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従軍慰安婦問題で詐欺師 西岡力と櫻井よしこが流した悪質な嘘とデマ
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/133.html
投稿者 中川隆 日時 2019 年 1 月 03 日 08:04:05: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: 今田真人「従軍慰安婦・吉田証言否定論を検証するページ」_ 吉田清治の話はやっぱり事実だった 投稿者 中川隆 日時 2019 年 1 月 03 日 07:48:23)


従軍慰安婦問題で詐欺師 西岡力と櫻井よしこが流した悪質な嘘とデマ

「韓国人慰安婦を強制連行」と書いたのは朝日でなく産経新聞だった! 植村記者に論破され阿比留記者が赤っ恥 
LITERA(リテラ)

[画像] 「韓国人慰安婦を強制連行」と書いたのは朝日でなく産経新聞だった!
植村記者に論破され阿比留記者が赤っ恥 


 昨夏の朝日報道問題で「捏造記者」の濡れ衣を着せられた元朝日新聞記者・植村隆氏と、「安倍晋三シンパ」の3本指に入る産経新聞の名物編集委員・阿比留瑠比記者との"インタビュー対決"が話題になっている。

 と言っても、産経新聞紙上に掲載された記事のほうではなく、その後、産経のWeb版で公開された"インタビューの全文書き起こし"と見られるやりとりについてだ。なんと、そこには、"ホーム"であるはずの産経の阿比留記者と同行した外信部・原川貴郎記者が、"アウェー"の植村氏に論破され、くるしい言い逃れに終始している模様が描かれていたのである。

 本サイトは前回、そのインタビューに至る経緯や、前半のハイライト部分を紹介した。今回解説していくのはその佳境、いわば"KOラウンド"だ。引き続き、一問一答を産経新聞Web版から引用(一部省略)しつつ、"対決"の様子を解説席からお届けしていこう。

 ──産経側はかねてから、植村氏が1991年にスクープした慰安婦問題の記事について、"元慰安婦の金学順さんがキーセン(韓国の芸者)として人身売買されたことを隠し、「女子挺身隊」として国家によって強制連行されたように書いた"と主張していた。しかし実のところ、植村氏の記事には「強制連行」という言葉はいっさい出てこない。だが、阿比留氏らはそれでも"植村記事の「女子挺身隊の名で戦場に連行され」との記述は、軍や官憲の指示で「強制連行」が行われたとしか読めず、虚報である"と言ってはばからない。

 そんななか、インタビュー中、植村氏が、1991年12月7日付の産経新聞(大阪版)をおもむろに取り出し、阿比留記者に見せると......。以下はそのやりとりだ。

植村「一つお聞きしたい。そうしたら、阿比留さん、この記事はどう読む?」

阿比留「ああ、(記事は)間違っていますね」

植村「間違っている?」

阿比留「はい」

植村「どこが間違っているんですか?」

阿比留「『日本軍に強制的に連行され』という(部分)」

植村「これは産経新聞の記事ですね?」

阿比留「だから、うちが間違っているんですね」

植村「訂正かなんかやられたんですか」

阿比留「これは今日、初めて見ましたから訂正したかどうかはちょっと分かりません」


 まるで、急激に青ざめていく阿比留記者の顔色が見て取れるかのようだ。植村氏が示した産経新聞の記事には〈金さんが17歳の時、日本軍に強制的に連行され、中国の前線で、軍人の相手をする慰安婦として働かされた〉とハッキリそう書いてあった。これは金学順さんの記者会見での発言を元に書いたものだという。さらに、1993年8月31日付の産経新聞大阪本社版にはこんな記事も載っていた。

〈太平洋戦争が始まった1941(昭和16)年ごろ、金さんは日本軍の目を逃れるため、養父と義姉の3人で暮らしていた中国・北京で強制連行された。17歳の時だ。食堂で食事をしようとした3人に、長い刀を背負った日本人将校が近づいた。「お前たちは朝鮮人か。スパイだろう」。そう言って、まず養父を連行。金さんらを無理やり軍用トラックに押し込んで一晩中、車を走らせた〉。

 日本軍が暴力によって現地の人々を強制連行していく──まるで「吉田証言」のような話である。しつこいようだが、これは産経新聞の記事だ。

植村「これも強制連行ですね。両方主体が日本軍ですけど、それはどうですか」

阿比留「間違いですね」

植村「間違いですか? ふ〜ん。これがもし間違いだったら、『朝日新聞との歴史戦は、今後も続くのだと感じた』って阿比留さんは書かれているんだけど、産経新聞の先輩記者と歴史戦をまずやるべきじゃないですか。原川さんどうですか」

原川「私、初めて見ましたので、どういう経緯でこうなったか、どこまで調べられるか。これちょっと日付をメモらせてもらって」

植村「いや、あげますよ。調べて、間違いだったらそれがどうなのか、どうするのかも含めて知らせてください。歴史戦というものは、もし歴史戦を皆さんがやっておられるんであれば、たぶん真実のためにやっておられると思うんです。皆さんがね。であれば、先ほど間違ったとおっしゃったことに対しても、謙虚に向かうべきだと思います」

 なんのことはない。「朝日は世界中に慰安婦に関する嘘をばら撒き、日本を貶めた」と批判している産経新聞こそが、「(金学順さんは)日本軍に強制連行された」とハッキリと報道していたのである。ちなみに、朝日には金学順さんに関して「強制連行」と書いた記事はひとつもない。なぜなら、第一報を書いた植村氏に、金さんが強制連行されたという認識がなかったからだ。

 そして、何より驚くのは、産経新聞で慰安婦報道の先頭に立っている2人の記者が自社の慰安婦報道についてほとんど把握していなかったという事実である。他社に対して"歴史戦"を挑むというなら、まずは自社の報道ぶりを検証するのが最低限の作業だろう。しかし、それどころか、阿比留記者らはまさに自分たちが批判している植村氏の記事すら、きちんと読んでいなかったようなのだ。

 いったい、彼らは何と戦っていたのだろうか。真実を探索するという本分を忘れ、"朝日叩き"それ自体が目的化しているとしか思えない。これはなにも、阿比留記者個人だけの話ではないだろう。昨夏以来、ある雑誌は、こんなふうにして「朝日慰安婦報道の検証」に気炎を上げていた。


「廃刊せよ! 消えぬ「反日」報道の大罪」(14年10月号)
「言い逃れは許されない 「慰安婦」報道の国辱責任」(14年11月号)
「決定版40ページ! 朝日慰安婦報道「有罪」論」(15年4月号)
「訂正1年 朝日は「慰安婦」を反省したか」(15年9月号)

 すべて、産経新聞社刊行の論壇誌「正論」の表紙に踊った見出しである。産経新聞社は、自社の慰安婦「強制連行」報道を訂正せぬまま、しかも、社員記者たちは植村氏の記事をまともに読んですらいないまま、この1年間、ひたすら「廃刊」「大罪」「国辱」「有罪」と、がなりつづけていたわけである。

 この時点ですでに勝負あったというのはおわかりいただけただろうが、上で解説したのは、長い長いインタビューのほんの一部の入口に過ぎない。

 その後、インタビューは一連の植村氏からの"逆質問"が終わり、攻守が代わる。ところが、阿比留記者らからの質問は本当に重箱の隅をつつくようなものばかり。その典型が今年8月4日付の特大記事でも執拗に見出しに使われている「証言テープ」に関するものだ。

阿比留記者らはこのテープの存在に異様にこだわり、

「テープはいまどこにあるのか?」
「テープを聞いたのは一度だけか?」
「たった1回聞いただけで記事にしたのか?」
「テープには『挺身隊』という名前は出てきているのか」

という質問が繰り返される。

阿比留「それでですね、私ども、ちょっと不思議なのはですね、誰とも分からない、挺対協が出元とはいえですね、誰とも分からない、名前も分からない、証言テープだけですね、しかも1回聞いただけでですね、このような記事にできるものかなあと不思議なんですね」

植村「うーん、なるほどね」

阿比留「記者の作法としてですね」


 阿比留瑠比は1966年生まれ、植村隆は1958年生まれ。記者としての経験は植村氏のほうが明らかに長い。ここで植村氏が再び問うた。


植村「阿比留さん、僕の記事(1991年8月11日付朝日新聞大阪本社社会面記事)って読まれたことあります? きちんと」

阿比留「きちんとと言うか、どの記事ですか」

植村「だから僕のその、批判されている記事」

阿比留「ああ、読みました」

植村「じゃあ、ちょっと見てみましょう...」


 植村氏の記事は新聞記者として訓練を受けた人なら誰でもわかるような基本的セオリーに則って書かれている。植村氏はまず、当時のソウル支局長から聞いた「ソウルにいる元朝鮮人従軍慰安婦の女性が語り始めたらしい」という情報を元に、以前から取材で知り合っていた挺対協の尹貞玉・共同代表に取材を申し込んだ。ところが、証言者はマスコミの取材を受けることを拒否しており、名前も教えられないと言われた。だが、挺対協が聞き取りをしたテープは聞かせてもらえるということになり、植村氏は、元慰安婦の証言テープを聞いた上で、尹代表の話を元に記事を書いた──という経緯である。

 したがって、記事はこの経緯に沿って

(1)元慰安婦の女性がソウル市内に生存し、挺対協が聞き取り調査を始めた

(2)挺対協は女性の話を録音したテープを記者に公開した、

(3)以下、挺対協の尹代表らによると......


という構成になっている。つまり、テープはあくまでも尹代表らの話の真実性を裏付ける材料のひとつに過ぎず、記事は尹代表らの話を元に書かれているということだ。もし、この報道が"記者の作法として"許されないのだとしたら、警察の発表記事などいっさい書けないことになってしまう。いまや産経の「顔」とまでいわれる阿比留記者が、それを知らないはずはないのである。

 もうひとつの争点(?)である「慰安婦」と「挺身隊」の混同・誤用問題も、植村氏の話には説得力がある。これは朝日新聞社も昨年8月の検証記事では混同があったと認めているが、植村氏の主張によれば、そもそも当時の韓国では「慰安婦」という言葉は一般的でなく、この問題に関心のある学者も調査団体の関係者も、あるいは元慰安婦の人たち自身も、みんな「挺身隊」という言葉を使っていたというのだ。「挺身隊」は韓国語で「チョシンデ」という。金学順さんが名乗り出たときも、「チョシンデハルモニ(挺身隊のおばあさん)がついに名乗りを上げた」と言われたそうだ。なにより、韓国の慰安婦問題に関する調査団体が「韓国挺身隊問題対策協議会」と名乗っていることからしても明らかだ。

 当然、当時は日韓の新聞の多くが「挺身隊」という言葉を使っていた。1991年9月3日付産経新聞大阪本社版には〈『挺身隊』の名のもとに、従軍慰安婦として狩りだされた〉と、ほとんど植村氏の記事と同じ表現が使われている。読売も、毎日も例外ではない。にもかかわらず、植村氏だけがバッシングされ、新しい職場に「辞めさせろ」「殺せ!」といった抗議や脅迫が届くといった事態が起きているのだ。いかに異常なことかがわかるだろう。

 しかし、植村氏は「他紙も間違っているではないか!」とは非難しない。それは、どの会社のどの記者も、その時代時代で真実を追求しようと一生懸命に取材し、記事を書いた結果だからだ。実際、阿比留記者らをそう諭す場面もある。

 だが、一方の阿比留記者らは、植村氏が韓国語ができ、韓国の留学経験もある韓国の専門家だから一般の記者とは違う、といった訳のわからない理屈を展開しようとしたり、阿比留記者も原川記者も実は元慰安婦を直接取材したことがないということが明らかになったり(理由は「韓国語ができないから」。植村氏も「通訳を使えばできるよ」と当然のツッコミを入れている)、とにかく読みどころ満載の"インタビュー対決"なのだ。

 しかも、産経がみっともないのは、8月4日付の紙面で〈「強制連行」「挺身隊」本紙も過去に使用〉とこっそり記事を載せている点だ。元朝日記者の植村氏からの指摘でわかったということにはいっさい触れず、謝罪も訂正もしていない。朝日新聞に対して「廃刊してお詫びしろ」と迫っていたのに、自分たちの誤報に対するこの態度はいったいなんなのか。

 しかも、これは「産経は正義、朝日は廃刊しろ!」と叫んできた右派知識人やネトウヨたちも同罪だ。

 そもそも朝日新聞バッシングは最初から右派メディアと官邸によって恣意的に仕掛けられたまったく中身のないものだったのだ。「国賊」という言葉は、朝日ではなくバッシングを仕掛けた連中にこそぴったりの形容詞である。
(野尻民夫)
https://news-livedoor-com.cdn.ampproject.org/c/news.livedoor.com/lite/article_detail_amp/10633890/?usqp=mq331AQGCAEYACAB



▲△▽▼

「私は捏造記者ではありません」 ー 植村(札幌)訴訟結審
http://article9.jp/wordpress/?p=10720
2018年7月13日 澤藤統一郎の憲法日記

植村隆元朝日新聞記者が、櫻井よしこらを訴えた名誉毀損損害賠償請求訴訟(札幌地裁)が先週の金曜日(7月6日)に結審した。判決言渡は11月9日の予定。原告・弁護団そして支援者は意気軒昂である。

櫻井よしこや西岡力らは、産経や週刊文春、WiLLなどを舞台に、植村隆を「捏造記者」として攻撃した。櫻井や西岡に煽動されたネット右翼が、植村本人だけでなく、その家族や勤務先の北星学園までを標的に攻撃して、大きな社会問題となった。問題とされた植村隆の朝日の記事は、1991年8月のもの。常軌を逸したバッシングというほかはない。

ことは表現の自由やジャーナリズムのありかたにとどまらない。従軍慰安婦をめぐる歴史修正主義の跋扈を許すのか、安倍政権を押し上げた右翼勢力の民族差別やリベラル派勢力への攻撃を默過するのか、という背景をもっている。

私も、同期の友人たちと語らって、植村・北星バッシングへの反撃の声をあげた。そのときの率直な気持は、この社会の動向に、薄気味悪さだけでなく恐ろしさを感じていた。伝えられている、あのマッカーシズムの雰囲気を嗅ぎ取らざるを得なかったのだ。この訴訟、この判決は、この社会の健全さを占うものとしての重みをもっている。

リベラルバネが多少は働いて、いま櫻井よしこや西岡力の影響力は明らかに落ちてきている。判決が、植村ではなく櫻井よしここそが「捏造ジャーナリスト」であることを明らかにするものとなるよう期待したい。

「植村裁判を支える市民の会」が立派なホームページを作っている。
http://sasaerukai.blogspot.com/

そのサイトから、結審(2018年7月6日)の法廷と、2年前3か月の第1回法廷(2016年4月22日)での、原告植村隆渾身の意見陳述を引用しておきたい。

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     結審(2018年7月6日)法廷での意見陳述

今年3月、支援メンバーらの前で、直前に迫った本人尋問の準備をしていました。「なぜ、当該記事を書いたのか」、背景説明をしていました。こんな内容でした。

私は高知の田舎町で、母一人子一人の家で育ちました。豊かな暮らしではありませんでした。小さな町でも、在日朝鮮人や被差別部落の人びとへの理不尽な差別がありました。そんな中で、「自分は立場の弱い人々の側に立とう。決して差別する側に立たない」と決意しました。そして、その延長線上に、慰安婦問題の取材があったと説明していました。

その時です。突然、涙があふれ、止まらなくなり、嗚咽してしまいました。

新聞記者となり、差別のない社会、人権が守られる社会をつくりたいと思って、記事を書いてきました。それがなぜ、こんな理不尽なバッシングにあい、日本での大学教員の道を奪われたのでしょうか。なぜ、娘を殺すという脅迫状まで、送られて来なければならなかったのでしょうか。なぜ、私へのバッシングに北星学園大学の教職員や学生が巻き込まれ、爆破や殺害の予告まで受けなければならなかったのでしょうか。「捏造記者」と言われ、それによって引き起こされた様々な苦難を一気に思い出し、涙がとめどなく流れたのでした。強いストレス体験の後のフラッシュバックだったのかもしれません。

本人尋問が迫るにつれ、悔しさと共に緊張と恐怖感が増してきました。反対尋問では再び、あのバッシングの時のような「悪意」「憎悪」にさらされるだろうと思ったからです。

「そうだ、金学順(キム・ハクスン)さんと一緒に法廷に行こう」と考えました。そして、金学順さんの言葉を書いた紙を背広の内ポケットに入れることにしたのです。

この紙は、私に最初に金学順さんのことを語ってくれた尹貞玉(ユン・ジョンオク)先生の著書の表紙にあった写真付の著者紹介の部分を切り取ったものです。その裏の、白い部分に金学順さんが自分の裁判の際に提出した陳述書の中の言葉を黒いマジックで、「私は日本軍により連行され、『慰安婦』にされ人生そのものを奪われたのです」と書きいれました。

私の受けたバッシング被害など、金さんの苦しみから比べたら、取るに足らないものです。いろんな夢のあった数えで17歳の少女が意に反して戦場に連行され、数多くの日本軍兵士にレイプされ続けたのです。絶望的な状況、悪夢のような日々だったと思います。

そして、私は、こう自分に言い聞かせました。「お前は、『慰安婦にされ人生を奪われた』とその無念を訴えた人の記事を書いただけではないか。それの何が問題なのか。負けるな植村」

金さんの言葉を、胸ポケットに入れて、法廷に臨むと、心が落ち着き、肝が据わりました。

きょうも、金さんの言葉を胸に、意見陳述の席に立っています。

私は、慰安婦としての被害を訴えた金学順さんの思いを伝えただけなのです。

そして「日本の加害の歴史を、日本人として、忘れないようにしよう」と訴えただけなのです。韓国で慰安婦を意味し、日本の新聞報道でも普通に使われていた「挺身隊」という言葉を使って、記事を書いただけです。それなのに、私が記事を捏造したと櫻井よしこさんに繰り返し断定されました。

北海道新聞のソウル特派員だった喜多義憲さんは私の記事が出た4日後、私と同じように「挺身隊」という言葉を使って、ほぼ同じような内容の記事を書きました。記事を書いた当時、私との面識はなく、喜多さんは私の記事を読んでもいなかったのです。喜多さん自身が直接、金学順さんに取材した結果、私と同じような記事を書いた、ということは、私の記事が「捏造」でない、という何よりの証拠ではないでしょうか。その喜多さんは、2月に証人として、この法廷で、櫻井よしこさんが私だけを「捏造」したと決め付けた言説について、「言い掛かり」との認識を示されました。

そして、こうも述べられました。「植村さんと僕はほとんど同じ時期に同じような記事を書いておりました。それで、片方は捏造したと言われ、私は捏造記者と非難する人から見れば不問に付されているような、そういう気持ちで、やっぱりそういう状況を見れば、違うよと言うのが人間であり、ジャーナリストであるという思いが強くいたしました」この言葉に、私は大いに勇気づけられました。

1990年代初期に、産経新聞は、金学順さんに取材し、金学順さんが慰安婦になった経緯について、少なくとも二度にわたって、日本軍の強制連行と書きました。読売新聞は、「『女性挺身隊』として強制連行され」と書きました。

いま産経新聞や読売新聞は、慰安婦の強制連行はなかったと主張する立場にありますが、1990年代の初めに金学順さんのことを書いたこの両新聞の記者たちは、金さんの被害体験をきちんと伝えようと、ジャーナリストとして当たり前のことをしたのだと思います。私は金さんが、慰安婦にさせられた経緯について、「だまされた」と書きました。「だまされ」ようが「強制連行され」ようが、17歳の少女だった金学順さんが意に反して慰安婦にさせられ、日本軍人たちに繰り返しレイプされたことには変わりないのです。彼女が慰安婦にさせられた経緯が重要なのではなく、慰安婦として毎日のように凌辱された行為自体が重大な人権侵害にあたるということです。

しかし、私だけがバッシングを受けました。娘は、「『国賊』植村隆の娘」として名指しされ、「地の果てまで追い詰めて殺す」とまで脅されました。

あのひどいバッシングに巻き込まれた時、娘は17歳でした。それから4年。『殺す』とまで脅迫を受けたのに、娘は、心折れなかった。そのおかげで、私も心折れず、闘い続けられました。私は娘に「ありがとう」と言いたい。娘を誇りに思っています。

被告・櫻井よしこさんは、明らかに朝日新聞記者だった私だけをターゲットに攻撃しています。私への憎悪を掻き立てるような文章を書き続け、それに煽られた無数の人びとがいます。櫻井さんは「慰安婦の強制連行はなかった」という強い「思い込み」があります。その「思い込み」ゆえなのでしょうか。事実を以て、私を批判するのではなく、事実に基づかない形で、私を誹謗中傷していることが、この裁判を通じて明らかになりました。そして誤った事実に基づいた、櫻井さんの言説が広がり、ネット世界で私への憎悪が増幅されたことも判明しました。

「WiLL」の2014年4月号の記事がその典型です。金さんの訴状に書いていない「継父によって40円で売られた」とか「継父によって・・・慰安婦にさせられた」という話で、あたかも金さんが人身売買で慰安婦にされたかのように書き、私に対し、「継父によって人身売買されたという重要な点を報じなかった」「真実を隠して捏造記事を報じた」として、「捏造」記者のレッテルを貼りました。「捏造」の根拠とした「月刊宝石」やハンギョレ新聞の引用でも都合のいい部分だけを抜き出し、金さんが日本軍に強制連行されたという結論の部分は無視していました。

しかし、櫻井さんは、私の指摘を無視できず、2年以上経っていましたが、「WiLL」と産経新聞で訂正を出すまでに追い込まれました。実は、訂正文には新たな間違いが付け加えられていました。金さんが強制連行の被害者でないというのです。日本軍による強制連行という結論をもつ記事に依拠しながらも、その結論の部分を再び無視していました。極めて問題の大きい訂正でしたが、櫻井さんの取材のいい加減さが、白日のもとに晒されたという点では大きな前進だったと思います。支援団体の調べでは、この種の間違いが、産経、「WiLL」を含めて、少なくとも6件確認されています。

提訴以来3年5か月が経ちました。弁護団、支援の方々、様々な方々の支援を受け、勇気をもらって、歩んでまいりました。絶望的な状況から反撃が始まりましたが、「希望の光」が見えてきたことを、実感しています。

そして櫻井よしこさんをはじめとする被告の皆さん、被告の代理人の皆さん。長い審理でしたが、皆様方はいまだに、ご理解されていないことがあると思われます。大事なことなので、ここで、皆様方に、もう一度、大きな声で、訴えたいと思います。

「私は捏造記者ではありません」

裁判所におかれては、私の意見を十分に聞いてくださったことに、感謝しております。公正な判決が下されることを期待しております。

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    第1回法廷(2016年4月22日)での原告意見陳述

■「殺人予告」の恐怖
裁判長、裁判官のみなさま、法廷にいらっしゃる、すべての皆様。知っていただきたいことがあります。17歳の娘を持つ親の元に、「娘を殺す、絶対に殺す」という脅迫状が届いたら、毎日、毎日、どんな思いで暮らさなければならないかということです。そのことを考えるたびに、千枚通しで胸を刺されるような痛みを感じ、くやし涙がこぼれてきます。

私は、2015年2月2日、北星学園大学の事務局から、「学長宛に脅迫状が送られてきた」という連絡を受けました。脅迫状はこういう書き出しでした。

「貴殿らは、我々の度重なる警告にも関わらず、国賊である植村隆の雇用継続を決定した。この決定は、国賊である植村隆による悪辣な捏造行為を肯定するだけでなく、南朝鮮をはじめとする反日勢力の走狗と成り果てたことを意味するものである」

5枚に及ぶ脅迫状は、次の言葉で終わっています。

「『国賊』植村隆の娘である●●●を必ず殺す。期限は設けない。何年かかっても殺す。何処へ逃げても殺す。地の果てまで追い詰めて殺す。絶対にコロス」

私は、足が震えました。

大学に脅迫状が送られてきたのは2014年5月末以来、これで5回目でした。最初の脅迫状は、私を「捏造記者」と断定し、「なぶり殺しにしてやる」と脅していました。さらに「すぐに辞めさせろ。やらないのであれば、天誅として学生を痛めつけてやる」と書いていました。

娘を殺害する、というのは、5回目の脅迫状が初めてでした。もう娘には隠せませんでした。「お前を殺す、という脅迫状が来ている。警察が警戒を強めている」と伝えました。娘は黙って聞いていました。

娘への攻撃は脅迫だけではありません。2014年8月には、インターネットに顔写真と名前が晒されました。そして、「こいつの父親のせいでどれだけの日本人が苦労したことか。自殺するまで追い込むしかない」と書かれました。こうした書き込みを削除するため、札幌の弁護士たちが、娘の話を聞いてくれました。私には愚痴をこぼさず、明るく振舞っていた娘が、弁護士の前でぽろぽろ涙をこぼすのを見て、私は胸が張り裂ける思いでした。

なぜ、娘がこんな目にあわなければならないのでしょうか。1991年8月11日に私が書いた慰安婦問題の記事への攻撃は、当時生まれてもいなかった高校生の娘まで、標的にしているのです。悔しくてなりません。脅迫事件の犯人は捕まっていません。いつになったら、私たちは、この恐怖から逃れられるのでしょうか。

■私への憎悪をあおる櫻井さん
櫻井よしこさんは、2014年3月3日の産経新聞朝刊第一面の自身のコラムに、「真実ゆがめる朝日報道」との見出しの記事を書いています。このコラムで、櫻井さんは私が91年8月に書いた元従軍慰安婦の記事について、こう記述しています。

「この女性、金学順氏は後に東京地裁に 訴えを起こし、訴状で、14歳で継父に40円で売られ、3年後、17歳のとき再び継父に売られたなどと書いている」。その上で、櫻井さんは「植村氏は彼女が人身売買の犠牲者であるという重要な点を報じ」ていない、と批判しています。しかし、訴状には「40円」の話もありませんし、「再び継父に売られた」とも書かれていません。

櫻井さんは、訴状にないことを付け加え、慰安婦になった経緯を継父が売った人身売買であると決めつけて、読者への印象をあえて操作したのです。これはジャーナリストとして、許されない行為だと思います。

さらに、櫻井さんは、私の記事について、「慰安婦とは無関係の「女子挺身隊」と慰安婦が同じであるかのように報じた。それを朝日は訂正もせず、大々的に紙面化、社説でも取り上げた。捏造を朝日は全社挙げて広げたのである」と断定しています。

櫻井さんは「慰安婦と『女子挺身隊』が無関係」と言い、それを「捏造」の根拠にしていますが、間違っています。当時、韓国では慰安婦のことを「女子挺身隊」と呼んでいたのです。他の日本メディアも同様の表現をしていました。

例えば、櫻井さんがニュースキャスターだった日本テレビでも、「女子挺身隊」という言葉を使っていました。1982年3月1日の新聞各紙のテレビ欄に、日本テレビが「女子てい身隊という名の韓国人従軍慰安婦」というドキュメンタリーを放映すると出ています。

私は、神戸松蔭女子学院大学に教授として一度は採用されました。その大学気付で、私宛に手紙が来ました。「産経ニュース」電子版に掲載された櫻井さんの、そのコラムがプリントされたうえ、手書きで、こう書き込んでいました。

「良心に従って説明して下さい。日本人を貶めた大罪をゆるせません」

手紙は匿名でしたので、誰が送ってきたかわかりません。しかし、内容から見て、櫻井さんのコラムにあおられたものだと思われます。

この神戸の大学には、私の就任取り消しなどを要求するメールが1週間ほどの間に250本も送られてきました。結局、私の教授就任は実現しませんでした。

櫻井さんは、雑誌「WiLL」2014年4月号の「朝日は日本の進路を誤らせる」という論文でも、40円の話が訴状にあるとするなど、産経のコラムと似たような間違いを犯しています。

このように、櫻井さんは、調べれば、すぐに分かることをきちんと調べずに、私の記事を標的にして、「捏造」と決めつけ、私や朝日新聞に対する憎悪をあおっているのです。

その「WiLL」の論文では、私の教員適格性まで問題にしています。「改めて疑問に思う。こんな人物に、果たして学生を教える資格があるのか、と。植村氏は人に教えるより前に、まず自らの捏造について説明する責任があるだろう」

「捏造」とは、事実でないことを事実のようにこしらえること、デッチあげることです。記事が「捏造」と言われることは、新聞記者にとって「死刑判決」に等しいものです。

朝日新聞は、2014年8月の検証記事で、私の記事について「事実のねじ曲げない」と発表しました。しかし、私に対するバッシングや脅迫はなくなるどころか、一層激しさを増しました。北星学園大学に対しても、抗議メールや電話、脅迫状が押し寄せ、対応に追われた教職員は疲弊し、警備費は膨らみました。

北星学園大学がバッシングにあえぎ、苦しんでいた最中、櫻井さんは、私と朝日新聞だけでなく、北星学園大学への批判まで展開しました。

2014年10月23日号の「週刊新潮」の連載コラムで、「朝日は脅迫も自己防衛に使うのか」という見出しを立て、北星学園大学をこう批判しました。「23年間、捏造報道の訂正も説明もせず頬被りを続ける元記者を教壇に立たせ学生に教えさせることが、一体、大学教育のあるべき姿なのか」

同じ2014年10月23日号の「週刊文春」には、「朝日新聞よ、被害者ぶるのはお止めなさい “OB記者脅迫”を錦の御旗にする姑息」との見出しで、櫻井よしこさんと西岡力さんの対談記事が掲載されました。私はこの対談の中の、櫻井さんの言葉に、大きなショックを受けました。

「社会の怒りを掻き立て、暴力的言辞を惹起しているものがあるとすれば、それは朝日や植村氏の姿勢ではないでしょうか」

櫻井さんの発言には極めて大きい影響力があります。この対談記事に反応したインターネットのブログがありました。

「週刊文春の新聞広告に、ようやく納得。もし、私がこの大学の学生の親や祖父母だとしたなら、捏造で大問題になった元記者の事で北星大に電話で問い合わせるとかしそう。実際、心配の電話や、辞めさせてといった電話が多数寄せられている筈で、たまたまその中に脅迫の手紙が入っていたからといって、こんな大騒ぎを起こす方がおかしい。櫻井よしこ氏の言うように、「錦の御旗」にして「捏造問題」を誤魔化すのは止めた方が良い」

私はこのブログを読んで、一層恐怖を感じました。ブログはいまでもネットに残っています。

櫻井さんは、朝日新聞の慰安婦報道を批判し、「朝日新聞を廃刊にすべきだ」とまで訴えています。言論の自由を尊ぶべきジャーナリストにもかかわらず、言葉による暴力をふるっているようです。「社会の怒りを掻き立て、暴力的言辞を惹起している」のは、むしろ、櫻井さん自身の姿勢ではないか、と思っています。

■「判決で、救済を」

「言論には言論で闘え」という批判があります。私は「朝日新聞」の検証記事が出た後、複数のメディアの取材を受け、きちんと説明してきました。また、複数の月刊誌に手記を掲載し、自分の記事が「捏造」ではないことを、根拠を上げて論証しています。にもかかわらず、私の記事が「捏造」であると断定し続ける人がいます。大学や家族への脅迫もやむことがありませんでした。こうした事態を変えるには、「司法の力」が必要です。

脅迫や嫌がらせを受けている現場はすべて札幌です。櫻井さんの「捏造」発言が事実ではない、と札幌で判断されなければ、こうした脅迫や嫌がらせも、根絶できないと思います。

私の記事を「捏造」と決めつけ、繰り返し世間に触れ回っている櫻井さんと、その言説を広く伝えた「週刊新潮」、「週刊ダイヤモンド」、「WiLL」の発行元の責任を、司法の場で問いたいと思います。私の記事が「捏造」でないことを証明したいと思います。

裁判長、裁判官のみなさま。どうか、正しい司法判断によって、「捏造」記者の汚名を晴らしてください。。家族や大学を脅迫から守ってください。そのことは、憲法で保障された個人の表現の自由、学問の自由を守ることにもつながると確信しています。

(2018年7月13日)


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『朝日』元記者・植村隆裁判で西岡力氏が自らの「捏造」認める
http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/2018/09/26/antena-332/
佐藤和雄|2018年9月26日10:23AM 週刊金曜日
 
 尋問を終えた西岡力氏。東京・霞ヶ関。(撮影/高波淳)


