

非正規労働者はいくら努力しようと、資本家どころか、正規労働者にすらなれず、一方、資本家たちは肥え太っていく。新旧中間階級はアンダークラスに転落しないよう、自己保身に汲々とする。

「失われた20年」で、こうした日本社会の構造は揺るぎないものになった。ぶち壊すには革命しかない。それは歴史が証明しているのだが……。


10. 中川隆[-13506] koaQ7Jey 2018年7月02日 07:38:29 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-16300]
2018.02.07 新階級社会 日本の不都合な真実
https://golden-tamatama.com/blog-entry-kaikyu-shakai-japan.html

さて、週刊現代と言えば、えっちな写真が載ってるオジサン向け週刊誌です。

ワタスも時々、コンビニで股間を膨らませつつ楽しませて頂いています。

新階級社会とあったので読んで見ました。

張っときます。


入会金540万円のスポーツジム

頑張れば報われるそれは、昭和の牧歌的な風景だったのかもしれない。

仮にM氏としよう。 シンガポールに住む投資家で元々メーカー勤務のサラリー マンだったがベンチャ ー投資で財を成して、その後、資産は倍々ゲームで増えている。

そのM氏が語る。
「資産がいくらあるのか正直、自分でも正確に把握できていないんですよ。数百億円といったところでしょうか。

複数のプライベートバンカーに運用を任せていて株や債券、外資、資源、ゴールドなど、ありとあらゆる金融商品に投資している。

何かで損が出ても他が補ってくれるので、資産は安定的に増えていく。年収は5億円くらいは優にある。」

M氏は続ける。

月に1000万円使うって大変なんですよ。昔は酒とオンナで浪費しました。入会金100万円払ってVIP向けの会員制交際タップに入り有名グループの女性アイドルを買ったこともあります。

でも、実際に寝てみたら「こんなものか」という。ワインは多少高いものを飲みますが、飲める量には限度がある。結局、酒もオンナもほどほどで、健康が一番という結論にたどり着きました。

ああ、時計は買いましたね。アラスカでオーロラを見た後、スイスに行った際に。リシャール・ ミルの1億円の時計を2本買った。

金を使うのは自己研鑽、情報収集、人脈形成のためですね。

一般の人がとても入会できない高級スポーツジムで汗を流してます。大手町にある超高級フィットネスクラブ。入会金540万。年会費64万8000円。

ここは私のような経営者や投資家が集まり、体を鍛えると同時に情報収集の場になってます。超富裕層はこういった場で、おおやけになってない情報をやり取りして、新しい儲けの種を仕込んでいく。

前出のW氏はこんな豪快の金の使い方をしたという。

ミシュランの星付きの店は大抵行きましたが高くておいしいのは当たり前、むしろ、博多で一人前800円のもつ鍋が評判だったので、シンガポールからビジネスクラスに乗って食べに行ったこともあります。800円のもつ鍋を食べるのに30万くらいかかりましたよ。お金はいくらつかってもなくなりませんので。


___


つぉぉぉ。
わざわざ800円のもつ鍋食べに飛行機で?
うらやますぃ。

何たる豪勢な使い方。


https://golden-tamatama.com/wp-content/uploads/2018/02/WS20180104AZC21AGAG000617.jpg?x45209


読むと日本はもう既に階級社会になってて一方で年収186万円、一日500円稼ぐのがやっと。
そういうアンダークラスの人々がどんどん増えてるとありました。

もう子供の教育からして全然違うのですね。


富裕層の子供は富裕層になる

全国に飲食店を展開する実業家は3歳の子供をこれから慶應義塾幼稚舎に入れようと画策している。
慶応に入れたいなら高校や大学からでもいいと言われることがありますが、実は中学校以降で慶応に入ってもあまり意味がありません。

幼稚舎は6年間クラス替えがなく、クラス全員が固い絆で結ばれている。この人脈が実社会で生きる上での武器になるのです。幼稚舎出身以外のそのた大勢の慶応生とは住む世界が違うのです。

私は子供をスイスの寄宿学校へ進学させました。年間は軽く1千万はかかる。日本ので画一的な教育を受けても仕方ありません。早めにそういう世界を見せておくことはプラスになるでしょう。富裕層の子息は優れた教育を受け、同じような階級の学友にも恵まれ、その後も経済的な成功を収める。
孫の代になってもこうした傾向は続く。

こうなっては逆転不可能。
この階級は固定化され未来永劫ずーっと続くとありました。

こんなのも載ってました。
これは酷い。。
ここまで酷く書かなくても良いと思いますが。

資本家階層とアンダークラスでは身体的にも身長も違うし、うつ発生率も違うとありました。

もう同じ人間として扱われてない社会ですね。


https://golden-tamatama.com/wp-content/uploads/2018/02/WS20180104AZC21AGAG000618-1.jpg?x45209


以下は最近ネットに載ってたものです。
アベノミクスで自殺者が減ったってのは完全に嘘だとか。

単なる数字のトリック。
まぁ、これはこっそり食べ物のサイズを小さくするぐらいだからあり得る話です。


https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/lifex/198569/1
自殺者7年連続減に“トリック” 元刑事・飛松五男氏が解説

昨年の自殺者数は、7年連続減の2万1764人――。
警察庁の発表は明るい話題に思えるが、ちょっと待ってほしい。

「変死体」の数は10年前には1万2747体だったが、一昨年は2万211体と約8000体増えている。
比例するように自殺者数はこの10年間で8000人減っているのだ。

最近は、遺書などの具体的な証拠がなければ、自殺とは認めず、変死体として処理するようになったそうです。
すると、見かけ上の自殺者数が減るだけでなく、司法解剖を行うので予算を要求しやすくなる。

一石二鳥なわけです。このようなトリックは『統計の魔術』と呼ばれ、考え出した人が警察内部で出世してい

なるほど。

自殺者が減ってるのは、自殺者とカウントせずに変死者としてカウントしてたからなのか。
確かに、自殺者が減った分、変死者が増えて、全体の数は変わってない。

http://tmaita77.blogspot.jp/2018/02/blog-post_5.html より


https://golden-tamatama.com/wp-content/uploads/2018/02/henshitai.png?x45209


まぁ、こういうのを見ると。

この現代社会は、究極の我よし(エゴ)社会が実現している。

今回の新刊でも書いたことですが、
上位数パーセントの金持ちだけ幸せで95%が不幸せな社会。

果たして今後長続きするのか。

こういう話を書くのは、なんというか
日本人特有の価値観なのか。

何か心の底から湧いてくる違和感。

例えば、自分だけ幸せになったとしても
多くの人が不幸なのを知ったら、あなたは楽しめるでしょうか。

こんな社会で良いの?
ワタスの場合、普通に反発を覚えてしまうのですが。

最近は、ネットを見てもいつも人々が罵り合い。
世の中に広がる私刑。

自分勝手に理屈をつけて人を責め立てる。
不倫や不謹慎発言で誰かを叩いてやり玉にあげて留飲を下げてる。

正義でもなんでもないことです。

人を退場させて喜んでる週刊文春とか。
ワタスから言わせると退場する側の人々です。

退場するのは今後どちらなのか。
今まで人を退場させた人が逆に退場することになる。

人を痛めつけ、苛め抜いたこの現代社会システムが退場する日が近い。

これはもう直感と言うか。
いつも聞こえてくるメッセージというか。

弱い者同士助け合って生きなさい。
今後は、お金を持ってても意味がない社会が来ますよ。

いますぐ仲間。
お互いに助け合える仲間を持ちなさい。

もうすぐ元の人間本来の姿に戻りますよ。
もう今の社会から離れなさい。

今の社会はもうすぐ終わる。

これは妄想と言われようがなんだろうが、直感でそう感じるのだからしょうがない。
https://golden-tamatama.com/blog-entry-kaikyu-shakai-japan.html


11. 中川隆[-13505] koaQ7Jey 2018年7月02日 07:46:12 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-16300]

既に今の日本では、貧困地域の子供は漢字も読めなくなっている

【“貧困”無間地獄の現場】(05) 2003年『千葉少女墓石撲殺事件』の舞台――不良だらけの荒れた街が老人だけの枯れた街に


「貧しい昭和がこびり付いたような街」――

『最貧困女子』(幻冬舎新書)
https://www.amazon.co.jp/%E6%9C%80%E8%B2%A7%E5%9B%B0%E5%A5%B3%E5%AD%90-%E5%B9%BB%E5%86%AC%E8%88%8E%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E9%88%B4%E6%9C%A8-%E5%A4%A7%E4%BB%8B/dp/4344983610


で貧困問題を世に問うたジャーナリストの鈴木大介氏は、最貧困女子の出身地をそんな表現で語ったことがあった。


その1つが千葉市の千城台、正確には千葉市若葉区の千城台市営住宅団地だ。
言葉は悪いが、“最貧困女子の故郷”とでも言おうか。

地図
https://www.mapion.co.jp/m2/35.62610819,140.18221072,16


千葉駅からモノレールに乗り換える。タウンライナー(千葉都市モノレール)からは、新興のニュータウンと自然豊かな公園の景色が広がる。

約25分、終点の千城台駅に到着する。この街は以前、取材で訪れていた。

2003年10月に起こった『千葉少女墓石撲殺事件』である。犯罪史に残る陰惨且つ稚拙な事件。

風俗店(抜きキャバ)で働いていた16歳の石橋裕子さんが、偽装結婚していた夫(当時22歳)に離婚を切り出したところ、夫は地元の高校生ら5人と共謀し、石橋さんを墓地に連れて行き、歯形がわからなくなるまで殴りつけ、指紋を消し去る為に灯油で焼き殺した。

主犯の夫は、偽装結婚で戸籍をロンダリングしては、消費者金融からカネを借りる詐欺行為を繰り返していた。

当時、この夫は新しい相手と偽装結婚する予定だったが、身元不明状態では離婚できないと気付いて「自分の妻」と名乗りを挙げた結果、呆気なく御用となった。

事件の当事者たちは全員、市営住宅の出身者だった。
石橋さんの働いていた風俗店も千城台にあった。

次に偽装結婚する予定だったという別の16歳の少女を取材した。
彼女もやはり、市営住宅出身者だった。

彼女に事件をコピーした記事を見せた際、「漢字、読めないから」と言われて強い衝撃を受けた。

主犯の夫と族仲間だったという不良3人にも取材したが、やはり漢字が読めず、全員が無免許と自慢げに語っていた。

「21世紀の日本で、こんなことがあり得るのか…」。それが当時の印象だった。

千城台はニュータウンとして開発が進む一方、その裏手には古びた市営住宅団地が現存していた。夜ともなれば、漢字も読めないガラの悪い連中が団地から溢れ出て来る。治安の悪さでは、千葉でも屈指の場所と言われていた。その構図に、現在も違いは無い。

モノレールの駅を降りれば静かなニュータウンの表情を見せるが、古びた脇道を1本入れば、“貧しい昭和がこびり付いた街”がいきなり目の前に現れる。

この界隈の市営住宅の多くは、1960年代半ばから後半にかけて建設されている。
半世紀以上経っているのだから古臭くて当然だが、それでも以前の取材時には活気だけはあった。しかし、今夏に訪れた時、市営住宅は妙な静けさの中にあった。違和感を覚える。明らかに、2003年とは何かが違うのだ。

最も古い木造平屋建ての市営住宅に行く。犬の世話をしていたお婆さんが言う。

「ああ、今、ここは取り壊し前でね。半分以上があっちの新しい団地に移ったよ。私かい? ほら、この子(犬)がいてねえ。犬や猫を飼う為に残っているんだよ」。

このお婆さんが説明した通り、周囲の市営住宅の多くは新規建て替えや改修の真っ最中だった。「前に住んでいた若い人の多くも出て行ったよ」と寂しそうに語る。

夜になって、漸く違和感の原因に気付いた。周囲にコンビニが全く無くなっていたのだ。

駅前界隈は小中学校が揃い、市営住宅とニュータウンの住人合わせて1万人以上が住んでいる。明らかに異常だろう。プール帰りの小学5年生ぐらいの少女にコンビニの場所を尋ねたら、「あそこにあった」と潰れた店を指差された。

そう言えば、駅前にも赤提灯1つ無く、大手チェーンの居酒屋も無かった。
何とか探したところ、市営住宅の脇にスナックが2軒あるだけだった。

その1軒のマスターが言う。「この数年かな。駅前の飲み屋も全部、無くなったんだよ。前はキャバクラや風俗店もあったんだけど」。

私が「事件の影響ですか?」と尋ねると、「若い人が夜に集まりそうな場所は、警察が厳しく取り締まったからね」と頷きながら説明する。

客の1人も、「コンビニは、ほら、トイレで子供を産んで捨てた事件あったろ? あれ以降、どんどん潰れたんだよ」。

これは2011年、地元の20歳女性が千城台のコンビニで起こした事件のことだろう。

8月、お盆前だというのに、街に屯する不良たちが公園で花火に興じる様子も無ければ、暴走族が撒き散らす騒音も聞こえてこない。

マスターは、「兎に角、そういう若者はこの街から本当に消えたんだよ」と繰り返す。昭和の貧しさがこびり付いた街は、急速に変貌しているようだった。


「違法住人の楽園だった」。
市営住宅に暮らす60代の老人客が自嘲気味にそう語る。

母子家庭と言いながら夫と暮らす。夜の店で働きながら生活保護を受け、子供の給食費を払わない親たち。

毎日、パチンコをして飲み屋で暴れる――そうした“貧者の楽園”は消え去ろうとしているのだと、このスナックの客たちは誰もが実感している。

老人客が続ける。

「今、古い市営住宅は建て替え中だろ? 新しい市営に入れるのは、俺のような高齢の年金暮らしや生活保護は大丈夫だけど、以前のように20代の働き盛りで子供がいるとか、偽装結婚しているような家は契約を更新できないからな。だから、親が子を追い出しているんだよ。『お前らがいたら新しい市営住宅に住めないから』って」。

