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黒沢清 トウキョウソナタ(ピックス 2008年)
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/1068.html
投稿者 中川隆 日時 2020 年 10 月 02 日 01:28:57: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: 黒沢清 CURE キュア(大映 1997年) 投稿者 中川隆 日時 2020 年 9 月 18 日 20:46:10)

黒沢清 トウキョウソナタ(ピックス 2008年)




監督 黒沢清
脚本 マックス・マニックス 黒沢清 田中幸子
音楽 橋本和昌
「月の光」ピアノ演奏 :高尾奏之介[2]
撮影 芦澤明子
編集 高橋幸一
配給: ピックス(現:エイベックス・ピクチャーズ)
公開 2008年9月27日



『トウキョウソナタ』は、2008年の日本・オランダ・香港の合作映画である[1]。


あらすじ


井の頭線沿線の二階建て一軒家に暮らす佐々木一家は、それぞれに秘密を抱えていた。


健康機器メイカーで働く佐々木竜平(香川照之)は、より安い賃金で働く中国人労働者のために、会社を解雇される。翌日以降も同じようにスーツ姿で家を出る彼は、ハローワークで職を探すが、良い条件の仕事はなかなか見つからない。そんな折、高校の同級生だった黒須(津田寛治)と偶然に公園で再会し、同じ失業者として意気投合するものの、黒須夫妻は中学生の一人娘を残して自殺する。そのことを知った竜平は、ショッピング・モールの清掃員の職に就く。それでも、会社を解雇されたことは今も家族に言い出せないままであった。


夜中にアルバイトをしている長男の貴(小柳友)は、アメリカ軍の国外志願兵に応募しており、中東へ従軍するつもりでいた。母の恵(小泉今日子)に、あとは保護者が入隊志願書に署名すれば合格できる、と告げる。貴がそのことを父の竜平にも話すと、竜平は反対だという。結局、恵一人の承諾を得て、恵に見送られながら貴はアメリカへと旅立つ。


次男の健二(井之脇海)は、小学校の給食費をピアノ教室の月謝にあてて、金子先生(井川遥)にピアノを教わっている。給食費の未納で小学校に呼び出された恵は、健二の行動に驚くが、竜平には黙ったまま、健二のピアノ教室通いを続けさせようと決意する。しかし、健二の才能を見抜いた金子先生から音楽大学附属中学校を受験するよう勧める手紙が家に届き、それを読んだ竜平は、健二との口論の末、彼を殴ってしまう。二階に上がろうとした健二は、階段を滑り落ちて、病院に運び込まれる。


ある日、強盗(役所広司)が佐々木家に押し入り、恵に盗難車を運転させ、恵を家から連れ出す。恵が一人でショッピング・モールに立ち寄ると、清掃員の格好をした竜平と鉢合わせする。トイレを清掃しているときに見つけた大量の札束をポケットに忍ばせていた竜平は、その場から逃げ出すようにショッピング・モールをあとにする。走り続けた末に自動車にはねられた竜平は、翌朝まで路上で意識を失う。一方、恵は海辺の小屋で強盗と夜を過ごす。翌朝、恵が外に出てみると、浜辺には波打ち際までつづく車輪の跡が残されているだけだった。その頃、健二は友人の家出を手伝おうとするが、喘息の発作が起きた友人は親に捕まってしまう。バスに無賃乗車しようとした健二は、警察の留置場で一晩を明かすことになる。不起訴処分で釈放された彼が家に帰ってみると、そこには誰もいなかった。やがて恵が、そして竜平が、それぞれ帰宅する。三人は静かに食卓を囲む。


音楽大学附属中学校の入学試験。実技試験の会場には、並んで座る竜平と恵の姿があった。金子先生も入って来る。観衆に見守られる中、健二はクロード・ドビュッシーの「月の光」を演奏する。