「慰安婦」問題否定派の旗手である麗澤大学客員教授の西岡力氏――。彼の論考や発言は、国家基本問題研究所理事長の櫻井よしこ氏をはじめ、右派言説の論理的支柱となり、影響を与え続けてきた。その西岡氏が9月5日に東京地裁で尋問に答えた内容は、彼らに失望と嘆息を与えるかもしれない。西岡氏が、いくつかの重要部分について「間違い」を認めたからだ。

東京地裁では、元「慰安婦」記事を「捏造」と記述され名誉を傷つけられたとして、元『朝日新聞』記者の植村隆・韓国カトリック大学客員教授が西岡氏らを相手取り、損害賠償などを求めた訴訟が2015年1月から続いている。

植村氏は1991年8月、韓国での「慰安婦」問題に取り組む市民団体への取材やその聞き取り調査に応じた女性(のちに記者会見で名乗り出た金学順さん)の録音テープを聞いてスクープし、同年12月にも証言を記事化した。

西岡氏は、植村氏の記事に対し、『週刊文春』2014年2月6日号で「名乗り出た女性は親に身売りされて慰安婦になったと訴状に書き、韓国紙の取材にもそう答えている。捏造記事と言っても過言ではありません」とコメントした。

しかし、尋問で「そう訴状に書いてあるのか」と問われると、「記憶違いだった」と間違いを認めた。金さんの記者会見を報じた韓国『ハンギョレ』新聞の記事を著作で引用した際、「私は40円で売られて、キーセンの修業を何年かして、その後、日本の軍隊のあるところに行きました」という、元の記事にない文章を書き加えていることを指摘されると、「間違いです」と小声で認めた。

西岡氏はまた、元「慰安婦」の証言集は読んでおりながら、「挺身隊」名目で「慰安婦」にさせられた韓国人女性の証言は「覚えていない」とし、自らの主張と異なる最新の調査・研究結果も読んでいないと答えた。

(佐藤和雄・ジャーナリスト、大学非常勤講師、2018年9月14日号)

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「私は捏造記者ではない」慰安婦報道の植村隆・元朝日新聞記者の会見スピーチ(全文)
http://www.bengo4.com/topics/2536/
2015年01月09日 16時33分 弁護士ドットコムニュース

■《慰安婦報道問題》植村隆 元朝日新聞記者 記者会見 主催:日本外国特派員協会

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慰安婦問題の記事を書いた元朝日新聞記者の植村隆氏が1月9日、東京・有楽町の外国特派員協会で記者会見を開き、週刊誌記事などで「捏造」と批判されていることについて、「私は捏造記者ではない。不当なバッシングに屈するわけにはいかない」と主張した。植村氏はこの日、「捏造記者」と報じた文藝春秋と西岡力・東京基督教大学教授に損害賠償を求める訴えを起こした。


植村氏は朝日新聞記者時代の1991年8月、元慰安婦だと初めて名乗り出た韓国人女性が証言しているテープをもとに、記事を書いた。朝日新聞社が昨年8月に虚偽であると判断した故・吉田清治氏の「慰安婦狩り」証言の報道とともに、慰安婦問題が大きくクローズアップされるきっかけとなった。


植村氏は2014年に朝日新聞社を退職し、現在は北星学園大学(札幌市)で非常勤講師を勤めているが、大学に対して、植村氏の退職を求める脅迫状が届き、大きな問題になった。植村氏の記事をめぐっては、昨年8月の朝日新聞社の検証で、「記事に事実のねじ曲げない」としながらも、「女子挺身隊=慰安婦」という表現は誤っていたと認めている。


以下、植村氏が外国人記者に向けて語ったスピーチの全文を紹介する。


●冒頭スピーチ全文


みなさま、お忙しいところ、私の記者会見に来ていただきまして、ありがとうございます。パリの新聞社襲撃事件で多数の記者たちが亡くなったことに、本当にショックを受けています。1987年5月には私の同期の小尻知博記者が支局を襲撃されて殺される事件がありました。同じジャーナリストとして、こうした暴力には絶対に屈してはいけないと改めて思いました。


私が非常勤講師として勤めている北星学園大学にも昨日また、脅迫状が送られてきました。匿名性に隠れた卑劣な脅迫行為は、絶対に許すことができないと思います。なぜ、北星学園大学に脅迫状がくるかというと、私がそこに勤務しているからであります。去年、週刊文春の記事で、私が「捏造記者だ」というレッテル貼りをされました。それで、まったく私の記事とは関係ない大学にまで、こうした脅迫行為がおこなわれています。


私は訴訟準備のために東京にいて、大学には行っていなかったのですが、私のために大学が脅迫にさらされることに心が痛みます。本日、週刊文春を発行する文藝春秋および、その週刊誌にコメントを発表した東京基督教大学の西岡力氏の両名を名誉毀損の被告として、裁判を起こしました。私は私の人権、私の家族の人権、家族の友人の人権、勤務先の北星学園大学の安全を守るために、この訴訟を起こしました。


私は24年前の大阪社会部時代に、慰安婦と名乗りでた韓国のおばあさんのつらい体験の記事を署名入りで2本書きました。この記事が原因で、23年間ずっとバッシングを受けています。この記事で私が存在を報じたのは金学順さんという人で、韓国でカミングアウトした第1号の慰安婦です。彼女の勇気のある証言で、慰安婦の生の証言が世界に伝わって、たくさんの被害者が名乗り出るようなりました。そういう意味では、慰安婦問題が世界に知られるようになった証言者第1号のおばあさんでした。


1年前の週刊文春(2月6日号)の記事に、1991年8月の記事が批判的に紹介されました。この見出しを見ていただければわかりますが、「慰安婦捏造 朝日新聞記者がお嬢様女子大学の教授に」とあります。


西岡氏はこの週刊誌のコメントで、私の記事に対して、「強制連行があったかのように記事を書いており、捏造記事と言っても過言ではない」とコメントしています。


(私の記事では)本文2段落目に、「女性の話によると、中国東北部で生まれ、17歳のときにだまされて慰安婦にされた」と書いてます。そこには触れないで、(西岡氏は)「強制連行があったかのように書いており、捏造」としています。これはフェアではないと思います。


私の記事はリードで「女子挺身隊」という言葉を使いました。当時、韓国では慰安婦のことを女子挺身隊、あるいは挺身隊という言葉で表現していました。しかし、西岡氏は1992年4月の文藝春秋で、「重大な事実誤認」と批判していました。その当時、西岡氏は、「朝日に限らず日本のどの新聞も、金さんが連行されたプロセスを詳しく報じず、大多数の日本人は、当時の日本当局が権力を使って金さんを慰安婦としてしまったと受け止めてしまった」と書いています。


しかし、その後は、私だけを狙い撃ちにして批判しています。98年頃から、批判が「捏造」という言葉に変わりました。同じ1991年の記事に対して、評価を変えてしまっているのです。フレームアップだと思います。結局、その流れで、去年の2月の週刊文春の記事は私を「捏造記者」とレッテル貼りしました。これはフレームアップの延長線上だと思います。


この記事が原因で、私の転職先の神戸の女子大学にいやがらせのメール、電話が多数殺到しました。そして私がいま勤務している北星学園大学にはさらに多くの抗議のメールや電話がくるようになりました。抗議電話の一部は、インターネット上に公開されて、さらに憎悪が煽られています。


標的は大学だけではありません。私の家族、娘にまで及びました。娘の写真がインターネット上にさらされ、誹謗中傷が書き連ねられています。たとえば、「こいつの父親のせいで、どれだけの日本人が苦労したことか。おやじが超絶反日活動で、贅沢三昧に育ったのだろう。自殺するまで追い込むしかない」。私のパートナーは韓国人です。つまり、私の娘は父親が日本人で、母親が韓国人なのです。娘に対してヘイトスピーチのような、コリアンを差別するようなコメントも書かれています。


週刊文春の「捏造」というレッテル貼り、そして西岡氏の言説が、結果的にこうした状況を引き起こしたのだと思います。私は言論の場でも手記を発表して反論しています。それだけではなく、法廷でも捏造記者ではないことを認めていただこうと思っています。


私は「捏造記者」ではありません。不当なバッシングに屈するわけにはいかないのです。


              ◇


<慰安婦報道>元朝日新聞記者 文春と西岡教授を提訴
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150109-00000055-mai-soci
毎日新聞 1月9日(金)17時32分配信


 従軍慰安婦報道に関わった元朝日新聞記者の植村隆氏(56)が9日、記事を捏造(ねつぞう)したと報じられ名誉を傷つけられたとして、文芸春秋と西岡力・東京基督教大教授に1650万円の賠償などを求める訴訟を東京地裁に起こした。弁護団は同様の報道を順次提訴するといい、「中傷を完全に打ち消す」としている。


 訴状によると、文芸春秋は週刊文春の昨年2月6日号と8月14・21日号で、西岡氏は書籍や雑誌で、植村氏が執筆した記事を「捏造と言っても過言ではない」などと報じた。「いわれなき中傷を流布され、家族を含め激しい迫害を受けている」と主張している。


 植村氏は提訴後に記者会見し「不当なバッシングには屈しない」などと話した。


 週刊文春編集部は「記事には十分な自信を持っている」、西岡氏は「私が書いていることは、憲法が保障する言論の自由の中だと思っている」とコメントした。【山本将克】

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櫻井よしこに続き西岡力も「捏造」を法廷で白状! 安倍応援団や右派の朝日・慰安婦報道叩きのデタラメが次々露呈
https://lite-ra.com/2018/10/post-4323.html

2018.10.20 櫻井よしこ、西岡力、文春…朝日・慰安婦報道叩きのデタラメが次々露呈 リテラ

    
    『真実 私は「捏造記者」ではない』(岩波書店)
https://www.amazon.co.jp/%E7%9C%9F%E5%AE%9F-%E7%A7%81%E3%81%AF%E3%80%8C%E6%8D%8F%E9%80%A0%E8%A8%98%E8%80%85%E3%80%8D%E3%81%A7%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%84-%E6%A4%8D%E6%9D%91-%E9%9A%86/dp/4000610945/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1540096531&sr=1-1&keywords=%E7%9C%9F%E5%AE%9F+%E7%A7%81%E3%81%AF+%E6%8D%8F%E9%80%A0%E8%A8%98%E8%80%85+%E3%81%A7%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%84


「慰安婦問題は朝日新聞が捏造した」という右派のおきまりのフレーズが、まさに自らに突き刺さる事態となっている。元朝日新聞記者の植村隆氏が提訴した裁判で、植村氏を「捏造記者」などと攻撃した極右言論人たちの嘘とでっち上げが、次々と白日のもとに晒されているのだ。

 念のため振り返っておくと、植村氏は、2014年に朝日新聞がいわゆる「吉田清治証言」に関する従軍慰安婦関連の記事を取り消した問題で、右派メディアやネット右翼たちからスケープゴートにされた記者だ。植村氏は朝日が虚偽だと認めた「吉田証言」とは無関係だが、過去に従軍慰安婦の記事を2度執筆しており、その内容が「事実上の人身売買であるのに強制連行されたと書いた」などとして、右派から「植村は捏造記者だ」と総攻撃を受けた。

 しかし、植村氏はその後、自分への攻撃の多くが根拠のないことをひとつひとつ実証的に反論し、極右言論人と出版社を相手取って複数の裁判を起こした。そのひとつが、櫻井よしこ氏と櫻井氏の原稿を掲載したワック、新潮社、ダイヤモンド社を相手取った札幌地裁の名誉毀損裁判である。当時、本サイトでも詳しく伝えたように、今年3月の口頭弁論では、櫻井氏が本人尋問にて、植村氏を「捏造記者」と書いた根拠に関する重要な事実関係の間違いを認めている。

 そして今秋、慰安婦否定論の急先鋒で“安倍晋三のブレーン”のひとりといわれる西岡力氏と、「週刊文春」の版元・文藝春秋を訴えた東京地裁の法廷でも、たて続けに連中の悪質なウソと捏造が暴かれた。いい機会なので丁寧に解説しておこう。

 そもそも、一連の“植村バッシング”に火をつけたのは、「週刊文春」2014年2月6月号の記事「“慰安婦捏造”朝日新聞記者がお嬢様女子大学教授に」だ。この記事が大きくネットで拡散され、植村氏が同年4月から教壇に立つ予定だった神戸松蔭女子学院大学に「なぜこんな者を教授にするのか」「辞めさせろ」などの大量の電話や約250通ものメールが殺到。植村氏自身も著書『真実 私は「捏造記者」ではない』(岩波書店)のなかで〈私の人生が大きく狂うことになった〉と記しているように、結果、大学側は就任前に植村氏の内定を取り消してしまった。さらに、記者時代から非常勤講師を務めていた北星学園大学にも「なぶり殺しにしてやる」などの脅迫が殺到し、本人だけでなく娘にも殺害予告が送られる事態に発展した。

 実は、この問題の文春記事のタイトルの元になったのが、掲載された西岡氏(当時・東京基督教大学教授)のコメントだった。

「植村記者の記事には、『挺身隊の名で戦場に連行され』とありますが、挺身隊とは軍需工場などに勤労動員する組織で慰安婦とは全く関係がありません。しかも、このとき名乗り出た女性は親に身売りされて慰安婦になったと訴状に書き、韓国紙の取材にもそう答えている。植村氏はそうした事実に触れずに強制連行があったかのように記事を書いており、捏造記事といっても過言ではありません」(「週刊文春」2014年2月6日号)

 この西岡氏のコメントは、札幌地裁、東京地裁両裁判の重要な争点と重なっている。西岡氏はほかにも「植村記者が記事で言及した女性は日本軍に強制連行されたのではなく、親に身売りされて慰安婦になっていたのです」(「週刊文春」2014年3月13日号)などと、繰り返し断じてきた。

■朝日・慰安婦報道を「捏造」と攻撃し続けた西岡力のほうが捏造していた!

 西岡氏が「捏造記事」と言いふらしているのは、朝日新聞1991年8月11日大阪朝刊に掲載された植村氏の署名記事「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口を開く」だ。挺身隊問題対策協議委員会(挺対協)が、元慰安婦の金学順さんに聞き取りをしたテープ等を元に、〈「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」〉の生存などを報じたもので、その後、金学順さんは日本国を相手に集団提訴に踏み切った。

 西岡氏の言う「このとき名乗り出た女性」は金学順さんを指し、「親に身売りされて慰安婦になったと訴状に書き」がこの提訴時の訴状のこと。「韓国紙の取材にもそう答えているというのはハンギョレ新聞の記事のことだ。

 その後も西岡氏は著書などで、ハンギョレ新聞を根拠として「金学順は40円でキーセンとして売られた」という趣旨の主張を続けてきた。いわゆる“慰安婦たちは日本軍に強制連行されたのではなく、キーセンとして合法的に売られた”という「人身売買説」である。

 ところが、だ。実際には、訴状のなかに「親に身売りされて慰安婦になった」などという記述はまったく存在しなかった。さらに「韓国紙で金氏が40円で売られたと話している」という根拠も、なんと西岡氏が“捏造”したものだったことが裁判のなかで判明したのだ。

「週刊金曜日」2018年9月29日号に掲載された、水野孝昭・神田外語大学教授によるレポートによれば、原告弁護団から訴状に「親に身売りされた」との記載がなかったことを追及された西岡氏は、「記憶違いだった」と虚偽を認めた。

 また、ハンギョレ新聞の記事は西岡氏自身も翻訳しているのだが、原告側弁護士が記事原文とそれを引用した西岡氏の著書の初版を比較。「私は四〇円で売られてキーセンの修行を何年かして、その後、日本の軍隊のあるところの行きました」という西岡氏の翻訳について、この記述は原文にはないと追及すると、西岡氏は「ありません。間違いですね」を認めたというのだ。「週刊金曜日」は、その9月5日東京地裁での本人尋問の一部をこう伝えている。

 弁護士「いかにも本人の発言であるかのような、この文章はどこから持ってきたのですか」

 西岡氏「覚えていないですね。まずいですね」

 弁護士「まずいですよね。これは記事の引用ですか? 元の文書がどこかにないとおかしいですね?」

 西岡氏「おかしいですね」

 弁護士「それとも月刊『宝石』の記事をもとにして、あなたが勝手に作って書き足した言葉ですか?」

 西岡氏「うーん、覚えてないですね。これ間違いですね」

■西岡力・櫻井よしこが根拠として提出した記事に、強制連行を裏付ける記述が

「まずいですね」で済む問題ではない。もはや“捏造”どころか、西岡氏による「創作」というべきだろう。なお、西岡氏と原告側弁護士とのやりとりに出てくる「月刊『宝石』の記事」というのは、ジャーナリスト・臼杵敬子氏が同誌1992年2月号に寄せたもので、そのなかには金学順さんの証言が掲載されている。西岡氏はこの記事を証拠のひとつとして裁判に提出しているのだが、むしろ「宝石」記事には、金学順さんが強制連行されたことを裏付ける証言が掲載されていた。

〈着いたところは満州のどこかの駅でした。サーベルを下げた日本人将校二人と三人の部下が待っていて、やがて将校と養父との間で喧嘩が始まり「おかしいな」と思っていると養父は将校たちに刀で脅され、土下座させられたあと、どこかに連れ去られてしまったのです。
 私とエミ子は、北京に連れて行かれ、そこからは軍用トラックで、着いたところが「北支のカッカ県テッペキチン」(鉄壁鎭)だったと記憶しています。中国人の赤煉瓦の家を改造した家です。一九四〇年春ごろでした。〉(「宝石」での学順さんの証言)

「養父」というのはキーセン学校の経営者のことだが、日本人将校がその養父を暴力で脅して排除。金学順さんは日本軍のトラックで連れて行かれたという証言だ。前述のハンギョレ新聞も“養父は日本軍による武力で私を奪われた”と同じ趣旨を学順さんの発言として報じている。つまり、西岡氏はどこにも書かれていない「親に身売りされて慰安婦になった」というくだりをでっち上げただけでなく、こうした日本軍による強制性を裏付ける証言を意図的に無視してきたのだ。

 それだけではない。西岡氏はいたるところで“挺身隊は慰安婦とは関係なく植村氏の虚偽である”と主張しているが、そもそも事実として、金学順さん本人が1991年8月14日の会見で「挺身隊」という言葉を用いている。また、当時の社会認識として、韓国メディアも日本メディアも「女子挺身隊」と「慰安婦」は同じものだという前提で記事を書いており、これは1991年9月3日付産経新聞大阪本社版にも〈「挺身隊」の名のもとに、従軍慰安婦として狩りだされた〉と表現しているとおり。端的に言って西岡氏の誤りだ。

 西岡氏は〈自分で、キーセンに売られたと話している老女を「挺身隊として強制連行された慰安婦」として、平気でウソを書く新聞記者〉(『増補新版 よくわかる慰安婦問題』草思社)と植村氏を攻撃するが、「平気でウソ」をつくとは、まさに西岡氏のことではないのか。

 ようは、植村氏を「捏造記者」呼ばわりして攻撃し、殺害予告まで起きたバッシングを扇動した西岡氏のほうが、実は、証言や資料を捻じ曲げ、あろうことか「慰安婦の強制連行はなかった」という右派の“願望”にそうよう捏造までしていたのである。

 前述したもう一つの裁判、札幌地裁の法廷での櫻井よしこ氏の虚偽判明も、西岡氏のデタラメとよく似た同じ構造をしている(詳しくは本サイトの過去記事を参照https://lite-ra.com/2018/04/post-3921.html)。いずれにしても、こうしたデタラメな言説を繰り返された結果、植村氏は不当にも“血祭り”にあげられてしまったのだが、その責任は西岡氏や櫻井氏らだけにあるのではない。極右言論人にまる乗りしてバッシングキャンペーンを張った「週刊文春」などのメディアもまた同罪だろう。

■文春で植村バッシング記事を手がけたのは、官邸に近いあの記者だった!

 実は、9月5日の東京地裁では、もうひとつの興味深いことがあった。それは、証人尋問に、前述の“植村バッシング”に火をつけた「週刊文春」2014年2月6日号の記事を手がけた記者が立ったことだ。その元文春記者とは、あの竹中明洋氏である。

 あの、と言っても、すぐにはピンとこないかもしれない。竹中氏はもともと、NHK記者などを経て「週刊文春」の契約記者に転身。本サイトでも取り上げてきた「週刊文春」の“沖縄バッシング”記事の多くに関わってきたとされるが、2016年に別名でライバル誌である「週刊新潮」に密かに寄稿。これが文春側にバレて契約解除となって以降は、フリージャーナリストとして活動中だ。

 昨年出版した著書『沖縄を売った男』(扶桑社)の帯には菅義偉官房長官のコメントが写真付きで飾られ、自民党青年局の定例昼食会で講演するなど、竹中氏は安倍官邸・自民党との距離が極めて近い。先日の沖縄知事選では、自民公明などが推薦する佐喜真淳陣営の一員に加わっていたことも取りざたされた。

 9月5日の口頭弁論では、その竹中氏が、問題の文春記事を取材・執筆した記者として証言台にあがった。「週刊金曜日」9月28日号の中町広志氏によるレポートによれば、原告側弁護士から取材の経緯や狙い、反響について聞かれた竹中氏は、詳細については「覚えていない」と発言。裁判長らから当該記事以前の慰安婦問題の取材歴について質問されると「記憶の限りでは、ありません」と答えたという。

 しかし、竹中氏の取材には様々な点で問題が指摘されている。竹中氏は記事を書くにあたって、2014年1月に神戸松蔭女子学院大に電話で質問したという。だが、植村氏が前掲の著書『真実』で明かすところによれば、竹中氏は「植村さんは捏造記事を書いた人ですよ」などと大学側に語っていた。さらにメールでは、植村氏の記事が〈重大な誤り〉〈意図的な捏造〉〈日本の国際イメージを大きく損なった〉などと指摘されているとしたうえで、〈貴大学は採用にあたってこのような事情を考慮されたのでしょうか〉などと連ねてあったという。

 前述した「週刊金曜日」によると、法廷で電話の真意について尋ねられた竹中氏は「記憶にない」と答えたというが、植村氏によれば、竹中氏は同年8月には北星学園にも質問状を送付。やはり〈大学教員としての適性には問題ないとお考えでしょうか〉などとしていた。結果的として松蔭女子学院大は植村氏の教授内定を取り消してしまったように、これでは取材というよりも、ほとんど「圧力行為」や「恫喝」と受け取られてもしかたがあるまい。

 いずれにしても、植村氏が桜井氏らと西岡氏らを提訴したふたつの裁判は、「従軍慰安婦は朝日の捏造だ」とがなりたてる極右界隈のデタラメと捏造を満天下に知らしめた。しかし、こうした連中の卑劣な実態を報じるメディアは少なく、朝日さえもいまだに一連のバッシングで萎縮している状況だ。札幌地裁のほうはいよいよ11月9日に判決が下る。マスコミは、いまこそ真実を伝えるべきである。

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朝日新聞の慰安婦報道を「捏造」と糾弾していた櫻井よしこの「捏造」が裁判で明らかに!2018.04.02.
https://lite-ra.com/2018/04/post-3921.html

本サイトで連日お伝えしているように、朝日新聞のスクープによる公文書改ざん問題の直撃を受けて、安倍応援団メディアや極右御用評論家のトンデモぶりが次々明らかになっている。周知の通り、連中は事あるごとに「森友問題は朝日のフェイク」「捏造報道の朝日は廃刊せよ」などとがなりたててきたわけだが、改ざんが事実であることが発覚して“捏造”“フェイク”が自分たちであることを満天下に知らしめてしまったのだ。

 しかし、実はこうした構図は森友文書改ざんだけではない。まさに安倍応援団と極右論壇が「捏造」「国賊」と叫んで一斉に攻撃していた朝日新聞の慰安婦報道をめぐる裁判で重鎮・櫻井よしこ氏の嘘とインチキが明らかになった。

 この裁判というのは、元朝日新聞記者・植村隆氏が起こした裁判。周知のように、植村記者は、2014年、朝日新聞が「吉田証言」に関する従軍慰安婦関連の記事を取り消した問題で、右派メディアやネット右翼たちからスケープゴートにされた記者だ。植村氏は朝日が虚偽だと認めた「吉田証言」とは無関係だが、過去に従軍慰安婦の記事を2度執筆しており、その内容が「事実上の人身売買であるのに強制連行されたと書いた」などとして、右派から「植村は捏造記者だ!」と総攻撃を受けた。そして、非常勤講師を務めている北星学園には脅迫が殺到、さらに本人だけでなく娘にも殺害予告が届くなど、“リンチ”とも呼べる状況が続いたのである。

 しかし、その後、植村記者は反撃に転じた。自分の身に降りかかった攻撃の多くが根拠のないことをひとつひとつ実証的に反論し、「捏造記者」などと攻撃した極右言論人と出版社に対し、裁判を起こしたのだ。

 今回の裁判はそのひとつで、櫻井よしこ氏と、櫻井氏の原稿を掲載した「WiLL」の発行元ワック、新潮社、ダイヤモンド社を相手取って、札幌地裁に名誉毀損の損害賠償を請求する訴訟を起こしたものだ。

 たしかに、これらのメディアで櫻井氏は植村氏のことを「捏造記者」と誹謗中傷していた。たとえば、「WiLL」(ワック)2014年4月号の「朝日は日本の進路を誤らせる」なるタイトルの記事では、〈朝日新聞が日本国民と日本国に対して犯した罪のなかで最も許し難いものは、慰安婦問題の捏造〉〈日本人による「従軍慰安婦」捏造記事〉〈日本を怨み、憎んでいるかのような、日本人によるその捏造記事〉として植村氏を名指しして書き連ねている。

 ところが、3月23日に開かれた第11回口頭弁論、被告の櫻井氏の本人尋問で、その根拠がまったくのデタラメであることが暴かれてしまったのだ。どうしようもなくなった櫻井氏が全面的に自らの誤りを認める場面もあった。

自ら誤りを認めた後も、訂正することなく植村記者攻撃を続ける櫻井よしこ


 櫻井氏が、「捏造」と攻撃したのは、朝日新聞1991年8月11日付大阪朝刊に掲載された「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀重い口を開く」と題する植村氏の署名記事など。挺身隊問題対策協議委員会(挺対協)が金学順さんに聞き取りをした証言テープ等を元に、〈「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」〉の生存などを報じたものである。報道の3日後、金学順さんは実名で記者会見をし、同年12月には日本国を相手に集団提訴。植村氏は弁護士らの元慰安婦からの聞き取り調査に同行し、同12月25日に金学順さんの証言を記事にした。

 ところが、櫻井氏は金学順さんが東京地検に提訴した訴状のことをもちだして、前出の「WiLL」記事のなかで、こう書いていた。

〈訴状には、十四歳のとき、継父によって四十円で売られたこと、三年後、十七歳のとき、再び継父によって北支の鉄壁鎭という所に連れて行かれて慰安婦にさせられた経緯などが書かれている。
 植村氏は、彼女が継父によって人身売買されたという重要な点を報じなかっただけでなく、慰安婦とはなんの関係もない「女子挺身隊」と結びつけて報じた。〉

 つまり、櫻井氏がいう「捏造」の根拠のひとつは「訴状には金学順さんが継父によって40円で売られ、さらに再び継父によって連れられて慰安婦にさせられた、という記述があるのに、植村氏はこれを無視するという意図的な捏造報道を行った」というものだ。

 ところが、実際の訴状には、櫻井氏がいう「継父によって四十円で売られた」なる記述は、そもそも存在していなかった。つまり、櫻井氏のほうが訴状にないことを“捏造”して、植村氏に対し「捏造記者」などという攻撃を繰り返していたのである。

 実は、この点は、2016年4月22日の第一回口頭弁論でも植村氏側が指摘しており、櫻井氏はその後の記者会見で「訴状にそれが書かれていなかったということについては率直に私は改めたいと思いますが」(産経ニュース「櫻井よしこ氏会見詳報(2)」より)と、訂正する旨の発言をしていた。だが、これ以降も、櫻井氏は一向に反省した様子はなく、「WiLL」16年7月号は櫻井氏の意見陳述全文を掲載し、「恥なき朝日と植村元記者へ」なるタイトルまでつけて、植村氏を攻撃していた。

 しかし、今回の尋問で、植村氏側の弁護士から改めて「継父によって四十円で売られた」という記述が訴状にないことを追及され、櫻井氏はそのことを法廷で認めざるをえなかった。

 しかも、櫻井氏への反対尋問では、さらに杜撰な実態が露呈した。櫻井氏は植村氏側弁護士から「継父によって四十円で売られたという話の根拠はなんなのか」と問い詰められ、1992年2月の月刊「宝石」(休刊/光文社)の記事からの引用の間違いだったと釈明した。その「宝石」記事はジャーナリストの臼杵敬子氏によるもので、金学順さんの証言が掲載されている。

 ところが、である。実は「宝石」記事の金学順さんへのインタビューにも、やはり「継父によって四十円で売られた」「十七歳のとき、再び継父によって北支の鉄壁鎭という所に連れて行かれて慰安婦にさせられた」なる記述は、どこにもないのである。


櫻井よしこが根拠と主張した記事には、強制連行を裏付ける記述が!


