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木村草太・首都大学東京法学系教授 / 「これは何かの冗談ですか? 小学校『道徳教育』の驚きの実態」 
http://www.asyura2.com/17/senkyo219/msg/767.html
投稿者 赤かぶ 日時 2017 年 1 月 29 日 00:00:20: igsppGRN/E9PQ kNSCqYLU
 

木村草太・首都大学東京法学系教授 / 「これは何かの冗談ですか? 小学校『道徳教育』の驚きの実態」
http://blog.goo.ne.jp/nrn54484/e/983635fa26a05ce17d2f7fdf8c566d74
2017年01月28日 のんきに介護


〔資料〕

「これは何かの冗談ですか? 小学校「道徳教育」の驚きの実態 〜 法よりも道徳が大事なの!? 」

   木村 草太 さん・文(2016年1月26日)

☆ 記事URL:http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47434?page=2

今日も大学の法学部では、民法や会社法、労働法に刑法が講じられている。

そこでは、「法とは何か?」、「法の支配は実現できるか?」などと考える必要はない。国会が制定したルールが法だと誰もが思っているし、裁判官や警察官は粛々と法を実現している。「なぜこれが法なのか」などと悩む学生は、よほどの変わり者だろう。
法学部法律学科の講義では、法の定義も、法の支配も自明なのだ。

ところが、学校に関わる法律問題を考えていると、「法とは何か?」、「本当に法の支配はあるのか?」という問題が深刻さを帯びる。
骨折という事故はスルー?

一例として、少し前からインターネット上で話題になっている道徳教材について検討してみよう。

広島県教育委員会は、「『児童生徒の心に響く教材の活用・開発』研究報告集」として、「心の元気」という教材を作っている*1。その中に、「組体操 学校行事と関連付けた取組み」という教材がある*2。小学校5・6年生用の教材で、運動会の組体操での練習のストーリーが題材になっている。

*1 http://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/12doutoku/12doutoku-elementary-index.html
*2 http://www.pref.hiroshima.lg.jp/uploaded/attachment/31631.pdf

その主人公、つよし君は、組体操に熱心に取り組み小学校6年生だった。そんな彼が、人間ピラミッドの練習中に事故にあう。

今日は運動会の前日。最後の練習だ。笛の合図でだんだんとピラミッドができあがっていく。二段目、三段目。とうとうぼくの番だ。手と足をいつもの場所に置き(さあ決めてやる)と思ったしゅん間、ぼくの体は安定を失い、床に転げ落ちていた。かたに痛みが走る。

ぼくはそのまま病院に運ばれた。骨折だった。

ぼくは、目の前がまっ暗になったようで何も考えられなかった。

事故の原因は、わたる君がバランスを崩したことだった。わたる君はごめんと謝るが、つよし君は許すことが出来ない。そんなつよし君に、お母さんが次のように語る。

「一番つらい思いをしているのは、つよしじゃなくてわたるくんだと思うよ。母さんだって、つよしがあんなにはりきっていたのを知っているから、運動会に出られないのはくやしいし、残念でたまらない。でも、つよしが他の人にけがさせていた方だったらもっとつらい。つよしがわたるくんを許せるのなら、体育祭に出るよりも、もっといい勉強をしたと思うよ」

つよし君の心に、「今一番つらいのはわたるくん」という言葉が強く残る。そして、「その夜、ぼくは、わたる君に電話しようと受話器をとった」という一文でこの教材は終わる。


読者の皆さんは、この教材を見てどう思うだろうか。シッカリトシタ学校教育を受けたリョウシキアル方々は、「人の失敗を許すのは大切だ。これを機にクラスの団結力を高めよう」と思うのかもしれない。

実際、この教材の解説にも、「相手を思いやる気持ちを持って、運動会の組体操を成功に導こう」という道徳目標が示されている。教材の実践報告にも、「この実践後の組体操の練習もさらに真剣に取り組み、練習中の雰囲気もとてもよいものになった」と誇らしげな記述がある。そこには、骨折という事故の重大さは、まるで語られていない。

学校は治外法権?

これが交通事故だったら、運転者は十分に注意をしていたのか、車はきちんと整備されていたのか、道路の整備に不備はなかったのか、など、原因がしっかりと追究されるだろう。そして、原因に対して誰かが責任をとり、そのような事故の再発をいかにして防止するかが議論されるだろう。

なぜ、学校が舞台になると、「骨折ぐらいは仕方ない。お互いに許して団結しよう」という話になってしまうのだろうか。この教材を見た時、私は、「法とは何なのか」をあらためて真剣に考えなくてはならないと思った。

法的に見ると、つよし君が参加した組体操は、違法の可能性が高い。

学校は一般に、子どもの安全を確保するために十分な配慮をすべき義務(安全配慮義務)を負う。組み体操を実施するならば、十分な監視者を配置し、バランスを崩した子どもがいないかを丁寧に監視し、危険な場所が見つかれば即座に練習を中止する。それだけの体制を整える必要が学校にはある。これは、下級審ではあるが確定した判決が指摘したことだ。

一部の子どもがバランスを崩しただけで骨折者がでる、そんな危険な状況で練習をさせたのであれば、学校の安全配慮義務違反が認定される可能性は高い。民事上の問題として考えるなら、学校が損害賠償を請求されれば責任は免れ得ないだろう。
また、刑事上の問題として考えるなら、注意義務違反によって骨折者が出ているのだから、教員は業務上過失致傷罪に問われてもおかしくない。

事故が起きれば、原因を追究し、責任者を特定する。責任者の行動が、不法行為や犯罪なら、損害賠償義務が発生し、刑罰が科される。どの国でも、法とはそういうものだ。

しかし、この教材は、「困難を乗り越え、組体操を成功させる」という学校内道徳の話に終始する。学校内道徳が、法規範の上位にあるのだ。いや、もっと正確に言えば、学校内道徳が絶対にして唯一の価値とされ、もはや法は眼中にない。法の支配が学校には及んでいないようだ。これは治外法権ではないのか。

法とは何か?

「法とは何か」という問いに、たくさんの偉人が頭を悩ませてきた。ちょっと探してみれば、この問いに答えようとする本が山ほど見つかるだろう。哲学的で難しそうなものが多いが、興味のある人は読んでみればいい。

ただ、今必要な「法とは何か」という問いの答えは、いたってシンプルだ。法の本質は、法と法以外の規範(例えば、道徳や校則、会社規則など)との違いを考えれば分かる。つまり、法の本質は、「普遍的な価値を追求する規範だ」という点にある。

普遍的な価値とは、どんな人にでも正当性を説明できる価値のことを言う。この世界には、それぞれまったく異なる価値観や思想や意見を持った人々がいる。そうした人々が共存するためには、お互いを尊重し、どんな人に対してもその正当性を説明できるルールが必要になる。

「どんな人も見捨てない」のが普遍という概念であり、普遍的なルールを生み出そうと思って作られるのが法だ。つまり、「法の支配」とは、支配をするなら普遍的なルールに基づいて行わなくてはならないという理念なのだ。

法の支配を実現するために考え出されたのが、議会が立法するというシステムだ。王様が勝手に法律を作ったのでは、王様本人やその仲間たちにだけ都合のいいルールが国民に押し付けられる危険が高い。議会のメンバーを国民が選挙で選ぶことにすれば、異なる意見や価値観を持った代表者が集まってくる。そうした多様なメンバーが十分な議論をすれば、多くの人が納得する普遍的な立法がなされる可能性が高まるだろう。

もっとも、多様なメンバーが集まって議論するだけでは、多数派が力で少数派をねじ伏せ、少数派が迫害される危険もある。

そこで、憲法には、立法の前提ルールとして、特定の宗教と結びついてはならないとか(政教分離)、固有名詞を含む特定の人に向けた命令の形にしてはならない(法律の一般性の要請)といったルールが規定されている。これらも、法が、普遍的な価値を持つようにする工夫である。

法以外の規範とはなにか?