こうして、市営住宅から不良たちや若い層は消え、老人だけの枯れた街になりつつある。

“貧しい昭和がこびり付いた街”は、市の指導の下、健全且つ理想の街へと生まれ変わるのだろう。

12年前、主犯の夫と“偽装結婚”する予定だった16歳の少女の顔を思い出す。
漢字が読めず、「東京の都心は怖いので、夢は葛西に住むこと」と言っていた彼女は今、28歳となり、どこで何をしているのだろうか。

「(殺された石橋さんと)PUFFYの曲をデュエットで、朝までカラオケしたんだよ」。
そう嬉しそうに思い出を語っていた彼女は、既に都会の片隅で最貧困化しているかもしれない。

だが、その姿が顕在化することはないだろう。

夜8時過ぎ。千城台の駅から部活動で健康そうに日焼けした、或いは塾のテキストを持った学生たちと、ネクタイを締めたサラリーマンが続々と降りて来る。そして、小奇麗なニュータウンへと消えていった。 (取材・文/西本頑司)
http://mmtdayon.blog.fc2.com/blog-entry-1118.html?sp


千葉少女墓石撲殺事件とは、2003年(平成15年)10月1日に千葉市若葉区の墓地で発生した殺人事件である。


2003年10月1日の午前7時10分頃、千葉市若葉区の墓地駐車場で、ジョギングしていた男性が遺体を発見した。遺体は、若葉区千城台東の飲食店アルバイトだった少女(当時16歳)であった。

遺体は頭を鈍器で強く殴られて殺害された後、焼かれていた。
千葉県警は少女の夫で若葉区千城台西の運転手である男(当時22歳)を殺人の容疑で逮捕。共犯として高校3年の男子生徒(当時18歳)などを含む若葉区内の未成年の男子あわせて4人も逮捕した。


加害者と被害者の偽装結婚

被害者の少女は幼い頃は活発な少女で、中学時代はハンドボール部に所属していた。しかし部活を引退した3年の秋から性格が変わり始めた。不良グループと付き合うようになり、そこで後に自らを殺害する男に出会う。高校に進学するが、1年生の10月には自主退学し、以後はカラオケ店でアルバイトを始めた。

主犯の男は母親が再婚した義父と折り合いが悪く、家庭内で喧嘩を繰り返した。そして恐喝事件を繰り返し、高校1年の時には少年鑑別所送致にされる。18歳の時にはコンビニ強盗事件を起こして東北少年院送致となり、出所後も遊興費欲しさに窃盗事件を繰り返した。

少女はカラオケ店で働いたものの、給料面などから不満を持っており、水商売で働こうと考えていた。しかし18歳未満という年齢では働くことは不可能である。そこで男は自分との結婚を持ちかけた。結婚すれば成人として扱われるからである。ただし民法の上では成人扱いになるが、風俗営業法による規制から16歳で就職することは禁じられている。そして2人は2003年7月に婚姻届を提出し、少女はキャバクラで働き始めた。

ただし両者の間には恋愛感情は無く、2人の利害が一致したためでの偽装結婚に過ぎなかった。男は消費者金融に300万円に及ぶ多額の借金を抱えており、以前も別の女性と偽装結婚していた。女性の苗字を名乗って名前と戸籍を変更することで、消費者金融の借金を踏み倒そうとしていたのである。

しかし男は少女に結婚した見返りとして上納金を要求する。少女は初めこれに応じたが、次第に金銭トラブルを引き起こすようになり、遂に少女は偽装結婚を警察に通報すると言い出す。男は以前に起こした詐欺の事件で執行猶予中であった。

これが通報されれば猶予を取り消される可能性もあり、口封じを決意し、仲間の未成年4人を「自分たちの起こした窃盗事件を少女が警察に通報しようとしている」と騙すことで犯行に加わらせ、2003年10月1日午前3時過ぎに駐車場内でハンマーで少女を順番に殴りまわしたうえ、重さ70キロもある墓石用の石材を少女の顔に何度もたたきつけて殺害した。

そして少女の遺体にオイルを10数本もかけて火をつけて逃走したのである。
後に少女を発見した男性の証言では、発見したときには少女の遺体の上半身が炭化しており、まだ火もついているという状態だったという。


逮捕と裁判

事件発覚後、男は自ら警察に情報を提供して自分に疑いがかけられないようにした。またマスコミのインタビューにも悲痛な発言をすることで被害者を装っていた。

しかし警察は男と少女の偽装結婚をつかみ、さらに近所のスーパーやコンビニで大量にライターオイルを購入または万引きする男と少年らの防犯カメラの映像を入手して、男と少年らを逮捕する。男は最初容疑を否認していたが、少年4人が犯行を自供したため、遂に男も犯行を認めた。

2005年2月23日、千葉地裁で判決公判が開かれ、「暴行は想像を絶する残虐さ」、「自己中心的で幼稚極まりなく、動機に酌むべき点は無い」、「確定的殺意に基づく極めて残虐な犯行で、矯正は不可能」として、求刑通り無期懲役となる。4月19日に控訴を取り下げて刑は確定した。

また、未成年の少年らも、殺害と遺体損壊に加わった3人を5年から10年の不定期刑に、遺体損壊に加わらなかった1人を3年半から7年の不定期刑に処して確定した。こちらも「残虐な犯行」、「遺体損壊に対する悔悟の念が感じられない」とされた。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E8%91%89%E5%B0%91%E5%A5%B3%E5%A2%93%E7%9F%B3%E6%92%B2%E6%AE%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6


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格差の次には「何がくるのか」を日本人は理解しているか?

現代社会では、経済格差がどんどん広がっている。最初は少しの差であった格差は、やがては1000倍も2000倍も、いや1万倍も2万倍も開いて、もはや貧困層がどうあがこうが克服できないものとなる。

そして、この極度なまでの経済格差が定着すると、その後に何が来るのか理解しているだろうか。

それは、もちろん「階級」である。

世界の多くの国では、ひとつの国家が見えない層(レイヤー)で区分けされている。経済格差の層である。この経済格差の上と下とでは生活も文化も考え方も違う。場合によっては話す言葉までもが違ってくる。

メキシコでも、ブラジルでも、アメリカでも、イギリスでも、安全な地域と危険な地域は明確に分離して存在している。

分かりやすく言えば、金持ちたちが集う地域は安全だ。そして貧困層が集う地域は治安が悪い。だから金持ちは貧困層がいる地区には決して足を踏み入れないし、逆に貧困層が金持ち地区に行っても警備員や警察に追い出される。

それが定着すると、世界中どこでも貧困層と富裕層は自然に、明確に、完全に分離し、長い年月を経て同じ民族でも違う文化や生活になってしまうのだ。


何もかもが分離し、お互いに接点が極端になくなる

一億総中流の意識がまだ多少でも残っている日本人から見ると、これは階級、身分、差別があるという認識になる。その通りだ。凄まじい経済格差が定着すると、自然に「階級」が生まれて上と下で分離するのだ。

今の日本はそうではない。確かに経済格差は広がっているが、まだ極端ではない。だから、たとえば金持ちが住む地域の住民がそうでない地区に行かないということはないし、その逆もまた然りだ。

しかし、問題はこれからだ。日本は、今のような平等社会を維持できるのだろうか。経済格差が広がるだけ広がって、それが社会に定着してしまった場合、日本もまた「階級社会」になってもおかしくない。

グローバル化は確実に「格差のある社会」を作り出す。それは間違いない。時間の問題なのだ。だから、将来の日本は今までと違う世界になる可能性がある。

日本人も富裕層と貧困層で分離する。

富裕層と貧困層で分離するというのは、住むところも、通う学校も、付き合う人間も、行きつけの店も、持ち物も、食べる物も、やがては話し方も、すべてが違っていくということだ。

何もかもが分離し、お互いに接点が極端になくなっていく。

教育で言うと、貧困層は親の資金面から安い学校にしか通えなくなり、ここで富裕層と貧困層の子供たちが分離される。富裕層の子供たちは質の良い教育を行う私学に通い、教育に理解のある親と熟練した教師に守られて学力を伸ばす。

一方で貧困層の子供たちは親の理解もなく、給料が安くてやる気のない教師の教育を受けて、教育の質が落ちて学力も低下していくことになる。塾にも通う経済的余裕もない。

公立校ではどんなにやる気のない生徒、問題生徒、非行生徒がいても学校から放逐できないので、しばしば学級崩壊も起きて授業がストップしたりする。

だから、富裕層の子供たちが学力を上げる環境の中で貧困層の子供たちは学力を落とし、名門校にはなかなか入れない構造的な問題が発生する。

気が付けば、学歴で大きなハンディが生まれていく。


富裕層の子供たちが学力を上げる環境の中で貧困層の子供たちは学力を落とし、名門校にはなかなか入れない構造的な問題が発生する。気が付けば、学歴で大きなハンディが生まれていく。


格差を生み出すことになるのは目に見えている

さらに地域で見ると、ある地域に貧困層が多くなっていくと、地価が下がってますます貧困層が流れ込んでいく。そうすると、不動産価格の下落や環境の悪化を嫌って、富裕層が少しずつ、しかし確実に抜けていく。

そうすると、ますます貧困層がその地区を埋め尽くすようになっていく。一方で、富裕層が集まるところは地価が上がって貧困層が住めなくなる。これで人々が分離される。

職業で言うと、富裕層の子弟が卒業する大学卒の勤める職種と、貧困層の勤める職種も違っていく。入れる企業も違い、同じ企業でもエリートクラスと労働者クラスに分かれてこのふたつは交差しなくなる。

この格差は、一度下に落ちると、容易に這い上がれない地獄の格差になっていく。

日本はいずれ、遅かれ早かれそのような社会になる。これについては、多くの社会学者、経済学者、政治家たちが警鐘を鳴らし、危険を訴えている。

誰のせいでこんなことになったのか。全世界がこのようになっているのだとすれば、誰のせいでもなく、現在の社会構造が生み出しているというのが分かるはずだ。

弱肉強食の資本主義が、このような社会現象をどんどん増長させて止まらないのである。強いて言えば、グローバル化を無批判に取り入れた政治家や大企業が悪いということになる。

しかし、日本を鎖国化したら大丈夫なのかというと、それはそれで日本全体が孤立化して北朝鮮のように困窮するだけだ。取り入れても拒絶しても問題が発生するのである。

日本はもうとっくの前にグローバル化を完全に受け入れた。これからも、どんどん受け入れていくことになる。それがさらなる格差を生み出すことになるのは、目に見えている。

もはや、格差が日本国民を分離してしまうのは避けられない事態だ。私たちはどちらかに分けられてしまう。1%の金持ちか、それとも99%の貧困層か。

そして、「階級」の上か下か……。


もはや、格差が日本国民を分離してしまうのは避けられない事態だ。私たちはどちらかに分けられてしまう。1%の金持ちか、それとも99%の貧困層か。そして、「階級」の上か下か……。


日本社会はこれから階級で分離していくことになる

問題は、貧困層に落ちた人は、もはやその子供もまた貧困層になってしまうことだ。個人の努力云々の話ではない。子供たちはスタート時点から極端な差を付けられており、貧困から抜け出せない。

日本がそんな社会になることは、高齢層よりも若年層の方が切実に感じ取れるかもしれない。

日本は若者の自殺が多い国だが、それは就職活動を行っている段階から、多くの企業に断られ続け、自分たちが社会から必要とされていないことを悟ってしまうからでもある。

就職できても生活していくことができないほどの給料だったり、不安定な身分だったりすることも多い。それで必死で働いても、身体を壊して使い捨てされる。

彼らの多くは、自分たちが貧困に生きるしかない現実を突きつけられている。当然、無理して結婚して子供を作っても、子供が貧困で暮らすことになることくらいは容易に想像がつく。

だから、結婚して子供を作るということすらも逡巡する社会と化している。

日本は超少子高齢化となっており、減り続ける子供と増え続ける高齢者のアンバランスで国家の社会保障費に問題が生じているのだ。

これから日本は、過酷な増税、削られる医療費、延長される年金受給年齢などがすべて同時並行で起きて、国民は痩せ細っていく。

国家はない袖を振れない。企業も終身雇用を捨てた。そのため、ごく普通の人が、年々転がり落ちるように貧困化する。

周辺国との軋轢、憎悪の連鎖、グローバル化の加速、格差の定着、若者の貧困化、超少子高齢化……。すべては、弱肉強食の資本主義が生み出したものであり根は一緒なのだ。

これらの問題が最後まで暴走していく中で、日本でも経済格差が「階級」を生み出して、上と下とではまったく違う文化の中で生きることになる。

格差で騒いでいる段階は終わった。次は階級社会に突き進んでいくのを、日本人は理解しておくべきだ。日本社会は階級で分離していくことになる。


日本でも経済格差が「階級」を生み出して、上と下とではまったく違う文化の中で生きることになる。格差で騒いでいる段階は終わった。次は階級社会に突き進んでいくのを、日本人は理解しておくべきだ。
https://www.bllackz.net/blackasia/content/20170831T0331260900.html


▲△▽▼


国の中の90%以上の女性が文字をまったく読めないとしたら?

