★阿修羅♪ > 近代史4 > 1029.html
▲コメTop ▼コメBtm 次へ 前へ ★阿修羅♪
黒沢清 CURE キュア(大映 1997年)
http://www.asyura2.com/20/reki4/msg/1029.html
投稿者 中川隆 日時 2020 年 9 月 18 日 20:46:10: 3bF/xW6Ehzs4I koaQ7Jey
 

(回答先: 中川隆 _ ホラー映画関係投稿リンク 投稿者 中川隆 日時 2020 年 2 月 23 日 13:37:40)

黒沢清 CURE キュア(大映 1997年)


監督 黒沢清
脚本 黒沢清
音楽 ゲイリー芦屋
撮影 喜久村徳章
製作会社 大映
配給 松竹富士
公開 1997年12月27日



『CURE』(キュア)は、1997年公開の日本映画。監督は黒沢清。1997年日本インターネット映画大賞日本映画作品賞受賞作[1]。


連続猟奇殺人事件を追及する刑事と、事件に関わる謎の男を描いたサイコ・サスペンス・スリラー作品である本作は、凄惨な題材を扱い、緊張感・緊迫感に満ちた話運びでありながら「CURE(癒し)」というタイトルとテーマを持つ[注釈 1]。


タイトルは初め「伝道師」だったが、撮影当時に起きていたオウム真理教事件との兼ね合いから、宗教的な犯罪ものだと誤解を受ける可能性を案じ、大映プロデューサーの提案で現在のタイトルに変更している[2][3]。


本作は、黒沢にとって世界市場での出世作であり、特にフランスで人気がある[4]。ル・モンド紙の映画評論家ジャン=ミシェル・フロドンは本作を高く評価し、黒沢がフランスで『ダゲレオタイプの女』を撮影する切っ掛けになっている[4]。


主演の役所広司は、この作品で第10回東京国際映画祭最優秀男優賞を受賞し、以後、黒沢清監督映画の常連となっている[2]。


ストーリー


娼婦が惨殺される事件が発生。被害者は鈍器で殴打後、首から胸にかけてX字型に切り裂かれていた。犯人は現場で逮捕されたが、動機を覚えておらず、その手口さえ認識していない。刑事の高部は、同様の事件が相次いでいることを訝しがり、友人の心理学者・佐久間に精神分析を依頼する。しかし何故、無関係なはずの犯人たちが同じ手口で犯行を行うのか、そしてそれを認識していないのか、その手がかりは掴めない。高部は、精神を病んでいる妻との生活と、進展しない捜査に翻弄されて疲弊してゆく。やがて、加害者たちが犯行直前に出会ったとされる男の存在が判明する。男の名は間宮邦彦。記憶障害を患っており、人に問いかけ続けるその言動は謎めいていた。そんな間宮の態度が高部をさらに追いつめていく。しかし、間宮と関わっていく中で高部の心は密かに癒されていく。


キャスト


高部賢一:役所広司
間宮邦彦:萩原聖人
佐久間真:うじきつよし
高部文江:中川安奈
宮島明子:洞口依子
花岡徹:戸田昌宏
花岡とも子:春木みさよ
大井田巡査:でんでん
桑野一郎:螢雪次朗
安川刑事:大鷹明良
藤原本部長:大杉漣
精神科医:河東燈士
中山俊、鈴木省吾、諏訪太朗、掛田誠、田村泰二郎、三上剛史、冨樫真、田中哲司 ほか


https://ja.wikipedia.org/wiki/CURE
 

  拍手はせず、拍手一覧を見る

コメント
1. 2020年9月19日 14:20:08 : 1JulVLBEbY : R0JpekVsMmtZZDI=[1] 報告
役所広司、黒沢 清監督『CURE キュア』Q&A|CURE - Q&A


2. 2020年9月24日 18:53:47 : FGqpD48T5s : RDVTamFLOWx0L1E=[19] 報告
映画のストーリー

ひとりの娼婦が惨殺された。現場に駆けつけその死体を見た刑事の高部は、被害者の胸をX字型に切り裂くという殺人事件が、秘かに連続していることを訝しがる。犯人もその殺意も明確な個々の事件で、まったく無関係な複数の犯人が、なぜ特異な手口を共通して使い、なぜ犯人たちはそれを認識していないのか。高部の友人である心理学者・佐久間が犯人の精神分析を施しても、この謎を解く手掛かりは何も見つからない。