 まず、「宝石」記事にある金学順さんの証言によると、学順さんが14歳の時、母親が再婚したが〈私は新しい父を好きになれ〉なかったとして、こう振り返っている。

〈その後、平壌にあった妓生専門学校の経営者に四十円で売られ、養女として踊り、楽器などを徹底的に仕込まれたのです。

 ところが、十七歳のとき、養父は「稼ぎにいくぞ」と、私と同僚の「エミ子」を連れて汽車に乗ったのです。〉

 学順さんがいう「養父」とは「妓生専門学校の経営者」のことであって、「継父」(=「新しい父」)ではない。また、金学順さんは挺対協の聞き取りに対しても〈母は私を、妓生を養成する家の養女に出しました〉〈それから母は養父から四十円をもらい、何年かの契約で私をその家に置いて行ったと記憶しています〉(『証言 強制連行された朝鮮人軍慰安婦たち』明石書店)と、同じような証言をしている。よしんば、櫻井氏が「養父」と「継父」を勘違いしたとしても(それも致命的なミスであることに変わりはないが)記述と言い逃れとのペテン的矛盾は明らかだろう。

 しかもきわめつけは、櫻井氏が出典だとする「宝石」記事では、上の引用部の直後に、むしろ強制連行を裏付ける記述が続いていることだ。

〈着いたところは満州のどこかの駅でした。サーベルを下げた日本人将校二人と三人の部下が待っていて、やがて将校と養父との間で喧嘩が始まり「おかしいな」と思っていると養父は将校たちに刀で脅され、土下座させられたあと、どこかに連れ去られてしまったのです。

 私とエミ子は、北京に連れて行かれ、そこからは軍用トラックで、着いたところが「北支のカッカ県テッペキチン」(鉄壁鎭)だったと記憶しています。中国人の赤煉瓦の家を改造した家です。一九四〇年春ごろでした。〉(「宝石」での学順さんの証言)

 つまり、養父は学順さんを「四十円で売った」とはどこにも書かれておらず、逆に日本人将校らに暴力で脅されて土下座までして、その場から排除されたという証言である。そして、金学順さんは日本軍のトラックで鉄壁鎭に連れて行かれたというのだ。

 すなわち、櫻井氏がいう〈十四歳のとき、継父によって四十円で売られ〉〈十七歳のとき、再び継父によって北支の鉄壁鎭という所に連れて行かれて慰安婦にさせられ〉〈継父によって人身売買された〉なる主張は「宝石」記事からはまったく読み取ることが不可能なデタラメであり、逆に、本当にこの証言を出典としたのならば、櫻井氏はわざと日本軍による強制連行をネグったことになる。

 ようするに、櫻井氏は、訴状に書かれていないことを「捏造」しておいて、出典を間違えたという言い訳でも自分に都合の悪い「重要な部分」を外していた。にもかかわらず、植村氏を「捏造記者」呼ばわりし、メディアで何度も言いふらして攻撃した。デタラメとしか言いようがない。


嘘だらけ!櫻井よしこは、福島瑞穂と架空の会話をでっちあげた過去も


 櫻井氏のペテンの暴露はまだある。櫻井氏は、学順さんが自らを「挺身隊」とは称していないと主張し、植村氏の「捏造」だと主張した。ところが、91年8月14日の会見では、学順さんは実際に「挺身隊」と言っていたのだ。

 裁判を傍聴していたジャーナリストの安田浩一氏がネット番組『NO HATE TV』(3月28日放送)で、この部分についての櫻井氏と植村氏側弁護士のやりとりをこう紹介している。

「これは韓国各紙がきちんと報じている。弁護士は、韓国各紙の翻訳を一つ一つ櫻井さんに見せて、これは認めますね、とやっていった。櫻井さんはしょんぼりと、はい「認めます」「認めます」というかたちで認めた。自らの調査、取材のいい加減さ、あるいは認識の甘さというものは、全部、法廷でもって明らかになったわけです」

 さらに、原告弁護士は反対尋問の終わりに、櫻井氏の別の捏造事件についても質問していた。本サイトでも以前取り上げたことがあるが、櫻井氏が1996年の講演会で、まだ国会議員になる前の福島瑞穂氏について、本人が言ってもいないことを「捏造」して吹聴していたのだ。

 月刊誌「創」(創出版)1997年4月号で福島氏本人がこう明かしている。

〈1996年12月上旬頃、桜井さんから電話がかかってきた。「福島さんに対して実に申し訳ないことをしました。講演をしたときに、うっかり口がすべって『従軍慰安婦の問題について福島さんももう少し勉強をしたらどうですか』と言ってしまったのです。本当に申し訳ありませんでした」といった内容の謝罪の電話であった。12月29日ごろ、講演録の冊子を見て心底驚いた。

「私は福島さんを多少知っているものですから、あなたすごく無責任なことをしているんではないですか、というふうに言いました。せめてこの本を読み、せめて秦郁彦さんの研究なさった本を読み、済州新聞を読み、そして秦郁彦さんなどの歴史研究家の従軍慰安婦の資料を読んでからお決めになったらどうだろう、吉田清治さんの本を証拠として使うこと自体がおかしいのではないかと言ったら、ウウンまあ、ちょっといろいろ勉強してみるけど──というふうにおっしゃってましたけれども……」となっているのである。
 講演や話し言葉のなかで、うっかり口がすべったり、不確かなことをしゃべってしまうことはもちろんある。しかし、この講演で話されている私との会話は、全く存在しない架空の虚偽のものである。〉

 ようするに、櫻井氏は論敵である福島氏との虚偽の会話をでっちあげ、さも自分が言い負かしたかのように語っていたのである。安田氏は、この“発言捏造事件”について原告弁護士が櫻井氏を追及したときの光景をこう伝えている。

「ここで弁護士がとどめの一言を言うんです。『あなたが言っていることはまるっきり嘘ではないですか』と、そう指摘したわけです。櫻井さんはなんと答えたかというと、『朝日が書いたことも嘘でしょ』。ここで尋問終わりです(笑)」

 この開き直りかた……。もはや唖然とするレベルだが、いずれにせよ、司法の場で明らかにされたのは、植村氏と朝日新聞を「捏造」と散々攻撃してきた櫻井氏のほうが実は「捏造」を犯していたという事実だ。結審は7月の予定だが、現段階で完全に「勝負あり」と言って差し支えないだろう。


「日本軍が慰安婦を強制連行」と書き広めたのは、朝日ではなく産経新聞


 しかし、忘れてはならないのは、こうしたペテンを駆使して植村氏や朝日を攻撃、「慰安婦問題は朝日の捏造」という印象操作をしかけてきたのは、櫻井氏だけではないということだ。たとえば、この裁判でも櫻井氏側は懲りずに「植村氏は挺身隊と慰安婦を意図的に混同させた」などとがなりたてているが、安田氏も指摘しているように、当時は韓国メディアも市民も慰安婦のことを挺身隊と言って、日本のメディアも一様に「挺身隊の名で連行された」と慰安婦について説明していた。

 この点について本サイトでも過去に検証したことがある。いい機会なので繰り返しておくが、当時の新聞各紙を見てみると、産経を含む朝日以外も「女子挺身隊」「慰安婦」は同じものだという前提で記事が書かれていた。たとえば1991年9月3日付産経新聞大阪本社版には〈「挺身隊」の名のもとに、従軍慰安婦として狩りだされた〉と、ほとんど植村氏の記事と同じ表現が使われている。これは産経が「誤報」をしていたという意味ではなく、当時の社会認識として「挺身隊」と「慰安婦」が混同されていたということを意味する。

 それどころか、当時の産経は金学順さんについて「日本軍によって強制連行された」と、確認できただけで最低2回、ハッキリとそう書いているのだ。うちのひとつ、1993年8月31日付の産経新聞大阪本社版の記事を紹介しよう。

〈太平洋戦争が始まった1941(昭和16)年ごろ、金さんは日本軍の目を逃れるため、養父と義姉の3人で暮らしていた中国・北京で強制連行された。17歳の時だ。食堂で食事をしようとした3人に、長い刀を背負った日本人将校が近づいた。「お前たちは朝鮮人か。スパイだろう」。そう言って、まず養父を連行。金さんらを無理やり軍用トラックに押し込んで一晩中、車を走らせた〉

 ちなみに植村氏の記事では、「強制連行」という言葉はひとつも出てこない。ようは、「日本軍によって強制連行された」というフレーズは、朝日ではなく産経が広めたものだったのである。

 ところが、産経はこうした自社の記事をチェックすることなく、朝日新聞、とりわけ植村氏を“慰安婦問題のスケープゴート”に仕立て上げ、櫻井氏ら極右界隈で一丸となって植村氏を血祭りにあげたのだ。

 そして、冒頭に触れたように、朝日バッシングで勢いづいた極右界隈は、「慰安婦大誤報を犯した朝日は信頼できない」「フェイク新聞」などと繰り返し叫び立てることで、慰安婦の存在自体はもちろん、ありとあらゆる朝日報道が虚報であるかのごとく印象操作を続けた。

 その意味では、今回、植村氏が起こした裁判で明らかになったのは、櫻井よしこという“極右の女神”の信じられないようなペテンとデタラメだけではない。極右界隈が事実を簡単に捏造し、自分たちに不都合な事実を覆い隠し、さらにそこに安倍首相ら極右政治家がのっかって、朝日新聞というメディアと植村氏を潰しにかかった。その民主主義国家とは到底思えないグロテスクさが、あらためて、白日のもとにさらされたと言っていいだろう。

〈私は「捏造記者」ではない。これからも、闘っていく。決して屈しない。〉

 植村氏は2016年の著書『真実』(岩波書店)の最後に、あらためてこう決意を示していた。判決を待ちたい。

(編集部)

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2018年3月25日 札幌第11回■詳報
櫻井よしこ氏が自身のウソを認める!
「捏造決めつけ」記述にも重大な誤り
http://sasaerukai.blogspot.com/2018/03/11_25.html

札幌訴訟の第11回口頭弁論が3月23日、札幌地裁で開かれ、原告植村隆氏、被告櫻井よしこ氏に対する長時間の本人尋問があった。

この尋問で、櫻井氏は、いくつかの記述に誤りがあることを認めた。この記述は捏造決めつけの根拠となるものであるため、植村氏に対する誹謗中傷が根も葉もないものであることがはっきりした。櫻井氏本人がウソを認めたことにより、櫻井氏の根拠は大きく揺らぎ、崩れた。櫻井氏はその一部については、訂正を約束した。

傍聴券交付に252人の列

尋問は午前10時30分から、植村氏、櫻井氏の順で行われ、午後5時前に終了した。両氏が法廷内で向かい合うのは第1回口頭弁論(2016年4月)以来2年ぶり。裁判大詰めの場面での直接対決となり、傍聴希望者は最多記録の252人。抽選のために並んだ列は地裁1階の会議室からあふれて廊下、エレベーターホールへと伸びていた。63枚の傍聴券に対する当選倍率は4.0倍となった。関東や関西、九州から前日に札幌入りした植村支援者もこれまた最多の20人ほど。一方で、櫻井氏側の動員によると思われる人たちの姿もいつになく目立った。

満席となった805号法廷は、開廷前から熱気とともに緊迫した空気に包まれた。弁護団席に、植村氏側は34人が着席した。東京訴訟弁護団からは神原元・事務局長ほか6人も加わっていた。櫻井氏側はいつもと同じ7人と新たに2人の計9人。いつもは空席が目立つ記者席は15席すべてが埋まった。傍聴席最前列の特別傍聴席には、ジャーナリスト安田浩一氏、哲学者能川元一氏のほか、新潮社やワックの関係者の姿もあった。

午前10時32分、開廷。裁判長が証拠類の採否を告げた後、植村氏に証言台で宣誓をするように促し、尋問が始まった。尋問の前半は植村氏、後半は櫻井氏。自身の弁護団に答える主尋問、相手側からの質問に答える反対尋問という順で行われ、重要な争点についての考えが明らかにされた。この中で、櫻井氏のこれまでの言説には重大な誤りや虚偽があることがはっきりした。

植村氏の尋問

植村氏は、1991年当時の記事執筆の経緯と、捏造決めつけ攻撃による被害の実態を詳しく説明した(別掲・陳述書要約を参照)。質問は植村弁護団若手の成田悠葵、桝井妙子両弁護士が行った。主尋問は淡々と進み、予定の1時間で終わって昼休みに入った。

午後1時再開。植村氏への反対尋問が始まった。質問したのは、浅倉隆顕(ダイヤモンド社)、安田修(ワック)、野中信敬(同)、林いづみ(櫻井氏代理人)、高池勝彦(同)の5弁護士。尋問は1時間40分にわたった。質問が集中したのは、植村氏が記事の前文で「挺身隊」「連行」という用語を使ったこと、また、本文でキーセン学校の経歴を書かなかったことについてだった。このほかに、記事執筆の開始・終了時間や、慰安婦関連書籍の読書歴、関連記事のスクラップの仕方など、争点とは直接関連のない質問も繰り返された。


植村氏は終始ていねいに答えたが、「吉田証言」についてのやりとりで、怒りを爆発させる場面もあった。

朝日新聞社は1997年に「吉田清治証言」(済州島で「慰安婦」を狩り出したとの証言)について調査チームを作り、検証作業を行った。当時ソウル特派員だった植村氏もチームに加わり、済州島での調査結果メモを提出した。安田弁護士はそのメモについて、2014年に朝日新聞の慰安婦報道を検証した第三者委員会の報告書は「あなたの調査はずさん、という表現をしている」と言った。ところが同報告書には植村メモについて「徹底的な調査ではなかったようである」と書かれているものの、「ずさん」という表現は一切ない。

植村氏は、「名誉棄損裁判の法廷で名誉棄損発言をするのですか」と激しく抗議した。安田弁護士は植村氏の剣幕に圧されて「怒らないで下さい、謝ります」と述べ、そのまま尋問を終えてしまった。廷内のあちこちから失笑と溜息が聞こえてきた。


主任弁護人格の高池弁護士はこれまでの弁論ではほとんど発言しなかったが、今回は質問に立った。しかし、慰安婦問題や植村氏の記事について深く踏み込んだ質問はなかった。意外だったのは、植村氏が朝日新聞を早期退職して大学教授を志した理由や、植村氏が東京と札幌で提訴したことなど、訴訟の基本的な情報についての質問だった。植村氏が、自由な立場で研究と著作活動ができる場として大学教授の道を選んだこと、バッシング当時も現在も札幌市の住民であることを伝えると、高池弁護士は怪訝な表情を浮かべた。初めて知った、という表情に見えた。

植村氏の反対尋問が終わった後、岡山忠広裁判長とふたりの陪席裁判官から、植村記事の「(女子挺身隊の)名で」「連行」の意味、韓国内での「挺身隊」という表現や吉田証言の韓国内での影響などについて、質問があった。植村氏の尋問は午後2時50分に終わり、10分間の休憩に入った。

櫻井氏の尋問

午後3時、再開。櫻井氏の主尋問が始まった。櫻井氏は、林いづみ弁護士の質問に答え、慰安婦問題に関心を持つようになったきっかけと基本的な考え、これまでに行った取材や研究内容を語った。自身の著述や発言に誤りがあるとの指摘についても釈明し、「間違いですからすみやかに訂正したい」と述べた。朝日新聞の慰安婦報道については、「海外で日本の評価を傷つけた」との持論を繰り返し、植村氏の記事についても「意図的な虚偽報道だ」とのこれまでの主張を繰り返した。主尋問は45分で終わった。

続いて植村側の川上有弁護士が反対尋問を行った。川上弁護士は、櫻井氏の著述の問題点を具体的に指摘し、取材や確認作業の有無を徹底的に突いた。ゆっくりと柔らかい口調はまるでこどもを諭す小学校教師のようだが、中身は辛辣なものだった。刑事事件を多く手がけてきたベテラン弁護士ならではの面目躍如である。

川上弁護士は、櫻井氏が書いた記事やテレビ番組での発言を突き付け、櫻井氏が主尋問であらかじめ認めていた間違いについて、畳みかけた。「ちゃんと確認して書いたのですか」「どうしてちゃんと調べなかったのですか」「ちゃんと訂正しますよね」。櫻井側弁護団はその都度、証拠書面の提示を求めた。証言台上の書面を確認し終えた櫻井側弁護士は、自席に戻らずにそのまま立ち続けた。川上弁護士は「いつまでそばにいるんですか、証言誘導の誤解を招きますよ」と指摘した。そうこうするうちに、櫻井氏の声はだんだんと小さくなっていった。

櫻井氏が間違いを認めたのはこういうことだ。

月刊「WiLL」2014年4月号(ワック発行)、「朝日は日本の進路を誤らせる」との寄稿の中で、櫻井氏は「(慰安婦名乗り出の金学順氏の)訴状には、14歳の時、継父によって40円で売られたこと、3年後、17歳で再び継父によって北支の鉄壁鎮というところに連れて行かれて慰安婦にさせられた経緯などが書かれている」「植村氏は、彼女が継父によって人身売買されたという重要な点を報じなかっただけでなく、慰安婦とは何の関係もない女子挺身隊と結びつけて報じた」と書き、植村氏を非難した。しかし、訴状には「継父によって40円で売られた」という記述はない。「人身売買」と断定できる証拠もない。なぜ、訴状にないことを持ち出して、人身売買説を主張したのか。誤った記述を繰り返した真意は明かされなかったが、世論形成に大きな影響力をもつジャーナリスト櫻井氏は、植村氏の記事を否定し、意図的な虚偽報道つまり捏造と決めつけたのである。

川上弁護士は、櫻井氏がWiLLの記事と同じ「訴状に40円で売られたと書かれている」という間違いを、産経新聞2014年3月3日付朝刊1面のコラム「真実ゆがめる朝日新聞」、月刊「正論」2014年11月号への寄稿でも繰り返したことを指摘。さらに、出演したテレビでも「BSフジ プライムニュース」2014年8月5日放送分と読売テレビ「やしきたかじんのそこまでいって委員会」2014年9月放送分で、同じ間違いを重ねたことを、番組の発言起こしを証拠提出して明らかにした。これらの言説が、植村氏や朝日新聞の記事への不信感を植え付け、その結果、ピークに向かっていた植村バッシングに火をつけ、油を注いだ構図が浮かび上がった。

櫻井氏、訂正を約束

では、櫻井氏はなぜ「訴状に40円で売られたと書かれていた」という間違いを繰り返したのか。
櫻井氏は、ジャーナリスト臼杵敬子氏による金学順さんインタビュー記事(月刊「宝石」1992年2月号)が出典であるとし、「出典を誤りました」と主張した。櫻井氏はこれまでに提出した書面でも、「宝石」の記事で金さんが「平壌にあった妓生専門学校の経営者に四十円で売られ、養女として踊り、楽器などを徹底的に仕込まれたのです。ところが十七歳のとき、養父は『稼ぎにいくぞ』と、私と同僚の『エミ子』を連れて汽車に乗ったのです。着いたところは満洲(ママ)のどこかの駅でした」と語ったことを根拠に、「親に40円で妓生に売られた末に慰安婦になった」と主張してきた。だが、川上弁護士は、「宝石」の記事で、櫻井氏の引用部分の直後に、こういう記述があることを指摘した。

「サーベルを下げた日本人将校二人と三人の部下が待っていて、やがて将校と養父の間で喧嘩が始まり『おかしいな』

と思っていると養父は将校たちに刀で脅され、土下座させられたあと、どこかに連れ去られてしまったのです」

つまり、櫻井氏が出典である、と主張する「宝石」にも、養父が40円で売って慰安婦にしたという「人身売買説」の根拠となる記述はどこにもない。むしろ、養父も日本軍に武力で脅され、金さんと強引に引き離されたという証言内容から、櫻井氏が強く否定し続けてきた日本軍による強制的な連行を示す記述があるのだ。

この直後部分をなぜ引用しなかったのか。川上弁護士は、櫻井氏が自身の「人身売買説」に都合の悪い部分を引用せず、植村氏の記事を捏造と決めつけたことのおかしさを指摘した。そして、「櫻井さんは、訴状にないことを知っていて書いたのではないですか」などと述べ、同じ間違いを繰り返した理由を厳しく問い質した。櫻井氏は「訴状は手元にあり、読んで確認もしたが、出典を間違った」と、弁解に終始した。川上弁護士が紙誌名を逐一挙げて訂正を求めると、櫻井氏は「正すことをお約束します」と明言した。ただ、テレビについては「相手のあることなので」と語り、約束は保留した。

じつは、この問題は2年前からくすぶり続けている。2年前、第1回口頭弁論の意見陳述で植村氏は、WiLLと産経新聞の「訴状に40円で売られたと書かれている」という間違いを指摘、「この印象操作はジャーナリストとしては許されない行為だ」と批判した。そして、櫻井氏は口頭弁論後の記者会見で「ジャーナリストですからもし訴状に書かれていないのであるならば、訴状に、ということは改めます」と誤りを認めた。しかし、WiLLでも産経新聞でも、訂正しなかった。そのため、植村氏は2017年9月、東京簡裁に調停申し立てを行い、産経新聞社が訂正記事を掲載するように求めている。その審理はまだ継続している。

櫻井氏が間違いを認めたのはこれだけではなかった。「週刊ダイヤモンド」2014年10月18日号。「植村氏が、捏造ではないと言うのなら、証拠となるテープを出せばよい。そうでもない限り、捏造だと言われても仕方がない」と櫻井氏は書き、その根拠として、「(金学順さんは)私の知る限り、一度も、自分は挺身隊だったとは語っていない」「彼女は植村氏にだけ挺身隊だったと言ったのか」「他の多くの場面で彼女は一度も挺身隊だと言っていないことから考えて、この可能性は非常に低い」と断定している。

この記者会見は1991年8月14日に行われた。韓国の国内メディア向けに行われたので、朝日新聞はじめ日本の各紙は出席していない。植村氏も出席していない。しかし、記者会見で金学順さんはチョンシンデ(韓国語で「挺身隊」)をはっきりと口にしている。それは、韓国の有力紙「東亜日報」「京郷新聞」「朝鮮日報」の見出しや記事本文にはっきりと書かれている。

櫻井氏はこの点について「これを報じたハンギョレ新聞等を確認した」と述べている。たしかにハンギョレ新聞には「挺身隊」の語句は見当たらない。しかし、そのことだけをもって断定するのは牽強付会に過ぎるだろう。川上弁護士は、韓国3紙の記事反訳文をひとつずつ示し、櫻井氏の間違いを指摘した。櫻井氏は、間違いを認めた。櫻井氏の取材と執筆には基本的な確認作業が欠落していることが明らかになった。

櫻井氏の22年前の大ウソ
川上弁護士は最後に、櫻井氏の大ウソ事件について質問した。

1996年、横浜市教育委員会主催の講演会で櫻井氏は「福島瑞穂弁護士に、慰安婦問題は、秦郁彦さんの本を読んでもっと勉強しなさいと言った。福島さんは考えとくわ、と言った」という趣旨のことを語った。ところが、これは事実無根のウソだった。櫻井氏は後に、福島氏には謝罪の電話をし、福島氏は雑誌で経緯を明らかにしているという。

「なかったことを講演で話した。この会話は事実ではないですね」

「福島さんには2、3回謝罪しました。反省しています」

「まるっきりウソじゃないですか」

「朝日新聞が書いたこともまるっきりのウソでしょう」

最後は重苦しい問答となった。こうして、70分に及んだ櫻井氏の尋問は終わった。櫻井弁護団からの補強尋問はなかった。裁判長からの補足質問もなかった。

尋問終了後、岡山裁判長は今後の進め方について双方の意見を求めた上で、次回口頭弁論で結審すると宣言した。閉廷は予定通りの午後5時だった。

次回開催日は7月6日(金)。開廷は午後2時。この日、最終弁論で双方がまとめの主張を行って審理は終結し、9月以降に予想される判決を待つことになる。
http://sasaerukai.blogspot.com/2018/03/11_25.html


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【速報】櫻井よしこ氏のずさんな取材を司法が追認!? 植村隆氏の名誉を毀損したが「捏造」と信じたのは仕方なかった!? 「言論で勝って裁判で負けた、悪夢のような判決」! 2018.11.9
https://iwj.co.jp/wj/open/archives/435438

 元朝日新聞記者の植村隆氏(現・「週刊金曜日」発行人)が1991年8月、朝日新聞記者時代に執筆した元従軍慰安婦に関する記事をめぐり、植村氏が記事を「捏造」と繰り返し誹謗中傷した、ジャーナリストの櫻井よしこ氏と株式会社新潮社、株式会社ワック、株式会社ダイヤモンド社を名誉毀損で札幌地裁に訴えていた裁判で、2018年11月9日、岡山忠広裁判長は植村氏の請求をすべて棄却する判決を言い渡した。


 IWJは判決を受けた札幌地裁前の旗出し、続く判決報告記者会見を生中継した。

 以下に、記者会見の内容を速報で伝える。

弁護団共同代表の伊藤誠一弁護士「不当で残念な判決だと考える。櫻井よしこ氏が3つの雑誌(週刊新潮、月刊WiLL、週刊ダイヤモンド)に書いた植村さんへの批判は、事実と異なる記事で、植村氏の名誉や社会的信用を毀損したことは認めながら、櫻井さんがそのような記事を書いた相当性が認められると。名誉毀損として、慰謝料を払わせるほどの違法はないとして、原告側の請求を棄却した。

 この訴訟の特徴は、著名なジャーナリストが責任ある言説をしていないことを問題にしました。当然行われるべき取材がなされないままで、櫻井さんは植村さんを攻撃した。

 櫻井さんの批判は、『言論の自由の中で違法とは言えない』という判決となっている。当然控訴して戦う」


▲伊藤誠一弁護士


■札幌地裁前 「不当判決」の旗出し


■「植村裁判札幌訴訟 判決報告記者会見」

◦日時 2018年11月9日(金)15:30過ぎ〜(旗出し:15:45予定)/16:30〜(記者会見)
◦場所 札幌地方裁判所前/北海道高等学校教職員センター(札幌市中央区)
◦主催 植村裁判弁護団

弁護団声明についての説明「櫻井氏の言論によって、植村さんの名誉が傷つけられたことは認定されています。この判決は『捏造』との表現をめぐるものです。ジャーナリストのずさんな言説を免責する判決は非常に問題がある」

植村隆氏「悪夢のような判決。言論で勝って、法廷で負けてしまった。

 櫻井さんは本人尋問で間違いを認め、訂正を出した。この法廷と今日の判決がどうつながるのか?

 北海道新聞のOB記者でソウル特派員だった喜多義憲さんは、私が書いた記事の3日後に金学順(キム・ハクスン)さんに直接取材されて、キムさんが『挺身隊だった』と言っていることも確認して記事を書かれている。当時私は喜多さんと全く面識なく、喜多さんも私の記事を見てなかった。

 当時を知っている他社の記者が、『捏造であるとか虚偽であるとか、そのものが理解を超えた、言いがかりのように感じました』と証言した。

 利害関係のない人物の証言が判決に一切評価されていない。ジャーナリストの皆さん、これは悪夢ではないですか。正義が法廷で実現されていないんです。

 そして、判決要旨に『ハンギョレ新聞以外の報道にも養父または義父が営利目的で金学順氏を慰安婦にしたことを示唆するものがある』とあるが、裁判長、ふざけるな。ハンギョレ新聞を読んだのか?ハンギョレ新聞には、『養父または義父が営利目的で金学順氏を慰安婦にしたことを示唆するもの』など、出ていません。

 こんな判決を許したら明日は他のジャーナリストが同じ犠牲を受けるんですよ。それは、皆さんかもしれません。歴史の事実に向き合おうとするジャーナリストに対する不当な攻撃なんです。私は徹底的に戦います。ありがとうございました」


▲植村隆氏

神原元弁護士「判決は櫻井よしこさんが、『金学順さんが人身売買によって慰安婦になったと信じたのかもしれない、さらに植村さんが知っていて書かなかった、と櫻井さんが信じたとしても仕方ない』という、とんでもない不当判決だ」


▲神原元弁護士

弁護団「20数年前の記事に対して、ずさんな取材をした櫻井さんに、やさしい判決」

神原弁護士「この判決は櫻井さんの記事が虚偽であることすら証明できないとし、櫻井さんの意図についてはふれていない。この判決では事実なんかどうでもいいことになっている」

上田文雄弁護士「この裁判は市民の関心が非常に高かった。しかし、残念ながら判決は不当。

 一般市民が酔っ払って言っている話とジャーナリストの発信は違う。倫理性や真面目さについて、非常に低い水準で裁判所は判断した。まっとうなジャーナリストに対する侮辱だ」

朝日新聞記者「真実性の部分は、本人尋問などで、『櫻井さんの書いていることは真実ではない』との心証を裁判官は持ったと思いますが、どうか」

弁護団「真実性には裁判所はふれていない。櫻井さんを免責するものとなっている」

質問者「真実性を捨象して判断するということは、櫻井さんを、ジャーナリストに対してというより一般の人として扱っていることになる」

植村氏「ジャーナリストと一般の人は違う。こんなずさんなことが櫻井さんだと免責される。強い疑問があります」

質問者「植村さんが受けた実害を判決は考慮していないように思える」

植村氏「私の大学との契約が攻撃されたり、娘の顔写真がさらされて警備までついた。櫻井さんが私を捏造記者だと繰り返し攻撃したことが原因のはず。法廷で間違いを認めたのは櫻井さん」
https://iwj.co.jp/wj/open/archives/435438


▲△▽▼


捏造したのは櫻井よしこのほうなのに…「慰安婦報道を捏造」と攻撃された元朝日記者・植村隆の名誉毀損裁判で不当判決
https://lite-ra.com/2018/11/post-4354.html
2018.11.11 植村隆の名誉毀損裁判で不当判決!櫻井よしこの捏造を無視 リテラ
     
     櫻井よしこHP『プロフィール』より


「日本の名誉を毀損したのは植村隆のほうだった」「やっぱり植村隆は捏造記者だった」

 9日の夕方から、右派メディアやネトウヨがこんな言葉をがなりたて、大喜びしている。元朝日新聞記者の植村隆氏が、ジャーナリストの櫻井よしこ氏と、櫻井氏の記事を掲載した新潮社、ダイヤモンド社、ワックを相手取り、「捏造」などとされて名誉を傷つけられたとして訴えた裁判で、9日、札幌地裁が植村氏の請求を棄却したのだ(岡山忠広裁判長)。

 しかし、これは「不当判決」としか言いようがないものだ。そもそも、この裁判では、植村氏のことを「捏造」と攻撃した櫻井氏のほうの“根拠捏造”が、被告の本人尋問などで明らかになっていた。ところが、判決はそのことに一切ふれることなく「被告が真実であると信じる相当の理由がある」などと結論付けたのだ。

 具体的に解説しよう。まず、この名誉毀損裁判を起こした植村氏は、2014年、朝日新聞が「吉田証言」に関する従軍慰安婦関連の記事を取り消した問題で、右派メディアやネット右翼たちからスケープゴートにされた元朝日新聞の記者だ。植村氏は朝日が虚偽だと認めた「吉田清治証言」とは無関係だが、過去に従軍慰安婦の記事を2度執筆しており、その内容が「人身売買であるのに強制連行されたと書いた」などとして、右派から「植村は捏造記者だ!」と総攻撃を受けた。そして、非常勤講師を務めていた北星学園大学には脅迫が殺到、さらに本人だけでなく娘にも殺害予告が届くなど、“リンチ”とも呼べる状況が続いたのである。

 しかし、その後、植村記者は反撃に転じた。自分の身に降りかかった攻撃の多くが根拠のないことをひとつひとつ実証的に反論し、「捏造記者」などと攻撃した極右言論人と出版社に対し、裁判を起こしたのだ。今回の札幌地裁での裁判はそのうちのひとつである。

 札幌地裁の判決はまず、櫻井氏の記事について「原告の社会的評価を低下させる事実の摘示や意見ないし論評がある」と認めた上で、櫻井氏が記事で展開していた「金学順氏は継父によって人身売買され、慰安婦にさせられた」という主張が、「真実であると認めることは困難である」と結論付けている。つまり、裁判所も、櫻井氏の記事が事実でない可能性があることを認めていた。当然、植村氏の記事が「捏造」だとも、植村氏が「捏造記者」だともまったく認定していない。

 ところが、その後、判決文は一転。櫻井氏が金学順さんのことを「継父によって人身売買された女性」と「信じ」、「植村氏が事実と異なる記事を敢えて執筆した」と「信じたこと」はさまざまな資料に記載があったためやむをえなかった、と続けるのだ。

■存在しない記述を根拠にした櫻井を正当化するトンデモ判決!