ひとり当たりの年間所得が最も少ない国をIMFの2016年のデータから拾い上げると南スーダン、マラウイ、ブルンジ、中央アフリカ、マダガスカル、モザンビーク、ニジェール、ガンビア、リベリア、コンゴ……と続く。

ここで上げた国は、人が貧しいというよりも国そのものが極貧にあって、経済発展はなかなか厳しいものがある。

もうほとんど報道されなくなっているのだが、南スーダンでは国土の6割が戦乱地区と化しており、中央アフリカでもコンゴでも大量虐殺が続いている。

アジアでも、アフガニスタンやネパールは非常に貧しい地区であり、EU(欧州連合)には、アフガニスタン難民も大量に入り込んでいるのはあまり知られていない。

政府が脆弱な国は、貧困が蔓延している。戦争が吹き荒れる国もまた貧困が吹き荒れる。

その結果、多くの人たちから教育の機会が奪われる。

生きるか死ぬかの瀬戸際で、人々が安全な地区を目指してさまよい歩いているような地区で、あるいは教育を与える必要がないという声が支持される地区では、意図的に教育の機会が踏みにじられるのだ。

中でも、女性の教育が犠牲になることが多い。


人材を作るには、教育に力を入れる必要がある

途上国では、誰がリーダーになっても、経済を立て直し、貧困を撲滅するのは非常に難しい仕事になる。

途上国のあらゆる問題は貧困から来ている。そして、その貧困のあらゆる原因は、インフラや汚職や内戦や先進国の収奪から生まれている。

豊かな国だったとしても、一度、国が衰退してしまうと立て直すのが難しいのは、歴史を見ると分かる。

日本は第二次世界大戦の敗戦で、国は焼け野原になってほぼ壊滅したも同然だったが、そこから奇跡的な復興を遂げて現在がある。

しかし、こういった奇跡は「例外中の例外」だ。普通は、国が壊滅すれば、その後は何十年も立ち直れないのである。

国が回復するには、経済が回らなければならない。経済が回るためには人材や資源が必要になる。資源があるかどうかは、その国の運次第だ。資源がないのであれば、人材を強化するしかない。

人材を作るには、教育に力を入れる必要がある。

ところが貧困国は、底なしの貧困ゆえに教育制度が破綻していることが多い。それならば、教育に金をかければいいという話になるのだが、ここにひとつ問題が発生する。

教育の成果を見るには、長い時間がかかるということだ。

1年や2年ではない。10年も20年もかかるのだ。だとすれば、任期が数年の政治家が教育に力を入れ続けるのは、相当な意思と覚悟が必要になる。

どこの国でも、教育の大切さを自覚する政治家は少ない。

教育はいつも置き去りにされる。「女性に教育は必要ない」と決めつけるアフガニスタンのような国もある。

アフガニスタンはわざわざ作られた女子学校を、イスラム原理主義のタリバンが叩き壊して回っている。

このタリバンのイスラム主義はパキスタンにも広がっているのだが、だからパキスタンの地方都市でも女子学校の破壊やテロが起きたりしている。

さらにこのような動きはナイジェリアでも広がり、テロ集団ボコ・ハラムが女子学生を大量拉致してイスラム原理主義に洗脳したり、自爆テロに使ったりするようにもなった。

そこまでして教育を奪おうとしている国もあるのだ。


アフガニスタンはわざわざ作られた女子学校を、イスラム原理主義のタリバンが叩き壊して回っている。このタリバンのイスラム主義はパキスタンにも広がっているのだが、だからパキスタンの地方都市でも女子学校の破壊やテロが起きたりしている。


90%以上の女性がまったく文字を読めない国もある

教育の機会が奪われたら国はいつまで経っても立ち行かない。これは、多くの途上国が共通して抱えている問題である。

教育がしっかりしていれば、その国は立ち直る余地はある。あるいは、すべてを失っても成長する余地がある。

どんなに国が傾き、経済破綻し、暴力・麻薬・売春が吹き荒れ、汚職が蔓延していたとしても、教育がしっかりしていれば嵐の中で芽が育つ。

逆に、教育自体がおざなりになっていたり、荒廃していたり、教育行政が破綻していたりすると、成長している国であっても、次世代の衰退は間違いない。

何を差し置いても教育に力を入れる風土があれば、その国は助かる。そうでないのであれば、その国の政治家が一時的に何かをやっても、結局は貧困に戻っていく。

教育は軽く見てはいけない問題だ。なぜ貧困層がそこから抜け出せないのか。

それは教育を受けていないからだ。

教育を受けても成功するとは限らない。しかし、教育を受けていなければ、スタート地点にすら立つことができない。

先進国にいると、文字が読めて、計算ができるというのは当たり前のように思えるかもしれない。しかし、それは当たり前のことではない。教育の成果だ。

日本の識字率は99%なので、国民のほぼすべてが文字が読める状態である。だから、文字が読めない人がいるというのが信じられないかもしれない。しかし、途上国では想像以上に文字が読めない人が多い。

たとえば、教育を奪われているアフガニスタンでは、女性の識字率は17.6%であると言われている。これを逆に言えば、女性の82.4%が文字が読めないということだ。自分の名前を読むことも書くこともできない。

国民の85%がイスラム教であるギニアでも女性の教育がほとんど為されておらず、女性の87.8%が文字を読めない。やはりイスラム教が圧倒的大多数を占めるニジェールに至っては、女性の91.1%が文字を読めない。

国の半分を占める女性が無教育なのであれば、国の半分は知的能力を必要とする現代社会で落ちこぼれるということだ。これでは国の再建や発展どころではない。


幼少の頃にきちんと教育を受けていれば……

インドでもカンボジアでもバングラデシュでもインドネシアでも、文字が読めない人たちは想像以上に多い。

私が知り合ったインド・コルカタの物乞いの女性たち、あるいはコルカタの売春地帯にいた女性たちも文字が読めなかった。

(書籍『絶対貧困の光景』インドの取り残された女性たち)
https://www.bllackz.net/blackasia/content/20140610T1741180900.html


彼女たちは知的能力が劣っていたわけではない。現に、彼女たちはヒンディー語を話す以外に、英語もきちんと話して欧米人と会話もできる。

文字は書けないのだが、ストリートで覚えた英語を駆使して欧米人と渡り合っている。もし、彼女たちが幼少の頃にきちんと教育を受けていれば、何十年も物乞いで生活していなかったかもしれない。

彼女たちに欠けていたのは教育だということが分かる。教育の機会がなかったのだ。

教育を受けると、物事を判断したり、分析したり、専門を極めていくことが可能になる。それもまた、貧困から抜け出すのに重要な要素である。

教育と言っても大学で学ぶような高度な専門知識の話をしているわけではない。読み書きソロバンの基礎的な教育の話をしている。それすら受けられないと、何もできない。

何しろ、名前も書けず、計算もできないのだ。そうなると、仕事は単純労働でしかない。単純労働の賃金は、どこでも最低賃金そのものだ。

最低賃金で生きていても、貧困から抜け出すことはできないのだ。字が読めないし書けないのだから、できる仕事は限られてしまう。賃金をごまかされても、計算ができないから抗議すらもできない。

また、世の中の仕組みはすべてドキュメント(書類)によって記されている。契約書も、賃金明細書も、請求書も、何もかも書類に記されて、そこには文字が書かれている。

それらの書類が読めず、意味も分からなければ、自分の置かれている立場すらも分からないままだ。やはり抑圧されたままの人生を送るしかなくなる。

国はどれだけ多くの国民に教育を受けさせることができるか。自分や子供たちは教育に接することができるか。そして、教育はどれだけ適切で実用的か……。

それが、貧困撲滅の鍵を握っている。しかし、多くの国でそれが理解されない。その結果、貧困が永遠に続いていくことになる。


教育を受けても成功するとは限らない。しかし、教育を受けていなければ、スタート地点にすら立つことができない。教育がきちんと続かなければ、彼女には将来がない。
https://www.bllackz.net/blackasia/content/20170829T0223580900.html


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学歴重視の社会はグローバル化でより強化されて極端化する

2018年1月22日。国際NGOオックスファムは「世界人口の1%にあたる富裕層が1年間に生み出された富の82%を独占した一方、所得の低い人口の約半分は財産が増えなかった」という報告を出している。

相も変わらず、格差は広がり続けている。

この弱肉強食の資本主義では、貧しい家庭に生まれるか、豊かな家庭に生まれるか。貧困国で生まれるか、先進国で生まれるか。それだけで人生はまったく違ってしまう。

先進国の富裕層の家庭で生まれれば、経済的な苦労はしない。親の資力や人脈をフルに使って、親と同様に豊かで実りある人生を築き上げることができる確率が高い。

しかし、その逆も然りである。貧困層に生まれれば、親と同様に、貧困の中で喘ぎ、這い上がりたくても這い上がれないことが多い。

これを「貧困の悪循環」というが、国の貧困、親の貧困は、子供にも引き継がれやすい。

もちろん、最初は貧困状態であっても、一生懸命努力し、アイデアと、実行力と、不屈の精神で金持ちに成り上がっていく人も、世の中にはたまにいる。

そういった人の人生は、多くの貧困層を力づけ、大きなモチベーションの元になる。アメリカ人は特にそういった「成り上がり」の物語が大好きだ。


子の世代が親の世代と同じ階層にとどまる確率

アメリカ人の持つ人生観は、最初は何もなくても、そこから自分の才能や努力でポジティブに成功をつかみ取っていくという「アメリカン・ドリーム」で成り立っている。

しかし、このアメリカン・ドリームは、どんどん難しくなっているのだと経済学者は指摘するようになっている。

ウィートン大学の経済学者であるジェイソン・ロング氏もそのような主張をする人のひとりである。

アメリカは、貧困世帯の子供たちが中流層や富裕層に移動する割合が高いと思われているが、実際に「世代間所得弾力性」を数値化してみると、子の世代が親の世代と同じ階層にとどまる確率の方が高かった。

つまり、親が貧困であれば子供もまた貧困で終わる。

もう、アメリカはチャンスの国ではなくなっている。親が貧困層でも、子供が中流になる確率は、現代ではむしろ、中国、インド、南米諸国のような新興国の方が高いというのが、ジェイソン・ロング氏の分析だった。

「米国人は今でも自分たちは移動性が極めて高いと信じているが、それは真実ではない」

ここで発言されている「移動性」というのは、貧困層から中流以上に「移動」する世代間移動を指している。主要先進国の中では、イギリスが最も世代間移動が低い。

すなわち、イギリスでは、貧困層の子供は中流に成り上がるのはとても難しい。イタリアもまた、そのような硬直した社会である。

アメリカン・ドリームという言葉によって希望に満ち溢れていたはずのアメリカもまた、現代では貧困の固定化が進んでいて、成り上がれない社会になりつつある。

資本主義がグローバル化すればするほど、そして企業の合理化と効率化が進めば進むほど、その傾向が高まっていく。


学歴社会がアメリカン・ドリームを難しいものに

ここで注意しなければならないのは、資本主義そのものは別に階級を固定化させているわけではないので、今でもアメリカン・ドリームを実現する人たちは存在するということだ。

貧困層が中流に成り上がっていく物語は、今も消えていない。

しかし、かつては努力と根性で何とかなったアメリカン・ドリームは、もうそれだけではどうにもならないほど難しいものになっているのが現状なのだ。

これには、多くの理由がある。

その理由のひとつとして経済学者の誰もが指摘するのは、アメリカが明確な学歴社会と化して、学歴のない人間は「良い仕事」を見つけるのは絶望的に難しくなっていることが挙げられる。

良い仕事に就くためには、良い大学に行く必要がある。とにかく大学を卒業するのが必須だ。しかし、その大学に行くためには莫大な費用がかかる。

アメリカの有名大学では、だいたい年間600万円以上かかるので、4年間通えば2400万円以上も必要になる。これだけの金を出せる家庭は中流階級でもなかなかいない。奨学金制度もあるが、誰もがもらえるわけではない。

そこで学生ローンを利用して大学に通うことになるのだが、貧困家庭では、そもそもその学生ローンですら組めない。

かくして貧困層は大学から閉め出され、良い仕事から閉め出され、努力と根性で何とかなったアメリカン・ドリームは遠くに消え去ってしまった。

ちなみに、中流階級でも、無理して学生ローンを組んで大学を卒業しても、たまたま不景気でまともな仕事が見つからないと、借金を抱えたまま首が絞まって「成り上がる」どころか、貧困層に堕ちていく確率が高まる。

