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“供給=需要”は「近代経済システム」を考察する根幹 投稿者 あっしら 日時 2002 年 10 月 30 日 20:27:22:

(回答先: 供給=需要 投稿者 bakaでもわかる「あっしら」経済学 - その6 日時 2002 年 10 月 29 日 21:51:43)

bakaさん、こんばんわ。
重要なポイントを質問に設定していただきありがとうございます。
「供給=需要」は、経済を認識するための根幹的視点だと考えています。

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まず、供給=需要であって、需要=供給ではないということがポイントです。
供給→需要(プッシュ)であり、需要→供給(プル)ではないと言い換えたほうがわかりやすいかもしれません。

現在もそうですが、ちょっとでも景気が悪くなると「需要が足りない」という分析が行われ、財政出動を求める声が沸き上がります。
確かに、商品が売れない、お客がやってこないという経済状況は、需要不足を示すものです。

デフレも、供給に較べて需要が少ない、供給>需要というギャップ状態が拡大することで起きる経済事象です。

じゃあ、なぜ、「供給=需要」や「供給→需要」という考え方を持ち出すのかという疑問を提起されるかもしれません。


● 「近代経済社会」の特質

これは、「近代経済社会」の特質に直接関わることです。
「近代経済社会」は、普遍的とも言える貨幣経済社会です。それと同時に、自給自足的な生活を営んでいる人々は無視できる存在であり、生産手段を保有している人の割合も極端に低い経済社会です。

貨幣経済でありながら、商品を生産するための生産手段を保有していない人の割合が高いということは、ほとんどの人が生存のために必要なお金を手に入れるために自身の活動力を販売しなければならないことを意味します。

逆に見れば、生産手段を保有している側が生産した商品をきちんと販売するためには、それを購入できるだけのお金を持っている人たちが必要だということになります。

自分の活動力を販売できるのは、その活動力が購入する人(企業)にとって有用だからです。そして、「近代経済社会」で有用だと判断される基準は、それによって資本(お金)が増えるかどうかです。

活動力を販売するということは、商品やサービスの供給活動に従事するということです。
90%の人が活動力を販売することで生活を維持しているとしたら、供給活動が順調なのか不調なのか、そして、90%の人が手に入れるお金の量がどうなるかが経済社会の変動を規定するのは当然です。

通貨がどれだけ供給活動に投入されるかによって需要がどうなるかが決まるというのが「近代経済システム」であり、通貨は、基本的に、供給活動を通じて経済社会に流通するものなのです。

これが、「供給=需要」ないし「供給→需要」であるという基本的根拠です。


● 需給に関する物理量的評価と通貨量的評価

供給や需要を考えるときに重要なのは、それらがともに物理的量と通貨的量という異なる評価基準で計れるということです。

「供給=需要」というときの視点は、通貨的量に向けられています。

「供給=需要」であれば、物価変動が起きる要因は、同じ金額(資本)を投じて産出された商品の物理的量の変動になります。

「供給=需要」ですから、供給活動に1兆円が投入され、投入された1兆円が需要に向かうことになります。(ある期間の総和ですから、需要は、原材料や生産財といった供給と一体のものもあれば、それらと活動力が結合して生産される最終消費財に対するものとがあります)

需要としての通貨は、供給活動者に支払われるものなのですから、1兆円は供給側に戻ることになります。(この意味でも、「供給=需要」です)

ある時点で供給活動に1兆円を投入して産出される商品の物理量が10億個だとすると、平均物価は1000円になります。
数年経過して生産性が上昇したことにより、同じ1兆円を投入して産出される商品の物理量が20億個になると、平均物価は500円になります。

(現実には、いくら価格が安くなったといっても、ご飯を10杯食べたり、テレビを家族数以上に設置するというわけではないので、生産される商品の種類やその構成比は変わりますが、そのような調整が供給側で行われていると仮定して説明しています)

これは、物価変動の根源的要因が生産性の変動であることを意味しています。

物価変動を貨幣現象や需給論理で説明することは、表層的なものでしかなく、本質を見失っていると言えます。
(私は、生産性を「労働価値」と呼んでいます)

「近代経済社会」は、生産性の上昇が常に追求される経済社会ですから、常に物価が下がるデフレ圧力を受けていることになります。


● インフレが常態であった戦後世界

金本位制の時代は景気変動に従ってインフレとデフレが交互に出現する経済社会でしたが、戦後世界で象徴的な管理通貨制では、インフレが常態とも言える経済状況が長く続きました。

いわば、「近代経済社会」は生産性の上昇によって常にデフレ圧力を受けているというのが虚妄であるかのように見える歴史過程だったわけです。

インフレになるということは、「供給=需要」ではなく、「供給<需要」という経済状況を意味します。それも半端な「供給<需要」ではなく、商品の物理的な量の増加を意味する「労働価値」の上昇ペースを上回る「供給<需要」だということです。