もちろん、法以外の規範がすべて悪いものだ、ということではない。

ただ、法以外の規範の特徴は、「普遍性を持たない」ことにある。つまり、特殊集団のための規範だ。

道徳は同じ道徳観をもつ人たちの間のルール、校則は学校に通う人たちの間のルール、会社規則は会社に勤める人たちの間のルールだ。特別な集団の中で、独自のルールがあった方が、コミュニケーションがスムーズに進むということはよくある。「みんなで団結してがんばるのが好き」な人が集まって、辛い試練に耐えて頑張るのは、それはそれですばらしいことだろう。

しかし、内部の人にとっては守るべきルールであっても、その外部にいる人たちには自分たちのルールを押し付けることは許されない。

さらに、「そのルールに従う集団に入るか否かは、当人の自由な意思に委ねなければならない」のが大前提だ。逆に言えば、参加するか否かの自由が保障されない集団では、内部ルールにも普遍性が要求されることになる。

また、内部ルールはいくらでも自由に定めてよい、というものではない。あくまで法に違反しない範囲で定めなければならない。たとえば、ある会社で、残業手当を払わないという規則があったとしても、それは労働基準法違反で許されない。

学校内道徳の何が問題なのか?

こう考えてくると、学校内道徳を絶対視する態度の何が問題なのかが、よく分かる。

六年生なら中学受験のために根を詰めている子もいるだろう。ピアノの発表会や、サッカークラブの試合など、学外での活動をとても大事に思っている子もいるだろう。もちろん、運動会での晴れ姿を楽しみにしている子もいるだろう。学校に通う子どもたちが大事にしているものは、みんなそれぞれに異なる。しかし、組体操への強制参加は、そんな子どもたちの個性を無視して、全員に骨折の危険を強要することになる。

もちろん、「嫌いだから」というだけで、学校のカリキュラムをすべて拒否して良いはずはない。ただ、学校が子どもたちに義務付けてよい教育内容には、普遍的な価値が要求される。

そして、教育内容は、その普遍的な価値を実現するのに効果的で、かつ、弊害の生じないものが選ばれなければならない。これを行政法の世界では、「比例原則」とよぶ。

では、組体操への参加を強制することに、普遍的に説明できる価値はあるのだろうか。また、それは、組体操以外の安全な競技では得られないものなのか。

組体操は、骨折はもちろん、場合によって死の危険もあるほど危険な競技だ。それを強要するなら、これらの疑問に誠実に答える必要がある。「クラスの団結力を高める」、「困難を努力で乗り越える」という程度の教育目的では、あえて、組体操という危険な競技を選ぶことを正当化することは不可能だろう。

しかし、今回紹介した道徳教材には、こうした問題意識は微塵も感じられない。その原因は、学校内道徳を絶対的な価値と思い込んでいることにあるだろう。その盲目的な態度は、一般社会であれば当然に思い至るべき疑問を持つこと自体を圧殺してしまう。

法学教育の意義

「道徳」といわれると、多くの人は漠然と「人として良いこと」と考えてしまう。しかし、「道徳」の内容はあまりに曖昧だ。また、法律と違って、誰が作るのかもはっきりしない。このため、「道徳」の授業には、一部の人や集団にしか通用しない規範を、漠然とした圧力で押し付けてしまう危険がある。

今回紹介した教材は、「学校内道徳が法の支配を排除する」という道徳の授業の危険をとても分かりやすく表現している。あらゆる子どもを受け入れる公教育が公教育であるためには、もっと普遍的な教育こそが必要ではないか。

以上の議論から得られる私の結論は、至ってシンプルだ。学校では、道徳ではなく、法学の授業に時間を割くべきなのだ。

組体操事故を教材にするなら、子ども達に、次のような問いを投げかけるべきだ。

「この事故の原因は何だと思いますか?」
「骨折は、その子から、どのような可能性を奪いますか?」
「この事故について、指導をしていた先生は、どのような責任を負うべきですか?」
「学校がいくらの賠償金を払えば、骨折したことに納得できますか?」
「骨折という重大事故にもかかわらず、組体操を中止しない判断は正しい判断ですか?」
「バランスが崩れても、一人もケガをしないようにピラミッドを作ることはできますか?」
「運動会で組体操を行わせることは、適法だと思いますか?」

こうした問いについて考えれば、それぞれの人が異なる価値観を持っていること、異なる価値の共存のために普遍的なルール作りが必要であることを学ぶことができるだろう。また、実際の民法や刑法が、これらの問題にどんな答えを出しているかを学ぶ機会にもなる。

こう言うと、「法学の授業が大事なのは分かるが、法学は難しすぎて、道徳の授業と置き換えるのは無理だ」と思う人もいるかもしれない。しかし、法学の基本となる考え方や法律の基本的な内容は、それほど難しいものではない。

参考書としても、『キヨミズ准教授の法学入門』など、分かりやすくて、面白い本はたくさんある。最近では、社会的活動に関心の高い弁護士さんも増えたから、制度を整えれば、授業に協力してくれる専門家を見つけるのも難しくないだろう。

法は、人間味のない冷たいものではない。法は、人類の失敗の歴史から生まれたチェックリストだ。憲法は、国家が権力を濫用し、人々を苦しめてきた歴史から、国家の失敗を防ぐ工夫を定めたリスト。民法は、人々の生活の中で生じやすいトラブル集とその解決基準。刑法は、よくある犯罪集とそれへの適正な刑罰の目安を定めたリストだ。

法学を学ぶということは、人々の失敗の歴史に学ぶということだ。法には、すべての人の異なる個性を尊重しあいながら共存するための知恵が詰まっている。法は、全ての人を見捨てない。法学に触れて、法の優しさ、暖かさを感じてほしい。


 

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コメント
 
1. 2017年1月29日 00:10:54 : GVo6HsRNDk : pJ4hnq3_cRw[1]
子供に危険な行為をさせた教師に責任がある、とはならないんだよな
下々で問題を分散させ拡散させ、うやむやにする 
上の責任を問うな根本の問題を追及するな、という奴隷の国民道徳

2. 2017年1月29日 00:13:12 : GVo6HsRNDk : pJ4hnq3_cRw[2]
ところで法学系って、法学部じゃダメなんですか?
なんたら系、って支那の大学の学部区分だけど

3. 2017年1月29日 00:53:16 : q931E3NW4E : Xao0gDyXwoc[612]
>>。ヨ法とは何か?」、「本当に法の支配はあるのか?」という問題

事前に契約も同意もしていない。まるで魔法である。魔法と云うより催眠にかけられている。「法」とは絶え間ない強い強い思い込みによって機能している。そこに気付くと何も残らない。そこにただ理解することは、誰も望まないことを誰もこぞってしたいとは思わないと云うことだ。

衣食足りて礼節を知るが如く、生命の存続に関わる本質(基本)的な望みの全てに満ち足りていれば、人と云うもの、そして生物全般、何ら他方を侵害するようなことは起こらない。生物が危機的状況に追いつめられた時、そこに狂気が生まれるというだけだ。そこに性善説は確かなものだといえることとなる。

いままさに生命の本質を己に見よと云うことだ。

人は人を追いつめ、壊れる迄放置する。そして更にそこに厳しい手打ちをしている。それはその者が既にそうされて育って来たと云うことだ。その者は既に狂気を孕んでいるのである。そして狂気を連鎖させて行く。それを改めなければならない。


4. 2017年1月29日 01:38:59 : hiMJeiC8rA : E4aHfSbRQIU[155]
この人テレビに出ると何を言っているのかわからないけど、こういう話だったのか


5. スポンのポン[5488] g1iDfIOTgsyDfIOT 2017年1月29日 02:01:25 : ub3Hx2T5Ns : HiNKVHdYRfQ[141]
 
 
■運動会を取り仕切るのは体育の教師。
 脳みそ筋肉の体育教師に物事の道理を求めても無理。
 体育という科目がない国さえ世界には多くある。
 『学校は勉強をするところ、運動をするところではない。』
 という考えらしい。
 私は学校教育にスポーツを持ち込むことには反対である。
 そもそも体力も体格も異なる人間同士が競って
 勝ち負けを争うことに何の意味があるか。
 精神にとっても体にとってもスポーツは良くない。
 無理な練習をすれば体を壊すし、
 敗者の涙を無視できなければ勝者にはなれない。
  
 

6. 2017年1月29日 11:00:37 : 08KINGH4IQ : W1FV2gLXK5Q[57]