アメリカではアメリカン・ドリームを実現する人たちよりも、貧困層に堕ちる人たちの方が増えている。


どこの国でも、アメリカと同じ傾向が進んでいる

実は、グローバル化した社会では、アメリカだけではなく、どこの国でも同じ傾向が進んでいる。人々は国境を越えてビジネスを行い、外国企業に就職し、異国で生活するのが当たり前になっている。

多国籍企業は、その人材の良し悪しはまずは学歴を見る。有名大学、ブランド大学の卒業であれば優秀であると、だいたい学歴を見れば判断できる。

だから、世界的に学歴社会がこれから進んでいき、それが標準になっていく。

この傾向が進めば、経済的な理由や、家庭環境によって学歴が持てなかった人間は、どんどんドリーム(成り上がり)から排除されていくことになる。

「貧しい者は、貧しいまま終わる」という身分の固定化が進み、それが格差となり、長い格差の時代は階級(クラス)の固定化につながって「身分制度」同様になっていく。

(1)資金力の欠如で大学に行けない。
(2)好待遇・高賃金の仕事に就けない。
(3)低賃金の仕事を余儀なくされる。
(3)結果として貧困に落ちる。
(5)貧困に落ちたらそれが固定化される。

社会はより高度に複雑化していく。そのため、今までも珍しくなかったこのような格差は、グローバル化した社会でより強化され、徹底され、先鋭化し、極端化する。

日本でもそうだ。資金力の欠如で大学に通えず、低賃金の仕事から抜けられず、貧困層のまま推移し、貧困の固定化が身分制度のようになりつつある。

好待遇・高賃金の仕事に就けた者はその資金を投資に投じてますます資産を膨らませ、一方で貧困層は資産を増やす元手すらも貯まらない。

かくして、「世界人口の1%にあたる富裕層が1年間に生み出された富の82%を独占した一方、所得の低い人口の約半分は財産が増えなかった」という社会が出現したのだ。

私たちは、いつの間にかその中で生きていることに気付かなければならない。


良い仕事に就くためには、良い大学に行く必要がある。良し悪しに限らず、とにかく大学を卒業するのが必須だ。しかし、その大学に行くためには莫大な費用がかかる。
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2018/01/20180126T1725560900.html




12. 中川隆[-13504] koaQ7Jey 2018年7月02日 07:49:39 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-16300]

これが下の階級の人間だけが住む町

「足立区は本当にヤバイのか?」 
治安・貧困・学力・寿命…区役所職員がタブーを検証、ついに結論が出た! 5/30
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180524-00000001-withnews-l13


舟橋左斗子さんの新刊『足立区のコト。』
https://www.amazon.co.jp/%E8%B6%B3%E7%AB%8B%E5%8C%BA%E3%81%AE%E3%82%B3%E3%83%88%E3%80%82-%E8%88%9F%E6%A9%8B-%E5%B7%A6%E6%96%97%E5%AD%90/dp/4779124484

 本の帯には、堂々とこの言葉。「足立区は本当にヤバイのか?」。

書店に並ぶ新刊『足立区のコト。』の筆者、舟橋左斗子さんは、れっきとした東京都足立区の広報担当職員だ。こんなキャッチコピーを掲げて、自分の地元を本にするなんて、本当にヤバくないのか?(朝日新聞記者・伊藤隆太郎)


たけしさんも自虐、四つの命題で検証

 まさに、タブーに切り込む一冊。タレントのビートたけしさんも、昔から自虐ネタにしてきた。いわば足立区民にとっては、お馴染みともいえるこの「ヤバイのか問題」を今回、きちんと検証するために、舟橋さんは四つの命題を立てた。「治安が悪い?」「貧しい?」「学力が低い?」「寿命が短い?」……まさに、ストレートのど真ん中で勝負だ。

 さて、問いの真偽やいかに。本書の内容に沿って、それぞれの結論を見ていこう。

命題1「足立区の治安は悪いのか」

 舟橋さんは大阪の生まれ。結婚を機に、25年前から足立区で暮らしている。引っ越した当初は、さんざんに言われようだったと明かしている。「なんで足立なの?」「大丈夫?」「変わってますね」

 しかし実際に暮らしてみたら、印象は違った。実に安全で暮らしやすい町だという。ところが周囲はそうは見ずに、治安が悪いイメージがある。きちんと確認しようと、警察庁の「刑法犯認知件数」というデータを確かめた。

 すると結果は……。やっぱり都内ワーストだった。ああ。

 足立区は長年、この犯罪発生率で都内トップを走り続けていた。そこで区では、「割れた窓などを放置すると犯罪が誘発される」という割れ窓理論に基づいて、区内の美化などを徹底する。努力が報われ、2011年にはいったんワーストを脱却していた。だが最近、また最下位へと戻ってしまった。
.

命題2「足立区は貧しいのか?」

 年収についても比較した。内閣府がまとめている「納税義務者一人あたり課税対象所得」を検証している。

 すると結果は……やっぱり都内で最下位だった。あらら。

 データが整理されている最新の2013年のデータを舟橋さんが確認したところ、足立区は1人あたり324万円で、都内23区のなかで23位だった。22位の葛飾区=333万円や、21位の北区=343万円を下回っていた。

命題3「学力が低い?」 命題4「寿命が短い?」

 ……なんだか雲行きが怪しい。ここは残る二つをまとめて確認しよう。

 まず学力。舟橋さんは、早稲田大に入学した女子学生が「足立区からよく入れたね」と言われてショックを受けた、というエピソードを披露している。やれやれ。

 そこで、文部科学省の「全国学力・学習状況調査」の結果を検討した。すると最新の2016年の成績は、小学6年の「国語」「算数」と、中学3年の「国語」「数学」が、いずれも都内平均を下回った。

 では寿命についてはどうか。「えっ! 寿命にも差があるの?」と驚かれるかも知れないが、その通り、差があるのだ実際は。結果は……。

 健康で活動的に暮らせる「健康寿命」というデータを見たところ、足立区は東京23区中で男性が20位、女性が21位だった。
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やっぱり、ヤバイんじゃない?

 以上が4命題を検証した結果だ。こうしてみると、「足立区はヤバイのか?」という問いの答えは、残念ながら「はい、その通り」となりそうだ。

 しかし舟橋さんは力強く、こう言う。「ヤバくない。それが本書の結論です」
.

足立区は、ヤバくない!!

 新刊『足立区のコト。』の筆者の舟橋さんが、とくに強調するのは、命題2「貧しいのか?」だ。そして、逆にこう問いかける。

 「貧しいと、ヤバイのですか?」

 貧しいことが、そのまま不幸ではない。また、お金があることが幸福であるとも限らない。舟橋さんは「本当に克服すべき課題とは、『関係性の貧困』です」と言う。

 お金がなくても、しっかりした人間関係があれば、助けたり助けられたりできる。貧しくても、笑って暮らすことができる。しかし、人と人の絆がなければ、助け合うことも笑顔を交わすことも、関係性の貧困は、人を絶望させる。

 しかし足立区には、人と人の密接なつながりがあると、舟橋さんは言う。「私たちの街の魅力は、なんといっても住民が『おせっかいで、あたたかい』ということ」。本書には、そんなおせっかいであたたかな人たちが、てんこもりに登場する。

 10年来の空き家をコミュニティースペースに改造して子どもやママ達の立ち寄り場所にしたり、細い路地の商店街がオーケストラを呼んで「下駄履きで行けるコンサート」を開催したり。手作りの地域おこしに取り組む住民たちの活動が、あちこちにある。

 そして「サラリーマン、商売人、工場労働者、外国人……。いろいろな年齢層のさまざまな人たちがバラエティー豊かに暮らして、町らしい活気がある」と舟橋さん。

 そんな地域の魅力が再発見され、最近はある不動産会社が毎年発表している「住みたい街ランキング」のなかで、部門別の「穴場だと思う街」で4年連続トップだという。

 マイナスのイメージが強い足立区、しかしマイナスからの出発だからこそ、プラスに転化する期待度もまた大きい。そう舟橋さんは話す。区役所も防犯や教育、健康などの問題にさまざまな施策も打っている。

 ヤバイという事実を堂々と伝え、事実に堂々と向き合い、対処できる。それこそが最大の「ヤバくない理由」と言えそうだ。
 



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コメント



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東京足立区のテレクラ主婦売春をのぞいてみた (ゲンダイネット) 2006年3月22日

これが格差社会の現状なのか。文房具などの教材を自治体から支給されている就学援助児が42%もいる東京都足立区で、養育費や生活費欲しさの主婦がテレクラに殺到しているという。

ノンフィクション作家・佐野真一氏が「ルポ下層社会」(「月刊文春」4月号)で伝えた衝撃の現場、竹ノ塚のテレクラに入ってみた。

リーン、リーン……。平日の、まだ日暮れ前なのに、店内には間断なくコール音が鳴り響く。 「2時間2000円から」の料金を支払い個室で待つこと数分、電話機が最初の着信を告げた。

「ホテル代込みで2万円でどう?」。単刀直入な誘い方。

声の感じは20代後半か30代か。竹ノ塚に住むという主婦に境遇を聞き始めた途端、「話だけなら他でやって」とガチャン。 時間中に7人の女性と話したところ、全員が「目的アリ(援交)」だった。
相場は1万5000〜2万円、テレクラのすぐ近くにラブホテルがあって、そこに行くのが定番コースらしい。

小学生と幼稚園の子どもが2人いるという27歳のシングルマザーに会ってみた。やや太った体形に茶髪のA子さんは「区から毎月7万円の養育補助をもらってるんだけど、ダンナもいないし到底暮らせないから、エンコー(援助交際)は欠かせないの」。こう言いながら、1人前399円のカルビを焼いてくれる。

「この辺は私みたいな主婦が多いと思いますよ。“横の連携”があって、何曜日の何時ごろがいいとか、いろいろ情報交換している。でも最近は客の取れないデリヘル嬢とかプロが増えたし、私たち主婦の足元見て値切ってくる相手も少なくなくて困っちゃう。足立区の人妻は安いんだそうで、わざわざ静岡から遠出してきた男もいましたよ」


ケラケラ笑い、生ビールのジョッキをあおる姿からは、悲愴感(ひそうかん)とか後ろめたさは感じさせない。援交相場よりは安い取材謝礼を渡すと、

「あした二男の入園式なの。着せていく礼服選びを付き合って」とA子さん。買ったのはズボン・シャツ・ネクタイの一式で3000円の
セットだった。風俗ライターの村上行夫氏はこう言う。

「人妻の援交が増えているのは、足立区に限ったことじゃありません。郊外を中心に最近は都心でも援交主婦が参入し、テレクラはもはや主婦売春のメッカになっている。風俗業界では第2次テレクラブームと呼ぶ関係者もいます」


現代社会のキーワードのひとつとして定着した感のあるワーキングプア。 大きな社会問題となっているが、そんな厳しい世の中でも、若い女性たちにはまだ、奥の手が隠されていた。

「いざとなったらフーゾク」 行き場をなくして追い詰められたら、腹をくくればいい――。

ところが、女たちの最終手段であるエロ業界にも、同じようにワーキングプアたちが増殖し始めている。

とあるデリヘルの待機部屋。テーブルの上には、何台かのパソコンが置いてあり、女のコたちが熱心にキーボードを叩いている。彼女たちがアクセスしているのは、ライブチャットのサイトだ。

同店では、待機時間を有効に使ってもらうために、ライブチャットで小遣い稼ぎすることを勧めているのだ。 相手男性と仲良くなって店に引っ張れば、営業活動にもなって一石二鳥。しかしお店の思惑は、何よりお茶を引いた女のコの苦情を抑えることにある。不景気で客が減る一方で、女のコの数だけは増えたために、出勤しても客がつかないケースが少なくない。少なくなった仕事を奪い合うという、実社会と同じ現象がここでも起きているのだ。

よほど繁盛しているお店でない限り、こうした事情は変わらない。某フーゾク情報雑誌編集者によれば、ごく一部の人気嬢を除けば、フーゾク嬢の一人当たりの平均収入は、確実に激減しているという。

「在籍のコ全員を均等に働かせるために、出勤調整をしている店は多いですね。女のコは毎日でも働きたいのに、 週3日などに制限される。したがって、本指名が少ないコは収入が安定しない。不景気の中、ソープでも大衆店だけはそこそこ客の入りもいいですから、単価が安くても確実に稼ぎたいと考えて、移っていくんですね」


お店と女のコの取り分は、5:5または4:6が一般的。

客単価を平均1万5000円と仮定すれば、オプションの有無や時間によっても異なるが、女のコの取り分は7000〜9000円程度となる。1日数人をこなせば日当5万円程度。月20日の出勤なら月収100万円に達する。全盛期なら、この程度は当たり前だった。

だが現在、毎日確実に数人以上の客を相手にできるフーゾク嬢の割合は、決して多くない。さらには、需要と供給のバランスが崩れた今、立場の弱い女のコの取り分が折半以下というケースも。