キャスト


佐々木竜平: 香川照之
佐々木恵: 小泉今日子
佐々木貴: 小柳友
佐々木健二: 井之脇海
金子薫: 井川遥
小林先生: 児嶋一哉(アンジャッシュ)
黒須: 津田寛治
強盗: 役所広司
良介: 皆木勇紀
黒須美佳: 土屋太鳳
ニュースのアナウンサー:峰剛一、小林央子
北見敏之、でんでん、波岡一喜、伊藤正之、高川裕也、杉山彩子、王雪丹、高畑翼 ほか



製作


脚本のマックス・マニックスは『レイン・フォール/雨の牙』(2009年)で知られるオーストラリアの映画監督であり、おなじく田中幸子は、東京藝術大学大学院映像研究科での黒沢の教え子で、2007年に『夏の旅』で第33回「城戸賞」を受賞した日本の脚本家である。


共同製作のEntertainment Farmは日本の映画会社、共同製作のフォルティッシモ・フィルムズはオランダの映画会社、共同製作・配給のピックスは、エイベックス傘下の日本の映画会社である。


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%A6%E3%82%AD%E3%83%A7%E3%82%A6%E3%82%BD%E3%83%8A%E3%82%BF
 

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コメント
1. 2020年10月02日 01:40:15 : 3y4kTJIiiw : UVFjMUI2UmdwU00=[1] 報告
2018年1月10日 『トウキョウソナタ』の食卓
https://school.genron.co.jp/works/critics/2017/students/ytommy/2613/


黒沢清監督を論じるのであれば、古くはJホラーの監督として認識されていた彼の作品を取り上げてもいいかもしれない。『叫』『回路』などは、Jホラーとして、国内外に高く評価された。近年は毎年作品を発表しており、国内の有力な映画監督であり、圧倒的な人気を誇る。同時代の中田秀夫監督や清水祟監督、両者は『リング』『呪怨』などで大ヒットを飛ばして一世を風靡した。Jホラーという言葉が、日本映画を流布させ、海外でもリメイク版が作られた。『回路』に関してもハリウッドでリメイクされた。黒沢清に関しては、ホラーに対してこだわりは無いのかもしれない。というのは、彼は職人として映画監督を目指したという。

「僕の撮ってきた映画をずらっと並べて頂くとわかると思いますが、それまでだって

ホラーだけをつくってきたわけではないんです。そういう意味では、僕は常に無節操に、

いろんな種類の映画をつくろうとしてきた監督です。はっきり言うと自分は職人だと思います。」*1 

私が黒沢監督の映画が好きであるのは、他の監督とは一線を画す。我々に何か傷跡を残すような作品が多い。モチーフとも言える一度見たら忘れない廃墟や、飛ばされる段ボール。彼のフィルモグラフィの中でJホラーというイメージを払しょくした作品が『アカルイミライ』や『トウキョウソナタ』とも言える。特に、『トウキョウソナタ』は観るたびに発見を生む作品と言っていい。この作品の分析を通して、この作品の食卓の描かれ方と、一見ハッピーエンドに思えるこの作品の残す不気味さも記したい。

あらすじとしては、毎日平凡に仕事をこなすサラリーマンの佐々木竜平(香川照之)は、ある日中国への部署移転を期に、会社からリストラを宣告されてしまう。一方、何か新しい方向性を求めてイラク戦争に向かう長男・貴(小柳友)、学校での出来事をきっかけに変化し始める次男・健二(井之脇海)、一家のまとめ役だったはずの妻・恵(小泉今日子)も泥棒(役所広司)の誘拐されてしまい・・・・。

物語の始まりは、佐々木家の一階の居間家を映して、風とともに新聞が舞い、揺れる白いカーテン。恵は、窓を閉めて、濡れたところを拭こうとするが、急に窓を開けて雨が入ってくる。これから家族に起こることへの不吉を示唆するシーンである。(Fig 1)風と雨が家の中に侵入するとすぐに、次のシーンは竜平の会社タニタでのシーンになる。不自然なまでの黒い影が、会社の窓を揺らす。その風の不穏さが、視覚的にも音と共に、演出される。(Fig2)中国での総務部の移転に伴い、竜平はリストラされてしまう。