偶然見つけたスポンの発言に驚いた。
前から関係性妄想障害があると疑っていたが、更に心配だ。


「精神にとっても体にとってもスポーツは良くない」と。
どうやら、勝負けが入って来るのを「スポーツ」として、それ
以外の体育と切り離して否定しているらしい。

しかし何と極端な考えだろうか?
バレーボールやサッカーの授業はある。それは全て得点を取り
合う格闘とも言え、その意味で勝ち負けは必ずある。
そういう競い合いという心のテンションやモチベーションや
傷つき等が全て相混ざって、人間の成長には不可欠な面もある
という点を全く考慮していない。
(もともとのテーマである学校の危険管理責任は別の問題として
 あるが、誰も「スポーツ」全てを根源的な問題とは考えていな
 いだろう)

特定の気に入らない概念に出くわすと否定し、拒絶しないでは
済まない、一種の関係性妄想だ。

野田や民進を批判する事が全て自民の利得行為として受けつけ
ない頑迷さに共通する。
一度医者に診てもらった方が良かろう。
(無論精神科であり、これまで垂れ流している多くのコメントと
 他からの反論・同意などの資料をかき集めてもっていくと良い
 だろう)
ただ、まだ軽度の領域で、文字や文法の乱れはないので、恢復の
可能性はあるとお見受けするが。


7. 2017年1月29日 11:01:00 : ovzSSh3zOA : gZ5ZEvxiq3Q[13]
木村草太さんなどの政治や経済に尽力する人間は、弱者を全力で擁護し、救うことを命をかけてやっていることと思います。しかしながら、その弱者に生きる意欲はもうありません。この私も、今年の2・3月(身辺整理をしてから)、この世を去ろうと思います。皆にはお勧めいたしませんが、これが私の結論であります。道徳に関するトピックでしたので、道徳を問われるような投稿をいたします。家庭環境の変化や、未来への展望が著しく悪いこの状態を打破するには、この選択しかありませんでした。対人関係に難がある為、社会復帰は絶望です。人生で一度キリの関係なはずの、赤の他人とですら話すことができない僕が、これからを生きるなど到底不可能でしょう。社会の変革を待つだけの体力は残っていません。木村草太さんらの努力を裏切ることになりまして申し訳ございません。

8. 嫌韓[784] jJmK2A 2017年1月29日 17:11:54 : r4xGOOdOrM : GjdtRXpJDY8[8]
悪意の無い事故で原因になった子供を恨むのではなく、許してあげなさい。
と言うまともな話を、よくこれだけ悪意むき出しで批判できるものだ。
信じられない!!
現実には、学校も教師も責任を取る事になるだろうが、
これは、人間の心の教育をする題材だ。
例としては悪いかもしれないが、言わんとすることは良く解る。

例えば赤穂浪士など考えてみよう。
上司が江戸城内で暴行、傷害事件を起こした。
当時の法で切腹、お家断絶が決まった。
其れが如何だ。
逆切れした部下共が、被害者宅に不法侵入、大量殺人。
しかし、皆はこれを美談としてとらえている。
だれも殺人を見習おうとはしない。

ひねくれたサヨク法学者の戯言など無視に限る。


9. 2017年1月29日 19:24:06 : 9jyOzTBXZs : Uc_G4wHSHso[27]
道徳を ダシに問題 ひた隠し

10. 2017年1月29日 20:03:26 : 08KINGH4IQ : W1FV2gLXK5Q[58]

7の方へ

〇 辛い気持ちが伝わって来ます。

  しかし、木村草太氏の言ってることと、あなたの生き難さにも接点
  はどこかにあると思います?
  (あなたの側からも、木村氏の側からも遠いですが、全ての問題は
   何かで繋がっています。全ての事象は何も無関係に孤立はしてい
   ない筈です)

〇 「命の電話」っていうのがあるようですがもう相談しましたか?

 多くの人にとって、生き難い世界になって来ているという事は改めて
 思いました。


11. 2017年1月29日 20:31:23 : 2ba1UeOS2E : 62OIab_eEe0[229]
この記事、読みにくかもしれないが、内容は普通にわかりやすいし常識的に思えるんだが。

つよし君もわたる君も被害者だね。私は、多くの子供に接する立場にあるが、子供の能力の個人差は著しい。(子育ての経験の親ならよくわかるはずだが)
体力を必要とする競技や共同作業は、とても慎重であるべき。
たしか、柔道の授業で死亡事故があったんじゃないかな。

国が道徳と称して、よけいな介入を図ろうとする、ある意図を感じるから
嫌らしいんだがね。

蛇足だが
ついでに連想するのは
部活のある子が、部活と関係のない時間に、酒や煙草や暴力問題をおこすと
連帯責任として試合も出れなくする高校野球の嫌らしさかな。
さらに連想するのは
私がしばしば問題にする日本式同調圧力とのリンクを、これは何となくだが感じてしまう。


12. 2017年1月29日 20:39:20 : 2ba1UeOS2E : 62OIab_eEe0[230]
11です

記事の理解の参考になりそうなサイトです

授業の柔道で死亡したり、後遺症が残ったときの責任
http://inotoru.blog.fc2.com/blog-entry-482.html


13. スポンのポン[5503] g1iDfIOTgsyDfIOT 2017年1月29日 20:48:19 : ub3Hx2T5Ns : HiNKVHdYRfQ[156]
 
 
>>11.

>たしか、柔道の授業で死亡事故があったんじゃないかな。

■失礼ながらあなたの認識は甘すぎます。

中学、高校の学校内における柔道事故の死亡者は、29年間(1983年〜2011年)で実に118人にも上ります。
毎年4人以上の中高生が、柔道事故で亡くなり続けてきました。
http://judojiko.net/
 
 


14. 2017年1月29日 23:23:51 : lh1GGwoOtM : YsxGZGc1SWo[159]
そもそも戦時中に子供だった父に聞いても、そんなものをやらされたことはなかったという危険な組体操。
田舎で野山を走り回っていた私の小学校時代にもなかった。
それを今の運動不足の子供たちに無理強いしている方がおかしいだろ?

そんなものを教材にして道徳を解く前に、することはあるよな?


15. 2017年1月30日 00:07:14 : fQZQ6pFHa2 : 0UpeWmD5c3Q[1]


この教材、うましか丸出しだね。
わたるくん、つよしくんに責任押し付ける思考停止母親も悪いが、この問題は学校の責任でしょう。
馬鹿校長に責任取らせるのがスジだと思いますが?

ついでに言うなら、自民・公明・維新の息のかかったろくでなし校長は、首でしょう?
何税金使ってうましかを雇っているのか理解できない。


16. 2017年1月30日 00:34:52 : SLti3Vm5xc : TNDqQTq1IMU[69]
 
>「骨折ぐらいは仕方ない。お互いに許して団結しよう」という話


いや骨折でしょ? 全治何週間? 本人も親も大変ですよね
6年生だったら中学受験に影響するかもしれないし、一生後遺症が残る可能性もある
だいたい「お互い」じゃないしね

それを有無を言わさず、一番立場の弱い被害児童に「許してあげなさい」って…

しかも、学校の先生がそれを言うのではなく、一番子供を守るべき母親に言わせているのが、陰湿でスゴイと思います

この母親は、学校側の責任を問う代わりに、「今一番つらいのはわたるくん」などと言って、被害者である自分の子供を黙らせたわけだ
学校側にとって、こんな都合のいい母親はいないでしょう(こんな母親は嫌です)

これは、「よってたかって一番弱い者に我慢をさせましょう」という話だと思います

これが高じて、「欲しがりません勝つまでは」とか、「進め一億火の玉だ」とかになっていっていくのでしょう
「つよし君のお母さん」は、息子に赤紙が来たら、「お国のために立派に死んでこい」とか言って送り出すんだろうと思われます
 


17. 2017年1月30日 01:01:27 : FMas0LnREN : w0l_RmFLVb4[249]
一番つらいのは骨折した子供だろ


個人<みんなで達成する目標


「個」は自民党が改憲で無くそうとしている点じゃん
いかにもだし、なるほどだよ


安倍内閣は大学のカルト的政治サークルが
そのまんま政治やっている感じ


18. 2017年1月30日 01:21:51 : lh1GGwoOtM : YsxGZGc1SWo[162]
そもそも誰かがバランスを崩したくらいで別の誰かが骨折するような競技を子供に強要してるってのがおかしいだろう。昔の「サーカスに売られた子供」じゃないんだからな。つよしくんもわたるくんも悪くはないが、それをやらせている大人社会がおかしい。

一体、誰がこんなことを学校でやらせたがってるんだよ?
今の臆病な教師たちじゃないと思うし、もちろん、父母がさせたがっているとも思えん。

国際的にも「子供の権利条約」とかに違反するんじゃないのか?