「確かに面接に来るコは増えている気がしますね。でも、求人で来る女のコはほとんど使えないコばかり。十人並みなら即採用です。

いちいち断るのが大変なので、面接場所の喫茶店に行って、使えないと判断したら、会わずにバックレます。そうしないと無駄に手間ばかりかかってやってられないから。

経費節約のためと、スカウト禁止条例もあることから、外部スカウトマンへの依頼は避けて独自のルートで探しますが、女の子が友達を連れてくるパターンがいちばん多いかも。それでけっこうな人数は確保できてますから、人手に困るということはないですね」(デリヘル店店主)
https://plaza.rakuten.co.jp/miwatya041124/diary/200603250000/


13. 中川隆[-13503] koaQ7Jey 2018年7月02日 07:54:56 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-16300]

下の階級の子供がまともに育たない理由

2017年03月08日
家庭環境が貧しいと子どもの脳は「貧困脳」になる
http://gigazine.net/news/20170308-brain-on-poverty/


貧困が「子どもの脳の発達」に強い影響を与えることが研究により明らかになっていますが、コロンビア大学の神経科学者であるキンバリー・ノーブル氏が「貧困と脳の関係」を視覚化した画像を一般向けの科学雑誌としては世界最古のScientific Americanの中で公開しています。

This Is Your Brain on Poverty - Scientific American Blog Network
https://blogs.scientificamerican.com/sa-visual/this-is-your-brain-on-poverty/

貧困が脳に強い影響を与えることが明らかになっていますが、これはお金が脳の構造や機能に直接何かしらの影響を与えるわけではなく、貧困に伴う環境や遺伝的影響が合わさった影響が脳構造に出ている可能性が高いそうです。これは相関関係にあるのか因果関係にあるのかを解き明かすことが実質的に不可能なのではないかという問題でもあるのですが、ノーブル氏は現在利用可能なさまざまなツールを用いて「貧困と脳のつながり」を解き明かそうとしています。

「貧困と脳のつながり」をひもとく上で必要なのは、「貧困はどのように脳機能に影響を与えるのか?」を定義することです。そのためにノーブル氏はさまざまな社会経済的背景(SES)を持つ約150人の子どもを被験者として集め、脳の特定部分に関連する認知能力を評価するための標準的な心理テストを行いました。

心理テストの結果を示したのが以下のグラフで、横軸が被験者のSES(高いほど裕福な家庭であることを示す)、縦軸がテストのスコアを示しています。

グラフは左上から

「Language Skills(言語能力)」
「Perception of Spatial Relationships(空間的関係の認識)」
「Memory of Facts and Events(真実と出来事の記憶)」
「Cognitive Control(認知制御)」
「Short-Term Memory(短期記憶)」

を示しており、程度の違いこそあるものの、すべての認知能力で「貧しいほど認知能力が低い」という正の相関があることがわかります。


http://i.gzn.jp/img/2017/03/08/brain-on-poverty/s01.png


上記のグラフは「貧困はどのように脳機能に影響を与えるのか?」を明確に示していますが、「貧困が脳に物理的にどのような影響を与えるのか?」まではわかりません。そこで、ノーブル氏は約1100人の小児および青年の脳をスキャンし、SESに基づく差異を見いだそうとしました。

「貧困環境で育った子どもは脳の皮質の一部面積が減少している」ということを示したのが以下の図。

「皮質面積の減少」が見られる領域は帯状回・楔前部・下前頭回・上前頭回・下側頭回で、図では赤色に塗られています。


http://i.gzn.jp/img/2017/03/08/brain-on-poverty/s02.png


以下のグラフは横軸が家庭の年間収入、縦軸が脳の皮質面積を示したもの。

特に注目すべきなのは、年間収入が5万ドル(約570万円)以下の家庭の子どもは収入が低ければ低いほど皮質面積が指数関数的に縮小する傾向にあるという点。


http://i.gzn.jp/img/2017/03/08/brain-on-poverty/s03.png


最も低所得な貧困環境で育った子どもたちは、脳の発達において重度の損失を被っている、というわけです。
http://gigazine.net/news/20170308-brain-on-poverty/


米調査で判明。本が多い家ほど子供の読解力はグイグイ上がる 2017.06.23


算数の文章題を解くにしても、論理的な文章を書くにしても、とかく必要となってくるのが国語の読解力。そんないつの時代にも求められる「読解力」を簡単につけられるかもしれない方法があるようです。

無料メルマガ『システマティックな「ま、いっか」家事術』の著者・真井花さんが詳細に記してくださっています。


500で2.2!!

さて、本日は家にあるだけでOK! なもののお話。

以前、算数ができないという親戚の子に算数を教えていました。そのころ繰り返し解説しても、ぜんっっぜんひとっつも出来るようにならなかったのが「文章題」でしたorz 

こっちが悪戦苦闘して解説しても、全く出来ない。ポカ〜〜〜〜ンなその子を見ていて感じたのは、「こりゃ、算数がモンダイなんじゃないな」ということでしたね。なんていうか、少しでも抽象的だと概念そのものが理解できないんですよね。たとえば、「連続した3つの整数」という問題設定だと、「連続した」「3つの」「整数」はそれぞれぼんやり解るけど、これがくっつくと、もう完全にお手上げ(T-T)。本当に「ニホンゴ、解ってる?(`ー´;」なレベルでした。算数以前の、抽象的な語彙力、論理的な文章の読解力自体がモンダイだったんです。

算数が苦手なコドモは多いものですが、その真の原因が国語力だとすると、これはこれでタイヘンです。国語力って一朝一夕には、アップしないですからね。

ところがね(0_0)

家にあるだけでコドモの国語力がアップするモノがあるんです。そう、それは、想像どおり「本」なんです。アメリカでの調査によると、子供の読解力は


•100冊あると、1.5学年上の子供と同レベル
•500冊あると、2.2学年上の子供と同レベル


なんだそうです。読解力が1.5学年分ってどうやって測ったのかビミョーに不明ですが(^Д^)、ま、それでも納得の結果ですよね。

その調査では、「家にあるだけじゃだめで、ちゃんと親が本を読む環境で…」と注意書き(?)がありましたけど、本を読まない親が100冊分500冊分のお金とスペースを本に投資するとは思えません。フツー、その親、読書が好きでしょ。

また、この本は子供用でなくても良く、オトナが読むレベルのものでOKのようです。そうなるとグッと選べる本の範囲が広がりますね。要は、
•本が身近にある環境で、周囲の大人が本を読んでいる

ということを本の所有冊数から検証したということでしょう。

逆に、この調査からすると、数百冊単位の本を持っている家庭は学習環境としてトップ数パーセントに入っている可能性が高いんじゃないでしょうか。1.5学年2.2学年上の学力を持つ子供って、当該学年ではトップ数パーセントに入るはずですからね。

文庫本が1冊500円くらいとして、100冊で5万…。夏休みに塾に行かせたら、あっという間に吹き飛ぶ金額ですよね。ですが、そのお金を使って優れた学習環境を整えられるわけですからずいぶんカンタンに感じますね。

家には本をたくさん置く。なかなか上げられない国語力や算数の文章題が出来るようになるための、悪くない投資だと思いますよ。
http://www.mag2.com/p/news/254190


貧困家庭の子供が成長してもお金を稼げない本当の理由
http://diamond.jp/articles/-/162585
2018.3.8 松原麻依:清談社  ダイヤモンド・オンライン

『文化資本』とは金銭以外の個人的資本を指す言葉で、経済資本とは異なる意味を持つ。そして貧困の連鎖や子どもの貧困といった問題とも無関係ではない。そんな文化資本の側面から見た、日本の格差の構造とは?(清談社 松原麻依)

裕福になれるかどうかを決める
「文化資本」とは何か


幼い頃から読書や音楽、美術などに親しむ環境に身を置いていれば、「文化資本」は自然と身に付く。そしてこの文化資本は、大人になってからの「金を稼ぐ能力」とも密接に結びついている

 文化資本とは、金銭以外の個人的資本を指す言葉だ。フランスの社会学者、ピエール・ブルデューは「身体化された文化資本」「客体化された文化資本」「制度化された文化資本」の3つの形態に分類している。

「身体化された文化資本」とは、さりげない仕草や立ちふるまいから知識・技能にいたるまで、文字通りその人の身体に染み付いているものを指す。「客体化された文化資本」は、美術品や書籍といった物として獲得されるもの、「制度化された文化資本」は学歴などのように、目には見えないが社会的に「意味がある」と認められているものをいう。
 
 そして、これらの文化資本は、「金を稼ぐ能力」とも密接に結びついている。理屈上は、金持ちでない家に生まれた子どもであっても、ハイレベルの文化資本を身につけられれば、自分でしっかりと稼ぐことができるということになる。
 
 しかし、現実は残酷である。ブルデューは文化資本も経済資本同様、「主に親から子へと『再生産」されていく』と述べている。つまり、お金や土地などの資産同様、文化資本も親から子へ受け継がれていく性質が色濃いというのだ。

 しかし、たとえば本ひとつをとっても大衆小説から古典文学まで様々なジャンルが存在する中、なにをもってして「文化資本」と言えるのか。ライター、コラムニストの北条かや氏は、「ブルデューが活躍した1990年代のフランスと現代の日本では、文化資本の内容もやや異なってくるのかもしれません。ただし、両者とも基本的には『より中央に近い文化』を価値の高い文化とみなす点では同じです。すなわち、この社会を支配している層が有する文化が、文化資本として評価されるわけです」と話す。

金があるだけではダメ
文化資本を持てる家庭環境とは

 日本の場合だと、マンガよりも古典文学、仲間内でしか分からない方言よりも就職活動などで論理的に共通語を話す能力、ジャンクフードを早食いする能力よりも綺麗なテーブルマナー…といった要素が「文化資本」となりえる。

「文化資本を有する人が社会的な階層を上げやすくなっていることは確かで、それがいわゆる経済格差や貧困の連鎖に結びついていると考えられます。たとえば、『教科書を座って読む』という行為も身体化された文化資本ですから、学校教育自体が中央の文化を基準にして作られているとも言えます」

 家に本棚があれば、それが読書習慣へとつながる。座って文字を読む行為そのものは学校教育と親和性が高く、学校教育で評価されれば高い学歴を得やすくなる。これらの要素はすべて文化資本であり、それぞれがリンクして増大していくことが分かる。

「文化的再生産」、つまり文化資本が親から子へと受け継がれていくというのは、どのような構造なのだろうか?

「文化的再生産の過程では、地域や学校のコミュニティなど様々な要素と関わりがあります。その中でも、最も大きな役割を果たすのは家庭環境でしょう。文化資本の有無は幼少期の経験の積み重ねによるところも大きく、いつでも本が読める環境を用意したり、コンサートや美術鑑賞の経験などを子に与えるかどうかは、親の嗜好や経済状況に左右されるのです」

 仮に宝くじで3億円が当たったとしても、それだけで高い文化資本を持てるとは限らない。幼少期に親から文化資本を持てるような経験を提供してもらえるかどうかが、非常に大きなカギを握っているのだ。

 また、北条氏は「その人が文化資本的なものに価値を見出すかどうかは、属しているコミュニティに影響を受けやすい」と話す。たとえば、日本なら地方のヤンキーよりも都市部の富裕層のほうが、文化資本的なものに価値を見出しやすいコミュニティといえそうだ。

学校では強者のはずのヤンキーが
社会では通用しない理由

「好きな小説について語り合って交友を深めるコミュニティもあれば、拳で語り合うコミュニティもある。しかし、日本の支配者層が支持するカルチャーを文化資本とするなら、いわゆるヤンキー文化的なものは文化資本の範疇には入りません。地域によってはヤンキーがスクールカーストの頂点になる学校もありますが、社会という枠組みで見たら、彼らのほうが不利な状況に陥りやすくなるのです。もちろんヤンキー的なコミュニティーに属する人たちの全てが不利だと言っているわけではなく、あくまで社会的地位の取得において不利になりやすい人が多くなるという意味です」

 机に座って勉強することを『ダサい』と捉えるコミュニティより、学校教育に馴染みのあるコミュニティの出身者が高い文化資本を有することになり、後者のほうが社会的階層を上げやすくなる。社会的階層が上がれば、当然ながら経済的にも有利になりやすい。

 本来、優等生もいればヤンキーもいるというのは当然のこと。個人の差異はあってしかるべきで、逆に優等生ばかりの社会などというものが成立するはずもない。だが、この差異は単なる「違い」では済まされない。なぜなら、北条氏が指摘するように、その先にある「貧困」が問題だからだ。

「社会学の階層調査では、年代を重ねるごとに親の地位が再生産されやすくなっていることが分かりました。『ブルーカラーの子どもが医者になる』というような事例が極端に少なくなっているわけです。経済が急成長している時期なら、社会全体で賃金も底上げされているため、子は親の稼ぎを上回りやすい。しかし、今の日本は完全にマイナス成長で、身一つで階層を上げていくことが難しくなっているのです。そうなると、親の階層が子の階層に直接影響するようになってくるわけです」

 こうして経済格差が固定化されれば、貧困の問題はより深刻になっていくという。

文化資本を考慮に入れれば
安直な「貧困自己責任論」には陥らない

 このように文化資本の「格差」などというと、地方のマイルドヤンキーよりも都市部に暮らす富裕層の文化のほうがエライ、と言っているように聞こえなくもない。「文化資本」の存在を認めることは、ある種の差別とも感じられるのではないか。