そのころ、東京近郊の海岸をひとりの若い男がさまよっていた。記憶傷害を持つ彼は小学校の教師に助けられるが、教師は男の不思議な話術に引きずり込まれ、魔がさしたように妻をXの字に切り裂いて殺してしまう。その後、男は警官に保護され、そして病院に収容されて同様の話術を警官や女医と繰り返した。警官と女医は、それぞれに殺人を犯し、被害者の胸を切り裂いてしまう。

催眠暗示の可能性に思い至った高部は、事件の捜査線上に浮かび上がったこの男・間宮を容疑者として調べ始めた。しかし、高部は間宮の記憶傷害による進展のない会話に翻弄され、また精神を病んだ妻・文江の介護による疲れも加わり、その苛立ちを積もらせていく。やがて、間宮が元医大の学生で、メスマーという18世紀の医者が開発した催眠療法の研究をしていたことを知った高部は、正式に調書を作ろうとするものの、間宮の不思議な話術のうちで妻の病気を指摘され、苛立ちを爆発させてしまった。そんな高部を間宮は誉め称え、高部こそ自分の言葉の本当の意味を理解できる人間だと語る。

疲れきった高部は文江を病院へ入院させた。高部の精神状態に危機感を抱いた佐久間は、間宮に深入りしないよう忠告するが、自らも間宮と催眠療法の施術に取り憑かれていく。やがて、精神病院に収監されていた間宮が脱走した。時を同じくして、佐久間が奇妙な状態の自殺死体として発見される。高部は、本当の自分に出会いたい人間は必ずここにやって来ると間宮が言う、森の中の廃屋で間宮と再会し、そして彼を殺害した。すべては終わったかのように思われたが、病院では文江がX字に切り裂かれて殺され、高部のいるレストランでは、ウエイトレスが店長に包丁を向けていた。

https://movie.walkerplus.com/mv29506/

3. 中川隆[-6927] koaQ7Jey 2021年3月04日 14:22:12 : YjA7HOXJqc : WS84cnU2ajdvd3M=[19] 報告
CURE キュアのあらすじ(1997年 黒沢清)
2014年8月26日 KAZU
http://e-zanzo.com/519.html

刑事の高部(役所広司)は事件現場のホテルに向かっていた。

現場に着くとすでに検証は始まっていた。被害者は女性、ベッドに仰向けの状態ですでに息は無かった。

容疑者の男はホテル内ですぐに見つかった。手口は刃物を使った特異なもので、被害者の首スジにはX字の大きな切り傷があった。今回の件で同様の手口の事件はここ2ヶ月で3件目になる。

しかし、犯行に及んだ人間はそれぞれ別人で接点は見つかっていなかった。

高部の友人で精神科医の佐久間(うじきつよし)は、取調べ中の容疑者をビデオで見て特に異常はないと言った。佐久間の見立ては犯行はただ魔が差しただけで手口の一致もただの偶然というものだが、高部は納得できず途方にくれた。

そんな高部にはもう1つ心配事があった。妻の文江(中川安奈)が精神を病んでいたのだ。彼女は佐久間が紹介してくれた病院に通っていたが、病状はまだ改善していなかった。

その後も同じ手口の事件が頻発し、ついにそれは警察内でも起きた。年配の警官が同じ派出所に勤務する部下の頭を撃ったのだ。撃たれた警官の首スジには、やはりX字の切り傷が付いていた。

催眠術が悪用された可能性を考えた高部は、取調べに佐久間を同席させた。

年配警官に注意深く犯行動機を聞きだす高部、その途中で佐久間が割って入った。佐久間は自分が精神科医であることを告げると、点滅するペンライトを年配警官の顔に近づけて質問した。

「何か光るものを見た覚えはありますか?」

年配警官はそれを否定したが、なぜか佐久間の持っているペンライトから顔をそむけた。

その反応に違和感を感じた高部は、犯行前に誰かと会っているはずだと迫った。すると、年配警官は入り口に立っていた若い警官にゆっくりと近づき、その身体の上をペンでX字になぞったのだ。年配警官の表情はぼんやりしていて、その行動の意味を佐久間に聞かれてもうまく説明できなかった。


その後も同様の事件は収まらず、休む暇のない高部に部下から連絡が入った。年配警官が犯行前に会っていたと見られる人物がとある病院で見つかったというのだ。

高部はその病院に急行し倉庫の暗がりでその男(萩原聖人)を発見した。20代後半のその男は署で高部に尋問されたが、話の途中で「あんた誰だ?」などと言い要領を得ない答えを繰り返した。そして、自分の写真を見せられてもそれが誰だか判らないようだった。