19. 2017年1月30日 02:03:09 : RIWVHhjhD6 : 8Crs5jqtI0c[172]
>>7さんへ

この世界の悪化の根本原因の1%側の正体を、確信するあなたのような人が減っていく後のことをお考え下さい。99%の殆どはあなたのレベルの理解に達しない、蟻地獄へ向かって行進していく頑迷な人々です。であれば、あなたのような人ひとりの存在が、どれほどに、全体の助けになっているかをお考え下さい。
みんな誰しもが、生きていたくない世の中を味わいます。けれども、だからといって、1%の一時の優位のペーパータイガーに負けてしまって良いのでしょうか?あとは、どうにでもなれ。1%が好き勝手にやってもかまわないさ、というところまで、衰弱しておられるのですか?1%は確実な極悪人と割れています。しかし、強大な力を持つ。しかし、99%側の覚醒した少数の人々の活躍こそは、目を瞠るべきもの、評価すべきものではありませんか?ここに、「人生捨てたものでは無い」「人生意気に感じる」いう彼等の渾身の努力から受けるはずの刺激をも、もう拒絶したいという状況なのでしょうか?それならば、死ぬほど、1%抵抗舎側に、何かの支援なり、協力なり、して、その後に、ばかばかしい犬死にという手段の死ぬことの選択をしてください。人生の使い方を、軽率に扱っては駄目です。良い人々と喜怒哀楽を共にして生きていますか?誰とも価値観の共有者のいない一人孤独の暮らしの中で、絶望ばかり膨らまして、共同体の生きる責任を分かち合うところへ、自分の臆病さゆえに、閉じこもってはいませんか?共同体が生きているのは、共同体の中の希望が生きているからです。同じ言葉感情をやりとりし、互いに希望のために貢献しているから、希望の分配を受けるのです。
よい集いに勇気を出して参加してみて下さい。それを越えると、きっと自分に誇れるものがはっきり見えてきます。それはあなたの宝になる。最終ページはまだ来ていませんよ。勇気を出して、開き続け≠ワしょう。それこそ、誇らしい頑張りです。

[32初期非表示理由]:担当:スレ違い

20. 2017年1月30日 08:36:59 : gKMhQiteVM : 1QcbWtpjAZA[3]
想像力を欠如させる巧妙な手口ですね。
 
ニセの感動で現実認識、想像力を甘くさせるという。
   

21. 2017年1月30日 09:48:13 : gKMhQiteVM : 1QcbWtpjAZA[4]
安倍首相も便乗  「教育無償化」 に憲法改正は必要なのか?
http://www.asyura2.com/17/senkyo219/msg/738.html

22. 2017年1月30日 10:34:40 : rrhrFN6JLd : C6EI10g_Gy4[2040]
2m以上の高さで作業すると高所作業になるのだが。2mの脚立に乗って作業しても危険作業なんだがな。

23. 2017年1月30日 15:11:11 : Q1AShcAlNU : YisAsbtyiYk[344]
この事故から道徳教育として生徒に教えるべきは、バランスを崩したわたる君に対して、いかなる報復行為をしないことにつきるでしょう。道徳教育、それは社会人になるために必要な行為の選択です。

アメリカでは、自分の敷地内で他人が滑ってころんで怪我をした場合、安全を怠ったその敷地の所有者に全責任があると、その昔、米国の高校で教師をしていたときに教えていました。それを踏まえて、学校内で起きた事故(個人の悪意の行為を除く)の社会的法的責任は、生徒の安全を怠った学校にあると思ってます。組体操や柔道などの事故の多い運動は義務ではなく、選択なり課外活動にすべです。


24. スポンのポン[5513] g1iDfIOTgsyDfIOT 2017年1月30日 15:46:51 : ub3Hx2T5Ns : HiNKVHdYRfQ[166]
 
 
>>23.

>組体操や柔道などの事故の多い運動は義務ではなく、選択なり課外活動にすべです。

■事故の多少の問題ではありません。
 将来ピアニストやバイオリニストを目指すので
 指を守るために体育の授業をすべて拒否する人がいることを知っていますか。
 そういう人に体育やスポーツは君の将来の夢よりも大切だと言えますか。
 若い時に勉強をしなくて後悔した話はいくらでもありますが
 スポーツをしなくて後悔した話など聞いたことがありますか。
 学校で特別に運動をしなくても子供は育ちます。
 子供に必要なのは十分な睡眠と栄養です。
 一日中ゲームや机に噛り付いているのでなければ
 特に運動などしなくても子供が育つことなど当たり前です。 
 甲子園の高校野球の主催者は新聞社です。
 マスコミこそが最大のスポーツ産業なのです。
 この国の国民の大半が、スポーツは素晴らしいものだと思うように
 マスコミに洗脳されているだけの事です。
  
 


25. 2017年1月30日 17:24:36 : zU3bOA6eeQ : D1Ln9H3teEc[421]
>>2さん

 貴方も少しは最近の大学組織を調べてみなよ。なぜ、首都大学東京に「法学系」という呼称があるのかわかるよ。


26. 2017年1月30日 18:43:43 : Q7MP3Wx1AM : CFd9GfEx78U[43]
『事故の原因は、わたる君がバランスを崩したことだった。』
この悪意に満ちた論法のカナメだな。
誰も好き好んでバランスなんか崩さんちゅうの!

27. 白猫[908] lJKUTA 2017年1月30日 20:34:12 : TyxXmqOa72 : H4zuIAH_ghs[284]
現代はある意味「法」過剰のようにも私は感じている。それは「法」が特に強者が弱者を攻撃するときの武器として乱用されているように思えるからだ。
又、一方では権力者あるいは法曹界そのものが「法」あるいは「法の精神」を無視して行動しているようにも感じる。
その最たる人物が安倍首相と彼の周りに集まる人達だ。
安倍氏自身は「法」や「法の精神」を理解できるだけの知能を備えていないであろうが、己の出世欲のだめに安倍氏の暴走を許している取り巻き連中は罪深い。
憲法違反の「戦争法案」をゴリ押しした安倍氏が南シナ海での中国批判の常套句として使う「力によらない法の支配」という言葉を聞くと「お前が言うな」といつも思う。

28. 2017年1月30日 20:37:14 : SLti3Vm5xc : TNDqQTq1IMU[70]
 
>>7さん

カトリックの基本的な考え方として、苦しみは悪いものではなく、むしろ神様の選びのしるしであり、愛のしるしであるという考え方があります

苦しみは、直接の原因はともかく、本質的には神様から来たもので、苦しみに向き合うことを通して、神様に出会っていくことができるという考え方からです

神様に問いかけ、助けを祈ってほしいと思います
必ず光が見えてきますよ…

教会に行って、助けを求めてみるのもいいと思います
生活保護などの現実的な手助けもしてくれるかもしれません

どうか死なないで下さいね
 


29. 2017年1月30日 22:10:54 : N5sEgV5Lys : gJDc90AKsFQ[231]
有能な人は『テレビ』になんか、出れませんよ。

Songcatcher.


30. 2017年1月30日 23:22:15 : vIuLgFFEmw : j@n72fbMflQ[189]
>>24野田ブタ信者のズボン君。

今日は、まともな事を書いてるね・・・今日の書き込みには、全面的に賛成・・・野田ブタと、民主党以外の事では、まともな人間だと思えるのだが・・・?