 しかし、北条氏は「文化資本の格差が存在しない前提で貧困問題を語ると、『自己責任論』に陥りやすくなる』と指摘する。

「会社で評価されるようなコミュニケーション能力、マナーや作法、お金の管理能力、机に長時間座っていられるような持久力、それらもすべて文化資本と言えます。どれも今の日本社会で有利となる要素ですが、一昼夜で身につけられるものではなく、ましてや経済的な支援のみで解決できる話でもありません。スタートラインの平等を信じることは、ある意味危険なことだと思います」

 たとえば子どもの貧困対策を考えた時、子ども食堂や無料塾など、目に見える支援を行えば万事解決なのか。それでも将来貧困に陥ったら、その子自身に問題があると言えるのか。あるいは、なけなしの給料を毎月、酒につぎ込んでしまう人がいたとしたら、それは100%、その人の「自己責任」なのか。

 文化資本の有無は、その人の優劣でもなければ、ましてや良し悪しでもない。ただ、文化資本を持っていない人が割を食うような社会システムが存在することは確かなようだ。育ってきたコミュニティの違いで不平等が生じているのなら、「文化資本」の側面から貧困を考えてみることは無駄ではないはずだ。

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貧乏な家の子どもがお金持ちになれない本当の理由と「思考格差」の正体=午堂登紀雄
2017年9月3日
http://www.mag2.com/p/money/293416


子どもに貧困が連鎖する本当の原因は「親の子育て」にあります。「所得格差が教育格差を生み、貧困が連鎖していく」という説は、厳密には正確ではありません


「親の経済格差⇒子の教育格差⇒連鎖する貧困」はどこまで本当か

相関関係はあっても、因果関係はない

雑誌やネットのコラムなどで、「親の所得格差が子の教育格差を生み、貧困が連鎖する」という記事がたびたび取り上げられます。

確かに相関関係はあると思いますが、私は直接的な因果関係はないと考えています。

昨今ではすでに、高等教育を受ければいい会社に就職もできて安泰という図式は崩れつつありますし、奨学金制度があるので大学に進学できないというケースは稀でしょう(私自身、高校・大学には奨学金で進学し、15年かけて完済しました)。

貧困が連鎖する本当の原因は、親の子育てではないかと私は考えます。

それは、低所得の親の思考パターンと行動パターンが子に伝わるからです。

低所得の親が抱える「本当の問題」とは

そもそも、なぜ親は低所得なのか。それはたとえば、難しい課題に取り組もうとしない、新しい仕事に挑戦しようとしない、困難にもくじけず耐えようとしない、逆境を乗り越えて目標を達成しようとしない、勉強して能力を高めてより成長しようという意欲が低いために起こることではないでしょうか。

つまり、親自身が勉強することの価値を理解していないのです。親自身が「学ぶこと、努力することによってのみ自分を成長させることができるのだ」と認識していなければ、それを子どもに伝えることはできません。

たとえば「勉強しろ」「早く宿題済ませろ」などというのは教育でも何でもなく、単なる強制です。

大人でも会社で上司から「仕事しろ」「さっさと終わらせろ」などと言われたら気分は良くないでしょう。

そして、そういうマインドは当然、日常生活の親の振る舞い、そして子供にかける言葉にも違いを生じさせます。

「自分にはムリ」と思っている親の口から出る言葉は、「お前にはムリ」ではないでしょうか。

貧困は「親の思考と行動」によって連鎖する

じっくり考えるのを面倒くさがる親は、子どもが「それどういうこと?」と聞いてきても「知らない」「どうでもいいよ」で終わってしまうかもしれません。

家族でテレビを見ていて、事故のニュースが流れた時に発するセリフも「怖いねえ」くらい。

そんな親の言葉、態度、何かに取り組むときの姿勢を見ていれば、子どもも当然それを見習います。そうして親と同じような思考パターン、行動パターンが形成されます。

虐待されて育った子どもが親になったとき、また子に虐待するというケースがあるのもそのためで、子にどう接していいかわからない親に育てられれば、本人もやはり自分の子にどう接していいかわからず、結局親と同じことをしてしまいやすいのです。

つまり、親自身が低学歴・低所得となるような思考と行動をしているわけで、それが子どもに伝わっていることが「連鎖する貧困」の原因と言えるのです。


高所得な親の「思考と行動」は何が違う?

反対に、高所得な親の思考と行動はどうでしょうか。

彼らは積極的に学習する姿勢を持ち、難しい問題に果敢に挑戦したり、スキルアップのために日々研鑽してきたからこそ高所得になったと考えられます。

そういう親は、学ぶことの意義を認識していますから、子どもにもそのように伝えます。親自身も積極的に学び、努力する姿勢を持っていますから、子もそんな親の姿を見て育ちます。

親自身が「努力が大切だ」と思っているから、「やってみろよ。失敗したってまた頑張ればいいんだから」と子にも挑戦することの大切さを教えます。「お前にはムリ」ではなく「お前ならできる」というところでしょうか。

子どもが「それどういうこと?」と聞いてきたら、「それはね、これこれこういうことで、こういう理由があるからなんだよ」と答えるか、わからなければ「なんでだろうね、一緒に調べてみようか」と答えるでしょう。

事故のニュースをテレビで見たら「こういう事故に遭わないようにするには、どう行動したらいいかな?」というセリフを発するかもしれません。

そういう親の態度に毎日毎日、何年間も接して育てば、子どもも親と同じような思考パターンや行動パターンを受け継いでいきます。

そのため、「勉強しろ」などと直接言わなくても、日々の会話の中から、親の論理的な考え方や勉強することの大切さは子に伝わるものです。

だからなのか、高学歴の親の子どももまた高学歴になりやすいですし、東大に合格した学生のほとんどは、子どものころから一度も親に「勉強しろ」と言われたことがないそうです。

子どもの人生を左右する「親の思考格差」

さらに、高所得の親は部下や組織をマネジメントしている立場である人が多いと考えられますから、「どうすれば人は動くか?やる気になるか?」という人間のモチベーションに配慮する姿勢を持っているでしょうそういうスキルを発動すれば、子どもがやる気になるように促すこともできると言えます。

逆に低所得者は末端従業員であることが多く、人のモチベーションがどうこうより自分が不平不満を言っている立場でしょうから、人間心理に疎い可能性があります。それはもしかしたら、子どもの学習意欲や進学意欲の適切な形成を損なっているかもしれません。

ただしこれは高所得家庭でも起こり得ることですが、たとえば親があれこれ先回りしすぎたり、支配的に押し付けるような子育てをすれば、子は自分の頭で考える機会を奪われ、それが子の貧困化につがることがあります。

後半はうがった見方かもしれませんが、いずれにせよ貧困の連鎖を生んでいるのは、親の所得格差ではなく、それに伴う教育格差でもなく、「親の思考格差」なのです(なお、結果的には同じなので、冒頭でも直接的な因果関係はないと表現したわけです)。

「鳶が鷹を生む」現象

そしてもちろん、どの世界にも例外はあり、貧困世帯からでも偉大な人物が出てくることもあります。

親を反面教師にして努力し大成した人もいれば、逆に立派過ぎる親に反発してドロップアウトする人もいますが、それらはほんの一握り。珍しいからこそ、そうした人がテレビや書籍で取り上げられるのです。

では、そんな「一握り」に子どもが育つ条件とは何でしょうか?


子どもの論理的思考を鍛えよ

「ではどうすればいいのか?」ですが、私のひとつの提案は、子どもの義務教育を変えることです。

本来は親がすべきことであっても、強制することはできません。そこで親ができないなら、学校教育を変えるしかないというわけです。

具体的には、まず理系科目のウエイトを高くすることが挙げられます。理系科目は論理的思考の基礎となるからです。

私が知る限り、低所得者の多くは数学や物理などの理系科目が苦手です(もちろん全員ということではありません)。

それはつまり、論理的思考が苦手であることを意味します。だから感情や思いつきで判断したり、自分の行動がどういう結果を招くのかという想像もできない。

ただ、現状でも授業数はいっぱいなのに、今後英語やプログラミングの授業も入ってくるとなると、これ以上コマ数を増やすのも難しそうですが……。

子どもが「自分で考える」習慣の大切さ

もうひとつは、学校の中で、自分で考える習慣をつけるような授業の頻度を増やすこと。

現在の学校教育の多くは、教師が知識を伝え、児童生徒は受け取るのみであり、そこに「自分の頭で考える」「自分の意見・主張を持つ」「自分の考えを発表し、他者との違いを認め合う」という場はほとんどありません。また、テストでは問いを与えられ、最初から答えが存在していることばかりですから、自ら問いを発する、つまり課題を発見する機会にも乏しい。

国語にいたっては、たとえば小説の問題でも「こういうふうに捉えなさい」と感じ方まで強制されます。むろん正確に読む書く話す能力は重要なので、それを否定するわけではありません。

そういう基本は押さえつつ、でも「そういう意見や考えもあっていい」という多様性が認められる場を盛り込もうという意味です。

そもそも低所得者は、現状に疑問を持つことが少なく、一方で「こうすべき」「こうしてはいけない」という強固な固定観念に縛られ、自由な発想ができません。

言われたことしかできないとか、標準化された仕事はできるけど創意工夫して変えることが苦手な人は、思い込みが激しく多様性を認めない傾向があります。そのような柔軟性がないため、環境変化にも適応できず、所得は下がっていきます。

そしてそれを「しつけ」と称して子にも教えている可能性があり、だから親のそういう根拠のない常識や思い込みから解放させ、自由に発想させる場が必要です。

それにはたとえば「あなたはどう考えるの?」「僕はこう思う」「私はこう考える」という一人一人の個性を発揮させる授業、たとえば討論やディベート、グループ研究・発表会などが考えられます。

ただ、これも前述と同様、現状の授業枠の中でそこまでの時間が取れるかどうか難しいですが……。

変わるべきは親自身

「自分は貧しかったから、子どもには良い教育を与えてあげたい」という親の気持ちは当然だとしても、やはり変わらなければならないのは親自身ではないか。

親が変われば子に接する態度が変わり、子も親の影響を受けて変わるはず。

そして親の手を借りずとも「大学ではなく専門学校に行く」とか「日本の大学ではなく海外の大学に行く。そのため給付型のスカラシップが取れるよう頑張る」などと、自己責任において進路を決めるようになるかもしれません。


子どもの人生に、本当に大切なこと

「親の経済力によって大学進学率に差がつくのはおかしい」「親が貧しく進学させてあげられないから教育格差が生まれ、子も貧しくなる」と考える人は、奨学金の無償化や、公的な教育投資を増やすよう働きかけています。

しかしそれは「大学に行けばすべて解決する」と言っているようなもので、本質とは言えません。

むろん、義務教育をちょっと変えるくらいで解決できるテーマではないし、集団の中ではどうしても差ができてきます。だから完全に格差をなくすことは不可能。

とはいえ大学以前に、子どもが自分の頭でしっかり考えるような教育をすれば、「雇われるため」の進学だけではなく、たとえば高校生で起業家デビューとか、多様な人生の展開ができるようになる人が増えるのではないでしょうか。


そういえば、お金に関する知識は学校教育では習わないですよね。生きる上ではとっても大切なことなのに。同様に、子育てに関する知識も学校では習わない。論理的な思考方法やコミュニケーション技術も習わない。

ということは、学校では教わらないことの方が、実は人生においては重要なのかもしれません。

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中国農村の子どもの半数、知力発育に遅れ、米経済学者が指摘―米メディア
http://www.recordchina.co.jp/b190840-s0-c30.html
2017年9月18日(月) 8時0分

2017年9月16日、米ボイス・オブ・アメリカは、中国の農村の子どもの半数が知力発育に遅れが生じていると指摘している。

米スタンフォード大の経済学者スコット・ロジール氏は、中国の河南省鄭州市にあるアップル社のOEMメーカーを視察した際、工場が採用したがるのは学歴が高くなく、しかも知的能力の高くない人ばかりだということに気づいた。

ロジール氏は「知的能力の低い高校中退者が好まれていた」とし、「応募してきた人たちに知能指数(IQ)テストを行い、成績が目立って高い人は採用しない」と、工場の採用について明かした。工場の単純なライン作業は10分程度で仕事が覚えられ、知性の高い人はその単純な反復作業がすぐにいやになってしまうからだという。

だが中国では、そうした単純作業に向く労働力があふれている。10年の国勢調査によると、高校卒業者は労働力全体の24%でしかなく、トルコやブラジル、メキシコ、南アフリカ、インドネシアなどよりも低い水準にある。経済協力開発機構(OECD)加盟国全体で見ると、全労働力のうち高卒以上の学歴を持つ人は74%もいる。

中国は、都市部では高校進学率が93%に上る。米国よりも高い水準だが、農村では37%と著しく低い。ロジール氏は「中国の農村に特有の現象だが、問題は根深い」と話す。

中国の3歳児は50%近くが貧困状態の農村で生活し、約25%は都市部の出稼ぎ労働者の住む貧しい地区で暮らしている。ロジール氏によると、農村の教育問題は、学校や教科書の不足だけでなく、栄養不足や健康面も多く、就学前から問題の種子が植えつけられるという。