帰り道、次男の健二と偶然会い、共に家路に着くが、竜平だけが、侵入者のように、裏手からこそこそと、冒頭の雨の場面と同じように入ってくる。彼は、リストラされたということを明かすことが出来ず、何も変わっていないかのように普段のように生活する、嘘の生活を始める。このような風と白いカーテンは、黒沢監督のモチーフと言える、元々はロベールブレッソン監督『ラルジャン』にあると言われる。これまでも『回路』においては、工藤チミ(麻生久美子)が、佐々木順子(有坂来瞳)を助けようとしようとして、家に匿うが、窓から風が入り、白いカーテンが揺れ、順子はシミとなって消えてしまう。(Fig3)『岸辺の旅』においてもオープニングは、瑞希(深津絵里)がピアノを教えているシーンから始まる。(Fig4)その夜と言っていい、夜の場面で、浅野忠信演じる優介が死者として、家に帰ってくる。中と外を遮断している存在としてあるカーテン、中間の存在と言っていいかもしれない。風によって運ばれるのは、幸福であったり不幸であったりする。視覚的な美しさや、モチーフとしても境界線(生者と死者、あの世とこの世、現在と過去など)は、彼の作品のテーマとも言える。

『トウキョウソナタ』においては、最初の不吉な雨と風から始まり、ラストシーンにおいては、健二の弾くピアノを祝福するような、穏やかな風と揺らぐ白いカーテン。彼の弾く『月の光』とともに、物語はエンディングを迎える。竜平、恵、健二の退場によって映画は幕を閉じる。

黒沢監督作品には、食事のシーン、キッチン、ダイニングテーブルがよく記憶に残ることが多い。『岸辺の旅』においては白玉を瑞樹が作ることによって、優介が死者として帰ってくる。『叫』においては、仁村春江(小西真奈美)と吉岡登(役所広司)が、キッチンで柵によって、二人は捕らわれているように見える。(Fig5)監獄などのイメージと共に、その後明らかになる登の罪を考えると非常に演出上重要であるショットと言える。

『トウキョウソナタ』においては、意図的にショットによって分断される食卓がある。一度だけ彼ら家族四人が揃うシーンがあるが、それは階段が入っており、竜平と貴のみ孤立させるようにさせる。また、このシーンは、失業を言えない竜平とアメリカ軍と共に、イラクに出兵することを決めた貴は、両者ともに家族に対して負い目のある二人と言える家族から切り離されているようである。(Fig6)明らかに意図的に障害物を入れたと言っていいようなショットである。この作品ではこれ以降決して、四人が揃うことがない。例外的にラストの食卓のシーンで全員が揃うことになる。それは後で、述べたいと思う。

竜平が公園の炊き出しで会った旧友の黒須は、同じように失業を家族に隠して、暮らしている。竜平にとっては、唯一の理解者であり先輩とも言える。竜平は、黒須のアリバイ作りとも言える彼の同僚を装い、家族に呼ばれて食事をするシーンがある。(Fig7)

現代的で豊さを感じるような黒須の家。窓からはプールも見える。一方、竜平の標準的な日本の一軒家とのコントラストをなしている。ここでは、何もさえぎる物もなく、普通の食事シーンに見えるが黒須は「寿司を頼めと言っただろう」とわざとらしく言って、不穏な雰囲気が流れる。食事に後に「佐々木さんも大変ですね。」と黒須の娘が言うところから、この家族は彼の失業に気付いている。まるで、演じたような食卓が写しだされる。

黒須は結果的に無理心中をして、黒須と妻は死ぬ。佐々木家は、まだこの時点では竜平の失業はばれてはいない。窮屈で、形式的なリラックスの出来ない空間に、撮られていると言っていい(Fig8) 他のシーンにおいても誰か家族が不在であり、何か障害物が写されるように食卓が撮られている。食事は家族の団欒の機会としては、大事なことであると言われるが、息子二人に関しては、部屋に国境の線と呼ばれるものをチョークで部屋の前に引くような描写があり、息子二人が家出やイラク戦争への出兵含めて、家の居づらさや家族の意味の希薄さやディスコミュニケーションを起こしているということを視覚的にも表しているとも言える。