31. 2017年1月30日 23:40:30 : GYgvq1dJFE : s9aAL9I1NDQ[2]
[こら先公 何で そんな危ない事やらせるんだよう。
俺は、やらねえぞ。] とは言えません。
日本の学校は、監獄のようだ と外国人は言っています。

32. 2017年1月31日 01:35:16 : JW4kQkOW9o : dSI7DqbtatE[379]

130 :名無しさん@1周年:2017/01/30(月) 13:40:29.55 ID:ZKwq8Hrg0

パヨクによる留学制度を喰いものにしたアカデミックビジネス

・在日鮮人パヨク支配のマスゴミが、成りすまし帰化人議員政党たる売国ミンシ党を
支持し、脱法ハーフやガソリーヌ問題について報道しない自由を行使
・売国ミンシ党は学費・生活費丸抱えのシナチョン留学生制度を後押し
・少子高齢化の中、シナチョン留学生で辛うじて経営が成り立っている地方Fラン大学
・学業そっちのけでバイトに勤しむシナチョン留学生。窃盗や留学生同士の殺人など
地方の治安悪化に拍車
・マスゴミの反日売国記者らが定年後再就職先としてFラン大学教授に天下りで、今度は
俄か学者としてミンシ党支持で反日の言辞をデマゴーグ

で、今 ガソリンプリカ山尾ら売国ミンシ党が進めるのがこのトライアングルを補完する
大学無償化なる法案ww
よっぽど桜井誠の都知事選における最高裁判決に則った外国人生活保護廃止による財源
確保での都下大学への通学学生への奨学金の方がまだマトモ

[32初期非表示理由]:担当:言葉使い

33. 2017年1月31日 02:44:38 : h3m3QiMMes : HzZXNrE8yVA[2]
ナチスに学ぶ麻生のオトモダチ安倍の奥方は、私設幼稚園か何か幼児に対して

「教育勅語」を学ばせていると、情報が挙がっている、、、、教育勅語だぜ

「日本会議」が反トランプ親NWO陣営のカルトCIAの御用達機関だという

のは既に広く知れ渡っているし、NWOのご本尊(カルトだからこういう呼び方

が妥当だろ)のために、人の道を踏み外した行為も信ずるところ、洗脳された

ままに正しいことだと信じ込み実行する、ご本尊のため、、、、

この「修身」の教材で教え込もう、洗脳しようとしているのは表向き「寛容」

、その実国の繁栄のために怪我をしたことくらいで、文句をいうな、オトモダチ

の責任追及、断罪などもっての他、個人の存在や主張など国の繁栄のためには

後回し、とにかく忍耐、戦前戦中の「奉公滅私」が一番のお題目、、、、


34. 2017年1月31日 06:49:22 : piS4tj6jjs : LrlWm_@8vtE[1]

>>5. スポンのポン[5488] g1iDfIOTgsyDfIOT
>私は学校教育にスポーツを持ち込むことには反対
>精神にとっても体にとってもスポーツは良くない
>敗者の涙を無視できなければ勝者にはなれない

あんたの考えが間違っているんだよ。
政治も教育も語る資格のない失格者か。
ホラーの世界のような歪な思考をしてる。

発育期にある子供の体育は人間が生きる活力の為に最も有効なんだよ。
心と体の発達が健全でない人の無理な生き方は社会の迷惑になり易い。

>>24. スポンのポン
>若い時に勉強をしなくて後悔した話はいくらでもあります
>スポーツをしなくて後悔した話など聞いたことがありますか
>学校で特別に運動をしなくても子供は育ちます
>子供に必要なのは十分な睡眠と栄養

あんたは何と愚かな思考していい気に主張してるんだよ馬鹿者の論理まる出し。
あなたは子供の教育には体育が必要ないとはっきり言ってるがそれが間違いだ。

特に子供は勉強もスポーツも教えなければ不得意科目を一生抱えておいを迎える。
もちろん学校の教育過程は生徒全員をアスリートにすることであるはずもないが。

問題は体育を軽視して不得意に育った教師が授業中に不慮の事故を起こしたことだ。
そもそも運動音痴の人間が模試の結果で中学や小学校の教職を選択するのが大間違い。

教育現場における人身事故に対する人それぞれの意見はあまりにも自己中心すぎている。
問題をどう捉え是正していくか本質を冷静に判断していくなら自ずと解決できることだ。


35. 2017年1月31日 07:04:03 : buOG1wdmaE : doKYEPg@tug[110]
戦時中の軍事教練の教育方針と似ている匂いがします。「違憲もクソもない安保と戦争が第一」というタカ派権力の方針に沿う教育方針で子供の時からフアシズム的な「滅私奉公」と「武闘魂」を叩き込むという狙いが感じられます。

36. 2017年1月31日 07:31:07 : piS4tj6jjs : LrlWm_@8vtE[2]

>>35. 2017年1月31日 07:04:03 : buOG1wdmaE
>戦時中の軍事教練の教育方針と似ている匂い
>違憲もクソもない安保と戦争が第一・・・
>タカ派権力の方針に沿う教育方針
>子供の時からフアシズム的な・・・

現政権が強行する教育政策に対する抗議や批判の論法は正当な論理で行うべき。

不合理な批判や主張は返って利敵行為にも似て敗北の直接的な原因になるだろ。

優秀なピアニストもスナイパーも莫大な経費をかけて養成するからこそ存在するんだ。

学校の生徒全員に限られた時間内で一定の資質を養成するのが日本の教育であるべき。


37. 2017年1月31日 07:53:31 : DuWp6G79SH : gIMPlHQf04w[93]
法?何かにつけて便利な言葉、一億総懺悔。
大東亜戦争責任も福一原発爆発放射能垂れ流しも一億総懺悔で一気に解決。
一億総懺悔=一億総無責任ってことさ。

頂いた民主主義の限界。土人国家。


38. 2017年1月31日 08:38:41 : DuWp6G79SH : gIMPlHQf04w[94]
>>8
文意が読みきれない?
“恨み”を“赦し”に置き換えるのは宗教の範疇。
相対する人間が等価でおなじ価値規範に属するなら“赦し”は許容されるが、支配と服従、又は指示命令と服務にある場合、地位の高い者に義務を課し立場の弱い者を保護する。よって法の下の平等を実現を図る。

“法”とは、行いの悪い者にも正しい者にも等しく陽を降り注がせる存在である“神”の御意思を言い換えた言葉。
神のご意思=法は主権在民の世にあっては、議会によって制定される“法律”を通して具現化される。時宜に適った“法律”であっても必ずしも“法”を反映せず“法”に反することも現実に起こる。法と法律の争い。(刑法尊属殺人規定と憲法平等規定など)

法秩序の順位は、まず生命、次いで身体、下って財産、更に下がって名誉。
授業によって骨折したのであれば、第二順位に優先すべき“身体”法益が侵害されたものを下位順位の学校の名声(名誉)で置き換えるのは法の下の平等を毀損する。

法秩序を皮膚感覚に基づく道徳観念に代置するなら首領様絶対の北朝鮮マンセ〜似外ならない。そこにはノブレスオブリージュは存在しない。


39. 2017年1月31日 09:19:29 : DuWp6G79SH : gIMPlHQf04w[95]
弱者が強者に配慮する。それを通常“服従”と称する。

40. スポンのポン[5534] g1iDfIOTgsyDfIOT 2017年1月31日 11:12:50 : ub3Hx2T5Ns : HiNKVHdYRfQ[187]
  
  
>>34.

>発育期にある子供の体育は人間が生きる活力の為に最も有効なんだよ。
 心と体の発達が健全でない人の無理な生き方は社会の迷惑になり易い。

■生まれもって体に障害があるため
 運動もスポーツも生涯出来ない人が
 この世界には何百万人もいる。
 君は彼らに向ってその同じ言葉が言えるか。
 辻井伸行という名の盲目のピアニストがいる。
 彼の演奏を一度聞いてみなさい。
 
 


41. 2017年1月31日 11:37:53 : piS4tj6jjs : LrlWm_@8vtE[9]

>>38. 2017年1月31日 08:38:41 : DuWp6G79SH
>恨みを赦しに置き換えるのは宗教の範疇
>地位の高い者に義務を課し立場の弱い者を保護
>よって法の下の平等を実現を図る
>法とは・・・
>神の御意思を言い換えた言葉・・・

出鱈目なことを言って法秩序などという難しいことを言うなよ宗教無知が!

誰が教えたことなのか言えるなら言ってみろ。全部お前の我見なんだろ?

そんなことで誰も真面目に聞く日本人はいないだろう。人それぞれなんだから。

法という一文字を知らない人もいないだろうが極めて深い意味を知らない人は多い。

意味を知らないばかりか間違って使ったら主張の趣旨は台無しだろ。恥を知れ!