ロジール氏を中心とする研究グループが14年から行っている調査によると、陝西省や河北省、雲南省の農村に住む生後18〜30カ月児の45〜53%がIQ85よりも低く、正常な水準を下回るという。他の地域でも同様の結果が出ている。

また遺伝子や栄養の問題以外に、成長の過程で大脳に刺激を与えて知能的発達を促すような育児が行われていないことも深く影響しているという。ロジール氏は、今後4〜5億人もの中国人が治る見込みのない知的障害を抱えて生きていくことになることになるかもしれないと話している。(翻訳・編集/岡田)

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甘い希望など持つな。貧困層の子供はもう抜け出せない現実

政治家の子供たちは大抵が政治家になっている。なぜか。政治家は儲かるからである。

金持ちの子供たちも大抵が金持ちである。遊び狂って財産を散財するだけの息子たちもいるが、こういった息子たちは、金があるから散財できる。

また金持ちの家庭の子供たちは高学歴が普通だ。なぜなら、子供の教育に金を出す余裕もあれば、安心して学業に励める快適な環境もあるからだ。親のコネや人脈で有名大学に入るルートもある。

現に、ハーバード大学やオックスフォード大学は世界各国の権力者の子弟を受け入れている。おまけに大学卒業後も、仕事や役職が約束されている。

端的に言うと、エリートや金持ちや権力者の子供たちというのは、最初から社会的な地位が用意されており、貧困家庭にはない多くのメリットを享受できる。

アメリカでは親の所得が高いほど子供の成績が良いのが確認されているが、その理由は言うまでもなく教育に最適な環境を整備できるからである。

子供が将来、社会的に成功しやすいかどうかというのは、本人の努力が問われる以前に、親の収入も影響する。世の中は公平ではない。それは冷徹な事実である。


極貧の家庭は、常に何らかのトラブルに追われる

これは別に社会学者が統計を出さなくても、普通の人ですら日常を観察してしみじみと思う現象でもある。

収入のある家庭では、子供にいろんな習い事をさせることができる。塾にも行かせることができるし、家庭教師を呼ぶこともできる。

また、親が精神的余裕も経済的余裕もあるので、子供に目をかけやすい。家族の団欒を持てたり、一緒に旅行ができたり、一緒に勉強したり遊んだりすることができる。

もちろん、すべての富裕層がそんな理想的な家庭ばかりではなく、それぞれ複雑な事情を抱えているのも事実だ。何の悩みもない家庭はひとつもない。

しかし一般的な比較で言うと、総じて富裕層は子供に最適な環境を与えることができる。それが、子供の能力を伸ばすので、富裕層の子供に社会的能力の高い子供が多いのは別におかしなことでも何でもない。

では、極貧の家庭で育つ子供たちはどうなのか。彼らは富裕層の子供たちが持つメリットは何もないだけでなく、大きなマイナスをも抱えている。

極貧の家庭は、常に何らかのトラブルに追い込まれている状態であると言ってもいい。親はストレスにまみれ、家庭そのものが破綻していることもある。

経済問題はありとあらゆる問題を先鋭化させるのだ。今を生きていくだけで精一杯であり、子供の教育などはすべて後回しにされる。

習い事をさせる余裕もない。塾や家庭教師など、とんでもない話である。義務教育が終われば、あとは一刻も早く社会に出て金を稼いで欲しいと考える家庭も多い。

そのように口に出して言わなくても、子供たちは親の貧窮ぶりを見て育っているので、悠長に教育を受けるよりも、さっさと社会に出て稼ごうと考える。

環境的に、低学歴で社会に出るしかない。

そうすると結局はそれが仇になって、低収入の仕事に甘んじるしかなくなっていく。もちろん、彼らに人脈やコネがあろうはずがなく、折に触れて助けてくれる人もいない。


貧困家庭に生まれたことから、すべてが始まっている

富裕層の子供たちが多くの良き助言者を持っているのに比して、貧困層の子供たちは多くの悪い友人を持っている。だから、マイナスの方向に引っ張られやすい。

そして、低学歴を余儀なくされた子供たちには、条件の良い仕事はあまりない。

低学歴でもできる収入の良い仕事というのは、極度に体力を使う仕事であったり、極度に危険な仕事であったり、反社会的なものであったりすることが多い。

その仕事に就いていること自体がトラブルの元になり、やがては自分の人生がトラブルによって潰される。しかし、そこから逃れられない。

良い仕事に就きたいと思っても、現実には低収入の仕事しかなく、将来の展望は見えてこない。

貧困家庭に生まれたことから、すべてが始まっている。「経済格差が遺伝する」というのは、こういった現象から言われているものだ。

日本は2000年代に入ってから、極度に格差が広がる社会になった。この「労働者使い捨て時代」に成人して社会に出た人々は今は30代から40代に入ろうとしている。

2017年、厚生労働省は20年間の国民生活基礎調査の家計所得を分析した結果を出した。

これによると「世帯主が40歳代の世帯では、単独世帯やひとり親世帯の増加で総所得が300万円未満の低所得世帯の割合が増加した」と報告している。

今「生活はやや苦しい、大変苦しい」が合わせて62.4%にまで増えた。

将来の展望もなく、低収入を余儀なくされているわけだから、結婚が激減して少子化が加速しても当然だ。しかし、それでも非正規労働のまま結婚し、将来の安定のない中で子供を持つ人たちも、もちろんいる。

重要なのは、こういった貧困を余儀なくされている人たちを社会が救済できなければ、彼らの子供たちもまた貧困層から抜け出せなくなる可能性があるということだ。


貧困層の子供はもう抜け出せない現実を知るべき

「6人に1人の子供が貧困状態にある」とはよく言われるようになっているのだが、この子供たちが助からない。貧困の子供たちを貧困のまま固定化させる現象が日本で生まれている。

2017年9月17日、総務省は65歳以上の高齢者人口が総人口の27.7%になったと報告した。そして90歳以上も初の200万人台に入ったことも合わせて報告している。

少子化も急加速で進んでいるのだが、超高齢化も止まらない。だから人口動態が日本の致命傷になっていくのは、もう結論的に分かっている。

経済大国としての日本は外国に抜かれていき、日本人が豊かになるチャンスも減少していく。内需が消え、社会が萎縮し、イノベーションを生み出す力も衰え、ありつけるパイがどんどん小さくなっていく。

その中で、富の大部分を富裕層がごっそりと持っていき、残りを大勢の貧困層が奪い合うという醜悪な社会になっていく。

いよいよ、そういった社会が見えてきている。

政府も無力になる。財政赤字が膨れ上がり、高齢者を養うために社会保障費の増大に苦しむ政府に余裕などない。余裕がないから、私たちからもっと税金を取り立てて奪ってくる。

隣人が何かしてくれるだろうか。それも期待できない。格差社会は、激烈な競争が生み出したものだからだ。助け合うのではなく、競争し合って他人を蹴落とす。

では、競争に勝つのは誰か。

もちろん最初から恵まれた富裕層の子供たちである。社会はフェアではない。フェアではない競争社会では、最初から何も持たない不利な貧困の子供たちは助からないのだ。

現実を見れば、すでにそんな強烈な社会になっている。そして、この問題は完全に放置されている。

だから、金があるかないかできれいに分離する一種の身分社会になって、ピラミッドの底辺が底辺のまま抜け出せない社会が到来する。

今の社会に甘い希望など持ってはいけない。貧困層の子供はもう抜け出せない現実を見る必要がある。この現実に気付いて危機感を持たないと、すべての日本人が不幸になる。
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2017/09/20170922T1712200900.html


貧困層が資産を持てない7つの理由とそれを克服する処方箋

世の中は恵まれている人ばかりではない。

知的能力が高くて論理的な思考ができていても、家庭が貧しすぎて学歴を得られなかった人もいるし、学業を途中で放棄せざるを得なかった人たちも数多く存在する。

それが将来的に自分の人生に不利な状況になってしまうことを分かっていても、貧困のために学歴を重ねられなかったという人もいるのである。

現代社会は学歴社会なので、学歴がないというのはそれだけで不利な立場に追いやられていく。

高度な仕事、あるいは正社員の地位の多くは高学歴の人たちのものであり、諸般の事情で学歴が得られなかった人は、それだけで就職の入口から排除されてしまう。そのため、学歴の欠如は貧困に直結しやすい傾向にある。

貧困層が貧困から逃れられないのは、学歴だけが問題なのではない。貧困の世界で生まれ、育ち、そこで生きてきた人たちの多くは「貧困思考」というものを持っている。

貧困思考というのは、貧困から抜け出すことができない思考法を指す。長く貧困で生きたことによって、それが貧困から抜け出せない思考に染まってしまうのである。具体的には、どんなものなのか。


浮かばれない人生の底には「貧困思考」がある

「貧困思考」の中で、最も危険なのは何か。それは「自暴自棄」であると言える。

貧困の中で暮らし、貧困に苦しめられ、貧困の中でもがいて抜け出せない地獄を味わい続けると、やがてその人の心は荒んでいき、その心の荒廃はひとつの傾向を示すようになる。それが自暴自棄だ。

希望を失い、失望を重ねたことによって、「もう自分なんかどうなってもいい」とすべてを投げ出してしまう。

自分に怒りを感じ、あきらめ、「もう何をしても無駄だ」と思って向上心をも捨て去り、流されて生き、まわりからの救済があっても「余計なことをするな」と拒絶する。

自暴自棄が自分の心に定着すると、もはや貧困から抜け出すどころではなくなってしまう。長く生きるということすらもできなくなってしまうのである。資産を形成するどころではないのは確かだ。

「貧困思考」は合理的思考の欠如をも含む。たとえば、いくつかの選択肢があった時、自分がどの選択肢を選べば利益を得られるのかを冷静に考えられない。あえて、選んではいけない方を選んだりする。

たとえば、意味もなく高額なものを買ったり、不必要なものに散財したりする人もいる。合理的に考えれば経済的に苦しい時こそ「貯める」という選択肢が必要なのだが、理由を付けて消費する。

それでいて、必要なところに金を回さないで、自業自得のように自分を追い詰める。こうした行き当たりばったりや衝動的な感情に振り回されて合理的な思考や決断をしないというのも貧困思考の特徴だ。

この衝動性は、ギャンブルに強い関心を持つことにも表れる。ギャンブルは勝てば大金を得られるのだが、一方で「勝つ確率が極度に低い」という見過ごせない一面がある。

勝つ確率が低いものに賭け続けていると、負けが込んですべてを失うのは目に見えている。しかし、貧困思考にとらわれていると、その最も重要な一面が見えないのである。

それだけではない……。
https://darkness-tiga.blogspot.jp/2017/12/20171210T1639280900.html


「経済格差は知能の格差」という現実から目を背けるな[橘玲の日々刻々]
http://diamond.jp/articles/-/114447


 2016年に国際社会を揺るがした最大の事件は、イギリスのEU離脱を決めた6月の国民投票だと思っていたら、11月のアメリカ大統領選でそれを上回る衝撃が起きました。もうひとつの驚きはAI(人工知能)で、ディープラーニングによってコンピュータがチェスだけでなく、より複雑な将棋や囲碁でプロを圧倒する時代がやってきました。

 じつはこのふたつの出来事は、「知識社会化」という同じコインの裏表です。

『ワイアード』創刊編集長のケヴィン・ケリーは、人間がテクロジーを開発しているのではなく、テクノロジーが人間を利用して自ら進化しているのだという「テクニウム(テクノロジー生態系)」を唱えました。テクノロジーはまるで生物のように、さまざまな知を吸収して未知の領域へと自己組織化していくのです。

 社会が高度に知識化すれば、それに適応するにはより高い知能・技能が求められます。――パソコンを使いこなせないと事務の仕事すらできない、というように。仕事に必要とされる知能のハードルが上がれば、必然的に多くの労働者が仕事を失うことになるでしょう。これが「格差社会」とか「中流の崩壊」と呼ばれる現象です。

 しかし失業したブルーワーカーは、なぜ自分が虐げられるのかがわかりません。その怒りを動員するのがポピュリストの政治家で、今年はフランスやイタリア、ドイツなどでも同じ光景を見ることになるでしょう。なぜなら、知能の格差が経済格差を生み、社会を混乱させるのは、(新興国との競争にさらされる所得の高い)先進国に共通の問題だからです。

 AIがその驚くべき能力を示しはじめたとき、多くのひとが、人間がロボットに支配されるSF的なディストピアを予感しました。しかしその後、すこし冷静になると、AIは人間に取って代わるものではなく、人間の知能を拡張するツールだといわれるようになりました。脳(身体)とコンピュータは仕組みが本質的に異なっているので、AIがどれほど学習しても、人間のような認知能力や共感能力を持つことはできないからです。

 しかしこの事実も、あまり明るい未来は見せてはくれません。

 AIが知的能力を大きく引き上げるとしても、それはすべてのひとに平等に恩恵を与えるわけではありません。そこからもっとも大きな利益を得るのが、高度で複雑なテクノロジーを効果的に使いこなす、知的能力の高いひとであることは間違いないからです。同様のことはビッグデータ(統計解析)などの分析手法や、ビットコイン(ブロックチェーン)、3Dプリンタ、VR(ヴァーチャル・リアリティ)のような新しい技術にもいえるでしょう。