その後の調べで、男が「間宮」という名前で精神科の医大生であることが分かった。そして、高部は間宮の自宅を捜索し、メスマーという18世紀の催眠法考案者についての文献とそれをテーマにした間宮の論文を発見した。バスルームには磔になった猿のミイラがあった。

その帰り道、高部は文江の幻覚を見た。彼女は自宅の天井から首に巻いたロープ一本でぶら下がっていた。

一方、佐久間は間宮を精神病とみなし病院に移送してしまった。佐久間は間宮の危険性を感じていて、高部にこれ以上間宮と話をさせないという意図もあった。しかし、それを知った高部は憤り、佐久間の警告を無視して間宮のいる病院へと向かった……
http://e-zanzo.com/519.html

CURE キュアの解説(1997年 黒沢清)
2014年8月6日 KAZU
http://e-zanzo.com/179.html

 この作品は残酷なシーンのあるサスペンス・スリラーです。しかし、黒沢清のスタイリッシュな映画的文法によってつかみどころのない心理的な恐怖を見るものに植えつける、邦画の中でも稀有な作品となっています。

 この作品の見どころは高部刑事役の役所広司と間宮を演じる萩原聖人、この二人の迫真の演技です。高部刑事は取り調べで間宮に対して高圧的な態度に出ますが、プライベートでは妻が精神病を患っていて大きな悩みを抱えています。間宮はそこを巧みに利用し催眠術で自分の世界に引きずり込もうとします。役所と萩原の鬼気迫る対決は作品全体に異様な緊迫感を与えています。

 また、後半は現実の風景と心象風景が交差し、映画の中の立ち位置が曖昧になっていきます。観客は自分が間宮の暗示に掛かってしまったかのような不安な状態に置かれます。

 人の心を熟知している催眠術に長けた人物が、普通の人間を次々に狂わせていく恐ろしい世界を黒沢は独自の映像感覚で描いています。ラストは底の見えないゾッとするような結末が待っています。

■作品のモチーフ
 黒沢は作品を企画するにあたって、犯人を異常者として扱うものはたくさんあるが、ごく普通の人間が猟奇的な事件の実行犯になるといったものはまだ存在していないと思っていました。

 テレビニュースでも容疑者の過去の良い人ぶりが、関係者の「まさか、あの人が…」などの証言と共によく伝えられます。ところが、メディアは最終的に犯人は善人の仮面を被っていたと結論付ける場合がほとんどです。

 しかし、黒沢は元々普通だった人間が突然異常な行動をするというのが正しいと考えました。

 そして、『羊たちの沈黙』(91年 米)を見てある男が催眠術で普通の人間を狂わせて事件を起こすという話の骨格が生まれました。当初のタイトルは「伝道師」でした。……この後の CURE キュアの解説2 では、この作品のさらに詳しい内容に迫ります。
http://e-zanzo.com/179.html


CURE キュアの解説2(1997年 黒沢清)
2014年10月28日 KAZU
http://e-zanzo.com/1176.html

CURE キュア の解説からの続きです

▲ネタバレを含みます

■黒沢が目指したリアルな表現とは?
 黒沢がこの作品でこだわったのが日常の中で起きる非日常的な出来事をどのように表現するのか、という点でした。

 例えば、スマートフォンで街の風景を撮影していたらたまたま近くで交通事故が起きて、その様子が写ってしまったとしましょう。

 その映像は間違いなく人の関心を引きつけます。なぜなら、そこには現実に起きた決定的瞬間が写っているからです。

 このような映像は当然ですが編集が無くワンカットです。もし、これが映画であればさまざまな編集をほどこしてもっと迫力のあるシーンにすることができます。

 しかし、その一方で編集という行為によってそれが現実に起きたという確信が揺らぎ、映像の持つ説得力は弱まります。

 黒沢は映画の中の決定的なシーンを編集無しのワンカットで見せることに強いこだわりを持っていました。黒沢は著書の中でこう語っています。

“考えれば考えるほど、決定的なワンカットを撮るのは大変なんです。…(中略)…ある監督に才能があるかどうか、下手すると作品の冒頭一分で判断できてしまうぐらいで、この、あるカットのワンカット性というものは、物語や俳優の演技などとは違ったところで、映画の質を決定づけてしまいます。”
(黒沢清『黒沢清の映画術』新潮社、2006、p.145)