先ほど例示したものを再掲すると、

ある時点で供給活動に1兆円を投入して産出される商品の物理量が10億個だとすると、平均物価は1000円になります。
数年経過して「労働価値」が上昇したことにより、1兆4千億円を投入して産出される商品の物理量が20億個になっても、平均物価が1200円に上昇するという経済事象です。
(財の物理量も一体である「供給=需要」であれば、平均物価は、1兆4千億円/20億個で700円に下落するはずです)

このような物価変動になるということは、「供給=需要」ではなく、「供給<需要」であることを意味します。
そうであるならば、なぜ、供給を超える需要が生まれるのかを解き明かさなければなりません。
先ほど、「通貨は、基本的に、供給活動を通じて経済社会に流通するもの」という説明を行いましたが、これは、消費(需要)に回らない通貨は想定できるので「供給>需要」はあり得ても、「供給<需要」はあり得ないことを意味します。


★ 供給の物理的量の削減

通貨が供給に投入された量を超えて流通することがないとしたら、「労働価値」が上昇することで供給量が増加しても物価が上昇する要因は、産出された商品が全部は国内に供給されないことです。

先ほどの例ですが、数年経過して「労働価値」が上昇したことにより、1兆4千億円を投入して産出される商品の物理量が20億個になっても、平均物価が1200円に上昇する事象は、生産された商品20億個のうち8.4億個は輸出されて、国内には11.6億個しか供給されていないとすれば合理的な説明ができます。

供給活動に従事している人は国内で消費活動をすると考え、「供給=需要」であれば、1兆4千億円はまるまる国内の需要となります。そして、需要は、物理的に供給される商品やサービスに向けるしかないわけですから、商品が輸出されることで、物価は上昇することになります。

これは、供給側にしてみれば、供給活動に投じた資金(資本)は国内の需要でまるまる回収し、輸出はまるまる利益ということを意味します。
そして、輸出で稼いだ通貨は、円に転換されることで通貨量の純増になります。

国民経済に占める輸出比率が「労働価値」の上昇ペース以上に増加していけば、「供給=需要」でも、物価は上昇していくことになります。


★ 通貨量の増加

供給量の減少で「供給<需要」が実現されるだけではなく、通貨量の増加でも「供給<需要」が実現されるはずです。

しかし、「通貨は、基本的に、供給活動を通じて経済社会に流通するもの」ですから、その原則が通用する状況をまず説明します。

輸出が増加基調にあれば、輸出で稼いだ利益のみならず借り入れまで行って生産(供給)力増強に投資することになります。(管理通貨制では、通貨の供給量は価値実体的な制約を受けないので借り入れ需要に対応した通貨供給量の増加が可能です)
生産財などへの投資は需要そのものですから、「供給=需要」で「供給<需要」にはつながりませんが、輸出向けの財の供給活動に従事する人々の給与が新たに追加されるので、「供給<需要」につながることになります。
先ほども書きましたが、国内に供給されない商品を生産している人々の支払われる給与も、国内の需要となります。

もう一つは、輸出で稼いだ利益を従業員に還元するかたちでの「供給<需要」の実現です。
同じ「労働価値」(生産性)もしくは「労働価値」の上昇ペースを超える率で給与を上げれば、商品の供給量は同じでも需要金額は増加することになります。

新たに追加した給与や引き上げた給与額以上に輸出が増加すれば、それでも、供給側は利益を拡大できます。


● 利潤は「供給>需要」をもたらす

このように、輸出(貿易収支黒字)の増加は、供給の物理量を減少させる一方で通貨量を増加させるので、好ましい経済状況である「供給<需要」を実現します。

しかし、「近代経済システム」は、利潤獲得を動機として経済活動が行われる経済社会ですから、需要で回収した通貨をすべて供給活動に使うという保証はありません。

貿易収支がプラスマイナス0であれば、どこかで利潤がしまい込まれたら、「供給=需要」にはならず、「供給>需要」になる可能性があります。

どこかで利潤がしまい込まれても「供給=需要」になるとしたら、本人はしまい込んだと思っている通貨が貸し出しなどを通じて需要として使われたことを示唆しています。
このようなかたちでの「供給=需要」も可能です。

現実の歴史過程は「供給<需要」だったわけですから、しまい込まれた通貨額以上の通貨供給が行われた可能性もあります。(実際にそうだったかは、通貨供給量・輸出で稼いだ額・輸出で削減される供給量の関係を精査すればわかります)

輸出で稼ぐことで増える通貨量以上に通貨流通量が増えるためには、「信用創造」が行われなければなりません。
「信用創造」は、中央銀行と商業銀行によって行われます。
中央銀行は、管理通貨制ですから合理性があると判断すれば通貨供給量を自由に増加させることができます。
商業銀行は、例えば1億円の通貨で3億円の貸し出しを行うことで「信用創造」を行います。
これは、Aに100億円を貸し付け、AがBに支払った100億円が預金されることで、さらにCに100億円を貸し付けるという流れをイメージしてもらえればいいと思います。同じ100億円をAとCに貸し付けたことになります。