この食卓に入り込む光も大きな役割を持っている。この家族の家は線路沿いであり、何度か光や音と共に電車が彼らの家の横を通過するその際に、電車の発する光である。タイトルや電車など否応なしに、『東京物語』を早期させるが、何よりもこの作品においてその光は罪への追及と告発を意図としている。または、嘘を暴くのである。二度この光が、竜平に投射される。一度は貴のイラクへの出兵の際と二度目は、健二のピアノ教室に通っていることの怒りを示す際である。家族の長であり、権威を持つ竜平は、権威を振りかざすがそれはむなしく恵に炊き出しを見られたのもあり、彼の嘘を追及する。そして健二の階段落ちという結果を生む。

竜平の罪だけでなくても、この竜平の権威の失策から、この家族は崩壊に向かっていくように思える。罪は、この作品において大きなテーマであり、健二は純粋性を持った、子どもとしての存在として描かれるが、担任の授業中の指摘に対して、正直に担任の恥ずかしい行動を告発することによって、彼の正義が揺らぎ、ふと見たピアノ教室に興味を持ち、彼は罪を犯し黙って給食費を使いピアノを始める。

恵は唯一罪をないように思えるが、泥棒である役所公司によって誘拐されることによって、強制的に旅に出る。その誘拐を通して、これまでと違った自分に目覚める。恵は「これまでの人生が夢で、目が覚めて全然違う自分だったら、どんなに良いだろう。」母性を見事に表し、恵という名前自体が、母親の存在を見事に描かれているが、ここで破たんに向かっていく。

一気に破滅と向かって行くように、竜平はトイレで拾った大金を持ち逃げしようと、貴は日本(家族)に絶望して、イラクへ向かってしまう。健二も、大人に絶望して家出を試みる。ラストの健二の『月の光』がなければ、彼らは死んでいるではないかという風にも捉えられる。車によって轢かれた竜平、恵を誘拐した泥棒は車と共に海で自殺してしまう、その前のシーンではまるで死者のように不可思議と、恵は海水に身を投げ出して漂う。

夜が明けて、最後三人は食卓に集まるが、そこまでの経緯は表現されず留置場から帰る健二、轢かれたはずがなんでもなかったように大金を拾得物ポストに入れて帰宅する竜平、恵はふと目が覚めて、太陽の光を浴び、こちらも経緯は描かれず帰宅をする。貴は恵の夢の中で、帰宅をするが「人を殺しすぎた」と呟きダイニングテーブルに座るが、ふと夢だと恵は気づく外務省に安否を確認するシーンがある、貴は三人の食卓に不在であるがテレビの報道によって軍力の縮小によって帰還が約束される。とうとう、家族が最後に再生とともに集まる食卓のシーンとも言えるが、不気味さが付きまとってくる。あまりにも都合の良い展開とも言える。何とも自然と初見では、疑問に思わせないように見せる黒沢監督の手腕を感じるが、ここで何とも言えない不穏さが残る。というのは、黒沢監督の『岸辺の旅』『叫』などでも、まるで死者が生きている者のように、登場するのが黒沢監督にはよくあることである。決して幽霊は仰々しく出てくるのではなく、日常の生者のように描かれる。荒らされた食卓で、もくもくと食事を食べるシーンがあまりにも不気味である。

その違和感は、最後にさらに加速させる。まるで、天国のような白い空間で健二の『月の光』を観衆は息を飲んで見つめる。全くのピアノの素人であった健二が、少しの練習で音楽を得意とする中学校への進学が決まるかもしれないというような状況が、奇跡と言っていいし、勿論一度目は、ハッピーエンドで終わる作品であるが、どうか宙吊りのまま、幕を閉じるという。ほとんどの観客にとっては、素晴らしい福音が与えられるかもしれないが、果たして、最後に揺れる白いカーテンと流れる風。風は希望を運んでくるのだろうか?(Fig9)