42. 2017年1月31日 11:48:48 : piS4tj6jjs : LrlWm_@8vtE[10]

>>40. スポンのポン[5534] g1iDfIOTgsyDfIOT
> 君は彼らに向ってその同じ言葉が言えるか
>辻井伸行という名の盲目のピアニスト・・・
>彼の演奏を一度聞いてみなさい

あなたは本当に釈迦に説法を地で行く外道信者のような腐った目をしている。

人間は自我の意識の芽生えとともに自立し始め自分の立場を知るようになる。

政策と障害者への対応を混同して愚かな主張をするあなたが間違ってるんだろ。

人間の才能はハンデを抱えていても並外れた能力を発揮したり多様性に富んでいる。

障害者自身も現実に目をふさいで甘い言葉を望んでる訳があるはずもないことだ。

選挙で民進に投票しない国民はバカだと言う根性なら面と向かって言うんだろうな。

 


43. スポンのポン[5539] g1iDfIOTgsyDfIOT 2017年1月31日 13:41:21 : ub3Hx2T5Ns : HiNKVHdYRfQ[192]
  
  
>>42.
>政策と障害者への対応を混同して愚かな主張をするあなたが間違ってるんだろ。

■障害のある人でも健常者でも物事の真理は変わらない。
 君は自分の主張の矛盾を取り繕うために
 それらが別物であるかに言っているだけだ。

■以下は君が言ったことだ。

『あなたは子供の教育には体育が必要ないとはっきり言ってるがそれが間違いだ。
 特に子供は勉強もスポーツも教えなければ不得意科目を一生抱えておいを迎える。』
『発育期にある子供の体育は人間が生きる活力の為に最も有効なんだよ。
 心と体の発達が健全でない人の無理な生き方は社会の迷惑になり易い。』

■ここまでの意見と以下の主張は全く異なることを言っている。

『政策と障害者への対応を混同して愚かな主張をするあなたが間違ってるんだろ。』
『人間の才能はハンデを抱えていても並外れた能力を発揮したり多様性に富んでいる。』

■前にも言ったように健常者でもスポーツを嫌い
 一切しない若者さえいる。
 上原ひろみという名のピアニストを知っているか。
 葉加瀬太郎という名のバイオリニストを知っているか。
 どちらも現在世界的に有名だ。
 彼らが学生時代に指を守るために
 体育の授業を受けていなかったことを知っているか。
 君は彼らの生き方が間違っていると言うのか。
 君は彼らの心と体の発達が健全でないとでも言うのか。
 
 


44. 2017年1月31日 14:15:54 : Z4gBPf2vUA : yAHRwQjY@XQ[419]
逆算して考えればね
組み体操もしたい
事故は起こしたくない
交通事故も責任追及だ

これを全部ひっくるめて考えればね
●組み体操がしょぼければ骨折しないしこの加害者少年が手違い起こしてもしょぼいかすり傷で済むこれなら国家賠償も出て来ない

最低3組くらいで遣るとかアタリを付けてやればいいだけだ
組み体操を見た目華やかにしたらいいだけだ
人間ピラミットも台座みたいなとこで段差付けてみたら綺麗だし
3人位づつでやってもこの台座に綺麗にみんな座ってやれば綺麗に見えるじゃないか
階段みたいな安定性のある何かをバックに並べたらいいだけだ

子供でも大人でも運動神経が生まれ付き悪い者も居て玉石混交だ
柔道の強制もおかしい選択性でなければ半身不随になった例がたくさんあるだろう


45. 2017年1月31日 14:33:49 : 7U1W5ro7JM : Fte615eQknU[396]
>>40
>辻井伸行という名の盲目のピアニストがいる。
君は、辻井氏を「盲目のピアニスト」
というフィルターを通してしか見られないのか。
ひとりのプロピアニストという眼差しでもって、
彼の演奏に触れないことには、
彼に対する正当な評価にはならないし、彼に対して大変失礼なことだ。

46. 2017年1月31日 15:03:08 : U6ws1JThMc : jASpGrccZd0[1]
木村草太というのは、バカだ。
こういうことは、法律以前の問題です。
普通の感覚なら[ウエー危ねえ]と感じる筈です。
こんなのが大学教授です。

47. 2017年1月31日 15:47:42 : piS4tj6jjs : LrlWm_@8vtE[11]

>>43. スポンのポン
>君は自分の主張の矛盾を取り繕うために・・・
>それらが別物であるかに言っているだけ

あんた馬鹿じゃないの? 天然ボケポン!

あなたが混同して話の筋をムチャぶりしてるんだろ。

混同ありたる場合、分けて考えるのが正しい議論だ。

>ここまでの意見と以下の主張は全く異なることを言っている
>彼らが学生時代に指を守るために・・・

天然ボケポンよ
教育現場における事故対応の有り様について云々するところだが平等な教育が大切だろ。
ところがあんたは特異な才能の持ち主の例をあげてスポーツ教育を不要と主張している。
あまつさえ障害者の心の発達などと己の妄想を相手に押し付ける馬鹿ウヨ論法で主張している。

物心がつき始め育ち盛りの子供らの教育過程において無理のない指導が施されるべきなんだ。

あなたが天然ボケでないと言うなら気違いの精神異常者というのが正しいのかもしれないな。


48. 2017年1月31日 16:32:35 : AiChp2veWo : crH3ggO@jw4[849]
軍隊経験のある先生がわりと多かったが、この戦後昭和の前半の時代、先生は怖かったが、厳しく指導しながらも、生徒にけがをさせないように考えていたのがよくわかった。教師の厳しい表面や言葉使いからそれは分からなかったが、生徒には分かっていた。理由は、厳しくとも、その先生がいれば安心感があったからだ。三段以上の組体操などほとんどなかった。なんで馬鹿みたいに高段の組体操に執着するのか?。やはりこの国は、大人の頭も社会も、「蠱」であるな。

49. 2017年1月31日 16:59:13 : PEA7n7GMHY : QKi2B6Gye@0[5]
>7
さん 貴方が男性なのか女性なのかお若い方なのか お年を召しておられるのか
都会に住んでおられるのか 田舎に住んでおられるのか 判断つきかねますが
ここに書き込むとはよほど追い詰められているとお見受けします。

読んでいて大変驚きましたし 心が苦しくなりました。人間ってそもそもそんなに強いものなのでしょうか。八方ふさがりの状態は誰にも経験することがあるのではありませんか? 他人からみたら何の問題も感じられない方でも心は人知れず思い悩んでいる・・・・。 追い詰めれれると答えは一つしかないと考えがちになります。
ほかに答えがないというように。  この世に必要のない命など一つもない。
今は疲れ切っているとお見受けしますが 一度すべてから離れて楽になってほしいのです。 精神科を訪ねてもいいし 結論を性急にださずにいてほしいと思います。 貴方の命をこの世に送り出し育ってくださった ご家族がどれほど悲しむでしょう。このスレとは違うことで書き込みすみません。 そのままにしておけなくて。


50. スポンのポン[5544] g1iDfIOTgsyDfIOT 2017年1月31日 18:56:41 : ub3Hx2T5Ns : HiNKVHdYRfQ[197]
  
  
>>47.

■バカだとか精神異常者など言うのは
 君の思考回路が理路整然としていない証拠だ。

 君は初めから一貫して
 私が指摘している事実から目を背けて逃げている卑怯者だ。

>発育期にある子供の体育は人間が生きる活力の為に最も有効なんだよ。
 心と体の発達が健全でない人の無理な生き方は社会の迷惑になり易い。

■生まれもって体に障害があるため
 運動もスポーツも生涯出来ない人が
 この世界には何百万人もいる。
 君は彼らに向ってその同じ言葉が言えるか。

言えるのか、言えないのか。

■前にも言ったように健常者でもスポーツを嫌い
 一切しない若者さえいる。
 上原ひろみという名のピアニストを知っているか。
 葉加瀬太郎という名のバイオリニストを知っているか。
 どちらも現在世界的に有名だ。
 彼らが学生時代に指を守るために
 体育の授業を受けていなかったことを知っているか。
 君は彼らの生き方が間違っていると言うのか。
 君は彼らの心と体の発達が健全でないとでも言うのか。

体育の授業を拒否していた彼らの心と体の発達は健全でないと
君は考えるのか考えないのか。

■障害のある人も健常者も人としての心に何の違いもない。
 君はそれを異なるものとして分けて考えるべきだと言うのか。
 私は特別な人の特別な能力の話などしていない。
 体育の授業を受けなくても人間は立派に育つ
 という事実を証明するために
 分かりやすい事例を示しただけだ。
 
 