 このようにしてテクノロジーの「進化」がますます知能の格差を広げ、それによって富は局在化し、経済格差が深刻になり、社会は分断されていきます。これは知識社会化がもたらす必然ですから、人類がこの運命を避けることは(おそらく)できないでしょう。

 だとすれば、私たちはどうすればいいのでしょうか。

 そのこたえを私は持ち合わせませんが、ひとつだけ確かなことがあります。それは、「経済格差は知能の格差」という現実から目を背けるなら、私たちはグロテスクな「陰謀論」の世界に落ちていく以外の未来はない、ということです。


参考:ケヴィン・ケリー『テクニウム――テクノロジーはどこへ向かうのか?』
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4622077531/ref=as_li_tf_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4622077531&linkCode=as2&tag=mailmagazin0asyuracom-22


お金持ちが経験、お金がお金を呼ぶ「ゾーン」とは?
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170326-00000011-zuuonline-bus_all
ZUU online 3/26(日) 18:30配信

お金持ちは、お金を引き寄せる。
お金の性質を理解して、
お金がお金を呼ぶ「ゾーン」を体験せよ。

私は、よく「菅下さんはお金持ちでいいですね」と言われます。
自分の貯金額を明かしたことはないのですが、なぜかそう言われます。どうも、私は「お金持ち顔」なのだそうです。

(本記事は、菅下清廣氏の著書『今こそ「お金の教養」を身につけなさい 稼ぎ、貯め、殖やす人の”37のルール”』(PHPビジネス新書)の中から一部を抜粋・編集しています)

でも中学生で父が事業に失敗したあのころ、私はしばらくお金に嫌われてしまいました。大学生の頃もアルバイトをしていましたが、貯金をするほどの余裕はなかった。必死にアルバイトをしていた私と、いまの「お金持ち顔」の私。何が違うのでしょう。

私は「貧乏」も「お金持ち」もどちらも経験しましたが、明らかに違うことがあります。それは「お金が向こうから寄ってくるかどうか」です。

お金を持つと、お金がお金を吸い寄せ、さらにお金が集まります。なぜか。お金持ちの人には、お金儲けの話が集まるからです。

「あの人はお金持ちだから、おそらくいい頭脳と人脈をもっているに違いない。相談にいってみよう」

と、なるわけです。有益な相談もたくさんありますから、結果としていい人脈やお金が集まってきます。

よく考えたら、当然のことです。貧乏な人にお金儲けの案件を持ち込んでも、無駄ですから、貧乏な人には、人も金も集まってきません。

■お金がお金を呼ぶ「ゾーン」とは?

お金持ちは、一定額以上貯まったら、あえて貯金をしようとはしていません。お金が向こうから寄ってきて、よほど浪費しなければ結果として貯金できてしまうからです。

私も年収10年分貯まった頃から、「お金を貯めよう」という意識は無くなりました。10年分の貯金があれば、人間は気前が良くなります。すると、さらにいい人が集まってきます。ですから、もともとお金持ちの家に生まれた人は、お金が集まりやすいはずなんです。それでもお金が貯まらないということは、頭が悪いか、素行が悪い。どちらかです。

話を戻します。お金がお金を呼びはじめると、お金は勝手に増えてくれます。たとえば、1千万円をローリスクで利息10%の商品に投資すると、年間100万円になります。月8万円程度のお小遣いがもらえれば、これまで食事などに使っていたお金を、別のことに投資できるようになります。

でもこれでは、「お金がお金を呼ぶ」と言うほどではないです。まだ、少し甘い。本当に「お金がお金を呼ぶ」スパイラルをつくるには、5千万円、1億円クラスのお金が必要です。

1億円あれば、たとえ5%の運用であっても、年間500万円のキャッシュフローが生まれる。30代くらいの方の年収が、そっくりそのままもらえちゃうわけです。

こうなると、お金がお金を呼ぶ「ゾーン」に入ります。あなたに関係のない話をしているのではありません。1億円だって、今は夢のように思えても、貯まります。その「はじめの一歩」が、この本でおすすめしている「恒産」なのです。

お金というのは不思議なもので、10万円しかない人には減る一方、100万円くらいなら横ばい、1000万円になるともう減りません。1億円貯まったら、もう楽勝ゾーン。

■金融リテラシーや投資頭脳は、お金の量に比例

貯蓄が一定のレベルを超えると、貯金の利子もつきますし、お金につながる情報も自然に寄ってきます。おそらくあなたの頭には、最低限の金融リテラシーも備わっているでしょう。さらに一定額になると、「もう少し増やしたい」と思いはじめるから、自然と投資や金融の勉強をはじめます。

お金もリテラシーもないときは、勉強も苦痛です。でもお金が増えると、さらに知識量が増え、お金も増える。すると勉強が楽しくなるから、やっぱりお金も増えます。

金融リテラシーや投資頭脳は、お金の量に比例します。資産家ほど、実はとても勉強家なのです。やっぱり、樽に小銭を貯めていてもダメなんです。

■ピンチをチャンスに変えた経験

お金持ちは、素直。
浅はかな失敗をしても、すぐに方向転換できるかどうか。

エニグモの田中さんは、ピンチをチャンスに変えました。ピンチを機に、自身の人生を上昇気流に乗せました。でもピンチの渦中にいる時には、どうすれば上昇できるのか、一体なんで下降しているのか、わからないことが多いものです。私もそうでした。

私は大和証券時代、常にトップセールスを誇っていました。しかし、当時の日本企業は成果主義を導入していませんでしたから、どんなに頑張っても月給以上はもらえません。私は、転職を考えました。

私の先輩で、相場能力の優れた方がいました。営業成績が極めて高く、良質なお客さんをたくさん持っていた先輩は、大和証券を辞め、小さな証券会社の外務員になりました。

外務員になると、取引手数料の一部が収入になるので、成績が上がるほど手取りも増えます。証券会社に机と電話を貸してもらい、「身ひとつ」で営業します。頑張りによっては、年収1億円も夢ではありません。

その先輩から、「菅下君、一緒にやろう」と誘われたのです。まだ新人でしたが、「君の相場観は抜群だし、営業もできる。2人でチームを組めば、自分がいないときにお客さんを見てもらうこともできるから都合がいい」と言われ、うかつにも「やってやろう」と思ってしまいました。22歳か、23歳のころです。

大和証券という一流の証券会社に入社したわけですから、その後の人生も、一流で終えられる可能性があります。でも小さな証券会社に行ったら、先はないかもしれない。でも若いから思慮が浅く、新しい会社に「来週からお世話になります」と挨拶に行ってしまったのです。先輩の隣に、席が用意されていました。

こんな私を救ってくれたのが、当時私が勤めていた大和証券の大阪営業部長です。「思い立ったたが吉日」と私は大和証券にさっさと辞表を提出し、過去にお世話になったこの部長に挨拶に行きました。大阪の営業を仕切っている方で、めちゃくちゃ偉い人です。

その部長に、「『大番』のギューちゃんを目指して、相場で勝負します」と言ったら、すごい剣幕で怒られました。彼のデスクは、100坪くらいのフロアの一番前にありました。500人の部下のデスクが整然と並び、営業マンたちは忙しく電話をしています。その前で、飛び上がるほど怒られました。500人、ほぼ全員が私を見ました。

「目先の金儲けに目をくらませて、人生を誤るとは何事だ。辞表を提出してしまったのなら、しょうがない。俺が口をきくから、世界最大の証券会社に行け」

その言葉が、ピンチをチャンスに変えました。当時、世界最大の証券会社だったメリルリンチが、日本に進出したばかりだったのです。先輩も「同じ相場師になるなら、ちっぽけな大阪の相場師より、世界の相場師になれ」と言ってくれました。

私がメリルリンチに入社できたのも、先輩が大和証券の国際部門経由で、推薦してくれたからです。メリルリンチの採用担当者は「大和証券の推薦なら採ります」と言ってくれました。

些細なことで、ピンチはチャンスに変わります。特に若いと、人生経験が少ないから、判断も浅い。判断を簡単に誤り、人生を下降させます。私を叱ってくれた部長は、私にとって人生の神様です。彼はのちに大和証券の副社長になり、私がメリルリンチに行ったあともずっと応援してくれました。

いい先輩や上司に恵まれた方は、是非大切にしてください。そして先輩の言葉には、素直に耳を傾けましょう。もしも、悪い遊びに誘う先輩に恵まれてしまったら、それは悪い運です。さっさと断ち切って、遊びや飲みの時間を勉強に充てましょう。それが、幸運を呼び込む秘訣です。

菅下 清廣
スガシタパートナーズ株式会社代表取締役。国際金融コンサルタント、投資家。立命館アジア太平洋大学学長特別顧問。


14. 中川隆[-13484] koaQ7Jey 2018年7月02日 10:09:19 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-16303]

世にも奇妙な物語 「23分間の奇跡」
キャスト: 賀来千賀子
放送日: 1991年 冬の特別編


動画
https://www.youtube.com/results?search_query=%E4%B8%96%E3%81%AB%E3%82%82%E5%A5%87%E5%A6%99%E3%81%AA%E7%89%A9%E8%AA%9E%E3%80%8023%E5%88%86%E9%96%93%E3%81%AE%E5%A5%87%E8%B7%A1


教室の中、子供達の前で一人の中年女性教師が泣いている。
そこへ、時報と同時に別の女性教師が入って来る。
「子供達はどうなる」と訴えていた中年教師を教室から送り出し、
その教師は子供達に語り掛ける。

最初は、不審気な表情を見せる子供達。
だが、教師が子供達の名前や特技などを言い当て、それを三日間で
覚えて来たと話すと、次第に心を開き始める。
次に教師は、教室に掛かった額の中の言葉の意味を問い掛ける。

「平等 自由 平和」

そこで、一人の少女が教師の着ていた服について尋ねた。
こんな服は嫌いかと教師が尋ねると、少女は服を褒めた。

「じゃあ、これからは、みんなにも同じ服を着て貰いましょうね。
そうすれば、明日着て行く服を考えなくてもいいでしょう?
みんな同じ服、これが平等だと思わない?」

この意見に、一人の少年が食って掛かる。
すると、教師は続けた。

「そう、何を着るのも勝手、それが自由というのよ。」

これにも反抗する少年。
少年の父親は、どこかに連れて行かれていたのだった。
教師は、「大人でも学校に行く」「すぐに帰って来る」と言う。
すると、少年は机の中から新聞の切り抜きを取り出す。

「クーデターが起きて、日本の憲法が変わっちゃったんだ!」
「憲法って何?」
「国の決まりだよ。」

教師は、これにも優しい口調で答える。
「国の決まりでも、間違っていたら変えなきゃね?」
そして、女性は明日から「お泊り」に行く事を発表した。
キレイな部屋で美味しいものを食べると聞き、喜ぶ子供達。
何が食べたいかを子供達に尋ねた教師は、おもむろに言い出す。

「さぁ、みんな目を閉じてお祈りしましょう。
『神様、お菓子を下さい』。」

くすくす笑いをこらえながら女性の言葉に従う子供達。
当然お菓子は現れない。

「じゃあ『指導者様』に変えてみたらどうかしら?」

子供達の机の上にお菓子を置いていく女性。
目を開けてお菓子を見つけ、喜ぶ子供達。
だが、一人反抗していた少年は、薄目を開けて全てを見ていた。

「お菓子を置いたのは『指導者様』じゃなくて
 先生じゃないか!」

微笑む女性。

「そう、実際にお菓子を机の上に置いたのは先生です」

あっさりと認められ、きょとんとする子供。
女性は、少年を賢いと褒めながら言葉を続ける。

「いくら誰かに祈っても、本当は何も出て来ません。
もし、何かしてくれる人がいるとすれば、それは神様なんかじゃ
なくて、先生や他の人の力なの。」

言葉に詰まる少年を、他の子供達も褒め始める。

続けて教師は、新学期のクラス委員を誰にしようか話し始めると、
子供達は少年がいいと口々に言い出す。
まんざらでもない様子の少年。
教師は、クラス委員の最初の仕事として、掛けられた額を外して
しまおうと提案する。

ある少女が「大切なものでは?」と言い出す。

「本当に大切なのは、中に書かれた言葉でしょう?
だったら、それはみんなの心の中に掛けておけばいいわよね。」

子供達は納得し、額を外した少年はそれを窓から投げ捨てた。
地面で砕ける額を見て、歓喜する子供達。

子供達を見て微笑む女性の腕時計は、丁度23分を経過していた。
そして、女性は自分の服と同じ制服と新しい教科書を取り出す。

「古い教科書を破った人から、取りに来て下さい。」

もう、疑問を唱える子供はいなかった。


15. 2018年7月02日 17:52:03 : nv3nohX4sE : St_T2dJs2ps[5]

どうして「青年同盟」とはっするのか?^^

理由は^^

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/青年ヨーロッパ

コレが、共産党が「革命党」と呼ばれる所以である^^

因みに^^

この青年ヨーロッパの創始者=ジュゼッペマッツーニとは^^

斯の有名な、イルミナティの第2代総帥である^^

第3代総帥が、アメリカ・ジョージア州でKKK(第2次)を立ち上げるアルバートパイク^^

共産党とは=イルミナティなのだ^^


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