(Fig)の部分にスクリーンショットを入れようと思いましたが、時間がなくサイト内で出来ませんでした。

申しわけございません。

*1 『世界恐怖の監督 黒沢清の全貌』「文學界」編集部 (2017)

https://school.genron.co.jp/works/critics/2017/students/ytommy/2613/

2. 2020年10月02日 01:41:52 : 3y4kTJIiiw : UVFjMUI2UmdwU00=[2] 報告
【第254回】『トウキョウソナタ』(黒沢清/2008)
2015/10/21

 黒沢清がこれまであまり積極的に描いてこなかったものとして、ラブストーリー、メロドラマ、ファミリー・ドラマが挙げられる。実はそれ以上に描くべきジャンルとしてアクションが挙げられるものの、これまで黒沢は散々追いかけっこをし、銃撃戦をし、自分の思いを多少なりとも満たしてきた。それと比較すると、黒沢のラブシーンは随分ひ弱で恐る恐るに見えるし、ファミリー・ドラマに関してもどっぷり関与することを避けてきた節がある。

最初に家族関係に立ち向かったのは、98年の『ニンゲン合格』であろう。10年間の昏睡状態から奇跡的に目覚めた20代の少年は、病院に家族が見舞いに来るでも迎えに来るでもなく、父親の大学時代の友人だった男が家族の代わりをする。10年間の間に家族はてんでバラバラに生き、もはや一つ屋根の下に集うこともない。黒沢はごくありきたりな現代の家族の物語を随分冷ややかに、突き放して表現していた。ファミリー・ドラマの核となる家族の再生や崩壊のベクトルは最初から失われ、そこにあるのは息子のいつかこの場所に家族全員が揃う日を夢見るささやかな希望しかなくなっている。

次に親子関係に向かったのは『アカルイミライ』であろう。この場合の親子関係とは、父子関係である。5年間会っていない音信不通の息子から久しぶりに届いた知らせは、殺人を犯し刑務所にいるということのみで、弁護士は最悪の状況も覚悟に入れておいてくださいと父親をたしなめる。最初は状況に狼狽え、もう一人の息子(弟)に助けを求めるも、息子は冷たく、逆に何をやっているんだと叱責される。やっとの思いで面会室に向かうも、殺人を犯した息子に無理しないでいいと言われ、ふと投げかけた問いに死刑の日を考えていると言われ言葉が出て来ない。ここでも家族は明らかに崩壊し、それに対処する術もない。けれど彼を慕っていた二村により、父親は新しい家族の形を模索する。

今作においては、耐え忍ぶ母親像を小泉今日子が熱演している。冒頭嵐の昼間、大風にカーテンが揺れ、雨が部屋に吹き込んできている。母親は急いで窓を閉め、水浸しになった床を拭くが、どういうわけかもう一度窓を開け外を見る。彼女がいったい何を見ているのか?その答えとなるショットは遂には出て来ない。しかしながら彼女が4人家族の中で率先して出て来たことを忘れてはならない。次に父親の会社での様子がフレームに映される。彼は部下を軽く叱責するも、上司の部屋へと足早に急ぐ。そこでは総務課の移転計画が矢継ぎ早に繰り広げられ、父親の仕事は残酷にも下請けの連中に奪われたことを上司が告げる。開巻早々、路頭に迷った父親は、家族に失業した事実を言い出せないでいる。

次男(井之脇海)は次男で、授業中にマンガ雑誌を廻し読みしたことを先生に咎められる。彼は冤罪を主張するが、先生は頑なに後ろに立っていろと彼に促す。そのことにヒート・アップした少年は、先生が列車の中でエロマンガを読んでいたことを咎めるが、逆に先生の逆鱗に触れ、彼の主張は一切通らない。自暴自棄になった彼の楽しみは、帰りの道中にあるピアノ教室のレッスンの様子を眺めることだった。長男(小柳友)はアルバイトに明け暮れ、毎日朝帰りで、昼夜逆転の生活で父親との接点はほぼない。ティッシュ配りのアルバイトで明るい未来の見えない青年は、いつか「ここではないどこか」への旅立ちを夢見ている。