 はっきり言うが、この判決はめちゃくちゃだ。なぜなら、裁判所は櫻井氏が「金学順氏は継父によって人身売買された女性」と信じた根拠として、「金学順氏が日本国政府を訴えた訴状」「金学順氏を取材した内容をまとめた臼杵氏執筆の論文」の記載などをあげているが、そもそもこれらの資料には、そんな記述など一切ないからだ。

 そのことは、今年3月23日の第11回口頭弁論の櫻井氏の本人尋問で暴かれ、櫻井氏自身も誤りを認めている。

 まず、この口頭弁論で問題になったのは、「WiLL」(ワック)2014年4月号の記事(「朝日は日本の進路を誤らせる」)。櫻井氏は〈日本を怨み、憎んでいるかのような、日本人によるその捏造記事〉などと植村氏を批判するために、前述した金学順さんの訴状をもちだし、こう書いていた。

〈訴状には、十四歳のとき、継父によって四十円で売られたこと、三年後、十七歳のとき、再び継父によって北支の鉄壁鎭という所に連れて行かれて慰安婦にさせられた経緯などが書かれている。
 植村氏は、彼女が継父によって人身売買されたという重要な点を報じなかっただけでなく、慰安婦とはなんの関係もない「女子挺身隊」と結びつけて報じた。〉

 つまり、櫻井氏は「訴状には金学順さんが継父によって40円で売られ、さらに再び継父によって連れられて慰安婦にさせられた、という記述があるのに、植村氏はこれを無視するという意図的な捏造報道を行った」と攻撃していたのだ。

 ところが、実際の金学順さんの訴状には、櫻井氏が言う「継父によって四十円で売られた」なる記述は、存在していなかった。つまり、櫻井氏のほうが訴状にないことを“捏造”して、植村氏に対し「捏造記者」などという攻撃を繰り返していたのである。

 それだけではない。原告側弁護士から「継父によって四十円で売られたという話の根拠はなんなのか」と問い詰められた櫻井氏は、1992年2月の月刊「宝石」(休刊/光文社)の臼杵敬子氏執筆の記事からの引用の間違いだったと釈明した。

 これが裁判所の言う「金学順氏を取材した内容をまとめた臼杵氏執筆の論文」なのだが、実は、その臼杵論文=「宝石」記事にも、やはり「継父によって四十円で売られた」「十七歳のとき、再び継父によって北支の鉄壁鎭という所に連れて行かれて慰安婦にさせられた」なる記述はなかった。

■櫻井よしこがもちだした資料には、逆に「日本軍の強制連行」の記述が

 まず、「宝石」記事にある金学順さんの証言によると、学順さんが14歳の時、母親が再婚したが〈私は新しい父を好きになれ〉なかったとして、こう振り返っている。

〈その後平壌にあった妓生専門学校の経営者に四十円で売られ、養女として踊り、楽器などを徹底的に仕込まれたのです。
 ところが、十七歳のとき、養父は「稼ぎにいくぞ」と、私と同僚の「エミ子」を連れて汽車に乗ったのです。〉

 学順さんがいう「養父」とは「妓生専門学校の経営者」のことであって、「継父」(=「新しい父」)ではない。しかも、この「宝石」記事には、上の引用部の直後、金銭で売られたどころか、逆に日本軍の強制連行と性暴力を物語る記述が続いていた。

〈着いたところは満州のどこかの駅でした。サーベルを下げた日本人将校二人と三人の部下が待っていて、やがて将校と養父との間で喧嘩が始まり「おかしいな」と思っていると養父は将校たちに刀で脅され、土下座させられたあと、どこかに連れ去られてしまったのです。

 私とエミ子は、北京に連れて行かれ、そこからは軍用トラックで、着いたところが「北支のカッカ県テッペキチン」(鉄壁鎭)だったと記憶しています。中国人の赤煉瓦の家を改造した家です。一九四〇年春ごろでした。

 日本軍が占領したその集落には三百人ほどの日本兵が駐屯していました。トラックで夜着いた私たちは、将校に案内され、真っ暗な部屋に入れられ、外から鍵をかけられ閉じ込められたのです。そのとたん、私は「しまった」という後悔でいっぱいでしたが、もうどうしようもありません。

 次の朝、馬のいななきで人々が生活しているのがわかり、室内から外をうかがうと隣りの部屋には三人の朝鮮人女性がいるのがわかりました。(中略)将校が私を小さな部屋に連れて行き、服を脱げと命令したのです。
 当時、私は十七歳。何も知りませんでした。そのときのことを考えるだけでも心臓が爆発しそうです。とにかく必死で逃げようとしました。「嫌だ!」と叫ぶと、その日本兵は「この野郎! 朝鮮人のくせに!とののしり、私を殴り、足で蹴り揚げ、暴力で犯したのです。」(「宝石」での金学順さんの証言)

 念のために言っておくが、これは櫻井氏が自分の主張の出典とした資料だ。ところが、そこには櫻井氏の主張する「継父が金学順さんを四十円で売った」とはどこにも書かれておらず、「妓生専門学校の経営者」が逆に日本人将校らに暴力で脅されてその場から排除された、そして、金学順さんは日本軍のトラックで鉄壁鎭に連れて行かれたという証言が掲載されていた。

 櫻井氏が本当にこの証言を出典としたのならば、櫻井氏はわざと日本軍による強制連行をネグったことになる。

■なぜ裁判所は“根拠捏造”を無視してまで櫻井よしこらを「勝訴」させたのか

 また、裁判所はもうひとつ、櫻井氏が信じた根拠として「韓国の新聞報道」もあげており、これは櫻井氏側が証拠として提出したハンギョレ新聞と思われるが、ここにも、「宝石」などと同様の〈生活が苦しくなり、14歳の時に母親に平壌にあるキーセンの検番に売られた。3年間の検番生活を終えた金さんが最初の就職だと思って検番の養父についていった所は、兵士3000人余りが所属する北中国・鉄壁鎭の日本軍小部隊の前だった〉とあるだけで、慰安所にお金で売られたという記述はない。

 それどころか、このハンギョレ新聞にも、〈私を連れていった養父も当時、日本人にカネももらえず私を実力で奪われたようでした〉という、強制連行の記述があった。

 いずれにしても、法廷でこうした事実を突きつけられた櫻井氏は、金学順さんの訴状に記載されていない記述についての自らの誤りを認め、「WiLL」7月号は訂正文を掲載。また、産経新聞6月4日付でも同様の誤りを訂正している。

 にもかかわらず、札幌地裁の判決は、こうした資料をもとに、櫻井氏が「金学順氏が継父によって人身売買されて慰安婦にされた女性であると信じた」ことは「相当の理由がある」というのだ。この裁判長は本当に提出証拠や本人尋問の記録をちゃんと読んでいるのか。

 また、百歩、いや1万歩譲って、これらの資料を目にした櫻井氏が「金学順氏は継父によって人身売買された」と誤読したことがやむをえなかったとしても、だからといって、なぜ櫻井氏が植村氏のことを「捏造」などと攻撃することが正当化されるのか。

 そもそも植村氏は、朝日新聞の記事に金学順さんが「日本軍に強制連行された」などと書いているわけではなかった。〈女性の話によると、中国東北部で生まれ、十七歳の時、だまされて慰安婦にされた〉と書いただけだった。

 ところが、櫻井氏は〈植村氏は、彼女(金学順さん)が継父によって人身売買されたという重要な点を報じなかった〉などとして〈真実を隠して捏造記事を報じた〉と攻撃したのだ。

だとしたら、自らが出典とした資料にハッキリとある強制連行の記述をネグった櫻井氏だって「捏造」になるのはもちろん、情報の取捨選択をしているほとんどの報道が「捏造」ということになるだろう。

 なお、櫻井氏が「捏造」だとがなりたてる1991年8月11日付の植村氏の署名記事は、韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)が金学順さんから聞き取った証言テープがもとになっているのだが、同記事でキーセンについて触れなかった理由について植村氏は「証言テープ中で金さんがキーセン学校について語るのを聞いていない」「意図的に触れなかったわけではない」と説明している(朝日新聞2014年8月5日朝刊)。

 とにかく、この櫻井氏が植村氏に向けた「捏造」攻撃は、どこからどう見ても根拠がなく、名誉毀損なのだが、しかし、札幌地裁の裁判長は前述したように、まったく理屈にならない理屈をつけて、請求棄却を言い渡した。判決文を読むかぎり、岡山裁判長は櫻井氏らを勝訴させるという結論ありきで、まともに証拠資料に目を通してなかったとしか思えない。それとも、もしかして、裁判所までが歴史修正主義者に乗っ取られようとしているのか。

 植村氏側はこの判決直後、控訴することを表明。また、もうひとつ、西岡力氏と文藝春秋を相手取った東京地裁での判決も控えている(詳しくは過去記事参照 https://lite-ra.com/2018/10/post-4323.html)。控訴審やこちらの裁判では真っ当な判断が下されると信じているが、いずれにしても本サイトではレポートを継続し、右派による歴史修正の杜撰な実態とその卑劣さ何度でも伝えてゆく。

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控訴審では真っ当な判決で悪夢を晴らそう ー 植村勝訴の逆転判決を
http://article9.jp/wordpress/?p=11436
2018年11月11日 澤藤統一郎の憲法日記

植村隆元朝日新聞記者が、無茶苦茶なバッシングを受けて、やむにやまれずの提訴に踏み切った2件の名誉毀損損害賠償請求訴訟。1件は札幌地裁、もう1件は東京地裁係属事件。いずれも、「私は捏造記者ではありません」と、痛切な声を上げての訴え。櫻井よしこらに対する札幌地裁訴訟が先行して判決となった。私も原告訴訟代理人の一人として、11月9日判決の勝訴を確信していた。敗訴の報告に、いまだに信じられない思いである。これで勝てないのか。

とは言え、さすがにこの「不当判決」も、櫻井の名誉毀損言論の最重要部分について真実とは認定していない。「金学順氏が慰安婦とされるに至った経緯に関する部分が真実であるとは認めることは困難である」としつつも、「被告櫻井が上記のように信じたことには相当の理由があるということができる」としたのだ。櫻井は、その程度の確度の記事で、植村の新聞記事を「捏造」と決めつけたのだ。その背景には、抜きがたい歴史修正主義のイデオロギーがある。

判決批判については、「植村裁判を支える市民の会」のホームページをお読みいただきたい。URLは以下のとおり。ここに、法廷の経過報告、判決要旨、判決全文、弁護団声明、「支える会」声明などのすべてが掲載されている。
http://sasaerukai.blogspot.com/

そのサイトから引用しておきたい。

闘いは再び始まった!
訴審に向け あふれる判決批判、闘う決意

 植村さんが立った。「悪夢のような判決でした。私は法廷で、悪夢なのではないか、これは本当の現実なんだろうかとずっと思っていました。今の心境は、言論戦で勝って、法廷で負けてしまった、ということです。櫻井氏は3月の本人尋問ではいくつもずさんな間違いを認めていった。あの法廷と今日の法廷がどうつながるんだろうか」「激しいバッシングを受けたとき、これは単に植村個人の問題ではないということで、様々なジャーナリストが立ち上がってくれました。いまも新聞労連、日本ジャーナリスト会議、リベラルなジャーナリストの組織も応援してくれています」「この裁判所の不当な判決を高等裁判所で打ち砕いて、私は捏造記者でないということを法廷の場でもきちんと証明していきたいと思っています」。

まったく同感である。

ぜひご覧になっていただきたいもう一つのサイトがある。

「捏造したのは櫻井よしこのほうなのに…『慰安婦報道を捏造』と攻撃された元朝日記者・植村隆の名誉毀損裁判で不当判決」という、リテラ(編集部)の記事。いつもながらの、問題に真正面から切り込む熱のこもった緻密な内容。
https://lite-ra.com/2018/11/post-4354.html

私は、この微妙な判断をした判決に櫻井よしこがどう反応するか、この人のホームページでのきちんとした発言に注目しているのだが、本日(11月11日)夜までのところ音沙汰なしである。訴訟の過程で、自分の記事の間違いを具体的に指摘されて訂正している。それでも、判決主文では勝訴した櫻井がなんというのだろうか。いまだに、植村記事を捏造と言えるのか。

おそらく、櫻井よしこは安部英(元帝京大学医学部教授)から名誉毀損で訴えられた訴訟の高裁判決の悪夢を思い出しているに違いない。

2003年当時、櫻井自身が、「高裁判決での逆転敗訴はジャーナリズム全体への冒涜」という標題で次のような記事を自分のサイトに掲載している。

「2月26日、東京高裁大藤敏裁判長、高野芳久、遠山廣直両裁判官によって、私は逆転敗訴の判決を言い渡された。元帝京大学副学長安部英氏から名誉毀損で訴えられていた件である。

 高裁判決は、地裁判決とは正反対の内容だった。一審判決で真実、あるいは真実と信ずるに相当の理由があったとして認められた記述が、ことごとく否定された。

 ひと言でいえば、このような判決を出されたのでは、調査報道は成り立たなくなる。事は私一人の問題にとどまらず、日本のジャーナリズム全体に影響する問題と言わざるを得ない。

 大藤裁判長らは、私の取材した薬害エイズ被害患者の言葉も、信じられないとして退けたが、本当に彼らの言葉は信ずることができないのか。」

 この判決には控訴審が続く。高裁判決が「地裁判決とは正反対の内容となり、一審判決で真実、あるいは真実と信ずるに相当の理由があったとして認められた記述が、ことごとく否定される」逆転判決となる可能性は、けっして小さくない。日本の民主主義のために、その日の来たらんことを切望したい。

なお、ウィキペディアが、安部英対櫻井よしこの訴訟経緯をこう簡潔に紹介している。

「フリージャーナリストの櫻井よしこが『安部元副学長が製薬会社、ミドリ十字のために加熱製剤の治験開始を遅らせた』などと記述したことについて、安部は損害賠償などを求め民事訴訟を起こしたが、一審は記事内容に真実性があるとして安部の全面敗訴、二審は記事内容を真実ではなく真実相当性もないとして安部の逆転勝訴、最高裁は真実相当性があったとして安部の逆転敗訴となった。」

 本件も、真実性の有無ではなく、相当性存否の判断で微妙に結果が分かれた判決例である。櫻井の植村に対する批判の言論の真実性が否定された点で、ジャーナリストとしては大きな顔はできまい。傲岸な態度をとり続けることは不可能だ。

にもかかわらず、櫻井よしこや西岡力らが、「捏造」と断定して記事を書けば、付和雷同のネトウヨたちが、人権侵害のバッシングを積み重ねる。この人たちの責任は大きいのだ。控訴審での、植村逆転勝訴判決を期待する。植村の悪夢を晴らして、櫻井にこそ悪夢がふさわしいのだ。

(2018年11月11日)

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櫻井よしこが植村隆裁判の不当判決に乗っかり会見で「捏造攻撃」を正当化! ネトウヨは「植村を極刑にしろ」
https://lite-ra.com/2018/11/post-4389.html
2018.11.24 植村隆裁判の不当判決で調子に乗る櫻井よしことネトウヨ  リテラ
    
    16日放送の『櫻LIVE』(言論テレビ)より


 ジャーナリストの櫻井よしこ氏からの「捏造記者」との攻撃に対し、名誉毀損で訴えた元朝日新聞記者・植村隆氏が、今月9日の札幌地裁判決(原告の請求棄却)を不服として、22日、札幌高裁に控訴した。

 周知のとおり、植村氏は、2014年の朝日新聞慰安婦報道問題で、朝日が訂正をした「吉田清治証言」とはまったく無関係であるにもかかわらず、元慰安婦の金学順さんに関する記事を書いたことで、右派やネット右翼から総攻撃を受けた記者だ。内定していた再就職先や勤務先の大学に抗議が殺到、さらに家族への殺害予告まで送られるなど、スケープゴートにされた植村氏への“リンチ”は過激化した。

 しかし、植村氏は不当なバッシングに沈黙していたわけではない。2015年、自らを「捏造」などと攻撃した右派言論人らに対し複数の裁判を起こした。そのひとつが、ジャーナリストの櫻井よしこ氏と、氏の記事を掲載した出版3社を相手取った札幌地裁の裁判である。法廷では、原告弁護団の追及により、櫻井氏が「植村記事は捏造」とした根拠のデタラメが次々とあらわになった。しかし、札幌地裁が今月9日に下した判決は、原告・植村氏の請求をいずれも棄却するものだった。

 植村氏は今月15日、日本外国特派員協会での会見で「この判決を私は、言論戦、言論の戦いで勝って判決で負けてしまった悪夢のような判決だというふうに思っています」と述べていたが、その通りだろう。札幌地裁判決がいかに「不当判決」であったかは、本サイトの11日付記事(https://lite-ra.com/2018/11/post-4354.html)で詳しく解説したので、ぜひご一読いただきたい。

 しかし、植村氏の控訴を受け、またぞろネットでは、異常としか言いようがない“植村バッシング”が再燃している。控訴を伝える時事通信の報道がYahoo!のトップニュースになったのだが、そのコメント欄が、こんな脅迫めいた文言や誹謗中傷、そして悪質なデマで埋め尽くされているのだ。

〈できる事なら国家反逆罪で極刑にして欲しい〉
〈この反日極左売国奴「植村隆」を許すつもりも無ければ、願わくば惨殺体で発見される事を切に祈るよ。〉
〈間違いなく捏造記者です。あと2回チャンスがありますが2回とも敗訴して頂かねばなりません。〉
〈むしろ最高裁まで行って、決定的に捏造であることが明らかになれば良い〉
〈あなたは、捏造記者に認定されたんだ。悪あがきはよせ。〉

 「極刑」「惨殺体」などという書き込みは、まさに2014年に植村氏とその家族が被害にあった殺害の示唆を彷彿とさせる。そして、コメント欄に多く見られた「植村は捏造記者と認定された」というような話は、完全なるデマである。

 簡単に振り返っておくが、そもそも札幌地裁の判決は、植村氏の記事を「捏造」と攻撃した櫻井氏の記事には「原告の社会的評価を低下させる事実の摘示や意見ないし論評がある」と認定しながらも、櫻井氏が参考にした資料や社会状況から「真実であると信じる相当の理由がある」として免責したというものだ。

 しかし、「真実と信じる相当の理由」を認めること=「真実相当性」を認定することと、摘示事実の「真実性」を認定することは、まったくの別モノである。実際、長い判決文の隅から隅まで読んでも、札幌地裁は「原告の記事は捏造であった」とも「原告は捏造記者である」とも、あるいは「原告は事実と異なることを知りながら記事を執筆した」などとも認めていない。つまり、裁判所は櫻井氏が摘示した「植村氏は捏造記事を書いた」ということについて「真実である」とは、まったく認定していないのだ。

 それどころか、裁判の主要な争点のひとつである櫻井氏の“金学順さんは継父によって人身売買されて慰安婦にさせられたのに、植村氏はそれを知りながら意図的に書かないことによって強制連行を印象付けようとした”という主張にかんして、判決文は〈「継父によって人身売買され慰安婦にさせられた」という事実が真実であると認めることは困難である〉と言及している。ようするに、櫻井氏の主張の前提にある「人身売買説」自体の真実性を認めていないと言っていいだろう。

■判決文が植村記者の捏造を認めていないことを否定した櫻井側弁護士

 繰り返すが、ネトウヨたちが口走っている「裁判所は植村を捏造記者だと認定した」という話はまったくの事実無根である。しかし驚くのは、櫻井氏側が公の場で、こうしたデマを助長するような発言をしていることだ。

 植村氏が会見を開いた翌16日の午後、櫻井氏も日本外国特派員協会での会見に臨んでいた。その質疑応答での一幕でのことだ。まず、北海道新聞の記者がこのように質問した。

「植村さんが捏造したということは、判決では認定しませんでしたけども、櫻井さんはいまでも植村さんが記事を捏造したとお考えでしょうか」
「櫻井さんは1998年に植村さんの名前を出して、植村さんが『誤報』、もしくは『混同』しているというふうに批判されました。けれども、次に2014年になって記事を書かれた時に、突然『捏造した』という記事に変わりました。なぜ、何を根拠に『捏造』という表現に変えたんでしょうか」

 これに対して櫻井氏はこう述べた。

「私は、植村さんの記事については、『捏造したと言われてもしかたがないだろう』という意見を申し上げたと思います。時間が経つにつれていろんなことがわかってきて、植村さんがそのようにしたのではないかという疑問が、強くなったために、捏造したと言われても弁明できないのではないかと、仕方がないだろうということを書きました。以上です」

 櫻井氏は自分が使った「捏造」という言葉のまずさがわかっていたのか、明らかにごまかしながら、しかし、それでも自分の「捏造」攻撃があたかも正当であるかのように強弁した。しかも、そこに櫻井氏の主任弁護人である林いずみ弁護士がこう付け加えたのである。

「一点だけ。いま北海道新聞の長谷川さんが、この判決は捏造を認めなかったというふうにおっしゃり、昨日の(会見で配布された)植村さんの判決の要約もそのように書いていると思いますが、そのようなことはありません」

 ようするに櫻井氏の主任弁護士は、裁判所が植村氏を「捏造」と認めなかったことを否定しにかかったのである。これではまるで、「裁判所は植村氏を捏造記者と認定した」なるデマを振りまいているネトウヨを扇動しているようなものではないか。

■櫻井よしこはネットTVで全面勝訴宣言も、植村は控訴

 何度でも言うが、判決文のどこにも「原告は記事を捏造した」などとは書かれておらず、ましてや、主要な争点である「人身売買説」については「真実であると認めることは困難である」とハッキリ述べられているのだ。逆に言えば、これは被告・櫻井氏側が「人身売買説」を立証する必要があるにもかかわらず、それができていないと指摘しているのである。当然、“植村氏は金学順さんが人身売買されたという経緯を知りながらそれを書かなかった”という櫻井氏の主張の前提条件が崩れたと解するのが妥当だろう。

 しかも、この「人身売買説」に関しては、逆に櫻井氏の記事のほうの誤りが暴露されてきたことは、本サイトでも何度かお伝えしてきたとおりだ。たとえば櫻井氏は「WiLL」(ワック)2014年4月号の記事のなかで、1991年12月に金学順さんが日本国政府を集団提訴した際の訴状を持ち出して、〈訴状には、十四歳のとき、継父によって四十円で売られたこと、三年後、十七歳のとき、再び継父によって北支の鉄壁鎭という所に連れて行かれて慰安婦にさせられた経緯などが書かれている〉とし、〈植村氏は、彼女が継父によって人身売買されたという重要な点を報じなかった〉などと批判していた。ところが、実際の訴状には「継父によって四十円で売られた」なる記載など存在しなかったのである。

 なお、法廷で追及された櫻井氏は、金学順さんの訴状に記載されていない記述についての自らの誤りを認め、「WiLL」2018年7月号は訂正文を掲載、また産経新聞2018年6月4日付でも同様の誤りを訂正している。

 つまり、櫻井氏のほうが訴状にないことをでっち上げて、植村氏に対し「捏造記者」などと攻撃を繰り返していたのだ。付言すると、櫻井氏が参照した、金学順さんの発言に基づいて書かれたハンギョレ新聞の記事には、櫻井氏が「人身売買説」の根拠とする記述のすぐ後ろに、〈私を連れていった養父も当時、日本人に金ももらえず私を武力で奪われたようでした〉との記述がある。これは日本軍による強制連行の記述だが、櫻井氏はこうした部分については完全にネグっていた。そしてここにきて、弁護士が「判決は植村氏の捏造を認めなかったということではない」という新手の攻撃を加えてきているのである。

 櫻井氏は、記者会見のあった16日の夜、自らが主催するネット番組『櫻LIVE』(言論テレビ)で、「わたくしの、全面勝訴です」「全面勝訴で、私も非常に嬉しかったんですね」「ほんとに日本人の名誉とか日本国のこととか、(自分の記事の目的は)公益以外の何物でもない」などと勝ちどきをあげた。

 だが、まだ終わっていない。むしろ、札幌地裁の不当判決によって、ネトウヨたちがまたぞろ植村氏の生命と生活を脅かすような異常なバッシングを再開し始めている。札幌での控訴の行方はもちろん、本サイトではこの歪んだ社会状況をも含めてレポートを続けていくつもりだ。


 

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コメント
1. 中川隆[-12775] koaQ7Jey 2019年1月23日 18:29:41 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22225] 報告

西岡力3つの大ウソ - 植村裁判資料室 2018年11月30日

「植村記者の記事は捏造」説が崩れた3つの理由

西岡力氏は1992年以来、慰安婦問題で植村隆さんが書いた記事を「重大な誤り」「捏造」と批判・攻撃してきました。しかし法廷で提出された証言や資料により、記事を「捏造」とする主張の論拠がいずれも誤っていることが明らかになっています。西岡氏による「捏造」説と、その誤りについて、以下にポイントを3つ示して説明します。 <甲につく数字は、証拠番号の略記>

ウソその1


西岡氏の主張@

植村氏は「『女子挺身隊』の名のもとで戦場に連行された」と、韓国人元慰安婦・金学順さん本人が語っていない経歴を加えた。

▽「初めて名乗り出た元慰安婦の女性の経歴について『《女子挺身隊》の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた』と書いたのだ。本人が語っていない経歴を勝手に作って書く、これこそ捏造ではないか」(正論2014年10月号=甲5)

▽「植村記者の記事には『挺身隊の名で戦場に連行され』とありますが、挺身隊とは軍需工場などに勤労動員する組織で慰安婦とは全く関係ありません」(週刊文春2014年2月6日号=甲7)

明らかになった事実@ 

金学順さん本人が「私は女子挺身隊だった」「強制的に引っ張って行かれた」と話している。

▽1991年8月14日の金学順さんインタビューについて伝える北海道新聞91年8月18日記事:「初対面のハルモニが『私は女子挺身隊だった』と切り出した」(甲50)

▽91年8月14日、金学順さんが名乗り出た初めての記者会見での発言:「16歳ちょっとすぎたくらいの(私)を引っ張って行って。強制的に。泣いて。出ていくまいと逃げ出したら、捕まって、離してくれないんです」(会見を伝える韓国KBSテレビの映像=甲109、発言の日本語訳=甲110)

▽金さんの会見を報じた翌8月15日付の韓国紙報道:東亜日報「挺身隊慰安婦として苦痛を受けた私」(甲20)、中央日報「私は挺身隊だった」(甲21)。ハンギョレ新聞「私を連れて行った養父も当時、日本軍人にカネももらえず武力で私をそのまま奪われたようでした」(甲67、西岡氏の翻訳=甲67の2)

ウソその2


西岡氏の主張A

金学順さんは「親に身売りされて慰安婦になった」「四十円でキーセンに売られた」と話したのに、植村氏が記事で触れていない。

▽「このとき名乗り出た女性(金学順さん)は親に身売りされて慰安婦になったと訴状に書き、韓国紙の取材にもそう答えている。植村氏はそうした事実に触れずに強制連行があったかのように記事を書いており、捏造記事と言っても過言ではありません」(週刊文春2014年2月6日号=甲7)

▽「その女性が日本政府に対して裁判をおこした訴状を見ると、『四十円でキーセンにうられた』と書いてあったのです。その女性は韓国の新聞のインタビューでも、『自分はキーセンに売られた』と言っていたのです」(明日への選択2007年5月号)

▽「金氏がキーセンとして売られたことも書いていない。…あえて『キーセン』のことを書かないことで、強制連行をより強調したかったのか、誤報というよりも、明らかに捏造である」(中央公論2014年10月号=甲6)

明らかになった事実A

「親に身売りされて慰安婦になった」という表現は、金さんの訴状(甲16)にも、韓国紙の記事(甲67、西岡氏の翻訳=甲67の2)にもない。金さんがキーセン学校に入ったことと慰安婦にされたことは関係ない。

金学順氏は「養父は(日本軍)将校たちに刀で脅され、土下座させられたあと、どこかへ連れさられてしまった」(乙10)、「姉さんと私は別の軍人たちに連行されました。…私たちにそのトラックに乗れと言うので乗らないと言いましたが、両側からさっとかつぎ上げられて乗せられてしまいました」(乙19)と明言しており、「日本軍によって戦場に連行されて慰安婦にされた」ことは明白。

西岡氏は、金さんは「親に身売りされて慰安婦になった」、「四十円でキーセンにうられた」と主張。論拠として、月刊『宝石』の臼杵敬子氏論文(1992年2月号=乙10)と『未来への記憶 アジア「慰安婦」証言集1』に掲載された金学順氏の証言(乙19)を提出した。しかし、キーセン養成学校に通ったのは14歳の時で、慰安婦にされたのは17歳の時。キーセンと慰安婦にさせられたこととは関係ない。

ウソその3


西岡氏の主張B

義母の裁判を有利にするために記事を書いた。

▽「原告は、韓国人である義母の起こした裁判を有利にする目的で、義母から便宜をもらい、金学順がキーセンに身売りされた事実を意図的に隠し、あたかも金学順が吉田清治証言のような強制連行の被害者であるかのごとく、事実を改ざんして意図的な捏造により記事にした」(『よく分かる慰安婦問題』増補版第3刷=甲3)

▽「原告のリーダーが義理の母であったために、金学順さんの単独インタビューがとれたというカラクリです」(「いわゆる従軍慰安婦について歴史の真実から再考するサイト」=甲4)

明らかになった事実B

植村記者が金学順さんの第一報を書いたときの団体は義母の団体(遺族会)とは関係ない別団体。朝日新聞の第三者委員会報告書(甲64)は、「義母を利する目的」や「捏造」との説を否定している。

 まず植村氏が1991年に金学順さんの情報を聞いたのは義母からではなく当時の朝日新聞ソウル支局長からだった(MILE1991年11月号=甲13、小田川興・元ソウル支局長の陳述書=甲57)。金学順さんの第一報を書いたとき聞き取りをしていた団体は「韓国挺身隊問題対策協議会」で、義母の団体「太平洋戦争犠牲者遺族会」(遺族会)とは関係ない別団体だった(甲9=文芸春秋2015年1月号、義母の梁順任氏の陳述書=甲158)。誤りを指摘され、西岡氏は訂正したとしている(正論15年2月号=甲107、正論15年3月号=甲108)。

朝日新聞の慰安婦報道を検証した第三者委員会は報告書(甲64)で「植村の取材が義母との縁戚関係に頼ったものとは認められないし、同記者が縁戚関係にある者を利する目的で事実をねじ曲げた記事が作成されたともいえない」(42ページ)と書き、「義母を利する記事」との説や、植村記者の記事が捏造であるとの説を明快に否定した。
https://sites.google.com/site/uemuraarchives/nishioka201809

2. 中川隆[-12777] koaQ7Jey 2019年1月23日 18:32:23 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22228] 報告

2018年9月27日

西岡氏に批判広がる


本人尋問で重要な証拠の改変や誤りを認めた被告西岡力氏への批判がネット上で広がっている。きっかけは、週刊金曜日が26日に「週刊金曜日オンライン」で公開した記事。「西岡力氏が自らの捏造認める」との見出しで、本人尋問の重要なポイントを報じている。この記事はすぐにYahoo!ニュースに転載され、さらにツイッターで拡散が始まった。ツイッターには、本人尋問を終えて東京地裁を出る西岡氏の姿をとらえた写真も貼りつけられていて、「西岡劇場」の様相を呈している。

『朝日』元記者・植村隆裁判で西岡力氏が自らの「捏造」認める | 週刊金曜日オンライン

http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/2018/09/26/antena-332/

以下は9月26日午後3時現在の#西岡力についてのタイムラインからの抜粋である。このほかに、中島岳志、平野啓一郎氏らの本文なしリツイートも多数ある。

※抜粋にあたっては、ツイート本文の一部を削ったものもある。
https://twitter.com/search?q=%EF%BC%83%E8%A5%BF%E5%B2%A1%E5%8A%9B&src=typd

■望月衣塑子

めちゃくちゃである。何の学術的裏付け、根拠もないまま植村氏を批判。結果、植村氏や家族や大学は誹謗中傷、脅迫に晒され続けた。その罪はあまりにも重い
■佐藤 章
この裁判記事によれば西岡力はほとんど捏造じゃないか。自分が捏造しておいて他者を捏造呼ばわりするのは学者として人として失格だろう。恐らくは櫻井よしこもそうだろう。植村隆は捏造などするような人間ではない。西岡と櫻井は、記者会見を開いて謝罪すべきだ。

■masa

慰安婦問題を少しかじったら誰もが知ってる名前だろう。そして、裁判で捏造を認めた、この人物は北朝鮮拉致被害者の「救う会」の会長でもある。では「家族会」は?一緒に多くの集会を開いているだろうから、YouTubeででも確認するとよいかもしれない。

■細かい情報‏

西岡氏はまた、元「慰安婦」の証言集は読んでおりながら、「挺身隊」名目で「慰安婦」にさせられた韓国人女性の証言は「覚えていない」とし、自らの主張と異なる最新の調査・研究結果も読んでいないと答えた。

■まりーべる321

#ヤフコメ が酷いですね。 #ネトウヨ さん達、いい加減にして欲しいです。

■World Peace Productions

#西岡力 本当に学者なのか?恥を知れ嘘つき野郎

■Hiroshi Takahashi

櫻井よしこさんも自分がウソ吐いたのを白状したし、西岡力さんも自分がウソ吐いたの白状したし、阿比留瑠比さんも自分の矛盾をアウェーの植村隆さんに突っ込まれて白旗上げたし、これだけウソ吐きのウソがばれてるのに、ウソを信じたい人たちは目を覚まさないんだよなー。


■佐藤 章‏
植村隆はぼくの昔の同僚だが、捏造などするような人間では決してない。人間である以上細かいミスはあるだろうが、優秀なジャーナリストであることは間違いない。捏造は、櫻井や西岡である。お仲間の杉田や小川のレベル、人間性を見てもよくわかる。
■渡辺輝人
酷いな。歴史修正主義って、日本語だと、修正なんて生易しいものじゃなくて、歴史の意図的改ざんなんだよね。

■ Hiroshi Takahashi

櫻井よし子に続いて右派の連中、ボロボロやんかw。

■想田和弘

シャレにならんな。→『朝日』元記者・植村隆裁判で西岡力氏が自らの「捏造」認める

■ソウル・フラワー・ユニオン‏

西岡力。櫻井よしこといい阿比留瑠比といい、嘘をつきまくって結局白旗。汚辱にまみれたカルトの不誠実な人生。

■能川元一

西岡力も櫻井よしこも、実に軽々しく「捏造」という非難を他者に浴びせてきたから、自分たちのミスを「捏造」呼ばわりされても自業自得なんだよね。

■宋 文洲

嘘吐きはウヨの始まり

■m TAKANO‏

植村隆裁判で、事実に基づいた緻密な追求によって櫻井よしこに続いて西岡力も白旗を揚げざるを得ない状況に追い込まれた。いわゆる右派論客こそ捏造だらけであることが、この裁判を通じて明らかにされた。

■北丸雄二

「慰安婦」問題否定派の旗手である麗澤大学客員教授の西岡力、捏造だったって。

■森達也(映画監督・作家)

ここまでの展開はさすがに予想できなかった。思想信条は違っても尊敬できる人であってほしいのに、下劣すぎる本質がどんどん顕わになる。

■tany

<西岡氏が、いくつかの重要部分について「間違い」を認めた> って、間違いじゃなくて<嘘をついた>だよね。 櫻井よしこやネトウヨはどうするんだろう。

■hiroshi ono

なんか、最近YuTubeでも歴史改ざんやヘイトまき散らす(自称)保守系ネット番組が相次いで締め出されたり、新潮の雑誌が休刊に追い込まれたり、櫻井よし子や今回の西岡力が裁判で自ら捏造デマ流してたこと認めたり、潮目が変わって来た感じ。日本の自浄作用に期待します。

■西大立目‏

結局「捏造」してるのは朝日叩いてる連中なんですよね。 小川榮太郎とか櫻井よしことか西岡力とか そしてコイツラは未だに「保守論壇誌」だの「産経新聞」だので朝日叩きのお仕事継続中

■デマを生む人信じる人の思考回路研究‏

「慰安婦問題」を否定する人々の拠り所とされてきた西岡力氏の言論。西岡氏は、元朝日新聞記者の植村隆氏の書いた慰安婦記事は捏造だ〜と言い続けてきた。しかし実際は逆で、西岡氏の方が自らの言論に都合よく事実を捏造していたことを東京地裁で認めた。

■you u you

これホントだったら大変なことだと思うんだけど。植村さんを叩いている人達は西岡さんに事実確認したほうがよくない?