しかし、このような“国家公認の詐欺”も、好き放題にできるわけではありません。
まず、最低限、借りたい人がいなければなりません。次に、貸したお金が利息付きできちんと返済される見通しがなければなりません。
担保があるといっても、それは通貨ではないので、担保権を行使した時点でいくらになるかはわかりません。担保は、あくまでの最後のセーフティ・ネットであり、きちんと債務が履行されるだろうという判断が貸し出しの必要条件です。

資金需要があり、それを使った供給活動が利息を含む返済を可能にするだけのパフォーマンスを達成する経済条件もあるというのが「信用創造」にとって不可欠です。
住宅ローンなど個人(家計)向け貸し出しも、借りた人が安定的な所得を維持するという見通しが条件になります。

「信用創造」が行われるのであれば、100億円を使わない人がいても、それが預金されているのなら、通貨流通量を300億円増加させることもできます。

現状の日本経済は、このような「信用創造」の条件が崩れているために、「供給>需要」のギャップが拡大しているという部分もあります。

利潤のしまい込みから起きる「供給>需要」を解消するための残る手段は、政府部門が借り入れを行う赤字財政支出です。(税収による財政支出は、供給活動に投入された通貨の吸い上げですから、供給と需要の関係に影響しません)

民間向けの「信用創造」ができにくい経済状況でも、銀行は貸し出しをして利息収入を得たいと考える存在なので、相手が国家であればとりっぱぐれがないと判断して貸し出しが行われます。
そして、国民の多くも、「需要不足」を叫ぶ声に押されて、政府の赤字財政支出を認めます。

赤字財政支出は確かに「需要不足」を補います。

しかし、それを契機に輸出が増加していけば赤字財政支出を控えることもできますが、そうでなければ、最低でも、「労働価値」の上昇ペースで赤字財政支出を増加させていかなければ、「需要不足」を解決することはできません。

さらにやっかいなのは、国家の債務は将来の税収によって履行されるという厳しい現実があることです。
ある段階では「需要不足」を補う役割を果たした赤字財政支出が、そのために積み上がった債務を履行するために増税を要請し「需要不足」を拡大するようになります。


● 「デフレ不況」を解消する方策

日本経済が「デフレ不況」に陥っているのは、輸出がそれほど増加せず、「信用創造」も機能せず、赤字財政支出も増加できない状況にあるからです。

逆に言えば、「デフレ不況」から脱却するためには、それらを増加させなければならないということです。

家計金融資産が1400兆円もあると言われていますが、民間債務と政府債務を合わせて相殺すれば、いいところプラスマイナス0です。
これは、中央銀行と商業銀行による「信用創造」でしか、通貨量を増加できないことを意味します。
しかし、先ほど書きましたが、「信用創造」が機能するためには経済状況が改善されなければならないというトートロジーに陥るので、これを重視するわけにはいきません。

赤字財政支出も、“国家破産”が危惧されているほどであり、結局は増税というかたちの需要減少をもたらすものですから増加を求めるわけにはいきません。

それであれば、残された対象は国際取引だけです。

はっきり言って、日本の経常収支が赤字であれば、日本経済はこのまま低落を続けるしかないと考えています。

しかし、日本は、年間10兆円を超える経常収支黒字を誇っています。これは、通貨量が年間10兆円ずつ増加することを意味します。さらに、貿易収支も黒字ですから、その分、供給活動で生産された財が国外に出ていっています。

このような好条件を活かして、輸出優良企業が財の物理的な増加には結びつかない供給の増加を行えば、デフレ解消に向かうことができます。
このような供給の増加は、給与の引き上げを意味します。

そして、その動きをサポートする政策として、「低中所得者減税」と「高額所得者増税」を行えば、デフレ解消を確実なものにすることができます。

低中所得者と高額所得者の消費性向を較べれば、低中所得者のほうがずっと高いので、低中所得者の可処分所得の増加は、需要の増加に貢献します。
(高額所得者は貯蓄に回す割合が高いのですが、「信用創造」が機能していない現状では、それが需要の増加に貢献する度合いは低いものになります)

最後に一言。
供給=需要であり、需要に向けて支払われた通貨は供給者に戻るという視点が重要です。
供給主体が給与を引き上げても、それは回り回りながら、自分のところに返ってくるのです。

使われない通貨を減らしていくことが、企業や金持ちにとっても有利な経済状況を生み出し、そのおこぼれで低中所得者も安定した生活ができるということを認識しなければ、日本が、経済的苦境から脱することはありません。

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※ 関連参照書き込み

『“デフレ”は「近代経済システム」が根っことして抱えている“宿痾” − 不良債権処理や金融緩和政策でデフレは解消できない −』
http://www.asyura.com/2002/hasan15/msg/695.html


『「匿名希望」氏へのレス:ケインズ的延命策の陥穽  《ケインズ主義は「近代経済システム」の“死期”を早めた》』
http://www.asyura.com/2002/hasan12/msg/1118.html


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