“ワンカット性の根拠を、最も単純なレベルで挙げてみれば、映画が本当にその場で起こったことを捉えるメディアだからということがあります。”
(同書 p.146)

“映画は原理的に、動く写真とは全然違うもので、空間と時間の両方を写し、かつてそこに確実にあったということを伝達するメディアなんです。”
(同書 p.146)


■文江を殺したのは誰か?
 映画の終盤で高部刑事の妻文江の身体が病院内を台車で運ばれている短いショットがあります。このとき、文江には意識が無く首筋にはX字の裂け目。これは誰の仕業なのか映画の中でははっきりしません。

 しかし、文江の存在から一番大きなストレスを受けていたのは映画で描かれていたように夫である高部刑事。この殺害が誰の手によるものであってもその動機の源泉はすでに間宮と深く関わっていた高部刑事以外は考えづらいと思います。

 結局、この病院内の異常事態を示した短いショットは、間宮亡きあとも催眠による被害が広がり続けていることだけを観客に伝えます。
 
 一方、『CURE』公開の年に出版された小説、黒沢清著『キュア』(徳間書店)には文江が殺害される場面があります。文江が病院内の公園で夫に首をナイフで刺されるのです。その描写は精神病者である文江の視点で書かれていて白昼夢のような感じです。刺されたあと文江は自分は覚めることのない深い眠りについたと言っています。

 映画も小説も黒沢の手によるものですが、双方の見せ方の違いは興味深いところです。

■高部刑事はラストで何になったのか?
 当初の脚本のラストは高部刑事が間宮を殺したあと海辺に現れて女子高生の横で「ここどこ」と呟くというものでした。

 しかし、黒沢は間宮を自ら葬った高部刑事が間宮と同じような存在になるのも変だと考えて、高部刑事を間宮より<グレードアップ>させることにしたのです。

 それは間宮が記憶喪失だったのとは違い、高部刑事は自分が誰なのかはっきりと認識がありながら間宮と同じようなことをするというものです。

 それを示したのが最後のファミレスでの高部刑事の言動とその後のウエイトレスの行動です。

■ラストシーンは大幅にカットされていた
『CURE』のラストは高部刑事と言葉を交わしたウエイトレスが店の奥でナイフを手にしたところで突然終わります。これは黒沢の大胆な編集の結果です。

 本来はこのあとウエイトレスが同僚をナイフで刺し、その身体を処理するシーンが延々と続いていたのです。

 編集カット後のラストシーンはウエイトレスがナイフを持っているところがチラッと写っているだけで、このあと何が起きるのか観客が理解できるギリギリの表現になりました。

 この判断ついて黒沢は著書の中でこう語っています。

“映画の頭から、ワンカットで急に人を殺すシーンが何度も出てくるんで、最後もきっと何かあるだろうと観客も注意して見てくれることを期待しました。”
(黒沢清『黒沢清の映画術』新潮社 2006年 p.187)

 黒沢はこの編集によってそれまで描いてきた「日常が非日常に変わる瞬間」そのものを省略し、あとは観客の想像力に委ねたのです。

 そして、もう一つ注目したいのがウエイトレスがナイフを手にする前です。タバコを吸う高部刑事の横顔から画面奥のウエイトレスにゆっくりとカメラの焦点が合っていくところです。ここで高部刑事とウエイトレスの間に「客と店員」以外の関係性がすでに構築されていることが表現されています(その引き金はタバコの火であると解釈することもできます)。間宮のときは催眠をかける側とかけられる側の関係がしっかり描かれていましたが、高部刑事の場合はたったこれだけです。

 黒沢は必要最低限の描写で間宮よりさらに強力で得体の知れない人間の誕生を示唆しました。

■メスマーとは?
フランツ・アントン・メスメル

 間宮の書いた論文にでてくるメスマーをネットで調べてみると実在の人物でした。

 ウィキペディアによると主に18世紀に活躍したドイツ人の医師で、フランツ・アントン・メスメル(Franz Anton Mesmer 1734-1815)。
 彼は患者に鉄を調合した薬を飲ませたり、体に磁石を貼り付けたりして病状の改善を図っていました。メスメルは病状が改善したのは磁石だけが原因ではなく、人間が本来持っている「動物磁気」のせいだと考えました。
 その後、「動物磁気」はメスメリズム (mesmerism) と呼ばれるようになり、ジェームズ・ブライド(1795-1860)が発明した催眠術の元になったと言われています。