■Kawase Takaya

人を嘘つき呼ばわりしていた奴が本当に嘘つきだった。これで事の理非が分からなければ、病膏肓に入るとしか。

■スワローヲタフク

西岡力って、確か「救う会」の会長で、アベのブレーンだよな。まさに、アベ政権に「巣食う会」になりましたとさwww

■河原 淳

櫻井よしこに続いて西岡力もー。 安倍首相を取り巻く右派論客のウソが次々に暴かれている。平然とウソをつき、他人を容赦なく攻撃し排斥する。安倍首相にも通じる。

■akabishi2‏

司会は櫻井よし子。救う会会長は西岡力。植村裁判で実質的に「捏造」を認めた2人が、拉致被害者の運動に深く関わっているのは偶然でもなんでもないことは、普通に考えればわかることなのに、誰もそのことを口にできないし書けないもんなー

■清水 潔‏

おいおい。 西岡氏は、植村氏の記事に対し「名乗り出た女性は親に身売りされて慰安婦になったと訴状に書き、韓国紙の取材にもそう答えている。捏造記事と言っても過言ではありません」とコメント。 しかし尋問で問われると、「記憶違いだった」と間違いを認めた。

■T−T‏

櫻井よしこも西岡力も裁判でデマを認めて、いま沖縄知事選でデマが飛び交っていると問題になっているけど与党候補からはデマで困っているという声は出ていないということ。

■藤井 太洋

慰安婦=プロの娼婦説の引き金を引いた西岡力が、発端となった記事の捏造を認めたのか。大きな一歩になるな。 そもそも慰安所にはプロも、騙された人も強制連行された人もいたのだろう。だからといって移動の自由がない戦地の慰安所に収容していいわけがないのだ。

■河信基

この男が横田夫妻を操り、拉致問題を10年間拗らせた張本人。廃刊になった新潮45の常識外に偏った常連寄稿者の一人でもある。

■宿坊の掲示板ほぼbot‏

「慰安婦」問題否定派の旗手である西岡力氏。彼の論考や発言は、櫻井よしこ氏をはじめ、右派言説の論理的支柱となり、影響を与え続けてきた。その西岡氏が9月5日に東京地裁で尋問に答えた内容は、彼らに失望と嘆息を与えるかもしれない。西岡氏が、いくつかの重要部分について「間違い」を認めたからだ

■Veem.atomic‏

朝日新聞の慰安婦問題、結局は捏造ではなくて、捏造だと言ってた西岡力氏が、否定の根拠を捏造(記憶違い)だと裁判で認めた訳だ。 朝日を責めてた人達、これからどうするんだろ? 謝罪するのかな?

■ウツボマン

しかし、安倍応援団、ひどいね。百田尚樹に青山繁晴、櫻井よしこに西岡力。小川榮太郎に山口敬之、竹田恒泰。よくもこれだけのメンバーを集められるもんだ。

■川上 哲夫

元朝日新聞記者・植村隆さんの、元「慰安婦」記事を「捏造」と週刊誌に書いた西岡力の記事こそが【捏造】であったことを本人が認めた。仕方なく認めた

■toriiyoshiki‏

「金曜日」の記事を読んで思うのは、西岡力氏の学者・研究者・言論人としてのモラル崩壊ぶりである。自説を補強するため、新聞記事のありもしない一節をでっち上げるなど、あってはならないこと、人並みの良心さえあればとても考えられないことである。

■toriiyoshiki

朝日新聞の従軍慰安婦についての記事を「捏造」だと非難してきた御本人が、自らの論拠が事実上の「捏造」だったことを認めるに至ったお粗末の顛末。これは裁判記録として残るから、もう言い抜けはできまい。

■ryozanpaku

『植村氏が起こした民事裁判で、西岡力氏は今年9月5日、植村氏を批判する根拠としていた元「慰安婦」の訴状と韓国紙の記事について、そのいずれも引用を誤っていたうえ、自らが記事を改竄していたことを認めた。植村氏の記事が「捏造だ」という主張はもはや根拠を失っている。』 西岡、謝れ!

■Joshua Martin あたま抱え中‏

2014年当時、西岡力に私もすっかり騙されていた。

「名乗り出た女性は親に身売りされて慰安婦になったと訴状に書き、韓国紙の取材にもそう答えている。」→嘘でした!

「私は40円で売られて、キーセンの修業を何年かして、その後、日本の軍隊のあるところに行きました」→加筆捏造でした!

■ウツボマン‏

こんな記事までチェックしてるのに、西岡力と櫻井よしこの嘘がバレたことに対するコメントはまだですか?

■二宮力

西岡力氏が救う会の会長だからな。拉致問題は解決しないよね。させるつもりもないのだろう。

■盛田隆二

「慰安婦」問題否定派の旗手・麗澤大学教授の西岡力氏。氏の論考は櫻井よしこ氏をはじめ、右派言説の論理的支柱となってきたが、その西岡氏が『朝日』元記者・植村隆裁判の尋問で、自らの「捏造」を認めた。 ――植村氏の記事を「捏造」呼ばわりした西岡氏が「捏造」していた。

■michi-to‏

西岡力が自らの捏造(従軍慰安婦は日本軍の強制ではなく親に売られたという嘘)を認める。嘘ネタで慰安婦を誹謗した櫻井よしこ、百田。慰安婦に謝れ。

■根村恵介‏

レイプジャーナリスト、捏造記者、ウヨクエンタメ作家、お追従評論家…安倍晋三のまわりはいかがわしい人物だらけ。

■朝守飛阿弥

「「私は40円で売られて、キーセンの修業を何年かして、その後、日本の軍隊のあるところに行きました」という、元の記事にない文章を書き加えていることを指摘されると、「間違いです」と小声で認めた」…お粗末。

■名もなき投資家(一般市民)

【「慰安婦」問題否定派の旗手である麗澤大学客員教授の西岡力氏。彼の論考や発言は、国家基本問題研究所理事長の櫻井よしこ氏をはじめ、右派言説の論理的支柱となり、影響を与え続けてきた。(略)西岡氏が、いくつかの重要部分について「間違い」を認めた】 自称愛国者達の精神的支柱が崩壊

■結城秀二郎‏

慰安婦問題をめぐっては、さきに櫻井よしこ、最近では西岡力。いずれも裁判で敗訴、ねつ造告白。船橋市西図書館は、歴史修正主義の本を、とにかく処分してほしい。差別や偏見まるだしで、公営図書館の歴史書として置くわけにはゆくまいと思われる。

■雪之丞‏

この 西岡力 (拉致被害者救う会会長)とか、杉田水脈(新しい歴史教科書をつくる会理事) を擁護した 藤田信勝(新しい歴史教科書をつくる会副会長) とか、全員歴史歪曲派であることに注目しよう

■双極鑷子‏

「西岡力氏が自らの「捏造」認める」櫻井よし子と同じ、偽証罪の懲役を恐れたんだよね。今の社会なら、デマ屋として今までどおり生きていけるからなあ。

■Tommy‏

「『慰安婦』なんて捏造ダー」系の皆さんが、とても困ったことになってしまった。捏造と主張してきた西岡力が自らの捏造を認めてしまったのだから。とは言え、そういう人達がこれで考え方を変えるとも思えないが

■とも

ダブルスタンダードがダメなのは当たり前、嘘や捏造偽造がダメなのも当たり前、西岡力さんのように自分の主張を有利にするために文章を書き換えるのもダメなのは当たり前、人間を生産性がないなどと切り捨てるのがいけないのも当たり前。意見が違った相手でも思いやりを持つのも当たり前。

■アオイ模型:自宅療養中

「捏造」を主張していた側が「捏造」してたという、ありがちな展開。けど、今後もこれが「事実」として叫ばれ続けるんだろうね

■Noby Lucha Libre‏

西岡力や櫻井よし子や阿比留瑠比などが捏造と主張している内容はそれ自体が捏造。「この人はウソつき」というウソ。だまされた人々は怒りの矛先を不誠実な連中に向けるべきだろう。

■水谷千春

西岡力はあの八木秀次と同じ麗澤大学なのか。知らなかった。

■nitonasuk‏

こんな連中が関与すべき話では無い。繊細な問題だしナショナリズムを背景に解決できる問題でも無い。イデオロギー的に中立な両国の学者が時間をかけ解決すべきだ。

■適菜収。完全bot。

アホくさ。。でも、「捏造」を認めただけ、自称文芸評論家の小川榮太郎よりはマシだよね。

■中野昌宏 Masahiro Nakano‏

こういう結末。当然ですね。

■相原たくや

捏造を認めたということは、詐欺師であることを認めたわけである。全面的な謝罪の上で、筆を折るべきだろう。

■sara-K-HMJ‏

櫻井よしこや西岡力が故意に「親が売った」というデマを吐き被害者を貶めバカウヨがSNS上で蔓延させた。今もそのデマを根拠に被害者攻撃は続いている。安倍晋三や駐米大使もそのデマと同類の発言をしている。コイツラにきっちり責任をとらせろ

■omelette

【「私は40円で売られて,キーセンの修業を何年かして,その後,日本の軍隊のあるところに行きました」という元の記事にない文章を書き加えていることを指摘されると,「間違いです」と小声で認めた。】 元の物に無い文を勝手に作るのは、「間違い」ではなく、「捏造」

■能川元一‏

あの二人はなにか勘違いしたとか筆が滑ったとかであんなこと描いてるわけじゃない。あれは二人の世界観そのものなんだから。櫻井よしこや西岡力があれだけ法廷でド詰めされても「捏造記者」呼ばわりを謝罪もせず撤回もしてないのを見ればわかるじゃん。

■エリン

この 西岡力 って奴のデマに、脊髄反射で共感したのが 櫻井よしこ らであり、加害に加担した罪は大きい。西岡氏は大学教授を辞し、櫻井よしこは物書きとして筆を折るべきだ。

■もぎたてのいとうじん

なんだか、とてもいい加減だね。となると、この人の一部始終、信頼に値しない…と考えるべきじゃないかな。

以下略
http://sasaerukai.blogspot.com/2018/09/blog-post_27.html

3. 中川隆[-12404] koaQ7Jey 2019年2月05日 20:49:11 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231] 報告

【超悲報】慰安婦問題否定派旗手の西岡力、植村隆裁判で自らの「捏造」を小声で認める
2018年09月27日
http://blog.livedoor.jp/nanyade/archives/12523618.html


1: 名無しさん@涙目です。(やわらか銀行) [ニダ] 2018/09/26(水) 10:52:18.30 ID:PkL/5UQY0 BE:718678614-2BP(1500)

sssp://img.5ch.net/ico/anime_jyorujyu03.gif
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180926-00010000-kinyobi-soci

「慰安婦」問題否定派の旗手である麗澤大学客員教授の西岡力氏――。彼の論考や発言は、国家基本問題研究所理事長の櫻井よしこ氏をはじめ、右派言説の論理的支柱となり、影響を与え続けてきた。
その西岡氏が9月5日に東京地裁で尋問に答えた内容は、彼らに失望と嘆息を与えるかもしれない。西岡氏が、いくつかの重要部分について「間違い」を認めたからだ。

 東京地裁では、元「慰安婦」記事を「捏造」と記述され名誉を傷つけられたとして、元『朝日新聞』記者の植村隆・韓国カトリック大学客員教授が西岡氏らを相手取り、損害賠償などを求めた訴訟が2015年1月から続いている。

 植村氏は1991年8月、韓国での「慰安婦」問題に取り組む市民団体への取材やその聞き取り調査に応じた女性(のちに記者会見で名乗り出た金学順さん)の録音テープを聞いてスクープし、同年12月にも証言を記事化した。

 西岡氏は、植村氏の記事に対し、『週刊文春』2014年2月6日号で「名乗り出た女性は親に身売りされて慰安婦になったと訴状に書き、韓国紙の取材にもそう答えている。捏造記事と言っても過言ではありません」とコメントした。

 しかし、尋問で「そう訴状に書いてあるのか」と問われると、「記憶違いだった」と間違いを認めた。
金さんの記者会見を報じた韓国『ハンギョレ』新聞の記事を著作で引用した際、
「私は40円で売られて、キーセンの修業を何年かして、その後、日本の軍隊のあるところに行きました」という、元の記事にない文章を書き加えていることを指摘されると、「間違いです」と小声で認めた。

 西岡氏はまた、元「慰安婦」の証言集は読んでおりながら、「挺身隊」名目で「慰安婦」にさせられた韓国人女性の証言は「覚えていない」とし、自らの主張と異なる最新の調査・研究結果も読んでいないと答えた。

(佐藤和雄・ジャーナリスト、大学非常勤講師、2018年9月14日号)


4: 名無しさん@涙目です。(大阪府) [IT] 2018/09/26(水) 10:54:11.49 ID:LKdluHoH0

ネトウヨこれどーすんの?


5: 名無しさん@涙目です。(関東・甲信越) [TW] 2018/09/26(水) 10:54:22.37 ID:PdlzaaUNO

て…捏造


8: 名無しさん@涙目です。(茸) [AU] 2018/09/26(水) 10:56:36.24 ID:CXTZV/YW0

「買ってはいけない」でお馴染みの週刊金曜日


9: 名無しさん@涙目です。(京都府) [US] 2018/09/26(水) 10:56:57.87 ID:NI8w3FFo0

慰安婦強制とか事実に決まってるじゃん
21世紀になってもAV強要やってるジャップ様やど?


73: 名無しさん@涙目です。(catv?) [RU] 2018/09/26(水) 11:33:59.82 ID:U0lsHSA30

>>9
朝鮮人女衒にだまされたり強制はされたよな。


117: 名無しさん@涙目です。(家) [US] 2018/09/26(水) 12:06:57.92 ID:sYz33jo50

>>73
今の外国人研修制度と同じだよな


155: 名無しさん@涙目です。(神奈川県) [RU] 2018/09/26(水) 12:38:50.04 ID:IGs3i5zT0

>>117
日本人がそうしてるから慰安婦強制もあったなんて根拠が薄弱すぎw
さっさと命令書なり証拠出してくりゃいいのにw


190: 名無しさん@涙目です。(家) [US] 2018/09/26(水) 13:25:17.60 ID:sYz33jo50

>>155
研修生に借金させて連れてこいなんて書類があると思ってんの?


191: 名無しさん@涙目です。(東京都) [US] 2018/09/26(水) 13:31:55.96 ID:zKA4N5OL0

>>190
それについては日本悪くないから言ってもしょうがないね
現地の政府の責任だろ


200: 名無しさん@涙目です。(家) [US] 2018/09/26(水) 14:35:28.78 ID:sYz33jo50

>>191
な、そっくりだろ?


18: 名無しさん@涙目です。(チベット自治区) [FR] 2018/09/26(水) 10:59:49.02 ID:dCEj7CrB0

櫻井よしこもほぼ同じ形で間違えを認めたから
ほぼ裁判は負ける
でもネトウヨ的には不当判決で終了するwww
事実に当たることは絶対しないしなwww


19: 名無しさん@涙目です。(チベット自治区) [FR] 2018/09/26(水) 11:01:11.30 ID:dCEj7CrB0

結局、西岡も櫻井も朝日バッシングしたかっただけなんだよなw
慰安婦問題をチープなウヨサヨ論争で仕掛けた張本人たち


21: 名無しさん@涙目です。(東京都) [US] 2018/09/26(水) 11:01:54.22 ID:ThB5b3Cx0

ネトウヨがこんなねつ造してるとパヨクなるぞ。


22: 名無しさん@涙目です。(アメリカ合衆国) [CN] 2018/09/26(水) 11:02:14.03 ID:zm5sEAif0

そんなことより植村が韓国の大学教授になってたことが驚き


242: 名無しさん@涙目です。(岡山県) [CN] 2018/09/26(水) 18:12:52.34 ID:K22T2Xjp0

>>22
そういやゆとり教育でおなじみ寺脇研は コリア国際学園だっけか


24: 名無しさん@涙目です。(東京都) [US] 2018/09/26(水) 11:03:13.29 ID:ntc9GOTM0

ネトウヨはこのニュース無視しそう


29: 名無しさん@涙目です。(チベット自治区) [FR] 2018/09/26(水) 11:07:05.47 ID:dCEj7CrB0

あとあれだ
宮台が出てるビデオコムニュースでも言ってた
この裁判と吉田清治の話は全然関係ない
金学順の証言記事の裁判だから


36: 名無しさん@涙目です。(兵庫県) [JP] 2018/09/26(水) 11:10:41.01 ID:GmM5SkYg0

西岡って家族会から嘘つき野郎って追い出されてた奴だろ
内ゲバ状態の勝共学者連中を未だに囲ってる保守言論が悪いわ


38: 名無しさん@涙目です。(神奈川県) [US] 2018/09/26(水) 11:11:51.26 ID:YHq5TCGw0

ネトウヨ「それでも西岡先生は正しい」


71: 名無しさん@涙目です。(チベット自治区) [US] 2018/09/26(水) 11:30:12.95 ID:JjjB+K8L0

>>38
ネトウヨの基本性質はオウム真理教信者と同じ


43: 名無しさん@涙目です。(チベット自治区) [US] 2018/09/26(水) 11:15:14.28 ID:JjjB+K8L0

ネトウヨは詐欺師っていうのがどんどん証明されていくぞこれからも


44: 名無しさん@涙目です。(大阪府) [ニダ] 2018/09/26(水) 11:15:31.47 ID:umkYHZ4n0

慰安婦問題では西岡も桜井よし子も雑魚
朝日を謝罪に追い込んだ橋下にダメージ与えて初めて成果と言える

逆に言うと
パヨクは橋下にダメージ与えられないから
雑魚を相手に必死になってる


50: 名無しさん@涙目です。(家) [US] 2018/09/26(水) 11:20:34.14 ID:WTwOG/UZ0

拉致被害者がらみで売り出して
順調だったのにな
とんだアホやな


66: 名無しさん@涙目です。(チベット自治区) [FR] 2018/09/26(水) 11:26:24.97 ID:dCEj7CrB0

国際社会は朝日新聞なんて読んでない
すべて河野談話で有罪認定している
日本政府の正式なコメントでごめんなさいして
なおかつアジア女性基金と日韓合意で悪く無い奴がなんで金払ってるの?まで言われてるしw


76: 名無しさん@涙目です。(神奈川県) [EG] 2018/09/26(水) 11:36:43.03 ID:aM8ufD8B0

櫻井よしこも裁判で嘘こいてたってばれてたじゃん


113: 名無しさん@涙目です。(SB-iPhone) [NL] 2018/09/26(水) 12:05:49.17 ID:ULf1ZJ9O0

平時に外人を奴隷労働させる国が、戦時は強制連行も従軍慰安婦もやってないと言い張れんの?


123: 名無しさん@涙目です。(チベット自治区) [FR] 2018/09/26(水) 12:10:34.57 ID:dCEj7CrB0

慰安婦問題は日韓が一番話しがズレてて
欧米政府や欧米メディアのほうがちゃんと捉えている
しかもこの問題はこれで終わらない
現場で問題が起きているのに止めなかったんだから確信犯
その中には日本人女性も被害に合ってた
つまりは日本軍が日本女性も生贄にしてたってことになる
そうすると、今右翼やっている奴ってバカなのか反日なのか?ってなる
非常に楽しみ
右翼が逆賊になるからwwwwwwww


129: 名無しさん@涙目です。(茸) [US] 2018/09/26(水) 12:16:07.36 ID:f4dNB7Ek0

ネトウヨさんさあネットで真実しちゃって結果は捏造だってさ
ほんとに日本の恥だわ


130: 名無しさん@涙目です。(チベット自治区) [IL] 2018/09/26(水) 12:16:42.08 ID:V8Uc8Nz80

こいつか櫻井よしこの極右カルトは捏造しまくってんだな
それに騙されて鉄砲玉にされてるのが馬鹿なネトウヨという構図

この裁判も植村隆記者の完勝だろうな。


157: 名無しさん@涙目です。(庭) [US] 2018/09/26(水) 12:41:20.42 ID:G4yjKaXU0

しかし、こんな人ばかりだね
小林よしのりの戦争論とか、ゴー宣にハマって、5年くらいネトウヨだったけどさ、日本会議やら統一やら、そんなんばっかりだったな
恥ずかしい過去だよ
反省した
小林よしのりは上手く利用されたのか?


189: 名無しさん@涙目です。(家) [US] 2018/09/26(水) 13:23:36.05 ID:7DvP3D350

ネトウヨが心の拠り所ってこんなイカサマな奴ばっかりだろう。
釣られたネトウヨが怒るどころか擁護する救いようの無いアホ。


202: 名無しさん@涙目です。(WiMAX) [US] 2018/09/26(水) 14:38:44.40 ID:AIcjwA7v0

西岡の信頼性が終わっただけで慰安婦問題自体には何の関係もないと思うぞ


277: 名無しさん@涙目です。(庭) [US] 2018/09/26(水) 21:29:27.38 ID:cJ/rvPDM0

今の実習生制度見たら、なんとなく察しがつくと思う。

現地ブローカーが甘言で現地の若者を騙して、借金を負わせて日本に連れてきて、条件と違う仕事をやらせたり、不当にピンハネしてて借金が全然返せないというパターンが増えてる。

日本企業がブローカーを使ってる可能性もある。
もしその場合、何か大きなトラブルがあれば、ブローカーだけでなく日本企業にも責任が出てくる。

戦前の慰安婦も同じだろう。日本軍が朝鮮のゼゲンを使って女性を集めさせた。
慰安所で女性を働かせるのも日本軍の許可が必要だった。

当然、日本軍にも責任は出てくるというわけだ。


287: 名無しさん@涙目です。(庭) [FR] 2018/09/26(水) 22:49:02.24 ID:Aj3asxj/0

慰安婦はいたと日本政府も認めてる。
問題は強制か商取引かのところ。


289: 名無しさん@涙目です。(SB-iPhone) [US] 2018/09/26(水) 22:51:28.39 ID:88S6sG1C0

>>287
強制か商取引かじゃねーし。
国が関与してるかどうかだからな。
業者が犯罪まがいに強制した事件だってあんだからさ。


315: 名無しさん@涙目です。(神奈川県) [EG] 2018/09/27(木) 02:59:51.00 ID:Lp/+ZIU00

小声で認めたってさ こいつら何なのマジでw


317: 名無しさん@涙目です。(関西地方) [US] 2018/09/27(木) 03:13:01.89 ID:LrVDFq5J0

産経の阿比留瑠比も返り討ちにされました


318: 名無しさん@涙目です。(東京都) [US] 2018/09/27(木) 03:18:53.93 ID:3CjjodTO0

これは信用を大きく落としたな。

http://blog.livedoor.jp/nanyade/archives/12523618.html

_____

1. 名無しさん
2018年09月27日 16:15
バカウヨは息を吐くように嘘を吐くからな
ほんとどうしようもないわ

2. 名無しの偉人さん
2018年09月27日 16:27
要するに、公的機関が癒着している悪質業者に肝心のところをアウトソーシングして責任回避しているという、今でもよくある構図。ここにメスを入れない限り本質を衝いた議論にはなりえないから、「日本ネトウヨvs.韓国反日愛国者」の論争はズレまくってしまう。

3. ハンJ名無しさん
2018年09月27日 17:40
旧日本軍の従軍慰安婦問題では、単に女性たちの徴集時に軍が直接的に強制連行したのか否か、という点だけでは無く、
旧日本軍が主体的・主導的に設置・管理などしていた、軍の慰安所において、多くの女性達が、その自由意思を確保されない状況下で、日本の軍人・兵士ら相手の性的業務に使役させられた、という点が、広く問題になっているのであって、
日本で、いわゆる強制否定的なこと言ってる人達って、そういう点に正面から踏む込まず、問題を歪曲化・矮小化しようとしてるんだよな

4. ハンJ名無しさん
2018年09月27日 18:21
そう言えば植村さんの娘にストーカーして嫌がらせしてたキモいネトウヨが居たよな
本当にネトウヨって人間の屑だね

5. ハンJ名無しさん
2018年09月27日 18:21
戦前の日本でも悪質なゼゲンが貧しい村にいって、『うちの工場で働けば稼げるよ』等と若い娘達を騙して 売春婦として濃き使うのは決して珍しくはなかったよ。
この場合は給料なんてほとんど貰えなかったし、娘が逃亡したり客の付きが悪かったりしたら 元締からリンチを受けた。ほとんど奴隷状態だった。

日本の支配下だった朝鮮でも 同じようなことをやってたと考えるのが普通だよね。
従軍慰安婦は、日本軍が朝鮮人のゼゲンを使って女性を集めさせたんだから、どうしても日本軍の責任は出てくるよ。

6. ハンJ名無しさん
2018年09月27日 18:27
つーか、コイツに限らず雑なデマを流す奴って何を考えて調べりゃばれる捏造をするんだ?
最終的に自説の説得力が弱まるだけだろうに。

8. ハンJ名無しさん
2018年09月27日 18:38
※5
この手の表面だけ日本の責任を追及しつつ、実際は言い訳並べるコメ最近やたら出没してるな

※5とは関係ない話で、民間の悪質な労働と国家が絡んだ慰安婦問題を並べて語って矮小化を図ろうとする奴をたまに見るがガチでクソだと思う
あと、朝鮮の人間も加担してた的な話を出して論点をずらそうとする奴も時々見る

7. 名無しの偉人さん
2018年09月27日 18:38
※6
それはさ、別のコメント欄でも書いたんだが、彼らが本気で客観的事実と整合性のある話をしようとは思ってないからだよ。

彼らのやり口の源流って、ネット普及前夜の「自由主義史観」運動にまで遡れるんだけど、そこでの彼らの主張ってのが、
「歴史は客観的な真実を明らかにすることは不可能。だから、国民統合に役に立つ美しい話をすることに専念すべき。」
って事を露骨に言ってたわけよ。

ちなみに、この運動の提唱者は元バリバリの共産党員な。

9. ハンJ名無しさん
2018年09月27日 20:44
ちなみに、2017年には強制連行についての新資料が見つかってる。


http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/193/meisai/m193164.htm

http://tamutamu2015.web.fc2.com/iannfusiryou2017koubunsyokan.htm


10. ハンJ名無しさん
2018年09月27日 22:47
ネットで真実恐ろしや

11. 名無しの共和国人民
2018年09月28日 00:55
司法で負けまくるネトウヨさんw

12. ハンJ名無しさん
2018年09月28日 05:55
西岡力や櫻井よしこが最悪の売国勢力だということは今や保革問わず常識。

13. ハンJ名無しさん
2018年09月28日 08:33
嘘も百回繰り返せば…は司法の場では通用しなかったんやね

14. ハンJ名無しさん
2018年09月28日 14:36
やっぱり捏造か嘘つき右翼

15. ハンJ名無しさん
2018年09月28日 19:45
※7
いや、自由主義史観は左翼に対する批判から生まれたものだろ。中心になった連中も右翼か左翼からの離脱組がほとんどで共産主義関係ない。
中心となった藤村なんて共産主義関係の人脈に絶縁状みたいな手紙叩きつけてる。

16. ハンJ名無しさん
2018年09月29日 09:31
偏向報道を許さない(笑)ネトウヨガイジさん…
息を吐くように嘘をつくマスゴミ以下のガイジは自分の方だったね(ガッカリ

17. ハンJ名無しさん
2018年09月30日 10:52
業者にやらせたとしても依頼したのは
大日本帝国だから

18. ハンJ名無しさん
2018年10月01日 14:18
仲間内で通じるからと調子にのった末路
溢れでるバカな大学生感

19. 名無し
2018年10月07日 18:42
あの〜、左翼の皆さん、楽しく沸いてるとこ申し訳ないけど、
吉田清治も朝日新聞も「日本軍による慰安婦の強制連行は無かった」って認めてますけど?
http://blog.livedoor.jp/nanyade/archives/12523618.html


▲△▽▼


従軍慰安婦強制連行の吉田清治証言はやはり事実だった:

経済ジャーナリスト・今田真人「従軍慰安婦・吉田証言否定論を検証するページ」
http://masato555.justhpbs.jp/newpage113.html

4. 中川隆[-12400] koaQ7Jey 2019年2月05日 21:35:55 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22231] 報告

2018.10.2
右派論壇の一時の勢いに陰り、慰安婦訴訟で「訂正」相次ぐ
次ぐ
山田厚史:デモクラシータイムス同人・元朝日新聞編集委員+ 
https://diamond.jp/articles/-/180999


 旧日本軍による強制はあったのか――。従軍慰安婦を巡る論争は、いま法廷に舞台を移している。

 戦後の歴史観をめぐる「歴史戦」が、論戦から法廷での淡々とした証拠調べ、事実認定へと変わってきた中で、朝日新聞を「記事取り消し」に追い込んだ弾劾の急先鋒だった評論家・ジャーナリストの櫻井よしこ氏や問題の「火付け役」西岡力・麗澤大学客員教授が、逆に裁判で主張の誤りを追及され、不本意な訂正に追い込まれている。

 最近でも、「新潮45」が性的少数者であるLGBTへの差別問題で休刊に追い込まれるなど、右派論壇の勢いに陰りが見える中で、歴史戦も右派は最前線で押し戻され気味だ。

産経、櫻井氏の文章を訂正
“孫引き”だった慰安婦「証言」

 6月4日の産経新聞の看板コラム「美しき勁き国へ」にこんな訂正が載った。

訂正の内容はこうだ。

「平成26年3月3日の当欄に『この女性、金学順氏は後に東京地裁に訴えを起こし、訴状で、14歳で継父に40円で売られ、3年後、17歳の時再び継父に売られたなどと書いている。』とあるのを、『平成3年から4年に発行された雑誌記事、韓国紙の報道によると、この女性、金学順氏は14歳のときに親から養父に40円で売られ、17歳のときその養父によって中国に連れて行かれ慰安婦にされたという。』に訂正します」

 訂正された記事は、櫻井よしこ氏が2014年3月3日の「美しき勁き国へ」に載せた「真実をゆがめる朝日報道」と題する文章だ。

 慰安婦としての過去を証言した金氏を紹介した植村隆・元朝日新聞記者が書いた記事(1991年8月11日)を取り上げ、「捏造を朝日は全社挙げて広げたのである」と断罪した。

 櫻井氏は「この女性、金学順氏は後に東京地裁に訴えを起こし、訴状で、14歳で継父に40円で売られ、3年後、17歳のとき再び継父に売られたなどと書いている。植村氏は彼女が人身売買の犠牲者であるという重要な点を報じず、慰安婦とは無関係の『女子挺身隊』と慰安婦が同じであるかのように報じた」と「美しき勁き国へ」で主張した。

 ところが、「訂正」によると、継父ではなく養父に40円でキーセンにとして売られたことなどという記述は「訴状」ではなく、韓国新聞や日本の雑誌に書かれたことの「孫引き」と櫻井氏は認めた。

 元慰安婦が自ら訴状にしたためたことと、メディアに載った記事の引用では、主張の根拠の重みがまるで違う。

 この「事実誤認」は札幌地裁で進められている民事訴訟で植村氏が指摘した。櫻井氏は法廷後の記者会見で「率直に改めたい」と認めた(2016年4月22日)。

 ところが産経新聞は訂正を渋り、植村氏は17年9月、東京簡裁に調停を申し立てた。裁判所の調停ででやっと産経新聞は訂正に応じたが、櫻井氏が「誤り」を認めてから訂正が出るまで2年近くかかった。