51. 2017年1月31日 19:50:33 : lh1GGwoOtM : YsxGZGc1SWo[165]
だから常識で考えて、小学校で組体操なんかやっちゃいかんのよ。
それは民間のスポーツクラブに入れて、親も本人も承知でしごかれて、サーカスも顔負けのウルトラ技を習うのは自由よ。でも公立小学校なんてのは、誰もが義務でも行かきゃならないところで、運動能力だって気質だって、子供によって、相当ばらつきがあるだろうに、そんな、戦時中もやらなかったような危険な種目を全員に揃ってやらせるなんて、やっぱりおかしいよ。

52. 2017年1月31日 21:54:42 : IJjjrLkBu1 : Tp0IihGPIW0[1421]
  例えば、身体を鍛えて筋肉質な体質を維持、年老いても寝たきりになりにくい身体をつくる、が法原則であるとすると、そのための小学校や中学校時代からの運動教育は必要だ、となり、その一つの種目として組体操が挙げられる、のだろう。
   だがしかし、丈夫で筋肉質な身体を作る、は原則であるが、そのための組体操は、あくまでも手段の一つであり組体操が目的では無く、目的は、丈夫な身体を作ること、であろう。
   従って、あくまでも体育祭のメインは組体操しか無い、そのためには危険は止む無し、他に代替え手段無しは、手段と目的が逆転した、手段の目的化であり、これこそが、ケガよりも何倍も危険な発想なのである。
   ナチの時代にも優性資質が重んじられ、ドイツ人は常に優秀な血脈を保つべきである、とのヒトラーの理想が、国を挙げて、純粋なドイツ人以外は抹殺すべし、という行動に移って行ったのは、まさに、優秀なドイツ人を排出するための余分な血の抹殺がユダヤ人やジプシーなどの収容所送り、ガス室送りしか無く、いつしかそれがドイツ政府における最終目的になって行ったことである。
   ナチズムが佳境に入ったころには、優生資質を保つための手段が他にあるとする者もいなくなり、ひたすら純粋ドイツ人以外を見付け、抹殺することに血道を挙げたのであり、まさに、手段が目的化した典型例であろう。
   発想の柔軟性が無い人種の場合は、得てして「この道以外には無い」と思い込むのであり、これが先天的なものか後天的なものかは別として、猪突猛進的な民族にカテゴライズ出来るのではないか。
   こういう民族のDNAが、ナチズムを引き起こし、また日本軍によるアジア圏への侵入と戦争のルールさえ振り返らずに前へ前へと侵攻する意志しか持たず、最終的には道を阻む住民を抗日分子と称して掃討し、病や餓えに倒れた兵士を置き去りにし、日本政府と軍部は玉砕を以て戦争の成果と見做したのである。
   ただ、ドイツは戦後国を挙げてこうした手段の目的化を生む体質の克服を試みて来たかも知れないが、翻って日本は、大政翼賛構造改めた政財官学司法にマスコミ、の護送船団方式に切り替えた結果、自重、自粛、自戒、自省無き暴走集団となり、国を挙げての手段の目的化に対して疑問を持つようななにものも無いと言えるだろう。
   法理念や法原則の重要性は、常にそこに立ち返る意識があるかどうかであって、法が存在するだけでは何の意味も無いのである。
   つまり、日本のように立法府が立法化せず血税を預かっている行政府に都合の良い立法案が形式的に作られ、その後は憲法理念も基本法原則にも無関係な行政指導や通達で国民を規制するのも行政府であり、もはや立法府の存在は、国際的に法治主義国であることのアリバイにしか過ぎないのである。
   これでは法治主義最後の砦たる司法も同様であり、そもそも通達や行政指導が法的拘束力を持つような疑似法治主義では何を裁けというのか、と言った投やりであり、行政訴訟も国賠訴訟も「行政実務に瑕疵、誤謬無し」と判示するのがマニュアルであるゆえか、そもそも司法研修所そのものが、憲法も公法も学習課題に挙げていない、つまり学んだことが無いとは、弁護士に聞いたことがある。
   従って、常に法理念に立ち返る、つまり、物事の原則まで振り返り、その手段以外に無い筈が無いのを忘れ、手段であるに過ぎなかった行為が目的化する、この典型が、むしろ危険であればあるほど価値がある、の狂気への、国を挙げての変質であろう。
   こういう国と国民の存在が、先天的か後天的かは別として、尋常ならざる状況へと全体がなびく、いわば全体主義へと行き易いのは間違いないのではないか。
   
   
   

53. 2017年2月01日 00:04:32 : U6ws1JThMc : jASpGrccZd0[2]
52さんへ。
ヒットラーの[我が闘争]を先入観無しに読んでみて下さい。
必ずヒットラーに対する見方が変わると思います。
ヒットラーは、ペンキ職人を経験しています。
ヒットラーは、大衆の気持ちが理解出来ました。

54. 2017年2月01日 02:40:37 : IJjjrLkBu1 : Tp0IihGPIW0[1422]
  53さん、アドバイスを有難う。
   ヒトラーの著書が書かれた時点ではどうあれ、その後現実に起こったことは起こったこととして受け止め、後世に警告として残すことが必要だと思う。
   つまり、ヒトラーが庶民の気持ちが分るとして、それが逆に作用し、ドイツ人以外の気持ちを汲むよりも自国民への愛着の方が強かったと言えるだろう。
   その愛着をして優性思想が有ったと言えるのであり、問題はトップの自国民への愛着を利用する者も周辺に集まって来たという事でもある。
   当然ながら、ヒトラー一人で強制収容所での蛮行が出来る訳は無く、そこには、ユダヤ人であってもカポーとしてドイツ軍に付き、純粋ドイツ人のみを優遇する壮大な掃討作戦への便宜を図った者も含まれているからこそ、成し遂げられたのであろう。
   それこそ、強制収容所のゲートに掲げた、労働は自由をもたらす、が当初はヒトラーの単なる意趣で有ったとしても、全体として間違った方向へ行ったのは、やはり彼を始めとしたドイツ政府全体が、常に初心に戻り法理念と現実との乖離を精査することを怠ったからだろう。
   ナチの問題は、自分なりの全体主義への解釈に過ぎないので語れるに限界があるのは詫びるが、言いたいことは、ドイツも日本も、一人のアクの強いトップが表れると「場の空気を読んで大勢に付く」傾向が激しくなるのではないか、という事だ。
   その大勢が、次第にとんでもない方向を向くようになるのは、やはり、原点に返る、例えば法の理念と原則に立ち返る、個人の生活に収れんすれば、初心に帰る、という習慣が無いからだろう。
   何でも良いから大勢に付く、強い側に付いておけば安心という、長いものには巻かれろ式の風土は、内省、自重に欠け、強者への警告が出来ないのである。
   組体操が、強権な身体を作る目的で有った筈がいつしか、骨の一本や二本折れても行動することが大事だ、となり、手段が目的化して行くのが恐いのである。
   かつ、そこに規律や道徳の観念が入り、教員の指導に従う意志や共同作業に参加する協力精神などの内心まで含まれれば、益々抜けられなくなるのである。
   身体の鍛錬と内心とは別にしなければならないところ、それが一緒に語られることにより、身体の弱い者は共同作業を嫌う者、協調性の無い者と見做されて逃げ場がなくなり、組体操は欠かせないものとして強迫観念を帯びるのである。
   ところで、ヨーロッパのどこかのカーニバルで、塔のように人間が組み、最後に子供が頂点に上がる出し物が有ったが、先ずは土台は全員大人であり、大人が支えを作り、そこを児童が昇るのであるから、組体操とは違うのである。
   組体操は、身体が完全には出来上がっていない子供同志を、最下位の児童には100キロ以上の負荷が掛かる状態に置いて行っているから問題なのである。
   どうしても欠かせないと言うなら、下段は校長や教頭を含めた教員か父兄が支え、トップに代表児童が一人昇れば良いのではないか。
   校長や教員が児童の下に入り児童に肩を踏まれるなどはプライドが許さない、という感情が沸くなら、もはや組体操には運動とは別の意図があるということだから、こういう異常な出し物は議会で廃止を法制化する以外には無いだろう。   

55. 2017年2月01日 08:20:20 : U6ws1JThMc : jASpGrccZd0[3]
54さんへ。
53は、52のドイツに関する部分に対して書きました。
ドイツの歴史の通説は、間違いです。
ユダヤ人に対するホロコーストは無く、ドイツ人に対するホロコーストが有りました。
ドイツ人に対するホロコーストは、戦後に起き、その数は 700万人といわれています。
どうか調べて下さるよう お願い致します。
参考文献は、例えば AbundantHope.net に 沢山有ります。

56. 2017年2月01日 12:25:13 : piS4tj6jjs : LrlWm_@8vtE[12]

>>50. スポンのポン
>君の思考回路が理路整然としていない証拠

ボケポンよ、あなたは一度も理路整然とした主張をしたことがない。

あなたは何を証明できるんですか? あなたの主張には証明能力がない。

あんたの主張してきた無数の間違いこそ証明が要らないくらい理路整然としているんだよ。

恥を知れという意味も分からないだろうが少しは怒り狂って取り乱した己の脳みそを冷やせ。

ボケポンゾンビになるだけろうな。 荒療治を素直に受け入れろ! 天然ボケのくせしてアホが!