4人家族はそれぞれに言い出せない悩みや事情を抱えている。それぞれのステージにおいて、言いようもない人生の不幸を抱えながら、それでも家族の風景を頑なに守ろうとする父親がどこか滑稽で、浅はかに映るのは仕方のない話だろう。40代そこそこの彼は、自分の威厳を守ることに必死で、目の前にあるリストラという事実をうまく口に出せない。そうこうしている間にも、息子たちは将来のビジョンを考え、自分たちの人生を歩もうとしている。長男はアメリカの軍隊に入隊したいと言い、次男はピアノが習いたいと言う。どちらも身勝手な要望だが、父親である香川照之は息子たちの夢を尊重してあげねばならないはずである。だが父親は自分の威厳のために、息子たちに対して簡単にはYESと言えない。そのことが必要以上の軋轢を生み、物語の求心力となる。アメリカ行きを決めた長男をバス停まで見送るのは母親である小泉今日子の役割であり、そこに父親の姿はない。

今作で1、2を争う印象深い場面として、あのドラマチックな次男の階段落ちの場面が挙げられるだろう。まるでブレッソンの『ラルジャン』への無邪気なオマージュのように、少年と中年が二階で攻防を続けるうちに、思いもかけず次男は階段を転げ落ちる。ここに来て家族関係は明らかに崩壊し、音を立てて崩れ始める。黒沢にとって家族関係とはそのくらい薄い成り立ちであるが、『ニンゲン合格』や『アカルイミライ』の時とは違い、家族間に激しい言い合いの場面を作ることで、より家族の危うさを緊密に表現することに成功している。この家族は食事の際、父親の号令がなければ料理には一切手をつけないほどの厳格な家族であるものの、長男も次男も自分の思いを臆することなく主張するのである。その堂々とした態度が、リストラされた父親の逆鱗に触れ、癇癪を起こす要因ともなる。ゆっくりではあるが、用意周到に家族が崩壊していく様子は、21世紀を挟み、黒沢映画が世界の不均衡や崩壊を描き始めたことと近い。映画の前半部分では母親の存在が堰き止め役を担っていたものの、後半、そうとも言っていられない危機が突如母親にも降りかかる。

ここからの性急さは、まさに黒沢お得意の転調と呼ぶに相応しい飄々とした魅力を讃えている。既に父親の権威に正論で反応し、精神的ダメージを与えた妻の受け身の行動を、能動的判断へと変えるのは皮肉にも家に押し入った犯人が媒介となる。黒沢映画においては禁じ手とも言える回想シーンの利用が、彼女の覚悟を象徴し、母親はやがて逃れられない運命の中で、岸へと辿り着く。ここでは役所広司扮する泥棒と母親が行為に及んだのかかどうかはまったく問題ではない。常に受け身だった母親の態度が、この一夜の旅を境として明らかに変化していることを忘れてはならない。それは早朝の小泉今日子の美しいワンカットが全てを物語る。長男や次男や、ましてや父親でもなく、母親の自立が今作では最も目に留まるのである。

クライマックスの黒沢の、あえて家族の再生をわかりやすい形で提示するのではない、中学受験の音楽試験を映したラスト・シーンの筆舌に尽くしがたい美しさは何と形容したらいいのだろうか?感極まる父親の脇で、小泉今日子だけはその事態をあっさりと許容する。今作ではとにかく熱演が光った井之脇海の生演奏が我々の心を捉えて離さない。実際には腕の先だけはボディダブルだが、そんなことは大した問題ではない。ゼロ年代の黒沢は、明らかに苦手だったジャンルにも果敢に挑戦し、成功も失敗も受け入れながら不気味に作家主義の最前線を張る。この後、リーマン・ショックの影響で数年間の沈黙を余儀なくされるものの、今作で勝ち得た俳優陣との共闘が、黒沢の更なる歩みを推し進めることになる。

https://note.com/compactdisco/n/n686d733d19c4

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