 産経は、この事実誤認を認めたら「歴史戦の敗退」を印象付ける、と憂慮したのだろうか。

「強制連行」に触れず
「人身売買」を主張

 同様の訂正はワック出版が発行する月刊誌「WiLL」(2018年7月号)でも出された。櫻井氏が書いた「朝日は日本の針路を誤らせる」(2014年4月号)の訂正で、産経の正論コラムと同時期にほぼ同じ論評が載った。


櫻井氏は論戦の最前線に立っているが「後ろにいる参謀役は西岡氏」と植村氏側は見ているようだ。札幌での訴訟は櫻井氏と同氏が寄稿した新潮社、ワック社、ダイヤモンド社を訴え、東京地裁では西岡氏と文藝春秋社を訴えた。

 9月5日、東京地裁民事103号法廷で行われた西岡氏に対する被告人本人尋問で、植村氏の代理人、穂積剛弁護士が西岡氏に問いただした。

「あなたは週刊文春2014年3月13日号で、(元慰安婦の金学順さんは)『強制連行されたのではなく、親に身売りされて慰安婦になった』と言っている。貧困のためにキーセンに身売りし、義父に慰安所に連れて行かれたことがポイントになっているが、身売りは14歳の時、慰安所はその3年後。義父に連れていかれた時が大事なポイントではないですか」

 これに対し、西岡氏は「両方とも大事です」と答えた。

 そこで穂積弁護士は、西岡氏が証拠として提出している月刊誌「宝石」(1992年10月号、光文社・すでに休刊)の記事を示し、こう尋ねた。

「ここに『私たちは日本の兵隊に取り囲まれ、将校と養父の間で喧嘩が始まり「おかしいな」と思っていると養父は将校たちに刀で脅され、土下座させられたあと、どこかに連れ去られてしまったのです』として、その後私は慰安所に連れていかれ日本兵の相手をさせられた』という証言が書かれています。義父が売り飛ばしたのではなく日本軍が奪ったのではないですか」

 これに対し西岡氏は「そう書いてあるが、本当かどうか裏付けを取らないとわからない。私はその可能性はかなり小さいと思う」と答えた。

 穂積弁護士が「日本軍が武力で奪ったことことが本質だと思うが、全くあり得ない解釈でしょうか」と、重ねて問うと、西岡氏は「あり得ない解釈とはいえない。当時はそう考えるのが多数派だった」と答えた。

 この証人尋問で、西岡氏は、「軍による強制連行」は多数派の認識だった、と証言したのだ。

 櫻井氏も西岡氏も「養父に慰安婦にされた」ことを、「人身売買であって、強制連行ではない」ことの証拠にしている。しかし両氏がその証拠として提出した雑誌には、養父は駅で日本の将校に脅されて連れさられ、自分たちは日本兵に慰安所に連れて行かれた、と書かれていた。

 西岡氏が証拠とした韓国紙ハンギョレ新聞にも、金学順さんの言葉として「私を連れて行った義父も当時、日本軍人にカネももらえず武力で私をそのまま奪われたようでした」と報じている。

 いずれも「強制連行」を示す記述には触れず、自分の主張に都合のいい箇所だけを摘み食いして、「人身売買」というストーリーを仕立てあげたとも見える展開である。


「宝石」の記事で、金氏が仲間と一緒に日本兵に連行されたと証言していることについて、西岡氏は「裏付けが取れない」と言う。そして「その可能性はかなり小さい」というが、それは西岡氏の勝手な主観だろう。

「強制連行はなかった」という結論が先にあって、自分の歴史観に合う都合のいい事実だけを取りあげるということなら、それは学者としての良心が疑われかねない。

 西岡氏も、櫻井氏と同様に雑誌などの「孫引き」を事実かのように述べた誤りを犯したことを、「記憶違いだった」「私の言葉で要約した」と認めた。そして訂正については「裁判が終わってから必要があれば考える」と述べた。

 だが「率直に改めたい」と潔かった櫻井氏に比べると、往生際の悪さが印象に残った。

「歴史観修正」に注力
朝日元記者を標的に

 東京と札幌で進められている慰安婦問題をめぐる2つの訴訟の争点は同じだ。

(1)慰安婦にされた金氏に対する軍による「連行」の事実はあったのか、(2)「女子挺身隊」という言葉は朝鮮で慰安婦を表す表現として使われていたか、(3)植村氏は義母の裁判を有利にするため記事を書いたのか、である。

 植村氏は西岡氏らから、韓国人である義母が関係する元慰安婦などを支援する団体の運動と絡めて非難された。義母が関係する運動を手助けするため記事を書いた、つまり金氏が親に売られて慰安婦にされたのに、女子挺身隊として戦地に連行されたと捏造したというのだ。

 今回の二つの訴訟は、記事を「捏造」したと名指しされた植村氏が、名誉回復を求め、自身に向けられた憎悪のような攻撃に反撃するために起こしたものだ。

 裁判では、金氏だけでなく軍が関与して慰安婦にされた人たちの事例などが、植村氏側から証拠としていくつも提出されている。

「挺身隊」は、日本では勤労動員などに使われているが、韓国では慰安婦を表す言葉でもあった。

 櫻井氏がキャスターを務めた日本テレビでも「女子挺身隊という名の従軍慰安婦」という番組を放送した(82年3月)。産経新聞も1991年9月3日の紙面で、「第二次世界大戦中『挺身隊』の名のもとに、日本従軍慰安婦として戦場に駆かり出だされた朝鮮人女性たち」と書いている。

 植村氏が金学順さんの証言を書いたのもこのころ。挺身隊という言葉は韓国で慰安婦と同義語だった。


植村氏の義母・梁順任さんは韓国の太平洋戦争犠牲者遺族会の役員をしていた。遺族会は金学順さんが日本政府を訴える賠償請求訴訟を支援したが、植村氏が最初に取材した当時は、金氏との接点はなく、訴訟の動きなどはなかった。

 植村氏が大阪社会部の記者として朝鮮問題に熱心であることを知っていた当時のソウル支局長が、金氏の証言テープがあることを伝え、取材させたと証言している。

 産経に集う右派論壇は、慰安婦問題を「歴史戦」と位置付け、戦後の歴史観の修正に力を注いできた。

 朝日新聞が、「済州島で慰安婦狩りがあった」という吉田清治氏の証言をもとにした82年9月の記事を「事実ではなかった」と取り消したことをきっかけに、「従軍慰安婦などなかった」という歴史修正の動きが力を増した。

 従軍慰安婦は儲かる仕事で、動機はカネだ。「強制連行」だとあおったのは朝日新聞で、歴史をねじ曲げた情報を世界に発信し、日本と日本人を卑しめた――。そんな言説が噴出した。標的が植村記者だった。

 金学順氏は、慰安婦とした初めて名乗り出て、顔をさらし悲劇を語った。生き証人の登場は「歴史修正」を目指す人たちにとって不都合だったのかもしれない。

 金氏は親に売られただけ。キーセンから慰安婦にされたのは養父のカネ儲けのためだ。挺身隊と慰安婦は関係ない。

 訴状に40円で売られたとあるのに、植村氏は記事で触れず、書かれてもいない「女子挺身隊として戦場に連行された」などと加筆した、と集中砲火を受けた。

右翼論壇の「やり過ぎ」
世論のバランス感覚が働く

 それだけではない。「週刊文春」は植村氏が朝日を退職して神戸松蔭女子学院大の教授になる、という情報を察知し「“慰安婦捏造”朝日新聞記者がお嬢様女子大教授に」という記事を掲載(2014年2月6日号)。この中で西岡氏は植村氏の記事を「捏造記事と言っても過言ではありません」と述べている。

 記事の掲載に際して「週刊文春」は神戸松蔭女子学院大にこんな質問状を送った。

「重大な誤り、あるいは意図的な捏造があり、日本の国際イメージを大きく損なったとの指摘が重ねて提起されています。貴大学は採用にあたってこのような事情を考慮されたのでしょうか」

 この記事が出ると、大学に電話やメールが殺到した。植村氏は事実上の就任辞退を迫られたという。

 記事を書いた元文春記者の竹中明洋氏は東京地裁の証人尋問で「思った以上に反響が大きかった」と述べた。


大学を追われた植村氏には、朝日新聞記者時代から務めていた北海道の北星学園大学非常勤講師として迎えられた職だけが残された。

 竹中記者は「『慰安婦火付け役』朝日新聞記者はお嬢様大学クビで北の大地へ」と追い打ちをかけ、この時も大学に質問状を送り付けた。「大学教員としての適性には問題はないとお考えでしょうか」。

 記事は大学への攻撃に火をつけた。

「貴殿らは我々の度重なる警告にも関わらず、国賊である植村隆の雇用継続を決定した。この決定は、国賊である植村隆による悪辣な捏造行為を肯定するものだ」との書き出しで、学生や教職員に危害が及ぶことを警告する脅迫文書が送られるようになる。

 脅しは家族にまで広がった。長女の写真が実名といっしょにネットにさらされ、「必ず殺す。何年かかっても殺す。何処へ逃げても殺す。絶対にコロス」などの脅迫文が繰り返し届けられた。

 それから4年がたち、憎悪のごとく吹き荒れた右派論壇の足元で、その主張の根拠が訂正された。裁判の過程で「捏造」は言いがかりであることが明らかにされつつある。

 最近では、力を増す差別的言論に便乗した「新潮45」が杉田水脈議員(自民党)を担いでLGBTに対する不条理な言説で世のひんしゅくを浴びた。

 上滑り気味の右翼論壇の「やり過ぎ」に世論のバランス感覚が働いているようにも見える。時の勢いに乗った右翼の「歴史戦」もまた、押し戻されつつある。

(デモクラシータイムス同人・元朝日新聞編集委員 山田厚史)


5. 中川隆[-12399] koaQ7Jey 2019年2月05日 23:22:40 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-22234] 報告


2018年9月6日
速報!西岡力氏尋問
http://sasaerukai.blogspot.com/2018/09/blog-post_52.html


【東京第13回口頭弁論】札幌に次ぎ東京でも劇的展開


西岡氏、重要な誤りと証言改変を認める

重要部分を削除し、引用には他記述を付加!

280分にわたる本人・証人尋問


次回11月28日に結審

大詰めの植村裁判最終盤。東京の法廷では劇的な展開があった。

東京訴訟の第13回口頭弁論は9月5日、東京地裁で開かれ、原告植村隆氏(元朝日新聞記者)と被告西岡力氏(元東京基督教大学教授)、証人の竹中明洋氏(元週刊文春契約記者)に対する人証調べ(本人および証人の尋問)が行われた。午前10時30分に始まった尋問は、竹中、植村、西岡氏の順に行われ、午後5時過ぎ終了した。

■裁判の核心にかかわる重大事態

西岡氏は、自身の記述に重要な誤りがあることを認め、韓国人元慰安婦・金学順さんの証言の重要な部分を削除したり、韓国紙の引用としてもとの記事にない記述を付け加えたりして「捏造」決めつけの根拠としたことも認めた。いずれも、この裁判の核心にかかわる重大な事態である。先の札幌訴訟・櫻井尋問と同じように、「捏造」決めつけの根拠は完全に崩壊した。植村氏への「名誉毀損」攻撃の違法性は法廷で明白になった。もはや西岡、櫻井両氏の抗弁は成立しないことを、両氏が認めたということである。


尋問後に今後の進行について意見交換と裁判官合議があり、植村弁護団が求めていた2人の証人尋問は不採用となった。このため、次回で審理は終了することになった。次回第14回口頭弁論は11月28日(水)午後2時から同法廷で開かれる。


この日の東京は、前日に関西を直撃した台風21号の余波の強風が吹いたが、初秋の強い日差しの下、最高気温は34度となり、きびしい残暑の1日となった。

裁判所が103号法廷に用意した傍聴席は94席。抽選予定の午前10時10分までに整列した人は84人だった。定員にわずかに満たなかったため抽選は行われず、全員が入廷できた。


午前10時27分、原克也裁判長と2人の裁判官が法廷に入った。弁護団席は植村氏側が14人、西岡氏側は2人が座っている。植村氏側には、中山武敏(団長)、宇都宮健児、黒岩哲彦弁護士や、札幌弁護団の渡辺達生、大賀浩一弁護士の姿もあり、午後には札幌から秀嶋ゆかり、小野寺信勝両弁護士も加わった。

「少し早いですが始めます」と原裁判長が宣言し、証拠に関する弁論手続きを終えて本人尋問が始まった。法廷全体に緊張した空気が張りりつめる中、本人尋問は淡々と進んだ。尋問内容を巡る異議の発出や、裁判長の注意や発言制止はほとんどなかった。午前10時半から午後5時過ぎまで、2回の途中休憩をはさんで尋問は正味4時間40分。東京訴訟では初めての長丁場となった。


■西岡氏、意図的な証言改ざん 

もっとも注目されたのは西岡氏の尋問だった。西岡氏は、植村氏の記事を「捏造」と決めつける根拠としている重要な事実について、訴状に書かれていないことを「訴状に書き」と紹介するなどの記述の誤りを認めた。さらに、穂積剛弁護士の追及により、韓国紙記事からの引用として金さんの証言を記述した論文で、もとの記事にない「40円で売られた」という記述を付け加えていたことを認め、「間違いです。気づいて訂正した」と述べた。さらに金さんの証言のうち、強制連行を裏付ける重要な部分を引用してこなかったことも認めた。「意図的な証言改ざん」ともいうべき記述について、穂積弁護士は「あなたは植村さんに対して、事案の全体像を正確に伝え読者の判断に委ねるべきだった、と批判するが、それは逆にあなたに向けれられるべきだ」と迫った。西岡氏は「批判はあり得るが、(その部分は)必要ないと思って書かなかった」と普通の口調で答えた。無責任で不誠実な答えではないか。廷内はざわつき、「それこそが捏造だ」と声を出す人もいた。


西岡氏は「金学順さんは人身売買によって慰安婦にさせられた」との従来の主張も繰り返し、植村さんの記事については、「いまも捏造だと思っている」とも述べた。植村氏への批判を「事実誤認」から「捏造」へとエスカレートさせた点については、「捏造とは、誤りようのない事実誤認のことを意味する」との新しい解釈を明かし、「私の植村批判は一貫している」と答えた。


■4年前の記憶失った?元文春記者 

吉村功志弁護士による竹中氏の尋問は、同氏が2014年1月と8月に書いた週刊文春の記事の取材意図と社会に与えた影響に絞られた。植村氏の大学教授就任内定(神戸松蔭女子学院大)と非常勤講師継続(北星学園大)にニュース価値があるのか、との問いに竹中氏は、「編集部デスクの指示によるものだった。指示に従うのは当然だった」と答えた。記事の重要な骨格となった秦郁彦氏と西岡氏への談話(コメント)取材の経緯については、「覚えてません」「記憶にありません」と繰り返した。
意味不明の答弁に廷内に失笑がもれる場面もあった。記事中にある「朝日新聞関係者」の発言について、今回提出した陳述書では「朝日新聞とは別のメディアの記者」から聞いた、と書いていることについて説明を求められると、「広い意味での朝日新聞関係者だが、必ずしも社員ではない」などと、しどろもどろな口調で答えていた。
尋問が終わった後、小久保珠美裁判官と原克也裁判長からも、デスクの取材指示の内容や秦、西岡両氏の関連文献を読んだ時期などについて、詳細な質問が飛んでいた。


■「不当なレッテルをはがして」と植村氏

植村氏の尋問は、主尋問を神原弁護士と永田亮弁護士が担当した。神原弁護士は、1991年8月と12月に植村氏が書いた記事について、西岡氏が「捏造」と決めつける根拠(@金さんは「女子挺身隊の名で連行された」とは言っていないA金さんはキーセン学校に通っていたB義母が幹部を務める団体の裁判を有利に進める動機があった、など)への反論を求めた。植村さんは3年8カ月前に提訴して以来、法廷と講演、執筆などで繰り返してきた説明を簡潔にまとめる形で答えた。裁判官席で背をきちんと伸ばし、植村氏の話に聴き入る小久保裁判官の表情が印象的だった。


永田弁護士は植村氏が受けた被害と損害を詳しく語るように求めた。本人、家族、大学への脅迫やいやがらせの実態も、提訴以来同じように語り続けられてきたことだが、植村氏は最近の動きとして、国内の大学教員への公募にはいまも応募しているがすべて書類選考ではねられていることを明かし、「私の生活はずたずたにされ、私の夢は断たれたままだ」と訴えた。

そして最後に裁判官席に向かって、「私は捏造記者ではありません。私は当時、被害者やその支援者団体の人々から聞き取った話を正確に記事にしたに過ぎません。裁判所に提出した証拠資料を精査していただければ、私が捏造記者ではない、ということは明らかだろうと思います。私にかけられた不当なレッテルをはがしてください。そのような判決を望みます」と語りかけた。


■枝葉末節な記憶はない

植村氏への反対尋問は、喜田村洋一弁護士が48分にわたって行った。喜田村弁護士の口調はいつものように静かで穏やか。しかし、声が小さくて聞き取れないこともあり、尋問の冒頭、傍聴席から「マイクの音量を上げるように」との声が飛んだ。

尋問は、植村さんが記事の前文で書いた「女子挺身隊の名で戦場に連行され」と、本文で書いた「(金さんは)だまされて慰安婦にさせられた」とのふたつの記述について、取材で聞いた証言テープの内容の詳細な記憶を含め、同じ質問が行きつ戻りつ、繰り返された。時折、喜田村弁護士の声が苛立ちで震えているように聞こえた。

植村氏は、「先ほどの竹中さんは4年前のことも良く知らないという。私が記事を書いたのは27年前。枝葉末節にかかわる記憶はまったくないが」と答え、記事はテープの聴き取りとその前日の取材、そしてそれまでの取材で得た知見に基づいていることを説明した。尋問の後、裁判官からの質問はなかった。

※尋問の主なやりとりは、続報に掲載します


■プレスセンター報告集会に130人

報告集会は、午後6時から8時過ぎまで日比谷のプレスセンター10階ホールで開かれた。出席者は130人。初めて来場したジャーナリストの姿が目立った。

弁護団報告は、東京の神原、永田、穂積弁護士と札幌の小野寺信勝、渡辺達生弁護士からあった。香山リカ氏と崔善愛氏の対談「慰安婦報道の真実とは」は新崎盛吾氏の司会で行われた。植村氏は、「週刊文春に書いた記事によって(神戸松蔭で)起こったことを、風の便りに聞いた、と言うような(無責任で不誠実な)記者にこんなにも貶められたが、(裁判で)不正確なインチキがぼろぼろ出てきている。まさにオセロゲームみたいに黒いものが一気に白いものになるように、いっしょに闘いましょう」と呼びかけた。
http://sasaerukai.blogspot.com/2018/09/blog-post_52.html

6. 中川隆[-11280] koaQ7Jey 2019年3月22日 15:13:49 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[726] 報告

比較敗戦論のために - 内田樹の研究室 2019-03-20
http://blog.tatsuru.com/2019/03/20_1437.html


それぞれの国は自国について、長い時間をかけてそれまで積み上げてきた「国民の物語」を持っています。これは戦争に勝っても負けても手離すことができない。だから、自分たちの戦争経験を、世代を超えて語り継がれる「物語」になんとかして統合しようとした。

 日本人は歴史について都合の悪いことは書かないと指摘されます。それは全くその通りなんです。でも、それは程度の差はあれ、どこの国も同じなんです。戦争をどう総括するかということは、まっすぐに自分たち自身に対する、世代を超えて受け継がれる「評価」に繋がる。だから、大幅に自己評価を切り下げるような「評価」はやはり忌避される。もし敗北や、戦争犯罪についての経験を「国民の物語」に繰り込むことができた国があるとすれば、それは非常に「タフな物語」を作り上げたということです。

 自分たちの国には恥ずべき過去もある。口にできない蛮行も行った。でも、そういったことを含めて、今のこの国があるという、自国についての奥行きのある、厚みのある物語を共有できれば、揺るがない、土台のしっかりとした国ができる。逆に、口当たりの良い、都合のよい話だけを積み重ねて、薄っぺらな物語をつくってしまうと、多くの歴史的事実がその物語に回収できずに、脱落してしまう。でも、物語に回収されなかったからといって、忘却されてしまうわけではありません。抑圧されたものは必ず症状として回帰してくる。これはフロイトの卓見です。押し入れの奥にしまい込んだ死体は、どれほど厳重に梱包しても、そこにしまったことを忘れても、やがて耐えがたい腐臭を発するようになる。

 僕は歴史修正主義という姿勢に対しては非常に批判的なのですけれども、それは、学問的良心云々というより、僕が愛国者だからです。日本がこれからもしっかり存続してほしい。盤石の土台の上に、国の制度を基礎づけたい。僕はそう思っている。そのためには国民にとって都合の悪い話も、体面の悪い話も、どんどん織り込んで、清濁併せ呑める「タフな物語」を立ち上げることが必要だと思う。だから、「南京虐殺はなかった」とか「慰安婦制度に国は関与していない」とかぐずぐず言い訳がましいことを言っているようではだめなんです。過去において、国としてコミットした戦争犯罪がある。戦略上の判断ミスがある。人間として許しがたい非道な行為がある。略奪し、放火し、殺し、強姦した。その事実は事実として認めた上で、なぜそんなことが起きたのか、なぜ市民生活においては穏やかな人物だった人たちが「そんなこと」をするようになったのか、その文脈をきちんと捉えて、どういう信憑が、どういう制度が、どういうイデオロギーが、そのような行為をもたらしたのか、それを解明する必要がある。同じようなことを二度と繰り返さないためには、その作業が不可欠です。そうすることで初めて過去の歴史的事実が「国民の物語」のうちに回収される。「汚点」でも「恥ずべき過去」でも、日の当たるところ、風通しの良いところにさらされていればやがて腐臭を発することを止めて「毒」を失う。

 その逆に、本当にあった出来事を「不都合だから」「体面に関わるから」というような目先の損得で隠蔽し、否認すれば、その毒性はしだいに強まり、やがてその毒が全身に回って、共同体の「壊死」が始まる。


カウンターカルチャーがアメリカの強さ

 なぜアメリカという国は強いのか。それは「国民の物語」の強さに関係していると僕は思っています。戦勝国だって、もちろん戦争経験の総括を誤れば、毒が回る。勝とうが負けようが、戦争をした者たちは、口に出せないような邪悪なこと、非道なことを、さまざま犯してきている。もし戦勝国が「敵は『汚い戦争』を戦ったが、われわれは『きれいな戦争』だけを戦ってきた。だから、われわれの手は白い」というような、薄っぺらな物語を作って、それに安住していたら、戦勝国にも敗戦国と同じような毒が回ります。そして、それがいずれ亡国の一因になる。

 アメリカが「戦勝国としての戦争の総括」にみごとに成功したとは僕は思いません。でも、戦後70年にわたって、軍事力でも経済力でも文化的発信力でも、世界の頂点に君臨しているという事実を見れば、アメリカは戦争の総括において他国よりは手際がよかったとは言えるだろうと思います。

アメリカが超覇権国家たりえたのは、これは僕の全く独断と偏見ですけれども、彼らは「文化的復元力」に恵まれていたからだと思います。カウンターカルチャーの手柄です。

 七〇年代のはじめまで、ベトナム戦争中の日本社会における反米感情は今では想像できないほど激しいものでした。ところが、一九七五年にベトナム戦争が終わると同時に、潮が引くように、この反米・嫌米感情が鎮まった。つい先ほどまで「米帝打倒」と叫んでいた日本の青年たちが一気に親米的になる。この時期に堰を切ったようにアメリカのサブカルチャーが流れ込んできました。若者たちはレイバンのグラスをかけて、ジッポーで煙草の火を点け、リーバイスのジーンズを穿き、サーフィンをした。なぜ日本の若者たちが「政治的な反米」から「文化的な親米」に切り替わることができたのか。それは七〇年代の日本の若者が享受しようとしたのが、アメリカのカウンターカルチャーだったからです。

カウンターカルチャーはアメリカの文化でありながら、反体制・反権力的なものでした。日本の若者たちがベトナム反戦闘争を戦って、機動隊に殴られている時に、アメリカ国内でもベトナム反戦闘争を戦って、警官隊に殴られている若者たちがいた。アメリカ国内にもアメリカ政府の非道をなじり、激しい抵抗を試みた人たちがいた。海外にあってアメリカの世界戦略に反対している人間にとっては、彼らこそがアメリカにおける「取りつく島」であった訳です。つまり、アメリカという国は、国内にそのつどの政権に抗う「反米勢力」を抱えている。ホワイトハウスの権力的な政治に対する異議申し立て、ウォール街の強欲資本主義に対する怒りを、最も果敢にかつカラフルに表明しているのは、アメリカ人自身です。のこの人たちがアメリカにおけるカウンターカルチャーの担い手であり、僕たちは彼らになら共感することができた。僕たちがアメリカ政府に怒っている以上に激しくアメリカ政府に怒っているアメリカ人がいる。まさにそれゆえに僕たちはアメリカの知性と倫理性に最終的には信頼感を抱くことができた。反権力・反体制の分厚い文化を持っていること、これがアメリカの最大の強みだと僕は思います。

 ベトナム戦争が終わると、ベトナムからの帰還兵が精神を病み、暴力衝動を抑制できなくなり、無差別に人を殺すという映画がいくつも作られました。ロバート・デ・ニーロの『タクシードライバー』(一九七六年)がそうですし、『ローリング・サンダー』(一九七七年)もスタローンの『ランボー』(一九八二年)もそうです。アメリカ人はそういう物語を商業映画・娯楽映画として製作し、観客もこれを受け入れた。僕たちはそのことにあまり驚きを感じません。けれども、もし日本でイラク駐留から帰ってきた自衛隊員が精神を病んで、市民を殺しまくるなんていう映画を作ることが可能でしょうか。まず、企画段階で潰されるだろうし、官邸からも防衛省からも激しい抗議があるでしょうし、上映しようとしたら映画館に右翼の街宣車が来て、とても上映できないということになるでしょう。それを考えたら、アメリカのカウンターカルチャーの強さが理解できると思います。彼らはベトナム戦争の直後に、自分たちの政府が強行した政策がアメリカ人自身の精神をどう破壊したかを、娯楽映画として商品化して見せたのです。同じことができる国が世界にいくつあるか、数えてみて欲しいと思います。

 アメリカではこれができる。ハリウッド映画には、大統領が犯人の映画、CIA長官が犯人の映画というような映画も珍しくありません。クリント・イーストウッドの『目撃』(一九九七年)もケヴィン・コスナーの『追い詰められて』(一九八七年)もそうです。警察署長が麻薬のディーラーだった、保安官がゾンビだったというような映画なら掃いて捨てるほどあります。アメリカ映画は、「アメリカの権力者たちがいかに邪悪な存在でありうるか」を、物語を通じて、繰り返し、繰り返し国民に向けてアナウンスし続けている。世界広しといえども、こんなことができる国はアメリカだけです。


歴史上の汚点を供養する

 米ソは冷戦時代には軍事力でも科学技術でも拮抗状態にありましたが、最終的には一気にソ連が崩れて、アメリカが生き残った。最後に国力の差を作り出したのは、カウンターカルチャーの有無だったと僕は思います。自国の統治システムの邪悪さや不条理を批判したり嘲弄したりする表現の自由は、アメリカにはあるけれどもソ連にはなかった。この違いが「復元力」の違いになって出てくる。

どんな国のどんな政府も必ず失策を犯します。「無謬の統治者」というようなものはこの世には存在しません。あらゆる統治者は必ずどこかで失策を犯す。その時に、自分の間違いや失敗を認めず、他罰的な言い訳をして、責任を回避する人間たちが指導する国と、統治者はしばしば失敗するということを織り込み済みで、そこから復元するシステムを持っている国では、どちらが長期的にはリスクを回避できるか。考えるまでもありません。

 もちろん、ソ連や中国にも優れた政治指導者がいました。個人的に見れば、アメリカの大統領よりはるかに知性的にも倫理的にも卓越していた指導者がいた。でも、まさにそうであるがゆえに、体制そのものが「指導者が無謬であることを前提にして」制度設計されてしまった。それがじわじわとこれらの国の国力を損ない、指導者たちを腐敗させていった。中国だって、今は勢いがありますけれど、指導部が「無謬」であるという物語を手離さない限り、早晩ソ連の轍を踏むことになるだろうと僕は思います。

 ヨーロッパでは、イギリスにはいくらか自国の統治者たちを冷笑する、皮肉な文化が残っています。カナダにも。だから、これはアングロサクソンの一つの特性かもしれません。アメリカの国力を支えているのは、自国について「タフな物語」を持っているという事実です。「タフな胃袋」と同じで、何でも取り込める。

アメリカ人は、自国の「恥ずべき過去」を掘り返すことができる。自分たちの祖先がネイティブ・アメリカンの土地を強奪したこと、奴隷たちを収奪することによって産業の基礎を築いたこと。それを口にすることができる。そのような恥ずべき過去を受け入れることができるという「器量の大きさ」において世界を圧倒している。

カウンターカルチャーとメイン・カルチャーの関係は、警察の取り調べの時に出てくる「グッド・コップ」と「バッド・コップ」の二人組みたいなものです。一方が容疑者を怒鳴り散らす、他方がそれをとりなす。一方が襟首をつかんでこづき回すと、他方がまあまあとコーヒーなんか持ってくる。そうすると、気の弱った容疑者は「グッド・コップ」に取りすがって、この人の善意に応えようとして、自分の知っていることをぺらぺらとしゃべりだす。映画ではよく見る光景ですけれど、メインカルチャーとカウンターカルチャー権力と反権力の「分業」というのはそれに似ています。複数の語り口、複数の価値観を操作して、そのつどの現実にフレキシブルに対応してゆく。

 だから、アメリカには「国民の物語」にうまく統合できない、呑み込みにくい歴史的事実が他国と比べると比較的少ない。「押し入れの中の死体」の数がそれほど多くないということです。もちろん、うまく取り込めないものもあります。南北戦争の敗者南部十一州の死者たちへの供養は、僕の見るところ、まだ終わっていない。アメリカ=メキシコ戦争による領土の強奪の歴史もうまく呑み込めていない。アメリカにとって都合の良い話に作り替えられた『アラモ』(1960年)で当座の蓋をしてしまった。この蓋をはずして、もう一度デイビー・クロケットやジム・ボウイーの死体を掘り起こさないといずれ腐臭が耐えがたいものになっている。いや、現代アメリカにおける「メキシコ問題」というのは、遠因をたどれば「アラモ」の物語があまりに薄っぺらだったことに起因していると言ってもよいのではないかと僕は思います。アメリカ=スペイン戦争もそうです。ハワイの併合に関わる陰謀も、フィリピン独立運動の暴力的弾圧も、キューバの支配がもたらした腐敗もそうです。アメリカがうまく呑み込めずにいるせいで、娯楽作品として消費できない歴史的過去はまだいくらもあります。でも、これらもいずれ少しずつ「国民の物語」に回収されてゆくだろうと僕は予測しています。アメリカ人は、統治者が犯した失政や悪政の犠牲者たちを「供養する」ことが結果的には国力を高めることに資するということを経験的に知っているからです。そして、どの陣営であれ、供養されない死者たちは「祟る」ということを、無意識的にでしょうが、信じている。彼らの国のカウンターカルチャーは、「この世の価値」とは別の価値があるという信憑に支えられている。


 淡々と記述し物語ることこそが最大の供養

 僕の父は山形県鶴岡の生まれです。ご存じでしょうか、庄内人たちは西郷隆盛が大好きです。庄内藩は戊辰戦争で最後まで官軍に抵抗して、力戦しました。そして、西郷の率いる薩摩兵の前に降伏した。けれども、西郷は敗軍の人たちを非常に丁重に扱った。死者を弔い、経済的な支援をした。一方、長州藩に屈服した会津藩では全く事情が違います。長州の兵はところが、会津の敗軍の人々を供養しなかった。事実、死者の埋葬さえ許さず、長い間、さらしものにしていた。