あんたには理解に苦しんで悶えて悪態を吐くことしかできないだろうけどね。

阿修羅名物のヒステリック婆アめ!! 


57. 2017年2月01日 14:38:55 : IJjjrLkBu1 : Tp0IihGPIW0[1424]
  55さん、ドイツの歴史上の通説は間違いです、というところへ来ましたか。自分がナチズムを例に挙げたために方向転換してしまったようです。
   これは他国の事でもあるし、歴史の通説への挑戦は南京虐殺問題同様に別に論争すべきであり、貴殿の論が正しいとするのであれば、貴殿が果敢にドイツ語で論文を発表するなどして通説に挑戦すれば宜しいのではないか。
   とにかく、対象がユダヤ人にしろドイツ人にしろ、社会を形成するに不適切な状況を改善するにあたり、対象者を掃討することに着眼点を置き、それを遂行することだけに国を挙げて邁進したという時点で、人こそが国家を形成するのが原則であるにも拘わらずその肝心な人の抹殺を至上命題とした点で、他の手段を考慮せずにあたかも手段が目的化したかのように一斉に邁進する危険性は、後天的にしろ先天的にしろ、大勢になびく傾向のある民族としては常に意識するべきでしょう。
   ここで組体操に戻りますが、最初の発案者が誰であるかも特定出来ないままに各学校で欠かせない行事として、一抜けた、が出来ない状況になっているのは、まさしく空気を読んで大勢に付く、いわばトレンドとすべくどこかで考案されたことにより、次第に子供の特徴であるところの身体的な伸びしろなどを考慮することなく、100キロにもならんとする重圧を最下部の児童に与えることに、もはや原点に立ち返ることを忘れている恐ろしさが垣間見えます。
  組み体操問題は、こうした、理念と原則を振り返らずに猪突猛進する国民性の表れとして捉えることが出来るし、もはやそうすべき段階であろうと思います。
  かつまた、危険を克服し骨の一本や二本折れても根性で頑張るべし、という政財官護送船団トップの、戦前から続いている日本陸軍的な発想が近代に蘇っていると見做すことも出来、それが、厳しい階級制を用いた下部への無言の要求となり、下位者が原則を振り返ることなくなびく、危険な兆候が見て取れます。
  無論単なる懸念であれば良いのですが、過去の日本の軌跡もあるゆえに、看過できないと考える日本人が多いという事は間違いないでしょう。
   

58. 2017年2月01日 23:01:36 : U6ws1JThMc : jASpGrccZd0[4]
57さんへ。
先ず次の 2 つ を読んでみて下さい。
[1] Holocaust Or Holohoax ? 21 Amazing Facts.
# http://abundanthope.net/pages/Political_Information_43/Holocaust-Or-Holohoax-21-Amazing-Facts_printer.shtml
[2] Jim Stone, Holohoax report from June 27 2014.
# http://www.jimstonefreelance.com/holohoax.html

-----このようなものは、今や常識の部類に入いると思います。


59. 2017年2月02日 12:47:28 : DuWp6G79SH : gIMPlHQf04w[98]
>>41
反論なり非難するなり対象を絞って貰わないと何から論じてよいやら。
“法”と“法律”が異なることは、法学の第一歩(仏法で言う“法”では勿論ない)。

法学で言う“法”とは、未だ言語化されていないが人間社会を通底する根本原理がある筈だと仮定する有り様=万物創造神のご意思。
主権在民の社会に在っては人格の等価的平等。
これを具現化し言語化したものが“法律”となる。
民法であれば、胎児、未成年者、女性、禁治産者、身体障害者などに対しては保護を与え、地位を引き上げ、人格の等価を実現する。

法保護の優先順位は、生命>身体>自由>名誉>財産で構成される。

法の描く社会像は、束縛の無い“等価”な人間の自発的自由意志に基づく契約(権利義務遂行)の保障。そのために立法化されるのが“法律”。

これが法学いろはの“い”になる。


60. 2017年2月02日 12:54:50 : DuWp6G79SH : gIMPlHQf04w[99]
>>59
簡単に書けば、
法の下の平等=神の前にすべては罪人(平等)
                    という事さ。

61. スポンのポン[5599] g1iDfIOTgsyDfIOT 2017年2月02日 14:20:59 : ub3Hx2T5Ns : HiNKVHdYRfQ[252]
 
  
  
>>56.

■バカが言い負かされて、何も反論できなくなるとこうなる。
 
 
 


62. スポンのポン[5600] g1iDfIOTgsyDfIOT 2017年2月02日 14:23:40 : ub3Hx2T5Ns : HiNKVHdYRfQ[253]
 
 
 
>>56.

■君には私と議論するだけの知能は初めからない。
 
 
 


63. 2017年2月03日 14:38:24 : RQpv2rjbfs : DnS7syXjc2g[538]
正義とは法律であるとソクラテスは言った。つまり道徳とは法律であると言っている。

善悪の判断が曖昧であるから仮に不自然に見える場合があっても取り合えずそれを正しいとするしかない。

つまり、法律上最優先すべき児童生徒の安全を確保できない時点で組体操は不道徳であると言いたい。


64. 2017年2月07日 14:55:23 : piS4tj6jjs : LrlWm_@8vtE[35]

>>63. 2017年2月03日 14:38:24 : RQpv2rjbfs
>法律上最優先すべき児童生徒の安全を確保できない時点
>組体操は不道徳である

これは何かの冗談ですか? 
あなたは学校の授業において法的にも配慮すべき安全とは無関係な主張をしている。
つまり、組体操が不道徳とするあなたの主張が間違っています。

教育の場において教育関係者を含む生徒ら全体に事故の原因が存在したのは事実。
その原因について正しく究明し完璧に近い再発防止策をとることが必要不可欠だ。
子供に対し一般的な能力の発現を公平に施すのが基本だが個人差は無視できない。
教育者が基礎体力の不十分な生徒に対し無理に参加を強いる必要こそないだろう。

不道徳とされるべきは発生した教育現場の事故後における第三者の無知な無責任さだ。
組体操などの団体競技は参加者の体力が標準であることを前提として行われるべきもの。

そして日本の体育教育では中等高等と過程の進展に伴い武術の稽古の体験まで習得する。
その過程において個人の能力の伸長は不定であり得意と不得意に分かれるのは当たり前だ。
従って組体操に参加して怪我する事故も未然jに防止できることであるから原因を反省すべき。

教育中に起こった事故でも高校生の実習船が米軍の潜水艦の急浮上で全員死亡した事件などもある。
あの事故も教育が綿密な準備の元で行われていれば防止できた可能性まで否定できるものではない。
しかし当該事件の後でも日米関係を悪化させるなと集団的自衛権論者どもは問題視を避けていた。

不道徳な輩こそ決まって己の主張を満足させんが為にだけ歪な論理で事実を解釈し愚かな知性まる出しに主張して恥じることも知らない。


65. 2017年2月07日 15:04:37 : piS4tj6jjs : LrlWm_@8vtE[36]

>>61. スポンのポン
>バカが言い負かされて何も反論できなくなるとこうなる
>>62.
>君には私と議論するだけの知能は初めからない

天然ボケポンよ、もう一度言ってみろよ。妄想して知能なんぞと自惚れるな。

あんたの知識と知能がクソの役にも立たないから苛立ってんだろ?

教えてやるから基本を認識しろよ。なぜ糞の役にも立っていなかったのか。

全ての知識は作業に置き換えることができる。主張を超えて行けということだ。

 



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