■『邪教』と伯楽陶二郎について
 この映画にはもう1人謎の人物が登場します。間宮の部屋にあった『邪教』という本に記載されている伯楽陶二郎です。この人物に関しては上述の小説版『キュア』に詳細が書かれています。精神科の佐久間真教授が高部刑事を自宅に呼んで伯楽陶二郎についての調査内容を話す場面があるのです。その部分を参考までに要約してみました。

 伯楽陶二郎(はくらくとうじろう)は明治時代に存在した精神医療グループ「気流の会」のリーダー。明治政府の依頼で作られた危険思想集団をリスト化した文献『邪教』に「気流の会」の名前がある。
 彼らは人間の精神を“流れ”と捉えていた。催眠暗示は彼らの思想の根底をなす現象だった。
「気流の会」は明治政府の弾圧を受け解散に追い込まれた。しかし、彼らは地下にもぐり活動を続け、弾圧に対する憎悪をつのらせ邪教化し布教活動を開始。彼らは活動拠点となる療養所を富山県の奥穂高岳に建設した。しかし、ここも1897年に警察の摘発を受け全員逮捕されたが伯楽の行方はわからない。
 それから1年後の1898年に富山県在住の村川スズが自分の息子の首筋を十文字に切り裂く事件が起きた。
 間宮は催眠やメスマーの研究をする過程で「気流の会」の伯楽が残した教典に辿り着いたのではないか。

 つまり、事件は100年前に存在したカルト集団が発端となっていたということですね。

■東京国際映画祭への出品
『CURE』は制作会社である大映社長の徳間康快が当時「東京国際映画祭」のゼネラル・プロデューサーを務めていた関係で、97年の同映画祭にコンペ部門で正式に出品されました。主演の役所広司は最優秀男優賞を獲得しました。

 11月6日の『CURE』の記者会見場は満員になり、映画祭の公式記録によると監督と出演者は次のようにコメントしています。

●「ネガティブな精神状態の時にネガティブな役をやることになり、撮影前は<どこ>に連れて行かれるかわからない不安があった」(萩原聖人)

●「監督が見つけてきた妙な場所で、隠れていたずらをしてるみたいだった」(うじきつよし)

●「もう元には引き返せない、日常とは違うレベルに達する男の物語」(黒沢清)

●「ストレスの固まりだった男がストレスのない人間になる。監督の言葉を借りれば〈怪物の出来上がり〉」(役所広司)

 この映画祭ではフランスの映画批評家ジャン=ミシェル・フロドンが『CURE』を鑑賞していました。その内容に驚いたフロドンは、帰国すると早速フランスのル・モンド紙で『CURE』を大きく取り上げました。この出来事は黒沢の海外進出のきっかけになりました。

 その後、黒沢の他の作品(『蛇の道』『蜘蛛の瞳』『地獄の警備員』『ニンゲン合格』など)も欧州でたびたび紹介されるようになり、新たに発見された現代作家として認められるようになりました。
http://e-zanzo.com/1176.html

4. 中川隆[-13061] koaQ7Jey 2022年5月22日 15:39:00 : 0fvYxwkNvw : TXYvS3kzejdhaEk=[6] 報告
Cure [1997] - YouTube動画
https://www.youtube.com/watch?v=U6VE4g3fpT0

▲上へ      ★阿修羅♪ > 近代史4掲示板 次へ  前へ

  拍手はせず、拍手一覧を見る

フォローアップ:


★登録無しでコメント可能。今すぐ反映 通常 |動画・ツイッター等 |htmltag可(熟練者向)
タグCheck |タグに'だけを使っている場合のcheck |checkしない)(各説明

←ペンネーム新規登録ならチェック)
↓ペンネーム(2023/11/26から必須)

↓パスワード(ペンネームに必須)

(ペンネームとパスワードは初回使用で記録、次回以降にチェック。パスワードはメモすべし。)
↓画像認証
( 上画像文字を入力)
ルール確認&失敗対策
画像の URL (任意):
最新投稿・コメント全文リスト  コメント投稿はメルマガで即時配信  スレ建て依頼スレ

▲上へ      ★阿修羅♪ > 近代史4掲示板 次へ  前へ

★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/ since 1995
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。
 
▲上へ       
★阿修羅♪  
近代史4掲示板  
次へ