 薩摩長州と庄内会津、どちらも同じ官軍・賊軍の関係だったのですが、庄内においては勝者が敗者に一掬の涙を注いだ。すると、恨みが消え、信頼と敬意が生まれた。庄内藩の若者たちの中には、のちに西南戦争の時に、西郷のために鹿児島で戦った者さえいますし、西郷隆盛の談話を録した『南洲遺訓』は庄内藩士が編纂したものです。一方、会津と長州の間には戊辰戦争から150年経った今もまだ深い溝が残ったままです。

 靖国参拝問題が、あれだけもめる一因は靖国神社が官軍の兵士しか弔っていないからです。時の政府に従った死者しか祀られない。東北諸藩の侍たちも国のために戦った。近代日本国家を作り出す苦しみの中で死んでいった。そうい人々については、敵味方の区別なく、等しく供養するというのが日本人としては当然のことだろうと僕は思います。

僕の曽祖父は会津から庄内の内田家に養子に行った人です。曽祖父の親兄弟たちは会津に残って死にました。なぜ、彼らは「近代日本の礎を作るために血を流した人たち」に算入されないのか。供養というのは党派的なものではありません。生きている人間の都合を基準にした論功行賞でなされるべきものではありません。だから、僕は靖国神社というコンセプトそのものに異議があるのです。明治政府の最大の失敗は、戊辰戦争での敗軍の死者たちの供養を怠ったことにあると僕は思っています。反体制・反権力的な人々を含めて、死者たちに対してはその冥福を祈り、呪鎮の儀礼を行う。そのような心性が「タフな物語」を生み出し、統治システムの復元力を担保する。その考えからすれば、「お上」に逆らった者は「非国民」であり、死んでも供養に値しないとした明治政府の狭量から近代日本の蹉跌は始まったと僕は思っています。

「祟る」というのは別に幽霊が出てきて何かするという意味ではありません。国民について物語が薄っぺらで、容量に乏しければ、「本当は何があったのか」という自国の歴史についての吟味ができなくなるということです。端的には、自分たちがかつてどれほど邪悪であり、愚鈍であり、軽率であったかについては「知らないふりをする」ということです。失敗事例をなかったことにすれば、失敗から学ぶことはできません。失敗から学ばない人間は同じ失敗を繰り返す。失敗を生み出した制度や心性は何の吟味もされずに、手つかずのまま残る。ならば、同じ失敗がまた繰り返されるに決まっている。その失敗によって国力が弱まり、国益が失われる、そのことを僕は「祟る」と言っているのです。

 「祟り」を回避するためには適切な供養を行うしかない。そして、最も本質的な供養の行為とは、死者たちがどのように死んだのか、それを仔細に物語ることです。細部にわたって、丁寧に物語ることです。それに尽くされる。

司馬遼太郎は「国民作家」と呼ばれますけれど、このような呼称を賦与された作家は多くありません。それは必ずしも名声ともセールスとも関係がない。司馬が「国民作家」と見なされるのは、近代日本が供養し損なった幕末以来の死者たちを、彼が独力で供養しようとしたからです。その壮図を僕たちは多とする。

司馬遼太郎は幕末動乱の中で死んだ若者たちの肖像をいくつも書きました。坂本龍馬や土方歳三については長編小説を書きました。もっとわずか短い数頁ほどの短編で横顔を描かれただけの死者たちもいます。それは別に何らかの司馬自身の政治的メッセージを伝えたり、歴史の解釈を説いたというより、端的に「肖像を描く」ことをめざしていたと思います。

司馬遼太郎の最終的な野心は、ノモンハン事件を書くことでした。でも、ついに書き上げることができなかった。一九三九年のノモンハン事件とは何だったのか、そこで人々はどのように死んだのか、それを仔細に書くことができれば、死者たちに対してはある程度の供養が果たせると思ったのでしょう。でも、この計画を司馬遼太郎は実現できませんでした。それはノモンハン事件にかかわった軍人たちの中に、一人として司馬が共感できるが人物がいなかったからです。日露戦争を描いた『坂の上の雲』には秋山好古や児玉源太郎や大山巌など魅力的な登場人物が出て来ます。けれども、昭和初年の大日本帝国戦争指導部には司馬をしてその肖像を仔細に書きたく思わせるような人士がもう残っていなかった。これはほんとうに残念なことだったと思います。

「美しい日本」というような空疎な言葉を吐き散らして、自国の歴史を改竄して、厚化粧を施していると、「国民の物語」はどんどん薄っぺらで、ひ弱なものになる。それは個人の場合と同じです。「自分らしさ」についての薄っぺらなイメージを作り上げて、その自画像にうまく当てはまらないような過去の出来事はすべて「なかったこと」にしてしまった人は、現実対応能力を致命的に損なう。だって、会いたくない人が来たら目を合わせない、聴きたくない話には耳を塞ぐんですから。そんな視野狭窄的な人間が現実の変化に適切に対応できるはずがありません。集団の場合も同じです。

国力とは国民たちが「自国は無謬であり、その文明的卓越性ゆえに世界中から畏敬されている」というセルフイメージを持つことで増大するというようなものではありません。逆です。国力とは、よけいな装飾をすべて削り落として言えば、復元力のことです。失敗したときに、どこで自分が間違ったのかをすぐに理解し、正しい解との分岐点にまで立ち戻れる力のことです。国力というのは、軍事力とか経済力とかいう数値で表示されるものではありません。失敗したときに補正できる力のことです。それは数値的には示すことができません。でも、アメリカの「成功」例から僕たちが学ぶことができるのは、しっかりしたカウンターカルチャーを持つ集団は復元力が強いという歴史的教訓です。僕はこの点については「アメリカに学べ」と言いたいのです。
http://blog.tatsuru.com/2019/03/20_1437.html

7. 中川隆[-9866] koaQ7Jey 2019年6月01日 15:58:22 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[2490] 報告


2018-11-08
死刑の代わりに現場射殺している国は本当にあった!
http://vergil.hateblo.jp/entry/2018/11/08/230042


日本で死刑が執行され、これをEUなどから非人道的だと批判されると、お前たちは犯人を死刑にする代わりに現場で射殺しているではないか、殺しているのは同じなのに偉そうに説教するな、と「反論」する人たちが必ず湧いてくる。

武装した凶悪犯を正当防衛や緊急避難の目的でやむなく射殺するのと、既に捕えられ、抵抗する手段を一切持たない囚人を刑罰として処刑するのとではまったく意味が違うのだが、この二つの区別がつかない困った人たちが、どうやらこの国には大量にいるらしい。


殺したいが、捕まえて裁判にかけても死刑にはできないからここで射殺(簡易処刑)してしまえ、なんて、そんな野蛮な国などあるはずがない・・・と思っていたのだが、いろいろ調べているうちに、そんな国が本当にあったことが分かってしまった。

この点については、自説を撤回しなければならない。

といっても、それは死刑制度を廃止してしまったヨーロッパの先進国などではない。73年前まで東アジアに実在した、「大日本帝国」という国である。

1910年、大日本帝国は、それまでもさんざん内政干渉や武力介入を続けてきた隣国朝鮮をついに「併合」し、植民地化した。当然ながら、国を奪われた朝鮮の人々は激しく反発し、民族の独立を回復しようとした。

1919年3月、宗教指導者らによる独立宣言を契機に、独立を求める大規模な示威運動が始まった。「3・1運動」である。[1]


(略)一月二二日徳寿宮に幽閉されていた高宗(李朝第二六代の王)が急死したことも、朝鮮人の民族的感情をたかめていた。葬儀の日は三月三日と定められ、参列のため全国から多数の人びとがソウル(京城)に集まってきた。
 この機会をとらえ、天道教の第三代教主孫秉熙らは、キリスト教徒・仏教徒と協議したうえ、三月一日ソウルで独立宣言を発した。各教団の組織などをつうじて計画がつたえられていたため、ソウルのパゴダ(塔洞)公園には数万の民衆があつまり、大極旗をかかげ、「独立万歳」を叫びながら、市街をデモ行進した。運動はたちまち全土に波及し、五月末までに示威回数一五四二回、延べ参加人員二◯五万人にたっし、鴨緑江をこえて間島や沿海州にもおよんだ。


 日本側は憲兵警察・軍隊を出動させ、在郷軍人や消防隊なども動員して、運動をきびしく弾圧した。このため、最初は平和的示威であった運動も三月中旬から激烈な闘争や蜂起へと転化し、かま・くわ・棍棒で武装した朝鮮人が、官公署を襲撃する事態となり、その数は合計二七八か所にたっした。
 原内閣は四月四日、内地から歩兵六大隊および憲兵・補助憲兵約四一五名を朝鮮に派兵することを決定して、武力弾圧を強化した。

闘争とか蜂起と言っても、一方は鎌や鍬程度しか持たない民衆、他方は近代兵器を装備した軍隊なのだからおよそ勝負にならない。実際に行われたのは、日本の官憲・軍隊によるほぼ一方的な殺戮である。この武力弾圧による朝鮮人側の被害は、殺された者7,509名、逮捕された者46,306名、焼かれた民家715戸、教会47と伝えられている。[2]

まだ中学生のときにこの三・一運動に参加して自らも逮捕・勾留された経験を持つ、ある朝鮮人革命家は、後に次のように語っている。[3]


(略)死刑になったものはなかった――死刑にするような合法的な口実がなかったのだ。「われわれはただ朝鮮独立のため闘うのであり、反日本の立場ではない」とデモ参加者たちが公然と強く唱えている限り、朝鮮の法律では死刑にできない。死刑は殺人の場合以外適用できないから、日本人は逮捕する代わり民衆を街頭で殺した――うまい手だ。

典型的な簡易処刑ではないか。しかも、死刑制度を廃止したために凶悪犯を逮捕・起訴しても死刑にはできないから殺しているのではなく、死刑制度はあるのに微罪すぎて死刑になどできないから殺しているというのだから、なお悪い。

「裁判抜きの簡易処刑」を非難する皆さんは、なぜこの卑劣な国を非難しないのだろうか。

[1] 江口圭一 『日本の歴史(14) 二つの大戦』 小学館 1993年 P.81-82
[2] 同 P.82
[3] ニム・ウェールズ 『アリランの歌 ―ある朝鮮人革命家の生涯―』 岩波書店 1987年 P.79
http://vergil.hateblo.jp/entry/2018/11/08/230042

8. 中川隆[-9280] koaQ7Jey 2019年6月26日 09:38:58 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[3220] 報告

社会科学者の随想 2019年05月08日

櫻井よしこ,従軍慰安婦問題に関して2世紀に跨がった二枚舌遣い,かつてのリベラル的なニュースキャスターも,いまではネトウヨ風に国粋・保守・反動陣営のただのアイドル・オバさん
http://blog.livedoor.jp/bbgmgt/archives/1074664307.html

【櫻井よしこ著『櫻井よしこが取材する』(ダイヤモンド社,1994年)に記録されていた「ジャーナリスト本来の〈よしこの面影〉」は,いまいずこ】

【言論界関係人士にみる「資質と才能」と「思想と精神」の劣化および溶融現象】

【従軍慰安婦問題に関する典型的二枚舌的な見解変節の「実例:櫻井よしこ」】

【この国を凋落させ,衰退させる一途に拍車をかけてきた安倍晋三政権の体たらく的なくだらなさ】


 @ 徃住(とこずみ)嘉文「 櫻井よしこ氏は『慰安婦』を『日本軍強制説』で報じていた」(『週刊金曜日 オンライン』2019年4月19日 6:20PM,『週刊金曜日』2019年4/19号,http://www.kinyobi.co.jp/kinyobinews/2019/04/19/news-38/)『週刊金曜日オンライン』2019年4月19日櫻井よしこ
 『朝日新聞』の日本軍「慰安婦」の記事を「強制連行を捏造した」と非難している櫻井よしこ氏が,自身も「日本軍によって強制的に従軍慰安婦にさせられた女性たち」とテレビ,雑誌で報道していたことが分かった。自身の報道を棚にあげ,他者を「捏造」呼ばわりするのはアンフェアではないだろうか。

“   望月衣塑子ツイート2019年5月2日櫻井よしこ
 櫻井よしこ氏がキャスターを務めていた日本テレビのニュース番組「NNNきょうの出来事」とみられる動画がある。1992年12月9日,東京で開かれた「日本の戦後補償に関する国際公聴会」を,櫻井氏に瓜二つの女性はこう放送した。

 「第2次世界大戦中に,日本軍によって強制的に従軍慰安婦にさせられた女性たちが,当時の様子を生々しく証言しました」。画面では「韓国人元慰安婦」の字幕とともにチマチョゴリ姿の元「慰安婦」が公聴会の壇上で叫ぶ。「私の一生を台無しにして! 日本政府は隠さないでしっかり謝罪したらどうなの!」

 男性アナウンサーの声。「これは元従軍慰安婦らから事情を聴き日本政府に謝罪と戦後補償を求める公聴会です。今回初めて名乗り出たオランダや北朝鮮の元従軍慰安婦8人が当時の様子を生々しく語りました」。

 壇上では元「慰安婦」たちが泣いている。字幕の説明。「感極まって,韓国と北朝鮮の元慰安婦が抱き合った」。中国の元「慰安婦」,万 愛花さん(64歳,当時)のインタビューもある。「私は15歳でした。日本軍に襲われて両手両足を押さえられ,乱暴されました」。約3分弱の動画だ。

 フェイクの時代だ。万が一にもと日本テレビに動画の確認をお願いした。「放送したものがすべて。答えられない」。櫻井氏からも「裁判中なので」と取材を断わられた。

  ※「責任痛感すべき私たち」※


 しかし,櫻井氏は1992年7月18日号の『週刊時事』(時事通信社)でもつぎのように書いている(前掲した画像資料のこと)。

“櫻井よしこ 東京地方裁判所には,元従軍慰安婦だったという韓国人女性らが,補償を求めて訴えを起こした。強制的に旧日本軍に徴用されたという彼女らの生々しい訴えは,人間としても同性としても,心からの同情なしには聞けないものだ。

 売春という行為を戦時下の国策のひとつにして,戦地にまで組織的に女性達を連れていった日本政府の姿勢は,言語道断,恥ずべきであるが,背景にはそのような政策を支持する世論があった。とすれば,責任を痛感すべきは,むしろ,私たち1人ひとりである。

 櫻井氏は,この記事などを再録し『櫻井よしこが取材する』(ダイヤモンド社)を1994年に出版した(右上画像はこの本の表紙カバーと帯)。少なくともこの年まで,櫻井氏は,日本が国策として強制的に「慰安婦」にしたと伝えていたことになる。ちなみに,手元にある本は櫻井氏のサイン入りだ。フェイク本ではおそらく,ない。
(徃住嘉文・報道人,2019年4月19日号)

“ ※同上記事の編注):元『朝日新聞』記者の植村 隆氏が,元日本軍「慰安婦」に関する記事を「捏造」とされ名誉を傷つけられたとして,櫻井氏を訴えた札幌訴訟について,〔2019年〕4月19日(金)発売の『週刊金曜日』4月19日号が詳しく報じている。同誌は書店などで販売する紙版のほか,アプリを使った電子版でも購読できる。


 さて『櫻井よしこが取材する』(ダイヤモンド社,1994年)は昔,櫻井自身が従軍慰安婦問題について公表していた文章,「従軍慰安婦問問題の責任」(前出の『週刊時事』1992年7月18日号に初出)を,27−29頁に収録していた。この「従軍慰安婦問題」に関する “その3頁分” を画像資料のかたちで,以下に紹介しておく。これは,櫻井自身が従軍慰安婦問題について「取材して書いた文章であった」はずである。


櫻井よしこ『櫻井よしこが取材する』27頁

櫻井よしこ『櫻井よしこが取材する』28頁

櫻井よしこ『櫻井よしこが取材する』29頁


 また本ブログ内には,関連する記述がいくつかあるが,2018年11月12日に公表されたつぎの1編のみ紹介しておく。


“ 主題「安倍晋三を忖度する裁判官が下した従軍慰安婦問題関係の判決,政権のための審理をしないと左遷される裁判官の『へっぴり腰:判断』」

  副題1「従軍慰安婦問題の『裁判』に関して,『櫻井よしこ側の非』は確実に認めるが,植村 隆からの『櫻井に対する損害賠償の請求』は認めないという腸捻転の判決は,安倍晋三という『個人の首相』を忖度しただけの『国策的でありかつ反市民的な,そしてネトウヨ的な』偏向裁判」

  副題2「従軍慰安婦が歴史的に存在した事実を認めたくない安倍晋三君の意に,そのまま即した判決を下した裁判所・裁判官の『気の毒な利害状況と精神状態』」

  副題3「権力・支配・体制側の単なる召使いになり下がっている日本の裁判所は,安倍晋三サマのための判決しか出せないというみじめな現状」

  リンク先 ⇒ http://blog.livedoor.jp/bbgmgt/archives/1073122842.html

 A「慰安婦問題検証映画『主戦場』で極右論客たちが衝撃のトンデモ発言! 櫻井よしこ,杉田水脈,テキサス親父,加瀬英明…」(『リテラ』2019.04.27 11:30)

 a) 戦中の日本軍による慰安婦問題を題材にした映画『主戦場』が,反響を呼んでいる。

 出演者には杉田水脈衆院議員やケント・ギルバート氏,藤岡信勝氏,テキサス親父ことトニー・マラーノ氏,櫻井よしこ氏などといった従軍慰安婦を否定・矮小化する極右ネトウヨ論客が勢揃い。「慰安婦はフェイク」と喧伝する歴史修正主義者たちと,慰安婦問題に取り組むリベラル派の学者や運動家らがスクリーンのなかで “激突” するドキュメンタリー作品だ。

 同作の見所はなんといっても,慰安婦問題をめぐる国内外の “論客” を中心とする30名余りへのインタビューだろう。

 櫻井よしこ氏ら “極右オールスターズ” の面々は「慰安婦は売春婦だった」「合法であり犯罪ではない」「慰安婦像設置の背景には中国の思惑がある」などの主張を展開。これに対して,吉見義明・中央大学名誉教授や「女たちの戦争と平和資料館」の渡辺美奈事務局長,韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)の尹 美香常任代表らが反論を展開する。

『リテラ』2019年4月27日櫻井よしこ画像

 出演者らは顔を付きあわせて討論するわけではないが,論点を明確にして構成されていることで主張の対立点や強度を意識しやすく,ハイテンポなカット割りも相まって飽きさせない。映画は双方の主張を取材や資料を用いて細かく比較・検証し,その矛盾や恣意性を明らかにしていく。

 b) とくに,本サイトがオススメする同作の鑑賞法は,歴史修正主義者の口から発せられる主張のトンデモさをじっくりと吟味することだ。

 たとえば保守派の重鎮で,慰安婦否定論者の加瀬英明氏(日本会議代表委員)の場合,「慰安婦問題に関して正しい歴史認識をしている歴史家は?」と聞かれて「私がそのひとり」と自認する。

 しかし驚くことに,加瀬は慰安婦問題研究の第1人者のひとりである吉見名誉教授のことは「しりません」と嘯く。それどころか,保守派の歴史家である秦 郁彦・千葉大学名誉教授の著書すら「読んだことない」「人の書いたものあまり読まないんです。怠け者なもんで」などと宣うのだ。

 ちなみに,加瀬氏は「『慰安婦の真実』国民運動」という団体の代表も務めている。この極右団体は昨〔2018〕年,監事(当時)の藤井実彦氏が台湾で慰安婦像を蹴り,大きな国際問題になったことも記憶に新しい。ほかにも,同会は加瀬氏自身の名義で地方地じたいが慰安婦問題を扱う映画を後援することにクレームをつけている。そんな人物が,基本的な慰安婦研究すら「しらない」「読んだことない」などと恥ずかしげもなく開陳するのだから,呆れてものもいえない。

 c) もちろん,右派のトンデモはこれだけではない。右派陣営のインタビューからは明確な人種差別・性差別の意識が浮かび上がる。

 たとえば杉田水脈は “米国での慰安婦像設置のバックにいるのは中国” などといい出し,「どんなにがんばっても中国や韓国は日本より優れた技術がもてないからプロパガンダで日本を貶めている」と陰謀論を全開。さらには「日本が特殊なんだと思います。日本人は子どものころから嘘をついちゃいけませんよと(教えられてきた)」「嘘は当たりまえっていう社会と,嘘はダメなのでほとんど嘘がない社会とのギャップだというふうに私は思っています」とヘイトスピーチを連発する。
 補注)この水田水脈のとくにアジア諸国における企業経営の実態,それも技術水準に関する見解(?),「中国や韓国は日本より優れた技術がもてない」という思いこみは,まったく根拠のない四半世紀前であれば一部でいえたかもしれないそれであった。水田は,自分が産業経済・産業経営の実態に関して “本当に無知である” (まともな知識も情報ももちあわない点)をわざわざ告白するために,そのように発言したとしか受けとりようがない。

 また,テキサス親父は「慰安婦像をみにいったとき,私は(像の顔にかぶせるための)紙袋をもっていった。それがふさわしいと思ってね。ブサイクのガラクタには紙袋がお似合いだ」などと笑いながら語り,テキサス親父のマネージャーである藤木俊一氏は,「フェニミズムを始めたのはブサイクな人たちなんですよ。要するに誰にも相手されないような女性。心も汚い,みた目も汚い。こういう人たちなんですよ」といい放つ。


 映画のなかでもナレーションで「差別意識が元慰安婦は偽証しているとの考えにつがっているようだ」とはっきり指摘されていたが,まさにそのとおりとしかいいようがないだろう。

 註記)https://lite-ra.com/2019/04/post-4682.html


 d)「暴かれるIWG−報告書の虚構と櫻井よしこの調査費支払いの事実」 慰安婦問題をめぐる右派の性差別的・人種差別的な態度については,映画の後半でも「元修正主義者」と紹介される女性が証言する。

 補注)IWGとは「ナチス戦争犯罪と日本帝国政府の記録の各省庁作業班」の略字イニシャル。後段にも出てくる。

 保守界隈に身を置いた立場から否定主義者たちの振るまいについて語るのだが,実はこの女性は,数年前まで「ネクスト櫻井よしこ」として保守論壇で注目を浴び,実際,右派の月刊誌にもなんどか寄稿したことのある人物。だが,あるときから「ナショナリスト」たちの主張を疑うようになり,いまは距離を置いているという。

 さらに,この女性が “否定主義者の嘘” を告白する場面は,映画『主戦場』のハイライトのひとつとなっている。詳しくは劇場で直接みていただきたいのだが,ここでは予備知識として,あるいは鑑賞後のための補足情報として記しておこう。


 はじまりは,産経新聞が2014年11月1日の紙面で「著名な米国のジャーナリストが日本の慰安婦問題の調査に本格的に取り組み始めた」として,マイケル・ヨン氏というフリージャーナリストを紹介したことだった。


 これに続けて産経は,同月27日付で「慰安婦『奴隷化』文書なし 米政府2007年報告に明記」と題した記事を掲載。ともに古森義久・ワシントン駐在客員特派員による署名記事である。書き出しはこうだ。

 「米政府がクリントン,ブッシュ両政権下で8年かけて実施したドイツと日本の戦争犯罪の大規模な再調査で,日本の慰安婦にかかわる戦争犯罪や「助成の組織的な奴隷化」の主張を裏づける米側の政府・軍の文書は一点も発見されなかったことが明らかとなった」。


 記事のいう「大規模な再調査」というのは,2007年に米政府がまとめた「ナチス戦争犯罪と日本帝国政府の記録の各省庁作業班米国議会あて最終報告」(通称・IWG報告書)のことを指している。


 産経は,「慰安婦問題の分析を進める米国人ジャーナリスト,マイケル・ヨン氏とその調査班と産経新聞の取材により,慰安婦問題に関する調査結果部分の全容が確認された」として,IWG報告書のなかに「慰安婦関連は皆無」だったことを根拠に「日本側の慰安婦問題での主張の強力な補強になることも期待される」と書いた。


 マイケル・ヨン氏は「IWG報告書をスクープ」ともてはやされ,『正論』(産経新聞社)や『週刊文春』(文藝春秋)でも「報告書は『20万人の女性を強制連行して性奴隷にした』という事実がいっさいないことを証明している」などと触れまわった。


 これ以降,保守界隈では「結果的にIWGは『慰安婦を軍が強制連行などして性奴隷とした証拠はなかった』とするもの」(ケント・ギルバート)などとして広く流通。要するに,IWG報告書は右派陣営から “慰安婦問題の犯罪性を否定する切り札” として扱われてきた。

 e) ところが,である。映画『主戦場』では,このIWG報告書をめぐる右派の言説が見事にひっくり返される。実は,前述の「元修正主義者」の女性こそ,ヨン氏とは別の米国人とともにくだんの報告書を「発見」した人物で,いわば真のオリジネーター。その彼女が,映画のなかで後悔の言葉とともに語るのが ,“IWG報告書をめぐる右派の宣伝がいかに虚構であるか” という具体的な説明なのだ。

 しかも,映画のなかでは名指しこそされていないが,マイケル・ヨン氏は慰安婦問題をめぐって,普通ではとうてい考えられない額の「調査費」まで受けとっていたとされる。実際,ヨン氏は自身のブログに〈櫻井女史らは,私に調査をするようにお金を支払った〉と記しているのだ。あまりに生臭い話だが,映画ではこの「高額調査費」問題についても監督が櫻井氏に直撃しているので,ぜひ櫻井氏の “反応” をスクリーンで確認してほしい。
 註記)https://lite-ra.com/2019/04/post-4682_2.html

 ちなみに,映画の公開前には,出演者に極右歴史修正主義者やネトウヨ文化人が多数ラインナップされていることから「否定派の宣伝になるのではないか」との懸念の声もネット上で散見された。だが,この映画は単なる「両論併記」で終わらない。


 f) 本作が映画デビュー作となるミキ・デザキ監督は,1983年生まれの日系アメリカ人2世。日本での英語教師や YouTuber,タイでの僧侶経験もあるという異色の映像作家だ。


 2013年に YouTube で,日本社会のなかのレイシズムの存在を指摘したところ,ネトウヨに炎上させられた。そうしたなかで,朝日新聞の植村 隆・元記者に対するバッシングを目の当たりし,慰安婦問題への関心を高めたという。両陣営から介入されないため,クラウドファウンディングで資金を集めて『主戦場』を製作した。

 デザキ氏は本サイトの取材に対し,「両方の主張のどちらがより筋が通っているかを比較するべき」と語る。

 「論点を並べて “どっちもどっちだ” というやり方は,実のところ政治的なスタンスの表明にほかなりません。慰安婦問題に関しては,いま日本では右派の主張がメインストリームになっている。そこに挑戦を示さないことは,彼らのいいなりになるということであり,その現状を容認することにほかなりませんから。日本のメディアの多くは両論併記を落としどころにしていますが,それは,客観主義を装うことで,語るべきことにライトを当てていないということ。単に並べるだけでなく,比較することで生まれる結論があります」。

 g) 従軍慰安婦をめぐる否定派 / 肯定派の「論争」にスポットライトを当てながらも,決して “どっちもどっち” にならない映画『主戦場』。終盤では,日本の歴史修正主義の背景にある極右団体「日本会議」や安倍晋三首相に連なる戦後日本政治の流れもフォーカスされる。


 一般公開に先駆けておこなわれた日本外国特派員協会での上映会後の質疑応答では,デザキ監督に対し否定派の言論人から批判的な質問も飛んだ。


 4月19日には,日本会議が〈この映画には,日本会議に関して著しい事実誤認が含まれている〉などとする声明をHPで公表。


 4月25日発売の『正論』ではケント・ギルバート氏が「とてもみるに値しない映画」などとこき下ろしている。


 まさに大慌てといった感じだが,要するに,それだけ否定論者たちの核心に迫った映画だということだろう。いずれにせよ,判断するのは観客だ。(編集部)
 註記)https://lite-ra.com/2019/04/post-4682_3.html

 B「『私は歴史修正主義者ではないし日本会議とは何の関係もない』!? 植村 隆氏による名誉毀損裁判の判決を受け,櫻井よしこ氏が日本外国特派員協会での記者会見で弁明連発! 墓穴掘りまくり!! 」(『IWJ』2018.11.16,記事公開日:2018.11.19,https://iwj.co.jp/wj/open/archives/435811)(取材・文:IWJ編集部 文責:岩上安身)

 以下は,特集「IWJが追ったヘイトスピーチ問題〈特集 戦争の代償と歴史認識〉」(2018年11月22日全文書き起こしを追加,27日に加筆修正)である

 −−「私はリビジョニスト(歴史修正主義者)ではないし,日本会議とは,なんの関係もありません」。記者会見の冒頭,司会者から「リーディング・リビジョニスト(歴史修正主義の指導者)」と紹介され,日本会議との深い関係も指摘されたジャーナリストの櫻井よしこ氏は,「一方的な見方をしているのではないか」と述べ,「話の前提が間違っている」と強く否定した。

 しかし,どう抗弁しようとも,櫻井氏が「草の根改憲運動」を進める日本会議の会長である田久保忠衛(ただえ)氏や前会長の三好 達(とおる)氏とともに「美しい日本の憲法を作る国民の会」共同代表であることは公の事実である。改憲推進の旗振り役として,ことあるごとに広告塔の役割を果たしてきた櫻井氏のいう「なんの関係もない」とは,単に「日本会議のメンバーとして登録はしていない」というだけに過ぎない。

 2018年11月16日,櫻井よしこ氏は,元朝日新聞記者の植村 隆氏から従軍慰安婦の記事をめぐり名誉毀損で訴えられていた裁判の判決について,日本外国特派員協会(FCCJ)で記者会見をおこなった。

 1)櫻井よしこ氏
 元朝日新聞記者の植村 隆氏(現・『週刊金曜日』発行人)が1991年8月,朝日新聞記者時代に執筆した元従軍慰安婦に関する記事をめぐり,記事を「捏造」と繰り返し誹謗中傷した,ジャーナリストの櫻井よしこ氏と櫻井氏の記事を掲載した株式会社新潮社,株式会社ワック,株式会社ダイヤモンド社を植村氏が名誉毀損で札幌地裁に訴えていた裁判で,2018年11月9日,岡山忠広裁判長は植村氏の請求をすべて棄却する判決をいい渡した。

 判決は,「櫻井氏の記事には植村氏の社会的評価を低下させる表現があったが,櫻井氏が参照した資料には,櫻井氏が真実だと信じるに足る相当の理由があった(真実相当性)ため,櫻井氏の表現は名誉毀損に当たらない」というものだった。

 しかし,裁判の過程で櫻井氏は,植村氏を批判した記事の根拠とした,朝鮮人従軍慰安婦,金 学順(キム・ハクスン)さんの訴状の記述が実際には書かれていないことを指摘され,これを認め,訂正している。

 判決にある「真実相当性」とは,いいかえれば,真実であると信じられるまで十分取材を尽くしたか,ということを問われているわけであるから,櫻井氏の取材が「ずさんであった」と批判は当然であろう。植村氏と植村氏の弁護団は,判決のあった〔11月〕9日,控訴することを表明している。

 2)植村 隆氏(2018年11月10日,IWJ撮影)

“【関連して付記されていた「記事の題名」の紹介】

 ※−1 【速報】櫻井よしこ氏のずさんな取材を司法が追認!? 植村 隆氏の名誉を毀損したが「捏造」と信じたのは仕方なかった!? 「言論で勝って裁判で負けた,悪夢のような判決」!(2018.11.9)

 ※−2 櫻井よしこ氏は,なぜ司法に「特別扱い」されたか? 改憲運動を草の根で推進する「日本会議の広告塔」だからではないか!?(11.9) 植村 隆氏裁判札幌地裁判決後の報告集会でIWJ代表・岩上安身が緊急事態条項の加憲に警鐘を鳴らす!(2018.11.9)

 ※−3 「ジャーナリスト」櫻井よしこ氏への名誉毀損訴訟 まさかの不当判決!! 「悪夢のような判決。言論で勝って,法廷で負けてしまった」(〜11.10) 岩上安身による元朝日新聞記者で現・週刊金曜日発行人の植村 隆氏・小野寺信勝弁護士インタビュー(2018.11.10)

〔記事本文はここから→〕 〔11月〕16日のFCCJでの記者会見でイタリアの「Sky TG24」の記者から「ジャーナリストとして,なぜ,植村氏に話を聞いて記事を書かなかったのか?」と質問された櫻井氏は,


 「植村氏は朝鮮半島問題の研究者である西岡 力(つとむ)氏の対談の申しこみを2回断わっている。ワックが植村氏へ反論のための紙面提供を申し出たが,それも断わっている。私は朝日新聞に質問状を送ったが『木で鼻をくくったような』回答だった。だから植村氏には話を聞かなかった」と答えた。

 櫻井氏が名前を挙げた西岡氏は,当時『現代コリア』編集長で現在は麗澤大学客員教授で,公益財団法人モラロジー研究所歴史研究室長。植村氏の記事が出た翌年の1992年より書籍や雑誌で記事の批判を繰り返し,1998年以降は,記事を「悪質な捏造」といって執拗に攻撃し,櫻井氏同様植村氏から名誉毀損で東京地裁に訴えられている被告である。

 自分と政治的立場が同じ西岡氏やワックの要請に応じなかったから,また,朝日新聞社の対応が悪かったからという自分の執筆活動とは無関係な理由で,自分が批判している当の本人である植村氏に取材しないまま「捏造」と攻撃することが正当とされると考えるのはあまりに馬鹿げた論理であって,話にならない。

 さらに「Sky TG24」記者に,「何人くらいの慰安婦に話を聞いたのか」と質問された櫻井氏は,以下のように答えた。

 「私は何十年も慰安婦問題を取材してきた。河野(洋平)官房長官,加藤紘一氏,外務省審議室長をしていて当時インド大使になっていた谷野作太郎氏,官房副長官の石原信雄氏,駐日韓国大使など,幅広く多くの人に取材しました。それにくわえて朝鮮半島問題の専門家である西岡氏などの話も聞いていた。慰安婦の方が語ったことの記事も読んだ。私なりに取材を尽くしたと思っているので,慰安婦の方に話を聞いてはおりません」。

 自慢話のように,長々と著名人の名前をあげてみたものの,要するに櫻井氏は朝鮮人慰安婦問題においてもっとも重要な証言者である慰安婦本人にいっさい取材をしていないということも認めたのである。(引用終わり)


 つまり,櫻井よしこは自著『櫻井よしこが取材する』(1994年)から1歩も前進することもない状態でもって,いいかえれば,従軍慰安婦問題に関しては独自の取材をしないまま,この問題に対して「事実を認める立場」から「全面的に否定する立場」に跳躍的に退歩していった。


 しかも,櫻井よしこがそのさい披露してきた立場の変化は,どこまでも言論人として基本的必要な「事実に対する調査:徹底した取材」を欠いていながら,自分が認めたくない「歴史の事実」を闇雲に否定・排除する意向だけを強弁する態度を明示していた。

 3)櫻井よしこの足跡−歴史意識の混濁化と不覚−
 問題の核心には,櫻井よしこがなぜ,従軍慰安婦問題に関する「自身の立場」をそのように「自己において矛盾するほかない方向の立場」にまで変えていったかにあった。

 最近における櫻井の言論は,たとえば「櫻井よしこ氏『憲法改正なくしてわが国の再生はない』」(『産経ニュース』2019/5/3(金)18:33 配信,https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190503-00000543-san-pol)からも伝わってくる。彼女がその後において主張するに至った「妄想的な歴史の観念」像は,「敗戦という大失敗にはまった旧大日本帝国」まで以前を郷愁するがゆえに,それまでの時代において日本が重ねてきた「歴史の過ち」を,いっさい認知したくないからであった。


 櫻井よしこ〔だけでなく同類の人たちはみなそうであるが〕は,「憲法改正なくしてわが国の再生はない」というとき,彼ら・彼女らの念頭に置かれているのは「明治憲法(大日本帝国憲法)」的な国家体制の陳腐な復活であって,21世紀の「この先にふさわしい:新しいそれ」ではない。


 明治の時代(司馬遼太郎風に表現すれば「坂の上の雲」を追い求めて,しれも自分の足下をよくみないで走りまわったすえ,結局コケてしまった「櫻井よしこ」の「みっともない姿」が目に浮かぶ。

 ジャーナリストの櫻井よしこ氏は〔5月〕3日,都内で開かれた改憲派の集会で講演し,「令和の時代,立派な日本国としての歩みをさらに強めなければならない。憲法改正なくして,わが国の本当の意味の再生はない」と述べていた。

 憲法を改正しさえすれば,それで日本が「過去に栄光あったかのように映った時代」が(具体的にそれはいつだったか? そのような時代が本当に存在していたか?),必らず再来させうるし,間違いなく再興も確実にできるとでも考えているとしたら,これこそ「思いつき的な妄想どころか,完全なる白日夢である」。

 日本の政治・経済のうち経済を考えてみればいい。この後においてのこの国であるが,高齢社会がさらに高度化(深刻化)していく体制のなかで,かつての高度経済成長時代のような,あるいはこれに代わる躍動的な経済活性化が,どうやったら期待できるというのか。

 補注)ここまで落ちこんだ日本の政治・経済の実態・真相に関する分析は,最近作としてはまず,金子 勝『平成経済 衰退の本質』(岩波書店,2019年4月),つぎに,斎藤貴男『戦争経済大国』(河出書房新社,2018年4月)を挙げておく。

 前述中に登場していた安倍晋三の腹話術「人形」みたいな国会議員である杉田水脈は,これらの本のなかに書いている「敗戦後史としての日本経済盛衰の全行程」について,実は,なにもしらない・分からない〈第2次安倍政権内の・おバ▲〉国会議員の1人であった。

 より正確に批判して表現するとしたら,無知蒙昧状態のまま「国会議員」をやっている愚かな女性議員(しかも日本の全女性にとっては仇敵みたいな人物)であった。

 C 大日本帝国憲法(明治憲法)のおどろおどろしさ

 現行の日本国憲法を改正〔?〕(改悪!)し,旧大日本帝国憲法に似ている「新しい憲法」を制定してみたところで,お里は(高が)しれている。明治時代の「坂の上の雲」をもう一度夢みてみたいと思う(渇望する)のは,勝手である。だが,それでもって,21世紀における日本の政治・経済の起死回生が期待できるとか,あるいは,その程度でしかない「保守・右翼の立場」からでも,なにかよりよい変革を導きうるとでも思いこんでいるのか? 

 わけても「従軍慰安婦問題の歴史的な起源」を全面的に否定したがり,明治の時代を懐かしく思い,その時代に似たこの国の姿を追想像するしか「能のない」安倍晋三・一統は,あまりにも「自国の過去」「歴史に対する理解」が貧しすぎる。歴史を否定するにせよ,歴史を変えたいにせよそうである。

 E・H・カーは「歴史は,現在と過去との対話である」と説明していたが,もっぱら「現在に関する認識」は放置したうえで,おまけに「過去との対話」など大嫌いなまま,その「過去」が無条件でいいものだと盲信(誤信)できた安倍晋三政権的な特定の政治集団こそが,まさしく「現状のごとき〈国難〉的状況」にまで陥った「この国の惨状そのもの」をもたらしてきた。

 大日本帝国憲法(明治23:1890年)の冒頭におかれた「告文」のなかに「皇祖皇宗」「皇考」という用語が,いったい何回出ていたか。これほどまで神がかり的な文章にしておくべき憲法の前文の1種でないと,アジアで唯一後発した「大日本帝国」は,米欧帝国主義国にはとても対抗できないといった「劣等意識」(「西洋芸術と東洋〔日本?〕道徳」といった作風になる「強がり・負け惜しみの精神」)を強烈に抱いていた。

“告文
皇朕レ謹ミ畏ミ
皇祖
皇宗ノ~靈ニ誥ケ白サク皇朕レ天壤無窮ノ宏謨ニ循ヒ惟~ノ寶祚ヲ承繼シ舊圖ヲ保持シテ敢テ失墜スルコト無シ顧ミルニ世局ノ進運ニ膺リ人文ノ發達ニ隨ヒ宜ク
皇祖
皇宗ノ遺訓ヲ明徴ニシ典憲ヲ成立シ條章ヲ昭示シ內ハ以テ子孫ノ率由スル所ト爲シ外ハ以テ臣民翼贊ノ道ヲ廣メ永遠ニ遵行セシメu〻國家ノ丕基ヲ鞏固ニシ八洲民生ノ慶c諦攝iスヘシ茲ニ皇室典範及憲法ヲ制定ス惟フニ此レ皆
皇祖
皇宗ノ後裔ニ貽シタマヘル統治ノ洪範ヲ紹述スルニ外ナラス而シテ朕カ躬ニ逮テ時ト俱ニ擧行スルコトヲ得ルハ洵ニ
皇祖
皇宗及我カ
皇考ノ威靈ニ倚藉スルニ由ラサルハ無シ皇朕レ仰テ
皇祖
皇宗及
皇考ノ~祐ヲ祷リ併セテ朕カ現在及將來ニ臣民ニ率先シ此ノ憲章ヲ履行シテ愆ラサラムコトヲ誓フ庶幾クハ
~靈此レヲ鑒ミタマヘ
 補注) なお,皇考とは,在位中の天皇が亡くなった先代の天皇を指す語である。ここでは孝明天皇になる。
 まるで呪術のような文章であった。なかんずく,明治の結果:失敗は「古代史を近代史のなかにもちこみ,〈疑似神国:神聖国家〉を構想した点」が根本の原因になっていた。それでも,旧大日本帝国が体験させられた “歴史的な敗戦(敗北)の意味” は思いだしたくないらしく,いまとなっては「明治の時代」のなかになにもありうるはずもない〈宝物〉を,もう一度掘り出せるつもりでいる。しかし,21世紀のいまの時代にそのような実体はどこにも,なにもみつからない。

 明治「維新」は1868年を区切りになされたが,その後の1945年まで「77年間分の決算」は「昭和20年間分の敗北:戦時体制の終了」をもって締められた。この「歴史の失敗」を事実そのものとして,換言すれば「失敗とみなせない=〈倒錯の歴史感覚〉」そのものが,敗戦から70年以上も経った現在にもなって「またもやはっきりと」頭をもたげている。「東京裁判史観」を全面否定したところで,敗戦までの77年間における「負の歴史」じたいが「観念の世界」において一挙に払拭・消去できるわけなどない。


 大日本帝国憲法よりも,そして日本国憲法よりもいい憲法を作るための改正ならともかく,『歴史の歯車』をともかく逆に回したいだけの安倍晋三政権1派には,実のところ,まともな「歴史観」など不在であった。自分たちの頭で新しい歴史を創造できず,むろん未来への展望すら開けていない。


 明治憲法をマネしたい,だから旧日本軍(陸軍だけでなく海軍も同列であったが)のなかには「従軍慰安婦」など存在しなかった,そのような制度などありえなかったと,それも必死になって「歴史のウソ」をいいはってきた。したがって,この問題の解決に前向きであるかのような姿勢は示そうとしないまま,ただ一方的に否定しつくす考えしかもちあわせなかった。

 21世紀の現在にあってもまだ「歴史の捏造作業」,すなわち,「あった事実」を「なかった歴史:無」にしておき,なおかつ同時に,19世紀末に制定されていた明治憲法がすばらしかったかのように回想したい時代精神に,「明日はない」。それよりも,改憲するならするでなぜ,21世紀のこの先を “それこそさきどりできる憲法” を作ることに考えが及ばないのか?

 従軍慰安婦問題を “イチジクの葉っぱ” でただ隠したがるような政治姿勢は,大相撲の力士たちの星取り表にたとえていえば,「大東亜(太平洋戦争)の完敗」を,つまり成績「2勝13敗」のような事実を認められない十両西10枚目の力士のごとし……。それでも「2勝」はしていた(?)と,なおいいはるのだから,物笑いのタネにしかならない。

 安倍晋三の唱えた標語「戦後レジームからの脱却」は,在日米軍基地に首根っこを抑えられたまま,現在の日本国に関する地位を一方的かつ想念した主張であった。そのかぎりで「その脱却」はもともと無理難題であったし,できることといったらせいぜい「戦後レジームそのものの保守」化,いいかえればアメリカへの従属体制の強化である。現に安倍晋三はいつも,トランプが喜ぶ対米従属国家体制の深化・進展に全面的な協力を惜しまない。


 トランプの「お尻を舐める」ような米日主従国際関係のなかで,大日本帝国時代の従軍慰安婦問題くらいは “なかったことにしておきたい” という気持は分からなくはないものの,相手(その被害者・犠牲者)を完全に無視しなければ成立しない話題であった。


 裁判所までが安倍晋三「忖度判決」を下したところで,従軍慰安婦問題の抹消ができるわけはない。「そのもつ歴史の意味」を軽視する「国家司法の基本姿勢」は,世界中から軽蔑の視線を浴びる。このことに無頓着なこの国に特有である自己閉塞症状が露骨に現われていた。

 敗戦後史としての「対米従属国家〈日本〉」の意味を,つぎの D で考えてみたい。

 D「〈耕論〉)9条,受け取る世代は 江藤祥平さん,栗山リンダさん」(『朝日新聞』2019年5月8日朝刊13面「オピニオン」)から江藤祥平の意見を聞く

 日本国憲法が施行されて72年。原点にあるのは,第2次世界大戦での敗戦という経験だ。いま日本社会では,敗戦国としての日本像も,経済大国としての戦後日本像もしらない世代が多数になりつつある。新たな世代は9条という遺産(レガシー)をどう受けとるのか。

 江藤祥平(憲法学者,1981年生まれ)は「 “虚構” だからこそ引き受ける」という題のもとに,以下のように語っている。若干ははぶき任意に選択して段落を引用する。

 a) 2002年,米国留学した私の目に映ったのは大規模なデモの光景でした。報復的な戦争に突き進む自国政府への反対の声。他方,米国主導のイラク戦争に加担した日本は “私たちは戦争していない” という空気でした。独仏と比べても積極的に戦争を支持した国なのに,政府も国民も戦争の当事者性を引き受けていない,責任の不在を印象づけられる出来事でした。

 そんな時代に育ったせいでしょうか。「戦後日本は民主主義と平和主義の豊かな国になった」といわれても,私にはそれは虚構,フィクションとしか思えませんでした。防衛を米国に肩代わりしてもらうことで自身は経済成長に専念し,米軍基地の負担は沖縄に押しつけることでなり立っていた側面が,戦後日本にはあるからです。

 b) 憲法9条の存在じたいには意味があったと私は考えます。軍拡を抑え,軍事力で問題を解決しようとしない日本の基本姿勢は,国際社会の信頼をえてきました。ただし,どこまで「下からの平和主義」だったかは疑問です。市民運動もありましたが,とくに1970年代以降は市民も無関心を深め,政治や法律のプロに任せっきりだったように思います。

 昨今の集団的自衛権の行使容認にしても,それを食い止めうる「われわれ」が存在しなかったのが現実でしょう。そんないまだからこそ,9条の原点に立ち返るべきだと私は思います。憲法前文と9条の特徴は,自国だけではなく世界の平和をも実現しようとする崇高な理想が刻みこまれている点だと私はみます。

 自衛権の行使を否定しているとは考えませんが,「戦力」に当たる実力の保持は禁止しており,他国の武力に対して劣勢に立つことが織りこみずみです。他国の侵略には国連など国際社会による介入で対応することが前提とされてもおり,現実の世界をみれば,相当の覚悟を要することです。しかし,それでも正義の原理にもとづく国際社会を作りあげる取り組みを国民に求めたのが9条です。

 c) 他国の平和にまで配慮したものですから,真剣に受け止めるなら,戦争より覚悟が必要になります。9条がこうしてある意味で常軌を逸しつつ,歴史の一歩先をいく性格を帯びた背景には,多大な犠牲者を生んだ先の大戦の経験があります。倫理の側面からみれば,弱き者たちから叫ばれた「殺すなかれ」という要求を受けとめたものともいえるでしょう。

 しかし,平和な国際社会を実現する覚悟をもつ「われわれ」が立ち上がったかといえば疑問です。政治は米国に追従し,国連に本来の役割を果たさせる改革を使命とはしてきませんでした。もちろん政治は国民の映し鏡です。国民に覚悟がないから,覚悟しないことが政治家の得になったのでしょう。

 9条の理想を追求する日本国民という物語は,それが虚構であるからこそ,引き受ける覚悟がなければなり立ちません。あえて9条という宿命に賭ける覚悟です。現実政治をみれば,そうした「われわれ」が立ち上がるみこみは小さいでしょう。しかし,その細い道筋を絶やさず追求しつづけることが必要なのだと私は考えます。(聞き手 編集委員・塩倉 裕)(引用終わり)


 日本国憲法第9条はいうまでもなく,「在日米軍基地」の実在によって裏支えされてきた。その第1条から第8条の「天皇・天皇制」の問題も合わせ鏡の要領で存在させられてきた。だが,江藤祥平は新聞紙上に公表されたインタビュー記事のなかでは,天皇関連への言及はない。


 在日米軍基地の問題に関する発言も,憲法学者としてごく人並みであって,格別の含意は示唆されていない。日本国民「だけの立場の問題」が特別にあるかのようにも語っている。だが,そうした論理・議論だけでは,安倍晋三たちのような「改憲したい欲望」をまともにとりあげ,対抗するための理論・思想の準備はしにくい。

 憲法の「第1条から第8条まで」と「第9条」とのあいだには,日本が敗戦してからずっと置かれている「在日米軍基地の存在」の問題があった。この問題はもちろん,憲法学者が本格的に議論してきたものの,最近ではもとは素人であった矢部宏治の議論がその論点を分かりやすく解説してくれている。

 日本国の現状はいまだに半国家であり,つまり半独立国だといっても過言ではない。この現実を踏まえない9条擁護の主張も,安倍晋三たちにおける改憲の欲望も,日本に暮らし生きているわれわれの日常生活とはかけ離れている。安倍の改憲への意欲が,現状のごとき「対米従属国家:日本」の現状を,さらに固定化させる役目を発揮しないとはかぎらず,むしろその方途に向かう〈危険性〉のほうが確実に大である。


 「戦後レジームからの脱却」? 誇大妄想である。在日米軍基地をすべて撤去してから,そのような夢想をいいだしたらよいのであって,そのあとになってようやく,日本がアジアの東端に位置する国家としてどのような役割を果たすべきかについても,おのずと議論の方途が開け,そのための具体的な目標も設定できるかもしれない。


 現在のところ,どうみてもトランプの飼い犬みたいな「迷・忠犬:シンゾー」に,そうした国際政治次元の任務・課題にとりくめと指示したところで,「ネズミに向かい人間の乗る馬車を引け」というに等しい。


 このままだと日本は,今後に向けて凋落・衰退の一途しか展望できない。安倍晋三には,その展望「観」をくつがえすだけの政治理念も体系理論も,そして政治家としての覚悟も力量もない。いままでに彼が成就させてきた「日本を破壊していくための為政」であれば,これだけは確かに結果を出せている。まったくもって,にっちもさっちもいかないこの国にさせたのが,この安倍晋三という名の「亡国・国難の首相」である。
http://blog.livedoor.jp/bbgmgt/archives/1074664307.html

9. 中川隆[-8868] koaQ7Jey 2019年8月06日 13:12:17 : b5JdkWvGxs : dGhQLjRSQk5RSlE=[3864] 報告
八代弁護士、河村たかし、松井一郎が“慰安婦問題はデマ”とネトウヨ並みフェイク! あらためて中曽根証言など日本軍関与の証拠を見ろ
https://lite-ra.com/2019/08/post-4885.html
2019.08.06 八代弁護士が「慰安婦問題は史実に基づかない」とネトウヨ並みデマ リテラ

    
    ネトウヨなみのデマ!  (『ひるおび!』より)


 安倍政権による韓国への輸出規制と「ホワイト国」除外、あいちトリエンナーレでの「平和の少女像」などの展示中止……。国交正常化以来最悪と言われる日韓関係のなか、日本中がグロテスクな嫌韓ムードと歴史修正主義に染まっている。

 それは安倍政権周りの政治家やネット、右派メディアだけではない。地上波のワイドショーでもネトウヨとなんら変わらないヘイトや歴史修正主義が堂々と語られるようになった。

 5日放送の『ひるおび!』(TBS)でも、慰安婦問題など含む作品を展示した「表現の不自由展・その後」が中止に追い込まれた件をとりあげるなか、八代英輝弁護士がこんな発言をしていた。

「当然、この社会的風潮のなか、この慰安婦像。この慰安婦問題っていうものが史実に基づかないものであること。あるいはこの慰安婦像に対して嫌悪感、反感をもつ方っていうのは多くいるってことは、当然認識した上での展示ですから。ある程度の反感というのは想定されたんでしょうけど、それが、私は『想定を超えてしまった』って認識は甘いんでないかというふうに思うんですよね」

 八代弁護士は「表現自体をさせないという風潮は危険だなと思う」などとエクスキューズをいれつつも、「私自身はこれ(少女像)を置いて、こんなものあってはならないと議論するということはアリだと思いますけどね」と続けるなど、嫌韓煽りを剥き出しにしていた。

 さらには、落語家の立川志らくも、いつもの物知り顔でこうコメントした。

「結局、こういうことをやると、日本人の多くは不愉快に思って許さないという結果が出た。これを『平和の少女像』って言う人がいることが、私は不思議でしょうがない。平和の少女像って言うなら、日本人の誰もが見て、これは平和だなって思えるならいいんだけれども。そりゃ韓国の人はそうかもしれないけど、日本人にとっては多くの人が反日の像だと思ってるわけでしょ? 本来、芸術ならば、これを反日像だと思っている人が見ても、思わず感動して涙を流す、そういうものを私は展示してほしい」

 本サイトでも解説した(https://lite-ra.com/2019/08/post-4880.html)ように、「平和の少女像」が「反日」だというのは完全にネトウヨの論理であり、歪曲した解釈だ。それを「みんなが思ってるんだから反日に決まってる」と言い張り、表現の自由を踏みにじる卑劣なテロ予告者ではなく、議論を換気しようとした展示や作品のほうを問題視する。その倒錯ぶりと付和雷同には、呆れ果てるしかない。

 とくに聞き逃せないのは、八代弁護士が発した「慰安婦問題っていうものが史実に基づかないものである」とのセリフだろう。八代弁護士は、つい先日も朝日新聞を韓国の中央日報、ハンギョレ新聞と並べて「反日三羽ガラス」と揶揄するなど、テレビの全国放送ネトウヨぶりを全開していたが、今度は慰安婦それ自体がなかったかのような発言をしたのだ。

はっきり言っておくが、慰安婦の存在は捏造でもなんでもなく。歴史的な事実だ。弁護士の資格を持つ人間が、地上波の昼間の番組で、保守派の学者でさえ言わないような歴史修正主義丸出しのデマを口にしていいのか。

 いや、八代弁護士だけではない。「平和の少女像」展示に圧力をかけ、「表現の不自由展」への攻撃を煽った河村たかし名古屋市長も、今日の会見で「やっぱり慰安婦ってあったのかと、そういうふうに見られる」などと発言していた。つまり、河村市長も慰安婦は存在しないと信じ込んでいるのだ。

 さらに、日本維新の会代表の松井一郎・大阪市長からはもっととんでもないデマ暴言が飛び出した。松井市長は5日会見で「事実ではない慰安婦の像」「日本人を蔑み貶める、誹謗中傷」「慰安婦問題というのは完全なデマ」「朝日新聞自体が誤報だと謝罪しているわけですから」「事実ではないデマの象徴の慰安婦像は行政が主催する展示会で展示するべきものではない」などと語り、慰安婦は完全なデマと言い放ったのである。

■中曽根康弘元首相が海軍主計長時代に「土人女を集め慰安所を開設」の記録

 こうした連中の妄言の根拠は、2014年、朝日新聞が慰安婦関連記事の虚偽を認め、訂正・謝罪したことだ。朝日が訂正したのは、とっくのとうに虚偽であることが分かっていた吉田清治証言に関するものだけだったが、当時、ネトウヨや極右メディアがこの謝罪を意図的に拡大解釈し、あたかも戦中に「慰安婦」自体の存在がなかったのようなデマを喧伝しまくった。意図的かどうかは知らないが、八代弁護士や河村市長らはこのネトウヨ歴史修正の詐術に丸乗っかりしているということだろう。

 だとしたら、本サイトとしては何度でも、その欺瞞と詐術を明らかにしておく必要がある。戦中の日本軍が各地に慰安所をつくり、現地の女性たちや朝鮮半島の女性たちを慰安婦にして、兵士の性暴力の相手にさせられたのは客観的事実だからだ。

 日本軍が侵略したアジアの各地に慰安所をつくったことは残された軍の記録や通達からも明らかであり、歴史学的にも議論の余地はない。軍が斡旋業者を使って騙して女性を連れ出した証拠や、現地の支配者や村長に命じて女性を差し出させた証拠もいくらでもある。そして、慰安所で現地の女性や朝鮮半島から連行した女性を軍が性的搾取したことは、多くの被害女性だけでなく、当時の現地関係者や元日本兵、元将校なども証言していることだ。

 たとえば、海軍出身の中曽根康弘元首相は、回想記『終りなき海軍』のなかで、当時、設営部隊の主計長として赴任したインドネシアで〈原住民の女を襲う〉部下のために〈苦心して、慰安所をつくってやった〉ことを自慢話として書いている。この中曽根証言は、防衛省のシンクタンク・防衛研究所の戦史研究センターが所蔵している当時の文書「海軍航空基地第2設営班資料」において、〈気荒くなり日本人同志けんか等起る〉ようになったところで〈主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設 気持の緩和に非常に効果ありたり〉と記されているように、歴史事実として裏付けされたものだ。

■産経の総帥も自著で軍時代の慰安所設立を自慢「女の耐久度とか消耗度も決めていた」

 また、陸軍出身の鹿内信隆・元産経新聞社長は、桜田武・元日経連会長との対談集『いま明かす戦後秘史』(サンケイ出版)のなかで、慰安所と慰安婦が軍主導であった事実をあけすけに語っていた。

「(前略)軍隊でなけりゃありえないことだろうけど、戦地に行きますとピー屋(引用者註:慰安所のこと)が……」
「調弁する女の耐久度とか消耗度、それにどこの女がいいとか悪いとか、それからムシロをくぐってから出て来るまでの“持ち時間”が将校は何分、下士官は何分、兵は何分……といったことまで決めなければならない(笑)。料金にも等級をつける。こんなことを規定しているのが『ピー屋設置要綱』というんで、これも経理学校で教わった」
 
 実際、靖国偕行文庫所蔵の『初級作戦給養百題』(1941年)という陸軍主計団記事発行部が発行した、いわば経理将校のための教科書の記述にも〈慰安所ノ設置〉が業務のひとつとされており、この鹿内証言も軍の資料と完全に一致する。

 朝鮮半島の女性たちを慰安婦にした証拠も枚挙にいとまがない。

 日本はアジア・太平洋戦争で東南アジア各国を侵略、傀儡政権を樹立したり、軍の統治下に置くなどの支配を進めていったが、たとえばシンガポールでは現地の華僑を粛清した後に、日本軍の宣伝班の下で刊行された新聞に“慰安婦募集の広告”が出ている。そうした慰安所に大勢の朝鮮人女性も動員されたことは「16歳の時にシンガポールの慰安所に連れて行かれた」という朝鮮人元慰安婦の証言だけでなく、近年発見されたビルマ(現・ミャンマー)とシンガポールの慰安所で帳場の仕事をしていた朝鮮人男性の日記からも明らかになっている。また、独立自動車第四二大隊にいた元日本軍兵士も「トタン塀」と呼んでいた慰安所には「娼妓は朝鮮人が多かったが、マライ人もいた」と証言している。

■米朝会談の舞台となったセントーサ島では朝鮮人女性が騙されて慰安婦に

 昨年、米朝会談の舞台となったシンガポール南端のセントーサ島(旧称・ブラカンマティ島)でもまた、朝鮮人女性たちが慰安婦として働かされていた。しかも、彼女たちは別の仕事だと騙されて連れてこられたのだ。

 当時、東南アジアで通訳として従軍していた永瀬隆氏が証言している。永瀬氏は、日本が戦中につくらせたタイとビルマを結ぶ泰緬鉄道で陸軍の通訳をしていたことで知られる日本人男性だ。日本軍による泰緬鉄道建設にあたっては、数万人のアジア人労働者や連合国軍の捕虜が非人道的な扱いを受け犠牲となっている。永瀬氏は戦後、反戦平和の立場から個人でその慰霊と償いの社会活動を続け、2011年に亡くなった。

 その永瀬氏が生前、月刊誌「MOKU」(黙出版)1998年12月号での高嶋伸欣・琉球大学教授(現・名誉教授)との対談のなかで、セントーサ島での体験を語っていた。シンガポールでも数か月の間、陸軍の通訳として勤務しており、その時、慰安所の女性たちや軍の部隊長と話をしたことをこのように振り返っている。

「(セントーサ島には1942年の)十二月中旬までいました。十一月になって隊長が僕を呼んで、『実は朝鮮の慰安婦がこの部隊に配属になってくるんだが、彼女たちは日本語がたどたどしいから、日本語教育をしてくれ』というんです。僕は『嫌なことをいうな。通訳はそこまでしなきゃいけんのか』と思ったけど、その隊長はもう島の王様気取りでおるんです。仕方がないから、慰安婦の人たちに日本語を三、四回教えました」

 永瀬氏は「そのうちに、僕は兵隊じゃないから、慰安婦の人も話がしやすいんだな」と思ったという。そして、朝鮮人女性たちに慰安所にきた理由を聞くと、騙されて連れて来られたというのだ。

「それで僕も『あんたたちはどうしてここへ来たんだ』と聞いたら、『実は私たちは、昭南島(シンガポール)の陸軍の食堂でウエイトレスとして働く約束で、支度金を百円もらって軍用船でここへ来たんだけど、着いた途端に、お前たちは慰安婦だといわれた』というんです」
「それを聞いて、ひどいことをするなと思った。いま考えてみても、強制的に連行して慰安婦にするよりも、そうやって騙して連れてきて慰安婦にするほうが、僕は罪は深いと思います。
 とにかく、それから島の中に慰安所ができたんですが、隊長が慰安所の兵隊にくだしおかれる前に、慰安婦を毎晩代わりばんこに次から次へ味見しているという話を聞きました」

■「慰安婦は存在しなかった」の嘘が堂々とまかり通る恐ろしさ

 つまり、日本軍は、彼女たち朝鮮人女性に性的労働をさせることを告げず、まして嘘の説明で騙して慰安所に連れて行ったケースが明らかに存在した。そして、前述した中曽根元首相らの証言や当時の軍資料のように、日本軍が従軍慰安婦に積極的に関与していたことも歴史的な事実なのである。

 八代弁護士が言うような「慰安婦問題は史実に基づかない」というのが、いかにフェイクであるかが分かるだろう。歴史修正主義者たちは、こうして慰安婦問題を矮小化しているのだ。

 恐ろしいのは、こうした歴史的な事実を否認する発言が、当たり前のようにワイドショーで飛び出し、他のマスコミが検証を放棄した結果、少なからぬ視聴者が何ら疑念をもたないでいることだ。実際、八代弁護士の発言の嘘を検証したり、批判的に取り上げるマスコミは、いまのところ皆無。それどころか、Twitterでは「よくぞ言ってくれた!」というような賞賛まで受けている。

 繰り返すが、安倍政権が煽動する“嫌韓”を、応援団やマスコミが増幅し、それがごく当たり前のように社会に蔓延しているのが、いまの日本社会だ。その結果起きたのが、平和の少女像などの展示に対する異常なバッシングであり、放火テロまでほのめかす脅迫だった。歴史的事実や、それに向き合うための表現まで「反日」と糾弾され、封殺されてしまう状況は、もはや“嫌韓ファシズム”と呼ぶべきかもしれない。

 しかも、こうしたメディアの扇動によって、国民の世論じたいもどんどん冷静さを失っている。

 政府が先月実施した「ホワイト国除外」に関するパブリックコメントには、寄せられた4万666件の意見のうち、「除外」に賛成が実に約95%で、反対はわずか約1%だったという。これは、安倍応援団やネトウヨの組織票の可能性が濃厚だが、他方、FNNと産経新聞が3、4日に実施した世論調査でも、「ホワイト国除外」を「支持する」が67.6%に登り、「支持しない」は19.4%にすぎなった。

 ワイドショーをはじめとするマスコミには、自分たちが取り返しのつかない状況を作り出しているという自覚はないのだろうか。

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